あずさ「空いっぱいのプレゼント」 (12)
「あっ、もしもし音無さん?私です、あずさです……はい、すいません、実は事務所に行く途中で迷ってしまって……はい、それが……えーと、港が見える公園なんですけれど……ええ……来る途中で大きな船とタワーが……えええっ?横浜なんですか、ここ……すいません……はい、待ってます」
いつもの様に事務所に行こうとしたら、見慣れない街に居るのはよくある事ですけれど、まさか横浜まで来ていたなんて。
取り敢えず、事務所に電話を入れたら迎えに誰かが来てくれるという事だったので、しばらくはここで待っていなければいけません。
近くのベンチに腰を下ろすと、私はぼーっと海の方を眺めていました。
「……綺麗な所ねぇ」
高台にある公園の展望台に行くと、汐風が心地よく感じます。
夏休みに入ったからか、周りには学生さんの姿も多いです。
皆……彼氏や彼女と、一緒に来ているんですね。
「……はぁ」
なんだか寂しいです。
皆、すごく楽しそうなのに私だけ浮かない顔でポツンと座っている。
でも……それもこれも、私が迷子になるのが行けないんですよね。
事務所の最年長アイドルとして、もっとしっかりして居なくちゃいけないのに。
鞄の中のタンブラーに入れていた冷たいお茶を飲みながら、迎えが来るのを待っている間、私はぼんやりと、公園内を見渡していました。
横浜の港を一望できる公園ですから、やっぱりデートスポットなんでしょうか?
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「……」
私も、誰かと一緒に来られたら……何て事を考えながら、自分の手をじっと見つめます。
小指にむすばれた赤い糸。
見えたら、何にも苦労しないのに。
でも、見えないからこそ、本当につながっている人を探す楽しみがあるんじゃないでしょうか?
でも、もし結ばれた糸の先、誰も繋がっていなかったら……
それは、とっても寂しいことかもしれません。
運命の人、本当に居るのでしょうか。
それを探すためにアイドルになった、と言ったら父も母も呆れた様子でした。
ただ、友美は「あんたはアイドル位しか出来ない!」って豪語してくれたので、それならと思ったんですけれど。
実際始めると、私は方向音痴だし、物覚えも悪いし他の子達の足を引っ張っているのかもしれない……本当なら、最年長としてもワタシがしっかりして、引っ張って行ってあげなければいけないのに。
「……はぁ」
そんな事を考えながら、港の景色を眺めていると、ポツリ、ポツリと雨粒が落ちてくる。
最初はポツリ、ポツリと言う静かな物が、徐々に激しさを増していく。
慌てて展望台の屋根の下に入って雨宿りをします。
周りを見ていると、傘を持っていない人たちが走って行くのが見えます。
こちらにも来るかな、と思ったら展望台に居るのは私だけでした。
「……傘、持ってきてないのに」
バケツをひっくり返した様な雨が屋根に打ち付ける騒々しい音を聞きながら、
私はまた、港の方を眺めています。
雨に隠れて、遠くの橋や港のクレーンも見えにくいですね。
直ぐ後ろには、喫茶店が入っている建物があるのですけれど、
そこまで行く間にびしょびしょになってしまいそうでした。
「……まだかなぁ」
元はと言えば、私が迷子になるのがいけなかったんですよね。
仕事の邪魔になってしまうし……
何だか、情けないです。
「……雨、止まないわねぇ」
止むどころかさらに激しさを増しているような気がする雨の音を聞きながら、
何だかこのまま、誰も迎えに来ないんじゃないかと言う錯覚を覚えました。
自分が世界から切り離されたような、そんな感覚に脅えていると、背中の
向こう側からひた、ひた、と足音が聞こえてきます。
それも、こちらへ徐々に近づいてくる。
段々近づいてくる足跡に思わず目を固く閉じていると、びしょびしょに濡れた
手が、私の肩に触れます。
「いやっ!」
「あだっ!?」
「えっ?」
思いっきり手にしていた水筒を振るうと、素っ頓狂な叫び声。
どこかで聞いたような声は、事務所でよく、亜美ちゃんや真美ちゃんの悪戯に
はまった時に聞こえてくる……
「プロデューサー……さん?」
「あずささん……痛い」
「ご、ごめんなさい!怖かったので思わず」
「いえ、何も言わなかった俺が悪いんです。携帯に出ないもんだからおかしいなあ
と思ってたら」
「……あら」
鞄の中に入れて置いた携帯電話には、プロデューサーさんからの着信履歴が何件
も残っていました。
「しかしまあ、凄い雨ですね……すいません、俺も傘を忘れちゃって」
見れば、プロデューサーさんは全身ずぶ濡れです。
