少年「美しい景色を君に見せたい」 ?「…ぴゃぁ」(96)


<町外れの街道>

空は青く、高く澄み渡っていた
薄い木綿のように伸びて透き通った雲は、厚い雲と重なり折りたたまれる

街道沿いに一本、大きな枝を伸ばした木がある
その枝に座り、木の葉に隠れるようにして空を見上げるヒトがいた


?「………」

少年「あ。猫みたいな声の、鳥さんだ」

?「ぴゃぅ…?」


声を掛けると、少女が振り向いた。よくこのあたりで見かける少女…
少女、とはいってもそれは顔立ちの話であって、容姿はヒトの物ではない
ヒトの上半身を持ちながら、翼を背に生やし、足先は三又に分かれている
鳥。彼女はまさしく、鳥だった


少年「何してるの?」

?「ぴゃぁ、ぴゃあぴゃあ」パタパタ

少年「あー。空を、飛ぶ練習をしてるのかぁ」


翼をはためかせ、飛んで…というよりは、ゆっくりと下降してくる彼女
僕の前まで降りてくると、意思の疎通が取れたことを喜んで、可愛らしく笑った


?「ぴゃぁっ♪」

少年「猫みたいな鳥さん、よかったら手伝ってあげようか?」


何度か声を掛けた事があるけれど、どうやら彼女自身は発語ができないらしい
だから僕は、名前を知ることの無い彼女をこんな呼び方しか出来ないでいる

『猫みたいな鳥』
ヒトみたいな鳥と呼ばないのは、その可愛らしい声のほうが印象的だったからだ
その彼女は、僕の言葉を聴いてその翼をちいさくすぼめた


?「ぴゅぅ…」ショボン

少年「どうしたの? 大丈夫、飛ぶ練習なら手伝えると思うよ?」

?「ぴゃぁー」フルフル

少年「えっと…、無理だと思うのかな?」

少年「これでも僕、インキュバスなんだ。空も飛べるよ? 翼だってあるし」


僕は、彼女の翼に比べるとだいぶ見劣りのする小さな翼を広げてみせる
それを見て、彼女はすこし驚いたようだった
人間の子供だと思われていたのかもしれない


?「ぴゃぁ…ぴゃぁー」フルフル

少年「そんなに信用ないかなぁ…大丈夫だってば。ほら、手を貸して」ギュッ

?「ぴゃぁっ!?」パシッ

少年「痛っ…」


反射的、という感じで手を払われてしまった
嫌われているのかと心配したけれど、どうやらそうではないことはすぐにわかった
手を振り払った彼女は、申し訳なさそうに、だけど不安そうに震えていたからだ


?「……」プルプル

少年「…あ、そうか。もしかして、恐いの?」

?「ぴゃぁ……」コクン

少年「立派な翼がついてるのに、もったいないね」


僕は彼女の翼に手を触れる
その翼は思っていたよりもふかふかとしていて暖かく、絹のように滑らかだった
その感触に驚いて、何度も撫でてしまう


?「ぴゃぁ?」

少年「あ、ああ。ごめんね。本当に綺麗な翼だったから…」

?「……ぴゃ?」

少年「自分じゃよく見えないか。君の翼、ちょっとすごいんだよ?」

少年「すごく綺麗な翼。薄く青みがかかった羽先も、ほんのりピンクにそまった根元も綺麗で…とても立派な翼だね」ニッコリ

?「……//」

少年「それなのに、翔べないなんて。もったいないよ」


?「……ぴゃぁ?」

少年「あー… ごめん、何か聞いてる? 言葉がわからないから…」

?「……」ショボン

少年「ごめんね、猫みたいな鳥さん。わかってあげられなくて…」

僕がそういって頭をさげている間、しばらくオロオロとしている気配がした
多分、彼女は自分の責を感じているのに、僕が先に謝ってしまったことで戸惑っているのだろう


?「……ぴゃぁ…」ペロ

少年「わっ」


突然、手の平に生暖かいようなぬめりとした感覚があり、驚いて目を開く
彼女がしゃがみこんで、僕の手を舐めていた


少年「え、手? な、舐めた? どうしたの?」

?「…ぴゃぁー」ペロペロ

少年「…ああ。さっき振り払われたとこか… 大丈夫、痛くないよ」

?「ぴゃぁ」ペコリ

少年「あはは。謝らないで、無理やり手を引こうとした僕のせいだ」ニコ

?「ぴ…//」


優しい彼女、可愛らしい、猫のような鳥の女の子
僕はどうにかして、彼女を空に飛ばしてあげたくなった


少年「ねぇ。飛ぶのが怖いのって、高いのが恐いの?」

?「ぴゃぁぅ」フルフル

少年「じゃあ、自分で飛ぶのが恐いの?」

?「ぴゅぅ」コクン

少年「そっか……」


少年「よし! じゃあ、これならどうだ!」ダキッ

?「ぴゃぁぁっ!?//」


僕は、思い切って彼女を抱き寄せた
大きくて柔らかな翼を、慌てた様子そのままにばたつかせる彼女
その翼があまりに大きくて、僕の視界をさえぎってしまう


少年「縦じゃだめか、じゃあ…えっと、お姫様だっこしちゃえ」グイッ

?「ぴゃっ!? ぴゃぁぁ!?//」

少年「あはは。心配しないで」

?「……ぴぃ?」

少年「高いところに、連れて行ってあげる」バサッ…

?「…ぴゃ…!」

少年「いくよ。猫みたいな鳥さんに、美しい景色を見せてあげたい」


―――――――――――――――――――


<空、雲の上>

バサ…バサッ… バサッ…

彼女を抱いて空を飛ぶ
僕の小さな翼は細かくせわしなくはばたいているが、それは重さゆえじゃない
もともと、僕の小さな黒い惨めな翼は そのようにしてしか飛べないのだ

実際、彼女は立派な翼を持ちながらもたいした重さを感じなかった
その大きな翼はきっと空気のように軽いのだろうと思い、それを愛しく感じた
だが腕の中の彼女は、空を飛ぶのが怖いのか目を閉じたままだ


少年「猫みたいな鳥さん。目を、開けてみて」

?「……ぴ、ぴぃ…」

少年「すごく、綺麗なものが見えるよ。大丈夫、しっかりと支えているから…」

?「ぴゅぅ…」ソー


僕が促すと、彼女はそっと目を開けた
ちょうど、西に太陽が傾いている

西の空は真っ赤に燃え上がりながら、空を錦に染め上げていた
僕たちの居る真上はいまだに青
高い場所にある薄い雲の西側だけが、僅かに橙に染まっている
そうしてさらに東の空にいくと、青は濃さを増していく
遠くに見える白い半透明の月が、夜の気配を感じさせて…


