第一話:遂に現れた悪夢!
銀河歴10083年7月25日 晴れのちくもり
日差が強い。要日焼け止め。
水分補給も忘れずに。
島村卯月、17歳。
右利き、趣味は長電話。
O型、出身は東京。
アイドル、やってます!
「凛ちゃん、こっち!」
「ごめん、待ったよね?」
「それは……大丈夫!」
「ふふ、ごめんね」
渋谷凛ちゃん。
クールでかっこよくて、でもちゃんと女の子な私の大切な友達。
「……奈緒は?」
「遅れるって、凄い息切らして電話があった」
「……大丈夫なの?」
「っはぁ、…ぜぇ…ぜぇ……」
「わ、悪い……」
「だ、大丈夫?」
「噂をすればなんとやら、かな」
神谷奈緒ちゃん。
恥ずかしやがりさんで荒っぽいしゃべりだけど、その実ずっと優しいやっぱり私の大切な友達。
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「い、いや、ちょっと、な……」
「全然分かんないよ、熊でも出たの?」
「コンクリートジャングルにはそんなもの住んでねぇ!」
「良かった、ツッコミは出来るみたいだね」
「あははっ!」
今日は学校もお仕事も全部休み。
アイドルとしては微妙だけど、女の子としてはとっても嬉しい。
「今日はどうしよっか?」
「お洋服見て、ケーキ食べて、カラオケとか…」
「カラオケ?…奈緒と行くと知らない歌が流れるからなぁ……」
「うるさいなぁ…こっちからすりゃお互い様だよ」
「そう言えばこの辺に美味しいクレープ屋さんがあるんだって!」
「ああ、あたしも聞いた」
「じゃあ行ってみる?」
「近くだったと思う」
「じゃあ決まりだな」
地の文少なめなら台詞前に名前あった方が嬉しいよ
未央、加蓮「…」
「…なんだ、そーでも無かったな」
「あはは……」
言っても、所詮クチコミって事かな。
話のネタにはいいけど、情報としては微妙かも。
所変わって、お洋服見てます。
「あ、いたいた」
「凛、何やってたんだ?」
「奈緒ってさー……」
「こういうの、着ない?」
取り出したのは、ひらひらのまさに『可愛い』っかんじの服。奈緒ちゃんの今の格好とは似ても似つかない。
「ばっ!?またお前は……」
「いーじゃん偶には着てみなって」
「そーいうのは仕事だけで一杯一杯だ!」
「私も見てみたいかも…」
「卯月ぃ!?」
「あ、ほら、試着室空いてるよ」
「やめ、押すな!」
名前なくても判別余裕だから平気よー
充分わかる。問題ない
>>3 了解 …だけどこのレスと次レスだけは演出で付けない
>>4 後で出す!
薄暗い部屋に液晶の光が嫌に目立ち、キーボードを叩く無機質な音だけが虚しくこだまする。
それも数十。数は多いが、不思議とそれだけ虚しさが増す。
「プ……ガバナー」
「何だ?」
苛つきから自然と語気が強くなってしまう。これではいけない。
もっとも、それを気にする彼女ではないが。
「甲型三号機、整備率五十%。あと3日ほどあれば完了とのことです」
「あまり嬉しい数字ではないな」
「仕方ないでしょう、あんな無茶な運用……」
「黒川さんを見習って欲しいものです」
「奴と比べては酷だろうに……まぁ、痛手なのは確かだが」
「お金だって有限だっていうのに……」
「結局、そこに落ち着くのか……」
「ッ!!プロ……ガバナー!!」
「何が起こった?」
「亜空間隔絶率の大幅な低下を観測したわ!!」
「何だと!?」
突如発せられたそれは、あまりに衝撃的かつやっかいな物だった。
「座標は……モニターに出す!」
「これは……」
訂正、かなりやっかいな物だった。
奈緒「部屋に押し込んだって着ないもんは着ねぇ!」
凛「絶対可愛いから!ね!」
相変わらずというか、そんなやりとり。
加蓮ちゃんがいたらもっと凄いんだろうな。
「…あれ、凛ちゃん、奈緒ちゃん、携帯鳴ってるよ?」
「あれ、…」
「ホントだ」
二人同時なんて、珍しいこともあるんだなぁ。
会話を始めた二人だけど、内容はあんまり良くないみたい。
二人とも青い顔して、携帯からも怒鳴るような声が聞こえてくる。
「うん、……わかった…」
「それじゃあ……ったく、こんな時に……」
「奈緒、聞いた?」
「ああ、…空気読んで欲しいぜホント」
「二人とも同じ話題?」
「卯月………」
「ごめん!!」
「この埋め合わせはまたな!」
「あっ…」
それだけ言うと、二人は走って行っちゃった。
「はぁ……」
結局連絡も付かなくなっちゃって、一人でケーキを食べる事になっちゃった。
「美味しいなぁ…」
あてつけみたいに感じるくらい。
「そこの姉ちゃん」
皆で食べたかったなぁ……
「ちょっと」
「あ、私?」
隣に立っていた、うわ、チャラそうな人。
「可愛いね!今一人?」
「そう、ですけど……」
変装はしてきてるから、アイドルだってバレてないけど……弱ったなぁ……いつもは友達と来てるから、こういうことは無いんだけど……
「良かったら、お茶しない?」
「あー……ええと…」
良くありません。…って、言いたいなぁ。
「ええと、…私……」
「一人で居たら勿体ないって!」
「おい!ありゃ何だ!?」
お店の中に居た誰かが不意に叫びました。
その人は空の向こうを指さしていて…
「……ぇ?う、そ…」
嘘みたいな光景。
空が歪んでいて、おっきな穴が空いていました。
中に入ったら二度と出て来れなさそうな、暗くて、深くて、不気味な穴が。
でも、もっと嘘みたいだったのは───
「化け、物……?」
思わず呟いていた。
気付いたら皆悲鳴を上げていて、パニックになって逃げまどっていて、私だけが座り込んでいました。
呆気に取られているうちにも、見る見るその数を増やしていって。
「……逃げないと」
独りごちて、立ち上がった時、既に店の中には私しか居ませんでした。
一心不乱で逃げました。
人混みに押しつぶされそうになっても、泣きたくなっても。
だって、まだ私はやらなくちゃいけないことがあるから。一杯皆とお話して、おいしい物食べて、遊んで、笑って、なによりアイドルとして……
「っ……はぁ…ふぅ…」
なんとか路地裏に入り込んで、一息。
後に私は振り返ります。
なんで、此処に逃げ込んだだけでちょっぴりでも安心したんだろう。
『あいつら』からしたら、何処にいようと関係ないのに。
「っ!!」
耳に強い圧が押し掛けてきて、考えるより先に耳を塞いだ。
それでも、足りないくらいに響いてくる音。
脳みそを掻き回すみたいな、空気を粉々に砕いてしまいそうな不愉快な音。
耐えきれずその場にへたり込みながらも、音の発生源、空を睨みつける。
「ぁ………」
目が、合った。
ぬめる甲殻、毛の生えた六本の脚、高速で上下する、本能的に嫌悪を覚える胴体と口、何処も見ていないのに、全てを見渡していそうな複眼。
怪物。どうしようもなく。
気付いたら目の前を光が覆っていて。
ああ、私、死ぬんだろうなって。
何も出来ないのに頭だけは恐いくらい動いて。
例えば。買っただけでまだ読み進めてない漫画とか。
例えば。観たいなって思ってた映画とか。
例えば。未央ちゃんに話してないことがあったなって。
例えば。まだ親孝行が済んでないって。
謝った回数は百じゃ足りない。
後悔の回数は数えられる訳もなく。
圧縮された時間の中、どれだけ長く感じても……無情、時間は止まってくれない。
世界から音が消えて、もう光しか見えなくなる。
少しでも現実から逃げたくて、瞼を堅く閉じる───
「───ッ!!」
辺りを突風が突き抜けて……
突き抜けて……
「ぁれ……?」
生きてる?