ワイシャツもズボンも、絞れば水が滴り落ちる位でした。
どうやら、この雨の中を突っ切って来てくれたようです。
「そんな、だったら雨が止んでからでも」
「あずささんを一人に、しておけませんから」
多分、何気ない一言だったんだと思います。
でもその一言が、今の私には嬉しかった。
「……誰も、迎えに来てくれないんじゃないかと思って。怖かったです」
「……すいません遅くなって」
「でも、プロデューサーさんはちゃんと迎えに来てくれました」
「そりゃあ、もちろんですよ。俺はあずささんのプロデューサーなんですから」
でも、本当にそれだけ?それだけで良い筈なのに。
「プロデューサー、だから?」
「どうしました?」
「いえ……私の独り言です、気にしないでください」
「……じゃあ、俺も独り言だから気にしないでください」
そう言うと、プロデューサーさんはわざとらしくそっぽを向いたまま、話し始めます。
「あずささん、最初見た時には事務所の最年長だし、お姉さんだなぁって思ったんです」
「……」
「でも、実際にこうして、一緒に仕事をしていると、何だか違うなぁって思う時があるんです」
「それは、どういう事ですか?」
「……つまりその。年相応に、可愛らしい所があるんだな、と」
「独り言じゃ無かったんですか?」
ちょっと意地悪く聞いてみると、プロデューサーさん、顔を真っ赤にしていました。
「あ、あずささん!」
「うふふっ……でも、正直これでいいのかな、って思ってるんです。私は事務所の
アイドルでも最年長なのに、毎日のように迷子になって、プロデューサーさんにもご迷惑を……」
そこまで言うと、プロデューサーさんは首を振りました。
「迷惑だなんて、思っていません……全部含めて、あずささんなんです。だったら俺は、
それをサポートしてあげるのが務めだし、その……放っておけないですから」
「……放っておけないって言うのは、その」
「……何だか、守ってあげたいというか」
「な、何だか照れちゃいます」
「俺もなんか恥ずかしくなってきました!わ、忘れてください!」
「うふふっ、しっかり聞いちゃいました~」
「あ、あずささん!……そう言えば、あずささん、今日って」
「はい?」
「あずささん、誕生日今日じゃないですか?」
「あら……そういえば、そうでした。すっかり忘れてました……」
「最近、忙しかったですからね」
自分でも忘れていることを、プロデューサーさんが覚えていてくれたのが嬉しかった。
確かに最近、仕事も増えて休みも不規則だから、ついつい意識から遠ざかっていました。
「そういえば春香達が、ケーキを用意するって言って張り切っていましたよ」
「あら、それは楽しみです」
「事務所に戻るころには、準備が出来てるんじゃないですかねぇ……あ、あずささん見て
ください、雨」
「ああ……やっと止みましたね」
プロデューサーさんと話している内に、雨が止んで日が差し始めました。
「あっ、見てくださいプロデューサーさん!あれ!」
「おお……」
思わずベンチから立ち上がって、展望台の手すりの傍まで駆け出すと、港に掛る大きな
虹が見えました。
「……うふふっ、今ここに居るのは私達だけですよ」
「何だか、独り占めしている気分ですね。あずささんへの誕生日プレゼントですかね」
「まあ、こんなに大きなプレゼント、持って帰れないです」
「あはははっ、それもそうですね」
「でも……こうしてプロデューサーさんと2人、虹を見ているこの時間は、大切に取っておきたいですね」
「えっ?」
読みにくい改行使って
あと長い台詞ならわけて
そう言うと、プロデューサーさんがびっくりしたような顔をしていました。
その顔に微笑みかけて私は公園の出口に向けて走り始めます。
「うふふっ、急がないと律子さんに叱られちゃいますよ~」
「あっ!待ってあずささん、そっちは反対ですってば!」
「あ、あらやだ私ったら」
「もうっ……はい、行きますよ」
「はーい」
最後に、ちょっとだけの悪戯心と、欲張りな私の心が手を動かしました。
プロデューサーさんの左手を、控えめに、でもしっかりとつかんでみる。
「えっ」
「こうしていれば、迷子にならないですから、ね?」
プロデューサーさんも、しょうがないなぁ、と言った感じの笑みを浮かべると、
私の手を握り返してくれました。
駅までの道を、ゆっくりと歩いていく。
まだしばらくは、虹を見ていられそうです。
了
おつ!
あずささん誕生日おめでとう!!
おつおつあずささん
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