ラブライブssです。
海未ちゃんの誕生日をお祝いします。
SF(少し不思議)系です。
地の文あります。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1394810665
園田海未という少女は、あまり自分の誕生日に執着しない性質だった。
その癖、親友の高坂穂乃果や南ことりの誕生日なんかはきっちり覚えていて、割と手の込んだプレゼントを手渡してくれる。
そもそも海未は自分の誕生日を言い出す事はなく――海未の誕生日、三月十五日はたいていの場合が長期休暇という事もあり――流されている事が多い。
そして、四月初頭のクラス替えで誕生日を聞かれ、クラスメイトに「忘れずに絶対祝うね!」と言われ、流れる。
それの繰り返しを、海未は自然と受け入れている節があった。
「海未ちゃんはずーっとそんな感じだよね」
今週の土曜日に誕生日を控えた海未に、穂乃果は穂むらの饅頭をパクつきながら笑って言った。
穂乃果の家に集まった海未とことりは、穂乃果の母親が出してくれた饅頭を囲んでの談笑の真っただ中。
「穂乃果もでしょう? 八月三日は夏休み真っ盛りですから」
お茶を啜りながら、海未も微笑んで答える。
穂乃果はそれを聞いて、そっかー、と独り合点がいった様子。
「でも、普通は祝ってほしいものじゃないのかなぁ?」
もぐもぐ、としつこくないほどに優しい甘さのする饅頭を飲み込んだことりが、不思議そうに呟く。
「そうかな?」
「そうですか?」
ことりの考えとは真逆に、穂乃果と海未の答えは呆気からんとしていた。
「だって、だれも海未ちゃんや穂乃果ちゃんが生まれたことを祝福してくれないんだよ?」
ことりは少し悲しげに言うと、穂乃果と海未はどちらからともなく顔を見合わせた。
「ことりちゃんは祝ってくれないの?」
「え?」
穂乃果の言葉に、ことりがぽかんと口を開けた。
「穂乃果の誕生日には私とことりが」
海未が穂乃果とことりを指差し。
「海未ちゃんの誕生日は穂乃果とことりちゃんが」
穂乃果はことりと海未を指差す。
海未と穂乃果は微笑んで、ことりを慰める。
「祝ってほしい人だけで良いのです、誕生日というものは」
「ねー。穂乃果は海未ちゃんとことりちゃんからで十分嬉しいもん!」
三月とはいえ日暮れは早く、うかうかしているとあっという間に月夜になってしまう。
海未とことりは日が暮れる前に穂乃果の家を出て、帰路に着いていた。
「海未ちゃんは今年はどんなプレゼントがいい?」
真っ赤な夕日に照らされながら、ことりは少し早鐘を打つ心臓を抑えながら言った。
「今年、ですか?」
頬は赤くなってないだろうか?
唇は緊張で震えていないだろうか?
せめて、自分の手と手をぎゅっと握って、指先の震えを止めようと躍起になる。
「そうですね」
海未は一度言葉を切ると、細くしなやかな指を顎に添えて、考え込む素振りを見せた。
海未の眼は普通にしている時は優しげな雰囲気だが、こうやって集中したり、真剣に何かをやっている時は、瞳がよく研いだ刃
物の様にきりりと鋭くなる。
こういう時、クラスメイトは例外なく海未を怖がるのだが、穂乃果は慣れっこであり、ことりはかっこいいと思っていた。
普段とのギャップがことりの眼にはとても頼もしく見えて、それは幼少期の頃からことりが海未に抱いていた淡い想いを刺激さ
せる。
「私はことりから貰えるものは、基本的に嬉しいので……何を貰っても喜ぶ、というのが本音ですね」
長考の結果、海未は困りながらも笑みを浮かべて、そんな言葉を口にした。
そんな言葉一つ一つが、ことりの心を強く揺さぶって、心拍数がどんどん上がっていくのだ。
「じゃ、じゃあ今年は……」
誰が見ても解るほどに、ことりは顔を真っ赤に染めて、しかしその赤面が海未にばれない様に俯いて、蚊が鳴くような声で呟い
た。
「ことり? どうしました?」
「う、ううん! 今年も海未ちゃんに何をあげるか考えるのが、楽しみだなぁって!」
「そうですか。ことりも楽しんでくれるのなら、私の誕生日も良いものですね」
クスッと笑う海未に、ことりはもう息を吸って、息を吐く事、それだけでもう精一杯なほどにドキドキしていた。
ことりが海未に恋心を抱いたのは、小学生のころだった。
「こいつ、足に変なキズがあるぜ!」
「!」
小学生の体育の時間だった。
まだ穂乃果とも海未とも知り合ってもない頃。
少し悪かった足がやっと完治して、体育にも参加し初めてすぐの頃。
少しだけ引きずって歩くしかなかった左足は、ひざの裏側に生まれた、三センチぽっちの手術の傷跡と引き換えに完治したのだった。
