千早「ウィンター非常事態……?」 (66)
中継ステーションの一件から数時間、961プロと思われる勢力は、圧倒的なスピードで侵攻を開始し、プロダクションが次々と襲撃を受けた。
被害は少なくなく、完全に壊滅したプロダクションも無い訳ではなかったが、高木社長によって『ウィンター非常事態』が広範囲に宣言されていたため、想定されていたよりも被害は軽微だった。
問題は、その標的が、アイドルそのものに限らなかったことだ。
水瀬財閥。
非公式ではあるが、既存アイドルを支持している一大財閥。
彼らは、二十四時間以内に全プロダクションへの襲撃を完了し、その後すぐに水瀬財閥系列の企業を強襲し始めた。
一国に勝る私設軍隊『MCPA』を保持する財閥ではあったが、意図しない規模での奇襲に即時対応するのは困難であり、戦況は混乱し、一部では崩壊する事態にまで発展した。
この緊急事態に、私たちノーブルチームが駆り出されないわけはなかった。
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Chapter2 千早「ウィンター非常事態……?」
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2552/07/29
地球:水瀬エレクトロニクス 本社ビル
『こちら、MCPA第12中隊。ノーブルチームに伝えてくれ』
『救援感謝する。……ありがとう』
迎えのヘリに揺られながら、私はその声を聞いた。
八時間以上に渡る戦闘は、一先ず勝利に終わり、増援到着と共に任務を解かれ、私たちは帰路に立った。
「こちらノーブル、リーダーだ」
「我々は日頃の恩を返しているだけだ。いつでも呼んでくれ」
徐々に遠くなっていく建造物群を見ながら、プロデューサーが言った。
座席に背を預け、自然とため息がこぼれる。
そんな自分に驚いた。
各地を転戦し、五日が経つ。
その間、休息は必要最低限しかとれていないが、肉体的疲労を感じているわけではない。
それほど柔く造られたつもりもなかった。
だとするならば、精神的なそれが私を蝕んでいるのか。
「大丈夫ですか。しっくす」
柔らかい音色は、慈愛に満ち、その声だけで、体の奥から活力が湧いてくるような気さえする。
「……はい」
「早々にこんな事態になってしまい、あなたには無理を強いていることは理解しております」
「いえ、私は……」
四条さんの伸ばした手が、私の頬に触れる。
それだけで、私は二の句を告げなくなってしまう。
チーム内で唯一の『�SS�ランクアイドル』の彼女には、そんな抗い難い何かがあった。
「無理をするな、とは言えません。わたくしたちには、常に不可能が求められます」
「ですから、もっとわたくし達を頼って下さい」
「あなたはわたくし達を、わたくし達はあなたを身を賭して助け合う」
「それが『ちーむ』です」
「宜しいですね」
その笑みは、私の冷えきったはずの心を揺らしさえした。
「はい」
彼女の能力が天性のものなのか、そうでないのか、私には分からない。
記憶にあるのは、彼女の不可思議な雰囲気だけだ。
『リーダー』
抑揚の無い声がプロデューサーを呼ぶ。
「何ですか、小鳥さん」
ノーブルチームのリーダーであるプロデューサーが、一介の、それも旧世代のAIに敬語を使う理由は未だに理解できない。
それは、AIである小鳥自身も疑問に思っているらしく、何度か敬語を止めるように要請する姿を見たことがあった。
『水瀬財閥の系列企業、水瀬ケミカルコーポレーションより救援要請』
『同社には危険性の高い劇薬が多く保管されており、一刻も早い事態の改善が望まれます』
「了解しました。すぐに向かいます」
プロデューサーがパイロットに指示を出すと、チームを乗せた二機のヘリは間もなく水瀬ケミカルに向けて、進路をとった。
2552/08/06
�765プロ�
「『デモ船』?」
小鳥の報告を聞いていた律子が、声に怒りを滲ませて言った。
『はい。各地に存在する正体不明の航空船は、961プロの宣伝船、いわゆる『デモンストレーション船』として登録されているものと判明しました』
一週間以上連戦した私たちは、765プロの支援AI、小鳥の招集要請によって、久々に�765プロ�に戻ってきた。
とはいえ、初日に私が訪れた765プロは、既に961プロによって襲撃され、破壊されたため、いまいるこの場所はそこから離れ、地下深くに建造された�765プロ�だ。
四角い部屋の真ん中に、様々な情報を投影するホログラム装置付きのテーブルがある以外は、何も無い殺風景な部屋。
小鳥の『本体』もここにあるらしいが、目に見えるかぎりでは、それらしきものは見当たらない。
「確かな情報なの?」
律子が苛立ち混じりに言い、テーブル上の小さな人影を見た。
AIは自らの外見、アバターを自らの意思で選択する自由がある。
小鳥は一昔前の事務員のような外見をしていたが、耳に装着されたインカムだけが奇妙な近未来感を醸し出していた。
『地上の765プロが襲撃された際、彼らは社内に残された機密データのいくつかを持ち出しました』
「そんな話聞いてないわよ! 大変な事じゃない!」
掴みかからんばかりの勢いで、律子が声を荒げる。
小鳥は整ったその顔を微塵も動かすこと無く、淡々と律子に言い返した。
『落ち着いて下さい。もちろん機密データは私が用意したダミーです。ウィルスを添付し、機密データが相手のデータベースにアップデートされた時点から、データベース内の情報をこちらに送信するように設定しました』
『そこから得た情報と政府の機密データベースをハッキングし得られた情報とを照らし合わせて、確認したものです』
小鳥のホログラムが片手を振ると、関連するデータがテーブル上に表示される。
「これ……」
『信用していただけましたか?』
少しの間、律子はテーブル上を現れては消えるデータを食い入るように見つめていたが、諦めたように首を振った。
「……ごめんなさい。この非常時に無駄な時間をかけさせてしまったみたい」
『いえ、お気になさらず』
気を悪くしたようにも、律子を気遣うようにも見えない平坦な口調でそう告げると、小鳥は再び片手を振った。
テーブル上のデータ群が消え、代わりに流線型をした何かのホログラムがテーブルを占めた。
「小鳥さん、これは?」
『データベースに記録された『デモンストレーション船』と同型船のホログラム画像です』
「……『デモ船』は軍用の型落ち艦の改造型ってことですか?」
『その通りです。プロデューサー。おそらく、これの機体表面に何らかの出力装置が取り付けられているものと思われます』
部屋の中を静寂が包み込む。
私たちが、その『デモ船』に固執する理由は、961プロの戦力がそこから供給されている可能性が高まったからだ。
倒しても、倒してもどこからか湧いてでてくる961プロのアンドロイド。
その供給源を絶たなければ、私たちの勝利は絶望的だった。
「これを相手にしなきゃならないの……」
『いいえ』
小鳥が船のホログラムに片手をかざし、下におろすと、ホログラムの大きさが半分ほどに小さくなる。続いて、もう片方の手を上に上げるとその背後にもう一つのホログラムが現れた。
『デモ船』の無駄のないフォルムと異なり、今回のホログラムは表面が不規則に波打ち、内部構造が表出している。
『敵戦力の供給を止めるという目的を達するなら、私たちはこれの破壊を最優先すべきです』
「今度は何なの?」
言葉ともに、律子は疲れたように息を吐いた。
『実際には『デモンストレーション船』の積載量はそれほど多くなく、目的地までの輸送手段に過ぎません』
小鳥は新しく表示されたホログラムを示しながら続ける。
『これは言うなれば『母船』です。アンドロイドはこの内部で製造されているものと推測されます』
「じゃあ、これを破壊できれば……」
『はい。敵戦力を大幅に削ることが可能です』
小鳥の言葉に、皆、顔を上げた。
無言の内に、お互いの意思を確認する。
どれほど不可能に思えても、事態を好転させる可能性があるなら、私たちはその任務を遂行する。
何に変えてでも。
「小鳥さん、必要なものを教えて下さい」
2552/08/07
『デモ船』上空付近
高性能輸送船『ペリカン』の後部扉がゆっくりと開き、外気が機内を満たしていく。
夏といえど、これだけの高度にいると、アーマーを通して感じる吸気の冷たさに驚く。
『アーマーに内蔵されたスラスターは最小限の燃料しか積んでません』
『まぁ、着用しても行動に支障が出ないような設計はこれで限界なんですけど』
『とにかく、反転のタイミング、スラスターの使用はあたしにどーんと任せて下さい』
「…………」
『? どうしたんですか? 何か問題でも?』
「本当に、大丈夫なの」
『ピヨッ!?』
元の小鳥からは想像できない感情の起伏に、私は感じるはずのない不安を感じていた。
『母船』を破壊する方法として採用されたのは、結局一番簡単で、確実なものだった。
すなわち、物理的な衝撃による破壊。
問題は『デモ船』の約二倍の大きさがある『母船』を破壊するだけの衝撃をどこから持ってくるかということと、おそらく厳重な警備をどうやってくぐり抜けるかだった。
�「お姫ちん。プロデューサーと律子、今回はどっちに賭けますかな?」�
�「律子です」�
�「いっつもりっちゃんじゃん」�
�「彼女のほうが一枚上手ですから」�
ほどなくして律子は一つの案を出した。
話し込んでいた律子とプロデューサーには恐らく聞こえていなかっただろうが、四条さんの言うとおり、律子は一枚上手だった。
足りないなら、敵から奪えば良い。
律子が出した案は『デモ船』の一つを乗っ取り、巨大な『弾丸』として利用するというものだった。
もともとが相手のものなら、警戒される心配も少ない。
�「問題はどうやって乗っ取るかだが」�
�「それなら、彼女が適任かと」�
そう言って、律子は私を見た。
�「そうでしょう? 『ヘルジャンパー』」�
『ヘルジャンパー・プログラム』
私がノーブルチームに配属される以前の任務。
律子がそれを知っていたことはさして驚くことではない。
もちろんれっきとした機密ではあるが、律子や小鳥がいれば、知るのに大した苦労はないだろう。
『残り三十秒。しっくす、準備はよろしいですか?』
機内に四条さんの声が響く。
潜入するなら、人数は少ない方が良い。
しかし、いくら私たちといえど、単身乗り込んで首尾よく敵艦を乗っ取れるわけではない。
各地からの救援要請は絶えず、チーム全員で動くことは難しい状況で、この任務に選ばれたのは、有効な接近方法を持つ私と、最も火力に優れる四条さん、そして、敵艦を物理的に乗っ取った後、『電子的』に乗っ取る手段としてAI小鳥から与えられた『分身』だった。
『……っと、システムチェック完了! こっちは準備完了ですよ〜』
『小鳥、くれぐれもしっくすをよろしくお願いします』
『はいは〜い、任されましたっ』
「…………」
まさか、あの沈着というにもあまりに機械然としていた小鳥を部分的に抽出すると、こうも違いがでるとは思っておらず、最初、私は唖然としてしまった。
�「小鳥のことが気になりますか、しっくす」�
�「案ずることはありません。彼女は現時点で存在する、世界中のどの人工知能よりも有用で、信頼できます」�
他のメンバーのこの旧世代のAIに対する過剰なまでの信頼を見ていなければ、私は今以上に小鳥に対して不信感を抱いていたはずだ。
『残り十秒』
淵に立ち、下を見る。
HUDの輪郭を目一杯強調して、微かに見える程度の�目的地�。
「……いきます」
両手を広げ、暗闇の中に身を投げる。
一瞬の浮翌遊感の後、私は重力に従って落ち始めた。
『ヘルジャンパー・プログラム起動っ! 反転、逆噴射まで残り三十秒です!』
降下と同時に、インストールされたプログラムが起動し、HUDの表示が変化する。
私は、両手、両足を体につけ、降下速度が最大になるようにした。
『着地点の移動に合わせ、降下角度を修正中……』
全身のバランスを慎重にずらし、眼下の『デモ船』の動きを追う。
接近すると、『デモ船』がかなりの速度で動いていることがわかった。
多少、着地が荒っぽくなってしまうかもしれない。
気づかれることはないと思うが、出来るだけ静かになるように努力することは決して無駄ではない。
『残り十秒!』
『9…8…7…6…5…4…3…2…1…』
『反転、スラスター起動。着地まで残り十!』
スラスターの起動と同時に、体が軋むほどの負荷が全身を襲う。
『デモ船』がみるみる大きくなり、視界はすぐにそれでいっぱいになった。
「……っ」
安全に、緩やかに着地するには、当然のように速すぎた。
踏ん張る暇もなく、全身を激しく打つ。
アーマーと『デモ船』の表面が擦れ、耳障りな金属音と火花を散らした。
「くっ……」
上下左右が目まぐるしく入れ替わり、端から落ちるまで、私にどれだけの猶予が残されているのかすらわからない。
手を伸ばし、突っ張り、足を『デモ船』につける。
体が浮いた一瞬の隙をつき、装備したナイフを抜き、全力で『デモ船』に突き立てた。
渾身の一撃は『デモ船』の表面に易々と傷をつけ、勢いに引きずられながらも、私はようやく止まることができた。
『しっくす!』
直後の私は、四条さんの不安に満ちた声に、反応できないほど疲弊していた。
『診断プログラムを起動。負傷無し、バイタルサインは不安定ですが、許容範囲内です。大丈夫ですよ、貴音ちゃん』
『……ありがとうございます、小鳥』
数回、大きく深呼吸をする。
欠乏していた酸素が全身に行き渡り、次第にクリアな意識が戻ってくる。
ゆっくりと立ち上がると、私はほとんど元通りになっていた。
「着地、成功。……作戦開始します」
『了解。気密扉開放まで待機しています。お気をつけて』
腰のアタッチメントに取り付けておいたM7Sサブマシンガンと、太もものM6Sハンドガンを順に確認する。
実際に撃ってみないことには本当のところは分からないが、一見したところでは動作に支障のありそうな損傷は見当たらない。
胸を撫で下ろし、銃をしまう。
撃たないで済むのが最良だが、そううまくいくわけもない。
敵から奪えばすむとはいえ、最初から手元にあるのとそうでないのとでは精神衛生上、格段の違いがある。
『若干、船尾に流されましたが、まぁ許容範囲ですね』
「…………」
『な、何です? 頑張りましたよ、あたし!』
「……何も」
実際のところ、あのプログラムは適用できる人間が限られているだけでなく、発する熱量が大きすぎて、使用できる環境も大幅に限定されていた。
そのため、装備もプログラム自体もとりあえず『問題なく』動く程度でしかなかった。
テストケースとして行ったのは、地表への降下のみ。
金属性の表面と移動し続ける降下地点についてのデータは一切ない。
私一人で降下していれば、この程度では済まなかったのは明白だ。
言葉遣いが変わっても、中身は変わらず、元の小鳥のままらしい。
『と、とりあえず、船首に向かいましょう』
『この型の艦橋は船首にあるはずです』
「了解」
今は一応安全だが、この状況がいつ手に負えないものになるかわからない。
急ぐにこしたことはないだろう。
小鳥がHUDに表示するナビポイントを追って、私は走り出した。
『ここから侵入できるはずです』
「…………」
『中に入っても、多少進まないといけませんが……』
『船首の天井を爆破するわけにもいかないですし、作戦的に』
船首に向かって、全長の半分を過ぎて少し進んだ地点。
元軍用艦の表面のほとんどを覆い、『デモ船』の名前の由来ともなっているホログラム投影機の�森�の真ん中に私はいた。
ホログラム投影機は、パラボラアンテナのような装置を外に向け、その下には配管や基盤のようなものがむき出しになっている。
『この装置の構造からして、何らかの故障が検知されると、修理のために艦内に収納されるはずです』
『また、元々の設計図と照らし合わせると、この下に最も重要度が低い、艦橋までの最短経路が存在します』
『……まぁ、ほとんど推測なんですけど』
「…………」
不確定な情報に命を賭けるのは難しい。
一兵士なら命令に従うしかないのだろうが、私たちは少数精鋭だからこそ戦地における多少の融通は効く。
「……他に方法は?」
『元々が軍用艦ですからねー。ファイアチーム一式揃ってればまだしも、単身乗り込むとなると……』
それを聞き、私は小さくため息をついた。
まただ。
多くのものを失い、さらに多くのものを捨てて、ここまできたというのに。
一人では、何もできない。
作戦中だというのに、私の中で暗い闇が広がり、容易に平静を崩されていた。
《——ちゃん! ライブだって、ライブ!》
《初ライブだよ! 何か、アイドルって感じだよね!》
《これから、どんどん頑張っていこうね! ——ちゃん!》
『? ……大丈夫ですか?』
「……はい」
小鳥の心配する声で、私は我に返った。
違う。何も出来ないわけじゃない。
少なくとも、私には出来る事がある。
『ち、ちょっと何をするつもりなんですか?』
腰に手を回し、M7Sサブマシンガンを手にとる。
私の手持ちの装備はそう多くない。
自然とこの目の前の装置を破壊する手段も限られてきてしまう。
「少し銃の試し撃ちを」
改めて見ても、サブマシンガンは表面に少し傷がある程度で、それ以外は、私が手に取った時と同じように見える。
構えて、引き金を引く。
銃口が煌めき、投影機に向かって銃弾が飛び出す。
サプレッサーのおかげで銃声はほとんどしない。
投影機が火花をあげて、不吉な音をたて始めるのにそう時間はかからなかった。
『ピ、ピヨピヨ……また随分乱暴な』
「次はどうすれば?」
言った瞬間、『デモ船』が微かに振動し、投影機がゆっくりと内部に引き込まれ始めた。
『投影機に取り付いて!』
『そうすれば、侵入できるはずです!』
全て言い切る前に私は走り始めていた。
配管の隙間に、上手く手足を滑り込ませる場所を見つけ、体をしっかりと固定する。
投影機は私が取り付いていることなど、少しも意に介さず沈んでいく。
『想定通りなら、ですけどね』
完全な暗闇の中で、小鳥の声が静かに響いた。
表情の無いはずの赤い光が驚愕に見開かれたように見える。
既視感を感じつつ、私は降りた先にいた黒い人影に飛びかかった。
そのまま馬乗りの体勢になり、相手の自由を奪う。
暴れるそれを黙らせるために、太もものハンドガンに手を伸ばしかけた。
『ちょっと待って!』
『壊す前に、私をそれに接続してください!』
突然の申し出に戸惑いながらも、どうにかアーマーの胸の部分から接続用のコードを引き抜き、それの首筋にあるソケットにやや乱暴に差し込む。
中継ステーションで回収したアンドロイドを調査した結果、その、内部、外部構造や、内蔵AIの性能といった基本スペックは大方判明した。
驚くほど洗練された設計のこのアンドロイドたちのAIに物理的に接続する手段は、首筋に配されたポートしかない。
『グッジョブです!』
差し込むとすぐに、気を抜けば押し退けられそうなほど暴れていたアンドロイドの動きが、ぴたりと止まる。
『ピヨピヨ……』
空中で止まった腕が、重力に従って金属製の床に落ちる。
『妄想[かきかえ]中……』
赤い光が弱々しく明滅し、消えた。
『……ふぅ。あ、もう離れて大丈夫ですよ』
銃を抜き、いつでも頭を打ち抜けるように警戒しつつ、私は立ち上がった。
電源が切れているように見えるだけで、見かけ上は無傷なそれを、警戒するなという方が無理な話だ。
せめて、手足の一本でも千切れていれば、安心のしようもあるのだけれど。
「一体何を……」
『フフフ、刮目して見よ!』
私を遮る小鳥の声と共に、アンドロイドが人間のようにびくりと痙攣する。
引き金を引きかけ、それを小鳥が慌てて止める。
『ちょっ、私の話聞いてました!?』
『大丈夫って言いましたよね!?』
私が迷っているうちに、アンドロイドは完全に立ち上がってしまっていた。
頭部の赤い光は私の姿をはっきりと捉えているのにも関わらず、襲いかかっては来ない。
『少し、中身をいじくらせてもらいました』
『これの制御は私の思うまま。それに……』
HUDに図面が表示され、一本の黄色いラインと複数の赤いラインが図面上で複雑に交差する。
『じゃじゃーん! 中にあった、艦内の詳細な図面と警備ルートの一部も入手できましたよ!』
私は、複製された旧世代AIの一部の、思いも寄らない優秀さに、少し驚いた。
『これで侵入もグッと楽になりますね!』
「そう、ね」
1/10000以下の容量しかない、無邪気な小鳥の声を聞き、オリジナルの小鳥の性能の高さに身震いする。
何となく、プロデューサーが小鳥を敬う理由が理解できた。
『一応、アンドロイドを先行させます』
『それなら万が一発見されても、多少のごまかしが効きますし』
「了解」
艦橋のドアが音もなくスライドし、五つの赤い光がこちらを
見た。
艦の大きさに比して、思いのほか人数は少ない。
警備役が二体両端に立ち、中央の三体は操舵を担当しているようだ。
少しの間、こちらを見つめていた赤い光だったが、入ってきたのが自分たちの味方だと認識すると持ち場に戻っていった。
ドアの影に身を埋めていた私は、閉まる瞬間、余計な音を立てずに艦橋に滑り込んだ。
『上手くいきました』
小鳥のアンドロイドが、右に向かって歩き出す。
『しばらくはあっちが注意を惹き付けてくれます。私たちは左の警備を何とかしましょう』
暗がりを使い、出来るだけ素早く警備に近づく。
一瞬で、一撃で決めなければならない。
そして、出来れば中央で忙しくコンソールをいじっている三体に、事がバレないようにしなければ。
『ピヨッ!?』
『なるほど、そうやって互いに接続を……』
そこで我に返ったように小鳥は私に報告した。
『あっちは上手くやったみたいです』
私は声を出さずに頷き、どうにか背後をとった警備に狙いを定めた。
近づくまでは慎重に、とどめは素早く、一撃で。
警備の首に手を回し、相手が『何か』に気づく前に、一気に捻じ切った。
火花が散り、アンドロイドの体が力を失う。
崩れ落ちる警備の体の向こうで、赤い光が三つ、こちらを見ていた。
さすがに、まったく気づかれずに艦橋を制圧、とはいかなかったか。
ハンドガンを抜き、最も近いアンドロイドの頭部に狙いをつけ、引き金を引く。
続いて、その奥。
最も遠いアンドロイドに狙いを定めた時には、相手も銃を抜き、どちらが勝つか微妙なタイミングだった。
相手が勝てば、私は死ぬ。
それを事実として静かに受け入れ、私は引き金に指をかけた。
『そうはさせませんよ!』
相手の背後から黒い影が飛びかかり、相手の銃弾はあらぬ方向へ跳んでいった。
小鳥のアンドロイドが、体の下で暴れるアンドロイドの手を掴み、自分の手の平と相手の手の平を半ば無理矢理に押し付けた。
『ピヨピヨ……』
『妄想[かきかえ]中……』
『……ふぅ』
『……す、すごい、本当に出来ちゃった』
小鳥のアンドロイドが立ち上がり、その下敷きになっていたアンドロイドも立ち上がる。
しかして、互いを不思議そうに見やり、破壊しようとはしない。
小鳥の力によって、彼らは�こちら側�にやってきたのだ。
『すごい! すごいです!』
小鳥の声は、驚愕から興奮を含んだものへと、鮮やかに変化した。
『発声機能のみならず、データ通信用のポートまで廃した一個の戦闘単位として、一切の無駄の無い彼らがどうやってお互いを認証しているかわかりますか?』
『手の平ですよ! 彼らの手の平は全体で一つの通信用ポートなんですよ!』
『おそらくナノレベルの微細な形成技術の成せる技! なんと、素晴らしい!』
小鳥の止めどない興奮をよそに、私は、足下に落ちた彼らの銃を拾い上げ、片方に向かって投げ上げた。
ぼんやりとしているように見えるアンドロイドたちだったが、投げられた銃を見ることもなく捕え、流れるような動作で撃てる状態にした。
「…………」
彼らは、私の想像以上に役に立つようだ。
私は中央まで歩いていき、騒ぎ続ける小鳥を『デモ船』のコンソールに繋いだ。
『ピヨッ!?』
「仕事をして下さい」
『うぅ、すみません……』
コンソールの上に半透明の小鳥のアバターが現れ、ぺこりと頭を下げた。
小鳥は画面に向き直ると、尋常ではない速度でコンソールを操作し始めた。
『んー……プログラムの大半は至極単純ですね。有効なファイアウォールも無し』
『何だか侵入してくれって感じですけど、そもそもここまで入り込まれること自体、予想されてないんでしょうね。何てったって『デモ船』ですから』
声に嘲笑の響きを含ませて、小鳥は操作を続ける。
『航行システムを掌握。『母船』へ針路をとります』
艦全体が震え、『デモ船』の進行方向が緩やかに変更された。
無意識にため息がこぼれる。
作戦は、想定以上に首尾よく進んでいた。
このまま放っておけば、この船はまず間違いなく『母船』に衝突する。
それだけでも充分な被害がでるはずだが、私たちにとっては「充分」では「不十分」だ。
『母船』の破壊を確実なものにするためには、もう一押し必要だ。
『ブラストドアのコントロールは完全に奪いました』
『しかし、艦内の状況から言って、ブラストドア付近は未だに多くの敵が存在すると思われます』
『完璧な潜入でしたからね。どうします?』
多数のアンドロイドに対して、私たちは二人とAI、武装した輸送船一隻。
つまり、�対等�ということ。
「……ブラストドアを開けて、四条さんに突入開始と伝えて」
『了解』
『仕事が早いですね、しっくす』
「私もすぐそちらに向かいます」
くすくす、と四条さんの微笑が通信にのる。
『休んでいただいても構いませんよ?』
『少し時間がかかるかもしれませんが、私一人でも充分ですから』
「なら、二人でかかれば一瞬ですね」
『ふふっ、そうですね。では、お待ちしております』
四条さんとの通信が切れると同時に、コンソール上の小鳥がこちらを見て口を開く。
『システムにアクセス。ブラストドアを開きます』
外界と艦内を繋ぐ気密扉は、船体の中程にあるため、小鳥の言葉を信じなければ、開いたかどうかわかるほどの変化はない。
『見えました。気密扉に接近中です』
四条さんの声の向こう側で、警報音が鳴り響いた。
『……そちらから狙われているようです。小鳥?』
小鳥は、ホログラムの体をびくりと震わせた。
『そんなはずは! 火器管制は真っ先に……』
人の感知機能を越えた速度で、小鳥が『デモ船』のシステムを洗っていく。
小鳥のホログラムから、表情が消え、端々がちらつく。
それはこの事態が、小鳥の支配を越えた深刻なものであることを示していた。
「ファイブ、回避行動を」
『いいえ、しっくす。既に近づき過ぎています。多少乱暴にはなりますが、このままっ……』
唐突に通信が切れた。
「ファイブ? ファイブ!」
続けて呼びかけつつ、銃を構える。
何が起きたのか定かではないが、私たちにとって不利な何かが起きようとしているのははっきりしていた。
「くっ……」
さっきまで上手く運んでいたのが嘘のようだ。
「小鳥、状況は?」
こちら側の戦力を確認する。
アンドロイドが二体に、銃が四丁。
替えの弾はそこそこあるが、持久戦は苦しい。
「小鳥!」
『何よこれ……さっきまでこんなの……』
「小鳥! 状況は!」
消えかけていたホログラムが、我に返ったように現れる。
『さっきまでは存在しなかったプログラムが……さっきよりずっと複雑で……きゃっ!?』
小鳥の姿が掻き消え、次の瞬間、コンソールの全てが紅く染まった。
『侵入者ヲカく認!』
『排除せヨ! 敗序せよ!』
耳障りな音が、鼓膜を揺さぶる。
それが、私たちの侵入を知らせるものだと理解するのと、入ってきた扉から大量のアンドロイドがなだれ込んでくるのはほとんど同時だった。
「くっ……小鳥っ!」
黒い集団に向かって引き金を引きつつ、小鳥を呼ぶ。
しかし、小鳥は言葉にならない音を途切れ途切れに返すのみで、状況は好転しそうにない。
唯一幸いなのは、�こちら側�のアンドロイドがしっかりと動いてくれたことだ。
これで、一人よりも多少の時間を稼ぐことができる。
一刻も早く四条さんの状態を確認したいところだが、小鳥を置いてはいけない。
小鳥が戻ってくるまでの時間を、どうにか稼がなければ。
撃ち切った弾倉を交換し、私は決意した。
私に機械の、ことさら戦艦の操舵系に関する機械の知識は、まったく無いといって良い。
しかし、コンソールが銃弾で完全に破壊されてしまえば、そのどこかにいる小鳥が消滅してしまう、ということぐらいは理解できる。
銃弾の嵐の間を縫って、顔と銃口を敵に向け、引き金を引く。
その成果を確かめている時間はない。
小鳥をシステムに繋いだポートから敵の注意を逸らすため、手近な遮蔽物の影に転がり込む。
隠れることを知らないアンドロイドが嵐に巻き込まれ、静かに膝をつく。
味方が一体減り、私は舌打ちをした。
できる限りの銃弾を節約したつもりだったが、そもそも持ち込んだ銃弾が少なすぎ、なだれ込んでくる敵の数が多すぎた。
目一杯銃弾を込めた弾倉は残り一つしかない。
銃に込められた弾を撃ち切り、弾倉を交換する。
頭部を吹き飛ばされたもう一体が、私のすぐ横に倒れた。
万事休す。
重みを増した敵からの銃撃をかいくぐり、それでも私は抵抗を続けた。
「小鳥、返事をして、小鳥!」
限りなく無駄な行為だと分かっていても、すがるように私は小鳥の名前を呼び続けた。
ただ死ぬことが怖いのではない。このままでは任務の半分も果たせずに終わってしまうことが、私を恐怖に駆り立てていた。
�彼女�がしてくれたことの半分も、私は返せていないのに。
決して届くことの無い贖罪を、私は続けなければならない。
ここで死ぬわけには、いかない。
「小鳥っ!」
銃口から最後の銃弾が発射された。
未だ多くの敵を前にして、私は一瞬フリーズした。
その時、銃弾が中らなかったのは奇跡以外の何ものでもない。
「伏せなさい、しっくす!」
聞き慣れた声に、気づけば私は無意識に従っていた。
伏せてすぐに、銃弾が数多の敵を薙ぎ払う。
間もなく、艦橋は信じられないほど静かになった。
『進入者を、ヲ、核任、認』
『杯、廃除、序セヨ!』
何かを落とした重い音の後、乱暴な足音が艦橋を横切る。
立ち上がると、入り口の辺りにM247重機関銃が投げ捨てられているのが見えた。
熱せられた銃身がまだ赤く光り、銃口からは細く煙りが昇っている。
頭を巡らせると、コンソールの前で四条さんが拳を振り上げていた。
『真廿……ッ……』
その拳がコンソールにめり込むと、最後まで喚き続けていた�声�が不自然に途切れた。
「……やっと静かになりましたね」
「大丈夫ですか、しっくす」
硝煙と千切れた配線から散る火花の焦げ臭い匂いが、辺りに充満
していた。
「……助かりました」
「いえ、しっくす。良く耐えました」
「しかし、小鳥が……」
私はほとんど破壊されたコンソールを見やった。
画面は歪み、あらゆる所から火花が散っている。
あの中で小鳥が生きているとは、少し考え難い。
「心配いりません。必要な箇所は狙いを外してあります」
「小鳥、小鳥」
四条さんがコンソールに触れ、小鳥を呼ぶ。
歪んだ画面の紅い表示が、二、三度ちらつき、消えた。
コンソールの上に光の粒子が煌めき、手の平ほどの球体になる。
その表面が波打ち、外に向かって広がり、手と足を持った人の姿を形成した。
『あ、あはは……ごめんなさい。油断しちゃいました』
見慣れた小鳥の姿には、右腕が無かった。
切断面は光がちらつきはっきりしない。
『まさか、艦載AIが自らプログラムを破壊して�隠れる�ほどの知能を持っていたなんて……』
小鳥のホログラムは、無くなった右腕の付け根をしきりに触っていた。
痛みに顔をしかめるでもなく、突然のことに気になって仕方ないという感じなのは、AIという小鳥の性質を考えれば、当然なのかもしれなかった。
「過ぎたことを悔やむ必要はありません。小鳥なら、二度目はないでしょうから」
「それより、今は任務を完遂しなければ」
振り返った四条さんが私を見た。
「しっくす、小鳥を頼みます」
私は頷き、コンソールに近づくと、ポートから小鳥を抽出した。
『すごく言い辛いんですが、あまり時間が……』
「了解。……ファイブ?」
片膝をつき、脇腹を抑える四条さんの顔は、苦痛に歪んでいた。
負傷していたのだ。
一瞬前までそんな素振りすらみせなかった彼女の震える姿に、私は微かに動揺した。
駆け寄り、しかし、傷の程度がわからず、触れることをためらう。
「私も、他人のことは言えませんね……」
玉の汗を滲ませながら、四条さんはどうにか立ち上がろうとしていた。
「……問題、ありません。あなたは、先にドックへ」
「最後の、仕上げを……」
苦しげに呻く彼女の姿を見れば、先の発言に信憑性がほとんど無いことは容易に想像できる。
本来なら、四条さんの言葉に従い、私だけでドックへ向かって、�最後の仕上げ�すなわち、『ペリカン』に搭載された爆弾を起動すべきだ。
私たちに失敗は許されず、しかし、時間は限られていた。
「……肩を貸します。歩けますか」
「しっくす……?」
問いかけるような四条さんの視線を軽くいなし、私を彼女の傍らにかがみ込み、しっかりと抱き上げた。
「ぐっ……」
四条さんが呻く。多少痛むだろうが、今は我慢してもらうしかない。
「しっくす、一体、何を?」
「あなたが言ったことです」
「私たちは『チーム』だと」
四条さんの息を呑むのが、体を通してじかに伝わる。
私は、四条さんに気をかけながら地面に転がった銃を拾い上げた。
見たことのないタイプ。
しかし、全体の形状としてはサブマシンガンに近い。
一応、人間が撃てるような機構にはなっているようだ。
片手でそれを構え、もう片腕で四条さんを支える。
完璧だ。
「行きましょう」
「これは……」
長い通路を越えた先に広がった、眼前の壮絶な光景に私は絶句した。
半円形のドックは、アンドロイドの残骸で埋め尽くされていた。
中央に『ペリカン』が煙を上げている。片翼が完全に無くなっており、少なくとも安全に着陸、というわけにはいかなかったようだ。
ドッグは二階層に分かれており、私たちは二階の部分から一階へ緩やかなスロープを下りていった。
足の踏み場も無いほどに、積み重ねられたアンドロイドの残骸は、その全てに銃痕が刻まれている。
味方など一人もいないこの場所で、アンドロイドにそんな傷をつけられる人間は一人しかいない。
私は、傍らの彼女を見た。
「必死、でしたから、その……」
「あまり、見ないでいただけ、ると……っ」
四条さんは、青白い顔ではにかんだ。
毅然としているように見えるものの、直に伝わる、引きつるような呼吸が、彼女の容態の深刻さを物語っている。
一刻も早く、何か策を練らなければ。
状態を見る限り『ペリカン』で脱出することは難しいだろうが、ライフキットが無事なら、四条さんの傷を処置できるかもしれない。
「ごめんなさい、四条さん。もう少し堪えてください」
「……作戦、行動中は、�ふぁいぶ�と」
自身の状態にも関わらず、たしなめる口調で四条が声を絞り出す。
「……すみません、ファイブ」
スロープを下りきり、私は周囲を見回した。
ドックの最下層。その中央に『ペリカン』が横たわったいる。
敵が残っているとは考え辛いが、もしこの残骸の中に、敵が身を隠していたとしても、事前に見つけ出すのは至難の技。二階にいれば、満足に動けない私たちは良い的だ。
「右を、しっくす。私は、左を監視します」
「迷っている、暇はありません」
タイムリミットが迫っている。
私は頷き、銃を神経質に構えながら『ペリカン』に向かって歩き出した。
二階に注意し、一階の残骸を一つずつ素早く洗っていく。
中ほどまで来た時、視界の隅で何かが動いた。
銃を向ける。何もない。
「二階です!」
四条さんの言葉で、視線と銃を持ち上げる。
明滅する赤い小さな光。機能停止寸前のアンドロイドが二階の縁を乗り越え、こちらに銃を向けていた。
間に合うか。
銃を構え、引き金を引く。
弾丸はアンドロイドの頭部を貫通し、体をびくんと震わせアンドロイドの機能は完全に停止する。
タイミングが遅れ、アンドロイドの手の中で銃が跳ねたが、弾丸は明後日の方向に飛んでいった。
緊張が解け、思わずため息が溢れた。
『間もなく『母船』に接触。残り三分』
『ペリカン』にたどり着き、四条さんを後部デッキの壁面に整然と備え付けられた椅子に座らせる。
投げ出されたライフキットを開け、中身を確認する。
助かった。中身は無事なようだ。
鎮痛剤の入った簡易注射を取り出し、四条さんに手渡す。
彼女は震える手でそれを首に押し付けると、端のボタンを押した。
プシュ、という鋭い音がして、中の薬品が一気に流れ込むと、彼女の表情が幾分か和らぐ。
「止血します」
四条さんが頷き、私はバイオペーストの缶の噴出口を傷口に差し込んだ。
ボタンを押すと、泡が吹き出し、傷口を覆って硬化する。
鎮痛剤のため痛みは感じない筈だが、違和感を感じるのか四条さんが呻いた。
容態は未だ深刻だが、ここでやれるのはこの程度だ。
他にできることと言えば、一刻も早くここから脱出することだけ。
『残り二分』
『ペリカン』の天井に溶接された爆弾の起爆装置を見る。
「!」
急ごしらえのため溶接は荒々しく、起爆装置も頑丈さに重きをおいた単純なものだ。爆弾それ自体も決められた手順を踏まない限り、爆発する危険性はほとんどない。
問題は起爆装置につながった時限装置が、銃弾によって破壊されていたことだ。
むき出しになった配線から火花が散り、画面は完全に沈黙している。
「おそらく、先ほどの銃弾でしょう。……私がここを離れたときは、無事でしたから」
振り返ると、四条さんが立ち上がろうとしているところだった。
すぐさま駆け寄って肩を貸す。
四条さんは爆弾に近寄り、確かめるように文字盤を二、三度叩いた。
『接触まで、残り九十秒』
「……これで終わり、というわけですね」
四条さんがちらりとこちらを見る。
「もう、一人で立てます。迷惑をかけました」
ふらつきながら、彼女は私の助けをやんわりと拒み、自らの足で立った。
気丈に立つその姿は、いつもの彼女を見ているようだ。
「……さて、しっくす。良い知らせと悪い知らせがあります」
「見ての通り、この輸送船は飛行不能です。脱出は自由落下にならざるを得ません」
『ヘルジャンパー』はもう使えない。このアーマーは降下一回分の燃料しか内蔵できないからだ。
彼女が言っているのは、アーマーロックを利用した文字通りの自由落下。体勢をロックするとはいえ、高高度から減速機構無しで落下するのは、ほとんど自殺と相違ない。
「……良い知らせは?」
「これが良い知らせです」
彼女は小さく息を吐いた。
「悪い知らせは、爆弾の時限装置が壊れたことです。起爆は手動に頼ることになります」
「では、私が」
彼女はノーブル・チームの中でも最上位の存在だ。彼女をここで失うわけにはいかない。
「いえ、しっくす。私が残ります」
「自由落下をするにしても、この傷ではまず間違いなく助かりません」
そう言って、彼女は気丈に微笑んだ。
「行ってください」
『残り四十秒』
四条さんの決意を秘めた瞳と、小鳥の非情な宣告に背中を押され、私はドックの開け放たれたブラストドアに向かって走り出した。
『残り三十秒』
銃を投げ捨て、走ることだけに意識を集中する。
十秒でドアまでの七割近くを走り切り、私は尚速度を上げて走り続けた。
『しっくす』
四条さんの言葉に振り返ることはない。彼女がそれを望んでいないことは分かり切っている。
『残り二十五秒』
『後は頼みましたよ』
そのままの速度で、私は宙に飛び出した。
『残り二十秒』
体勢が崩れるのも構わず、私は、空中で体を半回転し、巨大な『母船』とそれに近づく『デモ船』を視界に捉えた。
二つの船はほとんど重なっている。たとえ接近を感知していても、今更回避は不可能だ。
『残り十秒』
「……今宵の月は」
『9』
四条さんの声。彼女の言葉。
『8』
彼女の、最期の言葉は。
『7』
「真……真、綺麗ですね……」
『5』
『4』
不思議とすぐそばで聞こえたような気がした。
『3』
『2』
『1』
「……あなた様」
二つの船が接触し、火花を散らす。
『デモ船』がひしゃげ、軋みながら『母船』が歪む。
次の瞬間、爆弾が起爆され、『デモ船』から発生した不透明の球体が『母船』を巻き込み、空間を切り取った。
『母船』は束の間飛び続けていたが、やがて火炎を上げ、真っ二つに折れて沈んでいった。
アーマーをロックし、私はその破片に混じって、地表へと落ちていった。
2552/08/10
�765プロ�
『『母船』の撃沈により、敵勢力に大幅な打撃を加えることに成功しました』
『また、我々とMCPAの合同作戦が撃沈と同時に実施され、『デモ船』の八割の破壊に成功。残りの『デモ船』及び地上に降りた敵勢力についてはMCPAが掃討作業中です』
『彼我の戦力比は11:2。そう苦労することもないでしょう』
小鳥の冷静な報告を聞きながら、私はプロデューサーの横顔をぼんやりと眺めていた。
脱出から三十六時間経って私は救出された。
怪我は右腕と左脚。そして肋骨の骨折程度で済み、二十四時間後にはこうして�765プロ�に足を運ぶことができるようになった。
共に帰還した小鳥の欠片は、元の小鳥に統合された。
その寸前まで誤り通しだったが、私はその謝罪に値しない。
「ありがとうございます、小鳥さん」
『いえ』
礼儀正しくお辞儀をして、小鳥のホログラムが消える。
「……無事で良かった」
プロデューサーがこちらを見て、私はその視線を真正面から受け止める形になった。
責められているような気がして、私は思わず目を逸らす。
「ですが、貴音は……」
「チームの誇りだ」
プロデューサーを見る。
仲間を、彼にとってはそれ以上だったかもしれない存在を失ったというのに、プロデューサーは動じていないようにみえた。
「シックス。お前も良くやった」
肩にプロデューサーの手が触れる。
「……っ」
「今は体を休めてくれ」
間近で見るプロデューサーの瞳の奥に、微かな哀しみを感じ、私は再び目を逸らした。
「了解、しました」
IM@S×Halo:Reach
Chapter2 千早「ウィンター非常事態……?」
通信終了
[水瀬エレクトロニクス・データベース]
【機密レベル:PR】
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パスコード:●●●●●●●●●
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[警告:ハッキングの危険性]
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[アクセス許可]
《�スパルタン教育�履行者名簿》
S-244 四条貴音(F)
身長:169cm
体重:49kg
3サイズ:90–62–92
血液型:B
所属:765プロ
アイドルランク:SS[S-�]
→ステータス:MIA
2552/08/23
�女子寮�玄関ホール前 監視カメラ映像
「……すいません。『・・・清掃』ですが」
「あぁ、いつも済まない。いつも通りに頼む」
「分かりました。では、失礼します」
「……ん? いつもと担当が違うようだが、彼らはどうしたんだ」
「……いえ、少し体調を崩しまして」
「ご心配無く。すべき業務は担当者から把握していますので」
「そうか。なら、よろしく頼む」
「……はい」
to be continued……
4月20日に高島トレイルします(笑)(爆)
詳しくはワタシのパー速に持ってる旅スレでo(^o^)o
【残雪】滋賀高島トレイル一気に歩く【あるかな】
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