瞼を開くと、また別の存在が目の前に在りました。
怪物がいればそれを倒す者も居る。
それはもしかしたら当然の事なのかも知れません。
南からぎらぎらと照りつける太陽を、全身を包む蒼い鎧に反射させて。
そびえ立つ脚は、固く地面を踏み締めて、嵐が吹こうと揺らぐ事は無さそうに思えた。
それが支える胴体は、見るだけでその質量をしかと伝え、異様な存在感を放っています。
そこから延びるのは、腕。振るわれるだけで街をなぎ払ってしまいそうな、強大な腕。
それらは人の持つようなそれだけど──あまりに大きく、あまりに無機質。
私はこれをなんと形容すべきか知っている。
でも、これは液晶の向こうとか、紙の中にしか存在しないはずで。でも、確かに目の前に在って。
その巨人は、その手に握られた引き金を引きます。
弾けた爆音はやがて空気を押し出し、辺りを吹き飛ばさんとする突風になって、反射的に周りの人々を踏ん張らせる。
音速を超えて撃ち出された弾丸は行く先の全てを切り裂き、怪物さえ貫きました。
「大丈夫!?卯月ッ!!」
知らない質量。知らない大きさ。知らない存在。
けれど聞こえてきた声は聞き慣れたなんてものじゃなくて───
静かだった薄暗い部屋が嘘のように慌ただしくなる。これこそが此処の在るべき姿であり、あってはならない姿である。
「亜空間隔絶率なおも低下!もう時間の問題よ!!」
焦る怒号を受けモニターの先、二人の少女を見つめる。
「甲ニ、乙三の準備は良いか!?」
『パイロットはオーケーだよ!』
『ったく!こっちは休日だってのに!!』
『時間も場所も最悪だ!!』
『奈緒、文句は後にしよう』
『分かってるよ凛、プロ……ガバナーにたっぷりな!』
「それだけ話せれば十分だな!」
諫めるような事はしない。
彼女等の言い分はもっともで、こちらも大体同じ事を考えているからだ。
「座標認識確認、亜空間転移可能!!」
「五秒時間をやる!身構えろ!!」
「了解、カウント開始!」
「五!」
「四!」
「三!」
「ニ!」
「一!」
「転移!!」
瞬間モニターにノイズが走り、苦悶の声が二つ。
その強い振動はこの部屋まで伝播して、その場の全員がしがみつく手を支点に体を揺さぶった。
「頼むぞ……!」
おそらくは聞こえていない。それでも言う。
それはまるで、祈りのようだった。
『転移!!』
「く、ぅ」
合図と共に前面の空間が色とりどりのまだら模様に変わり、同時にコックピットが揺らされる。
この瞬間はどうにも慣れない。今でこそ少し不愉快なくらいだが、初めはよく吐き戻しそうになったものだ。
妙な空間に投げ出されたのも束の間、また景色が変わる。目の前に穴が空いて、その先に機体が吸い込まれていく。
抜けると、装甲越しでも空気が変わるのが分かった。
東京、さっきまで私達が居た街──の、上空。
『凛、また吐いたりしてないな?』
通信機から奈緒の軽口が飛んでくる。
「全く……いつの話してるの?」
『そうだな…んなことより!』
「うん、うじゃうじゃと……礼儀がなってないね」
『それじゃあ、あたし達が教えてやらないとな!』
「オ・シ・オ・キッ!覚悟してよッ!」
鉄の手足から青い炎が吹き出て、自由落下する機体を制御する。
突き出された右手には、銃が一丁。
重力に流され、各部のスラスターで姿勢を保ち引き金をニ度引く。
125mm。戦車砲に匹敵する口径の銃身を持ち、遙かに凌駕する威力を持った弾丸──否、光線が発せられる。
気流、コリオリ、重力。諸々を無視して一直線に飛び一発は怪物の頭を、一発は怪物の羽を貫いた。
大気圏において始原的な飛行方法をとっていた故にその体を中空に維持できず、重力に囚われた巨体がビルの中腹にめり込む。
窓を割り、壁を砕き、床を貫き地面に突っ込む。支えを失った上階が崩れ落ち、怪物に降り注いだ。共に瓦礫が飛び散り、地面に当たった次々と砕ける。雨霰と降り注ぐそれに民衆は更なるパニックを起こし、壊れたビルを中心とし、人混みに波紋が広がった。
怪物にさほどのダメージは無かったが、上がった粉塵を目掛けて突撃する影が一つ。
『だらぁぁぁあああ!!』
赤い影が降り立ち、大地を揺らす。轟音と振動が周囲に伝播して、大地を割って更なる粉塵を上げる。人々は矢継ぎ早に降りかかる受難にただただ悲鳴を上げた。
その中心にある影のその手は大上段に構えられ、両のマニュピレーターには一振りの十数メートルにも及ぶ刀。
陽光を照り返して輝く刀身が怪物の体を両断し、今度こそそれを絶命させた。
一つ殺して後三つ。
敵を斬り伏せた奈緒は次の目標を見定め大地を蹴り込んだ。
足下のアスファルトに更なる亀裂が走り、同時に健と背部から噴き出したロケット炎が辺りに熱風となって吹き荒ぶ。
そのあたりで私も地面に着地し、別の目標を遠距離から狙撃しようと構える。
が。
浮かぶ怪物の先に、気になる人影が見えた。思考とシンクロしたモニターがその人影を拡大する。粗いモザイクのような画像が写されるも間をおいて修正が始まり、くっきりとその人影を映し出した。
それは───
「卯月!?」
『どうした!?』
「卯月が危ない!!」
『何だって!?』
一度膝を曲げ、そこから一気に蹴り出し、反動をロケットで増幅して空中に舞い上がる。
その勢いを殺さず適切な推進器を全て全力で吹かし、軌道上に轟音と熱風を撒き散らしながら飛翔する。
比較的軽量の機体を生かした力業。戦闘機には及ばなくともかなりの速度で上空を駆け抜ける。
適当なところで姿勢制御スラスターを起動して着地の姿勢を作る。見れば奴は既に攻撃の体勢に入っている。時間がない。安全に着地する余裕は無いか──!
