咲―saki-と天―天和通りの快男児―のクロスものです
こちらはいわゆる前スレ↓
久「これが私の四暗刻地獄待ちッ!」和「SOA」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1360263141
長野県、龍門渕高校。夕暮れを過ぎてなお灯りが点いている部室で、少女たちが麻雀卓を囲んでいた。
衣「ツモっ!!!」
衣「海底撈月……」ドヤァ
衣「さらにリーチ一発タンピン一盃口表4赤2のドラ6がついて、裏ドラ不要の数え役満、8000・16000で衣の
トップだぞ!」フフンッ
――。
――――。
衣「では衣は一足先に帰るぞ」
純「お~、おつかれ~」ヒラヒラ
智紀「……おつ」
一「またあとでね、衣」
透華「私たちはまだ雑事があるので一緒に帰れませんができるだけ早く帰りますわ。それではハギヨシ、衣を頼みますわ
よ!」パチンッ!!
萩原「無論でございます、透華お嬢様」
純「ぷわぁ、なんか今日は思ったよりもシンドかったな」グデー
一「今日は半月でも晴れていたからね。月が良く出ていた」
純「いやあ、どう鳴いても全然流れ変わんねーんだもんな、今日は。満月かと思ったぜ」
衣と萩原が部室から出た後、井上純は少々疲労の体を見せて椅子にもたれかかった。その大波に揉まれたような様子も然
もあらん、今日の麻雀は全て衣のトップ、見事なまでの蹂躙劇だった。
麻雀に流れを見る純には、今日の衣に津波のような巨大な流れが見えていた。抗そうともがいても何ともならずにひたす
らに流されたあたり、今日の衣にはツキも相当あったらしい。満月下の衣を彷彿とさせる強さだった。
天江衣は特異なことに、そのコンディションが昼夜と月齢に左右されている。新月の朝が最低であり、満月の夜を最高と
する。条件が高くなるほど雀力が高く、性格は嗜虐的になるという一般人からするとかなり変わったバイオリズムを持っ
ているのだ。
この日は半月。完全とはいかないまでも、衣がこの面子で卓を支配し、制圧するには十全の条件だった。
智紀「にもかかわらず、イノシシのように突っ張ったのが約一名……」
透華「……」
手牌がかなり良かったのか、今日の透華はかなり押していた。そして、押しては挙句に衣へ放銃という完全に半ヅキ状態
の体現者になっていたのである。今日の結果はダントツトップが衣で、その反動のようにダントツラスが透華、というも
のだった。
透華は基本的にデジタルな打ち筋を好むが、良くも悪くも勢いに流されやすい傾向がある。その所為で勝っているときは
とことん勝てるが、負けるときはひたすら泥沼、という小さくまとまらないあたりに龍門渕透華という人物を良く反映し
た麻雀と言えるだろう。
衣の調子も相俟って、今日はそれが悪い方に出たようである。
透華「た、たとえ月の出てる衣が相手と言えどっ!」
透華「麻雀はっ!!」
透華「勝ちに行くものですわっ!!!」
透華「勝負は勝ってなんぼっ!」
透華「勝たなければ目立てませんわっ!!」
透華「何事も目立ってなんぼですわっ!!!」
透華「目立ってなんぼですわっっ!!!!」
今日の鬱憤を晴らすようにボルテージの上がっていく透華。
誰がどう見ても負け惜しみではあるのだが、それは意地っ張りで見栄っ張りで目立ちたがり屋で負けず嫌いな透華らし
い。いつもの透華だ、と一は思った。衣にボロ負けしてもちっとも堪えていない。
調子が良いときの衣を相手に、自分らしさを保つのは難しい。それは未だに月に恐れを抱いてる自身が身に染みてわかっ
ている。
――彼岸にいる者は、すぐに衣の異質に気づくだろう。衣がいるのは、彼岸のさらに奥深く、人の手の及ばぬ深淵であ
る、と。同じ側にいるが故に、しばしば呑み込まれそうにもなる。
しかし透華にはそれが無い。衣の持っているモノに気づけないほど鈍感なわけではない。相違に気づいていてなお、透華
は衣の雰囲気を全く介さないのだ。決して折れない、曲がらない。その強さというか在り方が、一にはとてもまぶしく見
えた。
そして、透華のそんなまぶしさも、一は好きなのだ。
一「でも、ボクは好きだよ。透華のそういうところ」
透華「んな……ッ!?」
ストレートな言葉が予想以上に効いたのか、呆けた顔を林檎飴のように染めて透華は硬直した。耳に入ってくる音――純
のからかい半分の冷やかし――も全く認識できていないようだった。
透華「な、なんだか熱くなってきましたわね……。そ、そうですわ! きっと麻雀のやる気が燃え出してきてるに違いあ
りませんわっ!! 帰ってからはネット麻雀で有象無象をちぎっては投げちぎって投げですわねっっ!!」
とにかくこの硬直をどうにか解消しなければならないと、透華は唐突に一頻りにワケのわからない呪文を唱えていた。そ
の様はさながら部品の欠けた機械が自壊するまで大きくガタつく様子を、見る者に連想させたのだった。
透華「……しかし」
しばらくして熱暴走していた透華が、唐突に何かに気づいたようにはたと元に戻った。
透華「私たちはそうやっていくらでも対局相手を変えることができますが、衣はそうはいきませんわよね?」
そうやってというのは、先刻の呪文の内容に掛かっているようだ。なんだかんだで、何らかの思考プロセスは辿っていた
らしい。
衣と卓を囲むことに常人は堪えられない。
衣――とくに満月のときの衣――には、ただそこにいるだけで他者を畏怖せしめる雰囲気がある。透華の父をして『理解
の外にいる』と言わしめる衣の持っている『何か』は、空間を共にすることにさえ資格を必要とさせるのだ。
衣は麻雀で他人を壊せるのである。そしてそうならないための敷居は、高い。
それ故に、衣は孤独だった。そんな衣の孤独を埋めようとして、透華が全国から集めたのが智紀であり、純であり、一で
ある。
3人とも衣と打っても壊れない精神力があり、また打ち解けて友人となるほどに衣とはウマが合った。
惜しむらくは衣と打てても衣に勝てない所であろうか。半月でも場合によっては今日のように手も足も出なくなり、満月
では言わずもがな。
――孤独は癒せても孤高から抜け出させることはできない。
それほどに衣は特別な場所にいたのだ。
透華「もう新学期になりましたし、インターハイの地区予選も秒読みですわ。今のままでも私たちが負けるとは思いませ
んが、ここ最近はこの面子で打ってばかりです。たまには違う方と卓を囲むのも、練習や気分転換の意味では悪くはない
かもしれませんわね……」
だが、問題はいくつか存在する。
この学校にはもう自分たちと打つ者はいない――以前麻雀部にいた部員たちは透華たちがボコボコに伸して(麻雀で、で
ある)追い出した。
しかも、誰でも良いというわけではない――今のメンバーは去年全国大会まで行って、特に衣はMVPだ、余りレベルの低い
者は好ましくない。
しかし他の強豪校と練習試合をするという選択肢もイマイチ――あまり外部に情報は出さずに大会に臨みたい。その方が
今年、去年以上の強さで大会を勝ち抜いていくときのインパクトが強い。つまり目立てる。
――すると残る選択肢は……。
透華「プロの方でも呼ぼうかしら……?」
純「つってもよー、プロったってそんじょそこらのじゃ衣が満足しねえだろ?」
智紀「……先日のプロアマ親善試合、プロを差し置いて優勝したのは衣」
純「だろ? 相当強くなきゃ逆に衣のモチベ下がっちまわねえか?」
これもまた問題と言えるだろう。
衣は下手なプロよりも強いのだ。
人が違うのにやることが同じでは結局、衣にとっては全く意味のないものとなってしまう。
龍門渕高校麻雀部の一員である以上、衣にも麻雀を楽しんでもらわなくては。と言うよりも、衣のために今のような形に
麻雀部を変えたのだ。
透華は衣に対しては過保護であった。
一「でもプロは強い人ほど忙しいからね、都合良くいい人なんて見つかるかな?」
どの競技においても言えることだが、強者ほど試合は増える。総当たりのリーグ戦ならば強弱に試合数の差は出ないが、
往々にして、大会は勝ち抜き形式のものも多い。勝者は更なる試合に進むが、敗者はそれっきりだ。故に、強者と弱者で
は試合数に差が出て来る。
また、実力がそのまま要因にもなるため、トッププロには人気が高い者が多い。自然、麻雀以外にもメディアの仕事もで
きるから、さらにスケジュールは埋まることとなる。
以上の理由から、強いプロに依頼をすることは、ましてや一高校の部活動の指導と言う事ではなかなかに難しいことであ
った。
透華「確かにそれも一理ありますのよね、どういたしましょうか……ハギヨシッ!」パチン!
萩原「――はっ、ここに」
純「うおッッ!?」ガタッ!
一「っ!?」ビクッ
智紀「っ……」ピク・・・
純「こ、衣を屋敷に送りに行ったんじゃないのかよ!?」
萩原「……? 衣様は既にお屋敷の方へお送りいたしましたよ?」
一「ちょ、ちょっと早くないかな……?」
萩原「執事ですから」
そう言ってニコリと笑みを浮かべる萩原に、一体何が執事だからなのかと問い詰めたいところだったが、なにしろ聞いて
はいけない気がしたというよりも、答えが返ってくるかもしれないのが逆に恐ろしくて、純も一も智紀も思わず口を噤ん
でしまっていた。
しかしそんな外野の思いも当の主従はどこ吹く風。
透華「誰か適当な方はいらっしゃらないかしら、ハギヨシ?」
萩原「……プロの方ではありませんが、衣様と戦える実力があり、また時間にも余裕があるという条件に当て嵌まる人物
が、今ならば一人、長野にいるようです」
透華「アマチュアの方……?」
萩原「『元』裏プロ、でしょうか……いえ、裏プロ期間は短かったですから勝負師や博奕打ちと言った方が個人的にはし
っくりきますね」
透華「――何やらその人物について詳しそうですけれど、有名な方ですの?」
萩原「名前は赤木しげる。裏では『伝説』でございますよ、透華お嬢様」
透華「伝説とはまたずいぶんと大仰ですわね」
萩原「しかし、彼の経歴を考えるならばそれも仕方なしかと。裏の小鍛治健夜プロ、と言えば多少ニュアンスは伝わるで
しょうか?」
透華「小鍛治プロ? それはつまり……」
萩原「はい、裏プロだったのは3年間ですがその間は無敗。それどころかもう40も半ばを過ぎたはずですのに、彼がそ
の人生において麻雀で敗北を喫したのは『わずか2度』と言われています」
透華「はい?」
萩原「彼と交流のあったという刑事の話が有名ですが、それが本当ならば彼が麻雀に初めて触れたのは13歳の時です。
恐ろしいことに、彼はそのとき『麻雀を覚えながら』裏プロを屠っています。とてつもない才能と言えるでしょう」
――つまり、初心者の時ですら敗北が無かったということ。
純「オイオイいくらなんでもそりゃ話の盛り過ぎじゃねーのか? 素人が玄人に勝つってさすがに無理があるだろ」
それはさすがに眉唾だ、と声を挙げたのは純だった。
麻雀は運の要素が大きいゲームではあるが、決して運だけでどうにかなるようなゲームでもないのだ。さらにはコインの
裏表を当てるといった単純なルールではなく、覚えるべきことも多い。牌に触ったばかりの人間が、その道で日々の糧を
得ている者に勝つことなど、まず不可能、到底無理な話だ。
純の疑惑は、その場の全員の共通認識を代弁したものだった。
萩原「はい、確かにその話の真偽は今となっては不明です。それだけならばただの戯言と取られたことでしょう。しかし
勝利をしたのはどうやら事実のようですよ。その対局の数日後、得た勝ち金をチップに彼は当時トップクラスの代打ちと
サシ勝負を行い、これを降しています。これは立会人を挟んだ勝負でしたので多くの証人がおりました。赤木しげるの名
が広まるきっかけとなった対局です」
――彼の才を示すエピソードとしては、こちらだけでも十分でございましょう。
確かに、そう言われては純も閉口せざるを得なかった。仮に自分が、今すぐトッププロと麻雀をして勝てと言われても、
十中八九無理である。判断には十分な情報だった。
そして以降、彼はほぼすべての麻雀に勝ち続け、初めて負けたのは裏プロを辞めてから天貴史という男に1半荘順位で負
けたのが1度目、さらに数年前に裏プロたちが東西に分かれて争った時に途中敗退したのが2度目の敗北だった、と萩原
は簡単に赤木しげるの経歴を説明した。
透華「確かに、それならば実力は十分そうですわね」
純「いや、本当なら完全にバケモノだろ……」
一「ちょっと人かどうか疑っちゃうよね」
萩原「はい。先月初旬にも、とある喫茶店で藤田靖子プロと2半荘の勝負をし、勝利しています。特に最初の半荘では3
家をトバしての勝利だったようで、今なお平打ちでも実力に全く翳りはないみたいですね」
透華「藤田プロと?」
純「誰だっけ?」
一「ほら、さっきともきーの言ってた親善試合で衣に負けて2位だった人だよ」
純「あぁ、あのやたらカツ丼食ってたのか」アレウマソウダッタナー
智紀「藤田靖子、佐久フェレッターズに所属。『まくりの女王』の異名で知られる、逆転の打ち筋が得意なプロ雀士。こ
こ1ヶ月ほどの成績はかなり良いみたい……」パソコンカタカタ
萩原「藤田プロとの対局の後、長野を出てさらに北、岩手を経て北海道まで放浪していたようですが、最近また長野まで
南下してきたようです」
透華「ところで、人柄はどうですの?」
なるほどなるほどと相槌を打つと、これだけは聞いておかねばならないだろう、透華は萩原に尋ねた。確かに、実力があ
ることは納得した。しかし、どんなにすごい打ち手であろうと経歴が経歴である。衣の教育上よろしくない人物は遠ざけ
ねばならない。透華は衣に対しては過保護であった。
萩原「性格は破天荒で我が強く、一匹狼を好む傾向にありますが、どうやら意外に面倒見の良い部分もあるようで、彼と
接した一般の方々の反応は概ね上々ですよ。悪し様に言うのは彼に毟られた者たちぐらいですね」
透華「ふむ……」
萩原から得た情報を統合、精査して、透華は結論を導こうとするが、しかし何ともイメージのしにくい人物像だった。
透華「まぁ、あんまり考えても仕方ありませんね、最後は直に見て決めましょう」
萩原の様子では、危険な人物ではなさそうだ。深く考えることはせず、より確実な方法を取ることにした。
こうして、次の満月の日の予定が概ね決定した所で、予想以上に長引いた雑談をお開きにした。早く帰るといった手前、
いい加減にしないと衣を寂しがらせてしまうだろう。
透華「ところでハギヨシ」
萩原「何でしょうか」
帰りの車の中、運転する萩原に透華は声を掛けた。先ほどの話に、若干の引っ掛かりがあったので、それを解消してしま
おうと思ったのだ。
透華「あなた、赤木という人と会ったことがありますわね?」
一「えっ? ハギヨシさんが?」
萩原「どうして、そうお思いになられましたか?」
透華「仕えている執事のことですもの、丸わかりですわ。先ほどの、ただ調査結果を説明しているにしては少々私情が混
ざっていましてよ」
萩原「ご慧眼、恐れ入ります。確かに、私は1度だけ彼の対局を後ろから拝見したことがございます」
純「へー。どんな感じだったんだ?」
萩原「そうですね、奇にして妙、加えて強運と豪胆。見ていて実に面白い打ち手でございました」
透華「なんだか楽しそうに見えますわよ、ハギヨシ?」
萩原「――そうでございますね。恥ずかしながら、もう一度あの闘牌を見ることができると思うだけで少々童心に帰る思
いです」フッ
一「……」
純「……」
智紀「……」
透華「……本当に、なんというか、珍しいですわね」
いつも穏やかな表情を崩さない萩原が、今日はいつもより少々表情の変化が豊かである。悪くはなかった。しかし新鮮で
あることは間違いない。
萩原「……衣様は麻雀を覚えてこの方、勝利しか知りません。ここで一度勝利以外を知っておくことも、きっと悪くはな
いと思います」
透華「そうですわね。できるのならば、その方が良いですわよね……」
一「透華……?」
最後にそっと萩原が具申したことは、透華も気にはなっていたことであった。
衣は少なくとも満月時に負けたことは1度もない。
麻雀をしても自分が勝ってしまうだけなのに、しかし自分には麻雀しかない、と心のどこかで衣がそういう葛藤めいたも
のを持っている節は感じていた。何とかしようと5人で麻雀以外にもいろいろなことをしてきたが、恐らく完全には払拭
しきれていないのが現状だろう。
一度負ければ、そう言った頸木は外れるはずだ。自分が絶対唯一の異質ではないと知ることは衣にとってはきっと良いこ
と。
萩原は衣の実力を知っている。知っている上で、なおその赤木という人が勝つと思っているようだ。その人物もまた本
物、ということなのだろう。
だからそれは悪くない話のはずなのだが、どうにも透華は手放しでは喜べずにいた。
――最初に衣に勝つのは、私でありたかったですのに……。
まあ、その日に自分が2人を抑えて華麗に勝ってしまえば良いのだと、すぐに透華の思考はポジティブに回転を再開し始
めていた。
本日はここまでです。
次が依頼までの話、闘牌はその次からの予定です。
プロットとか何も考えていませんので、相変わらずのゆっくり更新です。ご了承ください。
この後唐突に思いついた全く関係のないネタを一つはさんで終了します
それでは失礼
※これはこのSSとは基本的に関係ないネタです。
―宮永の夏―
その年のインターハイ個人戦。台風の目となった選手は二人いた。
宮永照と、宮永咲。
奇しくも同じ苗字(当時は二人を姉妹と知る者は少なかった)の選手が破竹の勢いで勝利していく様子を見て、自然とこ
の年のインターハイはこう呼ばれることとなった。
宮永の夏、と。
宮永照は世に知られて久しく、その打ち筋は周知のものだったが、宮永咲は今年から出てきた選手。
どんな打ち手か、無名の清澄高校の大将として出場した団体戦で、すでにその片鱗を覗かせていたが、個人戦でついに開
花。その圧倒的な打ち筋は、宮永咲と同卓した者たちにとっては笑えないジョークを生み出すこととなった。
咲「その牌カン! ――もういっこカン!! カン!!! カン!!!!」ゴッ
咲「ツモ! 嶺上開花。四槓子の責任払いで終了です。麻雀って楽しいよね!!」ニッコリ
――麻雀は、3つの段階に分かれている。
――――席決めと、賽振りと、起家の第1摸打だ。
乙ー
待ちすぎて禿げた
乙
スレタイは天じゃ無くてアカギだろ
前スレ放置落ちだっけ?
>>17 スレタイは確かにアカギだが前スレは完結してるぞ
>>15
まことに心苦しいのですが、このSSが終わるまでにも度々お待ちいただくことになります。
\ゆっくりはげていってね!!!/
>>16
ありがとうございます
>>17>>18
赤木しげるが出るので『アカギ』からとってもいいかと思っていたのですが、まずかったようですね
そこのところあまりよく考えていませんでした、申し訳ないです
前スレはHTML化依頼を出しています
懐かしいね
期待して待ってます
>>20
ご無沙汰しておりました。
楽しんでいただけますなら書く甲斐もあるというものです。
補足し忘れていましたが、>>14の元ネタは『MoMaの冬』です
最近むこうぶち買い始めましたけど、水戸グループだっぺだっぺ言い過ぎでワロタ
いばらぎだがらってとりあえずだっぺつけりゃいいってもんじゃねえがらこのごじゃっぺがぁ
衣「本当かトーカ!」パァッ
透華「ええ。ハギヨシの言う通りならば満月の衣でも苦戦は必至、らしいですわ」
衣「衣が死力を尽くして猶、乾坤を賭すに足る頸敵とは、実に心躍る話ではないかっ!」
透華「実際に打ってもらうかは今日直に会って決めようかと思うのですけど、衣も一緒に行きます?」
衣「いく~っ! 無論ついて行くぞ!」ワーイ
――。
――――。
透華「――で、今この料亭にいるらしいですけど……」
一「来たのはいいんだけど、どうするの? このまま外で待ってるの?」
衣「このまま会いに行くのはダメなのか?」
純「そりゃここメシ屋だからなあ、食ってる途中にドカドカ入り込んでくのはマズイだろ?」
透華「…………」
一「もしかして、何も考えてなかった?」
智紀「とにかく行動って辺りは従姉妹同士そっくり……」
透華「と、とりあえず中に入りましょうっ! 食事時ですものね、それがいいですわっっ!!」
純「ここ個室しかないぜ? ヘタすっと入れ違いにならねえか?」
透華「……………………」
そうしてああでもないこうでもないと、やいのやいの言っているうちに、おもむろに店の入り口が開いて人が出てきた。
客ではない、店員だった。
もしかして騒ぎ過ぎたかと、一瞬ぎょっとした透華たちだが、店員の反応は予想外のものだった。
店員「あっ、赤木様のお連れの方5名様でございますね。いらっしゃいませ。ただいまご案内いたします」
5人「はい……?」
――。
――――。
一「どうしてボクたちが外にいるってわかったんですか?」
店員「……? 今、外にお連れの方がいるから通してくれと赤木様が仰られたので参ったのですが……?」
もしかして人違いでしたでしょうか、と店員が首を傾げた。
――。
――――。
一「ねえ、この感じ……」
純「あぁ、かなりヤバいな……」
それは確信。
店内の廊下を進むほどに全員が感じていた。間違いなく、この先に目的の人物がいる。
静謐で冷涼、深海を想起させる空気。
5人は巨大な気配を察知していた。
衣「快也……っ!」ニヤリ
店員「お連れ様をご案内しました」
通された部屋に、いた。
胡坐をかいて入口を向いていた男は、来客を認めると持っていた吸殻をもみ消した。
満月の衣のように畏怖を促すものでも、また外側へベクトルの向うものでもないが、はっきりとわかる、膨大な才気。
――これが、『神域』赤木しげる……!
相見えるだけで、萩原の話は真実だと5人は確信せざるを得なかった。
赤木「やれやれ、最近やたら学生に縁がある……」
赤木「で、何の用だい……?」
透華「えっと……、赤木しげるさんでよろ……」
衣「おまえがアカギかっ!!」
赤木「……あぁ」
衣「ころもとマージャ……」
純「ほいほい落ち着けって、相手さん驚いてるじゃねえか」
部屋に入るなり飛び出した衣を純がひょいと持ち上げて嗜めた。
対する赤木は、知る者が見れば間違いなく目を瞠るだろう、動揺していた。
たとえ筋者だろうが、鉄砲玉だろうが、殺し屋だろうが全く動じない自信がある赤木も、対面するなりいきなり元気いっ
ぱいに捲し立ててきた衣にすっかり目を白黒させてしまっていた。
この手の手合いは初めてだ。どう接していいか終ぞわからない。
赤木「元気なちびっこだ……」
赤木の感想には透華たちも苦笑するしかなかった。
透華「どうして私たちが外にいるとわかりましたの? 事前にアポイントメントは取っていませんでしたのに……」
赤木「まあ飯食いに来たにしちゃおかしな気配がしたからな……。俺の客かどうかは、別に強いて言える理由はねえな、
言っちまえば勘だ」
そうは言うものの、店の外にいる5人に気づいたり、その本人言うところの『直感』にすんなり従えるあたりが尋常では
ない。実に才気走っている。
赤木「まぁ立ち話もなんだ、座んな……」
そう促されて座る5人だが、しかしどうにもつきまとう圧倒的な違和感。
透華「あの、もしかしてどなたかと待ち合わせでしたか? そうでしたら時間を改めますけども……」
赤木「いや、そんなもんはないぜ……?」
赤木は怪訝な顔をしたが、透華が尋ねたくなるのも無理からぬことだ。
料理が多すぎる。テーブルに所狭しといろいろなメニューが並べられていて、とても1人で食べる量には見えない。
一「じゃあ、一人でこんなに食べるんですか?」
智紀「……見た目によらず大食漢」
赤木「いや、もう食った……」
一「えっ?」
赤木「食いたい分食ったら終わりだろ、そりゃ? もう下げてもらうところさ」
しれっという赤木の言葉に、よくよく目を凝らせば、確かにそれぞれ手を付けた形跡が僅かに見られる。
どうやら一口食べてはそれっきりらしい。
決して安い料亭ではない。随分と贅沢な食事の仕方だ。
純(もったいねえ……)
赤木「なんだ、食いてえのかい?」
純「あ、えぇっと……」
赤木「別にかまわないぜ、好きに食ってもらっても。欲しいのがあれば適当に頼みゃいいしな。もう金は余分に払ってあ
んだ、お前らも食ってもらった方がムダが無いってもんさ……」
純「いいんですか!?」
赤木「あぁ、遠慮すんなよ、兄ちゃん」
純「……」
沈黙。
場が、空気が、凍りついたのを感じたが赤木、何が何やらわからない。
右往左往をするほどではないが、確かに赤木、わずかに混乱。
純「……あの」
赤木「ん……?」
純「オレ、女なんすけど……」
赤木「……」
刹那呆けたように純を見つめると、ついと目線を逸らせて赤木は周りを見た。
純以外は全員、笑いを堪えているのか肩が震えている。どうやら本当らしい。
赤木「…………」
赤木「あらら……」
――。
――――。
赤木「いやまあ、しかし、なんだ、今の女子高生ってのはちっこいのとでっかいのの差が随分あんだな……?」
純「……? オレと衣くらいの差になるとかなり珍しいと思うすけど……」
赤木「いや、このあいだ知り合いに顔見せに岩手くんだりまで行ったんだけどよ、そこで会ったのはそこのちっこいのと
同じくらいのと、お前さんよりも高いのがいたぜ? ……まあ、あっちの高いのはすぐ女ってわかる見た目だったけど
よ」チッコイノッテイウナー!
純「……」
赤木「……っと、話が随分逸れちまった。で、お前たちは何の用で来たんだ?」
衣「衣と麻雀をしてほしいぞ!」
赤木「…………」
衣「衣と麻雀をしてほしいぞっ!!」
待っていましたと声を張り上げた衣に、赤木は何とも言えず閉口してしまった。
何を言われるのかと思えば、なんとも見た目幼いこの少女の麻雀の相手とは。
――それはつまるところ……。
赤木「なんでえ、子守かよ?」
衣「ころもはこどもじゃない! ころもはこのなかではいちばんおねえさんなんだぞ!」
赤木「まぁそんなこた別にどうでもいいが……」
衣「どうでもよくない~っ!」プンスカッ!
赤木「見たとこ学生の部活かなんかだろ? 大方指導かなんかだろうが、わざわざ俺みたいな筋者に頼まなくても、表に
いくらでも体裁のいいやつはいるだろうに」
透華「それがそうもいきませんの」
赤木「……?」
衣「衣は異質なのだ……」
先ほどまでの元気はどこへやら、衣は急にしおらしくなってしまっていた。
透華「この子……衣は麻雀に関しては少々特別でして……」
衣「衣が麻雀をすると、相手を壊してしまうのだ……」
透華「ちょっとしたプロでは歯が立ちませんの」
赤木「なるほどね……」
答える赤木の言葉は、字面だけ見ればただの相槌だが、その様子はただ自然と衣たちの話を受け入れていた。
赤木「ちょうど暇な遊び相手が、俺くらいしかいなかった……てえことかい」
透華「信じますの? こちらから持ちかけた話ではありますが、何ともオカルトじみた話ですのに」
赤木「いるもんさ、世の中には……。超常の『何か』に愛された人間ってのはよ……」
――それはたとえばかつて闘った『昭和の怪物』のような……。
赤木「それに、そいつが非凡なのは、見ればわかる……」
他の者も今までアカギが接してきた若者たちと比較しても勝るとも劣らずといった感ではあるが、やはり衣が纏う空気は
ひときわ異彩を放つ。
赤木「ところで……変わってんのはそこのちびっこだけなのかい……?」チビッコッテイウナー!
透華「? えぇ、そうですけど……?」
赤木「ふぅん……」
透華「あの、何か……?」
赤木「いいぜ、少し興味が湧いた……、別に高校生とやるのは初めてじゃねえ」
――受けよう、その話……。
赤木「見抜けなんだ、この神域の赤木の目をもってしても……」
でお送りしました。本日はここまでです
乙ー
続きが楽しみ(小並感)
>>33
ありがとうございます
お待たせしましたが、ようやっと続きができました
天気は快晴。月も真円。風は凪いで、湿気も無し。
夕焼けもやがて尽きて、夜闇が追ってきている。
条件は最高。
――約束の日、龍門渕家別邸。
衣「う~……」
衣は落ち着かなげに椅子に座って足をブラブラと振っていた。
まだ、予定の刻限には至っていない。しかし、どうにも逸る気持ちを衣は抑えることができなかった。
――初めて、自分と同じ側にいる人間と麻雀ができる。
先日の邂逅で、確信しているのだ。件の人物は自分と同種同類、異質異能の外れ者である、と。
鬼は鬼を嗅げるのだ。
今、衣が体を動かして紛らわせているのは焦燥ではなく、まさに鬼気と呼ぶべきものだった。
一「衣、待ちきれなくてうずうずしてるね」
透華「力も充足しているようですし、早く打ちたいのでしょう。こういう言い方は先方に失礼ですが、今日の相手は言わ
ば『どんなに力いっぱい振り回しても壊れない玩具』ですからね。楽しみなのでしょうね」
純「怪獣大決戦ってとこか。衣を楽しませるためにも、アオリ喰らってトバないようにしないとな」
透華「今日の対局、トビはありませんわよ?」
純「はっ?」
一「えっ、どうして?」
透華「今日の対局、名目上はインターハイへ向けての練習ですわよ? 衣は今のところ個人戦に出る予定はないのですか
ら……」
純「団体戦に合わせるってか?」
一「10万点持ちの半荘二回戦? けどそれでもトビはあるよね?」
透華「ポジションと試合展開によって持ち点は変わるんですから、10万点は便宜上ですわ。ハコ下はありにしましょ
う」
透華「それに、トビが無い方が衣も気兼ねが無いというものでしょう。つまり、体たらくですと恥を晒し続けますわ
よ?」
純「透華ぁ、それそのまんまお前にも言えることだぜ~?」
透華「私は勝ちますからノープロブレムですわ!」
一「ハハハ……」
透華「それに、今回は私たちにとってもいい機会です。『牌に愛された者たち』に挟まれた状況でどう立ち回ればよいの
か、よくよく吟味できますわ」
衣はさしたる興味を持たなかったせいで他校の試合を観戦することはなかったが、透華たちは観たのだ。全国の魔境、衣
と同じ超常の打ち手たちを。
――透華たちと同年には大阪・三箇牧の荒川憩、鹿児島・永水女子の神代小蒔……。
――そして一つ上の今年3年、東京・白糸台の宮永照…………。
全国大会という舞台で必ず出会うだろう者たち。
今年も新星が出ないとは限らない。去年は1年の衣が最多獲得得点でMVPだ。同じく、神代、荒川も台頭してきた。今年の
1年にも『持っている』人間がいるかもしれない。
彼女たちとかち合ったとき、あるいは彼女たちがかち合ったのに出くわしたとき、どうすれば良いのか。
今日はその擬似的なシミュレーションができるのだ。
衣「……来たっ!」
衣が来客を察知して頭のリボンを兎の耳のように跳ね上げるのと、玄関の扉が叩かれるのはほぼ同時だった。
衣「翹望したる賓の到来だ」
萩原「赤木様がご到着いたしました」
赤木「よお……」
入ってきた赤木の様子は、逸る衣とは反対に、泰然としたものだった。
透華「よく御越し下さいました。この度はこちらの我儘に付き合っていただき……」
赤木「あぁ、堅苦しい挨拶は要らねえよ。しかし、龍門渕ってどっかで聞いたことがあると思ってたら、あの執事の兄ち
ゃん見てようやく思い出したぜ。お前あのトッぽいおっさんの孫なんだって?」
透華「へ?」
赤木「あれが今は学長とはな……ククク、似合わねえ」
萩原「赤木様が仰られているのは大旦那様のことでございますよ、お嬢様」
透華「お爺様? お爺様のお知り合いでしたの?」
萩原「お嬢様がお生まれになる以前の話でありますが、大旦那様は高レートの麻雀に興じられていた時期がございまし
て……」
透華「お爺様が麻雀を?」
透華の記憶にある限り、祖父が自ら卓を囲むことは今までなかったはずだ。麻雀は観る内が華、などと言って、観戦は好
んでしていたし、また、積極的に学園の麻雀部を支援もしていたので、麻雀が好きなのは間違いないと思っていたが。し
かし自分で牌に触ることはなかったのだ。
透華(そのお爺様が、高レートの賭け麻雀?)
萩原「大旦那様はご自身も優れた打ち手でした。ただ、少々スリルを求められる方でしたので、ノーレートでは足りぬと
大奥様の目を盗んでは夜な夜な……」
透華(何をしてますのお爺様~~っ!)
萩原「連戦連勝でした。そうして勝っているうちは問題なかったのですが……」
透華「あぁ、なんとなく先が読めますわ……」
萩原「はい。こちらの赤木様に大負けいたしまして……。額が額でしたので大奥様にも隠し切れず……」
透華「お婆様がお爺様を折檻しましたのね、よく情景が浮かびますわ……自身は牌を取らない方ですが、そういう理由が
ありましたのね……」
赤木「20年ぐらい前だったか? あの頃は主人に振り回されてた御付きの坊主が立派になったもんだ……」
萩原「恐縮です」
透華「に、20年前? ハ、ハギヨシの少年時代……?」
一「ど、どんな感じだったんだろう? すごい気になる……」
純「あ、あぁ、気になるな……」
智紀「……謎すぎる」
衣「想像を絶するぞ……」
萩原「誰しも、未熟な時代はあるものですよ」ハハハ
赤木「それじゃあ、早速やるか? 最初は誰がやるんだ?」
衣「当然、衣はやるぞ!」
透華「私も出ますわよ!」
智紀「私はまず採譜のための機材のセッティング……」
一「――すると残りはボクか純くんだね」
純「そうだな。なら、ジャンケンで決めるか?」
一「それじゃ……」
――じゃーんけーん…………。
純「よっしゃ、オレが先だな」
一「ちぇ~」
前半戦東一局、親・透華、ドラⅠ
東家 透華 100000
南家 赤木 100000
西家 純 100000
北家 衣 100000
――よろしくお願いします……ッ!
アカギの相手になる気がしない
以下
萬子:一二三四五六七八九
筒子:①②③④⑤⑥⑦⑧⑨
索子:ⅠⅡⅢⅣⅤⅥⅦⅧⅨ
字牌:東南西北白発中
赤ドラは()で囲み、鳴かれた牌は[]で、立直宣言牌は後ろに立をつけます
これは暫定的なもので、後々変更する可能性があります
――4順目。
透華捨て牌
西南白①
赤木捨て牌
北四(五)
純捨て牌
北西南
衣捨て牌
西白東
赤木「まずは、様子見かね……」
――最初に動いたのはこの男。
赤木「リーチ……」
赤木、打六
――先制は赤木、4順目にして牌を曲げる。
純(赤五入れた1面子を手出しで落としといてもうリーチとかツキ太すぎんだろ……こりゃずらさなきゃヤバ気だな)
純「チー」
純手牌 四六九⑥ⅣⅤⅥⅧ東発中 チー六五七
純、打四
衣「……」ニヤリ
衣、打発
透華(生牌の発? 衣、かなり強い一打ですわね、何か情報が……?)
透華手牌 一三三四⑤⑤⑥ⅡⅢⅥⅦ北北 ツモⅠ
透華(赤入り四五六面子が要らないということは、タンヤオドラ1が必要ない……ということ。最低3飜は他に備えてい
る……ずばり純全帯か染め手が最有力、次点で高目二盃口の平和一盃口か役牌含み混全帯、ツモ四暗……!)
