少年「俺を弟子にしてくれ! いやください!」
騎士「弟子、と云われてもな」
少年「頼む! いやお願いします!」
騎士「わかった……休みの日に剣の稽古をつけてやる、ただし――」
騎士「――てなことが一年くらい前にあって、休みの日は広場でソイツに剣教えてるかな」
姫「へえー。アナタもそんなふうに、慈善事業みたいなことするのですね」
騎士「慈善事業?」
姫「だってそうでしょう? 剣の道を志す、幼き民を導くなんて騎士らしいではないですか。さすがは私の騎士です」
騎士「ええー、そう? 照れちゃうな」
姫「今回は素直に称賛しますよ」パチパチ
騎士「ちょっと褒めすぎだよ姫様。ちゃんと対価だって貰ってるんだから」
姫「対価? その子の笑顔とかでしょうか?」
騎士「ううん。給金」
姫「褒めた私が馬鹿でした!!!」
騎士「姫様。自分が馬鹿だなんて、そんなふうに謙らないでよ。仮にも僕の主君でしょ?」
姫「私が馬鹿だと思ってしまったのは仮にも従者のアナタのせいです!!!」
騎士「あんなに僕のこと褒めてくれてたのに……男に二言はないんだよ?」
姫「わ・た・し・ひ・め!!!」
騎士「大丈夫。僕は男女差別しないから、女にも二言はないと思ってるよ。安心して」
姫「女に二言があるかないかを重要視してるわけではありません!」
姫「それで! どのくらいその幼気な少年からお金をせびっているのですか!」
騎士「人聞きが悪いなー、姫様は。対価だって云ってるでしょ。正当な報酬なんだよ」
姫「まだ云いますか……っ!」
騎士「わかったわかった。……ほら、これぽっちだよ」チャラン
姫「……むぅ、思ってたより少ないですね。これくらいなら……いえでもやっぱり大人気ないというか……」
騎士「まあこのお金ってのが、ソイツが酒場で住み込みで働いて得た給金から生活できるギリギリラインのお金を引いた、残り全部なんだけどね」
姫「最低!!!」
騎士「姫様、それは……」ズーン
姫「な、なんですか……撤回しませんよ私は!」
騎士「未成年なのに酒場で働いてるのがあまりいい気がしないってのはわかるけど、最低ってのは云いすぎだと思うよ……?」カワイソウ
姫「どうしたら少年に向けて云ったと思えるのですか! 当然アナタに対してです!!!」
騎士「……」クルッ
姫「後ろには誰もいません! アナタです! 最低なのは私の騎士ですぅ!!!」
姫「ぜえー……ぜえー……」
騎士「ちょっと姫様? 乙女がしていい類の呼吸音じゃないよそれ」
姫「だ、誰のせいだと……!」ギロリ
騎士「……」クルッ
姫「二度目! それ二度目です!」
騎士「おちつきましたか? 姫様」スッテーハイテー
姫「本当にアナタは……」スーハー
騎士「僕は?」
姫「その少年が、それでどれだけ困窮してるか考えているのですか……?」
騎士「この経験のおかげで、ソイツはお金の節約のやりくりも着実に覚えていけるってわけだ」ヨカッタヨカッタ
姫「いい話みたいにまとめないでください!」ヨクナイ!
姫「それに! アナタは十分国から給金を貰っているでしょう! その、ボーナスも、たんまり貰ってるそうですし……」
騎士「儲けさせて貰ってるよ」
姫「だからゲス顔! ……じゃなくてです。アナタならタダで教えるどころか、むしろ食事を振りまってあげたりしたって、少しも懐は痛まないでしょう」
騎士「――施しをせよと?」
姫「……え? なんでそんないきなり仕事(マジ)モード? あれ?」
騎士「姫様は本当に、彼に施しをせよと仰るのですか?」
姫「施しというか、たまに食事を奢ってあげるくらいならバチも当たらないのではと……」
騎士「彼は剣士だ」
騎士「まだ、幼く荒削り」
騎士「しかし、それでもその魂には剣士としての誇りが宿っている」
騎士「剣士に、施しをしろと? 姫様はそう仰るのですか?」
姫「ぃえ……あのぉ、その……私……」
騎士「そして、幼い彼が施しを受けながら剣の道に進み、心身共に真の剣士になれるとでも?」
騎士「ただただ与えられるがままの剣で、そこに鋭さはあるとでも?」
騎士「そこに、意思の強さは」
騎士「そこに、強靭なる魂は」
騎士「そこに、不屈の心は」
騎士「――本当に、そこに誇りがあるとでも?」
姫「……謝ります。私が間違っていました」
姫「私は武人ではありません。なので、剣士というものがイマイチわかっていなかったようです」
