藤原肇「夜空に浮かぶ、星のように」 (24)
モバマスSSです
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つい先程まで歩いていた通り。
時間が余ったからと立ち寄った、お洒落なカフェ。
思わず見上げてしまった、ビルの群れ。
それらも霞むほどに、私達は空へと近づこうとしています。
「わぁ……ほら、見てください、――さん」
まるで空を飛んでいるみたい、なんて。
「……そうだな」
小さなガラスの箱に、私と彼と、二人きり。
まるで巨人の肩に乗ったみたいに。
今ならどこまでも、どこまでも見渡せるんじゃないかと思う程でした。
「ふふ……素敵ですね」
見上げれば、果てしなく続く空。
足元には、いくつもの大きな、けれど小さなビル。
きっと夜には、天の川のようにきらきらと輝く夜景が見られるのかな。
「こうしてずっと、遠くを見ていると……なんだか、心が晴れる気がします」
憧れていた、都会の空。
少しだけくすんでいるけれど、どこまでも高く、広がる空。
ずいぶん遠い場所に来てしまったのかな、と少しだけ不安な気持ちが生まれるけれど。
誰かさんと一緒にいるから、大丈夫だって。
ずっと、まっすぐ前を向いていられるんだって。
やっぱり恥ずかしいので、鍵をかけて、そっと心の中にしまっておきます。
まだまだ登ってゆく、ガラスの箱。
まるでお人形のショーケースみたい。
もちろん、隣には……ふふ。
「……どうした?」
「いえ……とてもロマンチックで、素敵だなって」
なんて笑ってみるけれど。
「本来は……外から見えるようにするのが目的だがな」
外から見えるから事件が起こりにくい、だなんて。
「むぅ……」
もっとロマンチックに考えましょうよ、と訴えかけてみるけれど。
今でも十分ロマンチックだろ、と笑うばかりでした。
ゆるやかに減速し始める、ガラスケース。
本当に、この手も天に届くようなほど、高い空に来てしまいました。
私のふるさとも見えないかな、なんて思ったけれど。
「……どうした?」
笑われるのはなんだか不服なので、これも心の中へ。
なんでもありません、と笑っておきます。
「――さん」
今、私には何が見えていると思いますか。
じっと、考えたような素振りをして。
「何を見ているか、何が見えるかは……肇次第、だろう」
ずるいなぁ、と思ったけれど、それも正解にしてあげます。
何だそれは、と苦笑いをされてしまいました。
立ち並んでいた中でも、一番高いビルの、一番上の階。
ガラス張りの大きな広間が、今日の会場でした。
主催の方に案内をしてもらいながら、楽屋代わりの部屋へと通されて。
一旦荷物を置いてから、打ち合わせに出るようです。
「そういえば……式典のリストだが、見ておくか?」
今日のお仕事は、式典でのステージ。
主催の方が出身とのことで、岡山に所縁のある方々が呼ばれていて。
それで、私にもお話が来たそうです。
「……本当に、凄い方々なんですね」
「ああ……実業家、芸術家、とにかく一流と呼ばれる面々だそうだ」
確かに、私でも知っている有名な名前がちらほら。
こんな中での、私のステージ。
「……不安か」
すぐに、心の中を見抜かれてしまって。
やっぱり筒抜けなんですね。
「……大丈夫です」
私は、私ですから。
どんな場所でも、私らしく。
「足は……すくんでませんよ」
「そうか」
ならいいんだ、と笑ってくれて。
ぽふん。
「あ、あの」
大丈夫だぞ、と笑ってくれるけれど。
頭を撫でられるのは、やっぱり恥ずかしいな。
「駄目だったか?」
「……いえ。もう少しだけ」
打ち合わせもリハも終えて、衣装を身に纏って。
「いつでも、大丈夫です」
そうか、もうすぐだぞ、と言う彼自身も、震えているのが分かりました。
少しだけ深呼吸をして、彼の手を握ります。
「あなたが緊張してどうするんですか、――さん」
だから、笑ってください。
頑張れって、私の背中を押してください。
「私を……星にしてください」
夜空に、鮮明に浮かぶ星に。
いつだって私を輝かせるのは、他の誰でもない。
あなたなんですから。
照明が落ちて、私の出番。
舞台に立ってスポットを浴びると、いつものライブとはやはり違うけれど。
皆が見ているんだな、と感じます。
ステージからの三方は、ガラス張りになっていて。
まるで、夜空に包まれているかのよう。
「皆さんこんばんは。藤原肇です。本日はこのような式典にお呼び頂き……」
夜の闇の中で、ただ一人。
光を浴びて、光を放つ。
「……それでは短い舞台ではありますが、最後までお付き合いください」
しっとりと流れだす、ピアノの旋律。
緊張を振り払うように、少しだけ胸を張って、言葉を紡ぎます。
遠い夜空に、ぼんやりと浮かぶいくつもの光。
今までに感じたことのないような冷たさがあるような気がして。
最初は、怖いなと思っていました。
けれど、それもまた。
ひとつの自然と捉えてみると、不思議と悪くないような気がします。
分からないからこそ、恐怖が生まれる。
あの頃の私のように。
だからこそ、私は。
もっともっと、知りたい。
都会の夜空も、アイドルの事も、あなたの気持ちも、何もかもを。
「ありがとうございました。次の曲が最後の曲となります」
イントロのメロディが、静かに、けれど力強く響きます。
「……遥か高くからの東京の景色は、どこまでも街並みが広がっていて」
思わず飛び出した声は、そのままマイクを伝って。
「あまりの広さに、なんだか飲み込まれてしまいそうな気さえします……っ」
気付けば、歌うタイミングを逃してしまいました。
それまでじっと聞いてくれていた皆さんが、どうしたのかな、とどよめきだして。
端の席に座っていた彼は、何をしているんだ、といった顔を少しだけ浮かべたけれど。
何かを閃いたように、裏方へと走って行くのが見えました。
それに答えるべく、しっかりと前を向いて。
「……この広い街の中で、私は迷子なんじゃないかって。時々、そう思うことがあります」
言葉を、続けます。
「けれどもこうやって、私が歩き続けていられるのは」
誰かの照らしてくれる光のおかげです。
それは友人や、家族や、ファンの皆さん……私を支えてくれる、皆さんの気持ちなのかなと思います。
私の進む道を、目の前のものを、心の中に渦巻く影を照らす、誰かの光。
だから……私は、どんなに広い場所でも、目指すべきものを見失わずに。
追い求めるものを見失わずに、歩いてゆけるのだと、思っています。
「……私も誰かを照らす、星になれたら」
夜空に、鮮明に浮かぶ星になれたなら。
「……?」
少しずつ、フェードアウトするラストソング。
この舞台の失敗を告げているのかな、と思いました。
ああ、やっぱりでしょうか。
どうして勝手なことをした、と怒られてしまうのかな。
でも、私は……。
曲が止まり、スポットが落ちて――
――突然かき鳴らされた爆音に、思わず飛び上がってしまいました。
駆け出しの頃から歌ってきた、アップテンポのナンバー。
肇ならきっとこういうのも歌えるだろう、と彼が薦めてくれた曲でした。
そうそう、いつかのライブのお仕事の時も、この曲を歌ったんだっけ。
昔からの憧れだった、アイドル。
彼女達からもらった熱意を、勇気を呼び覚ますような熱い気持ちが湧き上がるようでした。
もう一度、スポットライトが私を照らしてくれている。
迷うことは、ない。
「それでは、お聞きください――」
私の歌が。私の想いが。
誰かを照らす光になると願って。
私は、歌を歌うのでした。
鳴り止まない拍手は、やがてリズムを刻みます。
「ありがとうございます……それでは、もう一曲だけ」
スローテンポの、バラードに乗せて、歌詞をなぞります。
ゆるやかに、たゆたうように、夜の闇に身を委ねて。
不思議と、肩の力は抜けていました。
もしかしたら、これが私なんだと思えたからなのかも、しれません。
ステージから降りた私を待っていたのは、なんとも言えない顔をした彼でした。
「……お疲れ様」
「お疲れ様です、――さん」
あまり驚かせないでくれ、とだけ怒られました。
自分でもどうして、あんなことをしたのか不思議でたまりません。
けれど、そうしたかったから。
気付いた時には、もう後には戻れませんでしたし。
「あの曲、よく持ってきてましたね」
本当は、歌うはずのなかったナンバー。
今日のステージには合わないから、と真っ先に候補から外れたはずの曲でした。
「……こんなことがあるとも、分からないからな」
やっぱり、私の事を分かっているのかな、なんて。
頼もしいけれど、恥ずかしいような。
あれだけ高い空から見えていた小さな景色も、段々と大きくなって。
ガラスの箱は、二人を乗せて地上へ。
「……本当に、今日はどうなるかと思ったぞ」
「ふふ……ごめんなさい、――さん」
もっと言われるのかと思ったけれど、いいんだ、と笑ってくれました。
主催の方々からは、結果は良かったけれど、と苦笑い。
でも、私を呼んでよかった、と言ってもらえました。
結果オーライ……とは、あまり言えるような内容ではありませんけれど。
自分でも、胸を張っていいと思うことにします。
「だが……今までよりもずっと、肇らしいステージだった」
そうですか、そうだ、確認しあって。
「……だったらもっと褒めてください」
エレベーターを降りたらな、だなんて。
やっぱり、ロマンチックじゃないなぁ。
私、頑張ったんですからね。
「……そうだな」
あの舞台、怖かったんですよ。
「そうだな」
ちゃんと、聞いてますか?
「もちろん」
むぅ……。
だったら。
少しくらい、いいですよね。
「……褒めるだけじゃ、駄目ですからね」
私という星が、くすんだ夜空のなかでも鮮明に浮かんでいられるように。
もっと、もっと。
「もっと私を輝かせてください」
これからもずっと、一緒にいてください。
以上で終わりです
ありがとうございました
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いい雰囲気だった
乙
次も期待してる
乙
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