透華(――いや、さすがに4順の役満聴牌なんて大事故だとは思いたくはないですわね。しかし、ここまで判れば危険牌
も限られて回し打ちも余裕綽々、華麗に返り討ちで親連荘……とできれば理想的なのですが)
透華、打北
透華(気をつけなければいけない役満は、四暗刻単騎、九連宝燈、緑一色、ですか……北が私から4枚見えていますから
国士と四喜和はありえません。白2枚見えで大三元も無し、西3枚・南2枚出ていますから字一色も不可能。四暗刻以外
は染め手と同じ警戒の仕方で十分です)
透華(……とはいっても3向聴ですからね、攻めるには少々厳しいことも事実。全帯の可能性がまだある以上、生牌の
一・三は切れませんし、他の色もまだ切れません。受けを減らす四もナンセンス。とりあえずこの手牌では北の対子落と
しで様子見でしょう。その間に見えてくるものもあるはず)
赤木「……」
赤木、打⑥
純(で、これが一発ツモなワケだがっと……)
純手牌 六九⑥ⅣⅤⅥⅧ東発中 チー六五七 ツモ九
純(全帯クサい河と比べても、なんかアタリっぽいよな、これ……)
純(これがアタリってことは六が切れてっから待ちは単騎か双碰か、まあ八八八九の七・九待ちってのもあるにはある
か……けど、全帯っぽい気がすんだよなあ。そこらへんと么九牌押さえながら役牌バックって感じかねえ)
純、打六
――14順目。
透華捨て牌
西南白①北北
四発④ⅥⅦ白
⑧⑦
赤木捨て牌
北四(五)[六]立⑥Ⅵ
④ⅦⅢ三⑧⑤
八九
純捨て牌
北西南四六Ⅷ
⑥④ⅥⅤ四白
発
衣捨て牌
西白東発ⅧⅦ
ⅥⅤ一二七⑦
⑧
純(なんだ、九通ったのかよ。だが、喰い取った流れは最高だ。これで追いついた……)
純手牌 九九ⅣⅣ東東東発中中 チー六五七 ツモⅣ
純(すげえ么九牌が固まって来やがった、どういう流れしてんだよホント……)
九・東・発・中が重なった。まさに全帯を作るためにあるようなツモだった。
純(衣がガンガン押してきてくれて助かったぜ、安牌に困らず押せ押せだ)
純、打発
おいおいまさかカラテンじゃぁ・・・
衣(アカギの手牌は揺蕩っている……)
衣(一発とツモを除けば、その気配の内実2飜か6飜。高目と低目に4飜の差が出る以上、その手格好は限られる)
衣(最も可能性の高そうなものは立直・平和の高目純全だろう。高目に純全・一盃口がついて4飜の可能性は、早々に四
六⑥Ⅵ④と切れて潰えたところを見るに、もうこの高さに合うのは純全のⅠ-Ⅳドラ筋待ちしかあり得ない。だが……)
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨⑨ⅠⅠⅡ ツモⅠ
衣(この通り、ドラのⅠはほとんど衣の掌中だ。アカギの和了目は半死。様子見と言っていたからな、仕方ない。この局
は衣がそのリー棒ごとごっそり点棒を貰ってやろうではないか)
衣、打⑨
――17順目。
透華捨て牌
西南白①北北
四発④ⅥⅦ白
⑧⑦⑥⑤
赤木捨て牌
北四(五)[六]立⑥Ⅵ
④ⅦⅢ三⑧⑤
八九⑦五
純捨て牌
北西南四六Ⅷ
⑥④ⅥⅤ四白
発発⑧⑨
衣捨て牌
西白東発ⅧⅦ
ⅥⅤ一二七⑦
⑧⑨五①
透華(う~ん、日和らなければ何度か和了れていましたわね)
透華手牌 一二三三四五⑤ⅠⅡⅢⅢⅣ中 ツモⅤ
リーチを掛けられてからも順調に手作りができていた透華だが、13順目に生牌の中を引いたのが運の尽き。それが切れ
ないままズルズルとここまで来てしまった。
透華(ですが、それでも形テンは取れています。連荘の最低条件はクリア。出来としては上々でしょう)
透華、打⑤
赤木「……」
赤木、打一
純「……」
純、打①
衣(む……)
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨ⅠⅠⅠⅡ ツモ中
衣(生牌とは嫌な牌を引いた。恐らく、これは純のアタリ牌……)
衣(純の手は……1飜から4飜、というところか。どんな手かイマイチ判らないぞ。中は役牌だから高目だ、これは捨て
られない……まさか衣が足止めを喰ってしまうとは)
衣、打Ⅱ
――そして流局間際
透華捨て牌
西南白①北北
四発④ⅥⅦ白
⑧⑦⑥⑤⑤七二
赤木捨て牌
北四(五)[六]立⑥Ⅵ
④ⅦⅢ三⑧⑤
八九⑦五一西Ⅷ
純捨て牌
北西南四六Ⅷ
⑥④ⅥⅤ四白
発発⑧⑨①三
衣捨て牌
西白東発ⅧⅦ
ⅥⅤ一二七⑦
⑧⑨五①Ⅱ南
純「海底はムダヅモ、ッと」
純、打Ⅲ
衣(むむっ……)
純「テンパイだ」
純手牌 九九ⅣⅣⅣ東東東中中 チー六五七
衣「……衣も」
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨ⅠⅠⅠ中
透華「私もテンパイでしたわ、全員テンパイですわね」
透華手牌 一二三三四五ⅠⅡⅢⅢⅣⅤ中
赤木「クク……」
しかし赤木、ここで暴挙に出る。
――悪いな、ノーテンだ……。
あろうことか赤木、リーチをしていたにも拘らず、ここで手牌を伏せた。
衣「何……?」
純「ノーテンリーチぃ!?」
透華「――本当にノーテンですの? チョンボの満貫払いとなりますけどよろしいんでしょうか?」
赤木「あぁ、構わねえぜ。言ったろ、様子見ってな……」
透華たちの怪訝な顔もなんのその、すでに赤木は支払うべき点棒を取り出していた。
赤木「先に言っとくが、別にお前たちのことを舐めてるわけじゃないぜ? 面白いもんを見せてもらったしな。観覧料
さ……」
一「ともきー、どういうことだと思う?」
智紀「……理解不能」
赤木手牌 七七八八九①②③ⅦⅧⅨⅨⅨ
ギャラリーには全て見えている。
赤木の手、六-九待ちの立直・平和、高目純全帯么九の6翻。決してノーテンではない。
さらに、赤木の手牌の変遷は
四(五)六七七八①②ⅦⅧⅨⅨ北 ツモ③ 打北
四(五)六七七八①②③ⅦⅧⅨⅨ ツモ八 打四
(五)六七七八八①②③ⅦⅧⅨⅨ ツモ九 打(五)
六七七八八九①②③ⅦⅧⅨⅨ ツモⅨ 打六
第2ツモで聴牌拒否、さらには第3ツモの時点でドラ捨て。
薄いⅨを引くと確信しているようにしか見えない。
そして極めつけは、平和ツモを蹴ってのフリテンリーチ。
挙句は高目をツモっても和了らぬだけにとどまらずチョンボ罰符まで支払うという大暴挙。
智紀の感想は、おおよそ麻雀をする全ての者が言えるセリフだろう。
一「純くんの鳴きがなければ一発がついて倍満だったね」
智紀「そのあと高目をツモっても和了らなかった……」
一「そこのところどうなんでしょう、解説のハギヨシさん?」
萩原「私ですか?」
一「この中であの人の麻雀を見たことあるのってハギヨシさんだけでしょ? だから何かわからないかなあって」
萩原「そうですね……以前も、このように損得を度外視した行動はありました。目的は状況により異なりましたが、今回
は『確認』ではないでしょうか?」
一「確認……?」
萩原「はい、自分と、相手の。結果的にではありますが、赤木様はこの1局で自身のツモに対する直感がどの程度正しい
のかという点と、お嬢様たちがリーチに対してどの牌を切り、残したのかという点を見ることができました。彼ほどの打
ち手ならば、どのような打ち手が相手なのかを推し量るには実に有用な情報となったでしょう。彼を知り、己を知れば、
というやつですね」
一「そのために跳満ツモを捨ててチョンボ払いを?」
萩原「勝利のために必要だと判断すれば、持ち点を0にすることすら平然とこなす方です」
一「手牌を伏せてノーテン宣言したのは、自分の情報を隠したいから?」
萩原「おそらくは……」
一「なるほど。だけど……」
智紀「衣も、まだ全てを見せてはいない……」
前半戦東一局終了時
東家 透華 104000(+4000)
南家 赤木 92000 (-8000)
西家 純 102000(+2000)
北家 衣 102000(+2000)
――長い夜は続く……。
本日はここまでです
途中でこんがらがってきたので文中の思考が間違っているかもしれませんがご容赦を
何で衣はハイテイが好きなんや……ちくせう
乙ー
システムがアカギ本編よりで読みやすい
乙乙
魔法の裸単騎のカッコよさとわけわからなさは異常
>>42
赤木には衣や淡みたいな他人にまで影響を与える能力はありませんから、
咲勢ならミスらなければいい勝負以上ができる人は多いと思います
>>51>>63
カラテンではなくフリテンでした
が、後で気づきましたがそういえば衣って和了ったかどうかはわかるんですよね。ミスりました
>>64
前スレよりも見やすくしようと思って捨て牌の出し方をちょっと変えてみました
>>65
矢木戦のドラ単騎、市川戦の白落とし、浦部戦の2筒単騎、仲井戦の和了牌警告
鷲巣戦は何で〆てくれるんでしょうね
というか単行本派なんで近麻読んでないんですけど不穏な話を聞きました。鷲巣編は一体あと何年続くんだ……
4回戦まではそれなりにサクサクだと思ったのに
透華(初っ端からノーテンリーチ?)
純(そんなの誰も信じるわけねーだろ……)
衣(衣の感覚では間違いなく張っていたはず……それがノーテンだと?)
赤木の暴挙に対し、その反応は三者三様。
純(とりあえずノーテンリーチ、なんてバカなことはねえ。4巡目なんて早いとこでかますんならダブリーでも良かった
はずだ)
立直とは、1飜の役であると同時に、聴牌宣言でもある。他家に影響を及ぼすという点で、立直は他の役とはその働きに
一線を画す。リーチをするかしないかも、上手い下手があるのだ。
つまり、『聴牌しているから動くな』、あるいは『聴牌したから流したいならさっさと動け』と、リーチと言って牌を曲
げ、千点棒を出せば相手に伝わるのである。
普通のリーチは前者を期待して掛ける。場合によっては迷彩に引っ掛けて振らせることにも使うが、リーチ者の河に他家
が注意を向けざるを得なくさせる点では同じだ。
しかしノーテンリーチの場合、後者の場合しか用途はありえない。ノーテンリーチはチョンボであり、流局まで行ってし
まうと少なくない罰符を払うことになる。他家にベタオリされてはいけないのだ。
この加減は難しい。突っ張られてもノーテンリーチはまずいのだ。ノーテンリーチは全ての牌が河に捨てられるから、ツ
モ切られる牌によってはそのまま手作りできる他家が出る可能性がある。リーチをしている以上どんな牌でも切らなけれ
ばならないから、下手をすると罰符より手酷い出費を強いられる可能性もあるのだ。
ブラフやハッタリは、自分の利益、または損害の軽減にならなければ行う意味がない。
鳴きや棒テンリーチを使ってブラフやハッタリを行うことを得意とする純も、さすがにピーキー過ぎてノーテンリーチは
使えなかった。
そして何よりも奇妙なことは、今は半荘2回戦の内、前半戦の東1局だったのである。そんな微妙な匙加減を要する行動
など、森の葉1枚ほどの必要性もないのだ。
純(だから、絶対あれは張ってからリーチしたはずだ。なのに手牌を伏せた? 罰符まで払って何がしたいってん
だ……)
強運を見せつけたわけではない。練られた技巧を披露したわけでもない。
誰にでもできることで(しかし誰もしない)、赤木はその異質さを光らせていた。
純(……ったく、このおっさんむちゃくちゃだろ。何考えてんのかサッパリだ。……しかもオレのこと男と間違えるし)
衣(自身の和了に意識を割き過ぎて何かを見逃したか? しかし確かに手の高さは感じていた。一体どういうことだ?)
衣は自身の持つ感覚に絶対とも言える自負を抱いていた。
目で物を見、耳で音を聞くように、衣は相手の手牌の高さや、一部の牌が判るのだ。まさに第六感と呼べるものであり、
言い換えるならば、常人よりも一種類知覚情報が多いのだ。
だが、正確ゆえに信頼していた感覚が、ここにきて他の五感と齟齬を起こした。感覚は赤木が聴牌していると言っていた
のに、実際に目にし、耳に聞いたのはノーテンリーチ。
感覚の方を衣が信じるには、チョンボ罰符の8000点があまりにも大きい。張っていたのならば、流局時に手牌を開示
すれば良いのだ。払わなくても良い点をわざわざ払う人間はいないという先入観が、衣を困惑させた。
それは赤木の意図せぬところではあったが、衣からしてみれば今回の赤木の行動はちょっとした手品のように見えたの
だ。
衣(如何なまやかしで衣を謀ったのか皆目見当つかぬが、実に興趣溢るるではないか)
透華(いくらなんでも目的なしにノーテンリーチなどするワケがありません)
納得できるわけがない。
透華はノーテンリーチ、チョンボで罰符支払い、などということを受けて、すぐにはいそうですかと退がれる性格ではな
かった。
強くなるために、いろいろなところから牌譜を集めて研究した。その中で不可解な一打があれば、納得するまで検討しな
ければ気が済まないたちだった。どんな一打にも――それが理によるものでも奇によるものでも――何らかの意図が存在
することは間違いないのだ。
そんな透華が、下手をすれば挑発とも取れる行動をされてその意図を考えないわけにはいかない。
透華(様子見、と言ってましたよね……衣のような高みの見物、とは違うのでしょうね。あの子はただ単にスロースター
ターと言いますか、支配にブレがあるから序盤おとなしいことが多いだけで、見るものと言えば対戦相手が己の嗜好に沿
うか否か、という部分だけですからね。それを確認するためだけならばリーチなど必要ない。余計なノーテンリーチで挙
句満貫払いなど馬鹿げています)
リスクを負うからには何かしら見るものがあってリーチをしたはず。
何を見るのか、と考えたところでもう一人、序盤に見をする打ち手が透華の脳裏に浮かんだ。
透華(――そういえば、宮永照もここまでひどくはありませんが東1局は見をしますのよね。最初の1局が終わると全て
を見透かされるような錯覚を覚えたと、彼女と同卓した何人かがインタビューで言っていたはず)
宮永照はその驚異の和了率の割に東1局はほとんど和了ることがない。どのような手牌でも、最初の1局は鳴かず振らず
和了らずを貫くのだ。
そして、そのおかげか否か、どういうからくりがそこにあるのか知らないが、彼女は初対戦の相手にも非常に高い対応力
を示す。とても洞察力の一言では片づけられないあたり、衣と同じ側の人間だと思わせる。
透華(彼女と同じ? ――否、それはないでしょう。同じならば、やはり同様にリーチなどする必要がありません。宮永
照とは違い、赤木さんは今回目に見えるものだけを判断したはず)
――即ち手牌と河。
透華(ノーテンにしろフリテン見逃しにしろ、最低一人分の手牌と全員の河を見ることができますね。今回は流局なので
王牌以外のすべての牌の在り処と出所が判ります……衣は相変わらずとして、純の手牌は確か……そう、ほとんど手牌の
総入れ替えでしたから、鳴いてからごっそりあの么九牌を重ねてテンパったはず。オカルト信者のいう流れの喰い取りで
すわね)
透華からすればまさにちゃんちゃら大爆笑、といった概念ではあるのだが、そういった信仰があること自体は否定しな
い。むしろ、純や衣などはそういった理外の打ち方で成功しているし、自身も直感や欲に従う時くらいはあるので、オカ
ルト自体を透華は莫迦にしてはいない。
だが、問題なのはそういった目に見えないモノを分かる人間たちが自分の知覚するものを流れやなんだと既存の用語で表
現しているだけで、それぞれが見ているモノが全く違うのだと理解していない夢見者(より直截的に言えば愚か者)たち
の多いこと多いこと。そういうものを察知する術を何一つ持たぬくせにオカルトをありがたがる連中である。
明らかに鶏が先なのに、彼らは卵を先だと言わんばかりにしたり顔で然もそのような理論があるかのように語るから救い
ようがない。
本物を知れば口が裂けてもそんなことは言えない筈だ、と衣という体現者と共に暮らしている透華は思っていた。
透華(――おっと、少し思考がズレてしまいました……が、なるほど。奇しくもこの局は三人の色が河にも手牌にもそれ
なりに出ていますのね。これが、『面白いもの』?)
これは普段の彼女たちの麻雀を知っているからこそすぐに判断できる情報だが、今回初めて共に卓を囲んだ初見の赤木に
果たしてできるのか。
透華(……できる、のでしょうね。というよりも、それくらいできなければならない環境にいたからこそ、わざわざチョ
ンボ罰符を払ってまで手牌を伏せたのでしょう。――しかし、衣にせよ、宮永照にせよ、本当にこういう手合いは理解が
できません。序盤の和了を捨て失点を肯んずるなど、点数など後でどうとでもなると言っているようなものですわ)
――いえ、まぁ、確かに衣ならばどうとでもなるんですが……。
現実の非情さを思うと少々物哀しくなる透華だった。
前半戦東1局1本場、親透華、ドラ西
東家 透華 104000
南家 赤木 91000
西家 純 102000
北家 衣 102000
透華(さて、赤木さんが私たちの麻雀を見た上でそれに合わせてくるのか、それとも無視するのかは分かりませんが、私
のやることは変わりません)
――海もまだ凪いでいるようですし、ここで稼いでおきましょう……。
透華手牌 二三四六②③⑤⑥ⅡⅣⅥⅥ中 ツモ⑥
透華、打中
――3巡目
透華捨て牌
中北
赤木捨て牌
中東
純捨て牌
北東
衣捨て牌
Ⅰ白
透華(こちらが先に来ましたか……ならば234の三色は無しですわね)
透華手牌 二三四六②③⑤⑥⑥ⅡⅣⅥⅥ ツモ四
透華、打Ⅱ
これが1面子2塔子2複合塔子で受け入れが7種24牌となり最も広くなる。②⑤を切っても受け入れ枚数は同じだが、
それでは1面子5塔子になってしまう。
三色の可能性に固執すると、このままツモ切りで萬子の嵌張四六を払う形になるが、萬子は残しておくと五引きの他に
三・七引きで両面に変化できるのに対し、索子は変化に乏しいのだ。つまり、聴牌時の待ちが悪くなりやすい。
そして、それしか役が無いのならば喰い仕掛けも考慮して三色を残したかもしれないが、今の形ならば喰いタンも狙え
る。
ならば狙うのは三色よりは目一杯のメンピン、メンタンピン。透華は現在親であるから、これだけでもそこそこの打点に
なりうる。
純「ポン」
透華(まーた純の流れを変えるための鳴きですわね。しかし、そうそういいようにはされてあげませんわ)
――5巡目
透華捨て牌
中北[Ⅱ]九
赤木捨て牌
中東白
純捨て牌
北東⑨Ⅸ
衣捨て牌
Ⅰ白発Ⅷ
透華(やはり正解でしたね)
透華手牌 二三四四六②③⑤⑥⑥ⅣⅥⅥ ツモ五
透華、打Ⅳ
――8巡目
透華捨て牌
中北[Ⅱ]九Ⅳ⑧
南
赤木捨て牌
中東白一九五
純捨て牌
北東⑨Ⅸ南南
白
衣捨て牌
Ⅰ白発Ⅷ一二
発
透華(そら張りました。数は力、ですわよ。1回2回ツモをいじられたくらいでどうにかなるものですか)
透華手牌 二三四四五六②③⑤⑥⑥ⅥⅥ ツモ④
一向聴の時点でこの手、受け入れは5種16牌、総数の1/8近い枚数である。それだけの枚数を、ツモ牌を鳴いて変え
るだけでそうそうどうにかできるわけがない。
透華「リーチ」
透華、打⑥
赤木「……」
赤木手牌 一三①②③ⅠⅡⅢⅣⅧⅨⅨⅨ ツモ⑦
赤木、打Ⅳ
純「チー」
――3巡後
透華「ツモ」
透華手牌 二三四四五六②③④⑤⑥ⅥⅥ ツモ①
透華「安目ですけど仕方ありませんわね。メンピンツモ……裏も1つ乗りまして、2600の1本場は2700オール!
ついでに先ほどのリー棒も頂戴いたしますわよっ!」
前半戦東一局1本場終了時
東家 透華 113100(+9100)
南家 赤木 88300 (-2700)
西家 純 99300 (-2700)
北家 衣 99300 (-2700)
赤木「……」
赤木手牌 一二三①②③④⑦ⅠⅡⅢⅨⅨ
手牌の④は、透華のリーチ後2巡目のツモで引いた牌だ。純の鳴きがなければ、透華は高目を一発ツモだった。
赤木(龍門渕の嬢ちゃんは、理論派って感じだな。なんだか性格に合ってねえ気はするんだが)
依頼の日の印象から、もっと押せ押せの麻雀かと思ったが、前局と言い今局と言い、実に堅実な麻雀をする。正直、意外
だった。
しかし同時に、勢いに乗った時は運が味方する星の下に生まれてもいるようだ。
赤木(井上のに……嬢ちゃんは龍門渕の嬢ちゃんとは逆だな)
和了牌や有効牌を鳴き1つで喰い取ったり回したり、これを偶然ではなく意図して行っている節がある。どうやら麻雀に
おいて理よりも優先するものがあるようだ。
赤木(んで、問題は……)
対面の衣。
最初の局、赤木のフリテンリーチの局では、散々上家を援護した結果自分の首を絞める形になっていた。正直、褒められ
た腕前ではない。
だが、何かを持っているのは間違いないのだ。初めて相見えた時、衣たちが赤木を見定めたように、赤木もまた衣たちを
見定めたのだ。あの時も、今も、最も強烈な気配を放っているのは、衣だ。その実力は、他の4人とは頭一つならず抜け
ている。
それも当然だろうとは思う。他の4人で勝てるレベルならば、わざわざ赤木に声を掛ける必要などない。
――つまり、技術も戦略も、腕前以前に勝てる何かがある、ということ……。
その気配は未だ全貌を表してはいないが、片鱗はすでに見えている。最初の局、衣は完全に染め手や混全帯の可能性を無
視して打っている。というよりも、純全帯の両面待ちと確信しているような打牌だった。だから、唯一通っていない筋Ⅰ
-Ⅳを抑えて、⑦⑧⑨と筒子の面子を処理している。そしてそれは、河を見て赤木の手牌を読んだ結果では恐らくない。
――常人の見えないものが見えている。
また、それだけではないだろう。赤木は、確信していた。こんなものはまだまだ序の口であると、赤木の勘は告げてい
る。今はまだ準備運動のように緩やかな鳴動だが、静かに昂まるものが衣から感じられる。
赤木(まあ、まだ動かねえってんなら、俺が先に動こうかね……)
ただ単に、北まで行ったから南に下ろうと、その過程で通っただけの長野だが、この地で再び、面白そうな若者たちに出
会うこととなった。
今回も、楽しい勝負はできるのか。
――否、仮にそうならなかったとしても、骨のある仕事にはなるだろう……。
赤木は期待を胸に静かに笑った。
本日はここまでです。冗長で申し訳ありません
次からはもう少しサクサク行きたいと思います
高校生に負けるような力してないだろJK…
乙
さすが赤木!おれたちにできない事を平然と(ry
更新したのでとりあえず一度あげておきます
>>79
確かにこのSSの赤木の位置づけもそうなってはいますが、
そうは言っても仲井戦みたいに赤木が和了り続けて終わる人しかいないのかというとやっぱり違う気がします
>>80
赤木「天江衣、お前に最初に土をつけたのは宮永咲ではない……! この赤木しげるだ……ッ!!」(予定)
まぁ様子見してると思えばね
初っぱなから本気だとただの無双になるし
今も本気出してるって言うか楽しんでるって感じ
前半戦東1局2本場、親・透華、ドラⅣ
東家 透華 113100
南家 赤木 88300
西家 純 99300
北家 衣 99300
――10巡目
透華捨て牌
南西②⑧白③
南発⑦①
赤木捨て牌
①西⑧白六八
二三④①
純捨て牌
南Ⅱ六西Ⅰ六
発七七
衣捨て牌
一五②⑧⑨Ⅰ
Ⅱ発白
純(ようやく張った……)
純手牌 一一一二④⑤⑤⑥⑦ⅤⅥⅦⅧ ツモ二
純聴牌、③-⑥待ち。
3巡目からずっと一向聴のまま続いて後のようやくの聴牌である。
純(ずっと一向聴のままだったから衣の『アレ』が始まったのかとひやひやしたぜ。だが張れるってことはこの局はチャン
スがある。こういう時に和了っておかないとな)
衣と卓を囲むにあたって、和了れるときに和了ることがどれだけ重要かは身に染みている。
聴牌した以上は何としてもこの手、成就したい。
純(しかし役無し……ここで三萬じゃないあたりなんつうか微妙に流れが悪いよなあ。まあ、待ちは悪いわけじゃねえしリ
ーチはしといた方がいいか)
純「リーチ」
純、打Ⅷ
衣手牌 三四(五)③④(⑤)Ⅲ(Ⅴ)東東南西北 ツモ北
衣(一手遅れたか、なれど仔細なし。純の手は薄弱些々。加えてあと数巡でⅣ索と東が埋まってこの手は和了だ。当然、押
しの一手しかありえない)
衣、打南
透華手牌 三五七九九ⅠⅡⅣⅤⅥⅧⅧⅨ ツモ一
透華、打七
赤木「……」
赤木、打(⑤)
赤木、ここで異彩を放つ一打、打⑤筒。しかも赤ドラ。
純(手出しで無筋の赤⑤筒? 強い牌だな……)
純、打Ⅲ
衣(赤木も張ったようだ、しかし衣も追いついた。捲り合いだな)
衣手牌 三四(五)③④(⑤)Ⅲ(Ⅴ)東東西北北 ツモ東
衣、打西
透華(純のリーチの一発目に無筋のド真ん中の赤⑤筒を手出しで強打……赤木さんも張りましたか?)
⑤筒は純の捨て牌を見てもリーチの一発目に容易く切れる牌ではない。
寧ろ、1枚も切れていない筒子はまさに本命と言える。
いかに見積もっても、オリて打つ牌ではありえない。
透華(すると、素直に河から読むならば索子の混一が怪しいですが……)
赤木の河には索子が1枚も切れていない。中張牌のドラを切ったことからも、染め手と読むのが自然。
しかし、そうすると問題は透華の手牌である。
透華手牌 一三五九九ⅠⅡⅣⅤⅥⅧⅧⅨ ツモⅦ
透華(かなり窮屈になってしまいましたね。この一向聴から索子を切って押したところで嵌張・辺張待ちの一通のみではリ
ターンが低すぎます……)
一方で、索子が切れないと言っても、五萬よりも下の萬子は依然、純に厳しい。
透華の手牌は切れる牌が相当分制限されてしまう形となった。
透華(……現物もありませんし、とりあえずは共通の筋牌である九萬対子を落としますか。追っかけリーチをしていないと
いうことは待ちも悪いことでしょうし、オリていればどちらかがどちらかに振るでしょう)
透華、打九
――あぁそれ、ロンだ……。
透華「えっ……!?」
完全に予想外の和了宣言。透華は思わず声が出てしまった。
しかも、宣言者はたった今気をつけたばかりの赤木。
赤木「高い方だな」
赤木手牌 九九①②③⑨⑨⑨ⅨⅨⅨ北北 ロン九
赤木「混全帯么九・三色同刻。満貫、8600……」
透華「チャ、チャンタ……?」
純「その手で最後の手出しが赤⑤筒!?」
透華「チャンタには全く関係ないではありませんか……」
窺える色は驚愕、疑念。
全く手役に関係ない牌を他家の立直まで手元に残し、しかも強打したその理外。
一方で、それ故に透華は和了牌を釣り出されたことも理解したのだ。
まさに電流走るような衝撃。
その様子を見て赤木、堪能したのか愉快気な一笑いを見せた。
赤木「クク、まあこういう引っ掛けの仕方もあるってことさ」
智紀「隣の⑥筒は純の和了牌、暴牌すれすれ……」
一「けどここで⑤筒を切ったからこそ透華から九萬が出たようにも見えるんだよね。あそこで切ったのが純くんの安牌な
ら、現物があるからたぶん透華から生牌の九萬は出ない。衣も張っていたからオリないだろうし、純カラだったね」
萩原「まさに好悪紙一重の一打といったところでしたね」
衣(何もしないままならば、1・2巡で衣か純がツモ和了っていたはず。和了るためにはまさにここしかないというタイミ
ングだったか。場を支配するでもなく、ただ一度の強打でこの局を制しえたとは……)
恐らく自分には出来ないことだと衣は思った。しかし故に、好奇心が止まらない。
この相手ならば……。
――おもしろい……ッ!!
いかに全力を振るっても壊れることはないだろう……。
前半戦東1局2本場終了時
東家 透華 104500(-8600)
南家 赤木 97900 (+9600)
西家 純 98300 (-1000)
北家 衣 99300
赤木「さて、これで点数もまた平たくなって、仕切り直しだな……それに……」
さらに赤木が言葉を繋ごうとしたその次の瞬間……。
――突如部屋の電灯が途絶えた。
透華(始まりましたか……しかしこうまでなることも珍しいですのに)
純(いきなり停電ってことは、今日はそれだけ調子がいいってことか……)
萩原「むっ……」
一「どうしたの、ハギヨシさん?」
萩原「いえ、ハンドライトを使おうと思ったのですが、点きません」
智紀「……パソコンもダメ」
室内の電気が全て止まり、唯一明かりは窓から覗き込む月明かりのみ。
その中でもなお、赤木ははっきりと一所に目を向けていた。
――天江衣……。
衣から立ち昇る肌を刺し、身を蝕むような圧倒的瘴気。
それはあたかも衣自身が光を放っているように見えるほど。
まるで赤木がそれを確認したのを見計らったように、停電が終わり、部屋の灯りが甦った。
赤木「ようやく主役が本調子になったようだしな。そろそろ、本番ってとこかな?」
衣「然り。景陽の鐘は未だ遙けき、望月翳りなく、海嘯高らかなり。ならばこれより御戸開きと行こうではないか」
物理的に風を伴いそうな衣の気勢。
だが、それを受けてなお、赤木は決して揺らがない。
赤木「そうかい、期待してるぜ……」
衣「うむ、刮目するが良い!!」
畏怖どころか全く堪えた様子の無い赤木に衣は満足気に頷いた。
衣「しかし流石だな。衣の気を受けて微動だにしない人間は初めてだぞ」
赤木「そりゃあ、場数の差じゃねえか……?」
いかに衣を纏う空気が禍々しいと言えど、衣自体には悪意や敵意はない。
赤木は衣たちと同じ年ごろにはすでに殺意の中で生きていたのだ。牌を裏から身透せるほどの直感、集中がなければ生き残
れないほどの環境を生き抜いた赤木にとって、気に中てられただけで平静を欠くなどありえない。
赤木から見れば、衣は纏う空気が少々他と違うだけの少女で、その雰囲気の禍々しさも、別段生命を脅かすものではないの
だ。つまりそれ自体に脅威は何もなく、故に赤木が揺らぐことはない。
そして何より、常人とは懸け離れた気を放ち、なおかつ赤木に対する全力の殺意を以て卓に臨んだ前例がいたのだ。あの男
に比べれば――麻雀の優劣はまた別として――衣などかわいいものである。
衣「その夷然たる様相、羊頭狗肉ではないと願っているぞ」
――然らば刮目せよ、と。
――満を持して動き出すは月の申し子。
本日はここまでです。
しかし衣のセリフを考えていると、いかに自分の教養が足りないかを痛感します。
乙
衣はたまに何言ってんのかわかんなくなちゃうな難しすぎて
乙
相変わらず面白い
面白いなこれ
続き期待
ご無沙汰しております
生存報告含めての投下です
前半戦東二局0本場、親赤木、ドラ⑤
北家 透華 104500
東家 赤木 97900
南家 純 98300
西家 衣 99300
赤木手牌 ⑤(⑤)(⑤)⑥⑦(Ⅴ)Ⅶ東東北中中 ツモ①
赤木「……」
赤木、打①
純(うわ、やっぱ一向聴かよ……。イヤな予感しかしね~なぁ、おい……)
純手牌 五五④⑥⑧ⅠⅡⅣⅤⅥⅦⅧⅨ ツモ発
純、一気通貫の一向聴。
打点から見れば、立直・一気通貫にドラがつくかつかないかであるから、満貫で上出来といったところ。
しかし点数を気にせずに聴牌するだけならば⑤・⑦筒、Ⅲ索の三種十二牌のどれかを鳴ければ良い。
高さも早さも選択の余地がある良手。
しかし、どうにも薫る不穏な気配。
純、打発
衣「……」ゴゴゴ
衣、打六
透華(それほど悪くないように見えますのに、何とも遠そうな一向聴ですこと……)
透華手牌 三三五(五)⑦⑦⑦ⅠⅢⅢⅢ南南 ツモ九
透華、対々和の一向聴。
鳴いて仕掛けていっても、最低で対々和・ドラ1の5200だ。
ツモれれば三暗刻、四暗刻も望める手。Ⅰ索が重なれば七対子へも移行できる。
こちらも一見、純同様に、悪くはない。
悪くはないのだが、しかし、こう言ってはデジタル雀士として失格ではあるのだろうが、
透華は全く和了れる気がしなかった。
透華、打九
――十六巡目
赤木捨て牌
①④二四発七
白四②⑨Ⅰ西
⑨一北西
純捨て牌
発二四七一西
北白①ⅧⅨ②
ⅠⅡⅤ八
衣捨て牌
六④七Ⅵ六⑧
ⅧⅨ⑨発Ⅳ③
白⑥九②
透華捨て牌
九西北発③Ⅷ
Ⅴ八⑨一⑥白
二⑧Ⅶ
透華(二巡目の衣の④筒手出し以外は全員が最初から最後までツモ切りですか。今日も衣の麻雀ぢからは恐ろしいほどに全
開ですわね)
透華手牌 三三五(五)⑦⑦⑦ⅠⅢⅢⅢ南南 ツモ東
透華(ここにきて生牌の東ですか……)
いよいよ終盤も終盤という巡目にきて生牌の役牌。
本来なら止めるべき牌ではあるのだが、『いつも通り』ならばこのタイミングですら誰もアタレないはず。
衣『だけ』は鳴いてツモ番を動かしたいはずだが、
その衣が自分の望むツモにしたいならば上家からのポンかチーしかない。
気をつけなければならないのは純だけだ。
そして、衣以外はわざわざ鳴くことは無い。
つまるところ、どんなに危険そうでも内実この東を切ることに問題は無し。
透華、ノータイムで打東
――だがしかし、ここで透華、痛恨の勘違い、見落とし。
赤木「……」
下家の赤木が、動かない。
何もなければ自摸意外にすることはないというのに、何かを考えているのかじっと黙って動かない。
透華「……? ど、どうかされましたか、赤木さん?」
そう口では言ったものの、イヤな予感。透華は内心、冷汗をかく思いだった。
赤木、透華の問いにすぐには反応せず、さらに数瞬の沈思。
赤木「ま、仕方ねえか……」
その目に決意が宿った時、誰に聞こえるともしれぬ大きさで赤木は呟いた。
赤木「いや、なんでもない、ポンだ……」
赤木は一度かぶりを振って透華に応えると、副露を宣言した。
透華の捨てた東をポン。
赤木、打北
透華「えっ……」
赤木「ん?」
透華「い、いえっ、なんでもありませんわ!」
透華(し、しくじりましたわ~~~~~~!!!)