姫「真の剣士とは誇り高く、挫けぬ心を持つ。そんな、そんな強き人々です」
姫「少年を真の剣士にするために……アナタは、そこまで考えていたのですね」
騎士「それが、姫様の答えですか」
騎士「いい顔つきになりましたよ」フフッ
騎士「ちなみに、私は剣士とはなにかと問われれば、こう答えます」
騎士「――施しを受けようが受けまいが、意地汚くとも誇りを捨てても、ただ剣を振って強ければ、それが真の剣士であると。誇りなんて食べれないんだよ、姫様」
姫「ちくしょうです!!!!!」
騎士「姫様ー。言葉遣い悪いよ?」
姫「あ、あ、あ、アナタは――ッ!」
騎士「僕がどうしたの?」
姫「――ッ! な、ならなんで少年から給金を! その程度のお金をアナタが貰っても、なんの足しにもならないでしょう!!!」
騎士「うーん。僕はさ、お金を貯めとくのが好きってわけじゃないんだよね」
騎士「働きに対して、お金を貰う瞬間……そこが好きなんだー」
騎士「だからほら、少ないし、これでなにができるとかじゃないんだけど、貰う瞬間がすごく楽しいんだ」
姫「……報われない……少年があまりに報われないです……」
騎士「ソイツだって一年近く続けてるんだから、別に無理やりってわけじゃないんだよ?」
姫「そ、それはそうですけど……」
騎士「僕とは違って、そいつは結構剣士としてのプライド、というか……夢みたいなのを持ってたからね。もとから施しは受け取らなかったと思うよ」
姫「と、ということは、対価も本当は貰う気はなかったのですが少年が無理やり押し付けてくるってことですよね?」キタイッ
騎士「いや? 一番最初に条件で、生活できるギリギリの金を抜いて全部寄越せって僕が提示した」ソンナバカナ
姫「信じたかった! 私は私の騎士を信じたかった!」
騎士「あ、でも、施しとまでは云わないけど、少し物をあげたりしてるよ」
姫「ほ、本当ですか!?」
騎士「うん。……ほら、さっきお金を貰う瞬間が好きって云ったでしょ? 僕は貰う瞬間の次に払う瞬間が好きでさ。簡単に云っちゃえばお買い物が好きなんだよね」
姫「へー、お買い物が」イガイ
騎士「うん。だから衝動買いとか、たまにしちゃうんだよね。これいいなーって思って買うんだけど、後で考えて見ると要らないなーって」
姫「まあ、お金を貯めこむよりは使ったほうがいいですけど……この話が少年とどう関係が?」
騎士「だからソイツには、要らないなーって思ったもんをたまにあげてる。この前は、変な柄した胸当てをあげた」
姫「それって体よく押し付けてるだけじゃありませんか!?」
騎士「いや、お金なくて欲しい装備買えないらしいし、イヤイヤだけど装備してる」
姫「イヤイヤなんですよね! それとお金がないのはアナタのせいでしょう! もっと別の胸当てを買ってあげればいいじゃないですか!」
騎士「――剣士に施しをせよと? 姫様はそうおっしゃ」
姫「もう騙されません!!!」
騎士「……まあそんなわけで」
姫「流せてもいませんよ!」
騎士「手厳しいなー」ヤレヤレ
姫「はあ……それで、少年の剣の腕はどの程度になっているのですか」
騎士「僕の足元にも及ばなかったのが、くるぶしくらいまでなら及ぶようになってきた」
姫「それあまり変わっていないのでは……」
騎士「メキメキ成長してるよ」
姫「いやだってくるぶしって……」
騎士「メキメキくるぶしまで成長してるよ」
姫「それ絶対メキメキ成長してません!」
騎士「どちらにせよ、もう稽古は次の休みで終わりなんだけどね」
姫「え、そうなんですか? またなんで」
騎士「さあー? 飽きたんじゃない?」
姫「本当ですか? 一年も鬼畜なアナタに耐えてきたのに、突然ぱったりと?」
騎士「鬼畜ではないけど、まあ子どもなんて飽きっぽいじゃん」
姫「……気になります」ジーッ
騎士「あんまり見られたら照れちゃうよ」モウッ
姫「もう知りません……」ハァ
後日。
姫「やって来ました騎士のお休み」
姫「そして、長年磨いて来たかくれんぼスキルでお城からの脱出も成功」
姫「場所は広場、とたしか云っていました。そーっと行って隠れて眺めます」
姫「もしも、面倒くさくなったから稽古を打ち切る、なんて騎士が言い出したら叱ってやらねばなりません」フフン
姫「私頑張ります」
少年「騎士さん! 今日もよろしく! いやよろしくお願いします!」
