【咲-saki-】気ままに阿知賀 (235)

【咲-saki-】気ままに阿知賀

・「咲-saki-阿知賀編」のキャラの日常を想像し、
 その場面を>>1がスレタイの通り自由気ままに書いていくスレです。

・「咲日和」から笑いの要素を引いて、ほのぼの色をさらに濃くしたような作風だと自分では思っています。

・ほぼ会話文。地の文なし。闘牌描写なし(書けない)。

>>1が書きたいネタを書き尽くし、満足した時点でこのスレは完結です。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401255113

【01.成長したあいつ】

1

<<ある日の阿知賀女子麻雀部>>

穏乃「なあなあ、憧」

憧「ん」

穏乃「いよいよウチらの麻雀部が正式に活動開始するんだよな」

憧「なによ。いきなり改まって」

穏乃「なんかさ、高等部に繰り上がっていよいよ実感が沸き上がってきて」

穏乃「今の私はもうほんと気分最高って感じなんだ!」

穏乃「この気持ちをたとえるなら、そう!」

穏乃「あそこに見える満開に咲き誇ってる桜だよ、桜!」

憧「あ、あんた無駄にテンション高いわね」

憧(……でもまあ、気持ちはわからないでもないけど)

穏乃「阿知賀のみんなで和と再会できるかもって思うと胸を高鳴らさずにはいられないよっ!」

憧「そのためにもまずは晩成を倒して県の代表を勝ち取らなきゃ、だね」

穏乃「おうっ!」

2

穏乃「それでさ」

穏乃「新生阿知賀女子麻雀部が活動するにあたって、憧にひとつ聞いてみたいことがあるんだけど、いいかな」

憧「あたしに聞きたいこと?」

穏乃「うん」

憧(なんだろ)

憧「答えられる範囲でいいなら――」

穏乃「憧ってさ」

穏乃「中学時代に"彼氏"でもいたの?」

憧「……」



憧「―― っ!?」

ガタンッ

3

穏乃「あ、そういう反応をするってことはやっぱりそうなんだ」

憧「へ? あ、やっ、これは違う――じゃなくて!」

憧「なっ、なんであの流れからいきなり、そ、そのっ、恋バナの展開に持っていくのよ!」

憧「麻雀部の活動開始とあたしの恋愛遍歴はまったく関係ないでしょーが!」

憧「あと"やっぱり"ってどういう意味よ!」

穏乃「玄さんのいったとおりでしたね」

玄「私ってドラを抱える能力だけじゃなく他人の交際歴を察知できる能力もあるのかもー」

憧「うわっ、玄いつのまに――って人の話を聞きなさいっ!」

――――――――

――――

――

4

憧「で、詳しく説明してもらおうかしら」

穏乃「あ、あの、憧」

玄「あ、憧ちゃん……」

憧「なによ」

穏乃「その、からかったことについては謝るからさ」

穏乃「もう許してよ……正座は」

玄「タイル張りの床に正座はなかなかきついものがあるのです……」

憧「うるさい! あたしをからかった罰よ。あたしがいいっていうまでおとなしくそうしてなさい!」

穏乃「そんなー」

玄「もう痺れてきたかも……」

5

憧「というか、そもそもしずはなんであんなことをあたしに聞いたのよ」

穏乃「なんでっていわれても……。ねえ、玄さん」

玄「それは以前から疑問に思ってたからだよ、憧ちゃん」

玄「だって今の憧ちゃん、小学校の頃に比べてぐっと大人っぽくなってるんだもん」

憧「え」

玄「ほら、女性は恋愛を、つまり異性とお付きあいすることで身も心も美しくなるっていうから」

玄「だからこんなに綺麗になった憧ちゃんもやっぱりそういうロマンスのひとつやふたつは経験しているのかなーって」

穏乃「まったくだよ。お前、いつのまにそんなに色っぽくなっちゃったんだよ!」

憧「い、色っぽくって……」

6

憧「……まあその、とりあえず褒め言葉として受けとっておくけど」

憧「二人がいうほどあたしって変わったかな」

憧(そりゃ背は多少伸びたし……まあ、髪もあの頃に比べればだいぶ伸びたか)

玄「うん、すっごく変わったよー」

穏乃「吉野山の春の桜シーズンから秋の紅葉シーズンに移り変わるのと同じくらい変わったよ!」

憧「そ、そう」

玄「で、実際のところどうなの憧ちゃん」

憧「うっ」

穏乃「私、気になって夜も眠れないよ!」

7

憧……し、知らないっ!」

憧「答えられる範囲でしか答えないってもとより断ったし」

憧「そもそもあたしにそれを答える義務なんかない!」

憧「それにこういうのって自分の、その、恋愛歴から暴露していくもんじゃないの、フツー」

玄「……ふぅ~む」

穏乃「それもそっか」

憧「そ、そうよ。だからこの話題はこれでおしまい――」

穏乃「じゃあ、私の経験を憧に伝えれば私は憧のそれを聞く権利がもらえると解釈していい?」

憧「もちろ――うん?」

穏乃「おっ、いったね。玄さん聞きました?」

玄「うん、言質はばっちり確認できたよー」

憧「えっ、ち、違う、今のは――」

8

穏乃「えー、ゴホン」

穏乃「実はさ、私、小学生のときから彼氏にしたいって思うほど意中の、その、いたんだよね」

憧「!?」

穏乃「いや、現在進行形で今でも片想い中……になるのか」

玄「おぉ~」

穏乃「でも私なんかが付きあうとかそういうのは、ほら、その、どだい無理な話で」

穏乃「遊び以上の関係にはなれないけど、私は遊びの関係でいいと思うし」

憧「あ、遊びの関係っ!?」

穏乃「うん。それで遊んでいるとふと一体感を覚える瞬間があってね」

穏乃「その時は本当に何ものにもかえがたい快感を感じるんだ」

憧「か、快っ……!?」

穏乃「あれの感覚は思い出すだけでも体が打ち震えるよ。体がとけるってまさしくあれのことをいうんだなって」

9

憧(な、ななななななにいいだしてんの、しずは!?)

憧(遊びの関係とか快感とか体がとけるとか……)

憧(あ、あたしの知らないところで一体どこまで進んでるっていうのよ!)

憧(――いや、違うっ、そうじゃないだろあたし!)

憧(友達が真っ当な道を踏み外しかけてる今こそ)

憧(ここはあたしがあいつの目を覚まさせなくちゃ)

憧「し、しずっ!」

穏乃「でも最近は麻雀第一の生活を送ってるから、しばらく山とは遊べずじまいなんだけどね。……あれ、どうかした、憧?」

憧「あ、あんた――え?」

穏乃「?」

10

憧「や、山……?」

穏乃「うん。恋愛経験っていうから、私の大好きな山についての体験を語ってみたんだけど……」

穏乃「確かに恋愛かっていわれると人がでてこないあたり反則気味かな」

穏乃「でも好きも愛の一種だし、こんな話でもいいよね。そもそも私はそれ系の話のストックは他に持ってないし」

憧「……」

穏乃「じゃあ次は憧の番だね。……憧?」

憧「ま、紛らわしい言い方で語るなっ、このばかしず!」

穏乃「おおっ!?」

憧「あんたを一瞬でも心配したあたしがバカみたいじゃないの!」

穏乃「私はありのままを言葉にのせただけなんだけど!」

憧「知るかっ! 天然にもほどがあるわよ!」

11

<ギャー ギャー!!

玄「……」

ガチャッ

灼「こんにちは」

宥「こ、こんにちは~」

玄「あ、灼ちゃん。それにお姉ちゃんも」

灼「……なにしてんの」

宥「正座?」

玄「うん、ちょっとした罰ゲームなんだけど、二人もどうかな」

玄「精神面を鍛える意味で案外こういうのも練習に取り組められるのかも」

灼「……」

宥「お膝が寒くなりそう……」

12

灼「で、玄、あのふたりは一体なにを言い争ってるの」

玄「あっ、それを聞いちゃいますか、灼ちゃん。実はね――あうっ!」

灼「?」

玄「……あ、足が」

灼「……」

玄「足の痺れが、山場、かもっ」

玄「お、お姉ちゃん、た、たす、たすけっ――はうっ!」

宥「わわわっ、だ、大丈夫、玄ちゃん?」

灼「……」

13

灼(部活を開始するにはもう少し時間がかかりそ……)

【END】

乙です

otu
ところでこの調子で続けるとしたら、他校の話も出てくるんだろうか

>>15
ありがと!
>>16
咲日和のように他校をそれぞれメインにした話を量産するというスタイルよりかは、
たぶん阿知賀女子ネタでそのまま突き進んでいくんじゃないかなと思います。
他校ネタをやるにしても箸休め的に投下するのが精一杯な気がしたりしなかったり……。

【02.新生阿知賀女子麻雀部活動開始!】

1

<<ある日の阿知賀女子麻雀部前廊下>>

ガチャガチャ

憧「あ、あれ」

穏乃「どうかした、憧」

憧「いや、扉に鍵がかかっててさ。開かないみたい」

穏乃「まだ誰も部室に来てないの?」

憧「たぶん……というより、それ以外に他に理由ある?」

穏乃「誰かが内側からイタズラしてる可能性はあるかも」

穏乃「たとえば、扉付近に雀卓をずらして通せんぼうしてるとかさ」

憧「……そんな小学生みたいなイタズラ、あんたしかしないって」

穏乃「でも雀卓って結構重いから動かすのにも一苦労するんだよなー」

穏乃「懐かしいや、あはは」

憧「……」

憧(こいつ、過去に実行済みか)

2

憧「……はあ、仕方ない」

憧「こんなところでだべって無為に過ごすのもあれだし、鍵借りに行こっか」

穏乃「あ、じゃあ私取ってくるよ」

憧「いいの?」

穏乃「うん、ちょうど今走りたくて体がうずうずしててさ」

穏乃「廊下を走る口実もできたし」

憧「いや、口実にはなりえないんじゃ――」

穏乃「だからさ、私、職員室までちょっくら行ってくるよ!」

穏乃「じゃ、また後で。うおおおおっ」

ヒューンッ

憧「……」

憧(相変わらず無駄に元気だなぁ、しずは)

憧(……教師に捕まって説教食らうのが目に見えてるけど)

憧(そうならないようにあたしはここで祈っておきますか)

――――――――

――――

――

3

憧「……」

<アコチャーン

憧「ん」

玄「こんにちは、憧ちゃん」

憧「あ、玄」

玄「どうしたの、部室に入らないの?」

憧「いやー、今、扉に鍵かかっててさ。しずが鍵取ってくるまで待機中」

玄「そうなんだ」

玄「じゃあ、穏乃ちゃんが来るまでのんびりしてよっか」

憧「そうだね」

4

憧「……そういえば、灼さんは一緒じゃないの?」

玄「灼ちゃんは赤土さんに呼び出されてたから少し遅れてやってくると思うよ」

憧「ふーん」

憧「宥姉は……、学年違うからわかんないか」

玄「んーっとね、昨日お姉ちゃんに言伝をもらったんだけど」

玄「高校生活最後の一年を過ごすにあたって、校長先生から大変タメになるお話を聞かせられるから遅れるとかなんとかいってたような……」

憧「うわっ、宥姉かわいそう」

憧「無駄に長いだけの話なんて誰も聞きやしないのにね」

玄「あ、あはは」

5

<アコー! タイヘンダー!

憧「お、さすがしず。もう戻ってきたか」

玄「廊下を走るのはよくないと思うなー」

穏乃「はぁ、はぁ……」

穏乃「た、大変だよ、憧! ――あ、玄さんこんにちは」

玄「こんにちは、穏乃ちゃん」

憧「……大変ってなにが。廊下走って教師に怒られたとか?」

憧「あんたは大変だったかもしれないけど、あたしたちは別に痛くも痒くもないわよ」

穏乃「違うよ! 私個人の問題じゃなくて、部全体に関わる問題だよ!」

玄「?」



穏乃「私たち、阿知賀女子麻雀部はまだ完全に部として体をなしていなかったんだよ!」

6

憧「え」

玄「どういうこと……?」

穏乃「つまり、実は私たちは同好会の域を脱していなかったんです!」

穏乃「これ見て、これ!」

憧「……部創設申請書?」

穏乃「職員室に行ったらさ、いつまでもウチらの部が麻雀同好会として扱われてたから」

穏乃「近くにいた先生に部に昇格したよって訴えたらこれ渡されちゃって……」

玄「ああっ、そういえばそうだったよ!」

玄「赤土さんが正式に職員として採用されるまでは、申請書を出しても無効扱いされるから」

玄「ずっと私が提出せずにカバンにしまっていたんだ!」

玄「えっと、これだよね」

ゴソゴソ

7

玄「あった」

穏乃「おおっ、それですそれ!」

憧「……」

玄「じゃあ、早速提出して麻雀部に昇格させないとだね!」

憧「ねえ、ちょっとそれ見せて」

玄「あ、はい」

憧「……」

憧「……この欄、空白になってるけど」

穏乃「どこどこ?」

憧「ほらここ、部長の欄」

穏乃「うおっ、本当だ」

憧「ここも埋めないと申請書は受理されないんじゃないの?」

8

玄「わわわっ、どうしよう」

玄「えっとえっとー……そうだ、一時的に誰かの名前を借りることにして――」

憧「こらこら。そんなことしても後々めんどくさくなるだけでしょ」

玄「そ、そうだよね。じゃあ……」

憧「ハルエに決めてもらえば済むことじゃない? それか、麻雀部のみんなで一応話し合ってみるとかさ」

穏乃「あれっ、部長ってまだ決めてなかったっけ」

穏乃「だいぶ前から灼さんが部長を任されてたような気がしたんだけど」

憧「正式にはまだ決まってないんじゃないの? 確かに、困ったらなにかと灼さんに泣きついていたような記憶あるけど」

穏乃「あ、思い出した。春休み中、自動卓の修理のためにあれこれ四苦八苦してたときだ」

穏乃「あのときも灼さんに頼ってバイトのダブルブックマークの解決策を打ち出してもらったり――」

憧「ブックマークじゃなくてブッキング」

穏乃「ああ、それ、ブッキング」

憧(なによ、ダブルブックマークって)

9

穏乃「そっか、あれからもう約二週間経ってるのかぁ」

穏乃「松実館に憧んちの神社、そして鷺森レーンズ。全部楽しく働けたよね!」

憧「ま、桜満開の今のほうがあたしんちは忙しいんだけど。玄んちの旅館もそうでしょ」

玄「うん! だから家に帰ったらすぐに旅館のお手伝いをしなくちゃ」

憧「お、さすが旅館の娘。親孝行してるなー」

玄「え、憧ちゃんは家のお手伝いしないの?」

憧「あたしは、ほら、お姉ちゃんが雑務一般すべてこなしてくれるから。うん、決してあたしがお手伝いから逃げてるわけじゃないわよ」

穏乃「でも境内掃除って結構大変じゃなかった? いくら望さんが要領がいいといえども、さすがにそれは重荷なんじゃ」

憧「……まあ、そうね」

穏乃「それに参拝者さんが多く訪れるこの繁忙期こそお手伝いしないと! 望さんの負担を少しでも軽くしてあげるのが姉妹ってものだよ!」

憧「うっ」

憧(まさかしずに正論をいわれる日が来ることになろうとは)

10

憧「……えっと、その話はとりあえず脇に置いといてもとの話に戻そっか」

玄「もとの話……」

穏乃「……なんの話してたんだっけ」

憧「部長を誰にするかって話でしょ」

穏乃「おおっ、そうだそうだ」

憧「といっても、あたしたちだけで部長を決められるわけないし、やっぱここはハルエが来るまで様子見するのが妥当だと思うんだけど」

玄「そうだねー」

憧「でも、誰が部長に相応しいかっていえば……、結局は灼さんと宥姉に絞られちゃうよね」

穏乃「一般的に考えると、やっぱり年長の宥さんが部長の役を果たすべきなのかな」

玄「でも十年前に赤土さんが一年生ながら部長として阿知賀女子麻雀部を牽引した例もあるし」

穏乃「あれ、赤土さん部長だったの?」

玄「確かそうじゃなかったかな」

憧「たぶんあってる。お姉ちゃんが昔そんなこといってた気がする」

穏乃「そっか。……そうなるとやっぱり灼さんが適任っぽく感じるかな、私は」

穏乃「宥さんは部長というより、見て癒やされる癒やし役のほうがあってる気がする」

憧「そうだよね。それに宥姉が部長になったら、部長権限使ってずーっとストーブ運転させるなんてことも……」

穏乃「うっ、それは困る」

11

玄「ま、まあまあ。扉の前でずっと立ち話をするのもなんだし、とりあえず部室に入ってからまたその話はしよっか」

穏乃「それもそうですね。鍵取りに行っただけなのに、予想外に立ち話に没頭しちゃったよ」

穏乃「よいしょっと」

カチャッ

憧「……」

憧(さすがのしずでも別の鍵を間違えて持ってくるというドジは踏まないか)

穏乃「どしたの、憧?」

憧「あ、うん、別になんでもない」

憧「早く部室入ろっか」

穏乃「?」

――――――――

――――

――

12

<<阿知賀女子学園 敷地内駐車場>>

灼「……」

晴絵「春のそよ風に乗って華麗に舞い落ちる数々の桜の花びら」

晴絵「これを風趣といわずなんと語るや……、なんてね」

灼「あの、ハルちゃん、話って……」

晴絵「ん? ああ、悪い悪い。実はさ――」

晴絵「灼に部長、引き受けてもらいたいんだ」

灼「えっ」

晴絵「ダメ、かな」

灼「……」

灼(私が、部長――)

13

晴絵「一番しっかり者に見えるからね――」

灼(……!)

灼「私が、しっかり者……」

晴絵「うん」

灼「だから私が部長……?」

晴絵「おうよ」

灼(部長――)

灼「で、でも、しっかり者っていうなら、憧ちゃんも結構しっかり者だと思……」

晴絵「ふむ。確かに憧もしっかりしてるっちゃしてるけど――いや、違うな。憧に関してはしっかりというよりちゃっかりだわ」

晴絵「ほら、あいつ普段は私のこと呼び捨てにしてるけど、コンビニに連れ立って行くと、自分の欲しいものをねだるときだけ呼び捨て封印したりするからさ」

晴絵「そういう振る舞い見てるとやっぱ憧はしっかりじゃなくてちゃっかりだわ」

灼「そ、そうなんだ……」

14

晴絵「あと、こういうのはしっかりに見えるってのも重要なのよ」

晴絵「見かけも重要ファクター!」

灼「見かけ……」

晴絵「どうかな、私は灼が部長に適任だと思うんだけど」

灼「……」

灼(私が、適任……)

灼(そんなことまったく思ったことないけど……)

灼(この人がそういってくれるなら――)

灼(私の尊敬するハルちゃんが、私をそう強くあと押しして、)

灼(私に期待してくれているなら――)



灼「ハ、ハルちゃんがそういうなら……引き受ける」

15

晴絵「そう!」

晴絵「いやー、よかったぁ。実はね、私も部長だったんだよ。一年生だったけどね」

灼「……うん」

灼(知ってるよ、ハルちゃんが部長をつとめていたことは)

灼(そして、ハルちゃんが晩成高校を打ち破って阿知賀を全国大会に出場させたことも)

灼(準決勝で大量失点をして惨敗を喫したことも)

灼(ハルちゃんからネクタイを貰ったことも、麻雀から離れてしまったハルちゃんのことも)

灼(全部、全部覚えているよ)

灼(でも、再びハルちゃんはこの場所に戻ってきた)

灼(あの時の私はテレビでハルちゃんを応援する側だったけど、)

灼(今、こうしてハルちゃんと一緒に夢に向かって――)

晴絵「なあ、灼」

灼「な、なに?」

晴絵「部長として最初のお仕事、片付けてくるか!」

灼「えっ」

晴絵「部長になったこと、みんなに知らせないとな!」

灼「……はい!」

――――――――

――――

――

16

<<阿知賀女子麻雀部>>

穏乃「じゃあまず灼さんが部長になった場合を仮定して、そのときは宥さんにも役職を与えるなんてどうかな」

穏乃「そうすれば年長の宥さんの面目も保てるはず!」

玄(たぶん、お姉ちゃんはそういうことは気にしないと思うんだけどなぁ)

憧「でもさ、部活動で生徒が受けもつ最上級の役職が部長でしょ。部長より低い役職につけても、それはそれでかえって気分を害させるんじゃない?」

穏乃「……じゃあ、会長を新しく創設する」

憧「いや、それじゃ部長より高い役職になっちゃうでしょ」

穏乃「……麻雀部アドバイザーは?」

憧「コーチ的な意味合いのほうが強いわよ、それ」

穏乃「……あったか親善大使」

憧「無茶苦茶で意味不明。……あんた、最後テキトーにいったでしょ」

穏乃「なんだよ! じゃあ憧が考えればいいだろっ!」

憧「い、いや、こういうのはインスピレーションに富んだしずのほうが向いてるっていうか」

玄「穏乃ちゃん、抑えて、抑えて」

17

ガチャッ

晴絵「よっ、みんな、ちゃんと練習してるか?」

灼「……」

穏乃「あ、赤土先生! こんちはー!」

玄「灼ちゃんもこんにちは」

灼「う、うん」

憧「そうだ。ねえハルエ、実は今、部長が決まってないから部の申請書出せなくて困ってるんだけど」

晴絵「部長? ああ、ちょうどいいや。今からその新部長に就任挨拶をしてもらおうと思ってたところなんだよ」

憧「あ、そうなんだ」

穏乃「えっ、部長! もう決まってるんですか」

晴絵「うん。じゃ、あとはよろしくなっ、部長!」

ドンッ

灼「うわ……っと、えっと」

灼「その、今日から阿知賀女子麻雀部の部長をつとめることになりました鷺森灼です」

灼「今はまだ頼りなくて、皆さんに多分にご迷惑をおかけすることになると思いますが」

灼「阿知賀女子麻雀部の全国優勝という目標を叶えるために、精一杯の力を注いでいきたいと思いますのでよろしくお願いいたします」

18

穏乃「おおっ!」

玄「頑張ろうね、灼ちゃん」

灼「……うん!」

穏乃「ああああああああっ!」

憧「もうっ、なんなのよあんたは! 喜んだと思えば突然大声あげたり!」

穏乃「灼さんが部長になったっていうことは、なおのこと宥さんに相応しい役職をつけてあげなきゃ!」

晴絵「あれ、そういえば宥はまだ来てないの?」

玄「お姉ちゃん、今頃、校長先生のお話を聞いてるはずでして……」

晴絵「校長? ……あー、そういえば三年生はそんなイベント用意されてたっけ」

晴絵「で、役職って一体なんのこと?」

玄「実は――」

19

晴絵「えっ、宥って自分が部長にならないと気がすまないタチなの!?」

玄「私はそんなことないと思うんですけど、でも穏乃ちゃんは……」

晴絵「ま、まあ、宥が不満を漏らすようだったら、私が直接説得しに行くよ」

玄「むしろお姉ちゃんは部長にならないことで人前に出る機会が減るから喜ぶと思うんですけど……」

晴絵「……同感」

憧「ねえ、ハルエ」

晴絵「ん?」

憧「もしかして晴絵ってウチらがまだ同好会でいたこと、把握してたんじゃないの」

晴絵「ああ、知ってたよ」

憧「じゃあなんでもっと前に教えてくれなかったのよ」

晴絵「アレだよ、活動計画書や費用書類をまとめないと申請書だけ書いてもまだ部に昇格しないからさ」

晴絵「どうせならそれらを片付けてからキリよく麻雀部として活動開始したほうが気持ちがいいだろ?」

憧「あ、そうなんだ。そういう書類も存在してたんだ」

晴絵「そういうこと」

20

晴絵「おっ、なんだ。申請書、もうほとんど書き上がってるじゃん」

晴絵「ちょうど部長も決まったことだし、とっとと記入しちゃおっか」

晴絵「ほら、部長」

灼「……うん」

穏乃「これで阿知賀女子麻雀部が正式に活動開始するんですね!」

玄「うん、今日は私たちの記念すべき日だよ」

憧「これからもっとたくさんの記念日を作れていけたらいいよね」

灼「……違うよ、憧」

憧「?」

灼「いけたらいい、じゃなくて"作る"んだよ」

灼「晩成高校を倒して、全国の強豪と戦って、そして優勝する――」

灼「そんな記念日を私たちはこれからたくさん作っていくんだよ」

憧「……そうですね!」

穏乃「灼さん、もう部長の貫禄出てますよ!」

玄「やっぱり阿知賀女子麻雀部の部長は灼ちゃんが一番相応しいね!」

灼「あ、ありがと……」

21

晴絵「はっはっはっ、まあ正確にいえば、この申請書が教頭や校長の目に通されるのは明日以降だから」

晴絵「今日は阿知賀女子麻雀部の正式な活動開始記念日じゃないんだけどな!」

憧「うわっ」

穏乃「赤土さん……」

玄「え、えっと……」

灼「……」

晴絵「あ、あれっ」

22

灼「煩わし……」

【END】

おつおつ

読み返していてどうしても手直しを加えたいところがあったので、そこを修正します。

【01.成長したあいつ】の11

玄「精神面を鍛える意味で案外こういうのも練習に組み込められるのかも」 に修正


【02.新生阿知賀女子麻雀部活動開始!】の12

<<阿知賀女子学院 敷地内駐車場>> に修正


【02.新生阿知賀女子麻雀部活動開始!】の19に修正&追加文

玄「むしろお姉ちゃんは部長にならないことで人前に出る機会が減るから喜ぶのではないかと……」 に修正

憧「もしかしてハルエってウチらがまだ同好会でいたこと、把握してたんじゃないの」 に修正

【修正&追加文】

憧「じゃあなんで教えてくれなかったのよ」

晴絵「アレだよ、顧問の私が活動計画書や費用書類をまとめないと、部員のあんたらが申請書だけ書いても完全には部として昇格しないからさ」

晴絵「どうせならそれらを片付けてからキリよく麻雀部として活動開始したほうが気持ちがいいだろ?」

憧「ふーん、そういう書類も必要なんだ。意外とめんどくさいわね」

晴絵「まあね。これは教師陣が顧問を引き受けたがらない理由のひとつでもある……という話はどうでもいいや」

晴絵「そして、その書類やらは身を尽くして私が準備してきた。あとは申請書を添えて提出するだけ――って」

【02.新生阿知賀女子麻雀部活動開始!】の20

憧「これからもっとたくさんの記念日を作れていけたらいいよねっ」 に修正

穏乃「灼さん、もうすでに部長の貫禄が出てますよ!」 に修正

「お前のどうしてもは細かすぎだし多すぎてキモいわ」と、ツッコミいれたくなるくらいの量ですが、
すみません、これが自分の性分なので許してください。完全に自己満足です。>>1に書いた通り「自由気ままに」ということで、修正もそのようにやらせていただきます。
該当レスに戻って修正できる機能が欲しいです。

追加

【01.成長したあいつ】の7

憧「……し、知らないっ!」に修正

だいぶ遅れたが乙です
こういう前日談的なもの凄く好きです
仲良い阿知賀の面々がもっと見たいですねー

>>40
>>43
ありがと!
漫画、アニメ、ドラマCDのネタを少しずつ盛り込んでいけたらいいなーと思います。

【03.ミーティング(オーダー決め編)】

1

<<とある日の阿知賀女子麻雀部>>

晴絵「つまりだ」

晴絵「私たち、新生阿知賀女子麻雀部の強みはというと……はい、しずっ!」

穏乃「へ?」

晴絵「県下独走状態の晩成高校に対して阿知賀女子麻雀部が有する勝利へと導く武器は一体なんだ!」

穏乃「ぶ、武器ですか」

晴絵「そう!」

穏乃「え、えっと……、直近の日本リーグで怒涛の活躍を見せていた優秀な指導者の赤土先生を擁しているところだと思います!」

晴絵「ありがとう! でも優秀な指導者かどうかはお前たちが県代表になり、全国の強豪校を倒してはじめて判断されるのであって、最初から私のことをそういうふうに盲目的に崇める必要はないぞ!」

穏乃「は、はい」

憧(崇めてはいないっての)

晴絵「もちろん優秀な指導者になれるよう私も最善を尽くしていくつもりだけどね。……じゃあ、次は憧!」

憧「ふむ」

憧「……そうね、牌譜その他諸々のデータが他校に行き渡っていないのは、私たちにとって大きなアドバンテージの一つだよね」

憧「とくに玄みたいな特殊な打ち回しをするプレイヤーを抱えてるウチらには、当日までその存在を他校に隠しおおすことができたならそれだけで大きな武器に成り得るんじゃないかしら」

晴絵「合格! さすが憧だね。よく自チームを分析できてるよ」

2

晴絵「県予選まで二ヶ月。少しでも晩成を打破する確率をあげるためにこの利点を活かさない手はない!」

晴絵「手の内を見せずに大会に臨められるのは近年の実績がほぼないノーマークのチームだけであり、それは一つの特権だ!」

晴絵「名づけて"能ある鷹は爪どころか存在をも隠す作戦"。私たちはこの方針で奈良県予選の台風の目となって晩成を倒し、代表を勝ち取る!」

穏乃「おおっ、ちょっとかっこいいかも!」

宥「なるべく私たちの情報を他校の人たちに知れ渡らないようにするということは……」

灼「この二ヶ月は他校とは練習試合をまったく行わないの?」

晴絵「うーん、少なくとも奈良県内の高校とは練習試合する予定はないし、する必要もないよね」

憧「つまり、他県の高校と対戦するわけだ」

晴絵「そういうこと。ただ、練習試合するにしてもほぼ無名の阿知賀からの申し出がよその高校に引き受けられるかというと……ちょっと難しい部分がある」

穏乃「えっ、なんで? 十年前、赤土さんが阿知賀を全国に導いてくれたじゃないですか。無名なんかじゃないですよ!」

晴絵「それは昔の話。一度、阿知賀が全国準決勝まで進んだからってそれ以降なにも音沙汰がなければすぐに忘れ去られるのが世の常さ。ここ奈良界隈ではまた別なのかもしれないけど」

晴絵「ま、練習試合の件については実業団時代のツテを頼ってこっちでなんとかしておくよ。実業団出身で仕事の傍らに麻雀部のコーチしている人も少なからずいるだろうし」

晴絵「でも今のところは資金面の問題でそうバンバン練習試合を組めるわけではないから、そこは肝に銘じておくように!」

3

晴絵「――さて、この話題はひとまずここまでにしておいて」

憧「えっ、まだあるの」

晴絵「もちろん。……こら憧っ、露骨に嫌そうな顔するな!」

晴絵「んっんっ、ゴホン……で、ここからが本題なんだけど」

晴絵「団体戦のオーダー、私がすでに決めておいたぞ!」

穏乃「うおっ、オーダーもう決めちゃったんですか!」

晴絵「もう決めたといっても大会まで残り二ヶ月だし、早くから自分の立ち位置を意識しながら麻雀を打つのはそう悪いことじゃない!」

晴絵「いや、むしろいいこと尽くめだ! とくに打ち筋にはっきりとカラーが出てる私らのようなチームでは――」

憧「そういう説明は後からでいいって。先にオーダー発表してよ」

晴絵「ふっふっふっ、仕方ないな」

晴絵「よしっ、景気づけに誰かドラムロール頼む!」

灼(スネアドラムなんてこんなところにあるわけないのに……)

玄「え、えっと……、どぅるるるるるる」

灼「……健気に言いつけを守らなくていいよ、玄」

4

晴絵「といっても、口頭で先鋒から大将まで順に発表するのはなんとも味気ないというか何というか……みんなもこの感じ、わかるだろ?」

穏乃「あっ、わかります! 部員が五名の阿知賀じゃ副将の指名発表が終わった時点で自動的に大将の人も決まっちゃいますからね」

穏乃「大将に指名された人は瞬間興ざめすること間違いなしですよ!」

晴絵「だろだろ? だからみんな、目をつぶるんだ!」

宥「えっ」

灼「なんで目をつぶる必要があるの……」

晴絵「肩叩き式で決めるんだよ。ほら、某グルメチキンレース番組と同じ形式で決めたほうが驚きあり喜びありで面白味が出るみたいなさ」

灼「でもそれって罰ゲーム的な負の側面のほうが強いんじゃ……」

憧「あと、そんな茶番やる暇があったらそのぶんの時間を練習時間にあてたほうが有意義」

憧「回りくどい真似はやめて素直にボードに書いて発表したらいいんじゃないの」

晴絵「うぐっ……ごもっともです」

晴絵(さすが阿知賀のツッコミ担当組。なかなか手厳しいね……)

