幼い彼女(6)
俺の女が死んだ。事故死。今朝、踏切で電車に撥ねられたって。
俺のまだ知らない、遠い、名もなき場所で、彼女は、死んだ。
彼女と言っても、俺の妄想の中の、である。俺は彼女に惚れ込んで、
ひたすらにアプローチを続けていたけども、ある日、いつもと変わらない、
平凡な窓辺で、見たのだ。見知らぬ男と歩く、彼女の姿を。
掌に握った砂が、さらさらと零れていくような、それはあまりにも
鮮烈な「死」であった。
だけど、その男と別れると、彼女はそいつの事を忘れてしまったかのように、
全然気がないのに、まるで俺を慰めるかのように、ベロの先で、俺の胸を濡らす
のだった。その匂いは苦く、しかしほろ甘かった。だから、俺は、彼女が振り向く
ことがないと分かっていても、どこかで結ばれるだろうと信じていた。だが、その
望みは、叶わなかったのだ。
俺は、夕暮れの坂道を下っていた。この先に、彼女が埋められたという墓が
ある、と聞いた。
墓は、斜面に造られた霊園の、奥の隅に建っていた。そこはとても眺めのいい
場所だった。遙か遠くには新しい高速道路も見える。俺は、買ってきた花を墓に
手向けた。
久しぶりに田舎に戻って来たが、町並みは輪郭だけを残し、随分と姿を変えて
いた。
見ています
続きを待っています
だけど、俺は全然変わっていない。今でもまだ、幼い恋心を隠し持って
生きている。それが単なるたわごとに過ぎず、行く先に希望のカスもない
としても、忘れられなかった。
俺は、川に沿って続く土手道を歩いていた。川の向こうには、巨大な
製紙工場が稼働している。昔は濁ったドブ川だったのだが、今ではその
水はほぼ浄化され、ちぎれ雲が浮かんでいた。
7月の空は晴れ渡っていた。そう言えば、彼女と知り合ったのも夏だ
った。家は近所だったが、彼女の名を知ったのは小学校の3年位だった。
俺は、かつての繁華街に来た。今ではほとんどの店がシャッターを閉じ、
寒々しい雰囲気が漂っている。
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