その手は、誰の手を握るのか (86)


「最近、同じ夢ばかり見る。怖い夢でないだけマシか」


未だ夜は明けておらず、室内は暗い。次第に目が慣れ、天井の照明の輪郭がはっきりしてくる。


時折、車が通る音がするが、それ以外に音は無い。

明日。いや、今日は学校だ。遅刻するわけにはいかない。

俺には、世話好きで口煩い幼なじみがいる。彼女に起こされては、また両親に何やかんやと言われてしまう。



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女性の幼なじみ。


友人は、それを羨ましいと言うが、物心付いた頃から現在。

高校生になるまで共に過ごした俺にとっては当たり前の存在で、兄妹に近い。

向こうは姉のような振る舞いだが。


とは言え、大事な存在であるのは彼自身否定しない。その関係が、友人には羨ましく見えるのだろう。


どうやら容姿も好みらしく、ショートカットでボーイッシュで、爽やかで溌剌としてて、とか何とか。



「1時27分」


携帯電話の明かりに目を細めながら時間を確認すると、夜明けまではまだまだ時間があるようだった。

携帯電話を枕元に置き、暫く目を瞑るが、眠れない。


先程の夢が、そうさせない。


始まりから終わりまで、一切変わらない夢。ここ二・三日、その夢ばかりを見ていた。

眼前に凄まじい数の群集。彼等は皆、ぼろ切れを羽織っている貧困層の人々。

傷付き、涙を流し、嘆いている。


救いを求め、膝を突き、懇願する。彼は、その者達の手を握る。

一人ずつ。百か二百、それ以上の数かもしれない。

彼。いや夢の中の彼に手を握られた者は、傷や病が忽ちに癒え。

死んだ幼子は息を吹き返し、腕や脚など身体の一部を失った者は、それを取り戻した。


皆は泣き喜び、平伏し、感謝する。遠目から、その奇跡を目の当たりにした者達も、彼を崇めた。

夢の中の彼も、現実の彼も、あまり気分が良くないようだった。


「何か、気持ち悪い。喜んでくれるのは嬉しいけど、あんな風に拝まれたりするのは、ちょっとな
 人間が人間を崇拝するなんて、余程切羽詰まった状況だったのかも」


たかが夢如きに真剣に考える自分を馬鹿らしく思ったのか、布団を深く被り、何度か寝返りを打つ。

明日の授業、担当の教師について考えている内、彼は眠りについた。


「ほら、早く起きなって」


蹴られた痛みで目を覚まし、恨めしそうに見上げると、馴染みの顔。人を蹴り起こしたというのに、悪びれた様子も無い。


「来やがったな、この野郎」

「この野郎?」

「いや待て、悪かった。謝る。だから振り上げた鞄を下ろせ」

「馬鹿、本当にするわけないでしょ。冗談だってば」


顔は本気だったぞ。

謝らなければ鞄で叩いたに違いない。全く、とんでもない女だ。などと考えながら身を起こす。


時計を見ると、まだ時間には余裕があり、無理に起こす必要も無い。しかし、彼女はいつもこうして俺を起こす。

俺を叩き起こす事で、優越感にでも浸りたいのだろうか。

文句は言わない、事にしている。後が面倒だから。

蹴られるのは確かに不満に感じるが、甘ったるい声で起こされるよりは、ずっと良い。


友人の思い描く俺達の関係は、それはそれは甘ったるい物なんだろうな。


「朔美、今日もありがとう」

「変態。蹴られるの嬉しいんだ」

「阿呆、起こしてくれて有り難うって言ってんだ」

「そっか、もう少しで嫌いになる所だった」


はじける笑顔とは、こういう笑顔なんだろうか。昔から見てるが、こんなに笑顔の似合う奴はそういないだろう。

友人の言うように、容姿だって良い部類だ。俺は、恵まれているんだろうな。

因みに、俺も顔は良い方だと思ってる。そう思いたい。

だってこの前、知らない先輩に告白された。彼女は俺の性格を知らない。

ならば、外見で好きになったに違いない、はずだ。


「何ぼーっとしてんの。ほら、さっさと着替えなよ。私は下で待ってるからさ」

「ああ」


軽く頭を小突かれ、漸くベッドから降りる。朔美が出た後、さて着替えるかと寝巻きを脱ごうとした時「明哉、父さんと母さんが待ってるから早くしなよ」とドア越しに言われ「分かった。分かってるよ」と返す。