喜んでいたのもつかの間。
今度はその三センチの傷跡が気になっていたことりは、ロングスカートやロングワンピース、とにかく膝が隠れるような長い丈の服しか着なかった。
ところが、体育の時間に着用する指定の体操服は半ズボンで、脚の膝を隠すほどの丈はなかった。
そして、その傷を見つけた複数の男子生徒は、いい玩具を見つけた、と言わんばかりにことりを囃し立てた。
授業中だったこともあり、先生の一喝でその場は収まったが。本当にことりにとって辛かったのは、その日の下校中だった。
「やいロボット! おまえ、カイゾウシュジュツを受けたんだろ!」
「ロボット南! へーんだ!」
「ち、違う……ことりは……」
下校途中の商店街の外れで、一人になったところを四、五人の男子生徒に囲まれて、一斉に囃し立てられたのだ。
転校したての少女にとって、この恐怖は計り知れないだろう。
「ロボットが何か喋ってるぞ!」
「あはははははは!」
ことりにとってこれほど怖かったことはなかった。辛いこの一瞬が永遠の様にも思えた。
目の前に見える少年たちが悪魔の様に思えて、恐怖と緊張にことりは染まり上がっていた。
「やいロボット! ロボットならなぐられても痛くないよな!」
「い、いや……らんぼうしないで……!」
男子生徒が拳を振り上げる。
殴られる! そう感じたことりは必死で顔を覆った。
そしてすぐに、ことりの耳には拳が頬を捉える音が飛び込んで来て、それと同時に耳をつんざく悲鳴が、沈黙を好む商店街の外れに響き渡った。
音はしたが、痛みはない。
ことりは恐る恐る眼を開けると、そこには一人の少女が立っていた。
一寸の白もない黒髪が、まずことりの視界に飛び込む。
視点を上げて、少女の顔をうかがうことり。
少女の日本刀の様に切れあがった瞳は深い怒りを湛えていて、彼女の拳は丸く握られていた。
そのままことりを庇う様に立つ少女は、唸るような低い声を吐きだす。
「あなたたち」
「げ……そのだだ……」
男子生徒の一人が呟く。
「やばい、こいつ、すげえつよいってウワサだぞ……」
「に、にげよう……こわいぞこいつ」
その呟きに呼応するかのように、男子生徒達は逃げ腰になる。
黒髪の少女も、及び腰の男子生徒達を見て、拳の力を解く。
「バカ、こっちはたくさんいるんだ!」
拳がまた握られるのを、ことりはやけによく覚えている。
ことりを殴ろうとして黒髪少女に殴られた初めの少年だ。
彼がこのグループのリーダーの様で、彼の一言は絶対的なルールの様だった。
「女に負けるやつがいるか! ぜんいんでやっちまえ!」
ワッ! と黒髪少女に襲いかかる。
「――ッ!」
黒髪の少女はランドセルを肩から降ろすと、そのまま一人目の顔面に全力で投げつける。
ランドセルの側面は案外固く、少女の剛肩も相まって、鼻っ面に浴びた男子生徒はそのままのびてしまった。
ランドセルを投げたと同時に少女は二人目の股間を凄まじい勢いで蹴り飛ばす。
振り向き様に、少女の肘が三人目の男子生徒の鼻を正確に打ち抜いて、残りは二人。
「園田の武芸は、拳は――守るために操るのです。私利私欲ではない限り、正しい使い方をする限り、私は負けません」
少女は残りの二人を一睨み。
「うわぁあああ!」
逃げだした一人を気にすることはなく、少女は最初に殴った少年と向き合い、これを一撃で仕留めたのだった。
「怪我は、ありませんか?」
四人の男子生徒を打ちのめした少女は、振り向いてことりを見つめた。
日本刀の瞳はもう消え去り、優しい穏やかな眼がことりをみつめていた。
「……ひぐっ」
その瞳がことりにどうしようもない安心感を抱かせ、瞳には涙が浮かんでいた。
「私はそのだうみ。たまたま通りかかったのですが、あぶないところ――ひゃあ!」
「うわぁああああああああああああああああああああん!! 怖かったよぅ!!!」
記憶の世界へトリップしてしまっていたことり。
そんなことりを海未は心配して、何度か名前を呼んでいた。
「ことり? ことり?」
「へ?」
「大丈夫ですか、ことり?」
海未の心配そうな表情が視界いっぱいに入り込んでいて、ことりは思わず息を吸ってまた吸おうとしていた。
「先ほどからピクリとも動きませんが……体調でも崩しましたか?」
「ち、違うの! 何を海未ちゃんの誕生日プレゼントにしようかなぁ、って!」
まさか海未に惚れるきっかけになった事件をここで吐露する訳にはいかない――そう思ったことりは適当な誤魔化しでやり過ごす。
海未もその理由に納得したようで、嬉しそうにほほ笑んだ。
