安部菜々「笑顔の魔法と月うさぎ」 (71)

実在しない穴を開けて、恥ずかしい名前をつけた。









……一番眩しいあの星の名前は、私しか知らない。

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アイドル、といえば?

そんな質問をすれば、私と同年代以上の人の多くは突然変異のバケモノ、日高舞の名前を挙げるだろう。

最近の芸能界に詳しい人に聞くならば、少し事情は変わってくる。
いわゆる「オーガ以後」、アイドル戦国時代と化したここ十数年で、多くの新星が現れた。

うちの事務所に限定しただけでも、十時愛梨という人もいれば、神埼蘭子を推す人もいるはずだ。
あるいは……私の名前を挙げてくれる方も、中にはいるかもしれない。

でも。

うちの事務所の看板アイドルは? と質問すれば、多くの人はあるユニットの名前を口にする。




ニュージェネレーション。



本田未央、島村卯月、そして渋谷凛。

事務所設立とほぼ同時期……
今は知らぬ人はいない、三人の名プロデューサーが社運を賭けて取り組んだ、アイドル育成計画。

結成当初こそ、実力、そして経験不足から「名前負け」「ゴリ押し」と言われていたものの、
デビューから二年半が経過した現在では、名実ともに「新世代の旗手」と呼べる存在になっていた。

事務所の中でも、そんなに状況は変わらない。

蘭子ちゃんを筆頭に、良くも悪くも個性的なアクの強い面々(私も大概だけど)が多い事務所の中で、
NGの三人の存在は、みんなの歩く道がフラついてしまわないための精神的支柱と言ってよかった。

業界の内外を問わず、凛ちゃんはNGのリーダーと呼ばれることがある。

背が高く、すらっと伸びた足。強い意志を感じさせる瞳。人を惹きつけるカリスマ性。

多くの人にとって、凛ちゃんは憧れの存在となっていた。
実際、彼女を目標として掲げるアイドル候補生も増えている。

……でも、それはあくまで多くの人にとって、の場合。




これは、太陽の放つ眩しさに憧れて。
それに触れようと手を伸ばした、あるメガロマニアのお話。


なんか酉合わないんでとりあえずここまでにして出勤します
前は◆0vdZGajKfqPbでしたがまあ今日中になんとかならなければ↑で
選挙期間中に書ききりたいですね

「高槻やよいの、うっうー! お料理さしすせそ!」

事務所のテレビからは、安定した数字をもつお料理番組が流れていた。

「本日のゲストは、先日ライブを終えたばかりの、島村卯月さんですー!」

「こんにちは、島村卯月です! 料理は得意じゃないですが、今日は頑張ります!」

やよいちゃんとお揃いのエプロンを身につけた卯月ちゃんが、胸の前でこぶしをぎゅっとする。
相変わらず、いい笑顔だ。

「今回は卯月さんと一緒に、ペスカトーレを作っちゃいますよ!」

「ペ、ペスカレ……うーん、なんだか難しそうな名前ですね」

「そんなことないですよ! コツさえ掴めばすっごく簡単でおいしいので、がんばりましょー!」

「はい! よろしくお願いしますね、やよいちゃん!」

今日の晩ごはんは、パスタにしようかな。

そんなことをぼんやりと考えて、今がまだ取材中だったことを思い出す。

「アフレコしながらレッスンを重ねて、そしてライブ……両立するのは、大変ではありませんか?」

「そんなことないですよ。忙しいですけど、子どもの頃からずっと憧れていたお仕事ですから。
 完成した作品やライブにファンの方が反応をくれると、疲れも取れちゃいます」