少年「あはは。なんだか、時間の狭間に迷い込んだみたいだね」

?「ぴぃ…!」

少年「綺麗?」

?「ぴゃっ♪ ぴぃ、ぴゃぁっ♪」

少年「喜んでくれてよかった。僕も、ここまで綺麗な景色はみたことがないよ。ちょうど、時間もよかったんだろうね」

?「ぴぃっ♪」


興奮した面持ちで、彼女は顔をぐるぐると四方に向ける
ほんのわずかな時間で、色合いを変えていく景色を見逃さないようにしているらしかった
その瞳に写る景色を、僕は見ていた。やはり、とても綺麗だと思った


?「ぴゃぁ……!」

少年「すっかり夢中だね。少し、飛んでみようか」

?「ぴ……」

少年「大丈夫、手は離さないよ。…そのまま、景色を見ていて」


僕は彼女を抱いたままで、踊るように弧を描いて飛ぶ
昼を、夕を、夜を駆ける

まるで何日も時を飛ばしてしまっているかのような錯覚
それでいて幻想的に光り輝く景色だけは、永久のようにも感じられた


その時、強めの風が吹いた
同時に彼女の翼が大きく揺れたのが見える


?「ぴゃー…ぴぃ…」

少年「……? どうしたの…?」

?「ぴゃぁぅ…」プルプル

少年「震えてる…? 風が吹いて、怖くなっちゃったかな・・・?」

?「ぴ…」ブルブル

少年「うん、怖い思いを無理することは無いよ。そろそろ、降りよう」


僕はそういって、彼女をすこし強めに抱きなおしてあげた
先ほどまで興奮した様子で輝いていた瞳も、いまは不安げに翳っている

僅かに震える身体を抱き寄せて、暖かさを伝えることしかその不安を取り除くために出来そうなことはなかった
一体、彼女は何に怯えているのだろうか?
そんな風におもいながら彼女の様子を見ていると、彼女は小さく頭をさげた


?「……」ペコリ

少年「ええと…それは お礼、かな?」

?「ぴゃ」フルフル

少年「じゃあ、謝罪?」

?「……」コクン


少年「謝らないで。少し長居しすぎて、怖い思いをさせてしまったのがいけないから…楽しいうちに、降りればよかったよね」

?「ぴゃぁ…」

少年「怖くないように、ゆっくり降りるから…目を閉じていてもいいからね」

?「……」


そうして、僕たちはゆっくりと時間の流れの中に戻っていった
僅かに震えながら身体と翼を縮こませる彼女は、来たときよりもさらに軽いように思えた…

―――――――――――――――――――

中断します。地の文多くてすみません

ぴぁ

俺、佐藤裕也(`ェ´)ピャー

再開します。
>>18 小島よしお ピャァー っていわれなくてよかった


<町外れの街道>


少年「おはよう、猫みたいな鳥さん」

?「…ぴゃぁ♪」

少年「昨日は、よく眠れた?」

?「ぴゃっ♪」パタパタ…


枝の上に座っていた彼女が、相変わらず飛ぶというよりはゆっくり落ちるという風に下降してくる
昨日と同じ、人懐っこい笑顔で僕の前まで降りてくると 几帳面に翼を折りたたんだ
その様子をみて、僕はようやく気がついた


少年「ねえ、猫みたいな鳥さん。…もしかして、翼を広げるのが下手なの?」

?「……ぴ」

少年「そんなにおおきな翼なんだから、もっと大きく振ってみないと飛べないんじゃないかな」

?「……」

少年「僕の翼は小さいから、パタパタって小刻みに動かすんだけどね」

少年「猫みたいな鳥さんは、大きな翼だから…もっとこう、バサァ!って広げなくちゃ 飛べないかもしれないよ」

?「ぴぃ…!」


なぜか彼女は目を大きく見開いて、声を荒げる様子を見せた
いいたいことはわからないけれど、翼をうまく動かせないのかな、と僕は思う
きっと、彼女が飛べないのはそのせいだ
だけどそれについて、彼女なりに何か理由があるのかもしれない


少年「あー…そうだ! 翼を広げるのが怖いのなら、飛ばずに広げてみたらどう?」

?「……ぴ?」

少年「あ、でもそんなに大きな翼を広げると、ここじゃ目立つね。どこか広くて目立たない場所に行って、練習しようか」

?「……」

少年「大丈夫、ちょうどいい場所をしってるよ。僕だけのとっておきの場所だし…こんな天気のいい日ならきっと気持ちいいんじゃないかな」

?「ぴゃぁ?」

少年「うまくできなくってもいいよ。遊びに行ってみよう」

少年「文字通り『ゆったりと羽を伸ばせる場所』に連れて行ってあげる」ニコ

?「……ぴゃ//」


そうして僕は、彼女の手を取った
昨日のように驚かせないようにそっと触れて…ゆっくりと引いて歩く


僕よりも背の高い彼女だけど、決して身をかがめるような身長差じゃない
歩くペースに気を配るために、時折振り返って彼女を見る
どこか楽しげに手を引かれているかとおもうと
次に振り返ったときには物憂げに考えこんでいることもあった

さらにその後ろには、僕の靴の楕円形の足跡が伸びている
それに重なるように、彼女の三又に別れた足跡もくっついている
あの足はきっと歩きにくいだろうな、と思ってペースを緩めてしばらく歩く


少年「ほら、あの森だよ」

?「ぴゃう」

少年「最初のほうだけ、少し道が細いけど…中のほうは広いから大丈夫だからね」

?「ぴゅ」コクン


少年「森ははじめて?」

?「ぴゃぅ♪」

少年「あはは、そっか。じゃあきっとびっくりするだろうね!」

少年「早く君に、あの美しい景色を見せてあげたい」ニッコリ

?「…ぴゃぁ?」クビカシゲー


森の入り口は、腰高ほどの樹木や草が覆い茂っている
大きな翼を散らしてしまうのではないかと心配だった僕は
彼女の背中側にまわって翼を押さえてあげながら森を進んだ

20メートルも進んだところで、道は開けてきた

背の低い樹木は、大きな木々光を阻まれて生育しにくいのだろう
代わりに、土や木の根元には水分を含んで若草色に輝く苔が目立つようになる
そして…


?「……!!」

少年「驚いた? 綺麗だよね、森の中って」

?「ぴゃぅ♪ ぴゃああっ♪」コクコク!!

