~ 山奥 ~
男(編集長の命令で、山奥で暮らす“人間国宝”の陶芸家を取材することになった)
男(しかし、単なる取材ではない)
男(編集長から受けた指示は──)
編集長『あの陶芸家の作品、たしかに素晴らしいことは素晴らしいが』
編集長『“人間国宝”になるほどかというと、疑問も残る』
編集長『──というわけで、その秘密を探ってきてくれ! 君にならできる!』
男(今まで大した仕事をもらえなかったが、やっともらえた大仕事だ!)
男(絶対にやり遂げてみせる!)
~ 小屋 ~
男(ふぅ、ふぅ、やっと着いた……)
男(さて、陶芸家さんはどこにいるのかな)
男(相当気難しい性格みたいだから、慎重にいかないと──)
男「すみませ~ん」
ガシャァァァァン!!!
男「!?」ビクッ
男「な、なんだなんだ!? なにかが割れる音がしたぞ!?」
陶芸家「こんなものは駄作だァァァァァ!」ガシャーン
陶芸家「これも!」ガッシャァァン
陶芸家「これもだァァァ!」バリィィィン
陶芸家「こいつもダメだァァァ!」グワッシャァァン
男(なんなんだ、いったい……)
男(一心不乱に自分の作品であろうツボを割りまくってる……)
男(“人間国宝”だって知らなきゃ、頭がおかしいオッサンにしか見えんぞ……)
男「あのぉ~」
陶芸家「む!?」ガッシャアン
男「お忙しいところすみません」
陶芸家「なんだ!?」バリィィィン
男「少しお話を」
陶芸家「ぬんっ!」ガシャンッ
男「させていただいてもよろしいでしょうか?」
陶芸家「よし、話せっ!」ガッシャーン
男(あくまで割るのをやめない気か……まあいいや)
男「実は私、雑誌編集者でして──」
ドガシャァァン
男「このたび“人間国宝”である先生の」
バリーン
男「取材をさせていただきたく」
ガチャァァン
男「うかがいました」
パリィィィン
男(アンタの失敗作はいったい何個あるんだよ!)
陶芸家「断る!」ガシャァァン
男「え!?」
男「そ、そんなぁ、せっかくここまで来たのに……」
陶芸家「知るか! キサマが勝手に来たんだろうが!」グワシャッ
男(そりゃそうだけど……。ここには電話もないから、アポも取れなかったし……)
男(だけど、ここで引き下がったら、こんな山奥まで来た意味がなくなるし)
男(編集長にも怒られてしまう!)
男(だったら──)
男「弟子にして下さい!」
陶芸家「なにい!?」パリィィィン
男「あなたにつきまとって、勝手に取材する! これでどうです!?」
陶芸家「ふん、勝手にしろ!」ガシャァァァン
男(おおおっ、まさか弟子にしてもらえるとは!)
男(だけど、弟子になった以上、しばらく会社には戻れない……)
男(編集長に電話しとかなきゃな……)
男(許してもらえるだろうか……?)
……
……
男(よっしゃ! あっさりとオーケーをもらえた!)
男(それだけ編集長も、俺を信頼してくれてるってことだな!)
男(逆にいえば、へっぽこな記事は書けないってことだ! がんばらないと!)
男「じゃあ今日からしばらく厄介になります」
陶芸家「…………」パリィン
男「よろしくお願いします!」
陶芸家「ふん!」ガラガシャーン
陶芸家「弟子になったからには、身の回りのことは全部やってもらう!」ガッシャーン
陶芸家「よいな!」グワシャッ
陶芸家「さっさと晩飯を用意せいっ!」
男「はいっ!」
~
陶芸家「この窯を全部キレイに掃除するのだ!」
男「はいっ!」
~
男「いかがですか……?」モミモミ…
陶芸家「もっと力を入れて揉まんか! 力が足りんぞ、力が!」
男(なんて人使いの荒い……。でも、くじけないぞ!)モミモミ…
風来のシレンかな?
