響「歩くスピードで近づこう」 (24)
自分の部屋の窓辺にずっと、置きっぱなしの金魚鉢がある。
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※ 大半が一人称地の文です。
※ 長くありません。短いです。
※ 一目瞭然ですが、元ネタは最後に。
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いつだったか貴音が、自分の部屋に持ってきたやつだ。
犬にハムスター、鳥にヘビ、はてはワニまで飼ってるのに
魚の一匹もいないのはおかしいっていうのが貴音の主張で、
コミュニケーションが取りづらいから好きじゃないっていう自分と意見が合わなかったっけ。
結局のところ金魚鉢は、守るべき主を迎え入れることなく
水すら張られることもないまま、窓辺にひっそり陣取っている。
それを持ってきた貴音がここにやってくることもなくなって、それっきりだ。
四条貴音の突然の失踪は、世界のうちごく狭い範囲には
この世の終わりを告げるがごとき衝撃をもたらし、
そしてそれ以外のいわゆる世間一般では
ごくありふれたニュースの一つとして受け入れられた。
データも公約も年金もすぐに消える昨今、
弾けては消える泡沫のような売り出し中のアイドルが
一人いなくなったところで大して騒がれるものでもなく、
一週間もすればほとんど誰もがそんな話題を忘れた。
別れにはいろんな言葉がつきものだ。
じゃあね、それでは、お疲れ様、さよなら、バイバイ、ありがとう。
思えば最初からそうだった。
貴音は今まで一度だって自分に、また今度、とかまた明日、って言わなかった。
どうしてもひとりになりたくなって、
馴染みのペットホテルに家族みんなを預かってもらって。
でもいざひとりになってみると、
がらんとして見える自分の部屋と、
がらんとしている自分の心が重なるようで、
よけいにやってられなくなった。
部屋を飛び出してふらふらと歩く。行くあてなんかどこにもない。
ゆるく波打つあの銀色を目にした気がして心臓がたたらを踏み、
よくよく見たらコンビニの雑誌棚に並ぶ、口さがないゴシップ誌の表紙だったりして。
中心とする軸をなくして、あっちへこっちへふらふらと。
どっちが月だかわかりゃしない。
ここのところのお仕事は、すべて断ってもらっていた。
最初は気を使ってくれてたプロデューサーも、連絡をあまりくれなくなった。
そりゃあそうだ、自分は勝手な都合で仕事をサボってるただのアイドルで、
プロデューサーはほかにもたくさんのアイドルを担当してる売れっ子なんだから。
ここでプロデューサーのことを売れっ子と呼ぶのが、正しいかどうかは知らないけど。
春の宵は風もそこそこ優しくぬるくなって、
コートを着てなくても寒くは感じないけど。
自分の心に埋めようのない穴がぽっかり空いて、
そこを風が抜けていく錯覚を感じる。
目線を上げたら煌々と輝く月と目が合った。
ほとんど満月に見えるくらい、丸く膨れ上がった立派な月。
すぐに見ていられなくなって、自分は月から目をそらした。
思い出してしまうから。
どうしても、銀色の、しゅっと背の高い、
自分の大好きだったお月様を思い出してしまうから。
貴音がもし今隣にいたら、あれはなに月というのですよ、
と教えてくれただろう、ってことを、ただぼんやりと考えた。
部屋に帰っても誰が出迎えてくれるわけでもない。
自分が好き好んで家族をホテルに缶詰にしたんだから当然だ。
ぼーっとしていて夕食を食べることも忘れていた。
まぁ、一日くらい抜いたって、どうってこともないだろう。
何も考えずただ機械的に、鍵を回してドアを開ける。
誰もいない真っ暗な部屋の中で、窓辺の金魚鉢が光っていた。
なんとなく近寄ってみる。水だ。水が張ってある。今まで気づきもしなかった。
さっきの光は、その水面に、あの丸い月が浮いているんだ。
自分の歩く振動が伝わって、月が細かく震えている。
ゆらゆらと、ふるふると、小さな波に乱されるように。
歩みを止めて、水面の波は止まったのに、水鏡の月がまだゆれている。
どうしてだろう。どうして、この月はまだにじんでゆれているんだろう?
…ああ、そうか、そういうことか。
自分が泣いているからだ。
自分が独り占めにしていたかったのは、こんな鏡の月じゃない。
もっと、あたたかで、はかなくて、やさしくて、さびしげで、銀色に輝くお月様。
お月様に見捨てられた自分には、幻の月すら似合わない。
この金魚鉢も、自分も、中途半端に中身を入れずに、空っぽにしてしまうべきなんだ。
衝動的にかがみこんで、鉢を持ち上げようとした。
小さな封筒がひらりと落ちた。鉢の底に、貼り付けてあった?
水を張ったのもおそらく同じとき。誰がいったいこんなことを?
考えるまでもなかった。自分は急いで封を切って、中身の便箋を取り出した。
響
何も告げずにお別れすることを、どうかお許しください。
これはわたくしの勝手な都合であり、ぷろでゅーさー殿や事務所の皆、
それにもちろん響、貴女にも、非があるようなことではございません。
できることなら貴女にも皆にも、きちんとお別れをした上で発ちたかったのですが、
急な話ゆえ、それも叶いませんでした。許されることではないとわかっております。
あまり詳しいことは申せません。重ね重ねお詫びします。
ただ、これだけは約束します。これが今生の別れではありません。
ですから、響。
また、きっと、いつか、どこかで。
四条貴音
忘れられるかもって、思ったのに。
振り切ることができるかも、って、思ったのに。
「バカ」
「バカだなぁ、貴音は」
「本当、に、貴音は、最後まで、マイペースで!」
「こんな、こんなウソで、自分が、だませると、でも」
「ずいぶん… 甘く、見られたもんさー…」
「でも、さ」
「自分、バカだから」
「貴音が、言うことなら、信じるよ」
「 "また、きっと、いつか、どこかで" 」
「たかねに、あえる、ときが… くる、って…」
「…… …っ、ぅ、あ、ぁあ、わぁぁ、ぁ、ああぁぁあ!」
「貴音… ぇ、たかね、会いたいよ…
もう一度、だけ、でもいいから、っ、… 自分、貴音に、会いたいよ…」
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プロデューサーに頭を下げて、自分は仕事に復帰した。
事務所のみんなもいつも通りで、戻ってきた自分を変な目で見たりはしなかった。
毎日は容赦なく、次から次へとやってきて。
自分もそのリズムの中に否応なく組み込まれていく。
いろんなものをそぎ落としながら、自分たちは歩いていくんだろう。
だけど自分は、それでも、ひとつだけ、ゆずれないリズムを保ち続ける。
これでもダンスは得意なんだ。リズム感には、自信がある。
毎日歩くスピードで、ゆっくりと、でも確実に。
また、きっと、いつか、どこかで、お月様に会うために。
自分はその「いつか」を信じて、ゆっくり、ゆっくり近づいていく。
おしまい。
BGM: 月飼い / ポルノグラフィティ
お姫ちん+月飼いモチーフの名作がすでにあること、
( http://elephant.2chblog.jp/archives/51928030.html )
すなわち二番煎じであることは重々知っています。
それでも書きたくなってしまったのは月夜の所為。
明日15日の夜が満月です。
お付き合い頂きありがとうございました。
おつおつ
乙
こういうSSもいいもんだな
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