騎士「お前最後まで、敬語に慣れなかったな。別に私は敬語じゃなくても構わないのだが」
少年「これはケジメだから! いや、ですから!」
騎士「ふっ、まあいい。最後だ。……では真剣による模擬戦を始める。覚悟はいいな」
少年「はいっ」
姫(木陰)「ちゃんとやっていますね……」
姫(木陰)「というか、ちょっと真面目過ぎるくらいです。仕事モードで対応してますし」
――「……はっ」「ほらどうした」「まだまだっ!」「ふっ」キンッカンッ
姫(木陰)「騎士を全力で恨みながら模擬戦に挑むのかと思ってましたが、少年から特に憎悪も感じませんね……」
――「うわっちょっ」「喋ってる暇などないぞ!」「……っ!」「そうだっ!」キンッキンッ
姫(木陰)「白熱してますね……」ドキドキ
――「ぐっ……!」「ふんっ!」「うわっ!」「構えが甘すぎる」カンッ
姫(木陰)「ああ! 少年の剣が飛ばされてしまいました!」
――「……っ!」「――」「……しっ!」「――っ!?」キンッカンッキンッキンッ
姫(木陰)「あれから何度も打ち合って、剣を飛ばされ、打ち合って飛ばされの繰り返しです……」
姫(木陰)「さすがに飽きてきました……」ファ-ァ
騎士「せいっ!」カンッ
少年「ああっ!」
騎士「……うむ、今日はこれで終いだ」
少年「今日は、って……今日で、終いじゃんか。いや、じゃないですか。まだ1本も俺、騎士さんから取ったことないんだけど……」
騎士「いや、お前は十分強くなった。私の部下の騎士程度なら既に競り勝てるはずだ」
姫(木陰)「え? 騎士のくるぶしに及ぶってそんな強さを示してたのですか!?」
少年「騎士さんにそう云われると自信湧いてくる……湧いてきます! 今まで本当にありがとうございました!」
騎士「それで、旅はすぐに出るのか?」
姫(木陰)「旅……?」
少年「はい! もう住み込み先も引き払って、この体一つ。今から隣の街に行けば、暗くなるまでには着ける……着けますから!」
騎士「路銀は?」
少年「少しはあるし、旅出てから考えるよ! いや考えます!」
騎士「そんなことだろうと思っていた」ハァ
姫(木陰)「騎士がまるで常識人のように……」
騎士「だから私は云っただろう。昼間にしてる配達仕事の給金から貯金しておけと」
少年「いやー、俺は金があったらすぐ使いたくなっちゃうたちで……して」
騎士「ほらっ」ポイッ
少年「うぉっと……なにこれ? 袋?」ポスッ
少年「ん? ジャラジャラする? これは!」
騎士「金だ金。お前の酒場での給金一年分に相当する」
少年「ええ! まさか騎士さんこのために俺から対価を!? 俺の変わりに貯金しててくれたのか!?」
姫(木陰)「ええ!? そんなまさか!」
騎士「お前がちゃんと貯金できてたら、全て私がせしめていたよ。それに剣士に施しなど不要だろ?」ニヤリッ
少年「……意地悪云わないでくれよ。最初はそんな夢見がちなこと云ってたけど、騎士さんに鍛えられて、これでも大人になったつもりなんだから……ですから」
騎士「それに胸当てなどの軽装もいやなのだろ? 男ならフルプレートメイルだったか?」
少年「それも忘れてくれ……ください。今、いきなりフルプレートメイルを装備できたって、ろくに動けやしないよ」
騎士「はっはっ! それもそうだな!」
騎士「ではな、少年! 達者にやれよ!」
少年「はい! 騎士さん! 次会うときは騎士さんを超えてみせます!」
――「云ったな、こいつ」「俺はまだまだ強くなってみせる!」ハッハッハッ
姫(木陰)「な、なんでしょうか。すごく私が場違いな気がしてきました」
騎士「ふむ、去ったか……では」ゴッホン
騎士「――なにをしてるのかな? 姫様」
姫(木陰)「……ッ!」ビクゥ
姫「別に隠れていたわけでは、な、ないですよ? 邪魔をしないようにと云いますか」オズオズ
姫「というか! なんであの少年に対応するときは仕事モードで、私に会った瞬間に素になるんですか! 逆でしょう!」
騎士「今は、騎士じゃなくありのままの僕だから」
姫「はあ……わかりました結構です。しかし、あれはどういうことですか」
騎士「どうって?」
姫「聞いてた話と全然違います」
騎士「んー? 嘘はついてなかったと思うけど」
姫「嘘はついてませんでしたよ! 嘘はね!」
姫「でも云ってなかったこともいっぱいあったでしょう!」
騎士「まあ、訊かれなかったし」
