超勇者伝説(88)




盟主「そなたたちに託した使命。全てはそなたらの活躍にかかっておる」
  「よって失敗は、我々人間の敗北を意味する」


…………


盟主「そなたらだけにこの様な重圧を強いる事は、心苦しく思う」
  「だが最早、後がないのだ……」

諸侯「我々も決戦に向けて準備を整えている。整い次第最後の戦いを挑むつもりだ」
  「死すならば共に」


…………


行け、勇者たちよ


我らの最後の希望よ








――豊かな土。潤沢な水源。青々とした木々に資源溢れる山々
  大陸に済む人々は大いに栄え、発展していった
  争い事も絶えなかったが、それでも人々は力強く生きていった
  命あふれるこの大地で



幸せが絶頂に達した時に、それらは現れた
見たこともないような怪物を従えて、闇は光の間隙から這い出てきたのだ


突如として現れた敵の大群に、付近の国々は次々と滅ぼされ、あるいは占領されていった


なんとか立て直した人間は、徹底抗戦を唱え闇の軍勢に戦いを挑んでいった




第一回目の北伐。両者痛み分けに終わり、イタズラに兵力と国力を費やしただけだった

第二回目の北伐。血気にはやった者達が仕掛けた戦だったが、無尽蔵に現れる敵軍に対して徐々に劣勢にたたされる
窮地に立たされた軍団を友軍が救助し、大敗は免れたものの多くの英雄が討ち死にしてしまう


世界各地で魔物によるゲリラ戦が繰り広げられ、人の住む領分が侵され狭まっていく
じわじわと、徐々に追い詰められていく人間たち

たとえ不毛と分かっていても、戦わずにはいられなかったのだ




およそ十年に及ぶ戦い……

各国の王たちが行った軍議の結果、少数精鋭による魔王の暗殺。そして大軍団による決戦が決定したのである
無茶で無謀な作戦だが、国力低下著しいため、取れる手段が他になかった







魔王暗殺決死隊



剣士「選ばれたことは貧乏くじと取るか、当たりくじと取るか……」

治療士「そんな……。大事な使命を貧乏くじだなんて…」

騎士「私はただ使命を全うするだけです。選ばれたことに良いも悪いもありません」

魔術師「騎士さんってストイックなんですねー。私は当然、てところかな」

剣士「理由は?」

魔術師「だって私天才大魔術師だし。選ばれないなんて考えられないわ」
   
剣士「へーそーなるほど。狩人は?」

狩人「……俺は、好機と捉えている。他に目的もあるしな」

治療士「他に? 何かあるんですか?」

狩人「……別に、話すことではない」

剣士「つれないね」

魔術師「剣士、あなたはどうなのよ?話題を振ったんだから教えてくれてもいいんじゃない?」



剣士「おれか?おれは……当たり、かな?」

治療士「あの口ぶりだと貧乏くじかと。どうしてです?」

剣士「俺の実力を国王に認められたからな。それに、全力で刃を振るう相手がいないのは寂しいんだぜ」

魔術師「俺より強いやつに会いに行きたいってことね。見た目通り野蛮ね」

剣士「けっ!見た目で判断されたらたまったもんじゃないね」
  「さっきから黙ってるけど勇者! お前は? お前はどう思うよ」


話を振られて面倒そうな顔を剣士に向ける
言いたくないのか、渋々といった様子で答える



勇者「……。この決死隊」





勇者「この決死隊。発案、選抜は俺がした」



旅はまだ始まったばかりだ



決死隊―野営


狩人「…あと三日も北上すれば魔物たちの勢力圏内だ。これからの野営は火を使わない。そして見張りは二人ずつだ」

騎士「分かりました。……魔術師さん聞いてました?」

魔術師「…ん……ん!?あ、きいてたきいてた!」

治療士「……」

勇者「最初の見張りは俺と剣士がやろう。それでいいな?」

剣士「ああ」



勇者たちは現在北の要所を護る北砦へ向かっていた


治療士「砦の人たち、生きてますよね?」

騎士「ええ、きっと無事ですよ。あそこは装備も物資も十分にありますから」

剣士「だが、一月も放置されている。たとえ生きてても危ない状態だろうな」



魔術師「えっ。それじゃあここでゆっくりしてられないじゃない。急がないと!」

剣士「あのなぁ、ここからどれくらいあると思ってんだよ。加えて山道だ、ペースを間違えると俺たちでも危ない」
  「それに休めるところだって限られてるんだ。開けたところだと格好の的になっちまう」
  「つーかついさっき会議で話し合ったばっかだろうがっ」

魔術師「わ、わかってるわよぉ…。そんな怒らなくても……」

騎士「まあまあ二人共…」

剣士「おまえ本当に説明聞いてたのか…?」

治療士「船漕いでましたよ」

魔術師「あ!それ言っちゃう!?」

狩人「………………」

勇者「そこまでにしてさっさと休め。狩人が怒るぞ」



勇者たちが旅立ってから、魔物とも出会わず平穏に歩を進めていった
その為か、やや弛緩した空気が仲間たちの中に漂い始めていた
無駄口や軽口で鬱屈とした空気を晴らそうとしていた


それからさらに三日
予定通りに北の砦へ辿り着いた

(;^ω^)うわ、つまんね





勇者「狩人、魔物の気配は」

狩人「無い。行くなら今だ」

勇者「よし、俺と騎士と狩人で砦に先行しよう。万が一に備えて三人は後詰を頼む」

剣士「了解」

騎士「分かりました。勇者、さあ行きましょう」


短く打ち合わせると行動に移った


………


勇者「どうだ?」

騎士「問題、無いみたいです。開けます」

狩人「俺はここに残ろう。異常があれば知らせる」


砦の通用口を見つけノブに手を掛ける
静かに扉を開けて中に入った



騎士「誰も、居ませんね」

勇者「………ああ」

騎士「全滅……したんでしょうか」

勇者「そんな顔するな。まだ決まった分けじゃない」
  「魔物が居るかも知れん。気を抜くな」

騎士「はい……」


二人は砦の奥へ進んでいった
しばらくして、奥から明かりと何者かが喋る声が聞こえてきた


勇者「!!」

騎士「!!」


生きている人がいる。二人の顔は緊張の中にありながらもわずかに緩んだ




勇者(だがなんだ?笑い声……?)

