ほむら「願いの果て」2 (99)
QB「時間遡行者、暁美ほむら」
QB「過去の可能性を切り替えることで望む結末を得る為に、君はこうして繰り返してきたんだね」
真っ白な部屋にいくつもの四角いディスプレイが浮かんでいる。
そこに映し出される遠い過去の映像を紫色の瞳に反射させて、キュゥべぇは言った。
QB「そしてこの状況こそが、君が求めていたものへの過程……というわけかい?」
キュゥべぇは首をかしげながら、正面に座り俯く少女に問いかける。
「……ええ、そうよ」
一拍置いて、名を呼ばれた少女は険しい表情で答えた。
QB「それは本心かい?」
「……」
沈黙。
QB「僕には分かるよ、暁美ほむら。想いを賭してなお、君の心の底には今も後悔と未練がくすぶり続けているのがね」
QB「君はまだ待っているんだろう?」
そう言ってキュゥべぇがドアへと視線を向けると、呼び鈴が鳴った。
「――!」
ハッと顔を上げ、少女は振り返る。
しかしすぐに思い直して、音の先に再び背を向けた。
QB「出ないのかい?」
QB「もしかしたら、君が本当に望むものがそこにあるかもしれない。そうだろう?」
二度目のチャイム。
「……」
固く閉じた眼を開き、無言で立ち上がると
少女はそのまま玄関へと向かって歩き出す。
思いつめたような顔でドアの前に立つ少女。
しばし逡巡した後、ノブへと手を掛けると
息を呑み込んでから、ゆっくりとドアを押し開けていく。
金属の擦れる音に混じって、侵入してきた外気が少女を撫でる。
そのまま限界いっぱいまでドアが開いた。
「……」
その先では、どしゃ降りの雨だけが少女を冷たく出迎えた。
目の前に居る筈の、とある人物の人影はそこには存在しなかった。
少女の口から軽いため息が漏れる。
QB「今、君が抱いたその感情は安堵かい?」
立ち尽くす少女の背中にキュゥべぇが声を投げかける。
QB「それとも落胆かい?」
少女は答えなかった。
押し黙ったままの暗い瞳に、降りゆく雫が映し出されている。
いつまでも絶えることなく降り続ける雨音は、次第に激しさを増して
少女の足元の、乾いた床に消える水の音を呑み込んだ。
◇
ベッドの横に備え付けられた小さなテーブル。
そこにちょこんと乗った機械仕掛けの長鳴き鳥が、朝の訪れを告げる電子音を規則正しく発している。
丸まった毛布からのそりと伸びた手がスイッチを押し込むと
その役目を終えた目覚まし時計は主に成り代わって深い眠りに就いた。
ほむら「……ん」
二度寝しそうになる暖かい布団の誘惑を振り切って
ほむらは目を擦りながら起き上がる。
昨夜は充分な睡眠時間をとったはずなのだが、体には僅かな疲労感が残っていた。
ほむら(なんだろう……変な感じ……)
気だるさを振り払うべく、背伸びをしてみる。
しかし効果はあまりなかった。
ほむら「……朝ごはんの支度しなきゃ」
誰に言うでもなくそう呟きながら、ほむらは昨日から編んだままの三つ編みをシーツの上に引きずって、
のそのそと緩慢な動作でベッドから立ち上がる。
ほむら(そういえば、また今日もあの夢だったな……)
軽く寝癖を直している間にふと、思い出した。
白い部屋の中心で、一匹と一人が意味不明な会話劇を繰り広げる夢を思い返す。
もっとも、内容の一部は起きたその瞬間には既に忘れてしまっていて、会話も断片的にしか思い出せないのだが。
この所最近、ほむらはこのような似た内容の夢ばかり見ていた。
ほむら(キュゥべぇと一緒に話してるのは誰なんだろう……?)
片方に関してはよく知っている。
魔法少女のマスコット的存在であるキュゥべぇとは契約を交わしてからもう長い付き合いだ。
ほむら(でも、もう一人は……)
キュゥべぇと話していた人物。
同じ中学の制服に身を包み込む、顔立ちの整った長い黒髪の少女。
どことなくだが、彼女は――
ほむら(私に似てる……ような気がする……)
鏡を覗き込み、自分の顔をまじまじと眺めながらうーん、と唸る。
ほむら「……なんて。あんなにカッコ良くはないか」
赤い眼鏡を掛けた、どこか幼さの残る思春期の少女。
鏡に映し出されるその年相応の柔らかな表情が、自嘲気味に微笑んだ。
◇
和子「はい、それでは今日はここまで」
終業の鐘が鳴るのを聞いて、英語担当教師の和子は生徒に教壇から告げた。
一日の最後の授業を終えて教室が開放感に包まれる。
和子「あ、そうそう、明日の授業でテストを行いますので、きちんと今日の復習をしておいて下さいね」
赤点常連の一部生徒のブーイングを背にしながら和子は「がんばってねー」と手を降って教室を後にした。
雑談や帰り支度をするクラスメイトたちのざわめきの中で
ほむらは気だるい体を労うように、うー、と伸びをしてからそのまま机に突っ伏した。
ほむら(はぁ……やっと終わった……)
緊張が解け、朝からずっと押さえ込んでいた倦怠感と疲労感がどどっと肩に圧し掛かる。
どうにも今朝から本調子に至らず、ほむらは今日一日中ずっと憂鬱な面持ちで過ごしていた。
ほむら(もしかして、最近良く見てる変な夢と関係あったりして……)
夢から受け取る印象からは特に悪いものは感じられないのだが、
その途切れ途切れに覚えている夢の内容が
まるで錨を下ろしているかのように、いつまでも頭から離れずにいた。
普通の夢とはどこかが違う。うまく言葉にはできないが、そんな感覚を確かに感じていた。
さやか「おっ疲れほむらー!」
背後から聞こえた明るくはずんだ声で、ほむらの思考は中断した。
ほむら「あ、美樹さん」
軽く顔を上げて返事をかえす。
見るとさやかは既に帰る支度を終えているようで、肩越しに鞄を背中に背負っていた。
さやか「どったのさ? ゆるい顔しちゃって」
ほむら「あ、その……何だか、疲れちゃって」
あはは、と愛想笑いでだらしない表情を見られた気恥ずかしさを誤魔化す。
さやか「え……大丈夫? もしかして、昨日魔獣と戦ったり……?」
さやかは人目を気にしながら、声のトーンを少し落として言った。
ほむら「あ、いえ、昨日は出ませんでした」
さやか「そっか。 じゃあ……?」
ほむら「大丈夫です、そんな大したことでは……」
変な夢を見たせいかも……なんて言っても美樹さやかの性格を考えれば確実に笑われるだけなので、
ほむらはそれを伏せることにした。
さやか「んー……」
言葉を濁したほむらに、さやかは少し両腕を組んで考え込んでから切り出した。
さやか「今は、マミさんの大事な時でさ」
さやか「んだから一日交代で街のパトロールやってるわけじゃん?」
巴マミはほむら達の一学年上の先輩に当たる人物で、
魔法少女としての関係も同様にマミの方が数年多くキャリアをもっている。
そんな彼女は現在3年生で、受験がもう直ぐそこに差し迫っていた。
マミは現在の実力以上の高校を志望しており、
それを聞いたさやかは、ほむらと二人でその手助けを出来ないものかと相談していた。
その結果、マミが魔法少女業に時間を割くことなく勉強に専念できるように、ということで
元々三人の内二人を一組にしたローテーションでやっていた魔獣退治のパトロール。
これをほむら達二人だけで日替わりで回すことに決めたのだ。
マミも最初はそんなのは悪いからと言って提案を断っていたが
後輩として、そして弟子として日頃の恩返しがしたいと燃え上がるさやかの熱意にほだされ、
マミは笑顔のような困り顔で渋々了承し、このような運びとなった。
ほむら「もう、一ヶ月くらい経ちますね」
さやか「うん。 その疲れが溜まってるんじゃないかな、自分では平気と思っててもやっぱさ」
ほむら「そう……かもしれませんね」
別段、魔獣はそこまで手強い相手という訳ではなく
さらに毎日出現するわけでもないのだが、
それでもやはりストレスは多分に感じる。
中でもたった一人だけで魔獣と戦うということが何よりも緊張を伴う。
今までとは違い隙をカバーしてくれる相手が居ないため、小さなミスが即、命取りとなるからだ。
もしかしたら今日の不調の原因はさやかの言う通り
その精神的疲弊が積み重なったせいなのかもしれないと、ほむらは思った。
ほむら「ありがとうございます。 心配してもらって」
さやか「いやいや、元々あたしが言い出したことなんだしさ」
さやか「そりゃあマミさんには良いとこ見せたいけど……逆に心配掛けちゃったりしたら元も子もないからね」
さやか「だから、もし辛くなったら遠慮なく言ってよ」
さやか「なんてったってあたしらは同じ魔法少女同士で、親友なんだからさ」
いつもの満天の笑顔とはまた違ったさやかの柔らかな表情が、
ほむらの憂鬱な気分をいくらか晴らした。
はい、と微笑んでほむらは頷く。
さやか「おーし、んじゃあ帰りますかー」
鞄を肩に掛け直すさやか。
その斜め後ろからガタ、と席を立つ音がした。
さやか「……っと」
さやかが向けた視線の先には床に吸い込まれていく収納式の学習机と、
それを無言で見つめる志筑仁美の姿があった。
セミロングのウェーブと淑やかな言葉遣いがとてもよく似合う正真正銘のお嬢様である彼女は
魔法少女ではないものの、さやかとは小学校からの縁であり彼女もまた二人の親友であった。
さやか「仁美……どう? 一緒に帰らない……?」
そんな親友に対し、さやかは恐る恐る声を掛ける。
仁美「……この後お稽古がありますので、申し訳ありませんが」
仁美はそう言ってさやかの申し出を断ると、一礼してから背を向けて教室の外へと出て行った。
さやか「あ……」
最近ずっとこのような調子だった。
三人の仲が良かったのは以前までの話で、仁美は今回に限らずここの所どこか二人を避けるように
なにかと理由をつけて距離をとるようになっていた。
さやか「仁美……」
残念そうな顔で見送るさやかを余所に、そうなった理由をなんとなく察していたほむらは
気まずい面持ちで教材を鞄に押し込んだ。
◇
校舎の正門のすぐ先にある公園を、ほむらとさやかは並んで歩いていた。
公園を出た十字路までの短い距離だが、用事の無いときは他愛も無い雑談をしながら
一緒に帰るのが日課となっている。
さやか「聞いたー? 宮下たち、冬休みの間に子供だけでスキーに行ったって」
ほむら「おみやげのキーホルダー頂きましたよ。隣の県まで行ったそうですね」
さやか「……男子と一緒にってのは?」
ほむら「え!?」
さやか「それも泊まりで!」
信じられる? という表情で大げさに手を拡げながらさやかは言った。
ほむら「えー!? すごいですね!?」
さやか「ったく、あいつら青春を満喫してくれちゃって。あたしらも誘えってんだよなー」
ほむら「でも、誘われてもそんな遠くには行けませんけどね……」