「ことりにそんなに悩んでもらえるなんて、私は果報者ですね」
(私の方が果報者だよ。頼りになる親友の穂乃果ちゃんと一緒に、海未ちゃん……大好きな人に、生まれてきてくれてありがとうって、伝えられるんだから……)
ことりの想いを知らない海未は、ただ純粋にことりの想いを喜び、そんな海未にことりは複雑な感情を抱いて。
夕焼けの街並みに、二人の影が仲良く揺れていた。
〔考えたんだけど、ことりちゃん〕
「んー……?」
結局海未に家まで送ってもらって、晩御飯を食べ終わったその日の夜。
ことりはマケミちゃん人形をつんつんと、シャープペンシルで突きながらスカイプで穂乃果と話をしていた。
流石にもう月と星が空に浮かぶ時間帯なので、通話ではなくキーボードを介したお喋りだったが。
〔ことりちゃんは海未ちゃんのこと好きなんだよね?〕
「……うん」
目の前でぶらんぶらん揺れるマケミちゃん人形を潤んだ瞳で眺めつつ、キーボードに指を走らせる。
しらばっくれても仕方ない。高校に入ったあたりで穂乃果に自ら胸中を打ち明けたのだから、誤魔化しても仕方ない。
〔じゃあさ、今年の海未ちゃんの誕生日に、告白してみたら?〕
「こく、はく?」
もぐもぐもぐと、告白という言葉を一生懸命咀嚼することりは、たっぷり時計の長い針が二周してから悲鳴を上げた。
「告白!? ことりが!? 海未ちゃんに!?」
〔おー、二分ぐらい時間差あったねー〕
パソコンの前で穂乃果が感心してる表情が脳裏に浮かぶが、そんなことはどうだっていい。
問題は、注目すべき問題は、どうして穂乃果がそんな英断を以てして、ことりに持ちかけてきたのか、だった。
「な、なんっでそっんな大胆な!!」
狂うイントネーション。
〔んー……だってことりちゃんと海未ちゃんが知りあってもう十年経つよね? μ's結成当初はあーんなに仲の悪かったにこちゃんと真姫ちゃんですら、色々あって、ものの三カ月で付き合って幸せそうだったし。ね、ことりちゃん、告白してみたら?〕
「お、女の子同士なんて変だよぅ……」
〔あれ? にこちゃんと真姫ちゃんは? スルー?〕
「あの二人は良いの! なんかあんまりダメな雰囲気しないもん!」
〔それならことりちゃんと海未ちゃんも大丈夫だよ!〕
「話が違うよぅ……」
〔でもね、ことりちゃん〕
文面からでしか解らないが、きっと穂乃果はパソコンの前で真剣な表情になっている。
ことりは直感的にそう感じて、居住まいを整えた。
マケミちゃん人形で遊ぶのもやめる。シャープペンシルも机の上に。
〔海未ちゃんは女の子からもたくさん告白されてるし、同性愛っていうのも決して否定的じゃないんだと思う。ことりちゃんの想いなら尚の事、真剣に受け止めてくれると思うんだ〕
穂乃果の言葉はただの感情論でしかなく、裏打ちなんてあるのものではない。
しかし。穂乃果が海未の言動を憶測で語る時。海未が穂乃果の言動を憶測で語る時。二人はお互いの事を寸分違うことなく言い当てることが多かった。
「穂乃果ちゃん……」
〔海未ちゃんがことりちゃんを恋愛対象として見るかは解らないよ。でも、これだけは絶対って言える。きっと海未ちゃんは、ことりちゃんの事、まっすぐ受け止めてくれる、って〕
「うん……そうだよね」
ことりも同じくして、海未は決してことりを邪険に扱わない――それだけは信じていた。信じられるのだ。
〔ことりちゃん、穂乃果が出来るのは、背中を少し押すだけだよ〕
〔ことりちゃんが足をあげて前に進むかどうかは、ことりちゃんの意思だから〕
「穂乃果ちゃん……かっこいい……」
〔えへへ、今のはね、昔知り合いだった人の受け売りなんだ。それに穂乃果は可能性を感じてるんだ。ことりちゃんと海未ちゃんが幸せになれる、可能性を……〕
ゆっくりと、スカイプは穂乃果の言葉を受信して、ことりの目の前に姿を見せてくれる。
穂乃果の強い想いをことりは受け取り、キーボードに指を滑らせる。
「ことり、告白してみる」
スピカテリブル、という造語がある。
スピカ、とはおとめ座の事で、テリブル、とは恐怖の事だ。
恋をする 乙女が抱く 恐怖心 という日本語にでも訳せようか。
詩人園田海未は、ことりのソロ曲スピカテリブルにこういう歌詞を書いた。
私の今…未来…あなたにある
願いがはじける
言えないよ けど消せないから
扉を叩いて
開けて欲しいの…でも…こわいのです
ひらくのがこわい
まだ見ぬ夢が醒めぬようにと怯えてる
星のテリブル
ことりはこの歌詞に驚いて、海未に思わず聞いてしまった記憶がある。
――海未ちゃん、これ……!