地面に対して低い角度で滑り込み、共に勢いを殺すように反対のスラスターを吹かす。地面を削り、並み居る瓦礫を蹴散らす。コックピットがガタガタと揺れ、何時の間にか歯を食いしばっていた。
怪物の目の前に止まった時には既に攻撃が放たれようとしていた。攻撃を受けるのは時間の問題。
「ピンポイントバリアッ!」
左手を伸ばす。
淡い光が掌に集中し、怪物の口腔に翳された。
──瞬間光が放たれ、指向性を持って襲い掛かったそれは掌の光に阻まれその殺意を発揮する事無く六つに分散された。
それでも尚威力を持つ光線の、内三本が遙か後方で地面を引き裂く。その先の安否は──人が居ないことを、祈る。
目の前で隙をさらす怪物めがけ、右の銃身を突き出す。
開いた口腔に銃口を突っ込んで人差し指にあるスイッチを押し込むと、連動したマニュピレーターが銃の引き金を引いた。頭から体の真を貫かれ、対象が一撃で絶命する。
「大丈夫!?卯月ッ!!」
『その声……!?』
「それは……後で話す!」
「取り敢えず……乗って!!」
『えっ!?…ぅあっ!?』
可能な限り優しく卯月をつまみ上げて、開け放ったコックピットへ無理矢理に引き込む。
『取り敢えず……乗って!!」
「えっ!?……ぅあっ!?」
おっきな手に器用に持ち上げられて、開いた胴体に放り込まれる。
「ホントに凛ちゃんだぁ!?」
「足の踏み場が無くて悪いけど、何とか掴まって!」
「何でこんなとこに!?」
『どうした凛!状況を報告しろ!』
中にいるのに何故か見える外の景色に、不意にパソコンのウィンドウ見たいな物が浮かび上がる。それはまた別の景色が映されていて、そこには……
「ぷ、ぷ……」
「プロデューサーさん!?」
『ガバナーと呼……!……卯月か!?』
「そこで拾った、ここが一番安全でしょ?」
「ど、どういう……」
「私達は強いって事!……聞いたよね、奈緒」
『ああ!前衛は任せろ!』
「奈緒ちゃん!?」
また映ったウィンドウには奈緒ちゃん。
もう何がなんだか……
「…怪獣が出てきて、凛ちゃんに助けられて、プロデューサーさんまで……」
「頭がどうにかなっちゃいそう……」
『……あたしは?』
「まぁ、突拍子無さ過ぎるよね…」
『無視かよ!?』
「でも、先ずはあれを片付けないと」
『ああっ!ちゃんと援護しろよ!?』
「言われなくとも!」
『いい返事だなぁ!?』
「じゃあ、少し揺れるよ」
「ぇ…うぇ!?」
言ったとおり少し室内が揺れた後、目の前の視点が急に高くなって…
「飛んでるぅ!」
「うん、跳んでる」
「おわぁ!?」
今度はまた低くなる。
「ぅえぁ!」
「あぃ!?」
「あひっ!」
「くぅ!」
それが、多分五回くらい。
「じぇ、ジェットコースターみたい……」
「卯月乗れないんじゃなかったっけ」
激しい上下運動に弄ばれて、すっかりくたくた。
なんだか、喉の奥からこみ上げてくる物が……
「ぅっぷ……」
「ちょっと!?やめてよね!?」
「いぼぢわるい……」
「奈緒!さっさと片付けよう!!」
『分かってるよ!』
「いや!たぶん分かってない!」
こう言う時って上を向いたらいいんだっけ?内臓と頭が変な感じする……出したら楽になれるかな……なれるよね……
「あった!酔い止め!」
「あ、りがとう…」
酔い止めを飲んでる内に凛ちゃんがすごく真面目な顔になっていて、それを見ていたら途端に吐き気も引いてきちゃって。
景色の向こうに向かって何回も光が伸びていって、それが怪物を攻撃しているんだとはすぐに理解できた。
『おりゃあああ!!』
『トドメだァーーッ!』
遠くでは赤いロボット…多分奈緒ちゃんが暴れていたけど……
正直、何がなんだか解らなかった。
凄かった。
『てぇッ!!』
奈緒ちゃんがおっきな刀を振り回すと、最後の一体になった怪物が真っ二つになった。
「……終わった?」
安心して、思わずため息が出る。
「…凛ちゃん達、すごい…あんなに恐い物に……」
「残念だけど、まだ終わってない」
「え?」
『亜空間隔絶率低下……大きいわよ』
「な、何?…ていうか今のマキノさんの声……」
「来る!」
「え?」
凛ちゃんが気の張った声でそう言うと、空に大きい穴が空いた。
ちょうど、あの怪物が現れたときみたいな……
「……ぅぁ…」
声を失った。
中から怪物が出てくることは予想できた。
だけど。
街を踏みつぶしそうなほど大きいとは思わなかった。
さっきまでのが小物に見えるくらいの、蟷螂。
安心が吹き飛んだ。
あんなのに襲われたらひとたまりもない。
『……凛、奈緒、いけるな!!』
「勿論!」
『待ちくたびれた位だな!』
プロデューサーさんの勇ましい声が聞こえてきて、それに応じる二人も余裕そうだ。
何で皆不敵なの?