赤木はここで上家から鳴く危険性――衣に海底を回す恐ろしさ――を知らないのである。
赤木は衣とは初対戦なのだ。当たり前の話ではあるが、赤木が気をつけられるはずがない。
しかし、透華たちは互いに知悉である。それが高じて、全員が衣を『前提』とした打ち方をするようになっていたのだ。
いつも同じ面子で打っていた弊害がここで出てしまった。
赤木手牌 ⑤(⑤)(⑤)⑥⑦(Ⅴ)Ⅶ中中 ポン東・東東
一「なんで止まったんだろ? 役無しでもないのに、普通なら手拍子で鳴いちゃうよね。
ポンテンで、しかもダブ東なのに。ドラ6で親倍だよ? 僕たちは『知っているから』悩むけど、
知らない人は悩む要素ゼロじゃない?」
智紀「でも、結局鳴いて、コースイン……」
実はこのとき、赤木は鳴くことの危険は察していた。この東を鳴いてはいけない、と。
そもそもにして、最初から最後まで一向聴のままツモ切りが続いてから、
最後の最後にこれ見よがしとキー牌が零れてくれば、
赤木がその巡り合わせに綾を読み取れないなどということはありえない。
しかし、それでも、赤木は敢えて鳴いた。その判断を下すための、小考。
確認しなければならないからだ。この作為すら感じる東が放つ違和感が一体何であるのかを、見定めなければならない。
そして赤木は飛び込む――虎口に。
一度実際に見ておくことが、勝つために必須であると考えたのだ。
その代償は瞬く間に払わされる。
衣「リーチ……」
衣、打東
ツモは残すところただの一度。それにも拘らず、衣、ツモ切りリーチ。
――しかし次巡……。
衣「ツモ」
その手に掬うはさながら真円の月。
なればこそ、その牌は役に相応しい。
――その役の名は……。
衣手牌 一二三七八九②③ⅠⅡⅢ南南 ツモ①
衣「海底撈月……っ!!」
立直・一発・門前清自摸和・海底撈月・平和・混全帯么九・三色同順
衣「4000・8000……!!」
前半戦東二局終了時
北家 透華 100500(-4000)
東家 赤木 89900 (-8000)
南家 純 94300 (-4000)
西家 衣 115300(+16000)
――そして、衣は止まらない……。
――否……。寧ろ、これより始まるのだ。衣の怒涛の攻勢が……!
前半戦東三局0本場、親純、ドラ九
西家 透華 100500
北家 赤木 89900
東家 純 94300
南家 衣 115300
――17巡目
純捨て牌
発ⅣⅤ南⑥西
⑨白ⅦⅠⅡ七
④(Ⅴ)中⑨Ⅰ
衣捨て牌
白発Ⅶ西八Ⅵ
中Ⅷ東北六九
東③六南
透華捨て牌
東南Ⅷ中Ⅶ⑨
八発Ⅴ六Ⅶ八
北白北九
赤木捨て牌
⑨西中六北⑥
白⑥ⅡⅥ⑤南
ⅥⅧ発Ⅷ
全員が、最初から最後まで全てツモ切り。
――そして、この局は副露が必要ない……。
衣「リーチ」
衣、手出しで打③筒
再びラスヅモのみを残してのリーチ。
透華(二連続ですか……)
透華手牌 二二三四四③⑤⑦⑧⑧ⅡⅢⅣ ツモ西
透華、打西
赤木「……」
赤木手牌 一二三八九①①②②③ⅠⅡⅢ ツモ東
赤木、打東
純(対子4つのこの手牌で無理鳴きもできねんだもんなぁ、マジでどうしようもねえ……)
純手牌 一一三三四五①②⑦⑦⑦ⅨⅨ ツモ九
純、打九
衣「ツモッ!!」
不敵に嗤うと、衣は勢いよくツモった牌を叩きつけた。
衣「海底撈月……っ!!」
衣手牌 四五六七七七④⑤(⑤)⑥ⅣⅤⅥ ツモ⑤
立直・一発・門前清自摸和・海底撈月・断么九・三色同順・ドラ1
――再びの倍満和了……!!
前半戦東三局終了時
北家 透華 96500 (-4000)
東家 赤木 85900 (-4000)
南家 純 86300 (-8000)
西家 衣 131300(+16000)
前半戦東4局0本場、親・衣、ドラ中
南家 透華 96500
西家 赤木 85900
北家 純 86300
東家 衣 131300
――八巡目
衣捨て牌
八六九東Ⅳ③
Ⅶ③
透華捨て牌
八六発北⑨②
Ⅲ
赤木捨て牌
七八③②三二
五
純捨て牌
八六発三⑨②
Ⅰ
透華手牌 一二三④④⑥⑦⑧⑨ⅦⅧ白白 ツモ南
透華(また私が生牌を引きますか……)
先刻は生牌の東を切って衣に海底を回してしまったが、今回はどうか。
透華(……今度は大丈夫ですわよね?)
鳴くとしたら衣ではなく、赤木だろう。
赤木は手出しで両面塔子を三つ出している。つまり、手が進んでいるのだ。
今日の衣は、その支配の強さたるや最初から最後まで全員が一向聴のままツモ切りしかできないほどであったのだから、
恐らくこの局は衣の影響下ではないのだ。
衣の一向聴地獄は、毎局できることではない。
潮が満ちては引くように、衣の支配は波があるのだ。大体二局も連続で海底まで行けば、一局は置いている。
つまり、今は海が引いている、ということなのだろう。
無論、その状態でも衣は聴牌が早く、高打点を作れるので注意は必要ではあるが、
この南はアタらぬだろうと透華は読んだ。
そこで、赤木の河である。
赤木は両面塔子を切っていっているから、縦に牌が重なっていて、字牌が多いだろうことが容易に読めるのだ。
つまりこの南、鳴かれるとしても赤木。この巡目の一向聴ならばまだ押しだろう。
透華、打南
衣「ポン……」
衣、打北
透華(しまっ……三連続!?)
衣「温いな、透華。油断が過ぎる……」
衣が透華の不明を詰る。
透華とて気を抜いていたわけではないのだ。
確かに一回の鳴きで海底に回してしまう以上、最も捨て牌に気を配らなければならないのは透華だ。
しかし一方で、どの牌が衣のポン材であるかなど、見極めるのは至難の業であることもまた事実。
鳴かれるのを恐れるあまり、生牌を全て切らずということになってしまっては、そもそも勝負にならなくなってしまう。
加えて、衣の支配下に置いて、衣に海底が回るパターンは衣が副露する一種類だけではない。
東二局のように他家が鳴いて衣に海底を回す、
あるいは一度の鳴きでは海底に回らぬからと鳴いた他家を挟んでから衣が副露して海底を得るパターンもある。
そして、先ほども透華は考えたが、衣の支配は永続的ではないのだ。
衣「孰れか、斯くして潮は満ち、途は敷かれり。お前達の趨勢、羊の歩みよ」
――そして最終巡目……。
衣捨て牌
八六九東Ⅳ③
Ⅶ③北七ⅢⅧ
Ⅴ②Ⅶ①七西
透華捨て牌
八六発北⑨②
Ⅲ[南]九ⅣⅧ②西
⑧⑥五Ⅰ
赤木捨て牌
七八③②三二
五ⅣⅥ①⑧⑨
Ⅰ東西Ⅸ
純捨て牌
八六発三⑨②
Ⅰ九③Ⅳ⑤Ⅶ
⑧ⅧⅡ東
透華(これではまた衣に海底が……)
透華手牌 一二三④④⑥⑦⑧⑨ⅦⅧ白白 ツモⅢ
透華、打Ⅲ
赤木「……」
赤木、打北
純(河も含めて一枚も重ならねえとはな……)
純手牌 一一二四四⑦⑦ⅡⅡⅤⅨ中中 ツモⅢ
純(だがこのままじゃ衣に回っちまうな……これならどうだ?)
純、打中
このまま何もしなければ、衣は確実に和了だろう。純、衣にアタるリスクも負っての、ドラ切り。
しかし、生牌だから持ち持ちではないかと読んだが、誰からも副露の声は掛からない。
純(ダメか……ッ!)
衣「ツモ」
衣手牌 三四(五) (⑤)⑥(Ⅴ)ⅥⅦ白白 ポン南南・南 ツモ④
衣「海底撈月……っ!!」
海底撈月・ドラ3
前半戦東4局0本場終了時
南家 透華 92600 (-3900)
西家 赤木 82000 (-3900)
北家 純 82400 (-3900)
東家 衣 143000(+11700)
――二連続の倍満に、親の4飜11700のツモ。
衣の和了は、有体に言ってしまえばそれだけである。そうそういつも見られるものではないが、麻雀ではありえる点数だ。
だが、では正常かというと肯ずることは不可能。寧ろ異常である。
一つはその待ち選択。
東2局はフリテンリーチで海底一発。
東3局は、
衣手牌 四五六七七③④(⑤)⑤⑥ⅣⅤⅥ ツモ七
この形から③筒切りリーチで、やはり海底一発。
東4局も、役無しから南ポンで海底赤3の満貫だ。
さらに言えば、海底が三つも続くこと自体が異常である。
三連続で海底で和了ることも異常ならば、そもそも三連続で海底まで行くことが異常である。
しかも衣以外はほとんどがツモ切りだ。何もかもが完全に通常から逸脱している。
赤木「――なるほど」
得心至る、といった具合に赤木が懐に手を伸ばした。
取り出したのは、煙草とライター。
赤木「確かに、これは魔的だ……」
一服しようというのだろう、箱を一振り、一本咥え、ライターに火を点けた。
日常的に喫煙している人間に特有の流れるように慣れた手つき。だが、しかし、煙草を吹かすことは叶わなかった。
萩原「申し訳ございません、赤木様。別邸内は全室禁煙となっておりますもので」
いつの間にか萩原が赤木のすぐ傍へ移動していた。
赤木にほとんど悟らせず接近した移動術は、なるほど大したものだが、今の赤木にとっては大した問題ではない。
最重要事項は萩原に取り上げられた煙草である。
赤木の目前には、熱すべき対象を失った橙炎が所在無さ気に揺らめいていた。
赤木「いいじゃねえかよ、一本くらい。けちけちすんなや」
萩原「申し訳ございません」
顰め面で抗議した赤木だが、萩原はブレない。穏やかな表情を崩さぬまま、断固たる態度を示していた。
赤木「……ちぇっ」
僅かの睨み合いの果て、終に折れたのは赤木だった。
納得はしていないのか拗ねた子供のように舌打ちする。
赤木「最近どこもかしこも禁煙分煙、やりづれえったらありゃしねえや……」
赤木はもう一本取りだそうと準備していた煙草の箱を握りつぶして懐に戻した。
吸わないという意思表示なのだろうが、苦み走った表情までは消せていない。
衣「大丈夫か、アカギ? 先程から随分と大人しいが、既に点差は70000、直に倍になってしまうぞ?」
『そろそろ何か仕掛けてくるのだろう?』
『よもや何もできないわけではあるまい?』
『いい加減一人相撲も飽きてきたのだが?』
含意は大体このような、有体に表すならば衣の挑発である。
満月の夜、衣は口が悪いこと実に甚だしい。
人を人と思わぬような尊大な発言が多くなるが、今日はそんな中にも僅かに別な空気が混ざる。
――渇望。
斯く在らん、然う在れかし、という願いを衣は期せず滲ませていた。
赤木「おう、随分威勢がいいじゃねえか」
衣「これが衣の力だ……」
そう言う衣の様子は、驕らんでも誇らんでもなく、声に顔に、最も表れていたのは寂寥だった。
衣「人の身では永劫辿りつけぬ深淵の彼方。何人も立ち入ること赦されぬ闇域、㷀然たる境涯だ……」
誰も届かない場所に自分はいるのだ、という自負ではなく、自分の場所には誰も来てはくれないのだ、という孤独感。
衣の力は、身に付けたものではなく、元から持っていたものだ。
昇るまでもなく、高みにいたのである。
通った道が無いから、下の人間と繋がるものが、そうできるものが、衣には無い。
だから理解できず、されず、ただ孤独なのだ。
どれほど日常的に他の人間と相違を感じても、衣がその違いの本質を経験的に知ることはない。
その疎外感が、自分を他の人間と一線を画すものと思わせた。
赤木「人間さ……」
衣「えっ……?」
赤木「俺も、お前も、ただの人間だ。やれ神だとか、悪魔だとか、別の何物かには成れやしねえさ。
どのような呼び方をしようがそんなもん、飾りよ」
常人と種を劃すという衣の自己評を、要らぬ修飾だと赤木は切って捨てた。
――あっさり死ねるから、賭ける価値がある。勝負が熱くなる……。
人は永久不滅ではない。寧ろ脆弱で刹那的だ。而して、その生命を賭すことはこれ以上無いほどに重いのだ。
後が無くなるから、命を賭けるとなればあらゆるものを駆使して、勝つために、文字通り命懸けで勝負に臨む。
これ以上ないほどの緊張感の中で、己の全てを以て相手の全てと鎬を削る。
赤木の最たる充実はそこにあった。そこにしかなかった。偏った性だ。
故に若い頃は相手に相応の代償を求めたし、あっさり己の命を捨てられるのは、今でも変わらない。
盛者必衰。
不滅の人間などいないのだ。
――教えてやるさ……。
人である以上、必ず斃れるのだ。
衣は、そのことを知らねばならない。
赤木「俺にも矜持がある。負けてやるつもりはない……誰にもな……!!」
赤木「そうだな……」
一頻り、赤木は思案した。
そして、何やら思い定めて衣と視線を交わしたとき、赤木の目には稚気があった。
赤木「やはり一半荘で順位が負けているのは締まりがねえ……」
――だから、前半戦終了時には……。
――俺がトップになってみせよう……!!
不敵に、赤木は笑ってみせた。
一「いやあ、予想以上にびっくりする啖呵を切ったね」
智紀「すごい自信……」
一「でも、確かにハギヨシさんの前予想通り、この人なら何かやらかしそうだね」
赤木手牌 一九①⑨ⅠⅨⅨ東南西北発中
一「海底まで行くときの衣の支配の中では、ラスヅモ付近以外で聴牌できる可能性があるのは、せいぜいがゴミか形テン。
唯一の例外が国士無双なんだけど……」
智紀「初見で作れた人は、初めて……」
赤木配牌 一二三七八九①②③⑧ⅨⅨ中
一「ちょっとここから国士に行けるとは普通は思わないよね。ホント何が見えてるんだろ、この人。
純くんと同じ、流れってやつかな?」
智紀「確かにツモ筋に沿った手作り……だけど純と似ているようでも、見ているものは多分、全く違う」
流水のような滑らかさで純全帯么九・三色同順の一向聴から国士無双の聴牌まで移行した様子は、
まさに流れに沿ったと表現するのが適切に思える。
しかし、ならば純と同じものを見ているかと言えば、否やと智紀は感じた。
智紀「純が得意なのは、手の進みの良し悪しを直感的にみること。
そこから副露や立直を使って他家の利を自分の利へ変えるのが純の麻雀。
結果的に不思議な和了になることはあっても、こんな予知みたいな手作りはできない」
どちらかというとこの手作りは衣の方に近いと、智紀は今局の赤木の闘牌を評した。
一「しかも今日、衣以外は国士どころか配牌とツモじゃ聴牌はムリ。
一旦、向聴数を戻すくらい手を崩さなければ鳴くこともできない完璧な一向聴地獄だった。
国士を張れるのはこの局のこの配牌だけだね」
智紀「確かにすごい。……けど、和了れなければ結局意味はない」
一「そう。国士だって結局は聴牌止まりだしね。でも、ああ言った以上は、
もう衣の敷く運命のレールを逃れる方法が見つかった……ってことなんだよね? 俄かにはとても信じられないんだけど」
智紀「ちょっと期待……」
羊先輩「私が歩くだけで死亡フラグとか、なんもかんも政治が悪い……」
でお送りしました。本日はここまでです
なんか赤木とか衣の支配下でも平然と聴牌しそうですけど、
そうするとクロスもへったくれもなくなってしまうので、ご了承いただけると幸いです
「咲―Saki―」は本編11巻と阿知賀編5巻が出ましたね
他の商品との兼ね合いで、届くのは2週間以上先ゆえ、>>1が読むにはまだまだかかりますが
咲にも赤木にも関係ありませんが、先月末にGARNET CROWが解散宣言しましたね
>>1が初めて買ったCDはこのグループの2ndアルバムでして、最も長く親しんだグループだけに何とも淋しい気分です
それでは失礼
アカギは運だけで支配破れそう
能力無い作品と混ぜるとその辺り難しいが
乙
ころたん何言ってんのか分かんねぇwwwwwwwwww
続き来てたー!
待ってたぜ
>>1のssは闘牌の描写がしっかりしてて面白いわ
>>114
とりあえずこのSSでは、支配を破るのにもワンクッション置こうと思っています
>>115
雰囲気が出せると良いんですけどね、衣の口調は難しいです
どこかに注釈とか入れておいた方がいいですかね?
>>116
ありがとうございます。亀更新で申し訳ないです
見直してみてちらほら気になるところがありましたので、訂正と補足をば
・東1局2本場で、赤木はさらに混老頭・対々和も足せた
→そうすると赤木の河の老頭牌が無くなってしまうので、透華は九萬が切りづらくなる
・東4局0本場で、⑨筒が5枚ある
→赤木の河の⑨筒をⅥ索に脳内変換していただければたぶん大丈夫(……なはず)
・東4局0本場で、赤木は河と手牌で混全帯么九を作れている
→赤木が混全帯么九を目指すとツモ切りばかりになるので、透華が生牌の南を切りづらくなる
→ツモ順が変わらないので河も違ってくる
……ということにしておいてください。お願いします。ミス多くてすみません
また、>>43の表記に、副露時の表記などを忘れていました
以下の表記方法で改めてやっていこうと思います
牌表記
萬子:一二三四五六七八九 赤(五)
筒子:①②③④⑤⑥⑦⑧⑨ 赤(⑤)
索子:ⅠⅡⅢⅣⅤⅥⅦⅧⅨ 赤(Ⅴ)
字牌:東南西北白発中
副露された牌:[]で囲む
リーチ宣言牌:≪≫で囲む
チー: 五萬チーの場合→チー五・四六
ポン: 上家から→ポン東・東東 対面から→ポン南・南・南 下家から→ポン西西・西
暗槓: 暗槓北
加槓: 上家ポンから→加槓・東東・東東 対面ポンから→加槓南・南南・南 下家ポンから→加槓西西・西西・
大明槓:上家から→明槓・白・白白白 対面から→明槓発・発・発発 下家から→明槓中中中・中・
衣(前半戦中にトップになってみせる……だと?)
赤木の宣言に、衣は目を瞠った。
衣(疾うに彼我の点差は厖大寥廓、それをこの東四局と南場のみ、僅か五局で翻倒してみせると……?)
既に赤木と衣には60000点の差がついている。
これは、大差だ。軽々とひっくり返せると言えるものではない。
確かに、衣は東場のみでこの得点を築き上げた。
そのことは事実であり、つまるところ現実に可能であることを示すものではあるのだが、
それは衣の並みならぬ力のためだ。
今日一日のみ運に恵まれて衣は点棒を積み重ねているのではない。
満月の夜であるのならば、100回やれば100回、衣は同じ所業を為してみせる。
各自の目の前にある数字は、そういう結果なのである。
それにも拘らず、その衣に対応しながら、赤木は東場の衣と同じことをやってみせると宣言してのけたのだ。
傍から見れば、虚言妄言の誹りを受けるも已むなしであろう。
衣(否、アカギの気は駘蕩静謐、聊かの紊乱も無い……大言壮語の類ではないか……)
上手下手で言えば、衣は人の感情をみることに長けている。
それは衣の感覚が優れているというだけでなく、その生い立ちにも土壌がある。
衣は最も気の置けない人間である肉親が他界して六年が経つ。
これが長いか短いか、それは衣のみぞ知るところであるが、
親子三人の慎ましやかな生活から、使用人を擁するほどの龍門渕家での生活に変わってそれだけが経つわけである。
本来最も心安らげるはずの居住空間においても、当初は初対面の人間ばかり。
挙句は当主に恐れられて別邸に移される扱いになる始末であるから、他者と打ち解けることが得意とは言えない衣は、
自宅と雖も場合によっては人の顔を窺わなければならなかった。
衣は元来、人が多い雑踏を嫌い、静寂を好む性質であるから、当時は一日中気の休まるときもなかった。
加えて麻雀では、必ず勝ってしまうが故、如何に相手の心を手折るかが対局の肴だったのだ。
表情を捉えることこそ本流、本筋とも言えた。
日常的に人の情念を覚えようとしていれば、生来の素質と合わせ、衣が人一倍他人の感情に聡くなるのは道理であった。
その衣が見ても、赤木を纏う雰囲気は全く乱れが無く、静かなもの。
とても嘘を吐いているようには見えない。
衣(満月下の衣をして麻雀を伍す者等、所詮は南柯の夢と心得ていたが、斯様な盲亀の浮木も在るものか……。
ならば寔、然許り愉楽湧き、いみじからん心地するものではあるのだが、言わせたままでは少々口惜しい、
何をか云わん……)
衣「よ、よーし、それならば衣は逆転を阻止して、この点差をさらに倍にしてやろうではないかっ!」
赤木「……いや、別に見栄の張り合いがしてえ訳じゃないんだが……」
衣「いわれっぱなしはつまらないっ!」
赤木「…………そうか」
純(う~ん、まったくもって微笑ましい光景なんだがなあ……)
透華(このおどろおどろしいヤバ気な空気さえなければ、ですけど)
純・透華(挟まれる身にもなってもらいたい……)
衣(……しかし)
衣(実際問題、ここから60000詰めるのは至難の筈なのだ)
その火力の大きさから、衣の麻雀を見る者はその攻撃に目が向いてしまいがちであるが、
その守りも、実は決して脆くない。
それだけ、衣の聴牌と打点を察知する感覚の有利は大きい。
飜数が増えることは役の多さと同義であり、手が高くなるほど牌姿は限定される。
跳満にもなればほぼ筒抜けと言っても良い。ドラに恵まれなければ満貫すら難しいだろう。
逆に言えば、衣に跳満以上をぶつけるにはドラに頼るしかないともいえる。
これに加えて、衣の火力である。
海底撈月まで引きずり込む時も、鳴きの速攻も、ダマの出和了も、
まずは4飜からと言っても過言ではない衣の普段よりの手の高さ。
多少直撃を受けたところで物ともしない破壊力。
ちょっと賢しらに打った程度では、生半可な打ち合いでは、
容易に稼ぎ勝てる攻撃力がそのまま不落の要塞に変わり得るのだ。
開始二、三巡から海底まで極端に変動する緩急で押し引きをしながら、衣の打点に対抗し、
かつ最終的には逆転する難易度は、衣がさきほど積み上げた点棒よりも遥かに険しく、峻厳。
衣「その艱難、踏破せしめると?」
凡そ挑戦的な衣の問い。
細を穿たずとも、赤木、その意は看破。
何も言わず、ただ、左の口角を僅か上げるのみを返答とした。
それで十分だった。
衣「真に天命在るならば、人事を尽くして待つのみ。期待しているぞ」
衣もまた、東二局開始前に言われた赤木の科白を返した。
――長じれば、将来は必ず無比の麻雀打ちになる。
それが赤木の、衣に対する評価だった。
その才気を感じ、目にし、容易く至れる結論。
三連続の海底撈月、ほとんどツモ切りの続く牌勢。
これらの異常に、不思議とも思わない周囲。
イカサマではない。
その道においては、この場の全員と赤木の間には、そもそも絶対的な経験と技術の差が存在するのだ。
卓上で何かしようとすれば、赤木ならばすぐ気づける。
ガン付けでもない。毎度海底牌が判っているような和了を見ると疑いたくもなるが、
赤木に気づかれないガンなど、それはあの浅井銀次に匹敵することを意味する。
通しでは、ツモ牌までは伝えられない。
全自動卓では、毎局毎局異なる配牌になる積み込みはできない。
つまり、これが天江衣の当たり前なのだ。
麻雀の不確定な部分を、不確定のままにしない。
これだけで既に大抵の人間が一生涯辿り着けない境地だ。
他の人間が勝てないのもむべなるかな。
まさに『牌に愛された子』と呼ぶに相応しい。
赤木(なるほどな、確かにこれじゃあそんじょそこらの奴らじゃ歯が立たない。
さぞかし退屈だろうよ、シラケて当然……)
僅かに衣を纏う、昇り詰めた末の飽いたような空気。
赤木自身も覚えがある。強敵と出会うことなく、死闘が久しくなっていた頃。
捨て牌で待ちを教えても気付けない相手。人形かと思うほど容易に操作される相手。
最早勝負とは言えない。決まった戦法で簡単に勝てるのだ。飽き飽きしていた。
そんな時、天に敗れた。
赤木(が、まだ足りねえな。お前には早すぎる)
ならばこの邂逅は必然だったのだ。
赤木からすれば、衣はまだまだ昇る側。
麻雀の全てを支配した気になるのは、まだ早い。
この程度で腐らせておくのはつまらないだろう。
前半戦・東4局1本場・親衣・ドラ②
南家 透華 92600
西家 赤木 82000
北家 純 82400
東家 衣 143000
――3巡目
衣捨て牌
北白一
透華捨て牌
北西中
赤木捨て牌
白⑧
純捨て牌
西北
純「チー」
四五六②③④ⅣⅤⅥⅦⅨ チー(⑤)④⑥
純(俺が一番早くねえか、これ? まさかこんなところを鳴けるなんてな……いや)
純、打Ⅸ
衣(安目か……)
衣手牌 (五)六七(⑤)⑤⑥⑦⑦ⅡⅡⅢⅤⅦ ツモⅣ
衣(純にも先んじられた上にこれとは、豈図らんや)
衣(しかし月には翳り無し。全て衣のたなごころ、その筈なのだが……)
衣(……アカギに運気を盗られたか?)
衣、打Ⅶ
純「お、珍しいな」
純手牌 四五六②③④ⅣⅤⅥⅦ チー(⑤)④⑥ ロンⅦ
断么九・三色同順・ドラ2
純「7700は一本ついて8000だな」
衣(高目を引いていれば振らなかった。力は十全、退く必要は無しと判断したのだが、上手く放銃させられたか……)
衣はこの放銃の主犯に目を向けた。
赤木に聴牌の気は無い。純の副露は赤木が抜き打ちで鳴かせたのだ。
一歩の差だが、その一歩で和了の明暗が分かれたのだ。麻雀では、それが全てである。
意図は察したのだろう。しかし、赤木は鼻で笑って応えた。
赤木「クク……お前さ、今、タイミングよく振らされた、なんて思ってねえか?」
衣「む……ちがうのか?」
赤木「そこ、お前の弱いとこだぜ」
衣「よくわからんぞ」
前半戦・東4局1本場終了時
南家 透華 92600
西家 赤木 82000
北家 純 90400 (+8000)
東家 衣 135000(-8000)
一「珍しいね、衣が放銃なんて」
智紀「というよりも、いつもの逆……」
一「逆? ……あぁ、なるほど。
確かに早い巡目で聴牌した人の余り牌で、もっと早かった衣が和了るのがいつもの御約束だから、確かに逆だね。
今の局の場合は、純くんの索子が埋まって、⑥筒で衣の親っパネに放銃すれば、見慣れた光景だ」
一「だけど、う~ん。確かに衣の点数は減ったけど、いまだにラスの状態からどうやって巻き返すんだろうね。
このペースで大丈夫なのかな?」
智紀「一応、南二の親番がある」
一「衣相手に連荘なんてできるかな?」
智紀「難しいと思う……けど、衣は高い手には振らないから」
衣が役満に振るとしたら、待ちの読めない四暗刻単騎かドラ爆での数え役満、
待ちの広さでオリ切れなくなる可能性のある純正九連宝燈か国士無双十三面待ちくらいしかない。
これらの役満の難易度が高いのに加えて、実際問題、門前で役満を作るよりも、衣の速攻の方が早いはず。
一発直撃を狙うには、障害が多すぎるのだ。
一「ま、考えてもわからないか。今のも、聴牌拒否の打赤⑤筒だしね」ワケガワカラナイヨ
一「どうせ答えは四局後に出るし、気長に待とうか」
智紀「……うん」
短いですが、本日はここまでです
そういえば、2回戦開始前に優希にインタビューをしなかった記者は一体どうなったのだろうか
デスクに要注意と言われ、1回戦を中堅で終わらせてトップ通過の清澄を捕まえて
「無名の清澄とかwww長野レベル低すぎワロスwww」(意訳)
とか言って、一切取材しませんでしたけど、結果は2回戦も清澄のトップ通過
彼は今後インターハイの取材をさせてもらえるのだろうか
今後出てくることは100%ないでしょうけど、ちょっとその後が気になります
乙
乙
衣(今の放銃が、衣の弱いところ……?)
衣(衣は満貫など、痛痒ともしない。すぐに取り返せる点数だ。今が接戦というならば迂闊だったと自省すべきだろうが、
衣は大きく水をあけてのトップ、アカギとも未だ50000以上の差がある。ダブル以上の役満はないから、
親さえ流せばオリているだけで十全な距離だぞ?)
衣はまだ赤木からの直撃は受けていない。
衣が透華と純の手並みを知っている以上、今の純の和了が赤木の意図が大なり入ったものであることは理解できるが、
それでも最終的に赤木は衣から大きな手を直撃しなければならない筈である。
いまだにその脅威が見えていない以上、赤木の言葉が、衣には今一つ要領を得なかった。
一回戦・前半戦・南1局・親透華・ドラ①
東家 透華 92600
南家 赤木 82000
西家 純 90400
北家 衣 135000
透華(ドラ3、ですか……)
透華配牌 一三五九九①①①②②②③③中
透華(満貫確定の配牌。何としても和了りたい所ですわね。しかし、衣の調子は最高潮……。
このままでは東1局以来一度も和了れないまま終局なんてことに……ぃイ否ッ!!!
そんな無様、目立てないまま終わるなどと、この龍門渕透華のプライドが許しませんわっ!!!)
透華、打『中』
衣(海底牌は白か……)
衣配牌 八①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨南南白 ツモ『東』
衣、打『八』
衣(ならば……)
――5巡目
透華捨牌
中西ⅠⅦ⑧
赤木捨牌
中⑧発東
純捨牌
発東Ⅵ七
衣捨牌
八Ⅷ中西
赤木「……」
赤木手牌 二三四④(⑤)⑥ⅣⅤⅥⅧⅨⅨ北 ツモ『南』
赤木、打『南』
衣「ポン」
衣、打『東』
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨白 ポン南・南・南
南・混一色・一気通貫・ドラ2、白単騎待ちの聴牌
衣(ならば海底まで。今度は衣が一番だ。他家に聴牌気配はない。
白は衣の手に1枚、海底に1枚、3人で2枚を分け合うのだ、十分に零れる。
ツモをずらしても、ずらさなくても衣に有利だ)
透華(また水底まで洒落込みますの!?)
透華手牌 一三五九九①①①②②②③③ ツモ『Ⅱ』
透華、打『Ⅱ』
純(衣の奴、今日は何回海底で和了る気なんだァ?)
赤木(……)
赤木(…………クク)
他の2人が衣の支配に食傷としている中、赤木だけが内心ほくそ笑んでいた。
赤木(確かに稀有な異能、異端……)
衣は強い。間違いなく。
それは疑うところではないが、ならば打つ手なしかと言えば、赤木の答えは否である。
赤木(ちょっと弄れりゃ簡単なんだが……)
一番簡単な方法は、イカサマだ。
あらゆる全てが都合の良いように牌が巡る。
天江衣は確かに類稀なる強運の持ち主だ。
だが、どれほどの超常であっても、所詮は積み込みの域を出ることはできない。
全ての牌山が衣に有利となる点は、なるほど、積み込みよりも遥かに優れている点であるが、
衣は全ての牌の在り処を知っているわけでも、手を触れずに牌をすり替えることができるわけでもない。
既にそこに存在している牌を、衣はどうにもできないのだ。
赤木の脳裏に浮かんだのは、かつて東西戦で勝敗を競った西の怪物、僧我三威。
あの男は、己の直感に任せて山のツモ牌を自在にすり替えることで、常人を圧倒する速度を可能にした。
あの真似事ならば、赤木にもできる。そうして、他家のツモを持ってきてしまえば、一向聴地獄に悩まされることも無い。
衣に不要牌を押し付けることも可能だ。
赤木(が、今回はなしだ。今日俺が立っている土俵は、そういう場所じゃねえ……)
赤木の相手は高校生で、部活の麻雀だ。
当然、イカサマが判明した時点でアウト。裏ワザは無いことが前提で、ばれるばれないの話ではないのだ。
赤木の普段いる、現場を抑えられなければ良い何でもありの環境とは根本的に異なるのである。
相手と同じ舞台に立つことで勝負は成立するのだ。勝負とは、赤木の人生である。
赤木(だから、正攻法で行ってやるさ……)
――――この時既に、赤木の脳裏に一筋の道程。
――そろそろ、反撃だな……。
赤木、打『Ⅳ』
衣(……にゅ?)
純「……」
純手牌 二二二四四③④④⑤⑧ⅠⅡⅢ
純(なんかさっきっから上手く使われてる気がすんなあ……けど衣の海底はずらさなきゃなんねえし、
これなら喰いタンいけるし、鳴くしかねえ……よな?)
純「チー」
純、打『⑧』
純手牌 二二二三四四③④④⑤Ⅰ チーⅣ・ⅡⅢ
衣(……波?)
――水面に、波紋が走った気がした……。
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨白 ポン南・南・南 ツモ『中』
衣、打『中』
透華(あら?)
透華手牌 一三五九九①①①②②②③③ ツモ『三』
透華(これが重なりますか……ならばリャンカンを残すよりも一萬切りの対々和狙い、
『三』『九』『③』のポンテンの方が良いですわね。少々違和感アリアリですが、
ツモれば跳満が確定しますし構うもんですか、押せ押せですわ!!)
透華、打『一』
赤木「……」
赤木、打『Ⅷ』
純(少し良くなったか……)
純手牌 二二二四四③④④⑤Ⅰ チーⅣ・ⅡⅢ ツモ『三』
純(――本当に今は衣の支配下なのか? どうもキナ臭くなってきやがった、明らかに『何か』がズレていやがる。
具体的に何かってのが判らねえから気味が悪いぜ……)
純、打『Ⅰ』
純(今度は何を仕掛ける気だ……?)
衣「……」
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨白 ポン南・南・南 ツモ『八』
衣、打『八』
――次巡
透華捨牌
中西ⅠⅦ⑧Ⅱ
一発
赤木捨牌
中⑧発東[南][Ⅳ]ⅧⅨ
純捨牌
発東Ⅵ七⑧Ⅰ
六
衣捨牌
八Ⅷ中西東中
八⑧
衣「……」
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥⑦⑧⑨白 ポン南・南・南 ツモ『⑨』
衣、打『⑧』
透華「……」
透華手牌 三三五九九①①①②②②③③ ツモ『⑨』
透華、打『⑨』
衣「ポン」
衣、打『⑦』
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥白 ポン⑨⑨・⑨ ポン南・南・南
透華(また衣は海底コースですか……)
衣(否や、やはり元に戻る。単なる杞憂か……)
――次巡
透華捨牌
中西ⅠⅦ⑧Ⅱ
一発[⑨]南
赤木捨牌
中⑧発東[南][Ⅳ]ⅨⅨ
一
純捨牌
発東Ⅵ七⑧Ⅰ
六⑦
衣捨牌
八Ⅷ中西東中
八⑧⑦
衣(なかなかに『白』が出てこない……)
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥白 ポン⑨⑨・⑨ ポン南・南・南 ツモ『Ⅵ』
衣、打『Ⅵ』
赤木「ポン……」
衣「何……!?」
赤木、打『Ⅴ』
衣(またずらされた……!!!)
純(なんだ、この捨て牌……?)
純手牌 二二二三四四③④④⑤ チーⅣ・ⅡⅢ ツモ『八』
純、打『八』
衣(戻せそうにないか……)
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥白 ポン⑨⑨・⑨ ポン南・南・南 ツモ『西』
衣、打『西』
透華「……」
透華手牌 三三五九九①①①②②②③③ ツモ『発』
透華、打『発』
赤木「……」
赤木、打『Ⅷ』
純(テンパった……形も悪くねえッ!!)ヤスイケドナッ!