男「先生、私のツボはどうですか?」ウイーン…
陶芸家「こんなもの、焼く価値もないわァ!」グニャッ
男「ああっ! ろくろを回してる段階で叩き壊されるなんて!」
~
陶芸家「駄作、駄作ゥ!」バリーン ガシャァァン
陶芸家「ほれ、お前も割るのを手伝え!」
男「は……はいっ!」
男(どこがどう駄作なのか全然分からん……)
男(仮に駄作でも、この人が作ったってだけできっと数十万円にはなるだろうに……)
男(もったいない……)ガシャーン
一方、その頃──
~ 出版社 ~
社員「編集長、あいつ今頃どうしてるでしょうかねぇ?」
編集長「さぁな……。しかし厄介払いができてよかったよ」
編集長「あいつは典型的な無能な働き者だったからな。扱いに困ってたんだ」
編集長「『“人間国宝”の秘密を探れ!』なんて適当な指令を与えたら」
編集長「喜んですっ飛んでいきやがった」
編集長「あの陶芸家が、他の“人間国宝”の人物に比べると多少落ちるのは事実だが」
編集長「秘密なんかあるわけないだろうにな」
社員「しかし、弟子になったとは驚きですねぇ」
編集長「あの陶芸家も性格が苛烈で扱いが難しい人物と聞いているし」
編集長「扱いにくい者同士、案外波長が合ったのかもしれんな」
社員「もし、帰ってきたらどうするつもりです? 記事を掲載させてやるんですか?」
編集長「どうせろくなもんを書けないだろうし、読まずにボツにしてやるさ」
編集長「あとはそうだな……」
編集長「ろくろを回した後は、過酷な仕事を回しまくって退職に追い込んでやるか」ククッ
──
────
──────
~ 小屋 ~
陶芸家「…………」
陶芸家「お前がここに来てしばらく経つが、お前はなかなか見どころがある」
男「あ、ありがとうございますっ!」
男(もしかして、ようやく俺に心を開きつつあるのか……? 長かった……)
男「ところで……私の他にお弟子さんは取らないのですか?」
陶芸家「弟子? 今までに何人も取ってきたぞ」
男(え、そうなんだ。知らなかった……)
陶芸家「どれ……今日は少しばかり話をしてやるか」
陶芸家「ある時やってきた弟子志望者は、ギターを持ったふざけた奴だった」
陶芸家『作曲のヒントにしたいから陶芸を習いたい? ……勝手にしろ!』
陶芸家『だがな、陶芸にギターなんか不要だ!』グワッシャンッ
弟子A『ひ、ひどい! ボクのギターが!』
陶芸家『やかましいわ!』
男「……変わったお弟子さんですねぇ」
陶芸家「うむ、本当に変わっておった」
陶芸家「ろくろを回す時も鼻歌を欠かさなかったしな」
男(陶芸家さんとはちがうベクトルで、変わり者だな……)
陶芸家「そんなある日──」
陶芸家『駄作だァァァ!』ガシャァァァン
陶芸家『これも、これも、これもォォォ!』バリンッ ガシャンッ ガッシャーン
弟子A『!』ハッ
弟子A『こ、これだ……このリズムだ!』
弟子A『ありがとう師匠! ようやくスランプを脱せそうだよ!』
陶芸家『…………?』
陶芸家「──などといって、私のもとから去っていった」
男「へぇ~」
男「ちなみに、そのお弟子さんはなんという名前だったんです?」
陶芸家「えぇと、たしか──」
男「…………!」
男(マジかよ……! 今をときめく天才ミュージシャンの名前じゃないか……!)
男(一時期スランプで失踪して、復活後さらなる大ブレイクを果たして今に至るけど……)
男(まさか、ここで陶芸家さんに弟子入りしてたなんて……)
陶芸家「あとはそうだな。こんな奴もいたぞ」
弟子B『陶芸なんてちょちょいのちょいだぜぇ!』ムキッ
陶芸家『いけ好かん若造だ……これでも喰らえッ!』ビュオンッ
弟子B『うわっ!』サッ
バリーン!!!
弟子B『いきなりツボを投げつけるなんて、なにしやがる!』
陶芸家『黙れ! 陶芸をバカにする奴は許せんのだ!』
バリーン! ガシャァァン! バリィィン! ガシャーン!
弟子B『ここでの生活で、反射神経を鍛えられたぜ! ありがとよ!』
陶芸家『反射神経だと!? そんなものよりまずその図太い神経をなおせ!』
陶芸家「──などという輩もおった」
男(まちがいない!)
男(驚異のフットワークであっという間に世界チャンピオンになった格闘家だ!)
男(彼もここで修業したんだ!)
男「ほ、他には……!?」
陶芸家「他には──」
弟子C『ワシは歴史に残る花火を作りたいのじゃあっ!』
陶芸家『知るか! 私は陶芸専門だ! 花火なんぞ知らん!』
陶芸家「同い年ぐらいの男でな……。よくケンカをしたもんだ」
男「そ、それで……?」
陶芸家『なんという駄作!』ガッシャァァァン
弟子C『こ、これじゃあ!』
弟子C『このツボの砕け方こそ、ワシの求めていた究極の花火じゃあ!』
陶芸家『?』
陶芸家「今頃何をしているやら……」
男(日本一の花火職人まで、弟子入りしてたなんて……)
男(彼が作った“陶器散華”って花火は、世界中で大絶賛を受けたんだったよな)
陶芸家「そうそう、こんな奴もおったぞ」
男(ま、まだいるのか……!)
陶芸家『キサマ、また絵を描いているのか!』
弟子D『すっ、すみません! 先生の仕事ぶりをスケッチしようと──』
陶芸家『絵など描くヒマがあったら、ろくろを回せ! ツボをぶつけるぞ!』
弟子D『ひいいいっ!』
陶芸家「絵はよく描けていたが、陶芸はまるでお粗末だった」
男(陶芸漫画『陶芸ファイター六郎!』で大ヒットを飛ばした漫画家だ……)
男(今ではウチの社の漫画雑誌でも連載してる超売れっ子……)
男(もし、この人に弟子入りしてなきゃ、あのヒット作は生まれてなかったのかも……)
弟子E『容赦なくツボを割る先生のお姿に大変感動いたしました!』
弟子E『先生を見習えば、私も少しは日本を変えることができるかもしれません!』
陶芸家『下らんこというな! 日本を変える前にもっとマシなツボを作れるようになれ!』
陶芸家「日本を変える、などと大言を吐いていた奴もおった」
男(いざという時の決断力が優れていて、多くの支持を集めている政治家だ……)
男(彼のあの決断力も、この先生から来ていたものだったなんて……)
陶芸家「ふん……今日はしゃべりすぎた」
男「あ、ありがとうございます!」
陶芸家「そういえば、お前は私を取材しにきたんだったな」
陶芸家「少しは成果はあったのか?」
男「は、はいっ!」
陶芸家「そうか、ならば好きな時に山を下りるがいい」
陶芸家「いつまでもつきまとわれてもうっとうしいし、お前にも仕事があるだろう」
男(そうだな……俺もそろそろ会社に戻らなきゃな)
男(ようやく分かった気がする……)
男(陶芸家さんが“人間国宝”たる真の理由──)
男(それは弟子入りした人間の才能を、もれなく開花させることにあったんだ!)
男(そのことに気づいた誰かが、陶芸家さんを“人間国宝”にしようって動いて)
男(陶芸家さんは“人間国宝”になったんだ!)
男(案外その“誰か”も、昔は先生の弟子だったってオチがあったりして)
男(もちろん、陶芸家さん本人にその自覚はないだろうし)
男(確証があるわけでもなし、わざわざ記事にするようなことじゃないな……)
男(陶芸家さんは陶器作りで“人間国宝”になった。それでいいじゃないか)
──
────
──────
~ 出版社 ~
男「──というわけなんだ」
若手「へぇ~」
男「会社に戻った俺は当たり障りのない記事を作ったが、当然ボツにされ」
男「その後はかなりキツイ雑用を次々させられることになった」
男「だけど陶芸家さんにこき使われた日々を思い出しながら、それに耐え──」
男「今に至るというわけさ」
若手「はぁ~」
先輩「お前、また編集長の空想話を聞かされてたのか」
若手「ええ、参りましたよ~」
若手「俺が編集長になれたのは“人間国宝”の陶芸家さんのおかげだ~ってね」
若手「あんなあからさまな作り話にいちいち相槌打つのも大変ですよ、まったく」
若手「あまり人にしゃべるなよっていわれましたが、頼まれなくても話さないですよ」
先輩「あの人は出版不況を回復させた、ともいわれる敏腕編集長だけど」
先輩「たまにあのわけの分からない作り話をするところだけが玉にキズだよな」
若手「まったくですよぉ~」
先輩「ま、いいや。ところで一仕事頼まれてくれ」
若手「なんなりと」
先輩「大ヒット作を生み出したゲームクリエイターの取材を頼む」
若手「わっかりました~、ちなみになんのゲームを作った人なんです?」
先輩「『ツボワリ』っていう次々ツボを割るパズルゲームだよ」
先輩「大ヒットして、数百万本売れてるやつだ。今度アニメ化も決まった」
若手「あ、これボクもやってますよ! 面白いですよねぇ~!」
先輩「ああ、よくできたゲームだよ。一度ハマると何時間でもやれちゃうもんな」
先輩「いったい天才ってのはどういうきっかけでこういう閃きをするんだろうな」
~ END ~
以上で完結となります
ありがとうございました!
乙
よかった
過去作あったら知りたい
このテンションはどこかでみたことある
乙
乙
意外と面白かったよ
ゼルダの伝説も陶芸家かw
面白かった
一度陶芸やってみたいんだよな
乙
良いSSだった。
ギャグかと思いきやよくできてた乙!
めっちゃ面白かった
乙
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