とりあえず期待

面白そうだけど改行してくれさい
息が詰まりそうだ

好きな時間ほど早く過ぎるとはよく言ったものだが、その日に私も同じ経験をすることが出来た。

昼食後に暫くして渋々と仲間に連れられるがままに、座学を欠席することは当然出来なかった。

自分の席についた途端、別の席が一つ空けてある事に私は気付いた。それが誰かによって意図されたものだと直ぐに分かったのは、恐らく着慣れたことで縒れた訓練服が椅子の上へ丁寧にたたんで置いてあったからだ。

特に気に留める必要も無かったのだが、不思議にもそれが醸す異様な雰囲気に誘われて私は暫くそれを見つめていた。

教鞭を持つ者に声を掛けられることで私の向けた意識は簡単に遮断されてしまった。無論、分かったことと言えば双剣の印―――あるいは訓練兵の証とも呼べる―――そこの縫い止めの紐がほつれている程度のことだった。

自分の所為と言えど、講義など何度も気にすることも無く聞き逃している私にとって、教師に意図して掛けられるのは気分の良いことではない。まして、体調の優れない日だ……ありがたいことに何処かで答えを囁く声が立ち、何とか難を逃れた。

講義が終わると言われたのは、こんな感じの台詞であっただろうか。

『エレン、ちゃんと先生の話は聞いてなきゃ駄目だよ。戦うことは相手を知らなきゃ出来ないことなんだからね、だからもっと勉強してさ…ちょっとしか関係ないかも知れないけど、単位とかもあるし』

返答として、素直に礼を告げたことで逆に気味悪がられたのは言うまでもない。勿論、彼も冗談半分の反応だったが。

時計の短針は九十度しか動いていなかった。まだ夕食までにはいくらか時間がある。硬い地面は柔らかくなってしまったが、幸か不幸か雨は上がっていたため、厚着をして施設の周りを一周してみようと、まるで元々そう決まっていたかのように私は部屋へ服を取りに行った。

自分の服に触れた時、先程の記憶が再び蘇える。あの服の持ち主は一体、誰であろうか…。探して伝えようという気など甚だ無いが、その日の体調も重なって何故か気になったのである。

乙
ここからどうタイトルに繋がるのか期待

考えた時間は率直に言ってしまえば無駄に終わった。当然のことだが、そこにあの服は無い。余計なことに時間をかけて再びあの午前中のような気だるさを感じるのは懲り懲りである、上着に片腕を通しつつ私は足早に部屋を後にした。

外への扉をゆっくりと開けたとき、髪の上に雨粒の残りが多く滴り落ちた。今ならば涙のような等と比喩しようか...その当時は言うに耐えない。運が悪いと手で払って歩み始めた。

地面の状態は頗る悪い。安価な靴の横側からは次第に泥水が浸食して来る感じが伝わった。辛うじてそれは一種の軍需品だったために多少の重厚さも兼ね備えており、足を持ち上げるのが重く感じるだけで直接濡れるまでには至らなかった。

私は時折駆け、時折歩き、時折競歩をして外枠の一周を試みた。こうして何も考えずに歩き回っていると、不意にも子供の思い出が自然と湧き出てくる。

『エレン、本当の自分って分かるか？』

「どういうこと？俺は俺だろ」

『それがそうでもないんだ。父さんは時々自分が分からなくなってしまう』

「ははは、ばっかみてーだな」

『本当の自分は自分を疑ったとき、深く考えたときにだけ姿を現す。誰かに決められるものじゃない、お前が決めるんだ。エレン』

「...？何言ってるかさっぱり分かんねーよ」

父が伝えようとした真意は測りかねるが、その一方で何を告げたかったのかは今になって分かる。自分でも気づく事が出来ない本当の自分...父は既にその存在に気付いていたのかも知れない、いや感傷的に言えば見えないそれと戦っていたのかも知れない。

そこまで思い出したとき、小石がつま先に当った。幾何学に軌跡を描いて転がったそれは、運悪く、奇跡的に、草陰に佇んでいた小さな雨蛙に衝突した。

蛙はその場で息を引き取ってしまった。

的に当った程度のことしか考えなかったと思うだろう。だが、当時の私でさえその瞬間には耐え難いイメージを回想させられていた。

数年前の超大型巨人と鎧の巨人による進撃、我々人類は一瞬のうちにこの蛙と同じ境遇に遭った。一体何が起こったのか、一体自分たちが何をしたというのか。そして、それに伴う怒り、家族を失う哀しみ、絶望、様々な感情は我々の心に痛々しく爪痕を残した。

長い回想から覚めたのは再び雨粒が髪に触れた瞬間である。徐々に激しさを増すかと思われた天候に私は再び兵舎へ戻らざるを得なかった。

『オイオイ、びしょ濡れじゃねえか。どうしたんだ？まさか散歩に行ってたなんて言わねえよな...ハハハ』

右手を後頭部へ添えながら控えめに笑う彼の名はライナー・ブラウン。彼は大らかな気質のために私も含め周囲は何処か兄のように慕っていた。

「ああ、その通りだ。なんとなくな？外行きたくなったんだよ」

口任せに呟く挨拶も軽く終え、上着の袖で髪を擦りつつ廊下を歩く。軽く駆ければ床には踏む度に軋み呻きのような響きが起こる。

敷き詰められた木には既に腐っている物もあった。底板を止める釘が抜けかけ、隙間から滲み出た木材の水分によって錆び付いているのが目に見えて分かる。

疲労のためであろうか、部屋へ着くや否や急激な睡魔が襲って来た。嗚呼、夕飯までの時間は無駄にはしたくない...しかし、抗うこともままならない。

辛うじて上着は脱ぎ捨てることに成功した。これで布団を雨水で傷めずに済む、そこまで考えて布団へ寄り添ったところで私の意識は途切れた。