――ふふ、驚きましたか? ことりがもし、誰かに恋をしたら、こんな切ない想いを考えそうだな、と考えて作詞したのですが……どうですか?
――え! あ、う、うん、凄いよ海未ちゃん!
ここまでことりが抱く針の様な想いを言いあてられる癖に、何故一番肝心なところを気付けないのか。
ことりは強力な脱力感に襲われたことを覚えている。
そんなある日の思い出を抱きながら、ことりは春を目前に控えつつも、まだ少し冷たい風に身を震わせながら、行き慣れた商店街をうろついていた。
「誕生日プレゼント、どうしようかなぁ」
穂乃果とスカイプで話した結果、遂に告白に踏み切ったことりだったのだが、とある問題を抱えていた。
それが何をプレゼントするか、である。かれこれ十年間も祝い続けて入れば、ネタ切れになるのも致し方なかった。
穂乃果と海未に至っては、生まれてから毎年プレゼントを欠かさず交わしていた。
五年くらい前からは、誕生日以外の日に遊びに出掛けた時にプレゼントを選びあいっこするという、サプライズとは真逆の位置に存在する、お互いの習慣になっていた。
ことりの記憶で特に面白かったのは、プレゼントのネタ切れに困り困った穂乃果と海未が、互いの為に自作の「抱き枕」を作った時だった。
二人ともなぜか恐ろしくハイテンションで、ことりがおいてけぼりになるほどだったのを、よく覚えている。
あれほどはっちゃけた海未をことりは二度も見たことはない。
抱き枕の結果から言えば、海未のそれは比較的まともにできた。
そして問題の穂乃果が作った抱き枕は、何故か二メートルを超える大作となり、穂乃果も海未も作ることに一生懸命で、用途なんてどうでも好さそうだったのが記憶に濃い。
挙句の果てには、穂乃果が海未の抱き枕にお茶をこぼしてしまい、海未のナニの場所が良い感じに湿り気を帯びて、少しエロティックになった事だった。
ことりの一生の中で、これほど酷い誕生日はこれからも出会うことはなさそうだった。
けれど、大笑いする穂乃果とちょっと怒りながらも楽しげな海未を見て、ああ、この二人は本当に恋愛も友情も関係なく、特別なんだなぁ、と感じたのだった。
「あの二人は、親友とか幼馴染とか、そういう関係より一歩上だよね」
言葉では決して言い表せない、しかし感覚としてはしっくりくる関係。
それが高坂穂乃果と園田海未という二人だった。
「悩めば悩むほどどれもピンとこないなぁ……」
結局商店街を行ったり来たり。
かれこれ七往復もして、しかし何をあげればいいのかピンとこないまま一日が過ぎようとしていた。
ミナリンスキーの生誕地、秋葉原まで出ても勿論いいのだが、海未の喜ぶようなものが秋葉原にあるのか?
と問いかけられると、そんなモノはないような気がすることりだった。
(もっとみんなに相談しようかな? そしたら、何かもっと名案があるかもしれない!)
そこまで考えたことりだったが、思い直して更に思考を深める。
(もしそれで、告白の事がμ'sの皆にばれたら!? まずいよ、それは本当にまずい! 海未ちゃんまで飛び火しちゃう!)