――――――――

――――

――

5

キュッキュッ

晴絵「よーっし、完成。これが新生阿知賀女子麻雀部の団体戦のオーダーだ。みなの者、刮目せよ!」




大  副  中  次  先
将  将  堅  鋒  鋒

高  鷺  新  松  松
鴨  森  子  実  実
穏  灼  憧  宥  玄





玄(先鋒……チームを勢いづけるための重要ポジションだね。頑張らなくちゃ)

宥(次鋒かぁ。憧ちゃんに上手にバトンパスできるといいんだけど)

憧(ふーん、妥当といえば妥当なのかな。でもしずが大将ってことは――)

灼(副将、ね)

穏乃「うわっ、私大将だよなんでっ!?」

晴絵「おっ、しずは大将に指名されて不満か~?」

晴絵「まあ、しずに限らず他のみんなも私の決定に疑問や納得しかねるところが当然あると思うから逐一説明していくよ!」

6

晴絵「まず団体戦は単なる個人戦形式の試合の連なりじゃないのは、みんな百も承知だよね」

穏乃「点数の引き継ぎがあるからこその団体戦!」

晴絵「そう、この点数の引き継ぎの部分が団体戦で重要な位置を占めて、かつミソなんだ」

晴絵「そして、と」

キュッキュッ


『必勝パターンの確立』


玄「必勝パターンの」

宥「確立?」

晴絵「うん、団体戦は選手各々が分業的な役割を担うことになるのが基本であり、またその役割に沿った必勝パターンを確立することが勝利への近道、最短距離となる」

晴絵「そしてこのオーダーは新生阿知賀女子麻雀部メンバーが最も機能的に働き、晩成含む奈良県内の高校はもちろん、全国の強豪校にだって渡り合えるものだと私は考えてる」

晴絵「ここからは一般論を交えつつの私の持論なんだが――」

晴絵「まずは先鋒。ここには稼ぎ頭アンドエースを置くのがオーソドックスであり、このスタイルが最も世に広く普及している」

晴絵「なぜならここでうんと点数を稼いでおくと、のちの展開がぐっと楽になるからだ!」

晴絵「わざわざ私がこう説明しなくてもみなまで理解してると思うが、先鋒戦終了時点で圧倒的な点数差をつけておくと、基本的に他校は無理してでも高い手を張って和了を目指しにくる」

晴絵「そこが隙となり狙い撃ちされ、そして悪循環に陥り、いずれ完全な蟻地獄と化す」

7

晴絵「以上を踏まえると、玄ほど他校にプレッシャーを与えることができて、かつ先鋒に打ってつけの人物はいないよな?」

玄「あ、は、はいっ」

晴絵「跳満、倍満は朝飯前の玄には先鋒戦で存分に暴れてもらい、できるだけ有利な展開に持ち込んでいってほしい。頼んだよ!」

玄「お任せあれ!」

晴絵「で、次は次鋒と中堅――宥と憧の話に移るんだけど」

宥「はい」

憧「待ってましたっ」

晴絵「言うなれば、二人は阿知賀の影のエースだ。……日本語おかしいな、エースズ、いや、それじゃもっとおかしくなる……秘密兵器ではニュアンスが違ってくるし……、まあいいや!」

晴絵「この並びはね、阿知賀の必勝パターンが崩れたとき――すなわち、玄が他校のエースを相手にまったく手も足もでなかったときに最も効果を発揮するであろうと私は睨んでいる」

宥「玄ちゃんが手も足もでない対戦相手……」ブルブル

晴絵「先鋒戦はエース、もとい怪物が暴れることがままあるポジションだからね。いつも玄の大量得点をアテにして先行逃げ切りで勝ち進められるとは限らない」

晴絵「そこで鍵となってくるのが、まず宥!」

晴絵「宥には玄に次ぐ阿知賀のポイントゲッターとしての役割を期待してる。妹の仇は姉が討つ、だ!」

玄「か、仇……」

8

晴絵「もちろん、ドラマ性に富んだ、マスコミの格好のネタになるような"お姉ちゃんの逆転劇!"を狙ってやつらのウケをとるためにこの流れにしたわけじゃないからな。そんなものは一切考慮に入れておらん!」

晴絵「ここで重要なのは宥の持つ特異な能力――赤い牌を集中的に手牌に呼び込む力だ」

宥「あったかい牌ですか……」

晴絵「うん。玄ほどコンスタントに高得点を稼げるわけではないけど、それでも波に乗れば安定して満貫、跳満手を相手に食らわせて和了ることも宥の力では可能なはずだ」

穏乃「メンチンに一気通貫を狙って、さらにドラが絡めば玄さんの火力にまったく引けをとらないですしね!」

晴絵「都合よく事が運べばそれもあり得るね。ただその打ち回しに固執しすぎるとそこを付け込まれて、それこそ蟻地獄状態に陥る可能性もなきにしもあらずだから難しいところだけど……」

晴絵「まあでも宥に関しては、そう大崩れすることはないだろうと願望含めて勝手に見当つけてる」

晴絵「玄に比べると捨て牌の制限はないし、敵が対宥対策を講じてきたところで逆にそれを利用して引っ掛けさせることだってできるからね」

晴絵(……そのぶん火力が落ちるのが多少悔やまれるけど)

憧「要はウチらの必勝パターンが崩れたとき、その軌道を修正するため次鋒に宥姉を据えたってわけね」

晴絵「そういうこと。筋は通っていると思うんだけど納得してもらえたかな?」

宥「は、はい」

晴絵「……先はマスコミウケのためじゃないだの何だの偉そうに語ったけど、本気で劣勢の状況に追い込まれたら"火事場のお姉ちゃんパワー"に縋ってみるのもありだからな、宥!」

宥「が、頑張ります……」ブルブル

9

晴絵「で、次は憧!」

晴絵「宥が得点面での影のエースなら、憧はゲームメイク面での影のエースだ」

憧「ゲームメイク、ね」

晴絵「ゲームメイク――つまり、以降の試合の展開を決定づけるようなチームの要の位置づけになるんだけど」

晴絵「実はこの中堅というポジションがまた厄介でね。ここほど戦力の差が浮き彫りになるポジションは他にないといってもいいくらいだ」

晴絵「それで……ちょっと待ってな。――えっと、あったあった。はいみんな、これ一部ずつ受けとって」

穏乃「これは……」

宥「今年の春季大会団体戦の記録と――分析表?」

玄「すごい……。これ全部赤土さんが一人で作ったんですか」

晴絵「まあ、一応」

憧「あっ、これ昨年度のインターハイの記録も載ってるじゃない。……お、晩成発見!」

10

晴絵「本当はそれぞれ過去三年分のデータを用意したかったんだけどね」

晴絵「麻雀部顧問と同時に教育職員の立場でもあるから、いかんせん、そこまで手を回す時間が確保できなかった……ってのは自分に都合のいい言い訳であり怠慢だよなぁ」

玄「そ、そんなことないですよ! 赤土さんはこの春に教師として就職されたばかりですし、ご多忙の中ここまで用意してくれただけでもありがたいです!」

灼「それに指示さえ出してくれれば私たちでも資料集めや書類綴じくらいのことはできるから。……もっと私たちに雑務を割り当ててもいいよ、ハルちゃん」

晴絵「そう? じゃあ今度からみんなにお願いしようかな」

穏乃「どんと任せて下さい。パソコン操作はからきし弱いんでそっちの方面では力になれませんけど、ホッチキスで紙を綴り合せるぐらいなら私でもできますから!」

憧「こらこら。このご時世、高齢の方でもパソコンをらくらくと使いこなしてるんだからしずにだってそれくらいできるわよ、というかできないとダメ!」

穏乃「じゃあ憧に教えてもらう!」

憧「えっ、あ、うん、別にいいけど……」

玄「うんうん」

玄(仲良きことは美しきかな、だね)

宥「?」

11

晴絵「よし、それじゃ話を戻すよ……そうだね、まずは表紙から三ページめくってそこに春季大会トーナメント一回戦の各校収支表の項目があるんだけど」

憧「これね」

晴絵「たとえばこの高校の得点収支の欄を見てみると……なにか気づかないか?」

穏乃「そうですね……先鋒戦や副将戦、そして大将戦ではけっこう善戦してるのに中堅戦でガクッと落ち込んでます。次鋒戦もマイナスで終わってはいるけど中堅戦ほどじゃないし……」

灼「中堅戦での大失点が尾を引いてそのまま一回戦敗退につながったと捉えてよさそうだね」

晴絵「そうだね。それでは次の欄――別の試合の収支表に注目!」

宥「……あっ、この高校も中堅戦で大きく順位を落としています」

玄「それまで三万点のリードをつけていたのに……ここも先の高校と同じように敗退してますね」

晴絵「ちなみに勝ち上がった両校はどちらも二回戦で敗退。つまり圧倒的な強さを誇る高校ではなかったわけだ……それはともかく」

晴絵「今見た例からわかるように、団体戦においては中堅が崩れてそのまま勝利を逃す高校も割りとあるんだよね」

晴絵「各大会直近のデータだけじゃ判断材料として不十分と思うかもしれないけど、高校時代の私の経験も絡めれば、確かに中堅戦が勝利の分かれ目になることは全体の傾向としてはあった。……もちろん、終始ワンサイドゲームで試合の主導権を握り続けるような強豪校と対戦する場合は別だけど」

晴絵「そして、中堅戦で差が出るのはおそらくチーム事情や方針の問題――結局は戦力の問題に起因するんだろうが、勝ち続けるチームというのはこの中堅戦を制してチームを有利な状況に導く、または勢いを落とさないことが多い」

穏乃「ふむふむ」

憧「当然といえば当然ね」

晴絵「あとは――そうだな、たとえばお隣の大阪の姫松高校なんかは伝統的にエースを中堅に置いてくるし、それも中堅戦が大荒れする理由のひとつだね」

12

晴絵「そういうあらゆる事情やケースを考慮したとき、中堅にはできるだけ攻守共に器用な打ち回しのできる選手を置いておきたいというのが私の考えだ」

晴絵「点数を稼げられそうなときには思いっきり稼いで、」

晴絵「中堅エースや思わぬ伏兵を相手にしたときでも動ぜず、かつ早和了りで場を進めて他校の選手に試合を支配させない――つまり、ゲームメイクを可能にするためには」

晴絵「憧、お前の力が必要だ!」

憧「そ、そこまでいわれるとなんだか照れるわね」

晴絵「副将、大将戦への単なる通過点として一般には軽視されがちの、ある意味不遇なポジションだが、その負の印象を跳ね返すほどの活躍を憧には期待してるからな!」

憧「……最後のそれ、余計」

穏乃「やっぱり中堅ってそういうイメージ持たれるんだ」

玄「団体戦形式の競技の宿命だね……」

灼「トビ終了でもない限り世間の関心はエースが集う先鋒と勝敗が決まる大将ばかりに向いてしまうからね」

宥「あったかくない……」ブルブル

13

晴絵「そして最後は副将と大将――灼としずの話になるんだが、正直、ここが一番の悩みどころではあった」

晴絵「別に二人の実力を比較して副将、大将をそれぞれ決め悩んでいたわけじゃないんだ」

晴絵「みんな、資料の一五ページ目めくってみて――うん、そこ」

穏乃「あっ」

憧「これって」

玄「昨年のインハイの白糸台高校成績一覧ですね……」

晴絵「ここまでの話はね、あえてその存在に触れず主に県内の高校や平均的な実力の全国代表校を仮想の敵に置いて、そこからオーダー編成やウチのチーム方針を決めてたんだが」

晴絵「大将に誰を据えるか、そのことを考えるときに嫌でも意識せざるを得ない相手がいてね」

灼「白糸台の大将……」

宥「宮永照……さん」

晴絵「そう、宮永照だ」

晴絵「私たちが奈良代表となって全国大会を勝ち進んでいくとき、白糸台と一回戦であたるのか、はたまた二回戦、準決勝、決勝のどこであたるかはその時になってみないとわからないんだが」

晴絵「阿知賀女子麻雀部が全国優勝を目指す以上、順調に事が運べばいずれは彼女と相見えることになる」

穏乃「宮永さん、昨年のインハイは大将に位置していたから――それで私が大将に指名されてるということは――あれ、じゃあもしかしてもしかすると……」

晴絵「しずの想像通りだよ。昨年のインハイ、そして今年の春季大会で宮永照は続けて大将を任されている。仮に今年のインハイもそのまま大将として出場してくるなら……」

穏乃「ええええっ!? いや、ちょっとこれは、んんんんんっ!?」

憧「あ、あんた驚きすぎでしょ……。大将に指名された時点である程度は覚悟しないと」

晴絵「まあでも、まだ宮永照が大将と確実に決まったわけじゃないから……」

晴絵「だからそう取り乱すな、しず」

灼「可能性だけでいうなら、これは穏乃だけじゃなくみんなにもあてはまる問題だから落ち着いて」

玄「ほら、深呼吸だよ穏乃ちゃん。すー……はー、すー……はー」

穏乃「そ、そうですね……ふう」

14

憧「でもさ、灼さんを副将に、しずを大将に据えたからにはなにかしらの理由が存在するんでしょ」

晴絵「ん、まあね」

憧「それ教えないとしずも灼さんも――ついでにあたしも――納得できないよ」

灼「私は監督の決定に反抗する気は欠片もないけど……理由は気になるね」

晴絵「そうだね。……ただこれを理由とみなしていいのかどうか私でもいうのは憚られるわ」

――――――――

――――

――

晴絵「……実をいうと、大将に関してはフィーリングで決めたんだ」

憧「えっ」

宥「フィ、フィーリング……」

穏乃「フィーリングって……ケーキやサンドイッチに詰めたりするあのフィーリング?」

憧「違うっ、それはフィリング! 確かに語呂は似てるけど、この会話の流れからなんでケーキやサンドイッチの中身の話が出てくるのよ」

玄「そういえば明日は穏乃ちゃんの誕生日だよね。私、ケーキ持ってくるから楽しみに待ってていいよっ」

穏乃「えっ、いいんですか! やったー! ありがとうございます、玄さん」

晴絵「おっ、しずは明日誕生日なんだっけ」

穏乃「はい!」

晴絵「おめでとう。えっとしずは高一だから……十六歳になるのかな」

穏乃「そうです! 年齢を重ねる割に身長、体重はあの頃とほとんど変わらなくて、最近自分の身体に疑問を抱きはじめているところですけど」

晴絵「そうだなあ。体重はともかく、身長はそろそろ伸びはじめないと心配だよね。女子高生ってこの時期ぐらいで背は伸び悩んでくるし――」

憧「待て待て待て待て。その話はまたあとにするとして……今はオーダーの話を続けようよ」

晴絵「ああ、悪い悪い。でもね、結局はフィーリングの一言で言い尽くせるんだよ、これがまったく」

15

晴絵「私たちの目標が宮永照を倒すことだけに絞っていれば、また話は別になるんだけど」

晴絵「阿知賀女子麻雀部がエントリーするのは団体戦の大会であり、特定の個人を打ち破るためだけにチームを結成したわけじゃない。宮永照に力負けしても、チームが勝てばそれで問題ないからね」

晴絵「そのことを念頭に置いたとき、玄、宥、続く憧の並びはどうしても崩したくなかった。この並びは現状の阿知賀の戦力では他校相手に最も効果を発揮するだろうし、ベストだと私は信じている」

晴絵「だから副将と大将のポジションは必然的に灼としずの二人の中から選ばざるを得なくなるんだけど……ここのピースがなかなか嵌まらなかった」

晴絵「一般的には、実力の面から考えて誰それをどこに据えて云々……という話になるんだろうが、今のしずと灼にそう大きな実力差が開いているとは私は思わないし、現段階で実力面だけを考慮してオーダーを決めるのは何か違うような気がしたんだ」

穏乃「そういえばここまでは、その人固有の打ち筋に重点を置いてオーダーを組んでいますもんね」

晴絵「また、今の二人では――もちろんしずと灼に限らず、憧、玄、宥の三人にも同じことが言えるんだけど、実力面だけを考慮して大将にどちらかを据えても、宮永照には到底敵わないはずだ。ハコになる可能性だってないとはいえない」

灼「阿知賀が大量リードしているならともかく」

宥「白糸台高校を相手じゃ厳しい展開が予想されますし……」ブルブル

晴絵「それでさ、悩んでも悩んでもまったく決まらないから……もう自分の直感を信じることにしたってわけ」

晴絵「目を閉じて、県予選そして全国大会の大将戦をイメージしたとき、そのステージに立っていたのは――」

晴絵「しず、あんただったよ」

16

晴絵「字面だけを見てしずと灼のどちらを大将に据えるか悩んでいたときは、あーでもないこーでもないと思考が堂々巡りしてたんだけど」

晴絵「県予選や全国大会大将戦の映像を思い浮かべたら不思議としずの姿が頭の片隅をよぎってね。私の中でストンとなにかが腑に落ちた感じがしたんだ」

穏乃「私が……」

灼「……」

晴絵「するとね、自然と灼が副将戦で活躍するイメージも頭の中に流れ込んできて、」

晴絵「次第に玄と宥、そして憧、つまり阿知賀のみんなが活躍する、団体戦全体の映像が瞼の裏のスクリーンに煌々と映り続けたんだ」

憧「あー、漫画でよくあるパターンね――むぐっ」

宥(そういうこといっちゃダメだよ、憧ちゃん。めっ)

ギューッ

憧(ご、ごめんってば宥姉。もういわないから……あ、暑い、離して……)

宥(……もうちょっとだけ)

17

晴絵「……空想にも似た、なんの根拠もない選考理由だけどね」

晴絵「最初はギチギチに理屈で固めてそれらしい理論を引っさげてきたのに、最後は結局これだもんな。なんというか……ごめんね」

穏乃「そんなことは……」

灼「……」

玄「――でも私、赤土さんのいってること、間違ってないと思いますよ」

晴絵「玄……」

玄「うまくはいえないですけど……このオーダーを目にしてもまったく違和感を覚えませんでしたし、その、しっくりきたというか」

玄「そう、まるでずっと前からこの並びで私たちがインターハイを目指していたような――そんな気がするんです」

宥「うん、そうだね。私も玄ちゃんと同じ気持ちです」

憧「まあ、しずが副将ってイメージはなかなか思い浮かばないかなー」

灼「それに阿知賀女子麻雀部を復活させたのは他ならぬ穏乃だからね。大将に相応しいのは、穏乃だよ。……スポ根的な発想かもしれないけど」

穏乃「灼さん……」

憧「あと、しずは計算ができないというかたまに変な打ち方するから堅実な打ち筋の選手が多い副将には向いてないんじゃない?」

穏乃「な、なんだとっ! あの打ち方はちゃんと私の直感に基づいていてだな――」

憧「その直感が間違った方向に働くからいけないんでしょーが!」

<ギャー ギャー!

晴絵「あ、あはは……」

18

灼「それに、ね」

玄「うん、きっと今の私たちの実力ではまだ晩成高校を倒せるところまでに達していないと思うし」

宥「全国大会へ勝ち進むためには、赤土さんのご指導がまだまだ必要ですから」

灼「これからもご指導のほどよろしくお願いします、ハルちゃん」

穏乃「宮永さんはもちろん、今の段階じゃ和にも実力的にかなりの差をつけられているけど!」

憧「二ヶ月後にはきっとその差は縮まっているはずっ!」

憧「だってウチらには優秀なコーチがいるからね。でしょ、ハルエ!」

晴絵「みんな――」

晴絵「……うん、そうだね」

穏乃「じゃあそのためにももっとたくさん練習しなくちゃだよ! 特打ちしなきゃ、特打ち!」

憧「まずはハルエを打ち負かすのが目下の目標ねっ!」

穏乃「目指すは勝率十割、いや百割だよ!」

灼「百割って、それ違う……」

憧「あんたは百って数字を無駄に多用しすぎ……」

晴絵「……ふふっ」

晴絵(ありがとね、みんな)

――――――――

――――

――

19

穏乃「リーチっ!」

晴絵「通らないなー、ロン! 12000!」

穏乃「うわっ、またやられちゃった!」

憧「張るの早すぎでしょ、ハルエ。……しかもダマハネだし」

晴絵「ほら、落ち込んでる暇はないよ。次行くよ、次!」

灼「次は負けない……」

玄「……」

宥(赤土さん、いつにも増して闘牌にキレがある……)

宥「私たちも頑張らないとだね、玄ちゃん」

玄「……」

宥「玄ちゃん?」

玄「――あっ、な、なにお姉ちゃん」

バサッ

玄「あ」

宥「?」

宥(赤土さんから渡された資料……)

宥「玄ちゃん、これ読んでたの?」

玄「う、うん」

20

宥(白糸台高校のページ……?)

玄「……」ブルブル

宥「わわわっ、ど、どうしたの玄ちゃん、風邪?」

玄「ううん……、風邪ではないと思うんだけど、宮永さんの成績を眺めてたら急に震えが……」ブルブル

宥「えっとえっと、……マ、マフラーにする?それとも手袋にする?」

玄「だ、大丈夫だよ……うん、心配しないでいいよ、お姉ちゃん……」ブルブル

玄(どうしてだろう……)

玄(宮永さんの成績を見ていると――)

玄(先鋒として部を率いる宮永さんの姿が脳裏に浮かんでくる……)

玄「……」ブルブル

宥「く、玄ちゃん……」

宥「――えいっ!」

ギューッ

玄「お、お姉ちゃんっ!?」

宥「……大丈夫、お姉ちゃんがついているから。ねっ」

玄「お姉ちゃん――」

宥「うん」

玄「ありがとう、お姉ちゃん。でも……」

宥「?」

21

玄「あ、あづい……」

【END】

待ってた乙

【03.ミーティング(オーダー決め編)】の13

晴絵「私たちが奈良代表となって全国大会を勝ち進んでいくとき、白糸台と二回戦であたるのか、はたまた準決勝、決勝のどこであたるかはその時になってみないとわからないんだが」に修正

白糸台がシード校なのはおそらくこの時点でわかりきってることだろうからそこ修正。

おつー

>>66
>>68
ありがと!

【04.Shizuno's Birthday】

1

<<四月八日 阿知賀女子麻雀部>>

憧(……ふむ、ガーランドはこんな感じでいいかな)

灼「バルーンの取りつけ、完了だよ」

憧「あっ、了解でーす。――うわぁ、バルーンつけるだけでもやっぱり見映えが全然違いますね」

灼「そうだね。レターバナーだけじゃ少し物足りなさげだったけど、バルーンのおかげで全体的に整って明るい印象になったね」

宥「はい、憧ちゃん。ペーパーフラワー完成しましたー」

憧「ありがと、宥姉」

宥「これはどこに飾るの?」

憧「えっとね、紙幕の――うん、そこ。上辺にズラーっと並べる感じで」

宥「こう……かな」

憧「そうそう、じゃああたし反対側から飾りつけるから宥姉はそっちお願いね」

宥「うん」

ガチャッ

玄「ただいま、みんな!」

晴絵「おー、結構オーナメント凝ってるね。アメリカンホームパーティさながらの装飾具合」

灼「おかえり、玄、ハルちゃん」

2

玄「えっと――」

キョロキョロ

玄「……あれ、穏乃ちゃんはまだ来てないのかな」

憧「しずなら教室で待機してもらってるよ。飾りつけが全部終わってから呼びに行く予定ー」

灼「本日の主役にわざわざパーティの準備を手伝わせるわけにはいかないからね」

灼「それに準備段階から穏乃に部室に居てもらうと、このオーナメントを見たときの感慨がきっと薄れるだろうし……」

憧「バースデーパーティを行うなら当人には徹底して主役になってもらわないと、でしょ?」

玄「そっかー、それもそうだよね」

憧「それよりさ、玄が手に提げてるそれって――」

玄「あ、うん。穏乃ちゃんのバースデーケーキだよ、これ」

憧「おおっ、待ってましたー! 飾りつけも大事だけど、やっぱりバースデーパーティにはバースデーケーキがセットじゃないと」

宥「昨日、玄ちゃんが丹精込めて作ったケーキだもんね。穏乃ちゃん、喜んでくれるといいなー」

灼「……すごいね、玄。手作りってことはスポンジから用意したの?」

玄「うん、市販のスポンジケーキで代用するより完全手作りのほうが準備してて何倍も楽しいんだよ。それにお菓子作りに限らず、料理は手間暇かければかけるほど愛情をたくさん込められるからねっ」

灼「……愛情、か」

憧「さ、さすが玄。よくそんな台詞を恥ずかしげもなくさらっといえるわね……」

3

晴絵「なあ、玄。ケーキは型崩れしていないかな。一応、安全運転を心がけて車を走らせたつもりなんだけど」

玄「ちょっと待って下さいね。今、確かめてみます」

ゴソゴソ

憧「いやー、でも車持ちの顧問がいてホント助かったわ。玄んちから徒歩でそれを部室に持ち運ぶのは少しばかり不安っていうかさ」

灼「道中では何が起こるかわからないからね。突然のアクシデントで万一ケーキが潰れたりでもしたら……」

宥「想像するだけでもあったかくないね……」ブルブル

晴絵「といってもまあ、いくら安全運転を心がけたところで、私が交通事故に遭って車と共にケーキがひしゃげる可能性もゼロではなかったんだけどな。はははっ」

灼「いや、それ全然笑えないって……」

玄「……あっ、大丈夫です。特に型崩れはしていないようです」

晴絵「どれどれ――うわっ、すごっ! なんだこれ、本格的すぎじゃないっ!? ショーケースに並んでてもおかしくないレベルだって!」

憧「今から洋菓子店に就職しても通用するんじゃない、ってくらい完璧な出来具合ね。……フツーにお金とれるレベルよ、これ」

玄「二人とも褒めすぎだよー。私はただレシピを参考にして作ってみたまでだから」

灼「ストロベリーショートなんだ。……苺にはシロップがかかってるのかな。艶が出ていてほどよい感じに仕上げられてるね」

玄「うん、苺の乾燥を防ぐためにナパージュが塗ってあるんだ。光沢感も出てフルーツケーキには欠かせないアイテムなんだよー」

4

晴絵「宥もこのケーキ、一緒に作ったの?」

宥「あ、えっと、……少しだけですけど」

玄「お姉ちゃんは主にスポンジケーキ作りを任されたんだよね」

宥「任されたといっても、私じゃふわふわのスポンジケーキは作れないからオーブンの近くに立って玄ちゃんの作業を眺めていただけで……」

憧「……九割方、玄がケーキを完成させたといってるようなものね」

玄「それでもお姉ちゃんには生クリームの味見や焼きあがったスポンジの運搬を手伝ってもらったから、ねっ」

宥「う、うん」

晴絵「そうそう、味見も立派なお手伝いだよ。玄の手前じゃ私だってそれしかできないだろうし」

憧「味見が立派なお手伝いって……それ、ハルエみたいないい年した大人がいっていい台詞じゃないでしょ」

晴絵「うぐっ」

憧「そういえば、阿知賀こども麻雀クラブ時代にみんなでどこか出かけたときも玄の作ったお弁当ばかり持参してたし……もしかしてハルエって料理できないんじゃ――」

晴絵「いや、私だって弁当くらい作れるから! ……ただ、玄より上手に作れるかとなると、うん、アレだな」

憧「うっわー」

晴絵「うっわーって……、そういう憧はどうなんだよ。お前は誰かに――たとえば彼氏に文句一ついわせない絶品手作り弁当でも用意できるのか!」

憧「か、彼氏!? い、いやー、それはちょっと……」

5

玄「まあまあ、憧ちゃんも赤土さんも抑えて抑えて」

灼「……ケーキも到着したし、そろそろ穏乃呼んでもいいんじゃないの」

宥「飾りつけももう仕上がりましたし……」

憧「そ、そうね……。つまらない言い争いしてしずを待たせるのも悪いからね」

晴絵「こんなところで無駄に体力使うのもバカらしいしな……」

玄「じゃあ、まずはクラッカーを携えて――はい、みなさんどうぞ」

灼「うん、ありがと玄」

憧「サンキュ」

宥「えっと、バースデーパーティの段取りは……」

玄「穏乃ちゃんを連れてきて、入室してきたらクラッカーを鳴らす運びだよ、お姉ちゃん」

玄「その後はキャンドル点火して、みんなでケーキを食べて、プレゼント渡して……えっとえっと、それから部活開始すればいいのかな?」

晴絵「いや、今日は部活は休みにしよう。せっかくしずの誕生日なんだから今日は麻雀抜きにして思いきりパーッと遊ばなくちゃ」

晴絵「中途半端に活動したところで練習に身が入らず、ふわふわと浮ついて過ごすのがオチだろうしね。遊ぶときは遊ぶ、練習するときは練習する、何事もメリハリをつけて物事に臨むのが大事だから」

灼「使い古された格言だね」

晴絵「使い古されるほど有益な言葉ということなんだろう、きっと」

 6

憧「それじゃあたし、しずを呼んでくるね!」

灼「うん」

憧「行ってくる!」

ガチャッ

灼「……」

玄「そうだ! はい灼ちゃん、これどうぞ」

灼「え」

灼(パーティ用の――三角帽子?)

灼「ふーん、こんなのも用意してきたんだ」

玄「うん、よろしかったら鼻メガネもご一緒にどうぞ!」

灼「い、いや、いいよ。遠慮しとく……」

玄「そう? じゃあ赤土さん、どうですか」

晴絵「うーん、この歳になって鼻メガネはちょっとなー。抵抗感じちゃうよね」

晴絵「たぶんこういうのはしずが一番食いついてくるんだけど……宥が身につければどうだ」

宥「わ、私はいいです……」ブルブル

玄「ふむ、じゃあ憧ちゃんにお願いするとしますか」

灼「……憧が一番拒否反応起こすと思うけど」

――――――――

――――

――

7

<<阿知賀女子学院 とある教室>>

憧(思ったより準備に手間取っちゃったか。退屈してただろうな、しず)

コンコン

憧「しずー、準備できたから一緒に部室に――って」

穏乃「……」

憧「……おーい、しずー」

穏乃「ん……」

憧(……眠ってたか)

憧(まあ、あれだけ待たされれば睡眠をとられても仕方ないといえば仕方ないよね)

穏乃「……んー、もうお腹いっぱいだってお母さん……」

憧(寝言――お母さん? しずってば一体どんな夢みてるんだろ)

憧「無理矢理起こすのはちょっとばかり気が咎めるけど……ごめんね、しず」

憧「ほら、起きなさいしずー」

ユサユサ

穏乃「う……ん……」

ユサユサ

憧「玄がケーキ用意してくれたから早くみんなでいただこうよ、ねっ」

ユサユサ

穏乃「んー……」

憧(ま、まだ起きないかこいつは……)

8

憧(困ったな。この展開は予想できたはずなんだけど、ここまでぐっすりと眠り続けられるのは想定外だったわ)

穏乃「すぅ……」

憧(――にしても、ホント気持ちよさそうに眠っちゃって)

憧(鼻つまんだらさすがのしずでも起きるかな)

憧(……いや、しずなら口呼吸にチェンジして難をかいくぐってくるだろうから)

憧(ほっぺたつついて起こしちゃえっ)

憧「しずー」

ツンツン

穏乃「ん」

憧(お、反応ありか?)