騎士「勇者、行きましょう。我々が来たことを教えなければ」


嬉しいのか足早に声がする方へと進んでいく


勇者(何かがおかしい…無闇に近づくのは危険か?)
  「騎士?騎士、待てッ」


数歩先を進んでいる騎士を呼び止める


騎士「勇者?どうしたのです」

勇者「様子がおかしい。……名乗りを上げるのは後だ」

騎士「魔物の罠だとでも?」

勇者「それを探る。音をたてるな」


警戒態勢を取りながら声の主を探る



―……!…!………!

徐々に声に近づいて行く


騎士「妙ですね、随分と楽しそうだ。この状況下で?」


騎士が不審そうに呟く


勇者「……当たりだ。見ろ」


騎士に中を覗くように促す
騎士が中を見ると、汚く粗末な装備を身につけた人型の魔物が居た


騎士「オーガ…!それもこんなにたくさん……」

勇者「どうやら全滅したのは間違いないようだ」
  「奇襲を掛ける。炸薬弾はあるか?」

騎士「ここに」


騎士は腰の袋から手の平程の玉を取り出した




………


ハハハハハ!人間ってのはいいもん食ってんだなぁ!

ああ、この酒なんか絶品だぜぇ!

オーク共に作らせても全然美味くなりゃしねぇ

いいこと考えた、人間飼って作らせりゃ毎日ウメェもん食えんじゃね?

魔戦士さまみたいにか?そりゃいいや!お前頭いいな!

だろ?ガハハハハハハハ!!


――コンッ     ――コロコロ……


あ?なんだ、これ。豆?

そんなでけぇ豆があるかよボケ




――― ド ン ッ !!




爆発した瞬間に部屋へ押し入った
混乱したオーガ達を電光石火の早業で斬り伏せていく


『な、なんだ!』

『ギャアアアアアアアアアアアア!』


騎士「シャァッ!」

『アグァッ!』



『て、敵だ!武器を取れ!応戦しろぉ!!」


オーガの隊長が慌てて号令を出す


勇者「何を言ってるのか分からないが、もう遅い」


最後に残った一体の頭部を断ち割った



騎士「それで最後ですか?」

勇者「ああ。そうみたいだ」

騎士「最初見た時肝が冷えましたよ。この数のオーガを相手にしたことはありませんでしたし」
  「何より一体でも厄介なんですから。奇襲が成功して良かったです」

勇者「そうだな。……みろ、こいつら生意気にも酒盛りしてやがった」
  「ひのふの……六樽は開けてやがる、勿体無い。だが幸い酔っててもらって助かった」


二人はそのまま探索を続けた
先ほど大きな音を立てたのに敵の増援が無いところを見ると、今倒した魔物だけしか居なかったようだ



勇者「ん、これは?地下室か?」

騎士「鍵がついてますね。下がっててください」


腰に差した短刀を抜き放ち、錠前に向かって一振りした
鉄を泥のように容易く切り裂く。恐るべき利刀だった


勇者「凄いなそれ。宝刀じゃないか」

騎士「これは我が家系に伝わる物……ではなく、父上が此度の作戦にと造ってくださったものなんです」
  「貴重な金属を用いているので切れ味の他にも、守護の魔法も展開できるのです」

勇者「そうなのか。武器というより盾なんだな、それは」

騎士「はい。あ、扉開けますよ」


―ギ、ギ、ギィィ………



勇者「人だ!人がいる!」

騎士「大丈夫!?」


扉の近くに倒れていた男性を抱き起こした
男はグッタリしていて目を固く閉じている


勇者「息は……している。極度の衰弱状態にあるようだ。みんなを呼んで来てくれ」
  「俺は簡単な治療を試みる」

騎士「分かりました」


騎士は急いで仲間を呼びに向かった


勇者「さて、死ぬんじゃないぞ…」


精神を集中させ、ゆっくりと呪文を唱えていく

治療魔術は複雑な術式を使う。通常の魔術とはその原典が異なる
その為個々人の才能に左右され、失敗のリスクも高い。修得者はそう多くなかった


勇者(…………)

勇者の手の平が淡く光り、仄かな温かみが宿る
両手を男の胸部にそっと当て、更に呪文を唱える


―スゥーーー………フゥゥーー……


男の呼吸がか細いものから力強くしっかりしたものに変わる


勇者「よし…!あんた、大丈夫かい?」


勇者は治療魔術を行ったことにより玉のような汗をかいていた
全身の精力を使い果たしたように、身体は萎え始めていた

それでも昏倒しなかったのは、日々の鍛錬の賜物だった


「あ、あんた…は?」

勇者「味方だ。あんた達の救援に来たんだ」

「そ、そうか……。お、奥にまだ仲間がいる…早く助けてやってくれ…」

勇者「わかった。任せておけ」


男を壁に寄り掛からせると、地下室に騎士たちが入り込んできた



治療士「勇者!話は騎士さんから聞きました」

勇者「そうか奥にまだ人がいる。治療を頼む…」

治療士「分かりました」


治療士は奥に居た人たちを一人一人診ていった


勇者「ふぅ~……。すまんが俺はちょっと休むよ。慣れないことはするもんじゃないな」

剣士「ご苦労さん。後は俺たちに任せて、お前は休んでな」

勇者「そうさせてもらうよ」


そう言うと勇者はグッタリして動かなくなった



治療士「……ふぅ~~。これでよしっと。皆さんお疲れ様でした。無事術は完了しました」

剣士「ハァ…随分と手間隙かかるんだな。もっとポンッと出来るもんだと思ってたぜ」

魔術師「そうね。大魔術並みよ、これ」

騎士「ですが御見事です。さっきまで死相が浮いていたのに、今は生気が宿っています」
  「普通に治療を行ったら何日も何ヶ月も経っていたことでしょう」

治療士「ありがとうございます。しかしこれは一時しのぎに過ぎないと覚えていてください」
   「極度の衰弱のため、ちゃんとした場所で休ませ、しっかり栄養を取らなければ元の木阿弥です」
   「こればっかりはどうにも……」