商店街で一人頭を抱える少女の姿は、それはもう特異な視線に晒されているのだが、当の本人はそんなこと気にも留めない。
(うわあああどうしよう!)
頭を抱えてしゃがみこむことり。
取り敢えず穂乃果に相談しようかとも考えたが、穂乃果に頼り過ぎるのもよくないと妙に真面目に考えてしまい、ことりは尚更深く考え込んでしまう。
うんうん悩むことりは、やがて商店街の外れに来ていた。ここまで来ると人通りは格段に減る。
ふわり、と優しい香りがことりの小ぶりな鼻をくすぐって、思わず顔をあげる。
その目の前には、今時珍しいレンガで組まれた、おとぎ話の様な家が一件建っていた。
ごくたまに道行く人は、誰もそのレンガ造りの家に目を向けず、スタスタと歩き去ってしまう。
まるで、この家が見えているのはことりだけかの様に。
(お花屋さん……なのかなぁ?)
レンガ造りの家の庭には、溢れんばかりの花々が咲き乱れていて、とても綺麗に家を彩っていた。
ことりはなんとなく惹かれるがまま、その家へと足を運ばせた。
「あのぅ、誰かいらっしゃいませんかー?」
ことりはドアを前にして、小さく声をかけてみる。
しかし応答の声は返ってこず、ことりの声は花々に吸い込まれていった。
庭に咲き乱れる花はどれも美しく、やがてことりは一つの名案を思い付いた。
「海未ちゃんにお花をあげよう!」
プリザーブドフラワー、というものがある。
簡単に言うと花や茎を特殊な液に浸けて、水分を抜いたものを指す。
多少値の張るものだが、バイトしていることりにとってそんなことは問題なかった。
それよりもことりの閃いた名案とは、所謂花言葉である。
「えーと、確か……」
ことりはポケットからスマホを取り出すと、Siriを起動させる。
「花言葉!」
ことりの明るい声に、軽快な音で応えると、Siriは広大なネットの海から花言葉について引っ張り出してくる。
やがて花言葉検索サイトが引っ掛かり、ことりは満足そうに笑みを浮かべた。
「あー、あー、あー……」
ことりは自分が海未に抱いている気持ちを、花言葉にのせて告白しようという考えだった。
画面を指でなぞりながら、花言葉を探していく。
〔あなたを心から愛します:オオギク〕
ふと、一つの言葉が視界に飛び込む。
回りくどい表現なんかなく、ただストレートに自分の気持ちを訴える言葉。
心からの、愛。
「これにしよう……!」
ことりは今まで悩んでいたものがさっぱり綺麗に解決して、嬉しくなった。
オオギクのプリザーブドフラワーを海未に渡して、それと一緒に、この気持ちを伝えよう。
海未なら、きっと気持ちを無碍にはしない。
もし振られてしまっても、それはとても悲しいことだけれども、でも、気持ちを伝えたかった。
生まれてきてくれてありがとう、あなたに会えてよかった、だって私はあなたを心から愛しているから――。
ことりは悩みが吹っ切れて、ひまわりの様な笑顔を浮かべる。
「お嬢さん、オオギクのプリザーブドフラワーをお探しかい?」
「ちゅん!?」
唐突に、それはもう唐突に。頭の結った鶏冠の様な髪が空を肉薄するほどに飛び上がり、ことりはおかしな悲鳴を上げた。
恐る恐る振り向いたことりの目に入ったのは、杖を突いて歩く、お年を召したおじいさんだった。
「か、勝手にお邪魔してすみません! わ、私、南ことりと申します! その、お花があまりにも綺麗だったので、つい……」
「ええんじゃよ。お嬢さん、誕生日プレゼントかい?」
おじいさんは優しげな笑みを浮かべ、ゆっくりとことりの方へ向かってくる。
おじいさんの笑顔に安心したことりは、はい、と大きく頷く。
「そうかいそうかい。どんな花にも意味はあって、臆病な人の心を代弁する、とっても優しいものなんじゃよ」
「え……」
ことりはなんとなく心の内を見透かされたようで、少し驚いた。
「お嬢さん。誕生日を祝うという事はとても素晴らしい事じゃ。相手方も必ず喜ぶじゃろう。お嬢さんの様な可愛らしい人に祝ってもらえるのだから、のう」
笑顔を浮かべるお爺さんに、ことりは困惑しながらもお礼の言葉を引っ張り出した。
「あ、ありがとうございます?」
「ほっほっほ、礼には及ばんよ、お嬢さんや。これは恩返しじゃ」
恩返し――? ことりがそう問い返そうと口を開こうとして、お爺さんがそのまま先に口を開く。
「花はあくまで背中を押すことだけじゃ。お嬢さんが前に進むかどうかは、お嬢さんの意思じゃよ」
ことりは聞き覚えのある言葉にハッとする。
「その言葉、穂乃果ちゃんが――」
おじいさんの方を見た筈だった。
なのに、ことりがいる場所は、ことりが見た場所は、商店街の外れに不自然に空いた空き地だった。
綺麗な花もなければ、レンガの家もない。当然、お爺さんも居なかった。
「……夢、なのかな?」
空き地に突っ立っていることりは茫然自失、一体いつからが夢で、いつからが現実だったのか、よく解らなかった。
一つわかると言えば、今この両手に持っている、可愛い包装のされた箱の中身が、オオギクのプリザーブドフラワーである、という事だけだった。
それも、直感的に解るだけで。でも、確信めいていた。
〔ブリザードフラワー?〕
帰宅して晩御飯を食べ後、ことりはパソコンを立ち上げてスカイプをオンラインにした。
すると、待ち構えていたかのような穂乃果の反応があって、穂乃果の質問に答えたことりにこういう返事が返ってきたのだった。
「ちがうよ、プリザーブドフラワーだよ」
ことりは何となくそんな返事が来るだろうな、というのはある程度見越していた。
その割には返答を見たことりは、やっぱり穂乃果らしいと笑ってしまう。
「花言葉もうまく考えて、告白しようと思ったの」
〔おおおお! ことりちゃん凄い! ロマンティック!〕
「えへへ、そうかなぁ?」
〔そうにきまってるよ! もうwonderfulrushだよ!〕
ちょっと意味が解らない。
「う、うん。取り敢えずもう勝負は明日だから、泣いても笑っても明日で決着だよ!」
〔ことりちゃん、頑張って!〕
「それとね……」
〔?〕
ことりはキーボードの上で指を走らせようかと思ったが、途中まで文章を作ってやめてしまった。
今日の不思議な出来事は、余り話さない方が良い気がしたからだ。
月が浮かんで、月が沈んで、太陽が昇って。
三月十五日土曜日。天候、快晴。
ことりは自宅で可愛い包装紙に包まれたプレゼントを眺めながら、緊張していた。
「緊張するなぁ……」
今日は海未の誕生日当日で、すでにプレゼントもバッチリ用意してある。
準備だけは完全で、後は海未の携帯に電話を入れるだけだ。
夕方に生まれた、と海未が語っていた事を覚えていたことり。
誕生日のお祝いと告白を兼ね備えているのだから、生まれた時刻に近い夕方に、呼び出して海未に告白したいという事で、行動はまだ控えていた。
自分で夕方に行動すると決めたのに、時計の針を眺めていては時間は一向に進まない。
うじうじしていても仕方ない、一度決めてしまったのだからこれ以上悩む必要なんてなかった。
「お散歩に行こう」
昨日のあの空き地に行けば、また花が咲き乱れる不思議な家に行けるかもしれない。
何となく明るい気持ちになったことりは、ハイカットのスニーカーを履いて、家を出た。
園田家の剣道場は、いつも冷えた空気と厳粛な気配が漂っていて、海未は静かにその冷え込んだ空気を吸い込んだ。
いつもここに来ると、気持ちは静かになり集中力が増す。それを海未は心地よく感じていた。
雑念はない、後は無心に剣を振るうだけ。
左手に携えた竹刀は、海未にとって真剣とほとんど変わらない。
抜刀。
――正眼の構え。ここから繰り出されるのは――
突き出そうとした竹刀は、虚空を突き刺しはしなかった。
ある感覚が駆け抜けて、海未はふっと構えを解き、静かに振り向いた。
剣道場の入り口で、一人立っている少女がいた。
「穂乃果」
「海未ちゃん、ハッピーバースデイ」
少しぎこちない笑顔で、穂乃果は笑っていた。
だから海未もにこりと笑って、穂乃果の方へと歩み寄る。
「ありがとうございます、穂乃果」
「えへへ、もう何回も言ってるのにね」
「ふふ、十六回目ですね」
二人はそこでくすくすと笑いあう。
「海未ちゃん、今年は穂乃果がお饅頭作ったんだ。一緒に食べようね」
「ありがとうございます、穂乃果」
静かな沈黙。
「ねえ、海未ちゃん」
「はい?」
「……ううん。私たち三人の内、誰かが誰かとの関係が変わっても、いつまでも三人で居ようね?」
脈絡のない、それでいて大きな意味のある言葉。
海未はそんな事馴れっこで、穂乃果も海未に絶大な信頼を寄せているから、こんな事は、お互いに気にしない。
「――ええ、必ず。約束しますよ、穂乃果」
目と目で解る。表情で解る。
それは大切な約束。
ピリリリリ、と剣道場の隅で鳴り出した携帯電話。
穂乃果は携帯電話を少し恨めしげに見て、それから微笑んで、呟く。
「海未ちゃん。行ってらっしゃい」
「え?」
海未は穂乃果に背中を押されて戸惑いを隠せずいた。
「ことりちゃんが、待ってるから――」
夕焼けはいつだって眩しくて、綺麗で、気高かった。
そんな風に西の空に沈んでいく太陽を眺めながら、ことりは約束の場所で海未を待ち続けていた。
結局昨日のレンガの家はなかったが、ことりはもう気にしてはいなかった。
きっと、不思議な何かだったのだ。今度希に相談してみよう――そんな気持ちぐらいしか、持ち合わせてはいないのだから。
「神さま神さま、もしことりの願いがかなうなら、どうか――」
ぎゅっ、と優しく抱きしめたのは、プレゼント。
きっともうすぐ海未はやってくる。
胸の高鳴りはもう抑えはしない。この気持ちを抑える必要なんてないから。
「お待たせしました、ことり」
現れた海未の恰好は、相変わらずお世辞にもおしゃれとは言えない服装。
シンプルで、控えめで、それが海未らしくて、ことりはほっと息を吐いた。
「えへへ、まずは一言、ね?」
きっと最高の笑顔で言える。
「ハッピーバースデイ、海未ちゃん!」
ことりは両手に持っていたプレゼントを差し出す。
ことりが出来る、最高級の、最上級の、とびっきりの、素敵な笑顔を添えて。
「ことり……ありがとうございます」
海未は例年通りの心から嬉しそうな表情でプレゼントを受け取る。
「帰ったら開けさせていただきますね」
相変わらずの礼儀正しさだったが、ことりはゆっくりと首を横に振る。
「今、開けてほしいな」
「今、ですか?」
呆気にとられた表情を浮かべる海未は、しかし気を取り直してリボンに手を掛ける。
するする、とリボンは解けてあっという間に白い立方体が姿を現す。
ことりの心は早鐘を打ち続けていたが、表情は笑顔だった。
「これは――プリザーブドフラワー、ですか?」
箱の中身を取り出した海未は、驚いた表情を浮かべる。
プリザーブドフラワーは高価なのでは、と口の中で呟く海未。
「この花……オオギク、ですか?」
ここからが、勝負。
スピカはテリブルを恐れない。自ら、扉を開けるんだから。
「うん。オオギクだよ」
海未はオオギクを見つめながら考え込む。
ことりの好きな、あの日本刀のまなざしを浮かべて。
「……花言葉と関係があったりします? オオギクの花言葉までは知らないのですが」
苦笑しながら語る海未。
海未はいつも鋭い。的確に、ことりの本心や穂乃果の本心を読み取ってくる。
「――」
震える両足に力を込めて。
小刻みに揺れる唇を一度だけ舌でなめて。
からからに乾いた喉で、無理矢理唾を飲み込んで。
ビリビリ震える指と指をぎゅっと絡め合わせて。
大きく息を吸い込んで。
大きく息を吐き出して。
小学校の頃から。
あの日、あなたに助けられてから。
私はスピカテリブルと共に生きてきた。
そして今、花に背中を押されて、貴女という存在に、想いを打ち明ける。
怖いけど、もう夢想するのは終わり。
今、未来のドアを開かなきゃ――。
「ことり? どうかしまし――」
「聞いてください。海未ちゃん。私は――」
海未ちゃんの事が――
「海未ちゃんの事が――」
好きです――
「好きです――」
このオオギクの花言葉の通り、貴女を心から愛しています――
「このオオギクの花言葉の通り、貴女を心から愛しています――」
「こ、とり」
「海未ちゃん、生まれてきてくれて、ありがとう。私、海未ちゃんに会えて、とっても嬉しい」
オオギクの花言葉の様に飾り気はなく。
スピカの様に純粋な、まっすぐな気持ち。
そして、夜空にきらめくスピカに負けないほど明るい笑顔を。
オオギクの鮮やかさに負けないほどの美しい笑顔を。
この世で一番大切な、あなたに。
優しい風が吹いて、プリザーブドフラワーがひらりと揺れる。
海未の髪を撫でて、ことりの髪を撫でる。
「ことり――私は同性愛者――という訳ではないのです」
うん。
「ですが――同性愛者に差別の心がある訳でもありません」
うん。
「それに、私は、ことりが好きです」
うん。
「でも、それは決してことりが望む好きではありません」
うん。
「だからこそ気軽に、ことりとお付き合いする、という言葉は口にできません」
うん。
「だから、今の素直な気持ちを言いますね」
うん。
「ことり、ありがとうございます。私、とても嬉しいです。本当に」
――はいっ……!
