男「超能力を手に入れた」 (19)

ああすれば良かった
こうすれば良かった

人間誰しもこう思った事はないだろうか?

テストの後、試合の後、デートの後、仕事の後……etc
状況は人や年齢によって様々だが、共通するのは後悔の念だ。

儚いとすら言えない叶うはずもない希望。
そうと分かっていても抱かずにはいられない願い。

しかし、もしも手に入れたとして幸せになれるだろうか。

少なくとも、僕はなれなかった。

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一週間前


この日は夏休み前の期末テストの返却日だった。
例年通りに緊張した雰囲気の教室に僕はうんざりしていた。

親に勧められて始めた中学受験で入ることが出来た私立中学校。
しかし、そこでの僕の成績はお世辞にはいい物とはいえなかった。

中学二年生まではそれをネタに友人と冗談を言い合う事が出来た。
しかし、中学三年生になった途端、まるで時代が変わったかのように
お遊び中心だったクラスの雰囲気が高校受験へと向いてしまったのだ。

話題はアニメやゲームから勉強やどの高校に受験するかに変わり
その話題になると僕はいつも喋れなくなってしまった。

話したくないのではない、話すことができないのだ。
勉強なんてやってないし、入る高校も決まっていない。

学校自体は楽しいのだが、何か漠然とした不安を抱えてしまう。
その度にアニメを見てゲームをして打ち消して寝る日々の繰り返し。

もしも、あの時もっと前から勉強していたら、と常に思う。
そんな自分にうんざりしながらも、改める気は起らなかった。



と、そんなことを考えている内に返ってきたテストは予想通り悪かった。
テスト直前はさすがに勉強したのだが、それもたった一日の慣れない徹夜。
そんな付け焼刃が叶うはずもなく、苦手な数学にいたっては赤点だった。
幸い赤点はその数学だけだったが僕には平均を上回る教科が一つもなかった。


「お前の点数いくつだった?」


と、点数を見ていると横から一人の友人が覗き込んできた。
聞きながらも覗いている辺り許可を得る気はゼロのようだ。


「全部四〇点代で数学に至っては赤点だよ」

「良いじゃん、俺なんて国語以外赤点だよ」

「マジかよ、やばいなお前」


それを聞いて、その日初めて僕の顔に笑みが浮かんだ。
何だ、悪いと思ってたけど僕なんてまだまだいい方じゃないか。
そんな風に心の底から安心しながら僕は明るい気持ちになれた。



家に帰ると、案の定親にめちゃくちゃ怒られた。
何のために高い学費を払っていると思っている、と怒鳴られた。

それはこっちが知りたい、何のために受験させたのか。
小学生の時、友達と遊びたいのも我慢して一生懸命勉強した。
受かった時、これで終わりだと思ったのに何でまだやらなきゃいけないんだ。

そして、その日僕は強い憤りを抱えながら眠りについた。




気づけば、白よりも白い部屋に立っていた。
いや、部屋と表現していいのかでさえわからなかった。

見渡すばかり白く、また下を見ても上を見ても白かった。
必然的に自分は浮いてるはずなのだが、その感覚さえなかった。

そんな風に混乱していると奥から一人は老人が歩いてきた。

髪は景色のように白く、顔はシミやシワで埋め尽くされているのだが
何故かかっこ悪いと思えず、不思議と立派にさえ見えてしまう。


「あなたは?」

「神」


なに言ってんだこいつ、と思ったが何故か納得してしまった。
まあ、神だからと適当に考えていたら神と名乗る男は口を開いた。


「単刀直入に言おう、超能力というものが欲しくないかね?」

「はあ……」

「信じてないな、まあ無理もない。まあ騙されたと思って答え
 明日の朝、本当かどうかを己の目でしかと確かめるが良い」

「何故、僕なんかに? あなたに何の得が?」

「面白そうだから、ついでに主にとって得ばかりという訳ではない。
 能力を使うたびに、寿命が一年削れるという重い対価が存在する」


何だそれはバカバカしい、と思ったが僕はふと考えた。
もしも、あの時勉強していたら……


「本当に何でもいいの?」

「もちろん、でも対価は常に同じだぞ」

「じゃ、じゃあ……」


過去をやり直せる能力がほしい、と言おうとして僕は口を噤んだ。
何でもいいのなら、もっと良い能力があるじゃないか。


「過去をやり直した事にする能力が欲しい!」


過去に戻ったところで勉強する気は起らないだろう。
しかし、やり直した事にすれば何もしなくて済む。

自分は何もしなくていいんだ。


「ふふ、面白い奴だ。いいだろう、その願いかなえてやる」


老人がそう言うと、白い空間は黒く染まり僕の意識も闇に呑まれた。



六日前


朝のまどろみに包まれながら僕はぼんやりと目を覚ました。
不思議な夢だったなぁ、と思いながら再び目を閉じ強く願った。


(僕が試験前に一生懸命勉強した事になりますように!)


