阿良々木暦「あんずアント」 (29)
・化物語×アイドルマスターシンデレラガールズのクロスです
・化物語の設定は終物語(下)まで
・ネタバレ含まれます。気になる方はご注意を
・終物語(下)より約五年後、という設定です
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よっしゃ
期待
001
世の中には、ニートという言葉がある。
ニートとは、Not in Education, Employment or Trainingの略であり、簡略すれば定職に就かず、教育も受けず、職業訓練もせずに日々を過ごす人間のことを指す。
意義としては日本特有の言葉である風太郎や乞食などが近いだろうか。間違いなく現代日本において、ここ十年程で一気にその知名度を上げた言葉の一つであろう。
何も僕は働かないことが悪いとは思わない。
人類の歴史を紐解けば、人間はいつの時代だって進化を求めて邁進して来た。
そしてその進化の目的は、行き着く場所は楽に生きることに他ならないからだ。
人類の最古にして最後の願い。
それは何もせずに日々を一定以上の水準で生き、寿命で死ぬことだと仮定するのならば、ニートを嗜んでいる人々は時代を先取りし過ぎた人間なのかも知れない。
風刺はここまでにしておいて、先程も言ったように僕は働かなくて良いのなら働かなくてもいいと思うのだ。
僕だって出来れば働かずに毎日遊んで暮らしたいものだし、働かずに済む環境に身を置いているのならば無理に働く必要はない筈だ。
僕が今働いているのは生きる為だ。
アイドルをトップアイドルに育てるという目標はあるものの、それはあくまで仕事という名の義務に付随した付加価値に違いはない。
そもそも、日本人は過去に働き過ぎた。
その風潮が今でも其処彼処に残っており、その結果、働かない者は人間として失格、というある意味間違った価値観が国を超えてまで頒布してしまっている。
結局何が言いたいのかというと、ニートという言葉自体が社会不適合者の謗りを受けていることが、僕には納得が行かないのだ。
勘違いしないで欲しいのは、僕は決して怠惰を推奨している訳でも勤勉を否定している訳でもない、ということだ。
要は、働きたい者は働けばいいのだし、働きたくなければ働かなければいい。それだけのことだ。
ある一人の男が働かなかった結果、晩年になり両親も逝去し、食い扶持もたつきの方法もなくひたすら孤独に死を迎える結果になったとしても、それは彼自身の問題であり、決して他人が関与することではない。
確かに、蟻と螽斯ではないが、蓄えを作った者が後々になって勝ち目を見るのは自然の法則だ。だが五十年を永く、家庭を築き老後を静かに生きたいという人間もいれば、十年を面白く生きて死にたいという人間もいる。
死に方まで世の風潮に決められてはたまったものではない。
長くなったが、ようやく本題に入ろう。
僕はシンデレラプロに入社して、産まれて初めて本物のニートに出会った。
いや、アイドルとして活動している以上、正確には元ニートとでも呼ぶべきだろうが、彼女の在り様は所属前後で大して変わっていない。
昼過ぎに起きて、積みゲーを消化しながらおやつを貪り食い、適当に晩飯を食べながらネットサーフィンとオンラインゲームに耽溺する。
外に出るのはコンビニのみ。
たまにゲーセンと本屋にも行く。
アイドル活動がある日でも彼女はそのスタイルを敢えて崩そうとはしない。
ある意味、自分は絶対に働きたくないでござる、という気迫が伝わって来るようで、時折気圧される程だ。
彼女を見ていると、時々思うことがある。
働かずに遊んで暮らすことが、選ばれた人間のみに許された行為だとしたら――。
果たして怠惰の果てに人は何を見るのか。
彼女の名前は、双葉杏。
彼女は、蟻に囲われた。
002
形態としては社宅に近いマンションにおいて、事務所から借りた鍵を持ち中に入る。
「…………」
無言のまま、ある部屋の前で止まる僕。
部屋に表札はない。
アイドルならば当然とも言える措置だ。
インターホンを鳴らす。
「…………」
出ない。
再び押す。
「…………」
やはり出ない。
だがここの住人がいない訳がないのだ。
彼女が外出するなど、プラチナチケットでお目当てのアイドルが一回で出るくらいの確率だ。
……何を言っているのか自分でもよくわからないが、ともかくかなりの高確率で彼女は中にいる。
出ない可能性は大きく分けて三つ。
1、居留守。
うむ、この可能性が一番高い。
2、手が離せない。
これもあり得る。
ゲームをやっている、なんてのはもちろん、いくらずぼらでも女の子である以上、風呂くらいは入るだろう。
……多分。
3、本当にいない。
これはさっき説明した通り、ほぼあり得ない。
ということは、だ。
「入るからな」
最低限の礼儀として中に聞こえるように声を掛け、合鍵で部屋に侵入する。
と、いきなり異臭が鼻を突いた。
電気の点いたままの部屋に、ゴミが所々に散らかされている。
その中身はカップ麺、スナック菓子、飴の空袋、デリバリーピザなど主にジャンクフードで占められていた。
「双葉! どこだ!!」
ここまで酷いと生存を疑うレベルだ。
元ニートとはいえ、上京して一人暮らしをさせれば少しは変わる……なんて考えていた僕が愚かだった。
「くにゃ…………うぅん……」
果たして双葉杏は、テレビも付けっ放しでベッドと思しき空間に寝そべっていた。
足元にコントローラーが転がっているところを見ると、ゲームの途中で落ちたのだろう。
何のゲームかまでは疎い僕にはわからないが、画面にもゲームオーバーと表示されている。
無論というか、ベッドもゴミだらけで辛うじて双葉の寝転ぶスペースが許容されているレベルである。
「おい双葉、起きろこの不衛生児」
ゴミを踏み慣らし掻き分けて双葉に辿り着き、その身体を揺らして起こす。
「ううぅ……ん……」
むずがるように身を捩った後、双葉は眼を開けた。
「ふぇ……? プロデューサー……?」
「そうだ、お前のプロデューサーだ。目を覚ませ」
「な、なんでプロデューサーが杏のうちにいるの!? まさか……プロデューサー……!」
「何がまさか、だ。誰がお前なんか襲うか」
デコピンを一発かまして目を覚まさせる。
どうやら完全に覚醒したらしい双葉は、周囲を見渡した後、現状を理解したのかあくびをひとつ。
「ああ……落ちちゃったのか……で、何の用プロデューサー?」
「何の用、じゃねえよ。今何時だと思ってる」
「えーっと、時計時計……三時……三時? 真夜中じゃん……寝よ」
再び寝ようと毛布をひっ被る双葉。
このやろう、女の子には温厚で甘やかしすぎると悪い噂の僕を怒らせるとは大したやつだ。
「昼の三時だ! そして今日は夕方からサイン会イベントだ! 起きろ!!」
「いやだ! 杏は働きたくない!」
「夢の印税生活はどうした! 双葉の悲願だったんじゃないのか!」
「うにあ――――――――!!」
双葉はアイドルとして大成してその印税で一生ごろごろして過ごす、という夢があるらしい。
その動機自体は不純極まりないが、有り無しで言えば十分有りだ。
布団に隠れようとする双葉にそれを引っぺがそうとする僕。
世にも不毛でいてくだらない争いだった。
だがいくらくだらない理由だろうが、僕にとっては死活問題なのだ。
アイドルとは言えやることは仕事。
仕事において信用を失くす、則ち会社としても大きなダメージを食うのだ。
