安部菜々「笑顔の魔法と月うさぎ」 (71)
実在しない穴を開けて、恥ずかしい名前をつけた。
……一番眩しいあの星の名前は、私しか知らない。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1396817343
アイドル、といえば?
そんな質問をすれば、私と同年代以上の人の多くは突然変異のバケモノ、日高舞の名前を挙げるだろう。
最近の芸能界に詳しい人に聞くならば、少し事情は変わってくる。
いわゆる「オーガ以後」、アイドル戦国時代と化したここ十数年で、多くの新星が現れた。
うちの事務所に限定しただけでも、十時愛梨という人もいれば、神埼蘭子を推す人もいるはずだ。
あるいは……私の名前を挙げてくれる方も、中にはいるかもしれない。
でも。
うちの事務所の看板アイドルは? と質問すれば、多くの人はあるユニットの名前を口にする。
ニュージェネレーション。
本田未央、島村卯月、そして渋谷凛。
事務所設立とほぼ同時期……
今は知らぬ人はいない、三人の名プロデューサーが社運を賭けて取り組んだ、アイドル育成計画。
結成当初こそ、実力、そして経験不足から「名前負け」「ゴリ押し」と言われていたものの、
デビューから二年半が経過した現在では、名実ともに「新世代の旗手」と呼べる存在になっていた。
事務所の中でも、そんなに状況は変わらない。
蘭子ちゃんを筆頭に、良くも悪くも個性的なアクの強い面々(私も大概だけど)が多い事務所の中で、
NGの三人の存在は、みんなの歩く道がフラついてしまわないための精神的支柱と言ってよかった。
業界の内外を問わず、凛ちゃんはNGのリーダーと呼ばれることがある。
背が高く、すらっと伸びた足。強い意志を感じさせる瞳。人を惹きつけるカリスマ性。
多くの人にとって、凛ちゃんは憧れの存在となっていた。
実際、彼女を目標として掲げるアイドル候補生も増えている。
……でも、それはあくまで多くの人にとって、の場合。
これは、太陽の放つ眩しさに憧れて。
それに触れようと手を伸ばした、あるメガロマニアのお話。
なんか酉合わないんでとりあえずここまでにして出勤します
前は◆0vdZGajKfqPbでしたがまあ今日中になんとかならなければ↑で
選挙期間中に書ききりたいですね
泣けるメルヘンデビューの人かな?
期待
月野うさぎ?(難聴)
OPはバンプのプラネタリウムか
「高槻やよいの、うっうー! お料理さしすせそ!」
事務所のテレビからは、安定した数字をもつお料理番組が流れていた。
「本日のゲストは、先日ライブを終えたばかりの、島村卯月さんですー!」
「こんにちは、島村卯月です! 料理は得意じゃないですが、今日は頑張ります!」
やよいちゃんとお揃いのエプロンを身につけた卯月ちゃんが、胸の前でこぶしをぎゅっとする。
相変わらず、いい笑顔だ。
「今回は卯月さんと一緒に、ペスカトーレを作っちゃいますよ!」
「ペ、ペスカレ……うーん、なんだか難しそうな名前ですね」
「そんなことないですよ! コツさえ掴めばすっごく簡単でおいしいので、がんばりましょー!」
「はい! よろしくお願いしますね、やよいちゃん!」
今日の晩ごはんは、パスタにしようかな。
そんなことをぼんやりと考えて、今がまだ取材中だったことを思い出す。
「アフレコしながらレッスンを重ねて、そしてライブ……両立するのは、大変ではありませんか?」
「そんなことないですよ。忙しいですけど、子どもの頃からずっと憧れていたお仕事ですから。
完成した作品やライブにファンの方が反応をくれると、疲れも取れちゃいます」
ずっと……は不味かっただろうか。いやでも、夢見てたことは本当なわけで。
「今はむしろもっとたくさん、いろんなお仕事がしたいです。
そういう意味では、スケジュール管理がちょっと大変かもしれません」
「菜々さんは本当に、お仕事が大好きなんですね。
ウサミン星人が増殖してきている理由が、少し分かってきた気がします」
「あはは……ナナ一人の力じゃないですけどね。
こんなナナでも可愛がってくれる方がいるのは、すごく嬉しいです」
特にプロデューサーさんには、だいぶ無理を聞いてもらっている。
私のために、専門外の声のお仕事まで持ってきてくれたのだから。
「そんな菜々さんもファンも楽しみにしていたライブ、大成功だったと聞いています。
今まで苦労が報われた、というところでしょうか?」
「今回は特に、大きな会場での初の単独ライブでしたからね。
小梅ちゃん達も頑張ってるのに、ナナだけがレッスンも声優も中途半端、なんてわけにはいきませんし」
他の事務所同様、事務所の中心メンバーはほとんどが中高生だ。