ずっと……は不味かっただろうか。いやでも、夢見てたことは本当なわけで。

「今はむしろもっとたくさん、いろんなお仕事がしたいです。
 そういう意味では、スケジュール管理がちょっと大変かもしれません」

「菜々さんは本当に、お仕事が大好きなんですね。
 ウサミン星人が増殖してきている理由が、少し分かってきた気がします」

「あはは……ナナ一人の力じゃないですけどね。
 こんなナナでも可愛がってくれる方がいるのは、すごく嬉しいです」

特にプロデューサーさんには、だいぶ無理を聞いてもらっている。
私のために、専門外の声のお仕事まで持ってきてくれたのだから。

「そんな菜々さんもファンも楽しみにしていたライブ、大成功だったと聞いています。
 今まで苦労が報われた、というところでしょうか?」

「今回は特に、大きな会場での初の単独ライブでしたからね。
 小梅ちゃん達も頑張ってるのに、ナナだけがレッスンも声優も中途半端、なんてわけにはいきませんし」

他の事務所同様、事務所の中心メンバーはほとんどが中高生だ。
彼女達が学校に通いながらレッスンに参加してる以上、フリーの私が弱音を吐くなんてことは……

……あ。

「が、学校でうっかり寝ちゃって、先生に怒られることもありますけどね。あはは……」

「な……なるほど。声優とアイドルだけではなく、学生という三足のわらじを履いているんでしたね」

今日は……とりあえず、休みってことにしておこう。ほら、卯月ちゃんだってテレビ出演してるし。

「ええと……凛ちゃんもMCで語ってましたけど、このライブはあくまで通過点なんです。
 一区切りではありますけど、ここで歩みを止めることはしたくないですね」

シンデレラにかかった魔法は、十二時の鐘と共に解けてしまう。
だから、それまでは……舞踏会を楽しんでいたい。

「菜々さんの今後が楽しみです。では、今日はありがとうございました」

「いえいえ……よく読んでた雑誌なので、そこにナナのインタビュー記事が載るのは光栄ですよ」

アニメ雑誌のインタビューだったのに、ずいぶんと脇道に逸れてしまった気がする。
……危なそうなところは、プロデューサーさんがチェックしてくれると思う。たぶん。

「いい記事にしますよ。今度、杉田さんとの対談もセッティングしますから」

「えぇっ……あ、ありがとうございます」

どうしよう。プロデューサーさんとどこまで突っ込んだ話していいか相談しておかないと。

席を立ち上がった記者さんを、ちひろさんと見送りに行く。

「社長、ついでに買い出しに行ってきても……」

「ダメですよ。買い物は外回りしてるPに任せて、見送ったらすぐ帰ってくるように」

「はぁい……」

この間の誘拐騒動から、ちひろさんには外出禁止令が出されていた。
不思議そうな顔をする記者さんを、苦笑しながらも誘導する。

「そういえば……見ましたよ、総選挙の中間発表」

帰り際、記者さんはそう言って笑った。

「全体五位、おめでとうございます」

「あはは……ありがとうございます」

ちゃんと、愛想笑いできただろうか。

一雨降った後の春の空は、少し肌寒かった。

レギュラーのラジオの収録を終えて、事務所に顔を出す。

明日のスケジュールを確認して、思わずため息がこぼれそうになった。
慌てて飲み込んで、代わりにホワイトボードを写真に撮る。

明日午後二時、卯月ちゃんと一緒に握手会。

……ダメだな、私。

お仕事は楽しいし、卯月ちゃんと一緒に活動できるのは嬉しいこと。

だから、ため息が出る理由なんて、どこにもないはずなのに。

「おつかれ、菜々」

「あ……お疲れ様です、プロデューサーさん」

彼の声に、私はなんだかほっとしていた。

あるいはこれが、恋の病、というモノなのかもしれない。

今の私にとっては、彼の言葉一つ一つが魔法の呪文のようだった。

「なんか暗い顔してたけど、悩みごとか?」

だって、私に魔法をかけてくれた人だもの。

素の私が何を考えているかぐらい、簡単に分かってしまうのだろう。

「いやあ……なんだか、アイドルって楽しいばかりじゃないんだな、って」

嘘をつかない程度に、言葉を濁す。

あなたを他の子と奪い合うかもしれない、なんてこと、さすがに話すことはできなかった。