さやかはまぁね、と笑って前へ向き直る。
魔法少女業に身をやつす彼女たちはあまり街を離れるのを良しとしなかった。
市民をまもる、という正義感もさることながら、
今月は魔力回復用のグリーフシードの量が、まだノルマに達していないというのが理由の大分部であった。
さやか「って訳で――」
ほむら「というか、美樹さんにはもうお似合いの方がいるじゃないですか」
続けかけたさやかを遮って、ほむらの言葉が割り込んだ。
さやか「ん? ああ、恭介? あいつなー……」
さやかは語尾を濁して、頭の後ろに手を回した。
照れからのものとは少し違うようだ。
さやか「なんやかんやあって、付き合うことになったけどさ」
さやか「腕が治ってから、今までの遅れを取り戻すぞー、って前よりバイオリンにのめり込んじゃって」
さやか「ふつう健康な男子中学生がこんな美少女をほっとく!?」
はぁっ、と呆れたように溜息を吐く。
さやか「ま、元々その為に魔法少女なってまで叶えた願いだから別にいいんだけどね。あたしはそんなあいつが好きなワケだし」
ほむら「……まだ手が治った理由を打ち明けていないんですか?」
さやか「んー……なんていうのかな。負い目を感じてほしくないんだよね……自然体でいてもらいたいって言うか」
さやか「結局さ、その奇跡ってあたし自身の魅力とは無関係なわけじゃん」
さやか「やっぱり、ありのままの自分を見て欲しいよね」
ほむら「美樹さん……」
ほむらは自分の足元に視線を落とす。
さやかの考えを聞いて、自分ならそういった対象にどういう評価を得たいか頭を巡らしてみたが
結論は出なかった。
ほむら「とっても素敵な考えですね。そういうの私にはない考え方で……尊敬しちゃいます」
さやか「や、そう素直に関心されると、なんか恥ずかしくなってきたんですけど」
いやぁ、と言いながら、さやかは頭をかいて照れを誤魔化す。
さやか「……って、あたしのことはどうでもよくって」
さやか「ねぇほむら、私らもどっか行かない?」
さやかは先程ほむらに遮られてしまっていた内容を切り出す。
ほむら「え……?」
さやか「マミさんが志望校に受かったら、お祝いも兼ねてみんなでさ。どう!?」
さやか「あんま遠くにはいけないから、近場の遊園地とかになっちゃうけどね」
ほむら「わぁっ、いいですね! きっと巴さん喜びますよ!」
盛り上がるほむらを見て
さやかは急にテンションを落として黙りこんでしまった。
ほむら「……?」
さやか「……仁美も誘ったら……来るかな?」
ポツリと呟いた。
ほむら「あ……」
先ほどまでの明るかった空気が一変する。
急に皆で出かけようだなんて言いだしたさやかを少し不思議に思っていたが
ほむらはそういうことか、と納得する。
巴マミを出汁にした訳ではないのだろうけれども
やはり半分は口実なのだ、と。
ほむら(親友なんだもの、仲直りしたい……よね)
さやかの悲しそうな横顔に何と答えていいかわからず、
ほむらは口をつぐんで並ぶ影を見つめる。
さやか「急に……なんだよね」
さやか「あんなに仲良かったのにさ……急によそよそしくなって……」
さやか「なんでだろ? ねぇ、あたし仁美になんかしちゃったかな?」
ほむら「あ、えっと……その……」
さやか「ん? もしかしてほむら、なんか知ってる?」
口ごもったほむらの言葉の端を目ざとく捉える。
しまった、とほむらは思った。
この件はあまり首を突っ込むべきべはないと感じていたからだ。
ほむら「う……」
考え込んでまったほむらにさやかは何かを察した。
さやか「いやまぁ、無理にとは言わないけどさ……」
ほむらは仁美が疎遠になってしまった理由に確証はないが、確信はしていた。
今まで彼女がある人物に向けていた眼差しは、いつもどこか熱を帯びていた。
そういった経験のないほむらにも分かるくらいに。
その理由、それは
恋だ。
それも終わってしまった恋。
志筑仁美は上条恭介に片思いをしていた。
しかし、さやかが恭介と付き合うようになって、それからなのだ
すっかり二人は避けられるようになってしまっていた。
この三角関係が端を発するデリケートな問題は、恋をしたことのないほむらにとって未知の領域であり
何より、第三者でしかないものが口を挟んでいいものかどうかが分からなかった。
ただ、ずっとさやかが知らないまま、というのも問題があるように思った。
落ち込んだ仁美に気を遣ったつもりが、逆に無神経に傷つけてしまうようなことが起こってしまうかもしれない。
ほむら(笑顔で遊園地に誘ったり、とか)
そうなれば、関係の修復は容易ではなくなってしまうだろう。
ならば、ほのめかす程度になら……とほむらは考えた。
ほむら「その……私も直接聞いた訳ではないのですが……」
さやか「う、うん……!」
さやかは身を乗り出して、言葉の続きを促す。
ほむら「仁美さんは……その、失恋したんだと思います」
ほむらは『誰に対して』という言葉を伏せた。
さやか「え!?」
さやかはひどく驚いて、声を荒げた。
前を歩く若いカップルが何事かとこちらに振り返った。
さやか「あ……そう、なんだ……」
何故ほむらがそう思ったかは訪ねなかった。
さやかはただショックを受けていた。
もしかしたらさやかも失恋のこと自体は薄々感じてかのかもしれない、とほむらは思った。
さやか「仁美……親友なんだから、相談してくれればいいのに……」
その親友が恋敵だからこそ……という言葉をほむらは飲み込む。
さやか「あたしに出来ること、何かないのかな……?」
ほむら「話さないってことは、たぶん一人になりたいんじゃないでしょうか」
ほむら「時間が経てばきっと状況も変わって、そうしたら話してくれるかもしれませんし」
変わった状況が良い方向か、それとも悪い方向かはほむらには予想がつかなかったが
その場凌ぎの言葉としては及第点であるとほむらは思った。
さやか「うーん……」
いまいち納得できなかったのか、さやかは唸ってから何かを考え込むように腕を組んだ。
それっきりさやかとの会話は終了して、
また明日、と公園の出口で別れるまで二人はそのまま黙ってしまった。
ほむら「はああっ」
夕焼けの道を一人歩くほむらは
特大の溜息を吐く。
ほむら(恋って大変だなぁ……)
ほむら(そうだよね……何時だって本やテレビみたいに、ハッピーエンドってわけじゃないんだもの)
前を行くカップルが肩を寄せ合って談笑しながら歩いている。
恥じらいながら手を繋ぐその姿に、再びほむらは溜息を漏らした。
ほむら(……いつか私も誰かを好きになったりするのかな?)
ほむら(もしも……その時が来たら)
ほむら「私の想いは届くかな……」
ほむらは何故か心に風が吹いたかのような、そんな寂しさを感じて、
隣に寄り添って歩く自分の影に問いかけた。
◇
さやかと別かれた後、ほむらは駅前の大通りを自宅に向かって歩いていた。
この地域は都会を目と鼻の先に見据えるベッドタウンとして、見滝原市内でもわりと大な規模で発展している。
休日とラッシュの時間帯は結構な人通りなのだが、まだ日も落ちきっていない今の時間ではまだ人影もまばらだ。
道の各所から調理パンやら茹でた麵類の匂いがたちこめている。
ほむらはそれらの店に視線を奪われながらも、その誘惑に負けそうになるのをぐっと堪えて、
冷蔵庫に何があったかな、と晩御飯の献立を考えていると
行き交う人々の隙間に見える、ある人物の後ろ姿が目に留まった。
ほむら「ん……?」
ほむらと同じ見滝原中学校の制服に身を包む、長い黒髪を腰まで伸ばした少女。
その少女は表情が見えるかどうかの角度で後ろを振り向きながら、歩道の真ん中で立ち止まっていた。
ほむら(あの子……もしかして……)
少女のシルエットを見て直ぐにピンと来た。
最近よく見る……というより今朝も見ていた。
ほむら(夢の中の……?)
ふっ、と髪を翻して少女は歩き出すと、大通りを外れ狭い路地へと姿を消した。
ほむら「あ……待って……!」
無視してそのまま帰る。という選択肢は浮かばなかった。
ほむらは魅入られたようにフラフラと少女の後を追って同じ路地へと入っていく。
奥へ奥へと迷路のような路地を進んでいく少女。
ほむらは何度も見失いそうになりながら、後をつけて進む。
薄暗くなった路地に街灯が次々に燈っていく。もうすぐ日が落ちようとしていた。
ほむら(一体どこまでいくんだろう……?)
段々下がっていく気温が吐く息を白く染める。
少女が丁字路を左に曲がった。
ほむら(また……?)
疑問を抱きつつ、一定の距離を保ったままほむらも同じように曲がる。
これでもう五度ほど同じ方へ曲がり続けていた。
ほむら(なんだか、同じ所をぐるぐる周っているような……?)
しかし不思議なことに進むほどに路地の道幅や雰囲気は変わっていき
一度通ったと思える道は存在しなかった。
全く知らない道は心細さを煽り、進むたびにほむらの不安を募らせていく。
ほむら(はぁ……なんでついて行っちゃったんだろう)
圏外の表示を映す携帯電話をポケットにしまう。
ほむらが途中で引き返そうと思った時には、既に元居た大通りの方角は分からなくなっており
歩調を速めても一向に差の縮まることのない少女の姿を、半分涙目になりながら付いていく他なかった。
ぐす、とはなをすすって顔を上げる。
すると、前に居た筈の少女の姿が忽然と消えていた。
ほむら(え? あれ?)
響いていた足音も無くなっている。
ほむら「うそ……見失っ……ちゃった……?」
少し考え事をして目を離した隙に少女とはぐれてしまった。
サーッ、と血の気が引いてほむらの顔が青ざめていく。
ほむら(そんなぁ……)
ついに涙が溢れてきた。
ほむら(うぅ……)
右も左もわからない道に取り残されて、もうどうしていいか分からなくなってしまったほむらは
取りあえず眼鏡を持ち上げて滲んだ涙を袖で拭った。
すると、前の方からキイ、とういう金属の擦れる音に続いて、扉の閉まる音が聞こえた。
ほむらははっと、顔を上げる。
その先に曲がり角は無く、路地は真っ直ぐ奥に伸びていた。
街灯よりも大きな明かりが見える。
ほむら(……)
ほむらは少女がそこにいると信じて、その明かりへ向かって歩き出す。
十歩も歩かないうちに、明かりの正体は判明した。
ほむら(お店……? それもなんか古そうな……)
路地を抜けた先に待っていたのは木造の何とも言えない味わいのある一軒家風の建物。
店はそことなく西洋風のつくりで煉瓦を敷き詰めて出来た道によくマッチしていた。
周りを見渡すほむら。
少しだけ拓けた袋小路に、ぽつんとその店が一軒あるだけで
他には何もないようだった。
ほむら(何のお店だろ……?)
