GACKT「どうしたんだよもう…」 (342)
今朝からやけにYOUがしつこい。
やれもったいないだのおもしろいよだの…。
僕はライブの企画で忙しいのに、ゲームなんてやってる暇は無いよ。
「でもさ、折角並んでまで買ったんやし、勿体無いやん」
大体さ、僕の好きなゲームって分かってるでしょ?
ほら、頭文字Dとかだってあるじゃない。
何で育成ゲームなの?
「えぇ…でも前まで物凄いはまってたやん」
「だから知らないんだよ…夢でも見てたんじゃないの?」
「んー…いいからやってみてよ。本当面白いから!」
「THE IDOL M@STER ONE FOR ALL…そもそも原作知らないのに…」
仕方ない、一日二日だけやって、終わりにしようかな…。
まあ、親友の頼みだし、やってあげるかな。
「んー…YOUの話を要約すると、10人以上いるアイドルを一人ずつトップへ導くのか…これは、長くなりそうだなぁ…」
僕は暴走するゲームは好きなんだけどなあ。
何だか、真面目一辺倒なゲームだなぁ。
そういえば、ときメモなんてあったよな。
うーん…まあ初めはこのリボンの女の子でいこうかな…。
いや、ダメだ。
この子は一番まともな子なんだろう?
なら、一番難しい子から始めてやろうじゃないか。
とりあえず、YOUに電話しよう。
『もしもし?どったのがくちゃん』
「あのさ、あのゲームで一番難しい女の子って誰?」
『え?んー…どーだろ、人によるけど…美希かな?』
美希。
星井 美希か。
うーん。実力はあるんだな。
だけど、自由奔放すぎるんだと。
あはは。僕みたいじゃないか。
「…あれ?」
何だか、見覚えがあるような…。
「うーん…分からないや」
会ったことのある女の子なら覚えてるんだけど…。
ましてやアニメの子なんだろう?
覚えてるとかそういう話ではない。
とりあえず、美希という子からやってみるか。
まあ、100km走れる奴なら10km走れるだろうし、大盛り食べられる奴は、中盛り食べられる筈だし。
「だけど、いまいち興味が湧かないんだよなあ…」
メールチェックもしたいし、まあ、毎日少しずつやっていこうかな。
何せ親友の頼みだしな。あはは。
「さて、名前は、と。….うーん、まあGACKTでいいか」
『さて、これから頼むよGACKT君!まだアイドルランクは無いからね。まずはプロデュースするアイドルを一人選んでくれたまえ!』
うん。迷いはないさ。
僕はすぐに美希を選んだ。
さてこれからどうなるかな。
…あれ?
何だか眠気が…これは、寝落ちだな。
仕方ないか。明日暇があったらやろう。
参ったな。メールチェックもしてないのに…。
…zzz…。
「…はっ!!」
…うーん。朝かな?
あれ?
いつもだったら、まだ夜なのに。
いや、地下で寝てるんだし、朝か夜かも分からないんだけど。
何で朝って分かるんだろう…。
「眩しっ…」
眩しい、というか、目覚めも悪い。
さっきまでソファの上で寝てたのに…。
「…ここ、どこ?」
ふと日が差している方向を見ると、そこには…。
「ななひゃくろくじゅうご…プロ?」
こんな所は見覚えが…あれ?
あるような気がする。
あ、そうか。さっきのゲームだ。
「…え?」
いや、そんな事はあり得ない。
何故かって…そりゃあ、ゲームの世界に現実の人間が行くなんて、有り得ないよ。
とは言ったものの…一体どうしたものか。
まさか、誘拐でもされたのか?
すると、ドアの開く音がして、中から老人が現れた。
「やあGACKTくん!今日からよろしく頼むよ!」
「は?」
え?何?
訳も分からず、彼は僕に向かって歩いてきた。
続編か
「あの、失礼ですけど貴方は?」
するとその老人は、?とした顔で答えた。
「私かね?高木 順次郎だよ?忘れてしまったかね?」
少し顔が暗くなっている。
いけないな。
ここは穏便に済ませなければ。
「いや、大丈夫。僕はGACKTだよ。何だかよく分からないけどよろしく」
握手をすると、やけに痛がっていた。
話を聞いてみると、どうやら僕はこの事務所、765プロダクションのプロデューサーらしい。
GACKTなんて名前も知らず、僕の履歴書は神威 楽斗で登録されていた。
うーん。どうやら夢を見ているようだ。
これじゃあ、YOUのことバカに出来ないな。
まあ、今はこの夢を楽しむとしようか。
よろしくな、765プロダクション。
明日からまた書いていきます
結構長くなりそうなんで、気が向いたら見て下さい
支援
これ…二周目 だよな??
わり下げちまった
「この事務所はまだまだ無名でね…それに君もまだプロデューサーになったばかりだ。ここは無理をせず、一人ずつプロデュースしていってくれたまえ」
うーん。ゲームと同じだなぁ。
一人ずつゆっくり、か。
そうだね。流石に初めから全員というわけにはいかないか。
「この子達がウチのアイドルなんだがねぇ…可愛いだろう?」
愛娘を紹介するかのようにアイドル達の写真を僕の物らしい机に置いた。
確かに、皆可愛いじゃないか。
こうなると、誰をプロデュースするか迷うなぁ。
うーん…でも結局は全員プロデュースすることになるんだし、迷わなくてもいいかな。
「この子にするよ」
僕は金髪の女の子、星井美希の写真を手にとった。
「ほう!星井君かね!お目が高いじゃないか!」
誰を選んでもそう言いそうだな。
そして、その本人はどこにいるのかな?
「彼女には今日伝えておくよ。明日になったらまた此処に来てくれたまえ。そこで初顔合わせといこうじゃないか」
まあそうなるか。
今すぐってわけにはいかないんだな。
しかし、やけにリアルな夢だよ。
「…痛…」
漫画みたいに頬をつねると、微かな痛み。
高木がどうしたのかと聞いてくる。
「何でもないよ。じゃあ、明日からよろしく」
とりあえず、家に帰るとしよう。
まず此処が何処で、そして僕の家は何処なのか。
携帯電話を出して、今日の日付を確認する。
「4月1日…」
なんて都合の良い日なんだろう。
それともう一つ。
僕のアドレス張は誰一人として登録されていなかった。
いや、高木だけはあったが。
あまり嬉しいことではないな。
次に、自分の家の住所を調べる。
意外と事務所から近いようだ。
ならば、行ってみるか。
「…JESUS」
小さな一軒家。
そこが僕の家だった。
リビングは?
バーは?
道場は?
滝は?
そこにあるのは、最低限の広さと家具のみだった。
風呂はユニットバスではないものの、狭かった。
これでは足を伸ばせない。
ちなみに何度も表札を確認したが、神威と書いてあったし、住所も間違いない。
まあ、仕方ないか…。
暮らせないわけじゃない。
「一番問題なのは…」
これがどうにも夢ではない、ということだ。
もしかしたら、これは、僕に対する神の試練だとでもいうのだろうか。
40を過ぎた男に何を求めているのか…。
「だけど、受けて立とうじゃないか」
お望み通り、全員トップにしてやるさ。
「…だからせめて、加湿器が欲しいよ」
「…さて、寝るか…」
ふと疑問に思う。
僕は何故か、この家のどこに何があるのかを熟知していた。
暮らすのは初めての筈なのに。
分からないなあ。
超常現象ってのは。
まあ、いいか。あはは。
モバマスに次いでワンホア来たか
これは期待
翌日、目覚めるもやはり僕はこの狭い家にいた。
「うーん…やっぱりそう簡単には戻れないか」
いや、それに昨日決めたばかりじゃないか。
彼女達をトップアイドルに導くと。
初日からこんなんでどうする。
僕は数年振りに自分で畳んだワイシャツを着て、灰色のスーツに腕を通した。
「行くとしようか。動かなきゃ始まらないからな」
今日、僕が初めてプロデュースする子がこの子、星井美希だ。
「あふぅ…よろしくなの」
イラっとした。
一応初対面なんだから、もう少しシャキッとしてほしいものだ。
これが、難しいと呼ばれる由縁か?
「僕はGACKT。美希、これからお前をトップアイドルにする」
「…何だか胡散臭いの…」
美希が高木社長に耳打ちしている。
聞こえているが。
「…僕は本気だ。だからお前も本気でついてきてくれ」
「んー…美希は、楽しくやれればいいと思うな」
「そうさ。だから楽しくなることを本気でやるんだ。
楽しくするために、本気で頑張るんだ」
「何だか暑苦しいの…」
「もし嫌になったら、辞めてくれて構わない。でも僕からは辞めろとは言わない。僕は諦めたくないから」
「諦めたくない?」
「お前を、いやお前達をトップにすることを、だ。
そして、お前はその先陣を切るんだ」
「…どーして美希なの?」
「それはお前が一番むz…」
「…?」
いけない。ゲームの難易度なんてこの子に言ったってわかるわけないじゃないか。
「…お前が、一番実力がありそうだったから、かな」
「そうなの?あは☆」
さて、まずは美希のレッスンでも見てやるとしようか。
支援
「…どう?」
ターンを華麗に決めた後、どや顔で僕に向き直る。
そうだなあ。まあ僕もさほどダンスに詳しいわけじゃないからなあ。
「良いんじゃないかな?」
そういえば今の子って学校でダンスやってるんだって?
…変わったなあ、ほんと。
「ぶー…反応が薄いの」
「あはは。ごめんごめん。ボーカルレッスンなら見てあげられるから」
「ボーカルレッスン?あは☆美希の歌声に聴き惚れるがいいの!」
エラ削り過ぎだろ
http://i.imgur.com/pgXLTBL.jpg
美希は、確かに実力はある。
しかし、僕に言わせればまだ素人に毛が生えた程度だ。
歌のレベルだって、そこらの合唱団の方がよっぽど上手い。
「まだ改善すべき点がいくつもあるな」
「…褒めてくれないの?」
「初めから出来る人間なんて存在しないよ。僕なんか人一倍努力しないと出来ない人間だったしさ」
何も急ぐ必要は無い。
ゆっくりじっくりと力をつけていけばいいさ。
あ。
でもこれ後11人分やらなきゃいけないんだよなあ…。
大変だなあ。
それから一週間、僕は美希にひたすら自分の技術を叩き込んだ。
と言っても、やはりかな。
彼女にはスタミナが無かった。
「も、もう休憩したいの…」
「…今日、まだ始めて30分しかたってないんだけどなあ…」
逆に今まで何をやっていたんだろうか。
「楽しくキラキラ輝きたいなら、相応の努力をしなきゃ」
とはいっても、初日よりはよっぽど動けるようになった。
「安心しろ。ちゃんと成長しているから」
「んー…」
頑張れば出来ないことはないさ。
だから、どんどんやっていくよ。
記憶継続無しにしたのか途中で思い出すのかはたまた片方だけか
しかし、参ったな。
厳しくしすぎたからかな。
「あのー…GACKTさん。大丈夫ですか?」
小鳥が僕を心配そうに見つめる。
僕もこういったことは慣れておらず、ついつい厳しくしてしまった。
まさか、美希がサボり出すとは…。
「美希ちゃんもまだ子供ですからね…少しわがままな部分もありますよ」
うーん。
一度美希の家に行ってみようかな。
全く子供というのは苦手だよ。
何を考えてるのかが分からないからね。
その後、小鳥から美希の住所を聞き、彼女の家へ行く事にした。
辿り着くとそこには、中々大きな家だ。
今の僕の家よりは大きいな。
星井家のインターホンを押すと、向こうからは少々セクシーな声が聞こえた。
「はーい!今行きますねー!」
面白い
「…?あの、貴方は?」
中から出てきたのは、美希にそっくりな、それでいて大人びた印象のある女性だった。
一度美希と見間違いそうになるほどだったが、髪の色ですぐに別人だと判断できた。
「僕は美希のプロデューサーで、神威 楽斗。君は?」
「美希の姉で、星井 菜緒と申します。美希がお世話になっております」
成る程、姉妹なのか。
姉の方はずいぶん礼儀がなっているようだ。
「美希を呼んできます。居間でお待ちいただけますか?」
「うん。よろしく」
菜緒はお茶とお菓子を用意してくれて、二階へと美希を呼びにいった。
「ねー美希ー!イケメンプロデューサーが来てくれたよー!」バタバタ
…訂正。やはり根っこの部分は同じなようだ。
「えっ!?まっ待って!い、今は会えないって伝えて!!」
バレバレじゃないか。全く…。
いつまで経っても降りてこないので、僕から行く事にした。
「美希。何も連れ戻しにきたわけじゃないよ」
「プロデューサー!?」
再開したか
罰が悪そうに僕を見ている。
別に、僕は全く気にしてないというのに。
菜緒は邪魔しては悪いと思ったのか、何も言わず一階へ降りていった。
美希は一切僕と目を合わせる事なく、ひたすら押し黙っていた。
やはり罰が悪いのだろう。
「…別に、辞めても構わないよ?」
「!?」
美希がまさか、といった顔で僕を見る。
彼女は恐らく、怒られて引きとめられるとでも思っているのだろう。
「悪いけど、お前がやらないならそれで構わないよ。僕は先に進むから」
…ん?
何だろうな。
既視感がある。
「………」
美希は一切喋らず、うつむいている。
「黙っていてもいいよ。置いていくだけだから」
すると、すすり泣く声が聞こえてきた。
その主は、言わずもがな美希だった。
「どうして泣いてるの?」
「だって…そんなの、わかんない…」
分からない、か。
本音は、悔しいんだろうな。
もっと注目してほしい。
自分のわがままを聞いて欲しい。
それが出来ない、させてもらえないから、ついやってしまったことが自分の首を絞めることになった。
でも、自分の非は認めたくない。
そんなところだろう。
「アイドル、芸能人ってのはさ、どれだけ小さい子でも、プロなんだ。美希はまだ無名だけど、例えば有名な子役がいたとして、その子がふと仕事をサボったとしたら、どうかな?」
「…周りの人達が、困るの…」
「じゃあ、美希はどうかな?」
「…」
謝りたくない、というよりは謝り方が分からないといったほうが正解かもな。
「今日一日、ゆっくり考えることだよ」
すると、美希が何かを思い出したかのような顔をした。
どうしたのだろう。
「…ハニー?」
「え?」
「あ、ううんなんでもないの!!…あ、明日からはちゃんと行くね!」
何があったかは知らないが、まあ改心したなら良いとしようかな。
「じゃあ、待ってるよ」
今までの遅れた分を取り戻さなければならないからな。
まだスタート地点にもたってないんだから。
「それじゃ、明日な」
「…今の、何だったんだろう…?」
それから美希は休むことなく、僕とのレッスンに付き合っていた。
元々実力はあるのだから、僕はそれを開花させるだけだ。
そろそろ、表に出してもいいだろう。
それに、この時の為に譜面を書き直したんだし。
美希なら、この曲が一番似合いそうだしね。
キタ━(゚∀゚)━!
「美希。来週辺りからデビューさせたいんだけど…」
「それって…美希、歌手デビューできるってこと?」
「まあ、そうだね」
しかし、この世界では、曲が売れただけじゃトップへの道は遠いらしいな。
まるでサバイバルだよ。あはは。
http://www.youtube.com/watch?v=tXQukBRbhac
まあ、自分の曲を提供しただけだし、これが売れるとは限らないけど。
それでも僕は曲を作る時、10年後でも良い曲だと言われるようなものを作ってきた。
それなりに自信はあるつもりだ。
すると、予想以上に売り上げは伸びて、デビュー曲でトップ10入りを果たして、ニュースでも取り上げられるようになった。
美希も突然自分の特集が組まれる事に少しおどおどしていたが、やはり星井美希だ。
すぐに空気にも慣れ、自分を取り戻した。
「…では、これから星井さんはどういったアイドルになりたいですか?」
「…んーっとね。なーんでも出来て、それでキラキラできるようなアイドルになりたいな!あはっ☆」
取材陣から歓声が上がる。
しかし、まだまだ出だしが上手くいっただけだ。
これから彼女はどんどん苦楽を経験していく。
さて、こいつはどうしようか。
やはり来たか、というか。
一人のアイドルから挑戦状が叩きつけられた。
「…御手洗 翔太、か」
まさかこんな早くLIVEバトルをすることになるとはな。
しかし彼もまた駆け出しのアイドルだ。
条件は五分五分といったところだろう。
僕は、二つ返事で勝負を引き受けた。
「へぇー美希と変わらない年齢なんだ!」
「ああ、向こうもまだまだ駆け出しのアイドルだ。実力も同程度。いい条件だよ」
とはいえ、初めてのバトルか。
やはり、緊張は隠せていないな。
「大丈夫か?」
「…う、うん」
うーん。
勝負事かぁ。
「負けたくないなら、負けないように努力すればいいさ」
僕も、そうだったからね。
これからは、つきっきりでレッスンしてやるよ。
「な、何だかプロデューサー、えっちぃの…」
あはは。
子供に手を出すほど困ってないよ。
「うん…うん。ダンスの方も順調みたいだな」
トレーナーに褒められている美希に差し入れのドリンクを持ってきた。
最初にあった時より随分と変わったものだ。
いい傾向だ。
しかし、今やっと美希はアイドルとしての地位を確立したにすぎない。
トップへの道のりはまだ遠い。
「ねえプロデューサー!そういえば、…この猫衣装はなんなの?」
「だめかな?」
「美希、普通にデビューしたいから…これだとイロモノみたいに見られそうで…」
「そうですね…」
美希の後ろでトレーナーが苦笑している。
まあ、アイドルとしての知識は彼女達の方があるだろうし、そこは従っておこうかな。
「でも、この猫の手は使ってほしいなあ」
「…それだけなら…」
翌月、ついに美希の初LIVEとともに初LIVEバトルの日がやってきた。
美希にもファンはついているが、やはり新進気鋭の彼、御手洗翔太の応援に駆けつけているファンの子達もいる。
彼はどうやら年上のファンが多いようだ。
見たところ、20代後半の子が多い。
人の趣味には口を出す気は無いよ。
「プロデューサーも相当だと思うの」
いや参ったね…。
しかし、美希のモチベーションも十分なようだ。
後は、神に…いや、大丈夫か。
負けないように努力してきたんだ。
負けるわけがないよ。
御手洗翔太には申し訳ないけどね。
「ねえ、美希、勝てるよね?」
「誰がお前の後ろにいると思っているんだ?」
「…プロデューサー…うん!分かったよ!」
じゃ、行こうか。
本来、敵である彼の楽屋に入るのはよろしくない事なのだが、まあ気にする事はあるまい。
「へぇ~何だか、プロデューサーって感じじゃないね!」
小生意気そうな子供だ。
その上、言葉の節々に挑発的な態度が見られる。
「でも、今日は悪いね。君の初LIVEで白星にしちゃうけど」
「…ふーん…」
僕の挑発に彼が目を細める。
勝つ自身があるということか。
あはは。
まあ、戦ってみれば分かるさ。
僕らの実力が。
やはり僕の目に狂いは無かったようだ。
美希は僕の期待以上に活躍してくれている。
本来こうした戦いは後出しの方が有利なのだが、あえて僕らは先にLIVEをした。
御手洗翔太の顔が青ざめていくのが手に取るように分かった。
なんせ、努力の量が違う。
美希も一度は崩れたが、すぐに立て直したからな。
それに、僕がついてるんだから。
そしてその努力は、結果にちゃんと反映された。
美希は圧倒的大差で彼に勝ったのだ。
「あはっ☆なんてことなかったの!」
そうさ。
一度勝ってしまえば、自身に繋がる。
これから美希は、大躍進していくことだろう。
そんな折、社長から電話がかかってきた。
どうやら、祝勝会を開きたいらしい。
あはは。
仕方ないな。
行ってやるとするか。
「はっはっは!いやあ私も鼻が高いよ!まあ乾杯!!」
美希を帰らせて、社長と僕、小鳥でたるき亭のテーブルを囲んでいる。
この男、ただ飲む口実が欲しかっただけじゃないだろうか。
「でも良かったです。ほんとに…」
小鳥がおろろ、と涙を流す。
「まだ感動するには早いよ。これからどんどんプロデュースしなくちゃならないんだから」
それに、そうしないと戻れそうにないからね。
「うん。そうだね。それと、GACKT君にはもう1人、プロデュースしてもらいたいからね」
「もう1人?」
「ああ。あの星井君をここまで導いてくれたんだからね。そこで、だ。この子なんだがねぇ…」
社長が一枚の写真を僕に渡す。
「…この子は、確か」
そこにいたのは、銀髪の女の子。
「四条 貴音君だよ。よろしく頼む」
そうか。
僕が選ぶのではなく、社長から言い渡されるとはな。
どうやら、彼女も彼女でくせ者らしい。
時によっては、美希以上に扱いづらい相手でもあるのだという。
「いいよ。引き受ける」
というわけで、来週から貴音の面倒を見る事になった。
なら、一旦美希には申し訳ないが、しばらくは貴音に向かうとしようか。
その旨を美希に電話で伝えると、少し沈んでいた様子だが、すぐに頑張ってねと言われた。
「ありがとな、美希」
「…あのね、プロデューサー」
「ん?」
「美希ね、何だかプロデューサーと会ったの初めてじゃない気がするの」
「…?」
恐らく、初めてとは初顔合わせの時だろう。
「もっと前、ううん…何だろう…わかんないけど」
「そっか。もしかしたら前世で結ばれてたかもな」
「…もうっ。…けどね、もしかしたらそうかも。
…ね、これからハニーって呼んでいい?」
「あはは。それ逆じゃないかな」
「でも、ハニーがいい」
「…いいよ。これからもよろしくな」
「うん!」
その後、二、三会話して電話を終えた。
前世、か。
もしかしたら、あり得るかもしれないな。
さて、次は銀髪の女の子、四条貴音。
待ってろよ。
すぐに美希に追いつかせてやるからな。
とりあえずは、来週に備えて。
「…加湿器、買いにいこう」
美希編 終
支援
「…ん、朝かぁ」
いつもより目覚めが悪い。
やはり、生活リズムが変わってしまったからか。
いつもだったら深夜に寝て、深夜に起きるという遅寝早起きをしていたから、こういうまともな生活は逆に慣れない。
今回、件の彼女、四条貴音との初顔合わせだ。
社長曰く、中々のくせ者。
中でも一番の問題点は、プライベートが一切分からないこと。
一応保護者の代わりとして、それなりに把握はしておきたいんだけどね。
やっぱり社長は変わり者だ。
そしていつものスーツに腕を通し、出かける。
「さて、どんな子なのかな、貴音は…」
見た感じは、気品を漂わせ、ゆったりとした印象。
アイドルというよりは、女優のような感じだった。
事務所に着くと、ドアを開ける前に何だか奇妙な音に首を傾げる。
ズル…ズル…と。
「…小鳥かな?」
小鳥はよく机の中に買い置きのカップラーメンを仕込んでいるからな。
女の子なんだから、あまり良くないんだけど…。
まあ、アイドルじゃないし、注意することもないだろう。
そんな事を考えていると、後ろから聞き覚えのある声がする。
「おはようございます!GACKTさん!」
「あれ?小鳥?」
小鳥が?とした顔で僕を見ている。
彼女でないとしたら、一体誰がラーメンをすすっているのか。
「…ん?この香り、私の豚骨ラーメン!?」
小鳥が微かな匂いだけでカップラーメンの種類を言い当てた。
犬か、お前は。
ドアを開けると、そこには。
銀髪の女の子が一心不乱にラーメンをすすっていた。
強くてニューゲームって訳でもないんだな
「~!!」
息つく暇も無く、ひたすら麺をすすっている。
大口で頬張る姿は、まるで育ちざかりの子どもだ。
「おやGACKT君おはよう!彼女こそが、四条貴音くんだよ!」
あまり見たくはないものを見てしまったなあ。
ラーメンを食べ終わった貴音が、こちらに気付いたらしく、口をおしぼりで拭き僕のほうに向き直る。
「はじめまして。みっともない所を見せてしまいました…。四条、貴音と申します」
ゆったりとした動作でお辞儀、そしてなおる。
そして目があった。
その口元には、かやくのナルトがついていた。
…あれ?何だか、既視感が…。
見つめられて気恥ずかしくなったのか、貴音が首を傾げる。
「あの…貴方が、ぷろでゅうさぁでございますか?」
「…うん。そうだよ。これからよろしくな」
いけない。
こんなことでボーッとしちゃ駄目だ。
貴音と握手を交わす。
「ほら、具がついてるから…」
「ひゃい…ありがとうございましゅ…」
口元を拭くと、少し顔を赤くした貴音が申し訳なさそうに礼を言う。
「私のぉ…」
あはは。
小鳥には何か買ってあげるか。
貴音という女の子は一部を除いては本当に現実離れしている子だった。
これで18というのだから驚きだ。
僕の子どもの頃はこんな大人しくなかったよ。
しかし、大食いというわりにはこの体重。
…羨ましい。
そして、実力の方はというと。
はっきりいって、素晴らしかった。
あくまで僕個人の感想だが、今世に出しても売れる。
しかし、確固たる地位を確立する事はできないかもしれないな。
だから、美希と同じく僕が手を加えることにしよう。
その上で、どう開花していくのか、楽しみだ。
強いて言えば、声量が無いくらいかな?
貴音にはそこを重点的にレッスンするとしよう。
「~♪…どうでしょうか?」
「うーん…それじゃ会場の奥まで届かないかな」
音の響く環境の整ってる会場ならいいかもしれない。
しかし、屋外ステージや、アリーナでのLIVEとなると、相当の声量でなければ、マイクを使ったとしても迫力のある声を轟かせることはできない。
そうだなあ。
見本を見せてやるとしようか。
「いいか?一度しかやらないからよーく、聴いておくんだ」
「…?はい」
「それにしても社長、GACKTさん、貴音ちゃんに入れ込んでますねぇ…」
「うむ。彼とはフィーリングが合いそうな気がしてね。もしかしたら何かの化学反応が起きるかもしれないよ」
「トップアイドルですか!?」
「ああ!ついに、我が765プロからトップアイドルが輩出されるかもしれない!!」
「社長!」
「音無君!」
「頑b「ああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」
「…お、驚きました…」
貴音が耳を塞いでいる。
ちょっとやりすぎたかな?
