結局ミスドなんだよね。
こうゆう中途半端な時間とかってさ。
マックは混んでるし、
サイゼってほどおなかすいてないし、
カラ館行くほど時間ないし、ってか穂乃果お金ないし……
ああーっ、だめだだめだ!
これからパーティーだってのに、なんか暗くなってるし!
って、
カフェオレ落とした……入ってなくてよかったけど。
ふぇ? いいですいいです、取っかえなくても!
うう、
なんか店員さん困らせちゃったし……はぁ。
絵里ちゃんまだかなあ。
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リラックマの引換券、
絵里ちゃんあと二枚なんだっけ。
あれ集めてるんだったら捨てなきゃよかったよ。穂乃果のばか。
ってか窓に映った私の顔、
口が開いてたりして、ほんっとばかみたい。
これが絵里ちゃんならちょっとかわいかったりするんだけど、
穂乃果だし。
あほのかだし。はぁ……
ってやってたらガラスのなかでパッと輝くなにかが、
髪の毛、
しかも金髪の長くて輝いてて……っえりちゃあんっ!
「……っ、穂乃果、さん? えっと、なに?」
「ぇ、いや、特になんでもないです……」
こうガバッ!って振り向いたせいで絵里ちゃんに軽くヒかれた。
死にたい……。
とか思ってるうちに絵里ちゃんさっさと隣の席に。
置いといた鞄をひざの上に載せて
(ってかふともも白っ! たべたい! きゃー!)
……うん、
それはともかく絵里ちゃんダブルチョコレートを一口かじってる。
空みたいな色した目で私のことチラ見する。かじったまま。
「っ! ……ええと、うん、穂乃果は気にしないで、どうぞ」
あはは、って自分のから笑いが聞こえたり。
そしたら絵里ちゃんもちょっと笑ってた、
目を細めて、
こう、
私の身体の奥がきゅってなっちゃう絶妙なやり方で。
顔のほっぺとかが熱くなるような、
いつものやつで。
チョコのドーナツ、もう三分の一ぐらいなくなってる。
私はスカートのシワとか気にしたりして、
ぱんつ見えてないかなとか
姿勢ヘンじゃないかなとか
意味分かんないこと気にして、カフェオレを一口。
って、そうだもう無かったんだよね……。
「穂乃果、お代わりしてきたら?」
「え、あーうん、する。あとでするよ、超する」
はあ?って絵里ちゃんさすがに眉を細めた。
ああもう私のバカ……なんとなく目をそらした先、
スマホの通知。
希ちゃんから結構前にラインきてた。
《ゴメン、えりち学校に戻すのあと30分遅らして!(>_<;)
飾り付けのテープが足り》
「穂乃果?」
「ぅえええっ、 なんでもないナンデモナイヨ!?」
がたん!
ってスマホ落として床にかがんで拾って 「っあだっ!?」
「もう……落ち着きなさいな、穂乃果」
テーブルに頭ぶつけちゃった。
もう、なんなんだよ今日の私……
あーもう、
いまの絵里ちゃんが悪い。
びくった、
いま心臓やばかった、
急に私の顔を見つめたりするからだ、
絵里ちゃんが悪いんだよ……。
うん、わかってる。穂乃果がばかだからだ。
でもね、
そしたらさ、
あたまの上であったかい指先が伸びるの、
こう、
ふわってさわられちゃうの。
「大丈夫? キズになってない?」
って、なでてくれるの。
指先から熱が流れ込んで、
胸の奥のキズまで溶かしてくれるみたい。
心がきゅーってなって、
ぎゅってしたくて、
でも今の穂乃果ぜったいヘンだし、
数十センチしかない二つの席の距離が
無限より遠くなって勝手にうらんだりしたまま、
抱きしめられなくなった腕を ぱしゃんと落としたまま、
イスのクッションとかつねってたりするの。目は閉じたまんま。
絵里ちゃんがいつでもキスできるように……って、
キス!?
「きゃ……ちょっと、急にどうしたのよ」
「えりちゃ別にほのかそんなんじゃ!
……ああ、ううん、なんでもないの。ごめんなさい」
もうやだ。
私、最近おかしいよね。
泣きそう。
パーティー16時半からになったし、
あと20分くらい? どうやって持たそう。
うぅ。
カフェオレのむ。
って飲めないし無かったし。
つらたん。
「喉かわいてるなら、私の、飲む?」
って差し出された
絵里ちゃんのえりちゃんのえりちゃんのきゃあー!
「っ!……あー、やっぱいいよ。穂乃果はいいよ、うん」
そう、
って引いてく絵里ちゃんの腕。
目の青がゆれててたれ目が下がってるように見えて、
穂乃果やっぱだめだ、
誕生日なのに最近ずっとだめだ、
すごいがんばって選んだのに、
希ちゃんや亜里沙ちゃんにもこっそりいっぱい聞いて選んだ
あの前に私に好きだって言ってた
くまさんのちっちゃくてかわいい腕時計を
「――あの、すみません! もしかしてμ'sの高坂さんと綾瀬さんですかぁ!?」
振り向いた私の顔(ヘンじゃなかったかなっ)、
そこに雪穂と同じ制服着た女の子ふたりが
(茶髪でポニテの子と、ロングでちっちゃい子)
片づけかけてた黄色いトレイ持ったまま固まってて、
でも眼がキラっきらしてて、
もうなんか見るからに飛びつきたいんだけど
(気持ちわかるよ、わかるよ! 穂乃果もA-RISEナマで見た時こうだったもん!)
抱えたトレイがジャマでどうしていいかわかんなくって
「それ、片づけておきましょうか?」
「え!? そんなっ、エリチカさん気にしないでくださいっ!
あたしがやりますから、」
「あっバカ、めぐちゃん失礼だよ!?」
「わわ、すみません綾瀬さん、」
とか言ってる間に絵里ちゃんさっさと片づけちゃってた。
……あ、
私もなんかしなくちゃ。
えっと、ええと、
「やばいです、うち穂乃果推しなんですよっ!」
「わぁ、応援ありがとうございます!」
よし言えた、
言えたぞ穂乃果。
だいじょぶ、穂乃果ちょおアイドル。
「ばか、シノこそ失礼じゃん」
「あっすみませ」
「ああーっ、
それ前のライブで配ったフライヤーだよね?」
「そうなんです! もう保存用とかもヤフオクで落として……
あっすみません!」
「もう、落ち着きなさいな」
って二人に笑いかける絵里ちゃん超余裕。
てか落ち着くの穂乃果もだよね……。
びっくりしたのが、
めぐみちゃん(バト部なんだって。ラケット持ってた)が
ちょうど絵里ちゃん推しだったこと。
色紙とかなくって
クリアファイルの裏側に 絵里ちゃんと二人でサイン書いたげたら、
めぐちゃんとしのぶちゃん
(私を応援してくれてる子。ちっこくて黒髪で昔の海未ちゃんみたいでかわいいの!)
が二人できゅーって抱き合ってて、
あ、
穂乃果ってちゃんとアイドルなんだな
って思ったりとか。
てか絵里ちゃんもいるし、つーか絵里ちゃんだよアイドルオーラあるのは
今だってなんかすごい自然だし。
「二人はこれから帰るところ?」
「はい! ちょうど今ヒマしてたんです!」
「めぐちゃん塾行くとこでしょ?」
「もー。今それ言うなよぉ」
「応援はうれしいけれど、
学校の勉強もおろそかにしたらダメよ?
ねぇ知ってる、
穂乃果ったら赤点でμ'sの活動が」 っわぁああああっ!
えりちゃ急になにいうの!?
「わ、あたしもこないだ数学赤点でした! おそろですねっ!」
「だよねっ、そうだよね!? 二次関数とかイミフだよ」
「わかりますー!」
がっつり握手。ゆびやらかい。
「……穂乃果、この子たち中学二年よ?」
「あう……」 がっくり。
そしたら絵里ちゃんが、
ほら穂乃果からも言ってあげて、
って。
「ええと……来年受験生なんだよね?
よかったら、
進学先に音ノ木坂学院なんてどうでしょうか!」
しゅぴーん!
見合わせる二人、絵里ちゃん苦笑い、
気のせいか店内まるごと静かに感じる、
あれほのかやっちゃった?ってか私そんな簡単に決めちゃって、
「はいっ!」
そしたら二人のそろった声が聞こえた。
それから
「今ので決めました」
「私、来年目指します!」
ってかわるがわるきこえる。
うはぁ……やばいなー、私、どうしよ絵里ちゃん、
うれしくって。
スクールアイドルって、
こういうことなんだぁ……えへへ。
「待ってめぐちゃん、」
にへーってしてたら急にしのちゃんが言った。
「うちらが入学する時って、
いや合格したらだけど、
絵里さんも穂乃果さんもいなくない?」
「あ。
そっか、穂乃果さんも卒業しちゃうんだっけ」
……あ。
そつぎょう……卒業。
「まぁでも先輩の過ごした高校だよ?
ここが穂乃果さんの使ってた机だぁとかって」
「うっわシノ変態じゃん。てか本人の前でいうなよ!」
「ぷふっ、すみません」
「あはは、
この子意外と天然なんですよねぇ」
ああ、
うん、いいよ。気にしてない、
穂乃果そゆうの気にしないタイプだから。
「ごめんね、そろそろ私と穂乃果も出かけるから」
絵里ちゃんの声がした。
窓ガラスを背に笑ってる未来の後輩ふたりは変わらずキラキラしてて、
思わず隣の指を握りしめようとした、
なんでだろ、
そうしなきゃって思ったの。
でもそこに絵里ちゃんの指はなくって。
「穂乃果、携帯鳴ってたわよ」
うん、
絵里ちゃんありがとう。
窓際カウンター席で私の携帯を取り上げて見せる絵里ちゃんが急に遠い。
そこで私たちのうわさ話をしてくれてるめぐちゃんとしのちゃんも遠い。
なんでだろ、
さっきまで穂乃果はここにいたのに、
穂乃果ちゃんとアイドルだったのに。
「ごめんなさいね、私と穂乃果、そろそろ出なくちゃ」
え、と振り向く。
「わわ、すみませんジャマしちゃって!」
「でもうれしかったです!
あたし、絶対ぜったい音ノ木坂に行きます!」
「それなら、
塾のお勉強もがんばらないとね、“めぐちゃん”?」
絵里ちゃんが笑った。
アイドルしてた。
それなのに、穂乃果は、
「ふわぁあっ……絵里さんにあだ名で呼ばれた!
あたし今日死んでもいいっ!」
あ、しのちゃんも、がんばってね!って返す。
声がうわずっててカラカラでうまく行かない。
なんでだよ、私のバカ、
がんばらなくちゃ、もうわけわかんない、
そうだ誕生日パー
「あっ絵里さん! これ、
よかったらもらってくださいっ! 今日が誕生日ですよね!?」
「わぁ……かわいいわね、いただいちゃっていいの?」
「はいっ! それ小六の修学旅行で日光行った時買ったんですけど、
ずっと着けてたからキズとか付いちゃって汚いんですけどっ、」
「えっ……いいの? 大事なものなんじゃない?」
ハリネズミのきらきらストラップ、
ちょっと耳のとこが欠けてて、
でも絵里ちゃんは
うれしそうに自分のひらいた指の上で輝かせてて。
「……穂乃果さん?」
「ふぇ? ああっううんなんでもないよ、
それよりしのちゃんもがんばってね!」
後輩の女の子は照れて身をよじって笑ってるけど、
私の声もなんか今日は遠いけど、
こんなの届いたのかな。
ああだめだ、だめだだめだ、何考えてるんだろう。
絵里ちゃんの笑顔が
目にいたいほどまぶしくって、
プレゼント、捨てたくなっちゃいそうだ。
……穂乃果のバカ。
どうしたの、って
絵里ちゃんが少しほほえんでくれたのは しばらくしてから。
ううん、なんでもない、
って言いながら携帯さがした。
ない、
みつかんない、