彼女達が学校に通いながらレッスンに参加してる以上、フリーの私が弱音を吐くなんてことは……
……あ。
「が、学校でうっかり寝ちゃって、先生に怒られることもありますけどね。あはは……」
「な……なるほど。声優とアイドルだけではなく、学生という三足のわらじを履いているんでしたね」
今日は……とりあえず、休みってことにしておこう。ほら、卯月ちゃんだってテレビ出演してるし。
「ええと……凛ちゃんもMCで語ってましたけど、このライブはあくまで通過点なんです。
一区切りではありますけど、ここで歩みを止めることはしたくないですね」
シンデレラにかかった魔法は、十二時の鐘と共に解けてしまう。
だから、それまでは……舞踏会を楽しんでいたい。
「菜々さんの今後が楽しみです。では、今日はありがとうございました」
「いえいえ……よく読んでた雑誌なので、そこにナナのインタビュー記事が載るのは光栄ですよ」
アニメ雑誌のインタビューだったのに、ずいぶんと脇道に逸れてしまった気がする。
……危なそうなところは、プロデューサーさんがチェックしてくれると思う。たぶん。
「いい記事にしますよ。今度、杉田さんとの対談もセッティングしますから」
「えぇっ……あ、ありがとうございます」
どうしよう。プロデューサーさんとどこまで突っ込んだ話していいか相談しておかないと。
席を立ち上がった記者さんを、ちひろさんと見送りに行く。
「社長、ついでに買い出しに行ってきても……」
「ダメですよ。買い物は外回りしてるPに任せて、見送ったらすぐ帰ってくるように」
「はぁい……」
この間の誘拐騒動から、ちひろさんには外出禁止令が出されていた。
不思議そうな顔をする記者さんを、苦笑しながらも誘導する。
「そういえば……見ましたよ、総選挙の中間発表」
帰り際、記者さんはそう言って笑った。
「全体五位、おめでとうございます」
「あはは……ありがとうございます」
ちゃんと、愛想笑いできただろうか。
一雨降った後の春の空は、少し肌寒かった。
シンデレラガールズ総選挙。
友紀ちゃんは、オールスター投票のようなものと言っていたっけ。
うちの事務所に所属する全アイドルを対象に、
ファン投票、プロデューサー投票、アイドル間投票を行い、
事務所の看板となる、頂点に立つアイドルを選出するイベントだ。
上位に選ばれたアイドルは、事務所がその年の「顔」としてバックアップする。
それを抜きにしても、事務所内のアイドルを業界内外に広く宣伝するイベントとして、
事務所主催としてはかなり大々的に盛り上がるものになっている。
といっても、私達にできることはほとんどない。
「だいたいさ、いざ選挙だーって言われても、今更杏達がすることなんてなくない?
媚を売ったら休みが増えるわけでもないし、あんまり仕事多いのも嫌だし」
とは、杏ちゃんの弁だ。
後半はともかく……結果発表までに選挙関連の仕事と呼べるものが存在しない以上、
私達アイドルはそれまでの自分の成果を信じて、今まで通り仕事するしかないのだ。
とはいえ、気になってしまうものは仕方ないわけで……
この時期の妙に重苦しい空気の事務所が、私はあまり好きではなかった。
「お疲れ様です!」
「あら、おかえりなさい卯月ちゃん」
生放送を終えた卯月ちゃんが、プロデューサーさんと一緒に帰ってきた。
彼は、私をアイドルとしてプロデュースしてくれている人でもある。
「菜々、筋肉痛の方は大丈夫か?」
「ま、まあ……ナナもまだ十七歳ですからね! 卯月ちゃんには負けてられないです」
ここ数日は体力回復という名目で、私の仕事は事務所内でのものが多かった。
担当が同じ卯月ちゃんやみくちゃんが普通にお仕事してるのは……私の年齢を考慮してだろう。
プロデューサーさんには、諸々の設定に関する話を打ち明けているし。
「どうしましょう、今の子ってセガサターンとか知ってますかね?」
「サターンて……最近のゲームの話にしろよ、ブログに何個か記事書いてただろ」
プロデューサーさんと談笑していると、壁を背に寂しそうに笑う卯月ちゃんが視界に入った。
「確か、結構有名な声優さんなんだろ? 正式にオファーあったら、スケジュールは空けておくよ」
「プロデューサーさん……ありがとうございます! ちゃんと予習しておきますね♪」
「まあ、生放送じゃなきゃなんとかなるだろ……それで、来週頭なんだが……」
なんだか申し訳なくなって、私は胸の痛みを感じながら、彼女の存在から目を逸らした。
「どうしましょう、今の子ってセガサターンとか知ってますかね?」
「サターンて……最近のゲームの話にしろよ、ブログに何個か記事書いてただろ」
プロデューサーさんと談笑していると、壁を背に寂しそうに笑う卯月ちゃんが視界に入った。
「確か、結構有名な声優さんなんだろ? 正式にオファーあったら、スケジュールは空けておくよ」
「プロデューサーさん……ありがとうございます! ちゃんと予習しておきますね♪」
「まあ、生放送じゃなきゃなんとかなるだろ……それで、来週頭なんだが……」
なんだか申し訳なくなって、私は胸の痛みを感じながら、彼女の存在から目を逸らした。
そもそもの始まりは、半年前、私が過労で倒れてしまったことだった。
病床で弱気になっていたこともあるのだろう。
プロデューサーさんに、日頃の感謝を語っているうちに……
ふと気がつけば、私は隠していた彼への好意の言葉を口にしていた。
その場は慌ててごまかして、うまく話題を逸らして。
その後はどうにか、それまで通りの距離感を保つことができていた……のだけど。
一度その想いを吐き出してしまった私の心には、大きなしこりが残っていた。
それは単純に、売り出し中のアイドルが担当プロデューサーとスキャンダルになることの危険性を、
よく分かっているから……というのが一つ。
もう一つは、
「それで、味見ってことでパスタを食べてもらったんですけど……
プロデューサーさん、おいしいって言ってくれたんです。えへへ」
「さすがやよいちゃんのレシピですねえ。
卯月ちゃんが、飲み込みが早いってのもありますけど」
私が愛してやまないアイドルである彼女もまた、
彼に好意を抱いている、ということだった。
「そしたらプロデューサーさん、『卯月はいいお嫁さんになれるな』って。
それ聞いて私、なんだか顔が熱くなっちゃって……」
年明けにデビューした私と卯月ちゃんのユニット、シアワセうさぎ。
同い年……ということで、楽屋や移動中に恋の相談に乗り始めて、数ヶ月。
「でも、ああいうのってやっぱり社交辞令なのかな……
プロデューサーさん、人を褒めるの上手だから」
「そんなことないですよ、きっと。
卯月ちゃんはスタイルもいいし家事も上達してるし、ナナから見ても素敵な女性ですよ?」
少女の淡い恋心は、時が流れるとともに順調に、純粋に育っていた。
「ありがとうございます。菜々ちゃんに色々教えてもらったおかげですね」
「ナナは手助けぐらいしかしてませんよ。卯月ちゃんの努力の賜物です」
それと比例するように、私のチクチクとした胸の痛みも。
あれ、二重投稿なってる……
さっさと書き上げたい……病みとかはない予定ですはい
ななさんかわいいよななさん
彼女が私の世界に初めて現れたのは、二年前の冬のことになる。
その日も、面接でいい感触を得られなかった私は、
折れそうな心を立て直すために、秋葉原まで足を延ばしていた。
アニメ情報誌を立ち読みし、千円の買い物をして整理券を貰って。
当時秋葉原を拠点に活動していた夕美ちゃんのライブを見て、
自分の叶えたい夢……アイドルというお仕事を、再認識する。
その頃の私の、日課のようなものだ。
「それじゃあ、聴いてください」
そして……その日のライブバトルの相手として。
「気まぐれロマンティック!」
彼女は、そこにいた。
お世辞にも、いいパフォーマンスだとは言えなかった。
会場はアウェーだし、観客の反応もまばら。
その時の彼女はまだ成長段階で、実力も実績も夕美ちゃんには及ばない。
それでも……いや、だからこそ。
「ありがとうございました!」
等身大のアイドルとして、楽しそうにステージの上で笑う彼女の姿は。
「島村卯月、これからも頑張ります!」
私には……あまりにも眩しすぎた。
羨望、憧れ……少しの嫉妬。そして、たくさんの勇気。
ステージとの距離を感じさせない彼女の存在は、私に強烈な印象を与えた。
……どうせなら。最後にやりたいことを、やりたいだけやっちゃおう。
だから、家に帰ってから私はすぐに動いた。
ステージ上で名乗った彼女の名前を携帯で検索し、
幼い頃から書き綴っている夢を描いたノートをめくる。
月の裏側にあることになっている、私しか知らないその星の名前を、部屋の中一人呟く。
「ウサミンパワーで……メルヘンチェンジ……」
誇大妄想もいいところだ。子どもならともかく、私が名乗るにはちょっと痛々しいかもしれない。
でも私はもう、あの眩しさを知ってしまったのだ。理由なんて、それで十分だろう。
あんな風に笑えるなら。私は何度泣いたっていい。
「……あ、もしもし。候補生募集の広告を見たんですが……」
あるいはそれは、恋と呼んでもいいのかもしれない。
そして私は、彼女と同じく魔法使いの手によって輝いて。
うさぎの馬車に乗せられて、舞踏会で彼女と一緒に踊っている。
魔法使いへの想いを、忍ばせながら。
お、sailing dayのフレーズが
相葉ちゃんが秋葉原で活動してるのってなんか元ネタあるん?
あんまりアキバ系なイメージ無いけど
>>31
お仕事秋葉原エリアのボス
レギュラーのラジオの収録を終えて、事務所に顔を出す。
明日のスケジュールを確認して、思わずため息がこぼれそうになった。
慌てて飲み込んで、代わりにホワイトボードを写真に撮る。
明日午後二時、卯月ちゃんと一緒に握手会。
……ダメだな、私。
お仕事は楽しいし、卯月ちゃんと一緒に活動できるのは嬉しいこと。
だから、ため息が出る理由なんて、どこにもないはずなのに。
「おつかれ、菜々」
「あ……お疲れ様です、プロデューサーさん」
彼の声に、私はなんだかほっとしていた。
あるいはこれが、恋の病、というモノなのかもしれない。
今の私にとっては、彼の言葉一つ一つが魔法の呪文のようだった。
「なんか暗い顔してたけど、悩みごとか?」
だって、私に魔法をかけてくれた人だもの。
素の私が何を考えているかぐらい、簡単に分かってしまうのだろう。
「いやあ……なんだか、アイドルって楽しいばかりじゃないんだな、って」
嘘をつかない程度に、言葉を濁す。
あなたを他の子と奪い合うかもしれない、なんてこと、さすがに話すことはできなかった。
「珍しいな、菜々がそんなこと言うなんて……ああ、総選挙か?」
うまく話が逸れた……わけでもなかった。そちらはそちらで、悩みの種ではある。
「ブログのコメントがやけに増えてると思ったら、炎上っぽくなってて。あはは……」
まあ、アンチが増えるのは人気の証拠だし、そもそも叩かれることには慣れているのだ。
自分が「イロモノ」のカテゴリに属している自覚はあるし、正統派なタイプでもないとは思うし。
「収集つかなくなってたので、一旦コメント禁止にしてます。あとでチェックお願いしますね」
「分かった。他の子のブログも巡回しておくか」
どれだけ綺麗事を並べても、この業界は結局、パイの奪い合いだ。それは分かっている。
今月も、約五十人の女の子が事務所傘下の養成所でアイドル候補生となり、
同じくらいの人数がアイドルになれず、ここから去っていくのを見ている。
業界全体では、きっともっと多くの女の子が夢を諦めているのだろう。
私も、あの中の一人になるかもしれなかった。
色々な偶然や必然が重なって、私は彼女達の夢と希望の亡骸の上で歌っているのだ。
彼女達の誇りに誓って、甘えた仕事は許されない。
それは……分かっているのだけど。
「……ウサミン星人としてトップアイドルを目指すって、やっぱりおかしいですかね?」
「なんだよ、いきなり。まさか、アイドル辞めるとか言い出さないだろうな?」
動転したプロデューサーさんの問いに、苦笑で応える。
「辞めませんよ、こんな楽しいお仕事……そんな簡単に、抜け出せそうにないですからね」
体力面はちょっと不安ではあるけれど、最近は長丁場のライブにも耐えられるようになってきた。
声優のお仕事ももらって、順風満帆。ずっとこの時間が続けばいいのにと、よく思う。
「でも、卯月ちゃんといると、ちょっと考えちゃうんです。
嘘をついてアイドルしてるナナに、トップに立つ資格があるのかな……とか」
そんな私に、卯月ちゃんの初恋を踏みにじる権利があるのかな、とか。
「菜々……」
俯いてしまった私の上から、声が聞こえた。同時に、口の端が伸びる感覚。
「あほう」
「うひゃう!?」
プロデューサーさんが私の頬をつまんでいるのだと気づくのに、少し時間がかかった。
「資格がどうとか、そんなもん、一番上まで辿り着いてから考えろ。
トップアイドルになるのは、菜々の子どもの頃からの夢だったんだろ」
「ひゃい……」
「それにな、俺の夢も、担当アイドルに頂上からの景色を見せることなんだよ」
頬を伸ばす指に力がこもる。不思議と、そんなに痛くなかった。
「菜々はいつも通り、精一杯アイドルを楽しんでくれればいい。
お前をウサミン星人としてプロデュースするのが、俺の仕事なんだから」
やがて頬から離れた手のひらは、私の頭の上にそっと乗せられる。
「外野が何を言っても気にするな。何が正解で何が間違いか、
それを決められるのは、菜々自身だけだ」
ああ、もう、ダメだ。こんなのズルい。
「菜々も卯月もトップに立てるって俺は確信してるし、ファンはそれを望んでる。
総選挙の結果がどうなろうが、お前たちはもう、俺にとってはシンデレラなんだよ」
体温が上がって、何かいろんなものが出てきそう。
「あーもう、分かりましたから! そういう恥ずかしい台詞禁止です!」
おかしなことを口走ってしまう前に、彼との距離を取る。
まだ顔が熱い。
「そうですよ、トップアイドルはナナの夢です!