少しすると、小鳥と社長が息をきらせて部屋に入ってきた。
「が、GACKTさん!?隣のレッスン場から悲鳴が聞こえてきたから…!」
「だ、大丈夫かね?何もなかったかね?」
二人が心配そうに僕らを見つめている。
あ、ここそこまで防音設備整ってないんだね。
…あはは。無名って辛いなあ。
「さて、今日はここまでにしようか」
貴音が少々息をきらせながら頷いている。
まあ確かにいつもより熱がはいってしまったからな。
だけどそれは期待してるからだ。
…しかし、このままハイ終わりで帰すのは可哀想かな。
そう思った僕は、貴音に晩御飯の提案をすることにした。
最も、彼女が一人暮らしなのかどうかすら分からなかったが。
「貴音、これから晩ご飯食べにいこうか」
「!?…なんと、嬉しいお誘いです。是非とも…ら」
「ラーメンはダ~メ」
貴音があからさまに沈んだ顔をしている。
貴音の身体を気遣ってというのもあるが、申し訳ない、僕は楽しみを取っておきたいんだ。
一年に一度だけの、楽しみをな。
「炭水化物以外ならいくらでも楽しませてあげるから」
「まことですか?でしたら…」
貴音が回る皿に釘付けになっている。
「以前から、気になっておりまして…」
世間知らずというか、いや箱入り娘と言うべきか。
しかしまさか貴音が回転寿司に興味を持つとはな。
「回らない寿司屋だって、いくらでと食べさせてあげたのに」
「いえ…この回る皿、とても面妖なのです。それに、この…」
寿司を乗せたミニチュア新幹線が動いている。
あはは。止めようとしちゃダメだよ。
「それに、うどんまで…」
ラーメンの代わりか、うどんを勢いよく啜っている。
それにしても、回らない寿司屋、ぶっちゃけ行かなくて良かったかもしれない。
同じ量食べられていたら、いくら僕でも・・・あはは・・・。
それから貴音がどれだけ食べるのか、店員や野次馬達が僕らの周りに集まってきた。
…けれど、一つ言いたい事がある。
「…炭水化物以外って、言ったじゃんか…」
「とても美味でした」
「そうか、良かったよ」
「しかし、ぷろでゅうさぁはあまり満足していないようですが…」
「うん?いいよ。貴音の満足気な顔をみているだけでお腹いっぱいだし」
流石にシャリ抜きとかなんて回転寿司では頼めないし、仕方ないからサラダとかその辺とかで腹を満たしていた。
やはり分かってしまうかな。
いや、それ以前に炭水化物以外って言ったんだけどね。
「でも食べ過ぎは良くないから、貴音とは今日はもうお別れかな」
「…そう、ですか」
これが恋する女の子なら可愛いけど、貴音は違うからな。
ただ、ご飯が食べたいだけみたいだし。
その証拠に、涎が出ているよ。犬か、お前は。
「名残惜しいですが、お疲れ様でした…ごちそうさまでした。ぷろでゅうさぁ」
「ああ。じゃあな」
支援
貴音と別れ、僕は今日は一杯飲みにいこうと思い、歩いていると、人の数が段々少なくなってきた。
その上、灯りが少ないのか暗くなってきた。
しかし、その暗闇の中で一際存在感を放つ店があった。
こういった人気の無い場所には似つかわしくないバー。
古謝れた感じで、中々いい。僕好みだ。
ここで、静かに優雅に飲むとしよう。
そう思った僕は、店のドアを開け、店の中を再度確認する。
うん。いいじゃないか。
これ、これだよ。こういうの僕好み。
カウンターに座り、ウィスキーを注文する。
マスターらしき男性は、手馴れた感じでグラスに酒を注いだ。
ふと目をやると、僕の近くの席には女性が一人。
サングラスをして、帽子を深くかぶっている。
恐らく、芸能人の誰かだろう。
有名税というのは耳が痛いモノだ。
こうでもしないと、おちおち一人で出掛けることもできない。
酷い話だ。
しかし申し訳ないが、僕はこの世界のタレントはよく知らない。
気にせず、グラスを口へ運ぶことにした。
何だろうなあ…隣から視線を感じるよ。
隣を見ると、彼女がハッとして向こうを向いた。
「…」
ふぅん。気に入られたかな?
仕方ない、それならナンパしないわけにはいかないかな。
席を立って、彼女の隣に座るが、彼女はピクリともしなかった。
むしろ、グラスを僕に近づける。
乾杯、ということか。
「可愛いね、もしかしたら、タレントの子かな?」
今思えば、これ失言だったかなあ、なんて思うよ。
大きめのサングラスで眉毛も隠れていたが、何となく苦笑しているのが分かった。
「参ったなあ…これでも、オーバースキルなのに…」
「私の名前は玲音。これでもアイドル界の重鎮って自負してるよ」
鼻息を勢いよく吹かし、カクテルをグイっと飲む。
振る舞いは確かに重鎮だな。
それに全くアイドルという感じも無い。
「アイドルって感じじゃないね。タレントではありそうだけど」
それを聞いた玲音はムッとして僕を間近で見る。
顔が近いよ。あはは。
「…見た所、貴方も芸能人かしら?」
「ちょっと違うかな。僕は育てる方だから」
「…ってことは、プロデューサー?」
正解。まあなりたくてなったわけじゃないけどね。
名刺を差し出すと、ああ。と言う。
どうやらそれなりに知名度はあるのかな?
いや、美希のおかげかな。
「そっかぁ…」
支援
どうだろう。
僕は少し挑発してみることにした。
「どうかな?僕のアイドルと戦ってみないか?」
玲音は僕の顔をじっと見つめた後、再び鼻をふんと鳴らし首を戻す。
残りのお酒を飲み干し、「愚問だよ」と言い放った。
「今の君達じゃ、恥をかくだけ。だから、待ってあげる」
随分な言い草だな。
「私は常に強い奴とじゃないと戦わないの」
ストイックなことだ。
まあ、待ってくれると言うならいいとしよう。
「実力差をつけられすぎて泣かないようにな」
けらけらと笑い、また酒を注文しだした。
今はまだ敵じゃない。
ここは一先ず、お酒を飲み交わすとしよう。
「「乾杯」」
玲音と会った翌日、僕は事の経緯を小鳥に話していた。
すると、小鳥は青ざめた顔で僕の肩を掴み、揺さぶる。
うーん。どうやら彼女、本当にアイドル界の重鎮らしい。
「なんてことしてくれたんですか!もし彼女が怒って抗議なんて来たら、ウチはおしまいですよぉぉぉぉ!!」
「うーん、とりあえずどんな子なのか教えてよ」
「…ハッ!?すいません取り乱しました…」
取り乱し方が凄かったけどね。
少し冷静になった小鳥から聞くと、玲音は今、アイドルとしての勲章、IA大賞を欲しいがままにしているそうだ。
それもそれ相応の実力で。
年齢も本名も非公開で、アイドル「玲音」とだけしか銘打っていなかったそうだ。
…昔の僕みたいだなあ。
「でも、これで決まったよ。彼女を倒さない限りは、一位になれない」
「ピヨッ!?そ、そんな無謀な…」
「出来ないとかじゃなくて、やるんだよ」
社長は僕に全てを委ねたんだ。
なら、応えてやるしかないよな?
僕がプロデューサーも一流にこなせる事を証明してやるよ。
だから、待ってるといいさ。
すると、事務所の扉がゆったりと開く。
「おはようございます、ぷろでゅうさぁ、小鳥嬢」
「貴音、丁度良かったよ」
「…?はて、今日は何かお仕事はございましたか?」
「いや、だが当面の目標は出来たよ」
「…?」
「トップアイドルになる前に、この子を倒そう」
玲音が写っている雑誌を手に取り貴音に見せると、少しにこやかに、それでいて確かに決意した顔で。
「分かりました。あなた様」
あなた様、か。
初めて聞いた感じじゃないな、何だか。
さて、やるとしようか。
それから僕は、貴音の弱点を埋める為に様々なレッスンを受けさせた。
どのようなレッスンでさえ彼女は進んで受けていた。
しかし、文句一つ言わずについてきてくれる貴音に、僕は一抹の不安を拭いきれなかった。
まるで何を考えているのか分からない女の子。
汗も大してかかず、疲れているのかすら分からない貴音には限界があるのか。
ある日僕は、彼女にその疑問をぶつけてみた。
「貴音、結構激しいレッスンもやってるけど大丈夫なのか?」
「ええ、今のところは」
「そっか。もし疲れてきたら言うんだぞ」
「………はい。あなた様」
僕は、少し後にこの台詞を後悔することになった。
貴音は、僕とのレッスン最中に倒れてしまったのだ。
「申し訳ありませんあなた様…」
貴音には似つかわしくない病室。
一応個室を用意してもらったので、人に見られるなどの事は無いが、腕につけられた点滴が痛々しい。
原因は言うまでもなく過労。
三日程の入院が必要なのだそうだ。
暗い顔で、ひたすら謝り続ける彼女。
彼女は何も悪くない。悪いのは気づけなかった僕だ。
アイドルの体調にすら気づけなかった僕は、プロデューサーとして失格なのかもしれない。
事務所に戻っても、僕は落ち込み続けていた。
いや、自分で言うのも何だが。
すると、社長が僕のデスクに近づいてきて、一言。
「GACKTくん。今日、どうかね?」
クイっとお酒を飲むジェスチャーをする社長。
目的が単なるお酒だけではない事は一瞬で理解できた。
「分かったよ。仕事終わったらすぐに行こう」
「そうだね。それにGACKTくんと飲めるいい機会だ」
カラン、とグラスの中の氷が揺れる音が聴こえる。
社長は何も話さず、ただグラスに注がれた酒を飲んでいた。
「…貴音について、話したい事があるんだろう?」
単刀直入に聞くと、彼は優し気な笑みを浮かべる。
「いやあ、言う事なんて無いさ。ただ、君に元気がなさそうだったからねぇ」
「…」
「今回の事で、自分を責めてるんだろう?」
「…貴音がああなったのは、僕のせいだ」
「そうだねぇ。それは否めないな」
「…担当を、外してくれても構わない」
「…私は構わないけど、彼女はどうかな?」
貴音の事か。
良いんだ。僕は彼女に悪影響を与えてしまう。
「それに、今逃げたら、これからのプロデュース生活も逃げ続けることになると思うがね?」
「……」
「君は、逃げるのが一番嫌いなんじゃないのか?」
「……」
「そうだろう?なら、四条くんから逃げてはいけない」
「…結局、話す事があるじゃないか」
「あっはっは。その通りだね…ここの勘定は、私が持とうじゃないか」
人に奢られるのは好きじゃないんだけどな。
だけど、言葉に甘えるとしようか。
それに、会いにいかなければいけないしな。
「社長、礼を言うよ」
「気にしなくていいよ。これからも頑張ってもらいたいからね」
その翌日、僕は貴音の入院している病室に足を運んだ。
「あ、あなた様…」
…?ああ。ごめんな、着替え中だったか。
「あなた様、毎日来てくださって、ありがとうございます」
「気にしなくていいよ。それに、今日は貴音に聞きたい事があるんだ」
「?」
「もし、僕がお前の担当を外れたらどう思う?」
「!?」
あはは。ショック受けてる。
何だ、随分分かりやすいじゃないか。
ちゃんと女の子してるみたいだな。
「嘘だよ。これからはちゃんとお前の事を見ていくから」
「え、ええ?」
「お前の顔も、一挙一動見続けてやるよ」
「そ、それは少し、気恥ずかしいものが…」
これで良いんだ。僕は柄にも無く焦ってしまっていたようだ。
焦らず、ゆっくり行こう。
玲音と言ったか。彼女は彼女、貴音は貴音だ。
僕らなりのペースでやっていこう。
「これからも宜しくな。貴音」
「…はい!」
すると、何だろう、内ポケットに何か異物がいきなり出てきた。
結構大きいぞ。何だろう?
「…CD?」
「何だろう、これ…僕の曲が書いてある…」
これ、…何だ?また、あの既視感だ。
僕はこれを、どうするんだろう。
いや、何となく分かった気がする。いや、そうしなきゃいけない気がする。
「貴音、お前にプレゼントだ」
「…これは、もしや私の?」
「そう。だから、早めに退院してくれよ」
貴音はとても可愛らしい笑顔で答えてくれた。
「かしこまりました、あなた様!」
http://www.youtube.com/watch?v=3aBChrgoXgQ
それから貴音は僕に対しての接し方が変わった。
以前よりも感情の起伏が大きくなり、僕に対しても弱音を吐くようになった。
僕の前でだけは、女の子としていてくれた。
プライベートは相変わらず全く教えてくれなかったが。
それでも、僕は嬉しかった。
貴音の特別になれた気がしたからだ。
でもそれは女の子に対する感情ではない。
心と心の交流、そういうことだ。
今、僕と貴音は本当に相棒になれたんだ。
ありがとな、貴音。
心を開いてくれて。
「…?あなた様?私の顔に何かついていますか?」
あはは。何でもないよ。
でも、正直、お前の顔にはたまにドキッとするよ。
それとその髪の色にも。
…何でだろう?
恋愛感情は無いのに…。
貴音編 終
貴音の曲が売れ、知名度も上がったものの、未だ765プロはさほどテレビでは有名事務所ではなかった。
まあ、今の世の中、アイドルが二人少々売れたくらいでは駄目だろうしな。
そんな中、僕はそろそろ三人目のアイドルを誰にするかという話を社長から提案された。
そうだなぁ…誰にしようか。
いや、とぼけるのはよそう。
実はもう決まっているんだ。
女の子アイドルにしては少々珍しい中性的な外観を持つ子。
「真ちゃんですか…」
小鳥が真の写真を見てほう、と一言。
「どうしたの?」
「うーん、真ちゃんをどういう風に売り出すのかなーって」
どういう風に?
そりゃあ、やっぱり…。
「アクションとかかなあ」
何故だか小鳥が苦笑いしていた。
僕は何か、マズイことでも言ったのだろうか。
「会ってみれば、分かると思いますよ?真ちゃんの性格」
「うーん、どうだろう…」
「GACKTさんなら、そのままでもいけそうですし」
「…?」
小鳥から意味深な一言を言われ、今日はレッスン会場にいるという真に会いにいく事になった。
どんな感じなんだろう。気になってドアを少しだけ開けて覗いてみる。
すると、黒いTシャツに下のジャージ、少し短めの髪にピョンと出たアホ毛。
恐らく、あの子が菊地真だろう。
何かしゃがみ込んで一心不乱に一人で喋っている。
不気味だな。もしかしたら、危ない子なのか?
急に霊が乗り移って…いや、どうやら漫画を読んでいるらしい。
漫画を声に出して読むのも相当おかしな感じではあるが。
いずれにしても、今は休憩中のようだし、話しかけてみるか。
「真ちゃんかな?」
「うわあっ!!?」
少年のように驚いた真は、焦りながらもその漫画をカバンに急いで隠した。
チラッと見えたが「りぼん」というコミック雑誌だそうだ。
それだけでこの子がどういう子なのか、瞬時に理解出来た。
しかし、僕を見つめてどうしたのか。
…あ、サングラス忘れてたなあ。
「………王子、様?」
「は?」
真は一体何を言ってるんだろう。
王子様?確かに夢の中の王子ならやったことあるけど…。
「…!?あ!す、すいません!」
どうやら夢から覚めたらしいな。
「僕は、お前のプロデューサーだよ」
「えっ…?え?ええ!?」
あ、これうるさそうだな。
「ええええええええええ!!!!!!???」
ああもう。耳が痛いよ。
ただでさえ隊長から耳悪いって言われてるのに…。
「えっと、それって、ボクがアイドルになれるってことですか?」
うん。ていうかそれが目的でレッスンをやってるんじゃないの?
「や、やっりぃ…!!」
あはは。もうこりゃあ、イメージも決まったようなもんだよな。
「で、宣材写真撮るっていったのにさ、何でそんな格好?」
美希の時にも貴音の時にもやったものだが、彼女らにはこの点では何も悪い点は無かった。
しかし、この子は…。
「え、これじゃ駄目なんですかぁ!?」まっこまっこりーん
「普通の服か、それかそこの男物の衣装でいいよ」
「ええ!?アイドルって、可愛くフリフリなものを着れるんじゃあ…」
金線入りの黒ジャージで練習してる奴が言えることか。
「まあ、知名度が上がればそういうのも出来るから」
「うう、分かりましたぁ…」
嫌がっている割には、ノリノリでポーズ取ってるな。
それに筋肉の引き締まりも悪くない。
この子ならアクションもこなせるだろう。
真の持っている魅力は、たちまち雑誌を賑わせることとなった。
美男女子、いやあ、かわいそうに…。
「かわいそうって顔には見えませんよぉ」
真が落ち込みながらソファに体育座りしている。
慣れない変装をしてみたものの、結局はバレてファンの女の子達から追いかけまわされたらしい。
将来は宝塚も夢じゃないな。
「嫌です。ボクは普通に恋愛したいんです!」
『今年の夏は、水分補給にこれ!』
「もっと、可愛らしくて、純情な恋愛がしたいんです!」
『身体に最も適した清涼飲料水!』
「王子様みたいな男の人と、手を繋い『スポーツドリンク!!ポカリズエット!!』やかましいなあもう!!何で僕が話した途端にCM大音量で流すんですか!!」
「世間はお前にこれを求めているんだ。仕方ないさ」
「うう…」
「大丈夫さ。僕は、お前を女として見てるから」
「え!?」
「…だから、今はそれでいいかな?」
見る見るうちに顔が赤くなる。
純情も純情すぎると怖いな。
どっかの誰かにホイホイついていきそうで。
「そんな輩、ボクの空手でぶっ飛ばし…!!」
やらかしたな、と自分でも分かっているようだ。
黙ってストンと座り直した。
「真、こんな話をするのは申し訳ないが、アイドルは基本的にフィクションみたいなものさ。それぞれ売り出し方は違う。過去をひた隠しにして純情なイメージで売ったアイドルだっているんだ」
「過去?」
「誰とは言わないけど、元々かなりのヤンキーだった子が売れっ子アイドルになったこともある」
「そ、そうなんですか…」
それに比べたら、お前なんて可愛いもんさ。
納得出来たかどうかは分からないけど。
「実を言うと貴音だって、初めはイロモノな感じで見られてたんだぞ?」
「た、貴音さんが?そりゃ凄いなあ」
「だが貴音はそれらのイメージを自分で払拭した…お前に出来るかな?」
「で、出来ますよ!ほーらほら、まっこまっこりーん♪」
「…」
「…」
「「…」」
…出来ないんだろうなあ…
それから真はそれなりに雑誌には出始めたものの、未だテレビからの依頼はCMくらいだった。
まあ、アイドルだしな。持ち歌が無いんじゃな。
しかし、真の歌唱力はというと、ぶっちゃけのど自慢だったらAメロに入る前に鐘が一個鳴るくらいだろうな。
それに、真はダンスの方が輝く。
僕はそっち方面で行かせたいのだが、真はそれを断固拒否していた。
ま、そこは腐っても鯛、というところかな。
「うーん…」
どうしたらいいものか。
何とかして、真の希望も叶えてやりたい。
そんな事を考えて、事務所まで辿り着いた。
すると、僕のデスクの隣の机に見慣れない眼鏡の女の子がいた。
「…誰?」
僕に気がついた女の子は、眼鏡をクイッと上げて僕を訝しげに見る。
「…あの、貴方は…神威さんですか?」
僕を名字で呼ぶのは中々いないが、まあ頷いておこうか。
「…成る程、その反応は、どうやら私の事知らないみたいですね」
全く社長は…。とぼやきながら僕の元に歩いてくる。
意外と背は低く、髪の毛で身長を盛ってるんじゃないだろうかと思えた。
「紹介が遅れて申し訳ありません。私はこの事務所のプロデューサーの一人、秋月律子と申します」
名刺を渡そうとして「あ、同じ事務所ですよね…」と苦笑しながら可愛らしいストラップがついた携帯電話を取り出した。
僕の無機質な携帯電話とはえらい違いだな。
アドレス帳も無機質なんだけどな。あはは…。
「これから宜しくな」
「はい!一緒にアイドル達を輝かせましょう!」
年齢を聞くと、まだ19歳だと言う。
過去が気になるが、まあそれを詮索するのは野暮ってものだよな。
しかし、思わぬ助力だ。
丁度良いし、彼女に知恵を借りるとしよう。
「はあ…真のアイドルとしての活躍、ですか」
「成功してはいる。だけどそれは真の意思とは反するみたいだしな。このままじゃいつかパンクするのは目に見えてる」
「そうですね…確かに、真は男扱いを受けると怒りますから。…そういえば、美希と貴音の歌を書いてくれたのは、GACKTさんでしたよね?真の歌は書いてあげないんですか?」
「僕はそれなりに高い実力じゃないと、書けないんだ」
「あ、はあ…そうですか」
歌に妥協はしたくないからな。そ 真のレベルに合わせても良いけれど、それだと質が落ちる。
真のファンは買ってくれるだろうが、いつしか消えていくだろうしな。
「うーん…GACKTさん」
「ん?」
「妥協、ではなく、真の成長の為に曲を提供する、というのはどうでしょうか?」
「真の成長?」
「こう言っては何ですが、アイドルの頂点に立つために、様々な物を経験し、踏み台にしていくべきだと思うんです」
僕の歌を踏み台に?
僕は黒い三連星じゃないんだぞ?
それに、その扱いは気に入らないな。
「気を悪くしたのならすいません。でも、私達はプロデューサーです。私達の役目は、彼女達を輝かせることです」
「…」
「だから、協力してあげてください。…勿論、レッスンなら死ぬほどやらせても構いません。あの子のタフネスは半端じゃありませんから」
「…そうか」
…そうだな。今の僕は歌手じゃないんだ。
プロデューサー、か。
僕の歌は、武器にもなるみたいだ。
だが、それは僕の意思に反する。
これじゃ、真と同じだな。
…そうだな。可能性を消してしまうのは良くない。
なら、真がどれだけ僕についてこれるか、やってみようじゃないか。
「真、今日から喉が破裂するくらいのレッスンするから」
「え?」
「大きな声は出るみたいだけど、ただそれだけだ。もっと綺麗に、それでいて伸びのきく歌声にする」
「は、はい!」
「それと、嫌になったら降りてくれ。僕はあまり加減が出来ない」
そう。これは第二の貴音を産んでしまうのではないかと思ったのだ。
あの時みたいな事はしたくない。
あまり、無理をさせたくないんだ。
「大丈夫です!僕はタフってだけが取り柄ですから!」
……頼もしいことだ。
しかし真は、全く倒れる事は無かった。
菊池真は伊達じゃないってことか。
やるじゃないか。
それに歌声も段々良い物になってきた。
だけど、これ以上やると本当に喉が破裂しかねないのでやめておくか。
まさか、僕の方からやめるだなんて言ってしまうなんてな、あはは。
「どうだ?それなりに堪えたか?」
「は、はい…喉がガラガラですよ」
「じゃあ、少しでも水分を多く取った方がいい。僕みたいに」
「一日四リットルは難しいです…」
とは言え、流石にヘトヘトらしい。
それに、少々やり過ぎたかな。もう夜遅い。
仕方ない。帰りは送ってやるとするか。
「え?でもボクの家近いですし、大丈夫ですよ?」
「いいからいいから」
真を連れて事務所を出る。
隣の真は大きめの帽子を深く被り、マスクもした。
まだ知名度は浅いとはいえ、ファンは知っているからな。
気がつけば追いかけられることもありそうだ。
しかし今僕らはどう映っているんだろうな。
「それだったら、恋人同士がいいかな?にひひ」
「見て見てー!イケメン兄弟だよー!」
「…」
「…」
まあ、マスクしてるからって言い訳も出来るから。
「それ、かばってるのかけなしてるのかどっちですか…」
お前の私服が悪い。
「うっ…だって、女の子っぽい格好するとGACKTさんとかにバカにされるから…」
「しないよー」
「テキトーに答えないでくださいよ!」
全く、何で僕が真のパシリにされなきゃならないんだ。
コンビニなんて言ったことほとんど無いのに。
えっと、喉飴と、スポーツドリンクと…。
「…あ」
これ、真が宣伝してたやつだ。
…良い笑顔じゃないか。
僕も一つ買おうかな。
「…ん?」
何やらコンビニの外がやかましい感じだ。
見ると、外で待ってた真がバイクに乗っていたチンピラにちょっかいをかけられている。
大方、男と間違えたんだろう。
仕方ないなあ。僕もうも40なのに。
「…」
「おい、何でガンつけてたんだ?」
「…そんなことしてない」
「は?何?聞こえないんだけど」
「…」
「何か言ってみろよ!あ!?」
「…」
「おいシブタク、もうそいつ殴っとけば?」
「おお、そうするわ」
「…」
「言っとくけど、お前が悪いんだk」
「…!?」
「シブタクぅぅううう!!」
あれ、どうやら加減を忘れたようだ。
思いっきり振り抜いちゃったよ。
「お、おい何だテメェ!」
いけないな。そんな口の聞き方は良くない。
少し、調教してやるか。
「…真、得意の空手はどうしたんだ?」
「…」
「…もしかして、女の子だって、証明したかったのか?」
真が頬を膨らませながら俯く。
そっか。
全く、世話の焼ける女の子だ。
「でも、無事で良かったよ」
「GACKTさん…」
「なんたって、僕の可愛いアイドルだからな」
あはは。泣いちゃったよ。
泣くと女の子らしいな。
「いいか真。女の子らしさってのは色々だ。
男にとって女とはこういうものだなんてイメージは無い。美希のようなキラキラした子が良いって奴もいるし、貴音みたいなミステリアスな奴が良いって奴もいる。
…勿論、お前みたいなボーイッシュな子が好きだって奴もいるんだよ」
「GACKTさん…」
「顔や、体じゃない。良い女ってのは、身体の中から出てくるもんさ」
「…なら、ボクはどうですか?」
真か?そうだな…。
「最高の女だよ」
「~!!」
そんな力強く抱きしめるなよ。スーツが皺くちゃになるだろ?
ポケットの中の物が壊れるじゃないか。
…ん?ポケット?