僕個人が処分を受けるくらいで済むならまだしも(それも十二分に嫌だが)、それだけは絶対に避けなければならない。
「ええいこのちびっ子め! こうなったら最後の手段だ!」
最後の手段が早すぎる気もするが、時は刻一刻と迫っているのだ。
今日はちびっ子限定サイン会。
このままでは一緒に参加予定の脇山と早坂が僕がいなくて寂しくて泣いてしまうじゃないか。
「な、なに?」
「誘拐する」
「……へ?」
ベッドらしき空間にしがみ付く双葉を脇に抱える。
十七歳とは思えない軽さだった。
「行くぞ双葉! 後で飴やるから!」
「セリフが犯罪者くさいよ!」
双葉の突っ込みもそこそこに、毛布ごと掻っ攫う。
時間的にギリギリだ。
衣装もメイクも現地で何とかしよう。
最悪、双葉の売り出し方を利用してそのままやらせればいい。
「あっ、ちょっと待ってログインボーナスだけ取らせて!」
「問答無用!」
「人さらい――っ!!」
誰もいない双葉宅に虚しい残響を置き去りにしながら、僕は部屋を飛び出すのだった。
003
「つ、疲れた…………」
そして夜。
時刻が夕飯の時間を迎える頃、僕等はファミレスで打ち合わせ兼夕飯を摂っていた。
メンバーは今日のサイン会の顔ぶれ。
先述した通り、早坂、脇山、双葉の三人だ。
そこに加わる僕はと言えば、双葉の連行に挨拶回り、挙げ句の果てにはやる気を無くしてだれる双葉のフォローと走り回っていた為、今はその反動でテーブルに突っ伏している。
「阿良々木殿……食事はよろしいので?」
「ありがとう脇山……お前は優しいな……」
脇山がちっちゃい女神に見えるぜ。
和膳をつつきながら脇山が心配そうに声を掛けてくれるが、正直言って喉を通りそうにない。
ちなみに早坂は肉を食べるのに夢中で双葉は寝ていた。
何というか、三人ともそんな年齢ではないのだが小学校の教諭にでもなった気分だ。
何せ全員、150cmを下回っている。
とはいえ、女の子としても小さい彼女たちをチョイスしたのは僕なんだけれど。
背の小さい女の子は、如何にも女の子らしくて可愛いと思うのだ。
決して僕の身長が男として低いから優位に立ちたいとかそんな理由ではない。決して違う。
「今日は大変でしたね。お疲れ様です」
「九割方こいつのせいだけどな」
ソファーに凭れかかって大口を開けながら眠る双葉を顎で指す。
双葉はこんな性格に反し、アイドルとしての人気はそこそこに高い。
ライブやイベントでもそのやる気のなさを隠すことはなく、むしろそれが逆に受けている感まである。
巷ではニート希望の星、養ってあげたいアイドルNo.1、といった返上したらいいのか挽回したらいいのか理解に苦しむ呼び名までついている。
「双葉殿は才はあると思うのですが……」
「ああ、やる気のなさだけはどうしようもない」
仕方なく怠惰アイドルとして売り出したその結果、売れてしまったのだから世の中わからない。
これも時代の風だろうかと思わせるには十分だ。
馬車馬のように、とまでは言わない。
せめて普通に活動することを良しとしてくれたら、もっと人気が出せるだろうことは確信に近い予感を以って言える。
だが、本人の勤労意欲だけはどうしようもないしな……。
「おかわりッ!!」
と、早坂が口の周りをソースで汚しながら皿を僕に差し出す。
「良く食うな早坂……まぁいい、沢山食ってでかくなれ」
身長だけじゃなく他の部分もな、と言ったら早坂に引っかかれるどころか脇山にも一撃入れられそうなので口をつぐんでおいた。
早坂はともかく、脇山も冗談が通じないタイプな上に剣道を嗜んでいるのである。
どうせ食事代は経費で出る。
僕も夕飯代を浮かす為に何か食べておこう。
早坂の口周りを備え付けのナプキンで拭きながら呼び出しボタンを押す。
本当に学校の保護者みたいな気分になってきた……。
いや保護者なんだけどさ。
平日の夜、混む時間帯も避けていた為か比較的早く店員はやって来た。
「和牛ステーキとライスの中!」
「僕はミックスグリルをひとつ……脇山は何か食うか?」
何か言いたげにしていた脇山だったが、遠慮しなくていいんだぞ、と付け足すと顔を輝かせる。
一本気で剛直な彼女だが、この辺りはやっぱり女の子だ。
「で、では甘味を……」
注文を終え店員が去ると、早坂が水を飲みながら不敵な笑みを浮かべる。
「しっかし今日はいつも以上に疲れたなぁ、食って体力つけねーと」
「疲れた?」
「あ、珠美もです。何故か本日に限って身体が上手く動かないと言いますか、だるいと言いますか……」
「おいおい、大丈夫か?」
早坂はともかく体力のありそうな脇山までとなると少し心配だ。
何か原因でもないかと心配になり今日一日を振り返って模索していると、
「いった――――っ!!」
「うわっ!?」
突如として隣からあげられた悲鳴に身を竦ませる。
対面の二人も驚愕の意を表すが如く目を丸くしていた。
悲鳴の主、今まで眠っていた双葉は首筋あたりをさすりながらもぞもぞと小動物のように落ち着きなくしていた。
「な、なんか噛まれた……」
「噛まれた?」
「うわぁ!?」
「ひゃあああぁぁぁ!!」
双葉が放り出した小さな黒い塊は、蟻だった。
早坂と脇山も驚いてお互い抱き合っている。
テーブルの端に落とされた蟻は、そのままテーブルを伝って裏側へ行ってしまった。
「蟻って噛むんだ……」
「世の中には象まで集団で襲い掛かって食っちまう蟻もいるそうだからな」
日本における蟻は比較的大人しい習性のものも多く働き者、というイメージな生き物だが、実際はかなり凶暴な種も存在する。象もそうだが、砂漠には人間を襲う種もいる。
何百という数で獲物にたかり、噛みつきや毒で徐々に弱らせて殺すのだ。
「びっくりしたなぁ、もう」
「働かない双葉に働き蟻が怒ったんだな」
「社会の歯車にはなりたくない」
「言い訳の常套句だな」
そんなセリフを言っていいのは、自らの力だけで生活出来る人間だけである。
というかあの蟻、双葉の家から服に紛れてついて来たんじゃないか?
あの家なら蟻くらい湧いて当然な気もする。
いつかの神原の部屋みたいに掃除でもしてやりたいところなのだが、本で埋れた神原の部屋とは違い、別のインセクト系ショック映像にも邂逅しそうで腰が引ける。
「お待たせいたしましたー」
「おっ、来た来た。調子悪いしこれ食ったら帰ろうよ」
「そうですね、恥ずかしながら珠美も横になりたい気分です」
「身体の調子が悪くなったらすぐに連絡しろよ。感染する系の病気だったらまずいからな」
「わかってるよ」
「お気遣いありがとうございます」
しかし二人揃って体調が悪いとなるとさすがに心配だ。
双葉は……常にだらけているせいでよく分からないけれど。
「双葉、お前は身体の調子はどうだ?」
「ねむーい……ふあぁ」
「お前は今の今まで寝てただろ……」
この調子なら双葉は大丈夫そうだ。
……今度、もう一度掃除も兼ねてもう一度双葉宅へ行こう。
掃除してやれば少しは心を入れ替えてくれるかも知れない。
恐らくは無駄になるであろう望みを託し、僕は特大の溜息と共に双葉の更生プランを練り始めるのだった。
004
「う…………」
翌日、朝起きるとやけに身体が重かった。
物理的に、ではない。
そもそも一日で影響が出る程物理的に増えてもらっては困る。
そうではなく無気力な時に良くある、身体の調子が悪い訳でもないのに身体を動かしたくない、そんな感じだ。
一応、熱も計ったが平熱だし、昨日の早坂と脇山と同じくして何か悪い感染症にでも伝染ったのかも知れない。
だがシンデレラプロは常に人不足だ。
これくらいで休む訳には行かないので、午前休だけ取って病院へ行き、出勤することにする。
診断の結果は異常なし。
「疲れてるのかな……」
なんて独りごちながら念には念を入れマスクを装着し事務所へ。
「おはようござい……ま……」
と、そこには、目を疑うほど信じ難い光景が広がっていた。
「な……!!」
アイドルたちが、例外なくだらけている。
視界に入るだけでもソファーにあられもない姿で身を投げる神崎と島村、それに眠っているのか机に突っ伏して動かない千川さん。
働き者の千川さんは勿論、真面目な島村や神崎までがこんな状態になっているところなんて前代未聞だ。
「大丈夫か、神崎、島村!!」
ソファーに走り寄り近くにいた神崎を抱き起こす。
「昇天を望まぬ堕天使の調べ(超だるい)」
「か、神崎?」
「苦楽を伴う希望の灯火は今、その光を喪わん(もうアイドルとかどうでもいいです)……」
「神崎ぃぃぃ! し、島村!!」
「なんかもうどうでもいいです……元気ってなんでしたっけ……?」
二人とも見事に堕落していた。
事の運びを知るために千川さんに駆け寄る。が、
「千川さん、何があったんですか!?」
「プロデューサーさん……あ、スタドリですか? その辺に転がってるやつ勝手に持ってっちゃってください……動きたくないんで」
「嬉しいけど嬉しくない!」
何だ……一体何が起こっている?
あの千川さんがロハでスタドリをくれるなんてもはや尋常じゃない。
斧乃木ちゃんが爆笑するくらいあり得ないレベルだ。
まさか怪異の仕業か。
安易だがそう説明するしか納得の行かない状況の中で佇んでいると、応接間の方から小さな人影が現れた。
「プロデューサー!」
「双葉?」
元気良く飛び出してきたのは、昨日一緒に仕事に行ったばかりの双葉だった。
基本的に働きたがらない双葉はあまり活動しない。
多くて週に三日、稀に四日程度だ。
そのため、今日はオフだった筈だが……。
何があったのか、その瞳はいつもの澱んで濁った無気力なそれではなく、爛々と活気に溢れている。
しかもライブ衣装まで身に纏って。
「プロデューサー、仕事行こう! 杏、早くトップアイドルになりたい!」
刹那、眼の焦点が合わなくなる。
続いて視界はぐにゃりと歪み、そのまま崩れ落ちた。
ああ、そうなのか――。
人間は、あまりにもショックな出来事に遭遇すると、身体が拒否反応を起こすのだ。
初めて知った。危うく気を失うところだったじゃないか。
「プロデューサー……杏、今まで怠けてばかりで本当にバカだったよ……今までの分も取り戻すから!」
無気力な島村と神崎、金儲けすら放棄した千川さん、そしてオフだというのに勤労意欲満々の双葉。
もう考えるまでもない。
これは、怪異の仕業だ。
「これは……蟻、じゃな」
忍が危機を察したのか影から現れる。
その様子は昼だということもあるだろうが、非常にだるそうだ。
「忍……」
「落顛蟻。らくてんありじゃな」
「それ……確か、周囲の人間から勤労意欲をエナジードレインのように吸い取って強制的に働かせるっていう……」
聞き囓った知識を何とか紐解き脳内で開く。
落顛蟻。
蟻は働き蟻でも、百匹いたらそのうち二割、つまり二十匹ほどはほぼ働かないという。
これは蟻に限った話ではなく、人間にも適応されるらしいが……ともかく、落顛蟻はそのサボっている蟻を働かせる為に自然発生した怪異と聞く。
他の働く蟻から勤労に使用するエネルギーを吸い取り、働かせるのだ。
でも、記録によれば人間に取り憑いても他の人間にそこまで影響を与える怪異ではなかった筈だ。
人間は蟻ほど単純ではない。
多少、勤労意欲が減ったところで金や家族といった無数の柵の中で働きたくなくても、心に鞭打ち働かなければならない。
そして今まで全く働かなかった者が働き出す。
人間にとっては良い方向に転ぶ怪異、というのが記述だった、のだが。
「……あの激小の小娘が吸いすぎたんじゃろ」
「数人の勤労意欲をゼロにしてようやくまともに働き出すレベルなのか……」
恐るべし双葉。どんだけだよ。
とにかくこのままにはしておけない。
放っておけば元々やる気のほぼゼロな双葉のことだ、無限に皆のやる気を吸い取るだろう。
双葉が働くのは喜ばしいことだが、シンデレラプロの全員が事務所を辞めかねない。
「早く退治してしまえ。だるくて仕様ないわ」
忍が心渡を吐き出して床に放る。
「っていうか蟻なら食べられるだろ。その方が早いんじゃ」
「嫌じゃ。めんどい」
寝る、と聞く耳も持たず影に戻っていく忍。
昨日の早坂と脇山の様子も、忍がなんか雑なのも、朝僕の調子が悪かったのも落顛蟻のせいか……。
僕がこうしてまだ無事でいられるのは、忍という半身がいたからだろう。
良かった、本当に……女の子ならまだしも男の僕が無気力になっていたら果たして目も当てられない状態になっていただろう。
「さて……と。待たせたな双葉」
だるい身体に喝を入れ心渡を拾い上げる。
これで蟻ごと双葉を斬ってしまえば解決――だが。
「プロデューサー……もしかして怒ってる?」
「ああ、怒ってる」
血振りのように刀を一振り、双葉に向き合う。
双葉は僕の様子を見て怯えるように縮こまっていた。
そりゃあ怒るさ。
「世の中にはどんなに可愛くて才能のある原石のような女の子でも、その子がアイドルやりたくても、出来ないなんて日常茶飯事なんだ」
世界は理不尽に満ちている――そんな退廃的な議論をしたい訳じゃない。
だけれど、誰かが頂点を得る以上は、その過程で蹴落とされるものは多分に存在する。
それは、友人だったり、家庭だったり、人生そのものだったり。
どんなジャンルにおいてもトップを目指すということは、博打に近い。
そこまでしたって栄華を掴めるのはごく一部の人間だ。
そして彼等は、決して何もせずに登り詰めた筈がない。
「普段は怠けたいのに好きな時にアイドルやりたいなんて、印税で楽に暮らしたいなんて、虫が良すぎるんじゃねえか、双葉杏」
「…………」
僕の綺麗すぎる正論にぐうの音も出ないのか、俯いて黙り込む双葉。
だけどな、双葉。
僕が言いたいのはそんな事じゃないんだよ。
「僕はな……誰よりも輝ける才能を持っておいて、その才能に凭れかかりのお前が気に食わないんだよ!」
心渡を構え走り出す。
説教はこれで終わり。
後は双葉自身の問題だ。
双葉は逃げ出すかと思いきや、その場に留まり僕を睨みつけていた。
「……わかったよ、プロデューサー」
「さっき言ったよな、トップアイドルになりたいって。怪異のせいだとしても、あれがお前の本音なら――」
あの一言さえ無ければ、僕は本当にお前を見捨てていたかも知れない。
けれど僕とお前はあくまで対等なんだ。
双葉が不純であろうと僕に大きく輝く夢を預けてくれると言うのなら。
「杏もがんばる! だから杏に夢の印税生活を見せてよ!」
双葉の小さな身体を撫で斬る。
その小さな身体に燻った想いを断ち切るかのように、刃は怪異だけを切り捨てた。
「ああ、一緒に行こう。トップアイドルになるために」
その場に倒れ込む双葉を抱え、僕は少しだけ双葉の心中を覗けた気がしたのだった。
005
後日談というか、今回のオチ。
今日は双葉のオフと僕の空いた時間が重なったので、双葉宅に清掃に来ていた。
無論、心機一転も兼ねて双葉をニート生活から脱却させるためである。
僕は神原家で鍛えた清掃のプロフェッショナルだ。
褒められたところであんまり嬉しくはないけれど。
「おい双葉ー、この本はどこに置いておけば――」
「んー? いいよ、てきとーで」
部屋の主は寝転んでマンガを読んでいた。
「…………」
近付いて、背中を踏む。
「おい、人が掃除してやってるのになんだその態度は」
「あっ、そこ、もうちょっと上踏んで」
ぐりぐりと少女の背中を踏むのはちょっと楽しかった。
しかもなんか喜んでるし。
「お前な、僕は少しでもアイドル活動のためになればと思って掃除をしているんだぞ?」
「大丈夫だいじょーぶ、アイドルは適当にちゃんとやるからさ」
「適当って! あの時頑張るって言ったじゃないか!」
「ああ……あれはその場のノリで……」
「その場のノリ!?」
「(明日から)頑張る」
「台無しだ! 僕のシリアス成分を返せ!」
前日にあんな事件があったばかりだと言うのに相変わらず双葉はぐだぐだだ。
結局あの後、すぐに事務所の皆は元に戻った。
折角なのでスタドリは貰っておいたのだが、千川さんの呪いのような視線に耐えるのは結構な苦行であった。
「いざとなったら結婚って永久就職先もあるしねー」
「誰かあてはあるのかよ」
「プロデューサーは?」
「はっ、寝言はせめてあと10cm胸を育ててから言え」
架空の唾を吐き出して現実を押し付ける。
というか、双葉は十七歳とは思えないほど小さい。
人間は怠惰を極めると成長しなくなるのだろうか。
今気付いたのだが、もしかしたら生きるためのエネルギーを最小限の消費で済むように成長を止めるのかも知れない。
だとしたら人類の新しい可能性を垣間見た気がする。
「なにそれ、ひどーい」
乙女心が傷付いちゃったよ、と顔を伏せる双葉。
僕の知る乙女は少なくとも男の前で腹を丸出しにしたりはしない。
「大丈夫だよ、プロデューサーがいる間はちゃんとアイドルやるから」
面倒だけどね、と双葉。
「人任せは良くないぞ」
まあ、双葉らしいと言えばらしいけれど。
あんなことがあったとは言え、昨日の今日で毎日働きますなんて言われても違和感ばっちりだ。
「プロデューサーが杏をトップアイドルにしてくれるって言ったんだから」
「む…………」
「もしなれなかったら、養ってよね、杏のこと」
何故か嬉しそうに笑う双葉。
「それは由々しき事態だな」
「でしょ? だったら、頑張ろうよ」
「……ああ、そうだな」
思わず顔が綻んだ。
形はどうあれやる気になったことは確かなようだし、明日からは双葉が悲鳴を上げる程に仕事を入れてやろう。
なに、文句を言うのならまた叱ってやればいい。
聞けば、双葉は今時の子供らしく、猫可愛がりで甘やかされて育った結果に今があると言う。
双葉に必要なのは、叱ってくれる誰かだったのだ。
「プロデューサー、飴ちょーだーい」
「片付けたらくれてやるよ。働け」
双葉が僕を信じてくれると言うのなら、僕もまた双葉を信じよう。
これが双葉の流儀だと言うのならば、僕も付き合おう。
怠惰の果てに見える新しいアイドルの形があるのならば、僕も見てみたいと思ったのだった。
あんずアント END
拙文失礼いたしました。
次はきらりんか文香予定です。
読んでくれた方、ありがとうございます。
おつ
というかホントに早すぎだよ! ありがとうございます!
乙乙ばっちし! きらりん期待!
この阿良々木くんは765プロのとは別次元なんだろうなぁ……戦場ヶ原さんとは上手くいってるんだろうか?
タイトルが「ロンゴミアント」みたい
>>27
《No.86 H-Cロンゴミアント》がなんだって?
このSSまとめへのコメント
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