あれどこやったっけ、「もう、こっちよ?」
って絵里ちゃんの指が私の手のひらを開いて、
私のスマホをそこに乗せた。
手の甲、
絵里ちゃんの指がふれてるとこが熱くなる。
あの青い目が穂乃果のことじっと見てるから、
よけいに手がしびれたみたいになる。
ふれてる、
いま絵里ちゃんは穂乃果にふれてる。
なのに絵里ちゃんの後ろから窓越しに射す光が、
カバンにつけたあの子のストラップを輝かせて、
絵里ちゃんの遠さがたまらなくなる。
ふれてるのに遠い。
目をそむけちゃう、
そうだ通知、
うわ5件もきてる、ああもう行かなきゃだよね、
うん、
時間ちょっと早いけど
こっから行くとあの信号長いし実際ちょうどだよね、
こんなとこに
絵里ちゃんあんまり引き留めといてもしょうがないし
飽きてるだろうし、
うん、
「ねえ絵里ちゃん
そろそろ帰ろっかってか
穂乃果わすれものしちゃったかもーあははっ
実は四時半に取りに行きたいから今すぐちょっと
高校に寄ってもいいかな絵里ちゃんっ!?」
がたっ、と転がったカフェオレのカップが向こうへ落ちそうになった。
さっと動いた指がつかまえて、元の位置に戻す。
「ちょっと……落ち着きなさいよ、大丈夫?」
ほんとに心配そうに眉をさげた顔。
いつの間にか立ち上がってた腰を落とす。
心までどっかに落ちてっちゃうみたい。
わらうんだ、
わらえ穂乃果、
絵里ちゃんにだいじょぶだよへーきへーきって笑うの、
絵里ちゃん逃げてかないから、
まだ、
……まだ、ここにいる。
今はまだここにいるから。うん。
でも、いつかは、いつかじゃない、
そんなの分かってたのに、
……だめだだめだ、ちゃんとしなきゃ、
「ねぇ穂乃果。その時計、時間ずれてない?」
「ほぇ?……え、そうなの?」
絵里ちゃんが自分の携帯をみせた。
わ……10分近く早いじゃん、穂乃果の。
てことは、まだ結構、
時間あるみたい。
「これ……どうやって直すんだろ」
貸して、って絵里ちゃんが手をのばす。
携帯を渡すと、
こういうのはだいたい設定アプリに日付と時刻みたいなのがあって、
とかよくわかんないこと言いながら
すらすらといじくってなおしてしまった。
「はい。
……なんでこんなに早まってるのよ」
「ありがと! えとね、
……あーそだ、
寝坊対策で、海未ちゃんに頼んで早めてもらったんだった」
てか10分も早かったの? なのにギリギリな穂乃果って。
うわぁ。
「なんだか分からないけど、10分前なら余裕あるんじゃない?
……なんだか、分からないけど」
ストラップきらり。
てか普通にばれてるよね……
絵里ちゃん朝にもファンの子から誕プレもらってるし、
サプライズとか普通に無理だよね……。
あ、
だから希ちゃん朝にプレゼント渡してたんだ、
パンケーキ屋さんの割引券。
あれで済ました、ってことに一応しといて。
そっか、……わぁ、
ほんと気を使わせちゃってるなぁ……。
「ええと、分からないなら、しょうがないよね。
あははは」
「そうね、なんだか分からないけど16時半に部室なのよね、
うん」
やば、ライン開いたままだったかも……
え、
見てないよね? 見てないよねっ!?
なんかヘンな顔してるし、
ああもう話題変えなきゃ次のライブはどんな振り付けに
って昨日話したばっかだったじゃあ学校の勉強
ってナシナシそんなのナシだとかってごたごたやってたら、
絵里ちゃん急にこっち向いて、
穂乃果の両肩をぽん、ってはたいて、
逃げらんない私のことまっすぐに見つめて、
「聞いて。
……私は、穂乃果が好きなの」
……ぅえ?