「GACKTさん、何か出てきましたよ?」
ああ、出てきたな。何だかいきなり出てくるから気持ち悪いよ。
「真、僕の歌を歌いたいか?」
「え?ぼ、ボクの?…はい!歌いたいです!」
「そっか。じゃあ、あげるよ」
可愛らしい歌っていうか、いやらしい歌だけどな。
http://www.youtube.com/watch?v=yb83fmI47KQ
「結局真もノリノリで歌ってるじゃないですか」
「ああ、それはな、僕と一つ約束したんだ」
律子と事務所で二人でテレビを見ている。
真のデビューシングルを特集したニュースがやっていた。
「約束?なんですか?」
「…僕と二人の時だけは、女でいるってな」
「…あの、間違っても手は出さないでくださいよ?」
「わかってるよ、まだ18じゃないもんな」
「そういう問題じゃありません!!!」
あはは。真はこれでいい。
迷わず僕を踏み台にすればいいさ。
真の物語の主人公は、真なんだからな。
僕も、全てが終わったらこの経験を踏み台にしてやるからな。
そうそう。僕も、お前も、ガンダムだよ。
真編 終
「GACKTくん、菊地くんのプロデュース、頑張ってくれているようだね!」
社長と事務所のソファで対面し、テレビを見ている時にふと話だした。
「まあね。だって僕は一流だから」
いつものように軽く受け流す。
すると、社長は余裕のある笑みでお茶をグイッと飲み干した。
いきなりどうしたんだろう。
「時にGACKTくん。今日のお茶、美味しいと思わないか?」
「?…うーん。まぁまぁかな」
京都で飲んだ時のあのお茶に比べたらまだまだだけど、確かに今日のお茶は美味しい。
お茶特有の渋みを抑えて、ほのかに感じる甘み。
小鳥が趣向を変えて高級な茶葉でも買ってきたのだろうか。
すると、社長が大袈裟に手を横に振る。
そして、台所の方へと視線を向ける。
一体何だろう、と思い僕もそこに振り返ると、白いワンピースを着た女の子がチラチラと見えていた。
未確認生物じゃないんだから、もっと堂々と出てくればいいものを。
「ほら、雪歩!ちゃんと出てきなさい!」
律子がその雪歩という女の子の手を引いて、此方へ連れてきた。
第一印象としては、引っ込み思案な、大人しい女の子、といった所だろうか。
「…え、えっと…」
先程から何かを言おうとしているらしいが、その視線は僕にも、社長にも向けられていない。
僕らの間にあるテレビに向かって話している。
「あのさ、誰に話してるの?」
気になってその子に話しかけると、ウサギのようにびくっとして、それから黙り込んでしまった。
「GACKTさん、すいません。…何となく分かると思いますが、この子、男性恐怖症なんです」
そんな子、本当にいるんだなぁ。
「…え?じゃあ何でアイドルになったの?」
当然の疑問だと思う。
だってアイドルって、男と握手会もするし、ライブだってするだろう?
なのに男性恐怖症って、それじゃ本末転倒じゃないか。
「えっとですね…」
律子が色々考えながら発言しようとしてるのが分かる。
僕に気を使っているのか、彼女、雪歩に気を使っているのかは分からないが。
しかし考えがまとまらなかったのか、雪歩に委ねた。
雪歩は俯きながら、ボソボソと何かを喋っている。
悪いけど、僕も社長も耳はそんな良くないんだ。
「は?」
聞き返すと、またびくっとした。
何なんだろう。このもどかしさ。
うーん。これが一般人だったらいいんだけど、アイドル志望だと言われるとなあ。
「…せめて、名前くらいは話してくれるかな?」
黙っていた彼女は、おずおずと話しだした。
「は、萩原、雪歩ですぅ…」
そして、今まで黙っていた社長が口を開いた。
「そう、そして今日このお茶を淹れてくれたのが、彼女!萩原雪歩くんだ!」
あはは。これくらいの声で話してほしいものだ。
しかし、その声に圧倒されたのか、「ひっ…」と声をあげ、背中に両手を隠した。
この子は、社長に虐待でも受けたのだろうか。
だが、その疑問は一瞬で崩れた。
再び両手を前に出した時、その手には大きめのスコップが握られていたのだ。
「え?」
僕には全く分からなかったが、律子と社長には分かったらしい。
二人の顔が徐々に青ざめていく。
「………す」
何か、呪文を唱えているのか?
すると、いきなりスコップを振り上げた。
思わず身構えてしまったが、それはどうやら杞憂に終わったようだ。
「こんなダメダメな私、穴掘って埋まってますぅぅぅぅぅううううう!!!!!」
どうやら、事務所の床は致命傷で済んだらしい。
いや、済んでないか。
しかし、律子のおかげで何とか貫通はしなかったらしい。
誰か引っかからなければいいが。
しかし、こんな事で大丈夫なのか?
会議室での対面でも、一切僕と目を合わせてくれない。
しかし、女の子相手に怒る訳にもいかず、着実に僕の胃は傷んでいった。
社長も僕の性格はある程度分かっている筈だ。
何だってこんな子を寄越したのか。
美希の方がよっぽど良かった。
あの子の方が男慣れしていたからな。
けれど、ちゃんと話を聞く気はあるようで、メモを必死に取っていた。
その点においては評価できるが、いかんせん男性恐怖症というのがネックだ。
言葉は悪いが、いわゆる男性に対していかに愛想良く出来るか。それがアイドルにとっては重要なのだ。
それが無くては、とてもじゃないがアイドルとしてはやってはいけない。
僕は、ここに来て早くも挫折しかけていた。
それから僕は、雪歩と仲が良いという真に話を聞くことにした。
「ごめんな。忙しいのに」
「いいんですよ。GACKTさんに呼ばれたら何処からでもかけつけますから!」
真は雪歩とは対照的だ。
僕の目を見て、ハキハキと明るく話す。
「そうですねぇ…雪歩は確かに、そういう所ありますからね」
「悪いんだけどさ、このままじゃ僕は雪歩の面倒は見れないよ」
真の顔が少し暗くなる。
自分と仲が良い友達を悪く言われている気がするんだろう。
けれど、真だって分かっている筈だ。
雪歩はこのままでは宜しくない。
だからと言って、解決策が浮かぶわけではない。
そのもどかしさから、頭をがりがりとかいている。
気持ちは分かるんだけどね。
>>108
続きありがと
雪歩のレッスンには女性トレーナーが必須だ
そうでなくては彼女の体が全く動かないからだ
僕は遠巻きで見て、何かあったらトレーナー越しで雪歩に伝える
頭を抱えながらも、僕は彼女をどうするか決めあぐねていた
そしてその日の夜
僕はまたあの時のバーで一人、酒を飲みに行っていた。
だけど、一緒に飲む相手がいなくて、少しだけ寂しい。
元の世界じゃ、いつも誰かが僕の隣にいたのになぁ。
本当、僕って寂しがりやだ。
多分、雪歩にも同じ感情を抱いているのかな。
面倒とかじゃなくて、構ってもらえなくて寂しいというのが正解かも。
いけないなぁ。僕は。
一人苦笑しながらまた一口、ウィスキーを飲む。
すると、カランカランと、誰かが店に入ってきた。
店主の顔を覗くと、少し笑みを浮かべていた。
知り合いでも来たのだろうか。
すると、その客の足音が僕の隣で止まる。
そんな客はいないのに、何だって僕の隣に座るんだろう。
「…あ」
その疑問は、すぐに解消された。
僕もこの客には見覚えがある。
初対面の僕に対してもあっけらかんとした感じ。
「や。また会えたねぇ」
玲音だ。
まあ酒飲みだから未成年という事は無いと思うが、恐らく僕のが年上だぞ?
「あはは。ごめんごめん。だって昔っからこんなんだから」
まあ仕方ないか。僕も人の事あんま言えないし。
「…あ!そうそう!名前聞いてなかったよ!」
名刺をねだられたので、とりあえず渡しておいた。
「珍しい名前だね!」
…お前もな。
「ふーん。そんなことが…」
雪歩の事を彼女に伝えると、さほど興味無しといった顔でカクテルをあおっていた。
僕らしくないな。年下の子に相談するなんて。
でも、やっぱり女の子の事は女の子にしか分からないから、この相談はあながち間違ってないのかもな。
「あんまり甘やかすのもどうかと思うよ」
玲音は僕にそう言うと同時に向き直った。
その目は、真っ直ぐ僕を見つめていた。
甘やかしてるつもりはないんだけどなあ。
「甘やかしてると思うよ。その雪歩って子に一度でも怒ったことある?」
うーん。無いかな。
「怒るってのは、愛情があるから出来ると思うんだ。嫌いだったら、怒ることすらしないでしょ?」
まあ、そうかな。
「雪歩ちゃんもGACKTさんも、お互いに心を開かずに気を使ってるんだよ」
…そうか。僕は忘れていた。
心と心の交流。それは僕が一番好きなことじゃないか。
「…ありがとう。参考にしてみるよ」
「えへへ」
二度目の乾杯をして、その日は終わった。
「ふーん。そんなことが…」
雪歩の事を彼女に伝えると、さほど興味無しといった顔でカクテルをあおっていた。
僕らしくないな。年下の子に相談するなんて。
でも、やっぱり女の子の事は女の子にしか分からないから、この相談はあながち間違ってないのかもな。
「あんまり甘やかすのもどうかと思うよ」
玲音は僕にそう言うと同時に向き直った。
その目は、真っ直ぐ僕を見つめていた。
甘やかしてるつもりはないんだけどなあ。
「甘やかしてると思うよ。その雪歩って子に一度でも怒ったことある?」
うーん。無いかな。
「怒るってのは、愛情があるから出来ると思うんだ。嫌いだったら、怒ることすらしないでしょ?」
まあ、そうかな。
「雪歩ちゃんもGACKTさんも、お互いに心を開かずに気を使ってるんだよ」
…そうか。僕は忘れていた。
心と心の交流。それは僕が一番好きなことじゃないか。
「…ありがとう。参考にしてみるよ」
「えへへ」
二度目の乾杯をして、その日は終わった。
二回もやってしまった
次の日、僕は雪歩を会議室に呼んだ。
怒るという事は無いが、本音で話さなければ彼女の為にならないと思ったからだ。
震えながらも雪歩はゆっくりと席に着く。
実を言うと、僕も緊張している。
もしかしたら、それが原因で辞めてしまうかもしれないから。
辞める分には構わないけど、良い気分にはなれないからね。
とりあえず話を切り出す事にした。
「雪歩、ここ何日かお前を見てきたけど、一つ言っておきたい事があるんだ」
ぴくり、と雪歩が目を見開く。
見に覚えがあるからの行動だろう。
「…」
「…」
お互いに少しの静寂が流れる。
雪歩からの返答は無かったので、再び僕から話す事にした。
「……このままじゃ、僕はお前の面倒を見れないよ」
ああ、やっぱりか。
そんな顔になった雪歩に、僕は続けて話した。
「真にも言ったけど、お前のプロデューサーは僕だ。そして僕は男だ。だけどお前は男が苦手だ」
「…」
「お前がこのままでいるなら、僕はお前に対してもう教える事は無いよ」
「…」
彼女は俯いて泣いている。
「泣いてるだけじゃ、もうどうにもならないところまで来てるんだ」
可哀想だけど、仕方ないんだ。
プロの世界だから。
ここは学校じゃない。
心の中で申し訳ないと思いつつも、僕は雪歩の言葉を待つ。
しばらくすると、雪歩は小さいボリュームで喋り出した。
「…私、男の人が昔から苦手で、そんな自分が大嫌いでした」
「だから、アイドルになれば少しは克服できると思ってました」
「…でも、甘かったんですね」
まあ、そうだね。
何をするにも、権利を主張するなら義務はあるから。
何もしないで、克服できるわけがない。
ある程度、犠牲はつきものなのだ。
「…こんな私、辞めた方が良いですよね」
「うーん…そうだね」
雪歩はハッとして僕を見る。
まあ当然の反応だろう。
でもそれはまだ雪歩が甘えている証拠だ。
大方僕が引き止めてくれると思ったのだろう。
悪いけど、僕はそんな優しくないから。
「…」
どうしたらいいか分からないといった表情だ。
そういえば真から聞いたけど、彼女は父親に溺愛されて育ってきたようだな。
こういう風に、プレッシャーをかけられた事ないんだろうな。
「どうする?僕は構わないけど」
「…私、どうしたらいいんでしょうか」
「それは、お前が決めるんだよ」
「…」
さあ、どうするか。
雪歩の出方を見るとしようか。
「…私、私に、何か言葉を下さい」
雪歩は弱弱しく、それでいて強く言った。
僕はカウンセリングしてるつもりじゃなかったけど。
困ったなあ。
僕は、こんな時何て言ってたっけ?
…あ、そうだ。
いつも思ってることじゃないか。
「まあ、みんなもそうだと思うのだけど何かに直面したときは やっぱり、落ち込んだり立ち止まったりするものだよ。 でも、それが過ぎてしまうとその瞬間のことって 後から思い出したり振り返ったりすると、意外と笑えたり、 大したことではなかったと思える。 もちろんそれは、今をどれだけ真剣に生きているか、 自分と向き合っているかで変わる。 過去の自分に縛られて前に進めないでいると、 いつまで経っても、イケてる人生を送れないよ」
「…」
「雪歩は、自分の10年後を想像出来る?」
「…よく、分からないです」
「僕はね、眩しくて見えないや」
「…」
「…」
直後、雪歩がふふっと笑った。
初めてかな。彼女が僕に笑うのは。
「やっぱり、プロデューサーは、凄いです。…私も、そんな風になれるかなぁ」
「なれるさ。その為に僕がいるんだから」
「…分かりました。私、頑張ってみます。…だから、これからもよろしくお願いします」
少し震えているが、しっかりと僕に歩みよって、手を差し出した。
そうだな。よろしく。
僕は何も言わず、その手を握った。
「雪歩ちゃん。変わりましたねぇ」
小鳥がテレビに映る彼女を見て呟く。
僕がプロデュースしてるんだ。これくらいやってもらわないとな。
「眩しくて見えない、ですか」
「そうだね。歳を取るのではなく、重ねると思うと、悪くないものだよ」
「色々、経験してくということですか」
「そういうことだ」
「ピヨ…私、貧しくて食えないかもしれない」
「…それ、どっかで聞いたなあ…」
さて、次は誰だろうなあ。
社長が履歴書を持って僕に歩みよってきてるから、まあそういうことなんだろう。
だけど、今はテレビに集中するとしようかな。
気の弱い彼女の、ちょっとした背伸びを観なきゃならないからな。
http://www.youtube.com/watch?v=QMhuzt_6WDc
先日、社長から受け取った履歴書を手に、僕は自分のデスクで一人の女の子を待っていた。
話を聞くと、ワガママで、気難しい面があるのだという。
ウサギのぬいぐるみを常に脇に抱えており、そしてかなりのお嬢様気質。いや、本物のお嬢様だそうだ。
僕は知らないけど、有名な財閥だそうだ。何やってるんだろうなあ。
しばらくして面会時間が訪れる。
コンコンと扉がノックされて、向こうからひょこっと光るものが覗く。
よく見ると、それはおでこだった。
聞いていたとおり、小脇に抱えているウサギのぬいぐるみ。
しかしそれはおせじにも高価なものとは思えない、どちらかと言えば年季の入った若干汚れているものだった。
金持ちのお嬢様にしては珍しいな、と思った。
そして、僕を見て少しすると、ああこの人が、といったような感じでツカツカと歩みよってくる。
そして一言。
「あんたがプロデューサーかしら?精々足引っ張らないようにね」
空いた方の手で長い髪の毛をフワッとかきあげた。
仕方ない、デコピンで返すとしようかな。
容赦無くてワロタ
「痛い…」
涙ぐみながらおでこを抑える彼女、水瀬伊織。
タメ口を聞かれるのはもう美希で慣れてるけれど、彼女のそれは何かイラっとするものがあった。
それと単純にこのおでこに惹かれるものがあったからかな。あはは。
「初めてよ…こんな仕打ち」
だろうな。温室育ちだもんな。
まあそう考えたら、雪歩も同じかな。
とりあえず、彼女の人間性は半分は分かったよ。
後は信頼を築いていかなきゃな。お互いに。
「初対面でデコピンした奴のセリフじゃないわよ」
伊織が家に帰った後、僕は事務所で小鳥と雑談していた。
話の内容は、言うまでもなく伊織の事だった。
「伊織ちゃん、ツンデレな所ありますからねぇ」
ツンデレか。それくらいなら僕も知ってる。
具体的にどんなものかと聞かれたら答えられないけれど。
素直じゃない、ということだろうか。
しかしそんな漫画みたいな子もいるんだな。
あ、漫画だったっけ?あはは。
「でもきっと伊織ちゃんも嬉しいと思いますよ?これで自分も有名なアイドルになれるって思ってるでしょうし」
買い被りすぎじゃないかな。まあ仕方ないか。
予想は裏切り、期待には応えるのが僕だからな。
まあ、全ては明日からだ。
彼女の期待にも応えなきゃならないからな。
伊織は基本的に弱音は吐かない。
まあ時折それに似た発言は匂わせるけども。
今も僕とのレッスンで床に大の字に寝そべっていた。
これだけ見たら、お嬢様としては見えないな。
隣で同じように寝そべるウサギのぬいぐるみが少し愛らしかった。
僕のレッスンにおいては、冷房ではなく、常に暖房をかけている。
こうしておく事で、夏バテやいわゆるクーラー病も防げると思うからだ。
だけど、伊織にはかなり辛いようだった。
先程も言ったが、言葉に出さなくても、その苦悶の表情が物語っているからだ。
家に帰ればいつでも快適な部屋があるだろうからな。さぞかし辛いだろう。
「ちょ…ちょっと休憩するわ」
しかし、お嬢様でワガママでというならこんな無名事務所でこんな拷問のようなレッスンを受けずとも、コネか何かで有名な事務所に行った方が良いと思うのだが。
お嬢様というなら、むしろそういったことを選ぶと思う。
だけど伊織は、どうやらそのような事は良しとしないようだ。
ただのワガママお嬢様ではない。
僕は彼女にそんな印象を覚えた。
その日、僕はクタクタの伊織を食事に誘う事にした。
二つ返事で了承すると、最新式の携帯電話を取り出し何人かに電話をしていた。
親だろうか。
「親もそうだけど、執事とドライバーね。あんた車で来てるんでしょ?」
…人間って、産まれた時から不公平なんだなあ。
執事か。僕の場合だったらメイドかな。
あはは。でも息苦しくなりそうだからいらないや。
「そうよ。ホント息苦しいわ。過保護というかなんというか」
しかし、普段彼女は何を食べてるのだろうか。
気になる所だ。
「あら、なんだか良い車ね」
これ、結構高いんだけどなあ。
「あのワンボックスだと思ってたわ」
事務所の裏にある白いワンボックスの事だろうか。
あれは社用車だからな。
そこまで貧乏な事務所じゃないよ。
まあでも。
「僕が女の子を自分の車に乗せるのは、結構珍しいんだけどね」
そう言うと、少し黙って「早く乗せなさいよ」と小声で喋った。
あはは。これがツンデレか。
さて、希望はなんだろうな。
やっぱりフレンチとかかな。
と思っていたが、どうやらそれは違ったようだ。
本物の金持ちは、どうやら外食すらしないらしいな。
伊織は目に入る店全てを物珍しそうに眺めていた。
温室育ちで、箱入り娘か。
なんだか微笑ましいな。これ。
「どうだ。何か目を引くものはあったか?」
「…全部かしら」
だろうな。じゃあ、今日は僕がこの世界に来て一番良いと思った所に連れていくか。
まさか本当にあるとは思わなかったけど。
http://uds.gnst.jp/rest/img/e646tudr0000/t_0028.jpg?t=1385367025
「ここのカムジャタン鍋が美味しくてさ」
「へー…もう食べていいのかしら?」
まだだよ。
野菜すら入ってないじゃないか。
本当に何も知らないんだな。
ここで僕は伊織に前からの疑問をぶつけることにした。
「そういえばさ、何で伊織は765プロに入ったの?」
「?何でって…そりゃあ、あの親を見返してやりたかったから、かしら?」
何故疑問系なのか。
「結局765プロもコネで入ったようなものだから…それに、全然有名になれないし」
「そっか…」
入ったから有名になれるのは、それこそ大きな事務所だと思うのだが。
「…私、これでダメだったらアイドル諦めろって言われてんのよ」
「…ふーん」
「ふーんって…もうちょっと反応しなさいよ」
「なんで?」
「…これでダメだったら、私何も出来ずに終わりなのよ」
何も出来ない。
それは恐らく、親に対しての事だろうか。
自分にだってやればできるということを証明したいのだろうか。
だから、この無名事務所に入ったのか。
世間で言われる、ゴリ押しでは無く、自身の力で有名になる。
文句は言わせないと、そういうことか。
…世間知らずのお嬢様に、自立心が生まれたということか。
「…大丈夫だよ」
「え?」
全く、そんな小さな疑問をいつまでも考えていたのか。
一体誰がお前を見てると思うんだ?
「どんな自信よそれ」
僕と伊織には、共通点も多いが、大きな違いがある。
「自分の弱さと向き合うことだよ」
「自分の弱さ?」
「今伊織は、初めての挫折に心が折れかかってる。大切なのはそこでどうするかだ」
「…分かってるわよ、それくらい」
「戦うってのは、誰かを傷つけることじゃない。自分自身の弱さと向き合うことだ。それが闘いの始まりだ」
「…」
「伊織は、恐らく何もしなくても大人になれて、人生を歩んでいける。けどさ、それは大人じゃない。大きな子供なんだよ」
「…」
「一歩一歩、自分自身の力で大人になっていくんだ。そしていつか、最高の背中を未来の子供達に見せてやるんだ」
「…自分自身の、力で…」
「なれるさ。僕がいるんだから」
「根拠無いわね、それ。…でも、………ぅ」
何だろう、何か尻すぼみになったが。
「…とう」
「……今は、その言葉はいらないよ」
「…え?」
「お前がこれから先、最高のアイドルになって、最高の女になって、そしたらその言葉を聞くよ」
瞬間、顔を真っ赤にした伊織が鍋にがっついた。
…あはは。辛いの入れすぎたかな。
悶絶してるよ。
だけど、これでいいんだ。
今は、これでいい。
今はまだ、子供なんだから。
これから先、最高の女になればいいさ。
「水!!水!!!」
いやぁ、面白いなあ。
「伊織、すぐに女になれる方法もあるぞ?」
「期待しないでおくけど、一応聞いとくわ」
静かに耳打ちすると、たちまち顔が赤く染まっていく。
店の店主が微笑ましくも苦笑いで静かにとジェスチャーを送ってきたのは、そのすぐ後だった。
http://www.youtube.com/watch?v=CNqGbohdaD4
765プロに入ってから一つ思ったことがある。
やはり僕は、子供が少しだけ苦手だ。
まぁ向こうも僕に対してそう思ってるだろうけど。
今の子供は結構生意気な子が多い。
でも中には、面白い子もいる。
それは伊織みたいなただの世間知らずのお嬢様だったり、真みたいな少年漫画の主人公みたいな子だったり。
今回僕が担当する子だが、まず履歴書を見た印象を言うと。
あまりにも字が汚すぎる。
それに、所々漢字を間違えている上、ひらがなが多い。
こんな子、一体どんな性格してるんだろう。
社長から話を聞く限りでは、ひたすら一生懸命だというが…。
一般教養すら無さそうな子なんだよなぁ。
大丈夫だろうか。
そういえば律子は僕がこの事務所に入ってからしばらく見てなかったけど、何でだろうか。
その疑問はすぐに解消された。
どうやら営業回りで事務所に帰る暇も無かったらしい。
そしてその足で稼いだ成果もあったらしく、彼女の根回しのおかげでアイドル達の知名度もそれなりにあった。
全くの無名だとしたら、もうちょっと大変だったかもしれない。
律子のお陰で「ああ、あの子か」という意識を植え付けることができたのだ。
あはは。頭が上がらないや。
そんな事を考えていたら、どうやら僕は事務所の扉が開いた事にすら気付かなかったようだ。
ふと隣を見ると、短めのツインテールの笑顔の女の子が僕を見て立っていた。
「…ああ、やよい?」
すると大きな声ではい!!と答え大きくお辞儀をした。
そのお辞儀というのも、両手を後ろに挙げ、その勢いもつけて上半身を大きく下げる。
いや、解説する必要なんか無いか。
高槻やよい。14歳。
家族の為にアイドルをやっているそうだ。
売れなければマイナスになるという考えは無かったのだろうか。
見切り発車な子だな。
だけど、とっても明るい。
何だかこっちまで嬉しい気分になるよ。
これは、大人には出せない雰囲気だな。
だけど…少し、いやかなり。
舌足らずで時折何を言っているのか聞き取れなかった。
「…ああ、やよい?」
すると大きな声ではい!!と答え大きくお辞儀をした。
そのお辞儀というのも、両手を後ろに挙げ、その勢いもつけて上半身を大きく下げる。
いや、解説する必要なんか無いか。
高槻やよい。14歳。
家族の為にアイドルをやっているそうだ。
売れなければマイナスになるという考えは無かったのだろうか。
見切り発車な子だな。
だけど、とっても明るい。
何だかこっちまで嬉しい気分になるよ。
これは、大人には出せない雰囲気だな。
だけど…少し、いやかなり。
舌足らずで時折何を言っているのか聞き取れなかった。
やばいかなりミスった
やよいと出会った翌日、彼女に提供されていた曲、「キラメキラリ」を聴いていた。
とてもやよいらしい曲だとおもう。
こういう曲はあまり聴かないけれど、ちょっとだけ元気の出る曲だ。
ただ英語(だと思う)は何を言っているのかわからなかったけれど。
しかし彼女に僕の曲を提供するとしたら、どうなるんだろう。
僕が曲を提供したとて売れなければ元も子もない。
それに何より彼女に合わない。
うーん。やよいを理解する為に、どうしたらいいのだろうか。
律子に聞いてみると、どうやら伊織と仲が良いそうだ。
その後伊織に連絡を取ると、何か運命の悪戯でも働いたのか、今日は丁度やよいの家に晩御飯をご馳走になるそうだ。
どうにもやよいの作る料理がたまらないらしい。
だとしたらやよいはとてつもない料理家なのかもしれない。
いや、だとしてもだ。
「なにこの家…」
「うっうー!私のお家ですよー!」
そこには、オンボロ屋敷が建っていた。
話にはちょろっと聞いていたが、やよいの家は貧乏、らしい。
僕も貧乏生活は経験した事がある。
しかし、ここまでではなかった。
狭い部屋に子供が数人。
それに先程からやよいの弟妹達が僕の腰にまとわりついてくる。
正直、鬱陶しい。
でもまあ、やよいの家族だし、子供だから仕方ないか。
それに確かに少し良い匂いがする。
お腹が空いてきたからかな。
すると伊織が口を開いた。
「まあ初めて見たら驚くわよ」
どういう意味だろうか。
「まあ私よりこいつのが食べ慣れてるから、こいつに聞いた方が良いわよ」
「こいつ?」
伊織の言うこいつとは、やよいの弟で、高槻家の長男、長介だった。
鼻にある絆創膏が面白い。
「姉ちゃんの飯はサイコーだからな!良い匂いのする兄ちゃんだって絶対気に入るぜ!」
そっか。将来その口調が治ってる事を祈るよ。
暫くすると、やよいが笑顔でBBQ用パンを持ってきた。
重そうだから手伝ってあげようかな。
「やよい、手伝うよ」
「大丈夫です!それにとーっても美味しいですよー!」
がく然とした。
彼女が持ってきたのは、山盛りのもやし。
もう本当にもやし。
もやししか無い。
いやあ、何か食べるの気が引けるなあ…。
「プロデューサー!美味しいですか?」
「うん。美味しい」
まあ、不味くはない。
だけど正直、飽きる。
もやしの下にもやし。
でもそれを言う気にはなれない。
こんな期待の眼差しを向けられちゃあな。
やよいは嬉しそうに僕の皿にまた盛り付け始めた。
長介達も負けじと食べ続けている。
なかなか楽しい食事会だ。
もしかしたら、伊織もこの雰囲気に惹かれたのかもしれないな。
屈託のないこの子達の可愛らしい笑顔。
一生懸命に暮らしているやよい達。
僕には全く経験の無い事だった。
「やよい、今日はありがとな」
「うっうー!プロデューサーもありがとうございましたー!」
さて、この子の人間性も何となく分かった。
明日からはレッスンに励むとしようか。
しかしどうなんだろう。
彼女の父親は何をやっているのか。
思えば一度も彼女の親を見ていない。
家事は全てやよいがこなしている。
母親もいない。
赤ん坊のお世話もやよいがやっている。
気になった僕は、社長に聞いてみる事にした。
「ううむ…高槻君の親について、か…」
社長が答えにくい、と言った感じで黙り込む。
これは聞いてはいけない事だったのか?
