男「誰が望んだ姿なのか」 (71)


この世界に必要なのは、力だ。

金にものを言わせる事など、金に頼る事など出来はしないのさ。

多少は役に立つだろうが、あまり意味をなさないんだよ。

何故なら、強者に奪われるからだ。この世界では、それで全てが片付く。


奪われる側と、奪う側。


上手く立ち回れば生き抜けるだろうが、その見込みは薄いだろうな。

強者に取り入り生きて往く。

それも、弱者にとっては今日を生きる為の一つの手段。それを責める奴なんざ誰一人いないだろうよ。



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期待


だがな、その生き方はあまりに危険だ。

強者。奪う側の者達は、力だけで其処に辿り着いた訳じゃない。

努力と研鑽を怠らず、己より強い力を持つ相手は、卑怯で狡猾な手段で躊躇う事無く葬り去る。


そんな奴の側で、生きて行ける筈が無い。

ほんの、ほんの短い間は良い夢を見れるだろうが、体よく使われてお終いだ。

敵の強さを測る為の物差しにされ、能力を確かめる為にわざわざ殺されに行く羽目になる。

上手く生き延びようものなら、その力を危険視され、結局終わり。

余程頭の切れる奴なら話しは別なのかも知れないが、そんな、弱者に希望を与えるような話しは聞いた事が無い。


立場は、逆転しない。


この世界に生まれ出た時に、全てが決まってる。

弱者が強者になる為には? そうだな……

奴等の気紛れで殺される前に、来世に期待して命を絶つ事くらいさ。

あんたが、来世なんて都合の良い物を信じてるならな。あまり、お勧めは出来ないがね。

来世でも弱者になっちまったら……まあ、諦めろ。


今? 生きてる内に? そりゃあ無理だ。

生きてる内に強者になろうなんて奴は、馬鹿も馬鹿、大馬鹿さ。

そいつは、同情される程に残念な脳味噌を持った奴か、自殺志願者だろうな。


もしくは、この世界に存在する筈の無い、希望なんて物を本気で信じまった奴。

まあ、どちらにせよ馬鹿野郎だな。

強くなろうとする。それ自体が、殺される理由なっちまう。


どれだけ頭が切れようと、敢えて馬鹿を演じようと、奪われる側は、奪われる側だってのに……

だから、俺のような弱者は、弱者らしく地べた這いずり回って生きてくしかないのさ。

どこのどいつか知らないが、誰に何を聞いても、きっと俺と同じ事を言うだろうよ。


諦めろ。こんな世界でも、生きていたいならな。


「参ったな。流石に、疲れた」


辺りにある廃墟に入り、片っ端から話しを聞いたけど、あの男の言った通り。

皆が皆、同じ事を口にした。

弱者の住まうこの街。そもそも、街かどうかも分からないが。

ここには、まともな家など存在せず、目に映るのは廃墟、瓦礫、鬱々とした人々の顔。

後は、決して晴れる事のないであろう灰色の空。

晴れるのかもしれないけど、直感的に、僕はそう感じた。


「どうすればいい……」


長い間、歩き続けて分かった事と言えば、僕を知っている人が居ない事。

そして、僕は、この世界の全てを知らないと言う事だ。

この瓦礫や廃墟だらけの景色を見て落ち着きを取り戻している自分を、心底不思議に思う。


「仕方無い。一度、戻ろう」


まずは、始まりから辿ってみよう。


「何か、手掛かりがあればいいけど」


行く当てなんて、最初から此処しかない。始まりはこの廃墟。

何とも薄っぺらい記憶。僕の記憶の始まりは、此処だ。

恐らく教会だろう。大きな杯を両手で持つ女性の像、そして十字架。

穴だらけの天井からは、雨がさあさあと降り注いでいる。


「取り敢えず、降る前に着いて良かった」


知識はあるけど、何をしたのか、どう生きていたのか、それが分からない。


「僕は、どう見ても強者じゃないな」


街に出る前に教会を探索。