え、その、
あのっ……うあっ。
あう……ふへぇ……うあぁ……
「友達としてだけでなく、
同じ舞台に立つ仲間として、
それに……一人のファンとしても。
あなたのこと、これでも尊敬してるのよ」
キスでもほんとにできちゃいそうな距離で
絵里ちゃんがくれたのは、
そんな言葉。
こころの奥の一番熱いとこまで素手で触れられて
くらくらしちゃって
一番深いとこまでとろけちゃいそうだったのに、
絵里ちゃんは、
よりにもよって……ああもう、
全っ然わかってない! がっかりだ!
「だからね、何があったか分からないけど、
さっきのファンの子が誰推しでも、
その、……私は穂乃果のこと、
一人の仲間として、……大事に思ってるつもりなのよ?」
いいながら照れてるし。
かわいいし。
……ああもうズレてるよ絵里ちゃん。
てか希ちゃんや海未ちゃんのフォローとか今いいから。
二人のいいとこなんて聞かなくても分かってるから。
くっそう、
さっきの反動で逆になんかむかついてきた。
このポンコツー! ろしあー! なんでわかんないだよ!
穂乃果だってわかんないけどさあっ!
「……ほのか? えっと……ごめんね、急に変な話しちゃって」
って黙ったまんまの私から肩から手が離れる。
わざとらしく窓の外を眺めなおしたりなんかしながら、
なんだか曇ってきたわね、
なんて言い出すとこがほんっとに絵里ちゃん。
真姫ちゃんみたいに自分の髪の毛いじくったり整えたりしながら
かじったチョコドーナツ、もうあと一口。
それを食べ終えてしまえば店を出なくちゃいけない。
時間は……そうだ、
まだ余裕だ。
さっき絵里ちゃんが戻してくれたから。
「ねえ絵里ちゃん」
穂乃果がいう。
チョコドーナツを手に持ったまま、
口をぽかんと開けたまま振り向く。
「私の方が絵里ちゃんの百万倍は絵里ちゃんのこと好きだよ」
ぞっとするほど冷たい声。
自分でもちょっとびっくり。
絵里ちゃん固まってる、まだ。
いいよどうせ言ってもわかんないよね絵里ちゃんなんてさ。
チョコドーナツはあと一口。
ピークの時間を過ぎた客席にお客さんはまばら。
カフェオレは相変わらずからっぽ。
まぶしい太陽光が薄めの雲に遮られて
逆光をなくした絵里ちゃんの顔が今度こそはっきり見えてる。
ねえ絵里ちゃん、そのチョコドーナツ残ってるの穂乃果に一口ちょうだい。
白い手首をつかんだらびくんって波打って、
皮膚の下で薄く見える青い血の線までいとおしく感じる。
この指がいちばんあったかい。
ねぇ、今はひとくちでいいから。
おなかいっぱいになっちゃったら、
パーティーできなくなっちゃうもんね。
唇をそこによせる。
甘いにおいがする。
目をすこし閉じる。
エナメル質のかたい爪、
チョコの粉粒を貼り付けたかわいい指の肌、
関節に小さく走るしわはまるで唇みたい。
ドーナツのかけらが指からこぼれおちる。
いいよ、えりちゃんがあるもん、
ねえ私もうがまんできないよ、
あと一口、ほんの一口、
穂乃果に絵里ちゃんをちょうだい。
――ふれた。
時間が、止まった。
「……っ!?」
あう、って歯をぶつけた。
いたい……いきなり指をぬかれたせいだ。
絵里ちゃんひどい。
唇いたい、切ったかも……
雲につつまれた明かりも店内の弱い照明も
すべてがぼんやりしてて、
穂乃果、ぽーっとしちゃう。
自分の唇で乾いてるとこを湿らせなおす
べろの感触、
数秒前がわすれらんない。
ぽーっとしてる。
それで絵里ちゃんは……
「な、なっ……なにするのっ! その、
ええと……私の指はたべちゃだめよっ!」
顔を真っ赤にしてる。
元の肌が白いせいで赤みが差すとよけいに目立ってきゅーと。
ちょうかわいい! って、
ていうか、穂乃果、いまさっき何してたんだ。
えーとちょっと待ってね?