純手牌 二二二四四③④④⑤ チーⅣ・ⅡⅢ ツモ⑤
純、断么九のみの聴牌。
純、打『三』
透華「その三萬、ポンですわっっ!!!」
透華(来ましたわ親満聴牌っ!! これで和了れば目立つこと間違いなし、衣の支配などもはや関係ありませんわ、
気合でもなんでも使って和了って魅せますわよッ!!!)
透華、打『五』
透華手牌 九九①①①②②②③③ ポン三・三・三
透華、対々和・ドラ3の聴牌。ツモれば三暗刻もついての親っパネとなる。
衣に海底の回らない副露だ。鳴かずば人に非ずとでも言いそうなほどの勢いある副露宣言だった。
衣(立て続けに純と透華が張っただと……!?)
怒涛の急展開に、衣は困惑していた。
月に翳り無し。支配も十分。
そう思っていたのだ。
それが突然、立て続けの他家の聴牌気配である。
しかも純はともかくも、透華の手から伝わる気配は安さと無縁のようだ。
衣(予想外に乱されたが……衣の手はまだ役がある。海底を潰されたところで出和了りもできる。
力の衰えも感じない、問題ない……筈だ。其の筈なのに……)
――どうにも引っ掛かる、違和感……。
衣手牌 ①②③④(⑤)⑥白 ポン⑨⑨・⑨ ポン南・南・南 ツモ北
衣(しかし一方で、アカギは聴牌しているのだろうが、その手は気配が死んでいる……十中八九、あれは役無し。
一体どういうことだ……?)
――また援護か……?
衣、打北
赤木「……カン」
衣「なにっ!?」ゾクッ・・・
――衣の支配は、衣自身が思っているほどには万能ではない。
鳴けぬツモれぬ張れば振り込む。
一見完璧に見える、このいっそ暴力的な衣の潮流に呑み込まれるのは、恐らく『普通』に打った場合のみだ。
麻雀牌は、各4枚34種136牌しかないのだ。その数字が示す限界は、自分以外の3人総ての、
あらゆる可能性を封じ込めるにはあまりにも自由から離れていれば、自在とも程遠い。
一度も副露が無い場合、配牌とツモを合わせて、東家と南家には31枚、西家と北家には30枚の牌が振り分けられる。
この30枚、または31枚のどれを組み合わせても和了できない。
或いは、自分に来る30枚の内1枚と、他家の30枚の内2枚で1面子もできない。
つまり、90枚強で1つも副露機会が作れない。
有り得るか……ほぼ不可能であろう。
衣の暴運は、この一向聴地獄は、衣以外の3人が普通に手を進めようとして辛うじて成立しているともいえるのだ。
衣の状態はいわば、力の強いものが持ち前の膂力に任せて、他の3人を嵩に回り抑え込んでいるに過ぎない。
この力が現実に見える物でもなく、衣が一般と掛け離れて強大であったこともあるが、
実際は衣よりも力が強い者が存在したり、身の振り方を心得ている者や身のこなしが他とずれている者がいれば、
この抑え込むバランスは崩れてしまうだろう。
人一人の天運一つで、卓上のみとはいえ他三人の運命を如何こう翻弄しているのだ。
無理が出ない方がおかしいのである。
しかし、ならば、理外にいい加減に打てば良いのかと言えば、否である。
答えは単純で、下手に手を崩せば和了れないからだ。
そもそもの問題として、自分の手牌中からどの牌で他家が副露できるのかわからないということもあるが、
他家をアシストすることができても、それは自分の点数にはならないのだ。
麻雀は点数の多寡を競うゲームで、自分が和了しなければ他家が和了るものであり、
そうすると相対的に自分の順位は落ちていく。勝てないのだ。
故に、他家のアシストばかりはしていられない。攻める必要がある。手は崩せず、まっすぐ行くしかない。
最終的には、衣の敷くレールの上に乗らざるを得ない。
――仮に……。
仮に、自在に副露し、副露させることができるならば、牌山のすり替えをせずともツモ筋を変えられる。
他家のアシストをしながら放銃を回避しつつ、一時的にでも路の上を逸れて、新たに手牌を作り直せるならば……?
赤木(一人で手が作れねえってんなら、他の三人も使って作るだけさ……!!)
――――そして、ツモの方法は一つではない……。
――雷鳴の一閃を、衣は幻視した……。
赤木「来たぜ……!!」
赤木手牌 二三四③④(⑤)白 明槓北・北・北北 ポンⅥ・Ⅵ・Ⅵ ツモ白
嶺上開花・ドラ1
赤木「さて、カンドラ……」
透華「……あ、え~と、赤木さん。明槓は後捲りですわ」
凡そ理外の和了を見せられて刹那呆けていた透華が、僅かに残っていた理性で我に返った。
ルールは、伝えなければならない。
赤木「おっと、そうかい。クク、残念……」
相変わらず、口で言うほど赤木に残念そうな空気はなく、飄々としている。
50符2飜の手では新ドラが乗るか乗らないかで大きく点数が変わるはずなのだが、まるで構わず。
赤木「確か、大明槓の責任払いはアリ……だったよな? なら、3200だな……」
衣「ッ!!」バッ!
純「お、おい衣……て、こりゃあ……ッ!?」
槓ドラを捲らずに、伸ばした指を赤木は引っ込めたが、弾けるように衣が動いた。
突然の衣の行動に驚く純だったが、数瞬後、さらなる驚愕。
衣の手の先、新ドラ……。
――その表示牌『西』……ッ!!
つまり赤木のカンした『北』がそのまま新ドラ。ドラ爆。
暗槓ならば、あるいは明槓も先捲りならば、4飜追加の跳満!!!
衣(最後の『白』、衣の支配及ばぬ王牌にあったか。衣への放銃を避け、尚且つ城門の向こうからの奇襲とは……
しかも、きっちりカンドラまで乗せていた……)
衣(なんという豪運か、やはり読みと直感だけの雀士ではない)
――これがアカギか……ッ!!
衣「漸く、其の得体を曝したということだな……!!」
透華捨牌
中西ⅠⅦ⑧Ⅱ
一発[⑨]南発五
赤木捨牌
中⑧発東[南][Ⅳ]ⅨⅨ
一ⅤⅧⅧ
純捨牌
発東Ⅵ七⑧Ⅰ
六⑦八[三]Ⅰ
衣捨牌
八Ⅷ中西東中
八⑧⑦[Ⅵ]西 [北]
――他家の不要牌を重ねて手を作りやがったんだ……ッ!!!
純は戦慄していた。
最初の副露に違和感を覚えた時から、純は赤木の動向に目を凝らしていたのだ。
信じられないものを見た。
赤木手牌 二三四④(⑤)⑥ⅣⅤⅥⅧⅨⅨ北 ツモ白
純(『Ⅳ』『Ⅴ』『Ⅷ』『Ⅸ』『Ⅸ』は手出しだった……つまり、オレに副露させたときはこんな手牌だったはずだ)
純は知らないが、この白は衣の和了牌。ツモ切りをしていたら、衣の跳満に直撃していた。
純(こっから手を崩してオレに鳴かせたんだ。こんなおかしな切り方すればそりゃあ衣の支配から外れるだろうさ。
次に衣が鳴いて海底コースに戻るまでツモ筋はズレるはずだ)
この2巡の間に『Ⅵ』『北』『北』のどれかを1、2枚引いたのだ。恐らくは、『北』だろうか。
そして、それは本来、衣の海底コース上で透華がツモるはずだった牌であり、
衣の支配が継続中ならばそのまま河に捨てられるものだったはずだ。
赤木手牌 二三四④(⑤)⑥ⅤⅥⅥⅧ北北白
純(んで、衣から鳴いたときはこんな感じだったはず。
『普通に打ってりゃ』『Ⅵ索』は不要牌だったから、衣が鳴き返した後にでも重ねたんだろうな)
そして、赤木はここから『Ⅵ』を副露して打『Ⅴ』。
純(そして、最後は衣の不要牌の『北』を重ねて聴牌。カンして嶺上開花だ)
今更ながら純は、赤木を衣の同類なのだと再認識したのであった。
萩原「――もしかすると、『白』と『北』を残したのもあながち理由が無い、というわけではないのかもしれないですね」
一「えっ――それって、あのメチャクチャな和了が読みってことですか……?」
萩原「全てではないでしょうが。
衣様の打点は基本的に高いですから、南を鳴かれた時点で染め手だと当たりをつけたのではないでしょうか。
筒子の染め手ならばドラも絡みますし、鳴いても十分な高さになります。
そして、5巡目の時点でほとんどの字牌の在り処が知れた中、『白』と『北』のみが生牌でした」
対局が衣の絶好調の流れで進んでいる中で、引いてきた生牌に危険を感じたのではないか、と萩原は推測を述べた。
萩原「また、和了牌でなかったとしても、衣様が自身に海底を回した以上、
切れば副露でツモがずれてしまうから誰も暗刻や対子で持っていない、とも。
ならば、生牌である以上山にまだ生きている。ツモをずらしていけば、
いずれ不要牌として切られるものをすべて回収できるのではないかと考えたのではないでしょうか」
そうして、河に出る前に3枚重ねることができれば、役無しでも和了の機会が手に入る。
萩原「まぁ、そういう解釈もできるかもしれないというレベルですし、
さすがに最後の嶺上開花は完全に私の理解の外です。
赤木様もまた、並外れた運を持っているということなのでしょう」
赤木にとっては、その唯一の機会で必要十分だった、ということなのだ。
そこで引いたのが、衣の手に一枚――そしておそらく海底にも――ある『白』の単騎待ちである。
赤木もまた、常人の枠の遥か外にいることを知らしめす一局だった。
智紀「……あの『三』」ボソッ
一「どうしたの、ともきー?」
智紀「……」パソコンカタカタ
智紀「……何切る?」
二三四④(⑤)⑥ⅣⅤⅥⅧⅨⅨ白 ツモ三
一「……『白』、かな」
智紀「……」パソコンカタカタ
智紀「……何切る?」
二三三四④(⑤)⑥ⅣⅤⅥⅨⅨ白 ツモ一
一「…………『白』、かな?」
智紀「……純がチーしなければ、こうなってた。仮に『白』を残しても、嶺上開花ができないから、詰み」
一「……これもうわかんないなー」
前半戦・南1局終了時
東家 透華 92600
南家 赤木 85200 (+3200)
西家 純 90400
北家 衣 131800(-3200)
正攻法(笑)
でお送りしました、本日はここまでです
なんか赤木よりは人鬼っぽい感じになっちゃいましたね
それでは失礼
乙
やっぱおもろいわ
文章うますぎ
待ってるじぇ…
すっかり月一更新と相成ってしまいました。ご無沙汰しております
ちょっと思ったよりも書く暇がなくて、前スレ以上に遅くなっております。申し訳ありません
>>146
ありがとうございます
>>147
このような評価を頂くとは思っていませんでしたので、ちょっと面映ゆいですね
>>148
大変お待たせしましたが、続きができました
気休めにはなりませんが、既に話の流れは決まっていて、エピローグもほぼ書き終わっているので、
一応、エタることはありません
純(イヤな予感がする……)
純の勘が、告げていた。
純(さっきの局、赤木のおっさんは間違いなく衣の支配を破った上で和了り切った……)
前局、最初は全く何もできる気がしなかった。
いつもの衣の支配だ。
綻びを感じたのは、赤木が妙な打牌を始めてから。
起点が赤木ならば、終点も赤木。
衣の支配を、衣への直撃で赤木は破ってみせたのだ。
普通に考えれば、流れの行方は間違いなく赤木に向かう。
純(衣は今日海底和了りは3回だったか? さっきも海底狙いだったっぽいよな……
ヘタするとこの局海が引いてる可能性もあるのか)
衣は半荘全てで他家の手を抑えることはできない。
必ず、どこかでインターバルが生じる。
純の経験上では、どれほど今夜の衣の調子が良いと言っても、さすがにそろそろいったん支配が切れる頃だ。
純(ヤバいんじゃないか……?)
――そんな形でやってきた親番、平凡なワケがねえ……ッ!!
トップ目から直撃をして引いた親番に加えて、しかも、衣の支配が破れたのだ。
点数はそれほどでもなかったが、それが薄皮一枚の僥倖であったことは槓ドラを見た全員が知っている。
この展開に臨んで、赤木の流れが判らない流れ論者はいない。
なにしろ満月の衣の支配が破られることなど初めてであるので、この後どうなるのか、
純は読めないまでも明らかに不穏な空気を感じていた。
純の感覚、概ね的中している。
純の思惑に加えて、赤木は前局、動かねば衣の海底ツモ、動けば衣に跳満放銃、
という二重苦を回避しつつの衣に直撃という離れ業をしてみせたのだ。
この圧倒的な赤木困難の状況を、最も勢いのある者――つまり衣――からの直取りという形で切り抜ければ、
赤木に流れが来ないわけがない。
――窮地の先に好手を得る……。
それもまた赤木の持つ天運である。
・一回戦・前半戦・南2局・親赤木・ドラ『中』
――3巡目
赤木捨牌
八四白
純捨牌
北発白
衣捨牌
二西Ⅰ
透華捨牌
東南九
赤木「リーチ……」
赤木、打『北』
赤木4巡目にしての親立直。
純(だよなァ……)
案の定である。
純(けど鳴けね~。ツモは……現物か)
純手牌 五八①③⑤⑥⑦ⅡⅢⅢⅤⅦ南 ツモ『八』
純(手はバラバラ、他に現物はない……が、単純には退けねえよな。
何もしなかったら間違いなく一発でツモられちまう流れだ……どうする?)
今までの純ならば、現物をツモ切ってオリだ。
鳴けないのだから、退がるしかない。親の立直に突っ張る手でもない。
他に方策が無いのだから、後は放銃を避けるだけ。それが正着。
そのはずなのだが、それにも拘らず、どうにも燻ぶるモノが純にあった。
純(力の差があんのは分かってんだ。けど、だからと言って別に置物になるためにここにいるわけでもねえしな……)
いくら対局の主軸が既に赤木と衣の一騎打ちに推移していようと、これは麻雀なのだ。
麻雀は、四人でするもの。
この対局は、衣と赤木の二人だけの対局ではないのだ。蚊帳の外ではいられない。
和了ることができないならば、被害は最小限に止めなければならないのだ。
寧ろ、こういう場に居合わせたのだから、逆に全力で臨まねば余計な水を差すことになってしまうだろう。
今回の麻雀に限っては、目の前の点差は、終局時にほぼそのまま実力差の通りに収束してしまうのだから。
――ならば、ここでどうするか……。
純は、前局を思い浮かべた。
衣を相手に自在に鳴き、鳴かせ、流れに乗って、和了り切る。
あの局の赤木の立ち回りは、自分の目指す所の一つだろう。
純(今のオレじゃ、あそこまでできそうにはないが……近づく努力は、しなきゃいけねぇ状況だよな?)
さすがに、ここから赤木の立直を躱して和了することができるとは思わないが、
前局あれだけのものを見せてもらったのだ。
できるだけ倣わなければという思いが、純にはあった。
折角だ。今一歩、これまでの自分から前に深くに踏み込むべきだ。
純(この手牌からだと……これか?)
純は、ツモ切りを選択しなかった。
純(いけ……ッ!!!)
純、打『五』
赤木「……」
純(ぅし、通った……ッ!!)
衣「…………」ムムム
衣手牌 四六八④(⑤)⑥⑦⑧ⅡⅢⅣ(Ⅴ)Ⅵ ツモ『(五)』
衣、断么九・三色同順の一向聴。
雀頭が先に決まれば、平和も付く。ドラも合わせて倍満の、相も変わらずの火力構成である。
4巡目の手牌にしては悪くない。
寧ろ一般人からすれば出来過ぎともいえる形だが、この局は既に先んじる者がいる。
衣は当然、赤木の手牌は感じている。
先を取りたい。しかし、届かない。
眉間に皺が寄るのも仕方がなかった。
衣、打『八』
純(きた……ッ!!)
純「ポンだッ!!」
純、打『南』
純手牌 ①③⑤⑥⑧ⅡⅢⅢⅤⅦ ポン八八・八
純、副露。
ベタオリしなかった甲斐があった。
最高に流れに乗っている状態とは、一発でツモることだ。
逆に言えば、それは他家が何もできないか、したくない状態にあるということ。
その一番の要素は、現物があること。
先制で立直をされた時、押せる手でないのならば、大半の人間はオリる。
ましてや親の立直だ。そして、オリるのならば、より確実に安牌を切るのが通常。
現物が最も安全な牌なのだ。
赤木は今、確実にツモれる流れ。ならば、もしかすると、他家には現物がある、または来るのではないか。
純の読みは、上手く嵌った。
少なくともこれで、一発は消えた。
衣「……」
衣、打『東』
透華「……」
透華、打『北』
赤木「……ツモ」
赤木手牌 一一二二三三⑦⑦⑧⑧⑨⑨⑨ ツモ『⑥』
立直・門前清自摸和・平和・一盃口
純(よっしゃ、ド安……)
赤木「裏は3つか、七本折れて6000オールだな……」
なんと赤木の引いた裏ドラ表示牌は、自身で2枚使っている薄い『⑧』。
つまり裏ドラは『⑨』。裏3枚である。
流石は昇運の赤木か、転んでもタダではない。
結局、ピンヅモ4飜の2600オールを、跳満6000オールにしてしまった。
純「……」
純(ま、まぁいいだろ。一発で高目なんて引かれた日にゃ数えだ……これで上出来、
悪くねえ……と思わねえとやってらんねーな)
透華(なんだか純がガックリしているみたいですが……)
透華手牌 一六①②④⑥『⑨』ⅠⅡⅢⅣⅦⅧ
透華(どうやら値千金だったようですわよ……?)
前半戦・南2局終了時
北家 透華 86600 (-6000)
東家 赤木 103200(+18000)
南家 純 84400 (-6000)
西家 衣 125800(-6000)
衣(聊か厄介な事に為ってきた……)
はっきりと場の空気が変わったことを、衣は敏感に感じ取っていた。
よりにもよって、赤木の親になる丁度その時に流れが赤木へと遷ろってしまった。
赤木の最後の親がもう終わっていたのならば問題なかった。
降りているだけで、赤木は相当厳しい条件だった筈。
しかし、親番は連荘というものがあるのだ。赤木は今、その親番である。
衣(アカギに勢いを与える時期を誤った。最初から全力で臨んだのが綾と為ったか?)
牌の来は良いが、他家の進行を抑えるほどには支配は強くできなかった。
つまり、他家の手の進行は未知、不定。
この局も、赤木と和了競争をしなければならないようだ。
――否、仮に支配を強められたとしても、赤木は和了りに来る。南一局に見たではないか……ッ!!
衣は、この局支配が強ければという、脳裏に刹那浮かんだ甘い『もしも』を頭を振って否定した。
もはや、衣の支配の強弱は関係ない。
今日の相手は、衣の支配を抜けてくる已ん事無き実力者なのだ。
常の途では、必至に非ず。
衣は、直感で感じ取っていた。
・一回戦・前半戦・南2局1本場・親赤木・ドラ『Ⅶ』
赤木「……」
赤木配牌 二三四四八⑨ⅠⅤⅤⅦⅦⅨ東白
赤木、打『白』
純「……」
純配牌 一一二②③③④⑥⑧⑨ⅠⅡ南 ツモ『東』
純、打『東』
衣「……」
衣配牌 二三四五六七八九ⅣⅥⅧ北北 ツモ『発』
衣、打『発』
透華「……」
透華配牌 八九②③⑤⑦⑨Ⅲ東西西中中 ツモ『①』
透華、打『東』
――2巡後
赤木捨牌
白東Ⅰ
純捨牌
東八白
衣捨牌
発⑨
透華捨牌
東四
衣「……」
衣配牌 二三四五六七八九ⅣⅥⅧ北北 ツモ『北』
衣(この手、いつもの衣ならば嵌張塔子を払って混一だ。ツモる確信もある……)
衣の感覚はこの配牌を、最低でも門前での混一色・一気通貫、満貫を下らない手だと感じている。
そして、これはツモることができる。6翻で跳満だ。
――しかし、足りるか、それで……?
衣(――否。玉響の不和を、アカギはきっと見逃さない。
南1局の時のように、一手の後れを取るのが落ちではないか……?)
混一色を目指すとなれば、手が遅れることになる。
果たして、今の状態で手役を作る暇を赤木が与えてくれるのか。
赤木に隙を与えることに、衣は脅威を感じていたのだ。
――然らば、如何に……?
衣「……」ムムム
衣(憶うに……)
ふと、気づいた。
衣(衣は、嘗て是程に麻雀に悩んだことが在ったか……?)
今まで、衣はただ感覚に従って打つだけで良かった。
――それだけで、打てた。
――それだけで、勝てた。
寧ろ極端に言えば、それ以外に打つ方法を知らないとも言えた。
しかし、今日の相手はそれでは勝てない。
――初めて、衣は麻雀で『選択』しなければならないのだ。
衣「……」
衣は、改めて手牌を眺めた。
衣配牌 二三四五六七八九ⅣⅥⅧ北北 ツモ『北』
衣(――此処は、之か……?)
衣、打『北』
――2巡後
赤木捨牌
白東ⅠⅡ八Ⅸ
純捨牌
東八白発⑨
衣捨牌
発⑨北白⑤
透華捨牌
東四Ⅸ北Ⅷ
純(動かね~……)
純配牌 一一二②③③④⑥⑧⑨ⅠⅡ南 ツモ『Ⅴ』
純(ドラ傍は……赤木のおっさんがなんか怖いな。字牌字牌に塔子落として端牌2つと、全部手出し、か……。
あの『Ⅰ』『Ⅱ』落としが面子オーバーか向聴戻しかでちょっと変わるな……)
5枚入れ替えているのだ。赤木の流れからして、一向聴は固い。
仮に面子オーバーから切ったなら、聴牌と読まなければ温すぎる。
純(けどまあ、張ってんならリーチするよな、恐らくだが……。それに……)
――衣だ。
純(さっきの『北』切りが妙に引っ掛かる。
普通の字牌ツモ切りの筈なんだが、あれでちょっと衣の雰囲気が変わった……)
どちらかというと、純のこのツモは、衣の空気に引き摺られている気がする。
純(衣の流れはイマイチ。張っちゃいない筈なんだが、さて、どうするかな……)
どうやら自分は今、眼前の二つの流れ、どちらかに船を任せるかを決めなければならないらしい。
純(――なら、こっちだろ)
純、打『Ⅴ』
衣「チー」
衣、打『Ⅷ』
――次巡
衣「ツモ」
衣手牌 二三四五六七八九北北 チーⅤ・ⅣⅥ ツモ『一』
食い下がりの一気通貫のみ。
衣「300・500の1本場は400・600」
満月の夜での和了で、最も低い点数ではあったが、衣は不思議と充実した感触を得ていた。
一「衣が……」
智紀「安手で場を流した……?」
萩原「ですが、これは衣様に有利に働くかもしれませんね」
普段の威力ある強い闘牌に対して、軽い展開。
とても衣らしからぬ和了り方に、一と智紀は驚きを露にした。
満月で卓に臨む衣は、傲岸不遜にして傍若無人、ひたすらに対局相手を正面から叩き潰すのが常なのだ、
今の和了との対照に驚愕するのも無理はなかった。
そして一方その傍ら、萩原はこれに吉たる兆候を予感していた。
赤木手牌 二二三三四四ⅤⅤ(Ⅴ)ⅥⅦⅦⅦ
間一髪の差だった。
赤木、『Ⅳ』『Ⅴ』『Ⅵ』『Ⅶ』『Ⅷ』待ち
断么九・一盃口・ドラ4の聴牌。
いつもの通りに打っていれば、どのような切り方でも衣は赤木に振っていたことになる。
衣は、覚えず虎口を脱していたのだ。
明らかな赤木の流れ、その好牌を衣は手を安くしてでも切って捨てた。
間違いなく、潮流を変える力がこの安和了りにはあったと言えよう。
前半戦・南2局1本場終了時
北家 透華 86200 (-400)
東家 赤木 102600(-600)
南家 純 84000 (-400)
西家 衣 127200(+1400)
・一回戦・前半戦・南3局・親純・ドラ『南』
――13巡目
純捨牌
西白一北東南
中ⅠⅥ四三Ⅶ
Ⅸ
衣捨牌
白中南Ⅷ七発
Ⅳ南九九ⅣⅥ
透華捨牌
北ⅨⅥ白西中
一三ⅡⅢⅣ発
赤木捨牌
Ⅲ南(五)白Ⅵ発
Ⅱ二Ⅸ四西一
一「うっわー……」
智紀「…………」
衣「……」ゴゴゴ・・・
衣手牌 ①①①②②③④④④⑤⑤(⑤)⑥ ツモ『Ⅸ』
衣、打『Ⅸ』
透華「……」
透華、打『発』
赤木手牌 ①②②③③④(⑤)⑥⑦⑧⑨⑨⑨ ツモ『八』
一「メ、門清で和了牌の持ち合いしてる……」ナニコレコワイ・・・
萩原「明幽半ばにして分かてば二虎、競い相喰らわん、といったところでしょうか」
一「……?」
萩原「明幽とは人間と鬼神のことです。普段の面子では衣様だけが頭一つ抜けていましたが、
もう一人並ぶ者がいると、このように運を取り合ってしまうこともあるのですね」
萩原「ですが……」
赤木「……」
赤木、打『⑨』
純手牌 六七七八八九ⅢⅣⅤⅤⅥⅦⅧ ツモ『六』
純(ったく、ここまで遠すぎだぜ……。もっと早けりゃリーチしたかもしんねえが、最初の字牌ラッシュが痛かったな)
字牌字牌字牌の、流し満貫でも作ろうかという勢いの無駄ヅモ連発のおかげで、手牌は悪くなかったにもかかわらず、
聴牌したのは10巡目。
前局に衣をアシストする形になったのが、やはり綾となったらしい。流れが悪い。
純、打『九』
純(ダマだ、ダマ)
三面張と言えど、勝負の空気ではない。
それが、純の判断だった。
衣「……」
衣手牌 ①①①②②③④④④⑤⑤(⑤)⑥ ツモ『二』
衣(アカギが手を崩した……。痺れを切らして別の途へと渡ったか? 孰れにせよ、これで衣も動ける。
ここは何としても赤木に先んじたいところ……)
もう楽観できる点差ではない。
しかも、対面の赤木の手は強大。
和了を許したら、これはもう予断を許さない。
そんな点差でオーラスを迎えたら、もう衣に勝ち目はない。
今の赤木の勢いたるや、雲を得、風を纏う蛟竜。
なんとしてもこの局は、赤木よりも先に和了る。
衣としては、この大物手を物にして、なんとしても余裕を持ってオーラスを迎えたかった。
衣、打『二』
透華「ロン!」
衣「ッ!?」
透華手牌 一二三三四五六七⑥⑦⑧東東 ロン『二』
透華「平和のみ、1000点ですわ」
透華(私に似合わぬせせっこましい和了ですこと……。
ですが、さすがに二家が筒子染め、しかも清一気配ともなれば、リーチする度胸はありませんでしたわね……)
しかし、その手の小ささで衣が見落としたのだろうことを考えれば、まぁ結果オーライだろうかと、
そう透華は考えることにした。
万が一にも下手な筒子を引いてしまえば、12000からの放銃となる平和のみのリーチはただの無謀であっただろう。
赤木は分からないが、少なくとも、衣は絶対に退かない。
そして、その黙聴判断で生き延びた。
赤木(あの直前の面子落とし……)
赤木は当然、見ていたから『八』を止めた。
この局は、赤木と衣で相当運を喰い合っていた。
硬直に乗じて、追いつかれる可能性も十分にあったのだ。
透華の河に見られる『Ⅱ』『Ⅲ』『Ⅳ』は、全て手出しだ。
中盤を過ぎて、わざわざ面子を落とす理由はない。
透華の手牌にある『⑥』『⑦』『⑧』の、どれかを引いたはずだ。
恐らくは聴牌していただろう。しかし、退いた。
トップと点差があろうと、安易に立直をせずに抑え、危険牌を引くや即座の撤退判断。
悪くない。『⑥』『⑦』『⑧』も、全て赤木の和了牌だ。
赤木(索子の落とし方も良い、一歩差で井上の嬢ちゃんの『四』切り聴牌に間に合っている……)
普通ならば、好牌先打、基本的に中の牌ほど早く切るが、透華は『Ⅱ』から切った。
純の河に見えている『Ⅲ』『Ⅵ』『Ⅸ』、『Ⅰ』『Ⅳ』『Ⅶ』の筋よりも、
『Ⅱ』『Ⅴ』『八』の筋を先に処理するべきと読んだのだろう。
これがズバリ。結果的に、純を躱して和了に漕ぎ着けた。
ロジカルな打ち筋は、こういう細かいことの積み重ねが何よりも重要だ。
細微を追及してこそ、運が寄る。
透華の和了は、単に運が良かっただけではないのが、よくわかる。
衣(アカギばかりを瞻っていて透華や純への注意を欠遺していたか……安くて助かった)
萩原「尋幽、能く究めていたのは、どうやら赤木様のようですね」
――そして、来る……ッ!!!
ここが一つの分岐点。前半戦オーラス。
前半戦・南3局終了時
西家 透華 87200 (+1000)
北家 赤木 102600
東家 純 84000
南家 衣 126200(-1000)
本日はここまでです
>>1は麻雀下手くそなんで、どうも巧い麻雀というのがイマイチわかっていないのがネックです
それでは失礼
乙
面白い
麻雀の上手い下手はわからんけど魅せ方は上手いと思うで?
おつおつ
毎度恒例の訂正です
>>168で
『⑥』『⑦』『⑧』が赤木の和了牌となっていますが、
赤木の待ちは『①』『②』『④』『⑤』『⑦』『⑧』なので、『⑦』『⑧』のみです
『⑥』は衣の和了牌でした
同じく>>168で 誤字です
『Ⅱ』『Ⅴ』『八』の筋を先に処理するべきと読んだのだろう。
↓
『Ⅱ』『Ⅴ』『Ⅷ』の筋を先に処理するべきと読んだのだろう。
失礼しました
乙
遅いのはいいけど地獄で鬼退治とかはやめてくれよ?wwwwww
相変わらず面白い
岩手の話もみたいな
すこやんとのタッグも興味あるな
つーか、すこやんを劣勢にさせるにはイカサマしかないってあらすじは納得がいく
保守
更新楽しみにしてます!
保守せずにはいられないな!
保守
■ご無沙汰しております
このままのペースで遅くなりますと、次の次くらいには二ヶ月放置で物理的にエタってしまいそうですね、気をつけます
>>175
ハハハ、まさか。対局放っといて途中から鬼と大乱闘かます麻雀作品なんてあるわけないじゃないですかwww
あるわけないじゃないですか……
>>176
金光和尚のいる麻雀寺清寛寺に宮守メンバーが祈願に行く、みたいな話で書けそうですけど、
姉帯さんの闘牌でまだよくわからない部分が結構あるのがネックなんですよね
>>177
無敗とかわけのわからない経歴の持ち主ですからね、すこやん
素でプロレベルの人間が複数で組んでイカサマしてようやく追い込める感じじゃないですかね?
ただ、高卒即プロ入りのようなので、すこやん自身は多分イカサマはさっぱりだと思います
現実で高校球児がいかにボールやバットに細工するかなんて一生懸命やってたら変ですもんね
>>179
ありがとうございます、ようやっと続きが完成しました
>>178、>>180、>>181
お手数をお掛けしました、ありがとうございます
・一回戦・前半戦・南4局・親衣・ドラ『八』
衣(――放銃してのオーラスだが、悪くないぞ)
配牌を見た瞬間、衣は未だ自分に流れは残っていると思った。
衣配牌 六六七八八③(⑤)⑥⑧ⅡⅡⅢ(Ⅴ)Ⅶ
衣、配牌二向聴。向聴数だけでなく、副露しても進めることができるのも大きい。
ドラを4枚抱えていることも、また重要だ。
南4局、赤木はこれを終了する時には順位を入れ替えてみせると豪語したのだ。
現在の点差13600。この点差は、前局南3局での14600差とは意味が全く異なる。
オーラスだ。赤木は必ず和了しなければならないのである。
加えて、赤木は最低でも跳満が必要で、自摸和了ならば倍満、純や透華から栄和了するならば三倍満が求められる状況だ。
如何な赤木しげると雖も、ドラは喉から手が出るほど欲しいはずなのだ。
8枚あるそのドラ、内4枚を配牌で手中に収めている。地味だが、これも悪くない巡り合わせ。
衣(索子は……)
衣、打『③』
――次巡
衣手牌 六六七八八(⑤)⑥⑧ⅡⅡⅢ(Ⅴ)Ⅶ ツモ『Ⅳ』
衣、打『⑧』
衣(――直に埋まる)
衣、一向聴。
そこはかとなく、勝利への道程を垣間見た気がした。
――次巡
衣捨牌
③⑧東
透華捨牌
①⑨Ⅰ
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ
純捨牌
九東
純(中張牌からか、衣は早そうだな……)
純手牌 二三五(五)④⑦ⅢⅣⅤⅥ南南中 ツモ『Ⅴ』
純(筒子を変に浮かせて後半切れなくなっちまうよりは、先に払っちまおうかな……)
塔子は揃った。純も手の進みは悪くないが、どうにもそれ以上に衣の方が早い。
ならば目一杯に受けずに、この形で攻める。三巡で見切るも早いかとは思ったが、純はそう判断した。
純、打『④』
衣(来た……ッ!!)
一方と、これで衣は聴牌だ。
間に髪を容れず、迷わず鳴きに掛かった。
衣「チ……」
赤木「――ポン」
赤木、打『北』
赤木手牌 ■■■■■■■■■■ ポン④④・④
衣(むっ、小癪な……)
衣の発声とほぼ同時に、赤木が副露を宣言。
ポンだ。これは、衣のチーに優先する。
面白くないと、衣は思った。これで筒子は大方辺張になってしまった。
聴牌を妨げられたのも、すこぶる心証が悪い。
透華(ここで――)
純(――ポンだァ……?)
他方、疑義に眉を顰めたのは純と透華。
――足らないのだ。
副露をした時点で、赤木は透華と純から直撃してもトップにはなれないことがほぼ確定してしまう。
ドラは萬子の『八』であるから、筒子を副露した赤木に残された11飜の構成は、
清一色・対々和・三暗刻・赤赤しかありえない。
しかも、この構成では成立の難易度も然ることながら、その最終形が単騎待ちとなる。ツモでもロンでも和了り難い。
たった一つの副露でここまで推測が成り立ってしまうのだ。
赤木が本当にこの局逆転するならば、このポンは悪手ではないのか。
透華(……一応ですが、三倍満を用意しなくても鳴いて作れる役満がありましたね)
11種類ある役満の内、副露が許されるものは6種類。
大三元・字一色・緑一色・四喜和・清老頭・四槓子だ。
赤木が鳴いたのは『④』。まず字一色、緑一色、清老頭が消える。
『東』が既に河に3枚あるから四喜和も不可能。
残るは大三元と四槓子。
透華(赤木さんならばあり得るかもしれないと思ってしまうのが怖いところですけど、普通は……普通は、
四槓子なんて狙えるなら四暗刻に行きますわよね……? 四槓子の確率いくつだと思っていますの)
透華は努めて四槓子の可能性を消す。残るは大三元。
透華手牌 一一二四六九ⅢⅣⅤⅧⅨ中中
透華(――『中』はここに2枚あります。ならば、もうほとんど放銃の可能性は無いと見て良いですわよね……?)
絶対ではないが、限りなく低い確率であることは間違いない。
透華が気をつけるべきことと言っても、筒子を切らない、手にある『中』を離さないこと、せいぜいが主にこの二つだ。
大きな負担ではない。
13600点の差なら、満貫直撃・跳満自摸和了・倍満栄和了
で足りるはずなんだけど
衣捨牌
③⑧東
透華捨牌
東Ⅰ⑥
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北
純捨牌
九東[④]
純(索子の端っこ三連打。とても張っているようには見えないな……)
純の感覚では、進み具合は衣と純のツートップだ。やや衣が早いか。
そもそも4巡目で清一色聴牌、あるいはその類似になるほど手牌が良いなら、まだ門前で粘れる状況なのだ。
喰い下がりも無くなり、リーチもできる。立直・門前清自摸和が付けばドラ要らずの倍満で逆転トップだ。
衣に対してダマテンが効果的とは言い難いものの、それでも手牌の柔軟性は段違いの筈。
見た感じは落ち着いて見える赤木の様子からはなんとも想像しづらいが、
その実は副露をせざるを得ないほど汲々とした手格好ではないのだろうかと純は推測した。
一向聴ですらないのではというのが、純の感触だった。
純(――っと、で、ナイス鳴きだぜ、これで一向聴)
純手牌 二三五(五)⑦ⅢⅣⅤⅤⅥ南南中 ツモ『南』
純、絶好の急所『南』引き。南・ドラ1の一向聴。
赤木の鳴きで良いツモが来た。風が吹いていると思った。
純(……鳴かなきゃなんないような清一色だし、大して怖い感じもしない。
当たらないとわかっているなら攻めた方がいいよな?)
純、打『⑦』
――流石に、ここで退くのは日和過ぎだろう。
南1局を鑑みれば、確かに赤木は悪い手格好に対する対応力がずば抜けている。
南3局のように流れへの乗り方も卓越している。
しかし、衣のように毎回好手が連発するわけではないのだ。
最初から怯懦を見せるのは、寧ろ逆に赤木の行動を許すことに繋がる。
純(――とは言っても、鳴いている以上はそれでも跳満を作る算段はあるってことだ。
衣はオレや透華よりも捨て牌に気を配らないといけないはず。その利で一歩抜けたいな……)
――押した方がまだ戦えるだろ。
>>187
すいません、>>183は誤字です
>>169より
前半戦・南3局終了時
西家 透華 87200 (+1000)
北家 赤木 102600
東家 純 84000
南家 衣 126200(-1000)
ですので現在の赤木と衣の点差は23600でした。申し訳ありません
衣(なんだ、此方も落ちてくるのか……)
先程の落胆はなんだったのかと言わんばかりの因縁。
結局巡って来たとあっては、がっかりして損したと衣は思った。
衣「チ……」
赤木「――ポン」
赤木、打『Ⅵ』
赤木手牌 ■■■■■■■ ポン⑦⑦・⑦ ポン④④・④
衣(む~~~~~~ッ!!!)
流石に衣も怒り心頭となった。地団太を踏む思いだ。
これで『④』『⑦』の筋はほとんど枯れて、衣の手は形だけの一向聴となってしまった。
しかも、それだけでは終わらない。
――次巡
赤木「カン……」
赤木手牌 ■■■■■■■ ポン⑦⑦・⑦ 加槓④④・④④・
衣(それは衣の……ッ!!)
赤木、なんと『④』を自摸、加槓。
この意味、赤木は下家の純から二連続で副露をしたから、今の赤木の自摸は、ちょうど衣の本来の自摸になる。
『④』、鳴かずとも来ていた牌なのだ、つまるところは。
これで残るは『⑦』1枚、ほぼ完全に衣の受けが赤木に握り潰された。
一「これ、間四軒?」
智紀「……たぶん」
一「ちょっとこの決断はマネできそうにないなあ……」
赤木の発声は、衣にほぼ時を同じとしていた。
無論、副露の宣言に間が開いてしまえば、発声優先で衣の副露が成立してしまうから、
赤木の行動に問題があるのかと言えば、否、露程も無い。
しかしそれは、問題自体はないというだけで、そこに至る赤木の決断力には目を瞠らざるを得ないだろう。
3巡目なのだ。判断材料は殆ど無い。
どう見積もっても赤木は衣の捨てた『③』『⑧』の間四軒を見ただけで『④』『⑦』を鳴く決断をしたということなのだ。
確かにチーが成立していれば、聴牌した衣は遠からず和了ってしまっていただろう。
一や智紀――加えて衣の視点からすれば、この、いわゆる邪魔鳴きは成功している。
しかし赤木は本来できるだけ門前でいきたい点数状況だ。
それを踏まえてもこの邪魔鳴きができるというのは、それこそ絶対的と言えるほどの自信が無ければ不可能だろう。
赤木「……クク」
赤木、打『六』
嶺上牌を手中に収め、赤木は手牌から『六』を河に放り込んだ。
不敵に笑う。
赤木「今度は、捲れるよな……?」
極め付け。
動けば甚大に場を荒らす、今日の赤木を体現するような展開。
――カンドラ、その表示牌…………『③』ッッ!!!
龍門渕に衝撃が駆け抜けた。
これで赤木の明槓子、『④』がそのままそっくりドラ。
透華(――む、むちゃくちゃですわ、この人…………!!)
純(どういう運だよこれ……カンすりゃ必ずドラ爆ってか、冗談じゃねえぞ……)
恐るべきは赤木の天運。
成立こそしなかったとはいえ、南1局に続いての二連続ドラ爆だ。
もはや、いっそイカサマであって欲しいという願望すら湧いてくるが、赤木は丁寧にも指一本で槓ドラを捲っている。
そのような余地はない。
臨場の全員が分かっている、理解している。何よりも赤木の放つ才気が、そんなものは必要ないと雄弁に語っているのだ。
赤木は確信を以てこれを行っている。尋常の業ではない。
この槓は、状況を一変させた。
これで赤木はドラ4、清一色ならば断么九・赤1か対々和が付けば11翻に手が届くようになった。
純と透華も筒子を切りづらくなったのだ。また、筒子だけではない。
まだ見えていないドラも多い中での赤木の満貫確定だ。倍満へのケアもするならば、切れない牌はさらに増える。
混一色か、三色同刻か、役牌二つか、断么九赤1か、何れかに対々和が付けば倍満になる。
つまり、対子系の手になれば倍満の確率は高い。透華にしろ、純にしろ、生牌や1枚見えの牌は非常に切りづらい。
安全と思っていた二人の攻め気は、大いに挫かれた。
衣捨牌
③⑧東北
透華捨牌
東Ⅰ⑥九
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北Ⅵ六
純捨牌
九東[④][⑦]北
純(いくらなんでも加槓のドラ爆なんて読めるわけねーだろッ!! ……げ)
純手牌 二三五(五)ⅢⅣⅤⅤⅥ南南南中 ツモ『⑧』
いい加減にしろと、内心悪態を吐いた直後の純の自摸は、自身にとってはよりにもよってと言うべきか、
なんと生牌の筒子『⑧』。
純(だ~ッ!! こんにゃろ、なんてこった、『④』『⑦』切ったのはミスだったってか!?)
完全に場況は覆った。
赤木はたった2巡で力尽くに卓袱台を引っ繰り返したのだ。
結果的には、純の自省通り、これは純のミスであったのだろう。
だが、しかし、この点数状況だ。赤木が序盤の序盤に連続2副露してくることも予想外ならば、
直後に槓材を引っ張ってきて無理やりドラを乗せることになることなど、尚のこと予想できるわけがない。
純(まだだ……まだ、やれることはある……)
純、打『Ⅵ』
純(筒子と生牌さえ押さえちまえば赤木のおっさんは衣から和了るしかない)
――衣には悪いが、ミスった以上はダメージを減らさないとな……。
倍満以上を封じれば、赤木は跳満で衣から直撃するしかない。
赤木の和了点が最も少ない。自摸払いもない。これが一番、傷が小さくて済む筈だ。流局まで行けば、なお良し。
衣「ぐぬぬ……」
衣手牌 六六七八八(⑤)⑥ⅡⅡⅢⅣ(Ⅴ)Ⅶ ツモ『北』
衣も苦しい。
筒子塔子の受けは残り『⑦』1枚しかないのに、処理しようにも筒子染めの赤木に対して切りづらい。
この塔子処理は道を塞がれた故の遠回りだ。そして、その迂回路は、筒子処理という地雷原。
今現在赤木が聴牌していなくとも、筒子を切ればそれに近づくのは九分九厘不可避の事象だろう。
自身が回るのに相手が真っ直ぐ来ることになる。
衣もまた、身動きが取れなくなっていた。
衣、打『北』
衣(妥協必須か……)
衣が降りれば、早々倍満など作れない。
和了して赤木に勝ちたかったが、贅沢は言っていられない。
今まで誰にも負けたことはない。これからも、『そうしたい』。
――ずっと、当たり前だと享受していた……。
それが、揺らいでいる。
衣は未だ自覚していないが、そこには新たな変化の種が訪れ、芽吹き始めていた。
透華手牌 一一一二四六ⅢⅣⅤⅧⅨ中中 ツモ『九』
透華(さっき捨てた牌だというのに引いてきましたか、『九』。
しかし、これで3枚見えましたし……ならば、現物を残して先にこれを処理しても問題ないでしょうか)
3枚見えていれば、ポンをされることはない。
しかも萬子だ。限りなく安全だろう。
そう考えた透華は『九』を自摸切ろうとして、寸での処で押し留まった。
透華(――ドラが1枚も見えていません……ッ!!)
この一見安全に見える『九』切りでも三倍満放銃の可能性、残っていたのだ。
赤ドラも含めた全てのドラが、透華から見えていない。
赤木手牌 八八八九⑤(⑤)(⑤) ポン⑦⑦・⑦ 加槓④④・④④・ ロン『九』
対々和・ドラ9。
馬鹿げた和了り方ではあるが、このような形もあり得るのだ。
ドラの『④』は、赤木が後から無理矢理に乗せたものだ。未だ、開始時からある本来のドラの在り処が分からない。
赤木は染め手か対子手、ドラは1つも見当たらない。
この土壇場でそうなる確率はとにもかくにも置いておけば、赤木が全て持っていてもおかしくはないのだ。
寧ろ、ドラが3つ手にあったから、積極的に鳴きにいけたとも考えられる。
透華「……」
透華、打『Ⅷ』
透華(悔しいですが、退かざるを得ません……)
衣捨牌
③⑧東北北六
Ⅸ六七Ⅰ
透華捨牌
東Ⅰ⑥九ⅧⅨ
六九九
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北Ⅵ六
Ⅱ七Ⅶ白七
純捨牌
九東[④][⑦]北ⅥⅨⅧ
南南南
透華(あれから赤木さんは全てツモ切り、衣や純もオリ気配なのを見ますと封殺されたのかしら……?
できるならこのまま流局まで行ってほしいですが……)
透華手牌 一一一二四五①⑤ⅢⅣⅤ中中 ツモ『八』
透華(結局あの後『九』は対子になりましたけど、『一』も4枚見え、というのはさすがに虫が良すぎましたわね……)
透華の手にある現物は切れた。
流石にここまで来たら、単騎待ちの可能性が残っていたとしても、暗刻の『一』から落とすだろう。
他の牌は生牌なのだ。安全度も、稼げる時間も異なる。
透華、打『一』
――吃……。
透華「……はい?」
信じられないものを聞いた。
透華は自身の耳を疑ったし、思わず聞き返したのも、呆けた顔を周囲に晒したのも、無理からぬことだった。
赤木「あぁ、チーだ……」
赤木、打『(⑤)』
赤木手牌 ■■■■ チー一・二三 ポン⑦⑦・⑦ 加槓④④・④④・
衣「……え?」
純「……は?」
純(なんだ? どういうことだ?)
純手牌 二三五(五)②⑧⑧⑥ⅢⅣⅤⅤ中 ツモ『白』
純(三倍満どころかこれ倍満も怪しくねえか? もう何切っても当たるどころか鳴くこともできないぞ?)
純、打『白』
衣(残り4牌と為って猶、アカギの手に生気が感じられない……本当に張っているのか?)
衣手牌 八八八①③(⑤)⑥ⅡⅡⅢⅣ(Ⅴ)Ⅶ ツモ『西』
衣(役牌ではない……つまり)
――嶺上開花か……。
衣(再び衣の支配及ばぬ王牌から責任払いでの直撃を狙うつもりか)
『八』は既に衣の手牌に3枚存在する。『(⑤)』を捨てた以上、赤木の倍満の自摸和了はありえない。
衣(つまり衣は生牌さえ切らなければいいのか……)
衣、打『Ⅶ』
衣(海底は……『⑥』か)
衣「……」
――2巡後
衣捨牌
③⑧東北北六
Ⅸ六七ⅠⅦⅥ
透華捨牌
東Ⅰ⑥九ⅧⅨ
六九九[一]一一
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北Ⅵ六
Ⅱ七Ⅶ白七(⑤)
②⑧
純捨牌
九東[④][⑦]北ⅥⅨⅧ
南南南白白⑧
衣手牌 八八八①③(⑤)⑥ⅡⅡⅢⅣⅤ西 ツモ『西』
衣、打『Ⅱ』
――次巡
衣捨牌
③⑧東北北六
Ⅸ六七ⅠⅦⅥ
Ⅱ
透華捨牌
東Ⅰ⑥九ⅧⅨ
六九九[一]一一白
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北Ⅵ六
Ⅱ七Ⅶ白七(⑤)
②⑧①
純捨牌
九東[④][⑦]北ⅥⅨⅧ
南南南白白⑧
⑧
衣(未だ勢威衰えず……!)
衣手牌 八八八①③(⑤)⑥ⅡⅢⅣⅤ西西 ツモ『西』
衣、打『Ⅱ』
透華「……」
透華、打『①』
赤木「……」
赤木、打『⑨』
純「……」
純、打『②』
衣「チー」
衣(是でアカギは1度の行動では如何ともし難い)
衣、打『(⑤)』
衣手牌 八八八⑥ⅢⅣⅤ西西西 チー②・①③
衣(――純が海底の今の自摸では、アカギが槓をすると海底が回ってしまうからな)
まだ、4枚目の『⑦』の在り処が分からない。1枚も見えていない牌も幾種類か存在する。
暗槓、あるいは加槓でドラを増やし、海底で倍満を自摸。
普通ならば考慮に値しない愚行。
――だが、赤木しげるならあり得る……ッ!!
衣(しかし、これで海底は衣だ。最早アカギ一人ではどうしようもない)
そして、海底牌の『⑥』は衣の和了牌。
赤木を封じ、和了してトップ終了。
――最高の形……ッ!!
透華(できるだけ合わせますか……)
透華、打『⑤』
赤木(……クク)
赤木、打『四』
純(混沌としてんなあ……)
純、打『①』
衣捨牌
③⑧東北北六
Ⅸ六七ⅠⅦⅥ
ⅡⅡ(⑤)
透華捨牌
東Ⅰ⑥九ⅧⅨ
六九九[一]一一白
①⑤
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北Ⅵ六
Ⅱ七Ⅶ白七(⑤)
②⑧①⑨四
純捨牌
九東[④][⑦]北ⅥⅨⅧ
南南南白白⑧
⑧[②]①
衣(是も、問題無い)
衣手牌 八八八⑥ⅢⅣⅤ西西西 チー②・①③ ツモ『②』
衣、打『②』
透華(……さっき切れた牌ですし)
透華、打『四』
赤木「クク……ポンだ」
赤木、打『③』
赤木手牌 ■ ポン四・四四 チー一・二三 ポン⑦⑦・⑦ 加槓④④・④④・
透華(――ここで暗刻崩しからの『四』ポン?)
もう透華は驚かない。
既にデジタル的な麻雀は遥か彼方なのだ。何があっても可笑しくはない。
衣(また、ずらされた……)
――次巡
衣捨牌
③⑧東北北六
Ⅸ六七ⅠⅦⅥ
ⅡⅡ(⑤)②②
透華捨牌
東Ⅰ⑥九ⅧⅨ
六九九[一]一一白
①⑤[四]Ⅱ
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北Ⅵ六
Ⅱ七Ⅶ白七(⑤)
②⑧①⑨四③
純捨牌
九東[④][⑦]北ⅥⅨⅧ
南南南白白⑧
⑧[②]①一
赤木「ククク……海底が回んなくてがっかりって感じだな」
衣「むぅ~……」
衣(海底が衣ならば、衣の和了りだったのに……)
からかうような赤木の言葉に、衣はがっかりしたというか、しょぼくれたというか、複雑な表情で生返事を返した。
衣にはハッキリと和了牌である海底牌『⑥』が見えていた。
海底さえ回っていれば、衣の自摸和了だったのだ。
しかし、すでに能わず。衣の海底自摸は潰されてしまった。
赤木「なら、試してみるか……?」
衣「えっ……?」
衣(そういえば……)
衣はつい先ほどまで自身が和了ることに傾倒していたせい(和了すればそれはそのまま衣の勝利だからだ)で、
気づくのに遅れた。
衣(刻子を崩して、アカギは如何様に和了るつもりなのだ……?)
――カンだ……。
赤木手牌 ■ ポン四・四四 チー一・二三 加槓⑦⑦・⑦⑦・ 加槓④④・④④・
赤木は、ツモってきた牌をそのまま曝した。『⑦』だ。
それを、既に脇にあった明刻に重ねた。
加槓だ。
衣(嶺上開花? ドラドラでも足りないぞ?)
当然だが、衣は訝しむ。
役が足らないのだ。
たとえあの裸単騎がドラだとしても、これではどうあっても嶺上開花・ドラ6で7飜、逆転の倍満には届かない。
そもそも『八』は衣が3枚抱えているので、仮にドラ単騎ならば和了ることは不可能ではあるのだが。
赤木、打『発』
やはり、和了らない。赤木は嶺上牌をそのまま河に落とした。
そして捲った新ドラ表示牌は『二』、カンドラは『三』だ。
もはや誰もドラが乗ることを不思議に思わない。寧ろ、『一個しか乗らないのか』という感じの方が強いだろう。
――そして……。
これで衣が海底だ。
衣「むむむ……」
衣(――確かに海底は衣に来たが、ツモる牌が違う。……いや、月の翳りは無い。ならば、これも衣の和了牌のはず!)
衣の状態は悪くない。
然らば、支配が未だ及んでいるのならば、たとえ海底牌を変えられたとしても、それは衣の望む牌の筈。
そう思い、牌山に手を伸ばす衣だったが、内実、その心中には暗鬼が蔓延っていた。
――そして、自摸……。
衣(――『⑥』じゃない……ッ!!)
盲牌したその瞬間、衣に戦慄が走った。
指がなぞる凹凸の感触、それは衣の望むものではなかったのだ。
衣の自摸牌、それは『二』。『⑥』ではない。
衣(しかも、この感じ……)
さらに追い打ちの事実。
衣(死んでいたアカギの手牌から奔騰する嚇焉たる気焔……。間違いない、この中にアカギの和了牌がある……!)
今まで役無しかノーテンか、全く生きた気配のなかった赤木の手から、衣は這い出ずる奔気を感じ取った。
手の高さは、十分だった。
衣(ここは海底ではなく河底だというのか……それではまるで井蛙ではないか、衣は!?)
赤木「……ククク」
動揺する衣を後目に、赤木が嗤った。
赤木「それが現物ですらないのなら、終了だな……」
そう言って、残っているたった一枚の手牌を伏せると、徐に赤木が立ちあがった。
透華「ちょ、どこへ行きますの赤木さん!?」
そのまま出口に向かって歩いて行った赤木を、慌てて透華が呼び止めた。
余りに自然な動作だったので、扉に手を触れるまで声を掛けることを失念してしまった。
思わずそのまま見逃してしまいそうだったが、勿論、そのようなことを許すわけにはいかない。
まだ対局は終わっていないのだ。
赤木「半荘の間には休憩挟むんだろ? ちょっと外で一服してくらあ」
透華「まだ対局の途中ですのよ!?」
ワケのわからぬことをしれっとのたまう赤木に、流石の透華も語気が強くなった。
それを見ても、赤木は全く動じない。
赤木「クク、問題ないさ……」
そんな反応も織り込み済みと、寧ろそんな透華を軽く笑い飛ばす始末だった。
赤木「あの裸単騎には魔法が掛けてある。天江の嬢ちゃんは手牌の中から必ずその牌を選んで、振り込むだろうよ。
俺の逆転で、南4局は終わりさ」
赤木の笑みに茶目っ気が覗く。同時に、絶対的な自信も垣間見えた。
結局、部屋から出ていく赤木を誰も止めることができなかった。
衣(あの裸単騎に、衣が必ず振り込むだと……?)
衣手牌 八八八⑥ⅢⅣ(Ⅴ)西西西 チー②・①③ ツモ『二』
衣(まだこれだけ衣の手には牌が在るのだぞ?)
7種11牌。それが衣の手にあるのだ。
ここに赤木の和了牌があるとしても、それを切る確率は7分の1だ。
それにも拘らず必ず振り込むなどと予言されては、狐か狸に化かされた気分だ。
莫迦にしていると取られても可笑しくないのだ。
――しかし、これは赤木から衣へのある種の挑戦だ。
衣(必ず躱して見せる……ッ!!)
衣「……」
衣は手牌を見る。
そして、嘗て無いほどに黙考した。
恐らく、麻雀でこれだけ悩んだのは衣にとって初めての経験だ。
脳からの発熱を錯覚するほどの熟考の末、衣は終に決断を下す。
衣(――これっ!!)
衣、打『⑥』
「ぅわッ……え、ぇ!?」
衣が打牌した瞬間、悲鳴にも近い声が部屋に響いた。
卓上の3人が驚いて目を向けると、一と智紀が立ち上がって眼を剥いていた。
今聞こえた声は一のか、智紀のか、或いはその両方か、その顔に張り付いた驚愕は、3人の比ではない。
透華「――は、ハギヨシ……」
透華が執事に声を掛けた。
この信頼する執事が、いつもと変わらぬ様子を見せているのがありがたかった。
もう大方の予想はついている。
しかし、心臓の鼓動は強さを増すばかりだ。
萩原「――それでは、失礼いたします」
ついと赤木のいた席へ寄った萩原は、静かに伏せられた牌を表に反した。
――その牌、圧倒的『⑥』……ッ!!
――年経て幾星霜……。
――――再び顕現……赤木、魔法の裸単騎……ッ!!!
前半戦終了時
南家 透華 87200
西家 赤木 114600(+12000)
北家 純 84000
東家 衣 114200(-12000)
前半戦、決着
本日はここまでです
続きは大体書き終わっていますので、近日中にまた来れると思います
それでは失礼
乙
神域っ‥!
面白い…!
乙です
魔法の裸単騎来た、まさに神域
乙でした
岩手の話は麻雀しないのもありかも
後半冷やし透華がきそうな予感
アゲ
近日中に来れると思いますとか、完全に思っていただけでしたね
前スレからずっと1回分を大体3000~6000字位にしているんですが、
>>214の時点で今回の分を6000字程書いていたのでああ言ったわけです
……が、終わってみれば13000弱でした
しかもそこそこある割には無理がある内容で、もう何と言ったらいいか……
>>215、>>216、>>217
ありがとうございます
>>1がこのSSの闘牌で何がやりたかったかというと、これがやりたかったわけです
>>218
なるほど。前スレからずっと闘牌中心で考えていたのですっかり盲点でした
>>219
ウボァー
赤木「……」
煙草を燻らせながら、赤木は月を眺めていた。
良い天気だ。雲一つ無く、風も緩やかに涼んでいる。
耳に入るは僅かに虫の音が響くのみ。龍門渕家が広大な敷地にあるせいか、実に静謐だ。
時期的には少々早いが、今夜はすっかりと夏景色だった。
酒が欲しいと、赤木は思った。
この風情に、空は満月。月見酒には丁度良い。
萩原「――赤木様、そろそろ時間です」
三本目を吸い終えようかというその時、萩原が赤木に声を掛けた。
若干早いようだが、休憩の終わりを知らせに来たようだ。
早い理由も、大方察しはつく。
赤木「おう、きっちりだったろ……?」
不敵に、赤木は笑いかけた。
何が、とは言わずとも。
時間まで呼ばれなかったということは、そういうことだ。
赤木の目論見が、儘的中、当たっていたということ。
萩原「はい、お見事でございました」
敬意と感服を、萩原は一礼で示した。
嘗て臨場した時と、その輝きは変わっていない。あの頃のままだ。
今夜も、早速素晴らしいものを見せてもらった。
萩原「お嬢様たちは、きっと種明かしをしてほしいと思っているでしょうが……」
赤木「フフ、まあ、仕方ねえだろうな……」
昔、似たような和了り方をした時も、観戦していた人間から説明をしろと食い下がられた。
知りたいと思うのは、恐らくは人の性なのだ。
赤木に見えているモノが、必ずしも他の人間にも見えているわけではない。
仕方のないことだと、赤木は思った。
人に語るを面倒だとせず妥協できるようになったあたり、赤木も確かに変化していたということだろう。
それが良いのか悪いのか、赤木には判らない。
しかし、赤木は常に己に沿って生きてきた。故に、少なくともこの変化が必然だということだけは理解している。
赤木「なら、そろそろ戻るかね……」
――麻雀の前に、一仕事だ……。
部屋に戻ると、刺さる視線が五対。一人も欠けず赤木を待ち構えていた。
赤木「おう、全員いるみたいだな」
衣「さぁ、衍義を希求するぞ、アカギ。
いやさこの『⑥』を導き出した手並み、衣たちには終ぞ逍遥すること能わなかった其の玄奥たる心中、如何なるかを。
暗がりに鬼を繋ぐような真似は困るぞ」
口を開いたのは衣。
内容も、赤木の想定を外れない。
ふと卓に目を遣ると、片付けはせずそのままにしていたようだ。
自分の手牌の前に、赤木は立つ。
衣捨牌
③⑧東北北六
Ⅸ六七ⅠⅦⅥ
ⅡⅡ(⑤)②②『⑥』
透華捨牌
東Ⅰ⑥九ⅧⅨ
六九九[一]一一白
①⑤[四]Ⅱ
赤木捨牌
ⅨⅠⅧ北Ⅵ六
Ⅱ七Ⅶ白七(⑤)
②⑧①⑨四③発
純捨牌
九東[④][⑦]北ⅥⅨⅧ
南南南白白⑧
⑧[②]①一Ⅰ
赤木手牌 ⑥ ポン四・四四 チー一・二三 加槓⑦⑦・⑦⑦・ 加槓④④・④④・
衣「そうだ、アカギ。其処から如何に『⑥』裸単騎の河底ロンを惹起するのだ?」
透華「そのままにしておいた方が説明もしやすいかと思いましたので。衣だけでなく、私たちも正直知りたいですわ。
この目で見たというのに、今でも信じられない思いですから」
純「当然、何か理由があって、確信して部屋から出て行ったわけでしょう?」
一「後ろから見ていたボクたちも全然わかりませんでしたし……」
智紀「……あの結末は予想できません」
口々に言う龍門渕一同。
その反応を見るに、パフォーマンスとしては、受けは上々だったらしい。
赤木「――まあ、そんな難しいことじゃねえさ」
赤木にとっては、嘗て過ぎし頃の二番煎じなのだ。
恐らく萩原以外は生まれてすらいない昔の話であるから、恐らくは誰も知らないことではあろうが。
当然、以前のそれとは過程や因果は異なる。だが、アプローチの方向性は同一だ。
一度できたことである。二度目となれば、できて当然。
赤木「さて、どこから話そうかね……」
そう前置きした赤木はしかし、どこから話すかは既に決めている。
赤木「俺がいつも重要だと思っているのは、相手の本質だ」
まずは己の立脚点。
赤木「どういう打ち方をするのかとか、ここぞという時に押すのか退くのかとか
……まぁ、大雑把に言えば、そういうことさ」
門前を好むのか、鳴きを多用するのか、目一杯構えるのか、決め打っていくのか、
立直一発目に生牌を切れるのか、ベタオリするのか。
河や手牌などのすぐ目にできる情報よりも、そういう情報が最終的に決定的な要因となると赤木は考えている。
赤木「その意味で、東1局のリーチは運が良かった。最高の形だったと言って良い」
逆転の基礎、それは東1局から。
赤木「和了る気は最初からなかった。お前たちが初見のリーチにどう動くかを見たかっただけだからな」
透華「しかし、それならば何故手牌を伏せたのですか?
私たちのレスポンスを確認したいというだけならば、チョンボ罰符の支払いは蛇足だと思うのですが……」
純「本当にノーテンだったってワケじゃないんすよね?」
これは当然出る疑問。
一「和了らなかったからですか?」
外野から見ていた一がふと思いついた可能性を指摘した。
純「ん? 和了ってたのか?」
驚いたという顔を純は見せた。全然気づかなかった。
一「純くんの喰い取った『九』、高目一発ツモだったよ。倍満」
智紀「メンピン純全一盃口、『六』『九』待ち」
純「あれ、てことは……和了りを2回見逃し? しかもフリテンだったのか」
赤木は『四』『五』『六』の面子を落として立直をした。
その後、『九』を捨てたのを見て、喰い取った『九』が和了牌でないことに違和を覚えたのだ。
純とて全ての局を覚えておけるほど記憶に自信はないが、この東1局は印象的でよく覚えている。
つまり、リーチ宣言牌の『六』と、後々河に出た『九』、都合二度、赤木は和了を見逃している。
何喰わぬ顔で捨てていたのだ。悩む気配など皆無。本当に、和了る気は無かったらしい。
赤木「それが無かったってわけじゃないが……大した部分は占めないな」
赤木は一の理由をはっきりとは肯定しなかった。
赤木「――確かに、和了逃しで流局ってんだ。手牌晒してそれを分からせちゃ、お前たちもいい気はしないだろ。
舐められているみたいでよ。下手に平常心に水差すような真似をしては計るに蛇足」
流局時に手牌を晒した赤木が和了逃しと分かれば、まず不快が出るだろう。
どうみても手を抜いているように見えるのだ、当然のことである。
だが、手牌を伏せてノーテン罰符を払えば、その不合理に怒りよりもまず不可解さの方が先に出る。
そこに何かしら赤木の意図が見え隠れするからだ。
その意味では確かに、和了り逃しも理由になることは否定しきれない。
赤木「とりあえずは、自分の影を消しておきたくてな……」
最たる理由。
赤木「最初に言ったが、俺が重要視しているのは情報。大切な場面ほどこれの差が効いてくる。
手牌を晒しちゃ流局まで行けた意味が無い」
手牌を晒すと全ての思惑が明るみに出る。
副露に巧拙が出るのは、この要素が大きいのだ。
逆に言えば、手牌を見せないだけで隠せるものは多く、ならば見極めるまで、可能な限り己の姿は見せたくない。
赤木「それに……あの満貫支払いだって別に無意味じゃないんだぜ?」
衣「?」
そう言う赤木の目は、衣を向いている。意味深だが、以心伝心とはいかない。
当然、その意を汲み取れない衣は小首を傾げる。
赤木「まあ、それは後々話そう」
その効果が出るのは最後も最後。
赤木「――で、だ。龍門渕の嬢ちゃんと井上の嬢ちゃんは、この東1局で大体の雰囲気を掴めた」
上手く安牌を遣り繰りして回し打ちながら聴牌流局にまで持って行った透華と、
鳴いて赤木の一発自摸をずらして和了牌を抱えた純。
1局目で既に気配は滲み出ていた。
そして、赤木の感じ取ったものは、後の局と照らし合わせてもそう外れたものではない。
赤木「天江の嬢ちゃんは一番わかりやすかった」
衣「衣が?」
意外、衣の様子は、そう言わんばかりだ。
龍門渕一行の中では、最も一般から外れた麻雀を打っているのが衣だ。
その衣がまさか一番わかりやすいと評されるとは、確かに意外だった。
しかし、ここで赤木が言っているのは、麻雀の内容ではなく、打ち手の性質。
打牌に自信が満ち、不遜に攻める。
振るとは、微塵も思っていない。寧ろ、放銃した処で構わない。
そんな気概。
赤木「お前、負けたことないだろ?」
その傾向、似ている。
既視感。
強者故の驕りではなく、抑々にして俗人一般を逸脱しているが故の傲慢。
――昭和の怪物、鷲巣巌……。
懐かしい記憶だ。
赤木「それも何回戦か囲って、とかの点数のトータルでとかじゃなく、東風、半荘拘らずでの順位でだ」
衣「……」
その態度に見合う実力はある。
今日の力があるならば、この若さだ、他者の後塵を拝すなどあるまい。
赤木の評、当たっている。
衣は月の良く出ている日ならば、たとえ満月でなかろうとも負けたことはない。そして、負けるとも思わない。
赤木「東2から東4、圧倒的だった。100人見れば、100人がそう思うだろうさ」
倍満、倍満、11700だ。然う然う、見れるものではない。
しかもその内容がフリテン、自身で2枚使いの嵌張、役無しドラ3だ。
言うまでも無く、明らかな異常。
赤木「しかも、3連続で海底和了なんてやっといて、誰も不思議に思っちゃいない。
普段からこういうことをやっているのが、容易に想像できる」
さらに、立直を躱して、ずばり高目の満貫をトップ目の透華から直撃して引いた親にも拘らず、
東2局からの赤木の手は一向に良くなかった。
最初から最後まで一向聴。
あの3局、手牌が澱んでいたのも衣の影響だろうと赤木は当たりをつけていた。
だが、しかし、イカサマも無しにこんな所業ができるならば、それは最早人の業から外れている。
非凡の一言では片づけられぬ。
天賦、天稟、天与。
孰れにせよ、人知を超えた才能だ。
驚くべきことはこれほどの所業に周囲が平然としている、異常を当然としていること。
若干各々の想定を上回る場面もあったようだが、行為それ自体に驚く様子は見られない。
これが通常。これが普通。
それが示すのは、程度の差はあれ、これが普段から発揮できる実力だということ。
赤木「で、だ。麻雀で負けたことが無いってことはよ、自分が和了ることが当たり前になっているってことだ」
麻雀は和了らずに勝てる競技構造にはなっていない。
最低でも一度は和了をしなければトップにはなれないのだ。
東風戦にしろ、半荘戦にしろ、負けたことが無いということは、その局数に関係なく必ず和了をしているということ。
さらにその点数が他者の和了点よりも多いことも意味する。
赤木「さらに言えば、お前は牌読みがそんなに巧そうじゃないしな。
何やら相手の手の高さは判っているみたいだが、それだけじゃいつもは躱せない。
それなりに振り込むこともあるはずだぜ?」
東1局の衣の攻め方から、『Ⅰ』『Ⅳ』筋のみに絞りを限定していたことは赤木にはすぐわかった。
この判断、かなり早い段階からのもの。
読みでこれを為すならば、自分の手牌、他家全ての河、その切り出し、全てに意識を集中させなければならない筈だが、
衣は赤木が立直をするまで全く他家に注意を向けていない。立直をしてからも、意識の矛先は赤木のみだ。
この時点で、衣は読みではなく何かしら別の代替し得るもので他者の手を捉えていることが分かる。
読み以外の理はありえないのだから、感覚的な代物だろう。
手牌が透けているならば、『Ⅰ』『Ⅳ』筋などという勘違いをするはずがない。
フリテンであることにも気づいたはずだ。
実際に見るでなく相手の手を読む指標、牌でないならば、残るは手役の高さ。
確かにこれが本当ならば、衣の持つアドバンテージは計り知れない。
しかし絶対的でもない。先の通り、衣は牌読みに必要な意識の向け方をしていない。
河や打牌から読めないとなると、手の高さが判るだけでは躱しきれないだろう。
想定できるパターンが多彩な安手や、ドラ頼みの手、
七対子などの偶発的な単騎待ちに放銃することは避けられないからだ。
赤木「それで勝っているってんだから、振り込まないやつよりも遥かに和了る回数は多くなる。
毎日毎日それじゃあ、もう『和了ることが癖になっている』と言っても良い」
点の取り合いでも勝てるのだ。
打点、回数――多くなる、確実に。
余人よりも遥かに麻雀は和了るものという意識が強いだろう。
赤木「『攻めの麻雀』というよりは『勝って当然の麻雀』。攻めるから勝つのではなく、勝つから攻める。
それがお前の麻雀の本質」
言うなれば勝ち癖、攻め癖。
衣の周囲がそう云う風に巡り合うのだ。
赤木「まあ、大体東場で分かったのはこんなとこだ。合っているかい?」
確認する赤木の問いに、しかし言葉は返ってこない。代わりに、ちらほらと嘆息ともつかぬ声が聞こえてきた。
驚嘆、賞賛、畏怖、興奮。込められた感情は実に様々。
衣に比べて御座なりだった透華や純も、それに対して思う間もなく、受けた感銘の方が大きい。
東場、そのたった5局の牌の遣り取りだけで、赤木はこれだけの情報を読み取ったというのだ。
対局中はどうしてもその天運の妙に目が行ってしまっていたが、この男、洞察力も同程度に常軌を逸している。
まさか衣が手の高さまで感じ取れることまで看破しているとは誰が予想できようか。
そんな中、分析の対象となった本人は目を輝かせていた。
言われてみれば、言葉にされれば、自身にその気はある。確かに、概ね当たっている。
透華たちは衣にとって掛け替え無き友人だ。そのことに、疑いの余地は無い。
故に、性格、趣味嗜好、それなりと相互理解はある。
しかし、殊麻雀に関しては、終ぞ理解されることがなかったのだ。
理解や共感を得られないことは、やはり寂しいもので、自分が周囲と『ずれている』と感じる。
この一点で、衣には払拭できない孤独感が常にあった。
だが、たった今、遥か高みより衣を俯瞰し、麻雀で上回ってきた者がいるのだ。
理解されること、越えられること。
初めての経験だ。そして、新鮮。あの裸単騎が表に反された時、衣は確かに感じた。
衣(結句、然うなのだ。衣は途上。衣の異能を以てしても至らず、其れを眼下に収める高みが存在するのだ)
実感し、その実感を衣は素直に喜べた。
赤木「――ここまでが、まあ言うなれば基礎……全てはこれを土台に積み上がる」
そう、これで終わりではない。
これは、布石。
ここから、赤木は逆転への動きを始める。
――寧ろ、ここから始まるのだ。
赤木「東4や南1、南3なんかは、攻め気の強さから来る脇の甘さがもろに出ているよな」
東4局1本場、赤木の援護によって衣に先行した純の聴牌に、一手遅れた衣はそれでも押して、放銃した。
南1局は、役無しの赤木の意図が読み切れず、生牌を切った。
南3局も、赤木との競り合いに目が行き過ぎて横が見えていなかった。
いずれも読みの甘さ、放銃の軽視、攻めへの偏重がそれぞれ複合した結果だ。
赤木「気になるのは南2の1本場――俺の和了の後だが、初めての安和了り、
今までの横綱相撲みたいな麻雀とは打って変わった形だが、実は攻め気自体は抜けていないんだよな」
この局の衣の和了形、一や智紀は驚いていたが、赤木の感触は違っていた。
多少意識の変化が芽生えたとしても、自身が和了に向かっている時点で、
実は南2局1本場からもそれほど衣の本質に揺らぎはなかったのだ。
赤木「しかし、これも仕方がないこと。
この半荘、俺がやったことと言えば、ノーテンリーチに、大明槓の責任払い、手なりのリーチで親っパネだ。
統一性が無い。つまり、警戒した所で何に気をつければ良いか分からない」
赤木の2度の和了は、方向性が全く異なるように見える。
これでは対応のしようが無い。
要点が掴めないのだ。今までの姿勢を変えれば解決することでもない。
赤木「そして、南4局」
渦中の1局。
赤木「まずは両脇に、目に見える形でオリてもらうことにした」
赤木は最低でも跳満が必要な状況だった。
それにも拘らず、副露。
鳴いてはそうそう点数が高くなろうはずもない。全員が攻めていけると思った状況はしかし、赤木の槓で一変した。
赤木「清一気配で、ドラ4が見えている。筒子は他に赤が2枚ある。それが俺の手にあった場合、11飜で三倍満だ。
これなら、誰から当たっても俺は捲ることができる。ならば当然、下手に手出しができなくなる」
当然、清一色ドラ6以外にも、清一色・対々和・ドラ4や、清一色・断么九・ドラ5でも仔細なし。
目に見える高打点の可能性を見せつけられては、論理も感覚も無い。
透華にしろ、純にしろ、筒子が切れなくなる状況であることに違いはないのである。
赤木「これで、俺と天江の嬢ちゃんの一騎打ちだ」
理も勘も事実で捻じ伏せて、一対一の形に持ち込んだ。
赤木「最初のチョンボ払いが、ここで効いてくる。あれが無ければ俺とトップの差は14000弱。
満貫の直撃か、跳満ツモで十分。4飜見えていては、これはもう退がれない。和了競争にならざるを得ない」
ドラ4の時点で満貫をクリアしているのだ。残りは断么九でも、役牌でも、なんでも良い。
跳満に関しても、あと2飜で十分なのだ。ドラも他に8枚残っている。達成のケースは少なくない。
純も透華も、降りようにも牌を絞りきれないだろう。ならば槓をしなければ良いのか?
況や、槓ができなければ純も透華もそもそも降りないのだ。
残った手牌7枚を、間違いなく衣は読み切れない。赤木の捲りを防ぐには、和了に向かうしかないのだ。
赤木「実際、そんな状況だったらお前は突っ張ってくるんじゃないか?」
衣「うぅん……そう、かな」
衣も、否定はしきれない。退くくらいなら、押したのではないだろうか。
赤木「この時点で、俺の手は和了には程遠い。
天江の嬢ちゃんが突っ張って和了りに来ていたら、恐らくは負けていただろうな」
だが、現実はそうなっていない。
赤木「しかし実際は跳満直撃、倍満ツモの条件。
副露でこれを達成しようとすると、さっきの状況に比べて想定できる役はかなり限定される」
4飜既にできているとはいえ、倍満まであと4飜。立直も裏ドラも無しに、これは存外難易度が高い。
赤木は未だ聴牌していない。純も透華も牌を絞ることは予想出来る。
――そこに退く余地が生まれる……。
赤木「なんせ天江の嬢ちゃんは相手の手の高さもある程度は判っているみたいだからな。
聴牌した時に俺の手が跳満ならばベタオリしてしまえばいいんだ」
つまり、清一色、混一色、対々和、三色同刻、そしてドラ。
気をつけなければならないのは、これだけだ。
牌の種類としては、筒子、字牌、生牌、ドラ。絞るのは難しいことではない。
跳満ツモならば全ては赤木の都合。衣には如何ともし難いが、跳満直撃となれば話は別なのだ。
いくら攻め気の強い衣でも、これだけの理と利があれば退ける。
南1局の和了が利いている。得体の知れない赤木に不用意に攻めるのは危険だと、この和了は鮮烈に衣に印象付けた。
また、南2局には躱しや防御への意識自体は芽生えてはいたのだ。
赤木「そうして俺の聴牌気配が無いまま局は進み、そこで俺が『一』を鳴く」
全員が疑問を覚えた副露だ。
赤木「これを見て、どうやら俺の手は役無し。加えて、どうも手の高さは倍満に届かないようだと判る」
4センチで、染め手も対子手も無いと、赤木はあのチーではっきりと宣言したようなものなのだ。
赤木は最高でも衣からの直撃しかできない、倍満の自摸和了はないと。
だから、誰もが不自然に思った。
赤木「ここで、性格が出る。
お前は、『振らずにオリ切れば良い』ではなく、『嶺上開花にさえ気をつければ、和了りに行っても良い』と考えた」
鳴りを潜めていた攻め気が、ここで出てくる。
何せ、倍満があり得ない上に、和了目が役牌ドラ単騎か嶺上開花しかないのだ。
生牌を切らなければ他は何を切っても良いとはっきりしたわけである。
赤木「いつも押して勝ってきたんだ、押して勝つ道がはっきり見えたら、これは押したくなる」
――お前は、それ以外の勝ち方を知らないから……。
攻めればツモり、待てば相手が振り、望めば誰も進めない。
和了が衣の麻雀の基本。正面からの制圧が衣の勝ち方。
ずっと、こうして麻雀をしてきた。それで勝ってきたのだ。
そうそう、これは変えられない。
赤木「それに、さっきも言ったように、この半荘、俺の目立った動きと言えば、
ノーテンリーチやら嶺上開花の責任払いやら、一般的とはとても言いづらいものだったからな」
ノーテンリーチなど普通はしない。嶺上開花の責任払いなど、何百局とやってようやく見ることができるかどうかだろう。
大明槓もノーテンリーチほどではないが、やはり普通はしないものだからだ。
しかし、それを赤木は半荘で両方狙って行ったのだ。
衣から見た赤木の実態は、捉え所のない雲か霧かといったところではなかったのだろうか。
赤木「そこへカンドラもろ乗りだ。
何をしてくるかわからないという意味で、早く和了って終わらせたい、
あるいは勝利を決定づけたいと思うのも仕方がねえとは思うがな」
結局、点棒でこそ勝っていたものの、衣は赤木をほとんど読み切れていない。
赤木と衣たち3人の間には、情報量に差があった、ということなのだ。
初めに赤木の言ったとおり、最終的に肝心なところで、これが勝敗を分けた。
赤木「速攻で和了れなくとも、お前は海底牌が判るようだ。
海底で和了ってしまえば、河底和了も防げて、気をつけなければならないのは嶺上開花と槍槓だけだ。
海底さえ押さえてしまえば、ほぼ勝利が確定する」
生牌さえ切らなければ、赤木の逆転の目は完全になくなるのであるから。
赤木「焦って、手を縮めて、海底を取りに行った。
それを、俺がさらにずらした上で、お前が使おうとした海底牌もカンで潰した」
そして、河底へ。
赤木「結局、俺の狙いは河底の一点だった」
全ての赤木の副露は、ここに辿り着く為の布石だったのだ。
赤木「攻めたのがここで仇……」
無論、赤木はそうなると考えて衣を河の底に引き摺り込んだ。
赤木「二人がベタオリして現物の合わせ打ちとかをしたから、3枚切れ、4枚切れの中張牌が多い。
そうそう、順子手にはならない……」
――間違いなく、手は縦に伸びる……ッ!!
赤木「つまりは手に残った牌の枚数に反して、存外に選択肢は狭まる」
降りていればあったはずの余裕が、選択肢が、攻めたことですっかりと失われてしまっていた。
衣の手に在ったのは7種11牌。確かに、枚数の割には少ない牌種。
ここから、赤木の裸単騎を躱さなくてはならない。
本来なら、赤木の和了牌があったとしても、これで7分の1の選択となるわけであるが……。
赤木「まず、直前に引いてきた牌は切れない」
全て赤木の掌で踊らされて巡ってきた海底。
そこに、自分の望む牌とは違うものが来たのだ。
衣は理知よりも感覚の打ち手だ。一瞬でも掴まされたと感じてしまったのならば、まずこれは切れない。
しかも、これは『二』。
赤木の最後の副露が『一』『二』『三』の面子だ。
1枚副露で晒し、もう1枚が新ドラ表示牌で出てきたと雖も、最後の副露の近辺だ。
これは流石に怪しい。
赤木「『八』や『Ⅴ』も切れない」
最初に倍満の自摸和了を目指していた場合、手っ取り早いのがドラ7に役一つだ。
そのために取っていたドラが、残っているかもしれないとなれば、切れない。
赤ドラがある『五』『⑤』『Ⅴ』も、他のドラほどではないが、切りづらい。断么九・ドラ5で跳満にはなるのだ。
衣への直撃ならば、これでも十分。
赤木「『Ⅳ』も無理だ」
生牌だ。対々和や三色同刻に使える牌である。これもまた、倍満を狙っていた場合の最有力牌で、捨てるには抵抗がある。
赤木「字牌も切りづらいだろうな」
字牌は混一色に使える牌であり、単騎待ちの定番だ。
赤木「残るは『Ⅲ』と『⑥』だが、『⑥』は河と手牌と海底に一枚ずつ見えている」
やはり『Ⅲ』も生牌なのだ。
生牌を切るのを上手く避けながら手を作れていたおかげで、衣の手の中は生牌だらけである。
その中で唯一、自分以外の場に複数見えている牌が『⑥』。
赤木「序盤、俺は筒子の染め手のように見せていたのだから、その残りである他の筒子は切りづらくなるはずだが、
『一』を鳴いた後はほぼ――というか『⑥』以外の全ての筒子をバラ打ちだ。
切られた牌と比較して『⑥』を残す理由は特に無いはず」
赤木は後半、ほとんど自摸切りが続いていた。
つまり、かなり早い段階でその単騎待ちを決めていたことになる。
それまでの赤木の河にある牌と比べて『⑥』は残すべき牌なのか。
衣には3枚見えている牌だ。手に入っていなくて捨てられなかったのではないのか。
手の中は殆どが生牌か、場に1枚しか見えていない牌。
その中にあって、唯一衣からは3枚見えている牌が『⑥』だ。
――安全なのは……?
赤木「通りそう……」
赤木は人差し指で『⑥』を軽く弾いた。
赤木「それがそのまま待つ理由になる。悪くねえ待ちだったろ?」
透華「あの、衣が海底牌を見えていることに何の疑問も持っていらっしゃらないようですけど、
どうしてなのでしょうか?」
赤木「うん? ――あぁ、別にその出自は別に関係ねえんだ。
天江の嬢ちゃんはなにがしかの方法で牌が判っているみてえだが、その方法自体は別に重要なことじゃあない。
だが、どの牌がそいつに見えているのか知るってえのは、それなりに重要なことだぜ?」
――『俺たち』がやっている麻雀てのは、普段はこんなにキレイじゃねえからな……。
ガン牌、というイカサマがある。
牌に印をつけて、絵柄を見ずとも他の牌と見分けをつけることができるようにする方法だ。
判別できる牌の数が増えるのだから、上手く嵌れば実に強力なイカサマである。
イカサマとしては、最もポピュラーなものの一つだ。当然、赤木と対戦した者の中にも、使い手は多くいた。
無論、衣はイカサマなど使っていないが、他者が物理的に見えない牌が判別できるという点においては、
ガン牌とそう違いはない。
ただ、要するに、赤木はそういう状況に慣れているのである。
このイカサマに対処するならば、それがどのような方法であれ、
まずは相手がどの牌にガン付けをしているのかを知ることが何よりも肝要だ。
たとえどのようにガン付けがされているのかが分からなくても、どの牌にガン付けされているかが分かっていれば、
そのことを利用することもできる。
赤木「俺の知り合いによ、ガンに関しちゃ右に出る奴がいねえってのがいるが、
そいつに比べりゃ海底牌が判るくらい、かわいいもんだぜ?」
勝負にこそ勝ったが、彼の『三色銀次』こと浅井銀次のガンは、赤木でも完全に看破することはできなかった。
加えて、銀次は使用する牌の状態によっては『そもそもガン付けする必要が無い』のだ。
そんな人間の見えているものは、常人よりも遥かに多い。
型に嵌ったときの浅井銀次には、相手の手牌はおろか、山の中身すら筒抜けだろう。
赤木にとって、相手が海底牌を――それ以外にもいくつかあるのだろうが、
見ることができるくらいは何のことでもないのだ。
衣「ま、まだだぞ、アカギ!」
衣の『⑥』を釣り出した理、能く解した。
恐れ入る、赤木の慧眼。
理と奇遇の合一。強運の影に、赤木はこれほどの理を詰めていたのだ。
しかし、衣は敢えて食い下がった。
最も重要なことが、まだ解かれていない。
衣「どうして衣の手に『⑥』があることが分かった?」
そう、この裸単騎、肝心要の『⑥』を、なぜ衣が持っていると赤木は看破せしめたのか。
それを聞かねば、これほどのパフォーマンスと雖も片手落ち。
薄々、勘付いては居つつも、やはり赤木の答えを聞きたい。
赤木「そりゃ判るさ」
あっけらかんと赤木は答える。
赤木「『⑤』が出るのが遅すぎる」
赤木にとっては、至極簡単な読み。
赤木「序盤に『④』『⑦』がほとんど枯れたってのに、
『⑤』だけ持っていて最後の最後まで引っ張るってことはないだろ」
持っている牌が『⑤』だけならば、赤木が『一』をチーした直後に捨てるはずだ。
両脇が切れている牌など邪魔でしかない。現物ならば尚更だ。
恐らくは『⑤』『⑥』の両面塔子、赤木の筒子の清一色気配のせいで切りたくても切れなかったのだろう。
赤木「そして、既に2枚切れていた『Ⅱ』の対子を落としたから、これは雀頭の交換だ」
衣が終局まで何も行動を起こさなければただの現物対子落としだが、衣は攻めていた。
つまり、他に雀頭の当てがあったから海底を回しての『Ⅱ』対子落としだったのだ。
赤木「重要なのは、天江の嬢ちゃんは海底牌が判っていることだ。単騎待ちもフリテンも苦にしない」
自分で自摸れる牌が判るのだ。牌効率も他家の河も気にする必要が無い。
中張牌の海底単騎待ちも特に可笑しくはないのだ。
赤木「『⑥』は、俺の手に1枚、河に1枚、天江の嬢ちゃんの手に最低1枚」
――では、残りの1枚は……?
赤木「まあ、海底だろうな。雀頭としての使い道ができたから、チーテンの、打『⑤』と見るのが自然」
結局、赤木は衣がどの牌で和了をしたいのかもかなり正確な予測をしていた、ということになる。
衣(アカギは、そこまで見て麻雀をしているのか……)
赤木「ま、慣れないことをすると仇になるってこった」
衣「? ……どういうことだ?」
赤木「本当は『⑥』なんか危なっかしくて切れねえってことだよ」
衣「? ……?? 公案か禅問答の類か?」
首を捻り、熟考し、衣はまた首を傾げた。赤木の言っていることが、良く分からない。
赤木「『④』と『⑦』、鳴けたんじゃないか?」
衣「あっ……」
そこまで言われて、ようやく衣にも得心がいった。『⑥』が切れない意味。
実に単純だ。
赤木「そう、あれ、邪魔ポンでもあったんだぜ? 俺があの鳴きで足止めを掛けたのは、『全員に対して』だ」
序盤の2副露は、清一色を匂わせると共に、衣の手を遅らせる働きがあったのだ。
キーは、後ろで見ていた一や智紀の予想通り、『③』『⑧』の間四軒。赤木はこれから『⑤』『⑥』塔子があると踏んだ。
赤木「そもそもあの時点で俺は『⑤』『⑥』があるとアタリはつけていたんだ。
確信したのは『⑤』を切ったときだけどな」
つまり、衣の手にあった『⑤』『⑥』塔子、かなり序盤から赤木に気づかれていたのだ。
使いづらい牌だ。ならば、待ちの選択肢には十分為り得る。
赤木「読みに慣れていないから、追い込まれたときに相手の動きに気を回す暇も無いんだぜ?」
常に感覚で麻雀を打っていた衣が、最後はその感覚に頼れずに理で牌を選ばざるを得なかった。
赤木「結局河と自分の手牌だけ見て、それだけの理で捨て牌を選んじまった」
言うなれば、衣は常に自分の都合に合わせて打牌すれば勝てたのだ。
故に、度々相手が見えなくなる。
見るべきもの、考慮するべきもの。今まで不必要であったことだ。衣にはそのプロセスが確立していない。
透華(一方で赤木さんは……)
純(……待ち選択にはその衣の未熟さまで織り込み済み、か)
――レベルの差を感じる……。
誰とも知れず、溜息が思わず漏れた。
人は、ここまで麻雀が強くなるのだ。
『良い目標ができた』という思いと、『これが目標になるのか?』という懸念が同時に浮かぶ。
とりあえず、『手本にはならないだろうな』とは、ほぼ全員が思っていた。
衣「……」
衣(衣は……)
――述懐。
衣(――衣は、今まで感覚に従って麻雀をしてきた)
衣には、人よりも多くのものが見える。
その見える情報から麻雀をするだけで、勝てたのだ。
思えば、殊麻雀において、衣は結局牌しか見ていなかったのである。
しかし、今日、それだけでは勝てないことを赤木は実証した。衣も、実感した。
衣(牌を見るだけでなく……)
純(流れを見るだけでもなく……)
透華(理知のみに頼らない、ということですか……)
――これが赤木の強さ……。
神域。成程、赤木に相応しい。
これは、赤木の、赤木だけの世界だ。何人も立ち入れない。
この日、この時、海よりもなお深い領域を垣間見たのだ。
本編の浦部戦を見事にアレンジしてるな
浦部と違って、先がある分、救われてるかww
説明回でした。本日はここまでです
……説明と言ってもおかしいところかなりあるんですけどね。私の至らなさです
>>221でも言ったとおり、闘牌でやりたいことはやったので、ここからの闘牌はちょくちょく端折っていくことになります
この衣が相手だと、決勝で咲が負けそう
乙!ひたすら乙!
舐めプしない衣に
やっぱ両作品よく知ってて文章が上手い人が書くクロスオーバーは夢見させてくれるから読み応えあっていいわ
老赤木、龍門渕の面々共にキャラが原作に忠実で違和感なく読める
訂正です
・前回、説明中に衣の手を開ける描写を忘れました
それにもかかわらず赤木に衣の手牌が筒抜けですが、萬子と索子の寄せ方や、赤木の染め手警戒からの対子気味の手作りから、ドラ暗刻、字牌暗刻、索子の中、とあたりをつけたのだとでも補完しておいてください
・>>246で赤木の加槓以外での最後の副露が一萬チーになっていますが、正しくは四萬ポンでした
・一→ハギヨシの呼称は『萩原さん』だというのに最近気づきましたが、SSの途中から変えるのも不自然かなとも思いましたので、このSSでは『ハギヨシさん』で統一します。申し訳ありません
訂正は以上です。失礼しました
>>257
基本的には赤木に会うことで何かを得る咲キャラという流れでSSを書いているので、このSSの衣はそりゃあこれからはイケイケですよ
>>259、>>261
まあ咲も赤木に会いますし、決勝は最初から全力の衣と最初から全力の咲がぶつかって、会場崩壊ノーゲームじゃないですかね(適当)
>>261
ありがとうございます
>>262
どれだけ原作の面影を残せるかと悪戦苦闘している中でこういう感想を頂けると本当に嬉しいですね
・1回戦・後半戦・東1局・親透華・ドラ『西』
衣「……」
衣配牌 二三五八九②③④⑥⑦⑧⑨Ⅸ ツモ『⑤』
衣、打『Ⅸ』
――衣は最早特別ではない……。
衣の胸中には様々な感情が綯い交ぜとなっていたが、数ある中から最も性質を突いている言葉を一つ挙げるならば、
それは『喜び』だったのだろう。
楔は抜け、枷は外れたのだ。
既にして、衣は一人の異質ではあっても、唯一の異質ではない。
重荷の大半が下りたのだ。軽やかな心地だった。
衣手牌 二三五八九②③④⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ『②』
衣、打『八』
想像以上だ。これほど重たいものだったのかと気づいて、逆に驚くくらいである。
それほどまでに、これまでの衣の意志や異能は絶対だったのだ。
衣の思惑がそのまま相手の定め。他者の運命は衣の掌。
故の、異能。故の、異質。
衣手牌 二三五九②②③④⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ『一』
衣、打『九』
――余りに確定的だったから、憂えていたのだ。
今を取り巻く環境も、全て己に起因するのではないのか、と。
少なくとも、透華の父親はそう思っている。住処を分かたれている理由は、それが大半だ。
今まで、誰も抗うことができなかった。望まずとも、衣もそう諦めかけていたのだ。
――容易く捻じ曲げられた。
本来、赤木ほどの者ならば衣の支配など歯牙にもかけずに戦えた筈だ。
それにも拘らず、赤木は衣の支配を打ち破る形で上回った。
稚気か戯れか、その意図は衣には読めないが、結果としてその対応に衣は感謝すら覚えようとしている。
やはり、人の運命を人が弄ぶなど烏滸がましいのだ。
そこまで、人は軽くない。
衣(之より、漸次と自らの異能に向き合っていけるかな……)
染みついた認識はそうそう殺げない。
しかし、徐々に変えていくこと、付き合い方を考えることはできそうだった。
――2巡後
衣手牌 一二三五②②③④⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ『②』
衣「リーチッ!!」
衣、打『五』
衣(今より、新たに衣の麻雀が始まるんだ)
透華、打『九』
赤木、打『五』
純「チー」
純手牌 八九①③④⑥ⅤⅦ東東西 チー五・六七
純、打『九』
純(――あんま意味ねえ気するけど……)
衣(障礙ならず……)
山から直接、叩きつけた。
気焔が奔る。
牌を見るまでも無く。自摸る牌は判っていた。
衣「ツモ!」
衣手牌 一二三②②②③④⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ『①』
立直・門前清自摸和・平和・一気通貫
衣「――裏1」
裏ドラは『①』。これで6飜。
衣(如何様に鳴こうと跳満……ッ!!)
この局、誰に鳴かれても『①』をツモる自信が衣にはあった。故の、立直。
後半戦・東1局終了時
東家 透華 81200(-6000)
南家 赤木 111600(-3000)
西家 純 81000(-3000)
北家 衣 126200(+12000)
・1回戦・後半戦・東2局・親赤木・ドラ『一』
衣「ポンッ!!」
衣手牌 四五六七八八(⑤)⑥ⅣⅤⅥ ポン③・③③
衣、打『七』
――2巡後
衣「ツモ!!」
衣手牌 四五六八八(⑤)⑥ⅣⅤⅥ ポン③・③③ ツモ『④』
断么九・三色同順・ドラ1
軽やかな速攻。多寡は問わず。
後半戦・東2局終了時
北家 透華 80200(-1000)
東家 赤木 109600(-2000)
南家 純 80000(-1000)
西家 衣 126200(+4000)
・1回戦・後半戦・東3局・親純・ドラ『⑧』
純捨牌
三一①⑨
衣捨牌
九ⅡⅥ
透華捨牌
北西白
赤木捨牌
一二Ⅶ
衣(この勢いに乗る……)
衣手牌 二三四四四五⑤(⑤)(⑤)⑥⑦ⅨⅨ ツモ『⑤』
衣、今度は4巡目での聴牌。
心魂の変化に、牌が応える。
今必要なのは速さ。無理して海底まで行く必要はない。
確かに海底撈月は衣の好きな役だが、元々これを狙いに行くのは相手を弄ぶ目的が強い。
だが、最早その目的は御役御免となりつつある。今必要なのは勝つための麻雀。相手を甚振る麻雀ではない。
南家以外で海底撈月を狙うと、衣は副露が必要な場合が多い。
立直に一発か門前清自摸和があるならば、敢えての海底は必要ない。
そして、速い方が赤木の行動を抑えることができる。
衣「リーチッ!!」
衣、打『五』
――次巡
純捨牌
三一①⑨
衣捨牌
九ⅡⅥ≪五≫
透華捨牌
北西白発
赤木捨牌
一二Ⅶ⑨
純「……」
純(わかんねえな……どれ切りゃいいんだ?)
純手牌 ②④⑥⑧ⅦⅧⅧⅧⅨ東東南南 ツモ『Ⅷ』
純(――壁と筋か……)
純、打『Ⅸ』
衣「ロン!!」
衣手牌 二三四四四⑤⑤(⑤)(⑤)⑥⑦ⅨⅨ ロン『Ⅸ』
立直・一発・ドラ3
純「げ……」
衣「裏ドラは……」
目論見的中。
これ以上ないほど勘が冴えている。
『三』『六』待ちと『一』『四』『Ⅸ』待ち、7枚と5枚で、枚数は前者に分があったが、
やはり変則三面張にとって正解。期待通りの一発。
したり。
そう思った衣の心中、しかし断たる。
赤木「悪いな……」
遮るは赤木。
赤木手牌 三四五七八九⑥⑥⑦⑦⑧⑧Ⅸ ロン『Ⅸ』
一盃口・ドラ2
赤木「頭ハネだ」
後半戦・東3局終了時
西家 透華 80200
北家 赤木 115800(+6200)
東家 純 74800(-5200)
南家 衣 125200(-1000)
赤木「毎度配牌が良いってのも、困りもんだな」
衣「むむむ……」
簡単に言うが、衣は唸らざるを得ない。
赤木が聴牌していたのは知っていた。
しかし、ここは純が放銃するか衣がツモるか、いずれにせよ1巡で決着がつくと判断をしたから立直をしたのだ。
まさかすんなりと衣の聴牌形と純の捨て牌、その交錯する一点に絞って合わせてくるとは。
確かに衣の予想通り、1巡で決着。しかし、その刹那の隙間に赤木は入り込んできた。
衣(少々勢いに任せた一辺倒が過ぎたか……)
内省する。
やはり早々上手くはいかない。
だが、これで良い。今はこの上手くいかないもどかしさが心地好いのだ。
衣(故形兵之極、至於無形、か。衣はまだまだ未熟。奇正の妙に欠けるのだ)
読まれているということは、まだ衣には形があるということだ。
今まではそれでも勝てたが、現在卓を囲んでいる人間の中には、それでは通用しない者がいる。
隙があるならば突いてくる。しかし容赦はある。
教示を受けているようだ。言葉を交わさずとも、意思の疎通をしている。
衣(形の無いものは掴めない。アカギが衣の支配に縛られないのも当然のことなんだ)
逆に、赤木は正に形が無い。
時に正攻、時に奇攻を以て衣の支配をすり抜ける。
真に水の体を為している。ならば、衣の海に囚われないのも道理。
判らない、掴めない、捉われない。
故に、考える、選択する。
麻雀に限らない。何事もそういうものなのだ。そんな簡単なことも忘れていた。
当たり前のことを再認識する。自分が凡人みたいで、それが衣には愉快だった。
・1回戦・後半戦・東4局・親衣・ドラ『白』
純(危ない危ない、思ったより傷が浅くなって助かった……)
運が良かった。
赤木の頭ハネが無ければ、衣の勢い、そのまま裏3くらい平気で乗せそうだった。
同じ放銃でも安く済んだのは、悪いには違いないが最悪ではない。
顧みれば、やはり安易な打牌だった。
4枚壁に遮られた、筋の么九牌。現物が1枚も無い中、実に安全そうな牌だ。
しかし、そのような切れそうな牌が危険なことなど、
衣相手では珍しくもなんともないことを僅かばかり致命的に失念していたようだ。
赤木という、衣よりも更に上が同卓しているせいで、どうも注意が逸れがちになるが、当たり前の話で、
衣もとても強いのだ。
純「……」
純配牌 ④⑥⑦⑧ⅡⅢⅢ東南西北白白 ツモ『Ⅴ』
純(コレは、和了りに行けるかね……?)
透華ほど闘争心旺盛、負けず嫌いの極致、とまではいかないものの、
純も負けを仕方ないと簡単に受け入れられるほど勝負に淡白ではない。
今、己が臨んでいるのは全国でもそうそう味わえないレベルの卓だ。そういう場で、甘い失策を犯した。
取り返す為にはなんとしてもここで踏み止まり、純もまた卓上で勝敗を競う一人であると示さなければならない。
どうにかして和了を。
純(あの局は不要牌を掻き集めての和了だった……)
こういう時、やはり思い浮かべるのは前半戦の南1局。
一度崩して、積み直す。
途上の障害を一度道外すことで躱し、今一度本来の道へと帰るのだ。
純が衣と戦うためには、あのような異端な手並みが必要になるだろう。
今こそ、衣の支配から抜け出し、和了する。
純は、自分の手牌を確認した。
ドラ対子の4向聴。ドラである『白』が鳴ければ一気に有用な手に変貌するが、恐らく事はそう単純とはならない。
――如何に和了るか……。
純(こう、か……?)
自分らしく、ここは己の勘に任せる。
純、打『白』
赤木「ポン……」
赤木、打『東』
赤木(……クク)
純(持ち持ちだったか……)
――次巡
純手牌 ④⑥⑦⑧ⅡⅢⅢⅤ東南西北白 ツモ『④』
純、打『白』
衣、打『④』
純「ポン」
純手牌 ⑥⑦⑨ⅡⅢⅢⅤ東南西北 ポン④④・④
純(『白』を切らなきゃ一手遅れていた……)
先巡の純の自摸牌『④』は、元々は衣のもの。
もし赤木に『白』を鳴かせていなければ、衣が『④』捨ててから純に『④』が回ってきたことになる。
純、打『⑨』
純(こういう綾を重ねていくワケか……ん?)
ふと顔を上げると、赤木と目が合った。
瞬間、純は悟った。あの『白』、赤木はわざと鳴いたのだ。
その目には、挑戦的な光が煌めいている。
赤木は笑っていた。
純(――なるほどな。乗ってやるから間違えずに行ってみろってことか……いいぜ、やってやる!!)
今の衣には勢いがある。頭ハネ程度ではそれを完全に殺ぐことはできない。
完全に先んじなければ、頭から押さえつけなければ、止まらない。
どうやら今回、赤木は純に、衣の流れを挫く役目を譲ってくれるようだ。
成し遂げるにミスは許されない。
難儀ではある。
純(けど、それくらいできるくらいじゃないとつまらないってんだろ?)
今、不自然に感覚が研ぎ澄まされている。
その勘が、告げている。
恐らくはこの辺り、衣も赤木も同じ穴の貉なのだ。
全力で戦いたいのである。圧勝したいのではなく。
――勝利とは、尽力に付随する結果でなくてはならない。
――次巡
純手牌 ⑥⑦ⅡⅢⅢⅤ東南西北 ポン④④・④ ツモ『中』
純、打『西』
純(あぁ……なるほど)
――次巡
純手牌 ⑥⑦ⅡⅢⅢⅤ東南北中 ポン④④・④ ツモ『北』
純、打『Ⅴ』
――手応えがある。
――次巡
純手牌 ⑥⑦ⅡⅢⅢ東南北北中 ポン④④・④ ツモ『東』
純、打『⑥』
衣、打『④』
透華、打『北』
純「ポン」
――こりゃあいい……。
純手牌 ⑦ⅡⅢⅢ東東南中 ポン北・北・北 ポン④④・④
純、打『⑦』
一つ鳴く度、風が吹くのを感じる。
今まで呑み込まれていた波に、乗っている。流れを、捉えている。
面白い。
――次巡
純手牌 ⅡⅢⅢ東東南中 ポン北・北・北 ポン④④・④ ツモ『東』
純、打『Ⅱ』
何かを掴んだと、純は思った。
できなかったことが、できている。
明日はできまい。何かに引き摺られて、今日は調子が良いだけだ。
だが、これは必ず生きる。そう遠くない未来、自分はこの位置に昇る。それは確信だ。
――そして……。
純「――最後に安目を引いちまったのが締まらねえが……ツモだ」
純手牌 ⅢⅢ東東東中中 ポン北・北・北 ポン④・④④ ツモ『Ⅲ』
南・対々和
純(インターハイが楽しみだ……)
後半戦・東4局終了時
南家 透華 78900(-1300)
西家 赤木 114500(-1300)
北家 純 74800(+5200)
東家 衣 122600(-2600)
・訂正
南・対々和ではなく、東・対々和でした。申し訳ありません
衣(純が、攪乱のみならず和了まで?)
衣は驚いた。
恐らく初めてではないだろうか、衣が最高の状態の時に、純が仕掛けて和了り切ったのは。
抑々にして、衣が和了しようとした時、純に限らず和了れた者はいないのだ。
そして、そういったときに純ができたことと言えば、衣の和了を低めにずらせるかどうかといったレベルだったはず。
段階が、一つ昇華されている。
薫染。原因は明らか。
――赤木しげる……。
赤木に導かれるように、とんとん拍子に階を上ってきている。
才の輝き、強烈だ。誰もが感化される。
赤木(……クク)
上がってきている。熱くなっている。
烈しい変化だ。しかも、決して悪いものではない。
やはり、良いものだ。見物としては、秀逸。
場が、昂まっている。
この熱さなのだ、欲しているのは。
全員が、獲りに行く。そういう鉄火場に、常に身を置いていたいのだ。
しかし、ここまでだ。これ以上は、問屋が卸さぬ。
流石に、勝たせるやるほどには勝負に寛容ではないのだ。
――この中で一番の負けず嫌いは、赤木だった。
・1回戦・後半戦・南1局・親透華・ドラ『⑧』
赤木「……」
赤木配牌 一二二三三四⑤(⑤)ⅠⅡⅢⅢⅤ
一「うわ……」
智紀「配牌聴牌……」
なんと赤木、配牌で聴牌、『Ⅳ』待ち。
透華、打『Ⅸ』
しかし、透華の第1打は『Ⅸ』。人和とはならず。
赤木手牌 一二二三三四⑤(⑤)ⅠⅡⅢⅢⅤ ツモ『①』
一「さすがに人和、地和はなかったね。もしかすると、なんて思っちゃったよ……」
安堵のような溜息を、一は吐いた。
一「これはダブリーかな……?」
智紀「でも、『一』『四』『Ⅰ』『Ⅱ』『Ⅵ』引きで、1飜つく。『Ⅱ』『Ⅵ』なら、待ちも良くなる……」
5種16牌の手変わりで役が付き、内2種7牌で待ちが両面に変わる。
当然、『Ⅳ』を引けば和了で、両立直で周囲を回させて自摸に賭ける手もある。
つまりこの手、6種20牌の選択肢。大凡6、7枚で1枚の計算であるから、河の1段目、序盤での変化が期待できる。
先制の利を取るか、受けの柔軟性を取るか。性格の出る手牌だ。
――が、そこは赤木しげる。
その第1打は、2人の予想を大きく超える。
赤木、打『四』
一「……」
智紀「……」
両立直するか否かの判断だと思っていたのだ。
立直をするにせよしないにせよ、『①』は自摸切りの筈。
ところが、赤木、なんと聴牌崩し。異端の打『四』。
余りの不可解に2人も閉口せざるを得ない。
――しかし、この『四』切りの意味は直ぐに明かされる。
直後、純手番。
純手牌 二三五⑧⑧ⅡⅢⅣⅣⅤⅥⅧⅧ ツモ『⑧』
なんと直後、純もまた1巡目聴牌。
しかも、先刻和了した勢いが生きているのか、ドラ3の両面待ち。
純「こりゃリーチだろ」
純、打『五』。牌を曲げる。
この時点で両立直・ドラ3。満貫確定の『一』『四』待ち。
――次巡
透華捨牌
Ⅸ東
赤木捨牌
四
純捨牌
≪五≫
衣捨牌
五
赤木手牌 一二二三三①⑤(⑤)ⅠⅡⅢⅢⅤ ツモ『一』
智紀「一盃口が付いた……」
一「先切りしてなかったら純くんのリーチに対して切れなかったね」
加えて、両立直をしていたら一発で放銃していた。
赤木は、これを回避したのだ。信じられないが、理屈は通る。
そして、赤木は再びの聴牌。
赤木「……」
――しかし赤木、未だ、これでは終わらない……。
赤木、打『⑤』
一「……」
智紀「……」
赤木、再びの聴牌崩し。
現物でもなんでもない『⑤』を強打。
もう2人には何が何やら分からない。
ゆっくりと、2人は萩原に目を向けた。
かくなる上は、この万能執事に助けを求めるしかない。
――ハギヨシさんなら、きっと何とかしてくれる……ッ!!
そんな期待の眼差しを受け、萩原は苦笑した。随分な難役が回ってきてしまったものだ。
赤木しげるの闘牌を正確に解説できる者など、世界に何人いるのやら。
萩原「――恐らくは、赤木様流の押し引きではないでしょうか」
一「押し引き?」
萩原「はい――」
――どれほど細い綱でも、渡れるならばその最高形で、ということでしょうね。
――次巡
透華捨牌
Ⅸ東⑨
赤木捨牌
四⑤
純捨牌
≪五≫⑥
衣捨牌
五東
赤木手牌 一一二二三三①(⑤)ⅠⅡⅢⅢⅤ ツモ『東』
赤木、打『(⑤)』
純(ヤバい、絶対ヤバい……)
純手牌 二三⑧⑧⑧ⅡⅢⅣⅣⅤⅥⅧⅧ ツモ『南』
純、打『南』
3巡目にして純は悟った。立直は失敗だ。
赤木が何かしている。それなのに、自分は自摸して切るだけの状態だ。
態勢としてこれは非常にマズイ。
赤木は誰も副露させていない。誰も赤木に合わせ打っていない。
つまり、赤木は誰の援護もしていない。
赤木は和了するつもりなのだ。
雉も鳴かずば撃たれまいとは云うが、純はもう鳴いた後だ。
これからひやひやしながら摸打をしなければならない。
衣「……む」
時をほぼ同じにして、衣も嫌な予感。
自摸牌の模様が指の腹をなぞったとき、してやられたと直感した。
衣(――アカギめ、解かってて切ったな……?)
衣手牌 ①①②③④⑤⑥⑦⑧南北北北 ツモ『(⑤)』
衣、この赤『⑤』自摸で、混一色・ドラ2の満貫聴牌。
待ちは『①』『⑤』の双碰。
赤木がたった今2枚目を切ったところだ。
衣(これではリーチに行けない……)
衣、打『南』
自摸の気配はない。
変化が無ければ戦えない。黙聴にするしかなかった。
――次巡
透華捨牌
Ⅸ東⑨南
赤木捨牌
四⑤(⑤)
純捨牌
≪五≫⑥南
衣捨牌
五東南
赤木手牌 一一二二三三①ⅠⅡⅢⅢⅤ東 ツモ『①』
赤木、打『Ⅴ』
智紀「ダブリーして純を降ろしても……」
一「これで衣に振ってたかあ……」
実際、両立直に衣が突っ張ったかどうかは最早知る由もない。
ただ、赤木は立て続けに純と衣の和了牌を掴んだという事実があるだけだ。
純(和了ってくれ……!!)
純手牌 二三⑧⑧⑧ⅡⅢⅣⅣⅤⅥⅧⅧ ツモ『⑨』
純「……」オウ・・・
純、打『⑨』。自摸切り。
衣手牌 ①①②③④⑤(⑤)⑥⑦⑧北北北 ツモ『発』
衣、打『発』
透華手牌 七八九④⑤⑥ⅠⅡⅢ(Ⅴ)白白発 ツモ『白』
ここで、透華も聴牌、役は白のみ。
透華、打『発』。衣に合わせ打つ。
待ちは『Ⅴ』。しかし、これも赤木に一手遅れていた。
――そして……。
透華捨牌
Ⅸ東⑨南発
赤木捨牌
四⑤(⑤)Ⅴ
純捨牌
≪五≫⑥南⑨
衣捨牌
五東南発
赤木手牌 一一二二三三①①ⅠⅡⅢⅢ東 ツモ『Ⅱ』
――赤木、聴牌……ッ!!
高目純全帯么九・二盃口。嵌張の両立直ドラ1を、3人の聴牌を躱しながらここまで育て上げた。
赤木「リーチ……」
赤木、打『東』
――次巡
赤木「――ツモ」
赤木手牌 一一二二三三①①ⅠⅡⅡⅢⅢ ツモ『Ⅰ』
立直・一発・門前清自摸和・平和・二盃口・純全帯么九
智紀「1枚でも切り違えていたら、和了れなかった……」
一「やりたい放題だったなあ……ハギヨシさん、本当にあの人全盛期じゃないんですか?」
萩原「――赤木様は、そう公言していらっしゃいますが……」
自摸牌への嗅覚、危険牌の察知、凡そ麻雀のセンスに関して、萩原の目から見ても、特に赤木に衰えは見られない。
だが赤木は、ここ数年の自身の衰えを否定していない。
本人しかわからないような何かを感じているのだろうか。
赤木「――裏は乗らねえが、一発要らずの倍満、4000・8000だ」
萩原「もしかすると全盛期ならば裏が乗っていたかもしれませんね」
一「……」
智紀「……」
後半戦・南1局終了時
東家 透華 70900(-8000)
南家 赤木 131500(+17000)
西家 純 69800(-5000)
北家 衣 118600(-4000)
・1回戦・後半戦・南2局・親赤木・ドラ『九』
赤木「――ツモ」
赤木手牌 七八九九⑦⑧⑨ⅨⅨⅨ チーⅧ・ⅦⅨ ツモ『九』
純全帯么九・三色同順・ドラ3
赤木、速攻の親っパネ。一気に周囲との差を突き放す。
純(ま~たそんなうっすいところ……)
衣(困った。止まらないぞ……)
後半戦・南2局終了時
北家 透華 64900(-6000)
東家 赤木 149500(+18000)
南家 純 63800(-6000)
西家 衣 112600(-6000)
赤木「……」
しかし、親っパネを和了したにもかかわらず、赤木には違和感しか残らなかった。
なんとも、釈然としない。予想していた手応えと異なる。
――違和感の正体は……。
智紀「はじめ、どうしたの……?」
一「透華が……」
透華「……」
・1回戦・後半戦・南2局1本場・親赤木・ドラ『六』
透華「――ツモ」
透華手牌 ⑥⑥⑥ⅠⅡⅢⅣⅥⅦⅧⅨ北北 ツモ『Ⅴ』
門前清自摸和・一気通貫
透華「――1300・2600の1本場は1400・2700」
透華、4巡で自摸和了、赤木の親を流す。
後半戦・南2局1本場終了時
北家 透華 70400(+5500)
東家 赤木 146800(-2700)
南家 純 62400(-1400)
西家 衣 111200(-1400)
・1回戦・後半戦・南3局・親純・ドラ『Ⅶ』
純捨牌
西南⑨四西南
衣捨牌
南九①Ⅵ一
透華捨牌
南発⑧北七
赤木捨牌
⑥ⅥⅦ九発
衣手牌 二四四六七②②④④④ⅣⅣⅣ ツモ『四』
衣、断么九・三色同刻・三暗刻の聴牌。
衣「……」
しかし、6巡目の両面待ち満貫聴牌だというのに、手拍子と行かず、衣は一旦手を止めた。
赤木に僅か遅れて、衣も感じていた。違和がある。だが、その正体が分からない。
どうも少し前とは空気が違うことは理解しているのだ。
衣(衣の支配が揺らいでいる……?)
しばし意識を集中させて、気づいた。
今まで卓上を覆っていた衣の力、その感触が靄掛かったように模糊としている。
衣(そうか、何かが衣の支配に抗い、妨げ阻んでいるんだ……)
そう、干渉されている。漸く、適当な言葉を衣は見つけた。
自身の支配に、別の何かが干渉している。
赤木ではない。
赤木や純は、白眉の一打を以て支配の安定を突き崩していた。平常に衣の支配に干渉することはなかったのだ。
そして恐らく、これからも無い。
――ならば……。
衣(……南無三)
衣、少々の逡巡の後、打『二』。立直はせず、聴牌だけを取る。
――ロン……。
だが、立直判断の悩みは無駄に終わる。
透華手牌 一三(五)五④⑤⑥ⅦⅦⅧⅧⅨⅨ ロン『二』
一盃口・ドラ2
透華「――5200」
淡々と、透華は点数を告げる。その様子はまるで機械のよう。
衣「……とーか?」
衣は訝しげに従姉妹の名を呼んだ。
いつもの透華らしくない。
流石に、漸く衣も気づいた。透華の様子がおかしい。
そう思ったと同時、透華が『衣のような』巨大な気配を現出させた。
衣のそれとは、性質は違う。
――冷たく、硬く、静謐。
――透華の微笑みは、氷のようだった。
後半戦・南3局終了時
西家 透華 75600(+5200)
北家 赤木 146800
東家 純 62400
南家 衣 106000(-5200)
智紀「透華が、変わった……?」
智紀も感じ取った。透華の変化。
衣に勝るとも劣らない、その気配。
一「一度だけ見たことがある……」
まるで別人のように変貌した透華。しかし一は、この透華の変化、今日が初めてではなかった。
一「去年のインターハイ準決勝、東東京との対局でも、透華はこうなった……」
東東京代表、臨海女子のメガン・ダヴァンを相手に、突如透華は変貌した。
透華の猛追を背に受けながら、合浦女子を飛ばしてダヴァンが逃げ切った昨年の準決勝副将戦は、
昨年の名勝負の一つに数えられている。
衣(奇峭な情調……龍門渕の入り婿が憂虞していたことが実と為ったか……)
雲蒸竜変。潜んでいたものが這い出てきたか。
居た、これほど身近に。
――奇幻の異質。逸脱した化生の類……ッ!!
・1回戦・後半戦・南4局・親衣・ドラ『①』
衣(うぅ~、常に変動していてイヤな感じだ。気持ち悪いぞ……)
抑々の変化に気づかなければ、これほど意識が撹拌されることはなかっただろう。
だが、分かってしまえば、意識せざるを得ない。
――支配領域が被っている。
力の及ぶ範囲が、少なからず同じのようだ。
支配を奪い合い、その領域が絶えず増減することで、衣の知覚できる範囲が次々に変化していく。
それだけ拮抗している。満月の衣を相手に、である。
初めての経験だった。支配を伍する者と同卓するというのは。
衣手牌 五①②②③③④④ⅥⅦⅧ中中 ツモ『①』
衣(――ツモ牌が思っていたのと違うぞ……てっきり萬子にくっつくと思っていたのに)
純捨牌
Ⅸ二北発白八
⑧Ⅱ北
衣捨牌
一北Ⅰ東発Ⅳ
四八
透華捨牌
東北①⑧白④
北発
赤木捨牌
発白Ⅸ②東九
四六
衣(さっきまでは誰も張っていなかったが、今はなんか良く分からない……)
先までは相手の進行具合が感じ取れたのに、現在ははっきりとしない。
しかし、感覚に反してツモが良い。
――これは吉兆か、凶兆か……?
他家はこの1巡で聴牌したのか? 判断がつかない。異能に不全が生じると、こんなにも不便なものなのか。
課題が見えてくる。
衣(身近な頚敵を得るばかりか、斯様に可能性の導を得られるとは、今日は善き日だ)
今日はずっとわくわくのしどおしだ。
麻雀でこんなにもわくわくすることなど初めてだ。本当に、楽しい。
衣(それじゃあ……攻めッ!!)エイッ!!
衣、打『五』
透華「――ロン」
透華手牌 一一二二三三五七七八八九九 ロン『五』
清一色・二盃口
衣「おぉ~……」
衣は、目を輝かせた。
透華「――1回戦、終了ですわね……」
――それでは、続けましょうか……。
一回戦終了時
南家 透華 91600(+16000)
西家 赤木 146800
北家 純 62400
東家 衣 90000(-16000)
純「……」
一回戦が終わった。
龍門渕一行としては折角の亦と無い機会であるから、赤木とは全員と打って貰う心算だ。
つまり、一回ごとにメンバーを変えるわけであるが、純の見る限り、透華と衣は席を立つ気配が皆無である。
純「じ、順番じゃあ仕方ないな……」
純は、立ち上がった。今までギャラリーだった二人の元へ行く。
純「交代だぜ?」
智紀「……はじめ、行っていいよ」
間髪を容れず、智紀が一に譲った。
一「い、いいの、ともきー……?」
智紀「問題ない……」
確かに、結局は全員打つのだ。今、智紀が一に譲っても次には順番が回ってくるのだが……。
一「……」
智紀「……」
沈黙。
一の目が三白になっているのに気付きつつも、智紀は努めて目を合わせない。
一「……ともきー、本音は?」
智紀「――あれ」
終に観念と、智紀は首を卓へと向けた。
赤木「……ククク」
衣「……ふっふっふ」
透華「……」クスッ・・・
一「あ~、ハハ……」
智紀「あの中に入るとか、冗談キツイ……」
あの場は既に、麻雀卓の姿を騙る人外魔境である。
智紀も、麻雀は好きだ。そして、今日の賓客が強いことも知っている。衣が絶好調であることも、当然了解している。
つまり、そこに混ざって卓を囲むことも無論、吝かではない。
だが、しかし、3人いるのは話が違う。
龍虎麒麟の三つ巴に蟻が割って入るようなものだ。
この輪にすんなりと混ざれる者がいるとしたら、それは同等の超越者か、とんでもない鈍感者しかあり得ない。
満貫未満を1度放銃しただけの純が、赤木はダントツであるから仕方ないにしろ、
他の二人と比べても三分の二ほどしか残っていない。
透華が変化したのは後半戦の途中からであることを考えれば、これから新たに卓に着く者の命運など何をか況や。
透華は衣を最後の最後に捲った。赤木は衣を点数で大きく上回っている。
いつも満月でもない衣にどうされていたのかを考えれば、多少躊躇するのも勘弁してほしいと、
智紀としてはそんな心境だった。
一「――ボクも本当は遠慮したいけど……」
一も、智紀の気持ちはよく理解できる。一も正直、恐い。
一の手は、自然と左の頬に触れていた。嘗ては三日月があった所には、星がある。
衣だけでも、月が見れなくなった。
今、同等以上の人間が後二人いる。
そこに混ざるのだ。恐くないわけがない。
一(でも……)
心に期すものがある。
一は、自分が行かなければならないと思っていた。
ここだけは、決意を以て震えを押し込まなければならない、と。
純「――まあ、そんな緊張すんなって」
そんな一の緊張をほぐすように、比較的明るい声を出したのは純だ。
純「衣は変わった。もう以前までのあいつじゃない」
衣の様子はすっかり垢抜けて、嘗ての複雑な表情が消えている。
何か麻雀に対する姿勢に、変化があったのだろう。
衣は、麻雀の楽しさを知り始めている。良いことだった。
たとえ満月の夜でも、これまでほどには衣が恐怖の対象となることはないだろう。そんな感触を、純は感じていた。
純「透華の奴はイマイチ判らねえが、それに対して国広くんに思うことがあるなら……」
智紀「何かができるのもはじめだけ」
一「純くん、ともきー……」
一が今の透華に何かしらの感情を持っていることを悟っていたのだろう。
2人も思うことがないわけではないだろうに、それでも一に譲ってくれる。
そして、励ましてくれる、後押ししてくれる。
本当に、良い友人を持ったと思う。
勇気が溢れてくるとはこういう感覚なのだろうか。
もう、躊躇はない。恐れはあっても、怯えはない。
前に踏み出すには、それで十分。
元々、いずれは越えなくてはならない困難なのだ。衣と真に並び立つには、避けては通れない。
――そんな気持ちで行こう……ッ!!
先程までの恐慌が、嘘のようだ。
一「――それじゃあ、行こうかな」
智紀「はじめ、頑張って」
純「骨は拾ってやるぞー」
一「アハハ……純くん、それ冗談になってないよ……」
拾う骨も残らないほどボロ負けする可能性が高いのだ。
だが、それでも、一はやりたかった。一が、やりたかった。
純「あぁ、国広くん……」
行く前に一言と、純が一を呼び止めた。
純「ちょっと先に『そこ』を通ったやつからのアドバイスだ」
一の足踏みしたラインを、純はもう超えている。
恐らく卓を囲めば、言わずとも一も越えてくるだろう。無論、そのあとに智紀も続いてくるはずだ。
しかし、一はその上で、立ち向かいたい者がいるらしい。ならば、示唆して早目に気づかせた方が良い。
純「困ったら、自分の勘と感覚に従いな……意志があるなら、道は赤木サンが見せてくれるだろうさ」
一「う~ん……? なんかずいぶん哲学的だね……純くんじゃないんだから、そんな抽象的じゃわからないよ」
純「意味はわかんなくても、そん時になりゃわかるさ」
一「そんなものなのかなあ……?」
純「そんなもんさ」
一「そうか……それじゃあ」
――行ってくるよ……ッ!!
一、魔窟へ。
本日はここまでです
2回戦に入りましたが、全部は書きません。次回でこのSSは最終回です
ともきーの活躍を期待していた方には申し訳ない
冷たい透華の状態で派手な和了はないのに倍満をあがらせてしまいましたが、清竜・花竜・一色双竜会と竜繋がりで和了させたかっただけです。すみません
しかし衣にビビッて透華にビビッて、しかも一とかは透華にきちんと畏まってないととか体面気にするあたり、透華父ってすごく龍門渕家の中での立場が弱そうですよね
乙
次で終わりなのは少々残念だな
乙です
とーかさん一色双竜会とは洒落た手を上がるなぁ
次でもんぶち編が終わりってことだろ?
話としてはまだ続くでしょ
乙でした
龍門渕編終わったら次はなにやるんだろうか 個人的にはすこやんの話が見たいが
この赤木はアルツにならなくていいんじゃないだろうか…
衣わんわん泣くな…。
くくく…
>>319
今回で文字数も10万を超えましたし、あまり長くすると>>1の手に余るということもありますので……
こちらの勝手な都合で恐縮ではあるのですが……
>>320
同族の異能持ちである透華と衣が出会うということでちょっとやってみたかったので
>>321-322
誠に心苦しいのですが、今現在次の目処が立っていないものでして……申し訳ありません
>>323-324
通夜編が大所帯になってしまいますね
純「いやあ、半荘2回やっただけなのにすげえ疲れたわ……」
智紀「おつかれ」
一を見届けると、純はソファにどっかと勢いよく座りこんだ。傍からは平気そうに見えても、やはりあの面子の中で打つの
は相当骨だったらしい。小腹も空いたのか、着席と同時にテーブルの菓子類に手を伸ばす。
智紀(なんか増えてる……いつ用意したんだろう?)
いつの間にやら、テーブルの上にある菓子の量が増えている。
良く食べる純に合わせて、萩原が用意をしたであろうことは容易に予想がつくが、相変わらず、いつ準備をしたのかわから
ない手際の良さ。さきほどまで、智紀や一と一緒にいたはずだが。
非常に気になるが、恐らく、永久に明かされることはない龍門渕家の不思議の一つだ。
一(うわぁ……やっぱり近くまで来ると全然違うな)
いざ卓の傍まで来たとき、一は足踏み、立ち止まらなければならなかった。
覚悟していたとはいえ、やはり実物は違う。
この圧倒的な空気。卓の周りだけ、水中のようだった。重く、息苦しい。しかも、人を喰らう化生が三匹泳いでいる水場
だ。
1回戦目は、衣、透華と、徐々に段階を踏んで今の状態となった。慣れたのか、麻痺したのか、純があまり重圧を苦にしな
かったのは、それが大きいだろう。しかし、一は最初からその最後の段階にいる。
どれほど意志を堅としていても、一歩を躊躇わざるを得なかった。
赤木「なんだ、場にでも呑まれちまったかい……?」
立ったままの一の姿を見兼ねたのか、赤木が声を掛けてきた。
赤木「そんなに肩肘張るもんじゃないぜ? 場の雰囲気がどうだって、重要なのは平常心だ。それさえ忘れなければ、案外
なんとかなるもんさ」
一「へ、平常心って……」
簡単そうに赤木は言うが、言葉ほど容易なことではない。
平常心が大切であることは当然、一も理解していることではあるが、濃い気に中てられ、三方に怪物を望んでいるのだ。そ
うそう、いつもの状態に心を落ち着けることなどできない。頭で理解するだけでは、この笑っている両膝を鎮めることが一
にはできそうになかった。
赤木「別にリラックスしろ、普段通りに行けって言っているわけじゃないぜ」
一の思考を首尾良く察した赤木は、その考えに異を唱えた。
赤木「自分の泳ぎを忘れねえってことさ」
常に同じコンディションで事に臨めるわけではない。
輸血で血液を増やして血圧が高くなっていたり、逆に血液を抜き過ぎて意識が朦朧としていたり、勝負に大金や、腕や、命
を賭けていることだって、あるかもしれない。心身が常に常態である保証はどこにもないのだ。
だからこそ、重要なことは自分を見失わないことなのである。
自分はいつも、どうやって麻雀を打っていたのか。どういう考えで、スタンスで、打っていたのか。自分のスタイル、それ
を常に心に期しておくこと。
それが平常心。
どれほど外圧に押し潰されんとしても、芯さえあるならば、抗えるのだ。
一(ボクの……)
衣「大丈夫だ。一ならできるぞ」
そして、意外な所からも声が掛かった。衣だ。
衣「そして、どう変わり、遷ろうのか、純のように見せてくれ」
激励。衣の言葉には、期待もあった。
赤木の才気に中てられて、純は一段実力の位階を上った。衣も、変わった。赤木の纏う空気には、他人に伝わり変化せしめ
る魔力のようなものがあるのだ。
身内が強くなることは、衣にとって喜ばしい。今日が終わっても、きっとまた『楽しい』麻雀が打てるから。
僅かな時間で、純の化け様は目を瞠るほどだった。ならば、一にもと、衣は期待してしまう。故に、応援するのだ。
一「――ハハ、まさか麻雀中の衣からそんなこと言われるとは思ってなかったよ」
衣「衣はこの中で一番年長だからな。面倒見も良いのだ」フフンッ
満月時の衣に気遣いの言葉を貰うとは予想外だったと一が驚くと、衣はえへんと胸を張った。純の言った通り、衣は随分と
心境の変化があったようだ。だが、その過程でどうやら嘗て去りし月下の日々は棚に上げてしまったらしい。随分と容量の
大きい棚も在ったものである。そして、年長と言ってもほんの数日の差であることも、恐らく触れてはいけないのだろう。
一「衣おねえちゃんは優しいなー」(棒)
衣「……」
衣(衣おねえちゃん……いい、すごくいいぞ……)
嗚呼、なんと耽美な響きか。一の皮肉混じりなど些末なことだ。
衣「も、もっと衣おねえさんと呼んでいいぞっっ」
一「わーいころもおねえさんだいすきー」キャッキャ
衣「そーかそーか」ウフフ
純「なーにやってんだあいつら」キャラメルモグモグ
智紀「微妙に呼び方変えてる……」
純「まあ、おかげで国広くんの緊張はとれたみたいだが……お~いお前ら、いつものノリはいいけどよ、今日はお客さんが
いんの忘れんなよッ!!」ポテチパリパリ
一・衣「……」ハッ・・・
赤木「……」
衣「一、目を逸らされたぞ」
一「ち、ちょっとふざけすぎたね……」アハハ・・・
しかし、いつの間にやら萎縮は無くなっていた。
一(ボクの泳ぎ方、か……)
決まっている。
――まっすぐ……まっすぐなボクで、行くんだ……ッ!!
今度は、一歩を踏み込める。
赤木「さて、準備が済んだようだ。――なら、場決めだ……」
純「しっかし、透華の奴にこんな面もあったなんてな」ケーキモシャモシャ
智紀「はじめは、今回が初めてじゃないって」
純「ん、前にもあったのか?」コウチャグビー
智紀「去年のインターハイ準決勝」
純「あの試合かあ……あぁ、そういえば国広くんがそんなこと言ってたっけか――『冷たい透華』、とかなんとか」クッキーポ
リポリ
あの試合は良く覚えている。あの試合で、透華はかなり和了率を稼いだ。最優秀和了率こそ取れなかったものの、尋常じゃ
ない成績をインターハイに残している。
臨海女子が主導権を握っていた副将戦、ずっと抑えられていた透華が思い出したように和了すると、そこから堰を切ったよ
うに和了が止まらなかった。細かい点数を刻んで、また刻んでと、あわや2位と入れ替わるというところまで迫ったところ
で、4位がトバされて敗退してしまった。
驚異の追走劇。これで、透華も衣に次いで有名になった。あんな目立つことをしておいて、目立ちたがりの当の本人が随分
とおとなしかったのがどうにも不思議だったが、半年越しに、漸くその謎が明かされたわけである。この雰囲気は、カメラ
越しには伝わってこない。しかも、控え室に戻ってきた透華は、既にいつもの透華だったのだ。変化した透華を直に見るチ
ャンスがなかったわけである。純も、智紀も、衣さえも気づかなかった。
だが、一だけは気づいていた。人は何とかのことはよく見ているとは言うが、流石、一の観察力には恐れ入る。後でこれを
ネタにからかおうかなと、純はそっと頭の片隅で考えた。
純(いや、国広くんは強かだからな。開き直るかね……からかうなら逆に透華の奴だな)
透華の方が、何かと大々的に反応してくれて楽しそうだ。
智紀「どんな感じだった?」
純「ん、透華か? どんな感じかあ……その前に、そのインターハイの時の牌譜ってあるか?」チョコモグモグ
智紀「今プリントアウト中……」パソコンカタカタ
新しい透華の感触は実際どのようなものだったのか、智紀が純に尋ねた。質問に答えることは可能だっただろうがしかし、
答える前に純はまず、去年のインターハイの牌譜を見たかった。
件の牌譜で確認したいことがあったのだ。自分の感覚が本当に正しいか、純はそれで判断できると思ったのである。
手際よく智紀が印刷した牌譜を受け取り、一瞥する。時間を俟たず、判断できた。
純「――やっぱりな」コウチャゴクゴク
智紀「何かわかった?」
純「折角だから見ながらにしようぜ。始まったみたいだ」マシュマロモシャモシャ
純たちが話をしている内に、場決めが終わって配牌も完了したようだ。
起家は一。以下、南家は衣、西家は赤木、北家は透華、となった。
・2回戦・前半戦・東1局・親一・ドラ『⑤』
一捨牌
南西九中Ⅰ九
②
衣捨牌
東Ⅸ南ⅤⅠ中
赤木捨牌
⑥六③Ⅶ⑨発
透華捨牌
東九中⑧南発
衣(河が静かだ……)
衣手牌 二三四四五六七④(⑤)(⑤)⑥⑦⑧ ツモ『①』
1回戦の最後に放銃したのが効いたか、影響力が弱まっている。この局も少々分が悪いらしいと衣は感じていた。支配が、
未だ透華寄りだ。
衣は、すぐに気づける。自分の支配が及んでいるときとは、まるで勝手が違う。
衣、打『①』
智紀「誰も鳴けてない……?」
純「あぁ、なんつったらいいかな……とにかく、なんか全然鳴ける気がしなかったからよ。確認してみたら案の定だ。去年
のインターハイ準決勝、透華の追い上げが始まってから誰も副露していない」クラッカーパリパリ
あの場でしかわからない感覚があり、それを言葉にするのはなんとも難儀だった。
純は衣の支配は知っている。それとは違うわけだから、状況的に、間違えようなくそれは透華のものであるはずだ。しかし
それを確たる表象とするには、経験数が足らない。まだ2、3局しか卓を共にしていないのだ。衣の一向聴地獄にしろ、海
底攻めにしろ、何度も回数を重ねたからはっきりとそう言えるのである。
何かしら衣の『支配』に近しいものを感じ取った。それを言葉にするに足りない検証数をインターハイの牌譜で補おうとし
たのだ。
純の感じ取ったものは、牌譜に確りと表れていた。透華の快進撃と前後して、牌譜には一度も副露が記録されていない。
それは今の状況とも矛盾しない。今が半荘二回戦の前半戦東一局、序盤の序盤であるから副露が出ていないのではなく、恐
らくできないのだ。河と手牌を見ても、副露が出そうには思えない。
智紀「衣と同じ支配……?」
純「いや、たぶん違うな」アメダマコロコロ
一捨牌
南西九中Ⅰ九
②①
衣捨牌
東Ⅸ南ⅤⅠ中
①発
赤木捨牌
⑥六③Ⅶ⑨発
Ⅸ
透華捨牌
東九中⑧南発
八
赤木「……」
赤木手牌 三四五③⑤ⅢⅤ南北北北白白 ツモ『Ⅳ』
赤木、打『南』。これで、三色同順・ドラ1の聴牌。
純「な、ちゃんと手は進むんだ。別に何向聴で手が止まるってワケじゃない」アメダマガリゴリ
副露ができないというと、智紀は真っ先に衣の支配を思い浮かべたが、純の感触では両者には違いがあった。そもそもの目
的の違いである。
衣の支配下において副露ができないのは、衣が海底で和了するためなのだ。つまり、海底を確保することが目的で、副露を
させないことは衣にとっては副次的なものなのである。一方それに対して、透華は副露そのものを封じることが主要である
と純は感じたのだ。
ただ、『支配』という言葉で表現される通り、両者ともにその異能は自分以外の他家に対して強く働き掛ける点で、競合す
ることとなっているわけである。
純「インターハイの牌譜を見る限り、副露だけじゃなくて暗槓もダメそうだな」コウチャグイー
智紀「それなら、純粋なツモ勝負……」
副露は無し、しかし手は進むとなれば、勝負を決めるのは純粋な引きの勝負。
どれだけ配牌に恵まれ、間違えずに面子を作っていけるかだけが肝だ。
――直後
透華「……ツモ」
透華手牌 四四五五六六①②③ⅦⅧⅨ西 ツモ『西』
門前清自摸和・一盃口
純「透華は間違わねえんだよなあ」センベイバリバリ
・2回戦前半東1局終了時
東家 一 98700(-1300)
南家 衣 99300(-700)
西家 赤木 99300(-700)
北家 透華 102700(+2700)
純「しかし、こんな状態なのに、なんでまだ全国でもデジタルで通ってんだ、透華は?」カステラパクパク
智紀「――牌譜や今日見ていた限りでは手作りは大体牌効率に従っているし、押し引きの判断にもそれほど変な部分はなさ
そう……少し、副露とリーチの判断が普段よりもルーズに見える程度」
純「ん、どれどれ……あー、そうみたいだな。なるほどね、パッと見はデジタルとそんなに区別がつかないわけか。――ま
あ、そりゃそうか。なんか変だったら去年透華の変化に気づくのが国広くんだけとかおかしいもんな」モナカモグモグ
智紀「確かに」
今の状態はどう見ても衣の同類としか純には思えなかったが、不思議なことにこのインターハイ準決勝の活躍で大きく名を
揚げたにも拘らず、透華は『デジタル派』として全国に名が知られている。
他家には副露機会が全くない一方で、透華には何度か鳴く機会があったが、そうしていない。良形聴牌もあったが、透華は
立直をしていない。しかし、それで和了していることが違和感を薄れさせている。
巡り合わせもあったのだろう。見る限り、副露しないで門前を貫いても、立直せずに黙聴のままでも理解できなくはない場
況だった。確りと精査すればデジタル的に疑問符の出る状況――透華が絶対やらなそうなことも、あるにはあるが、傍目か
らはミスかわざとか判断しづらい。衣の海底和了のような目に見えて分かるほど突飛なことは何もしていないのだから、本
人がデジタルを表明している以上はその事実に疑問を持つ者はいなかったのだろう。実際、純や智紀などもそうだった。
また、後ろに控えていた衣が割と雑だったり、途中までは普段の透華が打っていたことも迷彩となったかもしれない。
・2回戦・前半戦・東2局・親衣・ドラ『②』
衣(1、2……南2局からだからこれで4連続か……)
透華の変化よりこの方、いいようにやられ続けている。ここらで、ひとつ抵抗しなければならないだろう。
衣(衣も敗けてられん……ッ!!)ゴッ
衣の見た限り、透華の状態は不安定だ。『次』はいつになるやらわからない。
折角の機会なのだ。競わねば面白くない。
赤木とはまた一味違う。こういう力勝負も乙なものだった。
衣(そろそろこの状況下にも慣れてきた)
自摸も、勘も、そろそろ普段と変わらない水準に戻せそうだ。
衣配牌 五①③③④(⑤)⑦⑧ⅢⅣ西北北 ツモ『白』
衣、打『五』
衣捨牌
五ⅣⅢⅠ西三
白
赤木捨牌
九西五⑥④Ⅱ
発
透華捨牌
一九⑦⑨東西
⑥
一捨牌
東白発Ⅸ一Ⅸ
一
衣(張った……)ゴゴゴ・・・
衣手牌 ①②③③④(⑤)⑥⑦⑧⑨北北中 ツモ『②』
衣、平和・混一色・ドラ3、『①』『④』『⑦』の三面張。しかも、立直せずとも跳満確定の聴牌、高目自摸で三倍満にも
なり得る手だ。
衣、打『中』
――しかし、次巡
衣捨牌
五ⅣⅢⅠ西三
白中北
赤木捨牌
九西五⑥④Ⅱ
発ⅧⅥ
透華捨牌
一九⑦⑨東西
⑥中
一捨牌
東白発Ⅸ一Ⅸ
一Ⅲ
透華「ツモ……」
透華手牌 二三四六七八①ⅡⅢⅣⅥⅦⅧ ツモ『①』
門前清自摸和のみの1飜。
透華「――400・700」
衣「ぐぬぬ……」
衣(最後の『中』、手出しだ……単騎の『①』待ち……捨てても可笑しくはなかった筈だが、残した上にそれで和了
か……)
透華が聴牌した時、『①』と『中』はどちらを切っても良かった筈だ。どちらも、場に見えている枚数は一緒だったのだか
ら。
しかし、透華は正解を選び、衣への放銃を避け、自摸和了を為し得た。
衣(透華にも衣のように他家の手を察知する何かがあるのか、はたまた偶然か……何とも見極めづらい)
透華は衣と違っていまひとつ派手な兆候が見受けられない。大枠は掴んだと思うが、細部の判断には時間がかかりそうだっ
た。
衣(だが、零れる可能性があったのだ。放銃もしていない。間違いなく、衣の支配は上向いている。このまま一方的な展開
にはさせないぞ……)
・2回戦前半東2局終了時
北家 一 98300(-400)
東家 衣 98600(-700)
南家 赤木 98900(-400)
西家 透華 104200(+1500)
・2回戦・前半戦・東3局・親赤木・ドラ『九』
純「そういえば、あんまりリーチがねえな」コンペイトウカリカリ
智紀「少なくともこれまでの対局では透華に良形の聴牌があまりない」
純「愚形でも早さ重視のツモ麻雀ってか――もしかすると、リーチもダメなのか?」コウチャクイッ
智紀「……かも」
純「っと、ここで他家のリーチが出そうだぜ、速さならこの人も負けてない」マンジュウモグモグ
赤木捨牌
一②⑧西
透華捨牌
八五西Ⅸ
一捨牌
二ⅧⅨ①
衣捨牌
ⅠⅨⅣ四
赤木手牌 一二三九①②③⑦⑧⑨東東南 ツモ『九』
赤木「リーチ……」
赤木、先制の立直、打『南』。
透華「……」
透華手牌 一二ⅥⅦⅧ南南発発発中中中 ツモ『東』
純「おおっと、一発で掴んだか……」コウチャコクリ
透華、打『南』
純「まあ、オリるよな」ヨウカンモグモグ
――次巡
透華手牌 一二ⅥⅦⅧ東南発発発中中中 ツモ『東』
純「お?」コウチャグビイ
赤木捨牌
一②⑧西≪南≫(⑤)
透華捨牌
八五西Ⅸ南南
一捨牌
二ⅧⅨ①西②
衣捨牌
ⅠⅨⅣ四西⑤
赤木手牌 一二三九九①②③⑦⑧⑨東東 ツモ『三』
赤木「……」
赤木、打『三』
透華「ロン」
透華手牌 一二ⅥⅦⅧ発発発中中中東東 ロン『三』
発・中
透華「3200」
衣(河を乱した者には制裁、というワケか。正に河の主、治水の龍神か……)
・2回戦前半東3局終了時
西家 一 98300
北家 衣 98600
東家 赤木 94700(-4200)
南家 透華 108400(+4200)
純「しっかしさっきから透華の奴は地味な和了りばっかだな」ドーナツモグモグ
智紀「インターハイを含めても、満貫以上はついさっきの倍満だけ……」
インターハイの牌譜を含めても、満貫はおろか点数が8000を超える和了は先刻衣に直撃した倍満のみだ。あれが無けれ
ば順位が入れ替わらなかったので、『特例』だったのだろう。親の連荘が残されていれば、恐らくはインターハイの時のよ
うに細かい点数を延々と刻んでいたはずだ。
純「いつも満貫以上をバンバン和了る衣とは真逆だな……打点になんか縛りでも入れてんのかね……?」コウチャヒトクチ
智紀「宮永照みたい……」
純「あぁ、そういや、チャンピオンもなんかあったっけか?」ビスケットポリポリ
智紀「連荘中は、和了点がその前の和了よりも必ず高くなってる」
純「思い出した思い出した、そういえばそうだったな。連荘のことしか覚えてなかったわ」ウエハースパリパリ
・2回戦・前半戦・東4局・親透華・ドラ『⑦』
一(透華……)
いつもの透華は、相手が強ければ強いほど熱く燃えていく。熱く、激しく。気持ちに比例して、打牌も強くなる。それが時
には隙になり、強みになる。透華の特徴だ。
今の透華は、まるで逆。冷静で、静かで、坦々としていて、全く隙を見せない。
とても同一人物には思えない。
一(やっぱり、イヤだな……)
透華らしくない。
いつも、何事にも直向きに熱く燃えていた透華を、一は傍で見ていた。
目立ちたがり屋で、負けず嫌いで、何事にも全力で、熱く輝いている。
そして、一はそんな透華が好きなのだ。
一(だから……)
透華捨牌
南白西五
一捨牌
西ⅧⅠ
衣捨牌
③一白
赤木捨牌
Ⅸ①東
一手牌 三四五七九九②④⑤⑦⑦北北 ツモ『八』
一(一向聴……)
一、打『九』
透華「ロン」
一「うっ……」
透華手牌 一二三七八①②③⑦⑧⑨ⅤⅤ ロン『九』
平和・ドラ1
透華「2900」
一「透華……」
透華「東4局、1本場ですわ……」
一(……透華)
・2回戦前半東4局終了時
南家 一 95400(-2900)
西家 衣 98600
北家 赤木 94700
東家 透華 111300(+2900)
純「ホント坦々としてんなぁ……」ヨーグルトモグモグ
智紀「AIみたい……」
純「確かにこっちの方が強いのかもしんねえが……オレは、いつものここぞって時に波に乗るアイツの方が好きだな」ゼリー
ゴクリ
智紀「同感」
萩原(透華お嬢様……)
赤木(――気に入らないな……)
赤木も、一とは違う意味で透華の変化に難色を示していた。
初めて相対した瞬間から、内に何かを飼っていることを赤木は分かっていた。
いつも傍で才気を振り撒いている衣の影に隠れて、表に出ていない透華の『何か』は実に幽かな気配となっていたが、衣の
それに勝るとも劣らぬものであると、出会った瞬間に赤木は看破していたのだ。
稀に見る若き異能、それが二つ。俄然、興味が湧く。
だから受けたのだ、この話を。秘された怪物を見極めようとしたのだ。
だが、実際に見てみると、その正体に落胆せずにはいられない。
その実態は、予想した実力ではあっても、期待した有様ではなかった。
衣がそうであったから、透華も当然そうだと勘違いしていた。異能は当人と不可分、共存しているものだと。
異能、大いに結構。
イカサマだろうが超能力だろうが、何を使おうとも一向に構わない。勝負には、勝つために己の持てるありとあらゆるもの
を用いて良いとするのが赤木の考えだ。
しかし、それもこれも全ては意志あってのことである。意志を以ての選択によって、人は勝敗の分かれ道を行かねばならな
いのだ。
だが、今の透華を見る限り、変化の前後でそれは別物だと判断せざるを得ない。
確かに、どちらも龍門渕透華ではあるのだろう。
しかし、この有様は片方が片方を内包するという形ではなく、両方が身体というただ一部のみを共有しつつ、ほぼ独立して
いるような状態だ。名前が同じでも別人と言って良いくらいには、重複部分が少ない。
それが、気に食わない。
赤木の直感的な見立てでは、元に――普段の状態に戻ったその時に、透華は今のことをほとんど覚えていないだろう。
だがそれでは、一方が、もう一方に対して責任を持てない。
果たして、変わる前の龍門渕透華は、変わった後の龍門渕透華の選択を肯んずることができるのか、その結果を受け入れる
ことができるのか。
状況によっては、可能だろう。
今は何も賭けていない。
故に、受け入れることができる人間もあり得る。
しかし――金でも命でもプライドでも、なんでも良い、賭けに何かを乗せた時……。
勝利ならば良い。問題ない。あるかもしれないが、不承不承ながらも受け入れるのは理解できる。
しかし、敗北ならば……?
自分の与り知らぬ処で決着がつくのだ。果たして、その状況を諾とできるわけがない。
加えて、分かたれている以上、それは役割が決まっている。一方にはもう一方にできないことがあるから、やらないことが
あるから分断されているのだろう。スタンスが変わらないならば、衣のように異能に目覚めるだけの筈だ。ここまで別人に
変わる必要はない。それはつまり、変化した透華の行動はそれまでの透華と違う上に、ある程度決まっていることを示す。
言うなれば、今の透華はその役割――ただ異能のルーティンに従うだけの存在と言って良い。
だが、しかしである。赤木はそこに意義を見出せない。自らの意志で打たぬ勝負に価値はなく、自らの選択で得た結果にし
か意味はないのだ。
少なくとも、赤木には受け入れられない。赤木は、勝つにしろ、負けるにしろ、こんな有様は死んでも御免である。
『自分』として戦い、『自分』として勝ち、負ける。勝負に臨む者は須らく斯く在るべきなのだ。
異能は選択肢になるべきなのである。断じて、異能が選択することがあってはならない。
人の意志が、勝負を作るのだ。
今の透華はただの傀儡だ。自分で打っていながら、他人に打って貰っているのと変わらない。否、他人とすら呼べぬ。まる
で異能があればそれで良し、それさえあれば勝てるのだと言っているようではないか。
その一点が、赤木には受け入れられない。気に入らない。
特殊な能力や、洗練された技術、数の利さえも些末なことなのだ。
そういう小賢しい事とは無縁の所に、強者は存在するのである。
折角、身近に衣という異能を『使う』ことを覚えた手本がいるというのに、どうやら透華の異能はそれが分かっていないら
しい。
――その代償は、しっかり払ってもらうことにしよう……。
赤木(分からねえなら、分からせるまでさ……)
赤木「……ここは、勝負の場だ」
これでは、熱くないのだ。全く、熱くない。
自分で自分の一打に責任も持てないようでは、勝負に熱くなれようはずがない。
熱の無い勝負など、無意味なのだ。
赤木「要らねえんだよ、そんなものは」
――機械仕掛けの龍なんてよ……。
――沈んでな、お前の場所に……ッ!!
・2回戦・前半戦・東4局1本場・親透華・ドラ『Ⅰ』
透華捨牌
西二八五白中
東
一捨牌
西八Ⅶ東九白
中
衣捨牌
Ⅶ③東Ⅲ中九
②
赤木捨牌
白西三八ⅢⅣ
赤木「リーチ……」
赤木、打『(Ⅴ)』
赤木、二度目の立直。『(Ⅴ)』切り。
一「……ポンっ!」
一手牌 ②③ⅠⅠⅠⅢⅣⅦⅧ北北 ポンⅤ・(Ⅴ)・Ⅴ
赤木のドラ捨てに一、僅かに逡巡してこれを副露。
一、打『Ⅳ』
透華「……」ゴゴゴ・・・
しかし、あまつさえ龍を以て河川の和を乱したのだ。
当然、それは河の主の逆鱗に触れる行為である。
透華手牌 ①②③④④ⅢⅣⅦⅦⅧ南発発 ツモ『①』
透華、打『Ⅶ』ゴッ
――次巡
透華手牌 ①①②③④④ⅢⅣⅦⅧ南発発 ツモ『発』ゴッ!
透華、打『Ⅶ』ゴッ
――次巡
透華手牌 ①①②③④④ⅢⅣⅧ南発発発 ツモ『④』ゴッ!!
透華、打『Ⅷ』ゴッ
――次巡
透華手牌 ①①②③④④④ⅢⅣ南発発発 ツモ『④』ゴッ!!!
透華「……リーチ」
透華、打『南』ゴッ!!!!
河を乱した者に制裁を。
我が支配者たらん、と龍の咆哮が轟いた。
透華捨牌
西二八五白中
東ⅦⅦⅧ≪南≫
一捨牌
西八Ⅶ東九白
中ⅣⅢ東南⑦
衣捨牌
Ⅶ③東Ⅲ中九
②Ⅴ白西五Ⅵ
赤木捨牌
白西三八ⅢⅣ
≪[(Ⅴ)]≫五七南中
赤木「カン……」
赤木、暗槓。倒した牌は『⑤』。
智紀「一発じゃない……」
純「俺も一発で赤木サンが掴まされるかと思ってたぜ。よほどあの人の運が強力なのか――もしかすると透華からしたら一
発じゃなくてもいいのかもな……」プリンモグモグ
智紀「どういうこと?」
純「今のままじゃリーチと発だけ。『お仕置き』としちゃあちょっと足らないだろ?」コウチャグイグイ
智紀「あぁ、なるほど……」
純「そういうこと。まだ『③』が1枚見えていないから、たぶんそういうことなんだろうさ」アンパンパクパク
一発が不必要な要素が、恐らくは王牌に潜んでいるのだ。
赤木「……」
新ドラ表示牌は『Ⅸ』。つまり、またもや『Ⅰ』がドラ。
萩原「ドラが……」
純「これで国広くんはドラ6……」
智紀「でも、役が無い……」
そう、これで一は飜数においては跳満が確定したが、和了するためには役が必要だ。
不可解な鳴きだった。今の手牌では、1飜役をつけることも難しい。
――しかし、故に一はまだ止まらない。
赤木、嶺上開花ならず、打『北』。嶺上牌をそのまま自摸切り。
一「ポンっ!!」
一(まっすぐ……)
一手牌 ②③⑨ⅠⅠⅠⅡⅦⅧ ポン北・北・北 ポンⅤ・(Ⅴ)・Ⅴ
一、打『⑨』。再び赤木から副露をした。
透華捨牌 西二八五白中
東ⅦⅦⅧ≪南≫三
一
一捨牌
西八Ⅶ東九白
中ⅣⅢ東南⑦
⑨ⅧⅦ
衣捨牌
Ⅶ③東Ⅲ中九
②Ⅴ白西五Ⅵ
Ⅵ⑥⑥
赤木捨牌
白西三八ⅢⅣ
≪[(Ⅴ)]≫五七南中[北]Ⅷ二
一
猛った龍は自制が利かぬ。而して、風雲を得て狂えば、最早水を荒らすのみである。
透華手牌 ①①②③④④④④ⅢⅣ発発発 ツモ『Ⅰ』
透華、打『Ⅰ』
一「それ、カンだよ……」
龍の猛りが、翼に追い風を与えたのだ。
――そして、乗る……ッ!!!
――新ドラ、その表示牌、『Ⅸ』……ッ!!!
――飛翔ッ!! ドラ12……ッ!!!
萩原「しかも、それだけではありませんね……」
――龍が、水底へ追いやられた……。
一(まっすぐ……ッ!!)
――鳴け……と。
言われた気がしたのだ。
どうにかしたいのならば、己が為したいのならば……。
この牌を鳴いてみろ、と。
一は、乗った。
一が為したかったのだ。透華と立ち向かう役割を。『今の透華』の是非を問うことを。
いつもの透華の方が良いと、それが龍門渕透華らしいと思っているのは、一なのだ。
だから、一が自ら行わなければならない。一が、挑みたかった。
今の透華を否定することは、赤木にも、衣にも譲れないのだ。
――ボクが、透華の御付のメイドだから……ッ!!
透華「……ッ!?」
海底牌。その最後の牌を掴んだとき、まるで人間味の無かった透華に、初めて動揺が走った。
気づかざるをえなかったのだ。既に己は風雲纏って空を翔ける龍などではなく、流れにすら抗えぬ、ただ網に捕られるだけ
の単なる鯉である、と。
透華「……」
透華、打『①』
――それだよ、透華……。
一「ロン……」
一手牌 ②③ⅡⅡ 明槓・Ⅰ・ⅠⅠⅠ ポン北・北・北 ポンⅤ・(Ⅴ)・Ⅴ ロン『①』
一「河底ドラ13、数え役満……」
河底撈魚・ドラ13。
本日2度目の河底で仕留められたのは、河を治める龍……ッ!!!
透華「……」
透華「…………ん?」
変化は劇的だった。
鋭かった眼は柔らかく、表情に生気が戻った。
トレードマークである、アンテナのように跳ねた毛が甦ったようにグルんグルン廻りだす。
醸し出していた怜悧な空気も霧散し、心なしか部屋の温度が上がったようにも感じられるほど。
皆の知っている『龍門渕透華』がそこにいた。
透華「なんか後半戦の始まった辺りからちょっと意識が怪しくなりましたのですけれど……って、どうして一が卓にいます
の? 純は? 衣が対面? この点数はいったい……」
人が違う。席が違う。点数が違う。違うこと尽くめの周囲の状況に、透華、混乱。
そうして点数表示に目を向けていた透華が見たものは、ちょうど点数を引かれて1位から4位に落ちる瞬間だった。
透華「なッ……!?」
――なんですのこれは~~~~~~ッ!!?
一「……うん」
――やっぱり、こっちの透華の方がいいよ。
赤木(……ククク)
赤木手牌 ①⑦⑦⑦⑧⑧⑧⑨⑨⑨ 暗槓⑤
赤木は手牌を伏せた。見せる必要はあるまい。どのみち頭ハネなのだ。
赤木「博奕は自分で張ってなんぼさ、なあ……?」
・2回戦前半東4局1本場終了時
南家 一 128700(+33300)
西家 衣 98600
北家 赤木 93700(-1000)
東家 透華 79000(-32300)
赤木「さて、続けようぜ……」
まだまだ月夜は長いのだ。
――。
――――。
衣「アカギっ、今日はとても楽しかった!」
別れ際、背を向けて屋敷の門を出る赤木に、衣は声を掛けた。
結局、今日は一度も赤木には勝てなかった。
決して思い通りに行くわけでもなく、時にあしらわれ、時に真っ向叩き潰されて、実力差をありありと見せつけられた。
しかし、それでも、衣には麻雀を打っているという感覚があった。
それは衣にとって初めてで、貴重で、何より楽しいものだった。
初めて、麻雀を楽しいと感じたのだ。
収穫がもう一つある。身近に、自身に並ぶ打ち手を見つけたこと。
透華も、変わっては打ちのめされて戻されるというのを繰り返して、少々、自身の変化に自覚症状が出てきたようだ。
本人は渋るだろうが、そのうちデジタル以外も透華の選択肢になり得るのかもしれない。
今後は、満月と言えど必ずしも衣が突出するという確証が無くなったのだ。
これもまた、衣にとって喜ばしいことであった。
別れの際、赤木に声を掛ける衣の表情は、充実していた。
衣「また……」
これをひと時のみ、偶然の賜物とは思いたくない。
再び、この楽しみは享受できるのか。
期待の言葉を、衣は赤木へと放った。
衣「また、衣と麻雀を打ってくれるか?」
それは再戦の約束。
赤木「さぁ、どうだろうな……」
しかし、衣の思いとは裏腹に、赤木の反応はどうやら芳しくない。
赤木「ま、少なくとも今のお前と打つことはもうないだろうよ」
衣「えっ……」
今日は付き合ってくれたのだ。
衣はどこかで、また赤木は挑戦を受けてくれるだろうと楽観していた。
だが、完全に予想外の否定に、衣はすっかり絶句してしまった。
衣「ど、どうしてだ!?」
思わず声の大きくなる衣。
しかし、狼狽えた衣を見る赤木の目は宥めるような色で、必ずしも厭って再戦を拒否しているわけではないようだ。
だが、ならばと、やはり一方で疑問は大きくなる。
赤木「お前がまだ俺たちの土俵に立っていないからさ……」
衣「土俵……?」
赤木「お前は今日負けたことでようやく知っていく……」
初めは肩越しの応答が、今では面と向かっての問答となっている。
赤木「勝って得るもの、負けて得るもの、勝って失うもの、負けて失うもの……。今まで勝ち続けるだけのお前が考える必
要のなかったものだ」
衣には、今まで勝つことと、それに伴う因果しか伴わなかったのだ。
一種しかないのであれば、他に思慮を巡らせる必要は皆無。
積み上げたものではない。積み上がったものだ。それは埃塵と同義。
赤木「だが、お前は今日、自分は負けられるという事を知った。それは今言ったものたちについて考えなければならないこ
とと同義」
衣も負ける。
勝つとどうなるのか、負けるとどうなるのか。
衣に道が、未知が開けたのだ。
赤木「自分にとって勝つこととはどういう事か、負けることとはどういう事か……勝敗に意味が出来る。勝負に、意志が宿
るんだ……!」
如何に勝敗を分かちたいのか、どうしてそうありたいのか、それを踏まえて自身がその場にどう臨みたいのか。
そのための気概が宿る。そこに、魂を賭けるのだ。
赤木「そうすることで初めて俺たちの土俵に立てる……! 身を焼くような、真剣勝負という土俵にな……!!」
魂を、矜持を。
それは己の価値だ。
賭け金として、これ以上の物はない。
そうやって生まれる熱だけが、赤木の生き甲斐だった。人生そのものだ。
赤木「俺がもう一度お前と打つときは、お前が俺と真剣勝負をできるようになった時だ。今みたいに、ただ負ける『だけ』
で嬉しがれるうちはまだまだ俺とやるには足らなすぎる」
負けることに喜びを見出すことはある。超えるべき壁を見つけたとき、自らに可能性を感じたとき、己の全力に充足を覚え
たとき、自分では止められぬほどの暴走を鎮められたとき等々。理由は様々なれど、確かに敗北に付随する喜びが存在する
のは間違いない。
しかし衣にはない。何もない。衣が今日の敗北に感じた喜びは『敗北した』という事実ただ一点のみに起因している。それ
は赤子が外界の未知に触れることで得るものと同種で、衣自身が敗北に持つ価値とは無関係なのだ。そもそも、敗北を知ら
ぬ者が敗北の価値を知るなど、土台無理な話である。しかも、故に、勝利しか知らぬ衣は、勝利に価値を見出すこともでき
なかったのだ、ともいえる。だから衣は、勝つことで嬉しがることも、負けて悔しがることもできなかった。『結果』は
『勝利』しかないから、対戦相手を弄ぶ『過程』でしか衣は麻雀を知りえなかったのだ。
だが今日、衣は知った。これから衣は勝つこと、負けることについて意識していくことになるだろう。勝ちたい、負けたく
ない、そうした思いのもとに自らの全存在を賭して卓に臨む。
ようやくと、麻雀の『勝負』を始めることができるのだ。
衣「……裏には、アカギのような強者がいっぱいいるのか?」
最後に一つ、衣は赤木に尋ねた。
赤木「…………」
赤木は、すぐには答えなかった。
衣の目は、期待に満ちていた。
恐らく衣はこの問いを、他に強者がいる場所があるのか、衣が存分に力を揮える場所があるのか、という意味でしか聞いて
いない。
それ以外には全く興味が無いといった風。
容易に伝わったのは、赤木が今、応と答えれば、衣はすぐにでも『こちら側』に踏み込んでくるだろうということ。
赤木「……まぁ、お前に勝てる奴もいるだろうが、裏に来るのはやめた方がいいぜ」
衣「……?」
それは危うさだ。
無邪気で、純粋で、しかしそれは悪く言えば無謀で、思慮が足らないと言わなければならない。
そのあたり、見た目と同様に幼いようだ。
今、赤木と衣の間にある、四歩ほどの距離。
衣はこれを『近い』と思っているのだろう。
赤木としては、そこを否定しなければならない。
煙草を咥え、火を点けて、一息吹かす。
言葉を探す。
風が一陣、大きく吹いた。
紫煙が、二人の間をすり抜ける。
赤木「――博奕打ちってのはよ、自分を捨てなきゃならねえんだ……」
この意味が分かるかと、問い掛けるような赤木の視線に、衣はただ首を傾げた。
赤木「博奕をやっていれば、いずれ必ずそういう時が来る。遅かれ早かれな……」
それは時に精神的な意味であったり、そのままの意味であったりする。
赤木とて、己の命そのものを賭けた博奕が、一度や二度ではないのだ。
特に今現在、麻雀がメジャーな競技となっているために賭け麻雀への風当たりは強い。学校の部活動になるほどであるか
ら、至極当然のことではある。しかし、どれほど世間の目が冷たくなろうと賭博のツールに麻雀を選びたいという酔狂な人
間はいなくならないのだ。結局、管理が徹底されることによって賭け麻雀のアンダーグラウンドの程度が甚だしいものとな
った。会員制、紹介制――或いは、そんな管理のリスクを払拭できるほどの超高レート。
子供が気軽に入れるものではない。寧ろ、踏み込むこと自体が既に大きな博奕と言って良い。今や、何かを賭け金として投
げ捨てなければ入れない世界なのだ。
赤木「自分を捨てるってことはよ、もう他に捨てるものがねえってことだろ?」
死なば土へと還るのだ。
土が持てる物など何もない。
赤木「それは何もモノや金だけじゃない、人との繋がりもさ。友人、家族……自分を賭けに乗せるときには、もう全て捨て
ているはずだ」
自分を捨てることができるのは、未練が無いからだ。
己を取り巻く一切のしがらみが既に捨てられていなければ、自身を捨てることはできないのだから。
博奕打ちとは、そういう生き物なのだ。金、モノ、人――常に何かを捨てながら勝負に臨んでいる。
衣は本当に、そういう生き方を選ぶのか、選べるのか。
赤木の見立ては、否である。
赤木「後ろ、見てみな……」
赤木に言われて、衣は唐突に、思い出したように、後ろを振り返った。
一が、純が、智紀が、ハギヨシが、そして透華が、衣と視線を交わした。
毎日一緒にいた、大切な……。
――遠い……。
しかし今、なぜか、見える距離以上に、とても遠くにいるように感じられた。
日々を憶う。
衣は、哀しいと思った。
赤木「捨てられるかい……?」
赤木の問い。
衣は迷わず首を横に振ろうとして、しかし右に向けた面は、左へ反らずそのまま下へと俯いてしまった。
ずっと、衣の中で引っ掛かっていたことだ。
衣「でも、一や、純や、智紀は、透華が衣のために集めた……」
全員、透華が集めた。
彼らは、衣が作った友人ではなく、透華に作ってもらった友人。
『本物』の友人ではないのだと。
ずっと、そのことに引っ掛かりを感じつつも、努めて衣は考えないようにしていた。
怖かったからだ。それを認めてしまったら、衣はまた独りぼっちになってしまうと、その事実が恐ろしかったのだ。
だから、敢えて無視していた。
捨てる捨てない以前に、衣の今いるこの場所は、陽炎のようにあやふやで不確かな足場しかないと思っていたから。
――しかし、衣の懸念は果たして本当にその通りなのか。
赤木「俺の目からは、上手くやっているように見えるけどな、お前たちは……」
衣「……ッ!!」
純「そうだぜ」
声を掛けられて、衣はその方向に目を向けた。純が笑っている。
その表情に混じっているのは、呆れだろうか。
純「少なくてもオレは、『オレたち』は、お前のことを『友達』だと思ってるけどな」
一「『家族』ともね」
智紀「出会いのきっかけは、関係ない……」
純に続いて、一と智紀が言う。
三人とも、笑顔だが真摯な目で衣を見ていた。
衣は勘違いをしている。
友とは、肩書ではなく、状態なのだ。
人が二人いるだけでは友とは為り得ない。それはただの他人である。
過程を経て醸成された関係性をこそ『友』と呼ぶのであるから、そこに出会いの如何は殆ど比重を持たないのだ。
――少なくとも、衣たちの間に形成されたそれは、認めるに相応しいものではないのか。
純「衣は違うのか?」
純の問いに、衣は勢いよく――今度こそはっきりと、首を横に振った。
当然だ。否定できるはずがない。
しかし、衣は未だに地面から目を離すことができなかった。
――あと一人……。
衣「――とーかも……」
純、一、智紀。
三人の気持ちは、確認した。これは嬉しい。すごく、嬉しいことだ。
しかし、そして、ならば、三人を衣に引き会わせてくれた当の本人は、一体どう思っているのか。
衣「――透華も、そう思っているのか……?」
透華「当然ですわ」
即答。他に何を言えというのか。
聞いて、ようやく衣は面を上げた。
目尻には一雫。だが、衣の顔は晴れやかだった。今日、最高の笑顔。
衣「衣も……」
ほんの些細な引っ掛かり。
小石を恐れて立ち往生していたのだ。
――今、軽やかに飛び越える……ッ!!
衣「みんな、みんな大切な友達で家族だっ!!」
衣は朗らかに葛藤の踏破を宣言した。
赤木「……」
こんなところだろうと、赤木は思った。
五人の様子を見ている限り、こうして丸く収まる以外にはありえなかったのだ。
衣が一人、空回りしていただけ。
知っていたはず、解かっていたはずなのだ。
たった一言、確認するきっかけさえあれば、いつでもこうなる下地はあったということ。
噛み合っていなかっただけで、歯車の規格は丁度だったのである。
今日が、偶々そうなったというだけのことだ。
赤木「……まあ、俺みたいにならずとも麻雀の強いやつとは戦えるさ」
これが最後と赤木は話す。
――悪鬼は骨に集まる……。
――お前が麻雀を続けるならば、いずれ同類に巡り会うこともあるだろうよ……。
其処が人外化生、悪鬼羅刹の蔓延る場なら、孰れ互いに相見えることは必定の運命なのだ。
そう言い残して、赤木は去った。
赤木は一度も振り返らなかった。
――。
――――。
赤木の姿は、もう見えない。
月明かりの下、夢幻のように夜闇に融けてしまった。
まるで今夜が胡蝶の夢のようだ。それほどに、自然で超然な離別だった。
衣「――透華」
透華「なんですか、衣?」
表情は、窺えない。
衣は赤木の去った方向を向いたままで、透華たちからはその小さな背中しか見ることはできなかったが、不思議と誰の胸中
にも不安はなかった。
虫の音を運ぶには丁度良いくらいの風に乗って、涼やかに流れる衣の金色は、既に空に浮かぶ月のそれとは違うのだという
ことを、その場の全員がわかっていたのだ。
――今年は、個人戦にも出てみようかな……。
誰に言うともなしに、衣は呟いた。
透華「そう……ですか」
衣「衣自ら、自身の目で、確かめてみたいのだ。アカギの言っていたことが真実なのか」
今度は、はっきりと声に出して衣は意思を示した。
衣自身が行動して、確認したいのだと。
――表の同年代にも、衣のような異質異能が存在するのか……。
――そして、異質であることは必ずしも孤独と不可分たりえないのか……。
そう、少々遠慮がちに衣は口にした。
凡そ人付き合いにおいて、衣は不器用であった。臆病である、というべきか。
赤木はああ言ったが、やはり自分の目で確かめたかったのだ。
衣「――なんとなく、そこから衣は始められる気がするのだ……ダメか?」
振り返って、やや俯きがちから恐る恐ると上目を向いた衣の視界に入ってきた透華たちの表情は、穏やかに微笑んでいた。
――良いことではありませんか……。
これだけでも、今日の対局は価値があった。
透華は確信する。
――鬱屈していた衣の日々は、今日から徐々に晴れやかなものへと変わっていくのだ。
衣(しかし……)
もう一度だけ、衣は去り人の方に目を向けた。
――それは何もモノや金だけじゃない、人との繋がりもさ。
――友人、家族……自分を賭けに乗せるときには、もう全て捨てているはずだ。
衣(ならば、アカギは……)
透華「どうかしたんですの、衣?」
衣「……ううん、なんでもない」
――そして、来たるインターハイ……。
衣は、初めて自分で友人を作ることとなる。
――数週間後。
赤木は未だ長野にいた。
特に用があるわけではなかったが、特に行く当ても無かったのだ。
賭場は探せばどこにでもある。金には困らなかった。
今は気侭の風来坊。次の行く先を思いつくまで、赤木は只々県内をふらついていた。
――この前は、なかなか愉しめた……。
賭場を渡り歩いていると、やはり実感する。
これから伸びていく若者の相手は、悪くない。
勢いがあり、熱がある。
たとえリスクを負わずとも、赤木の求めるものとの共通点は、そこに確かに存在するのだ。
近年本格的な勝負から遠ざかっているから、尚の事こういう経験は、赤木にとっても悪い刺激ではなかった。
勝負をしていないと、どうにも腐っていく気がする。
ずっと勝ちか負けかで生きてきたのだ。それは往々にして、生か死かと同義だった。
最近は、その身近だったものが減少している。
赤木がただの凡夫ならばよかったが、赤木は強すぎたのだ。現実問題、赤木と本当の意味で勝負をすることができる人間
は、今ではほとんどいないというのが現状である。
――否、運気が落ち目の今でさえ、というべきか……。
そういう意味で、将来が期待できる、勝負の途中で変化成長のできる若者の相手は面白い。
赤木に勝てる、勝てるようになる、とまではいかなくとも、常に不確定要素を勝負に含ませてくれる。
先日の龍門渕一行は、その点優秀だった。全員が、もっと強くなる。
しかし、そうは言っても、現状では一回卓を囲めば十分だった。
今一度麻雀をしたところで、結果はほとんど変わらない。それでは、つまらない。
多少心構えは変わっただろうが、それが血肉へ変わり成長となり、実力として定着するのはまだ先だ。
熱く、強く。
願わくば、その成長が大きなものであることを。
その時こそ、対峙することで赤木の望むものが手に入るだろう。
鉄さえ溶かすような、文字通り鎬を削るような麻雀を。
赤木(まあ、いずれそうなるとしても、何年先になるやら……)
確かに麻雀は才、運、技術、経験の内、才や運の持つ割合が大きいから、若くとも強い者は強い。しかし、そこから階を一
つ上るにはすべきことは多い。
或いは、上っていてほしい、という赤木の願望か。
才ある者総てが、並べてその道へと進むわけではないのだ。過度な期待を、赤木は自戒した。
彼らはまだ持てる才を伸ばし切っていない。
そしてなにより、赤木と比べると特に経験量に絶対の差が存在する。
赤木に以前と違うとはっきり感じさせるまでに実力を伸ばすのは、年単位の研鑚を要するだろう。それとも、もっととんと
ん拍子に伸びているだろうか。人の成長は予測が難しい。しかし、それならそれで、都合が良い。
この地に用はもうない。
しかし、ならばそろそろここを離れるかと、なかなかそうもならなかった。
――何か……。
何かもう一つありそうな気が、赤木はしていたのだ。
その正体も分からず、赤木はふらふらと散策している。
赤木(そういや、ここらはいつぞやの雀荘の近くだったか……)
「……って、…………だから。………………くなりたいぜ……ってのわっ!?」
考え事をしていたせいか、陰から出てきた人影に対する反応が遅れた。
倒れる人影。赤木とぶつかったのは、どうやら男子学生のようだ。
「あだだだ……すいません、大丈夫です、か……」
謝りながら立ち上がろうとした男子学生は、しかし赤木を見るなりみるみる顔色を変えた。
顔色と明るい金髪との対比が、能く映える。
「あわわわわわ……っ!?」
余りの狼狽ぶりに一体どうしたかと首を傾げた赤木だが、自分の姿を見て一頻り思考すると、ようやくと納得した。
赤木にとってはただの普段着だがなるほど、傍から見れば自分はどう見ても筋者である。
あながち――寧ろ全く、その見立ては間違ってはいないのであるが、やはり一見大げさな男子学生の慌てぶりがおかしく
て、赤木は思わず笑ってしまった。
赤木「ククク、気をつけな、兄ちゃん。ぶつかる人間すべてが、堅気の優しい連中てワケじゃねえんだぜ?」
そこで、赤木はもう一人いることに気づいた。
どうやら男子学生が飛び出してきた道は階段になっていたようで、見上げるとそこには女子学生がいた。気が気でないの
か、こちらも見たまま狼狽えているのがよく分かる。
当然、赤木はその女子学生とは初対面だったが、しかしその制服には見覚えがあった。
最後に見た時から、三月も経っていない。
そして、この気配。
やはりもう一つ、この地に楽しみがあるのかもしれないと、赤木は思った。
友達がふえるよ! やったねころたん!
でお送りしました。なお、一人作るまでに死屍累々と屍山血河が築かれる模様。
本日の透華の手は、単竜、双竜争珠、Two Dragon Pungs、三色双竜会、Dragon Pungでした。
透華「この裸単騎には魔法が掛けてありますわよ!」衣「片腹大激痛!」はこれにて終了です。
このSSに目を通して下さった方、感想を書いて下さった方、ありがとうございました。
また、前回よりも間が開くことが多々あり、随分と長丁場になってしまいました。申し訳ありません。長い間お付き合いいただいたことにも感謝の念に堪えません。
前回同様、このスレッドは数日後にHTML化依頼をして、次書く場合にまた新しいスレッドを立てようかと思います。
それでは失礼いたします。
完結乙です。またの機会をお待ちしております。
乙
衣オネェチャンだと…
完結乙でした。
衣がいい感じに先に進めたみたいで何よりです。個人戦にも出るみたいですし県大会は荒れそうだ。
次作も楽しみにしています。
乙でした
最後にまさか京ちゃん編が始まるのかと思ってしまったw
乙でした。
……むこうぶち(裏世界)は冥府魔道、逝ったら二度と戻って来れないから!
乙
面白かったよー
きっとこの後アカギが全国廻って日本の麻雀レベルがやばくなるんだろうなww
アラサー相手なら出るか? 全盛期 ブラックホール・赤木!!
覇王色の激突みたくなって、女子高生がバタバタ倒れそうだが……
乙
すこ×あか…?
このSSまとめへのコメント
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