女「奇遇だね」男「まったくだ」(10)
女「よもや、こんな場所に来る人が私以外に居たとは」
男「しかも、それが知り合いとは」
女「……廃れたね」
男「ああ、廃れてるな」
女「10年の月日と言うのは、想像以上に残酷だね」
男「お前は、10年前とまったく変わってないがな」
女「相変わらず、失礼なことを言うな君は」
男「人は10年で変わらないが、土地は違うらしいな」
女「まったくだ」
男「さて、お前はどうするんだ?」
女「当然、私は実家に帰るさ」
男「帰りを待つ人がいなくても、実家と呼べるのか?」
女「当たり前だ。あそこで私の思い出が待っている」
男「ずいぶんと小洒落た事を言うんだな」
女「君はこれからどうするんだ?」
男「俺も実家に帰るさ」
女「待つ人が居るのかい?」
男「庭の木ぐらいは俺の帰りを待ってるだろうさ」
男「………また会ったな」
女「小さな村だからね。当然と言えば当然だよ」
男「そっちの様子はどうだった?」
女「ひどい有様だよ。まるで遺跡の様だった」
男「思い出は見つかったのか?」
女「どうだろうね。昔の思い出が今の思い出に変わっただけかも知れない」
男「その分だと、10年後にまた来なければならないな」
女「ふふ、その時は是非とも子供を連れて来よう」
男「お化け屋敷と勘違いするかもな」
女「そっちの方は、いかほどだい?」
男「面白いかったぞ。庭がジャングルの様だった」
女「ほう、興味深いな」
男「だが、あれは昔を良く知る者しか楽しく思えないだろうな」
女「なるほど、それは残念だ」
男「お互い、近所と言っても接点は無かったからな」
女「君との思い出は学校の中だけだったからね」
男「学校か。懐かしいな」
女「行ってみようか?」
男「行きたいなら一人で行け」
男「それにしても暗いな」
女「電気が通ってないからね。当然だよ」
男「それに、天井がやけに低い」
女「さっきから文句しか言わないね君は」
男「文句を言って何が悪い」
女「わざわざ来といて、それはどうかと言っているんだ」
男「他に行くところが思い付かなかったのさ」
女「そうかい」
女「校長室というのは古ければ古いほど良いと思っていたがね」
男「かび臭いな」
女「まあ、使わなければ何であれ、こうなるさ」
男「人もそうなのだろうか」
女「どうだろうね」
男「さてと。学校はもう良いだろう」
女「もう少し待ってくれよ」
男「天井に頭をぶつけそうなんだが」
女「だったら帰れば良いだろ」
男「故郷に帰ってきて、帰れば良いと言われるとはな」
女「ああ、音楽室の壁、懐かしいなぁ」
男「防音性の高い穴壁だったか?」
女「普段見る機会が無いからか、素敵に思えるな」
男「思い出の代物と言うのはなんだってそうだよ」
女「そうと知っていても、懐かしいと思うだろう?」
男「懐かしい。それが善だと誰が決めたのやら」
女「なら、なぜ帰ってきたんだい」
男「帰巣本能に理由はいらないと思うぞ」
女「それにしても、ダムの建設で離れたと言うのになあ」
男「言うな。仕事が遅いのは個人の責任じゃない」
女「納得出来ない者は多いぞ」
男「だとしても、それを言い出すのは好ましくない」
女「本音は?」
男「時間は金より重い」
女「そうだな」
男「それじゃあ、俺は戻るよ」
女「帰る。では無いんだな」
男「ああ。戻るのさ」
女「ならば、私も戻るとしよう」
女「さようなら。また帰ってくるよ」
男「透明のダムに沈んだ村か…」
女「素敵なことを言うんだね」
男「懐かしさは、人を詩人にする力を持ってるのさ」
女「なるほど、それじゃあね」
男「ああ、それじゃあな」
終わり
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