あの日までボクは、普通だった (40)

「……はぁっ……はぁっ……」

キミの首筋に手を当て、力を込める
汗ばんだキミの手が、僕の顔へと伸びて

「……ふっ、ぅ……」

キミが僕へ、笑みを向けた
そこでふっと力が抜け、僕はその場にへたり込んだ

「……」

キミは無言のままで、僕の方へと歩み寄ると
そっと僕を抱きしめた

……温かい

「……うん、温かいね」

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僕は昔から、よく顔に出ると言われていた
喜びや悲しみ、嫌悪まで分かりやすいらしく
トランプゲームで勝てた試しはない

……はぁ

今日も、頼まれ事が面倒だと思ったのが顔に出ていたらしく
相手に大分不快感を与えてしまったようだ
出しているつもりはないのに、出ているだとか
そんなこと言われても、僕には分からない

……にー

ガラスに映る自分の顔を、笑わせてみる
別に常にこんな顔でいろってことじゃないのは分かってる、分かっているのだけれど

……?

視線を感じて、振り返ると
同じクラスの……名前は忘れた
とりあえず女子が、こっちを見ていた

「……」

目の下の隈が目立つその子は、僕を一瞥すると去って行った
何か言いたいことがあったのだろうか?
まさか、また話しかけづらい顔をしていたのか……と
僕は表情をむにむにしてみる
頑張って普通にならないと、と思う

……はぁ

僕が悪い、僕が悪いのだ
こんな顔しか出来ない、僕が
頭の上から出かかった感情を、何とか飲み込み
自分の頭をガシガシと掻くことで何とか発散する

……?

また、視線を感じた
うっすらと笑みを浮かべ、こちらを見つめる視線
僕に何か用なら、話しかけてくればいいのに
今日もそのまま、立ち去ろうとする

……ま、待って!

その子の背中を追って行くうちに
だんだんと人気のない校舎の裏の方へと進み
気付けば日差しも陰る位置まで来てしまっていた

……っ

暗がりで光るその子の瞳が、僕の瞳と重なる
どこまでも吸い込まれていきそうな、真っ黒い瞳

「……何か用?」

小さな声で聞き取り辛かったが、その子は確かにこちらを向いて声を発した
何か用、って……それはこちらの台詞なのだが

「……」

無言のまま、立ち去ろうとするその子
僕は咄嗟に出した腕で、それを阻む
自分でもびっくりするほどに俊敏で、無意識のうちの行動

……あ、あの、その……

行ってほしくない、行ってほしくない一心で

「……っう」

僕はその子の首元へと、手を伸ばした

続く

期待

屋上さんの人?

どこがだよ

自分の腕に、自分のものとは思えぬ力が加わり
目の前の対象を逃がさないように、ギリギリと締め上げる

「がっ……ふ」

対象がもう一度、声を漏らしたところで、体が僕の意識下へと舞い戻る

……っ!!

すぐに手を離し、女の子を突き放す
元々貧弱そうな体が、どさりと地面に横たわった

はぁ……はぁ……

まるで僕の方が首を絞められていたかのように、息が荒くなる
なんてことをしてしまったのだろうか
感情的になりやすい自覚はあったが、まさかここまでの事をする人間だとは自分でも思っていなかった
じっとりとした手に、まだ生暖かい感触が残っている

「……」

ゆらり、と女の子が立ち上がる
僕はビクリと肩を震わせて、後ずさる
逃げようかとも思えないほどに、足が竦んで動けない

あ……ぅ

女の子と頬が触れて、唇が耳たぶに触れそうなほど近寄る
このドキドキは、さっき自分がしてしまったことへの動揺だけではない気がした

「――――」

耳をこそばゆい感触が通り抜け
そのまま女の子も、僕の隣を通り抜けて行ってしまった

……

僕は彼女が言った言葉を、繰り返す

……ま、た?

おつ?

……

結局、昨日は一睡も出来なかった
浮かんでは消えるあの子の最後の言葉が、あなたを眠りに落ちるのを妨げるのだ
また、と彼女は言った
あんなことをされておいて、またなどと言えるなんて……一体どんな神経をしているのだろう
あんなことをした僕が言えたことではないのかもしれないが

……あれ、いない

確かあの子は同じクラスだったはずだ
なのに、教室を見回しても姿が見当たらない
誰かに聞こうにも、あの子の交友関係など知る由も無く
とりあえず確実であろう担任に所在を聞いてみる

「ん?あー……多分、保健室にいるんじゃないか?」

教師から帰ってきたのは、話半分の返答
まぁ、自分も同じ質問をされたら似たような反応をしてしまうだろうし気にはしなかったが

失礼、します

保健室に入ることなど滅多にない僕は、何故だかこの部屋に妙な緊張感を感じてしまう
別に健康な奴は入室禁止、などとルールがあるわけでもないのにも関わらずだ

誰も、いない……?

