貴音「ちょこれいと・そうる・みゅーじっく」 (36)





貴音「貴方様… 何ゆえ、わたくしの前にお姿をお見せになったのですか」






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P「あー、その… なんだ、ちょうど近くに寄る用事があったから、そのついでにな」

貴音「ふふっ、まこと、嘘をつくのが不得意でいらっしゃいますね」

P「…まぁな、自覚はしてる。貴音は秘密で煙に巻くのが上手だもんな。かなわないよ」

貴音「秘め事が多いのと空言を申すのは同じことではございませんよ、貴方様。 …折角おいでくださったのですから、ご一緒にお茶などいかがでしょうか」

P「それもひょっとすると空言、なんじゃないのか?」

貴音「さぁ、如何でしょう? ふふっ…」


P「…もう、春、なんだな。ついこの間まで、身も心も凍るか、と思ってたのに」

貴音「それでも… 庭の花は蕾のままです。花開くのを待つのに、わたくしはもう疲れてしまいました」

P「…開かない花なんてない。まして蕾にまで育ってるなら、美しい花が咲くに決まってる。あと一歩なんだ」


P「貴音。何度でも言う。俺たちと一緒に、765プロにいてくれ。そうして二度と… 俺たちを置いていなくならないでくれ、頼む」

貴音「そのお話ももう何度目になるのでしょうか。こうなることをわかっていながら、貴方様を毎度お茶にお招きするわたくしにも落ち度はあるのでしょうが」


貴音「高みからのみ見える光景があることをわたくしに教え、その世界を垣間見せてくださったのは紛れもなく貴方様でした。ほんの刹那の間でも、あの景色が見える位置に立とうとして、挑むことができた。それだけで、わたくしは胸を張って残りの人生を過ごせる気がするのです」

――貴方様の面影を、胸に抱いたままで。

そうすれば、わたくしはずっと、貴方様を失うことなく生きてゆけますから。


P「それはお前の本心じゃないだろ、貴音」

貴音「…」

P「仮にもずっとプロデュースしてきたんだ、今の貴音が嘘を言ってることくらいわかる。お前が本当に何を望んでるのかは俺にはわからないよ、だけど、お前が積み上げてきたものが、その結晶が、すぐそこに、もう目の前にあるんだ!」

P「あとはお前が手を伸ばすだけで届くんだ! それだけで…っ」



貴音「… 白状いたしますが、わたくし、ずっと迷い続けているのです。おなじところを飽きもせずに、ただぐるぐる、ぐるぐると。『銀色の王女』などと呼ばれていても、なんのことはありません。今のわたくしは月ですらない… 同じ軌道を回り続けることしかできない、壊れたろけっとのようなものなのですよ、貴方様」

そしてその軌道の中心にあるのは、常に貴方様のことばかり。

ほんとうは、ただこの身を掻き抱いてほしいのです―― いますぐに。


P「なあ、貴音。好きでたまらないものがあるとして、それを無理に我慢するのって、どう思う」

貴音「はて、 …ふふ、これはなんの問答でしょう? そうですね、程度によりますが、わたくしならばきっと我慢が続きません。らぁめんを断て、などというお話でしたらわたくし、途方に暮れてしまいます」

P「そう思うよな、俺もそうだ。愛してやまないものがあるのに、自制しようなんて無理があるに決まってる。人間だって動物なんだから」

貴音「ええ、ときには思うままに身を任せるのもよきことでしょう」





P「じゃあ、どうして貴音は無理に我慢を続けてるんだ」





貴音「…なんの、お話でしょうか」

P「お前がミステリアスで、つかみどころがないから魅力的だ、なんてのは実情を知らない連中が適当に言ってるだけのことだ。孤高であろうとして、一人でなんでも抱え込もうとして、にっちもさっちも行かなくなってる… 一目見りゃすぐにわかるよ。貴音、お前は自分の心にずっと嘘をついてる」

貴音「今日はずいぶんと押しがお強いのですね、貴方様。それで?」


P「自慢じゃないけどな、俺は何につけても我慢のきかないタチだ。食べたいものばっかり食べるし、欲しいものができたら寝ても覚めてもどうやって手に入れようかってことだけで頭が一杯になる」

貴音「わたくしとて似たようなものです。無理な我慢など、わたくしは――」

P「貴音。自惚れるわけじゃないが、俺がお前に何かしてやれたことがあったとしたら、アイドルの世界への門を開いたこと… いや、その門を開いて中に踏み込んで、そこからずっと走り続けたのは貴音が自分で成し遂げたことだな、俺のしたことといえば、お前に門の存在を教えただけ。本当にちっぽけな、最初のきっかけを与えただけだ」