何か秘策でもあるの?
あれを倒せるの?
『よし……合体だッ!!』
『よし!』
「それしか無いよね、」
……合体?合体って何?どういうこと?
凛ちゃんと?奈緒ちゃんが?
『いいか凛!?今日はあたしが”上”でお前が”下”だッ!!』
「構わないけど、乱暴に扱わないでよね!」
『聞き飽きたなァ!それ!』
「奈緒が人の頼み聞かないからでしょ!」
合体?上?下?乱暴に?
何の話?私を置いていかないで……
『話はまとまったな!……よォしッ!!』
『ドッキングフォーメーション、発動!!』
『よっしゃあ!!』
プロデューサーさんの大きな声が中に響く。
それに併せて向こうにいる奈緒ちゃんが思いっ切り跳び上がって………
………落ちてくる!?
「りりり、凛ちゃん!?奈緒ちゃんが!奈緒ちゃんが!!」
「大丈夫、むしろこれからの方が楽だよ」
真上から落ちてきてるんだよ!?何で冷静なの!?
何時の間にか周りから物々しい音が鳴り始めてるし、何が起こってるの!?
「また揺れるよ!」
「っ!?…いやぁ!?」
こっちまで跳び上がっちゃった!?
「何!?何々何々!?こわいぃ!!」
「ちょっとは落ち着いてよ」
「だって今こんなこと……ぶつかって、大変なことに!」
「だって今、こんなこと…ぶつかって、大変なことに!」
「大丈夫だって!」
吐きそうになったり、あたふたしたり、本当に忙しい。私も、初めはこんな感じだったのかな……
『オプションパーツ、転送!』
「ち、ちひろさん!?」
…もう、放っておこうかな。
ちひろさんの連絡と共に周囲にいくつかの亜空間ゲートが開く。
中から現れるのはこちらに比べ小さめの金属体。その全てがこれからの合体を補助し、補強する欠かせないパーツ。
『フォームチェンジッ!』
頭上で奈緒が叫び、その乗機が変形を開始する。同時にスラスターを逆噴射、相対速度を低減。
あくまで低減。落ちて来る前に体勢を整えなけりゃならない。
「いちいち叫ばなくったっていいんだよ!」
『お前だってさっきバリアの時!』
軽口を叩き合う間にも段階は進行する。
周囲に出現したオプションパーツ群が自前の推進器で指定の地点に移動。
『オプションパーツ、連結完了!』
歪だった機体はそれによって形を整えられ、私の機体が屈強な人の下半身、上半身となる。
『甲乙両機、形態変化完了!』
『ドッキング…開始!』
二機の間に電流が走る。
磁気の応用であるそれにより、距離が縮まって…
『うおおっ!怒涛合体………!』
「それ恥ずかしいから止めてよ!?」
アニメ趣味は知ってるけど、こんなとこまで持ってこなくてもいい!
『俺は…好きだが……』
プロデューサーの呟きは聞かなかったことにする。
「何が起こったの!?これが合体!?」
「そうだよ!」
『よし、そのまま奴を大気圏から押し出せ!!』
「『了解!』」
「大気圏!?押し出す!?あれを!?」
「見てて!」
合体によりサイズも、パワーも、スピードも桁違いに跳ね上がった機体が、空を切り裂き飛行する。
目標は、怪物の土手っ腹。
『ッ!!』
激突、コックピットに激震が走る。頭上から金属の擦れる音が、そこかしこから軋む音が鳴る。
『凛!フルパワーだ!』
「わかってる!」
手元にコンソールを呼び出し、言われた通りの操作をする。”下”になったパイロットの主な仕事は主導権を握った”上”のパイロットの支援。
操作を受け、背中と脚に燃え盛る豪炎が勢いを増し青い空に奇跡を描く。大気との擦過音、燃えるブースターの轟音が猛々しく響く。
目に見えて高度は増していく。
三十メートルはあろう巨人が空を飛び、それを越す巨体を誇る怪物をその身一つで持ち上げていく光景は客観的にどう写るのだろう。
『間もなく大気圏を離脱!』
『よし、ぶっ飛ばせ!』
『インパクトカノン──!』
右手側に在るタブレット状のコンソール。
そこからアイコンで表現された武装を選択する。
伝達された信号により、腰部のパーツが延伸し、その先端を怪物に向けた。
機体の心臓──連結された二機分のジェネレータから囁くようなモーター音が鳴る。供給されたエネルギーはそのまま展開されたインパクトカノンに向かい、発射の準備を完了した銃身がにわかに発光を始め───
「───発射」
射程を犠牲に近距離用に設計されたが故に高い威力と、名前に違わぬ衝撃を保証された砲口が吠え──そのエネルギーを前方に投射した。
「#※◆_?◯◆?──!!!」
不愉快な悲鳴が薄い空気を伝播する。
蟷螂の胴体がしなり、要求通り”ぶっ飛ばされた”巨体はそのままの勢いで宇宙空間に投げ出され、砕けた甲殻と醜い体液をその軌道上に散らす。
『ブラスター、シューターモード!』
「言わなくても伝わるのに……」
言うが早いか、既にマニュピレータにはニ対の銃が握られている。合体以前から使用されていたものだが、供給される膨大なエネルギーとオプションパーツによりその実は大きく変貌していた。
『分かってない奴!』
連射、突撃。
輝きを増した光条が宇宙の闇を切り裂いていく。
「狙いが甘過ぎ」
『これは前座だよ!』
「本番はまだなの?」
『せっかちな奴!』
蟷螂も黙ってはいない。
粘液を吐き散らしながら大口を開け、おそらくは吠えたのだろう。大気圏ならまたあの不愉快な声を聞いていたところだ。
蟷螂の全身から大量の物体がバラ撒かれ、それらは独自に飛行を開始し弧を描きながらこちらに向かってくる。
「どうする?」
『アサルトモード!』
ニ対の銃身が申し訳程度の変形を行い、件のアサルトモードを形成する。
連射と打撃力を重視した文字通りの突撃形態。
「またちひろさんにどやされる……」
『当たらなきゃいい!』
「じゃあ堅実に行こうよ」
『嫌だねッ!』
アイドル…ロボット…?うっ…頭が……
隕石…?