狩人「砦内を見たところ、食料品は殆どなかった。あっても魔物やネズミどもに食い荒らされている」

治療士「……目が覚めてから事情を聞くしか…」

剣士「そうだな。まだ勇者も起きてないし、俺らも少し休もうか」

魔術師「賛成!私クタクタだよ…」

剣士「……何もしてないだろ」

魔術師「そ、掃除!掃除頑張ったしっ」


一同は各々スペースを見つけ、時が来るまで休息を取ることにした


しばらく後


魔術師「勇者、もういいの?」

勇者「すまない、もう大丈夫だ」

剣士「ちょうどいい時に話をできるやつが一人いる。聞いてみよう」


剣士の言う人物に話を聞くことにした
頬がこけやつれているが、瞳に宿る力強い輝きが武人を思わせた


男「危うい所で助かり申した。感謝いたします」


開口一言謝辞を述べ、頭を深々と下げた


勇者「そんな勿体無い…。病み上がりの所申し訳ないが、事情を聞いても?」

男「ええ、お話いたします……」



この砦に残ったのは第二次北伐からの撤退の時、殿を務めた者達だという
そのまま砦に籠城し、魔物たちの南下を防ぎ目を光らせていた

しかし、魔軍の中に一際強い部隊が現れた
隊長の名は魔戦士。その強さは圧倒的で、状況が状況なら奴一人で戦況をひっくり返せるほどだ
 

決死の覚悟で防衛戦に務めたが、奮戦むなしく一敗地にまみれてしまった
殆どが討ち死にしたが、元気なもの達は奴らの奴隷となり連れ去られて行ってしまった


残ったものはオーガたちの監視のもと、イタズラになぶられ今に至るという……



男は事も無げに淡々と語ってみせたが、その様子とこの砦の現状を見るに、想像を絶する戦いだったのだろう
男は続ける


男「自分で行けないのが口惜しいのですが、どうか連れ去られた仲間たちをお助けください……」
 「生きてる見込みは無いでしょう…。しかし、生死を分かち合った友なのです……」


後は声にならなかった。押し殺した声で静かに泣いている


勇者(……彼らをこのまま放っておくわけには……。見殺しには出来ん)


勇者は堂々と告げる


勇者「任せていただこう」

中断





…………


剣士「知ってるぜ。こういうのって劇的リフォームっていうんだろ?」

騎士「あ、ああ……」

治療士「この変わり様は一体。例え和睦したとしても、彼らと分かり合うことは出来そうに無いですね」

魔術師「ここ私の故郷なのに……」


元は立派な王都だったのだろう。その名残が見て取れる
続く北伐の敗北により後退を余儀なくされ、打ち捨てられた王都
今やその景観は邪悪の一言に尽きる


魔術師「かなり汚染が進んでいるようね。通常の汚染のされ方じゃない……」

剣士「魔戦士ってヤローの仕業か?」

魔術師「分からない。そいつ一人でこんな大規模な魔孔を開けるとは……」
   「もし出来るのなら、間違いなく魔王クラスよ」

剣士「なんだそりゃ。暗殺対象が二つってことか?冗談じゃないぜ」

魔術師「ともかく、ここでは何が起きても、何が出てきてもおかしくないってこと」
   「油断してると、逃げる間もなく死ぬことになるわ」

治療士(魔術師さんがいつになく真面目だ。これはよっぽどマズイ状況なんだな)

剣士「言われなくてもわかってるぜ。ここは前線基地だ。これだけ改造されてるんだ、ただの趣味なわけ無いだろう」
  「となると考えなくても出てくる答えは一つだけってな。立地的にも利用しない手は無いだろうな」

騎士「魔物というのはそこまで知能があるものなんでしょうか」
  「私が戦ってきたのはそのようには見えませんでしたが……」


魔術師「そもそも魔物とはなにか?誰も知らないわ」
   「分かっているのは魔界と呼ばれる場所から魔孔を通じてこちらへ来る、ということくらい」
   「魔界と繋がってしまったら、その土地は魔界に侵食されこちらの生物が住めなくなってしまう」
   「この二つくらいよ。もっと時間をかければ判明することも多いのでしょうけど、戦の途中だから……」


剣士「何もわからないことがわかったよ。しかし魔術師よ」

魔術師「なに?」

剣士「このメンバーに選抜されただけあって、頭いいんだな!」

魔術師「この状況じゃなかったら熱衝撃波でぶっ飛ばしてるところだわ」

騎士「まあまあ……」


治療士「二人共斥候から戻ってきたようですよ」



勇者「囚われている者達の居所がわかった」

剣士「本当か!?」

狩人「城内地下だ。そこで何かが行われているらしい」

勇者「そして問題も見つかった」

騎士「なんです?」

勇者「城下町にまだ人が残っている」

治療士「それは…おかしいですね。殆どが戦火を逃れるために南へ逃げているはずです」
   「実際難民として問題になっていますし」

勇者「魔物たちの支配下にありながら生きながらえている。不審な点が多いが、人がいるのも事実だ」
  「なんとか開放したい」

剣士「だが開放したとしてどうする?砦へ全員収容できる数なのか?」
  「食料や水は?状況が変わってしまった。無責任は許されんぞ」

勇者「…………」


戻ってくるまでにも考えていたのだろう。勇者は押し黙ってしまった


剣士の言う通りここは前線基地で、魔物の数もおびただしく厳重な警備体制をとっている
例えこの布陣を崩し、残された人々を助けられたとしても、今度は水食料の問題が上がってくる
先を急ぐ彼らは、残酷なことだが、最後まで面倒を見ることはどうしても出来なかった


狩人「…………」

勇者「…………」

剣士「砦の連中との約束も怪しくなってきたな」


勇者「一つだけ方法がある」

魔術師「本当!?」

騎士「勇者、その方法とは?」

勇者「賭けになる。我々と同じと祈るしか無いな」

剣士「やっぱりその方法しか無いのか」


同じことを考えていたのか、剣士が呟く
そして勇者の言葉を引き継ぐように狩人が言った


狩人「魔物側のリーダー暗殺……頭を殺れば組織は瓦解する。我々人間と同じならば…な」



捨てられた王都―王城内部


剣士「旅始まって以来のどん詰まりだ。先が思いやられる」

騎士「魔王との戦いの予行演習と思えばいいじゃないですか」

治療士「私達が何のために行動を起こしているか思い出してくださいよ」

剣士「わかってるさ」

騎士「陽動が上手く行っているんでしょうか。魔物が見当たりませんね」

剣士「好都合さ。魔戦士とやらをさっさと見つけてオサラバしたいね」

治療士「狩人さんの話によると、王様気取りの王様ごっこをしている奴がいるそうです」
   「魔戦士というやつ、人間の真似事なんかして何を考えているんでしょう」

剣士「魔物の考えることはようわからん。気にすんな、気にするだけ無駄だぜ」


騎士「シッ!油断しすぎたようです。敵が来ます!」


この城の防具なのだろう。立派な装備に身を包んだオークが数体、騎士たちを発見して突撃してきた


剣士「この数、どうやらこの先に居るらしいな。差し詰め近衛兵ってか?」


抜刀すると同時に迫ってきた槍を払いのける
そのまま槍に沿って剣を滑らせ指を削ぎ落とした


剣士「そらよッ!」


左から来る剣を左手の短刀で受け流し、右に持つ剣を交差させ喉を突き刺す
そして指を削ぎ落したオークを返す手で切り裂き倒した


騎士「でぇぇぇぇやぁぁあああっ!」


  ダ、ダンッ!!