P「でも俺は、お前がそのアイドルって大仰な幻想を、俺がきっかけを押し付けてからずっと、大事に抱き続けてきたことを知ってる。今でもずっと、だ」

P「それが正しいか間違ってるかなんてのは知ったこっちゃない」

P「ゆずれない何かを我慢して、自分を押し殺して生きてくことは生きてるって言わないよ。そんな一生送るくらいならいっそ、死んじまったほうがいい」

P「――なあ貴音。俺の言ってる意味、わかるだろ。貴音なら」







P「だから、お前、泣いてるんだろ」




貴音「わ、た… 、ぐすっ、わ、わたくし、は…、ッ」

P「うん」

貴音「貴方様の… 貴方様、の、言う通りです、わたくしは…! えぐっ、もう、どうしてよいのか、わからないのです…!」


貴音「わかっているのです、贅沢な悩みだと…! あとほんの、ほんのわずかでとっぷあいどるに手が届くかもしれない… しかし届かないかもしれない…! 手を伸ばしてしまえば、わたくしが今までしてきたことに、良かれ悪しかれ、結果が出てしまう。わたくしは、それだけのことなのに、恐ろしくてたまらないのです」

P「ああ。どうしても一歩が踏み出せないってことは、あるよな」

貴音「もし、とっぷあいどるになれても、わたくしは、仲間の皆や貴方様と、今までのように同じ時を過ごせなくなるかもしれません… そしてもし、もしも、とっぷあいどるになれねば… わたくしは貴方様にも、皆にも、合わせる顔がございません…! 悪くすれば、わたくしの人生ではじめて得たかけがえのないものたちをすべて失ってしまう、そう考えただけで足が竦むのです。このような者が事務所にいたところで、皆の役に立つわけもないではありませんか…」


貴音「…お見苦しいところをお見せしました、もう大丈夫です。事務所の皆にはくれぐれもよろしくと」

P「貴音」

貴音「…はい」

P「そうやって繕おうとしなくていい。今だけでいいよ、素直になってくれ。お前の嘘偽りのない本心を教えてほしい。お前がどう思ってるとしても、俺は、やっぱりお前のプロデューサーだから」

P「どんなにじたばたしたって運命ってやつとは対面することになるんだ。それなら自分の心に従うべきだと俺は思う。そうすればお前の人生はきっと今よりいいものになる。今よりずっと、だ」




貴音「…わたくしは」







貴音「わたくしはっ!」


そんなにチョコレートが食べたいのか





貴音「わたくしは! かつてはただの夢であった、とっぷあいどるになりたい! とっぷあいどるになって、夢に見た高みに立ちたいのです!」





貴音「そして…っ、わたくしは、貴方様を! 貴方様をお慕いしております! 許されぬことだとはわかっております、だからこそ距離を置くように努めました、でもだめなのです! わたくしの心の中に、貴方様が焼き付いてしまって… 常に頭の中が貴方様のことでいっぱいで… っ! 日夜めぐりつづける月のように、わたくしの想いは貴方様をめぐって止まらないのです。わたくしは、貴方様を、愛しております」


貴音「もう… 隠していることは神に誓ってございません。正真正銘、これっきりです。お笑いになりますか。わたくしを」

P「俺は、貴音のことを笑ったりしないよ」

貴音「いっそ笑ってくださったほうが救われます。勝手に貴方様に恋慕し、勝手にあいどるとしての歩みも止め、勝手に雲隠れしているだけの小娘… それが今のわたくしです。貴方様にお気にかけていただくだけの価値などございません」

貴音「本当ならこのようなことを申し上げるつもりはありませんでした… まだ夜にもなっておりませんのに、月の光に撃たれてしまったのですね、きっと。白昼堂々夢でも見たと思ってお忘れください」


P「貴音」

貴音「お願いです、どうか、何も仰らずに。わたくしは」

P「聞いてくれ、貴音」

貴音「…なんでしょうか」

P「さっきも言ったとおり俺は、自分の欲しいものとか食べ物とか、全然我慢できないタチだ」

貴音「は」

P「だがそんな俺にしては珍しく、このところずっと欲しいのに我慢できてるものがあるんだ。どうだ、凄いだろ」


貴音「…貴方様? 仰る意味がよく、」

P「まあいいから聞けよ。俺はそれ本当に欲しくてたまらないんだけど、到底手に入れられるようなもんじゃないから諦めるしかなかったんだ」

貴音「そう、でしたか。それは難儀でしたね」

P「だけどどうやら、入手の算段がつきそうなんだ。これで我慢しなくて済むようになるかもしれない」

貴音「それはまこと、よろしゅうございました。無理に我慢をなさっても特によいことはございませんから」


P「ああ。でも俺は貴音にもこれ以上いろんなことを我慢してほしくないと思ってる」

貴音「…どうも要領を得ませんね。貴方様が欲しいものを手に入れることと、わたくしが我慢をすることがどう関わるのでしょうか」

P「あー… そうだな、回りくどいのはやめにしよう。あのな貴音。今まで散々765プロに戻ってくれって言い続けてきたが、お前がどうにも気が乗らないってんなら無理に戻らなくてもいいよ」