穏乃「……すぅ」

憧(これもダメか。でも――)

憧(しずのほっぺたやわらかいなー。ふにふにしててなんだか癒やされるわー)

憧(そういえば、赤ちゃんのほっぺたってこんな感じなのかな。誰かが赤ちゃんの頬は一生つつき遊んでも飽きがこないって言ってたけど、そういいたくなる気持ちもわからないでもないわね)

憧「……えへっ、もうちょっとだけ」

ツンツン

穏乃「んー……いただきます……」

憧「ん?」

パクッ

憧「……」

穏乃「ん」

モゴモゴ

憧「―― っ!?」

9

ガタンッ

穏乃「うわわっ、な、なに――って、あれ憧……?」

憧「……へっ? ああっ、うん、おは、おはようしずっ!」

穏乃「えっと、おはよう……ん? もしかして私、眠ってた?」

憧「そ、そうよ! あんたがいつまでたっても起きないから、そ、その……」

穏乃「だ、大丈夫、憧? なんだか顔真っ赤だよ」

憧「大丈夫っ! 全然大丈夫だからっ!」

穏乃「そ、そう」

穏乃(まったく大丈夫そうに見えないんだけど……)

憧(うわ、うわーっ、どうしよう、今確実にしずに指咥えられたよね……ああっ、まだ指先に感触残ってるし――)

憧(と、とりあえずハンカチで拭くか、いやまずはしずの口にバイ菌入ったか確かめなくちゃ)

憧(で、でも確かめるってどうやって? そんなの一介の女子高生にできるわけがないし……じゃなくて、今の出来事をしずにありのまま伝えるべきなのか!? そうしないとうがいしてもらえないだろうから……でも伝えたところでドン引き間違いなしだし……)

憧(いや待った、そもそもしずはあたしのした行動に気づいているの……? でもあれは事故というかしずが攻撃してきたというか――)

憧(わーっ、まずは落ち着けあたし、えっと確か手のひらに人という字をかいてそれから――ってこれは違うでしょーが!)

10

穏乃「ねえ、憧」

憧「は、はいっ」ビクッ

穏乃「ありがと、憧。わざわざ私を迎えにきてくれたんでしょ。みんなを待たせるのも悪いし、私たちも部室行こっか」

穏乃「ねっ」

憧「う、うん」

穏乃「よしっ、じゃあ部室まで全力ダッシュで向かうよ。急いで、憧!」

憧「あっ――」

憧「……」

憧(と、とりあえず気づかれてはいないのかな……)

憧「……はぁ」

憧(なーにやってんだろ、あたし。ほっぺたツンツンなんかしてたらそういうことも当然起こり得る――わけないでしょ! ベタ甘な恋愛小説じゃあるまいし)

憧(だけど起きそうにない出来事が、事実起きてしまったわけで)

憧「……」

憧「あー、もう知らないっ! 忘れろ忘れろ忘れろ! 全部ばかしずが悪いんだから!」

<オソイヨ アコー! 

憧「今行くってば!」

憧(……ハンカチ、どっち側のポケットだっけ)

――――――――

――――

――

11

<<阿知賀女子麻雀部>>

玄「あ、足音聞こえてきたよ。もうそろそろ二人とも来るんじゃないかな」

宥「き、緊張するね……」

灼「宥さんが緊張してどうするんですか」

晴絵「ほらみんな、構えて構えて」

コンコン

穏乃「失礼しまーす!」

ガチャッ

穏乃「こんにち――」

パンパーン!

「「「「誕生日おめでとー!」」」」

穏乃「おおっ」

パーンッ!

憧「……おめでと、しず」

穏乃「あはは、びっくりしたー! 入室してすぐクラッカー攻撃くるとは思いませんでしたよ」

穏乃「みなさん、ありがとうございます!」

玄「うん、どういたしましてだよー」

12

穏乃「あっ、すごい。装飾、結構凝ってるんですね。……へー、ペーパーフラワーにバルーンもついてるとか本格的だなー」

灼「本格的といっても、実際は安物のパーディグッズをそれらしく飾りつけただけなんだけどね」

穏乃「それでも十分ですよ。いやー嬉しいなぁ」

晴絵「ふっふっふっ、本格的なのは飾りつけだけじゃないぞ、しず。こっちのほうがさらにすごいからな!」

穏乃「?」

玄「ご覧あれ! 私とお姉ちゃん特製穏乃ちゃんのバースデーケーキですっ」

穏乃「……うおおおおおおっ! すごっ、お店のケーキみたい! これ、手作りなんですか?」

玄「うん、そうだよ」

穏乃「うわぁ、もうなんていったらいいか……みなさん、本当にありがとうございます!」

晴絵「よしよし、しずの感謝の気持ちはこちらが申し訳なくなるほど十分に伝わったからそこまでにしてもらって、と」

晴絵「そろそろバースデーキャンドルの儀式――キャンドル・ブレスに移行しようじゃないか」

穏乃「あっ、それってケーキにろうそく飾って灯った火を吹き消すアレのことですよね。正式名称はキャンドル・ブレスっていうんですか。かっこいいですね」

晴絵「えっ、どうだろ。今、私がテキトーに作った言葉だから、実際のところはどうなのかわかんないわ」

穏乃「は、はあ……」

晴絵「まあ、名称なんて各人に伝わればなんでもいいから」

晴絵「で、しずは十六歳になったから……どうする? キャンドル十六本全部のせちゃおっか」

穏乃「そうですね。年齢分だけキャンドルを並べ立てるというその慣例に従って、十六本どんとお願いします!」

宥「じゃあ私がキャンドル点火してあげるね」

――――――――

――――

――

13

憧「宥姉、もう電気消していい?」

宥「うん、大丈夫だよ憧ちゃん」

憧「それでは消灯しまーす」

パチッ

穏乃「おー、春のこの時間でもカーテン閉めきれば誕生日パーティ特有のあの雰囲気が結構出るもんなんですね」

灼「遮光カーテンのおかげだと思うよ。一応ここはお嬢様学校だから、そういう細かい点にまで学生への配慮が行き届いてるんじゃないかな。紫外線を気にする人って何気に多いからね」

晴絵「ああ、そうだ。遮光性のカーテンが嫌なら事務の方に伝えればカーテンの変更を聞き入れてくれるらしいから、もしそれでなにか困ることがあったら遠慮せず伝えにいってもいいよ」

穏乃「……今さらですけど、お嬢様学校ってやっぱりすごいですね」

宥「じゃあ遮熱性の低いカーテンを取りつけてもらうこともできるのかな?」

憧「いや、それならカーテン引かなければいいでしょ。……あくまで遮熱性だけにこだわるならの話だけど」

宥「なるほどー」

玄「あの、カーテン談義に花を咲かせるのもいいですけど、そろそろキャンドルの火を消さないと……」

穏乃「そうでした。では高鴨穏乃、一発でキャンドルの炎を吹き消したいと思います」

14

玄「あっ、ごめん穏乃ちゃん。その前に――」

スチャッ

玄「はい、笑って笑ってー」

穏乃「ほえ?」

憧「あれ、それってもしかして」

宥「デジタルカメラ……?」

灼「私たちが玄の誕生日に贈ったプレゼントだよね」

玄「うん、せっかくみんなが私に贈ってくれた記念の品だからね。旅館のブログだけじゃなく他にも有効活用できないかと考えたら、真っ先に頭に思い浮かんだのが部の活動記録を写真に収めることでしたので、今日は私の宝物をもってきちゃいましたっ」

晴絵「おっ、そうだ。私もデジカメは車の中に置いてあるんだった。なんで今の今まで忘れてたんだろ。ごめん、ちょっくら取りに行くからそのままの状態でよろしくな、しず」

穏乃「あ、はい」

玄「じゃあまずは試し撮りもかねて一枚撮ってみよっかな。はい、穏乃ちゃん笑ってー」

穏乃「こ、こうですか」

玄「うんうん、ではいきまーす。はい、奈良漬けー」

パシャッ

15

宥「な、奈良漬け……?」

灼「……"はい、奈良漬け"を合図にして写真撮る人、生まれて初めて見た」

玄「細かいことは気にしなくていいんだよ、灼ちゃん。チーズでも奈良漬けでも相手に写真を撮るタイミングがばっちり伝わればそれでいいんだから」

灼「それでも奈良漬けはないと思……」

穏乃「よ、よくわかんないですけど、うまく撮れましたか玄さん」

玄「ちょっと待っててね。……おー、これはなかなかのお手前だね」

灼「……自分に対してお手前なんて言葉は使わないし、間違ってると思うんだけど」

宥「あっ、でも本当に綺麗に写真を撮れてる……すごい」

玄「最近のデジタルカメラさんはとても優秀だよー。オートフラッシュやオートフォーカスはもちろん、顔認識で撮影できたり、その人の見映えがよくなるように肌を美しく自動補正するメイクアップモードなるものが搭載されてるからね」

灼「ふーん、ちょっとした詐欺写真もらくらく作成できちゃうってわけだ」

玄「あ、あはは……それをいったら化粧している人はみんな誰かを騙してることになっちゃうよ」

灼「冗談だよ、玄」

16

ガチャッ

晴絵「悪い悪い、待たせちゃったね」

穏乃「あ、赤土さん」

灼「おかえり、ハルちゃん」

晴絵「それじゃ早速だけど私もしずの写真をとりあえず一枚撮らせてもらおうかな」

晴絵「フラッシュ眩しいと思うけど我慢してね」

穏乃「大丈夫です!」

晴絵「……はい、チーズ」

パシャッ

晴絵「ふぅ、おっけー。じゃあキャンドルの炎、消してもいいよ」

穏乃「じゃあ今度こそ高鴨穏乃、キャンドルの炎を吹き消させていただきます!」

穏乃「いきますよー……」

玄「あ、待って穏乃ちゃん」

穏乃「うわっと……ま、まだ何かあるんですか」

17

玄「えっと、穏乃ちゃんももうすでに知ってるかもしれないけど、一応確認を」

穏乃「?」

玄「実は、そのケーキに飾ってあるキャンドルの炎を一度で吹き消すと願い事が叶うという話があってね」

穏乃「あ、それ聞いたことがあるようなないような……」

憧「あたしそれ知ってるよ」

憧「古代ギリシャと中世ドイツのキンダーフェステ……だったかな。それにまつわる話でしょ。月の女神アルテミスが関係してるんだよね、確か」

穏乃「ア、アルケミスト……? あれ、そんな神が出てくる話だっけ」

灼「アルケミストじゃなくてアルテミスだよ、穏乃」

晴絵「はははっ、しず、アルケミストは私たちのゲームを――むぐっ」

宥「……赤土さん、ダメですよ、そういうメタ発言は。めっです」

玄「お姉ちゃん、どうかした?」

宥「ううん、なんでもないよ玄ちゃん。続けていいよ」

玄「?」

18

玄「えっとそれで、どうせキャンドルの炎を吹き消すならついでになにか願い事を込めてみたらいかがかな、と」

穏乃「なるほど」

憧「願かけというかおまじないというか……まあちょっとしたお遊びみたいなものだけどね」

穏乃「でも私、そういうロマンチックな考え方は嫌いじゃないよ。願い事もずっと前から私の中では決まってるし」

灼「一応付け加えておくと、願い事は他言すると神様に聞き入られないらしいから……まあ、そのへんは知識として知っておいたほうがいいと思う」

穏乃「えっ、どうしよ。私の願い事ってだいぶ前からみんなに知れ渡ってるようなことなんだけど!」

玄「大丈夫だよ、穏乃ちゃん。そういうときは神様に二重の願いをかければいいんだよ」

玄「ひとつは叶えたいその事柄を願い、もうひとつは他言したけど自分の願いを聞き入れて下さい、というふうに」

穏乃「それってアリなんですか!?」

灼「図々しいというかがめついというか」

憧「そんなの、願い事を引き受ける神様からしたらたまったもんじゃないわね……」

晴絵「まあ、こういうのはそこまで神経質にならなくてもいいさ。信仰心……というには大袈裟だけど、心をこめて願かければそれでよしなんじゃないか? 要は気持ちの問題だよ」

晴絵「それに一度でキャンドルの炎を吹き消せるかどうかのほうが重要な問題ではあるな。もし失敗して炎が消し残る事態を迎えたそのときは――」

晴絵「しずの願いが届かないかもしれないね」

19

穏乃「そ、それは困りますっ! だって、私の願いは和と遊ぶのはもちろん、阿知賀のみんなで全国優勝することなんだから! ――あっ」

灼「……今ので完全に他言したことになったね」

宥「え、えっと……」ブルブル

憧「他言禁止だったり、一度で炎を完全に吹き消さないといけなかったり、希望を叶えるためにはなにかとルールがありすぎるわよ、まったく」

穏乃「どうしようどうしようどうしよう」

憧「気にしすぎだって。こんなの遊びの一環だと思えばいいのよ」

憧「和なら"そんなオカルトありえない"の一言であしらって気にも留めないと思うわよ」

穏乃「和なら……」

玄「それに万一穏乃ちゃんの願いが神様に届かなくても、来週は灼ちゃんの誕生日だからそのときにまた叶えてもらうこともできるからねっ」

灼「私の誕生日を予備みたいに扱うのはどうかと思うけど……でもまあ、そこまで動揺する必要はないよ、穏乃」

宥「うん、灼ちゃんの言うとおりでそう不安がらなくてもいいと思うよ、穏乃ちゃん」

穏乃「玄さん、灼さん、宥さん……」

憧「あと神頼みもいいけどさ、そんなのに縋らないですむほど強くなればそれで問題なしだよ。結局、最後の最後まで信じられるのって神様なんかじゃなく自分自身なんだから」

灼(……神社の娘がいう台詞じゃないけどね、それ)

穏乃「憧――」

晴絵「……ん? お、おいしずっ! キャンドル溶けてる溶けてる! 早く吹き消せっ」

穏乃「うわわっ」

晴絵「いや待て、一度で吹き消さないといけないかからまずは大きく深呼吸だ!」

穏乃「ええっ、どっちですか!」

晴絵「どっちもだ! 両方を迅速に、かつ手際よく行うんだ!」

憧「ちょっ、まだ点灯の準備してないってば!」

穏乃「い、いくよっ! ――せーのっ」

フゥー

20

――――――――――――――――

「うわっ、暗い! なにも見えないよっ」

「真っ暗ということは……よくやったぞしず! 一発で吹き消し成功だな!」

「あーんもうっ、スイッチの場所わからなくなったじゃないの! 携帯どこいったっけ、携帯」

「大丈夫だよ、憧ちゃん。私、夜目が利くほうだからカーテン開けてくる――」

フニュッ

「ひゃっ」

「ご、ごめんお姉ちゃん! ……ん? もしかして今の感触は――おもち?」

「……全然夜目が利くほうじゃないようだけど、玄」

「いや、違うぞ灼。夜目が利いてるからこその出来事であって、偶然を装った故意の仕業かもしれないぞ」

「ち、違いますよ赤土さん! これは暗闇の法則とでもよぶべきものでありまして、仕方のない、不可抗力な出来事なんです!」

「はいはい、そんなお約束事はハーレム漫画の世界だけで十分だから」

「ああああっ!」

「ど、どうしたのしずっ、なにかあった?」

「キャンドルの炎を吹き消すことだけにとらわれていて、願い込めるの忘れてた!」

「そ、そうなの?」

「ハルちゃんがあれだけ穏乃を急かしたから仕方ないよ」

「えっ、私の責任!?」

「それじゃあ、もう一回やり直すことにする?」

「……何回もやったらそれこそ神様の逆鱗に触れたりするんじゃないの」

「そうだよね」

――――――――

――――

――

21

<<その日の夜 高鴨家リビング>>

穏乃「あー、なんか今日は別の意味で疲れちゃった……麻雀打つよりくたくただよ、まったく」

穏乃「ソファー、ソファー……」

ドサッ

穏乃「……」

穏乃(――でも、部室でバースデーパーティするの久しぶりだったな)

穏乃(こども麻雀クラブ以来になるのかな。あの頃は……そうだ、和もいたんだっけ)

穏乃(みんなで麻雀打って、遠足して、川にも行って、毎日が充実してて……)

穏乃(ずっとみんなと一緒の日常が続くと信じてたんだ)

穏乃(でも赤土さんが阿知賀を離れて、憧も阿太峯に行って、そして和も……)

穏乃(みんな離れ離れになって――)

穏乃「……あれ」

穏乃「そういえばなんで私、和の連絡先聞いてなかったんだろ」

穏乃「携帯は確か……和は持ってたよね」

穏乃「いや、そもそも別れの挨拶ってしたんだっけ。挨拶したなら引越し先や連絡先くらい聞いておくよな、フツー」

穏乃「……はっ!」

穏乃(――ってことはまさか、和が阿知賀を離れるときには私たち、まるで会話してなかったの!?)

穏乃「うっわ、子供の頃は仲良くしてたのに……二年前の私ってもしかして結構ドライな性格だったのかも」

22

穏乃「……んんっ?」

穏乃(待てよ待てよ待てよ)

穏乃(じゃあひょっとすると、去年の夏休みに偶然インターミドルの映像を目にしなかったら、和とまた一緒に遊ぶ計画なんて思いつかなかったのかな)

穏乃(仮にそうだとすると……玄さんはともかく、憧はきっとそのまま晩成に進学してただろうし、)

穏乃(赤土さんだって麻雀部が再結成してなかったら阿知賀で再就職してたかどうかわからないよね)

穏乃(灼さんと宥さんはどうなんだろ。……わかんないや。――でもなんとなくだけど、今ほど仲良くなれそうにないような気がする)

穏乃「あ」

穏乃(――もしかして私、ずっとみんなと離れ離れのままだった?)

穏乃「……」

穏乃「それはなんか、やだかも」

グスッ

穏乃「あ、あれ」

穏乃「なんで、泣いてるんだろ、私」

穏乃「目にゴミでも入ったのかな……」

穏乃「おかしいや、あはは」

23

ブブーッ

穏乃「うわっ」

ブブーッ

穏乃「……」

穏乃(メール?)

穏乃「誰だろ……」


.._______________
.|←//////////////////.::〔▲〕〔▽〕|
.| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄...|
.l 〔From〕.新子憧                |
.| ---------------------------- !
.|〔Sub〕無題                |
.l ---------------------------- |
.| プレゼントの中身確認してみた?. |

.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|                         |
.|:______________.:|

.|//@////〔≧// 〔〕 //く〔=、//「メj:::|
.:  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


穏乃(プレゼント? そういえばまだ中身見てないや)

穏乃「えっと……あったあった」

穏乃(……玄さんにプレゼント贈るときはみんなで一つのものを選んだのに)

穏乃(なんで今回は各自で用意することになったんだろ。この時期は忙しいからみんなのスケジュールが合わなかったのかな)

穏乃(春休みは確かずっと麻雀打ってたし……いや、でもどうだろう――まあいっか)

穏乃「憧からもらったのは――うん、これだったよね」

シュルシュル

24

穏乃「あっ、これって――」

穏乃「御守と……えっと、デジタルフォトフレーム?」

ブブーッ

穏乃「おっと」

穏乃「こ、今度は電話――憧?」

ピッ

穏乃『はい』

憧『あ、もしもし、しず? ……もしかして、寝てた? 起こしたならごめんね』

穏乃『ううん、起きてたよずっと』

憧『なーんだ、じゃあメールくらい返事してほしかったな』

穏乃『ごめん、今プレゼントの中身確認してたところで』

憧『あ、そうなんだ。……ねえねえ、みんなは何をしずにプレゼントしたの。なんか面白そうなもの入ってた?』

穏乃『いや、まだ憧からのしか確認してないよ』

憧『そ、そっか』

穏乃『うん、えっとね、"夢叶"の文字が入ってる御守とフォトフレームが――』

憧『……あたしがしずに贈った物は、当然あたしも把握してるからいちいち言わなくていいって。むしろ、こっちが気恥ずかしくなるというか』

穏乃『そういうものなの?』

憧『そういうものですっ!』

25

穏乃『……あははっ』

憧『えっ、なに? 今の会話でどこか笑う要素あった?』

穏乃『ううん、違うんだ。憧から貰ったこの御守見てたら今日の出来事思い出しちゃって』

憧『ふーん?』

穏乃『ほら、私がキャンドル・ブレスするときに憧がいった言葉、覚えてる?』

憧『私、なんかいってたっけ』

穏乃『えっとね、"最後まで信じられるのは神様なんかじゃなく自分自身"って台詞』

穏乃『そう言い切ってたのに、御守を――しかも夢叶という文字入りのそれを憧がプレゼントするのは、少しばかりおかしいというか』

憧『へ? あ、やっ、それはあんたが本気で落ち込んでたから励ますために自然と口を衝いて出た言葉であって……そ、それに御守はあるに越したことはないでしょ! ないよりはマシ精神で用意しただけだから! あとこれでも一応神社の娘だし、御守は腐るほどあるわけでその、つまり――』

穏乃『うん、わかってるよ。ありがと、憧』

憧『そ、そうだ! 御守の話は置いといて、フォトフレームの話しようよ!』

穏乃『なるほど。私、機械音痴だから憧が操作説明してくれるとものすごく助かるよっ』

憧『いや、具体的な取り扱いの話をするつもりは毛頭ないんだけど……』

26

憧『とりあえず明日、学校にそれ持ってくれば、あたしの携帯で撮ったしずのバースデーパーティの写真送ることができるけど』

穏乃『えっ、携帯の写真でもいけるんだ』

憧『デジタル画像なら大体いけるはずだよ。あたしが贈ったのはそこまで高性能じゃないから動画再生とかはたぶん無理だけど』

穏乃『私は静止画像のほうがその瞬間を切り取った感が出てて好きだなー』

憧『そういってくれるとこっちも助かります。来週は灼さんの誕生日だし、そっちにもお金の工面しないといけないからねー』

穏乃『来週も玄さんの作ったケーキが食べられるのかな?』

憧『どうだろ。でも毎回、玄にケーキの準備してもらうのも悪いから、次は……そうね、ハルエに有名洋菓子店のケーキでも用意してきてもらおっか』

穏乃『私たちで作ってみるなんてどうかな』

憧『えっ、しずって料理できるほうだっけ』

穏乃『私だってこれでも一応和菓子の土産屋の娘だよ! 味の善し悪しの判断ならお手の物さ!』

憧『いきなり試食に逃げてる時点で料理の腕前には期待できそうにないわね……って、また話逸れてるし』

27

憧『それで、玄とハルエがデジカメで撮った分もそれにコピーして保存できるはずだから、明日それ持ってきてね。二人にはすでにそう連絡してある』

穏乃『りょーかいっ』

憧『うむっ。じゃあまた明日、みんなのプレゼントの中身教えてね!』

穏乃『うん』

憧『一六歳の誕生日はもう過ぎちゃったけど……あらためておめでとっ、しず。じゃ、おやすみ――』

穏乃『あっ、待って――』

ブツッ ツーツー……

穏乃「……」

穏乃(通話切れちゃった……)

穏乃(――ま、いっか)

穏乃(本当はまだ憧に言っておきたかったことがあるんだけど)

―― 阿知賀で一緒に全国目指してくれてありがとう、憧 ――

穏乃(その言葉は、和と一緒に遊ぶそのときまでとっておくことにするよ)

穏乃(憧から貰った御守もあることだし、きっと大丈夫だよね)

穏乃「……あ、そうだ。キャンドル・ブレスのときはうまく願いを込められなかったから、この御守にお願いしておこっと」

穏乃「……」

穏乃(麻雀の神様へ、どうか私たち阿知賀女子麻雀部をインターハイ優勝へ導いて下さりますように)

穏乃「――うん、これでよしっと」

28

穏乃「よーし待ってろよ、和! 絶対にみんなで一緒に遊ぶんだからなっ!」

綾乃「夜中に突然大声出さないの、穏乃!」

穏乃「うわっ、ごめんお母さん!」

【END】


ええ話やな

今読んだ乙乙
俺もしずのほっぺたつんつんしたい

こういうのいいね

【04.Shizuno's Birthday】の19

晴絵「いや待て、一度で吹き消さないといけないからまずは大きく深呼吸だ!」に修正

【04.Shizuno's Birthday】の25

憧『あたし、なんかいってたっけ』に修正

他にもたくさん誤字語法あるけど、数え上げたらキリがないので省略します。
日本語ホント難しい……。

>>98
>>99
>>100
ありがと!

【05.懐かしの麻雀教室】

1

――二年前 旧阿知賀こども麻雀クラブ教室――

ギバード桜子「ねえねえ、クロちゃー」

玄「どうかした、桜子ちゃん」

ギバード桜子「クロちゃーは、さびしくないの?」

玄「えっ」

綾「……藪から棒に、しかもド直球な質問ぶつけてきたね、桜子」

ギバード桜子「ヤブカラボー?」

ギバード桜子「……」

ギバード桜子(ヤブカラボー……おかしのことかな? よくわかんないけど、おいしそうなひびきっ)

ギバード桜子「ぐふふふふ」ダラーッ

綾「……ごめん、今のは聞き捨てていいや。そして桜子、よだれ出てる」

ギバード桜子「――はっ!」

玄「はい、桜子ちゃん。ハンカチどうぞ」

ギバード桜子「ありがと、クロちゃーっ!」

玄「どういたしまして。それで"寂しい"というのは……?」

ギバード桜子「だってのどちゃーはテンコーしちゃったし、クロちゃー、あかどせんせーとアコちゃーともしばらくおしゃべりできてないから――それってなんだかさびしいきがするっ」

ひな「忠犬ハチ公みたいにみんなが帰ってくるのをひたすら待ち続ける玄ちゃんを見てると、私たちまでもの悲しくなっちゃうよー」

綾「忠犬ハチ公って……。憧ちゃんたちは今でも元気に暮らしてるからな、ひな。みんなを勝手に亡き者扱いするな」

ギバード桜子「ねえ、どうなのクロちゃー。さびしくないの、つらくないの?」

玄「えっと……」

玄(私のこと心配してくれてるのかな?)

2

玄「……そうだね。寂しくないって言ったら嘘になっちゃうかも」

ひな「やっぱり……」

玄「でもね、寂しい思い以上にみんなとまた一緒に麻雀を打ちたいという思いのほうが強いし、勝ってるから、私はこれくらい平気なんだ。だから――」

――私は待ってる。いつかみんなが再び揃う、その時を信じて――

玄「……うん、だから心配しなくていいよ。ありがとう、みんな」

ギバード桜子「ほんとに?」

玄「うんっ」

ギバード桜子「ほんとにほんと?」

玄「本当だよ」

ギバード桜子「ほんとにほんとにほんと?」

玄「え、えっと」

綾「しつこい、桜子。玄ちゃんが困ってるよ」

玄「あ、あはは……」

ギバード桜子「ごめんなさい、クロちゃー!」

玄「ううん、気にしないでいいよ」

ひな「玄ちゃんのその寛容の精神はぜひとも見習いたいかもー」

3

玄「それより今日はみんなどうしたの。私になにか用かな」

ギバード桜子「うん、クロちゃーにあいたくてやってきた! それが用事!」

ひな「玄ちゃんが感じる寂しさを私たちが埋めてあげられればなーと思い、今日は来ちゃいましたー」

玄「そうなの? わぁ、嬉しいなー。ありがとう、ひなちゃん、桜子ちゃん」

ギバード桜子「えっへん!」

ひな「もっと褒めていいよー」

玄「うん、ありがとう」

綾「……えっと、今日ここに来たのは玄ちゃんに会いたかったというのもあるんだけど、実は――」

玄「?」

――――――――

――――

――

玄「全自動卓を使用したい、かぁ」

綾「玄ちゃんがこの教室にいるときなら使わせてもらえるかなって思ったんだけど……」

玄「ふぅ~む……」

ギバード桜子「てづみでマージャンうつのはちょっとしんどいかもっ!」

ひな「自動卓の便利さ、快適さを知ってる身としては、久しぶりにそれで打ってみたいという思いがやまないよー」

綾「卓の使用許可さえ下りれば、凛と春菜、よし子と未来も誘ってここでまた一緒に麻雀打つことができるし……どうかな、玄ちゃん」

玄「うーん、そうだね……難しい話かも。私はここのお掃除と備品の整理整頓をしているだけであって、自動卓を利用するとなるとそれは活動の範囲に入るし、先生の許可が別途必要になるからね」

ひな「そっかー」

玄「せめて同好会の体をなすことができれば、話はまた変わってくると思うんだけど……」

ギバード桜子「ドーコーカイ?」

玄「うん、同好会として活動するなら卓を利用しても見咎められることはないはずだから」

4

ギバード桜子「ドーコーカイかー。じゃあわたしも、そのドーコーカイってやつになる!」

綾「なってどうする。そこは参加でしょ、参加。……というか桜子含む私たちは阿知賀の生徒じゃないから、その参加すらできないんだけど」

ギバード桜子「ええーっ!?」

ひな「私たちまだ小学生だもん、仕方ないよー。いくら私たちが精神的な意味において中学生と遜色なくても学年と学校の問題がある限り、ここの同好会に参加するのは無理だからねー」

ギバード桜子「うーっ……」

綾「ちなみに同好会を立ち上げる際の必要人員ってどれくらいなの、玄ちゃん」

玄「そうだねー。うちは二人から同好会を始めることができるけど――」

ギバード桜子「ふたり? じゃあラクショーだよっ! だれかヒマそうな人をとっつかまえてテキトーに参加させればいいっ!」

綾「……それって自分勝手極まりない意見だよね。相手の意向を完全無視することになるし」

ギバード桜子「……ごめんなさいっ!」

綾「まあ、桜子の暴走は今にはじまったことじゃないから今さらなんとも思わないけど」

ひな「それに玄ちゃんは昔のみんなと一緒に麻雀を打ちたいのであって、親しくない人に無理に集まってもらっても、それはなんだか違う気がするー」

ギバード桜子「……むずかしいもんだいだーっ!」

玄「……」

玄(――穏乃ちゃんなら)

玄(穏乃ちゃんなら誘ってみたら一緒に同好会立ち上げてくれるかな)

綾「……あ、そうだ。阿知賀女子には高鴨先輩がいるんだった。あの人なら同好会結成するのにもってこいだよ」

ギバード桜子「おおっ、綾ちゃんから名案出ましたっ!」

ひな「じゃあ早速かましに行っちゃおー」

――――――――

――――

――

5

綾乃「ごめんねぇ。穏乃、今日も山のほうに遊びに行ってるらしくて今いないのよ」

ギバード桜子「またかーっ!」

ひな「ほんとに山が大好きなんだねー」

綾「毎度毎度、山に行ってなにしてるんだろ。……ちょっと気になるよね」

ひな「山の幸めぐり? それとも未確認動物の発見にいそしんでるのかな」

綾乃「携帯は……あら、圏外みたい。これじゃ連絡も取れないわね」

玄「……」

綾乃「どうしよっか。言伝でよければあとで穏乃に伝えておくけれど……。それとも、あのこからみんなに連絡するように伝えればいいのかしら」

ひな「えっとー」

綾「じゃあ言伝をお願いしよっか――」

玄「あっ、大丈夫です。気にしないでください。穏乃ちゃんの都合がいいときに私から直接会って話にいこうと思いますので」

綾乃「そう? ごめんねぇ、玄ちゃん。穏乃ったら中高一貫校の阿知賀女子なら高校受験はパスできるから当分勉強はしなくていいとか何とかわけのわからないこといって、それですぐに山に遊びに行くもんだから――遊びほうけて学業を疎かにすると、内部進学にも響いてくるというのに……――たまには家でおとなしく勉強しなさいってあとでちゃんと叱っておくね」

玄「穏乃ちゃんはしっかり者ですから大丈夫ですよ、きっと」

綾乃「ふふっ、ありがと玄ちゃん。穏乃も玄ちゃんみたいな礼儀正しく淑やかな娘さんに育ってくれればよかったんだけど」

玄「そんなことないですよ、私なんかまだまだ無作法者で――」

綾(……玄ちゃん?)

――

――――

――――――――

6

ひな「結局、今回も無駄足をふむ結果に終わったねー」

ギバード桜子「どうしよっかっ、次はアコちゃーのとこにかましにいくっ!?」

綾「……少しは学習しようよ、桜子。今、憧ちゃんに会いに阿太中に行っても、どうせ前回と同じように出て行きづらくなっておとなしく帰宅するのがオチだよ」

綾(そもそも今回は、同好会の人員探しのために躍起になったのであってわざわざ阿太峯まで行く理由もないし)

ギバード桜子「なるほどっ」

ひな「憧ちゃん、あのときすごく楽しそうだったもんねー。今日も充実した一日を過ごしてるのかなー」

玄「……ねえ、みんな」

ギバード桜子「どしたの、クロちゃー?」

玄「その、さっき話してた全自動卓の使用の件についてなんだけど……あらためて考えてみると、やっぱり実現は難しい気がする」

ひな「えーっ、どうしてー?」

玄「確定した話じゃないんだけど……仮に麻雀同好会発足によって自動卓の使用許可が下りたとしても、ひなちゃんたちのみんなが阿知賀女子の部室に入り浸るその図は、うちの先生はもちろん、吉野山小学校の先生たちもたぶんいい顔をしないと思うんだ」

玄「一応、自動卓は学校の備品だし、うち以外の生徒さん大人数でそれを使用することは、先生によっては部外者に教室を占拠されてしまったみたいで不快感を覚える方もいらっしゃるだろうから――」

ギバード桜子「でもあかどせんせーがマージャン教室をひらいてたときはわたしたちになにもオトガメはなかったよっ? きっとみのがしてくれるはずだよ!」

玄「うーん、だけどそれは阿知賀女子卒業生の赤土さんがいて、かつ麻雀教室の形をとってたから大丈夫だったんだと思うよ。同好会となると毎日活動してもいいことになるから……週二回開催の麻雀教室とはわけが違ってくるよね」

ギバード桜子「むぅっ」

ひな「……そっかー。そういう問題も考慮しないといけなかったんだねー」

綾「……」

7

玄「だから、ここで私から一つの提案――そして、それはみんなの悩みが解決する手立てになると思うんだけど」

ギバード桜子「えっ、なになに。おしえてクロちゃー!」

玄「えっとね、吉野山小学校で新しく麻雀クラブを創部してみるのはいかがでしょうか。そうすればわざわざ阿知賀女子まで通わずにすむし、誰にも嫌な顔されないでのびのびと麻雀を打つことができると思うよっ」

ギバード桜子「おおっ、そのハッソーはなかったっ!」

ひな「でも私たちがクラブの創部を試みたところで、パソコン室を利用したネット麻雀で代用されるだけな気がするー。学校側が自動卓購入の予算を立ててくれるとは思えないし……私たち、全自動卓で麻雀を打ちたいよ」

玄「それはみんなの頑張り次第なんじゃないかな。ひなちゃんだけじゃなく全員で先生にお願いしてみれば、その熱意はいつかきっと誰かの心に響いて、みんなの望む結果が得られるはずだから」

ひな「そうかなー」

玄「うん、大丈夫。だってみんなはこんなに優しくていい子だから、神様もひなちゃんたちの願う展開にきっと導いてくれるよ」

ひな「……玄ちゃんがそういうなら、なんだかいける気がしてきたかも」

ギバード桜子「じゃあゼンはいそげでさっそくソーブシンセイしにいかなきゃ!」

ギバード桜子「またね、クロちゃーっ! うわあああいっ!」

ひな「今から学校に戻るのー?」

ギバード桜子「うんっ!」

<……ホントニ?

<ガチダヨッ!

玄「……」

8

綾「ねえ、玄ちゃん」

玄「うん」

綾「その、玄ちゃんは……それでいいの?」

玄「?」

綾「生意気な口を叩くかもしれないけど……玄ちゃんの言ったとおり、もし事がすべてうまく運んで吉野山小学校でクラブ活動することになったら、今日みたいに私たちが玄ちゃんのところに通うのは、たぶんその、時間的に無理が出てくるというか――」

――玄ちゃん一人っきりでみんなが帰ってくるのを待たせることになってしまうから――

綾「えっと、だから」

――それはつまり、玄ちゃんに孤独を感じさせてしまうことになるから――

綾「……ごめん、うまくいえないかも」

玄「――ううん、綾ちゃんの言いたいこと、ちゃんと伝わったよ」

玄「きっと、私を心配してくれてるんだよね」

綾「……」

玄「ありがとう、綾ちゃん。でも私は大丈夫だから。安心していいよ。綾ちゃんのその優しさだけで十分なんだ」

綾「玄ちゃん――」

<アヤチャン ハヤクー

<ガッコウ シマッチャウヨー!

玄「……ほら、二人を待たせちゃ悪いから。ねっ、綾ちゃん。いってらっしゃい」

綾「……うん」

――――――――

――――

――

9

―― 数日後

玄「わぁ、すごいねー。全自動卓、学校側でちゃんと用意してくれることになったんだ」

ひな「そうなんだよー。麻雀教室にいたみんなで先生にそのことを訴えたら、とんとん拍子で話が進んじゃってねー」

ギバード桜子「マージャンにリカイのあるこうちょーがいたんだっ!」

ひな「学校のトップが味方だと物事がスイスイ運ぶから、先生たちと張り合う場面も特になくて拍子抜けしちゃったよー」

玄「きっとそれはみんなの懇願の賜物だねっ」

ひな「欲をいえば、新品の自動卓がよかったんだけどねー。すぐ飽きられても困るから最初は中古の卓からっていわれちゃった」

玄「でも本当にすごいよ。みんな、おめでとう」

ひな「それもこれも、玄ちゃんの妙案があったからこそだよー。自動卓で打てるようになったのは玄ちゃんのおかげー」

ギバード桜子「クロちゃー、だいすきっ!」

ギューッ

玄「あはは、くすぐったいよ桜子ちゃん」

ひな「私もー」

ギューッ

綾「……」

――

――――

――――――――

10

ギバード桜子「じゃあまたね、クロちゃーっ!」

ひな「玄ちゃんも私たちのクラブに一度といわず何度でも顔出していいからねー」

玄「うん、今度お邪魔しちゃおうかな」

ギバード桜子「明日きてっ! あ、し、たっ!」

玄「明日かぁ。明日は……ごめんね。ちょっと行けそうにないや」

ギバード桜子「がーんっ!」

玄「そう落ち込まないで、桜子ちゃん。今度絶対に立ち寄るから」

ギバード桜子「ヤクソクだよっ!」

玄「うんっ」

綾「……あの、玄ちゃん」

玄「?」

綾「私たち、本当にこれでよかったのかな」

玄「えっ」

綾「学校でみんなと麻雀を打てることになったのは確かに嬉しいことなんだけど……」

綾「なんだろ、自動卓が備えつけられたことで本当に玄ちゃんとの間に壁ができちゃった気がする」

綾「前にもいったようにクラブ活動開始となると、少なくとも平日は麻雀教室があったこの場所に遊びに行けなくなるから……」

玄「……」

11

綾「だからさ、高鴨先輩にお願いして一緒にみんなを待ち続けたらどうかなって」

綾「そうすれば部室に玄ちゃん一人で過ごすこともなくなるから――」

玄「……うん、そうだね」

玄「でも今の穏乃ちゃん、麻雀の他に夢中になってることがきっとあるはずだから」

玄「私のわがままで穏乃ちゃんの大切な時間を奪うのはすごく傲慢な行為だし、そんな権利、私には与えられていないよ」

綾「……」

玄「それに――なんとなくだけど、今、変に行動を起こさないほうがみんなこの教室に再び集まってくれる気がするんだ。……根拠も何もないんだけどね」

ひな「どうしたの、玄ちゃん?」

ギバード桜子「マージャンクラブカツドーかいし祝いにクロちゃーがサシイレもってくるおはなし?」

玄「うん、そうだよ。なにか食べたいものはある?」

ギバード桜子「じゃあわたし、アプフェルシュトゥルーデルがいいっ!」

玄「あ、あぷ……えっ、な、なんて?」

<アプフェルシュトゥルーデル!

<ア、アプフェルシュトゥルーデル……?

――――――――

――――

――

12

<<阿知賀女子麻雀部>>

穏乃「なるほど、私たちが集まるまでにそんな経緯があったんですね」

憧「どうりであのチビたち、あたしたちが麻雀部再結成させる以前は部室を占拠していなかったわけだ」

玄「……あれ?」

宥「どうかした、玄ちゃん」

玄「もしかしてあのこたち、阿知賀女子麻雀部が復活したのまだ知らないんじゃ……」

穏乃「えっ、そうなんですか」

玄「久しく会ってないなと思ったんだけど、もうかれこれ一年近くあのこたちと顔合わせていない気が――」

穏乃「い、一年近くか。私たちはもちろんだけど、玄さんも結構あいつらと不通期間が続いてるんですね。意外といえば意外……」

憧「あれ、チビたち携帯持ってなかったっけ。……いや、持ってたらフツーに連絡くらい交わすか」

玄「やっぱり定期的に一緒に遊ばないとその関係は自然消滅するのかなぁ」

宥「たぶん年齢が離れてる点も大きいと思うよ、玄ちゃん」

宥「小学校高学年ともなると年上の人と遊ぶのは遠慮しちゃうし、ためらっちゃうから」

宥「私は逆の立場だったけど、そのこともあって中学時代はこども麻雀クラブに参加できず後悔した思い出があるし……」ブルブル

穏乃「……なんとなくわかるかも。友人から知人にランクダウンしちゃって、そのまま間に線が引かれちゃうんだよなー」

憧「宥姉自身の経験が織り交ぜられてるぶん、説得力大アリね」

13

コンコン

憧「はーい」

穏乃「灼さんかな」

コンコン

憧「……うん?」

玄「お客さんみたいだね」

宥「扉開けに行かなきゃ――」

玄「あ、いいよお姉ちゃん。私、行ってくるから」

穏乃「誰だろう。警備員の人かな、それとも生活指導の先生かな」

憧「……あんた、なんか変な事件とか起こしてないでしょうね」

穏乃「起こしてないからっ! まったく、失敬だなー」

ガチャッ

玄「はい、どちら様でしょうか――」

「あっ、クロちゃーだっ!」

「玄ちゃーん!」

ギューッ

玄「うわわっ……って、あれ?」

ギバード桜子「こんにちは、クロちゃーっ!」

ひな「久しぶりだね、玄ちゃん!」

玄「桜子ちゃん、それにひなちゃんも! どうして?」

憧「ん、桜子……?」

14

綾「玄ちゃん、こんにちは」

玄「あ、綾ちゃん――もしかしてその制服は」

綾「うん。この春めでたく私も阿知賀女子の生徒として入学したんだ」

玄「わぁ、すごく似合ってるよー」

綾「ありがとう、玄ちゃん」

ギバード桜子「すっげぇ、ほんとにカツドーしてるんだっ」

ひな「あっ、あのジャージ姿は――」

ギバード桜子「シズちゃーだっ! シズちゃああああっ!」

ダダダダッ ギューッ

穏乃「おおっ!?」

憧「……しばらくぶりね、桜子、ひな」

ひな「?」

ギバード桜子「だれこのひとっ!?」

憧「え」

穏乃「誰って……。憧だよ、新子憧。久しぶりだから顔忘れちゃったのかな」

穏乃(いや、でも私のことは覚えてたわけだし)

ギバード桜子「アコちゃー!? ……ほんと?」

憧「この場面で嘘つく必要あると思う?」

ひな「憧ちゃん、美人さんになったから誰だか判別できなかったかもー。見違えるほどキレイになったねー」

憧「……まるで昔のあたしは容姿的に残念だった人みたいな言い草ね、ひな」

――

――――

――――――――

15

<<阿知賀女子麻雀部前廊下>>

晴絵「で、これが春季大会団体戦決勝出場校の牌譜集」

晴絵「これを人数分コピーしてくれると、私としては大助かりなんだけど……頼んじゃっていいかな」

灼「うん、任せて」

晴絵「そして牌譜とは別に、要注意選手の打ち筋・クセをまとめて私が文字に起こしたものがこれ。同じように人数分コピーでお願いします」

灼「わかったよ、ハルちゃん」

晴絵「ごめんねー、灼。雑用、何から何まで押しつけちゃって」

灼「ううん、気にしないで――あれ?」

<ザワザワ

灼「……今日はなんだか騒がしいね。部室の扉も開けっ放しのようだし」

晴絵「女三人寄れば姦しいとはいうが……せめて扉くらい閉め切らないとお嬢様学校の生徒としての立場がないぞ、まったく」

――――――――――――――――

――――――

晴絵「おーい、みんな。扉くらい閉めて雑談したらどうだ――って」

ギバード桜子「あーっ、あかどせんせーだああああっ!」

ひな「せんせー!」

晴絵「うわっ、懐かしい顔がいる!」

灼(……誰?)

16

晴絵「そっか、綾は今年の春から中学生になったんだね。それで阿知賀女子に入学、と」

晴絵「いやー、でも大きくなったね。……そうだ、ちょっとみんな並んでみて」

晴絵「……おおっ、憧より背ぇ伸びたんじゃないの、綾。昔はあんな小さかったのに。若いって怖いなぁ!」

憧「……ハルエ、言葉の端々がなんだかオバさんくさいんだけど」

晴絵「はははっ、綾に身長抜かれたからってそうむくれるな、憧」

憧「べ、別にむくれてなんかいないわよっ!」

晴絵「図星さされてムキになったか。カワイイやつめー、うりうり~」

憧「ちょ、やめてよハルエっ!」

灼「――ねえ、玄。この子供たちは一体……?」

玄「そっか、灼ちゃんは初対面だよね。このこたちは赤土さんが麻雀教室を開いてたときの教え子さんたちなんだ」

灼「……ああ、あの麻雀教室の。――ふうん」

ギバード桜子「ギバード桜子です! ヨロシクおねがいしますっ!」

灼「あ、えっと、鷺森灼といいます。よろしく……」

玄「灼ちゃんはね、私たちの麻雀部の部長さんなんだよー」

ギバード桜子「ぶちょーっ!? すげぇっ!」

ひな「阿知賀の首領さんだねー」

灼「首領って……」

17

晴絵「今日はどうしたのみんな。もしかして私に会いたくてここまでやってきた次第?」

ギバード桜子「うんっ!」

晴絵「おっ、嬉しいこといってくれるねー。あとで『静ごのみ』プレゼントしちゃう!」

ギバード桜子「やったああああっ!」

ひな「口溶けのいい、上品なあの甘さが美味たるゆえんなんだよー」

穏乃「赤土さん、久しぶりに孫を目の前にして喜んでるおばあちゃんみたいになってる……」

憧「しかも結構、様になってるというのが悲しい現実だよね。……ハルエ、結婚もまだなのに」

――

――――

――――――――

綾「本当は、ひなと桜子だけじゃなく麻雀教室にいたメンバー全員で会いにいきたかったんだ。でも、今日はあいにくみんなの都合がつかなくてね」

綾「日程調整して、後日あらためて訪れようという意見もあったんだけど……この二人が我を押し通して、どうしても利かなくて……」

ギバード桜子「だってマージャン教室がフッカツしたってきいたものだからっ。いてもたってもいられなくなるのは仕方ないよっ!」

ひな「ねー」

玄「……」

玄(そっか。綾ちゃんが阿知賀女子に進学したから、うちの麻雀部が復活したのがみんなに伝わったんだ)

憧「麻雀教室じゃなくて、今は麻雀部だけどね」

ギバード桜子「ほとんどおんなじでしょっ?」

憧「いやいや、全然違うって」

穏乃「ウチら、和と遊ぶためにインターハイ目指してるんだ!」

ギバード桜子「のどちゃーと? わたしもいっしょに遊びたいっ!」

綾「……私たちはインハイの出場資格に当てはまらないから無理だって」

ギバード桜子「ムリかー、ざんねんっ!」

ひな「高校生の大会に出られるのはまだまだ先のお話だからねー。それまでは学校で麻雀練習するのみだよ。日々精進なれー」

18

晴絵「おっ、麻雀教室に通ってたみんな、ちゃんと麻雀続けてるんだ。教室を開催していた者としては嬉しいばかりだよ。感心感心」

綾「よし子は阿太峯に進学しましたからね。麻雀への情熱、未ださめやらぬですよ」

晴絵「阿太峯ということは……おそらくそのまま晩成に進学するのかな。ま、この辺りで麻雀を打つ子にとってその道は王道だよね」

<ワイワイ ガヤガヤ

憧「……」

憧(阿太峯、か――)

憧(結局、初瀬に阿知賀に進学すること告げられなかったんだっけ)

憧(……初瀬には悪いことしちゃったな)

穏乃「そういえば、憧も阿太中に通学してたよね。やっぱりうちなんかとは設備が大違いだったの?」

憧「……」

穏乃「憧?」

憧「え」

穏乃「……大丈夫、憧?」

憧「あ、ご、ごめんっ。ちょっと上の空だったみたいで……。それで、なに?」

穏乃「ううん、なんでもないよ。他愛のない話だし。別に気にしないで」

憧「そ、そう?」

19

晴絵「そうだ、久しぶりにみんなで何局か打ってみようじゃないか」

晴絵「私含めて……九人、ね。卓は二つあるし、一人は観戦しつつ、ラスの人と入れ替わりで対戦することにしてさ」

穏乃「あ、でももう一つの卓は壊れてるから、その卓で打つ組は手積みになっちゃいますよ」

晴絵「えっ、片方ぶっ壊れてんの!?」

灼「あれ、ハルちゃんにそのことまだ伝えてなかったっけ。今使ってるメインの卓が再び故障でもして手積みで練習することになったら活動に支障が出て困るから、念のためサブの卓も万全な状態にしておいてほしいって話をしたはずなんだけど……」

晴絵「あ」

晴絵(――うわっ、確かにそんなこといわれた覚えがあるぞ、私。……けど修理依頼するのすっかり忘れてたなんて……昔の教え子たちもいるこの状況で言えるか?)

晴絵(……やむを得ん。みんなには悪いがここは嘘で乗り切って――)

ギバード桜子「?」

ひな「せんせー?」

晴絵(……っ、そんな無邪気な眼差しで私を見つめるなっ。今から私はお前たちに嘘をつこうとしている汚れくさった大人なんだぞ。私の決断を鈍らせるなっ)

灼「ハルちゃん?」

晴絵「――はっ!」

晴絵「……そ、そうだったね。いやー、業者の人遅いなー。あの人たちが早く直しに来ないから、私もつい間違った認識をしてしまっていたよー。そうだそうだ、片方の卓は壊れてるんだった。あー、早く来ないかなー業者さん。この状態が続くようであれば修理遅延のぶんの値引き交渉も辞さないぞこらー。あははー」

灼「……はぁ」

宥「赤土さん、声が上擦ってますけど……」

晴絵「そ、そんなことないぞ宥っ! 私は平常通りだからなっ」

憧「……」

憧(嘘つくの下手だなー、ハルエ。それ、完全にバレバレの嘘ついてる人の反応じゃん。修理未依頼なのは確定ね)

20

穏乃「まあ、手積みでも麻雀打てないことはないんだし、早速みんなで対局しましょう!」

晴絵「そ、そう、しずの言うとおりだ! じゃあとりあえず私が観戦役に回るから、みんな遠慮なしの真剣勝負で打ち進めていいぞ!」

ギバード桜子「よっしゃーっ! マージャン打つぞっ、マージャンっ!」

ひな「憧ちゃんたちと麻雀打つなんて何年ぶりだろー。腕が鳴るよー」

綾「少しはみんなとの差を縮められているのかな」

玄「楽しい一局にしようねっ」

宥「お、お手柔らかにお願いします……」ブルブル

灼「よろしくお願いします」

<ガヤガヤ

晴絵「――ほっ」

晴絵(なんとかこの場は繕えたみたい)

憧「しずに感謝しないとだね、ハルエっ」

晴絵「うぐっ。……憧は見抜いてたか」

憧「いや、あんな下手な芝居見せつけられてハルエの嘘に気づかないのはひなと桜子くらいでしょ」

憧「みんな、あえてつっこまなかっただけだよ」

晴絵「……ホント申し訳ない」

憧「ふふん」

――――――――

――――

――

21

             , . :―:―: .、

               /: : : : : : : : : :`:ヽ,、
            /:/: : / : ハ: : :ヽ: : ヽヽ
             /:/: : /: :// }:}: : }:ハ: V :\
         /:/: : :7T:从 ノノ:フ:トノ: }: : : :ヽ

       _,..ハ: : :ハrァzミ    ァzミィ:ノ: : : : ハ
       /⌒/: : Vハ弋ソ  , 弋ゾ!:ノ: : : :): :)
          /: : : : /:.八"" r― ""/://: :/ 「ロン、立直 平和 断ヤオ ドラ2。8000!」
       /: : : :_:/:/⌒>,、__‐' </彡‐'
        |: :/  V >:::ヾニYニ彡/::ヽ、   
        レ    /::::::::::::::::::ii::::::::::::::::::::ハ
           /:::::::i:::::::::::::ii::::::::::::::::i::::::ヘ
         /::::::::::{:::::::::::::ii::::::::::::::::}:::::::::ヽ

           /:::::::::::::i:::::::::::::ii::::::::::::::::ト:::::::::::\
    r-、 /:::::::::::::::j:::::::::::::ii::::::::::::::::ハ::::::::::⌒:ヽ,-┐
   r(∪ `<:::::`:::/j:::::::::::::ii::::::::::::::::i ヽ::::::::::::ノ ∪}_
  riノ<__/イ:::::/ /:::_::::::::::ii:::::::::::::::::',  ヽ⊂..―、_∪}
  ´        ̄  /::〈/::::::::::!!:::::::::〈ヽ::ヽ      ̄  ´
二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二二
――――i二i二i二i二i二i二i二i二i二i二i二i二i二i――――‐

.           . : : : : : : : : : : : : : : : :`丶、
          /: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :\
        : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : :\ : : : ヽ
       / : : : : : : / : : : : : : |: : : :│ : : : : :__ノハ
.   /⌒Zコ\: : :| :i : : : : : |: : :i|∧: :| _: : : : : :│
  . : :.;ィ: :|: :i、:丶:| :|:¬ト:/ |: : :i| 匕i : : |.: : :|:│

 ' : : / :| : | : i \: :| :|: :/|厶イ : :八ィ伏 Y|│ : 八|

/: : :/  | : | : 〈\: :| :|ィi艾⌒|/   Vソ 小i/|/
: : :/  : : :|: : :.V⌒| :|乂::ソ    , 、::、: : | |   (\  _
: :/  /: : :| : : : .  | :| 、::、::          |: | |   }_,レ'´  }
:/  /: : : :|: : : : :.マ| :| 、   r  ¬   从: |  /    ̄ ̄}  「ロンっ、三色同順 ドラ2。3900」
:  /: : : : :|i : : : : : | :| ノ丶  、 _ノ  イ : i: |  ,     ̄ ̄}
i: /: : : : : 八: : : : : : :「\   ァ:-<|  |: ; : :| {      ̄}
| /: : : : :.://\: : :.ヽ|\ ー‐「〉: : :.|  |/i: : |//,'\   广¨
| : : : : : 〃  ⌒゙\ : : : : \  レ'⌒Y7   |: ://////\ノ\

__                             ,.   -──-   .,
     `丶                       . : ´ : : : : : : : : : : : : : :`丶
____    ,                 /: : : : : : : : : : : : : : : : : : : : : \
      \   ',               ..: : : : : : : : : |: : : : : : : : : : : : : : : : : :..
.       /∧  ′             / : / : : : /: : :|: : : : : : : : |: : : : : : : : : : :.                             __
─‐-    /∧ |             /: :.,' : : : : |: :./:|: : : : : : : : |: :\.: : : : : : : :.                          ,.   ´ ̄
    \  /| |         .: : : l: : : : : :|:./ |: : : : : : : : | : : : ',: : : : : : : :.                   //

.      ',   | |            : : : :.| : : : : _|」,..斗.: : : : : : :`ト .,_:_:| : : ',: : : : l                     / /
.      ', .′|         l: : : :.| : |: :/ l/ 八: : : : : |\| \:.「: : : ', : : :.|                  /  /
.        ∨  |           l: : : : | : |:/       \: : : :',     \:|: : }: : :|              /   /
        /   |        /|: : : : | : |′x==ミ  \ト、〉,ィ==ミ |/:l : : :|                /    /       ___
.       /     ',       ..: :.|.: : : :.| :∧/ {h//}       {h//}ハ |_: : |: : : !             /     /_,.  -‐  ¨´
      /     \   / : : l: : : : :∨ l{  Vrツ         Vrツ  |/∨:|: : :|:.        /       /´
.      {   _____>''´ : : : : l: : : : : :| ∧ , , ,         , , , /_,ノ:/: : : l :\    ,.  ´         /
             ̄>: : : : : : : : :|: : : : : :| / ̄ ̄\   ′    __,∠.._/: : : :|: : ` <_______       /  「ツモ、門前清自摸和 中 混一色 一盃口。3000・6000です」
      \ / : : : : : : : : : : {: :| : : : | /     `¨ニ=-‐ ¨´      /: : : : :|: : : : : : : <⌒
         / : : : :/ : : : : : : :.? : : : ∨  \  ̄´        //: : : : : : } : : : : : : : : : : `丶 /
.       //: : //: : : : : : :/´\: : : :',   \__,.  -‐  ¨´/: : : : : : : :∧ : : : : : : : : : : \: :\
    /´  ̄ //⌒ー─‐ 〈    \ : ', \          /: : : : :/: :/ .〉 : : : : : : : : : : : :\⌒
.      ⊂ニニヽ      / \    ',: }\ \       ,//: : : /: :/  /\: : : : : :\-─- : :\
.      ⊂ニニ/ ̄\   {_  \   |/: : :|   `¨¨¨¨¨´  |: : :/| :/  ̄      マ⌒\: : ',   \: :..
        く/⌒>'´ ̄ \` <⌒丶 レヘ: :|         |: : l :|/           }   \:|      \}
.            // ̄\  |==  \  \-┴─……─  .,_\| / /        .′     }
          〈\ ̄ }    /==         \            \厂       /
        \  ̄    /==            \            \      /

                             /:::::/::::::::::::/:::::/ /::::/:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::: l::::::::::::::::::::::::::i
                         /:::::/::::::::::::/:::::/  l:::/ |::::::::::::|:::|:::::::::::::::::::::::::::::::l::::::::::::::::::::::::::l
                              |::::::|:::::::::::/l::::/   l::::l |:l::::::::||::ハ:::::::::::::::::::::::::::::::l::::::::::::::::::::::::::|
                              |::::::|::::::::l::|_|:/   |::::| |:|:::::::|l::||::::::::::: |:::::::::::::::l::::::::::::::::::::::::::|
                            l::::ハ:::::::|::| l:「 ̄` '::::| l:|l::::十:|‐l::::::: _|::::::::::::::::|::::::::::::::::::::::::::|
                          !::|::::l:::::|、レ卞弌ミ.ヽ| ヽ\:l:::{ ∨::::::::l:::::::::::::::::|::::::::::::::::::::::::::|
                             |ヽ::::::\バ' ∨:::::|     ‐〒==弌::::l::::::::::::::::::|::::::::::::::::::::::::::|
                             |::::::::::::::::::|  辷ソ       「 |:::::::::iヽ|::::::::::::::::::|:::::::::::::::: :::::::::|
                             |::::::::::::::::::|  :::::         ∨ーC' |::::::::::::::::::|:::::::::::::::::::::::::::|
                             |::::::::::::::::::l     ′      `¨¨¨´  l::::::::::::::::::|::::::::::::::::|::::::::::|
                             |:|:::|:::|:::::八               l::::::::::::::::::l::::::::::::|:::|:::::::イ|
.    「ロン、平和一気通貫。5800」      l|ヽ|l::|::::::|:: \    n        」:::::::::::::::::l:::::::::::::|:::|:|::/ l|
                              `l」l:::::lー‐' \        _   イ|:::::: /::::::::|:::::::::::/|ィ/レ /
                                 ̄     `  ーァァl´   /|::::::/|::: くー― '
                                          / { | -‐ ' ´  ̄    \

            /   . . . . . . . : : : : : : : : . . .   \
             ,  . . . . : : .:. .:..:.:.:.:.:.:. .:. .:.:.:.:.:..ヽ:. . :. ヽ
          /  . . . : .:.:.:.:.:.:.:′.:.:.:.:. i{:.:.:.:.:.:.:.:.:.:..:.:..‘. ∧
            / :/ :/:/ ..:.:.:.:.:.:.:.| :.:.:.:.:.:. | :.:.:.:.:.:.:.:.:.:.∨. ‘.. .
         / .イ ′:.:.:.:.:.:{:.:.:.:,| ...:.:.:.: {∧:.:.:.:.:.:.:.:.:.:i:.:.:. :. i
        ././ ′:!.:.|.......:小:.:.ハ__ .:.:.:.:iハ 斗:十:.ト:. .|:.:... i:. :
        i:.′} . :|. :! :.:.:斗{:.:「 丁i .:.:.:.ト:.V ヘ:.{\:.:.`!:.:.:. |: :|
        |′.′::l .:|.ト:. .::| ヽ 气{\:.:{ \  ヽ. \} :. : |: :{
            i . .:.|:八.:.|ヽ{  _    \   ,z≦ミ、| :.: :.!:. |!
            | : /|.::.:.:.::! ,ァ= =ミ     ´   `'^| :. : |:.小
            |.:/ :! .:.:.:.ハ ′             /i/, | :. : |:.|i
            |:′:} .:.: :| ∨ /i     '       .:. :. :.!:. l: {. 「ツモ、門前清自摸和 ドラ6。6000オールです!」
         ○: :′.:.:.ト. .           ,      八:.:..:}:. l:.‘
         /:.{: :| .:.:.:. {:: 込      `   ´   /}::.:.:./::. :!:. ‘
          /:;:.|:.::| .:.:.:. |:::::::个:.....       .イ::∨:.:.:/:/.:.′:∧
       i:/{:.! .:| .:.:.:. |:::::::/:::::::::ノ}≧ - ´ {入:/.:.:./i/:.:.′:. . ‘.

       |{∧{..:.i:.:{:.:.:‘:.:.::::::::/ 乂    / /:.:.:/V:.:.:.{:.:.:. . . ‘.
         .′..:.八:!ム:.七¨⌒}     >t_ん /:./「/:.:.: 厂 ̄ ≧ 、
         / . rヘ´ ヽ \  |   ∧   ∧'ィ斗v′:.:/       ヽ
.        / . :′       八_{ ̄≧ V__/イ´  {'リ:.:.:.:′      / }
       / . . {⌒ヽ       八  z__{ }___,  {.':.:.:./      /   |
      .′. .:|    \      《    ハ下  . /.:.:.:.′   ,    小
      / . . .:.{     ヽ   }  ∧__/ }ハ ≧7.:.:.:./     /     {:∧
.     / . ./..:.:}      . | く    /  }  ;:.:.:.:.:′ .′/     {:. .‘.
    / . ./..:.:.:.i      ∨ }    `≧-ヘ ∧ノ}:.:.:.:.{ . { .′     }:. . ‘.
  / . :/′:.:.:.}  ‘.     V|         ∨   |:ノ}:.:}  j /    /  {:.:. . ‘.

――

――――

――――――――

22

ギバード桜子「うがーっ、一回も勝てなかったーっ! でもみんなと打ててたのしいーっ!」

ひな「私たちも少しは強くなったつもりなんだけどなー。まったく手も足もでなかったねー」

ギバード桜子「もしかしてわたしたち、まるで成長してなかったっ!?」

晴絵「いや、麻雀教室開いてた頃に比べたらみんな格段に上達してるぞ。むやみにテンパイ即リーで仕掛けることもなく、場の状況に応じて打牌できてるし」

憧「まあ、それでもあんたたちがあたしらに勝とうだなんて百年早いけどね。出直してきなさいっ!」

ひな「ひどーい。憧ちゃん、こども相手に大人げないよー」

憧「だってあたし、まだ大人じゃないもーん。今をときめく高校生だし」

ひな「それもそっかー。憧ちゃん、綾ちゃんに身長抜かれちゃったし、まだまだ私たちと一緒で体も頭もこどもだもんねー」

憧「ちょっとそれどういう意味よっ! 喧嘩売ってるわけ!?」

<キャー アコチャン コワーイ

<コラッ マチナサイッ!

――――――

――――――――――――――――

綾「じゃあ私たち、そろそろ帰ろうと思います」

晴絵「あ、もう帰っちゃうの? もうちょっとゆっくりしてけばいいのに」

綾「いえ、私たちの相手をしてこれ以上練習時間を削らせてしまうのも悪いですし。インターハイ出場という目標があるならなおのことですから」

晴絵「うーん、まあ、このノリがずっと続いたら確かに困るといえば困るんだけど……せっかく再会できた今日くらいはそう気兼ねしなくてもいいと思うぞ?」

綾「えっと……」

――ずっと居着いちゃったら、この場所が心地よすぎて離れづらくなりそうだから――

23

綾「……今日は家の人に早く帰ると伝えてあるんで、その」

晴絵「ああ、そういうことなら仕方ないか」

玄「ねえ、綾ちゃんっ」

綾「?」

玄「綾ちゃんはどの部活に入るか決まってるの? もしよかったら、私たちの麻雀部に入部してみるなんてどうかな」

晴絵「おお、そうだ。今年から折よく阿知賀にも麻雀部が復活したわけだし、麻雀続けてるならちょうどいいかもね。……他にやりたい部活がなければの話だけど」

ギバード桜子「アヤちゃん中学生なのに、クロちゃーたちといっしょに遊べるのっ!?」

憧「阿知賀は中高一貫校だからねー。文化系の部活動なら入部してしまえば、練習場所は大体同じになるわよ。……生徒数もそんなに多くないし」

ギバード桜子「チューコーイッカンコー……よくわかんないけどすげぇっ!」

宥「部員が増えると私も、そしてここのお部屋もあったかくなるから、入部してくれると私としては嬉しい限りです」

穏乃「部室の温暖化を理由に新入部員を歓迎するのは宥さんならではですねっ」

宥「え、あっ、それだけじゃなくて、仲間が増えて嬉しくて心があたたまるという意味も込められてるからね?」

24

綾「――あの、そのことなんですが、今はまだちょっと……やめときます」

玄「え……」

穏乃「ど、どうしてだよっ! みんなとまた一緒に麻雀打とうよ!」

憧「うわっ、びっくりした。……いきなり大声出さないでよ、もう」

穏乃「ご、ごめん」

玄「や、やっぱり上級生だけだといづらく感じる……?」

綾「あっ、そういうわけじゃないんです。みなさん優しくてすごくいい人ですし。……ただ私がここにいると、インターハイ出場を目標とする玄ちゃんたちにとってきっと障害となってしまうだろうから――」

綾「実力差がこうも離れていると練習相手としては不足でしかないし、中等部生徒の私がいることで、異物が混入してきたというか……きっとチームが一丸となれなくなる気がするんです」

綾「詳しい日程は知らないんですが、県予選まで残された時間だって私を受け入れられるほど十分余裕があるとは思えないし……それならここは、一歩引いて応援する立場に回ったほうがみんな、そして私のためにもなるかな、と」

晴絵「なるほどね」

玄「で、でもっ――」

憧「……もしあたしが綾の立場だったら、たぶん同じこと考えただろうなー」

玄「あ、憧ちゃん……?」

憧「だって、あたしらがここの麻雀部を再結成させたのって昔のみんなと仲良く麻雀を打つためだけじゃないでしょ」

憧「インターハイに出場して、和たちと対戦して、そのまま全国優勝に辿り着く。……違ったっけ?」

玄「……」

憧「そう考えたとき、あたしもきっと綾と同じようにその応援したい誰かを見守る位置にいたいと自然と思うはず」

25

穏乃「……そうだ、私たちは和と遊ぶために今こうしてここにいるんだ」

穏乃「そして、自分たちの勝手な事情で昔の仲間にためらいの意識を強いらせていることに、私たちはハタと気づかなければいけなかった――ふぎゃっ」

穏乃「痛いっ! なにをするっ!」

憧「ご、ごめん。あんたがあまりにクサい台詞を言い出すものだから、反射的に……」

穏乃「だからって頭ぶつことはないだろっ!」

憧「そ、そんなに力込めてぶったわけじゃないから……」

<ソウイウ モンダイジャナイッ!



玄「……そうなの、かな。それが一番正しいのかな」

宥「正しいか正しくないかなんて、今の時点では誰にもわからないよ、玄ちゃん」

宥「ただ、綾ちゃんは私たちのことを大切に思ってその道を選んだ。それだけは変わらないし、私たちはその気持ちをしかと受け止めなければいけないと思うよ」

灼「そしてそのためにも私たちはインターハイに出場して、彼女の選択が正しかったと証明する必要があるんじゃないかな。それが彼女に対して私たちができることだし、恩返しになるはずだよ」

晴絵「永遠のお別れをするわけじゃないんだ。そう悲観することないよ。今はまだ入部しないって話なだけだよな、綾」

綾「はい」

綾「今はまだ入部してもみなさんのお荷物にしかならないですけど」

綾「こいつらと麻雀打って少しでも玄ちゃんに追いつけるよう腕を磨いて近づいてみせますから……だからそのときまで待ってて下さい、先輩!」

玄「綾ちゃん……」

ひな「こいつらってー?」

ギバード桜子「わたしたちのこと?」

綾「そうだよ」

26

綾「それに私が桜子たちを監視しないと、いつここの部室に出没してみんなの邪魔をするかわからないからね」

ひな「憧ちゃんたちの迷惑になるようなことはしないよー。こどもじゃあるまいしー」

ギバード桜子「そうだーっ、こども扱いはんたーいっ!」

綾「いや、二人とも今が一番子供真っ盛りの年頃だから……」

ひな「でも監視するってどうやってするの。発信機でも仕掛けるのー?」

ギバード桜子「ガッコー、今はもうべつべつだよっ!」

綾「もちろん、放課後に吉野山小学校まで乗り込んで麻雀特訓する傍ら監視するに決まってるでしょ」

ひな「えー」

綾「えーじゃない。ほら、帰るよ二人とも。これ以上みんなの練習の邪魔をするわけにはいかないし」

玄「あ、綾ちゃん!」

綾「?」



玄「わ、私たち、インターハイに絶対出場するからっ! だから、待ってる! 綾ちゃんが阿知賀女子麻雀部の部員として入部するその日までっ!」

綾「玄ちゃん――」

27

きっとこの人なら、その夢を実現させるのだろう。
離ればなれだったみんなを、麻雀教室にいたみんなを、
待ち続けて再びその場所に導かせたように。

そんな彼女のために私ができることは、一体何だろう。
まだまだ子供の私にできることは――そう、応援するしかないのだ。

月並みな言葉でしか思いは伝えられないけど。
それでもきっと彼女はいつもの笑顔で笑い返してくれるはず――。

「……ありがとう、玄ちゃん。またね」

――――――――

――――

――

28

<<数日後 阿知賀女子麻雀部>>

玄「ツモっ、門前清自摸和 ドラ7。4000・8000!」

憧「あーん、まくられたっ!」

灼「これで四連続玄のトップか」

穏乃「ええと、ここ数日の玄さんのトップ率は、っと」

穏乃「――おおっ、赤土さんを抜いてる!」

晴絵「へえ、最近調子いいじゃないか、玄」

玄「はいっ。自分でもわからないんですが、きてほしい牌がここぞというときに不思議なくらいツモれるんです」

晴絵「ドラ麻雀に加えて、引きまで強くなられるともう誰にも止められないねー」

憧「もう一局打つわよ、玄。次こそ逃げ切ってみせるんだから!」

玄「うん、受けて立つよ」

晴絵(……綾たちとの再会が玄をいい方向に突き動かしたのかな)

晴絵(その結果、打牌にも気持ちが乗ってるみたいだし、あのこたちには感謝しないとだね)

29

ブブーッ

玄「?」

穏乃「憧、携帯鳴ってるよ」

憧「え、あたしじゃないわよ」

穏乃「あれ、違うの」

憧「うん……って、なんで最初からあたしにかかってくる前提で話しかけてくるのよ、あんたは」

穏乃「だって携帯といえば、憧じゃん」

憧「どんな偏見よ、それ」

玄「――私の携帯みたいだね」

玄(電話……誰からだろ)

玄「あっ」

玄「ごめん、私ちょっと席外すね。お姉ちゃん、代打お願いできるかな」

宥「うん、いいよ。お父さんから電話?」

玄「ううん、綾ちゃんから。少しだけ失礼させてもらうね」

バタンッ

穏乃「……あれ、玄さんいつの間に連絡先交換してたの。それにわざわざ電話で話すより直接会って話せばいいのに」

憧「えっ、あんた綾と連絡先の交換まだすんでないの?」

穏乃「……その言い方、憧はもうすでに交換し終えてるみたいな――」

憧「うっわー、しずって意外と後輩から好かれていないんじゃない?」

穏乃「!?」

憧「そういえば、あんただけ高鴨先輩って名字呼びされてるもんねー。過去の記憶をたどってみても、あんたに対してはなんとなく余所余所しかったようなそうでもなかったような……」

穏乃「……憧の携帯貸して」

憧「へ?」

穏乃「私も綾の番号登録するっ! 貸して!」

憧「ちょ、こらっ、やめてよ――ギャー! どどどど、どこ触ってんのよばかしずっ!」

穏乃「いいから! 早く渡して!」

灼「……」

灼(練習の時間もったいないんだけど)

――

――――

――――――――

30

玄『もしもし、綾ちゃん?』

『あ、クロちゃー!』

玄『えっ? ……その声は、桜子ちゃんだよね』

ギバード桜子『うんっ』

玄『あれ、でも画面表示は綾ちゃんの番号――』

『こらっ、離せ桜子』

ギバード桜子『いやだっ!』

玄『……?』

――――――――――――――――

――――――

綾『はぁはぁ……ご、ごめん玄ちゃん。桜子に電話とられちゃって』

玄『もしかして、吉野山小学校から電話してるのかな?』

綾『あ、うん。そうなんだ。桜子の監視もかねて麻雀クラブで現在猛特訓中』

綾『玄ちゃんも今、部活の最中……だよね。邪魔して本当にごめん。桜子が私の隙を突いて、いきなり玄ちゃんに電話かけちゃって……』

玄『ううん、少しくらいなら平気だよ』

綾『――じゃあ、これも何かの縁ということで、ちょっとだけ玄ちゃんの時間をいただいてもいいかな』

玄『大丈夫だよ』

綾『実はね、私たち、玄ちゃんたちみんなを応援するこども応援団を立ち上げたんだ』

玄『こども応援団?』

綾『そう。後援会みたいに活動費用支援とか物質的な支援はまったくできないんだけどね』

綾『麻雀教室にいたみんなでひたすら玄ちゃんたちに声援を送ろうと思って……ちょっと子供染みてるかもしれないけど、それでも何か玄ちゃんたちの力になりたくてみんなと一緒に企画したんだ』

綾『その証拠にといったら変なんだけど、その様子の画像をこれからメールに添付して送るから。時間があるときに開いて見てくれると嬉しいな』

玄『うん、わかった。楽しみに待ってるよ』

綾『ありがとう。じゃ、練習頑張ってね玄ちゃん』

――――――

――――――――――――――――

ブブーッ

玄(綾ちゃんからのメールかな)

ピッ

玄「――わぁ!」

31

<<阿知賀女子麻雀部>>

ガチャッ

玄「ねえみんな、見て見て!」

晴絵「ん、なにかあった」

玄「えっとですね、綾ちゃんから素敵な画像が届いたんです!」

晴絵「綾から? どれどれ――ほう、これはなかなか」

宥「?」

灼「どうしたの、ハルちゃん」

晴絵「みんなもいったん麻雀は打ち止めにして、見にくればいいよ」

憧「じゃ、ちょっと失礼してっと」


 ┌─────────────┐
 │   目指せ  全国制覇!!  │
 └─────────────┘


憧「え、なにこれ」

穏乃「応援幕じゃないの?」

憧「……ああっ。そうね、応援幕ね」

憧(ただの落書きかと思ったわ)

玄「綾ちゃんたちがね、私たち阿知賀女子麻雀部の応援団を立ち上げたみたいなんだー」

晴絵「応援団? ほほう、それは気が利いてるなー」

憧「ふうん、あいつらにしてはなかなか嬉しいことしてくれるじゃないの」

32

 ┌─────────────┐
 │   目指せ  全国制覇!!  │
 └─────────────┘


宥「手書きで書かれてるところが真心こめられててすごくあったかいよね」

穏乃「あははっ。この応援幕、いきなり全国制覇になってるよ。フツーは、目指せ全国出場だと思うんだけど」

灼「……県予選で立ち止まるんじゃなく、全国出場をらくらく決めてこいというあのこたちなりのメッセージだと受け止めよう」

穏乃「なるほど、そういう捉えかたもあるんですね」

灼「……ほとんどこじつけだけどね」

玄「そうだ、灼ちゃんの誕生日に顔合わせもかねてこども応援団のみんなをバースデーパーティーに招待するなんてどうかな」

玄「誕生日は大勢で祝ったほうがずっと楽しいから。ね、灼ちゃん」

灼「私は別にいいけど」

玄「本当? じゃあ早速綾ちゃんにメールしなきゃ!」

――――――――――――――――

――――――

宥「でも嬉しいですよね。正式に活動開始したのはここ最近なのに、こんな早くに私たちを応援してくれるなんて」

晴絵「宥と灼はあいつらと接点なかったからねー。みんな基本はいいこだから仲良くしてあげてね」

灼「うん、わかってる」

ブブーッ

玄「あ、返事きました」

玄「応援団のみんな、灼ちゃんのバースデーパーティーにぜひ参加したいとのことです」

晴絵「おっけ、じゃあ当日は私が車だすから――うん、今回は人数多目だし私がケーキやらお菓子やら用意するよ――いや、また玄にケーキ準備させるのも悪いから――社会人の――を――貯金なら――まだ――実家暮らしだし――」


――

――――

――――――――

33

<<四月十四日 阿知賀女子麻雀部>>

灼「えっと……」

ギバード桜子「ふぅーむ」ジトーッ

灼「あの」

ギバード桜子「手にソウビしてるそれって、メリケンサックですかっ!?」

灼「えっ、あ、いや全然違っ――」

ひな「昨日は何人の獲物を湖にしずめたんですか、ボス」

灼「沈めていないし、ボスでもないから……」

【END】

(補足)
21の場面では、憧だけ鳴いて和了しているためそのような得点となってます。
また、子と親の表記など省いてあるので、いろいろと混乱させてしまった&ミスがあったらごめんなさい。

おつ!
玄も綾もええ子や~

HTML化阻止のためとりあえず書き込みます。
近日投下予定。

【06.ネト麻でGO!】

1

<<ある日の阿知賀女子麻雀部>>

穏乃「……私、気づいてしまったかもしれない」

憧「え」

穏乃「たぶん私たち、このままじゃいけないと思う!」

玄「?」

灼「……」

宥「え、えっと」

憧「――ごめん、唐突かつ脈絡なさすぎてあんたがなにを言わんとしているのかこっちはまったく掴みきれないでいるんだけど」

穏乃「練習方法だよ、部活の!」

宥「部活の練習方法?」

穏乃「はい、私たちの今までの練習風景を振り返ってみて下さい!」

穏乃「ウチら五人と赤土さんを加えて日々対局し、または他校の選手の牌譜分析をしたり、ほかにはええと、まあいろいろありますけど――」

穏乃「つまり、私がいいたいのはこれ!」

穏乃「阿知賀女子麻雀部のメンバーで打つ一局一局が完全に定型化しているということなんです!」

玄「て、定型化?」

穏乃「そうです、型にはまっちゃってるんです!」

2

穏乃「私が玄さんや宥さんと対局する段になるといつも――そうですね、例えば玄さん相手のときは高得点直撃からのハコに萎縮してしまって要張牌なんかはまず河に置かないし、宥さんが相手のときは出和了りを恐れて中と萬子は極力早いうちに捨てる、もしくは萬子以外の和了形を作って狙い撃ちを試みるとか――えっと、結局なんていえばいいんだろ」

灼「特定の誰かに対する立ち回りだけが上達してしまってるといいたいのかな」

穏乃「それです、それがいいたかったんです!」

穏乃「麻雀部復活させてから半年経って今さら気づいたんですけど……。今のままで私たち、本当に県予選を勝ち進んでいけるのかなって」

玄「ふぅーむ」

灼「――確かに玄や宥さんに対する必勝法は会得できるけれど、地力を鍛えるぶんには今の練習状況は効率が悪いかもしれないね」

宥「ご、ごめんなさい……」ブルブル

穏乃「あ、別に宥さんたちを責めてるわけじゃないんですよ!」

穏乃「ただ現実問題として、打牌選択がひどく固定化してしまってるこの状況はあまり好ましくないというか……」

憧「部員数の少ないことによるデメリットのひとつがそれだよね。特に玄みたいな特殊な打ち回しをする選手を擁するあたしらにとって厄介な問題かも」

憧「ハルエがあと十四、五人くらいいれば団体戦形式で練習できるし、そういう問題も解決するんだけどなー」

宥「赤土さんが十四、五人も……」

玄「ちょっとしたホラーの画ができあがっちゃうね」

灼「なにいってるの、憧」

憧「え、あ、じょ、冗談ですよ、冗談」

3

穏乃「だから、ここで私は一つの提案をします!」

穏乃「ゴホン、えー、この際、他校の選手たちと一度練習試合をしてみるなんていかがでしょうか!」

憧「ふむ」

宥「練習試合かぁ」

穏乃「できれば二校同士の親善試合形式ではなく、ウチら阿知賀女子含む四校交えて本番さながらの緊張感をもって執り行うというふうに」

玄「そうだねー、私たちの現段階の実力を測るぶんにはそれが一番最適な方法なんだろうけど」

灼「まずは顧問のハルちゃんに要相談だよね。子供主導で話が進められるわけがないし」

憧「……」

憧(でもまあ、ハルエからの返答は大方予想がつくんだけど)


――――――――――――――――――――


晴絵「いや、さすがにそれは厳しいわ」

穏乃「へ?」

晴絵「二校で行う練習試合ならうまくいけば約束を取りつけられるが、四校合同練習試合ともなるとそれこそ晩成高校のような県代表校クラスが主導してはじめて相手校が乗り気になるんじゃないか」

晴絵「ここ数年活動実績のない阿知賀女子麻雀部がいきなり練習試合申し込んでもやんわりと断られるのがオチだよ」

穏乃「そんな」

晴絵(あれ、これ前にもいわなかったっけ、私。……ま、いっか)

4

晴絵「まあ確かにずっと同じ面子で麻雀を打ち続けるというのは、成長の鈍化を助長させるといえばそうだし、モチベーション的にもきっといい影響を与えてはくれないよね」

晴絵「新しい段階に進まないと見えてこないモノというのは確実に存在するし、県予選を勝ち抜くためには幾度かの試合経験と慣れが必要不可欠である」

晴絵「――よし、ここらでいっちょ他校に練習試合を申し込んでみるとするか!」

穏乃「ホントですか!?」

晴絵「うん。だけどこっちはお願いする立場だから、相手方が順調に申し入れを聞き入れたとしても……そうだなあ。早くて来週の土曜日あたりだろうな。もしくはGW前半くらいか」

穏乃「ら、来週か……。私としては今週の休日にでも対戦してみたかったんですけど」

晴絵「うーん、でも相手側の都合も考えないといけないからね。友達感覚で明日試合しようぜって試合を申し込んでもそれは失礼にあたるし、対戦校から配慮に欠けてるといわれても仕方ない」

晴絵「そういう社会のマナーもわきまえておかないと、今後まともに相手をしてもらえなくなるよ」

穏乃「な、なるほど」

晴絵「……そろそろ時間かな。ごめんね、今日はみんなの練習を見てあげられないんだわ」

晴絵「新任教師対象の研修会が入ってて、これから夜まで拘束される予定なんだよね」

玄「研修会、ですか」

晴絵「そうなんだよ。他聞を憚る話なんだけど、私っていわゆる縁故採用だからさ……。採用にあたって融通を利かせてもらってるぶん、初任者教員向けのセミナーには絶対参加しろと教頭が口うるさい――じゃなくてそういうお達しがあってだな」

晴絵「こればかりは避けては通れない道というには大袈裟なんだけど、そういう教育職員としての事情もあるから、すまん、今日はこれで先にあがらせてもらうわ。じゃあまた明日ね、みんな」

バタンッ

5

玄「赤土さん、行っちゃったね」

宥「やっぱり先生のお仕事って大変そう……」ブルブル

憧「麻雀部顧問としてのハルエと多く接してるぶん、教師モードのハルエは意外と新鮮だったかも」

穏乃「赤土さんの知らない一面を垣間見た気がするよ」

灼「……まあその話はいいとして、練習試合実施の見通しが立ったことは素直に喜んでいいんじゃないかな」

穏乃「そうですね。私としては晩成高校と対戦してみたいという気持ちが強いんですけど」

憧「いや、晩成と練習試合組む予定はないでしょ、ハルエは」

穏乃「なんで?」

憧「なんでって……。ハルエが晩成はもちろん、奈良県内の高校には手の内をばらしたくないから県予選前はなるべく県外校としか対戦はしない方針でいくって前にいってたじゃん」

穏乃「そうだっけ」

憧「そうだよ。それに奈良ナンバーワンの晩成が公式大会でもないのに部員総勢五人の阿知賀の相手をわざわざしてくれると思う? あたしらと対戦する暇があったら他県の強豪校と試合組むはずよ、きっと」

穏乃「……それは一理あるかも」

6

玄「でも県外校と練習試合を組むとなると、私たちどこまで遠征することになるんだろうね」

玄「赤土さん、実業団のツテを頼ってどうにかするっておっしゃってたから――そうなると福岡まで足を運ぶことになるのかな」

宥「実業団出身で今現在は関西で活動してる人も少なからずいそうだけど……」

灼「体育会系の部活ならともかく、文化系の部活が練習試合のために奈良から福岡まで遠征する図は、まあ結構に大がかりな気がしないでもないね」

憧「いちいち福岡まで出向かなくても対戦するだけならネット麻雀を利用するという手もありますし――あっ!」

宥「どうしたの、憧ちゃん」

憧「そうよ、ネット麻雀よ! 今、あたしらが抱えてる問題はネト麻でも一応は解決できるんじゃないの」

穏乃「ネット麻雀……」

憧「うん。要は、いろんな麻雀プレイヤー――できればそれなりの実力者が望ましいんだけど――その人たちと麻雀を打てればいいわけだから、ネト麻でも事足りるといえばそうでしょ」

穏乃「うーん、まあ、それはそうだなんけど。……でもなあ」

憧「なによ、その煮え切らない返事は」

穏乃「だってさ、ネット麻雀ってイマイチ麻雀打ってる気分に浸れないんだよね」

穏乃「私にとって麻雀とは本物の牌に直接触って打つものであって……ネト麻だと集中力が散漫するというかそもそも集中できずに終わってしまうといえばいいのか」

穏乃「つまるところ、ネットで麻雀打っても練習に身が全然入らないわけでして」

憧「……まあ、言いたいことはなんとなくわけるけどさ」

7

宥「穏乃ちゃんと同じで、私も麻雀はネットで打つよりも実際に牌に触れて打つほうが好みかなぁ」

玄「ネット麻雀やアプリの麻雀ゲームだとなぜかドラが手牌に集まってくれなくなるんだよね。困ったものなのです」

穏乃「でも玄さんひとりがドラを集中的に占有するよりかはそっちのほうが麻雀として正しい姿のような気がしますけど」

宥「灼ちゃんはどう?」

灼「……ネット麻雀は気晴らしでたまに打つ程度ですね」

灼「それよりかはハルちゃんの昔の牌譜や現役プロ、同年代の気になった選手の牌譜を眺めることに多くの時間を費やしてると思う」

玄「灼ちゃん、昔の赤土さんの牌譜の研究もしてるの?」

穏乃「昔のって、赤土さんが阿知賀を全国に導いた頃のことですか」

灼「う、うん。そうだけど……」

玄「ふむふむ。赤土さんを打ち負かすためにはそれくらい徹底して対策するという気概を持たないといけないかもしれないねっ」

穏乃「さすが灼さんですね。私もその勤勉さは見習わないと!」

灼「え、えっと」

灼(――理由はそれだけじゃないんだけど)

灼(誰かさんへの憧れが昂じてそんなことしてるなんて……わざわざ玄たちに伝えなくてもいいよね)

8

穏乃「そうだ、ねえ憧」

憧「ん」

穏乃「憧は中学時代もずっと麻雀やってたんだよね。やっぱりネト麻の経験も豊富なんでしょ」

憧「……まあ、そうね。しずよりかは数をこなしてると思うよ」

憧「今でもそれなりに打ってるけど、昔は病的なほどに嵌り込んでた記憶があるから」

憧「あのときは――うん、そうだ。学校行って部員のみんなと実際に対局して、家に帰ってからも何時間もネットで対戦して……それで、いつまで起きてるのってお姉ちゃんに怒られることもしばしばあって」

憧「……今振り返って見ると、あの頃は自分でも呆れるくらいネット麻雀にのめり込んでたわ」

憧「それが祟ったのか中学以降、急激に視力落ちちゃったし、そのことだけはちょっと後悔してるかも」

穏乃「そうなんだ。――あっ、そうだ、憧、しばらくそのままでいて」

憧「?」

穏乃「……ほんとだ。憧、コンタクトレンズ装用してるんだね」

憧「うん――って、なにあんた、まさかその距離からあたしがコンタクトレンズ装用してるかどうか見分けたわけ!?」

穏乃「うん」

憧「カラコンつけてるわけでもないのに……その驚異的な視力、あんたはマサイ族の人間かなにか?」

穏乃「私の視力は100.0だからね。マサイ族の人たちをも上回るよ」

憧「……またわけのわからんことを。もはや突っ込む気すら起きないわ」

玄「視力数値が100を計測するとなると、かえって不便な生活を強いられることになるんじゃないかな」

9

灼「……それより今日の部活内容はどうするの。練習試合の件については話が一段落ついたからよしとして」

宥「いまのところ私たちが抱える問題の抜本的な解決策といえるものはネット麻雀で対処するくらいしかないのは事実だし……」

玄「でも練習設備が一応は整ってるのにネット麻雀に頼るのもそれはそれでなにか惜しい気がする……」

穏乃「そうだ、今から雀荘に行くというのは?」

憧「年齢制限に引っかかるからあたしらはまず入場できないって。それにこの近くに雀荘なんてあったっけ」

穏乃「吉野を出て奈良駅方面に向かえばなんとか」

玄「仮に雀荘に通えたとしても、今からではちょっと……」

灼「学生が夕方のこの時間から雀荘に向かうのは厳しいものがあるね」

宥「家に帰る頃には夜もだいぶ深まっているだろうし……」

憧「結局、無理な話ってわけね」

玄「――そっか、部員数の問題はこういうところに重くのしかかってくるんだね」

宥「ギリギリの人数で成り立ってる私たちだとレギュラー争いもないから競争意識が希薄しているというのも悪い面の一つだよね……」

穏乃「成長する環境に身を置くという点では、晩成に一歩、二歩も後れを取ってることになるのか」

憧「いや、でもあたしらはまだ恵まれてるほうだと思うよ」

憧「世の中には全自動卓が備えつけられていない麻雀部もあるようだし、ハルエみたいな麻雀の指導者がいない学校なんてザラにあるよ」

憧「まあ、だから麻雀に熱意をもち、上を目指す人は、設備も指導者も揃ってる強豪校に進学して己を鍛えようとするんだけど」

玄「なるほどー」

穏乃「こっちが感心するくらいそういう事情に詳しいね、憧」

憧「そういう問題を考慮して阿太峯に入学し、一応は晩成に進学しようとしていた身ですから、あたしは」

10

穏乃「じゃあ話は少し変わるんだけど、強豪校って具体的には一体どんな練習してるんだろ」

穏乃「やっぱり部内ランキング戦とか行って、仲間内で日々熾烈な争いを繰り広げてるの?」

憧「そうね。ランキング戦は各人の競争心を刺激するのにちょうどいいし、レギュラー選抜という点においても監督にとって都合がいいから、結構な規模の麻雀部――それこそ晩成高校では確実に実施されてるはずだよ」

憧「あとは駆け出しのプロなんかを招いて、コーチという名目でプロと高校生を対戦させたりするのかな」

憧「でも基本は何局か打って、そのつど牌譜を見直しての反復練習が重要となってくるから、練習方法に関してはあたしらとそう変わらないと思うんだけど」

穏乃「練習方法とは別のところでおもいっきり差をつけられてるってことか」

玄「経験の差で私たちと強豪校とでは、はっきりと明暗が分かれる形になっちゃうね……」

灼「……幸いにも麻雀は、経験よりもそのときの運のほうがモノをいうランダム性の高いゲームだから、その点において私たちは助かったともいえるのかな」

穏乃「そうだ、要は半荘二回のうちに誰よりも点棒を稼げばいいんだ! 対局数で競い合っても不毛なことだよ! そして強くなるためには……ん?」

穏乃(あ、あれっ)

穏乃(話が延々とループしていくような気が――)

穏乃「……」

宥「穏乃ちゃん?」

穏乃「頭、痛くなってきたかも……」

玄「わわわっ、だ、大丈夫?」

11

穏乃「結局、強くなるためには同じメンバーとずっと対戦するだけじゃいけないんだ」

穏乃「そう、だから私は現在進行形で悩んでるのであって……」

穏乃「でも麻雀って対局数に比例して強くなれるようなゲームとは一概に言えないのも確かなわけで」

灼「何百回、何千回と対戦するならともかく、半荘二回程度の大会ルールじゃ実力以外の部分が大きく作用し、それが雌雄を決することも多々あるからね」

穏乃「……あーもうっ! 全国大会の舞台で確実に和と相見える方法や道具はないのっ!?」

憧「道具って、あんたねえ……。思考がまさにのび太のそれになってるじゃないの。ドラえもん的世界じゃあるまいし」

玄「勝負事に絶対なんてないんだよ、穏乃ちゃん。たとえどんなに勝ち目が薄くても勝敗が決まるそのときまでは何が起こるかわからないものなんだから」

穏乃「それはわかってるんですけど――ごめん、我ながらくだらないこといったかもしれないや。ちょっと頭冷やしてくる……」

宥「あのー」

玄「どうかした、お姉ちゃん」

宥「あ、えっとね、ふと気になったことがあって……。憧ちゃんと穏乃ちゃんのお友達さんのことなんだけど」

憧「和のこと?」

宥「うん、その和さんはインターミドルで優勝するために一体どんな練習に取り組んできたのかな、って。それを知ることは今の私たちにとって少しでも参考になり得るのではないかと思ったの」

12

穏乃「おおおおっ、ナイスアイディアですよ、宥さんっ!」

宥「はうっ」ビクッ

憧「……相変わらず切り替え早いわね、しずは」

穏乃「それが私の長所だからねっ! って、そんなことは今どうでもいいんだよ!」

穏乃「早速、和に連絡とって練習方法について聞き出さなければ――ああああっ!」

灼「こ、今度はなに……?」

穏乃「ダメだ! 練習方法を聞き出す、それすなわち和にお願いをすることであって、そうしてまで和に練習方法を聞き出すのは私のプライドが許さない!」

灼「プライド……」

穏乃「そしてそれ以前に、そもそも和の連絡先知らないからコンタクトすらとれないという事実!」

穏乃「……一条の光明が射し込んできたかと思ったらそれが実はレーザービームで、そのまま身も心も形残らず焼きつくされた気分かも」

穏乃「はぁ」

玄「穏乃ちゃん……」

憧「……」

憧(なんだその例えは。いや、それはともかく)

憧「――ほら、しず。落ち込んでる暇なんかないよ」

憧「別に直接連絡取らなくても、和が全国で勝ち上がるために取り組んできた練習の内容を探る方法はあるわよ。ついてきて」

穏乃「へ?」

――――――――

――――

――

13

<<阿知賀女子学院 パソコンルーム>>

穏乃「ここって……」

玄「パソコンルームだね」

憧「そこ座って、しず」

穏乃「う、うん」

憧「まずは検索サイト開いて、っと」

カチッカチッ

憧「検索ワードは――インターミドル、原村和、インタビュー」

憧「こんなものかな」

カタカタッ ターンッ

憧「――お、出た出た」

穏乃「……すごい、キーボード見ないでタイピングしてる」

灼「ブラインドタッチだね」

穏乃「人差し指だけを駆使してタイピングする私とは速度の点で雲泥の差があるよ」

憧「見映え的にもあれだし、そのタイピング方法は早く卒業したほうがいいかもね。まあそれはともかく、これ見て、これ」

穏乃「あっ、これって――」

14

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今年度全国中学生麻雀大会個人戦覇者 原村和を大特集!
WEEKLY麻雀TODAY取材班が現在の彼女の心境や休日の過ごし方まで徹底インタビュー!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

                        
――まずは、今年度全国麻雀大会個人戦優勝おめでとうございます、原村選手。

原村:ありがとうございます。

――大会の閉幕から三週間が経過しましたが、優勝後、生活の面で何か劇的に変化したことはありましたか?

原村:劇的に、ですか。……特になかったと思われます。学校の先生や麻雀部の仲間たちから厚く祝福を受けたりはしましたが、劇的にと言われると……そこまでには至らない気がします。瞬間的には持て囃されても、一週間も経てば話題の中心は自然と別な何かに移動していくものですから。

――夏の大会を過ぎると中学三年生は、受験勉強に本格的に精を出さなければなりませんからね。いつまでも原村選手の話で持ち切りというわけにもいきませんよね。

原村:そうですね。

――ちなみに今回、輝かしい戦績を残して個人戦覇者となった原村選手には、有名校のスカウトから続々とオファーが殺到しているという噂を伺っているのですが。

原村:はい。

――志望校について何か一言願えませんでしょうか。

原村:……ノーコメントでお願いします。

15

穏乃「和のインタビュー記事か」

憧「昨年のだけどね」

憧「ま、優勝者インタビューの記事って大体が頂に到達するまでの過程や努力、練習方法に主眼を置いて書かれるって相場が決まってるから、これもご多分に漏れずそのことについて書き連ねられてると思うんだけど」

穏乃「ということは!」

玄「このページに和ちゃんがいかにして全国優勝の座までのし上がっていったのか述べられてるかもしれないねっ」

穏乃「はやく見よう、はやくっ!」

憧「わかったって。少しは落ち着きなさいよ、もう」

宥「……でも憧ちゃん、よく気づいたね」

灼「インタビュー記事から練習方法を探るなんてとっさには思いつかないよ」

憧「あ、えっとですね。実はこれ、昔見たことあるんですよ、あたし」

穏乃「そうなの?」

憧「うん。内容はもうほとんどうろ覚えだけどね」

穏乃「……昔見たってことは――ねえ、なんでそのときに和のインタビュー記事が世に出たことを私に教えてくれなかったんだよ! もっと情報を共有しあおうよ!」

憧「い、いやー、ホントなんでだろうね。当時は絶対しずにも教えようって意気込んでいたんだろうけど……」

玄「ほらほら二人とも、今は和ちゃんの記事を眺めるのが最優先だよ。喧嘩はいけません」

灼「……この行からかな」

カチッカチッ

16

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――では次に、原村選手が全国優勝を掴み取るまでに、具体的にはどんなことを意識して日々練習に励んでいたのでしょう。練習方法について詳しく話をお聞かせ願えますか。

原村:そうですね。団体戦については初戦で敗退してしまったので、部活動単位の練習方法をここで言及することは控えさせていただきますが、私個人の練習方法に関する話をさせてもらうと、やはりネット麻雀が私の中で重要な位置を占めていたのだと思います。

――なるほど、ネット麻雀ですか。

原村:はい。私がつい先日まで所属していた麻雀部は……お世辞にも強いとは言えず、かつ同好会に近い小規模な活動形態をしていたので、自分自身を鍛え上げるという意味において、ネット麻雀に頼らざるを得ないという場面が何度かありました。

――では、個人戦優勝に導かせたその堅実な打ち筋――いわゆるデジタル麻雀はその時に身についたのですか?

原村:身についたかどうかという話になると、それはまた別の問題になると思います。そもそも私は麻雀を打ち始めてからほとんど無意識的にそういう理詰めの打ち方を心がけて今日まで過ごしてきているので……。ネット麻雀の影響を受けて打ち筋を変えたなんてことはないとはっきり断言できますね。


                次のページに進む

17

穏乃「次のページに進む、っと」

カチッ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ここからは有料会員限定のコンテッツです。
次のサービスをご利用いただくには「有料会員登録」が必要です。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

穏乃「はい?」

宥「有料会員登録ということは……」

玄「ここまでしか閲覧できないみたいだね」

穏乃「なんだよそれ! ここからがいいところなのにっ!」

憧「――あ、そうだ。思い出したわ」

憧「あたしが最初にこの記事見たのは本誌のほうだった気がする」

灼「ウェブ版のWEEKLY麻雀TODAYではなくて?」

憧「はい。今見てるウェブ版の記事って、実は本誌から移入されたものなんですよ」

憧「で、この和の特集記事が載ってる号だけはなぜか盗難に遭っちゃって阿太峯から借りれなかったんだよね」

憧「――そうだそうだ、それで誰が盗んだのか犯人探しがいよいよ始まっちゃって、しずにそのことを伝えるどころじゃなかったのよ。……結局、犯人は見つからずじまいで次の号が発売された頃には迷宮入りになっちゃってさ」

宥「窃盗はよくないよ……」ブルブル

穏乃「よりにもよってなんで和の特集が組まれてる号が盗まれるかな……」

憧「本誌には和の写真記事も載ってたからプレミア的価値がつくのを見越して転売用に数を確保したか、はたまた玄みたいに和のおもちにそそられるものがあって発作的に盗んでしまったかのいずれかでしょ、きっと」

玄「わ、私ってそんな印象持たれているの……?」

18

憧「それにしてもWEEKLY麻雀TODAYの編集部もなかなかに抜け目がないわね」

憧「言い方悪いけど、これってつまりは使い回しの記事ってことでしょ」

憧「現在入手不可能であるバックナンバーを電子書籍化して販売するならともかく、和のインタビュー記事単体を売り物にして――それも月額プランの料金体系しか用意されていないのは、なんともいけ好かない感じがするわ」

宥「出版不況といわれる時世だもん。出版社もあの手この手で必死に活路を模索中なんだと思うよ……」ブルブル

灼「その煽りを受けてWEEKLY麻雀TODAYが隔週誌、月刊誌に移行するのもそう遠くない未来のことかもしれない……」

玄「なるほどなるほどー……あれ?」

玄(――月刊誌になったらマンスリーの単語を当てはめればいいとして、隔週誌となるとなんて呼ぶことになるんだろう)

玄「あ、あの――」

憧「あと、リード文のこれ――"休日の過ごし方まで"って文句をさりげなく忍ばせてるところが商魂たくましいというか何というか……」

灼「麻雀部分の記述はちらほら試し読みできるのに、プライベートな話題は完全に有料会員限定ページのほうへ飛んでるみたいだからね」

憧「男性読者層、それもアイドルオタク的な資質を有する人たちを狙って金を巻き上げますよと公言してるようなものじゃない」

宥「この時期にわざわざその記事を購読する人はメイン層にはもうすでに存在しないだろうと踏んだ上での戦略なのでは……?」

玄「……」

玄(い、今会話にまざるのはやめておこう)

19

穏乃「そんな小難しい話はいいから。それより憧、有料会員登録の仕方教えてよ!」

憧「え、もしかして登録する気なの、しず」

穏乃「うん。そうじゃなきゃ憧にわざわざ登録方法を聞いたりしないよ」

憧「だ、だよね」

憧(……なに頭の悪い受け答えしてるんだろ、あたし)

憧「えっと、あたしもそれについては詳しく知らないから、とりあえず有料会員登録のページに進んでみて」

穏乃「これ?」

憧「そう」

カチッ

憧「ええと、お支払い方法は――あっ」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

■決済方法についてはクレジットカード決済でのみご用意しております。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


穏乃「ク、クレジットカードか」

憧「これはさすがにしず一人では決められない問題だよね」

穏乃「お父さんとお母さんに掛け合ってみるとして、どうだろう。……ちょっと難しいかも」

穏乃「子供がクレジット決済を利用するなんてまだまだ早いとあしらわれるだけな気がする」

灼「親のカードを借りる前提で物事を進めると話は余計に行き詰まると思う」

20

穏乃「い、いったん保留にしときます!」

玄「うん、そのほうがいいと思うよ。お金が関わることについては穏乃ちゃんの親御さんとよく相談してから決めないとね」

憧「それにあたしらがここに来た目的はあくまで和の練習方法について知ることだからね。しずが今直面してる問題は部活に持ち込むべき話題じゃない、って言い切るのはややとげとげしい感じがするか」

穏乃「ううん、憧の言うとおりだよ。……私って和の話題になると血気盛んになるというかさ、どうも周りの状況が見えなくなるみたいで。ごめん」

憧「あ、いや、別に謝らなくてもいいって」

灼「きっかけが何であれ、麻雀に対してひた向きになれるのは悪いことじゃないよ」

穏乃「そ、そうですか?」

宥「うん。私も穏乃ちゃんのそういうところは見習わなくちゃって日々感じてるよ」

穏乃「いやいや、私を見習うなんてやめといたほうがいいですよ、宥さん。ただ単に私は熱血バカこじらせてるだけですから!」

宥「そう謙遜しなくてもいいのに……」ブルブル

玄「真なる熱血なおバカさんは自分のことを客観的に見つめられないけど、穏乃ちゃんはそうじゃないからきっとおバカさんなんかじゃないよ。――だから、自信もって!」

灼「……その言葉は真理をついてはいるのだろうけど、慰めの言葉としてはなんか違う気がする」

玄「えっ」

灼「むしろ、玄が必死に穏乃の熱血バカを否定しようとしたことがかえって深刻度を増長させてしまったというか」

玄「ええと……」

21

玄「と、ともあれ和ちゃんの練習方法について滞りなく調べ上げることができたわけですけれども!」

灼「……」

灼(強引に話題をすり替えたか)

憧「でも結局、これといっためぼしい情報は発見できなかったね。……というかよくよく考えてみると、和から斬新さを求めることそれ自体が完全にお門違いだったわ」

憧「オカルト麻雀全否定かつデジタル打ち一辺倒のあの和が型破りな練習方法を導入するなんて、和の中でコペルニクス的転回レベルの意識転換が行われない限り現実ではありえない話なのに」

憧「……全中覇者って言葉の響きに幻想抱きすぎちゃったのかな」

灼「解決策とまでは至らなかったけど、それでも収穫はあったと思うけどね」

穏乃「そうだよ。ネット麻雀に頼るほかない不自由な環境でも全国の猛者たちと渡り合えるってことを和が身をもって示してくれたじゃん!」

穏乃「和の真似事をすれば必ずインハイに出場できるってわけじゃないけれど、和が示してくれたその道はきっと私たちの足りない部分を埋めるのに役立ってくれるはずだよ!」

穏乃「だからネト麻は練習方法としてありだね。採用っ!」

憧「あ、あんたねえ……」

憧(あたしがそれを提言したときはそれとなく否定的な態度を見せてたくせに)

憧(和が絡んでくるだけでそんな簡単にコロコロと意見を変えちゃうなんて)

憧(軽く嫉妬感じるじゃないの――)



憧「……ばか」

穏乃「ん、なにかいった、憧?」

憧「なんでもないわよ」

穏乃「?」

22

灼「まあ、たまにはこうやって部室から出て有益な麻雀情報を調べたり、ネット麻雀で己を磨き上げるのも麻雀部として正しい活動なのかもしれない」

玄「今日みたいに赤土さんがいない中で練習すると、どうしても雰囲気がゆるみだしちゃうもんね」

玄「そういう日は今みたいに過ごすのもひとつの手段なのかも」

宥「練習も大事だけど気分転換も大切にしていかなくちゃ」

穏乃「ということで、今日の活動内容はネット麻雀で決まりっ! 徹夜ネト麻でGO!」

憧「……ホント調子いいんだから」

灼「じゃあ、今日は各自情報収集なりネット麻雀で個人練習なりということで」

穏乃「了解でーす!」

――――――――

――――

――

23

<<時同じくして 清澄高校麻雀部>>

京太郎「よーっし、きたきたキターッ!」

カチッ

京太郎(これで張ったぞ! あとは中をツモる、もしくは河に捨てられるのを待つのみ!)

優希「どーんっ! おい京太郎っ、私のために今すぐ食堂に行ってタコスを買ってこい!」

優希「タコスパワーが切れると私は人の姿を保てなくなるのだ」

京太郎「あん? うるせえぞタコス。今一番いいとこなんだからおとなしくしてろ」

優希「な、なにっ。キサマ、犬の分際でご主人のこの私に牙を剥くつもりか!」

京太郎「だから犬呼ばわりはやめい。いつから俺はお前の犬になったんだよ」

京太郎「――というかさ、それより見ろよタコス、国士無双聴牌したぜ、ほら」

優希「じょ?」

優希「――あ、本当だじぇ」

京太郎「ふっ、見てろよ。今に俺が神がかり的なツモで華麗に一位に躍り出るからな」

京太郎「よし、頼むこいっ! ……ああくそっ、一筒はいらねえんだよ。俺が欲しいのは中だっての! ……仕方ない、次のツモに全魂込める!」

ガチャツ

和「こんにちは」

24

<ロンッ

京太郎「うそおおおおんっ!?」

和「きゃっ」

優希「ん? お、のどちゃん今来たところかい」

和「え、ええ、そうですが。……それより今の悲鳴にも似た叫びは一体なんですか」

京太郎「なあ聞いてくれよ、和! 俺の国士無双がぁ、国士無双がぁあああ……」

優希「よしよし、そうがっくりと肩を落とすな京太郎。役満を張っても安手で片づけられるのはよくあることだじぇ!」

和「……ああ、そうなんですか。それはお気の毒ですね」

京太郎「その反応、素気なさすぎないか!?」

京太郎(和のやつ、もうちょっと労りの気持ちをもってくれてもいいのに……)

優希「で、京太郎から国士無双を和了る機会を奪ったのは、っと」

カチッ

優希「プレイヤーネーム"ジャージ娘"か。私に代わって生意気な口を利いた犬に灸を据えやったことは賞賛に値するじょ。褒めてつかわすじぇ」

和「……なんでそんな上から目線な物言いなんですか」

25

京太郎「あーくそっ。役満を流されて悔しいのはもちろんだが、タコス娘と同種な名前のやつにしてやられたのはそれ以上に頭にくるな」

京太郎「頼むっ、和! 俺に代わってジャージ娘に一矢報いてくれないか!」

和「な、なぜ私が――」

優希「ふっふっふっ、しょうがないじぇ。私がそのジャージ娘とやらをコテンパンのボッコボコにして犬の仇をとってやるじょ。その席空けな、京太郎!」

京太郎「ふん、お前に借りなど一つでも作ってたまるか。そうなった暁にはどれだけのタコスを奢る羽目になるか知れたものじゃねーぞ」

京太郎「加えて、この場に昨年度の全中覇者がおいでになられてるというのになんでわざわざお前に頼まないといけないんだよ」

優希「な、なにをっ! 私は実力的にのどちゃんとそう水をあけられてるわけじゃないんだじょ! いやむしろ、潜在的な力の部分ではのどちゃんを遥かに凌駕していて――」

京太郎「五回に一回の割合でしか和に勝てないようなやつがよくそんな口を叩けるな」

優希「だ、黙れ犬っ! お前なんかのどちゃんにまだ一回も勝ててないくせにだじぇ!」

和「あの、次の局がすでにはじまっているんですが」

京太郎「俺は最近麻雀の役を覚え始めたところなんだぞ! 同世代最強雀士の称号を獲得した和と比較すること自体が間違ってんだろーが!」

優希「男のくせに女々しいやつだじぇ! 麻雀勝負に経験者も初心者も関係ないじょ! ただそこに残るのは勝者と敗者、そのふたつのみなんだじぇ!」

京太郎「女々しいのはまったくもってその通りだが、勝負事に初心者、経験者関係ないってのは明らかに無茶苦茶すぎる話だろ! うまく言ったつもりなのかしらんが的外れ以前の言だからな、それ」

和「……はぁ」

26

和(仕方ないですね。対戦相手の方に悪いですし、彼の代わりに私が打たせてもらうとしますか)

和「……」

和(――でも、ジャージ娘なんて名前を聞くと、)

和(自然と彼女の姿を思い浮かべてしまいますね)

和(穏乃、あなたは今なにをしているのでしょうか――)

カチッ

――――――――

――――

――

27

<<再び阿知賀女子学院>>

穏乃「……おかしい」

憧「なにが?」

穏乃「このsuga_kyoって対戦相手なんだけど……」

穏乃「いきなり人が変わったかのような打ち方してきたというか――」

憧「?」

穏乃「さきほどのデタラメな打牌とは打って変わって堅実なスタイルで和了を狙ってくるんだよ」

憧「今まではわざとそういう打ち方をしてきたってこと……なのかな」

憧「まあ、逆境に燃えるタイプってやつなんじゃないの。そこまで気にするほどのことじゃないと思うよ。ネト麻だと無理に染め手作って楽しむプレイヤーもちょいちょいいるからね」

穏乃「……対局している者からすれば、いい気分はしないというのが本音のところなんだけど――ま、いいや」

穏乃「それよりさ、ふと気づいたことがあるんだけど」

憧「気づいたこと?」

穏乃「うん。あのさ、和はネット麻雀で麻雀の腕前を上げてきたってあの記事に書いてあったじゃん」

憧「うん」

穏乃「ということは、私もずっとネト麻をしつづければ、回線越しだけどいつかは和と対戦できちゃうのかな、って」

憧「……そうね、可能性だけでいうならあり得る話なんだろうけど」

憧「でもさすがにそれは厳しいんじゃないの。対戦相手に和がいることをネット上で確認するなんて不可能に近いわよ。……合言葉の類があるならともかく」

憧「それよりかは県代表になって全国大会の舞台で和の学校と対戦するほうがそれと比べると確率的には高いし、話が早いわよ。――それに、」

穏乃「こういうのは直接会わないと意味がないからねっ!」

憧「そういうこと」

憧「なによ、わかってるなら最初からそんな愚問は口に出さず心のなかにしまっておきなさいよ」

穏乃「えへ。ごめん、憧」

28

穏乃(だけど)

穏乃(ネト麻でもいいから一度、和と対戦して)

穏乃(和のいる場所に少しでも近づけているかどうか)

穏乃(腕試ししてみたいなぁ)

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

和「くしゅんっ」

優希「お、のどちゃん花粉症か?」

和「……違います」

【END】

【※雀荘について】
現実に即してこのスレ内では、十八歳未満の年少者は雀荘の入店を禁じられているという設定です。
咲-saki-世界ではインターハイ、インターミドル等公式的な麻雀大会が広く行われているのに、
十八歳未満が風営法によって雀荘に通えないのはおかしいだろとの意見もあると思われますが、
そこは目をつぶっていただけると幸いです。

>>141
コメントありがと!
まだ見てるかどうかわからないけど、これからは月一で細々と投下していく所存なんで
忘れた頃にちらっと覗いてくれれば更新されてるかもです。

おつー
初見殺しな能力の秘匿という意味でも、県内での練習試合は慎重にならざるをえないよな
全国狙うなら県外でも本命校とは厳しいし

>>173
コメントありがとー。
玄のドラ支配の能力を知っているのと知らないのでは、
やはり知っているプレイヤーのほうが放銃だけは何としてでも防止するという意識が働くので、
それが如実に差となってあらわれて勝敗が決まるのかなーと思います。
バカヅキでツモ和了り連発されると戦術も工夫もほとんど意味をなさなくなるのが
無能力者にとってはただただ悲しいことですけど。

07.【Girl】

1

<<ある日の阿知賀女子学院>>

穏乃「ねえ、憧」

憧「うん」

穏乃「桜、もうすでに散り始めちゃってるね」

憧「……そうだね」

穏乃「今年は開花時期が例年より早かったから、そのぶん葉桜を迎えるのも繰り上がる形になっちゃったのかな」

憧「おそらくね。今年はそれほど花冷えを感じさせなかったし、これから本格的に新緑のシーズンに移り行くんじゃないかしら」

穏乃「――そっか」

憧「どうしたの。急に桜の話なんかして」

穏乃「いや、別にこれといった理由はないんだけど……。ふと気づいたことをそのまま言葉にしてみただけで」

憧「ふうん?」

穏乃「でもこの時期の桜を見てると――そうだなぁ、なんて言えばいいんだろ」

穏乃「毎年、徒桜は見慣れてるはずなのに季節が巡るたびに変わらぬ切なさを覚えるというかさ」

穏乃「……心地よい哀感に打たれるっていえば伝わる?」

憧「まあ、大体は」

憧(……心地よいという言葉の選択はちょっと違う気もするけど)

2

穏乃「多くの俳人、詩人がそう評してきたようにやっぱり桜って日本人にとって特別な樹木なのかなぁ」

憧「……ねえ、しず」

穏乃「なに、憧」

憧「あんた、今日なにか変なものでも口にした?」

穏乃「変なものって……。なんで突然そんな話になるんだよ」

憧「いや、だってさ。普段のあんたからは想像もできない発言が多くて正直面食らっているというのがこちら側の心境なんですけど」

穏乃「ひっどいなー。私だってたまには情趣に富む景色を見て感慨にひたったりするよ!」

憧「そ、そうだよね」

穏乃「まったく、私も少しは成長してるんだからね。いつまでも小学校の頃の私と重ねられても困るから!」

憧「いやー、ごめんごめん。あははは……」

憧(――だってあんた身体的にはほとんど成長してないからどうしても子供あつかいしがちになるのよ。仕方ないじゃない)

穏乃「ふふーん、わかればいいよ。じゃあ今日も今日とて麻雀打ちに行こっか」

穏乃「ほら憧、部室まで競争だよ。よーい、どん」

憧「え」

穏乃「うおおおおっ!」



憧「……はぁ」

憧(根本的な部分はあの頃となにも変わってないじゃないの)

憧(そういう子供じみた真似をするからあんたは子供あつかい受けるんでしょーが)

憧「――ちょっと待ってよ、しず。置いてかないでよ!」

――――――――

――――

――

3

憧「あ、あんた早すぎ」

穏乃「そうかな。憧が遅くなっただけじゃないの」

憧「……それ、遠回しにあたしが太ったとでも言いたいわけ?」

穏乃「いや、そんなつもりは毛頭ないけど――太ったの?」

憧「うぐっ」

憧(……他人からストレートにそう言われると思いのほかダメージきついかも)

穏乃「……ふーん」

穏乃(その反応から察するに太っちゃったのかな、憧)

穏乃「でも、別に太ったようにはちっとも見えないけどね」

憧「……女性に関しては脂肪って見えないところから順番についてくものなのよ。特に下腹部や腰回りとかさ」

穏乃「へー」

憧「へーって……、あんたも一応女子なんだから少しは気にかけなさいよ」

穏乃「私は食べても食べてもあまり脂肪がつかない体質なんだよね。だからその必要はまったくないよ。運動もそれなりにしてるし」

憧「……あっそ」

憧(くっ、そんな燃費のいい人間が存在するのは漫画の世界だけじゃないのっ!?)

憧(羨ましいとか妬ましいとかそういう次元は通り越して、ただただこの世の不平等を嘆きたいわ)

憧「はぁ」

穏乃「?」

4

穏乃「だけど太ったっていうことは――やけ食いでもしたの?」

憧「……やけ食いはしていません」

穏乃「間食は?」

憧「新発売のお菓子とかチョコレートはたまに食べていました……」

穏乃「え、えっと」

穏乃(なんでいきなり敬語になってるんだ憧のやつ)

穏乃(……まあいいや)

穏乃「じゃあ他に思い当たる節は?」

憧「思い当たる節……、思い当たる節は――」


************************************************************

玄「はい、穏乃ちゃん。私(※九割)とお姉ちゃん(※一割)特製のバースデーケーキだよっ」

穏乃「わーい」

玄「はい、憧ちゃんもどうぞ」

憧「サンキュ、玄」

============================================================

晴絵「誕生日おめでと、灼」

灼「あ、ありがと、ハルちゃん」

晴絵「ほら、みんなの分も用意してあるから。好きなの選んでいいぞ」

穏乃「わーい」

憧「あっ、これ最近雑誌やテレビで話題のとんがりシュークリームじゃない」

晴絵「みんな育ち盛りだからケーキだけじゃ物足りないだろうと思ってね。――あっ、こら桜子、それ高いんだからもっと味わって食べるように!」

ギバード桜子「うっめええええ!」

============================================================

穏乃「みなさん、これどうぞ!」

宥「?」

灼「これは……葛菓子かな」

玄「こっちは桜餅だね」

穏乃「実はですね、これうちのお母さんからの差し入れなんですけど」

穏乃「たいした物は入っていませんがよかったらいただいて下さい、って」

晴絵「ううん、差し入れは本当にありがたいよ。お母さんによろしくな、しず」

憧「和菓子のお土産屋さんならではの差し入れねっ」

穏乃「あ、もちろん売れ残りの品を押しつけたとかそういうのじゃありませんから、みなさん安心して召し上がってくださいね」

5

============================================================

玄「はい憧ちゃん、コーヒーどうぞ」

憧「ありがと、玄」

玄「憧ちゃんはお砂糖ひとつでよかったよね」

憧「うん」

玄「よかった。そうだと思ってすでにお砂糖入れてあるんだ」

憧「お、さすが旅館の娘。気配り上手!」

穏乃「おもてなしの心ってやつですねっ」

玄「ふふっ、今日は褒めてもなにもでないよ」

宥「玄ちゃんの淹れてくれたホットコーヒー、あったかいなぁ」

灼「……ホットだからあたたかいのは当然だと思います」

============================================================

玄「ねえねえ、憧ちゃん」

憧「なに?」

玄「よかったらこれどうぞっ」

憧「これって……もしかして生八ツ橋?」

玄「うん、先日穏乃ちゃんが和菓子の差し入れを持ってきてくれたでしょ」

玄「それに影響を受けたとでもいえばいいのかな。私も無性に和菓子作りに挑戦してみたくなっちゃって」

憧「……和洋のジャンルを問わずお菓子作りならなんでも完璧にこなすのね」

玄「ちなみに今回は三種類の八ツ橋を用意してきましたっ。生地に抹茶を練り込んだものとココアパウダーを練り込んだもの、それから春らしく桜葉を練り込んだものを――」

6

============================================================


「憧ちゃーん」


「今日はこんなものを用意してきたんだよー」


「ほら、遠慮なんかしなくていいよ」


「まだまだあるからたくさん召し上がってねー」




                   __
              . -'" ̄     ̄`   、
            /              ヽ、
            /      .  . . . : : : : : : . . .  \
           /    .:r . : ! : : : |: : : : : :゙.: : : : ヽ:.\
        /    .: :| . : : !.: : : :| : : |: : : l!: : : :ハ.:l: : .ヽ

        ,'     ..: :|. : : :l: : :∠L: :l|: : :l:|l: |: :l :| :!: : l:ハ
         !   . :l.. : :|. : : :|:///:/:/|: :/l/リTTヽ: !: :.i!:.|
       ,  l  . .:|.. : :!: : : :!/ "´'" '" ´  l从:!: |: :,'l: !
        |  l . : :|: : :.|: : : :l  ,ィ==、    ,ィ=、リ!: :l:/ l/
         l.  ! . :.:|: : λ: : : !           {: :.| ´
         !.  l . :.:|: :/ |: : : :.l """     , "" l: :.:!
       ,  .| .:.:.|:k  !: : : :.l      ___     |: : |   「えへへ」
      ,   .:! : : :!:ハヽl: : : : |    r.{_::::;ノ   ..イ: : :l
       .  : : !: : :|:ハ: :!.: : : :ト 、  \ヾ _..ィ´: |: : :j
        .: : :l : :|'\∨l:ト: : :l   ` ァ、 ヾ.:.:!: :.:|: :./
      '  . : : :.! : : : :.`゙、ヾ\ヾー‐ァtノニヽ: |: :_!_,':!
     .  . ;.r‐''ヽ: : : : : :ヽ、r''ヾ!ヽ'_/─, | ト-y'/_: |

        /    \\: : : : ヘ\:::::::〈 ‐(_!ノ'゙ Y /  ヽ
     ,'  .!     ヽ.\: : :∧<:_:/l  ヽ   .|   λ
     /  .:l         Yヽ: : :K_::::}、  } ノ    l ゙.
    ,  .: l         } ヽ: :.ヽ. Y \  /   Y   !
.   /  . : ハ       ∨  ヽ: ,L/   ヽlヽ   ヽ  !
  /  . :/: :.ヽ       ヽ   Y      `l    丶 l



************************************************************

憧「ふぎゃああああああああっ!」

穏乃「うわっ! な、なんだよいきなり。驚かさないでよ、憧」

穏乃(というかふぎゃーって……尻尾ふまれた猫じゃないんだから)

7

憧(そ、そういえばしずの誕生会を開いてからほとんど毎回といっていいほど部室内で洋菓子やら和菓子やら"美体の敵"となり得るものを摂ってるじゃん、あたし)

憧(いくら夕食を控えたところで、こうも毎日毎日砂糖の塊なんか摂取してたらブクブクに太るのは目に見えてるというのに……)

憧(一体なにがあたしの判断力を鈍らせたわけ!?)

憧(スイーツそのものが持つ――いわゆる甘い誘惑があたしをそうさせたのか)

憧(それとも"極上スイーツ、みんなで食べれば怖くない"というなんともアホな心理が作用してあたしをおかしくさせてしまったのだろうか)

憧(……いや、落ち着けあたし。お菓子を食べること自体は決していけないことじゃないわ)

憧(甘いモノを摂ると集中力は増すといわれているし、気分転換の点でも優秀なのは否めない)

憧(そう、ここで問題なのは食的欲求をそそる、プロと肩を並べられるほどの趣向を凝らした和菓子・洋菓子が毎度毎度提供されていたことであり、)

憧(それを部の日常として確立させてしまった人物に非がある……はず)

憧(つまりは――)



憧「玄が悪い」

穏乃「へ?」

憧「あたしが今こうして悶え苦しんでいるのは全部玄のせいだったんだ」

憧「そう、だからあたしの体内に蓄積された余計な脂肪のぶんまであたしが玄をゴッ倒しにいかなきゃ……」

穏乃「ちょ、ちょっと待ってよ。今『倒す』って不穏なワードが聞こえたんだけど!?」

穏乃「あと、話が自己完結しちゃってるって! ふぎゃーって反応だけじゃなんで憧がそのように思い至ったのかこっちは全然理解できないよ!」

8

憧「……しず、阿知賀女子麻雀部が正式に活動開始してから今日までの日々を振り返ってみて」

憧「そしてその間に何度あたしたちは玄が用意してきたスイーツを食してきたか数え上げてみなさい」

穏乃「えっ。そ、そうだね。玄さんが用意してくれたのは、まず私の誕生日ケーキでしょ」

穏乃「ええとそれから、長ったらしい名前の――なんだっけ。名前忘れたけど確かアップルパイに似た焼き菓子もいただいたよね」

憧「他には?」

穏乃「他には……生チョコは食べたし」

穏乃「そうそう、生八ツ橋も玄さん用意してくれたよね」

穏乃「あれ生地がもちもちしててすごく美味しかったよなー。八ツ橋ってお土産のイメージが強いから――」

憧「他は?」

穏乃「……まだ最後まで言い終えてないのに」

憧「今あんたの感想はさして重要じゃないの。ほら、はやく他のお菓子の名前を挙げて」

穏乃「は、はい」

穏乃(私を見つめる目がものすごく怖いんですけど、憧)

9

穏乃「……といっても玄さんから色々といただきすぎて何を貰ったか全部はもう覚えていないよ」

憧「それよ」

穏乃「えっ」

憧「玄が部活にほぼ毎回お菓子を用意するようになってから約二週間」

憧「その短い期間のうちにどれほどの糖質、脂質が体内に吸収されたか考えるだけでもゾッとするわ」

穏乃「……」

憧「だからこれ以上あたしのような犠牲者を生み出さないためにも今のうちに玄に苦汁を嘗めさせておかないと……」

穏乃「いやいやいやいや、それはおかしいでしょ!」

穏乃「童話に出てくる魔女のように悪意をもって憧を太らせようとしてるならともかく、玄さんは私たちがきっと喜ぶだろうと思って善意でお菓子を作ってきてくれたんだよっ!?」

穏乃「恩を仇で返す形で報いようとするのは最低な人間のやることだって!」

憧「じゃあなによ。脂肪燃焼を上手にできていないあたしの体質――つまりあたしが悪いとでもいうのか、あんたは!」

穏乃「誰が悪いとかそういう問題じゃないだろ! 憧が太ったのはもう仕方のないことなんだから節制するなり運動するなりして少しでも太った状態から脱却することに意識を向けようよ!」

玄「憧ちゃん太ったの?」

憧「太った太ったって連呼するなっ! うるさいばか……え?」

玄「こんにちは憧ちゃん、穏乃ちゃん」

10

憧「く、玄……」

玄「?」

憧(地面から湧いたようにいきなり登場しちゃって。あんたは地中界の生き物か)

憧(――あ、違う違う。内心でツッコミ入れてる場合じゃないわ)

憧(なんとしてでも玄にあたしの抱える苦しみを背負わせてやらなくちゃ)

憧(……でも背負わせるといっても一体どうすればいいのかな。同じ苦しみを味わわせるということはつまり、玄にもプクプク太ってもらう必要があるから、あたしもお菓子を毎回準備して計画的に玄の体重が増えていくように工作していかないとダメなのか。……となると、手作りと市販のどちらで攻めていくべきなんだろ。玄から渡された爆弾をそっくりそのままお返しするという意味では手作りお菓子でコロしにいくのが筋ってものよね。だけど、毎日お菓子作りなんてそんな手間のかかる作業続けられるのかな、あたし。――うん、フツーに考えて無理だわ。もともと料理は得意なタイプじゃないし、その習慣もない。パンケーキやその類ならともかく、ほとんど素人のあたしが作れるお菓子はおそらく片手の指を折って数える程度でしょ。数日後すぐ行き詰まって音を上げてるあたしの姿がありありと目に浮かぶわ。かといって市販のお菓子で攻める手はそれだけでなんか負けた気分がするし、なにより保存が効くという点であまり有効ではない。しずみたいにバカ食いする人間なら別に問題ないんだけど、残念(?)ながら玄はそういう種類の人間じゃないし、市販菓子攻撃で玄が太っていくというのはまず期待できない。――そう考えるとやっぱり手作りの方針で玄を陥れるのが一番実現性は高いのか。良心を持ってる人間なら手作りお菓子を残すなんて罪悪感に満ち溢れた行為、とてもじゃないけどできやしないわよね。あたしもなんだかんだ無意識のうちにそういう心理が働いたから――認めたくないけど――太ったという部分があるんだろうし。うん、決めた。多少面倒だけど手作り菓子を与えていく方向で太らせて精神的に玄をゴッ倒すことにしよう)



憧「……お姉ちゃんに手伝ってもらえばあたしの負担も少しは減るだろうし」ブツブツ

玄「おーい、憧ちゃん」

憧「……でもお姉ちゃん、あたしがお菓子作りに挑戦すると知ったら間違いなく違う意味にとらえて、そして全力であたしをからかってくるんだろうな」ブツブツ

憧「……仕方ない。この際そのわずらわしさには目をつぶるとして」ブツブツ

玄(私の声届いてないのかな)

玄「どうしちゃったんだろ、憧ちゃん。穏乃ちゃんはなにか知ってる?」

穏乃「あー、ええと、実はですね……」 

11

憧(とりあえず手始めにドーナツなんか用意してみるとしますか)

憧(あれなら生地混ぜて油であげるだけだし、あたしでも余裕で作れるはず)

憧(そしてなによりドーナツのカロリーって役満クラスの破壊力がそなわっているから、玄を太らせるアイテムとして十分な効果を発揮してくれる――)

ガシッ

憧「ひゃんっ!」

玄「ふぅ~む、なるほどなるほど~」ワキワキ

憧「あんっ、ちょ、ちょっといきなりどこ触ってんのよ、バカ玄! 離しなさいよっ!」

玄「うんうん、憧ちゃんもなかなかのモノをおもちで」ワキワキ

憧「やっ、やめてってばっ……!」

玄「うーん、制服の上からだとはっきり見て取れなかったけど」ワキワキ

玄「憧ちゃん、おもちだいぶ大きくなってきてるね」ワキワキ

玄「これは今後の成長が楽しみかもー」ワキワキ

憧「だ、だから離しなさいって言ってんでしょ!」

ゴツン

玄「あうっ」

――――――――

――――

――

12

穏乃「つまり憧の体重が増えたのは胸に脂肪がついた――つまりはバストアップしたから、と」

玄「全部が全部、おもちに吸収されたわけではないだろうけどね」

玄「個人差ももちろんあるけど、この時期のオンナノコのカラダって体の部分部分が丸みを帯びてきたり脂肪がつきやすくなるから」

玄「憧ちゃんもその例外なくオトナの女性のカラダに一歩近づいちゃった。ただそれだけのことだよ」

穏乃「ふむ、なんとも至極当然な話だね」

穏乃「大体さ、いくら制服で体型が隠れるからといっても大騒ぎするほど太ったなら頬とか顎にもどっぷりと肉がつくもんでしょ」

穏乃「一見したところ、憧にそういう変化は全くあらわれてないようだし」

穏乃「……どうせ太ったといっても元の体重とほとんど変わりはしてないんじゃないの」

憧「か、変わったわよ! …… 一キログラムくらい」

穏乃「一キログラムって……。そんなの誤差のうちだよ。ご飯おかわりしてたら余裕で届いちゃう領域だよ、それ」

憧「は、はぁ!? なんで一キロが誤差の範囲内ですまされるのよっ!」

憧「あんたねえ、女の子は一キロ増えるか増えないかのギリギリのところで日々四苦八苦してんの! バカ食いして、寝て、翌朝体重がリセットされてるようなお子ちゃま的身体構造のしずにはどうせわかんないわよっ!」

穏乃「な、なんだよお子ちゃま的身体構造って!」

憧「そのまんまの意味よ! しずのガキガキガキガキ!」

穏乃「いやいや、今の憧のほうがよっぽど子供みたいな振る舞いしてるからな!」

玄「……」

玄(相変わらず二人は喧嘩するほど仲がいいなぁ)

玄「うんうん」

13

玄「――ところで、憧ちゃん」

憧「な、なに、玄?」

玄「デザインや色を重視して選択しているのかわからないけど、普段から大きめのサイズのブラを着けて過ごすのはよくないと思うなぁ、私は」

憧「な゛っ!?」

玄「たしかに憧ちゃんはいま成長真っ盛りの年頃だし、これから膨らむと見込んでワンサイズうえのそれを着用した気持ちもわからなくはないよ」

玄「でもそれはおもちの形崩れを起こす原因だし、できるだけサイズがぴったりフィットするものを選んであげたほうがやっぱりおもちも喜ぶんじゃないかと私は思うのです」

玄「憧ちゃんがおもちの成長に気づかず体重だけ増えたと勘違いしてしまったのもおそらくそれが原因だから」

玄「女の人って体重の増加=余分なお肉が身についたと安易に結びつけちゃうし。ねっ?」

憧「あ、うん……。その、ご忠告ありがとう、玄」


憧(うっそでしょ……)

憧(あの出来事の――それもわずかな間に限りなく正確にあたしのブラ事情を察知するなんて)

憧(やはり玄のおもちに対する執着心は尋常じゃないものがあるわね……)

14

玄「では穏乃ちゃんと憧ちゃんの喧嘩(?)も収まりがついたことだし、なにはともあれ、今日も麻雀を打ちはじめましょうか!」

穏乃「といってもまだ私たち三人しか集まってないから練習は三麻に絞られるんですけど」

玄「そうだったね。……じゃあ灼ちゃんとお姉ちゃん、そして赤土先生が部室に来るまでよりディープなおもちトークを繰り広げ――」

ガチャッ

灼「こんにちは」

玄「――るのはまた今度にしよっか」

穏乃「あ、灼さんこんにちはー!」

灼「……なにを今度にするの、玄?」

玄「ううん、なんでもないよ灼ちゃん。では、とりあえず四人打ちのメンバーが揃ったので今日も県予選を突破するべく麻雀練習に励んでいくよー!」

憧「……」

灼「――ねえ、憧」

憧「あ、はい。なんですか」

灼「今日の玄、いつもよりテンション高いような気がするんだけど」

灼「"なにか"あったの?」

憧「え゛っ……さ、さあ? 特に何もなかったはずですけど」

灼「ふうん」

憧「あはははは……」

憧(さ、さすがに説明しづらすぎるわよ、あの場面は!)

憧(ここは何事もなかった振りをしてやり過ごすのが賢明よね)

――――――――

――――

――

15

<<その日の夜 新子家>>

憧「はぁー」

憧(――お風呂気持ちよかったな)

憧(……)

憧(髪、乾かさなくちゃ)

憧「おねーちゃん、お風呂空いたよー」

望「うん。あ、電気点けてていいわよ、憧。私このあとすぐ入るから」

憧「はーい」

望「そうだ憧。はいこれ」

憧「?」

望「頼まれてたドライヤー用のトリートメント。わざわざ今さっきドラッグストアまで車走らせて買ってきたんだからね。……ほら、感謝の言葉は?」

憧「おー、これはこれはご苦労であった。うむ、下がってもよいぞ」

望「……なにいってんの、あんた」

憧「おねーちゃんに注文された感謝の言葉。それをいってみたまでだよ」

望「ふーん、敬うべき姉に対してそんな言葉遣いしちゃっていいのかなー、憧さん」

憧「……冗談だよ。ありがと、おねーちゃん。じゃあこれいただいてくね」

望「まったく、最初から素直に礼を言いなさいよ。かわいくないんだから」

憧「いやいや、こんなに可愛い妹は世界中のどこを探しても絶対見つからないって」

望「はいはい。寝言は寝てから言いなさい。おやすみ、憧」

憧「うん。おやすみ、おねーちゃ――ん?」

16

憧「……」ジトーッ

望「どうしたの、ジロジロと凝視しちゃって。……私の服に何か付いてたりする?」

憧「ふふん」

憧「おねーちゃん」

望「なによ」

憧「あたしの勝ちだねっ」

望「……はぁ?」

憧「なーんでもない。おやすみなさい!」

望「あ、ちょっと、待ちなさいよ憧。ちゃんと私に説明してから部屋に戻るように!」



***********************************************************************

四月XX日

今日は玄にセクハラされるは
あたしのブラ事情をしずに知られるは(完全に玄のせい)

ある意味で散々な一日となっちゃったけど、
それでも最後の最後に嬉しいことがひとつあった。

おねーちゃんはおそらくこれから先それ以上の胸の成長は見込めないだろうけど
妹のあたしがおねーちゃんのぶんまでグラマラスな女性に育ってみせるからね。

目指すは、瑞原プロ――いや、あそこまで極端に大きいのもそれはそれで困るから、
うん、ハルエくらいが身長的にもバスト的にもちょうどいいかな。

……麻雀もそうだけどやっぱり美の道は険しいっ!

***********************************************************************

【END】

おつおつ
何事もほどほどが一番だーね
あの世界では貴重な美乳の持ち主だから維持管理には気をつけて

早く来て

>>192
>>193
>>194
コメントありがとー。
体重の問題――とりわけ阿知賀で一番女の子女の子(悪い意味ではなく)してる憧にとって
それはかなり切実な問題だと勝手に想像しています。
もっと言えば、体重増加に苦悩してる乙女な憧を書きたいがためにあのような役に回ってもらいました。
ごめんね憧ちゃん。

そしてまったく別な話になるのですが、宥のしゃべり方がなかなか表現難しくて正直まいってます。
語尾に伸ばし棒や小文字をやたらめったらつけてしまうとブリっ子な感じが出てどうも動かしにくい……。
……同じ悩み抱えてる人いませんかね?

【08.○○はいつも突然に】

1

<<ある日の阿知賀女子学院>>

穏乃「ふわぁ~」

憧「……」

穏乃「ね、ねむい――」

憧「眠いって……。あんた昼休みも爆睡してたじゃない。まだ寝足りないの?」

穏乃「部室までおんぶして、あこぉ……」

憧(――って、人の話ぜんぜん聞いてないし)

穏乃「ああ、睡魔が全力総身で私に襲いかかってきてる……。ごめん、もうダメかも。おやすみぃ……」

憧「ちょ、ちょっと。真剣に睡眠とる体勢になるなバカしず! 部活はどうすんのよっ!」

穏乃「寝ながら麻雀打つからたぶん平気だよ……へいきぃ……ぐぅ」

憧「あ」

穏乃「……すぅ」

憧「……」

憧(まったく、一体なにが平気だっていうのよ。だいたい寝ながら麻雀打つなんてそんなの周りの反感を買うだけじゃない)

憧(というか、そもそもそんな芸当しずにできるわけ? 常識的に考えて無理に決まって――いや、しずなら案外やってのけるかもしれないわね)

憧(あまりに信じられない話だけど去年のインハイでも実は半分寝ながら麻雀打っていた選手が存在してたみたいだし)

憧(でも、対局中――それも全国の舞台で――に寝ながら打つって一体どういう神経してんのよ。……あ、もしかしてナルコレプシー的な病気を患っているのかな)

憧(仮にそういうやむにやまれぬ事情があるなら……まあ、仕方ないわね)

憧「……」

穏乃「待ってろよのどかぁ……むにゃむにゃ」

憧「はぁ」

憧(だけどしずに限っていえば、深刻な睡眠障がいがあるふうにはまるで見えないし)

憧(どちらかというと保育園児がお昼寝タイムになると無条件で眠りに落ちていくアレに近いはず)

憧(ということで――)

憧「あーもう、寝るな寝るなっ。ほら、これでも食べてシャキッとしなさい」

2

憧「はい、口開けて」

穏乃「うーん……」

憧「いれるわよ?」

穏乃「んー……」

憧「えいっ」

穏乃「ん」

憧「そしてよく噛むっ!」

穏乃「……」モゴモゴ

憧(さて、どんな反応するのやら)

穏乃「……」

穏乃「んんっ……?」

穏乃「――――――――っ!?」



             _ ,. .‐:´: : : : : : : : : : :`: : . 、
           /:/: : : : : : : : : : : : : : : : : : : :`ヽ

          /:/: : : : : : : : : : : : : :;ヽ: : : : : : : : : :\
            / : /: : : /: : : : : : /: :/: :'  ヽ: : : : : : : : : : ヽ
          /: : / : :、:/: : : : :/: ! : ハ: :{   '; :、: ヽ: : ヽ: :ヽヽ
       /: : : ': : : :/:/: :\: :ハ: :ハ: {   ';.ハ: ハレ: :i : :ヽ:',

       l/: : :!:、: : :{:/ : : ハ`ト'、:{ V    }:レiイ }: : }: : :ハ:.!
       /: : : ハ: :\:iハ: : :{ ,z==ミゞー'    彡zzx ハ :ノ: : :ハj
        /: : : : ∧: : : i: :ヽ:i〃           ゙{イ !:ノ
     /: : : : : : : ヽ/´!: : ハ! ヽヽ     `  ヽヽi: ヽレ

      /: :/: : : : : : : { { : {                ト; :.ヘ
.    /: :/: : : : : : :/: ヽ{: :{__   /ニー ―‐_ァ  ノ ヽ: }   「すっぱああああいっ!」
   /: :/i: : : : : : :ハ: :{ ヽ: !  ヽ,  ̄ ̄  ̄ ̄ イ   ヽ:!
   {: / {: : /: : : ハ: :{ ヽ:!  「::::::エ=--、zz彡}     i:}
   i: { ヽ: !: : : :{ /⌒TV::::く:`===:::zl゚}:::=〈__   i!
.   V   ヽヽ: :/ ::::::::::ヽ::::::::::`::-:::_::《::_:ノ:::::::::',::\
    /つ/ノ/ 7 r,:::::::::: }::::::::::::::::::::::::::::》:::::::::::::::::::::i::::::::ヽ
   ハ 〈 / / / / ハ:::::::::j:::::::::::::::::::::::::::::{{::::::::::::::::::::::i::::::::::ヽ
  〈ヽ ´ Lノ / ノ ノ::::::/:::::::::::::::::::::::::::::}}::::::::::::::::::::::i:::::::::::::ヽ

.   \`     /:::::::::/:::::::::::::::::::::::::::::::::}}::::::::::::::::::::::ト::::::::::::::::\

3

穏乃「けほけほっ、あ、憧っ!」

憧「なあに?」

穏乃「なあにじゃないよ、なあにじゃ! 私に一体どんな毒物食らわしたんだよ! 飲み込んじゃったよもう!」

憧「いや、毒物はいくらなんでも大げさでしょ。もし本当に毒物だとしたら今ごろあんた床をのたうち回って瀕死の状態に陥ってるわよ」

穏乃「そういう冷静沈着なツッコミはいま求めてないから、まったく!」

穏乃「で、寝ている人の口の中になに放り込んだんだよ。――あ、待って。やっぱり自分で考えて当ててみる」

憧「え?」

穏乃「果肉を潰すような歯ごたえ……そして舌にビビビッとくるあの刺激……」ブツブツ

憧「……」

憧(青筋立てていきりたったかと思えばわりとこの状況を楽しんでるわね)

憧(なんというか……かわいいなぁ、しずは)

穏乃「あ、わかった」

穏乃「答えは――そう、梅干しでしょ!」

憧「ご名答でーす! ……厳密にいうとこれは干し梅だけど、まあ細かいことは置いといて、はいご褒美にもうひとつどうぞ」

穏乃「え、いいの? ではお言葉に甘えていただきます。……んー、この甘酸っぱさはくせになるねっ!」

4

憧「どう、眠気はおさまった?」

穏乃「うん。おかげさまでおさまったどころかもう空の彼方まで吹っ飛んじゃったよ。ありがと」

憧「うむ、ならばよろしい。うつらうつらとした状態で麻雀打ちに部室にこられてもはた迷惑になるだけだしね」

憧(ま、さっきのしずはそれ通り越して完全に睡眠モードに突入してたけど)

穏乃「だ、け、ど!」

憧「?」

穏乃「夢路をたどってる人の口の中に梅菓子を投入するのはいかがなものかと!」

穏乃「万一のどに詰まらせでもしたらどう責任取るんだよ」

憧「うっ、それは……ごもっともなご意見です。――ごめんなさい」

穏乃「うむ、わかればよろしい!」

憧「……むっ」

穏乃「ふふーん」

憧(しずに説教されるのは――そして、先輩風ならぬお姉ちゃん風を吹かされるのはなんだか面白くないわね)

5

憧「……たしかに、あたしの行為に弁解しようのない非があったのは認めるけどさ」

憧「いざ部室に行く段になって眠りこけるしずもどうかと思うんで、す、け、ど!」

穏乃「そ、そうだね……。そのことについては自分も反省しなくてはと深く感じてるよ。でも、こればかりは生理的な問題であり、抵抗し難い現象であるのも事実でして――」

憧「どうせ夜更かししすぎて睡眠時間確保できなかったとかそんなオチじゃないの?」

穏乃「ち、違うよ! 夜更かしじゃなくてその逆だって」

憧「えっ」

穏乃「早起きだよ、早起き」

憧「早起きって……。生活に支障をきたすほど早起きしなければいけない問題でも抱えてるの、しず?」

穏乃「ええと、そういうわけじゃないんだけど……。まあ、なんていうか、今日に限っていえば羽目を外したのがたたったみたいで」

憧「ふうん?」

穏乃「実はさ、今日四時起きで山に行ってきたんだ」

憧「……はい?」

6

穏乃「いやー、阿知賀女子麻雀部が正式に活動開始してからさ、ほとんど山に登れてなくてね」

穏乃「それで久しぶりに山を駆けまわるためにいろいろと都合をつけてなんとか時間を捻出したものの、結局朝の時間帯しか空いてなかったんだよ」

穏乃「ほら、平日は授業と部活で時間とられるし、この時期は休日だって部活終了後に家の手伝いがあるから」

穏乃「そんなわけで春からずっと山に登りたい欲求にとらわれていた私は今日それを決行した次第で――って聞いてる、憧?」

憧「はぁ」

穏乃「な、なんでため息!?」

憧「……別に他人の趣味にケチつけるつもりはないけどさ、せめて部活するぶんの体力くらいは残しておきなさいよ」

憧「一応、麻雀部再結成の言い出しっぺはあんたなんだから」

穏乃「うん、大丈夫。今日は久しぶりに山を駆け巡れた嬉しさのあまり自分を抑えきれなかったけど」

穏乃「次回から今みたいな体たらくは見せないようにするから!」

憧「その言葉、信じてるからね」

穏乃「おうっ!」

7

憧「さてと……しずの決意表明も聞けたことだし、そろそろ部室行こっか」

穏乃「そうだね。――ところで、憧」

憧「ん?」

穏乃「昨日、お菓子はしばらく控えるって宣言してたのにさっそく梅菓子を携帯してるけど大丈夫なの?」

憧「えっ、大丈夫……でしょ? 砂糖の塊のようなお菓子よりかは低カロリーだし、口が寂しいときに打ってつけのアイテムでしょこれ」

穏乃「それはそうだけど」

穏乃「でもさ、梅って食欲増進効果があるって世間ではよく言われてるじゃん」

穏乃「いくらお菓子の摂取を控えたところでそういう効能のある食品を摂ってたら、フラストレーションが溜まりに溜まってついには暴飲暴食に走るなんてことも……」

憧「うわっ、ちょっとやめてよ。そんな話聞きたくないっ!」

穏乃「あと、干し梅食べ過ぎによる塩分の過剰摂取にも気をつけたほうがいいよ。それってむくみの原因につながったりするから――」

憧「あーあー聞こえない聞こえない! あたし、先に部室行ってるから!」

穏乃「あっ、待ってよ、憧! まだ話終わってないってば!」

8

穏乃「こらー逃げるな、憧! 廊下走るのは校則違反だぞ!」

憧「そ、そういうあんたこそ余裕で走ってんでしょーが! どの口がそれをいうかっ!」

憧(――って、違う違う!)

憧(律儀にツッコミ返してる場合じゃないでしょ、あたし)

憧(今こうしている間にもあの敏速敏捷な体力バカは確実に距離詰めてきてるし)

憧(あたしがそのまま捕獲されるのも時間の問題のはず)

憧(……おまけにあっちはジャージ、こっちは制服というものすごいハンデを背負わされてるわけで)

憧(さすがにパンチラ見せ放題で全力逃走というマヌケ千万な光景は誰にも見せたくないし、想像したくもないわよ)

憧(あーんもうっ、そもそもしずが部活前に居眠りなんかしだすのが悪いのよ)

憧(あのままフツーに部室に向かってればきっとこんな展開にはならなかった――)



穏乃「あ、あぶない、憧っ! 前!」

憧「――へ?」

ドンッ

9

憧「うーん……」

玄「いてて……」

憧「あっ、ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか――あれ?」

玄「ううっ、いきなり後ろから体当たりされるなんて夢にも思わなかったのです。……おや、憧ちゃん?」

憧「ナイスタイミングっ」

玄「え」

憧「お願い助けて、玄。見ての通りあたし今しずに追われてんの!」

玄「お、追われてる……?」

憧「そうなのよ! というわけで、後は頼んだから。食い止めよろしくっ」

玄「えっ、えっ」

憧「部室でまた会いましょ、玄。バイバイっ」

玄「ちょ、ちょっと待って憧ちゃん。状況がまったくわかんないよ」

穏乃「こら待てっ、憧! ――あ、玄さん。怪我とかなかったですか?」

玄「わ、私は大丈夫だけど。それよりこの状況はいったい……?」

穏乃「あー、えっとですね、下らないことこの上ないんですが、順を追って説明すると――」

10

憧「……後方確認、と」

憧「――よし、なんとか振り切れたか」

憧(これで少しは時間稼ぎできるかな)

憧「……」

憧(でもよく考えてみると)

憧(行き先を告げてる以上、時間稼ぎしたところで遅かれ早かれしずに追い詰められるのは間違いないわけで)

憧(かといって、部活放棄してしずから逃れるなんてのはもってのほかだし)

憧(それならいっそ逃げの一手を打つよりかはおとなしくしてたほうが賢明だったのかも)

憧(……ま、いっか)

憧(しずが部室に来る頃にはまた違った展開が起こる可能性もなきにしもあらず――)

憧「おっと」

憧(思考をめぐらしてるうちに目的地に行き着いちゃったか)

憧(先のことはこれから考えることにして)

憧「とりあえず部室に入ろーっと」

11

憧「こんにちはー」

「……」

憧「――あれ?」

憧(まだ誰も来てないのかな……。でも部室の鍵は開いてたから――」

宥「……」

憧「あ」

憧(なーんだ、宥姉いるじゃん。あたしの声が聞こえてなかっただけか)

憧「宥姉、なーにしてんの」

宥「ん……」

憧「ん?」

宥「……」

憧「……」

憧「おーい、宥ねえー」

宥「……」

憧「……」

憧(あらら。もしかして宥姉、熟睡してる?)

憧(春の陽射しを浴びて眠気でも誘われちゃったのかな)

12

憧「しずといい宥姉といい、今日はよっぽどのお昼寝日和なのかしら」

憧(……無理に起こすのも悪いし、しばらくそっとしてあげよ)

宥「……」

憧(――それにしても、陽射しの当たり具合と窓際近くの絶妙な位置取りが相まって)

憧(宥姉、眠ってるだけなのにおそろしいほど絵になってるわね)

憧(まるで物語に出てくるお姫様みたい)

憧(まあ、元が美人だから当然といえば当然かもだけど)

ガチャッ

穏乃「ふっふっふ。憧、もう逃げ場はないよ。観念せよっ!」

憧「しっ!」

穏乃「へ?」

憧「ほら、あっち」

穏乃「え? ――あ、宥さん。……おっと、いけないいけない」

玄「どうかしたの?」

穏乃「玄さん、静かに。宥さんいま眠ってるみたいです」

玄「うわわ、ご、ごめんなさい」

13

宥「すぅ……」

穏乃「うわぁ、眠ってる宥さんいつにも増してかわいいなぁ。上級生にはまるで見えないや」

憧「……しず、その言い方だと宥姉を褒めてるのか貶してるのかどちらにでも取れるわよ」

穏乃「もちろん褒めてるに決まってるだろ!」

憧「あー、だから静かにしなさいって。宥姉起きちゃうでしょ、もう」

穏乃「ご、ごめん……」

宥「ん……、くろ……ちゃん……」

憧「ほら、言わんこっちゃない。宥姉目覚めたらあんたのせいだからね」

穏乃「……なんだか私のときとはえらく態度が違うんですけど」

穏乃「私は無理矢理起こされて、あまつさえ梅干しを口に突っ込まれたというのに……」ブツブツ

憧「それはあんたが部室に行く途中の段階で眠りについたからでしょ」

憧「宥姉とあんたじゃぜんっぜん話が別よ」

憧「それにあんた、その後おいしそうに干し梅食べてたじゃないの」

穏乃「それはそうだけどさ。……でもどこか納得いかないなぁ」

玄「ふふっ、大丈夫だよ憧ちゃん、穏乃ちゃん」

玄「お姉ちゃんまだ深い眠りの底にいるみたいだから」

14

玄「そうだ、お姉ちゃんに膝掛けかけてあげないと」

ゴソゴソ

玄「うん。これでよし、と」

憧「……」

穏乃「……」

玄「あ、あれ。どうしたの二人とも。……そんなに見つめられると照れちゃうよ」

憧「あ、いや、そのー」

穏乃「なんだか玄さん、ものすごくお姉さんオーラでてますよ!」

玄「そ、そう……かな?」

憧「いや、どちらかというと娘を慈しむお母さんのほうが表現としてはより近いかも」

玄「……」

玄(――お母さん)

穏乃「さすがにお母さんは言いすぎじゃない、憧。玄さん、私たちの一コ上なだけなんだし」

憧「……でもまあ、いずれにしてもときどき玄と宥姉どっちがお姉ちゃんなのかわかんなくなる時があるわ」

憧「今みたいに甲斐がいしく宥姉の面倒みているところをまざまざと見せつけられたりするとなおさらね」

穏乃「うん、それは確実にあるね。玄さんはどうですか。やっぱり姉妹はずっと姉と妹の関係でしか意識しあわない感じですか?」

憧「ちょ、ちょっとしずっ! その言い方だとかなりの語弊があるわよ!」

穏乃「え、別におかしくないでしょ」

憧「お、大アリよっ! だってその言い方だと、姉と妹の一線を越え――ってあたしの口からそんなの言わせないでよっ!」

穏乃「はぁ」

穏乃(……なに一人で盛り上がってるんだ、憧のやつ)

穏乃「で、どうなんですか玄さん?」

玄「……」

穏乃「……玄さん?」

玄「えっ――ああっ、うん! 眠ってるお姉ちゃん、小動物みたいですごくカワイイよねっ」

穏乃「あ、はい。それは大いに同意なんですけど――」

穏乃(ええと、ビミョーに話がズレてるのでは……)

15

宥「う…ん……」

穏乃「あ」

宥「――おはよぉ、くろちゃん」

玄「おはよ、お姉ちゃんっ」

宥「……?」

宥「あれ、憧ちゃんと穏乃ちゃん……。どうして……?」

玄「お姉ちゃん、ここは自宅じゃないよ。部室だよ」

宥「んー……?」

玄「ほら、ここにおこたは存在してないよね。内装も家の居間とはまるで違うよ」

宥「……」ボーッ

宥「…………」

宥「……………………」



宥「――――ひゃっ」

宥「え、えっと、そのぉ……」



/  /  . : . |  . : |. : . : . :.|.|| . :  ゚,: . 。: .   ゚。
  .:′. : . /: |  . : .:|. : . :} : /|.||. : . |.: . ゚: ..  ハ
  ゚ . : . 。 : .| . : . :|. : . 斗匕"「||. : . ト、 : :。_/i! :
 .° . : . ゚ : /| . : . 斗匕´: ./: / j/1 . : / | |\: .! ̄`ヽ} }

 ′. : . |..: .|. : . : | . : イ:/ 〃 ′:../j:/ jノ |: .|: .  || |
/ . : . : |...../|. : . : |_/ノ.-=示ミ / :/〃    :...j. :j :゚}.i
 . : . : . | 〃:。 . : . : .| 〃|゚:i:i:i:i:i:i:|/イ     示ミ|ィ: . / / j:′
. : . 。 : .lー<゚. : . :.|《  ,)、:i:i刈|        |爿∨/ィ′
. : . :°: |⌒ヽ゚: . : .l  込:.:.:.:ノ      リ:!/|: . |

. : . :..゚, :.|   :, : . :.:,    ¨¨:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.¨:.: |: . |
. : . : ゚,:.|     :, . : .:′  i::i::i.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:ヽ:.i::i:.|: . |
. : . : ..゚:|\__,゚. : . :,                |: . |
. : . :  八.--〈 ゚, . : . ′     ( ー―ァ    丿.:..│  「お、おはよう、みんな……」
. : . : . : \. .\:,. : . ,        ̄  -=ニニニヽ:.ノ
\.. : . : . : \ . ゚, . : .′   __   ィニニニニニニム.―┐
. . .ゝ . : . : . : ヽ..゚,__/ヽ ¬/ ノイニニニニニニニニム  「ヽ
. . . . \>  。: . :/  ヽ  ‘ , }ニニニニニニニニニニニ} } 「}、
. . . . . . \. . .}\ / \   ‘:,  } ノニニニニニニニニニニニ|..ノ // 〉

16

憧「……」

穏乃「……」

宥「?」



憧(や、やばっ。今の宥姉のはにかむ仕草反則すぎる……。犯罪の域に達してるでしょ、これ)

憧(同姓のあたしでも思わず"ぐはっ"って素っ頓狂な声を上げるところだったし――すんでのところで何とかそれは飲み下したけれど)

憧(これがもし世の男性に向けられでもしたら一体どうなることやら)

憧(……あーやめやめっ! イケナイ妄想がただただあたしの脳を占拠していくだけな気がする)

憧(切り替えてけ、あたし。ヘンな感情に振り回されるなっ)

穏乃「――ねえ、憧」

憧「な、なに」

穏乃「今の宥さん……かわいいとかその程度の言葉で形容しちゃいけないと思う」

穏乃「うまくいえないけど……なんかこう、人間の本能的な部分をくすぐりに――いや、そんな生ヌルイものじゃなくて――そう、コロしにきてるっていうかさ」

穏乃「人って表情ひとつで誰かの心の奥深くに潜り込むことができるんだなって。……宥さんに戦慄すら覚えてるよ、私」

憧「……なんとなくわかるわ、その気持ち」

17

宥「あ、あのー」

憧「は、はいっ」

穏乃「なななななんですか、宥さん」

宥「ご、ごめんね、みんな。私がお昼寝してたからきっと部活始められなかったんだよね……?」

憧「えっ……あー、違うわよ、宥姉」

憧「あたしたち、ついさっき来たところだから」

憧「それにほら、時計見ればわかると思うけど――」

玄「部活開始までまだ少し時間あるからねっ」

宥「……あっ、ほんとだぁ」

穏乃「ですから別に気に病む必要なんてないんですよ、宥さん」

穏乃「部活開始時刻まで存分に二度寝されてもオッケーです! 誰も宥さんを咎めたりはしません!」

憧「というか、あんなに無垢な寝顔を見せられちゃうと相手はたちまち気変わり起こすと思うけどね」

憧「咎めるどころかずっと眺めてたくなるんじゃないかしら」

宥「そ、そんなことはないと思うよ、憧ちゃん」

玄「ううん。そんなことないことないよ、お姉ちゃん」



玄「だって私、お姉ちゃんの寝顔大好きだもん。ずっと眺めていたいなーって思うこと、一度ならず何度でもあるよ」

宥「あぅ」



憧「……」

憧(もしかして……ううん、もしかしなくても玄ってかなりの天然さんか?)

憧(けっこう大胆――今のはたらし的だけど――な台詞も平気な顔して言ってのけるし)

憧(……あーあ、宥姉耳まで真っ赤にしてるじゃん)

憧(律儀に顔を赤らめる宥姉もあれだけど告白同然の言葉を投げかける玄も玄だわ)

憧「ねえ、しず――」

穏乃「えっと、そんなことないことはないというのはそんなことないの否定……つまりは二重否定であるから……それで、そんなことというのがあのことを指すから……」ブツブツ

憧「……」

18

ガチャッ

晴絵「よっ」

灼「こんにちは」

憧「あ、ハルエに灼さん」

穏乃「こんにちはー」

晴絵「えーっと、憧、しず、玄、宥……そして今一緒にここまで来た部長」

晴絵「――うん、みんな揃ってるね」

晴絵「はい、では私に注目ー」

晴絵「みんな、今週の週末――」



                 --……--
         r―‐⌒ヾ : : : : : : : : : : : : : : : \
         |∨: : : : : \ : : : : : : : : : : : : : : : \
         |/゚:。 : : : : : : \.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:. : : : : : .

         /: : : \:.:.:.:. : : : :\:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:. : : : 。
          //: :/ : : \:.:.:.:.:.:.:.:.:.:`:.o。:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:. :i: ゚
.         /イ /: :.:.:.イ:.:. ー┬---:.:.:.:__:.`:.:.o。:.:.:.:.:.|.:..。
       i{ | ′:.:.'{_|_:.:.:.:| リV:.:.:.:.:.:.:}:.>匕、: :\j--i

        || |/: :.:.:∧}リ≫┘o。v――'’xr示=ミト、:.:.\}、
        リ {: :.:.:.:.|!:‘, ィ芹≧ュ    ’|イi//| 》、:。:.:.:.ぃ、
           |:.:.:.:.:.「`ヽ《乂_゚ツ        ゞ= '゚ :リ/リ゚。:.:.ト、i
           |:.:.:.:.小   , ,    '    , ,  : /:.:.:.∧:.} リ
           l.:.:.:.:.:| }ゝ-!            jハ:.:.:.:j/}:.|  「京都に行くよ!」
          :。.:.:.:{ {:j:八    -==ァ     イ }/ j:ノ
            ゚:。.リ  \{≧ュ。.    ィ:jソ  ″ /
           ゞ    イニ}  ` ´  {ニヽ

              ィニ//      ゝ|ニ\_

        ┬==≦ニ/ニ7____    __,.|ニニムニニニニニlヽ
       /ニ|ニニニ/ニニニ|`-―――‐一´|ニニニムニニニニ|ニム
.      /ニニ:|ニ7ニニニニニ|          |ニニニニ}ニニニ=|ニム

19

憧「……」

穏乃「……」

玄「……」

宥「……」


「えっ?」

【To be continued】

【09.そうだ京都、行こう】

1

<<JR京都駅構内>>

穏乃「ふっふっふ」

穏乃「ついに……ついに到着したぞ!」

穏乃「日本人なら誰もが一度は訪れてみたい、文化あり由緒あり"舞妓さん"ありの歴史都市――」

穏乃「京都っ!」

憧「はいはい、そこ人通りの邪魔になるからもっとこっちによって」

穏乃「うん!」

玄「あはは。穏乃ちゃん、今日も変わらず元気いっぱいだねー」

穏乃「だって玄さん、京都ですよ、京都!」

穏乃「寺社仏閣はもちろん、日本三百名山の愛宕山と比叡山、それから大文字の送り火で有名な如意ヶ嶽に――」

穏乃「ああっ、ダメだ! これ以上語り出したら本気で止まりそうにないや。助けて、憧っ!」

憧「助けてって……あんた興奮しすぎでしょ。あたし真面目にいま引いてるんだけど」

灼「……穏乃って寺や神社にも興味あったんだ」

灼「こういうと反感抱くかもしれないけれど……少しばかり意外かな」

穏乃「ごめんなさい灼さん。私、嘘つきました!」

灼「え」

穏乃「寺社仏閣について実はさほど興味はありません!」

穏乃「とりあえずそれも話に付け足しておけば格好がつくと思ったゆえの発言です!」

晴絵「はっはっは。大丈夫だ、しず。人間誰しも見栄を張って生きているところが少なからずある!」

晴絵「世の中の悪質な輩のそれに比べればしずの嘘なんてかわいいものさ」

晴絵「ちなみにどれくらいかわいいかと言うと祇園の街を歩く舞妓さんくらいにかわいい!」

穏乃「はいっ、ありがとうございます!」

灼「……」

灼「――はぁ」

灼(テンション高いなぁ、二人とも)

2

***********************************************************************

――数日前

灼「……京都?」

晴絵「そう。今週末にちょっと面白いイベントがあってね」

灼「イベント――」

灼「あ」

灼「もしかして練習試合の申し込みが受け入れられてその対戦相手が京都の高校に決まったとか……」

晴絵「うんうん、普通はそういうふうに推察するよね」

晴絵「でも残念でした。練習試合は大阪の高校と組んだし先方にも話はついてる」

灼「……大阪、か」

灼「練習試合の予定は一応決まったんだ」

晴絵「うん。私の人受けのいい柔らかな物腰と交渉力をもってすれば、練習試合の一件二件は難なく実施できるさ」

灼「そ、そうなんだ」

晴絵「どう。少しは私のこと尊敬した、灼?」

灼「え、えっと」

灼(……尊敬はあの日からすでにしているけど)

灼(――ますます尊敬しましたなんて、面と向かって言えるわけないし)

灼「あ、あの……」

晴絵「ま、実情をばらすと強豪校、準強豪校はスケジュールすでに決まってて、実業団時代の知人に頼み込んで無理やりに斡旋してもらったんだよね」

晴絵「ほら、なんていうの……OG権限とでもいえばいいのかな」

晴絵「実業団時代の知人というのが大阪出身の人で、その人を通して対戦校――もとい彼女の母校――に熱烈なオファーをして、阿知賀女子を練習試合校の中ににねじ込んだというのが話のオチなんだけど」

晴絵「いやー、でも今回ばかりは私もちょっとあせったんだわ」

晴絵「麻雀部顧問としては歴一ヶ月のペーペーの身分だし、他校関係者とのパイプがほぼない私にとって高校生同士の練習試合を組ませるのはそれなりに難儀なことだったよ」

晴絵「正直、実業団のツテを頼らなかったら練習試合の実現はありえなかっただろうし」

晴絵「今回の件を通してやっぱり持つべきものは友人――いや、コネだなと痛感させられたよ、あはは」

灼「……麻雀部のためにご尽力していただきありがとうございます。そしてお疲れさま、ハルちゃん」

晴絵「へっ? あ、うん。どういたしまして、部長」

灼「だけど――」

灼「最初のほうのくだりはいらなかったかな。変に見栄張らなければ今以上に尊敬……ううん、なんでもない」

晴絵「あ、あれっ」

3

灼「ゴホン……まあその、尊敬云々はともかく……それでイベントというのは一体?」

晴絵「ああ、そうだった」

晴絵「はいこれ」

晴絵「私が口頭で説明するよりその冊子を見たほうが話は早いわ。百聞は一見にしかず、ってね」

灼「えっと――」

灼「"関西地方大学麻雀春季リーグ戦20XX"……?」

晴絵「そう」

灼「……イベントってこれのこと?」

晴絵「うん」

灼「……これを観戦するために京都に行く予定なの?」

晴絵「うん」

灼「……」

晴絵「……えっ、まさかのノーリアクション!?」

晴絵「も、もしかして拍子抜けさせちゃったかな」

灼「あ、ううん、別にそんなことはないんだけど」

灼「ただ、意表を突かれたというか」

灼「先にも言ったけれど、私はてっきりイベントというのは練習試合のことを指してるのだと思い込んでいたから……」

灼「それに、強豪校の敵情視察でもなく大学麻雀のリーグ戦を観戦しに京都に行くことについても、その」

晴絵「その?」

灼「……いいのかなって」

4

晴絵「いい! 全然いいに決まってるよ!」

灼「は、はいっ」ビクッ

晴絵「だって観光目的でただ気分転換に京都に遊びに行くわけじゃないから!」

晴絵「なにやら灼は京都遠征に対して否定的な見方をしてるようだが、それは間違ってるぞ」

灼「はぁ」

晴絵「というか大阪での練習試合よりもこっちのほうがむしろ重要だと私は考えてる」

灼「……」

晴絵「なぜならば――」

晴絵「みんなは『大会の空気』をまるで知らないからだ」

灼「大会の、空気……?」

晴絵「うん。もっとわかりやすく言うと雰囲気のことだね」

灼「……」

灼(雰囲気――)

晴絵「灼はさ」

晴絵「生まれてこのかた麻雀の大会に出場したことはある?」

灼「……出場?」

晴絵「そう。それも町内会が主催するような親睦をメインとしたものではなく、企業がスポンサーとして協賛する結構な規模の大会に」

灼「……」

灼「テレビの中継やネットで得た情報からある程度のイメージは浮かぶけど……」

灼「大会出場自体は……ない、かな」

晴絵「だよね!」

灼「だよねって……」

5

晴絵「実はさ、ウチのメンバーで大会に出場したことがまともにあるのって憧だけなんだよ。悲しいことに」

灼「……まあ、去年の夏休みまで麻雀とはいったん距離をおいてた人が大半だからね、阿知賀の麻雀部は」

晴絵「そう。そしてその事実と向き合ったとき私はあるひとつの危惧の念を抱いてしまったんだ」

晴絵「慣れない舞台での真剣勝負――」

晴絵「そこで必要以上に緊張してしまい、みんなが実力の半分も出せずに自滅してしまったら……と」

灼「……」

晴絵「これは麻雀に限らず全ての競技種目に対していえることなんだけど」

晴絵「周りの人、物、環境に流されずいま自分が目の前にしているものにどれだけ集中できるか」

晴絵「それが勝負の世界において重要なことであり、大切なんじゃないかと勝手に私は思ってる」

晴絵「プロ野球選手やJリーガー、もちろんプロ雀士の姿を想像してもいい」

晴絵「第一線で活躍する選手達は、来るべき未来で活躍するために日々練習に励んでいるはずだ」

晴絵「その内容は技術論だったり精神論だったり実に様々で、具体的な練習方法は競技によってまちまちだが」

晴絵「それでもこれだけはどの競技のプロにもおそらく共通しているであろうと言えることがひとつある」

晴絵「"最高の舞台で活躍する自分をイメージしない勝者なんて、いない"だ」

灼「勝者……」

6

晴絵「で、このイメージの基盤となるリアルの情報――これが今、灼たちに最も欠けてるものなんだよね」

晴絵「さっき灼はテレビやネットの情報から大会の全体像をある程度はイメージできてるといってたが、半分以上は自分の都合のいいようにつくられた会場と観客に脳内で変換されてるはずなんだ」

晴絵「直接会場へ足を運んで雰囲気をじかに感じとらないと情報ってどうしても自分の想像したものに置き換えられがちだからね」

晴絵「そしてそんな自分の創りだした虚像の中で自分が活躍する姿をイメージしても、それはかえってマイナスの効果をもたらすんだよ」

晴絵「実際にその場所に訪れてみると想像以上に会場場所がだだっ広くて気持ちが萎縮してしまったり、」

晴絵「想像以上の多くの観客がモニター越しから自分の麻雀を眺めてるという現実を知ったとき」

晴絵「人って案外簡単に集中力が削がれてすぐにボロが出てくるものなんだ」

灼「……うん」

晴絵「だから灼たちがいざ本番を迎えてあわてふためかないために」

晴絵「今のうちから大会でしか味わえないあの独特な雰囲気やナマの情報を、経験に基づいた確かな"モノ"として吸収し、頭に叩き込んでほしいんだ」

灼「……」

晴絵「……と、えらく長く熱弁を振るってしまい、喋ってるこっちもそろそろ恥ずかしくなってきたんだが」

晴絵「なんとなく私の言いたいことは伝わったかな?」

灼「大丈夫だよ。ちゃんと伝わってる」

晴絵「そう? それならよかった」

7

灼「だけど」

晴絵「ん?」

灼「本番を想定するという意味では、大学麻雀より高校生対象の大会のほうが観戦するにはより相応しいんじゃ……」

晴絵「それはそうなんだけどね」

晴絵「ただ、残念ながら高校生をターゲットにした大会ってこの時期になるともう開かれていないんだよ」

晴絵「夏のインターハイ、秋季大会、そして先月閉幕した春季大会」

晴絵「これらを逃すとインターハイ予選まで大会らしい大会は、日本国内ではほぼない……といってもいい」

灼「……そっか」

晴絵「本当は春休みの間にみんなを引き連れて春季大会を観戦しにいければよかったんだけど」

晴絵「その頃の私ってここの就任手続きやら福岡での引き継ぎやらで東奔西走の日々を送ってたから」

晴絵「まあ、時間的に無理だったわけだ」

灼「……」

晴絵「そこで登場してもらうのが、いま灼が手にしてる冊子に載ってる――」

灼「"大学麻雀春季リーグ戦"だね」

晴絵「うん。大学麻雀――それも開幕戦なら、たとえ出場校は関西地方の大学勢に限られてるといえども、メディアからの注目度は高いし、会場もインターハイに引けをとらないものが用意されてるんだ」

晴絵「リーグ戦ということで、トーナメント方式で勝者を決めていく高校生麻雀大会とは多少雰囲気が異なってくるものの、」

晴絵「とにかく阿知賀女子麻雀部には時間が足りない!」

晴絵「吸収できるものはどんどん吸収し、そして経験することで初めて私たちは晩生高校と同じスタートラインに立つことができる!」

晴絵「そういう意味で、今週末の京都遠征は灼たちにとってヒッジョーに重要な出来事となるはずだと私は信じてるよ」

灼「……」

晴絵「だからさ、京都遠征について変に後ろめたさを感じる必要はこれっぽっちもないわけ」

晴絵「なっ、部長?」

灼「うん」

***********************************************************************

8

灼「……」

穏乃「あっ、赤土さん」

晴絵「どうした、しず!」

穏乃「あっちの方から『おみやげ街道』の文字列が目に飛び込んできました!」

晴絵「さすがお土産屋さんの娘だね。早くもしずの持つ京みやげレーダーがびびっと反応しちゃったか」

穏乃「てへへ」

晴絵「でもそれはまだまだ序の口!」

晴絵「ここ京都駅構内、またその周辺では、おみやげ街道のほかに幾種類ものお土産屋さんや観光名所が立ち並んでいるよ」

晴絵「地下店街と駅ビル、そして伊勢丹のショップは言わずもがな」

晴絵「国家鎮護のために建立された教王護国寺、桃山文化の名宝を有する西本願寺」

晴絵「そして……京都のシンボル的存在『京都タワー』!」

晴絵「近代的になった京都駅はよそに、昭和な雰囲気を残し続ける京都タワーはまさに高度経済成長期の京都の象徴!」

晴絵「過去には、古都京都の景観にそぐわないのではないかとタワー建造についてひと悶着あったようだが、これはこれでありだと私は思う」

穏乃「うん、いいですねっ、京都タワー! 京都の街を一望してみたいです、私!」

灼「……」

灼(ダ、ダメだ……。この二人完全に観光モードに入ってる……)

灼(穏乃が浮き立つのは、まあなんとなく想像できてたけど)

灼(京都遠征の重要性についてあれだけ説いてたハルちゃんまで一緒にはしゃぐのはちょっとどうなんだろ……)

灼(そもそも本人が旅行気分でいくわけじゃないってあれほど強調してたのに)

9

灼(顧問のハルちゃんが体たらくを見せてる今、ここは部長の私が一言注意するべきなのでは)

灼「あの」

玄「赤土さん!」

晴絵「えっ、なに」

灼(――玄?)

玄「いけませんよ、京都に到着して早々観光気分に浸ったりするのは!」

玄「私たちはあくまで大会を観戦するために京都に訪れたのであって、」

玄「それそっちのけでいきなり観光名所やお土産屋さんに関心を移すのは本来の目的から大きく外れることになります!」

晴絵「お、おっと。そ、そうだったね。ごめんごめん」

灼「……」

灼(ふうん、めずらし……玄が周りに流されずに正論を吐くだなんて――)

灼「って、玄」

玄「?」

灼「手に構えてるそれ」

玄「えっ……あ、あれ? いつの間にデジタルカメラさんが私の手の中に。お、おかしいなぁ」

憧「言行がまったく一致してないわよ、玄」

玄「あ、あはは。……ごめんなさい」

10

穏乃「でもこうやってみんなでどこかに出かけるというのはいいものですねっ!」

穏乃「遊び目的で京都に来たわけじゃない、それは頭では理解してるつもりなんですけど……」

穏乃「いざその日を迎えるとやっぱり気持ちが高ぶっちゃいます」

玄「うんうん、そうだよね」

玄「実家の職業柄こんなふうに県外へ足を運ぶことはめったにないから、逸る気持ちが抑えられないのも私たちにとって無理からぬ話なのかも」

晴絵「ああ、そっか。自営業を営む家庭だもんね、しずと玄の家は」

穏乃「憧んちと灼さんちもそうですよ、赤土さん」

憧「まあ、あたしはお姉ちゃんという足がいるぶんそれほど遠出には苦労していないんですけど」

灼「お姉さんを足呼ばわりするのはいかがなものかと……」

穏乃「――というか」

穏乃「憧と灼さんのその余裕っぷりは一体なんなんですか!」

穏乃「京都に着いても涼しい顔して落ちつき払ってますし」

穏乃「二人は大人ですか、早すぎた大人なんですか!」

憧「だってあたし京都にはむかし何度か訪れたことあるもの」

穏乃「え、そうなの?」

憧「うん――って早すぎた大人って何よ」

穏乃「どうしてだよ、神社って年中無休じゃなかったの!?」

憧「……」

憧(相変わらずこっちの返しには全力で無視か。別にいいけど)

憧「ゴホン、年中無休といっても祭礼行事や参拝者さんの少ないシーズンは、よほどのことがない限り宮司がいなくても間に合うわけでして」

憧「それで家族サービスと称して、昔はお姉ちゃんと一緒に有名な寺社を拝観するために連れ回されたことも度々あったのよ」

憧「特に京都は奈良から近場なのもあって嫌というほど連れて行かれたわ」

穏乃「だから京都の地に足を下ろしても感動を覚えなかったってこと?」

憧「……まあ、そういうことになるのかな」

穏乃「――いいなあ」

憧「……全然よくないって。考えてもみなさいよ、なにが楽しくて幼い時分にあんなの眺めなくちゃならないのよ。苦痛の割合のほうがはるかに大きいでしょ」

穏乃「かりにも神社の娘なのに寺社をあんなの扱いしちゃった!?」




ワイワイ ガヤガヤ

晴絵「……」

晴絵(……あー)

晴絵(そうだよなあ。それで私がみんなの思い出づくりに一役買って、いろんなところに連れ回したんだよなぁ)

晴絵(あれから三年以上の月日が流れていて……そう、まだ三年しか経ってないんだよね)

晴絵「……はあ」

灼「ん」

灼(……ハルちゃん?)

11

玄「それでもやっぱり私は憧ちゃんが羨ましいなぁ」

憧「え?」

玄「だって家族で旅行することそれ自体がどこか気分を楽しくさせてくれるし、忘れられない思い出になるとおもうから」

玄「私とお姉ちゃんは、家族みんな揃って遠くに旅行したことが……その、ほとんどないので」

憧「玄……」

玄「私が物心つく前に一度、みんなで県外のとある旅館に宿泊したことがあるみたいなんだけど」

玄「私、全然覚えていないんだよね」

玄「一応、写真に記録として残ってるし、お姉ちゃんも鮮明とまではいかないけれど記憶に残っているようだから、それは確かな出来事として存在するのだろうけど」

玄「……だけれどやっぱり自分の記憶の中にそれが残ってないとすごく寂しく感じるんだ」

玄「なんだか一人だけみんなとは大きく離れた場所に取り残されたような気がして」



「……」



玄「――あっ、ご、ごめん。なんだかしめっぽくなっちゃったね」

玄「えっとえっと、そうだ。家族旅行の機会が少なかったぶん、家ではそれを補ってくれるほど私たちに接してくれたんだよ」

玄「特にお母さんは仕事の休憩時間によく一緒にお菓子を作ってくれたりして――」

穏乃「あ、だから玄さんあんなにお菓子作り上手なんですね」

玄「上手かどうかは私では判断できないけど……。でも、繁盛期になると従業員さんの休みが少なくなるから労いの意を込めて手作りお菓子の差し入れは頻繁に行ってたんだ」

玄「お母さんが亡くなった今も私が後を継いでるし、それは松実家の慣わしと化したんだよ」

灼「素敵な思い出だね、玄」

玄「うんっ」

憧「……」

憧(あー、どうりで多忙な時期にもかかわらず玄は毎度、部に差し入れしてくれたわけだ)

憧(前々からそのことについて疑問には思ってたけれど)

憧(ようやく得心したわ。そういう経緯があってこそ成せる業だったのね)

12

玄「だから春は、私たちにとってあらゆる意味で大切な季節なんだよ。ね、お姉ちゃん――あれ、お姉ちゃん?」

玄「……いない」


宥「み、みんな、助けてぇ……」


穏乃「あっ、あそこ」

憧「どこ?」

穏乃「ほら、あっち。宥さん人波に飲まれて身動きとれなくなってますよ!」

憧「……そういえば、さっきから宥姉だけまったく会話に参加してなかったかも」

灼「この時期の京都は観光客で大いに賑わうからね。加えて、休日ともくれば大混雑するのは必至だよ」

玄「れ、冷静に観察してる場合じゃないよ。早くお姉ちゃんを助けに行かなきゃ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


宥「うぅっ……」

玄「だ、大丈夫お姉ちゃん?」

宥「う、うん。ありがとう、玄ちゃん」

晴絵「人混みに乗じてわいせつな行為とかされたりしなかった?」

宥「えっ」

憧「……いきなりなに聞いてんのよ、ハルエは」

晴絵「いや、だって宥がものすごく沈鬱な表情をしていたものだから。これはもしや、と」

玄「そ、そうなのお姉ちゃん……?」

宥「えっと……その、体を触られたりとかはなかったんですけど」

晴絵「けど?」

宥「通りすぎる人たちみんなに奇異な視線を向けられてしまって……」

穏乃「あー。宥さん、年がら年じゅう手袋とマフラー装備してますもんね。京都人にとってそれは物珍しい光景なんですよ、きっと」

灼「五月間近のこの時期にマフラー巻いてる人は、見たところ宥さんしかいませんし」

憧「地元だと見慣れた絵だから目に留める人はほとんどいないけど、吉野をちょっと出たらすぐに宥姉は衆目を集めちゃうからねー」

宥「大勢の人に好奇の目で見られるのは、やっぱりその……いい気はしないです」

晴絵「――でもさ」

憧「ん?」

晴絵「果たして理由はそれだけなのだろうか」

13

穏乃「どういうことですか」

晴絵「まずは落ち着いて考えてみてほしい」

晴絵「たしかに、この時期にマフラー姿――特に宥のつけてるようなふわふわモコモコとしたもの――それ自体は珍しい光景なのかもしれない」

晴絵「だけど常識的に考えて、それだけでみんながみんな宥に一瞥くれると思うか」

晴絵「いいや、ありえないね」

晴絵「なぜならここ京都ではファッションとしてストールを巻いてる老若男女も多数存在してるからだ」

玄「別に京都に限った話じゃないと思いますけど……」

灼「……まあ、春はもちろん、夏でもストール巻いてる人が最近ではいるからね」

晴絵「で、そのことを鑑みれば、宥がマフラー巻いてたから好奇の視線にさらされたというのは理由としてはちょいと弱い気がする」

晴絵「マフラー程度で人目を引くならストール姿の人にもまったく同じ現象がおこらないと不自然だからな!」

穏乃「そうかなあ」

憧「――結局、ハルエはなにがいいたいわけ?」

晴絵「これは私の憶測にすぎないんだけど」

晴絵「通行人はマフラーを見るふりして宥の胸をガン見していったんじゃないかと疑っている」

宥「……えっ?」

14

晴絵「宥を傍目から見て、まず目につくのがマフラーなのは間違いないだろう」

晴絵「そこで興味が失せて視線が持ち上がれば何も問題はないんだが――」

晴絵「ここに思わぬトラップが潜んでるんだ」

宥「???」

晴絵「マフラーから視線を少し下げればそこには、華奢な体とは真逆にメロンの如き豊かなそれが実ってるんだよ」

穏乃「メロン、ですか」

憧「……」

灼「……」

晴絵「そうだ。そして目線がそこに行き着いたが最後、すれ違うまで磁力で引き合うように宥の胸に視線が注がれた。――それが今回の顛末であり、真実ではないかと考えてる」

宥「ええ……」

玄「ふぅ~む、なるほどなるほど」フムフム

穏乃「一応、筋道は立ってますね」

晴絵「付け加えると、制服の上からでもなお自己主張の激しい宥のおっぱいはまさにスケベ共の注目の的であり、色情のはけ口!」

晴絵「胸をガン見してても、『この時期にマフラーは珍しいなと思って眺めてただけです』と正当な理由で言い逃れもできるわけだし」

晴絵「宥が好奇な目にさらされるのも仕方ないといえば仕方ないんだよ」

宥「そ、それはあったかくないです……」ブルブル

灼「……」

灼(公衆の場でこの人は一体なにを真剣に話し込んでいるのだろうか)

15

憧「はいはい、セクハラオヤジと同じレベルの下卑を吐かしてるアホな顧問は放っておいて」

憧「そろそろあたしたちも会場のほうに向かおっか」

灼「そうだね、憧」

憧「というわけで、ちゃっちゃとバスターミナルに移動しちゃいましょ」

憧「行こっ、しず」

穏乃「うん!」

穏乃「玄さんも宥さんも、ほらほら」

宥「う、うん」

玄「ふむふむ。その言い訳を使えば、これからはお姉ちゃんのおもちをじっくり観察してても許されるんだね」ブツブツ

宥「……玄ちゃん。お姉ちゃん怒るよ?」

玄「へ? あっ、じょ、冗談だよ、お姉ちゃん」





晴絵「………………」





晴絵「ちょ、ちょっと待ってよ、みんな! 私も行くから!」


==================================================================================


                     ___________________________
                    . l´ ____________________[_l______l_]
                    . |  || ̄|l 日 |  ̄ ̄||  ̄ ̄||  ̄ ̄||  ̄ ̄|| l' 三三 l┌ ──┬─‐─┤
                    . |  ||  |l 日 |     ||     ||     ||     || || ̄| ̄|| |     |    /||
            ,         |  ||_|l 三 |___||___||___||___|| ||  |  || | /  |      ||
,.:'(;      ヽ.,⌒;  `;:⌒,    |________________ヽ||_|_|| |   /|      ||
    (;, . _(    ; :(; . ; ,⌒:.    | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄`ー 、__[] ‐──┴──‐ll|]
    ´ 、  ;,⌒. ´; , (;, ( ⌒ ;. |___ /⌒゙ヽ________,/⌒゙ヽ___il二lコロ| ̄ ̄|ロロ二|
          `ー ''.(: ( '⌒; ':〔二l__| l   j l、_________| l   j l、___〔0__l[二二]l_0〕
                        ヽ、__ノノ   ヽ、__ノノ ヽ、__ノノ   ヽ、__ノノ
             ブロロ


==================================================================================

16

                          _ -=ニ Τ`ヽ
              _ -=ニ二ヽ、   _」┌‐=ニ |   ヘ
             |-=ニ  | | |=ニ二 _」 |    |    |
              |      | | |     || |   ll|   |_
               |      | | |     || |   ll|   = | |ヽ
                |      | | |     || |   =|  ll| | |
.              |      | | |     || |====|= = =| | |
            |====| || ̄ ̄ ̄|| |     |     | | |
             |      | ||∩∩∩|| |    |    | | |
              |      | ||∪∪∪|| |    = |    = | | |
               |      | ||∩∩∩|| |    ll|   ll| | |                     
_               |      | ||∪∪∪|| |    ll. |   ll. | | |                   
」_         _|      | ||___|| |      |      | | |               
   冖¬==―-- l |_ ...-‐ ∨ム    || | ―‐ -- | _   | | | ----――====¬¬
冖¬==―--   _| \   _∨ム __.||_| _   /_   ̄///_     ----――==
    三        |_ -=ニ/ /  | /  |  ∨  \  ニ=- _ ニ=- _           三
    三  _ -=ニ   / _/ _ _ _|/   _|   ∨   \    ニ=- _ ニ=- _       三
 ̄ ̄ ̄}} ̄ ̄ ̄ ̄ ̄}} ̄ ̄ ̄ ̄/ _ _ _| []  ∨    \       ニ=- _ ニ=- _ 三
三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三

三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三三

17

晴絵「お、見えてきた」

晴絵「ほら、しず。あれが会場だよ。今日、私たちが観戦する――」

穏乃「おお……って、でかっ!」

穏乃「……赤土さん」

晴絵「んー?」

穏乃「本当にあそこで麻雀大会が行われるんですか」

晴絵「そうだよ」

穏乃「うわぁ……フフフ」

憧「無駄に高い建造物ね。――ちょっと、しず」

憧「……顔、ニヤついてる」

穏乃「へっへっへ」

憧「いや、へっへっへじゃなくてさ……」

玄「早く会場入りしたくてしかたないみたいだね、穏乃ちゃん」

宥「大勢の人がいる場所はちょっとだけ苦手だけど……自分の知らなかった世界に触れられるのは貴重なことだし、嬉しくて、そして楽しいよね」

憧「あー、宥姉。しずはそんな優美高妙なことかけらも考えてないと思うわよ」

憧「あれはただ単純に、スケールの大きい建物を目にして興奮してるだけだから」


穏乃「あの高さから街を見下ろすと、どんな眺めが見えるんだろうなあ」ブツブツ


憧「ほら」

宥「……うん」

18

晴絵「まあ、京都だとあの施設しかないよね。関西の大学勢が一堂に会して、リーグ戦を行うためには」

玄「……だけど関西中の大学の麻雀部が集まるってことは、結構大変なことになると思うんですが」

灼「総当り形式で行うとすると、だいぶ過密な日程をこなさないと消化しきれないね」

穏乃「そもそもキャパシティは本当に大丈夫なんですか。仮に100校も出場したらどうするんですか!」

憧「え、しずがキャパシティって言葉使ってる……。夢かしら、これ」

宥「え、えっと……一応ここはバスの中だから騒ぐのはよくないんじゃ……」

ワイワイガヤガヤ

晴絵「はいはい、静かに静かに!」

晴絵「あとでひとつずつみんなの質問にこたえるから今はおとなしくする!」



穏乃「あっ!」

晴絵「どうした、しず」

穏乃「今の赤土さん、まるで修学旅行で浮き立ってる生徒を注意する先生みたいでした」

晴絵「みたいも何も、私は先生だからな、しず!?」

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom