女「おはよーございまーす」
男「……」
女「あさですよー」
男「……」
女「起きないと悪戯しちゃうよー」
男「…………」
女「えっと……その……、白雪姫ごっことかしちゃうぞー」
男「…………」
女「こほん……で、では、目覚めの口づけを」
男「んあ、……あ、来てたんだ。おはよう」
女「おやすみなさい」
男「なにしにきたの?」
女「夜の挨拶をしに」
男「この季節の4時は夜に区分するのも怪しい時間だよ」
女「雲のせいでいつもより薄暗いから四捨五入で夜だよ」
男「雨が降って太陽が隠れていようとも朝は朝です」
女「あれれ? なんだか眠そうだね」
男「本気で言ってるなら近くの病院まで付き添ってあげる」
女「眠気覚ましがしたい? 仕方ないなぁ。遊んであげましょう」
男「立場がおかしい。その台詞は俺に言わせて。いや、言いたくないけどさ」
女「ここまでくればいつもの流れと思って観念しなさい」
男「ずうずうしく主導権を握ろうとしない」
女「けちんぼー、私の眠気覚ましに付き合ってよー」
男「徹夜したんでしょ? 睡魔に負けた方が健康的なのに」
女「じゃあ、眠くなるまでなにかしようよ」
男「眠くなることでもいい?」
女「いいよ」
男「読書をしよう」
女「ばっちこい」
*
男「……ほう」
女「……」
男「…………クスクス」
女「…………」
男「………………おー」
女「…………違う」
男「え? 読書だよ?」
女「なんで黙々と本を読まないといけないのよ。これじゃ読書にならないよ」
男「読書って黙読が一般的じゃないの?」
またお前か④
女「スキンシップをとりながらの読書じゃないと盛り上がらないでしょ!」
男「読書と盛り上がりの関係は水と油だと知りなさい」
女「読み聞かせをしましょう。はい、読んで」
男「俺がするの?」
女「そうだよ。読んで」
男「活字がずらっと並んでるようなものだと、俺も眠くなるからね……なにこれ」
女「赤ずきんちゃん。もしかして知らない?」
男「知ってるけども、なんでこの本が俺の家にあるの?」
女「私が持ち込みました」
男「いつのまに」
女「ジャックと豆の木の方がいい?」
男「あるんだ……」
女「男の本棚を間借りさせてもらってました」
男「それもいつのまに」
女「このあいだ部屋を掃除をしたときに」
男「やけに本棚の近くばかりいると思ってたら、そういうことだったのか」
女「赤ずきんちゃん、早くはやくー」
男「なんかさ、こういう児童向けの本って声に出すの恥ずかしいよね」
女「子供っぽいのはダメ?」
男「もうちょっと大人向けのがいいな」
女「じゃあ、えーと、あったあった。ヤンデルとグレーテル」
男「知らない。そんな血みどろ展開に踏み込みそうな物語、俺は知らない」
女「タイトルで決めつけるのはよくないよ。れっきとしたハートフルストーリーなんだよ」
男「登場人物を教えてもらっていい?」
女「パンくずで目くらましするヤンデル君とお父さんの斧を軽快に振り回すグレーテルちゃん」
男「題名のイメージそのまんまだった。むしろそれ予想以上に猟奇的だった」
女「ハートフルって心がほっこりする『heartful』じゃなくて、苦痛を与える意味の『hurtful』でして」
男「俺の本棚になにを混ぜてくれちゃってんの?」
女「ちなみに自信作です」
男「女が書いたんだ。思い付きそうなタイトルだと思ったけどさ」
女「三匹の子豚とのコラボを目指して書いたんだけど、どうにもうまくいかなくて」
男「鉄扉でもないかぎり籠城は無理でしょ」
女「うん。すぐにお夕飯エンドだった」
男「耳触りがすごく素敵だね。お夕飯エンド」
女「そうかな? 子供二人に子豚がりょう」
男「言わなくていいです。終わりは想像できてるんで」
女「読み聞かせだから童話ベースがいいと思うんだ」
男「ベースのままじゃダメなの? 改変以外じゃ受け付けないの?」
女「なんかね、足りない」
男「足りてると思う」
女「刺激が」
男「原作の刺激が強かったから大幅改稿されたんだよ。編集者の気持ちを汲み取って」
女「そんなこと言ってたら、なにも読んでもらえないよ……」
男「これから寝ることを前提にした本選びをするべきだと思う」
女「マッチ売りの少女」
男「ちょっと暗くない?」
女「ばーさす」
男「また戦うの?」
女「赤ずきんちゃん」
男「赤ずきんちゃん?!」
女「マッチと猟銃が交差するとき、新たな炎が光を燈す」
男「10:0でマッチ売りが負けるよ」
女「分からないよ? 流行で人気の散弾銃が相手だったら辛いかもしれないけど」
男「飛び道具とマッチを戦わせる時点で八百長疑惑だからね」
女「仕方ないなぁ、猟銃からワイン瓶にランクを下げます」
男「マッチ売りの装備に触れてあげてよ。じゃなくて戦わせる必要ないから」
女「どんなのだったら読んでくれるの?」
男「妥協点が見つからなさすぎてちょっと焦ってます」
女「ばかちんがあ」
男「……もう一回」
女「ばかちんがあ」
男「素晴らしいと思う。その言葉」
女「ばかちんがあ」
男「子守唄にできるね」
女「それより本を探そうよ。童話あきらめるからさ」
男「寝る前に読める本ねえ……あったかなあ」
女「天の川チックで夏冬の大三角形調のスターダストストーリーはないの?」
男「表現が壮大すぎてピンとこない」
女「お星さま関係のが好みということです」
男「宮沢賢治の銀河鉄道の夜なら」
女「読んだ」
男「え?」
女「何回も読んだ。沢山読み返した」
男「勉強は苦手なのに本は好きだよね」
女「それはだって本は面白いもの。テストに出る評論は苦手だけど、物語は好きよ」
男「たまに好き嫌いする乱読家とばかりに見てた」
女「違う違う。作者の中で練られたストーリーが大好物なの」
男「へー、そうなんだ」
女「異世界を旅するファンタジーは、夢を見せてくれるのよ」
女「見たことのない土地、知らない言語、出会い、別れ、出発、帰還」
女「忘れかけていた他人との繋がりを、主人公が異種の生命体と関わることで思い出させてくれるわ」
女「ミステリーはドッキドキ。子供向けのシンプルなお話は、時間経過で謎を解くパズルを思わせるよね」
女「大人向けの難しいお話は、頭からお尻まで細かいパーツがずらっと揃ってるの」
女「本を開けると腕時計の部品がバラバラとこぼれてきて、最初は少し慌てちゃう感じ」
女「ゆっくり時間をかけて組み直しの作業に没頭しても、複雑に絡む三次元構造に素人はお手上げの白旗よ」
女「物語終盤でタネ明しをされてようやく腕時計が動き出すけど、それでもまだ全部終わってないの」
女「時計を使えるようにするのは、現在時刻に合わせる必要があるよね。それが大事なエピローグ部分」
女「そこまで丁寧に読むと、ようやく腕時計の本当の価値が理解できるのよ!」
女「私の中でのファンタジーは、ブルーベリーを乗せた甘酸っぱいチーズケーキ」
女「ミステリーはさしずめ、苦みの利いた微糖の珈琲ね」
女「食べ合わせが悪いなんて思う人がいるかもしれないけれど、苦みと甘みはお互いの味を引き立てあうの」
女「だからね、是非ともそれぞれの味をこのはく――」
男「誰のファンかはよく分かりました。人名まで踏み込んだらアウトです」
女「はい」
男「本は探さないの?」
女「探すにしても男の本棚って大体全部読み終わっちゃってるし……」
男「一冊も貸した記憶が無いけど、触れないでおこう」
女「好んで読んでるレーベルってないの?」
男「あるけども基本的に作者買いだよ」
女「出版社の枠に囚われないんだ」
男「作家を応援すれば企業が潤うわけだからね」
女「スポーツで例えると、チームじゃなくて個人のファン?」
男「そうそう。女は?」
女「私は特定のジャンルを漁るだけだよ。タイトルと背表紙の内容紹介で一目惚れがほとんど」
男「それするとたまにハズレを引いちゃったりするよね」
女「まともな小説を書いたことが一度でもあるの?」
男「……おや?」
女「他人の文章にケチをつけられるような18万文字ないし20万文字を書き綴ったことがありますか?」
男「いえ、ありません……」
女「落書きしか書けないくせにケチつけないで!!」
男「すみませんでした。これからは口に気を付けます」
男「それと落書き呼ばわりはやめてください。本人あれでも真剣なんです」
女「男の本棚はいいのない」
男「そろそろ新しいの入れようかな」
女「雨さえ降ってなければお外で遊べたんだけどなぁ」
男「買い物して家で時間つぶす?」
女「やっぱりそれしかないかー」
男「いいじゃん、行こうよ。本屋」
女「本屋さん行ったらお昼食べてお昼寝?」
男「女がそのときに眠くなっていればね」
女「なってなかったらどうするの?」
男「読書をしよう」
女「ばっちこい」
おわり
相変わらずの安定シリーズだーね
好きよコレ
新作来てた
この緩い雰囲気大好物です( ´∀`)
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