貴音「はい。わたくしは世間知らずの恩知らずですが、今更舞い戻ってすべてもとの通り、などと甘い夢を見ない程度には道理をわきまえておりますゆえ」

P「この際、あれだ、アイドル業も是が非でもやれとは言わない。うちには魅力的なアイドルがわんさかいる。貴音がいなくなるのははっきり言えば痛手だし、淋しいけど、まあなんとかならないことはないはずだ。少なくとも、うちはそれで潰れるようなヤワな事務所じゃないし、うちのメンツだってみんなもっとタフだしな」

貴音「…ええ、わたくしなど居らずとも、事務所の皆ならばきっと揃ってすばらしい成果を上げるものと信じております。いえ、それどころか、とっぷあいどるとなるのはきっと、わたくしの仲間たちの中の誰かであると確信しております」


P「ああ。 …それでだ。事務所もやめるアイドルも続けないとなると、貴音はこれからどうするんだ」

貴音「さぁ、いかがしたものでしょう、ふふっ… そういえば考えたこともありませんでした。つい先日までは、そのようなことを想像する余裕もない毎日でしたから… まったく思い浮かびませんね」

P「そうか。特に予定もないか」

貴音「はい、そうなりますね」




P「それじゃあ俺と結婚してくれ」


貴音「…貴方様、お戯れはお止めください。これでもわたくしは先ほどから真面目なお話をしているつもりです」

P「ああ俺だって大真面目だ、冗談でこんな話ができるもんか。今をときめくトップクラスのアイドルを自分の事務所に引き止めないどころかアイドル業の廃業まで勧める、プロデューサーとしては下の下、最低のことやってるんだからな。だけどな貴音」


P「さっきも言ったけどな、俺は自分のゆずれないものを誤魔化して、自分に嘘をつきながら生きていくくらいならすぐにでも死んだ方がマシだと本気で思ってる。そして俺はプロデューサーである以前にひとりの男だ」

P「プロデューサーとしての俺は、お前がトップアイドルになるのをこの目で見届けるのが今でも最高の望みだ。そのためならできることはなんだってしてやろうとずっと思ってたし、今でもそう思ってる。でもな、男としての俺はな、つくづく最低なことにな、立場もなんもかんも忘れてお前に惚れてるんだ」


P「だから、貴音。お前が好きなように決めていい。もう一度アイドルとして頂点を目指すのでも、そっちの世界から完全に身を引いてひとりの女の子として生きるのでも… お前がどういう選択をしようともどこへ行こうとも、俺は誓ってその隣に居続けてやる。 …もちろん、できることなら貴音の同意を得た上でそうありたいけどな」



貴音「…」


貴音「貴方様は… 貴方様は本当にいけず、です。まことに…、ずるい、では、ありませんか… そのようなことを言われたら、わたくしは、わたくし、は… っ」

P「知らなかったのか? 大人ってやつはな、ずるいんだよ。欲しい物はどんなずるい手を使ってでも掴み取りに行くんだ」

貴音「… ふふっ… 大人と言いつつ、それではまるで子供のようですね… では、わたくしもずるをしてみたいのですが、聞いていただけますか。大人の女性はわがままを言うものだと聞いておりますゆえ」

P「ああ、言ってみろ。言いたいこと、やってみたいこと、自分ひとりで抱え込まずに教えてくれ」






貴音「では、貴方様―― わたくしを、抱き締めてほしいのです。いま、すぐに」





おしまい。



BGM: Chocolate Soul Music / Swinging Popsicle

あとがきという名の言い訳
・ストーリーも何も、上で紹介している"Chocolate Soul Music"の本歌取り、もとい換骨奪胎です。元の曲は本当に名曲です。
・すでに千早視点での同名の作品があることを知っていながらどうしても書いてみたい気持ちを自重できませんでした。

・トップアイドルになれそうなところで唐突に貴音が事務所から出奔、僻地か何かで暮らしていて、そこをPが訪れている、みたいな設定です。
・初めての投稿のため加減がわかりませんでした。両者とも台詞が長すぎた。読みにくいにもほどがある。


今回の投稿を思い立ったそもそも元凶: http://www.nicovideo.jp/watch/sm17220315

うっかりこの作品を読んでしまい何か思うところのあった諸兄は上の動画をぜひご覧になってください。
当然ですがこのSSを書いた者と上記動画を作成された方はまったくの無関係です。

おつおつ

好みだった。おつ

良い雰囲気です

なんか読みづらい

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