姫「どう訊けと!」
姫「……いえ、怒ってるわけではないのです。当然、その逆です」
姫「アナタは騎士として誇れるような働きをしていたのですね」
騎士「うーん? 剣の稽古つけた以外は、代わりに貯金したあげたことと、要らない胸当てとか装備を適当にあげただけだよ。そんなに褒めるようなことじゃないでしょー」
姫「馬鹿を云わないでください。前にアナタが云っていた対価が嘘じゃないなら、酒場の給金一年分だろうと、あれほど貯まりません。確実にあの袋の中身は三倍はありました」
姫「アナタが気に入らなかった胸当てなんて云うのも、どう考えても彼に合うサイズで作られてるじゃないですか。子供用の装備なんて、オーダーメイドじゃなければないでしょう」
姫「今度こそ、素直に称賛の言葉を送られせていただきます」
姫「……しかし、腑に落ちないのも事実です」
姫「アナタがここまでする理由というのはなんなのでしょうか」
騎士「…………」
姫「騎士……?」
騎士「――ただし、一年のみだ」
姫「?」
騎士「僕が最初に提示した、稽古をつけるにあたっての条件だよ」
騎士「非才なら一年で諦めがつく、凡才なら一年で取っ掛かりは掴める」
騎士「そして、天才なら一年で一人前の剣士なれる」
姫「それは……」
騎士「最初、彼が『じゃあ稽古が終わった一年後、旅に出る』と云い出したときは純粋に無理だ、と思った」
騎士「でも彼は予想以上だった。期待以上だった」
騎士「僕が想像してた一年後の腕前なんて、僅かひと月足らずで物にして見せたよ」
姫「ひと月……」
騎士「そして、僕の剣士としての魂が、彼の剣技に魅入られていった」
騎士「――誇りをかけて、彼を導かなければと」
騎士「だから私は、彼を支援した」
騎士「あくまで同格の剣士として、施しではなく餞別を送った」
騎士「実力ではまだ、私のほうが優っている」
騎士「だが、彼は私を超える逸材だ」
騎士「彼は……英雄となり得る、一握りの存在なのだ」
姫「…………」
姫「この前の一件で、アナタをわかったような気でいましたが、今度はアナタを見失ってしまいそうです」
姫「アナタは義理堅いのか、軽薄なのか……はたまた、別のなにかなのでしょうか」
姫「私は、私の騎士を本当に知っているのでしょうか」
騎士「……姫様」
姫「……はい」
騎士「――なーんてね」
姫「へっ?」
騎士「剣士として、とか、誇りにかけて、なんて僕が本気で云うわけないでしょ?」ヤダナー
姫「え、えっ? ど、どういうことですか?」
騎士「お買い物が好きだって、云ったよね」
姫「え、ええ……云ってましたね」
騎士「僕は、彼の将来を買ったんだ」
姫「将来を、買う?」
騎士「うん。これで、彼は一流の剣士になったとき、師匠の名に僕を挙げるでしょ? それは僕が彼にしてあげたことなんて、比べ物にならないほどの価値になるはずだよ」
騎士「将来的に、僕はおっきな得をするわけだね」フフン
姫「……不純、なんでしょうか?」
騎士「ああ、不純だよ。僕はそういう人間だ」
姫「本当に?」
騎士「ああ。給金次第の男だよ」
姫「でも、アナタは……」
騎士「僕は?」
姫「……いえ、わかりました、そういうことにしておきましょう」
騎士「そういうこともなにも、そうだけどね」
姫「ふふ、アナタのことはまだまだ知る必要があるようです」
姫「でも、ここでとやかく云うのは止めておきます」
姫「城までエスコート、お願いできますか?」
騎士「了解、姫様……けどさ」
姫「はい?」
騎士「勝手に城を抜けたこと、流せてるとは思って、ないよね?」
姫「あ、いや……それは」
騎士「僕は誇り高き騎士だからね、見逃せないよ」
姫「こ、ここぞとばかりに誇りを持ってこないでください! 食べれないんでしょう誇りは!」
騎士「姫様のために、心を鬼にして罰を与えねばならないなんて」
姫「か、顔が怖いです!」
騎士「ああ、本当に気が乗らないよ」
姫「ノリノリです!」
騎士「では、姫様……」
姫「いやあああああ!」
fin
ssってケッコー難しいわー。日々精進です
良かったですよ。まだまだ関連話いけそう
乙
続編を見れるとは・・・
乙
良かった!
面白かった、乙
前スレもあるの?
続編期待!!
面白かった
乙
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