壁に掛かる看板は汚れで字がかすれてしまっていて判読できなかった。
ほむらは最悪、少女がここにいなくても店の人に道を聞けばいいのだと思い、
中に入ることに決めた。
歯車のイラストが描いてあるドアを開ける。
先ほど聞いたものと同じ、金属製の蝶番が軋む音がした。
ほむら「わあっ……!」
中には様々な時計が、壁から棚まで所狭しと並んでいた。
高級感漂うアンティークな雰囲気のものから、若い女性の部屋にも似合いそうなお洒落な物まで
一通りそろっているようだ。
それらに興味が惹かれ、さっきまでの不安は吹き飛んでいた。
ほむらは良さげな置時計を見つけ、それを手に取る。
ほむら(うっ……高い……)
値札を見てそっと棚に戻す。
その時あることに気が付いた。
ほむら(なんか……静かだなぁ……)
こんなに沢山時計があるのに歯車の音がしないのだ。
手近な時計をいくつか眺める。
壊れている訳ではないだろうに何故か時計の針は全て止まっている様子だった。
まあいっか、とほむらは無人のカウンターを目指して
店内を進んでいく。
ほむら「すみませーん」
何度か呼びかけてからしばらく待ったが、誰も出てこない。
店の主人は不在のようだ。
ほむらはどうしたものかと、時計を眺めながらそう広くない店内うろつく。
ほむら(あ……!)
入った時には気付かなかったが、L時になった店の奥に少女の姿があった。
ほむら(よかった……)
これで迷子の心配は無くなったと、ほむらは胸を撫で下ろす。
少女は腕時計を眺めているようだ。
わざわざこんなところまで来るなんて、ここにしかない一点ものの時計でもあるのだろうかと
ほむらはどうでもいいことを考えながら少女に近づいて
ほむら「あ、あの……」
もの言わぬ少女の後ろ姿に声をかけた。
「何かしら?」
少し振り返って少女は答えた。
意外にも返事が返ってきたことに、ほむらは軽く驚いた。
ほむら「その、えっと……あう……」
そして、言ってから何を聞こうか考えていなかったことに気付いたほむらは
しどろもどろになって言葉を探す。
「もし良ければ、贈る相手はどんな人なのか教えてもらえれば選び易いわね」
ほむら「え……?」
少女は横を向くと視線を少し下に置いて、脈絡の無い言葉を言った。
その仕草はまるで、ほむらには見えない、そこにいる誰かと会話するかのように自然なものだった。
少女は言葉を続ける。
「なら……」
ふむ、と顎に手を当て考え素振りをしてから
少女が時計の一つを手に取って掲げた。
「この腕時計はどうかしら?」
振り返る少女、その手が向けられていた先には
茫然とした面持ちのほむらがいた。
ほむら「え? わ、私に……ですか?」
少女は微動だにせずにほむらの方を見ている。
こんなにもほむらの近くにいるのに、少女の目元は影に隠れて表情の一部が分からなかった。
ただ、微笑んだ唇が柔らかな印象をほむらに与えた。
ほむら(なんだろう……? 取りあえず貰った方がいいのかな……?)
訳も分からず、ほむらが受け取ろうと手を伸ばそうとした時、
差し出された少女の中指の付け根で、何かが光った。
ほむら「……?」
それに気を取られてほむらの手が止まったその瞬間。
少女の手からするりと、時計が滑り落ちた。
ほむら「あっ……!?」
おおよそ小物の類とは思えない程の激しい音を伴って、時計が床へと叩き付けられる。
砕け散る金属片と文字盤のガラスは放射状に、スローモーションで再生したように広がっていく。
無数の欠片の一つ一つを認識できるくらいに時間の流れがゆっくりと、渋滞を起こしている。
ガラス片はオレンジ色の照明の光を反射しながら宙に浮き、そのまま落ちることなく固まってしまった。
ほむら(……?)
ほむらはその異様な光景に瞬きを2、3度する。
すると、浮いたガラス片が一斉にまたたいて、その中の一つが横に尾を引きながら
下弦の月の真下を滑っていった。
ほむら(流れ……星……?)
何時の間にかほむらの正面視界いっぱいに、落ちてきそうな程の満天の星空が拡がっていた。
冷たい風がさざめきを伴って、地に寝そべるほむらを撫でる。
背中に感じる重力が先ほどまで直立していた三半規管に混乱を与え
ほむらは軽い目眩と吐き気を催した。
路地も店も跡形もなく消えていた。
ほむら「う……ん」
重い頭を振って上体を起こす。
支えにした手に何かの植物と思われる柔らかな感触が触れた。
ほむら(クローバー……三つ葉の……)
辺り一帯、見渡す限りに同じ種類の葉が生えている。
その緑一色の絨毯の中で一箇所だけ光を集めたように白い花の叢できている。
花は月の光を反射して、闇に囲まれたその空間だけ強烈に輝いていた。
光の中心で、夢の中の少女が佇んでいた。
ほむら「……!」
風に乗って少女の方から鼻歌が流れててくる。
ゆったりとしたメロディも相まって、光に浮かぶ少女の後ろ姿はどこか儚げで
ほむらの胸をきゅっ、と締め付けた。
「ふんふん……ふん……♪」
少女は歌いながらその場に屈み、足元に咲いたクローバーを一輪だけ摘みとってから
また立ち上がると、口遊む旋律に合わせて指先でくるくると葉を回転させた。
光が隔てた闇の向こうに紫色の二つの瞳と、猫に似た小動物の輪郭が浮かび上がる。
瞳が数回瞬きをしてから少女に言葉を投げかけた。
少女は答えず、手にしたクローバーの3つある葉の内の1枚をつまんで……
――引き千切った。
指から離れた葉がはらりと舞い落ちる。
QB「それが君の願いかい?」
少女の長い髪が風に揺れる。
鼻歌を交じえながら、残る二枚のもう片方の葉も
千切り取る。
QB「……ならば君は何を望む?」
小さな唇と伴に、少女の手が止まる。
葉のさざめきが静寂を埋める。
少女は歪になったクローバーをじっと見つめる。
「……」
再び少女の手が動き出し、最後に残った一枚の葉をつかむ
その瞬間。
突風が吹いた。
「あ……」
風が少女の手から一葉のクローバーをさらっていった。
地面から舞い上がる白い花弁が渦を描いて、半分の月を目指して舞い昇って行く。
少女は呆然とした表情でそれを目で追う。
そして、しばらくしてから
哀憐と自嘲に満ちた声色で
「……ふふっ」
少女は笑った。
「やっぱりダメね、私は」
数多の星が散らばる夜空を仰いで、少女は呟く。
QB「けれど、それが君の本質だ」
「……そうね」
少女は答えて空を掴んでいた手を広げる。
その中に紫色の宝石が出現した。
ほむら(あれって……)
かざした手に浮いているのは魔法少女の証、ソウルジェム。
少女はいつもキュウべぇと一緒にいたのだから、彼女も自分と同じ魔法少女でないかと
ほむらも薄々感じてはいた。
問題なのは、その宝石の輝きが鮮やかな紫色であるということと、少女が発している魔力の波動だ。
ほむら(私と同じ……!?)
ほむらは自身と少女の関係に確信めいたものを感じた。
それに気づいた瞬間、ほむらの心に少女の激情が流れ込んできた。
ほむら「あっ……!?」
哀しみ、苦しみ、妬み、恨み、つらみ、そして後悔と未練。
連なって押し寄せてる漆黒よりも暗いそれらの情動が
ほむらの心を侵し、混じり合っていく。
それらは二つの強烈な負のイメージとなって、ほむらの頭の中を貫いた。
――絶望、そして死。
気が付けばほむらは背中を丸め、腕を抱えて震える体を押さえていた。
自身の意思とは無関係に涙が頬を伝う。
ほむらの背筋に悪寒が走る。
脳裏にはこれから少女がしようとする行動がありありと浮かび上がっていた。
ほむらは直感した。
少女が自死を行うつもりなのだと。
少女は宝石を両手で包み込み、祈るように胸の前で抱え込む。
「……」
ほむらには聞こえない大きさで、少女が何かを呟くと、
その手に力が込められる。
宝石が圧に耐えられず、悲鳴を上げる。
ほむら(止めなきゃ……!)
ほむらは少女の行動を阻止しようと上体を前に投げ出す。
そのまま一歩を踏み出そうとする足を、何かが引っ張った。
ほむら「あっ!?」
バランスを崩して派手に倒れる。
ほむら「うぅ……」
痛みを感じている余裕はなどない。
足を見ると、不自然に伸びたクローバーが束になって絡みついていた。
QB「ダメじゃないか、邪魔をしては」
QB「これが彼女の選択なんだ。君はただ、黙ってそこで見届けてくれればそれでいい」
キュゥべぇの太い尻尾がくるりと、闇に染まった黒い体毛の影で踊る。
少女はなおもその手に係る力を強めていく。
宝石の中央に亀裂が走る。
ほむら(だめ……!)