「いやそうではないんだがね…一応いるにはいるんだが、どちらも働きに出ているか、職を探しているかのどちらかで、中々家には帰らないんだ…」
たまにバラエティーでも取り上げられる大家族の生活。
それらは大概、貧乏な生活をそのまま放送している。
やよいの家庭はまさにそんな感じなのか。
「高槻君はいつも家庭の事をこなし、レッスンも頑張っている。私としても、彼女にはアイドルを続けてほしい願望はある。
…しかし、君も分かっているとおり、彼女の家庭はお世辞にも裕福とは言えない」
知ってるよ。普通の家庭ですらない。
「…本来、こういう所ではレッスン料などを請求しなければならんのだがね。実を言うと彼女からは貰わないでいるんだ」
ああ、そうなんだ。
まあもしこれで請求でも来たらそれこそ破綻するだろうからな。
「高槻君にはウチはそういうのはやっていないと言っているんだが、やはり気づいているようでね…。
…こんなものが、来たんだよ」
社長が懐から一枚のチラシを取り出し、裏の白紙の面を僕に見せる。
そこには、歪な字で「退しょく願い」と書いてあった。
…これじゃ、カッコもつかないんじゃないだろうか?
「彼女なりに気を使ったということだよ。しかしまだ私はこれを受理はしてないんだ」
「…僕に、賭けたということだね」
「水瀬君の時もそうだったね…君には色んな事を押し付けて申し訳ない」
社長が頭を下げる。
「別に重荷には感じてないよ。僕はやれる事をやるだけだから」
「…彼女の家に行ったとき、何を感じたかな?」
「とても屈託の無い笑顔をしていたよ………やよいは演技派だな」
あの笑顔の裏には、こんなにも絶望の淵に立たされている事を僕は気づけなかった。
プロデューサー失格だな。
いや本来プロデューサーでは無いんだけど。
やよいには、この事は黙っておくことにした。
まずは、やよいをプロデュースする事が先決だ。
僕に出来る事はそれしかない。
…それに。
「社長との、男と男の約束だからな」
「…すまない、頼んだよ」
そうしてこの飲み会は終わりを告げることになった。
翌日、僕はやよいにレッスンしていた。
昨日の話を聞いた事で、何となく分かることがある。
やはりスタミナが無い。
それは毎日の家事や学校。
安い物を選ぶ神経を使う買い出し。
朝早く、夜遅く。
これじゃあ、全力なんて出せるわけがない。
それでも僕に向けて、ひたすら笑顔を振りまく。
いたたまれない、というのはこういう事か。
「やよい、今日は時間あるか?」
「え…うーん…家事もあるし…」
だよなあ。
どうしようかな…。
あ、そうだ。
「じゃあ…買い出し、手伝うよ」
「う?」
「…ああ!プロデューサー!ダメですよ!」
「え?」
「買い物かご見せて下さい!…あぁ、こんな高い物ばかり買えませんよ!」
「そうかなあ….」
「ああ…またばかばか入れて!ダメですよ!」
「大丈夫だよ。僕が払うから」
「え?…だ、ダメですよ。プロデューサーに迷惑です…」
「いいよ、別に。アイドルはプロデューサーに迷惑かけてナンボだよ」
「でもぉ…」
伊織にやよいの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな。
仲が良いんだから、少しは見習えばいいものを。
それに…あれ?
何だかこの光景、見た事あるぞ?
僕はスーパーに行かないから、何がデジャヴなのかも分からない。
まあ、いいか。
とりあえず今日もやよいの家でご馳走させてもらうとしようかな。
「…」
「どうした?」
「…何だか、この光景、以前も見た気がします」
そっか。
もしかしたら、父親と来た時かもしれないな。
やよいの家に行くと、長介達がスーパの袋を見て驚いていた。
しかし、高価だから、というわけではなく。
「うわ!肉だ!すっげー!!」
…ここは戦争孤児の集まりなのか?
「こら長介!ちゃんとプロデューサーにお礼言わなきゃダメ!」
「「はーい!!」」
良いんだよ。
…それに。
「やよいが有名アイドルになれば、こんなのいくらでも食べられるからな」
まあ出世払いとしようかな。
しかしやよいの顔が少し暗くなっていたのには、今度は気づく事が出来た。
しばらくすると、玄関扉が開く音がした。
そして、その足音は足早に皆の食事をする部屋に駆けつけてきた。
「…やよい!何があったんだ!?」
後ろを振り返ると、息を切らした男性が目を見開いていた。
「いや申し訳ありません…こんなにもして頂いて…」
何度も何度も頭を下げるその男は、やよいの父親らしい。
「お父さん、…仕事は?」
やよいが真剣な顔で尋ねる。
どういう事かと聞くと、やよいの父親は最近仕事が決まって単身赴任で遠くに出ていたらしい。
それが帰ってきたという事は、まあそういう事なんだろう。
「…」
「…」
沈黙が流れる。
僕はどうしたらいいんだろうか。
高槻家はどうやら最近親が仕事が決まったのでこれで少しは安定すると思っていたらしい。
だがそれがこの結末。
やよいは膝から崩れ落ちて泣いていた。
「…やよい、ごめんな。こんなろくでもない父親で…」
…僕の前で、やめてほしいが。
しかし次のやよいの一言で、僕も出ざるを得なくなった。
「お父さん、私、アイドル諦めて、働くから…」
そっか。
こんなにも早く来てしまうとは。
「やよい…それは…」
「だって、私これ以上皆に迷惑かけられないから…」
やよいが僕に向き直り、すいませんと一言。
…参ったなあ。
やよいは僕の事をバカにしてるのか?
「やよい、それは聞き捨てならないな」
「え?」
どうせ続けたって、と思っているんだろうな。
それは、許せないな。
僕の力も否定しているんだから。
「僕を誰だと思っているんだ?」
「…プロデューサー…」
「僕の能力も否定して、何よりやよいが自分自身を否定してる」
「…それは、許せない」
それに、やよいの笑顔は偽りの笑顔だったことも、僕は許せない。
「やよい。働くってのはな。誰かしらを幸せにすることなんだ。家族然り、他人だったり」
「…」
「でも、自分が幸せになれないのに他人を幸せにするのは無理だよ。 自分が笑えないのに、他人は笑わせられる訳がない」
「…」
「自暴自棄にだけは、なっちゃダメだ。もっと、自分を大切にしてくれ」
「でも、私なんて…」
「僕は、可能性の無い人間についたりしない。第一まだやよいは何もしてないじゃないか。やよいはただ泣いてるだけだ。
泣いてても前には進めない。笑顔になるために、笑顔になって貰うために何が出来るかを考え、行動する。出来ることからで良い」
言葉だけでは足りないかもしれない。
だから今度は、実行しよう。
僕の差し出した手を、やよいは静かに、だが力強く握った。
「良かったです…やよいのことは本当心配だったので」
律子、それ僕のお茶。
「あ、すいません」
「だけど、やよいは決して不幸なんかじゃないよな」
「?」
「全ては気の持ちようだって事だよ」
「でも、お金が無いとやっていけませんよ…現実は」
「そうだな。だけど、だからこそ、人が手を差し出さなきゃならない。皆、それの勇気を忘れてしまったんだ」
「手を差し出す勇気、ですか…」
テレビに映っているやよい。
彼女は言った。
「私、お金は無いけど、それ以外できっと恩返しします!」
恩返し、か。
もう貰ってるよ。
お前のその本当の笑顔が見れたんだからな。
http://www.youtube.com/watch?v=2Kk56nyZKMk
やよいがテレビに出るようになってからしばらくして父親の職も決まったらしい。
そして母親が家に戻ってきて、今はやよいではなく母親が子供達の面倒を見ているそうだ。
…それが普通だと思うんだけど。
幸せそうで何より、だ。
そして今僕は事務所で一人の女の子を待っている。
待っている、のだが。
「…」
待ち合わせ時間はすでに過ぎていた。
なかなかルーズな女の子だな。
「いやぁ、彼女は決してルーズなんかじゃないんだよ。…ただねぇ、少々…方向音痴な面があるんだ」
方向音痴、か。
僕も方向音痴だけど、遅れるような事は…あるか。
すると事務所の電話が鳴りだした。
小鳥に出てもらうと、噂をすればというか、彼女だった。
僕に代わってくれと言われたようで、受話器を差し出される。
「すいません…今、私はどこにいるんでしょうか?」
「知らないよ」
それから2時間後に判明した彼女の居場所は、茨城県だった。
昼の待ち合わせはいけなかったかな。
もっと早くにするべきだったか。
『pm 9:30』
「…まあ、お腹も空いたからこれくらいにしとくよ」
「すいませんでした…本当にご迷惑をおかけしました」
三浦あずさ、21歳。
短大卒で、運命の人を探す為にアイドルになったらしい。
何故それがアイドルの志望動機になり得たのかは分からないけど。
彼女を探して県を越え、もうこんな時間だ。
方向音痴というより、ただ間抜けなだけじゃないのか?
電車を降りれば地名は書いてあるだろうし、どうやったらそこまで迷うというのか。
といった事を彼女に事細かく説明した。
彼女にはアイドル云々ではなく、まず社会人としての在り方から説教しておいたから、仕事内容なんて説明出来なかったよ。
「…これから、晩御飯でも食べようか」
お腹も空いた。後は何処か落ち着ける店で続けるとしようかな。
「…まあこんなところかな。あずさが良ければ明日から早速取り掛かるけど」
「は、はい!よろしくお願いします!」
…返事はいいんだけどなあ。ちゃんと来てくれるかなぁ。
社長もこれに関しては苦笑いするしかなかったようだし、根気良く矯正していくとしようか。
…とりあえず、集合時間は8時くらいにしておこう。
翌日、午後1時。
「すいません…すいません」
今の所謝るかはい!くらいしかあずさの声を聞いていない。
まあ昨日よりは早く寝れそうだ。
ただこれがもし仕事だったらと思うとゾッとするよ。
…仕方ない。
僕だってプロデューサーだ。一応。
しばらくは、彼女のタクシー代わりになるとしようかな。
そうでもしないと僕と社長の胃がもたないからな。
翌日、僕はあずさを迎えに彼女の家へと向かった。
中々立派なマンションだ。
…時折思うのだが、生活費はどうしてるのだろうか。
アイドルとしての稼ぎはほぼ0だし、アルバイトをやっているような感じでもないし。というか彼女に出来るとは思えない。
…まあ、個人的な詮索は良くないな。
彼女のいる部屋のインターホンを押すと、ゆったりした声が返ってきた。
「お待たせしました~わざわざありがとうございます」
うーん。こういう所はしっかりしてるんだけどなあ。
まあ、21にもなれば当然か。
「じゃ、行こうか」
「はい~」
…とその前に、僕は一つ変化に気付いた。
「髪、切ったんだな」
そう言うと、彼女の顔がぱぁっと明るくなる。
指摘してほしかったんだろうな。
「はい~!アイドルになるんだから、一大決心しました!」
…男と別れたわけじゃあるまいし。
「似合ってるよ。じゃ、行こうか」
一大決心、か。
ならまずは方向音痴を治して欲しいものだな。
「私、車の免許もってないんですよ~」
そうだな。お前は持たない方がいいと思う。
「でも、このままじゃプロデューサーさんにご迷惑をかけてしまいます」
「だったら、男でも捕まえてタクシー代わりにしといたらどうだ?」
「そんな不純なお付き合いはダメです!」
あはは。
でも不思議だな。
彼女くらいの美貌なら男なんていくらでも寄ってきそうなものだが。
「…そうですね…確かに、言い寄ってきて下さった方もいるんですが、どの方もこれだ!っていうのが無くて…」
「余裕な発言ができるうちが華だぞ」
「いじわる…」
あはは。僕から見たらまだまだ子供だよ。
「…というわけで、どうですか?」
「そうですねぇ。大人っぽい雰囲気を生かして、お酒のコマーシャルなどどうでしょうか?」
確かにあずさには大人の雰囲気がある。
それを武器にするのは当然か。
「でしたら、まずはこのオーディション日程を…」
しかし、ホント厳しいな。
無名ってのは、こんなにも小さな仕事を取り合わないといけないんだな。
…忘れていたな。僕にもこんな時期があったというのにな。
初心忘れるべからず、か。
元の世界に戻ったらTAKUMIをBARにでも連れてってやるか。
「ほうほう、セクシーな感じのCMなんですねぇ…」
オーディション用紙のCM内容を見て律子がぶつぶつ言っている。
「確かにあずささんにはうってつけかもしれませんね。面白そうですが…」
「歯切れが悪いな。どうしたんだ?」
すると律子がオーディション用紙を僕に見せて、咳を一つつく。
「いいですか。実はこのオーディション、あの961プロからもアイドルが一人、参加するらしいです」
961プロ?
ああ、あの小生意気な子供がいた所の…。
「御手洗 翔太君ですよ。そして、今回出てくるのは、この人ですね」
この子、と言わないということは律子より年上という事か。
「そうですねぇ。まあ成人という事は知ってますが、年齢までは…ええと、名前は、伊集院 北斗さんですね」
北斗、か。
何だか親近感を覚える名前だな。
「…にしても、961プロとて実力は本物ですからね。油断はしてはダメですよ?」
「大丈夫だよ。予想は裏切るけど、期待には応えるから」
「…ま、頼りにしてますよ。割と本気で」
あはは。ありがとな。
じゃ、待っててくれよ。
まずは、あずさに芝居の稽古でもつけてやるとするか。
「とは言ったものの…」
うーん…僕は一応舞台も作ってたんだけど、いかんせんいいアイデアが浮かばない。
「ええと…どういう感じがいいんでしょうか…」
コーヒーのCMなら経験あるけどなあ。
どうしたものか。
…そうだ。
「あずさ、今日の夜は空いてるか?」
「え?」
「あ、あのぉ…」
そして僕は今、あずさと一緒にいつものBARにいる。
マスターも僕の顔を覚えてくれたらしい。
「一番いいのは、実戦だと思うから」
「え、ええ…」
「好きなの、何でも頼んでいいよ。僕が持つから」
「は、はい。ありがとうございます」
…しかし、何だかノリが悪いかな。
ちょっと強引すぎたかな?まあいきなり連れてこられたら、流石に緊張するか。
「ごめんな。ちょっと緊張してる?」
「いえ、あのぉ…そういうことじゃないんですよ」
「?」
「私、こういうお店来たことなくて…それにあまりお酒飲めないんです」
あれ、結構酒豪なイメージだったんだけどなあ。
「本当に酎ハイ二、三杯くらいで…」
ああ、そういうこと。
…うーん。参ったなあ。
「う、うぅ…ん」
ホントに弱いんだなあ。
美味しいって飲み出してすぐに落ちちゃったよ。
「お客さん、彼女さんですか?」
マスターがからかうように聞いてくる。
「違うよ。この子はうちのアイドル」
「そうですか?とても美人ですからね」
確かに。
そしてこう見てみると…。
「…すぅ」
……綺麗だな。
「ま、こうなるか」
あずさごとタクシーに乗り、そのまま彼女をおぶって家へと向かった。
部屋の鍵はちゃんと持ってたようで、入る事には成功した。
「じゃあ、また迎えにくるから」
……いや、それは無理かな。今のあずさじゃ鍵もかけれないみたいだし、危険だからな。
「暫くは、一緒にいるとするかな」
それに、この寝顔を見ていたいからな。
「う、ううん…」
…あれ、朝?
私、確かプロデューサーさんに連れられて、お店にいたはずじゃあ…。
「…頭痛いなあ」
「酷い顔だな」
「あ…」
あれ、どうしてプロデューサーさんが?
…そういえば、記憶が無いもんなあ。
もしかしたら…もしかしたら、なんて…!
「Hならしてないぞ」
「もう!…あ、それって…」
「丁度しじみの味噌汁があったんだ。フリーズドライだけど」
「あ、ありがとうございます…」
プロデューサーさんから味噌汁を受け取る。優しい手つきだなあ。
「それにしても、お前の寝顔は良かったよ」
プロデューサーさんはそう言うと、携帯の画像を見せた。
「…!?ちょ、ちょっと!プロデューサーさん!!」
「あはは」
そんな私の顔、消してください!!
それから数日後、僕はあずさと件のオーディション会場に向かった。
いやあ、凄いなあ。
ギュウギュウ詰めじゃないか。
これじゃ蟹工船だ。
「プロデューサーさん…何だか今になって緊張してきました…」
緊張?どうして?
「それは、初めての経験ですし…」
「…こんな小さい仕事に緊張されたら困るよ」
これからお前は、大きな存在となっていくんだからな。
「…ん?」
何だか、一人近づいてくる輩がいるな。
あれ、確か…。
「チャオ☆、可愛らしいお姉さんと、凛々しい殿方さん☆」
「…え?あ、あのぉ」
伊集院北斗だったかな。
「そう!知っててくれたんですね☆」
シュッと、独特な敬礼みたいなポーズを取る伊集院。
…何処かで見た事あると思ったら、それ僕のポーズだよ。
「…とは言え、俺もまだまだ無名ですからね。こういったオーディションに沢山参加して、いずれは世界中のレディ達に知ってもらいたいんです」
「そっか」
何か危ない気がするからあずさは下げておくか。
「そして、アイドルとしても、男としても輝いてみせるんですよ☆」
うーん。うざいな。
実際にチャオなんて言う奴いるんだな。
少し引いちゃったよ。
「何だか、自分に自信を持っていましたね。あの人」
「そうだな。そこは見習わなくちゃならない」
「…私も、やった方がいいですか?」
「それは無理かな」
「あずさ、僕はこんな小さな仕事でお前を終わらせる気は無いよ」
「え…」
「お前はまさかこんな所で自分の限界を感じてるのか?」
「…でも、私、元々アイドルになるのも…」
「運命の人、だろ?」
「は、はい」
「だったら、こんな所で縮こまっちゃあ、ダメだ」
…それに、さ。
「運命ってのは、誰かしらに決められるものじゃあ、ないから」
「…?」
「運命を作るのは自分だよ。お前の歩いてきた過去が、未来を決めるんだ」
「プロデューサーさん…」
「人だからこそ自分の運命を変える力を、持ってると思う」
「…私、みんなみたいに出来ますか?」
「出来るさ。動けば道は必ず開く。だってお前の未来はこれからじゃないか」
「…そうですよね。いつまでも待ってたら、始まらない」
「わかってるじゃないか。…なら、動けよ?」
「…はい!行ってきます!」
うん。
とてもいい笑顔だな。
寝顔じゃなくて、こっちが良かったよ。
「…いやー、やられちゃいましたね。やっぱり女神には勝てないかな?」
北斗が頭を掻いて苦笑いしている。
女神とは、あずさの事か。
まあ、あながち間違いじゃないな。
「正直、彼女が選ばれるとは思ってませんでしたよ。凄い緊張してたみたいですし。…何か、魔法の言葉でも使ったんですか?」
魔法の言葉、か。
「…やっぱり、お前は未熟だよ」
「え?」
「…ホントにイケてる男ってのはな、ペラペラ喋らないもんさ」
「…」
言葉足らずなくらいが、僕には丁度良い。
心と心は繋がってるからな。
…さて、今日はあずさの好きな物でも奢ってやるか。
…でも今は、ハンカチを渡さなきゃな。
「そんなあずささんですが、今ではこんなおおきな番組で歌ってるんですねえ」
小鳥、足を組むんじゃないよ。
「ピヨ」
「…たぶん、振り切ったんだろうな」
「振り切った?」
「考えるより先に、行動する」
「ほほう…いや、どうですかねえ?」
「?」
「女の子がやる気を出すのは、大抵誰かの為でもあるんだと思います」
「…僕の為?」
「それは分かりませんけど…」
僕の為、か。
もしそうなら、参ったなあ。
僕はいつか帰らなきゃいけないのに。
まあ、それに。
「僕は…小鳥のがいいかな」
「ビヨオオオッッ!!!?」
…冗談だよ。
http://www.youtube.com/watch?v=-FE-cISVyjo
>>46
白星じゃなくて黒星じゃね?
>>179
ほんとだ
訂正→黒星
ありがとうございます
僕もこの事務所に入ってからもう半年は経ったのだろうか。
そりゃそうか。もう七人もプロデュースしてるんだから。
13人だったっけ?
後はどんな子がいたんだっけか。
こんな事ならゲームをプレイしておくべきだったなぁ。
すると今回は珍しく、小鳥が履歴書を持ってきた。
どういう子なんだろう。
…おや?割と褐色な子なんだなあ。
「その子はホントに明るい子で…ダンスなら真ちゃんよりも上です。褐色なのは沖縄出身だからですよ」
「ふぅん…僕と同じだなあ」
「あれ?GACKTさん沖縄出身なんですか?」
そういえば言ってなかったなあ。
「…でも、沖縄感ゼロですよ?」
よく言われるよ。あはは。
さて、待ってみるとしようか。
履歴書の写真を見る。
とても明るい顔をしている。
太陽のような子だな。
それが彼女に対する第一印象だ。
…というか、この肩に乗ってるハムスターが気になるな。
どういう子なんだ?
そんな事を思っていると、事務所の扉がガチャっと開けられ、一人の女の子が入ってきた。
「はいさーい!!」
「……………」
「……………」
「「……………」」
こんな子、いるんだなぁ…。
「へぇ。うちなーぐちが自然に、ねぇ」
「うぅ…」
恥ずかしそうに俯いている。
彼女の名前は我那覇 響。
沖縄出身の、動物をこよなく愛する女の子だ。
聞けば、動物の言葉を理解できるらしい。
…キャラ作りじゃなかろうか?と思ったが、それを聞くのは可哀想なのでやめておいた。
大事な何かを奪ってしまいそうで。
「じゃ、よろしくな響」
手を差し出すと、おそるおそる弱い力で握った。
男に触れるのは慣れてないのだろうか。可愛いじゃないか。あはは。
…姉さん達、元気にしてるかなあ。
響のダンスは、確かに素晴らしかった。
まあぶっちゃけ僕も素人目で言うんだけどさ。
それでも目を見張るものがあった。
確かに真より技術は上かもしれない。
仮面ライダーみたいだな。
技の響、力の真か。あはは。
「どうだ!プロデューサー!」
「良かったよ。頑張ったな」
「えへへ…」
しかし、見た目通りか暑さには強いみたいだな。
汗はかいてるものの、バテている様子は無い。
土台はしっかりしているということか。
これは期待できそうだな。
しかし、響は得意なはずのダンスオーディションで常に落ち続けているという。
何故だろう。
やはりプロの目というものがあるのかな。
「う~ん…自分にも分からないんだ。いつも全力を出せているんだけどさ」
まあ今回は僕が見てるし、ちょっと見てみようかな。
…しかし僕がそこで見たものは、あまりにも悲惨な光景だった。
「ちょっと!82番の君!動きすぎ動きすぎ!!」
「隣の子にぶつかっちゃってるから!!」
「ああもう!!話を聞きなさい!!!」
……JESUS。
響は確かに全力を出している。
しかしそれはあまりにも周りに迷惑をかけていた。
必要以上の事をやってしまって、審査員の怒りを買っている。
これじゃ、落ちるわけだ。
何でそこまでやる必要があるのか。
それに審査員の声も耳に入っていないようだ。
それどころか、響の顔はかなり必死だった。
そういえば、僕にダンスを見せつけてきた時もあんな感じだったかな。
…彼女には、何かあるのか?
ただダンスが好きな感じには見えなくなってきたな。
いずれにしても、もう少し響の事を分からなくちゃならないな。
「…結局今日も何か怒られて落ちちゃったぞ」
落ちるとかそんな問題じゃない気もするんだがな。
「もう終わった事なんだから、仕方ないよ」
まああまり責めても可哀想だしな。
それにお腹も空いた。
「響。これから晩御飯食べにいくか」
ちょっとした提案のつもりだったんだが、響はビクッとして僕を見上げた。
どうしたんだろう。
「え、いやあの、自分…」
「いいじゃないか。僕が出すよ」
「えっと、その…家族がいるから」
「家族?」
響の家族も東京に来てるのか?