少年「ほら、上のほうを見上げてみて。木々の葉の間から、光が降ってくる」

?「ぴゃぁ……」

少年「いま、この時間なら…まだあるかなぁ」

?「ぴゅぅ?」

少年「ちょっと、そこから見ててね」バサッ


翼を広げて、僕は彼女の頭上のあたりに枝を伸ばす大きな木の葉のあたりまで飛び上がる
6m、8m…かなり背が高い木々が多いのがこの森の特徴だ

木々たちは光を受け止めるために、その幹をどんどんと高く伸ばし、上方に集中して葉を広げている
そうしてその足元には 大きく開けた空間が広がるようになる


少年「いくよ」

?「ぴ?」

声をかけて 僕は木の葉の間を勢いつけて飛び回る
僕の身体に触れた枝や葉が弾かれ、さらに他の枝にも当たってたくさんの木々がざわめく


?「ぴゃぁっ!」

少年「あはは! びっくりした? よかった! まだ、たくさんの水があるみたいだ!」


明け方、これから訪れる夏の熱気を弱めようとするように僅かに雨が降ったのだ
木々の葉にはその雨水が残っていて、揺れるたびに水を弾き落とす

眼下を見下ろすと、光の射しこむ緑のステージにきらめく水のシャワーが降り注いでいる
彼女はその真ん中で、楽しげにくるくると回りながらこちらを見上げている

彼女の淡い水色をした翼は、雨粒を受けてところどころの色合いを濃くする
桃色にほんのり染まる付け根が、紅潮したかのように鮮やかに輝く
木々の緑を反射した雨粒が降るたびに、空や光を映してしゃぼんのように七色に揺れる

大聖堂にある立派なステンドグラスよりも、よほど美しい光景だった
ひとしきり雨粒を降らせた後で、僕はゆっくりと彼女の前に降りた


少年「どう? 森の中って、空の上にも負けないくらい綺麗だよね」

?「ぴゃぁぁ♪」コクコク

少年「喜んでくれてよかった! ここは僕のとっておきの場所だけど、猫みたいな鳥さんはいつでも来ていいよ!」

?「ぴゅぅぅ♪ ぴゃぁぁ♪」


彼女が廻る
腕を左右にめいっぱい伸ばして、木々の間を抜けてくるさわやかな夏の風を受け止める

猫のような、転がる鈴の声が森の中に響いて輪唱する
水分をたくさん与えられた苔たちも、嬉しげに輝いているように見えた


少年「あ、でも そんなに廻ると… 足元は苔だから滑るかもしれn…

?「ぴゃっ……!」ズル、


転びそうになった彼女が、その翼をとっさに広げる
支えようと手を伸ばしたけれど… 間に合わない、そう思ったときだった
瞬間、大きな風が入り込みその翼を煽って彼女を支えてくれた


少年「…ああ、びっくりした。風が猫みたいな鳥さんを助けてくれたね、よかった」

?「……ぴゃ、ぴゃぅ…」ペタン

少年「座り込むと、お尻がぬれちゃうよ」クスクス

?「……ぴゃぁ」

少年「でもよかった。翼、広げられないわけじゃないんだね」

?「・・・」ビクッ


少年「一瞬だけど・・・すごかったなぁ」

?「ぴ?」オドオド

少年「大きく翼を開いてるところ、はじめてみたから。きっと大天使様だって、こんなに立派な翼を持ってないんじゃないかって思ったよ」

?「……」

少年「ねえ。もう一回だけ、翼を広げたところを見せてくれない?」

?「ぴっ!」ビク

少年「もしかして飛ぶことそのものじゃなくて、翼を広げるのが怖いのかなぁ…」

?「……」ショボン

少年「嫌だったら、いいんだけど。すごく綺麗だったから、もう一度見てみたいな?」


僕がそういうと、彼女は座り込んだまま、すこし俯いた
目線だけをあげて、僕の様子をみている
にっこりとなるべく穏やかに笑って、無理はしなくていい意思を伝える


彼女はぺったりと地面に座り、手を前について軽く背を丸める
目線は下を向いたまま、翼だけをゆっくりと動かして開いていく

その様子はどこか官能的にも見えた
それは僕がインキュバスだからなのだろうかもしれないし
すこし怯えた様子の彼女が、まるで恥ずかしげにしているように見えるからかもしれない

ばさり、と翼を大きく広げきったとき、僕は感嘆のあまり言葉を失った
官能的だなんて思ったことを恥じてしまうほどに、神々しい翼だった


?「ぴ、ぴゅぃぃ」オズオズ

少年「! あ、えっと…ごめん、なんかあんまりにも凄くって…」

?「……」


少年「なんか、言葉が…ああ、本当に綺麗。すごい。美しい。立派だね」

?「……//」

少年「あは、なんて言えばいいかわからないよ。これじゃあまるで馬鹿になっちゃったみたいだね」

?「ぴゃぁ…♪」バサ…

少年「あ、翼が…」


ビュオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

少年「ッ!!」

?「ぴゃぁぁっ!!」


突然、森の中だとは思えないほどの強風が吹いた

緩やかに揺れていた木々が、突風に煽られて小枝を撒き散らす
ザザザザ、という荒々しい葉の音が耳を打ちつけて
一瞬にして、見えていた美しい宗教画をめちゃくちゃに破り去っていく


少年「・・・っ、大丈夫!?」ダダッ

?「ぴ、ぴぃ・・・」ガクガク

少年「翼を広げていたから、小枝が・・・! まって、いますぐに取るからそのまま動かないで!」

?「……ぴゃぁ、ぴゃぁぁ…」ブルブル

少年「ごめん! 僕が翼を見たいなんていったから、こんなに羽を散らしてしまって…!」

?「……ぴゅぅ、ぴゅぅぅ」ペロ


彼女の翼に手を伸ばした僕の腕を、彼女が小さな舌で舐めてくれる
きっと、大丈夫だよといってくれてるのだろうと思った
だけど彼女の大きな翼に、無数の楔のように打ち込まれた小枝を見ると…


少年「……気遣わないで。僕が悪かったよ…本当にごめんね」

?「……」ションボリ

少年「……森の中にあんなに強い風が吹いたのははじめてなんだ。あんな風が吹くのを知っていたら、翼を広げさせるなんてしなかった…許してほしい」

?「……」


それから僕は、黙って彼女の翼に縫いつけられた小枝を丁寧に取り除いた

柔らかな翼が傷を負うことがなかったのは幸いだったけれど
あたりに散らばった白い羽をみて僕はひどく後悔をした


それから僕たちは、二言三言の言葉だけを交わして黙って森を出た
来た時と同じように彼女の手を引いて歩いたけど、僕は振り返ることが出来なかった

街道にもどってきて、別れ際になってようやく少しの会話をした


少年「今日は、本当にごめんね」

?「ぴぃっ」フルフル

少年「今度は、もうちょっと安全で素敵な場所を考えておくよ」

?「…ぴぃ… ぴゅぃ…?」

少年「気にしないで。僕がそうしたいんだ。また、付き合ってくれるかな…?」

?「ぴぃ♪」ペコリ

少年「よかった」ニコ

?「ぴぃぃ?」

少年「うん… どうしても君に、美しい景色を見せてあげたい」

?「……?」


―――――――――――――――――

中断します。


<街道沿い>

少年「……猫みたいな鳥さん、今日はいないのか」

翌日、彼女はいつもの定位置に現れなかった
別に約束をしているわけじゃないのだから取り立てておかしいことではない
今までだって、ここにくれば必ず彼女がいたわけでもないし
どちらかといえば彼女がいない日のほうが多かったような気もする


少年「……たった二日、一緒にすごしただけなのに。何を期待してるんだろう」


彼女も僕に会うために、約束もしていないこの『待ち合わせ場所』に来てくれる気がしていた
当たり前のように、ここにくれば彼女に会えると思って家を出てきた


昨日のことをどうやって謝ろうか
今日はどこに行って何を話そうか
どんな景色が見たいか聞いてみるのもいいかもしれない
でも、彼女は言葉がしゃべれないから…何かいいアイデアはないかな

そんな当たり前のようにたてられた計画が、僕の胸に沈んでしまった


少年「……ここ以外に、君に会えそうな場所を僕は知らないのに」


僕はその日、彼女の定位置に座って街道を眺めていた

何もなかった
普通の空が見えて、普通の道が見えて、ときどき行き交う馬車が通る
僕に見えたのは、そういうありきたりで平凡なだけの景色だった

彼女がいつも見ているくらいなのだから、それらのどこかに素敵なものが隠れているのかもしれない
そう思うと急に世界が楽しげなものに見えてきて、僕は眼を皿のようにして眺め続けた

翌日も、その翌日も
僕は答える人の現れない間違い探しを、独りでつづけた


―――――――――――――――


<街道沿い>

少年「………今日で、何日目だったかな。 2日? 10日?」


日が昇り月が昇り、日が沈み月が沈む

彼女が現れるのを待つ間、世界はあっという間に時間を進めてしまう
すぐに夜になってしまうものだから、これじゃあ彼女は出てこれない

彼女に会えるかもしれない翌朝を待ちわびる。世界は時間をとめてしまう
いつまでまっても朝にならない。これじゃあ彼女に会いにいけない

時間という概念の中で迷子になってしまう
朝も夜も見失う。会いたい人に会えない。心細くて不安で、寂しくて待ち遠しい


少年「……僕は君に、美しい景色を見せてあげたいだけ……なのかな…?」

―――――――――――――――――――


<少年の住む 魔物の街>

ザワザワ…

少年「……? なんだか、今日はずいぶん大人たちが騒がしいな」


「…おい、聞いたか?」

「…ああ。可哀相になぁ、オレは実は見てきたよ。あれじゃあもう飛べないだろうな…」


少年「…あの、おじさんたち。ちょっといい?」

町人1「え? ああ、インキュバスの坊主か。どうした?」

少年「さっき話してたの、なんの話? 今日は随分、街も騒がしいみたいだし」

町人1「ああ…、ほら、2日前に 治療所に運ばれてきたハーピーの話さ」

少年「ハーピー?」


町人2「ああ。翼を痛めて、どうもそこが化膿したらしくてな。かなりただれてて…高熱状態なんだ」

少年「…翼を傷めた、ハーピー…」

町人1「いや、まあどうも亜種みたいでな。ハーピーだろうって推測なんだが」

少年「そ、それで?」

町人1「言語を解さないものだから、治療がはかどらないらしいぜ。警戒してるのか、翼を怪我してるってのに開かないんだとよ」

町人2「かわいい娘っこなんだけどなぁ、まあ亜種は能力異常とかもいろいろあるし…院長もあんま無茶できねぇんだろ。しかたねぇ話さ」

少年「能力異常…翼を開かない…鳥の娘…っ!」

町人1「どうした? 坊主」

少年「おじさんありがとう! その子、僕の友達かもしれない! 行ってくるっ!」ダッ

町人1「なんだって…?! おい! 坊主まて、それなら……!」

少年「…………え?」


―――――――――――――――――――――――


<魔物の街 治療所>


バタンッ、ガタッ!

少年「院長先生! いらっしゃいますか!」

看護師「あら、インキュバスの…そんなに慌てて、どうしたの?」

少年「ハーピーの女の子が来てるって! 友達かもしれないんだ!」

看護師「え…それ、本当?」

少年「白い大きな、薄い青みのかかった翼に、黄色い三又の足、それから…声が、ぴゃぁって。猫みたいな鳴き方をする鳥の女の子じゃないよね!?」

看護師「!」

少年「…っ、そうなんだね!?」


看護師「……重症なの。翼の根元、骨の部分に近い所が既に壊死しているわ。ハーピーにとっては致命的よ…命を救うためには、翼を切断するしかないわ」

少年「そんな…! そんなの!」

看護師「待って、すぐに院長を呼んでくるわ。あなた、友達って言ってたけど…彼女とコミュニケーションがとれるの!?」

少年「言葉はわからないけど… でも、一緒に過ごした時間はあるよ!」

看護師「手術をするためには、本人か家族の了承が必要なの。命の危険があるから緊急手術もできるんだけど…」

少年「出来るけど… 何…?」

看護師「…亜種はね、能力値が異常な場合が多いの。無理に手術をしてしまうと、能力の暴走が想定されるけど、その範囲がわからないわ。だから……このままだと、治療すら継続できないの…」


少年「治療も…って、だって、それじゃぁ…」

看護師「ハーピーは、ただでさえ力の強い魔物よ。 亜種なんて…下手な手出しは出来ないわ」

少年「…彼女に会わせて。怪我の理由も…もしかしたら、僕のせいかもしれないんだ…!」グッ

看護師「っ。……1階の、角部屋。院長室の向かいよ、直接 部屋で待ってて頂戴」

少年「! ありがと!」

 ダダダッ

看護師「……警備兵を呼ばなきゃ、いけないわね…」


――――――――――――――――――――――


<緊急看護室>


 ガチャッ

少年「……失礼しますっ…!」

?「………」

少年「猫みたいな、鳥さん…! やっぱり、君だったんだね…っ」

?「………」

少年「僕だよ、猫みたいな鳥さん! わかる?!」

?「……!」クルッ

少年「よかった、ちゃんと意識は…」


?「ぴゃぁっ…♪ ぴゃぁ、ぴゃぁっ」モゾモゾモゾ

少年「え、ちょ、思ったより元気…」

?「ぴゃぁ…っ♪」モゾッ

少年「ああ、でも本当によかった…」ホッ


やっぱり、彼女だった
僕の顔を見て、いつもどおり嬉しそうに顔で、猫のように鳴いてくれた
嫌な予感は的中だったけれど、どこかで僕は彼女にもう一度会えたことに…
彼女がまだ、僕のことを歓迎してくれる事にも安堵していたんだ

