男「温泉さいこー」(80)
最近はずいぶん冷えてきた。
こんなに涼しいと夏の疲れがどっと襲ってくる。
どうも調子が出ない。
こういうときは温泉がいい。
よし、決めた。
温泉にいこう。
良さそうなところをネットで探す。
とはいえ人が多いと疲れる。
せっかく温泉に行くのに本末転倒。
ちょっと人気から外れたところ。
あまり遠いのも疲れる。
もちろん、安ければ安い方がいい。
なんとか条件に合うところが見つかった。
早速、宿の予約を入れる。
平日の二泊三日のこと。
すんなりととれた。
さて、休暇に備えてやることをやってしまおう。
あっと言う間に旅行の当日。
前日にそろえた荷物は、なんとかバッグ一つに収まった。
戸締まりを確認して、出発。
電車に揺られる こと数時間。
持ってきていた小説が二冊目も半ばにさしかかろうと言うところで到着。
やたらのどかなところで電車を降りる。
座りっぱなしというのも疲れるものだ
そこからバスに乗り換えて一時間。
山道を抜けた先が、ようやく目的の温泉郷だ。
運転手のおっちゃんに礼を言ってバスを降りる。
山奥だけあって、はや初冬の風情。
かすかに温泉のにおいがする。
これだけで、なにかもう満足だ。
観光地だけあって、周りのほとんどが旅館やホテル。
これだけあってよく潰れないものだ。
予約した宿はもうすこし山の方にあるらしい。
地図を確認しながら、坂道をのぼっていく。
道の両脇にはやっぱり旅館。
ところどころ浴衣姿の男女があるいているのが風情をそそる。
おかしい。
地図が間違っているのか
もうそろそろ見えていい頃なのに、まだ看板も見えない。
両脇の景色もずいぶん高級そうになってきた。
さすがに不安になったので、少し道をくだり、先ほど通り過ぎた雑貨屋で道を聞く。
やはり道を間違えていた。
もう少し降りて、土産物屋と旅館の間の細い道がそうだとのこと。
お礼ついでに適当なものを買って店を出る。
教えてもらった場所に行くと、舗装もされてない砂利道。
見過ごしたのも不思議じゃない。
見れば、さび付いた看板らしきものもあった。
誰が気づくものか。
車一台通れるかと言ったほどの林道をすすむ。
もうほとんど山歩きだ。
ちょっと不安になったころに、目的の宿が見えた。
ホームページ通りの外観になんとなくほっとする。
元はお寺かなにかだったのを改修したのだろう、木造のずいぶん古びた建物だ。
ところどころ、トタンで補修されているあたりも安さの由縁なんだろう。
引き戸をあけるには、ずいぶん力が要った。
中に入ると、古い家の臭いがする。
受付には誰もいない。
どうしたものかと考えていると、奥の方から人が出てきた。
女将というには、ずいぶん若い。
ラフな格好にエプロンをかけて、仲居さんだろうか。
「ご予約の方ですか?」
落ち着いた、耳あたりのいい声だ。
名前を告げる。
「お待ちしてました。お部屋にご案内しますね」
笑顔も素敵だ。
仲居さんについていくと、六畳ほどの和室についた。
荷物をおろし、一息。
出してくれたお茶を横目に見ながら、仲居さんの挨拶を聞く。
浴場や食堂の場所と使い方 、近所の買い物事情などなど一通り。
最後に
「なにかあったらいつでも声をかけてくださいね」
と、言いおいて部屋から出ていった。
戸がしまって、一呼吸。
気が抜けた。
ここまでの疲れが、一気に出たらしい。
畳に転がって、ぼうっとする。
静かな部屋だ。
ぼうっとしたまま、天井の染みを数える。
十二を数えた辺りで覚醒。
こうしていても仕方がない。
温泉に入ろう。