床をえぐるような踏み込みから繰り出された斬撃は、オークが構えた盾の上から胴を真っ二つにした
瞬く間に三匹のオークが息絶え、勢いが止まる

その隙を見逃さなかった
タンッタンッタンッと三歩、剣士は接近した。踏み込みに反応したオークが剣を構え、突く


 ガッ
    ギィッ!

左の短刀で瞬時に受け、剣をそのまま跳ね上げた
残りのオークが仲間を助けようと、同時に武器を突き出す


剣士(やはり乗ってきたか。虚実を見抜く頭脳はないようだな!)  「今だっ!」


治療士「ハァアッッ!!」


気合とともに拳を空へ打つ
拳から放たれた衝撃が空気へ伝わり、壁へ伝わり、オーク共々粉々に打ち砕いた
今の一撃で城全体が揺れる


剣士「片付いたな。お前の今のやつ、なんかの魔法か?」

治療士「スゥ~~……ふぅぅ~~……。ええ、ちょっと違いますけど概ねあってます」
   「説明は長くなるので割愛しますが、治療術の応用の応用ってとこですね」

剣士「ふーん?」

騎士「道は開けました。奴もこちらに気付いて居るはず。警戒してください」

オーク達が向かってきた先を見る
ひしゃげた大きな扉が見える。歪んでいるからか、半分開いていた
開いた先から異様な雰囲気が漂っている。魔物達の首魁がいるのはこの前で間違いなさそうだった


剣士「プレッシャーでもかけてんのか…?ハッ!そんなもので怖気づくもんかよ」


もう半分を勢い良く蹴り開く

ガァン!

音ががらんと響く
部屋は薄暗く、反応はない


騎士「我々などとるに足らないということですか……」

剣士「ふーん、そう。なら、足元すくってやらないとな」


言い終わると同時にダガーを部屋の奥へ射る
しかし途中で何かが蠢き、白光をきらめかせてダガーを切り払った


ズズズズ…………


騎士(こ、このプレッシャー……。息が、苦しい…!)

治療士(膝が震える…。ここから逃げ出してしまいたい……)


――ハァァァァァアアア~~~……


魔戦士「……人間、か。よう、ここまで、来た、な」


剣士(人語を解せるのか!)

魔戦士「しかも、意気が、いい、のは久し振り、だな」

剣士「俺達の言葉を話せるとは驚いたな。お前がここの頭領だな」

魔戦士「如何にも。久しく、飽いて、いたところだ」


ブハァッ!

呼気を一吐き。小山のような体躯が明るみに出る



岩を切り出したようだった
首も胴も、腕も足も太く逞しかった
頭部はイノシシのようで巨大な二本の牙と、額から伸びる短角が特徴的だった

腰にはおよそ人では扱えない大きさの剣を佩いていた


魔戦士「ゆくぞ」


  ゴバッッ!!  
  
     ドガァッ!!


剣士「グッ!ただの体当たりでこれかよ!」

騎士「二人共無事ですか!」

剣士「ああ!だが治療士が…!」


治療士は避けそこなったのかぴくりとも動かない
こちらから見た限りでは軽傷のようだった



――ブホォォ~…………


瓦礫に埋まった身体を引き抜いた
そして低く跳躍する

剣士「!!?」

騎士「飛んだ!?」


跳躍そのまま拳を振り下ろす
もはやその拳自体が大型のハンマーのようだった


   ズガンッ!!

二人の間に振り下ろされた拳は、地面を、部屋全体を、城自体を震撼させた
その振動は飛んで避けた二人の着地点も揺らし、たたらを踏ませた


――ブオオオォォォォッ!!


魔戦士は近くに居た騎士に狙いを定めた
巨体からは想像できない動きで騎士に肉薄した

振動に足を取られていたが、瞬時に足元を固め、迫り来る敵に備えた


騎士「んんんオァァアアアアアアアアアアッッ!!」


騎士は勇敢にも魔戦士の攻撃を真っ向から受けた


 ごガッ!!


魔戦士の左拳を左の盾で防ぐ
身体が地面にのめり込むような衝撃が身体を貫く

騎士「グガァッ!!」

騎士は敵の攻撃を受け、カウンターで一撃を加えるつもりだった
だが予想以上の打に態勢を崩されてしまったのだ


――フホ!


魔戦士が笑う


魔戦士が振りかぶった右腕を騎士めがけて叩きつけた
が、それは剣士によって阻止された


剣士「隙あり!」


既に背後に回っていた剣士が、双剣で魔戦士の右肩を刺し貫く


剣士「か、硬えな!」


魔戦士の右腕が止まる


騎士「はあああああああああああああああっっ!!」


剣士が奇襲をかけるとすぐに騎士は反応した
身体を回転させ、その勢いのままに左膝へ剣を振り下ろす


魔戦士「グオッ!?」


致命の一撃には遠かったが、オークをも輪切りにする騎士の一撃である
魔戦士は左膝を地面についた

中途半端だけど今日はここまで
見てる人いないな

くっっっそつまんねーんだけど
人見てないしやめたら?

見てるよ~



剣士「殺ッ……」

騎士「たァッ!」


騎士は左斜め下から剣突を
剣士は魔戦士の頭上から斬撃を
同時に首へ攻撃した




魔戦士「ハ、ハハ、ハハ、ハハハ、ハハ!」


魔戦士は態勢を崩したまま攻撃を強引に外す


  ガヅっっ!!