いつもの朝。思わず笑顔になりながら、着替えを済ませる。

その後も、いつも通り。四人で食卓に着き、朝食を食べる。

朔美の母は料理が苦手で、父が作っている。こんな早くに家に来る日は、朝食目当てに違いない。

大方、父にばかり作らせるのは悪い。そう言い出した母が朝食を作ったのだろう。


これも、いつもの事だ。

書くの遅いから少しずつ進みます。今日はこのへんで。

いい雰囲気、期待してる


「やっぱり、凄く美味しい。明哉はいいよね。こんな美味しいご飯毎日食べれるんだからさ」


本当に幸せそうに食べる朔美。

実の娘のようにそれを眺め微笑む、俺の、両親。こんなに仲の良いご近所関係は珍しいと思う。

近頃物騒だし、この辺で事件が起きても不思議じゃない。

人間関係はぎくしゃくしているし、自分から他人に踏み込む人も少ない。

互いの家が信頼しているからだろうが、中々出来る事じゃない。

仲良くしている事、それ自体が不思議でならないという人も、近所には沢山居るだろう。

「明哉、どうしたの。早く食べなさい。食べないなら、朔美ちゃんにあげちゃうわよ」

「食べるって、全く」


横で朔美がにやりと笑っている。良い笑顔だが、それが少し憎らしい。

何故なら、気のせいでは無く、俺より可愛がられているからだ。

一見クールに見える朔美だが、それを補う武器がある。

それこそが、この笑顔。心から笑っているのが良く分かる。実際、可愛いとは思う。


「あ、お前」

「いらないんでしょ」


ふふんと鼻を鳴らし、おかずを奪う。反論する間もなく口に入れ、喉を通った。

最後に食べようとしていた玉子焼き。多分、最初から狙っていたんだろうな。なんて奴だ。

溜め息混じりに食器を片付け、リビングのソファに腰掛ける。勿論「御馳走様」を言った後で。


「怒った」

「あのなあ、気にする位なら最初から取るな。行儀も悪いし、余所の家でやったら嫌われるぞ」


申し訳無さそうに隣に座る朔美に、諭すように話し掛ける。その様は、叱られる子供。

朔美越しに見える俺の両親は、兄妹のそれを見守る瞳である。

いくら可愛いからって、調子に乗ったら少しは怒れ、全く。


「明哉の家でしかやらない」

「違うだろ。分かったなら、ちゃんと返事しろ」


少々きつめに言う。表情も同じく、怒っている、ように見せる。

女顔だ何だと言われる俺が怒った所で、さして怖くない。が、朔美は別だ。

俺が本当に怒っている時は無表情らしいので、朔美には、そうする。


「分かったよ。今度は、断ってから、取る」

「結局、取るんだよな。お前は」


明哉は呆れた顔をしているが、こんなやり取りは嫌いでは無い。

一人っ子の明哉にとって、こうした間柄である人物は朔美だけ。


いかに近しい友人でも、こんな風にはならないだろう。

明哉は、朔美と逆なのだ。

人当たりが良さそうで、穏やかで柔らかな印象を与える。

自然と人が寄ってくるような、そんな人物だ。

だが、明哉はそれを望んでいない。内気なわけでも、人付き合いが嫌いなわけでも無い。

かなり簡単に言えば繊細なのだが、理由がある。些細な事だが、明哉がそうなるには十分だった。

容姿を気に入られるのは、昔から。それが得だと、羨ましいと言う者も居る。

明哉は、何度も言われた。


話し掛けて来た同級生、先輩、様々な人間に「イメージと違う」と。


きっと、悪気があって口にした言葉では無いのだろうが。明哉は、その度に傷付いた。

容姿に違わぬ性格。

人当たり良く、いつも笑顔で、優しい。会ったばかり、話したばかりの人間は、それを求めている。

人格を、否定されているような気さえしただろう。

そんな時。そんな想いや、そんな考えを破壊してくれる唯一が、朔美なのだ。


「そろそろ行くか。星座占い最下位だったな。おめでとう、朔美」

「玉子焼き、根に持ってんでしょ。子供だねえ」


そんな子供らしい会話をし、明哉の両親と共に家を出る。これも、いつもの事。

稀にだが、明哉が朔美の家から登校する時もある。しかし、これだけ両家の仲が良くても、互いに宿泊は決してしない。

親しき仲にも、というやつだ。

明哉も朔美も、いらぬ憶測が飛び交い、結果、互いの両親が悪く言われる。そんな風になるのだけは、避けたいのだ。

今日はこのへんです。

>>>>

明哉の両親と別れ、二人は学校へ向かう。今日の授業や担任、友人の事。そんな普通の会話をしながら、いつもの道を歩く。

高校生になって一ヶ月未満。二人はまだ新入生で、別々のクラスである。

気難しい教師のあしらい方、嫌な先輩の名前。他にも、様々な情報交換をしている。

例えば、クラス内部の派閥。これは男子も女子も同様に存在する。

同校に兄や姉がいる者は他の者より有利な立場でいられるし、同級生にも影響力が高い。


中学でよからぬ事をして名を上げた者も、同様だ。程度にもよるが。

穏やかな学校生活を送り、普通に過ごしたい者には、中々に面倒な存在だ。

後少し経てば、クラス内の格付けが済み、立場は固定されるだろう。それは、余程の出来事が無い限り、卒業まで変わる事は無い。

明哉には、女性である朔美が心配だった。女性には、女性特有の世界である。

学校という一つの世界、その中で生きるのにも色々な気苦労があるというのに、女性の場合は更に厳しい。

極めて簡単な例として、昨日まで普通に会話していた者が、次の日には他人の様な振る舞いをする。

そんな気持ちの悪い光景を、明哉は何度も見ている。


男子も同様に、そんな事が起きる。しかし、女性は露骨で徹底している。明哉からすれば、殴られた方がまだましに見えた。

何より、酷く残酷な仕打ちにも見えた。理由は分からないし、分かりたくも無いだろうが。

中学の時でさえ、女子間の目まぐるしい立場の入れ替わりを見た。権力者というか、首謀者というか。

誰もが上位だと認識していた者でさえ、いつしか会話にも入れず、下位と認識していた者と連むようになる。

そんな事ばかりが、頭を過ぎる。


すると「大丈夫大丈夫。そんなに悪い子いないし、中学の時よりは全然良いよ。明哉だって、そう思うでしょ。女々しい男子は、大分少なそうだし」と、朔美は明哉の心を読み取ったかのように答えた。

「確かにな、中学の時よりは全然良い。中学の頃の話しをしたら、周りの奴に気の毒そうな目で見られたよ。随分と評判悪いみたいだな、俺達の母校は」心配しているのを見抜かれ、若干驚きながら、明哉は環境の変化を実感する。