こちらも弧を描くように迂回しながら、全出力で飛行を開始する。
あれ全部虫みたいな形してるからあんまり近付いて欲しくないかも。
「正面、三十!」
『邪魔ッ!』
先に比べ小振りの光弾が間断無く連射され、向かい来る小虫を撃ち落としていく。
無数の爆発が光輪となって輝き、殺風景な宇宙空間に彩りを加えた。
『これなら!』
密度の薄くなった弾幕の間を縫うように飛行する。旋回半径を大きく上回られた虫達は目標を見失い虚空に溶けていった。
「後方、残りの大体来てる!」
『振り切る!』
言うと、後ろを振り返ること無く一直線に蟷螂へ突撃する。
ロックオンサイトの中心に茶とも緑ともとれぬ醜体を捉え、トリガーを引く。
すれ違いざま猛烈な速度に乗せられて連射された光弾は避けようとして避けれるものではなく、小刻みな光がぬめりのある甲殻を照らし、その表面を焼き貫いた。
『まだだぁぁあ!!』
肩と腕、足裏の姿勢制御スラスターが一斉に火を噴き、機体の向きを捻じ曲げる。足下に置き去りにした巨体を再びその正面に捉え、豪炎の尾を引いたブースターが再加速を開始した。
強襲をもろに食らいながらもこちらを捕捉した蟷螂の複眼と、機体の頭部に据えられたツインアイとが交錯する。
蟷螂の最もたる特徴であるその鋭利な鎌が太陽光を受けて静寂な闇の中に危険な存在感を照らし出す。
振りかざされる刃。本来宇宙空間において十分な効力を発揮し得ない物理的な格闘攻撃は、超高速での突撃を行う現在はただ死の象徴でしかなかった。
『っう!?』
「きゃ!?」
「やぁ!!」
横ロールでの回避を遂行、無事成功するも、その切っ先は機体の爪先を刈り取った。装甲から内部構造を伝い、コックピットの中に絶えて久しい戦闘の音を響かせる。
「ちょっと奈緒!?」
『悪い!!』
「……ぃいきてる?」
今度は蟷螂の視覚から外れたと同時、横ロールの勢いそのままに敵の背中へ機体を捻り滑り込ませる。
無駄な慣性を推進器で無理矢理に殺し、かかるGの最中そのままアサルトモードのブラスター、同時にインパクトカノンを叩き込む。
『そらそらそらそらァ!』
追撃、追撃、追撃。
旋回し、加速し、すれ違い蟷螂の殺意を交わしながら絶えること無い射撃で頭を焼き、羽を焼き、命を削り取っていく。
『もらったッ!』
鎌による一撃を置き去りにし、蟷螂の右手側へ抜ける。そのまま反転し抉り込むような機動で肉薄、右腕の付け根に集中的な攻撃を加え、細い器官で繋がれた鎌の一つをもぎ取る。
「バカっ!回避っ!」
だが、調子に乗りすぎた。
アラームがけたたましい警告音を鳴り響かせ、脅威の接近を確かに伝える。
レーダーには五つほどのエネミーマーカーが左手後方からの突撃を伝える。先ほど全て振り切ったつもりになっていたが、その一部がなんとかこちらを捉えて来たのだろう。
『ちいっ!』
即座に離脱し、ブラスターによる迎撃を行う。数が数。迎撃は難無く成功し、爆発の光輪が五つ咲く。
だが不意を付いた強襲は、確かに判断を鈍らせた。
気付いたときには遅く、ぎらつく刃が側面から襲いかかっており、今まさにこちらの機体を刈り取らんとしている。
回避は、間に合わない。
『でぇりゃあああああぁッ!』
乙女に似合わぬ雄叫びに、頭を引っ掻く金属の擦過音が続く。
激突する刃と刃。擦れ合う刃と刃。
刀と鎌。
有り余る蟷螂の膂力をブースターの推力とフレームの強靭で受け止める。設計外の圧力を受け、機体の骨組みたるフレームが軋む音を立てる。
『これでお前はノーガードッ……かかったな!』
「嘘つけ」
『こまけえ事ァまとめてぶっ飛ばぁす!!』
ジェネレータに働きかけ、全ての武装へのエネルギー供給を開始させる。
『インパクトカノン!!』
腰部のパーツが変形し、その銃口を蟷螂へ。
『コンパクトバズーカ!!』
本来手持ちであるそれは、右肩越しから顔を覗かせ発射態勢に入る。
『スペースマイン!!』
脚部の投下装置が起動し、多数の機雷が指向性を持って放たれる。
『ガトリングレイ!!』
今度は左肩越し。六門の銃身を煌めかせる。
『ミサイルテンペスト!!』
脛のミサイルハッチが開口し、その弾頭が日の下に晒される。
『C.E.レーザー!!』
膝に在るレンズが輝きを増し、光熱を迸らせる。
機関最大。準備完了。
『全ッ───門ッ!!』
この瞬間に叩き込む、ありったけの最大火力。
『斉────射─ぁぁぁぁぁあああッ!!!』
正面のスクリーンが真っ白な光に包まれる。
機体の全身から鳴り止まぬ駆動音。
着弾の音は聞こえずとも、その威力を推し量るには十分な迫力があった。
爆風を、光線を、光弾の全てを直撃させられた蟷螂がその体を焼き散らしながら吹き飛ばされた。
しかし、蟷螂は息絶えない。
それどころか、各部を見れば体組織が再生しつつあるのが確認できる。
『これで倒せるとは思っちゃいねぇ!』
「でも、トドメだよ」
『いくぞ!?』
「いかなくてどうすんの!」
『だよなァ!!』
『司令部!ビッグ・ウェポン要請!!』
『繰り返す、ビッグ・ウェポン要請!!』
部屋の中央に据えられた巨大スクリーン。
そこに映される戦闘の様子をその場の全員が固唾を飲んで見守る中、不意にオペレーターを勤めるちひろが叫ぶ。
「戦闘領域よりビッグ・ウェポンの要請!!」
「遅おおおおおおおおおおおいッ!」
待ちくたびれたその言葉に、思わず雄叫びが上がる。
「ビッグ・ウェポン、プロテクトの解除を開始せよ!!」
「了解!」
その声と共にちひろが手元のキーボードを叩き始め、ディスプレイに対応した文字列が浮かび上がり直ぐに隠される。
全六十八字からなるパスコード入力。これこそが”ビッグ・ウェポン”を封じ込める三つのプロテクトを解除する一歩である。
今の今までこの入力に失敗した例は存在しない。
しかし、いつになってもこの──これからの一連の展開は奇妙な緊張感に襲われる。