その際に砕けた硝子に映った自分を見た。年齢は十代後半か、二十代前半。

童顔で、頼りなさそうで、気弱そうで華奢。強者だの何だの聞いた後では、更に弱々しく見える。


俺か僕か私かで迷ったけど、見るからに僕と言いそうだから、僕と言う事にした。

もし、来世に期待して命を絶った【誰か】の姿が今の僕だとしたら、気の毒だとしか言いようが無い。


「何で、此処には誰も居ないんだ?」


いや、違う。今はそうじゃない。

此処に来たのは、何故此処で気を失っていたのか、それを知る為。

僕が目覚めた時、辺りに人は居なかった。何者かに襲撃されたのだとしたら、おかしい。

大体、体には傷一つないし着衣に乱れもないのだから、襲撃された線は、無いと見て良いだろう。


「少し、休もう」


つまり、戻った所で何も分かりはしない。知っている場所は此処だけ、だから此処に来たに過ぎない。

それに、あんな鬱々とした人達と一緒に居たら、此方まで滅入ってしまう。

出来れば一人になりたかったし、正直、すぐにでも休みたい。


「見た目通り、軟弱な体だ。弱者は弱者らしく、か……」


もし強者に会ったら、何て考えながら、二階部分にある部屋の中で一番穴の少ない部屋へ向う。

周囲に散乱している本に千切れた布を被せ、それを枕代わりに床に寝転がる。

幸い、衣服は厚手の物だから、それ程寒くはない。


休んだら、他に街があるか聞こう。それで、僕を知っている人に会えば何とか……

失った記憶が、ろくでもない記憶だったら?

馬鹿な、こんな人相で悪さなんてするはずが無い。

と言うか、それ以前に、思い出してどうする?

強者と弱者しか居ない世界で、間違い無く弱者である僕の記憶が蘇った所で何が変わるんだ?

僕って、何か後ろ向きな性格だな。体は軟弱なんだから、せめて開き直って前向きな性格になろう。


「食べ物はともかく、寝床があるだけマシだよな」


口に出せば前向きになる……気がする。これからは、そうしよう。

そう言えば、家族とか友達とかいるんだろうか? 恋人は、絶対にいないだろうな。

そんな事を考えながら、初めての眠りに就いた。

寝ます

お休み


「だから、誰も居なかったのか……」


目を覚ました時、気配を感じた。

いや、逆だ。気配を感じて目が覚めたんだ。

元が臆病だからなのか、神経質なのか分からないけど、この部屋に来る前に目が覚めて良かった。

入って来たのは二人。彼等は、まだ一階にいるようだ。

足音も話し声も聞こえないのに、何故か分かる。

まるで以前から備わっているような、そんな慣れ親しんだ感覚。

以前の僕は、逃亡生活でもしていたのだろうか?


「………面倒だな」


それは兎も角、彼等はこの教会の住人らしい。

どうせなら、此処に人が住んでいるかどうかも気付ければ良かったのに。

まあ、こんな生活感の無い廃墟に人が住んでいるなんて、分かるはずが無い。


「どう考えても、見つかる前に逃げた方が良さそうだ」


我が家に勝手に入られて頭に来ない人はいないだろう。見つかれば、間違い無く痛い目に遭う。

何しろ、奪う事でしか生きて往けない世界だ。何をされるか分からない。

心臓の音が耳に響く。思っていた以上に、僕は臆病なようだ。

早く、逃げないと……


「逃げ道は無いし、飛び降りるしかなさそうだ」


穴はそこら中に空いている。

そこから飛び降りればいい。だけど、穴が小さいこの部屋からは無理。

逃げるには、この部屋から出なければならない。瓦礫に身を隠しながら、見つからずに進もう。


「急ごう」


扉が無くて助かった。雨も止んでいるし、物音を立てれば間違い無く見つかるだろう。

二階廊下の瓦礫と柱に交互に隠れ、大きめの穴がある東側の壁から飛び降りる。

一階には男性二人、何やら話し込んでいるからドジを踏まなければ大丈夫。


「誰だ」


大丈夫な、筈だった。

寝ます

乙乙
早いな
昼寝か?


足下にあった石ころを蹴ったわけでも、躓いたわけでもないのに、見つかった。

何者かが新たに侵入してきた事も有り得るけど、彼が発した言葉は、僕に向けられたもの。

大声を出したわけじゃないのに、やけに響く声なのが印象的。

威圧するような声色ではない事が、かえって不気味だ。

怒声の方が場に合っているのだから、その方が良かった。

動く事すら出来ず、瓦礫に身を隠したまま、そんな事を思う。


「姿を見せろ!!」


直後、もう一人の男が発した言葉は、有無を言わせぬ力を持っていた。

男の声に逆らい、今すぐ走り出せば逃げられるかも知れない。


けど、それは無理そうだ。あの穴から飛び降りたとしても、望みは薄い。

見つからないという前提が、崩れている。飛び降りた先に男二人が来て、終わり。

などと、ぐだぐだ考えていても始まらない。僕は、淡い希望に縋るのを止め、立ち上がった。

改めて二人の男を見る。

どちらも黒髪だけど体格は対照的。一人は長身で細身、一人は巨躯で筋肉質、とても分かり易い組み合わせだ。

細身の男も軟弱な感じはしない。危険なのは、寧ろ細身の方な気がする。

見た感じ、巨躯が細身に従っているようだ。


「見た事の無い奴だ。余所から来たのか」


本当に不気味な声だ。不安になってくる……気がする。

声自体が不気味というわけではなく、声に何も含まれていないのが不気味。

何を考えているのかが、全く分からない。

と言うか、余所も何も僕は此処しか知らない。

何と答えればいい? ここは……素直に話すべきだろう。

場所も地名も知らないのに嘘を吐いても、意味が無い。


「違うよ。気が付いたら此処に居たんだ。君達が此処に住んでいるとは知らなかった」

「お前は、何だ」


信じてくれたのかは分からないけど、いきなり質問が変わった。

それも、今の僕には一番困る質問だ。

僕が何処の誰かなんて、僕が一番知りたい。あぁ、何だか、もう色々と考えるのが面倒だ。

あの二人をどうにかして逃げ出すのは無理だという事は分かった。だったら、いっそ開き直った方が楽だ。


「僕は此処で目が覚めた。それ以前の事は何も分からない」


細身の男は、一切表情を変える事無く、巨躯の男に何か指示している。

その内容は聞き取れなかったけど、巨躯の男が僕に向けた獰猛な笑みが、その答えだろう。

逃げようと、そう考えた瞬間。


「お前には、死んでもらう」

「ちょっと待って欲しい、一つ質問がある。階段を登らずにどうやって二階に?」


率直な疑問だった。


「跳んだ」

「あ、そう」


あまりに単純な答えだ。

いきなり目の前に現れたから、不思議な力でも使ったのかと思った。

相変わらず心臓が五月蝿いけど、何故か落ち着いている。

それに、今の僕はきっと……


「何故笑う?」

「いや、分からない」


諦めているから笑っているのか、とも思ったけど、違う。

寧ろ、喜んでいるみたいだ。

こんな大男相手に、戦いが成立するかも分からない。

嬲り殺しにされるだけかもしれないのに、僕は、笑っている。


気が狂ったわけじゃない。

それに、心臓が五月蠅かったのは、どうやら興奮していたかららしい。

まるで、体がこの時を待っていたような、そんな感じがする。


「おかしな奴だ」


という言葉と獰猛な笑みと共に、僕の腹に巨大な拳がめり込む。

吹き飛ばずに済んだのは、巨躯の男が僕の頭を掴んでいるからだ。


「げほっ……」

「見た目より、打たれ強いな」


その後も執拗に腹を殴られ続けたが、気を失う事も無く、全身に痛みが響く。

いっそ頭を握り潰せばいいのに、とか考えながら、口に溜まった血を吐き出す。


「アルバロの言う通りだ。お前は、何なんだ?」

「げほっ……しらない。本当に、分からないんだ」


本当を答えても、拳が止まる事は無い。でも、一つ異変が。

可笑しな話しだけど、内臓を揺さぶられる度、懐かしい感じがした。

それと、顔が徐々に歪んでいくのが分かる。きっと、さっきよりも笑っているに違いない。

さぞ気味が悪い事だろう。僕だって、気持ち悪い。

殴られているのが嬉しいのか? 全く、ますます僕が分からなくなっていく。

でも、どうやら、きっと、恐らく……


「ぐぶッ……お前、頭大丈夫か?」

「異常は無いよ。でも、何だか、殴られて頭がすっきりしたよ」


僕は……僕の体は、戦いたくて戦いたくて堪らないらしい。

寝ます

気になるな


気付けば、殴っていた。

頭を掴まれて吊されている状態だから、大した痛みは与えられない。

そんな状態でも、鼻っ柱を思い切り殴れば鼻血ぐらいは出る。

それに、痛みの大小に拘わらず、鼻を殴られれば涙が出る。

それでも僕の頭を離さないのを見ると、こういう荒事に慣れているのが良く分かる。


さて、どうやったら地面に降り立てるだろうか。宙ぶらりんのままじゃあ、戦えない。

戦えない? そうか、どうやら体だけじゃなく、僕も戦いたいらしい。

僅かな間に色々考えたけど、答えが出る前に、背中に鈍い痛みが走った。


「どこまで耐えられる? お前に興味が湧いてきた」


何か言おうかと思ったけど、上手く呼吸が出来ない。

あぁそうか、石柱に叩きつけられたのか。視界がぐるぐる回るから、何が起きたのか分からなかった。

多分、頭を掴んだまま僕を振り回したんだろうな。

片手で人を振り回すなんて、見た目通り凄い力だ。


「本当に、おかしな奴だ」


全くだ。

体中が痛いのに、まだ笑っているんだから。

それより異常なのは、痛みが走る度に、顔の引き吊りが増している事。


「そんな顔して異常は無い、何て言っても説得力が無いぞ」


それでも、精神的に異常は無い……と、思いたい。

一体どんな顔で笑っているのだろうか? とても気になる。気になるだけで、見たくはないけど。

取り敢えず、手を離してもらわないと始まらない。


「君の腕力の方が、異常だよ」

「……全く気付かなかった。中々やるな」


いつ手にしたのか分からない石柱の欠片を手の甲に突き立てると同時、右肩を蹴り、拘束を解く。

意識的に取った行動では無いけど、とにかく助かった。これで、頭を握り潰されずに済む。

今や、僕が何者かなんてどうでも良かった。


「ふぅ…」


そんな事より、やっと地面に立てた事に安堵しつつ、大きく息を吸う。

軟弱な体な割に打たれ強いみたいだけど、勝てるかどうかは別の話しだ。

いや、待て。

勝つって何だ? 戦うだけでは飽きたらず、僕は勝つつもりでいるのか?

僕からすれば、目の前の大男は間違い無く強者だ。

こんな目に遭えば、怖いとか死にたくないとか思うだろうと、そう思ってた。

でも実際、僕の意に反して、僕は喜んでいる。

喜びに打ち震え、顔が更に歪む。


「訂正。君の言う通り、僕は異常かもしれない」

寝ます

期待してるから、完結してくれよ


何て言ったものの、拘束を解いただけであって、何か策があるわけでもない。

殴り合って勝てる相手じゃないし、微動だにせず此方を眺めている細身の男、アルバロも気になる。

手出しする気配は無い。

自ら手を下す必要は無いという事なのか? それとも、一対一で戦うのが、この世界のルールなんだろうか?


「随分余裕があるな、慣れているのか?」

「え? いや、全く」


繰り出される拳を避け、距離を取る。あの拳が頭上を掠めた時、確信した。

僕には、戦いの経験がある事を。


そんな大層なものじゃないけど、体がどう動けば良いのか知っているようだった。

そのお陰で息を続けていられるわけだけど、それを実感したのも束の間、僕の足は大男に向かって行く。

本当に馬鹿だと思う。だけど、もっと感じたい。

石柱の欠片を突き刺した時の、拳を避けた時の、何とも言えない昂り。

対峙しているだけじゃ、物足りない。


「不思議な奴だ」


その想いに応えるような、獰猛な笑み。岩のような拳を掻い潜り、飛び掛かる。

左手で鎖骨を掴み、更に上を目指す。

あまりに予想外、無鉄砲な行動に、彼は驚き、目を見開いた。

次の瞬間。辿り着いた場所で、僕は、それを掴み取る。


「ぐッ…やってくれたな」


眼窩から血を流す姿は見慣れたもののように感じたけど、全身に走る妙な快感が、それを掻き消した。

僕の右手には、彼の左目がしっかりと握られている。


記憶の無い僕が言うと、とても薄っぺらく感じるけど、今が一番充実してる。


「ぶはッ!!」


何て悦に浸っていたら、顔面に拳を叩き込まれた。

これじゃあ、どっちが目を失ったのか分からない。でも、まだ生きている。

僕を[ピーーー]と言った以上、手加減したとは考えられない。こんな馬鹿力で殴られれば、頭が弾けても不思議じゃないのに。

明らかに異常。流石に、打たれ強いでは済まされない。

確かに痛い、凄く痛い。顔は、鼻血と涙でぐちゃぐちゃだ。でも、それだけ。

僕は、立っている。


「一つ質問」

「何だ」


彼も、目を抉られたのに平然としてる。

もしかしたら、この世界の人間は、皆がこうなのかもしれない。何だか、少しだけ頭が冷えてきた……気がする。


「僕は異常か? 頭じゃなくて、体について聞きたい。君も平気そうだし……皆、こんな体なのか?」

「そんな事は無い、安心しろ。お前は、頭も体も、立派な異常者だ」


本当は優しい人なんじゃないか、と思う程に清々しい笑み。

この言葉を聞いた僕は、曲がった鼻を思い切り捻って治し、溜まった血を出した。

それから呼吸を確認。

さして支障が無いのが分かると、安心して、殴り合う事にした。

寝ます

いい具合に厨二病だな


とは言え、単純な殴り合い、力比べ、耐久力で勝てるとは思っちゃいない。

まあ、最初は素直に殴り合っていた。

でも、僕が何度思い切り殴っても、大した損傷は与えられそうになかった。

金的、喉輪、関節、瓦礫。色々な攻撃を仕掛け、傷を負わせる事が出来た。

その後も、考え得る様々な小細工を試してみたけど、決め手にはならず、時間だけが過ぎた。

その間も、殴ったり殴られたりしたけど……

何を試したとか言っても、残るのは結果。


「中々、楽しかった。戦う事自体、久しぶりの事だったんでな。今は、自由に戦えやしない」


結果、僕は負けた。

血だらけで、呼吸も辛い。体中に軋み、鈍痛が走り、目も霞んでる。


「俺としては、お前を殺すのは少々勿体無い気がするんだが、命令なんでな」


彼は両手を掲げ、手を合わせると、祈るような形にした。

両手を合わせ、一つの拳を作ったのだ。僕に、止めを刺す為に。

あれが振り下ろされれば、僕は疎か、分厚い石床を砕き、一階に崩れ落ちるだろう。


もう、終わるのか? そんなのは嫌だ。

死にたくない。

記憶を失ったのかどうかも分からない。僕が誰なのか、何をしてきたのかも分からない。

でも、一つだけ分かったんだ。


「……しぶといな。足掻く奴は嫌いじゃない。だが、終わりだ」


僕は、戦うのが好きだ。

死んだら、もう戦えないじゃないか。あの高揚、快感、痛みを、まだ味わいたいのに。

だから、無様に這いずり、大男の服を掴んで必死に立ち上がろうとした。

けど、それが叶う事は無く。

岩のような拳と、分厚い石床の間に挟まれ、潰れた。

寝ます


「ぶはッ!? げほっげほっ!!」


何だ? 水? 髪、掴まれてる。水に埋められてる? 息が出来ない、苦しい。

苦しい? 苦しいっていう事は、生きてるのか?

一体、何が起きてるんだ? 僕は押し潰されたはずだ。


「起きたか」

「げほっげほっ……起きた。もう、起きてる」


髪を掴み顔を引き寄せた男は、アルバロだった。まだ、目が霞んで見えないけど、声で分かる。

それより、教会に水が貯まっている場所なんて無かったはずだ。

と言う事は、どこかに連れてこられたのか。

何が目的なんだ? そもそも、殺せと命じたのは、彼だ。

大男が命に逆らったとは思えない。


「本当に、何も知らないのか」

「ああ知らない。此処が何処なのかも、僕が誰なのかも、何も知らない」


信じてなんかいなかった。まあ、当たり前か……表情も変わらないし、非常に読みにくい。

あ、視界が徐々に戻ってきた。部屋が明るい、此処には電気が通っているらしい。

どうやら、僕は浴槽に顔を埋められていたようだ。他には椅子と机、机の上には物騒な物が見える。


「拷問する気か?」

「質問するのは俺だ」


相変わらず、声に色が無い。

感情の無い彼の声は、鋭利な刃物のようで、此方を突き刺してくるようだった。

大人しく従った方が良さそうだ。


「首都直下地震」

「は?」


首都? 首都なんてあるのか。で、地震?

首都で地震が起きたのか。

じゃあ、僕の見た廃墟と瓦礫の山は、地震の結果?


「首都直下地震って……いや、いいよ。続けて」


此方から聞かなくても、色々聞けそうだ。今は黙っておこう。






「お前は、神の声を聞いたか」




寝ます

面白い
続き期待してます


神か……もし本当にいるのなら、目の前の男に何と答えたらいいのか教えて欲しい。

地震の次は、神の声。

訳が分からない。この二つの問いに、一体何の関係があるんだ? 

瓦礫の山、廃墟、強者と弱者。色々と聞きたいけど、聞いた所で答えてはくれないだろうな。

それより、今は素直に神について考えよう。

僕が持つ知識。その中の神は、全知全能というイメージしかない。

その全知全能の神が、人に語り掛けるなんて有り得るのか?

何故、こんな馬鹿馬鹿しい事を大真面目に考えてるのかと言えば、目の前の男、アルバロが至って真面目な顔をしているからだ。

本当に真面目な顔をしているのか分からないけど、表情が変わらないからそう見えるんだろう。


こうして間近で見ると、結構歳上なんだな。三十代前半くらいか。

僕とは違う意味で、頭がおかしいんだろうか?


「聞いているのか」

「え、ああ、聞いてるよ」


どうする? この質問は、とても重要な事のように感じる。

はい、いいえ。

このどちらかで、僕の命運が大きく変わりそうな……気がする。

かと言って、この男に嘘が通じるとは思えない。取り繕っても、すぐに綻びが生まれるだろう。


何しろ、記憶が無いのだから。

ん? 記憶が無いから通じる嘘があるんじゃないか?

そう、僕は神の声を聞いたかもしれない。

記憶を失う以前に聞いていた……かもしれない。

嘘にはならない筈だ。

しかも、教会で倒れていたんだ。神に関連している場所、とかこじつけて話せば行けるんじゃないか?

いや、無理無理。

失った記憶を語っても、信じてくれる筈が無い。


「何度も言ってるけど、僕には記憶が無いんだ。もし聞いていたとしても、憶えてない」


これで良い。

これ以外に、何も言えない。アルバロから応答は無い、何か思案しているようだ。

彼の判断で、何かが決まる。

それが、僕の生死に関わる事だというのが、何となく分かる。

幸い、拘束されてない。

今、僕が殴り掛かれば戦いが始まるだろう。勝ち負けは兎も角、それはそれで楽しそうだ。

寧ろ、それを望んでる。彼の下す判断が、僕にとって悪い方に転ぶ事を。

まだ大男との戦いの熱が冷めてない。自然と、拳に力が入った。


「それが、お前の聞いた声か」

寝ます


強く握った拳を見て、そこから彼は語り出した。表情は、依然として変わらない。

来るべき戦いに備え、強張っていた体は、彼の言葉で落ち着きを取り戻していった。

神の声とは、分かり易く言えば本能。それが、彼の言う神の声。

知識、理性、思考。それら後付けされた物では無く、源泉。

状況等に左右されず、常に体が求める物。常に訴え掛けてくる物。

睡眠、食事、性交。

それと同列に組み込まれている、もう一つの欲求……らしい。


強者。

そう呼ばれる者は、皆がそれを持っているそうだ。

彼等が共通して求める物は、闘争。

どうやら、僕もそれを欲しているようだ。

もし本当なら、僕は日に三度戦わなければ生きて行けない事になる。気が狂ったりしないか、少し心配だ。

何故、人間がそうなったのか?

明確には分からないらしいけど、そこから生まれたのが、強者と弱者という区分。

その後は、聞いた事の無い単語が多数出てきた。

原子力発電、安倍某、2014年、首都直下地震、大国による侵略行為、世界的異常気象。

正直、全く着いて行けなかった。


世界って言うのは、僕が見た廃墟では無く、もっと広い世界の事のようだった。

何となく、変な感じがする。記憶が都合良く削られているような、そんな感じ。

知識にも酷く偏りがある。後、アルバロは外国人という人のようだ。

外国人って事は、僕の見た瓦礫だらけの世界の他に、まだ色々な世界があるって事だ。

ちなみにこの世界、この国は、ヒノモトと言うらしい。

バラバラな知識や記憶云々については、今は置いておこう。

彼が長々と語り、僕に伝えたのは、過去に色々な事があって、ヒトは変わったということ。

寝ます


彼の語った事、その全てが真実なのかは分からない。だけど、何も知らないよりはいい。

何も知らないからこそ、与えられる情報に疑いを持たなければ駄目だ。

この世界を知りたいのなら、自分を知りたいのなら、自分で確かめるしかない。

これ以上、アルバロから何かを得られるとは思えない。そもそも、得られたのかどうかも分からないけど。

色々と話しを聞いている内に、戦いの熱はすっかり冷め、こんな事ばかりをぐるぐると考えていた。

でも、一つ疑問が。


「何故、僕を生かした? 何故、僕に情報を与えた?」


語り終えた彼は、浴槽と拷問器具のある部屋から出ると、僕に部屋を与えた後、外から鍵を掛け、何処かへ行ってしまった。

あの部屋を出てから此処に来る時に見たけど、どうやら此処は地下に造られた施設のようだ。

トンネルのような空間が続いていて、等間隔に幾つもの部屋がある。

彼がどの部屋に入ったのか、出口が何処なのかは分からない。僕の他にも誰か居るのだろうか?


「あの大男は、居なかったな……」


それより明日、また彼と話す事になってる。

僕に何かをさせるつもりなのか? ぱっと考え付いたのは、強者を測る物差し。


初めて話しを聞いた男の言葉が、蘇る。弱者は、強者にとってそういう存在。

たったそれだけの、存在なんだろう。

それだけは、真実な気がする。


「あの男の言った通りになるのか、他に別の目的があるのか?」


どの道、僕にとって好ましい状況じゃない。此処に居ても、何も得られないからだ。

部屋と情報を与えられておいて素直に喜べないのは、彼に表情が無いからだろうか?

いやいや、逆に笑ったり優しくされたら、それはそれで気味が悪い。

でも、出来ればそうしてくれた方が、卑しさや企みが滲み出るだろうし、何より分かり易くて楽だ。


本当なら今すぐ扉を壊して脱出、一刻も早く瓦礫と廃墟だらけの地上に戻りたい。

色々な場所へ行き、様々な情報を得る。それを続けていれば、いずれは僕が誰か分かる筈だ。

欲を言えば、戦いたい。

それに、ベッドやトイレがある部屋より、曇り空に覆われたあの景色を見ている方が落ち着く……気がする。


「何にせよ、此処を出るには暫く時間が掛かりそうだ」


アルバロが従えている人間は、あの大男だけではないだろう。

この部屋から飛び出してとしても、複数人に囲まれてしまえば終わりだ。これだけの空間に誰も居ない筈が無い。


戦うのは楽しいけど、死にたくは無い。

死にたくないから戦うのか、戦いたいから死にたくないのか……

あれ? あぁそうか、結局、戦う事には変わりないのか。

それは兎も角、地下施設の出口を把握してからでないと、脱出は出来ない。

と言うか、アルバロが僕に何かをさせるという前提で考えてるけど、全ては明日にならないと分からない。


「考えても始まらない、今は寝よう。まだ、あちこち痛いし」


どうなろうと知ったことか、どうせ何も知らないし、僕には失う物なんて一つも無い。

だったら、思い切り開き直って生きるだけだ。

こうして考えてみると、記憶が無くて良かったのかもしれないな。

寝ます

乙です

どうしたんだ



鬼姫「早く来ないかしら」
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申し訳ありません。

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