でも…


?「ぴぃー………♪ ……ぴぃ」フラッ

少年「あぶな…!」ガシッ

?「ぴゃぁ……♪」テヘヘ

少年「熱い…すごい熱じゃないか。無理しないでいいから…動かないで?」

?「ぴゃぁー…♪」スリスリ


少年「…翼を、傷めたって。化膿して熱を持ってるって聞いたよ…」

?「……」ションボリ

少年「あの時…森で、風が吹いた時に刺さった小枝のせい…?」

?「ぴゃぁ…」フルフル

少年「…違うの?」

?「……ぴゃぁ…」コクン

少年「じゃぁ、いったいどうして翼を……」

?「……」スッ…

彼女が、僅かに震える細い腕で窓の外を指差す
小さく折れ曲がった弱々しい指先は「空」を示しているのだと気がついた


少年「……飛ぼうと、したんだね?」

?「……ぴゃぅ」テヘヘ…


少年「練習なら、付き合うって言ったのに…どうしてそんな、無茶を…」

?「ぴゃぁ…」

少年「…翼を、見せてもらってもいい…?」

?「……」コクン

少年「痛かったら、合図して」


僕は彼女の翼に触れようとした
触る前から、彼女はビクリと身体を震わせる

それもそうだろう、と僕はすぐに納得した
触るのも抵抗があるほどに、翼は明らかに折れていたからだ

畳んだ状態だと、その柔らかな羽毛に阻まれて気がつかなかった
内側には血がびったりと糊のようにこびりついて、羽を凝結させている

根元に近い部分が、本来のカーブとは違う曲線を描いている
その大きな翼がもげて取れないのは、豊かな羽が血で固まって支えになっているからだ


少年「……っ!」

?「……」


傷口のあたりを、そっと…触れないようにして観察する
凝結した血の中に、白っぽく、時に薄黄色く、どろりと濁るものが見える
化膿している。それも、ひどく

2日前に運ばれたと聞いたけれど、おそらく怪我はずいぶん前なのだろう
怪我をして、安静にして
傷が落ち着いた頃に、また翼の動きによって再出血を繰り返した…そんな傷だ


少年「…どうして、こんなになるまで…」

?「……」

少年「……君の境遇も、住んでいるところも、名前だって知らない」

少年「だから、もしかしたら何か事情があったのかもしれない」

少年「それでも…君がこんなになる前に、駆けつけてあげたかった。そばにいてあげたかったよ…」

?「……ぴぃ」スリ…


少年「聞いてもいい? …大人の人に聞いたんだ。君はおそらく、亜種のハーピーだって…」

?「…」コクン

少年「そっか…。 翼を開かないのは…君が空を飛べないのは、能力値の異常のせいなの…?」

ハーピー「……っ」ビク

少年「……ごめん。何も知らずに、空を飛ぶ練習に付き合うなんて簡単に言って…」

ハーピー「ぴゃぁ、ぴゃぁぁっ」フルフルフルフル

少年「でも…」


その時、慌しい足音が聞こえてきた
ほぼ同時に、乱暴に扉が開かれる

僕は思わず彼女を抱きしめて、警戒してしまった
でもどうやら、それが余計な誤解を招いたようだった


警備兵「…っ、貴様、動くな! その娘を解放するんだ!!」

少年「!?」

警備兵「亜種とはいえ、ハーピーは女神の系統だ! その彼女に暴行を加え、重症を負わせたそうだな!?」

少年「なっ!? 違う!」

ハーピー「ぴゃぁぁっ!」フルフル!

警備兵「彼女が喋れないと思って適当を言うな! 首を振って否定しているじゃないか!」

ハーピー「!?」

少年「そっちこそ・・・! 彼女の必死の意思を捻じ曲げて、都合のいいように解釈するな!!」

警備兵「ともかく彼女を離せ! 彼女たちの存在は天候を左右する! 貴様のような淫らなインキュバスごときが触れていいものじゃない!」

少年「っ!」


院長「・・・まあまあ。落ち着いてくだされ、警備兵殿。少年君も」


警備兵「院長さん! しかし…!」

院長「いいじゃないですか。インキュバスとハーピー? お似合いですよ」ハハハ

警備兵「…ハーピーの一族を愚弄するつもりですか」

院長「警備兵殿は、新体制の人間なのですねぇ。私共のような老魔物にはまったく理解できませんな」

警備兵「……旧体制の思考なのですか…! 法によって、彼女達の人権は守られるようになったのです! 差別的な考えは今すぐに辞めるべきです!」

少年「……?」

ハーピー「………」ブルブル…


院長「ああ。少年のような幼い子は知らないんだねぇ、ハーピーというものを」

少年「…ハーピーが、なんだというんだ」

院長「ハーピー。ハルピュイア。女神だと? こんなにも不潔で、汚らわしい生物が?」

警備兵「! 院長さん、そのような発言は許されないものです!」

院長「はは、ハーピーなんて。このまま死んでしまえばいいのに。治療だなんて、本当はしたくないんだよ。ましてやリスクを負ってまで…ばかばかしいねえ」

少年「…なっ」

ハーピー「!」ビクッ

院長「そいつらがどんな生き物か、知っているのか? 最近の連中は、ハーピーの能力を恐れてかしらんが神格化などしやがって…ああ、本当に気に入らないね」

少年「どういう、ことですか…!」

院長「そいつらの蛮行の数々。魔物の世の開拓に、どれだけの妨げになったか…」

院長「信じられないようなことをするんだぞ? そいつら、畑を作ればどこからか飛んできて荒らし食い、家畜を育てればむやみに殺して貪り食うじゃないか」

院長「家々に忍び入っては、残飯すらも撒き散らして食っていきやがるしねぇ」


警備兵「……彼女たちは、本能的に食に関して貪欲なのです! 現在では充分な食糧供給の援助と教育によってそのような愚行は行われておりません!!」

院長「愚行!? 愚行で済むのか、あの惨状を愚行で済ますのか!?」

少年「……ほかに、何をするというのです」

院長「そいつらはな! 荒らしまくった上に、糞尿すら撒き散らしていきやがるんだ! 不潔で下品で、どうしようもない生物だ!」

院長「ましてや風を操る能力を持つからな! やり返そうにも、怒らせでもすればすぐに大嵐や竜巻を呼びやがる!! 迷惑極まりない最低の生き物だ!」

少年「な・・・!」

警備兵「っ」

ハーピー「……ぴゃぅっ!!」パサ…


彼女は、堪え切れなくなったのだろうか
痛んだ翼を僅かに開いて、窓のほうにフラフラと駆け寄る

逃げようとしているのだと、すぐに気がついた


弱々しくパタつく彼女の翼は、おそらくもう感覚を失っているのだろう

それでも、この場から立ち去りたいと
それでも、誰かに心を傷つけられるのはごめんなのだと…

恐怖におびえ、悲しみにとらわれた瞳は、その全てを僕に悟らせた
僕は彼女を支え、一段と細くなったような身体を強く抱き、粗末な羽を広げた


少年「院長さん。 あなたに何があったのか、僕はわからないけれど…でも、彼女は何もしていないはずだ。 彼女の祖先の罪まで、彼女に擦り付けるのはやめてください」

院長「…はっ、インキュバス風情が、偉そうに。 不潔で下品な生き物同士、傷を舐めあうつもりか」ハハハ

警備兵「……今は、ハーピーの安全が第一です。 が、院長さん。その後は…あなたもただでは済みませんよ…!」


フン、と鼻を鳴らし つまらなそうに部屋を出て行く院長を見送った
ようやく敵がいなくなったと、僕はすこしだけ安堵する

僕は、どうやら味方の立場にいるらしい警備兵さんに向き合い
なるべく冷静を努めて、言葉を投げかけた


少年「警備兵さん… 彼女をどうするつもりですか」

警備兵「…すまなかった、どうやら君が彼女に危害を加えるつもりはないと理解した。まさか、情報提供者こそが問題人物だったとは…」

少年「そんなことはどうでもいいです… 彼女をどうするのですか…?」

警備兵「亜種のハーピーは能力値が高い。 そして存在そのものが天候に異常干渉する可能性があるんだ。死なせるわけには行かない、速やかに連れて行く」

少年「死なせるわけには行かないって… だって、治療もできないはずじゃぁ…」

警備兵「はっ…あの院長、治療もできないなんて言ってたのか…? …本来なら、ハーピーは保護された場合、速やかに届け出られてしかるべき処置を施されるはずなのになっ」

少年「な」

警備兵「最初から、生殺しにするつもりだったんだろうと納得がいったよ!! やはり彼女は国で保護する!!」

少年「保護… 彼女を助けてくれるんですね…?」

警備兵「もちろんだ! 問題の翼を除去し、能力の暴走を押さえるために投薬管理し
然るべき場所で然るべき管理の元に置かれるだろう!
殺してしまうことなどありえないから、彼女が暴走する前に早く引き渡してくれ!」