「第一プロテクト……解除!」
そんな不安を吹き飛ばすように、一秒に満たぬ間にコードは確認されディスプレイにその旨が表示される。
「乙型三号機からのコードを確認……認証完了!」
次に、要請側からの三十二文字のパスコード。
「第ニプロテクト、解除!」
そして、最後のプロテクト。
その鍵を握るのは──
「ガバナー!」
「よし!」
──私自身だ。
目の前の床がせり上がり、六角形の台座を顕現させる。
中央には掌の意匠が象られており、私が何をすべきかは明白だ。
そこに手を乗せると、大スクリーンにおびただしい数の情報言語が流れては消え、また流れていく。
静寂が場を支配する数秒間。自らの心音が聞こえてくる錯覚すら覚えた。
───complete───
「第三プロテクト……解除!!」
「ビッグ・ウェポン弐式、転送せよッ!!」
「了解!…対象に座標データを送信するわ!」
『十秒後に転送するわ、座標データはもう送ってある筈』
右操縦桿の横に備え付けられた通信機からマキノさんの凛とした声を聞く。いつもの台詞に緊張が解れるのを感じ、額の汗を拭う。
宇宙空間における三次元に対応したマップに本部か、送信された座標データが表示される。
『いい仕事をする』
全くだ。機体の真正面を示すその表示に無言の返事を返す。あまりの正確ぶりに思わず笑みがこぼれ、えもいわれぬ安心感が湧き上がった。
「びっぐ……?」
「……えっ?」
一瞬それを言葉だとは理解できず、返事よりも先に間抜けな顔を卯月に晒すことになってしまった。思わず聞き流してしまいそうな掠れた声、おそらくは激しい機動の連続で物を理解する暇が無く、ようやく紡いだ言葉がそれなのだろう。どこを見るともなく虚空を眺める瞳と、力無く半開きにされた口は彼女の有り様を確かに伝えていた。
「そう、ビッグ・ウェポン」
一文字づつ伝えるように、その安直なネーミングを口にする。それ以上を続けるには五秒という時間は短すぎた。
不意に目の前の空間が砕け、歪な穴が空く。中に色とりどりのまだら模様を覗かせ、闇の一角を照らし出す。この機体が抜けてきた物と比べるまでもない大きさを誇るそれから、ビッグ・ウェポンのその一端を露わにさせた。
『ぉぉおおおおおおお!!!』
細い棒状のそれを両手で握り、雄叫びとともに引き抜いていく。秒間毎にその姿が曝され、秒間毎にその凄まじさを見る者に伝えた。
「おっきい……」
耳元から聞こえる率直な感想。
そりゃあ、ビッグだし。
「おっ…き………」
「おっ……」
「おおき……」
「おっきい!?」
「驚きすぎでしょ」
『当然だ!伊達に”ビッグ”を名乗っていない!!』
『ビッグ・ウェポン弐式、
”アルマゲドン・ハンマー”!!
全長約五十メートル!使いようでは月すら砕きかねん代物だ!!』
いやに誇らしげなプロデューサーの声が耳朶を打つ。
『凛!奈緒!…ぶちかませぇッ!!』
熱い発破を受けて、こちらのテンションは最高潮に達した。
『了ッ、解ぃ!!』
「識別完了!ジェネレータ出力、リミッター解除LEVEL.2!!」
『グラビティマグネット!!最大出力!!』
機体の各所から紫電が駆け、退却を図る蟷螂を捉え強大な引力でその巨体を引き寄せた。
「ロケットブースター、点火!!」
ハンマーの巨大な頭に装備されたロケットブースターが火を噴き、アイドリングを開始する。
同時に機体の推進器が起動し蟷螂に対しての最後の加速を開始した。
「インパクター、展開!!」
打撃を担う面の装甲が展開し、その打撃をさらなる物とすべく隙間から充填されたエネルギーを迸らせた。
「行けえッ!!奈ああああ緒おおおおッ!!」
『うおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
引き寄せられる蟷螂と尚も加速を続ける機体とが猛烈な勢いで相対距離を縮めていく。
鎚に備えられたロケットブースターがその真価を発揮し、その威力を絶対的な物に跳ね上げる。
『一ッ!!!』
『撃ッ!!!』
『粉ッ!!!』
『さあああああああああい!!!』
瞬間的に音速をも突破した数万トンもの質量。その絶対的な破壊力はその体で受けきるには余りに強大だった。ビッグ・ウェポンの直撃を受けた蟷螂は、一秒と堪える事なく単純な運動エネルギーのみで細切れにされ、二度と再生する事は無い。
周囲に浮かぶ不気味な残骸に混じり、砕かれた核が細々と紫色に煌めいてどこか幻想的な風景を作り出す。
振り抜かれ、その運動エネルギーの行き場をなくした鎚が機体ごと高速で回転する
勢いにもまれながらもスラスターの力で回転力を相殺したのは、それから何秒後の出来事であったか。
『っ……ふぅ…敵の増援はありそうか?』
明らかな疲労をそのため息に混じらせながら、奈緒がわかりきった事を聞く。
『ありません。座標の再計算を行うので少しその場で待機していて下さい』
「りょーかい……」
形式的に纏められた報告。機械的なまでに簡潔なそれに確かな安堵を覚え、緊張の解放からか気の抜けた返事をしてしまう。
「疲れた……」
『五体くらいしか相手してないぞ?』
「奈緒があんな無茶するからでしょ……サポート大変だったよ」
「ねぇ卯月?怖かったよね?」
「う、うん……奈緒ちゃん、すごかった……」
『あ…悪い…乱暴にしすぎたか…』
「いやまあ、いつも通りって言ったらそうなんだけどさ…」
「…でも、奈緒ちゃんがあんなに激しかったなんて…」
「……あー、それは…」
『言っとくが、あれがあたしの本性だとか、そんなんじゃないからな』
「えっ……?」
「……うーん、説明していいものかな」
『取り敢えず、Pさんの許可をもらわなきゃあ』
「…ここまで目撃されちゃあ関係ない気がしないでも」
『だーめーだ、いろいろデリケートなんだから』
「……わかった。今日は疲れたし、どっちにしろ今はやめた」