「う、ううん。違うんだ」
?要領を得ないな。
「何かやましいことでもあったりするのか?」
「そんなことないぞ!!」
そういえば、今日はネズミいないんだな。
「だからハムスターだって!!…今日は家にいるんだぞ」
…もしかして。
「家族ってハムスターのこと?」
「う…ハム蔵だけじゃないんだぞ」
すると響は僕の手を取って走り出した。
やばいなあ。嫌な予感しかしないや。
もう何か結末が見えてきたよ。
「どうだプロデューサー!この子達が自分の家族だぞ!」
「…」
そこにあったのは、動物園。
…とっても狭い。
「なにこれ…」
「へへーん!自分、皆の分のご飯作らなきゃいけないからな!」
「…」
正直、臭い。
流石に豚はダメだろう豚は。
でもそれをこの子に言うわけにもいかず、僕はひたすらハンカチを鼻の近くにさりげなく当てていた。
「…というかプロデューサー、香水臭いぞ!」
「…そっか」
お前の家族よりマシじゃないかと思ったが。
「でも、何でこんなに飼うんだ?犬一匹いればいいと思うんだけど」
「え?…だって、動物好きだから」
料理を作る後ろ姿が、その一瞬だけ寂しげに見えた。
…とりあえず今日は、何とか耐える事にするか。
このしがみつこうとしてくる犬が邪魔なんだけどな。
「今日はプロデューサーもここに泊まるのか?」
「そんなわけないじゃない。帰るよ」
とてもじゃないが、そう長くはいられないよ。
「…そっか」
それにこの子とは絶対一緒には暮らせないな。
ノイローゼになりそうだし。
「…じゃ、今日は帰るよ。ごちそうさま」
「う、…えっと、途中までお見送りするぞ!」
…どうしたんだよ、もう。
…しかし、この子が時折見せるこの表情。
何なんだろう。
別にいじめられてるとかは無さそうだしなあ。
ホームシックだったりするのかな。
…いやこんな動物がいたら飽きないだろうけどな。
「大丈夫だよ。今日は早く休んで」
「…うん」
そして、割と早足で響の家を出ていく。
…良かった。臭いは大丈夫なようだ。
さて、明日は律子にでも話を聞くとしようかな。
翌日。
僕の目の前には律子と、何故か貴音がいた。
「知らないんですか?貴音は響と仲が良いんですよ」
そうなのか?知らなかったよ。
「ええ。響には良くしてもらっております…それに」
それに?
「あなた様は、あれから全く私に連絡を寄越してくれませんでしたから」
頬をわざとらしく膨らまして不満をこぼしている。…可愛いな。
すると律子がコホン、と咳を一つ。
その話は後だというジェスチャーなのだろう。
「…それで、響の事で話があるということでしたね」
「うん。まあ話せば長くなるんだけどさ…」
それから僕は、ここ数日の響と過ごして感じた事を二人に話した。
すると段々二人の顔が暗くなっていく。
どうやらこの二人は知っているようだ。
「…以上。で、二人は何でかってのは分かってるんだよね?」
「…はい」
それから律子は少しずつ、響の家族について話しだした。
「…響は、まだ幼い頃にお父さんを亡くしているんです」
「…」
「だから響は、父親というものをあまりよく覚えていないんです」
「…」
「響は沖縄ではあまり明るい子ではなかったのです」
今度は貴音が話しだした。
「私や社長達に触れる事によって、ある程度はほぐれましたが。それでもまだ響は完全に心を許すという事はございませんでした」
「…」
「しかし、そこへとある殿方がいらっしゃったのですよ」
「響はこう申しておりました」
「にーにーが来てくれたかもしれない、と」
……。
……まさか?
「響の兄様のお顔は、あなた様に瓜二つだと、いうことでした」
「…」
こりゃあ、参ったなあ。
響が僕を見ていたのは、僕ではなく、僕の後ろにいる兄貴を見ていたということか。
「響は父親を亡くしてしまった事で、家族に対する思い入れは人一倍強いのです」
「…僕は、兄貴の代わりなんて器用な事は出来ないよ」
「分かっております…ですから、私からも頼みます」
そう言うと貴音はすっと立ち上がり、僕に頭を下げた。
「…どうか、響を救ってあげてください。兄様ではなく、あなた様として」
…そっか。
「…分かったよ。お前に頼まれちゃ断れない」
…何だか、個性的な子たちばかりだよ。全く。
それにしても僕が響の兄貴に瓜二つなんてな。
ドッペルゲンガーなんて見たくないぞ。
しかし、それだけでは何故響があんな必死になってダンスをやるのかは分からないな。
今日もレッスン場で僕に見せつけるようにダンスしている。
もう純粋な目で見れないよ…。
…しかし、僕は一体どうやってこの謎を解くんだろう。
ゲームをプレイすれば、選択肢の一つや二つ出るのかな。
「…もういいや」
そう思うと僕は、レッスン場に流れているBGMを止めた。
「…!?」
響はどうしたといわんばかりの顔で僕を見つめる。
「…悩むのは、苦手なんだ」
サングラスを取り、明るくなった視界で改めて響を見る。
「響。僕は、お前の兄貴じゃない」
「!?」
「僕に見せる気がないなら、やらなくて良い」
「プロデューサー…」
「…どうして、そんなに必死に踊るんだ。何でそんな苦しそうな顔をしてるんだ」
「…」
我ながら軽率だと思う。
しかしあまり悩んでたって始まらない。
答えがそこにあるなら、聞くだけだ。
「…スーに、見せたいんだ」
スー…ああ、父親か。
「有名になって、天国のスーにも見せてやりたいんだ」
「…」
「あんまーやにぃに達に見て欲しいんだ」
「それでプロデューサーがにぃにに似てて、どうしても見てほしいって気分になった」
「…僕は、お前の兄貴じゃないよ」
「わかってる。けど、ダメなんだ…ごめんなさい」
…これが、響の心の内か。
人は見かけによらな…くはないか。
この子は嘘をつくのが苦手みたいだし。
「響、お前の父親の話は聞いたよ」
「うん…」
「人はさ、いつか死んじゃうんだ。必ず」
「僕だってそうだ。その時がいつなのかは分からないけれど」
「そして僕には、お前達より残されている時間が少ない」
「だから、とにかく一日一日を一生懸命生きる。死ぬ時に後悔しないように」
「その為に、ライブに来ているファンの子達が喜んでくれるような事をする。自分本位じゃなくてさ」
「プロデューサー…」
「お前も、後悔しないよう一つ一つ結果を残していけ。
…それが、お前の生きてきた足跡になる」
「そしてその足跡は、やがてお前の子供達の道標にもなる」
「過去に縛られちゃダメだ。前を向いて生きてくれ。きっとお前のお父さんもそう思ってるんじゃないか?」
「…うっ…うわあああああああん!!」
「よしよし」
この子、16歳だっけ?
こんな泣き虫で、甘えん坊な子は中々見ないぞ。
…あ、いたな。一人だけ。
「くちゅん!風邪ひいちゃったかなあ…真ちゃん」
「響ちゃん、ダンスのキレにさらに磨きがかかりましたねぇ」
「事務員なのに、ダンスのキレとか分かるの?」
「ピヨッ!?私だって…いや何でもないです」
…?
何か言おうとしたのかな?
「ですが、ご覧になってください」
貴音、いたんだ。
「ええ、ずっと…それにこの響のお顔」
「ん…あはは。良い顔してるじゃないか」
「…二人とも、もしかしてドSなんですか?」
律子が怪訝な顔で聞いてくる。
今更だなあ。
「アルティメットSだよ」
「もう!!」
テレビには、緊張のあまり顔が真っ赤になった響が映っていた。
http://www.youtube.com/watch?v=Zbp2cl0Vaf8
これって同じ人が書いてんの?
つか途中でクソコテが勝手に書いてるから何か腹立つ
まさかの終わり?
響がデビューして数日後か。
僕が事務所に行くと、こんなことがあった。
…いや、現在進行形かな。
断っておくが、僕は子供が苦手だ。
それに子供もきっと僕の事を苦手としている、と思う。
誰だって子供の時はあっただろうし、勿論僕にだってあった。
…きっと僕が子供の時は、周りの大人達はかなり苦労したんだろうな。
そして今僕はその時の罪を償うかのような場面に出くわした。
事務所の扉を開けると、クラッカーを浴びせられ。
椅子に座るとブーブークッションが仕掛けられ。
コーヒーを飲もうとしたらお湯が抜かれていた。
そして今現在。
「「びぇぇぇぇええええええん!!!」」
…僕は大泣きしている二人の子供と相対していた。
「…GACKTさんが泣かせたんですよ」
小鳥、小声でも聞こえてるからな。
「え、僕が悪いの?」
「大人気なさすぎですよ。子供のイタズラくらい大目に見てあげて下さいよ」
「だって腹立ったんだもん」
「…同レベルでしたか…」
小鳥が溜息をつく。
いいじゃないか、子供っぽくたって。
「開き直らないで下さい!…とりあえず、紹介しますね」
小鳥が泣いている二人をあやしながら僕に履歴書を二枚渡す。
長いサイドテールのが双海 真美。
短いのが双海 亜美。
双子で、長い方がお姉さんだという。
そして親はお医者さんだとさ。もうちょっと教育しとこうよ。
「うぇぇ…この兄ちゃん怖いよう…」
「亜美達これから一生いじめられるんだぁ…おしまいだぁ…」
僕は地獄の使者じゃないよ。
しかしこれからがかなり心配だ。
この子達を無事にプロデュース出来るのかどうか。
それが問題だ。
しかしこの二人を見て思ったこと。
中学一年生にしては発育が良い。
いや、別にいやらしい意味じゃなく。
もしかしたら当時の僕より大きかったんじゃないか?
そういう意味では将来有望かもな。
「亜美隊員、この兄ちゃんきっと真美達を…」
「いや~んな感じ?」
「失礼だなぁ…」
でも、何だろうな。
何だか嫌じゃない。
僕だったら、こんな子達の面倒なんか見ないはずだけど。
何故か、悪い気がしなかった。
まあこの子達をプロデュースしないと僕は元の世界に帰れないってのもあるんだけどね。
でも、嫌悪感があまり湧かないんだ。
それどころか、少し懐かしかった。
…僕は、この子達に会ったことがあるのかな?
…わかんないや。
「まあ、話し込むのもなんだし、まずは実力を見せてくれ」
「「ぶ!!ラジャー!!!」」
かすかべ防衛隊か。
双子が息の合った動きで踊る。
二人とも、全く同じ動き、同じ息遣い。
そして同時に止まる。
「「…どうだったー!?」」
「…論外」
「そんなー!!」
「頑張ったのにー!!」
でも、ふざけてて何がしたいのか分からなかった。
まあ突っ込むのもかわいそうだから、あえて二文字で済ましたけど。
「あのさ、まずなんで変顔する必要があるの?」
「えー?だってだって!普通に踊ったら亜美達耐えらんないもん!」
「そうだよそうだよー!真美達はこれでも一生懸命考えたんだよー!?」
…アイドル目指すのに、まるで芸人みたいになってたなあ。
「…とりあえず、お前達は意識改革からしなきゃダメだな」
この子達は、アイドル、いや、芸能界というものを全く理解していない。
仮にこのまま売れたとしても、一発屋で終わるだろう。
それではダメだ。
僕の主義に反する。
やるんだったら、トップなんだよ。
「う~ん…何だか難しいよぅ~」
「亜美達、このままじゃダメなのかなあ?」
「なのかなあ~?」
真剣に聞いてないな。
まあ言葉じゃ限界があるしな。
じゃあ、連れてってみるか。
「「…どこに?」」
「…あ!プロデューサー!…それと、亜美に真美!」
「おお!やよいっちー!!」
「衣装がかっこいいー!!」
やよいも、デビューしてから大分経った。
もう芸能界にも慣れてきただろうし。
「でも、私から学ぶ事なんて何も無いですよー?」
「あるんだよ。少なくともこいつらには」
二人を持ち上げる。
ウサギのごとく大人しくなるな。
今度からお仕置きはこれにしようか。
「兄ちゃん怖いー!」
「ギャクテンだぞー!」
虐待、な。
「とりあえず、今日一日黙っててくれ。やよいのお仕事の邪魔にならない程度に遠くから見るから」
「やよいっちの」
「お仕事?」
「ねえ兄ちゃーん。暇だよ~」
「何で誰も来ないの~?」
やよいの楽屋に誰も入ってこないのでしびれを切らしたのか、二人がぐずりだす。
でもまあ、そろそろかなあ。
「…あ!じゃあプロデューサー!行ってきまーす!」
するとやよいが立ち上がり、楽屋を出る。
双子に静かに後をついていかせる。
勿論かなり遠くからな。
あんまりよろしくないことしてるしな。
「あれー?やよいっち他の人の楽屋入ってったよー?」
「友達ー?」
「違うよ。挨拶に行ったんだ」
「「挨拶?」」
そう。
芸能界入りしたといってもまだやよいは芸歴一年にも満たない新入りだ。
とにかく顔を覚えてもらわないことには寿命が持たない。
だからこうして一人一人の楽屋に行って挨拶していく。
そして一人に時間をかける訳にはいかないので、とにかく秒刻みで動く。
「…でも、やよいっち何を待ってたんだろ?」
「それは、芸能人一人一人の楽屋入り時間が違うからさ。早い人もいれば、遅い人もいる」
「何だか神経使うんだね~」
「真美達もやらなきゃダメかなあ」
当たり前だ。
その後、スタッフへの気遣い、共演者への気遣い。
とにかく新入りというのは周りに気を使わなければならない。
普段から礼儀正しいやよいにはなんてことない作業だろうが、この二人はどうだろう。
案の定、めんどくさそうな顔をしていた。
「…何だか芸能界ってラクじゃないんだね」
「誤解してたね…」
「それが分かっただけでも収穫だよ」
だけど、こんな事をしたって好感度が必ず上がるという保証は無い。
現に僕がそうだった。
若い頃の僕は、とにかく礼儀なんて知ったこっちゃなかった。
そのせいでユカイさんにも何か一時期嫌われちゃったし。
いまはわかんないけど。あはは。
まあ、保険というやつさ。
皆の記憶に残っていれば、使ってもらえる。
記憶に残る方法は何でもいい。
少なくとも今は。
実力はちゃんとついてくるから。
「…ねえ兄ちゃん。真美達って、シツレーなのかな?」
「…かなりね」
「うあうあー!」
まさか、自覚してなかったなんてな。
芸能界というのは、正直言って甘くない。
ただの憧れだけではやっていけない。
やっていけたとしても、それはただのメッキだ。
メッキはすぐに剥がれ落ちる。
憧れだけでやってきた奴は、憧れが無くなれば挫折する。
そして挫折した後の材料は無いから、諦める。
だからある程度の不条理は知っておいた方がいい。
ま、何処にでもあるんだろうけどね。
「一種の社会勉強みたいなもんだよ」
「うえー…まさかやよいっちに教わる日が来るとは」
「亜美達もまだまだなんだねえ…」
双子が腕を組み、うんうんと頷いている。
本当に分かったのかなあ。
「「モロチン!!」」
分かってないな。
よしお仕置きだな。
「「うあうあー!!!」」
そして双子のレッスンが始まって少しした時。
若干、若干だが。
二人のリズムが崩れてきた。
「あー!亜美が少し遅かったー!」
「違うよー!真美が速かったんだよー!」
レッスンパートナーの先生曰く、どちらともリズムが取れてなかったそうだ。
でも子供の二人が納得するわけもなく。
ある日、双子が僕の目の前で大げんかを始めた。
キャットファイトなんて初めて見たなあ。
「GACKTさん!感心してないで止めて下さい!!!」
あはは。先生に怒られちゃった。
いつもだったら隣り合わせの席をわざとらしくずらして離れて座る二人。
話を聞いて駆けつけてきた律子と僕で面談というより、お説教をしているが、こういがみあっていられると話すもなにもあったもんじゃないな。
「…なあ、いいかげん仲直りする訳にはいかないか?」
ムスっとした表情の二人に問いかけると、二人が同時に喋った。
「亜美が謝れば許してあげる!」
「真美が謝れば許してあげる!」
ちなみに、キャットファイトの原因は身長の大きさを競っての事らしい。
どうでもいいよ。
何でこんなどうでもいいことでいちいち会議室に呼ばなきゃいけないんだ。
ここは学校じゃないんだぞ。
「GACKTさん…ここはあまり二人を刺激しないようにいきましょう…」
律子が隣でコソっと耳打ちしてくる。
そんなこと言われてもなあ。
解決の糸口が見つからないよ。
「とにかく、二人を諭してあげましょう」
うーん。
ライフカードがあったらどんな選択肢があるだろうか。
『キャットファイト』
『殴り合い宇宙』
『タイマン』
…ダメだ。僕じゃ解決出来ないよ。
うーん。どうしたらいいのか。
僕より子供の扱いに長けていそうな人物。
…結構いそう。
じゃあ、僕よりも年長者は…と。
「…とりあえず、ここは彼に任せるとしよう」
「…あ、あのだねぇGACKT君。私は確かに君よりは歳上だけどねぇ?」
いいじゃないか。
普段出てこないんだから、こういう時くらい役に立ってくれ。
「…私、一応社長なんだけどねぇ?」
「じゃ、後は任せたから」
「ええぇ…」
まあこういうのは、やはり年長者に任せるべきだと思う。
それに僕よりもかなり物腰の柔らかい人物だ。
僕みたいに怖いとか言われる顔よりはいいだろう。
二人も社長のが幾分か安心するはずだ。
僕は律子とオトコとオンナのゴールデンタイムに行くとするから。
「あ、ええとだねぇ。とりあえずケンカの原因は聞いたんだけどねえ?…君達二人ともとっても背が高いじゃないか。いいと思うんだよ、うん」
「「そういうことじゃないのー!!」」
「…えええ」
「もう、真美とやりたくないの!」
「なにさ!こっちだって!」
「う、ううーん………そうだなあ。ちょっとだけ、昔話をしようかなぁ」
「「…?」」
「これは、ある一人のアイドルを巡った男二人の話、なんだがねぇ」
二十分くらいだろうか。
律子と二人で会議室に様子を見に行くと、意外な事に静かになっていた。
てっきり言い合いしてるかと思ったのに。
「GACKTさん、社長を何だと思ってるんですか…」
「ごめんごめん。…でも、あまりにも二人が社長の話を素直に聞いてるもんだから」
少し静かな声だから扉の隙間から覗く僕らには何を話しているか聞こえないが、少なくとも双子の心を掴むにはかなり上出来らしい。
さっきまで椅子三つ分離れていた亜美と真美が、今やもとどおりになっている。
社長の話を聞くのに一番良いポジションがそこだったんだろう。
「…というわけなんだ」
「「おぉ~」」
どうやら話が終わったようだ。
何を話しているか気になったが、それはおいおい聞くとしようかな。
…今は、双子の自然な仲直りを小さく祝福するとしよう。
二人で笑ってるんだし。
もうこれは仲直りしたってことで、いいんだよな?
「話は終わったみたいだな」
僕達が会議室に入ると、双子がハッとして顔を互いに見合わせる。
どうやら自分達が何時の間にか隣り合わせになっていたことに気づかなかったようだ。
バツが悪そうに頬を掻き、互いが互いに自然と頭を下げた。
仲直りのきっかけは、いつだってくだらないことが多い。
僕もYOSHIKIとケンカしても、次の日には意気投合してたりするからね。
今回はとりあえず、社長に礼を言うとしようか。
「GACKTさん、知ってます?今この二人、すっごく注目を浴びてるんですよ」
小鳥が少年誌の見開きを僕に見せる。
そこに写っていたのは、亜美と真美の仲睦まじいツーショット。
中学一年生ということもあり、同年代の少年達がこぞって購入していたそうだ。
思春期真っ盛りだな。あはは。
「でも結局、あのスタンスは変わらないままですね…」
そうだな。
変顔やスタッフにちょっかいをかけている写真まで使われている。
「大丈夫じゃないかな」
「…あれ?今回は珍しく折れましたね?」
「この二人は、どんな境地でも乗り越えられるよ。二人なら、な」
例え自分に何も無くなったとしても、そばで笑いかけてくれる家族がいる。
この二人は、まるで生き写しの鏡。
これからも見届けさせてもらうとしようかな。
お前達の心と心の繋がり愛を。
http://www.youtube.com/watch?v=4rIKr1CigyU
夏真っ盛り。
とにかく暑い。
まあジメジメしてるのは好きなんだけど。
日焼けは勘弁。
「GACKTさん、私初めて見ましたよ。…日焼け止め一本まるまる使い切る男の人」
うん?だって外に出るかもしれないし。
「本来の持ち主を差し置いてよくもまあ使い果たしましたね。ご丁寧に折りたたんでまで使って」
全く、律子は貧乏性だなあ。
「普通の感性です!」
あはは。ごめんごめん。
後でちゃんと買ってやるから。
…にしても。
「…どうかしました?」
いきなり見つめられて困ったのか、怪訝な顔で僕を見てきた。
何もしないよ。
「うーん。律子も可愛いなと」
「なっ…わ、私はあくまでプロデューサーです!」
知ってるよ。
だからこそ勿体無いなあ、と。
「…いいんですよ」
うん?何だか歯切れが悪かったなあ。
どうしたんだろう。
765プロにはアイドルでなくともレベルの高い子がいる。
事務員やプロデューサー。
え?僕?
…カッコいいんだよ僕は。
「…にしても、いきなり休みを貰っても何もする事ないなあ」
先週、双子のプロデュースが一段落ついた際に社長からしばしの休みを貰った。
たまにはゆっくりしてくれと言うのだ。
…しかし、やる事がない。
道場も無いし、あるのは車だけだ。
寝ようにも普段あまり寝ない僕にとってそれは地獄だ。
それより無駄な時間を過ごす事が何より苦痛だ。
とりあえずドライブにでも出掛けるとするか。
着の身着のままドライブに出たはいいが、いかんせん平日という事もあり人の姿が見当たらない。
いるとしたら、いわゆるケバい感じの女の子や、生意気そうな男達だ。
なにやって生活してるんだろ。
心配だなぁ。
…しかし一人でドライブも寂しいもんだ。
この世界では僕は本当寂しい人間だもんな。
アイドルの誰かでも誘おうかな、と思ったけど仕事が入ってるみたいだ。
それに有名になった今、男とのデートはマズイよな。
「…」ピッ…prrrr
『はい、どうしましたか?GACKTさん』
「律子、デートしようか』
このすぐ後、鼓膜が破れるかと思ったよ。
「ハァ…ハァ…何なんですかいきなり…」
そんな急ぐ必要あった?
待ち合わせ時間は後20分だぞ。
「だ、だって…こういうの、初めてですから…」
え?
この子、いくつだったかな?
19だっけ?
「…もしかして、処女なの?」
「しょっ…な、ななな何を聞いてるんですかー!!」
顔が真っ赤だ。
まあ、そういう事なんだろうな。
「あはは。ごめんごめん。じゃあ乗ってよ」
「は、はい…」
しかし、律子のその髪型は珍しいな。
三つ編みにしてるのか。
「私服の時は大体こうしてるんです。いつも上げてるのは楽だからですよ」
「つまり、僕が初めて見せた男って事か。嬉しいな」
「ブー。…実は、違うんですよ~」
ほう。元カレかな?
「…どうしてそうズバッと聞いてくるんですか…」
「別に恥ずかしくはないさ。お前くらいの年齢ならいくらでも付き合ってる奴はいるだろう」
「…元カレ、じゃあないんですよ」
ふーん…。
「もしかして、レズ?」
「だから下の話に持っていかないで下さい!」
忍野メメで再生される
「で、今日は何処に行こうか」
「考えてなかったんですか…」
いいじゃないか。行き当たりばったりでも。
楽しくいければいいんだから。
「そういうのって、男の人が考えると思ってました」
「まあいいじゃない。ゆっくり行こうよ」
目に入った所にでも行くとしようかな。
「…あ、カラオケあるじゃない。ここ行こうか」
「えっ…」
「え、あ、ちょっとそれは…」
「いやー…最近歌ってなかったからなあ」
本当はライブで歌いたいけれど、仕方ないか。
あ、でもこの世界では僕の歌は無いんだっけ?
じゃあ、いわゆる「歌ってみた」になるのか。あはは。
何か後ろで律子がブツブツ言ってるけど気にしないでおこう。
一応、765プロの子達の歌もあるんだな。
厳密には僕のなんだけども。
勿論彼女ら自身の歌もある。
…ん?
「秋月律子…」
デンモクをいじっている僕の呟いた一言にビクッと律子が反応した。
心なしか目が泳いでいる。
「………」ピピピピ
「あ、ちょっ!!GACKTさん!!」
ごめんごめん。手が勝手に動いちゃったんだ。
『いっぱいいっぱい』
「うう…ひどいです」
律子だってひどいじゃないか。
隠してたな?
「そんな訳じゃ…あるかも」
http://www.youtube.com/watch?v=hzfOYy1M9dw
ご丁寧にフリまでどうも。
「GACKTさんがやれって言うから…」
途中から律子の必死な動きに笑っちゃったよ。
「が、GACKTさんもやってもらいますからね!」
あはは。分かった分かった。
本家の力、見せてやるよ。
http://www.youtube.com/watch?v=Ohsn_cVWp_c
しかし驚いたよ。
律子ってアイドルだったんだな。
「ま、まぁ短い期間でしたけどね…」
でも、デンモクに入ってるって事はそれなりに売れたんだろうな。
「でも、別に隠す必要無かったのに」
「だって、からかわれるかなって思ったから…」
「からかうわけないじゃない。頑張って仕事してる姿をバカにする奴なんていやしないよ」
そう言うと律子はクスッと笑い、僕を横目で見つめる。
「…どうしたの?」
「いえ、…もし、私の事をプロデュースしてくれって言ったら、してくれるかなって…」
律子を?
…うーん。
「それは嫌かな」
「え?」
「…お前を、手放したくないしな」
すると律子は赤面、押し黙ってしまう。
こういうの、チョロいって言うんだろうな。
もじもじしている姿が愛らしい。
「…勿論、同じプロデューサーとしてだけどな」
「そ、そそそそうですよねぇぇぇ!!……そうですよね…」
カラオケ店を出ると、もう雲に赤みが差していた。
晩御飯の時間かな。
「どうだ?デートついでに晩御飯」
「…何か、誘い慣れてる気がして嫌です」
そう?
慣れてるのは慣れてるけど。
「一人は寂しいからさ」
これは本音。
元来さみしがり屋だから。
「し、しょうがないですねぇ…」
腕を組み、鼻を鳴らしながら言っているが、顔が真っ赤に見えるのは夕方のせいかな?