押入れから、備え付けの浴衣とタオルをもって浴場へ。
部屋を出て左。
階段を下りて右。
突き当たりの内風呂を、さらに左へ。
吹きさらしの渡り廊下をぬけると、掘っ立て小屋のような脱衣所へ到着。
古びた「男」のれんをくぐる。
先客はいないみたいだ。
服を脱いで、籠へ押し込む。
すきま風の多い小屋は、ずいぶん寒い。
一刻もはやくお湯につかりたい。
脱衣所の奥の扉を開けると、湯気があふれる。
硫黄の、温泉のにおい。
天井はない。
露天風呂だ。
掛かり湯をさっとすませて、一気に胸まで。
粟だった肌に、ぬるめのお湯が染みる。
ひとごこち。
脱力しながら肩までゆっくりと沈む。
いい気持ちだ。
お湯はほんのり白く濁って、足の先がちょと遠い。
白いお湯から、白い湯気。
濡れた手ぬぐいをふちにおいて、息を吐く。
もう夕暮れがかった日差しが、なんともよい風情だ。
手足をのばして、ゆっくりと楽しむ。
のんびりとしていたら、もう夕方も深くなってきた。
振り返ると、星も幾つか浮かんでいる。
そろそろ上がろうかな。
立ち上がると、ふらふらする。
少し長くつかりすぎたようだ。
うん。
もうあがることにしよう。
タオルで拭く最中も、からだがポカポカする。
寒かったすきま風も火照った身体が冷やされて、いまは気持ちいい。
うん。
入る前とは大違いだ。
さすが、温泉はいいものだ。
ゴワゴワした浴衣に袖をとおし、帯を締める。
着てきたものを丸めて抱え、部屋へ。
暗くなって、渡り廊下の電気が点いていた。
ひとつだけの蛍光灯が寒々しい。
部屋に戻り、服をたたむ。
そろそろお腹が空いてきた。
夕食は食堂へ行けばよいのだったか。
そうだ。
ご飯の間に布団を敷いておいてもらおう。
内線をかけると、先ほどの仲居さんがでた。
布団をしいてほしい旨をつたえる。
これで、よし
少し冷えてきた。
浴衣の上から綿入れを羽織る。
よし。
準備万端。
一階へおりる。
相変わらずフロントに人影はない。
食堂は学食のような風情だった。
カウンターに向かって注文をすると、気むずかしそうなおばちゃんがうなるように返事をする。
天ぷらそばを頼んで、待つことしばし。
意外とはやくできあがった。
衣だけのエビ天とかき揚げ。
塩辛すぎる出汁。
まあ、予想通りだ。
特に感想もなくそばをすする。
喉がかわくな。
せっかくだし、酒も飲もう。
おばちゃんに頼むと、このへんの地酒とやらがでてきた。
一口。
うん、すっきりしてて悪くない。
あとで、瓶をもらって部屋で飲もうか。
そばも残りわずかだ。
うーん、もうちょっと何かあっても いいな。
とりあえずもう一杯、酒を頼んで…
そんなことを考えていると、食堂の戸が開いた。
仲居さんだ。
目があう。
お互いに軽く会釈。
カウンターになにか注文してる。
仲居さんも夕食だろうか。
一人で飲むのも寂しいので、誘ってみる。
お酒はちょっと…と、やんわり断られた。
まあ同席してくれるだけでいいか。
残ったそばを一気にすすり、お酒とおつまみのおかわり。
仲居さんは、ほうじ茶で乾杯。
なにを話すとなく、静かに飲んでは食べ。
沈黙を気遣ってか、時々、鹿が出ただの熊が出たなど、この辺の話をしてくれる。
とは、言っても又聞きですけどね、とはにかむのが可愛らしい。
彼女は親戚の手伝いにきた、いわばアルバイトだとか。
こんなにのんびりしていていいのか、と聞いたら
今日のお客さんはあなた一人だけですから、とのこと。
出勤してるのも三人だけですよ、という。
仲居さんを独占できるのはいいが、この宿は大丈夫なのだろうか?
二本目の銚子を空け終わったころに、仲居さんも手を合わせた。
もう少しのんでもいいかな。
そう、部屋か…うん、温泉でのむのもわるくないな。
気安くなった仲居さんに聞いてみる。
ちょっと困った顔。
「お部屋になら、ご用意できるのですけど…」
温泉でのむと危ないですから、とのこと。
それもそうだ。
しかし、つかりながら飲むのは魅力的だ。
すこし粘ってみる。
むむむ、とかわいらしく悩んでいる。
もう一押し。
「……じゃあ、ちょっとだけですよ?」
勝った。
お酒と一緒に、桶と酒器を部屋にもってきてくれるとのこと。
お礼を言って部屋に戻る。
お腹も膨れたし、いいきぶんだ。
部屋にもどると、布団がしいてあった。
たおれこむ。
うん。
最高だ。
柔らかい、少しカビ臭いにおいに顔を埋めていると、部屋の戸がたたかれた。
そのまま返事。
くぐもる声。
戸の開く音。
「…なにやってるんですか」
あきれ声。
でも、仲居さんもやったことあるでしょ?
「まあ、ええ…」
それみたことか。
勝ち誇っていると、くすくす笑われた。
「男の子ですね」
どうも生ぬるい視線だ。
「では、ここに置いておきますね」
コトリ、と桶の音。
「飲み過ぎて、溺れないでくださいね。一応、ちょくちょく様子を見に行きますけど…」
そういって、扉が閉まった。
どうせなら一緒に入ってくれればいいのに。
さて、いつまでも顔を布団に埋めているわけにもいかない。
身をおこして、桶をもつ。
それと、手ぬぐいとバスタオル。
手ぬぐいはもうすっかり冷たく濡れている。
桶のへりに掛けて、準備完了。
部屋に鍵をかけて浴場へ。
日はもうすっかり落ちている。
渡り廊下の蛍光灯がいまはありがたい。
いっそう冷たい空気が袖から襟元から。
顔だけは、ぽうっとあつい。
酒のおかげだ。
足下に気をつけて廊下を抜ける。
脱衣所へはいり、浴衣を脱ぐ。
桶をかかえて、いそいそと中へ。
掛かり湯をすると、お湯も少しぬるい。
こりゃあますます酒にぴったりだ。
いったん桶をおいて、足先からそろそろはいる。
じんわり身体がお湯になじんでいく。
胸まで入って、一度桶から徳利と杯をとる。
とろとろと注いだら、あとはゆっくりゆっくり肩まで。
こんどは蛍光灯に照らされた湯面をみながら、ちびりちびりとやる。
ふふ、これは愉快。
途中、仲居さんがきて水をおいていった。
残念ながら、服は着たまま。
一緒にはいりませんか、と誘ったら、後ほどおじゃまします、と。
本気かな?
本気だったらうれしいな。
もってきてくれた冷たい水は、のぼせてぼやけた頭によくしみる。
腹の中まで十分にゆだった頃に、酒もつきた。
もういい加減あがろうか。
身体をおこすと、ふらつく。
回るのがずいぶんはやい。
ふわふわとしていい気持ちだ。
石畳に滑らないよう、一歩一歩踏みしめる 。
ぽたぽたと、身体から水滴が落ちる。
そうそう、桶も忘れずにもっていかなければ。
ふらりふらりと脱衣所で、適当に身体をぬぐい、だらしなく浴衣をしめる。
渡り廊下に出ても、身体はずいぶんあつい。
いい気分なので大股であるく。
裾が広がる。
手すりを握りしめて階段をのぼると、自分の部屋。
む、暑い。
暖房を切って、窓をあける。
冷風がふきこむ。
心地よい。
布団にばたりと倒れこむ。
ああ、いい気分だ。
このまま寝てしまおう。
そうしよう…
……
……
…さむい
なんだ…まだあかるいな…
なんでこんなに寒いんだ……?
すうっと覚醒する。
布団の上に浴衣で倒れている。
蛍光灯はついたまま、窓も開いている。
寒いわけだ。
飲み過ぎたか、 頭がすこし重い。
窓を閉めて、布団にもぐりこむ。
じっと、身体があたたまるのを待つ。
……だめだ。
すっかり冷えきっていて、震えがとまらない。
これはもう一度風呂に入って…
うん、そうしよう。
氷のようなタオルを抱え、浴場へ。
時計を見ると、すっかり深夜だ。
音を立てないように戸をあける。
ほの暗い廊下に一歩踏み出すと、みしり。
思ったよりも大きく聞こえる。
そろりそろりと、しかし、できるかぎり急ぐ。
なにしろ寒くてかなわない。
渡り廊下を抜け、脱衣所の戸に手をかける。
ようやく、たどり着いた。
帯を解く手もおぼつかない。
全身に鳥肌がたっている。
浴場への戸をあけると、もうもうとした湯気。
どことなくあたたかい空気に気がゆるむ。
掛け湯をする。
熱っ
こんなに熱かったか。
いや、体が冷えているせいだろう。
足先からゆっくりと慣らしてゆく。
熱いのを越して痛い温度が、徐々に体になじむ。
ゆっくり肩まで。
ほうと息がでる。
冷えきった体に熱が戻るのがうれしい。
身体もあたたまり、ようやく落ち着く。
もう少し浸かってから寝直そうか。
ほっとして、ようやく周りを見る余裕ができた。
時間も時間なのであたりは真っ暗。
浴場を照らす蛍光灯も弱々しい。
空には雲がかかってしまったか、星はない。
すこし残念だ。
鼻にも先ほどとおなじく硫黄と……ん?
どこか違った感じがする。
なんだろう、これは……
生き物の…いや、生々しい……?
違和感を訝しんでいると、足に何か触れた。
何か沈んでるのだろうか?
湯が不透明なので、わからない。
いや、先ほどより白く…?
すこし足先で探ってみても、なにもあたらない。
気のせいだったのだろうか。
いや、まただ。
今度は二の腕。
肌をかすめるように、なにか通っていった。
魚?
まさか。
温泉に魚がいるはずがない。
また。
わき腹を、今度は撫でるように。
手でお湯をかき混ぜてもなにもさわらない。
おかしい。
絶対に変だ。
背中、手首、内股。
スッ、スッ、スッ…
なでられる。
怖い。
逃げよう。
立ち上がるために、底に手をつく。
そのまま、一気に立ち……あがれない!?
お湯がかたまってしまったかのように、身体が動かせない。
それだのに、お湯の流れは感じる。
とても奇妙だけれど、それどころではない。
首から上だけ水面に出して、身体は得体のしれない白いお湯の中だ。
そして、うごけない。
大声をだして、助けを呼ぶ。
不思議と響かない。
暗くて白い空間に溶けてしまったようだ。
なぜか伝わらないのだろうとはわかった。
これは、なんなんだろう。
夢なのか?
もう動けないし、助けもこない。
あきらめて身体の力を抜く。
すると、体中を触っていたものが止まった。
解放してくれるのか?
と思ったら股間に。
会陰から、玉の裏にかけて
舌でなめ上げるように。
ゾクリ、とする。
気色悪い
いや、でも…?
玉まで舐めると、また会陰から。
繰り返し、繰り返し。
気持ちよくはない… はずなのに、もう勃起していた。
お湯の中でソコだけ更に熱い。
これまでになく、硬くなっている。
勃起を自覚すると、会陰を舐めている感触が、明確に快感にかわる。
きもち、いい
勃起させて、でも会陰を舐めるだけ。
どうせなら…
そう思った瞬間、からみついてきた。
ぐにぐにと巻き付いて全体をこすりあげる。
茎をしごきたてて、亀頭を渦巻く。
もみくちゃにされる。
あっという間に射精。
吐き出す精液の感覚に、遅れて快感が届く。
でも、止まらない。
射精しているのに、まだ責めてる。
敏感になったペニスには辛い。
逃げようと腰をふ…れない。
逃げられない。
二発目。
一回目より多いかもしれない。
射精のしすぎか、下腹の奥に鈍痛さえ走る。
責めはやまない。
やめてくれない。
こんなに懇願してるのに、叫んでいるのに。
いっそ無機質なほど、いやらしくペニスを弄ばれる。
三発目。
絞り出される。
根本の奥が、もう腫れ上がったように疼く。
心臓が限界まで脈を打つ。
口は開きっぱなし、今は叫んでいるのだろうか?
わからない。
全身をめちゃくちゃに動かしたいのに動かせない。
筋肉だけが緊張している。
ガクガクとふるえる腰が止められて、いっそうの快感に変わる。
四発目。
もう、勃起している気がしない。
感覚がない。
半勃ちのまま射精したのだろうか?
脈打っているのだけが分かる。
もう出ない。
だから、もう……
なのに、まだもみくちゃにされている。
あ…また、でてる。
犯されてる……
それから二、三発で、もうなにも出なくなった。
空打ちというやつか、脈動するだけ。
なにも出ていない。
快感も焼き切れて、惰性のような、鈍い痛みさえ。
このまま、コレがずっと続くのだろうか?
と、後ろに違和感。
いや、まて…そこは…
穴を、イジられる。
撫でるように、舐めるように。
嫌悪感。
でも、逃げられない。
穴の周りをなぞってぐるぐるとゆっくり刺激してくる。
ほぐされている。
このまま、後ろも犯されてしまうのか。
すこし、期待してしまった。
ツ、と針で刺すように、中に入ってきた。
なにが……いや、これは…お湯?
お湯の熱さで、腸内を灼いている。
お湯が中に入ってきている。
お湯に犯されている。
今までのも、 お湯?
水流に弄ばれていたのか?
次の動きに思考が吹き飛ばされる。
穴を広げて、大量に、中に。
お腹の中で渦巻いて、かき回される。
熱で敏感になって、ソコを掻いて更に熱くなる。
腸の全部が擦りたてられて…
一カ所だけ、ちがう?
竿の根本の、その奥が、腹の中で違和感。
気がつくと、ソコが重点的に疼いている。
責めているのだ。
クゥ、と切なさが高まる。
お湯の中で、全身に鳥肌がたった。
ぞっ、ぞっ、と体中に戦慄がはしる。
全身が腰の奥のどろどろに支配されている。
射精とはまったくちがう。
快感が収まらない。
ペニスはずっとなにも吐き出さないまま脈動している。
もうでない。
なにものこってない。
と、尿道に…
なんだ?
入ってくる。
お湯が尿道の内側を渦巻きながら。
律動するペニスの中を通り、奥の、精液だまりへ
補充される。
そうしてすぐに射精。
といっても、さっきからずっと射精しているのだ。
空撃ちか、そうでないか、だけの違い。
ずいぶん大きなちがい。
とまらない。
腰が痙攣しはじめる。
全身がしびれたように熱い。
もう出しているのか、入れられているのかわからない。
溶ける。
ふっ、と直感した。
熱い。
熱いのが止まらず、全身に。
腰から脳髄まで全部真っ白になって、平衡がなくなる。
脱力、弛緩。
いつのまにか身体が動くようになっていた。
いや、動かないまま、抑えられていたのがなくなっていた。
重力に抵抗するすべがない。
沈む。
溺れる。
先ほどから酸素をもとめて開いていた口が鼻がお湯にみたされる。
飲み込んでしまう。
胃の中、肺の中までみんなお湯にみたされて。
それでも苦しくなかった。
いや、苦しい。
苦しいほど気持ちいいのは変わらない。
性感よりも快感が刺激される。
頭の先まで白濁につつまれて、光につつまれて、消えてしまう。
身体はなくなってしまった。
頭だけ、思考だけがお湯の中に浮かんでいる。
逆かもしれない。
この世のものではない悦楽。
そうか、ここはあの世か。
暗転。
意識を失ったのは一瞬だったのか。
もう時間の感覚はない。
一瞬が永遠なのか永遠が一瞬なのか。
わからない。
身体を嫐る責めはおだやかになっていた。
ゆるやかに、全身が。
内から、外からマッサージされているようだ。
深呼吸すると、肺に熱いものがたまる。
お湯を呼吸している。
はき出すと喉をスーっと涼しい物がぬけていく。
きっと体温を抜かれているのだろう。
そんな気がした。
あやふやの身体がながれる。
お湯の温度と体温とが同一になる。
身体の境界がうしなわれた。
全身が無限に広がる。
幸せだった。
絶頂。
……
…………
ここは……?
目が覚める。
ぼやけた視界。
ひたいがひんやりとする。
焦点が合う。
部屋の天井だ。
明るい。
朝のようだ。
先ほどまでのあれは……夢、だったのだろうか?
それにしてはリアルだった。
まだ、身体がぼうっとして、他人のもののようだ。
今こうして考えているほうがいっそ夢らしい。
「…あ、気づかれましたか?」
耳あたりのいい声。
仲居さん、か。
なにがどうなっているのだろう。
「大丈夫ですか? お客さん、お湯にぷっかり浮かんでて…」
様子を見に来た仲居さんに助けられたらしい。
礼をいう。
……
あれは、のぼせた頭でみた幻覚だったのか?
怪訝な顔をしていたのだろう。
「あっ、あの、緊急事態でしたし、お着替えはさせていただきましたけれど、その……」
仲居さんが、すこし頬を染めてパタパタと慌てている。
どことなくわざとらしい。
なにか誤解があるようだ。
「そ、そうでした。いまお医者様にきていただいていますから…」
「ただの湯あたりと、過労でしょう。ゆっくり休まれるといい」
ふんふん、と鼻を鳴らしながらの問診後、眠たげな老医師がいう。
「酒はほどほどになさい。では…」
車の音が遠ざかる。
仲居さんのお説教をうけながら朝食を頂く。
うまかった。
午前中いっぱいは寝ることにした。
その後はとくに何事もなく、過ぎた。
昼飯を食べて、散歩、読書。
夕方になってもう一度入浴する。
仲居さんに心配されながら、そして、すこしの期待をもって。
けれど普通のお湯。
最初に入った通り、うす濁のお湯。
あれは、やはり夢だったのか。
ちゃぷん、と水をはねさせても何もおこらない。
お湯の熱さに、屹立していたのが現金だった。
夜は大人しく部屋で飲んだ。
今晩は見張っていますからね、と仲居さんも一緒に。
不思議なほどに身体はスッキリとしていて、いくらでも酒が入る。
それに付き合う仲居さんも相当なうわばみだった。
酒飲み話にそれとなく昨晩の話をしたら、溜まってるんですか? と茶化された。
この人、笑い上戸だ。
夜も更けて、お開きというところで仲居さんがフラフラと去ってゆく。
「今日はお風呂、もう締めますからね! ぜったいぜったいだめですよーだ……」
ひどく酔っている。
別に泊まっていってもよかったのに。
普段なら倒れる量を飲んだのに、心地良い酔いのままだった。
散歩の時も、昼食の時も感じていた違和感。
おかしなほどに体調がいい。
すっかりリフレッシュして、生まれ変わったかのような軽さ。
休暇の効果なのか、それとも……
…考えてもしかたがない。
酔いにまかせて目をとじると、スッと意識が落ちる。
…………
翌朝は清々しいまでの晴天だった。
荷物をまとめて、朝食。
チェックアウトの前にもう一度だけお湯につかる。
……うん。
やはり、普通のお湯だった。
あのことさえなければ、とても気持ちのいい湯。
……
と、もう時間か。
お湯からでて、手ぬぐいで水気を拭う。
服を着込んで、脱衣所の戸に手をかける。
……?
視界の隅で白い濁りが渦巻いた気がした。
振り向いてみたもののやっぱりただの温泉。
気のせい……か。
うず、と下半身が疼く。
あれは、夢だ。
でも、あんな夢が見られるなら、また来るのも悪くない。
そんなことを思いながら、後ろ手に戸を閉めた。
おわり
誰得話供養終了や
乙
結局夢だったって事でいいのかな?
乙
いい雰囲気だ
おつ
頭冷やしに来たら別のところが熱くなったわ
>>77
かわいい
よせやい照れるぜ
ええの
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