攻撃は到達した
しかし僅かに攻撃の機を外されてしまい、必殺へは届かなかった

魔戦士も深手を追いながらも反撃する



威力が削がれているものの、十分な破壊力をはらんだ拳風が二人を遠ざける


剣士「チッ!やはりダメか」

騎士「ハァハァ……。もうあのパンチは受けたくありませんよ」

剣士「……スゲェよ、あんた」

騎士「しかしなんて固い外殻なんでしょう。まともに打ち合って勝てる気はしません」

剣士「同感だ。勇者のくっそ重え玄鉄剣くらいだろうよ」



魔戦士「僅か、数合の戦い。血湧き、肉踊る……。ハハハ!」


笑いながら腰に下げた剣を抜き……


剣士「剣じゃ、ないのか……」


腰に佩いていたのは剣ではなく、巨大な長刀だった

俺も読んでるよ



巨大な体躯に同等の大きさを誇る長刀
その威風堂々とした姿はまさに武神のようだった


二人に冷や汗が流れる
魔戦士の首から流れていた血は、既に止まっていた
ピリピリと首筋に電気が走る

心でも身体でもない、本能が逃げることを選択している
二人はさながら天敵の前の獲物のように身体が硬直してしまっていた


剣士(お、おおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおっっ!!!ビビってんじゃねーぞォォォォ!!)

騎士(恐怖を押さえつける訓練はしたはずですッ!!)


徐々に死を覚悟し始めたその時……


「喝ッッッ!!!」


大音声が響く
直接活を入れられたように、硬直から解き放たれた

不可思議な破裂音と同時に魔戦士の巨体が後ろへ吹き飛んでいく

影は治療士だった
小柄な治療士が数倍の大きさの魔戦士を吹き飛ばしたのだ。二人の目は驚きで見開かれている


治療士「既にこの場は僕の術で支配されています」
   「いかに貴方の身体が強靱無比でも、弱体化されては意味が無いはずです」


治療士は振り返り、


治療士「お二人共お待たせしました。結界によって力に制限をかけました」
   「これで倒せるはずです!」

剣士「治療士……」

騎士「命拾いしました……。無事だったのですね」

治療士「咄嗟の事で防御が遅れてしまいました。ですがそれを逆手に取って隠れて結界を張っていたのです」
   「二人には負担をかけさせてしまいましたが……」


――ゥゴォォオオオオオオオッ!!


不意を突かれた魔戦士が怒りの咆哮をあげる

剣士「お喋りしてる場合じゃなかったな!くるぞ」

騎士「私が前をッ!」


烈風を巻き起こし、長刀が迫る
それをまたも真っ向から盾で受ける


騎士「くっ!でも、これなら!!」


長刀はそのまま小さく半円を描き、盾を払う


騎士(大技から小技。厄介な。つくづく見た目を裏切ってくれますね)


連続で小刻みに突きを混ぜ、眼が眩むような剣光が騎士を包む
盾と剣を総動員して、必死の思いで攻撃を受け流す

騎士が攻撃を引きつけている間に治療士は魔戦士の右を、剣士は左を攻め立てる


治療士「せいっ!」

剣士「おりゃあッ!!」



――オオォオオオンッ!!


  ガガガッ!


しかし、それも長刀を素早く一振りして容易くいなしてしまう
結界で弱体化している。それでもこの決め手にかける状況はジリジリと三人を追い詰めていった


魔戦士の攻撃を真っ向から引き付け防いでいる騎士に、疲労が見え始める
治療士と剣士にも、この状態を急いで打破しなければという焦りも出てきた

それを知ってあざ笑うかのように守りを固め、そして決して相手を休ませずに戦う魔戦士



膠着状態。強敵を前に、危険な状況へ陥ってしまった



剣士(だめだ、決め手がない……。このままだとなぶり殺しになってしまう)

治療士(ぐくっ…。結界下にあるのにどうして……)


魔戦士「お前たちの、考えが、手に取る、ように、分かるぞ」
   「どうして、勝てない、とな。結界で、縛っているのに、と」

剣士「……っ!」


三人に答える余力はなかった
魔戦士は攻め手を休めること無く続ける


魔戦士「甘いのだ貴様達は。我々魔族は貴様達の上を行く種族。生半可な術など……」


魔戦士の言葉が腹の底に響く
言葉通りに、最早先ほどまでとは違い、人の言葉を流暢に語る


――ヌゥゥゥンッ!!


魔戦士の威圧感が増大する


 バギィッッ!!


空気が、物体を擦ったような音を立てる
瞬間、ガッ!と血を吐き倒れる治療士


剣士「ち、治療士!」

治療士「ハァ、ハァ、ハァ。結界を、強引に破られました……。その反動がそのまま返って……ゲホッ!」

剣士「クソがッ! この猫被り野郎め」

魔戦士「破ることなど造作も無い」
   「久々の闘争心躍ったぞ。だがもう飽いた。死ぬがよい」


長刀が無造作に治療士に振り下ろされる
剣士も騎士も、刃を防ぎにかかったが到底間に合いそうになかった


だが―





  ドッゴォォッ!!!

中断
すまんね


突如床が崩壊した
いや、なにかが床を撃ちぬいたのだ

全員驚愕のまま落下していく


魔戦士「何者だ!闘争を邪魔する無粋者はッ!」


巨体の所為かいち早く立ち直した魔戦士が吠える

だが、瓦礫が舞い上げた煙で状況が把握できていなかったのだ
気付いた時には矢を二本急所へ受け、更に敵の接近を許してしまっていた


魔戦士「ッッ!!?」


 
 ズカッ!



殺気を感知した魔戦士は咄嗟の判断で首をすくめた
黒い筋が顔の横を撫でる

黒く光る剣だった。その剣に、彼が自慢としている戦の象徴、牙の一つが断ち切られたのだ


勇者「首を、とれたと思ったんだがな……」


剣士たちが見ると、勇者たちだった。彼らも自分たちに劣らず疲労困憊のようだった
生々しい傷が目立つ


魔戦士「ぐ……くく……。おのれ……!」
   「…………我は負けたのか……。一瞬の油断で……」
   「我が誇りある牙を断たれる屈辱……」

勇者「どうした。今度は俺が相手になるぞ!」

魔戦士「……貴様は、死ねぇッ!!」


激情のままに長刀を繰り出す
今まで以上の力強さと冴え渡りを見せる、初めて見せた必殺の一撃だった


魔術師「頭を冷やしなさいッ!」


怒りで目が曇った魔戦士に、横から強力な魔術を浴びせた
普段の魔戦士ならば避けるなど対応していただろうが、この時ばかりは直撃を受けてしまう

りょうすれはっけん



激震

衝撃が大気を揺らす
横からの魔術に魔戦士の身体も焼け、裂傷を受けグラつく


魔術師が作った隙
そこに滑りこむように勇者は黒く鈍く光る剣を魔戦士に叩きつける


魔戦士は咄嗟に長刀を手放し、腕で身体を護る
バグ!と固い物どうしがぶつかり合う音がして、魔戦士の右腕が切断された



―ウウウゥゥオオオオォォォォォォォーーーーーーッッ!!