全く。
「…可愛いな」
「ふぇぇぇぇぇぇ!!!!」
車の中で、律子オススメの店があると言うのでそこに行く事にした。
「…でもGACKTさん。この店って皆結構知ってるんですけどね」
「僕は人のいない方がいいんだ」
というより、ただ知らないだけなんだけどね。
ここが日本で良かったよ。
僕の知らない世界とかファンタジーの世界とかだったらやばかった。
いや、別にやばくはないんだけど。
とりあえず店とかは変わってても、根本的な地理は僕のいた日本と違いは無いみたいだし。
「あ、そうそう!よく小鳥さんも来てるって言ってました!」
うん。
いたね。
…でも何だろうな。
近寄りたくない雰囲気だ。
「ゴキュッゴキュッゴキュッ…ぷはぁ…」
ビール大ジョッキを一気でたいらげる女の子ってそういないよね。
最早女の「子」って見れなくなるよ。
いくら可愛くても、あれじゃあナンパもしづらいだろうなあ。
近くの男達が苦笑いで小鳥を見てるよ。
「…今日はここやめとこうか?」
「…そうしますか」
二人の意見が合致して回れ右しようとした際、商売熱心なバイトの子が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ!お二人様ですか!?」
…ほんと、ぶっとばすよ?
なんせ、今の君の声に反応した酔っ払いが。
絶望の表情で僕達を見つめているんだから。
「…でねぇ!?酷すぎるんですよ!GACKTさんはぁ!!」
…僕、車だからさ。
「いいじゃないですか!代行頼みましょ代行!!」
「あ、あの小鳥さん。もうその辺でやめときましょうよ…」
「やめられるわけないでしょおおお!!?私がほとんど休みも取らず!いや取れず!その中お二人はのうのうとおデートですか!!ハー良いですねえ!!私はどうせお一人様ですよ!!」
ピヨピヨうるさいなあ…。
処女こじらせたらこうなるのかな?
「しょっ…!!!」
それっきり小鳥は突っ伏してしまった。
つまり図星か。
小鳥の正確な年齢は知らないけど、まあなんか、ご愁傷様。
「…どうします?GACKTさん」
そうだなあ。
律子はまだ子供だから。
「小鳥は僕が面倒を見るよ。だから今日はお開きにしようか。送ってくよ」
「…すいません。小鳥さんも悪気があったわけじゃないですからね?」
「知ってるよ」
さて、小鳥の分も払ってやらなきゃならないからな。
いくらだろう?
「13700円…か」
さぞかし長い時間いたんだろうなあ。
…全く、電話の一本でもくれれば良かったのに。
「…う、うぅ…あれ?GACKTさん?」
「おはよう。もうすぐお前の家に着くよ」
「あ、私寝てたんですか…」
「酔い潰れたって感じだな」
「…すいません。覚えてなくて」
寝たら忘れる派か。迷惑な奴め。
「…すいません」
「寂しいなら、電話くらいしてくれ」
「でも、申し訳なくて…」
申し訳ないと思ってる奴の振る舞いじゃなかったけどな。
「まあ、いいんじゃないかな…それに、お前が独身の理由がわかった気がするよ」
「…GACKTさん。言い訳じゃないんですけどね、私、昔は恋人作れなかったんですよ」
へー。そんな頑固一徹な親だったの?
「いえ、……昔の話ですよ」
「何だ?お前も律子みたいに元アイドルとか言う口か?」
……。
何だか反応がないな。
寝ちゃったかな?
後部座席を鏡ごしで見ると、小鳥がしゃくりあげて泣いているのが見えた。
今度は泣き上戸か。
全く世話が焼けるよ。
「…違うんです。私は、ある人達に迷惑をかけてしまったんです」
ある人達?
「…私は、元々765プロでアイドルデビューする予定でした」
ほう。
「私のプロデュースをしてくれていたのは、高木社長と、もう一人、黒井社長でした」
黒井社長ってのは知らないけどね。
「社長の、親友とも言えるべき人でした。…けれど、彼らは互いのプロデュースの仕方を全く理解出来なかったようなんです」
つまり、仲違いか。
「その渦中にいた私は、ただオロオロするだけで、何も出来ませんでした。…結局二人は袂を分かって、私も765プロの事務員として活動したんです」
…そっか。
ん?黒井って、何処かで聞き覚えが…。
「御手洗翔太君と、伊集院北斗君がいた所ですよ」
「ああ、あの」
なるほどなあ。
腐れ縁とはこういう事を言うのかもな。
…いずれ僕達の前に立ち塞がる時が来るんだろう。
その時は、叩きのめしてやればいいか。あはは。
それにしても、今日は色んな話が聞けたよ。
大収穫だ。
さて、休み明けからも頑張るとしようかな。
次はどんな子が来るんだろうな。
先週、律子や小鳥からの告白で少し驚いた。
意外にこの事務所、歴史があるんだなあ、と。
いや勿論二人がアイドルだったのにもびっくりしたけどさ。
社長に黒井って奴の話を聞いてみたいけれど、何か聞けるような話じゃなさそうだし。
向こうから話してくれるのを待つとしようか。
こういうのは第三者が面白半分で聞いちゃいけないんだ。
「…もうすぐ時間かな」
今回僕が担当するアイドルは、「実力派」らしい。
履歴書を見たが、まあ最低限しか書いていなかった。
志望動機も簡潔なもので。
『歌を歌う為のステップアップに繋がれば良いかと』
これだけでも他の子達とは違うなという事が理解出来た。
他のアイドル達は、大小あれどアイドルへの憧れというものを持っていた。
しかし今回の子は違う。
アイドルを初めから踏み台にするつもりだ。
かえって清々しいというものだ。
それに歌一本でスタートしない、という事はまだまだ自分に自信が無いという事なんだろう。
それに、この子の性格。
何と言っても、僕好みだ。
少し口元が緩んだところで事務所の扉がノックされた。
「はじめまして。如月 千早と申します」
無表情で一礼する千早。
第一印象は、…ううん。
胸は、いいか。
とにかくストイックな印象を受けた。
歌に対する情熱は人一倍というところか。
まるで僕みたいじゃないか。
問題は実力だが。
果たしてどれだけの歌声を見せてくれるのだろうか。
「~♪…どうですか?」
今までの子達は少なからず「どうだ」と言わんばかりの顔をして僕を見てきたものだが。
千早は全くそれが無かった。
「まだ悪い所があるはずだ」
そういった目で僕に聞いてくるのだ。
それなら僕も気持ち良く指摘出来るというものだ。
「下手くそではないよ」
それを聞いた千早は怒るどころか「ああ、そうだろうな」と言わんばかりに悪い所を聞いてきた。
正直に言ってしまえば、まだまだだった。
「でも、今まで聞いたアイドルの中では飛び抜けてるよ」
あくまで最初の時点では、だけどね。
しかしこの子は磨けばかなりの逸材になるはずだ。
ならばその才能を爆発させてやるとしよう。
開花じゃない。爆発だ。
「千早、これから僕の言うことは全部聞いてくれ。必ずお前を最高の歌手にしてやる」
すると千早は瞳を輝かせて答えた。
「はい!!」
「プロデューサーは何かやってらしたんですか?」
「ん?どうして?」
「歌の技術や見せ方。そして何より歌への向き合い方が凄かったので…」
そうだね。
誰よりも歌を愛してるという自負はあるよ。
15年以上やってきたという実績もあるしね。
けれどそれを言うわけにはいかないので、笑ってはぐらかしておいた。
「千早、僕はお前に期待しているんだ。だから高い技術を求めるし、辛い事も言わせてもらう」
「勿論そのつもりです」
でも言うだけじゃ駄目だよな。
見本を見せてやらなきゃならない。
そんな事を思っていると、あずさのシングルCDが千早のカバンに入っている事に気付いた。
「買ったんだな。それ」
「はい。曲も好きですし」
そっか。
なら本家も見せてやらなきゃな。
「そのCD、かけてくれ」
あずさ用に多少アレンジを加えてしまったものの、それは僕の歌だ。
http://www.youtube.com/watch?v=bATviFQEEUo
「ふぅ…」
GACKTさんがこの事務所にやってきて、とても忙しくなった気がする。
事務員としては嬉しい限りだ。
この間は迷惑かけちゃったし、少しくらい挽回しないとダメかな。
そんな事を思っていると、自分のキーボードを打つ音に混じって足音が二つ、扉の向こうから聞こえてきた。
それと、女の子の話し声。
その声は心なしか上ずっている。
すると、扉が開いて入ってきたのはGACKTさん。
それと。
「GACKTさん、この部分なんですが、それとこのサビの部分とこことこことここの…」
「一度に質問しないでくれ」
メモ帳とシャーペン、楽譜を手にGACKTさんを質問責めにしている千早ちゃんだった。
「GACKTさん、何があったんで…いえ、何となく分かります」
小鳥が心中察したという感じで僕を見る。
ぶっちゃけ、ここまでグイグイ来るとは思わなかった。
もっとドライで、クールなイメージだったんだが。
今の千早は、鼻息を荒くし、シャーペンを持つ右手が震えて、一語一句聞き逃すまいと目を見開き耳を立てている。
ちょっぴり怖い。
先程僕が歌ってみた所、千早からは拍手喝采ですぐさまカバンからメモ帳とペンを取り出してこの状態だ。
勉強熱心な事だ。
けれどこの時、僕は今の千早になにを教えてもダメだと確信していた。
どこがどうとかではなく、もっと根本的な物が千早には欠けていたと思う。
それは、歌を聴かせるのではなく、ただ歌っているだけという事だ。
僕の歌に対するイメージは、相手に自分の想いを伝えるという一種の告白のようなものだと思っている。
しかし千早のそれは、ただの自己満足に見えたのだ。
響のダンスと同じく。
どうしてだと問われると具体的にどうとかは言えないけれど。
それでも確信を持って言える。
千早はこのままでは良くない。
何かの警告音が僕の頭の中に聴こえた気がした。
千早にくっつかれる一日が終わり、いつものバーで一人、お酒を飲んでいる。
こうしていると、ゆっくり時間を感じる事が出来て落ち着ける。
しかしどうにも彼女の事が気になる。
千早は一人暮らしだという。
今時の女子高生にしては珍しいと思う。
頭の良い子や悪い子が県外の自分に合った学力の学校に行くというのは聞いたりするが、千早の学校は特に何の変哲もない普通の公立高校。
…親と何かあったのだろうか?
そんな事を思っていると、グラスの氷が溶けてしまった。
随分悩んでたんだな、僕は。
765プロに入ってからというものの、女の子に振り回される毎日だ。
だけど、悪くない。
子供の成長を見守る大人の気分だよ。あはは。
すると、僕の隣に座る一人の老人が座ってきた。
横目をやると、高木社長ではないようだ。
紫のスーツに、豪勢なダイヤ付きの指輪。
左手にはめてないことから、既婚者ではないようだ。
随分悪趣味な格好だな。
…なんだって僕の隣に?
しばしの沈黙の後、その老人が口を開いた。
「…君が、あの765プロのプロデューサー君だね?」
「…そうですが?」
一体何なんだろうか。
僕もそれなりに顔が売れてきたのか?
「私は、こういう者だ」
男はそう言うと一枚の名刺を渡してきた。
そこに書いてあったのは。
「…961プロ、代表取締役…黒井?」
961プロって、どこかで聞いた事あるなぁ…。
「君のとこのアイドル達と何度か会ってると思うがね」
ああ、あの御手洗って子と北斗って子か。
「…765プロとは少々因縁があってねぇ…あまりしゃしゃり出てこられると困るんだよ」
「しゃしゃり出たわけじゃないさ。実力の差ってやつだよ」
まさか負け惜しみを言いにでもきたのだろうか?
それとも圧力でもかけにきたか?
いずれにせよ、僕の邪魔をしにきたならタダじゃおかないけど。
「そう熱くならなくてもいい…今日は君にビジネスの話を持ってきたんだ」
「…?」
「次、ウチのアイドルと相対した時に負けてくれればいい。勿論、報酬は弾むよ?」
「…本気で言ってるの?」
「どうせあの高木の事だ。給料なんて雀の涙程だろう?それにもし765を辞めてもウチに来ればいい。
…君の書いた歌を聴かせてもらったよ。
素晴らしいじゃないか!どうかね?あんなイロモノアイドルだらけの事務所ではなく!我が961で…」
ここで黒井の話は止まった。
いや、止めたと言った方がいいかな。
「…それは、何のつもりかね?」
「ん?丁度強い火が欲しかったんだ。よく燃えて助かったよ、この紙くず」
何だか我慢出来なかったしね。
この名刺もどうせ使わないし。
「…君は、あの男が本当に出来る男だと思っているのかね?」
「765は高木社長だけで保ってるんじゃないんだ。…それと、そのイロモノアイドル達だけでもない」
黒井が黙る。
構わず僕は話した。
「優秀な事務員がいて、優秀なプロデューサーがいる。そして僕もいる。…全員で支えてるんだ。…成金一人で支えてる事務所よりはマシだよ」
何故だか分からないが、とても腹が立った。
安い挑発に乗るような器の小ささは持ってないはずだけど、彼女らを否定された事に、何だか親友をバカにされた気分になった。
…僕自身も驚いてるよ。
「…ふん!所詮高木あってこのプロデューサーか!…覚えておけよ!」
…あれって、負け犬の遠吠えって言うのかなあ。
ま、どうでもいいけどね。
僕は今、担当アイドルの事で忙しいんだ。
…黒井の口ぶりからすると、
まだあそこにはアイドルがいるみたいだけどね。
「…関係無いね」
誰が相手でも、勝つだけだよ。
おもしろい
黒井と会った翌日、小鳥との何気ない会話の中でポロっと出たそれを聞いた途端、彼女の顔が強張った。
…何だか、話が見えてきたぞ。
つまり、小鳥を巡って争っていたのは高木社長と黒井ということか。
あの二人には切っても切れない腐れ縁というものがあるのかもな。
どちらかというと黒井の一方通行な気もするが。
しかし小鳥はその話はやめてほしいと言わんばかりに話を強引に変えた。
「…そういえばGACKTさん?この経費で買ったチューナーについてなんですが…」
…変えたというよりは、元からこの話がしたかったのかもね。
「千早のためだよ。チューナーを使えば自分の声の抑揚が掴めるし、さらに高くする事も出来るから」
「でも流石に20万を相談無しで買うのはよくないですよぉ」
もう、と頬を膨らませる顔が愛らしい。
年齢的にはお姉さんのはずなんだけど、まだまだ子供だな。
いや、僕がおっさんなのかな?あはは。
「…はい、今日はここまで」
「はい!ありがとうございました!」
千早との一日が終わり、いつも通り僕に大げさな挨拶をしてくる彼女。
でも僕はいいかげん千早の歌について意見したくなってきた。
前に比べて、何だか歌い方が必死になってきていたのだ。
何かから逃れようとしているのか知らないけど。
「千早。今日時間あるかな?」
「えっ!?…い、いえ、今日はその…」
…何だか怪しいな。
「何か隠してる?」
「…」
かなり直球な質問をしてしまったものだ。
それっきり千早は黙って帰ってしまった。
「…?」
別に嫌われるような事はしてないし、嫌ってるんだったら僕の言う事をハイハイ聞くわけない。
「どうしたものか…」
…女の子って、難しい。
あれからしばらく。
「おはよう」
いつものように事務所の扉を開けると、小鳥と律子、それと社長が何だかそわそわしていた。
僕に気付いた律子が一目散に駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
話を聞くと、千早が来ていないのだと言う。
人間なんだから、たまには休みたくなる時もあるんじゃないかとも思ったが、あの千早が連絡も無しに休むとは考えづらい。
休むどころか、僕が来る30分前にはスタンバイしているあの千早が、だ。
「電話をかけても出ないし、もしかしたら…って」
「分かった。僕が行ってくるから」
焦る律子を宥めて、とりあえず千早の家に行く事にした。
「もしかしたら、ストーカー…」
…有り得るかもな。
僕も一抹の不安を抱えざるを得ない。
急ぎ足で千早の家へと向かった。
千早の家はどこか見覚えがあると思ったら、あずさのいるマンションだった。
まあ今は関係の無い話かな。
そして彼女の部屋の扉に着き、チャイムを鳴らそうと思ったのだが。
「…?」
電気のメーターが付いていない。
つまり今千早はこの家にいないという事なのだろうか?
試しにチャイムを鳴らしてみても何の反応も無い。
まさか、事務所に来る途中で…?
不安要素がどんどん多くなっていく。
とにかく千早の行きそうな所をくまなく探す事にした。
「千早の行きそうな所ですか?」
事務所に戻って律子と一緒に車で千早を探す事にしたが、いかんせん千早の行動範囲が分からない。
音楽専門店くらいなら行きそうだが、いなかったし。
「…なら、詳しい人がいますね」
「詳しい人?」
「…千早の、お母さんです」
…その方が手っ取り早そうだ。
僕も相当焦っているみたいだな。
如月千早の母親は、千早の家とそう離れていない所にいた。
名前は如月 千種。
中々に美人だと思う。
電話番号が分からなかったので、仕方なく家まで車を走らせることになった。
本当はこんな誘致な真似してる場合じゃないんだけどなあ。
ミス
誘致→悠長
「…どうも」
言葉少なめに挨拶をする彼女。
あまり時間も無いので、手早く千早について聞いたのだが、歯切れが悪い。
一体何だというのか。
「…千早は、大丈夫だと思います」
「どうして?」
「あの子は今、弟のお墓に行ってるんじゃないでしょうか」
弟?
千早には弟がいたのか?
隣の律子も首を横に振る事から、どうやら事務所にも言っていないことだったらしい。
だとしても、何故連絡がつかないというのか?
千種が少しして、一枚の紙を僕に渡してきた。
その紙には、新聞紙の文字の羅列。
まあ、いわゆる脅迫文だ。
「千早の過去をバラす?」
バラすとは何なのか。
弟が亡くなってしまった。それに悪い事なんて存在しないはずだが。
「千早は…弟の優が車に撥ねられた時、それを遠くで見ていたそうです」
「…それが?」
「弟を、見殺しにした姉、と…そう世間では揶揄されてしまったそうです…本人もそう思い込んでしまったようで」
…そっか。
そんな事が、あったのか。
千早は、僕に歌っていたのではなく、弟に聴かせていたという事か。
響、これはデジャヴか?
「…僕のアイドル達は、どうしてこう僕を振り回すんだ」
立ち上がり、すぐさま千早のいるお墓に向かおうとする。
なんせ、千早の過去をバラそうとしてる奴がいるみたいだしな。
ある意味ストーカーよりも面倒だ。
「律子、なにやってんの?置いてくよ」
僕より少し遅れて玄関から出てきた律子を半ば強引に車に突っ込んでまた車を走らせた。
「…優、私、どうしたらいいのかしらね」
「…GACKTさんや、律子や小鳥さん、社長にも迷惑をかけて」
「結局、構ってほしいだけなのかしらね。私は…」
「………」
「………それと、いいかげんにしてください。私をこれ以上つけ回して何になるんですか!!」
「げっ!!バレてた!?」パシャ
「うわっ!!…て、てめぇ…」
「今撮った貴方の写真で私と私の母を脅迫した人として訴えます。…最も、訴えるかどうかは貴方次第ですけど」
「…ちっ…しょうがねえな!!!そんなもん取り上げちまえば何の問題もねえんだよ!!」
「!?」
「はいそこまで」ピロリーン
「……なっ!?」
危なかったな。
いや、ベストタイミングというべきか?
「アイドルデビューすらしてないからまだ一般人。つまり貴方がやってた事は盗撮です。それと脅迫と今千早に組みついた事による婦女暴行。然るべき所に連絡させて頂きます」
隣の律子がメガネをクイっと上げながらドヤ顔で喋る。
だけどまあそういう事だ。
「…悪いけどな、こちとら柔道二段なんだよ!!!」
そう言って僕に向かってきた見知らぬ男。
悪いけど、僕はテコンドー二段だ。
「…ありがとうございました。それと、申し訳ありません」
「いいのよ。貴方が無事だっただけで…」
律子が千早を落ち着かせている。
僕はというと、過剰防衛を疑われてしばしの間警察に注意を受けた。
あの男は、どうやら黒井に雇われていたらしい。
逮捕状を目の前に出された事で開き直ってしまったようだ。
全てを警察に話しており、恐らく近いうちに黒井の所にも警察が介入していくのだろう。
…覚えていろというのは、これの事だったか。
意外とあっけなく終わってしまったな。
「…随分つまらない男だったな」
…人間、どこで恨みを買うか分からないものだ。
二日後
「ただいま」
「ただいま、じゃないですよ…ほんとに週刊誌沙汰になったらどうするんですか」
小鳥がぷんすか僕に説教してくる。
結局僕も警察で事情聴取を受けてなんだかんだで一日向こうにいる事になった。
「小鳥の取り越し苦労だよ」
「笑い事じゃありませんってばぁ」
あれから千早はどうなったのか分からないが、前よりも歌に対して真摯に向き合うようになっていた。
前とは違う形で。
…律子め、何かやったんだな。
「~♪…ど、どうでしたか?GACKTさん」
「そうだなぁ…人に聴かせるってのをようやく覚えたみたいだね」
「!?は、はい!!」
今ようやく千早は「歌手」と呼んでもいい存在になったようだ。
アイドル、か。
それは彼女にとってはあくまで通過点に過ぎない。
アイドルを下に見る気はさらさら無いが、歌という一つの観点で行けば歌手の方が千早にとっては良いはずだ、と思う。
そして数週間後。
「千早、はい水」
「ありがとうございます」
「後は取材と、念願のCDのジャケット撮影だな」
「はい!」
千早は自分のCDが出せるということで満足気だ。
まだまだこれからというのに。
しかし律子の奴、一体千早に何をやったんだろう。
…二人に聞くのが早いと思うが、負けた気がして嫌だな。
「…そういえば、母に会ったそうですね」
「会ったよ…お前に似て美人だった」
そう言うと千早は照れて黙ってしまった。
しかし一目見ただけで母親と思ってしまったんだよなあ。
まあ状況的にそう判断する以外無かったというのもあるけれど。
「…胸、か」
「何か言いましたか?」
「なんでもないよ」
千早に似て、小さかったからかな?
http://www.youtube.com/watch?v=89IafSi4GAA
今回は律っちゃんが千早を救ったのか
最近、思うようになってきた事がある。
何故こんな事を思うようになったのか。
今日、ふと自分の予定表をパラパラめくっていると、ほぼ全ての日に何かが書かれている。
まあ、仕事がたくさんあるというのはとても良い事なんだけど。
「…休み、いつ取ったっけなぁ…」
休みが無いというのは律子や小鳥、社長も同じだ。
まあ僕も男だ。
流石に女の子の前でこんな事は言えないな。
けれど、やはり僕も40代になってから若干、本当に若干だけれど。
スタミナが落ちてきた。
プロデューサー生活で体が鈍ってきたせいというのもある。
…いや、言い訳は良くないな。
しかし、どうにも顔に出てしまっていたらしい。
僕の悪い癖かな。
小鳥が気を使って自身が常備している栄養ドリンクをくれたので、人生で初めて栄養ドリンクを口にした。
「…まず」
「良薬は口に苦し、ですよ」
薬じゃないよ。
「まぁまぁ、折角アイドルの子との初顔合わせなんですから…」
「ああ、そうだったね」
今日来る子は、と。
…何だか、普通。
THE・普通。
何だってこんな子が最後に?
まあ、いいか。
「しかし随分と遅い時間に待ち合わせなんだね」
「家が遠いですからね、彼女は」
話を聞くと、二時間もかかる場所からここに来ているらしい。
夜遅くに女の子が一人で出歩くもんじゃないと思うけど。
しばらくすると、事務所の扉が控え目にノックされた。
毎回思うんだけど、別にノックする必要無いよね。
とりあえず「どうぞ」と一声かけると、少しゆっくり目に扉が開いた。
そこから出てきたのはリボンを二つつけた制服姿の女の子。
僕と目が合った時、何故かは知らないが少しの間僕を見つめていた。
…何だろう?
その目、まるで恋する乙女のようだな。
「…どうしたの?」
「えっ…と、は、はじめまして!!天海、春香で…うわわわっ!!」
…おいおい。
自己紹介でいきなりそんな…全く、変わらないなぁ。
「…ん?」
変わらない?何で変わらないだなんて思ったんだ?
僕は、この子を知らないはずなのに。
「…は
ミスった
「…春香、まあ夜も遅いから。今日はお互いの自己紹介だけで済まそうか」
何だかんだで夜の8時だしな。
春香が家に着くのは夜の10時だ。
「あ、それは大丈b…い、いえお願いします!」
「…?」
何だろう。
よくわかんないなあ。
…でも何だろう。
今までより色濃い既視感が僕の頭をよぎっていた。
「…と。まあとりあえずそういうことで」
互いの自己紹介が終わったものの、なんだかんだで予定時刻を大分過ぎてしまったので僕の車で帰る事になった。
まあ、その中である程度の事務所説明は出来るだろうし、かえって助かるというものだ。
「…まあこんな感じだけど、いいかな?」
「…はい」
助手席に座る春香を横目で見ると、嬉しいような悲しいような、そんなむず痒そうな顔をしていた。
…緊張しているのか?
普通の子に見えたけど、案外違うのか?
その後あまり会話も無いまま、春香の家に着いてしまった。
僕とした事が、女の子と会話も出来ないなんてな。
「お疲れ様、これからよろしくな」
「はい!」
元気良い返事だ。
ある程度緊張は解れたようだな。
…というより、今からの道のりが長い。
ちょっと急いで帰るとするか。
「……」
「………」
「………本当に、忘れちゃったんですね…GACKTさん…」
「…でも、こうして会えた……今は、それだけで十分…」
まさかの春香記憶継続か
今さら訂正
>>70
「名刺を渡すと」×
「担当アイドルの名前を言うと」にしといて下さい
このアイマスの世界はもうひとつの現実世界っていうよりやっぱりゲームっていうか虚構世界みたいな感じなのか
土曜日という事で春香も学校が休みなのか、大分早めに事務所に来ていた。
というより、早く来過ぎだ。
小鳥が着いた時にはもう入り口で待っていたそうだ。
まあ、とても良い心がけだと思う。
「GACKTさん!コーヒーいれましたよ!」
今日は小鳥ではなく、春香がコーヒーを持ってきた。
会って間もないというのに、どうしたんだろうか。
少なくとも媚を売るような子には見えないが。
「……美味しいね」
しかし、やけに僕の好みを知ってるな。
春香の方を見ると、期待していた返答ではなかったのか少し控えめな笑顔だった。
…何て返せば良かったのかな?