なんてね、とつい笑みをこぼしながら朝食へと向かう。
そこで僕は思い出した、夕べ怒られたばっかだった、と。



僕は驚いた、何故なら母親が昨日とは打って変わって上機嫌だったからだ。
そして、朝食を慌てて食べ終え机の上に並んだテストを引っ張り出した。


「……本物だ」


そこにあったのは、平均点を遥かに上回った点数の数々。
書きおぼえのない自分の字に見覚えのない赤い丸。

瞬間、僕は立ち眩みさえするほど歓喜した。
これで僕は一生楽をして成果を得られる、と

今思えば直すのは性格のほうだったかもしれない。



五日前


「よし、それじゃここ答えてみろ」


自分の名前と共に言われたそのセリフに僕はめまいがした。

うちの学校の数学教師は生徒に対して非常に厳しい事に有名で
一度指名したら答えられるまで、文句を言いながらずっと待ち
一〇分立つと一通り怒鳴った後、個人用の課題を出す程だ。

今日の日付が自分の出席番号をすっかり忘れていった。
そう溜息をつきかけたところで、僕は自分の能力を思い出した。


(僕がちゃんと予習してきた事になりますように!)


目を閉じてそう願った後、指定された問題を見る。
すると、見たことがない問題にも拘わらず解法が頭に浮かんできた。


「おお、今回はやってきたのか。偉いじゃないか」


労を労う言葉に心地よい幸福感を感じながら僕は席につく。
この日の授業は全てこの能力で無事にのりきった。



四日前


「今日の日直、お前だからな」


朝のホームルームで担任教師はそう言い、僕に日誌を渡してきた。
時間割と六行にも渡るコメントを書くという非常に面倒なものだ。

書きたくないが生徒の義務であり終わらなければ帰れないのだから仕方ない。
しょうがない、適当に書くか。そう思ったところで僕はひらめいた。


(日誌を書いたことになりますように!)


目を閉じ、そう願いあけると日誌にはコメントがびっしりと書かれていた。
あくまでも自分だから内容はひどく適当だがそんなもの構うものか。
どうやら、僕の能力は過去だけでなく未来にさえ適用されるようだ。

そうして、その日だけで僕は面倒だと思うことがどんどん増えていった。


三日前


朝食を取り終えて制服に着替えて学校に行くべきなのだが
どうにも制服に着替えるのが面倒でたまらない。

こういう時どうするべきか、僕は心得ている。


(着替えをやった事にしますように!)


目を開け鏡を見ると制服をきっちりときた自分がいた。
今頃、ほかの奴らは制服に着替えるのに苦労しているんだろうな、と
謎の優越感を抱きながら僕は学校へと赴いた。

この時の僕には、もうそれしか楽しみがなかった。




二日前


朝、学校に着くと教室に入り席に座る。
毎日のように交わしていた友人との会話も今はない。
面倒くさくなったので、”済ませて”しまったのだ。


(あーだるい、学校が終わりますように)


目を開けると、学校の外には夕焼けが広がっていた。
それを僕は無機質な目で見つめ、帰路へとついた。


昨日


朝、朝のまどろみに包まれながら目を覚ます。

今日も新しい一日が始まる。

それだけで僕はどんよりとため息をついた。


(今日一日を過ごしたことにしますように)


そして、ゆっくりと目を閉じた。


今日


目を覚ますと、そこは一週間前に夢でみた白い空間だった。
隣には神と名乗る老人が困ったような笑いを浮かべていた。


「もう対価を使い果たすとは、お主も弱い人間のようだな。
 私は少し準備があるから、その間これでも見てなされ」


そう言われるや否や老人の姿は消えスクリーンが映し出された。
それはテスト返却の日に話した友人のその後の人生だった。

まるでドキュメンタリーのように編集された映像。
次々と流れる映像に僕はいつの間に釘付けになった。

彼は中三の夏休みから受験勉強を始めそこそこの高校に合格。
そして、そこから勉強を積み重ね大学へと進学していた。

心の底から楽しそうな彼の顔に、僕はいつの間に涙を流していた。

ここにきて、ようやく気付いたのだ。
過去をやり直す必要などなかったのだと。

重要なのは、過去と向き合うことだったのだ。
そして、変えるべきだったのは過去ではなく自分だ。

過去と向き合って今を笑う彼。
過去を変えて今を泣く僕。

どちらが正しいかなど幼い子供にでもわかる。

もし、やり直せるなら……能力を得る前に戻りたい!
必死に目を閉じ、目を開けるとスクリーンに穴が開いた。


やった! と僕は歓喜しながら穴に飛び込もうとするが
穴の中を見た瞬間、顔をひきつらせてしまった。

そこには水が流れていた、まるで川のように


「まさか……」

「そう、三途の川だよ」


その言葉に感情が爆発した僕は髪を掻き毟りながら絶叫した。
それを合図をするかのように穴からダムが決壊したかのように水を噴出し
あふれた水に僕の体は飲み込みれ遥か彼方へと流されていった。

―――
――



今日、謎の突然死に見舞われてしまった友人の葬式に行ってきた。

あいつは俺とは違って中三になってから勉強が出来るようになったのだが
この一週間、何かに追い詰められていくような顔をしていた。

話しかけてみたのだが、会話は不気味なほど普段通りでつい見過ごしてしまった。
何が彼をそんなに追いつめてしまったのか、俺には到底理解できない。

あのまま生きていれば、あいつは色んなことができただろう。
そう考えると、何も考えずに生きてきた自分に腹が立ってきた。

よし、俺はあいつの分まで今日から真面目に生きよう。
今はいないあいつの顔を浮かべながら俺はそう誓った。

以上です、お目汚し失礼しました

唐突に思いついたので書いてみました
それでは、またどこかで

面白かった

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