プロデューサーさんが背中を押してくれるんですから、これはもうビビッときちゃいますよ!」
「ん、いい感じじゃないか。明日も今まで通り、一つ一つ目の前の仕事に全力でぶつかってこい。
そうすれば菜々と卯月の力なら、結果は後からついてくるはずだ」
「ウサミンパワー、赤マル急上昇です!
今なら、月まで跳べそうな気がします、なんて……キャハッ」
……困ったなあ。
卯月ちゃん、気になる人がいるらしいですよ……なんて、これじゃ言い出せそうにない。
無論、このまま勢いに任せて「好きです」なんて言い出す勇気も、私にはなかった。
シアワセうさぎの握手会とミニライブは、休日ということもあって大盛況。
夏から私と卯月ちゃんでラジオを、という告知もされて、ファンの方々も楽しそうだった。
控室から出ると、傾いた太陽からの西日が差し込んできていた。今夜は暖かいのかな。
「菜々ちゃん、今日この後って予定入ってますか?」
「今日は……特に無いですかね。明日の夕方までオフなので、
のんびり過ごそうかな、とか思ってましたけど」
ライブがあって春アニメもあまり見れてないし、今期はどれを追うかそろそろ決めておきたい。
そういえば、卯月ちゃんも今日はこの後オフだったっけ。
「卯月ちゃんさえよかったら、他の子を誘ってカラオケとかでも……」
「えへへ。よかったら、ウサミン星に遊びに行ってもいいですか?」
「……えっ」
え。え?
「あ……ごめんなさい、ダメでしたか……?」
「えっと……ダメってわけじゃ、ないんですけど」
だって、あの場所は……ウサミン星でもなんでもない。
安部菜々という人間の、恥部と言ってしまってもいい。
所在地を知ってる知り合いなんて、ちひろさんとプロデューサーさんぐらいの……秘密の場所。
実家を離れてから現在までの、
私が外から持ち帰った弱音や痛みの、掃き溜め。
そんなところに卯月ちゃんを招き入れるのは……許されるだろうか。
「私、菜々ちゃんのこともっと知りたいんです。
せっかく同じユニットになったのに、私ばかりアドバイスもらっちゃってるから……」
そう言って、卯月ちゃんは笑う。
「一緒に夢を叶える仲間ですから、もっと仲良くなりたいなって」
……敵わないな。
その純粋な笑顔の前では、私の下手な嘘も全部、霞んで消えてしまいそうだ。
「……卯月ちゃんは」
「ナナの本当の姿を知っても……仲良くしてくれますか?」
「本当の、姿……菜々ちゃんやっぱり、地球人のフリをして……」
「あーいや、そういうことじゃないんですけどね」
引かれるかもしれない。
がっかりされるかもしれない。
でも、どこまでもまっすぐで。ずっとアイドルに憧れていたという彼女には……
「それじゃ、行きましょうか。私の家……ウサミン星へ、卯月ちゃんをご招待です」
私のことを、知ってもらいたいと思った。
彼女のことを、もっと知りたいと思った。
一旦別れて、新宿駅で待ち合わせ。
お互い軽く変装して、下り電車で一時間。
晩御飯の材料を買ってスーパーから出ると、真っ赤な空に一番星がきらめいていた。
最寄り駅から徒歩で十五分。築十数年、木造アパートの一室。
期待半分、不安半分の表情でついてきた卯月ちゃんの方に振り返って、私は笑った。
「ようこそ。ここが、ウサミン星です」
期待
ああ、洗濯物溜まってたんだった……
足の踏み場はあるけど、流石にもうちょっと小奇麗にしないと。
「お茶用意しますから、座っててください。ちょっと散らかってますけど、あはは……」
「あ、いえ……私の部屋も、そんなに綺麗じゃないですから」
木造アパートそのものがおそらく初体験なのだろう、
来客用のスリッパに履き替えた卯月ちゃんは、物珍しげに視線を動かした。
見られて困るようなものは……無い、はずだ。お酒の空き缶は一昨日捨てたし。
設定ノートは寝室の本棚に置いてあるから、さすがに勝手に読まれることもないだろう。
「ごはんだけ炊いておきますねー。あ、その辺のクッション勝手に使っていいですから」
「はい、ありがとうございます」
とりあえず炊飯器のスイッチを入れて、緑茶をいれる。
お茶うけは……落花生みそが余ってるし、それでいいかな。
「あ、このアイドル懐かしい……子どもの頃、大好きだったんです!」
十年ほど前に発売されたCDを発見して、卯月ちゃんははしゃいでいた。
テレビで歌う彼女に憧れて、卯月ちゃんはアイドルを目指したのだという。
「当時は人気すごかったですよねえ。歌番組見ると毎回出てるぐらいの勢いでしたし」
「あ……ごめんなさい菜々ちゃん、勝手に触っちゃって」
「構いませんよ、ガラスケースに入れて大事にしまってる、ってわけじゃないんですから」
彼女のデビュー曲は、私が学校を中退する理由になったんだけど……
そっか、もうそんなに経つんだっけ。
そんなことを考えながらお茶をすすっていると、
「え……これ……」
卯月ちゃんの視線が、一点で止まっていた。
その視線の先を目で追って……しまった、と思った。
私のメイド服や制服に挟まれて。
笑顔でピースをする卯月ちゃんのサイン入りポスターが、そこに鎮座していた。
「その……私のポスター、飾ってくれてるんですか?」
「えーっと、実は……ナナ、卯月ちゃんのファンなんですよ」
面と向かって言うのは初めてだし、照れるけど……事実なのだから仕方がない。
「ふ、ファン!? 菜々ちゃんが、私のですか?」
「あはは……ナナも卯月ちゃんと同じなんです。子どもの頃から、アイドルが大好きでした」
だから、アニメの世界とアイドルのいる世界、そして現実を混同して。
ファンタジーなアイドルを夢見るのに、そんなに時間はかからなかった。
魔法の星、ウサミン星からやってきた、みんなを幸せにする、うさぎのお姫さま。
「両親には喜ばれなかったけど、ナナのアイドルへの憧れは次第に強くなっていきました。
願い続ければ、夢はいつか叶う。そんな言葉を、信じようとしていたんです」
でも……目の前の彼女とは違い、十七歳の私はアイドルにはなれなかった。
「ナナは……あの頃、アイドルの夢を諦めかけてたんです」
アイドルになる。
そんな妄執だけで生きてきた当時の私は、限界の状態だった。
目を閉じても開けても、瞳に写るのは暗闇。
必死にもがいて、消えそうな光に向かって伸ばした腕すら、見えない。
「そんな時、ナナはデビューしたばかりのアイドルに出会いました」
「ひょっとして……私、ですか?」
同意の意味で頷く。今でもハッキリと思い出せる、衣装をまとった彼女の姿。
「ステージで踊る卯月ちゃんの笑顔に、ナナは背中を押されました。勇気をもらいました」
もうくじけない、もっと光ると誓うよ。未来に、ゆびきりして。
「最後に……諦める前に受ける事務所はここにしよう。
ナナも、この笑顔と一緒にステージに立ちたい……そう思ってオーディションを受けました」
憧れじゃ終わらせない。一歩、近づくんだ。
無謀にも彼女のデビュー曲を歌った私は、そして魔法使いに出会った。
「卯月ちゃんはナナにとって、デビューへの道を照らしてくれたお日さまだったんです」
「えへへ……なんだか、照れちゃいますね。でもうれしいです。
私も憧れてたアイドルみたいに、誰かに夢や希望を与えられてたんですね……」
彼女と私は……よく似ていた。
小さな頃からアイドルに憧れて、アイドルになることを夢に見続けて。
プロデューサーさんに魔法をかけてもらって……プロデューサーさんに、恋をした。
「だからナナ、卯月ちゃんと一緒にお仕事できて、とっても楽しいんです!
二人の力で、もっとたくさんのファンに光を届けられる、ってことですから」
若い内から光を掴んだ彼女に……
私より早く彼にプロデュースされていた彼女に、嫉妬がなかったわけではない。
でもそれ以上に私は、本気で仕事に向き合う彼女の中に同じものを感じて、惹かれていった。
彼女には……笑っていてほしいと、強く思った。だから。
「これからも、卯月ちゃんのお仕事も恋も、後押しできたら……なんて」
さあ、笑わなきゃ。
卯月ちゃんほどじゃなくても。
私にだって、人の背中を押してあげられるだけの笑顔は、できるはずだから。
「卯月ちゃんとプロデューサーさん、とってもお似合いだと思ってますから」
「……ありがとうございます、菜々ちゃん」
緩やかな沈黙が、流れた。
ひとまず、夕飯の準備をしようかな……と思っていると、畳に置いていた携帯が震えた。
「あ、ごめんなさい卯月ちゃん、電話が……」
表示された番号を見て、私は息を飲んだ。
ちらり、と卯月ちゃんの表情を確認する。
いつもの穏やかな笑顔からは、うまくその奥の感情を読み取れない。
……覚悟して、私はその電話をとった。
「……もしもし、ナナです」
「こんばんは、菜々ちゃん。卯月です」
部屋の中からと電話から、ステレオになって届く卯月ちゃんの声。
「電話って顔が見えないから、直接会うよりも相手のことを考えられる気がして……私、好きなんです」
ついつい長電話しちゃって、怒られるんですけどね、と彼女は苦笑した。
「こうやって携帯を通してだと、思ってること、ちゃんと伝えられるかなって思うんです」
卯月ちゃんは、目を閉じていた。私も彼女に合わせて、目を閉じる。
「私は……デビューしてからずっと、凛ちゃんのファンでした」
「凛ちゃんは、すごいんです。
美人で背が高くて、歌も上手でかっこよくて……私、憧れてたんです」
渋谷凛……彼女は公私ともに、卯月ちゃんの一番のパートナーと言ってよかった。
持ちつ持たれつの二人は、傍から見てるととても仲が良くて微笑ましかったけど、
彼女が凛ちゃんに憧れを抱いていた、というのは初耳だった。
「たまに、不安になってたんです。気がついたら、私一人置いていかれて……
凛ちゃんが、手の届かない遠いところに行っちゃうんじゃないかって」
「それは、アイドルとして……ですか?」
「はい。私は、凛ちゃんみたいにはなれないですから」
確かに……デビュー当初のニュージェネレーションは、その実力と人気を渋谷凛に依存していた。
でもそれは昔の話だろう。
経験を積み、卯月ちゃんは事務所の「顔」として確かな力とファンを抱えているのだから。
「えっと……無理に凛ちゃんを目指す必要は無いんじゃないですかね?
卯月ちゃんには、卯月ちゃんの良さがあるんですから」
「えへへ、ありがとうございます。
プロデューサーさんもファンの方も、私の笑顔を褒めてくれて……うれしかったんですよね」
そう、渋谷凛を目標とする必要はどこにもない。
私が卯月ちゃんや日高舞に憧れて、それでもオリジナルのウサミン星人を名乗ったように。
彼女はすでに、島村卯月という笑顔の魔法をもつアイドルになっている。
「だから……舞浜でのライブで、凛ちゃんに憧れるのはもうやめよう、って思ったんです」
「あのステージで、みんな一緒に歌ってわかりました。
私達はもう、アイドルっていう同じステージに立ってたんです」
電話を通して、卯月ちゃんの感情は言葉になって流れていく。
絡まりあった糸をほぐして、一つの絵にするように。
「お願いシンデレラを、凛ちゃんの隣で歌って。
大好きな友達だから、負けたくないなって思ったんです」
私は黙って、彼女の言葉が紡がれるのを促していた。
「勝てなくてもいいんです。でも、どうせ私じゃ凛ちゃんに勝てないからって、
負けを認めて諦めることは、したくないんです」
「……強いですね、卯月ちゃんは」
「えへへ……菜々ちゃんも、それは一緒ですよ?」
「菜々ちゃん。私と、本気で戦ってくれませんか?」
驚いて、携帯を落としかける。
卯月ちゃんは、まだ目を閉じているようだった。
「やだな、卯月ちゃん……ナナは、お仕事で手を抜いたことなんてありませんよ」
「そっちじゃありません。私の……私達の、プロデューサーさんの話です」
心臓が、止まるような感覚。
「私、菜々ちゃんに謝らなきゃいけないことがあるんです」
彼女の言葉を聞くのが怖い。
でも、それを遮るのは……できなかった。
「あの日……偶然ですけど、私は菜々ちゃんの病室の前にいました」
あの日。
それがどの日かなんて、聞くまでもない。
プロデューサーさんへの私の想いが、喉から溢れでてしまった日。
「ナナは、あの……あれは、その」
「私……プロデューサーさんが、好きです」
目を見開く。目の前の少女は、微笑んでいた。
「泰葉ちゃんが言ってました。仲間だけど、それだけじゃない。
でもライバルだけど、それだけじゃない。きっと、恋も一緒です」
ああ、そっか。
彼女の笑顔に背中を押されて、私がアイドルになれたように。
私が彼女の背中を押して、積極的にアプローチできるようになれたように。
私はまた、卯月ちゃんの笑顔に、背中を押されているんだ。
「だから……菜々ちゃん。私から、もう逃げないでください」
そう。こんなに全力でぶつかってきてくれている彼女の気持ちに、応えないわけにはいかない。
「私と菜々ちゃんは、友達じゃないですか」
私は、卯月ちゃんともっと仲良くなりたくて、彼女を部屋に招いたんだから。
「ナナは……ナナも、あの人のことが好きです」
「えへへ。これで私達、お仕事でも恋でもライバルですね」
電話はすでに、耳から離れていた。
笑顔のまま、卯月ちゃんはこちらに手を差し伸べる。
「改めて。これからもよろしくね、菜々ちゃん」
私も多分、つられて笑っているのだと思う。
「ナナも、負けませんよ。よろしくお願いします、卯月ちゃん」
手を伸ばして、その手のひらに触れる。
驚くほど簡単に届いた彼女の体から、伝わる熱。
やっぱりこの子は、私の太陽だった。
「おはようございまーす!」
「おはようございます!」
翌日、午後三時。
夜遅くまで布団の中でお喋りをして、
目が覚めたらお昼で慌てて準備をしたけれど、不思議と疲れはなかった。
「二人とも、おはようございます。今日は一緒なんですね」
事務所の中には、ちひろさんとプロデューサーさん。
アイドルの子達は、他の階にいるようだった。
「はい! 実は昨日、菜々ちゃんの家に泊めてもらったので」
「……初耳なんだが。ちゃんと親御さんに連絡したか?」
「もう、プロデューサーさん!
卯月ちゃんも子どもじゃないんですから、そのぐらい大丈夫ですよ!」
「そうです! 今日からは、ちょっと大人の卯月なんです!」
……まあ、そういう知識も多少教えはしたけれど。
どちらかといえば、大人になれたのは私の方かもしれない。
「……なんか、妙に気が合うようになったな、二人とも」
「えへへ……私達、似たもの同士だねって話をしてたんです」
「ナナと卯月ちゃんは、ズッ友なんですよ!」
「お、おう……いや、ユニット組ませた側としては、仲がいいのはありがたいんだが」
恋のライバルは……結局、晩ごはんを食べながら休戦条約が結ばれた。
二人で先にプロデューサーさんの夢を叶えてから、一緒に告白する予定だ。
「さあ、今日もウサミンパワー全開で、頑張っちゃいますよ!」
「私も、うづぴょんパワーで頑張ります! プロデューサーさん、よろしくお願いしますね!」
まずは、私達に魔法をかけてくれたこの人に、恩返しをしないと……ね。
夢は想い続ければいつか叶う。
女の子はみんな、誰かにとってのお姫さまだ。
願いを込めれば、誰だって魔法少女になれる。
所詮は幻想かもしれない。綺麗事だと笑われるかもしれない。
でも……私なら、そんな嘘をつくことも許されないだろうか?
架空の星からやってきた、年齢不詳の自称メルヘンアイドル。
何から何まで嘘だらけの今の私なら、どんな大言壮語だって言える気がする。
トップアイドルになりたいと想い続ければ、それはいつか叶うのだ。
ファンやプロデューサーさんが魔法をかけてくれるなら、お姫さまにだってなれるのだ。
夢と希望、幸せを届けたいという願いを込めれば、ステージの上で魔法を唱えられるのだ。
嘘つきめ、と罵られるかもしれない。ニセモノめ、と非難されるかもしれない。
でも大丈夫。「ナナ」を必要としてくれる人がいる限り、私は胸を張って嘘を貫き通せる。
いつかに見たあの確かな眩しさが、隣に立ってくれる人が、
私の目指す道を照らして、何度でも背中を押してくれる。
「「めざせ、トップアイドル!!」」
アイドルが好き。卯月ちゃんが好き。あの人が好き。
この好きって気持ちだけは疑いようもなく、ホンモノの気持ちなんだ。
おしまいです。
反省点はいろいろあるけど今週中に書けてよかった(17歳並の感想)
ライブのこととか選挙のこととか前作のこととか卯月の尻のこととか菜々の胸のこととか、
色々ここで書きたいことはありますが、要約するとつまり
「うづななもっと流行れ」
これです。流行れ。
乙です
思いをぶつけ合う二人イイネ!
いやーいいね、いい
殆ど考えたことの無い組み合わせだけど
泣けるで
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