絵里ちゃんがスマホの時間なおしてくれて、
でもなんにも分かってくれなくて、
もうドーナツ食べてやろうとか思って、
それで、それで、そしたら、
「ぅああああっ!」
顔かくした。いや、穂乃果が。
だって、だって!
なにやってんだよ私! へんたい!
いやだってなんかえりちゃいつもおいしそうだなって思ってたし、
てかおなかすいてたし、
ああもうああもうっ! 絵里ちゃんこっちみんな!
元はといえばぜんぶ絵里ちゃんのせいじゃんばーか!
……はい、わかってます。
穂乃果がばかだからだよね。
やっと顔があげられると、
まだショック状態で自分の身体を抱きしめるようにして
縮こまってこっちをちらちら見てる絵里ちゃん(ごめん、かわいい)。
「あ、あの……穂乃果、気にしてないよ?」
「それは私が言う台詞でしょっ」
あ、たしかに。
ごめん……。
「……っ」
「……」
うぅ……気まずい。なんか空気が重たい。
穂乃果のせいだけど。
てかまた晴れてきたし。
それは穂乃果の責任じゃないです。
だれかたすけてー!って時に携帯が鳴った。
びくってなる。絵里ちゃんも。
「ほょ、ほのか? 携帯、鳴ってるわよっ」
「うっうん絵里ちゃんありがとう」 ……ぎこちねー!
ひらく。
ラインだった。
《なんとかなった! えりち連れてきて!》
タイムアップ。
時間切れ。
判定勝ち? いや、なんか負けとか勝ちとかどうでもいいし。
穂乃果いますっごい疲れてるし。
はぁ……。
「絵里ちゃん。学校いこ」
「うん……ありがとう、穂乃果」
「トレイ片づけてくるね。……ごめんね」
お皿に落ちたチョコドーナツ一口分、
絵里ちゃんが手にとって口にした。
あむあむと食べてる指、
さっき私がへんなことした指、
そこに絵里ちゃんの舌が、ちろって触れてる。
「……か、片づけてきたら!?」
「う、うんっ!」
一瞬で飲み込んで軽くせきこんでる絵里ちゃん。
心臓がばくばくいってる穂乃果。
後ろで荒い息を整える、
深呼吸してるのがきこえる。
こんなことなら……こんなことなら。
身軽になった私の向こう側で
あの人が二人分のカバンを腕に抱えて待ってた。
ごめんね、ってその人が言った。
ううん、穂乃果のせいだから、ってカバンを受け取った。
もう時間がない。
一階出口へ続く階段は急すぎて落とし穴みたい。
いっそ落ちてしまいたい、
どこか知らない場所まで。
そこに絵里ちゃんがいたらすごくいい。
そんなわけないのに。
そろそろ急がなきゃ、って少し早足になる私。
十月の風がひざに冷たくって、
唇もかさかさになっちゃいそう。
言葉はなかった。
楽しい楽しい誕生日パーティーまであと10分くらい。
それなのに、
穂乃果は、
わたしは……。
穂乃果あぶない、って急に手を引かれた。
後ろから、絵里ちゃんの顔。
うつむいて、唇をふるわせたような。
赤信号だった、背中の方でビルの陰に隠れてた車が何台も走り抜けてく。
手をにぎったまま動かない私たち。
指先だけつながったまま、
宙ぶらりんになったみたいで、
白いガードレールに反対の手をついて支える。
でもそのガードレールは白いだけで、
冷たくてかたいまま。
立ち止まった私たちの間をくぐり抜ける冷えた風が
ひざや手の甲の温度をまた奪ってしまう。
さっきの子たち、高校受かるかな。
そう聞いたら、
まだ先の話よ、
って笑ってみせた、声だけで。
その頃には、絵里ちゃんは。
って聞かせたつもりもないのに、絵里ちゃんの指の力が強くなって、
そしたらぐいって引かれたの。
ガードレールから手が離れた。
バランスを失った穂乃果のからだが絵里ちゃんにもたれかかって、
動けないまま、
髪になつかしい重みがのせられる。
私だって、認めたくないの。
って聞こえた。
世界で一番小さな声だけど、
後ろで先を急ぐ車の音や