シーンと静まりかえった保健室は、人の気配を感じさせず
いつもニコニコと愛想を振りまいている保健室の先生すら見当たらない

……ん

ベッドにいる人を隠すベールの向こうに、人影が見えた
性別まではハッキリとしないが、こんな時間に保健室にいるのは大抵元からこの場所にいる者だけだろう

……

なぜか忍び足になり、変に緊張しながら僕はベールの向こう側へと歩を進める
見えた影から考えて、どうせこちらの動きは筒抜けだと言うのに
滑稽にも僕は隠れている『つもり』になりたかったのだろう

「……誰?」

ほんの小さな音だったが、静まりかえった保健室では十分な大きさを持ったその声は
僕の耳へと届き、僕の体をビクリと震わせた
シャーッとベールが横へ動くと、正に予想通りの姿がそこにあった

「……なんだ、キミか」

『なんだ』に込めた意味は落胆なのか、それとも安堵なのか
そんな些細なことまで気にしてしまう僕は、やっぱり普通じゃないのだろうか

「……ねぇ」

くだらない思案を巡らせていた僕の首元に、そっとその子の手が伸びてきた
そのままくるりと僕の首の後ろで交差し、またあの時のようにこそばゆい感触が耳元に広がった

「―――『また』なんでしょ?」

背中にゾクリ、と冷水を掛けられたような感覚が襲って
彼女がそっと僕の首から手を離した

「……ふふ」

ボクは普通になろうと思っていた
その気持ちに嘘は無い、と今でも思っている

続く

屋上さんでググったら面白そうなSS出てきたから今度読んでおく

指先に感じる温もりは、決して居心地のいいものでは無く
かといって気持ちが悪いわけでもない、不思議な感覚
目の前のその子も拒絶するわけではなく、かと言って享受するわけでもなく
ただ、あるがままを受け入れている

「……っ」

小さな声が彼女の口から漏れるが、今度の僕は手を離さない
と言うよりは、何かに取りつかれたように手を離せなかった

「……っけほ」

彼女の爪が僕の手に刺さったところで、僕の手が彼女から離れた
クールな彼女の額に浮かぶ汗と荒い息使いが、非常に艶めかしい

「……満足、した?」

小さく笑みを湛えて、彼女がそう口にする
僕は自分の手をぐーぱーして、残る感触を確かめて
こくり、と小さく頷きを返した

「……そっか」

彼女は満足そうにそう言ってぽふんとベットに戻ると、すやすやと寝息を立て始めた
そんな彼女の姿を見て、僕は小さく溜息を吐いた
自分の姿を昨日の自分が見たら、一体何と言うだろうか……

……何も言わないだろうな、きっと

僕はもう一度彼女の方を見て、教室へ戻った

異常な関係だという、自覚はあった
だが、彼女の首に手を回す度にそんなことはどうでもよくなって

「……ふふ」

彼女の芝居ががった笑みの魅力に取りつかれてしまったように
僕は何度も彼女に会いに行った

ちょっと休憩

再開未定

りょーかい

はぁ……はぁ……

「……けふ」

今日もまた、彼女に会いに来た
大体会うのは保健室だったが、今日は最初に会った校舎裏
誰かに見られたら、きっと先生を呼ばれてしまうだろう
そうなったらどうしよう?と以前の僕なら考えていたはずなのに

……やり過ちゃった?

「……ううん、平気」

今は何故か、誰かに見られても平気な気がしていた
幸いな事に今まで見つかってないが

「……」

……

服の乱れを直し、キミが立ち上がる
相変わらず異常な関係の僕らだが、僕はもう少し前へ進んでみたかった
だけどそれを言ったら、この関係が全て崩れてしまう気がして

「……どうしたの?」

ううん、なんでも

この関係がずっと続く保証なんて無いけれど
臆病な僕は前に進めなかった

……あれ

教室に、彼女の姿が無い
たったそれだけのことで、ここまで焦燥感を覚えてしまう自分がいる事に気付いたのは
担任が彼女の名を呼んだ時に、めんどくさそうな顔をしたときだ

……

そわそわと落ち着かない
すぐにでも教室から出て、彼女の家へ行きたいぐらいだ
家へ行って……行って何をすると言いうのだろう
学校を休むほどの体調の相手を、さらに追い込むとでも?
本格的に異常者になりつつある自分に恐怖さえ覚える

……でも

キミがそれでいいなら、僕はそれでいい

「お前、あいつと仲良かったよな?」

教師からプリントを渡された時に言われた一言で
意外と他人の視線と言うのは、感じていないだけであるのだと痛感させられた

……ここか

変哲もないマンションの一室、ここが彼女の部屋らしい
あれだけの事をしていて今さらなのだが
女の子の家を訪問する、というだけで変に緊張してくる

……

覚悟を決めて、チャイムを押す
少し待つが、反応が無い
二度、三度とチャイムを押してから確信する

これ……壊れてる

鍵が開いてなければ、帰ればいい
グッと力を込めると、何の抵抗も無くノブが回る

……不用心だな

これはチャイムが壊れているせいだ、そうなんだ
そう誰にするわけでもない言い訳をして、ドアを引く
他人の家独特の匂いの様な物を感じつつ、僕は玄関へと歩を進めた
どうやらワンルームらしく、一本の通路にトイレと思しきドアと台所が見えた
台所の様子を見るに、あまり自分で料理などはしないようだ

(というか、一人暮らし?)