「だから、泣かないでください」
うん……!
「ことり……ふふふ、そんなに泣いてはいけません。笑顔の方がことりに似合いますよ」
うんっ。
「絶対に、今年の、今日の誕生日は、私にとって最高の誕生日だと思います。ありがとう、ことり」
「ここなのですか?」
夕焼けの商店街は人もまばらになっていた。
海未とことりは更に商店街を進んで、もう人が通ることもないような商店街の外れまで差し掛かる。
今ここにいるのは、海未とことりの二人ぐらいか。
「うん、ここで不思議なおじいさんと出会って、プリザーブドフラワーを貰ったの」
ここ――昨日のレンガの家で、今は空き地の、静かな場所。
海未は一瞬考える素振りを見せて、ハッと顔をあげた。
「ことり、ここの事、覚えていませんか?」
「え?」
海未は微笑んで、空き地へと進んで行く。
その足取りは明るく、ことりは訳も解らず、しかし海未を追って空き地の中へ。
「ここは、私とことりが初めて出会った場所ですよ」
「ええええ!?」
「ふふ、ここでことりに暴言を吐いていた輩を追い払ったのですから」
海未は微笑みながら、振り向いて言った。
「ここ、ことりが転校してくる前はレンガの家があって、色々な花がたくさん咲いていたのです。私と穂乃果はここのお爺さんによくしてもらっていたのですよ?」
懐かしげな笑顔のまま、海未は続ける。
「で、お爺さんが亡くなった後、ここは空き地になって、その後ことりが転校してきて……ことり、下校途中によく自生している花に水をあげていたでしょう?」
「う、うん。でも、なんで海未ちゃんが知ってるの?」
「商店街では噂されていましたから。私たち以外にも、可愛い女の子が空き地の花を水やりしてる、と」
「は、恥ずかしい……」
海未は赤面することりに微笑みを投げかけ、言葉を続ける。
「きっとことりの優しさに応える為に、ことりに白昼夢を見せてくれたのでしょう」
「そう……なのかな? お花の恩返し、かな?」
ことりの言葉に、海未は思わずくすっと笑って。
「感謝しなくてはいけませんね、この空き地と空き地の花に」
「海未ちゃんが? どうして?」
「ことりという、花からも応援される程の優しさを持つ女の子に、誕生日をお祝いしてもらって」
「う、海未ちゃ……!」
ボッ! と真っ赤になることり。海未は悪戯っぽく笑うと、またもや携帯電話がピリピリと鳴いた。
「絵里? どうしたのですか? え? 今から? 真姫の家? はい、はい、わかりました」
海未ははち切れそうな笑顔を隠さず、ことりを振り向く。
「これから真姫の家で私の誕生日を祝ってくれるそうですよ? ホントはことりに黙って連れて来て欲しかったのに、ことりが電話に出ないから、と」
「えっ? そうなの?」
慌ててスマホを引っ張り出すことり。そこには十件以上の着信履歴がことりに沈黙の文句を想像させる。
「私は果報者です。ことりにお祝いしてもらって、かけがえのない仲間たちにお祝いしてもらって」
海未はにこり、と微笑んだ。
それがことりにとって嬉しくて、嬉しくて。ことりはもう一度大きな声で、海未に向かって叫んだ。
「海未ちゃん! 生まれて来てくれてありがとう! ――大好き!!」
スピカテリブルなんて、心からの愛で取り払える――。
海未の両手の中で、鮮やかなオオギクが幸せそうに風に吹かれていた。
海未「誕生日に菊の花を貰ってしまいました」了
乙
最高だった
乙すばらしいね
普通に感動しました。お疲れ様でしたー
乙です
よいぞよいぞ
すっげえ。すさまじいな
ウルトラハラショーだわ
おつです
大好きな海未ちゃんを祝えてよかった。
海未ちゃん愛してる、生まれて来てくれてありがとう。
ことうみ素晴らしすぎる
机の上に置いてなくてよかったです(小並感)
いいもの読めた
お疲れ様でした
このSSまとめへのコメント
これは良いスレタイ詐欺