それは、本当に唐突な異変だった。
……その日に何があったかと聞かれたら、何てことは無いって答える程度の日常。
朝起きて、母と妻におはようと言い。
そして母の見ていない所で妻とキスをしてから、お腹の子供を撫でる。
朝食は何を食べたのか覚えていないけど、それはきっと仕事へ行く前に食べるには量の多い料理だった。
食べ終えた俺はそんな家から妻に行ってきますと言い、仕事へ向かう。
仕事場ではいつも通り、当たり障りの無い性格で周りと連携しながら数字を打ち込む作業。
そして夜にある程度片付いたら、妻の為に残業はせずに帰る。
たったそれだけだ。
俺は何も特別ではないし、ましてやラノベや漫画の主人公の様に苛められてたりモテたりする訳ではない。
光に包まれた訳でも、女神や謎の声や闇に巻き込まれた訳でもない。
帰りの電車に揺られながら、暴れん坊将軍のテーマを30分延々と聞いていた時に視界が暗闇に包まれなければ……何もおかしくはない一日だった。
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男「……あ」
男「あーっ」
スマホの液晶の明るさを最大にしたまま、俺は空洞を歩き進む。
余りの暗さに、足元以外を照らす時は声も張り上げてみる。
……実際は殆ど声が出ていないとしても、だ。
男(……夢、とか考えても……夢なわけないっていうのは意外に自分でも分かるんだな)
男(…………)
膝がこの空洞に来てからガクガクと震え続けている。
何の音もない空洞を足元に気をつけながら進んでいくと、稀に聴こえるのだ。
水気の無い洞窟で、ゴポゴポと音を立てているのが。
(<●> <●>)
期待
期待
あくしろよ
ピー・・・ピー・・・
男「ひっ!」
手元から鳴り響く、聞き慣れていた筈の警告音。
俺はその音に喉から悲鳴を漏らして周りを見回してしまう。
そして数瞬遅れて、鳴った音がスマホからだと気づくと画面に眼をやった。
男(バッテリー残量が……)
男(まずい、残量からの予測時間は2時間ってあるけど30分も保たない……!)
男(そもそも2時間で出られるのかな……帰らないと妻が……いや、それよりここ何処なんだよ本当に……っ)
焦りが恐怖を、恐怖が苛立ちを、苛立ちが焦りを込み上げさせてくる。
どうしてこうなったのだろうと、つい1時間前と同じ事を考えても何も変わらない。
俺は、残り僅かなスマホの画面で洞窟の先を照らしながら走り出す。
男「ああああああああああああああ!!!!!」
ひたすら叫びながら、暗闇の中をスマホの光だけで突き進む。
元々俺は暗いところは何歳になっても怖いのだ。
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