反対の信号が鳴らすチャイムにかき消されそうだったけど、
ぎりぎり耳元まで届いた。
もしかしたら、
やっぱり絵里ちゃんニブいから、
ここまでしてくれたって私の気持ちは伝わってないかもしんない。
ほんとに、
半年もすればいなくなっちゃうのがさみしいだけかもしれない。
絵里ちゃんと穂乃果の時間は一年近くずれてて、
絵里ちゃんはいつも先にいってしまって、
私は追いつけなくって焦って転んだりして、
結局ちゃんとは伝わらないままなのかもしれない。
絵里ちゃんに頭をなでられながら、
浮かぶのはそんなことばっかだった。
だけど、その瞬間、それでもいいって思えたから。
「絵里ちゃん、また遊べる?」
また、ってなんだかわかんないけど、
とにかくそう言った。
手をとめた絵里ちゃんはぽかんと口を開けてたけど、
口元をゆるませて、
そうね、
今度は時間があるときがいいわ、
ってわらった。
「それじゃっ、……えと、
来週の日曜なんてどうかなっ!」
「来週?……今週じゃなくて、
いいの?」
「まちがった! じゃあ今週がいいっ!」
ぷふーってふき出してふたりして笑ってる。
自転車のおばちゃんが変な目をむけて通り過ぎてく。
あはは、あははっ。
手はつながったまんま。
あれ?って思ったらもう信号は青で、
私たちもう行かなきゃいけなかった。
気づかなかった……。
後ろのおじさんが穂乃果たちのことじゃまそうに追い抜いていく。
そのとき、穂乃果、すごいことに気づいたの。
「……どうしたのよ、急ににやにやしちゃって」
あう、ばれてた?
まったくもう、こんな時だけ絵里ちゃんって。
これは世界をひっくり返しちゃうほどの大発明だから、
実際さっき私の世界が変わっちゃったんだから、
絵里ちゃんにだけ聞こえる声でこっそり耳打ちするの。
「ねえ絵里ちゃん。
穂乃果さっきすごい発見したんだよ」
「ふうん、どんなの?」
「時間を止める方法」
なにそれ、って笑う。
まだ指はあったかいまんま。
そうだよ、時を止める方法。
違う時間を生きてる絵里ちゃんと私が離れなくなる、
絶対最強のやり方。
時間よ止まれーってさけぶの?って聞かれる。
「違うよ、雨じゃないんだからっ」
「雨だったらそれでいいのね……」
そうだっけ?覚えてないけど。
「あのね、……やっぱり教えない!」っていったら
絵里ちゃんがけちー、誕生日なんだから教えてよ、
なんてねだるけど教えない。
だって……
いつか、私が絵里ちゃんにぜったい教えてあげるんだから。
角を曲がるといつもの校舎がみえた。
部室ではもうみんなが待ってる。
希ちゃんにもう着くってライン送ってポケットにしまった。
これから絵里ちゃんびっくりして、
たぶん笑ってくれて、もしかしたら泣いちゃうかも。
えへへ、私には未来だって見えるんだよ。すぴりちゅあるだもんね。
穂乃果が発明した絵里ちゃんとの未来、
当たってたらいいな。
もう一度だけ時計を確かめる。
現在時刻、16時23分。
絵里ちゃんになおしてもらった正しい時間。
残り時間、
誕生日パーティーまであと7分。
それから、
大好きな人とのデートまで、あと5日。
これから絵里ちゃんはどんどん加速して離れてくけど、
穂乃果だってそんなの認めない。
私はきっと絵里ちゃんに追いつくし、
追い越しちゃっても、
絵里ちゃんが手を引いてくれるって信じてるから。
だからもう大丈夫だよっ、
……時間よ、すすめっ!
おわり。
だいぶ遅れたけどえりちゃおめでと
こういう青春だいすき
乙でした
改行ぉー!!
乙です
おぉー、凄く好きな空気だった
穂乃果はいざとなったら確かにあれくらいテンパりそうな気がする
乙!
乙
あと数十分で凛ちゃんの誕生日だという時に良いもの見たわ
乙!
遅い乙
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