少年「……問題の翼? 管理の元…? 暴走する前に…?」

警備兵「…っ、一歩間違えれば危険な存在であるのに間違いはないんだ…! 納得してくれ、さあ 早く彼女を…!」


『味方』とはなんだろう
善にその身を捧げているかのような彼も
悪に与して染まるような院長も

『彼女』にとっては、敵でしかないのだと気がついた


彼女が、いつもひとりで街を見ていたのは
彼女が、怪我を負っていても治療を受けに来なかったのは

彼女にとって、憧れの象徴でもありながら
全てが信頼できない、歪な世界だったからだ


少年「…彼女を渡すことは出来ません」

警備兵「なんだと・・・! そのままでは死んでしまうぞ!」

少年「僕が、殺させない。でも、その身体以上に、彼女自身を殺させるわけには行かないんだ!」

 バサ・・・!

警備兵「飛んで逃げるつもりか! させない!!!」ダッ

少年「……っ」

ハーピー「ぴゃぁ!!」バサッ


警備兵の手が、僕の服を掴むその瞬間
痛々しい赤に染まる翼が 大きく僕を包むように広げられた


ガタガタガタ、パキン、パキパキパキ…
ガチャーーン!!

ビュォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!


少年「…っく」

警備兵「うわぁぁぁぁぁ!?」


格子にはめられたガラスが激しく波打ったかと思うと、途端に大きな音で割れた
割れたガラスが落ちる間もなく、突風が部屋になだれこむ
ガラスが、警備兵に向かって突き刺さる勢いで飛んでいく


大丈夫
彼は重厚な装備を身にまとっているから、きっと怪我をしないよ
だから、そんなに
怯えた顔で 自分を恐れないで


バサッ…

少年「…小さな翼で、嫌いだったけれど」

少年「今、君を連れ出せるのなら、この翼を誇りに思うよ」

―――――――――――――――――――――

ここで中断します
次回が最終投下になります


幸せになって欲しい

>>62 >>63 ありがとうございます
最終投下はじめます
ストーリーの都合上、すこし大目に投下しますがご了承ください


<空>

 バサッ、バサッ、バサッ…

ハーピー「…ぴゃぁ…」

少年「……ごめん、風を受けてつらいかな。大丈夫?」

ハーピー「ぴゃぅ…」コクコク

少年「うん。じゃあ、このまま、ここから離れるよ」

ハーピー「…ぴゃぅ…?」

少年「海を… 人魚の孤島を目指そう」

ハーピー「!」

少年「……君の反応…あのおじさんが言ってたことは、本当なんだ…」

ハーピー「…ぴぃ、ぴゃぅ」


~~<回想>~~

町民1「坊主。あのハーピー、もう駄目かもわからねえ。覚悟していくこった」

少年「な…。 なんでそんなことを言うんですか!? 治療院に運ばれてるんですよね!?」

町民2「…だからこそ、だけどな。余計なことはいわねぇ。ハーピーはちょっと面倒なんだ」

少年「……面倒?」

町民2「行けば、きっとわかるさ。いや、わからねぇ方がいいのかもしれんが…」

町民1「それより、あのハーピーのところに行くなら…いいことを教えてやる。坊主、耳を貸せ」

少年「っ、彼女が大変なことになってるかも知れないって時に、何を…… 時間が!」

町民1「あの娘っこの為になるかもしれねえって話だ。 ……さすがにあんな若いハーピーに死なれたら、俺だって寝覚めが悪そうだからよ」

少年「彼女の為になる話…?」

町民1「ああ。ハーピーを……」



町民1「殺す話だ」


~~~~


ハーピー「……ぴゅいー…」

少年「ごめんね。勝手に決めて…」

ハーピー「……」フルフル

少年「よかった…それくらいしか、もう 君といられる方法は無さそうだから…」

少年「…熱、また上がってきてるみたいだ。寒い?」

ハーピー「……」フルフル

少年「ごめんね。なるべく急ぐから…」

ハーピー「…ぴゃぅ♪」スリ…

少年「…………っ」


僕たちは海の上を飛んだ
南に40kmも飛べばいいだろうか


翼が痛む
小刻みに動かし続けなければならないこの小さな翼は
ただでさえ、長距離にはむいていないのはわかっているんだ

休める場所があるわけではないけれど、なるべく低空を飛行するようにしていた
少しでも、滞空時間を短くするために
少しでも、確実に彼女を…


ハーピー「ぴゃぅ!!」

少年「!」ハッ

船が見える
気がつくのが遅れた

どうやら普通の商船のようにみえる…けど
今は余計なものに関わりたくも、干渉されたくもない
僕は翼を大きく振り、急上昇した


―――――――――――――――――――


<船の上>

船員1「おい。あれ…なんだ?」

船員2「魔物…? なんか抱えてるな」

船員3「…ハーピーじゃねぇか?」

船員1「ハーピーだと…? まて、この進行方向…」

船員3「ああ。まあ、人魚のとこに連れてくんだろ。ほっとけよ」

船員1「放っておけるかよ! くっそ、余計なことしやがって…」

船員2「おいおい、熱くなるなって…そうだと決まったわけでもねえだろうが」

船員1「そうだったらどうすんだ! くっそ、海を荒らされるくらいなら…」

船員3「……おいおい。砲弾なんか持ち出したら、船長と砲撃手にシボられるくらいじゃすまねぇぞ」

船員1「船ごと沈められるよりマシだろ! 構うもんか、撃ち落してやる!」

船員2「マジかよ… おい、待てって…」

船員1「下がってろ! ここを…こう…!」ググ、


船員2「おいおい…本気だぜ、こいつ。どうするよ・・・」

船員3「ばーか。どうせこいつの腕なんかで、あんな飛んでる的に当たりゃしねぇよ」

船員2「ああ、それもそうだな。馬鹿やって気が済むならやらせとくか」

船員3「飛んでるやつらはちょっと驚かせるけどな」ハハハ

船員2「俺らは知らないぜ。たまにはたっぷり絞られて、その短気を治せよー」ハハハ

船員1「チッ… おまえら、いつか手伝わなかったことを後悔するぜ」


船員1「だがまあ、今は俺が一人ででも当ててやるっ!」バチンッ

船員1「いっけえええええええ!」ボッ ボボボ…

バシュッ!!

 ドゥオオオオオオオオオオオン!!!

―――――――――――――――――――――-


<上空>

 ドゥオオオーーーン…

少年「! 撃ってきた!? なんで!?」

ハーピー「ぴゃぁっ!!」

少年「まあでも、これだけの距離があれば さすがに当たりはしな…」

ハーピー「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」


べりべり…っ、ぼきん、
肌が粟立つような不快音。間髪いれずに続く鈍い音が、僕の背筋を凍らせた
その大きな、赤い斑に染められた翼が歪んだカーブを描いて…はばたいた


 バサアッ!!!

少年「!」


あからさまに向けられた殺気と、理不尽に振るわれる暴力
彼女はもう限界だったのだろうか

黙って飛んでいたって、きっと当たらなかったはずのその攻撃にすら
全力で、死に物狂いで抵抗しようとしてしまうほどに…


 ブワッ!
 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!


少年「――――――っ!!!」

ハーピー「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁっ!!!!」バサァッ!


風が吹き荒れた
急激な風圧に、身体をひきずりこまれそうになるのを耐える


少年「しま…っ! 翼が…!」


嵐と呼ぶにしても、あまりにも豪快すぎる
恐ろしい勢いで集まった大気が、既に竜巻を作り出していた

眼下では 海が巻き上げられるようにして大きなうねりを立ち上らせ、渦まいている
その中心に、先ほどの船が突き刺さるようにして…折れた


少年「……っ、な、なんて力・・・!」

ハーピー「ぴゃぁぁぁぁっ! ぴゃぁぁあっ!!!」バサッ!バサッ!!

少年「落ち着いて! 大丈夫だから! もう、君に攻撃するやつなんていないから!」

ハーピー「ぴゃぁぁっ! ぴゃぁっ!! ぴゃあああああああ!!!!」バサァッ!!

少年「君の翼が取れてしまう!! お願いだから落ち着いて! くそ、どうすれば・・・!」


見回したところで、縋るものなどありはしない
そこにあるのは異様な光景だけだった

周囲にある 風や、雲・・・大気の全てと海水が
張り詰めた糸で無理に引き寄せられたように、一箇所に積み上げられている

雲ひとつない快晴のど真ん中で、立ち上る大風の塔
吸い上げられ飛沫を撒き散らす海水が、その塔を支えているようだった

暴力的で絶対的な、神々の創造物。美しく残酷な、物見の塔

もし、こんなものを永続しておけるのだとしたら
きっと彼女は、ラプンチェルのように その頂の窓から外を眺めて閉じこもるのだろう

僕は、ただひたすらに彼女を抱きしめた


少年「大丈夫だから…僕が、君を守るから…。 だから、落ち着いて…」フラッ

ハーピー「!」ガクンッ

少年「あ…やっぱ駄目かな。もう飛べないかも…」

ハーピー「ぴゃ… ぴゃぁぁっ!?」

少年「えへへ…ごめんね。 …僕の羽、薄いから… ついに、裂けちゃったみたい」グラッ

ハーピー「っ!? ぴゃぁぁ!!」

少年「やっぱり、治療院で刺さったガラスをそのままにして飛び続けるのは、無理だったのかなぁ…」ギュッ

ハーピー「!」


少年「ごめんね。人魚のところに連れて行けるとおもったんだけど…」

ハーピー「ぴゃぁ!」

少年「無理、だったみたいだ」

 ヒューーン・・・



落ちる。上下が反転する。
空の青。海の青。白い翼。赤い血痕。千切れて空中に取り残された、僕の、薄い羽



少年「僕にも…君くらい、立派な翼があったら…よかったなぁ」ニコ…


少年「このまま…、素晴らしい景色を君に見せられないままなんて…やっぱり悔しいよ」


―――――――――――――――――――――


僕たちは そのまま共に海に落ちた
落ちたと同時に、渦に飲み込まれて海の奥深くにまで流し込まれる

苦しくて、切なくて
胸に、無理やり押し込まれる海水には、逆らうことも出来なくて
それでも腕に抱いた彼女だけは離すことが出来なくて


なんだ
これじゃあ、今までと一緒じゃないか
死ぬってことは、恋に落ちることと変わらないんだね


遠くなる意識の中で 彼女がするりと僕の腕を抜け出したのだけがわかった
柔らかな腕の感触、滑らかな肌
彼女の、冷たい掌が 僕の顔を覆って… キスを、した


―――――――――――――――――――――-


<深海>


少年『……! ぷはっ!?』

ハーピー?『………』ニッコリ

少年『あ…』