「……なんか、大変そうだね…」
「今日は楽な方……って言えるのは、こっちの感覚が狂ってるからなのかな…」
『違いない』
『座標の計算完了しました。十五秒後に転送を開始します』
「了解」
『了解』
『なんか、いつにも増して愛想悪いなぁ…』
「怒ってるんでしょ」
『爪先しか壊れてねぇぞ?』
「フレームの損耗って、結構バカにならないそうだよ」
『まじか…』
「帰ったらもう一疲れだね」
『……っくしょー……次からは薬無しで行くか……』
「今日は急ぎだからしょうがないと言えばそれまでだけど」
「お薬使ってるの?」
『さっきのと絡めて、まだ言えない』
「そっか……」
『悪いな……秘密ってもの忍びないんだが…』
「……そろそろだよ、準備して」
「準備?」
「……心構え、かな」
「え……?……うわあっ!?」
広大な宇宙空間から戻り、対照的に密閉された部屋に出た。共通して言えることと言えば、冷たさを感じることくらいのものだ。
もっとも、その冷たさの性質は全く違うものではあるし、ここには決して宇宙空間には存在しない物がある。
ビューモニターにはこちらを出迎える人々の笑顔が映り、勝利に喜ぶ声が装甲越しでも聞こえた。
ろくな塗装も施されていない無機質で冷たい床も、そこに人の心がが在れば帰るべき家になる。
見れば油汚れの目立つツナギに身を包み、見れば眼鏡の下に隈を作っている。
私達は彼等を守るために戦って、彼等も人のために戦っている。
そう思わせるには十分すぎる物があった。
頭に感じる揺さぶられたような感覚を振り払って、コックピットのハッチを開放する。密閉された狭い空間に新たな空気が流れ込み、また一つ勝利を収めたのだと語りかけてくれる。人々の熱気と優しさを自らの肌で感じ、胸に暖かい物がこみ上げてくるのを感じた。
せめてもの報いになればとアイドル業で培われた精一杯の笑顔を振りまくと彼等は満足してくれたらしく、よりいっそうの喝采が上がった。
「お疲れさまです!」
喜びと、緊張と、羨望が入り混じった声で新人の整備士が言う。
「いやそんな、舞台が違うだけで戦っているのは皆同じです」
「だから、そう堅苦しい言い方しなくても……佐藤さん?」
年上にこんな態度をされるのは正直なんだかむず痒い。大人びているとは言われるれど、こちらとまだ十五の子供だ。
「…………っ」
そう言ったはいいが、それっきり佐藤さんは少し固まってしまった。そう言われて実行できる物ではないのか……
「おい、聞いたか」
「…………」
「今おれ……」
「凛ちゃんに名前を呼んで貰ったぞおお!」
「このやろう!」
「羨ましい奴!」
仲間に向き返り喜びを発散する彼を、周りの仲間があれやこれやと騒ぎ立てる。どうやら私の考えすぎで、彼は思ったよりも単純らしい。
私が一パイロットから、一アイドルへと戻ってきた瞬間だった。
「……あれ?卯月?」
コックピットのハッチを開けて少し足ったが、一向に卯月が中から出てくる気配がない。
「卯月ちゃんも!?」
「そう、…中にいるはずなんですけど…」
興奮気味の声を片手間の返事で受け流し、足場代わりになっているハッチを伝いコックピットの中を覗き込む。
「…………」
「大丈夫?」
「………ぅん」
どこがだ。
全ての体重はシートに寄りかからせ、手足は力無く投げ出されている。俯いているのでその表情は見ることが出来ないが、その風体だけでも卯月に元気が無いのは一目瞭然だ。
衝撃的な出来事の連続に激しい戦闘機動、その上初めての亜空間転送となれば、こうなるのも仕方は無いのか。
「ほら、肩貸すから。立てる?」
「ぁりが、と…ぅ」
159cmの体を肩で支え込み、半ば運ぶようにしてコックピットから引きずり出す。
「大丈夫?顔青ざめてるよ?」
「…………」
力無い無言が何よりの返事だった。
意地を張ることすらせず、ただこちらに全てを委ねているかのような感じがする。仕方ないからベッドにでも寝かせておいて、回復を待つとしよう。
「……ぉぇ」
「………っ!」
耳元から確かに聞こえた嗚咽に背筋が硬直した。
さらに追い打ちをかけるように卯月が続ける
「あたまがぐらぐらする……」
「胃の中がぐるぐるする……」
「喉の奥に、酸っぱい物が…」
「卯月!?だめ!!」
せめて、もっと人気のないところで!仮にもアイドルが公衆の面前で嘔吐とか、やっちゃ駄目だよ!
「うっぷ……」
「凛ちゃん……ご、めん……」
「卯月!?堪えて!!」
「お願い!!卯月ぃ!!」
「……ぉう」
「卯月いいいいいい!!」
to be continue...
次回予告
我等が誇る超一流芸能事務所C.G.プロダクション
しかし、それは単なる表の顔でしかなかった!
一人地下室に呼び出された島村卯月。
待ちかまえていた千川ちひろ、渋谷凛、本田未央、そしてプロデューサー。
重苦しい沈黙の中、C.G.プロダクションプロデューサー、ついにその真実のヴェールを脱ぐ!!
次回『C.G.』
島村卯月、何を思う……
早速見つかった設定の矛盾に戦々恐々しつつ。
次回は出来るだけ日常パートに力を入れたいなぁ……
ところで、年号減らしちゃだめ?
話がよく分からんから、もう少し読みやすくしてくれると有り難い
どういう意味かによるけど
支点変更まわりとか?
設定は次回ざっと説明するけど
SSならではの地の文とキャラのセリフが入り書き方が(固有名詞もあるんで)入り組んでるようで掴み難いってだけ
一気に投下してくれると嬉しい
>>39 大体わかった。
>>40 心掛ける……としか言えない自分が情けねぇ
日常パートなら半台本形式にすることで対応できるけど、戦闘描写が入ってくると……
それこそ書きためてドン、とかしないとキツい
次回の更新は明日か、最悪明後日以降になりそう
更新自体はそっちのペースでいいからね
読者はクールに待つぜ
第二話:C.G.
