肇「だから、湯呑」 (25)
モバマスSSで、凛視点な何かです。
凛「プロデューサーってさ……」
Pと凛が、こんな感じの世界です。(続きになるのかも)
お付き合いいただければ幸いです。
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「おはようございます」
次の仕事まで、何をするでもなく待っていると、不意に声をかけられる。
「あれ……肇、どうしたの?」
振り返った先にいた意外な人物に思わず、座っていたソファーから立ち上がる。
「ていうか、こっちに帰ってたの?」
「つい先程」
一週間前から実家に帰っていたはずの肇は、後ろ手に引いていたスーツケースを軽く叩きながら涼しげに言う。
「あ、それでスーツケース」
一週間の帰省にしては、結構本格的なスーツケースだ。それなりに重いだろうに、寮にも寄らずに事務所に来るなんて。
「そんなに事務所が恋しかった?」
「お土産、置いていこうと思いまして」
私の冗談めかした言葉に、肇はやっぱりどこか澄ました調子で答える。なんだか初めて肇が事務所に着た頃を思い出してしまう。
「肇。敬語敬語」
「あ、そうだった」
それはそれで懐かしいけれど、やっぱり親しい相手からよそ行きの対応をされると寂しい。
「久々に実家でゆっくりしてたから、つい」
「実家、厳しいんだっけ?」
だから、私の指摘に目を丸くしてから表情を緩めた肇を見て、私も思わず頬を緩めてしまう。
「そういうわけでもないんだけど、流れてる空気が引き締まっていて」
故郷を思い出してか、少しだけ寂しそうな表情をみせた肇は、だけどすぐに笑顔に戻ってスーツケースとは別の鞄から小さい包みを取り出す。
「はい、事務所へお土産のきび団子」
「おぉ、岡山って感じ」
「だと思って選びました」
私の反応に、肇はくすくすと笑いながら丁寧に包装を解いて岡山土産をテーブルに置き、私とは反対側のソファーに陣取る。
「じゃ、さっそく一つ……」
「あ、それじゃお茶淹れるね」
最近のお土産らしく、一つ一つビニールで包装されたきびだんごに手を伸ばしたところで、せっかく座った肇が立ち上がる。
「ん、いいよ。帰ってきたばかりなんだから、ゆっくりしてなよ。お茶なら私が……」
さすがにそんな事はさせられないと、慌てて立ち上がろうとしたところで、
「私が淹れますよ」
不意に肩に手を置かれてしまい、うまく立ち上がるのに失敗してソファーに思い切り身を預ける。その手の主を見上げると、ここの事務員、ちひろさんがにこにこと笑っていた。
「あ、ちひろさん。ただ今戻りました」
「はい、お帰りなさい。元気そうで何よりです」
立ち上がっていた肇がおじぎすると、ちひろさんは一層笑みを深める。
「ちひろさん、休憩ですか?」
「はい。一区切りついたので、若い子達のパワーを貰おうかなと思いまして」
そんな事を冗談めかして言うちひろさんだけど、実際いくつくらいなんだろう? 見た目は普通に若く見えるけど、仕事ぶりは堂に入ってるし……
まぁ、さすがの私もそこにずけずけ立ち入れるほど子供じゃない。
「ちひろさんも若いじゃないですか」
「ふふ、凛ちゃんには特別良いお茶を淹れてあげます♪」
なので、ちょっとだけ賢しい返答をすると、ちひろさんの機嫌が一割ほど増しで良くなった気がする。
「特別良いお茶って……この間のイベントの残りだよね?」
誰かさんが張り切って仕入れすぎたお茶だ。当時の事を思い出して小さく溜息を吐いた私を見て、ちひろさんや肇は苦笑する。
「それでも、良いお茶には変わりないですよ」
お茶に罪はありません、と続けたちひろさんは、鼻唄まで歌いながら給湯室に消えていく。
「それもそっか」
まぁ、お茶じゃない誰かに罪があるか、それは置いておくとして、
「……でさ、肇」
再びソファーに身を落ち着けて、きびだんごの箱を覗き込んで食べようかどうしようか迷っていたらしい肇に声をかける。
「さっき、事務所へお土産って言ってたけど、何か含みがあるように感じたんだけど」
「さすが凛ちゃん。鋭い」
私の言葉に、肇はきびだんごから視線を引き剥がし、私に向かって今日一番の笑みを見せる。
「そうやって切り返すんだもんなぁ、肇はずるい」
「今回のは自信作だから」
そう言って清々しい笑みを浮かべる肇を、少し羨んでしまう。何に対してそういう感情を抱いたのかは、正直私自身にもちゃんとは分からないけど。
「また湯呑?」
「うん。事務所で使ってもらえるのって、やっぱり湯呑くらいかなって」
「……プロデューサーの机、湯呑で埋まるんじゃない?」
確か、もう二つか三つ受け取っていたような気がする。
「そ、そこまでは渡してないけど」
「肇が実家に帰るたびに増えてる気がするけど」
少しだけ頬を朱に染めた肇に、不意に悪戯心がくすぐられる。
「あの人の家の神棚には、最初に貰った湯呑が祀ってあるって話まであるし」
「そ、それはちょっと恥ずかしい……」
「噂だよ、一応。なんか、プロデューサーならやりかねないけど」
肇は年上で落ち着いていて、頼りになる存在だけど……時々妙に無防備というか、可愛いと思えてしまう瞬間がある。
まぁ、大体あの人が関わってくる時だけど……今もまさにその状態で、肩をすぼめて俯く肇は結構な破壊力だ。
何となく満足。
「さすがにそれは脚色され過ぎな話ですよ」
「あ、ちひろさん」
私が満足したところで、給湯室からお盆を抱えたちひろさんが戻ってくる。
気のせいか、さっきよりもさらに機嫌が良さそうだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。でも、どうして脚色って知ってるんです?」
まだどこか恥ずかしげな肇が湯呑の中のお茶に視線を落としながら尋ねる。
確かに、さっきのちひろさんは断言していたけど、どうしてだろう?
「この間、Pさんの家にお呼ばれしましたから」
「え!?」
「な、なんの用事で?」
肇が思わず湯呑から視線を跳ね上げてちひろさんを見る。かく言う私も。
「わぁ、素敵な反応。ちょっとお仕事で、見せていただきたい資料などがあっただけで、疚しいことはありませんよ?」
ちひろさんは、相変わらずにこにこ笑いながら淀みなくそう言う。
「わざわざPさんのお宅で、ですか?」
と、これは肇の言葉。さっきから視線をちひろさんの目線から外さない辺り、肇も私と同じなんだよなぁ……
「わぁ、疑惑の眼差しが痛い。ていうか、後ろ暗い事してたら、わざわざ話題に出しませんよ」
「それもそうですね」
ちひろさんの、少しも動揺した様子のない物言いに、肇の肩から力が抜ける。あれ、そこで納得しちゃうんだ。
「それで、神棚はさすがに誇張され過ぎですけど、私室に大事そうに飾ってありましたよ」
「何で仕事の話に行って私室に入る必要があったのかすごく気になるんだけど」
残念、私はまだ納得してないから、ちひろさんの言葉を見逃さない。
「まぁまぁ。凛ちゃんのあげたチョコの包み紙も大切そうに保管してましたよ。中身は、さすがに食べちゃってましたけど」
「ほ、ほんと?」
わ、思わぬ情報に声が上ずってしまった。恥ずかしい。
「まぁ、Pさんはご自分の担当アイドルのこと大好きですからね」
私の反応に、ちひろさんが笑い混じりに言う。
「そう言われて、悪い気はしませんけど……」
だけど、そのちひろさんの言葉に、意外にも肇は眉を寄せて苦笑する。
「肇が、そういう言い方するのはどうなの?」
「どういうこと?」
それがどういう意味か、深く考えるよりも先に言葉が出ていた。そんな私の物言いに、肇も少し驚いた様子でこちらを見る。
「肇はプロデューサーの一番のお気に入りなのに、それが嬉しくないみたいに言われると、ちょっとやだな」
「まさか。それは、とても嬉しいことだけど」
「けど?」
その様子に、ますます後に引けなくなった私の、やや子供じみた言葉に、だけど肇は穏やかな笑みを浮かべたまま、
「私は、多分凛ちゃんよりも欲張りだから」
静かにそう言った。言葉の調子はいつもの肇のそれなのに、いや、そうだからこそ不可思議な迫力があり、思わず私は言葉を失った。
「……二人共、アイドルなんですから、程々にしておいて下さいよ?」
そんな私達のやり取りを見ていたちひろさんが、二つ目のきびだんごに手を出しながら言う。言葉とは裏腹に、相変わらずにこにこと笑ったままだ。
「あら、ちひろさん。私はスキャンダルなんて起こすつもり、ありませんよ?」
そんなちひろさんに、肇は少し真面目な顔を見せて、
「せっかくPさんが叶えてくださった夢なんですから」
そんな風に言った。そりゃそうだ。私達はアイドルで、あの人も、そうある事を望んでる。その道を自ら断つような事は、絶対ダメだ。つまり、
「ばれなきゃOKって事?」
「凛ちゃん、いくら何でもそれは……」
そういう事かと思ったら、違ったらしい。やばい、これはちょっとどころじゃなく恥ずかしい。
「あ、今のなしで」
「聞かなかった事にしてあげます」
慌てて撤回すると、珍しくちひろさんにまで溜息を吐かれてしまった。うぅ……
「それじゃ、肇のさっきの意味は?」
「うーん、凛ちゃんがPさんに抱いている気持ちと、私のそれは、きっと似ていても違うものだと思うから」
「そう、なの?」
照れ隠し半分、肇に言葉の真意を問いつけると、彼女は宙に視線を泳がせて、言葉を探す。
「それは、ちょっと私も興味ありますね」
ちひろさんも好奇心というか、野次馬根性を隠そうともせずに身を乗り出して肇を窺がう。
「そんなに身を乗り出して聞くほどの事じゃありませんよ」
私達の様子に困ったような笑みを浮かべた肇は、
「そうですね、うまく言葉にはできないけど……私はPさんの湯呑になりたいなって、そんなところかも」
何とも妙な結論を出してしまった。湯呑って、何の事かさっぱり分からないんだけど。
「湯呑プレイ……肇ちゃん、若いのにそんなマニアックな」
と、思ったのは私だけで、ちひろさんには伝わったらしい。しかも、何かすごい怪しい響きの言葉まで飛び出した!
「え、え、どういう意味なの、肇!?」
「ちひろさん、変な言葉作らないでください。凛ちゃんも、騙されちゃダメだよ」
思わず肇に詰め寄った私の頭を、肇は溜息混じりに軽くはたく。
「ご、ごめん。でも、ちょっと抽象的すぎる言い方する肇も悪いってば」
ダメだ、今日は肇に呆れられてばかりな気がする。何となくばつが悪くて、何とか体勢を整えようとした言葉も、
「凛ちゃんがそれを言うかな」
「ですよね~」
肇に軽くいなされた。
「……私の事は、今はいいでしょ」
というか、今あの時の事を蒸し返すのはずるい。
「あれ? この間は何?」
何も言えなくなった私が、せめてもの抵抗に肇に抗議の視線を送っていると、それに気付いた肇が困ったように私とちひろさんの間で視線を行ったり来たりさせる。
「説明を要求します!」
そんな肇に、私に代わってちひろさんが、この場の総意を強い調子で表明する。ナイスちひろさん。
「さっきのじゃダメですか?」
「ダメ!」
この機を逃すまいと、私も戦線に復帰する。
「ん~……自分でもうまく言えないけど、日常の中に溶け込むくらいには、必要とされたいかなって」
私達の剣幕に観念したか、再び眉を寄せながら何と言ったものか考えていたらしい肇は、やがて導き出した答えを、柔らかな表情で私達へ投げかけた。
「そ、それって」
「ははぁ、肇ちゃんは結婚願望が強いんですか。ちょっと意外な気もしますが」
そう、ちひろさんの言う通り、肇の言葉はつまり、そういうこと? というか、それじゃ私の気持ちと違うっていう意味が……
「あはは、そういうわけじゃないですよ。別にそういう契りをPさんと交わしたいと思っているわけでもないです。むしろ、そんな足枷は邪魔なくらいです」
と、思ったらそれを本人がすぐに否定する。
「う~ん、分かんないなぁ。結局、肇はプロデューサーの何になりたいの?」
そんな私の問いに、
「だから、湯呑」
肇は、今度は迷わずそう答えた。それも、清々しい笑みで。
「ダメだ。日本語が通じない」
「凛ちゃんがそれを言うかな」
「ですよね~」
「だから、あれはちょっと外国に行ってテンションが上がっちゃっただけだってば! 蒸し返すの禁止!」
二人共ひどい。ちょっと熱くなった頬を押さえながら、肇の言葉の意味を考える。日常的に必要とされるのが、湯呑?
結局肇は、プロデューサーをどうしたいのだろう?
「まぁ、でも」
「……?」
出ない答えを探していた私に、
「少し、俗っぽい言い方をするなら、う~ん……」
少し意地悪な笑顔になった肇は、
「Pさんの隣は、誰にも譲らないってとこ、かな?」
静かにそう言って立ち上がると、事務所の入り口へと歩き出す。
「あれ、もう帰るの?」
私の思わずかけた声に振り返った肇は、女の私でもドキっとするような不思議な色香を感じさせる笑顔を見せた。
「いいえ、帰ってくるんです」
「……わ、どうやって調べたんです?」
「さぁ?」
その表情に私が思わず息を呑んでしまった横で、ちひろさんが珍しく本気で驚いているらしく、いつもの笑顔を忘れて目を丸くしている。
そんなちひろさんに、悪戯っぽく笑った肇が私達に背を向けたとほぼ同時、事務所の扉が開いた。
「お帰りなさい、Pさん」
「うぉ、びっくりした! そっちこそ、お帰り。実家はどうだった?」
開いた扉の向こうにいたプロデューサーが、驚きと喜びを半々に混ぜ込んだような表情を浮かべている。
思わず時計を見れば、確かにプロデューサーが帰ってくる予定の時間になっていた。どうして肇がその時間を知っていたのかは、本当に謎だけど。
「いつも通り、平和でしたよ。この間のステージの映像を見せたら、祖父が自分も東京に出て、Pさんに直接お礼を言いたいってきかなくて大変でした」
「はは、相変わらずお元気そうで安心したよ」
「そうだ。とっておきのお土産があるんですよ。受け取ってくれますか?」
「お、何だ? 楽しみだな……」
そのまま、プロデューサーの席へと付き添うようについていく肇の表情は、間違いなく今日のどの瞬間よりも輝いていた。
「まさか、このために事務所に?」
その姿を見送ってから、何となく吐いた溜息と一緒に、ちひろさんに尋ねていた。
「さぁ、どうなんでしょう? 」
なにやら難しい顔をしていたちひろさんだけど、私の言葉にいつもの笑顔に戻って答える。
「なんだか、肇って話せば話すほど分からなく気がするな」
「そうですか? 誰かさんよりは、よっぽど素直な方だと思いますけど」
「誰かさんって?」
「さぁ、誰だと思います?」
「ノーコメント」
冗談めかして首をすくめてから、少しだけ背伸びして、プロデューサーの席の方を見ると、プロデューサーは座りもせずに肇と話していた。
「プロデューサー、楽しそうだね」
「あら、妬けちゃいます?」
「そりゃ、多少はね」
ちひろさんの言葉に、肩を竦めながら、しかし実際のところそんなに暗い感情を抱いていない自分に気付く。
「でも、何だかあの二人って親子とか、兄妹とか、そういう感じがするから、他の娘と仲良くしてる時よりは、マシかな」
肇と話していると自分と同じじゃないかと思わされる事の方が多い。
だけど、肇がプロデューサーといるところを見ると、なるほど肇が言うとおり、私とは違うんじゃないかと思ってしまう事の方が多い気がする。
「あらら、随分と本音をこぼしてくれるんですね」
「私は素直だからね」
「ふふ、そうですね」
見れば、ちひろさんも首を伸ばしてプロデューサーと肇の事を見ているらしい。
「それにしても……湯呑、かぁ」
二人して、あんまり良い趣味じゃないな、なんて思いながら、先程の肇の言葉を思い返す。
「凛ちゃんも湯呑プレイに興味あるんですか!?」
「ちひろさん、流石に同じネタで二回は引っ掛からないよ」
「あら、つれない」
私の反応に、ちひろさんはつまらなさそうに唇をとがらせてお茶を飲む。
「ちひろさんの湯呑って、肇から貰ったわけじゃないですよね?」
「あら、これですか?」
ふと、その手の中にある湯呑に視線が吸い込まれる。
寿司屋で見るような、漢字がいっぱい書かれている湯呑だ。
まぁ、寿司屋のあれと違って、書いてあるのが全部金へんの漢字ってあたりが、何ともちひろさんらしいけど。
「さすがに、これは肇ちゃんのセンスじゃありません。ていうか、そんな事聞いたら激怒しますよ。肇ちゃんのお爺さんが」
「あはは、そりゃそうだよね」
「これは、まぁ安物ですよ。大昔にデパートの安売りで買った」
そう言ったちひろさんは、笑いながらも何かを懐かしむように湯呑をそっと撫でる。
「でも、気に入ってますよね?」
「そりゃもう。これでも一応、いろんな思い出が詰まったものですから」
「肇が言いたいのは、そういう事なのかな?」
「さぁ? 多分、肇ちゃんにもハッキリと分かってるわけじゃないと思いますけど」
湯呑の口を軽く指で弾いたちひろさんは、
「そうなの?」
「何となく。勘ですけど」
その指で唇をそっと押さえてそんな風に言った。
「あ、なんか大人っぽい」
「そりゃ、大人ですから。凛ちゃんや肇ちゃんより、色んなことを経験してますから」
そこまでは格好良かったのに。
「お、男と女のこととかも……?」
「……ま、まぁ、人並み程度は」
続く質問に対する答えで、台無しだった。
「目が泳いでるけど」
「貴女達よりは経験あります!」
私の指摘に、ちひろさんが不本意だと言わんばかりに胸を逸らして言った言葉を、
「な~にをアイドルに力説してるんですか」
「あ、Pさん。これはお恥ずかしいところを……」
私の代わりにプロデューサーが突っ込んだ。なんてタイミングだろう。
案の定、思わぬ伏兵に、ちひろさんが表情を崩して顔を真っ赤にする。
今日はちひろさんの珍しい表情の大安売りだ。本気で恥ずかしがっているところなんて、初めて見たかもしれない。
「いやぁ、珍しくちひろさんの可愛いとこ見れてラッキーですよ。あ、肇のお土産一個もらっていきますね」
というか、何でプロデューサーはこっちにいるんだろ。肇の姿も見えないし。
「とっておきのお土産があったんじゃないの?」
「そのためだよ。お茶請けが欲しかったんでな」
あぁ、そういうこと。自然と視線は給湯室の方へ向く。多分、肇がいそいそとお茶を淹れているところだろう。
「あ、そ」
「全くもう……可愛いやつだな」
面白くない感情が隠しきれずにいた私の頭を、プロデューサーの大きな手が優しく撫でる。あ、またやっちゃった。
「ぅ、ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないだろ。仕事までもう少し待っててくれ」
「……うん」
「ふふ」
プロデューサーに撫でられた頭を抑えながら俯く私に、ちひろさんが小さく笑う。
「あ、笑うなんてひどい」
「まぁまぁ、可愛かったからつい」
「もう……ちひろさんまで」
「まぁ、凛ちゃんの気持ちも分かりますよ」
恥ずかしくて俯いたままの私に、ちひろさんは優しい口調で言う。
「へ?」
「肇ちゃんの気持ちも」
思わず顔を上げると、何だか大人の顔をしていたちひろさんの、やっぱり優しい視線にぶつかる。
「あの人、変なとこで真面目ですから」
「分かる!」
「うわ!?」
と、ちょっと良い話が始まりそうだった雰囲気を、突如現れた川島さんが粉々に砕いた。
「分かるわ、ちひろさん。週末くらい、飲みに付き合ってくれてもいいわよね?」
どこから何を聞いていたのか、川島さんは腕を組み、うんうんと頷きながらそう続けた。
「そういう意味ではないんですけど。あと、私は週一くらいでPさんと飲みに行ってますよ?」
「……分からないわ」
絶好調だった川島さんが、ちひろさんの一撃であっさり沈んだ。
「あぁ、川島さんの背中が泣いてる」
「そっとしときましょう。川島さんも大人ですから、理由くらいは分かってますよ」
ちひろさんが、どこか遠い目で川島さんの背中を見送る。あ、これはやな大人だ。
「ていうか、ちひろさんってプロデューサーと絡んでる事多いよね?」
「そりゃまぁ、小悪魔達の我侭に疲れたPさんを癒す天使ですから、私」
「天使、ね」
「何か問題でも?」
「いえ、別に」
私達が不毛なやり取りをしていると、
「はぁ、楽しかった」
何ともやりきった感のある、清々しい表情の肇が戻ってきた。
「肇、もう良いの?」
「あんまりPさんのお仕事の邪魔もできないから」
「聞き分けが良いなぁ」
私や加蓮なんかだと、もっと困らせてる気がする。
「そうかな。お仕事の邪魔して、新しい湯呑使ってもらっちゃったけど」
と、思ったけど、確かにそうかもしれない。ていうか、自覚しながらやり切るあたり、肇も強かだなぁ。
「そういえば、古い方の湯呑はどうするの?」
「んー……Pさん次第だけど」
ふと気になったから言い出したことだけど、ここでふと頭に閃くものがあった。どうせ余らせるなら……
「私が、貰っちゃうとか?」
「凛ちゃんって時々妙な方向に走り出しますね」
ちひろさんの言葉に、ハッと我に返る。何口走ってんだ、私!?
「へ、変な意味じゃなくて! 普通に、お湯呑って私事務所には持ってきてないし、そういうのが欲しいなって思ってたとこで」
慌てて釈明……ていうか、そもそも変な意味じゃなくて、本当に湯呑が欲しかっただけなんだけど、改めてそう言うと、もう言い訳にしか聞こえないっていうか……
「Pさんが良いなら良いけど……でも、凛ちゃんには凛ちゃんの湯呑を作りたいな」
「え?」
テンパる私に対して、肇はいつもの柔らかい笑みで、そんな事を言った。
「私、土をこねる時は、使う人の事をイメージしてものを作るんです。Pさんに作ったものは、Pさんに使ってもらうのが一番嬉しいし、凛ちゃんになら、凛ちゃん用のものを用意したい」
「そ、そっか。ありがと」
そして続いた言葉に、思わず頬が熱くなる。こういうのを素で言えてしまうのも、肇らしいっていうか。
「なかなか芸術家肌ですね、肇ちゃんは」
「そうでしょうか? 私にとっては、釣りのようなものなんですけど」
「釣り?」
「はい。土をこねながら、その土がなりたがってるものと、私がイメージするものがピタッと合った瞬間の形を、土の中から抜き取るんです。じっとイメージがカタチになるのを待ちながら、一瞬の閃きを逃さない俊敏さ。そのバランスが釣りと似てるかなって」
「それが、肇ちゃんのアイドル像でもあるんですね」
「ふふ、そうかもしれません」
そう言った肇を、何だかいつもより遠くに感じた。それはきっと、私の知らない肇を知ってしまったから、なんだと思う。
「凛ちゃんの場合、イメージが綺麗に纏まりそうで……だから凛ちゃんのためのものを作ってみたいんです。単純に友達にプレゼントしたいって気持ちもあるけど」
「ぅ、なんかそう言われると照れるな」
だけど、遠くなった分の距離を縮めると、きっと以前より近くに感じることができる。友達ってそういう事なんだと思う。
「とはいえ、次に実家に帰るのもいつになるか分からないから、当面はPさんのお下がりかな」
「え、結局そうなるの? いや、言い出したの私だけど」
「ただし、Pさんとの交渉は自分でしてね」
私がそんな事を考えていると、肇が意外な着地点に話をもっていってしまった。
「え……」
「さて、それじゃ私は帰るね。荷物も邪魔になっちゃうし」
そして私がそれに戸惑っている間に、
「あ、うん。お疲れ」
「お疲れ様でした」
「お邪魔翌様でした。あ、ちひろさん、お茶ご馳走様でした」
肇はテキパキと帰り支度を整えて、颯爽と事務所から出て行ってしまった。
「なんか、今日は終始肇のペースに巻き込まれた気がする……」
「ま、機嫌が良い時の肇ちゃんは無敵ですから」
その姿を見送ってから、何だか妙に疲れて、ソファーに身を投げ出す。
「ちひろさんは強いなぁ」
「色んな子達の相手をしてますからね。さて、どうするんです、凛ちゃん?」
「どうするって、何が?」
脱力する私に、ちひろさんが何だか悪戯っぽい調子で、
「だから、湯呑」
どこかで聞いたようなフレーズを口にした。
取りあえず、いったん終わりです。
お目汚し失礼しました。。
やった!肇ちゃんのssだ!(歓喜
すごい良いよ!最高だよ!なんていうか口調だとか雰囲気だとかが、ほんとしっくり来る!いやマジで嬉しい。ありがとう。
乙
素晴らしい
乙
肇ちゃん可愛いよぉ!
乙
前も思ったけどあなたのSSはいい雰囲気出てるわ
>>20
続きを期待してもいいんですね?
次は加蓮あたりかな。
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