海中。そこは間違いなく、魚達の王国だ
その深い場所で、おかしなことに僕は目を覚ました

目の前には、大きな尾ひれ
淡く青いうろこが、きらきらと煌いている
光の加減や尾の振り方で、ほんのりと桃色に染まっているようにも見える

豊かで、肉厚な尾をたどると…そこにいつもの、人懐っこい笑顔が見えた


少年『君は……』

人魚『ハーピーなの』ニッコリ


少年『……あはは。ちゃんと人魚になれたんだね。僕のこともわかる?』

人魚『もちろんなの!』

人魚『ハーピーは、空を飛ぶの。空を飛べなくなったとき、海に落ちるの』

人魚『翼を失って、海に堕ちたハーピーは、マーメイドになるの』

少年『君の翼、やっぱり…折れちゃったんだね』

人魚 コクン

人魚『少年の、おかげ。一人じゃ、怖くて変化なんてできなかったの』

人魚『ハーピーじゃないから、翼はなくなったし、風も起こせないの! でも人魚だから、言葉と歌を使えるの!』

少年『そっか…ハーピーを殺して人魚にする、なんて聞いていたからすこし不安だったんだよ』

人魚『物騒なの』

少年『うん。だから人魚に会って、話を聞いてみるつもりだった』

人魚『えへへ』


少年『…ハーピーを殺すっていうのは、ハーピーとしての能力を殺すって意味なんだね』

人魚『あんな能力、なくなってよかったの』

少年『…あの美しい翼は、君のその美しい尾ひれに変化したのか…』

人魚『あ…。やっぱり…あの翼がないと いや?』

少年『ううん。 …どうなっても 君は綺麗だ』

人魚『……! 少年! 見て!』


彼女は僕を海中に取り残し、優雅に泳ぎ回る
尾ひれを振るうたびに、うろこと水泡がさざめき、軌跡を描く

遥か上空から揺れながら突き刺さる光の柱
何千という細かな光が、彼女のくねる尾ひれに当たっては反射する


人魚『跳べるの。 おもいっきり、跳べるの!』

力強く、尾ひれを振る
すると彼女の身体は高いところへ一気に跳びあがる

ぐるりと大きな螺旋を描いて
好きなように、思うように。 どこまでも、彼女の自由に
彼女は ようやく跳びまわることができるようになったんだ


人魚『見て! 世界って、こんなに広かったの! 生きるって、こんなに美しいの!』

少年『うん。 君は美しい』

人魚『……もう。 ちゃんと聞いてるの?』

少年『ごめん。見惚れてる』

人魚『……人魚のキスってね。海中でも息が出来るの』

少年『そっか。じゃあ僕、本当に生きてるんだ。 実はここは天国なのかと思ってた』

人魚『……死なせたり、しないの。 大事なの。 大好きなの』

少年『え……』


人魚『むこうの世界に、戻りたい?』

少年『……翼をなくしたインキュバスは、マーマンになったりしないかなーって思ってる』

人魚『♪』

人魚『ここで、一緒に生きよう? 一緒にいて欲しいの』

少年『人魚の島に渡れば、きっと君には仲間がいるよ? 』

人魚『少年が、いいの』

少年『……僕は。もっともっと美しい景色を君に見せていたい』

人魚『うん! 少年の見せてくれる景色が、大好きなの! だから…』

少年『うん』


『いつまでも 一緒にいよう』


――――――――――――――――――――――


<100年後>

青年『すごいなぁ。もう、100年か。永い時間を人魚は生きるって言うけど…』

人魚『人魚は不老不死なの。それに、人魚のキスは不老の効果があるの。少年も、その恩恵の一端を預かってるの』

青年『あはは…さすがに身体も一定までは成長したし、実際はおじいちゃんなのに…』


青年『最期まで、少年っていわれたままだったなあ』クスクス


人魚『…少年は、少年なの。 ずっとずっと一緒にいるの』

青年『さすがに、人魚の寿命にはとどかなかったのは残念だよ』

人魚『…ねえ 少年。 見て』


海底の美しい景色を共に見る
100年前と ほとんど変わらない

この海には、この海域には誰も来ない
誰も寄せつけないようにして ひっそりと二人で生きてきた

誰にも汚されず
誰にも侵されず
僕たちは 僕たちの自由にいきられる楽園で生きてきた


人魚『……少年。 最期くらい、陸に戻りたい?』

青年『ううん。 そんなこと思ったこともない』

人魚『…私と、この海で生きたことを 後悔したりしてないの?』

青年『後悔してないよ。みて、この美しい景色』


青年『空よりも、森よりも。どこまでも深くて透明で、色とりどりの魚たちが躍る景色』

青年『何より、君が 自由に輝ける場所だから』ニコ

人魚『…うん! ありがとう! 大好きなの、少年!』

青年『それより…気がかりがあるとすれば。どうなのかな?』

人魚『?』 

青年『僕は、君を連れてこれたのかな』

人魚『どういう意味なの?』


青年『君は僕の見せたこの景色を、悪夢の産物だと思う?』

人魚 フルフル

青年『大砲に撃たれて、空から墜落して、竜巻と大潮に巻き込まれて、海底深くに流し込まれても?』

青年『あはは、きっと誰かに言わせれば、これは悪夢。甘い悪夢だよ』クスクス


人魚『…どうしてそんなこというの? 私には、悪夢じゃないの。すごく綺麗な夢を見てるみたいなの』

青年『うん…ありがとう』

青年『よかった。君を選んでよかった。君がいてくれて、本当によかった』フラ…

人魚『……もう、だめなの? 岩場に、横になる?』

青年『うん』


彼女は、僕を大きな岩に横たえてくれた
波に揺られる。最期の瞬間まで、美しいものをこの目に焼き付けたい


青年『最期まで、君と美しい景色を見られる…。なんて、幸せだろう』

人魚『どうして、そんなにまでしてくれたの?』

青年『美しい景色を君に見せたくて…僕にも幸せに出来るって、僕がただの悪夢でしかないなんて、思いたくなくて……あ、…もう…なんだか、眠たくなってきた』

人魚『悪夢…? まって。もうすこしだけ。 がんばってほしいの』


青年『…インキュバスってね。 横たわるって意味なんだ。…だから、僕はこうやって…横たわっているのが、お似合いなんだ…』

人魚『…そんなこと、いわないの』

青年『インキュバスは、悪夢なんて呼ばれることも…あるんだよ』

人魚『少年が、悪夢なの?』

青年『種族として、女の子をすごく大事にしてるけど…』

青年『僕に愛された子は、犠牲者なんていわれるんだ。…嫌われることのほうが、すごく多いんだ』

人魚『……そんなの、おかしいの。 ・・・少年は、嫌われるような人じゃないの』
青年『君も、そうだよ。本当は綺麗で、みんなに好かれるような美しい生き物だ』

人魚『……うん。あなたのおかげで、私はかわれたから』

青年『僕が死んだら、仲間のところに行くといいよ…。一人は、寂しいから』

人魚『………』


青年『ごめんね。 君を、あの世界で、助けてあげられなかった』

人魚『いいの。私は、この世界のほうがずっと好きなの』

人魚『少年と一緒にいられるこの世界で、自由に言葉をだせるこの世界で』

人魚『私はやっと とべるようになったの』

青年『君がそういってくれるから、僕は悪夢じゃなくなったよ。あはは。僕たちは似たもの同士だね』

人魚『そんなの…もっと早く言えばよかったの。いくらでも、私が違うって教えてあげられたの』

人魚『美しい景色なんて、ずっと前から、いっぱいいっぱい見せてもらってたの!』

青年『ああ…そう、か。こんなの…言い訳なのかもしれない』

人魚『いいわけ・・・?』


青年『うん。悪夢じゃなくて、美しい景色をみせてあげたい、なんて…』

青年『僕にも、そんなこと、できたらいいと、思った、なんて…』

人魚『…少年?』パタ…スイッ


揺れる尾びれが 僕を包み込む
背景には 青く煌びやかな美しい世界
その真ん中に、彼女の愛らしい顔が見える


青年『ああ。やっぱり、君は本当に 綺麗。うん、やっぱりそうだ。僕はただ…』

青年『大好きな 君が、美しく輝く景色を…見ていたかったんだ』

青年『それも、ここまで、だけどね。幸せだったよ…』


人魚『…少年に、いいことおしえてあげるの』

青年『…なに?』

人魚『亜種のハーピーは、変化しても亜種の人魚なの』

青年『……?』

人魚『不老だけど、不死じゃないの。能力値異常みたいなの』

青年『それ、って…』

人魚『私も、すぐに逝くから。向こうで、待っててほしいの』

青年『……はは。うん。待ってるよ。すこしだけ先で、君を待ってる…』

人魚『うん! また、美しい景色を見せに連れて行ってほしいの!』



青年『…ああ。そこでも君は きっと 綺麗なんだろうなあ…』


――――――――――――――――――――――
おわり

以上でこのお話はおわりです
本編の「変化」ハーピーの「性質」については神話に基づいていますが、
詳細について、あるいはその方法についてなどは神話とは違います
そのあたりはご了承ください
お付き合い、応援ありがとうございました


いい話だった

よかった

わかりやすくて良かった。乙

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