地面の土に爪痕をつけながらクローバーを握り締めて、
ほむらは倒れたままの姿勢で、ありったけの息を吸い込む
そして――
ほむら「だめぇええええええええええええええええええ!!」
出せる限りを尽くして叫んだ。
辺り一帯の空気をほむらの叫声が震わせた。
しかし、その声は少女に届くことは無く
紫色の宝石はその小さな手の中で
圧壊した。
砕けた宝石の欠片が月の光を取り込んで、紫とピンクのグラデーションを彩りながら、
少女の指の隙間から鮮血とともに零れ落ちていく。
ほむら(あ……)
黒く狭まっていく視界。
徐々に体が重くなって、ほむらの思考が減退していく。
少女がほむらの方へと振り返る。
薄らぐ意識の中で、今度ははっきりと表情が分かった。
ほむらが見た少女のその横顔はたおやかに微笑んで
揺れる髪の奥に覗く瞳は、慈しみに濡れていた。
ほむらはなぜ少女がそうしたのかが解ったような、そんな気がした。
下弦の月に雲がかかっている。
陰る月明かりが少女の姿を隠していく。
ほむらの震える唇が消えゆく少女に何かを訴えようと、僅かに動いたところで
一切が暗転した。
◇
この感覚は今迄にも何度か覚えがあった。
家族や親しい友達とどこかで楽しく遊んだり、欲しくて欲しくてしょうがなかったものが手に入ったり。
そんな夢を見た後には、それが夢の中の出来事であると認識できずに、
起きたその後もその幻想を本物の体験だと勘違いしてしまう。
そして、しばらくしてから「ああ、あれは夢なのだ」と気が付いて
その後は決まって、今の自分の惨めさと比較して、哀しくなって塞ぎ込んでしまうのだ。
今回はそれの、全く逆のパターンだった。
暗いワンルームの部屋の過呼吸気味の息が荒らいでいる。
汗で透けた服が肌にべったりとくっついている。
部屋の中とはいえ夜の冬の気温が身を包んでいるはずなのに
身体は内から燃えるように熱かった。
何か大切な物が消えてしまったかのような、深い喪失感を抱きながら、
ベッドの上のほむらは、焦点の定まらぬ目で壁を見つめていた。
砕けるソウルジェム、吹雪く花びら、少女の横顔。
つい先ほど体験した感覚は鮮明に蘇り、頭の中にこびり付いて離れない。
いま見ている部屋の景色の方こそ夢ではないかと錯覚する程に
少女が紫色の宝石を砕いた瞬間に感じた、死のイメージは現実感に溢れていた。
床に投げ出された鞄と胸の中途半端に解けたリボンが目に入る。
カーテンの隙間から覗く満月がそれを照らしていた。
ほむら(そうだ……)
さやかと志筑仁美の失恋の話をしてから別れた後、そのまま家に帰ったほむらは
少しだけ仮眠をとるつもりでYシャツのままベッドに横になり、そしてそのまま深い眠りに落ちてしまったのだ。
帰り道で夢の中の少女とは会ってなどいない。
ほむら(そういえば、夢では半月だったっけ……)
今見ている世界が、さっき居た場所とは違うものなのだと確認できたことに、
ほむらは、ほっと息をつく。
よく考えれば、変なことが起こったり、急に場面が変わったりと
見たものは夢の特徴そのものだと、ほむらは内容を思い返す。
ほむら「はぁっ……」
だんだん気分が落ちついて、呼吸も整ってきた。
時計をみるとまだ午前1時を回ったところだった。
昼からもう何時間も口にしていなかったが空腹感はなかった。
ほむらは水を一杯飲んで、カラカラだった喉をを潤してから
ぼすん、とベットに倒れこみ枕に頭を埋める。
明日のテストの為の勉強、入浴、髪の手入れ、それと顔のマッサージ。
やることは一杯あったが、何もする気が起きなかった。
しばらく何も考えられずにそのままでいると、眠気がわずかに湧き起ってきた。
しかし、ほむらは再び眠りにつくのを躊躇った。
ほむら(また同じような夢だったらどうしよう……)
眠りたいのに寝られずに
何度か寝返りを繰り返す。
時計の長針が二週した頃、ようやく部屋の静寂をほむらの寝息が満たした。
結局ほむらが抱いていた心配は杞憂に終わり
今度は、ただ空虚で真っ暗なイメージがおぼろげに浮かぶだけで
夢らしい夢は何も見なかった。
今回はここまでです
期間が開いた上に忘れた忘れた言われてるのに我ながら不親切な展開だなと
もう恐で手に入れた薄い本でまどほむし終わったら割とどうでもいい解説をいれます
もう完全に終わったかと思っただろいい加減にしろ
HTMLだけは止めろ
復活したか乙
>>28
期限内なのになんか勝手に落ちたんよ(´;ω;`)
プロットは最後まで練ってあるので、後は良い地の文が頭に浮かべば・・・
絵が描けたら良かったのに
どうでもいい補足
>>21のQBのセリフとそれに対する少女の行動ですが
これは三つ葉のクローバー(シロツメクサ)が持つ、各々の葉の意味を掛けてます
そのままだと割と意味不明だと思いましたので一応補足
そして次回は未定です
>>30
>絵が描けたら良かったのに
またまたご冗談を・・・
前のスレは運営の凡ミスでHTML化誤爆されちまったようだぞ
唯一褒められたのが「スレタイ詐欺」
もう許
誤字脱字修正
>>20
叢できている → 叢ができている
>>25
暗いワンルームの部屋の → 暗いワンルームの部屋で
>>26
喉をを潤してから → 喉を潤してから
他にもあったかも
書き上がったのに嬉しくなってそのまま投稿しちゃったけど
やっぱ音読しながら推敲しないとダメですね
次回は水曜か来週日曜あたりに
◇
終業を告げる鐘の音が校舎に響きわたる。
和子「時間になりましたので、テストの回答ファイルを送信してください」
和子「提出が終わった人から帰っても構いません。みなさんお疲れ様でした」
備え付けのPCにタッチしてほむらは操作を完了させる。
さやか「おーす、ほむら。どうだった?」
ほむら「……」
今回のテストの出来は良くて普段の6割くらい。
赤点は流石にないだろうが、ほむらにとって過去最低の点数となるだろう。
しかし、今のほむらにはそんなことはどうでも良い気分だった。
あの時、あの夢の最後に感じた虚無感のせいで
ほむらの眼には、全ての現実が懐疑的に映っていた。
さやか「……な、なに?」
睨みつけるようなほむらの視線にさやかは若干たじろぐ。
ほむら「ごめんなさい……なんでもないです」
いままで毎日当たり前のように行っていた親友との馴れ合いすらもが、煩わしかった。
昨日と同じ表情を造る気にはなれなかった。
ほむら「今日は私がパトロール当番でしたね」
点けっぱなしだったPCの電源を落としてほむらは立ち上がる。
ほむら「じゃあ、今日はちょっと用事もあるので」
さやか「あ、うん……また来週……」
別れの挨拶も早々に、あっけに取られたさやかを残してほむらは教室を後にした。
さやか(なんだろね?)
明らかに昨日とは違う様子の、態度を豹変させてしまった友人に、
さやかは片眉を吊り上げて不思議そうな顔をする。
上条「さやか」
孤立してしまったその後ろ姿に、上条恭介は声を掛けた。
さやか「あ、恭介」
上条「今日は暁美さんと一緒に帰らないのかい?」
さやか「うん、なんか先帰るって行っちゃった」
上条「珍しいね」
さやか「……なんかさ、今日のほむら、どことなーく変じゃなかった?」
腕を組み顎に手をあてるさやか。
上条「え……そうかい? いつもの暁美さんと同じように感じたけれど……」
さやか「相変わらずにっぶいなあ……恭介は。もっと繊細な乙女の心を察知したまえ!」
さやか「そんなんだと、さやかちゃんの心だって離れて行っちゃうかも知れないぞー!?」
上条「ええ!? いやあ、そもそも暁美さんとはそんなに話さないし……」
上条「……まあ、それはいいけど。暁美さんの様子が変って……どんな風にだい?」
さやか「いや、どんなってのは分かんないんだけどね」
上条「……さやかも同じじゃないか」
さやか「勘だよカ・ン・! 同じ乙女の心にはビビッときたのよ」
上条「ああ、なら安心だね。さやかには乙女心なんて――」
さやか「それ以上言うと怒るよ?」
殺気を含んだジト目に捉えられた恭介は、「あはは……」と曖昧に笑って言葉を濁す。
さやか「あのねぇ……こーみえてもあたしは親友の心配をして――」
言葉の途中で無意識に、もう一人の親友の座席に視線が動いた。
二人の視線がほんの一瞬交差した。志筑仁美もさやかの方を見ていた。
さやか(あ……)
視線を逸らした仁美は急いだ手つきで帰り支度を済ますと、何かから逃げるように早足で教室の外に出ていった。
上条「どうかしたかい? さやか」
さやかはハッとして恭介の方に向き直る。
さやか「あ、ごめん。んで、なんだっけ? なんか用があったり?」
上条「? いや、もし今日は一人なら一緒に帰ろうかと思って」
さやか「あー……」
さやか「ゴメン、恭介! 今日はムリっ!」
妙なタメを作ってから、さやかは頭を下げてその前で両手を合わせた。
上条「え? あ! さやか……!?」
そして恭介がその理由を聞く前に、さやかは教室を飛びだした。
今、さやかには何よりも優先すべきことがあった。
さやか(昨日ほむらはああ言ってたけれど……)
さやか(やっぱり、友達がいつまでも落ち込んでる姿なんて見たくないから……!)
急いで階段を下り、正門まで駆け抜ける。
そして、追いついたセミロングの後ろ姿に、さやかは息を切らしながら声をかけた。
さやか「仁美っ……!」
さやかの前を歩く足が止まる。
仁美はそのまま驚いた表情で振り向いてから、すぐに憮然とした表情に戻して、
仁美「さやか……さん」
今度は真っ直ぐに、さやかと目を合わせた。
◇
自宅とは反対方向に歩いた所にある橋の袂にたどり着くと、ほむらは寄りかかるように欄干に体を預けた。
傾いた太陽の日を受ける遠くの街並みが、影によって生まれるオレンジと黒色の
美しいコントラストをほむらの視界に映し出している。
ほむら(はぁ……)
いつものほむらだったらこの光景を見て郷愁に似た感情を抱き、穏やかな気持ちになっただろう。
しかし今は違った。
一日の終わりを告げる夕焼けの空は、同時にあらゆる終焉を想起させ
空虚な心に焦燥感ばかりを募らせる。
夕暮れに沈みゆく街並みはほむらの心を理由もなくイラつかせ、陰鬱に染め上げていった。
ほむら(完全にあの夢のせいだ……)
魔獣相手に思いっきり暴れれば、少しはこの気分が晴れるだろうか。
それともこのやるせない感情は、繰り返す日常の中でいつしか心の奥底に埋没していくのだろうか。
そんなことを考えながら目の前を流れ行く車を、無表情でただ眺めていた。
それから信号機の色が三回ほど入れ替わった辺りで
ようやく待ち人は現れた。
QB「やぁ待たせたね、ほむら」
ほむら「ん……」
QB「珍しいじゃないか、こんな早くから見回りだなんて」
QB「それに一度家にも帰ってはいないようだし、今日は何かあったのかい?」
制服姿のほむらを見てキュゥべぇは言った。
ほむら「……ちょっと、ね」
伏し目がちなほむらの言葉に続きは無く、それを悟ったキュゥべぇは
「ふぅん」と相槌をうってから軽い身のこなしでほむらの体をよじ登ると、おぶさる様にして肩に掴まった。
キュゥべぇはこちらから踏み込まない限り、過度に干渉してくることはない。
そういった意味では今のほむらにとって一番落ち着ける相手だった。
QB「さて、今日はどこから行こうか?」
魔獣の出現する場所は決まってはいないが。病院や廃墟、そのような負の思念が溜まりやすい場所に頻出する傾向がある。
恐らくそういった場所の方が、エサである心の弱った人を呼び込みやすいのだろう。
なので、いつもある程度のあたりをつけてからそこに赴き、魔獣がいないか詳しく調べているのだ。
ソウルジェムを掲げるほむら。
淡い光を発しながら点滅する宝石は、近くに魔獣の反応があることを示していた。
ほむら(この辺りであやしい場所は……)
橋を渡った先、対岸の川沿いに並ぶ工場地帯に目を向ける。
ほむら(あそこ……かな)
◇
見滝原と風見野の境付近に点在する工場群は
現在不況の煽りを受け、2割くらいが稼働を停止している。