何だかやりづらい。
これからレッスンだというのに。
そして今、春香のレッスンについている。
アイドル達のレッスンには僕の他に、トレーナーがいる。
それは僕だけでは教えきれない事もあるからだ。
しかし、正直言うと。
この子の実力はとんでもないものだった。
貴音の時にもこんな事を思ったが、春香は別格だった。
スタミナも申し分ない。
思わず拍手をしてしまう程だ。
「すごいね…何かやってたの?」
そう聞くと春香は少し考えた後に一言、「何もやってませんよ」と答えた。
…何だか、ミステリアスだ。
ボクシングかと思ったらミサイルが飛んできたみたいな、そんなむちゃくちゃな感じ。
「でも凄いよ。お前にはきっと才能がある」
僕がこんな事を言う日が来るなんてなあ。
「…いいえ、私には才能なんてありませんよ」
謙虚だなあ。
美希だったら飛び上がって喜ぶのに。
結局この日は春香に驚かされて終わった。
いっそもう世に出してみようかなんて思ったけど、彼女がそれを何故か拒んだ為やめておいた。
その上、まさかの春香からご飯に誘ってきた。
何だかグイグイ来るなあ。
肉食系なのか?あはは。
まああまり遠出すると帰る時間もあれだし下のたるき亭になったんだけど…。
「…」
「…」
…会話が無いなあ。
僕もこの子といると何故か言葉が上手く出てこないんだ。
僕もまだまだ女の子の扱いが下手ということか。
そんな事を思っていると、突然春香がバッと顔を上げて僕を見つめた。
「…どうしたの?」
告白してくるのかと思ったが、その予想は見事に違っていた。
「…私の顔、見覚えありませんか?」
「…春香の顔?」
履歴書と昨日見た分だけなんだけどなあ。
まあ強いて言うならYOUから紹介されたアイドルの一人だったし。
「…ごめんよ。出てこないや」
「そうですか…」
そう言うとまた春香はシュンとしてしまった。
この世界に来てからこの子と会ったのかな?
…覚えが無いんだよなあ。
「もしかして、前に何処かで会ってたかな?」
「…いいえ」
じゃあ分からないよ。
まさか前世が~とかなんて言わないだろうし。
アイドル経験は無いらしいから、どこかの雑誌に載ってたとは考えにくいし。
「まあ明日からもやっていくんだ。今日はこれくらいにしておこう」
少し名残惜しそうだったが、夜も遅いし春香をちょっと強引に帰すことにした。
「…まあ、また何かあったら連絡してくれればいいよ」
連絡先を渡すと、少し渋そうな感じだった。
…何だろう。僕はこの子になにかやっちゃったのか?
だとしたら、相当マズイなぁ。
でも、そんな記憶無いしなあ。
結局寝る寸前まで考えていたけど、何か手がかりになりそうなものは無かった。
春香…
春香を見ていて驚いた事は、その実力の他にもあった。
小鳥もまだ把握していない僕のコーヒーやお茶へのこだわりを知っていたり。
僕が次に言う台詞を先に言ってきたり。
…ストーカーじゃ、ないよなぁ…多分。
どう見ても普通の可愛らしい女の子だ。
それ以上もそれ以下もない。
そしてやはり一番早く来ている春香。
今日は何やら包みを持っている。
何だろう?
「じゃーん!お菓子作ってきたんです!」
春香が持ってきたのはビスケット。
朝は野菜ジュースで良いんだけど、何だか無性に美味そうに見えた。
「ありがとう、美味しいよ」
…それと同時に、またあの色濃い既視感。
この懐かしい味。
…僕は、一体どうしたというのだろうか。
家(?)に帰ってふと思った事がある。
「やっぱり、一人暮らしだからかなぁ…」
…ほんの少し気を緩めただけなのに、ちょっと物が散らかっている。
ここは寝るだけの場所って思ってるからだろうか。
ついつい洗濯を忘れたり、酒瓶がそのままになってたり。
いつもは皆がやってくれていたからなぁ。
僕は寂しがりやの上、一人じゃ生きていけないんだな。
まるでウサギだ。あはは。
「少し片付けるか」
部屋の掃除をすればこのもどかしさも忘れるだろう。
そう考え部屋の掃除を始めると、何故かタンスを動かしている自分にハッとした。
何時の間にか模様替えになってるじゃないか。
一人苦笑しているとタンスと壁の間で何かがハラリと落ちるのに気がついた。
何だろうと思い手を伸ばすと、それはどうやら写真のようだ。
色褪せている上、タンスの裏側にこすられすぎたのかほとんど見えない。
ギリギリ分かったのは、砂浜で集合している男女。
数は分からないが、何人かいるみたいだ。
何かの集まりかな?
「…捨てとこうかな…」
僕には関係無さそうだし。
でも、何だか捨てちゃいけない気がする。
これを捨てると、何かかけがえのないものを失ってしまう気がする。
第六感がそれを告げている。
「…とりあえず、取っておくかな」
今は春香の事で忙しいし、考えるのは後回しだ。
春香と初めて会った時、正直物静かな子なのかなと思った。
だけど少しずつ関わっていく内に、とても明るく、とても女の子らしい子なのだということが分かった。
…それと。
「だけど毎日お菓子持ってこられると太っちゃうよ。僕」
「…ちょっと見てみたいかも」
少し、Sっ気があるようだ。
しばらくは小鳥に食べさせるとしようかな。
今もバリバリ食べてるし。
「…甘い物は別腹なんですよぉ」
あはは。泣きながら食べてる。
帰り道、春香を僕の車に乗せようとすると、何処かで見た事のある男が現れた。
紫のスーツに偉そうな歩き方。
「捕まったんじゃないんだな」
「フン!ふざけた事を。私がやったという証拠が何処にある?」
…成る程ね。
成り金得意の賄賂かな?
「相変わらず挑発的な奴め…念を押しておくが、私はあそこまでやれとは言っていない。流石の私でもデビュー前の一般人に手を出させるような事はさせんよ」
…一応、やらせた事は認めるんだな。
「で、今回は何の用?」
「ふむ。前に言っていたバトルについて、だ」
バトル?…ああ、LIVEのね。
「悪いけど、手は抜かないよ。汚い真似もさせない」
「フッ…心配するな。今回はお互い真剣勝負といこうじゃないか!…無論、そんな事を言いにきたのではないがね」
「…?」
「どうだね?一つ賭け事をしないか?」
賭け事。それを聞いた途端春香の顔が強張った。
何故お前が?と思ったが、今は気にしないでおこう。
「何を賭けるの?」
「それは、君だよ」
「!?」
僕が驚くより先に春香が声を上げた。
嫌な思い出でもあるのか?
…というより、何で僕なんだ?
「…もしかして、そっちの趣味でもあるの?」
「何を言うかね。私が欲しいのは、君の作曲能力だよ。GACKTくん」
「…へぇ」
「君とウチのアイドルが力を合わせれば、トップアイドルなどすぐに行けるだろう!それにウチに来れば何不自由ない生活を約束する!…どうかね?」
うーん。
やっぱり気に入らないな。
「負ける前提で話をするのはやめて欲しいな」
「?」
「…お前のところのアイドルが何なのかなんて興味無いよ。今僕の隣にいるのは、この子だ」
春香の肩に手を置くと、ビクッとして僕を見上げる。
それは不安なのか、はたまた別の感情なのか。
「…ほう。挑発には乗らんか。やはり私の見込んだだけの事はある!…楽しみにしているぞ?」
黒井は僕にLIVEバトルの詳細が書かれた用紙を渡すと、また静かに消えていった。
「…日にちが決まってないという事は、僕らに任せるって事か。…相当自信があるみたいだな」
「…」
「…まあ、自由にしていいならもう少し先延ばしにでも…」
「…やります」
「…え?」
春香からか細い声が聞こえてきた。
僕の耳が腐ってなければ、今春香は、やると言っていた。
「私、やります!やらせて下さい!」
…参ったなあ。
こんな純粋な目で見られたら断れないじゃないか。
「…いいよ。その代わり、負けさせないから」
「はい!」
この日、まさかの史上初、デビュー当日にLIVEバトルというアイドルが誕生した。
…本当に大丈夫かな?
http://www.youtube.com/watch?v=kahscNQIUhE
あまとう
春香に対する取材は連日続いた。
それもそうか。
デビュー戦でアイドルデビュー。
相手は飛ぶ鳥を落とす勢いの961プロだ。
世間では無謀だ、めちゃくちゃだと揶揄されているが、その物珍しさから彼女を取材に来る者たちが多く出てきた。
はっきり言ってしまえば、僕も彼らと同意見だ。
だけどあんな必死に懇願されたら断れないな。
まあ勿論それだけではない。
春香には、何かを感じたのだ。
これまでのアイドル達には無い何かを。
それはこれまで春香を見てきて分かった。
それに彼女は何かを隠している。
それを詮索する気は無いけれどね。
「…でも、勝てない勝負はしないんじゃ?」
律子は未だにこの件に関しては少々憤っていた。
理知的な律子からすれば、何て馬鹿な奴だと思っているんだろう。
「…あの目を、見たからかな」
「またそれですか…」
美少女だとか、可愛らしいとかじゃない。
あの目は、確実に勝利をモノに出来る自信がある目だ。
あの程度ならなんて事ない、と。
「…一体、あの子は何者なんだろうな…」
ますます僕は春香に興味が湧いてきた。
それから数日後。
割とすんなり事が進んだ。
物珍しさからか、はたまたほとんど961プロのファンなのか。
どちらかは分からないが、はっきり言って不利だ。
こちらは知名度も無ければ、無鉄砲だと揶揄されるようなアイドル。
それでもこの子に味方しなければならないのがプロデューサーだ。
だけどそれは仕事としてじゃない。
僕自身のプライドもある。
「…春香。大丈夫か?」
先程から春香は何も言わず黙っている。
「…春香?」
気になって肩に手をやると、すぅ…と目が開いた。
…まさか?
「…寝てた?」
「え!?い、いえそそそんなことななないですよ!!」
これは、驚いたな。
本当に寝てたみたいだ。
…余程肝が据わってるんだな。
「それなら心配無いか…でも油断するなよ?」
「…はい」
案外、無鉄砲というのも間違ってないかもな。
今回相手をするのは、961プロきってのカリスマアイドルと言われている男。
「天ヶ瀬 冬馬か…」
覚えにくい名前だな、全く。
冬馬という名前を聞くと、春香は少し目を開けた。
「知り合いだったかな?」
「い、いえ違いますよ…」
うーん。
僕も曲がりなりに40年生きてきてるからかな。
この子が嘘をついているのが一目で分かった。
…まぁ、結構前からだけどね。
とにかく、嘘をつくのが苦手なようだ。
まあそれだけでもこの子が人を陥れるような子じゃないというのが分かったので、一つの収穫かな。
歌を歌う時には、新人の方が前にやって、後で先輩が出てくるというのが常だ。
しかし今回、黒井は僕達が後でも構わないと言っていた。
それはただの余裕か、それとも…。
「…気になるな」
だけど、向こうのアイドルのパフォーマンスを見てからでも遅くはないか。
僕は春香を連れて舞台袖で準備をする事にした。
しばらくして、冬馬が上がってきた。
それに続いて、観客からの歓喜の声。
恐らく会場のほとんどは彼のファンなんだろうな。
LIVEバトルというのは観客の投票で決まるんだっけ?
…本格的にやばくないか?
すると春香が僕に耳打ちしてきた。
「…私はいいので、黒井社長を見張ってて下さい」
見張る?
そうは言っても黒井は今冬馬が出てきた側の舞台袖でうすら笑いを浮かべているが。
しかし春香は僕の背中を押して黒井の方へ行くよう促してくる。
春香ももうすぐ出番だし、本当は僕がついてやらなくちゃいけないんだけどなあ。
「…分かったけど、もし辛くなったらいつでも呼んでくれよ?」
「はい!分かりました!」
黄色い声援で送られていく冬馬を尻目に僕たちは拳をグーにして合わせた。
あはは。何か真のがうつっちゃった。
しかし、こうしていると春香の活躍が見れないな。
僕だけでも応援してやろうという心持ちだったんだけど。
しかし。
「!?」
数分経った時だろうか。
僕の後ろから大きな声援が聞こえてきたのだ。
驚いて振り向くと、それは先程出てきた会場からだった。
…まさか、これは春香の?
「…杞憂に終わったってことか」
ならば僕は僕のやる事をするとしようか。
さっきの春香の言葉から、黒井が何をするのか大体分かったし。
「いやー、とんだダークホースの登場ですねぇ」
「そうだなぁ…天才ってのはいるもんだな」
「これじゃあ黒井社長も形無しですかね?」
「あんなカッコつけてた割にはなぁ」
「「あははは…」」
「…キサマら、何をしている?」
「「く、黒井社長!?」」
「い、いえい、今のはその、言葉のあやと言いますか…!」
「そ、そうです!ちょっと調子に乗ってました!!」
「…そんな事はどうでもいい。今すぐマイクのスイッチを切るんだ」
「…へ?」
「聞こえんか!?マイクのスイッチを切れと言っておるのだ!!」
「で、でもそれって…」
「ええい!分からんか!あんな弱小事務所に負けるわけには…!」
「…誰が、弱小だって?」
「「「!!?」」」
どうやら間に合ったみたいだ。
春香が危惧していたのはこの事か。
確かに八百長を依頼してくるような奴だ。
こんな薄汚い真似だってしかねないだろうな。
「…貴様…」
「どうする?そのスイッチ切ったら、僕もお前のスイッチ切るけど」
「ぐ…!」
シラをきろうにも、証人もいるしな。
「だよな、二人とも?」
スタッフの二人に視線を移すと彼らは首を勢いよく縦に振っていた。
「…こ、このままでは済まさんぞ!覚えて…!!?」
馬鹿だなあ。
僕が利口な人間に見える?
「悪いけど、もう我慢の限界だよ」
黒井の胸ぐらを掴み、壁に叩きつけると情けない声が彼からあがる。
スタッフ達が止めようとするが、そんな力じゃ僕はふりほどけないよ。
しかし次の瞬間、僕は自然と手を離してしまった。
この機械室の出入り口に立っている人物を見たからかな。
「…冬馬、だっけ?」
「…オイおっさん、今のはどういう事だ?何だよ、マイクのスイッチ切ろって…」
随分前から聞いてたんだな。
「…」
「答えろよ!おっさん!!」
今度は僕に代わって冬馬が黒井に掴みかかる。
そういえば黒井って高木社長と同じ年齢なんだっけ?
あんまりそういうことしちゃいけない年齢か。
あ、僕もやったんだっけ?あはは。
「…全ては、お前を勝たす為だ。…そして、高木を潰す為だ!!」
「!?…潰す?」
「ちょっといいかな」
黒井が何を話すのか分かったもんじゃない。
彼らの因縁の話は僕から説明することにした。
「…嘘、だろ…?」
彼から聞いた話は、僕の知っている話と180°違う話。
簡単に言えば、黒井と高木の立場が変わっただけの話だ。
…何処までも、薄汚い人間だ。
「何とでも言うがいい…ただ、このままいけば冬馬、お前の負けは確定だ。それでもいいのか!?あんなポッと出のアイドルに負けて、それでいいのか!?」
もっともらしいが、…何だかなあ。
「…黒井、やっぱりお前は駄目だよ。プロデューサーに向いてない」
「何…?」
「正直言うとさ、僕は今日春香をここに出す事に不安を感じていたんだ」
これは本当。
人間として、どうしても思ってしまったことだ。
「…でも、僕は彼女をここに出した。それは、何故だと思う?」
僕は黒井から冬馬に視線を移し質問した。
彼は少々考え、こう答えた。
「…あいつの実力を、知ってたから、か?」
「違うよ。…ただ、信じたかったからだ。プロデューサーとして」
もし、仮に春香が今日負けたとしても僕は責めるつもりなんて毛頭無かった。
だってさ…。
「アイドルは、プロデューサーの子供みたいなもんだから」
「!」
「だから、僕は春香をこの場所に出したんだ。…親としてね」
「…親、として…」
そして僕はまた黒井に向き直り、言った。
「自分のアイドルを信じて、愛して、見守ってやる。それが、プロデューサーだろう?」
もうこれ以上は必要無いか。
春香の所に戻らなくちゃいけないし。
「冬馬、後は任せたよ」
彼から返事は返ってこなかったが、大丈夫だろう。
挫折するのは悪いことじゃないしね。
大切なのは、そこからどう立ち直るかだ。
お前達の道標は、お前達が作らなくちゃ、な。
その後の投票結果は、春香の勝利となった。
「GACKTさん!」
あの961プロに勝った新人アイドルとして、マスコミ達が記事を書き直すハメになった事でいきなり取材陣に追われている春香。
それらの人混みから僕を発見すると、一目散に駆け寄ってきた。
「頑張ったな、春香」
「えへへ…」
頭を撫でていると、マスコミ達から関係性について聞かれた。
あれ?僕一応プロデューサーなんだけどなあ…。
うーん、そうだなあ。
あえて言おうかな。
「この子の、親みたいなもん、かな…」
この発言のせいで、春香の親にまで迷惑をかけてしまったことは高木社長にでも謝らせておこう。
彼にも少しくらいは責任があるんだからいいだろう。
「…そういえば、僕は一応この事務所の子達を全員デビューさせたんだね」
「そうですねぇ。本当に良かったです…」
小鳥がハンカチで涙を拭きながら語る。
「それもこれも全部、GACKTさんのおかげですよ」
「あはは。でも、僕はきっかけを与えただけだよ。彼女達は何処の事務所でも通用する」
特に春香はな。
「となれば、これからはトップアイドルですね!!私も全力で頑張らせて頂きます!」
胸をドンと叩き、鼻息を荒くする。
少女って感じではないよな、もう。
「ピヨッ!?」
…にしても、僕はまだ戻れない、と。
むしろ、やっとスタート地点に立ったって事か。
もうこうなったら最後まで付き合ってやるさ。
一流の力、見せてやらなくちゃな。
…誰とは分からないけど。
http://www.youtube.com/watch?v=MWPiBW2XayI
訂正
>>290「誰とは」→「誰にとは」
今日僕はやよいがやっている料理番組に着いてきている。
お料理番組 さしすせそというやつだ。
とても可愛らしい番組名でやよいにぴったりだと思う。
しかし面白い事に。
「はーい!今日も始まりましたー!お料理番組、やよいのさししゅ…うぅ~」
「…さしすせそ」
あはは。ゲストに言われちゃってる。
やよいの舌足らずはもう番組名物となり、いつもの光景となっていた。
そのせいでもあるが、番組内で必死に頑張るやよいに心打たれる親御さん達がいるようで、昼時という事もあってか主婦層からの人気が高かった。
僕自身もやよいのこの姿には多少父性本能をくすぐられる。
頑張れ、やよい。
…と応援したい所だったんだけど。
「…何これ」
「え、ええとぉ…実はですね?ほら、GACKTさん作詞作曲やってたじゃないですか。それでまあ、一世風靡したと言いますか…」
やよいのお料理さしすせその次回の番組ゲスト。
そこには僕の名前が書いてあった。
「僕聞いてないんだけど」
「さ、サプライズと言いますか…」
律子が冷や汗をかきながらしどろもどろに話す。
勘弁してほしいというものだ。
僕はこの世界ではプロデューサーなのに。
そもそもこの件にGOサインを出したのは誰なんだ?
…考えなくても分かるか。
高木社長には後で何か嫌がらせをしなくちゃいけないな。
「出るのは良いけどさ、僕落ちるかもしれないよ?」
「寝るのだけは勘弁して下さい…」
まあ、何とかなる…よね。
「…という訳で、ここで神威さんが『さしすせそ』と言って下さい」
どうやらやよいの舌足らずさは番組公認のようだ。
噛むのは当然と言わんばかりに僕に代わりに言ってやってくれと頼んできた。
後は僕に任せるらしい。
随分適当なスタッフだな。
ちなみに僕の隣ではやよいが真剣にスタッフの話しを聞いている。
何気に馬鹿にされてるのにな。
「やよい、頑張ろうな」
「はい!…あ、そうだGACKTさん!アレやりませんか?」
「アレ?」
やよいの言うアレとは何だろうか。
少し考えると、あああの事かと合点がいった。
やよいから「ハイ!」と声がかかり手を軽く挙げるとパン、と軽くタッチしてくる。
僕には恥ずかしいので相槌はうたないが。
やよいだからこそ為せる技なんだろうなぁ。
しかし僕はこの世界でもテレビに出ざるを得ないんだな。
やっぱり一流だからかな?あはは。
「GACKTさん!メニューは何が良いですか?」
僕の隣で愛らしく歩くやよいが唐突に聞いてきた。
「メニューか…」
僕は炭水化物は基本的に食べない。
それは体重を維持するのと、若い時に決めた一つの約束だからな。
「でもそれじゃ力つきませんよー?」
心配してくれるな。
別に貧乏してるわけじゃないよ。
「んー…じゃあ、嫌いなものってあるんですか?」
あるよ。
「ひじき」
「何でですか!?美味しいのに!」
だってあれ、ゴキブリの脚に見えるんだもの。
「好き嫌いはめっ!ですよー」
お前が聞いてきたんじゃないか。
…嫌な予感しかしないな。もう。
「はーい!今週もやってきましたー!高槻やよいの!お料理さししゅしぇそー!」
「…」
「今日のゲストは、何と765プロ、私達のプロデューサー!神威 楽斗さんでーす!」
「…」
「…GACKTさん?」
「ん?…ああ喋るの?」
「んもう!黙ってちゃダメですよー!」
「あはは…」
「今日は、GACKTさんの嫌いな物を克服させる為に頑張ったんですよー!」
「僕の?」
「はい!それが、このひじきでーす!」
「…帰る」
「あー!!ダメですー!!!」
「いや別に食べられないんじゃないからさ…見た目が苦手なだけで」
「ちゃんと食べないとダメなんです!栄養満点なんですよー!」
「…勘弁してよ」
「…はい!出来上がりですー!ひじきのサラダですよー!」
「…」
「じゃあ…GACKTさん!一口どうぞ!」
「いらない」
「食べないと終わりませんよ!!はいアーンして!」
「…あーん」
「どうですか?美味しいですか?」
「…うん、ひじきだよね」
「…うっう~」
「…美味しいよ」
「うっうー!美味しい頂きましたー!」
「…」
「それでは皆さん!また来週も見て下さい!高槻やよいの、お料理!」
「………あ、僕?」
「はい!」
「…さしすし…せそ」
「ありがとうございましたー!!」
この世界に来て初めてのテレビ出演。
その翌日。
僕はいつも通りに事務所へ足を運んでいた。
そして扉を開けると、そこには。
「…GACKTさん?」
小鳥と律子が鬼のようなオーラを出して笑っていた。
目は笑ってないけれど。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないですよ!昨日のアレはなんなんですか!!完全に放送事故じゃないですか!!ほとんどやよいが喋ってたし!途中で立ったまま寝てるし!!料理の時は手伝わないし!!!最後には噛むし!!!!」
そう言われてもなあ。
「(ここじゃ)テレビに出るの初めてだし」
「まぁそうですけど…あれどう見ても2、30年テレビ出てる人くらいのふてぶてしさでしたよ」
「そう?」
「そうって…GACKTさん、結構テレビとかに出ても大丈夫だと思ってました…」
「やだよ。もう出ない」
「少なくとももう頼まれる事はないでしょうよ…見て下さいよこれ」
そう言って律子が差し出してきたのは、苦情の束。
あのグラサンはなんだ、やよいちゃんに失礼だ、かわいそうだといった内容だった。
…うーん。
やっぱりアイドルの世界ってよくわかんないや。
なにこのスレ
GACKTはテレビに出たらもっと愛想いいと思うけどな
あれで結構笑わせてくれる人だし
まあ、あくまでも現実のGACKTとは別物ではあるんだろうけど
ここまでやったなら最後までやってくれよっと
夏も終わり、少し涼しくなってきた初秋。
まさかゲームの世界で秋を迎える事になるとは。
いや、それはもう慣れたかな。
…ならば、今年の秋は何の秋にしようか。
ありきたりかもしれないけれど、今の僕には丁度良いのかもしれない。
スポーツの秋、なんてのも良いかもな。
「いいえあなた様、食欲の秋ですよ」
「お前はいつでもそうじゃないの?」
「ふふふ」
あ、誤魔化したな。
でも、確かにこの季節は美味しい物が多いからな。
「ええ。もう心が踊っております」
涎出てるもんな。
今日は音楽番組なんだから、気をつけてくれよ。
「はい、あなた様」
貴音に書いた曲は、かなりロック調でハード。
そのせいか、貴音のテレビでのキャラは「クールな女王」なんて事になっていた。
実際は食べたい盛りのただの女の子だ。
謎が多いのはまああるけれど。
そんなものは気にしなければいいだけだしな。
「それより今日は生放送だから。あんまり気を抜かないでくれよ」
今日貴音がゲスト出演するのは、今をときめく新人アイドル達の特集番組。
その中には勿論貴音と同じくして出てきた子達だっている。
言うなれば、これから競争していく者達と顔合わせをするんだ。
…かなり疲れそうだな。
それに、今日はもっと疲れそうな事がある。
それは、スタジオ入口で僕に向かって手を振ってくるそれだ。
アイドルの重鎮と言う割には美希みたいな振る舞いだ。
「や、こんな所でも会うんだねぇ!久しぶり~!」
玲音のマネージャーと貴音が僕と彼女の関係性を問いただしてきたのは言うまでもなかった。
玲音は今回、新人アイドルの先輩、コメンテーターとして参加していた。
「全く、困るよ。バカなんじゃないの?」
「だってぇ~…あれから全然店に来なかったしさ」
「あの、あなた様…本当にこの方とは何もないのですね?」
何も無いよ。
ただ同じ店でたまたま一緒になっただけだよ。
「一回目は偶然、二回目は必然、三回目は運命って…言わなかったっけ?」
「あなた様!!!?」
「ちょっと黙っててくれるかなぁ」
玲音のマネージャーは溜息をついていた。
普段からこういうのはよくあるのだと言う。
「彼女のわがままには慣れましたから…」
…お互い、大変だな。
しかし、貴音も中々だな。
今自分が言い合いしてるのは大御所の先輩トップアイドルだというのに。
いや、貴音の事だ。もしかしたらそんな事すら知らないかもしれない。
「…あ」
いや、知らない事はないか。
なんせ貴音に言ってしまったからなあ。
トップアイドルになる前にこいつを超えろって。
それじゃ尚更食ってかかるかな。
「…あの、そろそろ止めません?」
玲音のマネージャーがおそるおそる聞いてきたことでやっと我に返った。
生放送という事でスタッフ達も神経を使って作業していた。
貴音の他に参加する数名のアイドル達も、だ。
…そして貴音はというと。
「………」
無言で僕を睨みつけながら、弁当を二人前食べていた。
一つは僕のなんだけど、いらないと言うと無言で持っていったのだ。
目の前の人間を睨みつけながら弁当にかぶりつく。
何だかシュールな光景だ。
「…そろそろやめてくれないかなぁ。その目」
「ひへ、ふぁふぁふぁふぁ…」
「食べてからでいいよ」
「………いえ、あなた様。私はあの方と遊びに興じていた事に怒っているのではありません」
「妙な言い方するんじゃないよ」
「……何故私を連れていってくれなかったのですか!!」
「は?」
「食事に行っていたのでしょう?何故私を誘って下さらないのですか!」
…この子はやっぱりただの食いしん坊だな。
僕の女性関係に怒ってたんじゃなかったのか。
「……まぁ、それもありますが…」
「え?」
「何でもありません!!」
しかし貴音が怒るのを見るのは初めてだ。
それだけ僕に心を開いてくれているという事か。
嬉しい限りだな。
「…分かったよ。今度から出来る限り誘うから」
「約束ですよ」
どうやら機嫌も直ったみたいだし、ジュースでも買ってきてやるか。
そう思って狭い控え室を出る。
割と近い所に自動販売機があったのは少し嬉しい。
「…ん?」
ふと見ると、自動販売機の前で首をかしげる一人の女の子がいた。
その子の格好は、童話に出てきそうな、何というか魔女みたいな格好だった。
髪の色も貴音と同じ銀色。
それをツインテールにしている。
何やら困っていたようなので声をかけることにした。
「どうかした?」
「!?…ち、近づくな!近づけばこの右腕の封印を…!!」
「は?」
…何だかやばい子に声かけちゃったみたいだなあ。
「すいません…ウチの蘭子がご迷惑を…」
「何もされてないよ」
さっきのわけの分からない発言をしたこの女の子。
どうやらこの子も今日出演する新人アイドルの一人らしい。
中学生らしく、今丁度「そういう」時期なのだそうだ。
中二病と言わないのはあっちのプロデューサーの気遣いだろうか。
眼鏡の、まだ若い男の子だった。
これでもかというくらい腰が低く、何だか頼りなさそうだが、アイドルが好きでならない。
そんな印象を受けた。
「…あ!名刺を渡すのを忘れていました!申し訳ありません…こういうものです」
「ん…シージープロ…」
「あ、それ実はシンデレラガールズって読むんです」
シンデレラガールズ、か。
良い名前だと思う。
「…ん?」
…シンデレラガールズ…?