7月26日 晴れ
「ほっ…ほっ……」
ペダルを漕ぐ度に微かなチェーンの音が耳をくすぐる。危ないからあんまり速度は出せないけれど、それでも汗を冷やす風は気持ち良い。
澄んだ空に大きな入道雲、都内でも聞こえる蝉の声、陽炎が揺らぐ景色、じっとり汗ばむ半袖に、倒壊したビル、割れたアスファルト……
いつも通り、普通の日常……
(なわけないよね……)
一人、ため息をつく。
あの日起こった出来事はもしかしたら夢なんじゃないかと思うほどに衝撃的で、一晩寝たら全部無くなっているんじゃないかなんて。
けれども凄惨な災禍の後や淡々としたニュースキャスターは、無慈悲なまでに私に現実を叩き付けた。
(せめて他人事だったらなぁ……)
不謹慎だって、わかってる。
でも昨日まで隣で笑っていた友人が直接的なまでに関わっているという事実は予想外にきつい。
乱立する建物の中に、ひときわ目立つ存在がある。
CG(シンデレラガールズ)プロダクション。
私達の夢が集う場所。
隣に併設された駐輪場にわずかな隙間を見つけて、自転車を滑り込ませる。事務所の影になるそこはひんやりと冷たくて、少しその場で休憩したくなる。
(ダメダメ、ちゃんとしなくちゃ……)
別に時間に余裕がない訳じゃないけど……そもそも、中でクーラーに当たった方が気持ち良いに決まってるじゃん。
ふらつく脚に気合いを入れて、事務所の引き戸を開けて中に入る。中から外とは比べものにならないくらいひんやりした空気が肌を撫でる。
「おはようございます」
だるさに負けないよう精一杯大きな声で、それでまちょっぴり情けない挨拶を事務所の中に投げかけて私の一日は始まるのだ。
「おはようございます」
屈託のない笑みでちひろさんが返す。
昨日のこともあり、反射的に背筋が張った。
「どうかしましたか?」
(わかってるくせに……)
ちょっとした意地悪に覚えた反発を噛み締めて、こちらも当たり障りのない返事を返しておく。
「しまむーおっはよー!」
「うひゃう!?」
突如背後から突き抜けるような挨拶が飛び出した。
「あれ、びっくりした?」
「うん……」
「あはは、ごめんごめん」
「…………」
ふと、未央ちゃんの顔をじっと見つめる。
「な、なに?しまむー」
(未央ちゃんは、あの事知ってるのかな……)
昨日関わっていた人達は多くが私にとって親しい人達だった。ロボットから降りたときにいた人達はその限りじゃないけど、そらでも見たことのある人も中にはいた。
(もしかしたら、未央ちゃんも……)
そうだとしたら一大事だ。同じNGの中で私だけはぶられていたことになる。
そうじゃなくても一大事だ。凛ちゃんは私達に隠し事をしてたことになるんだから。
「そ、そんなに見つめられるとちょっと恥ずかしいかも……」
「あっ……ごめん!」
「いやぁ、しまむーが私のこと狙ってるんじゃないかって……」
「それは無いよー」
「んん?それはどういう意味かなー?」
「私ってそんな、魅力無い?」
「もう、未央ちゃんっ……」
「あはは、ごめんごめん」
他愛のない話をしながらゆっくりと時間は過ぎていく。いつもの笑顔、いつもの風景、いつもの未央ちゃん。
なんでもないはずなのに、話の話題を考える片隅では疑念がくすぶって気が気じゃない。
「おはようございます」
「っ!」
「おはよー!」
「おはよう、ございます……」
白いYシャツに濃紺のズボン、四角いメガネを身に付けたプロデューサー。
「こんなに暑いのに元気だな」
「まあね!もしかしたら太陽パワーを吸収してるのかも?」
「植物みたいだなぁ」
「これがホントの植物人間?」
「ははは、不謹慎だぞー」
(ギャップすごすぎ……)
昨日ノリノリで指示を出していた人と同一人物だとは思えない。あっちは肉食なイメージがあったけど、今のプロデューサーこそ植物みたい。
「どうした卯月、元気がないぞ?」
「え…あはは……」
頑張って笑顔を作るけど、引きつっているのが自分でもわかる。
(わざとだよね?絶対わざとやってるよね?)
「まぁ、今日は暑いしな」
メガネの奥の瞳が悪戯っぽく輝いた気がした。
「何があったかはわからないけど、元気出せよ?」
白々しい。驚くほど白々しい。
「まぁ、それとは別に話があるんだ」
「え?」
(十中八九昨日のことだよね…)
「売れっ子アイドルと敏腕プロデューサー、禁断の密会…」
「未央、レッスン増やそうか」
「ええ!?じょ、じょーだんだよ……」
「じゃあ未央ちゃんは退散しますねー」
「……それじゃ、こっちの部屋に来て貰おうか」
急に低くなった声音に緊張しながら、会議室の扉が開け放たれる。後ろを振り返ると、いつの間にかちひろさんがいなくなっていた。
「……どうした?」
「……あ、なんでもありません」
声に押しつぶされそうになり、萎縮してしまった。
中に入って、扉を閉める。
プロデューサーはだんまりで、音が何もしないから軋む扉の音がいやに目立った。
プロデューサーがメガネを外す。
「さて、………卯月」
「ひゃい!!」
「話というのは他でもない。昨日のことだ」
(うわあ、スイッチ入ってる……)
(本当に同一人物……?)
「本当なら忘れておけと言いたい所だが……見られてしまったものは仕方がない」
「全ての真実を話そう」
そう言って壁に向き直り、なんの変哲もない白い壁に手を押しつける。
(いやまさか……)
いつか映画か何かで観た光景を思い出して、目の前の光景に重ね合わせる。
どこからか電子音が鳴った。
次に物々しい音が響いて──
「………よし、入れ」
壁が開いて、中から鉄の扉が現れた。まじか。
「地下につながるエレベーターだ、長いぞ」
鉄の冷たさを肌に感じながら、エレベーターは駆動音を鳴らし始めた。外は見えなくて、電光板の表示だけが小箱の移動伝える。
荘厳な雰囲気を醸し出すプロデューサーと重厚な鉄に挟まれて、体が縮んでしまうような錯覚すら覚えた。
(早くつかないかなぁ……)
気は長い方だって自負してるけど、さすがにこの空間にいつまでも居たいとは思えない。
ベルを鳴らしたような甲高い音。
数分か、数十秒か。どれぐらい経っていたのかわからないけど、ようやく目的地に着いたようだった。
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