かさり、と物音がして
僕の背後に、人の気配がした
さっきまで全然しなかったのに、だ

「……誰?」

静まり返った部屋に、聞きなれた確かな声
普段見たことの無い、着崩した私服姿のキミがいた

続く

ほとんど反射的に、僕は飛びかかるようにキミの方へ近づく
キミは驚きもせず、僕をそのまま受け止めて
そのままどすんと床に倒れ込む

「……痛いな」

……ごめん

キミの冷たい手の平を感じながら、僕は謝罪を口にする
もちろん気持ち半分で、だが

「突然家まで来るなんて、凄く驚いたよ」

全然驚いていないようにしか聞こえない声で、キミが言う
そうだ、プリントを渡すのが目的だったのだ
僕は鞄を開くために、手を引こうとした

……?

「……ふふ」

イタズラっぽく笑いながら、キミは僕の手をぎゅっと握り返した

「ここまでしておいて、まさかその手を離そうってわけじゃないよね?」

……

どこまでも、どこまでも奥が見えない瞳に
僕の心が、どんどん吸い込まれていく
そして、まるで誘われるように僕の手がキミの首へ伸びて……

……っ

「……?」

僕は伸ばした腕を、そのまま首の後ろへ回し
キミが最初に僕にしてくれたように、ぎゅっと抱き締めた
顔を近づけた時、一瞬見えたキミの顔は
今まで見たことの無い、少し驚いた時の顔
もしかしたらキミは、僕にこんな事望んでなどいないのかもしれない
幻滅されてしまったら、もう二度と会えない可能性だってある
それでも、僕は……僕は

「……温かいな」

しみじみと味わうように、キミが小さく呟いて
僕の背中にくるりと、さも当たり前のようにキミの腕が巻きついてきた
ひんやりとした感触が背中に伝わって、だんだんキミの手も温かくなっていく

……うん、温かい

そのまましばらく、僕らは抱き合っていた
時間だけが、ゆっくりと過ぎていく

どのぐらい時間が過ぎただろうか
いや、実際はそこまで経っていないかもしれないが
僕は名残惜しみながらキミから離れると、鞄からプリントを取り出した
少し不満げに僕の方を見ながら、渡されたプリントを眺めると
そのままくしゃりと丸めて、ポンと部屋の端へ放った

「……」

……

一旦落ち着いてしまうと、自分がやったことが頭の中でぐるぐる回りだす
他人の家に押し入って、その家にいた人を押し倒して
字面だけ見れば、完全に犯罪者だ

「……もう一度、いいかな」

……ん

水を差された事を攻める様に、今度はキミの方から腕を絡め
そのままお返しとばかりに僕の耳を噛む
ゾクリと背中が震えて、その振動がそのままキミに伝わり

「たまにはキミがやられてみるのもいいんじゃないかい……?ふふ」

そう、耳元で囁かれてまたブルリと体が震えた
さっきので不意を付いたと思ったが、まだまだキミの方が上手らしい

続く

あのプリントの日から、数日過ぎたが相変わらず学校での僕らに大きな変わりはなく
変わった事と言えば、キミが教室で僕の隣にいる事だろうか
何故保健室通いをしていたのか、結局分からずじまいだったが
別に知る必要もないことだと僕は気にしないことにした

「なんだか新鮮な気分だね」

キミが僕に向けて、微笑みかける
みんなが見ている前だと少し気恥ずかしい

「大丈夫、意外と他人の事なんて気にしてないものさ」

キミの顔が近づいて、僕の頬に軽く口付けた
ぱくぱくと魚のように口を動かす僕を尻目に、キミは席へと戻って行った

……性格、変わった?

いや、元からこうだったのかもしれない
こういうことが出来る相手を、探していたのだろうか

「……っふ、う」

……ふぅ

今日も校舎裏で、僕らは行為を重ねる
大分頻度は減ったものの、未だに続けてしまっている自分が怖い
受け入れられたはずなのに、こうして握りしめていないとどこか遠くへ行ってしまう気がして


「……離さないでね」


キミが少し不安そうに僕を見て、そう言ったあの日
僕は絶対にキミを離さないと決めた
だから僕はもう、普通でなくていい

終わり

おつ

しっかり読んでたよ

おつ

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