何だか、聞き覚えがある。
…分からない。
それに、この蘭子とやらにも何か見覚えがある、ような…いやある。
「あ、あの、どうかしましたか?」
考え込んでいると、彼が心配そうに覗いてきた。
「いや…なんでもないよ」
春香以来の例の既視感だった。
…いけないな。貴音を待たしてる。
とりあえず足早に戻ることにした。
「あなた様、少し長かったようですが…」
「ああ、他のプロダクションの子達と話してたんだ」
「またですか!」
鼻息を荒くして貴音が食ってかかる。
おいおい、そんなキャラじゃなかっただろうに…。
…でも、僕は今日、確信した事がある。
この世界は、何かおかしい。
「…いや、最初っからか。あはは…」
「笑い事ではありませんよ!」
今はとりあえず貴音との会話を楽しむとしよう。
「今日仕事終わったら何処でも連れてってやるから…」
「…約束ですよ!!」
http://www.youtube.com/watch?v=g55PhfqegcU
ここに来てバネP…だと
「ハニー!早く早く!」
忙しいのは良い事。
そう思えるのは大人になってからだろうな、と常々思うようになった。
まだ自分で自分の給料も管理出来ないんだ。
そりゃいくら稼いでるかも分からずに働いてるんじゃあ、働く事に対しての喜びは半減だよな。
いやらしい話だけどさ。
まあ彼女らにとってお金なんてあまり関係無いのかもしれないけど。
…一人を除いて。
「…くちゅん!」
「姉ちゃん、風邪?なら今日は俺が皆の世話するぜ!」
「うん、ありがとう!長介!」
美希に久しぶりのまとまった休日が出来た。
いくらアイドルの仕事が好きでも、年頃の女の子だ。
たまにはリフレッシュしなきゃな。身体も心も。
「何でそれ私に言うんです?」
小鳥がジト目で僕を見る。
あはは。別に小鳥を哀れんだわけじゃないよ。
「いいです。もうきっと私はこのまま疲れ果てて最終的に皺だらけのお婆ちゃんになっちゃうんです」
「…その隣に、僕がいたら?」
「…え、え?ええええええええええええ!!!?」
うるさいなぁ。十分元気じゃないか。
「だ、だってGACKTさんが…!」
「ほんと、初々しいよねぇ」
「う、うぅぅっ…」
小鳥をからかうのは正直面白いな。
僕にとってはこれがリフレッシュだよ。
「GACKTさんってドSですよね…」
今更言うなよ。
こんな感じでじゃれていると、入口の扉が勢いよく開いた。
鍵は開いているのだから、ゆっくり入ればいいものを。
そうして入ってきたのは。
「…ハニー!小鳥とウワキだなんて許さないのー!!」
今日から休みのはずの美希だった。
まあそれから、この子に付き合わされて今に至る、というわけだ。
「僕は休みじゃないんだけどなあ」
「小鳥と一緒にいさせたら危険なの。だから避難なの!」
小鳥はそんな危険人物じゃないよ。
「分からないの。ああ見えて小鳥はハニーと歳がむぐぐぐ」
「滅多な事言うもんじゃないよ」
何処かで小鳥が聞いてたらえらい事になる。
ああいう子は怒らせたら後が面倒になるんだよ。
「…ぷはっ」
美希の口から手を放すと、にやりと笑う。
弱みを握ったとでも?
…というより、今この状況やばいんじゃないか?
だって星井 美希だぞ?
知名度もそれなりにある。
そんなのとこうして二人で歩いてるってかなりやばいんじゃないのか?
「大丈夫なの!愛の力で何とかなるの!」
…この子は、僕には攻略出来そうにないや。
YOUがいたら変わってもらうのになあ。
いっその事律子を呼んで押し付けようか。
いやあの子は今日は他のアイドルについているか。
小鳥は事務所だし、暇なのは…。
「社長は…ダメだよな」
社長は色んな意味で危ないよなあ。
一歩間違えれば完全に枕営業にしか見えない。
…じゃあ、僕がいくしかないのかなあ。
隣でマシンガントークを繰り広げている美希を尻目に僕はこの子にまとまった休日を与えた事に激しく後悔することになった。
美希は765プロのアイドルの中でも一番今時の女の子らしい子だ。
そして今や若い女の子のファッションは美希から始まっていると言っても過言ではない立ち位置になったと思う。
実際美希が着ている服と同じ服が売り切れだなんてのは珍しくないのだ。
プロデューサーとしては嬉しい限りだけど、それ個性を大事にしている今の風潮とは完全に真逆じゃあないか?
何だかコピーロボットみたいじゃないか。
「あ、ハニー!アイス屋さんがあるよ!行こ!」
店の名前を言わずにアイス屋さんか。まだまだ子供っぽい証拠だな。
…しかし、何種類もあると選ぶのが面倒だ。
こういうのって、結局迷いに迷って王道選んじゃうんだよな。
美希はもう選んだみたいだし、僕は神様の言う通りにしておくか。
「ハニー、もういらないの?」
「うん。後僕は暫く神様の事を嫌いになるよ」
…大納言小豆は僕にとっては味覚障害を起こしかねないな。
甘すぎてて、胸焼けしてしまいそうだ。
上一つ食べてもう飽きてしまった。
「じゃあ美希が食べるの!…」
「…どしたの?」
「むー!ハニー!ここはあーん、でしょ!」
…ああ。そうだね。あーんだね。
まだ事務所から出てきてそう経っていないのに、もう疲れてきたぞ。
とりあえず美希には早く食べてもらうとしよう。
「は、ハニー、何だか段々スプーンに乗っける量が多くなってきてるの…」
「胸焼けがするの…」
お前が食べるって言ったんじゃないか。
「ハニーが選んだのに?」
「悪いのは神様だよ」
選んだのは僕じゃないんだ。
だから僕は悪くない。
…駄目?あはは。
まあそんな事はいいかな。
それよりも今考えている事がある。
確実に、だ。
確実に周囲の人達が気付き始めている。
勿論、美希にだ。
中には携帯電話を取り出そうとしている者もいる。
悪気が無い分パパラッチよりタチが悪い。
…参ったなあ。
「美希、とりあえず事務所に戻るよ」
「えー!!?もっとハニーといたいの!」
…一番タチが悪いのは、この子だな。
少しだけ強引に手を引っ張って連れていく事にした。
「結局2時間しか外にいられなかったの…」
お前一人なら何時間でも良かったんだよ。
と言ってもこの子には通じないか。
「まあそれだけ人気になったって事だよ。嬉しい事じゃないか」
「…でも、最近ハニーと会えないの…」
「まあ、忙しいからね。でも電話ならいつもしてるだろ?」
「会って話したいの!」
これじゃあなあ…。
小鳥と僕は苦笑いするしかなかった。
「むー…ミキは真剣なんだよ!」
分かってるよ。
「…でもな、美希」
「?」
「美希のそれはさ、はしかみたいなものなんだよ」
「…?」
はしか。
若い頃に年上に憧れる事なんてよくある話だ。
僕もそうだった。
「いつか、お前にも本当に好きな人が出来ると思う」
「…」
「もっと色んな人に会って、話して、接して。そうしたら今のその気持ちも段々薄れていくよ」
「…~!!」
美希が髪の毛をガシガシと掻いている。
こらこら、傷むよ。
「違うもん!!そんなんじゃないもん!!」
「美希?」
「ミキは、今、ここにいるハニーが好きなんだもん!!そこの人達なんてカンケーないもん!!」
口調が変わってるよ。
…若いって、いいなぁ。
僕も後先考えてなかったもんなあ、これくらいの頃は。
「何で笑うのー!!!」
「あはは。ごめんよ。…でも安心したよ」
「?」
「美希は美希のままでいてくれたからさ…ありがとな」
「?…よく分かんないけど、えへへ…」
若い頃は、もっと楽しむべきだと思う。
若いうちの失敗は、すぐに取り返せるからな。
ましてや、765にいるアイドル達はまだ子供だ。
まだ人生
まだ人生の道もはっきりしてないだろうし。
だからその道標を作らなければならない。
その手助けをするのは、僕ら大人達だ。
少しでいい。
ほんの少し、手を引っ張るくらいでいいんだ。
そうすれば、いつか自分で歩き出す日が来る。
勿論、美希も。
「僕の仕事は、お前達をトップアイドルにすること。…それと、最高の女にすること、だ」
そしていつかお前達が自分の足で歩き出したら、僕らは後ろから応援するだけだ。
「…何か、上手く丸め込まれてるカンジ…」
あはは。
子供にはまだまだ分からないよ。
それから少しして美希を半ば無理矢理家に帰らせ、僕達は休憩する事にした。
休憩と言っても、決まった時間があるわけではない。
各々の裁量で決めてくれということだ。
ということなのに僕はよく律子に怒られるんだ。何でかな?
「それは、多分一回休憩に入ったら30分は戻ってこないからじゃあないでしょうか?」
「えー」
「常識の範囲で決めてくれってことですよ…美希ちゃんの事言えませんよ?」
僕にとってそれは褒め言葉だって。
「…まあそれより、今日美希ちゃんと出かけちゃったから、その分の仕事もありますよ?」
「…え?やってくれたんじゃないの?」
「ええやりましたよ。…で、今こうなってるんですよ」
椅子にどかっと座り、またガチャかちょキーボードを叩き出す小鳥。
…迷惑かけたなぁ。
「いつもの事ですよーだ」
いけないな。拗ねちゃった。
しょうがないなあ。
「小鳥、今日は晩、空いてるか?」
「勿論です!」
ドヤ顔で僕を見る小鳥。
飯くらい奢れよって顔してるよ、もう。
分かった分かった。
今度は、小鳥とデートだな。
…でも。
「…美希とは違って、手を出していいんだもんな」
「ピヨオオオオオオオオオオ!!!!!」
http://www.youtube.com/watch?v=U7Sj1LEtA7A
「ハーイ!今日も元気にアイドル頑張ります!伊織ちゃんでーす☆」
季節も冬に近づき、少し肌寒くなってきた。
765プロで冬が似合うアイドルは誰か?と聞かれれば大概は貴音を推すだろう。
だけど実際貴音と過ごしてみると、冬よりも秋の方が彼女らしいという事を何となく思った。
嬉しそうに秋の味覚を堪能する貴音を見ると、そんな感じがしたのだ。
じゃあ誰?と聞かれると。
僕はこの子を推す。
「CM入りまーす!水瀬さんまた20分後出番です!」
「はーい!………………ねえちょっと?」
「ん?」
「ん?じゃないわよ!何でこんな寒い所でロケしなきゃいけないわけ!?」
「いいじゃないか。それに今日は北海道グルメ巡りだぞ?」
「それこそ貴音にやらせなさいよ!普段室内にいる分余計寒いわ…」
伊織がカタカタ震えている。
でも、やっぱり僕は伊織には冬が似合うと思うんだ。
「な、なんで…?」
「………」
「……え、え?」
「………デコ、寒くない?」
「それ聞きたかっただけじゃないの!!!!」
「もう、こうなったら美味しい物いっぱい食べてやるんだから!」
「あはは。そうだな。僕もお前と久しぶりに二人っきりになれるしな」
「…本当は喜ぶ所なんだろうけど、アンタに言われると怪しさ100%よ」
小鳥だったら飛び上がるんだけどな。
流石にもう慣れちゃったか。
「ま、まあ別に嫌じゃない、けどね…」
「そっか…ドMなんだな」
「やっぱ嫌がらせ目的じゃないの!期待した私がバカみたいじゃない!」
「期待?」
「!?…う、うるさい!変態!」
男はみんな変態だよ。
僕は飛び抜けてるけどね。
「うう…律子が良かったわよ…」
全く、素直じゃないんだから。
でも、伊織とこうして仕事が出来るのが嬉しいってのは本当。
もう少しでアイドルを諦めるって所からここまで巻き返したんだからな。
プロデューサーとして、嬉しい限りだ。
「ほら、あったかい紅茶あるから」
「ん…ありがと」
でも、それを言葉にする気は無い。
恐らく、この子が一番分かってくれてると思うから。
「アンタって、結構レディの扱い慣れてるわよね」
「そんなこと無いよ。今でも女の子は苦手だ」
「意外ね。普段の言動からそんな感じしたもの」
「伊織こそ、男心をくすぐる術を知ってるんじゃないのか?」
「別に、そんな事ないわよ」
「謙遜しなくてもいいのに」
「アンタこそ」
「…」
「…」
「ねぇ、早くカニ剥いてよ」
「アンタがやりなさいよ!!」
北海道には美味しい物が多い。
特に蟹。
グルメな僕にはたまらない。
伊織の仕事が終わった後、宿泊先の旅館で蟹料理が出てきた。
見ただけでヨダレが出てきそうだ。
…けれど一つ問題点がある。
僕は、カニを剥くのが嫌いだ。
嫌い、というより面倒。
いつもは剥かれたやつが出てきたからなあ。
「アンタも十分温室育ちなんじゃないの?」
「僕?親は凄く厳しかったよ。週5で父親とスパーリングしてたし、15歳までに楽器全部覚えさせられたし…」
「へえ……ね、アンタの昔ってどんなんだったの?聞かせてよ」
「僕の昔?…いいけど、カニは任せるよ」
「分かったから早く話しなさいよ!!」
それから僕は、向こうの世界の事を少しだけ話した。
生まれた時から、学生の時、バンド時代。
伊織は黙って聞き続けていた。
「…こうして、今の僕があるんだ。色んな苦労があって、挫折もして。でも、その度に仲間が僕を助けてくれたんだ」
「…そう。結構大変な人生送ってきたのね」
「これから伊織達にも、色んな苦難が待っていると思うよ。だけど、大丈夫だ」
「?」
「お前達には、助け合える仲間がたくさんいる。…もちろん、僕も」
「…うん!」
あはは。いい笑顔じゃないか。
それがカメラに出せればいいのにな。
「ちゃんとやってるわよ。こうでしょ☆」
うわ、薄っぺらい笑顔。
「余計なお世話よ!」
「…私、どうなのかしら」
「ん?」
「自分で言うのも何だけど、私、家がお金持ちで、ずっと温室育ちだったわ。甘やかされて、欲しい物は何でも買ってもらえて」
「うん。そうだったみたいだね」
「ちょっとは否定しなさいよ…まあ、いいわ。でも、いざそういった苦難が来たとして、私は立ち向かえるのかなって…」
今までが今までだったから、か。
「…伊織は、伊織の親が始めから金持ちだったと思うか?」
「?…あんまり考えた事なかったわね、そういう事は」
「お前の親御さんは、今の楽をする為に若い頃相当苦労したと思うんだ。勉強でも、仕事でも。例えお金持ちの環境にあったとしても、仕事が駄目ならすぐに無くなってしまうし」
「…そうね。でも、私にも同じ事が出来るのかしら」
「出来るよ。じゃなかったら今伊織はここにいない」
「!」
「お前がここまで来たのは、親御さんや、僕達の力だけだと思っているのか?」
「…」
「違うんだよ。お前が、お前自身の力を信じたからここまで来れたんだ。僕らはその後押しをしただけだ」
「私が、私を?」
「そうだ。自分の力を信じる事で、それが自信に繋がるんだよ。…だからこそ、僕はお前を応援したんだ」
伊織は罰が悪そうに顔を背ける。
恥ずかしさからか、はたまた別の事かは知らないけど。
「でも、それでももしお前が苦難に耐えられなかった時は、周りを見ればいいよ」
「え?」
「もし今の伊織にお金とか、アイドルとかが無くなったとして、だよ」
「…それじゃ、何も無いじゃない…」
「あるよ。目の前に」
「……!!!」
「まだ、仲間がいるじゃないか。そばで笑ってくれる仲間が」
「…」
あはは。顔隠しちゃった。
「…ま、ここまでにしておくよ。ご馳走様」
「!?…あ、アンタ全部食べたわね!!!?私がせっかく剥いてやったってのに!!」
「泣くか怒るかどっちかにしてよ」
「う、うるさいバカ!!バカ!!」
ロケでたくさん食べたからいいじゃないか。
僕はこれだけなんだぞ?
「仕事終わって何時間経ってると思ってんのよ…」
しょうがないなあ。
「じゃ、今からデートしようか」
「デッ…!こ、このロリコン変態!!」
変態は良いけど、ロリコンは嫌だなあ。
「…良いムードだと思ったのに…すぐこれなんだから」
あはは。これが僕だから。
「でも、退屈はしないでしょうね。…これからも、隣で見てなさいよ?」
「いいよ。その代わり、僕の隣でってのはベッドでのことだけど」
「もおおおおお何なのよおおおおおおおおお!!!!!」
http://www.youtube.com/watch?v=qV7-FJvj_T0
「ん~…まだ表情が硬いかな…」
「こ、こうですか…?」
「それ口元だけじゃんか」
千早の新曲PVの撮影。
今度の曲では明るく、楽しげな雰囲気のあるPVにしたい。
しかし千早は自然に出てくる事はあれど、笑顔を作る事に関してはどうやら苦手なようだ。
当初は撮影する事にも渋っていたが、歌う事にはこういった表現力も必要なのだという事を説明したら、態度をくるっと変えて引き受けてくれた。
「でも、これじゃあなあ…」
今、僕の目の前には引きつった笑顔を見せる千早がいた。
「申し訳ありません…こういった事、慣れてなくて…」
「いいよ。これから慣れていけばいいから」
出来るとは思ってなかったし。
「笑う、という事はどういう事かというのは分かるんです。…でも、それをどう表現していいのか分からなくて」
「…そういうのって、考えてる内はダメだと思うんだけどね」
…この子、ちょっとだけ僕に似てるよな。
こういう不器用な所とか、さ。
「…アイドルを歌の為のステップにするなんて言って、恥ずかしいです」
「まあ、そうだろうね。…だけど乗り越えられない壁じゃない、だろ?」
「…はい!」
あはは。
この努力家な所も、そっくりだ。
「……笑顔、ですか?」
「うん。お前なら出来そうだからさ」
「むー…何だかズルい女みたいに思ってませんか?」
何処かのモーニングおっさんじゃないんだから。
でも春香のアイドルとしての実力は僕はかなり評価している。
その中でも表現力なら765の中でも随一と言っていいだろう。
「でもGACKTさんはやらないんですか?」
「僕?勿論やったよ、ほら☆」
「…あー…確かに悪どい感じします…」
「悪どいってなんだよ」
めちゃくちゃラブリーじゃないか。
「でも笑顔って、楽しかった事とかを思い出してやるってよく言われませんか?」
「そうなんだけどさ、千早は自分の笑顔をどうしても客観的に見ちゃう癖があるみたいなんだ」
「客観的、ですか…」
楽しかった事を思い出して笑う、という方法は確かにやりやすいとは思う。
だけど、千早のように自分の笑顔を自分の物と思えない、他人の物のように見てしまう人間にとっては分からない事この上ないのかもしれない。
「…くすぐるとか?」
「それ、セクハラですよ…」
「でもなあ…僕にも春香と同じような事しか思いつかなくてさ」
「…ちなみにGACKTさん、さっきの笑顔、何を思い出してました?」
「ん?…お前の転んだ所、かな…」
「やっぱり悪どいじゃないですか!」
「…こ、こう?…違うわね、もっと、自然に…」
「ちーはーやーちゃん♪」
「?どうしたの春香」
「へへ☆」
「……GACKTさんに何か言われたのね」
「えへへ…何だかほっとけなくて」
「…ありがとう。でも大丈夫よ」
「…千早ちゃん、笑いっこしよ!笑いっこ!」
「いいわよ」
「「せーのっ」」
「……」
「……」
…………それ、苦虫を噛み潰した顔だよね。
それにしても、千早ちゃんの笑顔、かあ。
でも千早ちゃんってよく笑ってる気がするけど…。
「千早姉ちゃん!見て見てー!!」
「…!ちょ、ちょっと亜美!…ふふふ」
…純粋すぎるからこそ、かあ。
私、千早ちゃんの事分かってたようで分かってなかったのかな…。
前は、どうしてたんだろう。
何も知らなかった私なら、どうしてたんだろう…。
…何もかも知ってるって、これ程辛い事なんだなあ。
…でも、GACKTさんがいる。
また、戻ってきてくれたから。それだけで十分。
「……!!」
「まずは、野原でこう寝転びながら…」
「はい」
「そうそう、そんな感じ。…で、本当はここで笑うんだけどさ…」
「え、えへへ…」
「難しいかなあ…」
「GACKTさん!少し千早ちゃんお借りしていいですか!!?」
「え?」
「え?」
「じゃ、少しお借りしますね!」
「ちょ、は、春香?」
……。
何か、思いついたんだろうな。
「…でも、僕はどうしてればいいの?」
「ね、ねえ春香?どうしたの、こんないきなり…」
「え、ええっと…その、笑顔を掴むコツ、というか…」
「?…そ、それで?」
「そ、それはね…」
「…」
「恋をする事!」
「…え?」
「恋すれば、女は変わるって言うじゃない!」
「え、ええそ、そうね…」
「だから千早ちゃんも、恋すれば変わるよ!きっと!」
「……春香、顔真っ赤よ?」
「分かってるよ!!」
「…でも、ありがとう。気持ちは伝わったから」
「う、うん!だから…」
「でも、恋って言われても…」
……そうだよね。
「あまり男性の知り合いもいないし、GACKTさんはあくまで憧れだし、正直分からないのよ」
「…そ、そうなんだ…」
「…」
気になってついてきたけど、まあそんなとこだよな。
千早もまだ16。
恋だの愛だのはまだ分からないだろう。
だけど、それはあくまで一般論だ。
千早はアイドルで、歌手。
歌手というのは歌っていればいいものじゃない。
歌って、感動させてナンボだ。
それには、いかに歌に感情を乗せるかが大事だ。
その歌詞の意味も分からずに歌っていては、何の意味もない。
…アイドルに恋愛禁止なんてさせるもんじゃないな。
「千早、僕も春香に賛成かな」
「…GACKTさん」
「恋の意味も知らずに恋愛の歌を歌っても説得力が無いだろ?」
「…はい」
「笑顔も同じだ。単純な事だけどさ。でも「歌」っていうのはただ歌うだけじゃダメなんだよ」
…前にも言った気がするけどね。
「…でも私、経験も無いし、どうすればいいんでしょうか…」
どうしようか。
流石に関係を持つのは後が怖いしな。
「じゃあ、メールとか、どうでしょう?」
「メール?」
「うん!千早ちゃん、結構メール好きじゃない!」
へえ。
初めて知った。
「そ、そうかしら…あんまり考えた事無かったから…」
「でも千早ちゃん、お休み前とかすっごいメールするんですよ?ほら!」
見せるんじゃないよ。
千早が恥ずかしそうじゃないか。
…あれ?
「……え、僕がやるの?」
「そうですよ!GACKTさんで恋の練習ですよ!練習!」
「練習って…」
またしても僕を踏み台にするつもりか。
…全く、プロデューサーってのは辛いよ。
「え、ええと…で、では、よろしくお願いします!」
「…うん」
千早、まだガラケーなんだなあ。
それも結構昔の。
結局その日は千早にスマートフォンというのを説明して終わってしまった。
アドレスを初期設定のままの千早には訳が分からなかったようだが。
家に帰って、お風呂から上がった時に携帯が鳴り、恐らく千早からだろうメールを見てみた。
『夜分遅くに申し訳ありません。
千早です。
本日も沢山のご指導ありがとうございました。
これからもご鞭撻の程をよろしくお願いします。』
「……」
『分かったよ。
これからも気愛入れて頑張っていこうぜ』
「……もう返信来た」
『分かりました。
GACKTさんにとっては気合いではなく気愛なんですね。
もし宜しければどういった意味なのか教えて頂けませんか?』
「………」
千早とのメールが終わったのは、3時間後だった。
「…あれから一週間経ちましたけど、千早ちゃん、毎日楽しそうですね!」
「そうだね」
「それに段々表情も柔らかくなってるじゃないですか!」
「そうだね」
「これなら新曲PVも大丈夫ですよね!」
「そうだね」
「……ちなみにGACKTさん、昨日は何時間くらいメールしてました?」
「5時間」
「…寝不足なら、少し仮眠した方がいいですよ」
…そうするよ。
http://www.youtube.com/watch?v=bJAqxtJyIM0
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