「珍しいな、菜々がそんなこと言うなんて……ああ、総選挙か?」

うまく話が逸れた……わけでもなかった。そちらはそちらで、悩みの種ではある。

「ブログのコメントがやけに増えてると思ったら、炎上っぽくなってて。あはは……」

まあ、アンチが増えるのは人気の証拠だし、そもそも叩かれることには慣れているのだ。

自分が「イロモノ」のカテゴリに属している自覚はあるし、正統派なタイプでもないとは思うし。

「収集つかなくなってたので、一旦コメント禁止にしてます。あとでチェックお願いしますね」

「分かった。他の子のブログも巡回しておくか」

どれだけ綺麗事を並べても、この業界は結局、パイの奪い合いだ。それは分かっている。

今月も、約五十人の女の子が事務所傘下の養成所でアイドル候補生となり、
同じくらいの人数がアイドルになれず、ここから去っていくのを見ている。

業界全体では、きっともっと多くの女の子が夢を諦めているのだろう。

私も、あの中の一人になるかもしれなかった。

色々な偶然や必然が重なって、私は彼女達の夢と希望の亡骸の上で歌っているのだ。
彼女達の誇りに誓って、甘えた仕事は許されない。

それは……分かっているのだけど。

「……ウサミン星人としてトップアイドルを目指すって、やっぱりおかしいですかね?」

「なんだよ、いきなり。まさか、アイドル辞めるとか言い出さないだろうな?」

動転したプロデューサーさんの問いに、苦笑で応える。

「辞めませんよ、こんな楽しいお仕事……そんな簡単に、抜け出せそうにないですからね」

体力面はちょっと不安ではあるけれど、最近は長丁場のライブにも耐えられるようになってきた。

声優のお仕事ももらって、順風満帆。ずっとこの時間が続けばいいのにと、よく思う。

「でも、卯月ちゃんといると、ちょっと考えちゃうんです。
 嘘をついてアイドルしてるナナに、トップに立つ資格があるのかな……とか」

そんな私に、卯月ちゃんの初恋を踏みにじる権利があるのかな、とか。

「菜々……」

俯いてしまった私の上から、声が聞こえた。同時に、口の端が伸びる感覚。

「あほう」

「うひゃう!?」

プロデューサーさんが私の頬をつまんでいるのだと気づくのに、少し時間がかかった。

「資格がどうとか、そんなもん、一番上まで辿り着いてから考えろ。
 トップアイドルになるのは、菜々の子どもの頃からの夢だったんだろ」

「ひゃい……」

「それにな、俺の夢も、担当アイドルに頂上からの景色を見せることなんだよ」

頬を伸ばす指に力がこもる。不思議と、そんなに痛くなかった。

「菜々はいつも通り、精一杯アイドルを楽しんでくれればいい。
 お前をウサミン星人としてプロデュースするのが、俺の仕事なんだから」

やがて頬から離れた手のひらは、私の頭の上にそっと乗せられる。

「外野が何を言っても気にするな。何が正解で何が間違いか、
 それを決められるのは、菜々自身だけだ」

ああ、もう、ダメだ。こんなのズルい。

「菜々も卯月もトップに立てるって俺は確信してるし、ファンはそれを望んでる。
 総選挙の結果がどうなろうが、お前たちはもう、俺にとってはシンデレラなんだよ」

体温が上がって、何かいろんなものが出てきそう。

「あーもう、分かりましたから! そういう恥ずかしい台詞禁止です!」

おかしなことを口走ってしまう前に、彼との距離を取る。
まだ顔が熱い。

「そうですよ、トップアイドルはナナの夢です!
 プロデューサーさんが背中を押してくれるんですから、これはもうビビッときちゃいますよ!」

「ん、いい感じじゃないか。明日も今まで通り、一つ一つ目の前の仕事に全力でぶつかってこい。
 そうすれば菜々と卯月の力なら、結果は後からついてくるはずだ」

「ウサミンパワー、赤マル急上昇です!
 今なら、月まで跳べそうな気がします、なんて……キャハッ」

……困ったなあ。

卯月ちゃん、気になる人がいるらしいですよ……なんて、これじゃ言い出せそうにない。

無論、このまま勢いに任せて「好きです」なんて言い出す勇気も、私にはなかった。

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