屈辱と怒りと痛みで、魔戦士が吼える




――この屈辱、この怒り……。必ずや……!


闇が魔戦士を包み込む
包み込むと闇は収束し、魔戦士ごと消失した

後に残ったのは切断された右腕だけだった



勇者「逃げた、か」

魔術師「私達のとは異なるけど、魔術の痕跡を探知したわ」

勇者「追えるか?」

魔術師「そこまでは無理。ごめん」

勇者「いや、いい。それより剣士たちの保護が先だ」

魔術師「うん」



狩人は既に剣士、騎士、治療士達を救助していた
丁度治療士に丸薬を飲ませているところだった


勇者「無事か?」

狩人「ああ。だが治療士が……」

剣士「結界術を破られた反動でこうなっちまった。早く治療を出来る場所へ移動しないと!」

勇者「落ち着け。今魔術師が探知を行っている。脱出ルートを探しているんだ」

騎士「敵の大将は討ち取れませんでしたが、退けることは出来ました」
  「後はこの地に巣食う魔物たちも、退いてくれると良いのですが……」

剣士「やっぱりそんなうまい話はないのかね」

狩人「とりあえず脱出だ。二人共立てるか?」

剣士「なんとかな」

騎士「ええ……あら?」


立ち上がろうとした途端、疲労からか身体がフラつき倒れてしまった
横に立っていた剣士が支える
が、


剣士「おいおいおいおいおいおい!なんでこんなにおめーんだよ!!」


支えるどころか潰されて下敷きになってしまった


騎士「ああ、失礼。なにぶんフルプレートアーマーなもので……」


珍しく赤くなった騎士
重いことに赤くなったのか、それを装備して軽々動きまわる自分に赤くなったのか、
狩人は判断できなかった


捨てられた王都―城外


剣士「捉えられた人たちは?」

勇者「食料と水とともに、この先の洞窟に隠れている」

騎士「王都の人たちはどうなるんです?」

魔術師「あの親玉っぽいのを追っ払ったからなのか、前まであった異常な大きさの魔孔は閉じ始めてるわ」
   「このまま行けば数を大幅に減少できるかもしれない」
   「事実、大型の魔物は既に姿を消しているし、残ったものもこの場所を離れていってるわ」


狩人「探知の魔術か。……この地を取り戻すのも出来る、ということか」

勇者「とにかく今は砦に戻るのが先だ。治療士の治療と、彼らの容態が気にかかる」

剣士「そうだな。疲れた体に鞭打って、もうひと頑張りしますかね」

騎士「あんな強い悪魔と戦って、良く五体満足で生きてますよね私達。ね、剣士さん」

剣士「まったくまったく!というかあんなバケモンの攻撃を真っ向から防御する姐さんの方がおっかないわ」



衰弱した砦の住人達が気にかかる一同
怪我人も出て、疲労もとれぬまま来た道を戻っていく


砦に到着してからは、治療士の手当と砦の住人に分け与える食料の調理におわれた
狩人指示の下、胃腸が極端に弱っている住人用の介護食を作っていく
また、囚われた人たちの簡単な応急手当も同時に行う


治療術の心得を持つ勇者は治療士に掛かりっきりになっていた
治療士が負った傷は術の反動からくる内傷、つまり内蔵にダメージを負っていたのだ

魔術師は外部から力を引き出す術だが、治療術は自分と相手の力を相互に循環させて治癒する術
順序や力加減、循環させる回数等、繊細な作業が多い。当然そういった事を行う技術も高度である


勇者(時間を、かければあるいは……)


勇者はゆるゆると力を送り込んでいく


勇者が治療を行ってから大分時間が経っていた
勇者の下に水たまりが出来るほどの汗をかいている

やがて


 ゲホッゲホゲホッ!


咳とともに真っ黒になった血を吐き出す
吐き出した後は呼吸のリズムが正常になり、力強いものへと変わった

勇者はホッとして術を終える
同時にそのままひっくり返り、暗闇へ落ちていった

勇者が目覚めた時には、ぐしょ濡れになった服は着替えさせられて、ベッドの上に寝かされていた


勇者「あれから何日経った?」


勇者は看病していたのか、傍らに座っていた魔術師に問いかける


魔術師「丸一日よ。後の処置は治療士が行ったわ」

勇者「そうか。砦の人たちの様子は?」

魔術師「元気になったわ。と言ってもまだまだ要介護ってところだけど」
   「でも、もう大丈夫そうよ。元々が頑丈だからなのかしら」

勇者「……。開戦まであと四日か。もう街道はすすめないな」

魔術師「でも前線基地は潰したわ。魔物側の戦力は大きく削げたはずよ」

勇者「ああ。せめて一人でも多く生き延びてほしいものだ」
  「出来るなら、全て俺の手で……」


 バダン!

扉が乱雑に開けられる


剣士「おう勇者!お目覚めか?」


勇者「おかげさまでな。剣士、見舞い早々悪いがみんなに伝えてくれ。明日の正午、ここを出立する」
  「それまで休養を取るように、と」

剣士「あいよ。お前も明日までには全快しておけよ」


勢い良く入ってきた割にはあっさりと出て行く剣士


魔術師「なんなの?いったい……」

勇者「さて、俺はもう一眠りする。看病、すまなかったな」

魔術師「え、ええ……。それじゃ、私も休ませてもらうわ。結構忙しかったんだから」


そういって魔術師も去っていった

思いがけなく足止めを食らった一同は、再び捨てられた王都へ向かう



―捨てられた王都


剣士「一応砦の連中にもここの事は伝えておいたが、どうする?」

狩人「結論から言おう。この人数を我々が救うことは出来ない」

魔術師「でも、砦の人たちは助けられて、この人達は助けないって、なんだか……」

勇者「分かっている。だが、俺達も使命がある」

騎士「……。こちらを立てればあちらは立たず。二兎は追えないってことですね」

勇者「俺達ができる事は気休めだけだ」

剣士「そうだな。一応話しは出来たが、どれほど効果あるか」

治療士「あと三日耐え凌げば軍を率いて救助に来る、ですか」
   「確かに異常な魔孔を操っていた魔戦士は退けましたし、救助の可能性は大きく高まりました」
   「ですがやはり……!」

狩人「それ以上言うな治療士。俺達が出来る精一杯のことだ。それに口惜しいのは俺も同じだ……」

勇者「…………。行こう。俺達が早く使命を達成すれば、救われる人が多くなる」
  「今はそれを信じて真っ直ぐ進むしか無いんだ」




絶大な戦闘力を持つ決死隊の面々
その力を持ってしても救えるものは限られた

不安

自分たちの旅の先に待つもの
もしかしたら魔王を倒したとしても何も変わらないのかもしれない


魔戦士を倒し、廃都を開放した
しかし人々は今だ廃都に囚われている。元凶を倒したのにだ
何も変わらず……、誰も救えず……





その中で、勇者は一つの確信を持った
やはり己はただの剣なのだと。自分が何かを変える事はなく、何かを為すことはない
勇者という剣を振るう者達、いやその剣が守るべき者こそ何かを変え、何かを為す資格と力があるのだと

己はただ、それらを苛む者を討ち滅ぼす
それこそが己の真の使命だと


皮肉にもそんな思いとは裏腹に彼らを、いや彼を中心に戦況が動く
彼の一挙手一投足が周囲に影響を及ぼしている
既にあらゆる者、正邪共々事象のうねりに飲み込まれはじめていた


不退転の決意を込めた人間の大軍団
それを迎撃する魔物
魔王へ迫る必殺の刃
復讐を誓う魔物の戦士
それらに翻弄されるか弱い命






その全ては逃れようもない破滅へ進んでいた
誰も知らないままに




   ―前編 完―

読んでくれてありがとん
中途半端ですまない。続きは大分後になるかも

厨二バンザイ

楽しみに待ってるよ

ちょっと期待



―薄霧の森


剣士「チッ!なんだってんだよこの森は!」


第三次北伐が開始されてから勇者たちは街道を外れ、裏へ裏へと進んでいった
山を越え今は魔王城へ続く大森林を進んでいる
魔物出現前からここは得体のしれないものが多く潜み、ここへ近寄るものはいなかった


騎士「熱いし蒸すし足元も不安定ですね。誰も近寄らなかったのもわかります」

魔術師「いや、理由はそこじゃないから」

治療士「不思議な森ですね。魔術師さんの力がなければすぐに道に迷ってしまいそうです」

騎士「それでも歩みは平時の半分な上に、この環境で体力の消耗も激しいです」

剣士「魔物の襲撃頻度も上がってきている。魔王の根城が近くなってる影響か」


剣士「あ、そういや何で魔物なんかがこっちに出てきちまったんだ? しかもいきなり」

勇者「その話は諸説ある。有力なのが、中心地である魔導国家が実験に失敗し呼び込んでしまった説」
  「もう一つが、それらとは全く関係なく単純に地上に侵攻してきた説がある」


勇者は一呼吸置いて更に続けた


勇者「後者にはこういう推論が上がっている。魔物たちの地上進出は通過点に過ぎず、真の目的があると」

騎士「真の目的?」

勇者「ああ。それは神々とも新世界とも言われている。どちらにせよ想像の域を出てないようだが」

魔術師「途方も無い話ね。その新世界って気になるわ、魔術的好奇心がくすぐられる」

治療士「新世界ですかー。そういうのって魔術師の人なら詳しいと思ったんですが、違うんですか?」

魔術師「まあ、研究の過程でそういう仮説が出てくることは度々あったことにはあったわ」
   「でも一度も立証も実証もされたことがないの。だからこそ気になるわけ」

剣士「スケールが一気に広がっちまったな。それで、その目的が本当だとして、今度は理由だな」
  「何故神々、あるいは新世界を目指したか。そしてこの世界に来たか。通り道だからか?」



勇者「さてな。いい暇つぶしになっただろ? 仕事の時間だ」


巨大な影が木を何本も折っていく
幾つもの一つ目が薄暗い森のなかで煌めいている
サイクロプスの群れだ

既に狩人が一体目を仕留めたところだった
切り刻まれハリネズミになったサイクロプスの死体が転がっている


剣士「今度は巨人どもか! 展覧会でもやってんのかぁ!?」

魔術師「サイクロプスが来る展覧会って何よ!」


漫才をしている間にも攻撃を繰り出し、サイクロプス達をけん制する


騎士「たあああああぁぁぁぁぁっ!!」

勇者「おおおおおぉぉおおおおお!!」


騎士と勇者は敵の攻撃を引き付け、反撃しでサイクロプスたちに傷を与えていった


―ボオオアアアアアアアアアアアッッ!


サイクロプスの一体が吠え、その一つ目に輝きが増していく


治療士「っ!!」


 ジャンッ!!


攻撃を察知した治療士が前面に防御結界を展開する
僅かの差でサイクロプスから放たれた光線が結界に阻まれ、金属音を立て弾けた

防御の余波で結界の近くに居たサイクロプスの目を焼く
目を潰された痛みで暴れ、同士討ちを始めた


勇者「これだ! 魔術師!」

魔術師「オッケー! 任せて」


勇者の意図を汲み、瞬時に魔術を組みあげる


発動した魔術は攻撃力は持たなかった
魔術師が行った術は二種類
一つは音と光を極限まで高めたもの
もう一つはそれらの術から仲間を護るための防御術


―アアアアアアァァァァアァァアァァァァ!!


瞳を閉じてもなお目を焼く極光
平衡感覚を失わせるほどの轟音
そして目を焼かれたことによる絶叫


サイクロプス達は恐慌をきたし、拳を振り回して互いが互いを殴りあう



剣士「ナイスだ魔術師! よっし、さっさと逃げるぞ!」

魔術師「え? やっつけていかないの?」

勇者「疲れるからな。離れてしまえばもうこっちに追い付くこともあるまい」
  「魔術が使えるっていうならその限りでもないが」

魔術師「そ、そう。 私も疲れるからいいけど」


悲鳴飛び交う喧騒を後に、仲間たちはこっそりと逃げ出した







勇者「ここまで来ればもう大丈夫だろう」

狩人「ああ。だが休憩はまだダメだ。あの騒ぎに引き寄せられるものがあるかもしれん」
  「距離を稼ぐ」

魔術師「ちょ、まだ行くの? 立て続けに高速短縮魔術使ったからそろそろ体力が……」

剣士「しょうがねえな。まあ、ここずっと迷わないように、霧払いの魔術で頼りになりっぱなしだからな」
  「ということで姐さん頼むぜ」

騎士「さ、魔術師さん。どうぞ乗ってください」

魔術師「え、ちょ、騎士さん!」

治療士「ここは素直に甘えましょうよ。確かに疲れが顔に出てますし、お世話になったらどうです?」

魔術師「ん………。わかった…。騎士さん、お願いしてもいい?」

騎士「お安いご用ですよ。この鎧に比べれば、魔術師さんは羽のようですしね」

魔術師(フルプレートアーマーと比べられても嬉しくないなぁ)



薄霧の森に入ってからもう八日は経っている
人里を大きく離れているため、戦争の動きは全くつかめていなかった

その事で今更心動かされるわけでは無かったが、長引けば長引くほど戦況が不利になっていく事は分かっていた
それを理解しているために、自然と足は早まっていく



そして……



――薄霧の森侵入から十一日目


森を進行していた勇者たち
目の前に広がる光景を目にし、自分たちが何と戦おうとしているか改めて認識する
もともと調査不足とは言え、ここまで広がったものを地図に反映出来ないほど不足しているとは考えられなかった

予定よりも早く森を抜けた違和感。目の前の光景の不思議
森をくっきりと切り離したような不自然に広がる大湿原








既にここは魔界だった




――魔界大湿原――





勇者「こ、これは……」

騎士「更に霧が濃くなっていますね。不気味です…」

狩人「地図には何処にも載っていない。そして見ろ」


狩人が天を指差す
そこには日中だというのに太陽の姿など無く、暗く輝く炎があった
暗い炎が不気味に、太陽の代わりを果たしていたのだ


治療士「ここはもう……。人の世界では、ないのですね…」

剣士「本丸が近いってことだな。どうする?迂回するか?」

勇者「いや、このまま突っ切る。恐らくだがどこまで周ってもこの湿原は続いているだろう」
  「それにそこまで時間は掛けられない。この作戦は少数精鋭による一点突破を狙ったものだが、」
  「早期決着も目的になっている。時間がかかればかかるほど人間が不利になっていくからだ」


狩人「ともかく今日はここまでだ。このまま進んで大丈夫なのか調査する必要がある」
  「魔術師、治療士手伝ってくれ」

魔術師「わかったわ、任せてちょーだい」

治療士「はい」

調査は難航した
方位、環境、更に食料の確保と調理
この先水食料が確保できる確証が無かったための処置だった


調査を開始してから四日


魔術師「調査が終わったわ」

勇者「丁度こっちも保存食、簡易食が出来上がったところだ」

魔術師「そう、なら結果を話すわ」
   「まず方位なんだけど、こっちの世界に現出しているから、これに関しては問題なかったわ」
   「つまりこのまま進んでも大丈夫ってこと」

剣士「そうか」

魔術師「問題は私達の標的の位置。同じならばいいんだけれど、ここまで変化していると……」

勇者「それに関しては問題ない」


ポツリと独り言のように勇者が呟いた
抑揚のない声で続ける


勇者「恐らく出現点を中心にこの魔界は広がっている。………空間支配は己の自意識を核として円形に広がる」
  「…次元割断位相法の応用だな。だから森と湿原の境が不自然なものになっている………」



突然熱に浮かされ、呆けたような顔でブツブツと呟く勇者に不安を覚えた
瞳は空を見つめ、尚も意味の分からない事を呟いている


剣士「お、おい。お前何言ってんだ……?大丈夫か?」


剣士は様子のおかしい勇者に声をかけた
その声にハッとしたように目に正気が戻る


勇者「う、あ……だ、だいじょうぶだ……大丈夫…」
  「話の腰を折ってしまったな。魔術師、続けてくれ」

魔術師「……。それで私達が魔界に適応できるかどうかについてなんだけど」


剣士「前に言ってたよな、魔界に侵されてしまったら草木は死に、空気は腐れ生存不可能な環境になるって」

魔術師「ええ。だけど、その事は実はそれほど深刻ではなかったわ」
   「確かに魔界の空気は私達には毒だけど、二、三日でどうにかなるレベルでは無いわ」
   「私達の簡単な防護魔法でなんとか出来る」

剣士「本当か? そう聞くといきなりショボく感じるな。魔孔もそれでちょちょいと何とかなりそうだな」

魔術師「そうでもないわ。恒久的な解決方法がない以上、常に魔術の保護下にいないければならないのよ」
   「問題はその保護魔術そのものを毒が侵食する点ね。だからその度に掛け直さなければならないの」

騎士「なんだか、今度は一気に不安になってきました。休息の時とかどうしましょう」

狩人「魔術師、治療士、勇者が保護魔術が使える。それぞれ一人ずつ交代で休憩を取り、魔術をかけ直す」
  「単純だが、これ以外に方法は無い」


剣士「危険と隣り合わせ、か。あんまり今までと変わらんな」
  「よし。準備は整った。明日明朝出発しよう。それでいいな、勇者」

勇者「あ、ああ。それで頼む」

―夜

僅か先には魔界が広がっている。そこには昼夜など無いのだろう、赤々とした薄暗い明かりが野営地まで僅かに届いている
太陽ではなく炎のためか、ちらちらと影が踊る

勇者は影を見ながら昼に起こった自身の変調を考えていた


勇者(俺は、一体どうしたんだ。疲れていたんだろうか)
  (この旅が始まってから、なにかがおかしい。時々、自分の感覚が広がっていくのを感じる)

勇者(例えようのない全能感……。俺に出来ない事なんて無い、そんな感覚)
  (そして常に感じる何者かの視線、存在感。ここに来てから余計に強くなった……)

勇者(今の俺ならわかる。魔王だ。魔王が俺を見ている、警戒している!)
  (奴に近づけば近づくほど、確信に変わっていく……)

勇者(こんなこと、仲間の誰にも言えないな……)



騎士「勇者、交代の時間ですよ」


同じく見張りについていた騎士が勇者に声をかける
勇者は思考を中断して休憩に入った
深く考えることを放棄し、まるでこの事を忘れるかの様に眠りについた





そしてこれが、彼らにとって最後の安らかな眠りとなった



ここまで
次回も未定。それでは

あgr

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