この通学一つ取ってもそうだ。こんなに心穏やかに学校へ向かう事は、中学の頃には考えられなかった。

それに比べ、今は違う。早く学校に行きたい。などとは思わないが、気を張る必要が無い。

気兼ねなく話せる友人が一人出来ただけでも、明哉には大きな出来事だった。

今日はこのへんで。

おつ


「でもさ、二人で色々調べて本当に正解だった。やっぱりうちの高校、かなり平和な方みたいだしさ」と、安堵と溜め息が入り混じった表情。過去に思いを馳せている様でもある。

実際、明哉も朔美も、中学時代にあまり良い思い出が無い。

つい最近ま在籍していたのだから、鮮明に思い出せる事だろう。時折、苦々しい表情を見せる朔美。


色々あったからなと、口には出さず、朔美の表情を見た明哉も同じ表情。

二人は、卒業の随分前から、様々な学校を調査、吟味した。その結果選んだのが、現在通っている学校。


少々の努力は必要だったが、平穏な学校生活を送る為なら、全く苦にならなかった。

それ程に、中学時代は暗いものだった。いじめ等もあったが、教師は関与せず、見て見ぬ振りを貫き通した。

頼れる存在は居らず、気が休まる時は下校時。または、互いの家に居る時だけ。


二人共に、幸運にもいじめられた事は無いが、傍観者でも無かった。

朔美の場合は、真っ直ぐにものを言う質なので衝突もしたが、結果、朔美が勝つ。


勝つ。と言うのは少し違うが、朔美の意見が通る。巧みに周りを巻き込み、傍観者を傍観者で無くす。

そして、一気に押し通す。相手には、朔美の言葉がクラスの総意に聞こえた事だろう。

その瞬間だけ優位に立てればいいのだ。そう錯覚させれば、相手はそれを受け入れる。

朔美自身、そこまで深く考えて発言しているわけでは無いだろう。


明哉の場合は、演じる。容姿を最大限に利用し、男女問わず、魅了する。

優しげな声、冷徹な無表情、作り笑顔。皆が求める表情を魅せ、周囲を取り込む。

批判していた者でさえ、いつの間にか魅入ってしまう程に、演じる。

余程の事が無い場合、ここまではしないが、やると決めたら、最後までやり通す。

最後。とは、事を起こした人間を落とす事。いじめていた側を、られる側にまで叩き落とす事。

破滅させると言っても良いだろう。


学校とは、世界。

その中で、孤独になる事、その辛さは想像を絶する痛みだろう。

何をしても許されると、支配者だと、絶対だと。そんな許されぬ勘違いをしている人間を、奈落の底に突き落とす。

最後を突き付ける時、明哉は同時に覚悟している。自身に同様の事態等が起きた時は、受け入れようと。

だが、そんな事は起こり得るはずが無い。明哉は支配者にならない。上に立とうなどとは、考えない。

起こり得る事。例えば復讐、例えば、自殺。そうさせたのはお前だと、そう言われれば受け入れるだろう。

ただしこれは、支配者たる人物の言動等の度が過ぎる場合に限る。


「怖い顔しちゃって、どうしたの」怖い顔とは、無表情。整った顔立ち故に、美しく、怖ろしい。

温かさがなく、冷酷で鋭い。

そんな表情の明哉に怖れる事無く、両手を伸ばし髪をくしゃくしゃとする朔美。その表情は、やはり笑顔だった。

「止めろって。て言うかお前、背伸びたか」柔らかく、さらさらとした髪の毛は、軽く頭を振るうだけで元に戻る。

朔美の手を優しく払うと、明哉は朔美と身長を比べる。以前までは唇辺りまでだったのだが、鼻の辺りに差し掛かっている。

「いつまでも見下ろせると思うなよ。いつかは、私が明哉を見下す」少しばかり見上げると、学生服の襟をつつき、野望めいた笑いをする朔美。

それに対し、どこか安心したような笑みで「何で見下すんだよ」と明哉。

ひとしきり言葉の応酬を終えると、二人は歩き出した。

今日はこのへんで。


「怖い顔しちゃって、どうしたの」朔美の言う、怖い顔とは無表情。整った顔立ち故に、より美しく、より怖ろしく見える。

そこには温かさがなく、普段とは真逆。ある種の冷酷さが滲み出ている。

そんな表情に朔美は怖れる事無く、両手を伸ばし髪をくしゃくしゃっとする。その表情は、やはり笑顔だった。

「止めろって。て言うかお前、背伸びたか」柔らかく、さらさらとした髪 の毛は、軽く頭を振るうだけで元に戻る。

朔美の手をそっと払い、身長を比べる。すると、以前までは唇辺りまでだったはずが、今や鼻の辺りに差し掛かっていた。

「いつまでも見下ろせると思うな。いつかは、私が明哉を見下すからね」鼻で笑い、学生服の襟をつつき、野望めいた笑いをする朔美。

それに対し、どこか安心したように微笑みながら「そこは見下ろせよ、何で見下すんだよ」と明哉。

その場に立ち止まり、ひとしきり言葉の応酬を終えると、二人は歩き出した。

こういうの好き、見てるよ。


「無駄に遠い」嫌気が差したような顔で、大袈裟に溜息を吐く。足は止めないが、会話は着実に減っていた。

そんな朔美を見た明哉は、心底呆れた顔で「だから自転車かバスで通おうって言ったんだよ。それを朔美が、歩いた方が健康に良いとか、自転車だと家を出るのが遅くなるとか言って断ったんだろ」


明哉は、その時の事を鮮明に覚えている。

朔美は、明哉の両親を味方に付け、自分の意見を押し通したのだ。

それはどうやら、テレビの影響のようで、自転車事故のニュースや、消費カロリーだとか、様々な情報を引っ張り出し、自軍に引き入れた。


消費カロリーの話しは、如何にも女性らしい。朔美には、やや似合わない言動だったが、やはり体型には気を配っているのだろうか。

見た限り、心配する必要があるとは思えない。中学時代は陸上と空手をやっていたから、体は非常に引き締まっている。

胸がふくよかでないの事を、少々気にしているらしいが、女性が羨む肉体の一つである事に変わりはない。

その体型故に、華奢に見られがちな朔美だが、無駄なく絞られているからそう見える。

女性に対しても、平気で暴力を振るう者も中学には存在した。彼等は、朔美を見た目で判断し、本当に、痛い目を見る事になった。

思えば、随分と治安の悪い場所だったのだな。と、明哉は深い溜め息を吐いた。


「だってさ、バスに乗ったら中学の奴と会ったら嫌だし。自転車は本当に事故多いし。カロリーは、別に気にしてないけど」

「中学の頃から今も、夜は一緒に走らせる癖に、よく言うよ。それに、空手は続けてるんだ。走る必要はないだろ」


空手は、明哉も同じ道場で習っている。

皆瀬道場。この道場は、皆瀬夫婦で指導を行っている為、保護者にも人気がある。

基本的に、男女別れての稽古。教わる内容もやや違う。

女性の方が護身寄りで、徐々に本格的な稽古に移るという方針だ。


朔美は部活動である陸上よりも、空手の方に熱心で、積極的に男子とも乱取りしていた。

相手はもっぱら明哉か、男子担当である皆瀬亮治だった。

その努力を認められ、女子担当である妻、皆瀬志織が妊娠した時、臨時で女子稽古を任された事もある。


「走るのは習慣になってるし、明哉だって結構乗り気でしょ。一緒に走らなかった事無いし」明哉の頬を人差し指で軽くつつき、唇の片端を上げてにやりと笑う。

「乗り気じゃない。お前に付いてかないと親が煩いから仕方無くだ。朝早く走ればいいのに、朝苦手だとか言うからだぞ。全く」

うざったそうに若干距離を取りながら、どうせ今日も走らされるんだろうなと、明哉は思った。

今日はこのへんで。


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「で、高柳明哉君。お前は今日も、幼なじみと一緒に登校して来たのか。朝起こしてもらって、一緒に朝飯食べて、一緒に登校して来たわけか」


心底恨めしそうで、尚且つ羨ましそうな顔で、明哉の友人・門崎曜(カンザキ・ヨウ)が言う。

席順は前後で、机を隔てての会話。曜は横向に明哉の机に肘を突く。


「聞いてきたのはお前の方だろうが。毎日毎日、同じ質問される身にもなれ。何度も言ってるけどな、居たら居たで色々あるんだよ」


蹴られ叩かれ、両親を味方に付けて何やかんやと言われ、毎夜毎夜走らされる。

今朝起きた事、そしてこれから起きるであろう事を予想し、うなだれる明哉。


そんな明哉を見て「色々、ね。でも、嫌じゃあ無いんだろ。でなけりゃあ、同じ高校に入るわけがない。あんまり話した事は無いけど、氷川は良い奴だ。大事にしろよ」


と、やけに真剣な表情で、曜が言った。鋭い眼差しが明哉を捉える。

周囲の人間からは、曜が明哉を睨み付け、威圧しているように見えるだろう。

曜は、決して強面なわけでは無い。寧ろ顔立ちは良く、同性から見ても良い男だろう。

野性的な顔立ちな為に、誤解を招きやすいのだ。

身長も高く、やや細身ながら肩幅が広く、筋肉質な体型な為、尚更だ。


女性にすら見える明哉とは違い、如何にも男性的。肉体的に見ても、男らしい男である。

だからこそ、悪のイメージを持たれやすい。長髪である事も、生まれつき茶髪である事も、そう思われる原因の一つだろう。

本人も自覚しているが、外見で損をするタイプだ。


「何だよ、急に真面目な顔して。何かあったかのか」あまり見ない真面目な表情にやや驚き、同時に胸がざわつく。


氷川。つまり、朔美の名が出た事が大きい。

短い付き合いだが、曜がこんな表情をする時は、明哉をからかう時か、本当に何かがある時。


「大した事じゃない、どこにでもある話だ。氷川を気に入っている奴等がいるのは知ってるだろう。その内の何人かが、告白すると言っていた」

「何だよそんな事か、驚かせるなよ。全く」もっと物騒な事を想像していた明哉は、胸を撫で下ろした。

それに、誰が告白しても朔美は断るだろう。

そう思い、安堵した明哉だったが、曜の話しはまだ終わっていなかった。


「ふざけながら、な。誰が受けてもらえるか賭けよう、だとよ。これでも、お前にはそんな事と言えるか。どこにでもある話しだが、気分が悪い」


確かに、どこにでもある話しだ。

新入生に先輩が告白。新入生は戸惑いながら真面目に考え、返事をする。

結果、付き合えば遊ばれ。断れば、冗談だと笑われる。奴等は、どちらでも良いのだ。

顔が歪むのが分かる。普段なら動揺する事など殆ど無い明哉だが、朔美の話しとなれば、別だ。

想像するだけで、腹が立つ。悪意は無いだろう。単なるおふざけだ。そんな風に思いながら、腹の底が燃え上がるようだった。

その様子を察しながらも、曜は、更に続ける。


「お節介と言われても構わないが、氷川は大事な奴なんだろ。なら、大事にしろ」


表情を一切崩さず、明哉を見据えたままで、曜は最後まで言い切った。

終始黙っていた明哉だったが「確かに、朔美は大事だ。今の話しを聞いて腹が立った事も認める。でも、止める手が無い。そいつ等は、遊びのつもりなんだ。じきに飽きるさ」

だが飽きられるまでの間、朔美は告白され続けて、毎回毎回嫌な思いをする。

断られた輩の中から、それを事を根に持ち、嫌がらせをするという身勝手極まりない行動をする輩が出て来ないとは、言い切れない。


「じゃあその間は、氷川に我慢してもらうわけか」と、心を見透かしたように、曜が口を開いた。表情は、冷たい。

「ならどうしろって言うんだ」声は冷静だが、眉間には皺が寄り、その目は鋭い。


怒りを滲ませるなど明哉らしくも無いと思いながら、曜はやや呆れ気味に、至極簡単な答えを出す。




「氷川は俺の女だと、そう言ってやればいい。いや、それを示せばいい」


今日はこのへんで。


「何を言ってる。ふざけてるのか、曜。俺と朔美は、そんな関係じゃない。お前の言う、周りに示すって事」
「それは付き合えって事だろう。こんな理由で、朔美に告白しろって言うのか」


明哉は冷静に言葉を返す。確かに冷静に見えるが、少し違う。矢継ぎ早な今の発言、普段の明哉ならば決して言わない。

自身の心の内を晒している。間違い無く、動揺している証拠だ。

此処での告白とは、想いを打ち明け、伝える事だろう。

伝える相手。

その相手は、朔美以外に有り得ない。そして、明哉が朔美に抱く想いとは、恋慕。


「今更、しまった。って顔したって遅いぞ明哉。お前は自分の気持ちを伝えるだけでいい。そうすれば、全て解決だ。違うか」

ふざける様子も無く、曜は、淡々と話しを続けた。

一方、今ので冷静さを取り戻した明哉は、してやられたという顔で、曜を睨み付けた。

まさか、こんな形で吐露するとは思っていなかったのだろう。

繕う事、演じる事に自信があっただけに、悔しいのだろうか。


だがしかし、友人の前ではそれも意味は無い。


何しろ、曜が初めて明哉に発した言葉は「お前、その作り笑顔で得したか」だったのだから。


「曜、お前のその言い方だと、俺が告白すれば、朔美は必ず受け入れるって聞こえるな」


曜は、明哉のその言葉に若干苛つきながら「好きな女に、好きだと伝える。それのどこが可笑しい。好きな女を独占したいと思う事のどこが可笑しい。簡単な話し、氷川と何処の誰とも知らない奴が手を繋いで歩いていたら、気分良いか」と、低い声で、まくし立てる。


曜は、朔美と直接話した事はあまり無い。だが、二人の関係は端から見ていても気分が良いものだった。

暖かく、美しく感じられた。つい、此方も微笑んでしまう程に。

信頼とも違う何かで結ばれた特別な存在。互いが互いを大事に、大切にしている。

二人には、そのままで居て欲しいのだ。先に話した無粋な輩など、近付かせたくは無い。

曜は、友人である明哉に、そして友人の想い人である朔美にも、嫌な思いをして欲しく無い。

だから、曜は前もって言ったのだ「お節介と言われても構わない」と。


「確かに、そんなのは嫌だな。見たくも想像したくもない。お前の言う通りかもな。今のままでいたら、絶対に後悔する。これは、良い機会なのかも知れない」


曜の言葉を聞いた明哉は、女々しく、うじうじと、今の関係が壊れ疎遠になってしまったらどうしよう。

などと考えていた自分を恥じた様子で、そう答えた。


ーー好きなら好きと言え、好きな女を独占したいと思う事。それのどこが可笑しい。

野性的な顔に似合った男らしく真っ直ぐなその言葉に、明哉はやられたのだ。


「明哉、お前は氷川の事となると別人だ。大概の事はきっぱり切り捨てる、迷わず決断する。それなのに、氷川の話しになると、途端に御託を並べて煙に巻く。それが、前から気に入らなかった」


ばっさりと、言い切る。どう思われようが知った事では無い。

自分の友人である人間に、明哉に、弱い部分があるのが許せない。

曜の発した言葉の端々からは、そんな思いが感じ取れた。

このへんです。


高柳明哉(タカヤナギ・ハルヤ)

氷川朔美(ヒカワ・サクミ)

門崎曜(カンザキ・ヨウ)


「相変わらず、好き勝手にものを言ってくれるな。人に好かれようとか、嫌われるかもしれないとか、少しは思わないのか」


言葉とは裏腹に、明哉は笑顔でそう言った。曜がそういった人間では無い事を知っているから出た言葉なのだろう。

実際、曜にはそんな考えは一切無い。先輩だろうが何だろうが、物怖じする事無く、言いたい事を言う。

それが元で何かが起きても構わない。曜は自分を持っているし、自分を隠さない。

外見通りの、真っ直ぐで男らしい性格。初めて会話したその時から、明哉はそれが羨ましく感じた。

演じる事、作る事に慣れていた明哉にとって、門崎曜という人間との出逢いは、とても衝撃的なものだっただろう。


「そんな事を考えながら生きるのは窮屈だ。お前みたいに、器用でもないしな」と、意地悪そうな笑みを浮かべ、曜は答える。

好きでもない人間を好きだと言い、作り笑顔をし、周りに合わせて意見を変える。

明哉は、そんな曜を想像しようと試みたが、見事に失敗した。それ程に、曜の性格は確立している。


「大体、口だけの奴が多すぎる。ぺらぺらと口先だけで語って、結局何もしやしない。散々俺を脅かした奴等も、結局何もしてこなかった。随分、女々しい奴が増えた。殴りたければ、殴ればいい」


苛つきながら、机に置いた拳を握る。曜にとって、男性はシンプルであるべきなのだ。


だが現在、男性同士の交友関係においても、お前達は女子かと言う程に、女々しく陰険な事が起きる。

例えば本人の居ない場所で文句を言ったり、皆で組んで避けたり。それが、心底嫌なようだ。


「今なんて大体そんな人ばかりだろ。お前みたいな人間の方が珍しいんだ」

「そんな人間と連むお前も、かなり珍しい人間だと思うけどな」


外見が正反対。性格も正反対、に見えるが根は似ている。


「その笑顔で、得したか」と言われた時、明哉は何かを感じた。嫌味以外の何ものでもない発言。

その時明哉は、何故か、こいつにならと、直感的に思った。曜の外見もそう思わせる要因の一つだったのだろうか。

次の瞬間には「まあ、損はしないな。お前に笑いかけたのは失敗だったみたいだ。お前は、随分と損してそうだな」と、毒を吐いていた。

友人になるきっかけ、会話するきっかけとは、ほんの些細な事なのだろうが、かなり稀有なケースだろう。

暫く話し込み、トイレに行こうかとしたその時「全員居るな。始めるぞ」と、教師が現れ、二人共にトイレに行く時を逃してしまった。


ちなみに、先の脅かした奴等。というのは先輩で、不良と呼ばれる類の連中。

階段の踊り場に屯し、道を狭めて彼等に、周りは何も言えずにいた。

男子女子問わず、通りにくい事この上ない。

そこへ曜が現れ「先輩、そこにいられると邪魔だから、どいてくれ」と、堂々と言ってのけたのだ。

先輩。とは言ってるものの、口調と態度からは、敬いなどは一切感じられず。本当に邪魔な物を見る目であった。

その先は、想像に難くない。屯していた連中が、一斉に曜に脅し文句を浴びせかけたのだ。


怯える様子は無く、最後までそれを聞いた曜は「女みたいな奴等だな。ぶん殴る、なんて言わずにさっさと殴ればいいだろうが」

そして「何もしないなら、さっさと退け。邪魔なんだよ、お前等」と、最早先輩などとは言わず。あからさまに見下した口調で、言い放った。


完全に言い負かされた彼等は、何も出来ぬまま立ち尽くした。

だが、その内の一人が「なに格好付けてんだ、お前。キモいんだよ」と、やはり手は出さずに今度は馬鹿にし始めた。

その直後。曜は、発言者の胸倉を掴み「どう考えても、お前の方が気持ち悪い。顔は比べるまでもなく俺の方が良い。それに、口が臭いぞ、お前」と、完膚無きまでに叩きのめしたのだった。


その後、誰かが呼んだのだろう。教師が現れ、事態は収束した。

曜は、どうせ自分が悪者になるだろうと思っていた。が、意外にも軽く叱られただけで済み。逆に、屯していた連中が職員室へと連行された。

どうやら、教師を呼びに走った女生徒が事を正しく伝えたらしかった。

この件で、曜は一部の男子、多数の女子に一目を置かれる存在となる。

元から女子人気が高かった明哉とは違い、外見は良いが、外見で怖れられていた曜。

しかしこの件でそれが和らぎ、同時に、自身がどういう人間かを知らしめる事にもなった。


今では、明哉と曜が共に行動している。それだけで、何処から途もなく女生徒の声がする始末である。

学校に一人や二人は居るアイドルのような存在。明哉と曜は、期せずして、そんな存在になってしまったわけだ。

そんな時、曜は憮然としたままだが、明哉の場合、稀に笑顔を作ってしまう事がある。

その度に「疲れないか、それ」と、曜が言い「慣れってのは、中々抜けないらしい」と、明哉が返す。


明哉の中学時代を知っている曜は「お前の居た場所は、本当に最悪だったんだな」と言い、少しばかり同情したような表情を見せるのだった。

このへんです。

>>>>

「ただいま」疲れ切った表情で席に着く朔美。

何故かと言えば、昼休みになり、明哉の母が作ってくれた弁当を美味しく頂こうとした時、上級生が数人やって来たのだ。

呼び出しでは無い。目的はすぐに分かった。それは、明哉の連絡先を教えてくれというもの。

もう何度目になるだろうか、数えるのも嫌になる程聞かれた。そして、その数だけ断った。

断ると「何で」と聞かれ、朔美は冷静な口調で「先輩。友達に、何の許可も無く勝手に、知らない相手に連絡先教えれらたら、嫌ですよね」と、返す。


すると大概は答えに窮し、引き返していく。中には思い当たる節があるのか、気まずい顔をする者も。

食い下がる者も居たが「直接聞いた方が、明哉も喜びますよ」と言えば、終わりだった。

いっそ出入り口に貼り紙でもしてやろうかと考えた朔美だったが、面倒が増えるだけだろうと、止めた。

ぼうっとしたまま弁当を開かない朔美に「お帰り。何だか、最近なって更に増えたね」と、声が掛かった。

朔美の対面に座る女生徒。肩に掛かる艶のある黒髪。おっとりとした、朔美とは逆の可愛らしい造りの顔。

女性的で、柔らかく、抱き締めたくなるような体。明哉と曜のように、外見がまるで正反対な二人。


深く溜め息を吐き「まあ、あんなもんでしょ。その内飽きるって」と朔美。

「本人に聞けば済むのにね。それとも、ああやって騒いでるのが楽しいのかな。馬鹿みたい」と、ばっさり切り捨てる友人。

それを受けて「千尋ってさ、本当に見た目と違うよね。まあ、そういうとこが好きなんだけどね」と朔美。

「それは、明哉君と似てるからかね。ええ、朔美ちゃん」まるで年配の男性が若い女性にするような、いやらしい手付きで肩を触る千尋。

大人しく、従順そうで、読書好きな乙女。そんなイメージを持たれがちな千尋だが、中身は全く違う。

明哉みたい。とは言わなかったが、どうやらばれているようだ。


外見とは裏腹に、はっきりと物を言う千尋。外見通りに、はっきり物を言う朔美。

そんな千尋と朔美が仲を深めるのには、そう時間は掛からなかった。


「少しは可愛い子ぶりなよ。うちのクラスの男子の大半は、あんたに理想を壊されたようなものだしさ」

辺りの男子を憐れみの目で見ながら、いやらしい手付きで、執拗に腕や肩を触る千尋に告げる。


「別に良いけど、溜まった苛々は、全て朔美に向けられるよね」


「え、何でさ」

「だって朔美がやれって言ったんだから。当然、受け止めてくれるよね」可愛らしく首を傾げながら、千尋が言う。

「いや、やっぱりしなくていい」それもそうだと思い、撤回。本気でやりかねないのが、千尋の怖い所でもある。

朔美が噂で聞いた話しだが、中学時代は、かなり怖れられた人物らしい。


男子だろうが女子だろうが、気に入らない者は徹底的に潰す。

友達と言うより、手下や部下が大勢居て、気に入った男子を侍らせていた。

という、噂話し。

あまりに馬鹿馬鹿しく、朔美は全く信じてはいない。特に後半部分。

だが、こうして一緒に弁当を食べる等。共に行動してみて、意志が強い女性である事は確かだと、朔美は思った。


「ところで、朔美ちゃんは明哉君が好きなのかね。ええ、答えたまえよ」

どうやら気に入ったらしく、自身のイメージする年配男性を演じながら、朔美に問う。


ただし、目は真剣だ。掴み所の無いというか、人によっては随分付き合い辛い人間だろう。

だが、そんな千尋に翻弄される事も無く「勿論。でなきゃ、朝起こしたりしない。好きじゃなきゃ、そんな事しない」と、はっきり答えた。


辺りからは、複数の男子生徒の溜め息。態度は兎も角、真剣に話している二人には聞こえてはいないようだ。

中には宥めるように「諦めろ」などという声もあった。


「なら、告白すれば良いよ。そしたら、さっきみたいに先輩を追い返す苦労も無くなるわけだし」ふざけた態度からがらりと変わり、真面目な表情。

朔美の弁当から奪った唐翌揚げを頬張りながら、千尋が言う。


更に「人であれ、物であれ、欲しいなら欲しいって言わないと。早く言わないと、この唐翌揚げみたいに、誰かに取られちゃうかもよ」と、言いながら箸を伸ばす。

だがその前に朔美が摘み上げ、口に入れる。そして「そんな事、させないよ」と、不敵に笑った。

「あらあら、若いって素敵ねえ」と、自身のイメージする年配女性を演じながら茶化す千尋。

朔美はそれを見て笑ったかと思うと、直後真剣な表情になり「というか、千尋。あんた、唐翌揚げ欲しいなんて言ってないよね」どうやら、先に取られた唐翌揚げを根に持っているようだ。

千尋は、その様子に若干圧され「いや、それはごめん。私が悪かったよ」と、素直に謝罪。


朔美は爽やかに笑い「許す」と言った後「でも、欲しいなら欲しいって言いなよ。絶対あげないけどさ」と、宣言した。

このへんで。

唐揚げ唐揚げ。ちまちま、少しずつ進みます。唐揚げ。

死ね唐揚げ、殺すぞ唐揚げ。

分かりました。では、このへんで。


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「何度聞いても、本当に羨ましい関係だな。お前達のような幼なじみは、漫画でしか見た事が無い」コンビニで買ってきたおにぎりを食べながら、曜が言う。


普段は無愛想で取っ付きにくい雰囲気だが、明哉と喋る時は、割と、表情豊かである。

以前、朔美の外見を褒めた事には明哉も驚いたが、思った事は口に出す性分のようだ。

稀にふざける時もあるが、基本的に明哉にのみ。ふざける。と言うより、からかう。と言った方が近い。


「それは曜が何度も聞いてくるからだ。同じ話しを聞いて、よく飽きないな」と、呆れた風に言いながら明哉は思う。


誰よりも長く、親しくしている存在。直接では無くても、自分を支えている存在。

勿論、諍いや衝突はあるが、決して離れずに今の関係続いている。頼るとか必要だとか、掛け替えのないとか。

そんな、一種の依存心からでは無く。もっと別の、ふわりと心が安らぐような、何とも例えようのない存在。

つまりは、朔美が居て本当に良かったと。例え恋愛感情を抱いていなかったとしても、きっとそう思っていただろうと。

単に特別な存在。と言ってしまえばそれまでなのだが、明哉にとってその言葉は、朔美に対して使いたくない言葉の一つ。

そんな言葉で済ませたくない。といった気持ちなのだろうか。


「大分、マシな顔するようになったな。あんな作り込まれた笑顔は、初めて見た。今思い出しても腹が立つ」


やや微笑んだかと思うと、以前の明哉を思い出し、明らかに不機嫌になる曜。

そんな曜に対し「思い出すのは勝手だ。けどな、思い出して腹を立てるのは止めてくれ」

と、怒りを制した後「あんな風に笑うのは、俺だって嫌いだ。仕方無かったとは言わない、俺が決めた事だからな。ただ俺は、お前ようになれなかった」

その言葉を聞いた曜は、何も言わなかった。明哉の、次の言葉を待っている。


明哉の最後の言葉には、悔しさが滲んでいた。目の前の友人。曜は、例え何があろうと貫いてきたのだろう。

しかし明哉は、本心を偽り、過剰なまでに演じ、本来の自分を曲げた。

勿論全てがそうでは無い。

しかし、そうしてきたのは事実。中学時代はそれが元で朔美と言い争い、短い間だが、口を利かなかった事もある。

クラスの支配者を底辺へと突き落としたのは、丁度その頃だった。

今なら、あの時とは違ったやり方で、物事を正す事が出来たのだろうか。


演じずなどという小賢しい手段を用いなくとも、自分でも嫌悪を抱くであろう張り付けたような、そんな気持ちの悪い笑顔を作らなくとも解決出来たのだろうか。

と、明哉は思いを巡らせる。

そして「悪い、曜は関係無かったな。俺が決めた事。俺がした事だ。ただ、今はもう、あんな風に笑ったりする必要が無い。少なくとも、曜の前ではな」と、悪戯っぽく笑って見せた。

「明哉。今、わざと腹立つ笑い方しやがったな。でもまあ、腹は立つが、その方が似合ってるような気もする。お前も、随分と外見で損してるしな」

舌打ちしながらも、唇の片端を上げて笑っている。その様は、随分と外見に似合っていた。


曜も明哉も、イメージは固定されている。曜の場合は概ねイメージと合致しているが、明哉は違う。周りのそれが、演じる原因となったのは確かだろう。

「お前には言われたく無い。だから、明哉君を苛めないで、とか言われるんだ。あれは、見ていて笑いが止まらなかった」

くくく、と笑うを堪える明哉のその様は、悪役を演じる俳優さながらのものがある。


「あまりに馬鹿馬鹿しくて何も言えなかった。ああいう時の女は、良く口が回るものなんだな」と、曜は少しばかり感心しているようだ。どうやら、あまり怒ってはいないらしい。

その発言の直後、何かを思い出したように、明哉の表情が一変した。冷ややかで、且つ威圧的な表情。鋭利な眼差し。


明哉は、抱いた嫌悪感を隠さず「そんな人は、すぐにいなくなる。明日か明後日には居なくなっている筈だ。正直、鬱陶しい」と、深く目を閉じながら告げた。

今まで言われてきた言葉が蘇っているのだろうか、苦々しく、吐き捨てるように。

そして、自分を責めるように「もう嫌なんだよ。ああいうのに付き合うのも、笑っている自分も」と、呟いた。

明哉は続けて「邪魔なら邪魔だって言わないと。散々言われ慣れた言葉を今更言われても、何ともない」

その言葉とは「イメージと違うね」だったり「何か違う」だったり様々。蘇ってきたのは、こんな言葉ばかり。


その言葉で、何度嫌な気持ちにさせられたか事か。何度傷付いた事か。突然呼び出され、それに応じ会話すれば、そう言われた。

その時の明哉は何も言えず、勝手に幻滅した女子の背を眺めるだけだったが、今は違う。

曜との出逢い、同性の友人。それは勿論大きな影響を与えただろう。気を張らずに居られる友人など、居なかったのだから。

気を張り巡らしながら付き合う人物。そんな人物を友人とは言わないだろうが、そんな友人しか居なかった。

しかし曜と友人になった後。

明哉は、友人が出来たという喜び。それ以上に、そんな言葉でひねくれた自分を、それが怖くて演じていた自分を情けなく思い、恥じた。それを露わに、自嘲気味に笑っている。


だが直後「それに俺のそういう所、あいつは嫌いだからな」と、晴れ晴れとした笑顔で告げたのだった。

このへん


「でも別に、そういう風に見られるのが嫌だから、朔美に気持ちを伝えるわけじゃない。自分を変えたいから、気持ちを伝えるわけでもない」と、曜が何かを言おうとしたのを制し、明哉は続けた。

恐らく、明日明後日には鬱陶しい人間が居なくなる。と言うのは、朔美と恋人になる。という事から来ている言葉だろう。

どうやら、今日の下校中に想いを告げると決めているようだ。断られるとは、考えていないらしい。

絶対の自信があるわけではないが、関係が壊れる事は決して無いだろうと、明哉は、そう感じている。

何故なら、想いを伝えたところで自分達の関係は急激に変化したりはしない。今まで言わなかった言葉を、素直に言うだけなのだ。

ただし、いつもの日常を、幼なじみとしてではなく、恋人として過ごす事にはなるだろう。

それに、恋人が居る男にちやほやする程、彼女達は熱心では無い。彼女達の興味など、すぐに他に移る。

それは、明哉もよく知っている事だ。

これだけです。なんだか言葉が足りてなくて分かりにくいので付け足し。誤字脱字には、きをつけます。

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