夕方にかけて、解体途中の建物からは鉄同士がぶつかる音が聞こえてくる。
QB「どうだい?」
ほむら「ん……分かんない……でも、もしかしたら……」
進入禁止の札が架かる、まだ解体が始まっていない工場の前でほむらは魔獣の反応を探る。
ソウルジェムは極々微弱な反応を示していた。
QB「一応、中を調べてみるかい」
ほむら「うん」
油と錆の匂いが僅かに残る廃工場内に足を踏み入れる。
高い天井の上の蛍光灯は全て外され、窓から差し込む夕日以外、室内は真っ暗であった。
静止したコンベアを縫ってフロアをほのかに照らしながら、淡い紫色の光が通り抜けていく。
手の平の上の宝石は穏やかな反応を保ったまま静かに点滅を繰り返している。
やはりここには、魔獣がいない確率の方が高そうだ。
ほむら「ねえ、キュゥべぇ。ちょっと聞いてもいい?」
間を持て余してキュゥべぇに訪ねたのは
別段答えがほしかった訳ではなく、
ほむらの沈んだ気分を紛らわせる程度の意味しかなかった。
QB「なんだい?」
ほむら「寝るときに見る夢ってあるでしょ?」
ほむら「あれってどんな意味があるのかな?」
QB「夢は、一般的には覚醒時の記憶を整理する為と言われているね」
QB「睡眠時の外的刺激による影響もあったり、あとは抑圧された深層意識下の欲求の現われとも」
記憶という言葉が出た時、三つ編みの先が僅かに揺れた。
ほむらの脳裏に少女の影がちらつく。
もしかしたらキュゥべぇならば何か分かるかもしれないと思い
ほむらは夢の中で見た、あの内容を話してみることにした。
ほむら「……最近ね、変な夢を見るの」
QB「へえ、どんな夢なんだい?」
ほむら「見た目の全然違う別な私が、何かを……ううん、誰かを探している夢」
ほむら「その誰かは、とても大事な人なんだと思う」
QB「その人物を見つけることはできた?」
ほむら「……ううん。見つからないまま、終わっちゃった」
ほむら「でね、私、その夢から覚めて起きたときに、傍にそれが無いことにどうしようもなく悲しくなって、虚しくなって……」
ほむら「……いつの間にか失くしちゃった気がするの……私を形作る、大切な何かを」
ほむら「あの夢で会った『別な私』を見て、それに気付けた」
ほむら「それまで、そのことを忘れてたことすら……忘れてた」
溢れ出た感情が止まらなくなって、ほむらは溜まった鬱憤を一気に吐き出すようにまくし立てる。
ほむら「そして思ったの、きっといろんなものを忘れてしまった結果が今ここにいる私で」
ほむら「その今の私とはなにもかもが違う、本当の私がいるんじゃないかって……」
ほむら「なんだかそういう感覚が、上手く言えないけれど不安っていうか……とても怖くって……」
黙するQBに気付き、ほむらはハッとして口を噤む。
ほむら「ごめんなさい……言ってること、意味解らないよね」
QB「いや、そんなことはないよ」
QB「要約するならば、『君はあるはずの無い記憶を夢の中に見た』」
QB「そして『とある記憶を無くしてしまった今の君の意識は、偽りの記憶の上に成り立つ別人格であるかもしれない』と、こう言いたいのかな」
ほむら「! そう、そんな感じ!」
QB「だとすれば暁美ほむら、君は一つ勘違いをしているよ」
ほむら「え?」
QB「記憶の断絶が必ずしも人格を隔てるとは限らないんだ」
少しの間をおいてからキュゥべぇは続ける。
QB「過去の記憶とその経験を基にした、感情の発露および行動の取捨選択」
QB「それが、今現在の意識あるいは人格を定義付ける要素の一つであるとするならば」
QB「違った記憶を基に得られる感情と選択されるその行動は、なるほど確かに、君の言うとおり本来のものとは乖離した結果となるだろうね」
ほむら「……」
QB「けれども記憶の書き換えや修正、これらは今この瞬間からまだ決定されていない未来において、ごく当たり前に行われていることだ」
QB「本を読んで知識を得たり、何かを食べて満足感を得たり。生物は未来に進むことで、ありとあらゆる事象を半強制的に知覚させられている」
QB「自分の意思とはほぼ無関係にね」
QB「その積み重ねによって類似した記憶は蓄積し、それを基に人格は僅かながら、しかし確実に変遷していくんだ」
QB「これは君たちが『成長』とよぶものだ」
QB「そして逆もしかり、記憶は蓄積だけじゃない、失うこともある」
ほむら「記憶を失う……」
QB「そう、記憶の喪失だ。そしてここからが大事だ。君の言ったことに大きく関係してくる」
QB「記憶の喪失に至るパターンは三つある。一つは恒常的に行われている不要な記憶の排除」
QB「二つ目は心に深い外傷を負ったときだ」
QB「絶望や挫折、その他重度のストレスに心が曝されてしまったそんな時」
QB「君たちの心は、無意識の内に忘却を選択するんだ」
ほむら「自分で忘れちゃうの?」
QB「そう、心が壊れてしまわないようにね」
ほむら「……それも成長?」
QB「あるいは遁走とも」
ほむら「それって、現実逃避って言うアレ……?」
QB「ああ、似たようなものだね。しかしこれは別に悪いことではないんだ。精神を正常に保つ為の、良くできた防御反応さ」
ほむら「じゃあ、もしそうなら、思い出しちゃったときは……」
QB「その時心は、再び過去と同程度のショックに見舞われ、重度のストレスに曝露されることになる」
QB「ならばいっそ、忘れたままでも僕はそれで良いと思うけどね」
ほむら「うーん……」
QB「そして最後に、特殊な例として君の言う状況に完全に当てはまる場合がある」
この先が恐らく、ほむらが最も知りたかった部分だ。
ごくりとほむらの喉が鳴る。
QB「それは、他者によって記憶の介入が行われた場合だ」
ほむら「? 良く分からないかも……それってどういうこと?」
QB「つまり、他の誰かが意図的に君の記憶を改竄をしたり」
QB「または過去に干渉したり、あるいは世界をそのように創り変えたか」
QB「要するに『現在地点において、過去の記憶や事象が人為的に操作された場合』だ」
ほむら「え、何て……? 世界を……創り……?」
なにを言うかと思えば、キュゥべぇがあまりにもSFじみて突拍子もないことを口にするので、
ほむらは思わず吹き出しそうになってしまった。
ほむら「そんなこと……」
QB「出来るさ」
冗談でしょう? と言いたげに笑うほむらに対し、キュゥべぇは自信満々に答えた。
ほむら「え?」
QB「忘れたのかい、暁美ほむら。君たちは条理を覆すことのできる唯一の存在なんだ」
QB「君たち魔法少女が何を起したとしても、そして何が起こったとしても不思議じゃあない」
ほむら「それ本気で言ってる……?」
QB「もちろんさ。まったく……悩んでいる君のためにこうして考えているのに、笑うなんてあんまりじゃないか」
心なしか怒ったような口調でキュゥべぇは言った。
ほむら「ごめんごめん。キュゥべぇ」
ほむら「……でも、だとしたら誰が何のためにわざわざそんなことするの?」
QB「そこなんだよ。たかだか一魔法少女に対してそんなことをする理由なんて、僕には思いつかない」
ほむら「えっと……」
ほむら(……つまりそれって……キュゥべぇも分からないってこと……?)
QB「まぁ、いろいろ話したけれど、別に深く考える必要はない」
QB「人間は君ぐらいの年頃の子になると、ふとした切っ掛けで自分自身に存在意義を見出そうとする」
QB「自分は何者で、何の為に存在するのか。こういったことで悩むのは君達にとっての、ある種通過儀礼のようなものさ」
QB「最後に僕が言った記憶の介入だって、単にその可能性は否定できないというだけで、有体に言えば現実味のない話なのさ」
話しながら見回るうちに、いつの間にか一番奥のフロアにたどり着いてしまった。
ほむら達はその隣に階段を見つけ、それを登っていく。
ほむら「頭の中で上手くまとめ切れないけれども……」
こめかみに人差し指を当て、ほむらは「うーん」と唸る。
ほむら「これってもしかして、もしかしてなんだけど……」
的外れかもしれないと思い、恐る恐るキュゥべぇに尋ねる。
ほむら「考えるだけ無駄だって、キュゥべぇはそう言いたいの……?」
QB「暁美ほむら、君は賢いね」
QB「それも答えの一つさ」
ああ、やっぱりとほむらの体から力が抜ける。
キュゥべぇの答えは、ほぼ、ほむらの予想していた通りのものだった。
QB「かつてマミも君と同じようなことに悩んでね、その時はこの結論に至るまで随分かかったものさ」
QB「ただ、考えること自体は無駄ではないんじゃないかな? あらゆる経験が君に変革を促してくれるのだからね」
階段を上り切った先にある、やたら重量のある錆ついたドアを押し開ける。
暗い室内から一転して、二人は再び淡い橙色の世界に包まれた。
屋上を囲む落下防止のフェンスに刻まれた夕陽は
街の稜線を目指してまだ落下する途中だった。
QB「はずれだね。どうやらここには魔獣はいないようだ」
ほむら「……だね」
ほむら「でも、キュゥべぇ。一つだけどうしても知りたいことがあるの」
QB「なんだい?」
ほむら「結局、私は……『今ここでこうして考えている私』が『本当の私』で……いいんだよね?」
QB「……そうだったね、君の最初の質問に対して僕はまだ答えていなかったね」
QB「存在の証明。それは残念ながら、どこまで行っても他者でしかない僕には、君が真に納得できる答えを与えることはできないだろう」
QB「自分の内に自己を見い出し、そしてそれを肯定することが出来るのは、他の誰でもない君自身だけなんだ」
ほむらの体を離れ、フェンスの上に飛び乗ってキュゥべぇは言った。
QB「あらゆる事象は複数の性質を持っている。大切なのはその側面をどのように捉えるかじゃないかな」
QB「心も然りさ」
QB「君が今見ている世界は何時だって変わらずそこにある」
QB「それに対して君が不安や期待、希望や絶望、そして喜びや悲しみなどの、こういった相反する感情の一方を抱いたとしてもだ」
QB「それらは全て君の中にしか存在し得ないし、さらに言えばその枠組みは君自身が勝手に定義したものだ」
QB「つまり、君の認識次第で世界の在りようはいくらでも変わるし、変えられるんだ」
逆光で影になったキュゥべぇの赤みがかった瞳が、瞬きひとつせずにほむらを見つめていた
キュゥべぇの輪郭の奥で燃える夕陽に、目を細める。
そういえば、とほむらは気付く。
先ほどまでの陰鬱な感情がどこかへ消えてしまっていた。
あんなに苛ついていた夕暮れの街並みに
いつの間にか、いつも感じていた暖かさが戻っていた。
ほむら(私の認識で世界が変わる、か……)
自分が何者であろうと、この景色は日々移ろい、
自分が何を考えようと、それは他人とって何ら意味を成さない。
つまり、常に自分は、自分足り得るのだ。誰にもそれを否定できはしない。
キュゥべぇが言っているのはきっと、そういうことなのだろう。
だとしたら確かに『自分が誰なのか』と悩むこと自体がバカバカしいではないか。
そんな結論に、我ながら単純な性格だなと、ほむらは小さく笑った。
ほむら「……ありがとうキュゥべぇ。全部納得できたわけじゃないけど」
ほむら「ちょっとだけスッキリしたかも」
QB「それは何よりだ」
QB「君たちの健康管理も僕の役目の一つだからね」
QB「心的不調で魔獣にやられてしまっては僕も困るんだ」
QB「だから何でも構わない、疑問や相談があったら遠慮なく言ってほしい」
ほむら「あ……じゃあ、もうひとつだけ」
ほむらはキュゥべぇの顔を見て、さっきからあることが気になったていた。
夢の中のキュゥべぇと何処か違うように感じたのだ。
折角なので、ほむらは唐突に浮かんだその疑問を聞いてみることにした。
ほむら「ねぇ、キュゥべぇ。あなたの目って、もっと紫色じゃあなかった?」
QB「……?」
ほむらの質問の意図を汲めず。
逆光に浮かぶ二つの赤い瞳が斜めに傾いてから、ぱちくりと疑問符を浮かべた。
今回はここまでです
次回は未定です、すんません
乙
>>1
前スレのURL間違ってんぞ
>>47
こちらですね、失礼しました
ほむら「願いの果て」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1354451510/)
誤字修正
>>18
L時 → L字
>>44
あることが気になったていた → あることが気になっていた。
セリフ追加
>>41
QB「または過去に干渉したり、あるいは世界をそのように創り変えたか」
QB「要するに『現在地点において、過去の記憶や事象が人為的に操作された場合』だ」
QB「『自』ではなく『他』によって起こるこの場合に限ってのみ、君の言う別な人格が形成される可能性が存在する」 ←追加
保守
以下3レスを>>39-41のそれぞれと差し替え
ほむら「そして思ったの、きっといろんなものを忘れてしまった結果が今ここにいる私で」
ほむら「その今の私とはなにもかもが違う、本当の私がいるんじゃないかって……」
ほむら「なんだかそういう感覚が、上手く言えないけれど不安っていうか……とても怖くって……」
黙するQBに気付き、ほむらはハッとして口を噤む。
ほむら「ごめんなさい……言ってること、きっと意味解らないよね」
QB「いや、そんなことはないよ」
QB「要約するならば、『君はあるはずの無い記憶を夢の中に見た』」
QB「そして『とある記憶を無くしてしまった今の君の意識は、偽りの記憶の上に成り立つ別人格であるかもしれない』と、こう言いたいのかな」
ほむら「! そう、そんな感じ!」
QB「だとすれば暁美ほむら、君は一つ勘違いをしているよ」
ほむら「え?」
QB「記憶の断絶が必ずしも人格を隔てるとは限らないんだ」
少しの間をおいてからキュゥべぇは続ける。
QB「過去の記憶とその経験を基にした、感情の発露および行動の取捨選択」
QB「それが、今現在の意識、あるいは人格を定義付ける要素の一つであるとするならば」
QB「違った記憶を基に得られる感情と選択されるその行動は、なるほど確かに、君の言うとおり本来のものとは乖離した結果となるだろうね」
ほむら「……」
QB「けれども記憶の書き換えや修正、これらは今この瞬間からまだ決定されていない未来において、ごく当たり前に行われていることなんだ」
QB「本を読んで知識を得たり、何かを食べて満足感を得たり。生物は未来に進むことで、ありとあらゆる事象を半強制的に知覚させられている」
QB「自分の意思とはほぼ無関係にね」
QB「その積み重ねによって得られた記憶は蓄積し、それを基に人格は僅かながら、しかし確実に変遷していくんだ」
QB「これは君たちが『成長』とよぶものだ」
QB「そして逆もしかり、記憶は蓄積だけじゃない、失うこともある」
ほむら「記憶を失う……」
QB「そう、記憶の喪失だ」
QB「記憶の喪失に至るパターンは幾つかある。一つは恒常的に行われている不要な記憶の排除」
QB「二つ目は心に深い外傷を負ったときだ」
QB「絶望や挫折、その他重度のストレスに心が曝されてしまったそんな時」
QB「君たちの心は、無意識の内に忘却を選択するんだ」
ほむら「自分で忘れちゃうの?」
QB「そう、心が壊れてしまわないようにね」
ほむら「……それも成長?」
QB「あるいは遁走とも」
ほむら「それって、現実逃避って言うアレ……?」
QB「ああ、似たようなものだね。しかしこれは別に悪いことではないんだ。精神を正常に保つ為の、良くできた防御反応さ」
ほむら「じゃあ、もしそうなら、思い出しちゃったときは……」
QB「その時心は、再び過去と同程度のショックに見舞われ、重度のストレスに曝露されることになる」
QB「また同じ苦しみを繰り返すのならば、いっそ忘れたままでも僕はそれで良いと思うけどね」
ほむら「うーん……」
QB「ここまでがヒトの記憶と人格を関係付けた場合の話だ。どうだい、理解できたかい?」
ほむら「それは大丈夫……だけど……」
QB「僕が言いたいのはね、暁美ほむら」
QB「忘却という行為は無意識下に於いてごくごく当たり前かつ日常的に行われているのものであり、なんら特殊な行為では無いということなんだ」
QB「そして、人格はそれに伴って左右されるのだから、『記憶の喪失=別人格』という仮定はナンセンスだと、僕はそう思うんだ」
ほむら(……)
キュゥべぇが言った忘却の普遍性は、ほむらにとってはさしたる問題ではなかった。
そもそもほむらの人生に空白の期間はなく、話を聞くと自分で口にした『忘れた』という言葉も、
ほんの僅かにではあるもののニュアンスが違うように思った。
夢の中の少女は、どこかで枝分かれした道を歩んだ、自分とは全く違うもう一つの別な存在ではないかと
目覚める直前に見た少女の表情に、理屈ではなくそう感じていた。
QB「ただ、その上で」
言いよどんだまま俯いているほむらに、キュゥべぇは言葉を続ける。
QB「極めて例外的なものとして君の言う状況に完全に当てはまる場合がある」
ほむら「……!」
もしかしたらこの先が、最も知りたかった部分かもしれないと思い、
ほむらはごくりと喉を鳴らした。
QB「それは、他者によって記憶の介入が行われた場合だ」
ほむら「? 良く分からないかも……それってどういうこと?」
QB「つまり、他の誰かが意図的に君の記憶を改竄をしたり」
QB「または過去に干渉したり、あるいは世界をそのように創り変えたか」
QB「要するに『現在地点において、過去の記憶や事象が人為的に操作された場合』だ」
ほむら「え、何て……? 世界を……創り……?」
なにを言うかと思えば、昔本で読んだようなSFじみたことを口にするので、
ほむらは思わず吹き出しそうになってしまった。
ほむら「そんなこと……」
QB「出来るさ」
冗談でしょう? と言いたげに笑うほむらに対し、キュゥべぇは自信満々に答えた。
QB「君の存在こそが、その証明に他ならない」
ほむら「え?」
QB「忘れたのかい、暁美ほむら。君たちは願いを叶え奇跡を起こす、この世の条理を覆すことのできる唯一の存在――」
QB「そう、『魔法少女』だ」
魔法少女。それは、たった一つの奇跡と引き換えにして戦いの運命を受け入れた存在。
暁美ほむらも例外ではない。彼女もまた、そうまでしても叶えたい願いが有ったからこそ、キュゥべぇと契約を交わしたのだ。
QB「そんな君たちが何を起したとしても、そして何が起こったとしても不思議じゃあない」
ほむら「……それ本気で言ってる?」
キュゥべぇの言った、一見もっともらしい説明はそれでも突拍子が無さ過ぎてにわかには受け入れがたく
ほむらはどこか得意げな顔のキュゥべぇに対して、言葉を返した。
QB「もちろんさ。まったく……悩んでいる君のためにこうして真面目に答えているのに、笑うなんてあんまりじゃないか」
心なしか怒ったような口調でキュゥべぇは言った。
ほむら「ごめんごめん。キュゥべぇ」
ほむら「……でも、だとしたら誰が何のためにわざわざそんなことするの?」
QB「そこなんだよ。たかだか一魔法少女に対してそんなことをする理由なんて、僕には思いつかない」
ほむら「えっと……」
ほむら(……つまりそれって……キュゥべぇも分からないってこと……?)
>>43に文追加
話している内に、先ほどまでの陰鬱な感情がどこかへ消えてしまっていた。 ←追加
あんなに苛ついていた夕暮れの街並みに
いつの間にか普段感じている暖かさが戻っていた。
ほむら(私の認識で世界が変わる、か……)
自分が何者であろうと、この景色は日々移ろい、
自分が何を考えようと、それは他人とって何ら意味を成さない。
つまり、逆を返せば自分という存在は他者の干渉を受けない訳であり ←追加
常に自分は、自分足り得るのだ。誰にもそれを否定できはしない。
キュゥべぇが言っているのはきっと、そういうことなのだろう。
だとしたら確かに『自分が誰なのか』と悩むこと自体がバカバカしいではないか。
そんな結論に、我ながら単純な性格だなと、ほむらは小さく笑った。
会話を自然な流れで組み立てるのはむつかしいですね
夕方か夜に前みたいにこの後の展開の挿絵を入れたいと思います
絵の場面は次々回あたりでしょうか
そしていつも使ってるお絵かきソフトが死にましたので無編集です
次回は近日中の予定です
おつ
◇
胸の前で点滅するソウルジェム。
瘴気を探知し、その多寡を示すその発光が極大まで跳ね上がった。
ほむら「居た……!」
20メートルほど先の建物の影、暗がりの中で蠢く魔獣を見つけてほむらは呟いた。
念のため、と工場周辺を隈なく調べたほむらの予想が的中した。
魔獣は不定形な球体の輪郭を伸縮させ、時折不気味な笑い声を発しながら宙に浮かんでいる。
獲物が迷い込むのを待っているのだろう。
QB「どうやら相手はまだこちらに気付いていないようだね、チャンスだ」
ほむら「うん……!」
先制攻撃を仕掛けるべく変身するほむら。
ソウルジェムが菱形の結晶体となって左手に装着され、
彼女の身体を包む光が、纏っていた学生服を一瞬にして魔法少女のものへと移し変える。
QB「いつものように落ち着いてやれば大丈夫だ」
ほむらは戦闘において、まだベテランとは言えないまでも新人と呼ばれるレベルはとうに過ぎている。
先手を取っているこの状況ならば、今回も危なげなく事を終えるだろうと、
キュゥべぇはそう思っていた。
QB「……?」
しかし、ほむらの反応は無く、
それどころか、いつまでたってもほむらの攻撃は始まらない。
QB「……? どうしたんだい、暁美ほむら?」
不思議に思い、ほむらを見上げる。
そこには愕然とした表情で右手のソウルジェムを見つめるほむらの顔があった。
ほむら「……いつも?」
ほむら「あれ……? 私っていつも、どんな風に戦ってたっけ……?」
しばしの沈黙を置いてから発されたその言葉は、キュゥべぇの予想外のものだった。
QB「……暁美ほむら、君は何を言っているんだい」
QB「白い翼と弓を武器にして戦っていたじゃないか、さぁ早く、魔獣が逃げてしまう」
ほむら「翼? 弓?」
ほむらの答えはどうにも要領を得ず
その反応をもって、キュゥべぇはある仮定へと思い至る。
QB「さっきの話……まさか、君がなくした記憶というのは……」
ほむらは武器を出そうと必死に念じる。
ほむら「……っ」
しかし、広げる手の中は空のままで、一向に変化が起こる様子はない。
魔獣「……」
突如としてじっとしていた魔獣が、瘴気を辺りにまき散らし始めた。
ほむら「気付かれた!?」
警戒し、身構えるほむら。
QB「……いや、獲物を見つけたのだろう」
濃い瘴気に紛れ、魔獣が姿を消していく。
徐々に輪郭が薄れ、ものの数秒もしないうちに完全に消失してしまった。
ほむら「あ……」
QB「逃げられてしまったようだね」
ほむら「ごめんなさい……」
QB「まぁ、仕方ないさ。今の君の状態でどうこうできたとは思えない」
QB「あのままではどの道、同じような結果になっていただろう」
キュゥべぇはもう魔獣が居なくなってしまったその場所を見ながら、話し終えると、
QB「……それで、いつからだい? 弓を出すことが出来なくなったのは」
ほむら(……)
頭を巡らせ記憶を振り返る。
しかし、その時の様子が全くもってと言っていいほど浮かび上がらなかった。
ほむら「わかん……ない」
ほむら「いつも私は魔獣と戦っていたはずなのに……その感覚はあるのに」
ほむら「どうやって戦っていたかが思い出せない……」
QB「……なるほどね」
キュゥべぇは「ふーむ」と考え込むように唸ってから言葉を続ける。
QB「ならば確認したいことがある」
QB「君はなぜ魔法少女になったか……それを覚えているかい?」
どこかもったいぶった様な、遠まわしな質問をほむらに投げかけた。
ほむら「なんでっ……て」
何故今、そのようなことを聞くのか
契約を交わしたキュゥべぇが一番良く知っているはずだ。
しかし、それはともかくとしても、忘れるはずが無い。
その身を投げ打ってまで叶えた願いなのだ。
ほむら「私が魔法少女になった理由……それは――」
――それは……?
見下ろす両の手が震えている。
QB「やはりね。なぜ魔法少女になり、そしてその時、何を願って魔法少女になったのか」
QB「……戦いの記憶だけじゃあない、君はそれすらも忘れてしまっている」
QB「そして不思議なことに、この現象は僕自身にも起こっている」
ほうら「え……?」
QB「君との契約に関する記録が失われているんだよ。何故か戦闘に関するものは問題ないみたいだけれど」
キュゥべぇは弓を携えるほむらの姿を覚えている。
しかし、契約を交わした場面だけが抜け落ちていた。
ほむらが記憶をなくしたことが判明するのと同時に、それに気が付いた。
それまで、二人とも忘れていたことすら忘れていた。
QB「通常、僕らは情報を別個体と共有、並列化することにより記録を保っている」
QB「そのシステム上、どれか一体だけが何らかの事情により忘れてしまったとしてもそれはカバーされるんだ」
ほむら「つまり……どうゆうこと?」
QB「ありえないことが起こっているのさ」
ほむら「どうしてそんな……急に……?」
左手で宝石を逆の手で覆う。
宝石は冷たく、紫色の光を反射している。
QB「……これは、さっき話した僕の仮定を裏付けるものかもしれない」
QB「恐らく『誰かの意思』の介在が、僕らの記憶に干渉している」
――誰かの意思。
その言葉を聞いたほむらの脳裏に、あの印象的な映像群が押し寄せて来た。
巨大な下弦の月を呑み込む数多の星の川。
舞い上がる無数のクローバーの白。
儚く佇む少女。
両の手から零れ落ちる紫と赤。
横顔から覗く濡れた瞳。
伝う雫の横で動く唇。
それらが閃光のように激しく、そして波のように連なりながら甦る。
一瞬にして。鮮烈に、克明に。
映像の終わりの暗転の中、ほむらの頭の中で金属同士が重なる音がした。
刹那の時の中でたった一度だけ鳴ったその音は、ごくありふれた音のはずなのに
とても懐かしく悲しい音色となって、ほむらの胸の奥で反響した。
ほむら(……これは……時計の……音)
QB「……どうしたんだい、暁美ほむら?」
ほむら「きこえる……」
焦点の定まらない瞳でほむらは呟く。
QB「聞こえる? 何がだい?」
ほむら「こっち……?」
キュゥべぇの問いかけを無視して
ほむらは敷地の外へと歩き出す。
QB「待つんだ、暁美ほむら。どこへいくんだい?」
ほむらの頭の中で『誰か』が呼んでいた。
ほむらの背中を見えざる手が押していた。
次第に歩調は速くなり、眼鏡越しに映る夕暮れの街並みを追い越していく。
どこに行くべきかが分かる。
なにを成すべきかが解かる。
意味不明な夢。
消えてしまった戦いの記憶。
無くなってしまった願い。
ほむら(もしかしたら、私は――)
その身に今何が起こっていて、進むこの先に何が待っているのか。
それはほむらにも想像付かなかったが、そこには理屈を超えた理解があった。
この導きはきっと、紡ぐ因果の終着点、
『運命』と呼ぶべきものなのだと
魔法少女の衣服の奥で、痛いくらいに高鳴る鼓動が
そう囁いていた。
◇
仁美「……本日は少し遅れますので……ええ、申し訳ありませんが……はい、では失礼いたします」
画面をスライドする指の下で、携帯の通話表示が赤いオフ画面に切り替わる。
眉間にシワを寄せた表情でそれを丁寧に鞄にしまうと、仁美は窓際に位置する二人がけのソファに腰を深く沈めた。
仁美「……」
学校帰りの学生同士や家族連れが談笑を交わす大型百貨店のフードコート。
そのまばらな騒めきの中、仁美は決意めいた表情で、さやかが注文している商品を持って
席に戻ってくるのを静かに待っていた。
テーブルの上で組んだ手を見つめながら、仁美はあることを考えていた。
さやかが走って来てまで自分を呼び止めた理由だ。
仁美(……そんなこと、考えるまでもなく決まっていますわね)
言うまでもなく上条恭介に関することだろうと、そう確信していた。
昔から三人でいたのだ、互いの本心は筒抜けで建前など有って無いも同然と言っていいだろう。
仁美(さやかさんも私が上条くんを慕っていることに気がついているはず……)
だとすれば、これからさやかの口から出てくるであろう言葉は謝罪か、慰めか。
仁美(それともあるいは……さやかさん自身を正当化する為の――)
じわりと黒いモノが心に染みだした。
そんな感情をかき消すように、ガラスが隔てた外から喧騒が聞こえてきた。
仁美「……?」
声につられて店外の歩道に目をやると、小学生であろうランドセルを背負った男女三人組の子どもたちが
楽しそうにはしゃぎながら、ガラス越しに眺める仁美の横を通り過ぎていった。
仁美(わたくし達も昔はあんな風に……)
湧き上がる懐古の情と同時に、疑問が心に波紋を広げる。
――じゃあ、今は? と。
仁美(……わたくしはさやかさんのことをどう思っているのでしょう……?)
己への問いかけに答えを探す。
仁美(恋敵となった今でも変わらずに幼なじみで、良き親友で……)
徐々に遠ざかる三人の後ろ姿に、仁美は在りし日の自分たちの姿を重ねてしまったことに
後ろめたさを感じて、それを振り払べくテーブルに視線を戻す。
仁美「――!」
そこにはサンドイッチセットと二つのコーヒーが乗ったトレイが置かれていた。
状況を理解するのと同時に、仁美の斜め上から明るい声が降ってきた。
さやか「おまたせ。いやー結構並んでてさ」
さやか「はいコレ。 飲み物だけでいいの?」
いつの間にか、さやかが席に戻っていたことに面を食らい
差し出されたカップを見つめながら、仁美は固まってしまった。
熱による対流で渦巻くコーヒーから、湯気が立ち上っている。
不意を突かれたことを誤魔化すように、軽く咳払いをしてから仁美はカップを受け取った。
さやか「……?」
さやかは困惑といつもの笑顔を足して二で割ったような表情を浮かべながら
仁美の正面のソファに腰を掛けると、サンドイッチを一口かじった。
カップを持つ仁美の手に、熱が伝わってくる。
仁美(親友……いいえ、違いますわね)
仁美(そして残念ですけれど……たぶんもう、あの頃には戻れないのでしょうね……)
仁美は味のしないコーヒーを含む程度に口にして、それから静かにカップをテーブルに置いた。
沈黙の中で仁美が抱いた感情は、その手に残ったコーヒーの熱とは対照的に
どこまでも冷え切っていた。
今回はここまでです、またあまり推敲してないので訂正するかもです・・・
過去をなぞるのもそろそろ終わりそうですね
次回は未定です
待つのには慣れた
エタらなきゃいいわ
待ってる
生存報告
文章と会話文がうまく書けなくなりました
次回は来週日曜予定です
期待期待
私達の日曜日ってこれでよかったんだっけ…?
そろそろ一週間たったから続きを
さぁ諸君!日曜日だ!
仁美「それで、さやかさん……お話というのは?」
円の縁に消え行く波紋から目を離し、仁美は切り出した。
さやか「……ん」
さやかは口元まで運んでいた2つ目のサンドイッチを皿に戻すと
仁美からは若干視線を外して、食すのには軽かったはずのその口をようやく開いた。
さやか「あー、その……仁美さ、お稽古いっぱい習ってるよね」
さやか「……結構大変じゃない?」
仁美「……そうですわね、この後も行かなくてはなりませんもの」
さやか「あ、そうなんだ……ごめん付き合ってもらっちゃって」
仁美「いいえ、構いません。でも、あまり時間は取れませんので……」
再び訪れる沈黙。
仁美「……それで?」
なかなか本題に入らないさやかに、仁美は続きを促した。
さやか「うん。忙しいって聞いといてなんだけどさ、来月辺り1日だけでいいから、なんとか時間取れないかな?」
仁美「構いませんが……何故?」
さやか「あのさ……仁美……元気、ないよね」
真面目な眼差しが仁美に向けられる。
仁美「そうでしょうか? そんなことありませんわ」
その視線にややうわずってしまった声をコーヒーを飲む動作で誤魔化す。
さやか「……嘘だよ、無理してる」
仁美「……何が言いたいのでしょう?」
さやか「聞いたんだ……」
さやか「仁美が、その……落ち込んでる理由」
仁美「え?」
仁美の眉が跳ね上がった。
仁美(『聞いた』……?)
その伝聞形式の言葉に耳を疑った。
仁美の頭の中が真っ白になる。
さやか「ほむらはそっとしとけって言ってたけど」
さやか「そういう時ってすっごく辛いんだと思う……でも、いつ迄も塞ぎこんでてもしょうがないって」
さやか「あたし、仁美のそんな顔見たくない」
さやか「親友が落ち込んでるとこ見てたくない」
嫌味のない笑顔が茫然とした仁美に向けられる。
さやか「だからさ、全部忘れて一緒に遊びに……なんてさ」
一つ上の先輩、お祝いも兼ねてなどのワードが仁美の頭の上を素通りする。
さやか「どう、かな?」
仁美の認識の中ではサイレント映画のようにさやかの口だけが動いていた。
さやかが事情を知らなかったというその事実は、仁美にとってあまりにもショッキングなものだった。
さやか「まあ、ホラ初恋は実らないって言うしさ?」
意識の隅で拾ったその言葉は臨界迎えるに充分なものだった
仁美(いい加減にっ――!!!!)
残響が店内にこだまする。
店内の誰もが仁美らのテーブルに顔を向けていた。
仁美の両手の平に残る衝撃の余韻。
さやかは突然のその行動に目を丸くした。
さやか「ご、ごめん。余計なお世話だったかな」
失言に慌てて場を取り繕う。
さやか「あ、あたし、あの、ほら空気読めないとこあるじゃん? そういうのホントからっきしみたい、あはは……」
さやか「……それでよく他人とけんかになったりしちゃうけど」
さやか「でも、これは仁美を想ってのことなの、それだけは分かって」
さやか「だって、ねぇ仁美。私達――」
その先の言葉を聞きたくはなかった。
聞いた瞬間に二人の間にあると信じていた『それ』は壊れてしまうから。
さやか「親友だって、そう思ってるから」
さやかがいつもと変わらない笑顔で言ったその言葉は仁美の頭の中を全て真っ白に吹き飛ばし、
心の奥底に突き立った爪が、最後まで守っていた大事なものを無情にも引き千切った。
ふつふつと湧き出でる、やり場の無い怒りが身を焦がす。
仁美(何故……)
両家の生まれである仁美は容姿もそれなり、頭脳も平均を大きく上回り、そしてなにより
それをおくびにも出さない謙虚さもある。異性から見れば十分魅力的だ。
少なくとも目の前にいる人物よりかは――
仁美(それなのに……何故……)
何故、彼の隣に居るのが自分ではないのか。
仁美「……ひとつだけ教えていただけますか、さやかさん」
さやか「え……うん」
仁美が吐き出したひどく重いトーンの声にただならぬものを感じたが、
それが何か分からなかった。
仁美「私が失恋したこと、何時知りました?」
何て答えるのが正解なのか、頭を廻る思考はまとまり切らず
そのまま、沈黙がさやかの答えとなってしまった。
仁美「そう……ですか」
力なく席を立つ仁美。
さやかに背を向けて呟いた。
仁美「さようなら、さやかさん。どうぞ、わたくしの分までお幸せに」
店内のざわめきの中心を割って仁美は店を後にした。
さやか「仁美……」
さやかは最後の言葉と去り際に拭った涙を見て、ようやくさやかは自分がしでかしてしまった意味の重さを理解した。
仁美に掛けた的外れで、見当違いで、謝った内容すら何一つ噛み合っていない慰めの言葉。
解っているつもりになって調子のいいことを並べ立てて、それがどれだけ彼女を傷つけたのかを。
さやか「――っ!」
遅すぎる後悔がようやく足を動かして後を追いかけたが、
既に道の先から仁美の姿は消えて見えなくなっていた。
さやか「最悪だ……あたし」
仁美「楽しいことも幸せなことも、全部どこか遠く……いいえ、有りさえすら」
人気のない公園の隅で中学生の体にはやや小くなったブランコを軋ませ
排気ガスで霞む遠い黄昏た街並みを眺めながら、志筑仁美は呟いた。
仁美(だとしたら、わたくしは死んでしまっているのと同じではないでしょうか?)
仁美「生きる意味……か」
先程から鞄の中で携帯がしきりにわめいている。
相手は美樹さやかか稽古先か。
仁美(どっちでもいいですわね)
着信相手を見ずに電源を切った。
仁美「ふふ……」
死……それも悪くは無いと、軋むブランコの上で微笑んだ。
自暴自棄からくる開放感はいっそ清々しく心地よかった
『じゃあ、死んじゃう?』
頭の上から声が降ってきた。
仁美「だ、誰!?」
ぎょっとして顔を上げ、仁美は辺りを見回す。しかしそこに人影はない。
仁美がここに来た時には誰もいなかった。
それに、見通しの良いこの公園では、誰かが入ってくればすぐに分かるはずだ。
『でも、そんなのつまんない』
今度は背後で声がした。
また同じ声。
今度はさっきよりも近い。耳の直ぐ横だ。
『楽しいほうがいいよね? 幸せなほうがいいよね?』
『あの女を見返したいよね?』
別々な人の音声を切り貼りしたような、不安定な音域の声が吐息と共に仁美の首筋にかかる。
仁美「ひっ……!?」
首が回らない。
『大丈夫、ほんの少し眠るだけ。何も怖くは無いよ』
『目を閉じて、楽にして』
黒い霧が足元から体を這って徐々に上ってくる。
仁美「や……嫌ぁっ!?」
呼吸と共に否応無しに吸い込む霧が、肺と同時に心を満たし、強制的な安心感が仁美を支配する。
仁美「あ……」
『そして目覚めた時、君の望んだモノがそこにある』
仁美「私の……望み……」
夢の魔獣『さあ、君の夢を叶えよう』
夢の魔獣『そして彼女の悪夢を叶えよう』
仁美の心を苛むしがらみが抜け落ちて、代わりに脳にじわりと広がる多幸感。
それに抗えきれず、身体の自由が利かなくなって鎖を握る手が緩み
思考の鈍化と共に、まぶたが重くなる。
仁美「上条……君」
混濁する意識の中で唯一残った認識を呟いて、半開きの手がスカートの上にしな垂れ落ち
底へと堕ち行く意識がはじけて消えた。
仁美「ぅ……ん……」
並ぶ無人のブランコが音を立てて揺れている。
仁美(わたくし……眠って……?)
仁美は眩暈に揺れる頭を押さえて、遊具のそばに備え付けられた時計板を仰ぎ見ると
この場所に着いてからまだ十五分程度しか立っていないようだった
仁美(なんだか悪い夢を見ていたような……)
仁美は背後に気配を感じて振り返る。
遊具の縁に止まっていたカラスと目が合った。
カラスはしゃがれた鳴き声で威嚇するように一鳴きしてから、オレンジがかった空へと飛び立っていった。
仁美(……?)
目元のこわばりに違和感を覚え、手で拭う。
カサついた感触が指先に触れた。
仁美「涙……?」
仁美(何故でしょうか……?)
その理由に思い当たる節は無かった。
こんな僻地のブランコの上で佇んで、まるで深い悲しみにくれて泣いていたようではないか、と
頬に手をあて首をかしげる。
仁美(可笑しいですわね、今のわたくしはこんなにも満たされていますのに)
仁美の足元に伸びる影。
俯いていた視線を持ち上げる。
仁美「あ……いいえ」
仁美「少しだけ、考え事を……」
仁美はかぶりを振って、それから視線の先に微笑みかける。
仁美「でも、なんでもありませんわ」
そして差し出されたままの手を取り、立ち上がる。
その反動でブランコの影が躍った。
仁美「さあ、行きましょうか」
うっとりした表情で見つめる仁美の双眸。
向かい合った線の細い少年は、穏やかな笑みで夕日を背負いながら
しっかりとその手を握り返した。
仁美「――上条君」
今回はここまでです
ようやく日曜日を迎えることが出来ました
ストーリーを忘れてしまっていると思いますので、前スレ948の粗筋&前スレ最初の方をご参照下さい
読んでいただきありがとうございました
そして別なスレの方もがんばっていきたいとおもいます
いったいなにがぁおきたんだ…
乙
前スレを見ても何がなんだかわからなかった
85
現状がイミフなまま話が進んでもアレなので解説を入れたいと思います
現在は前スレの最初の方をなぞっています
理由はQBと魔獣さんが言っていた通りです
でも、何故か全く同じじゃなくて違うところがありますよ
といった感じでしょうか
その辺を解るように書いていたつもりでしたが完全に力不足ですね、すんません
忘れぬうちの保守
保守しておけば落ちないと言ったな
>>87-88
保守ありがとうございます
なんだか最近忙しいです
仁さやパートだるいです
でもはやくまどほむを書きたいです
あとはやくまどほむの薄い本をいっぱい買って読みたいです
生存報告です
保守しておけば云々
補修
3日目暑かったです
生存報告です
以下リハビリなので、本編とは無関係です
『希望よりも熱く、絶望よりも深いもの。 ーー愛よ』
私の記憶の底に埋没するにはまだ比較的新しい、神を貶め悪魔を名乗ったあの日から、
一つの季節が過ぎようとしていた。
最初は度々あった鹿目まどかの覚醒も、今ではそれの起こる頻度は目に見えて減少しており、
彼女の精神は目に見えて安定していようで、おそらく私が用意したこの世界に馴染んだのだろう。
不安や懸念が無い訳ではないが、ひとまずは安心と言ったところか。
なので最近は、授業を抜け出して、校舎の屋上でまだ熱の残った西寄りの風を肌に感じながら
何をするでもなく、こうしてただ視界の端に流れ行く雲と、空の青を眺めるのが日課となってしまった。
念のためまどかの監視目的で学校に来てはいるものの
最早、完膚無きまでに人外とも言えるこの境遇となっては、
勉強や集団生活への適応訓練などといった人間社会の風習など、参加してもしなくてもどちらでも構わないだろうし
そして、何よりも原因である私と彼女との接点は必要最小限でなくてはならない。
下手に刺激してしまっては、彼女の記憶を呼び覚ますことに繋がりかねないからだ。
最も、転校初日のやり取りで不信感を与えてしまったのか、
彼女の方からこちらと若干の距離をとられているが、
それは、寧ろ好都合と言えるだろう。
ほむら「……」
無気力に仰ぐ空を、つがいだろうか、二羽の小鳥が仲睦まじく寄り添って飛んでいた。
堕落の対象が自身である悪魔など聞いたことはないが
こうして無為に過ぎる時間は、同時に鹿目まどかの人間としての人生を守れている証であるのだから
今はこの多大な意味ある暇(いとま)は、そう、私にとっての至上の幸福と言えるのではないか。
ーーそんな昼下がりの思い見と、たった今の今まで此処にあった穏やかな時間が、
余りに呆気なく、そして突如としてその終焉を迎えるなどと、誰が予想しただろうか。
その瞬間、私の身体が僅かに跳ねた。
完全に意識が無防備状態だった私の背後から声がしたのだ。
静寂の中でようやく聞きとれる位の小さな声が。
まどか「暁美……さん?」
何故、彼女がここにいるのか?
何の用? 授業は? 一人きり?
彼女を見て先ず、聞きたいことが瞬時に巡ったが、
それを口には出さずにとりあえず、驚きに見開いた眼と焦りをそれと悟られないように素早く引き締める。
悪魔には余裕が必要だ。
私は無言で彼女の次の言葉を待つことにした。
もういいよ無理に延命しなくても
やる気ないだろ?
a
保守しておけば
ぬ
この1か月で書き上がらなければ依頼を出します
5月から書いてないんだから無理じゃ
出来上がったら立て直してでもやってくれ
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません