あらあら……今日も私のスレが乱立しているわ。慕われているのはうれしいけど、困ったものねぇ。
QB「そうかい?全部立て逃げの糞スレばかr」
ダンッ
QB「ああ、全く今日も瘴気が濃いね。君の出番さ」
ウフフ、さて、今日も行ってみましょうかぁ。準備はいい?
どんなのがお望みかしら?
>>8
QB「気を付けて。彼女は放っておいても、勝手におっぱじめるよ」
下駄箱に伸ばしかけた手が、ピクリとして、止まる。
まどか(あ、また……)
上履きが、ありません。
できれば、他の人には知られたくない。私は、なるべく不自然じゃない動作で、下駄箱の周囲を見回ります。……不自然すぎますよね。
(クスクス……)
誰かに笑われている気がします。みんな、ごく当たり前に上履きを取って、それを履いて教室へと向かって行きます。
私には、そんな当たり前のことも、許されないみたいです。
私がしたことって、そんなにも、いけないことなんでしょうか。
結局、私は職員室でスリッパを借りて、教室へと向かいました。
みんなと、履いているものが違う。ただそれだけで、どうしてこんなにも胸が苦しくなるんだろう。
……私の上履き、今頃は焼却炉で燃えているのかな……。
足取りは一歩踏み出す毎に重くなり、やがて、立ち止まってしまいました。
教室に、行きたくない。
さやかちゃんも仁美ちゃんも、もう友達じゃないんです。
しばらく廊下に立ち止まって、床をじっと見つめていました。スリッパを履いた私の足……惨めです。
私は、静かに身を翻して、歩き出しました。これって逃げ、なんでしょうか。でももう、あの人たちと顔を合わせたくありません。
私は保健室へと向かいました。
「あら?鹿目さんじゃない。どうしたの?」
保険の先生が、私に微笑みかけてくれます。保険委員の私のこと、覚えてくれてたんですね。
たったそれだけのことでも、涙が滲むくらい、うれしいです。
まどか「ちょっと、お腹が痛くなっちゃって……。少し休ませてもらっても、いいですか?」
いいわよ、そう言って私をベッドへと誘ってくれる先生の手、とっても温かいです。
「今日は先約の子がいるから、こっちのベッドで我慢してね」
そういうと、先生はレールから垂れ下がるカーテンを引いて、行ってしまいました。
ハァ……ため息ひとつを、残して。
先生、ごめんなさい。毎日毎日迷惑かけて、ごめんなさい。
いつも私が使うベッドは、今日は誰かが休んでいるみたいです。表の様子が良く見える、窓際のベッド。
誰かが外から見ているような気がして、実は好きではありません。こっちのベッドの方が気が楽でした。
まどか「……」
何となく、その隣の人のことが、気になりました。ひょっとして、私と同じような……人なのかな。
カタカタと物音がして、ドアを開け閉めした気配がしました。どうやら先生が、部屋から出ていったみたいです。
すると、隣のベッドから衣擦れする音がして、誰かが立ち上がったのが分かりました。
まどか「……え?」
がさがさと……勝手に保健室の棚を、漁っているみたいです。一体何をしているんだろう。私は耳をすまします。
「……うっ……」
痛みに耐えるような、苦しそうなうめきが聞こえます。私は、怖いけれど、カーテンを少しだけ開けて、その様子をうかがいました。
金髪の立巻きの髪が、揺れていました。
×立巻き
○縦巻き
マミ「……あら?」
まどか「……!!」
目が合ってしまって、私は、慌ててカーテンを閉めてしまいました。知らない人……たぶん、3年生の人だと思います。
……ほんの少し間があって、また物音が聞こえてきます。音から察するに、包帯を巻き直しているようです。
私は、もう一度カーテンを数センチだけ開けて、その人を見ました。
マミ「……何?」
今度は顔をこちらへ向けないで、言葉だけを投げ掛けてきました。左腕に巻いた包帯を取って、何かを見ているみたい……。
まどか「……え?!」
私は思わず、声を上げてしまいました。その何か……最初は分かりませんでした。当たり前です。こんなの、初めて見ます。
腕の骨が見えてしまうくらいの、深い深い傷だったのです。
まどか「そ、それって……」
私は慌てて飛び起きてしまいました。尋常ではない傷です。まるで、大きなハサミにでも、切られてしまったような。
マミ「……誰にも言わないでくれる?保険の先生にも、うまいこと誤魔化してあるから……ね?」
相変わらず、私を見ようとはしません。傷口に……そのパックリと口を開けた傷口に、消毒液を振り掛けていました。
随分と手慣れているように見えました。
マミ「あなたに迷惑はかけないから」
まどか「そ、そんな……放ってなんておけませんよ!」
その人が振り向きました。私はビクリと体を震わせました。怒らせてしまったんじゃないかと思ったんです。
マミ「……大丈夫。血は止めてあるから、後は傷口が塞がるのを待つだけなの。ちょっと深いから、時間がかかるだけ」
その人は、優しく笑います。
マミ「心配してくれてありがとう……。でも大丈夫だから」
まどか「あっ……はぁ、……はい」
その人は、優しく優しく、私を拒むのです。
その時、保健室の窓から、風が部屋の中に入り込んできて、カーテンが揺れました。その人の腕から垂れる包帯も、揺れます。
QB「やあマミ、傷の具合はどうだい?」
マミ「……」
QB「おっと、学校では話しかけない約束だったね」
マミ「……」
まどか「……」
……お人形が、言葉をしゃべっています。
QB「おおよそ君たちは、他の個体の視線を気にしすぎるね」
白くて、猫みたいにも見えますけど、何だか動物というよりは、お人形さん、です。
QB「マミ、君は選ばれた人間、魔法少女なんだ。君の力を思う存分に使えば、君を悩ます他人なんて……」
マミ「……」
その人は、しゃべるお人形を睨みます。一言も話しませんが、やっぱり見えているみたいです。
QB「やれやれ、訳が分からないよ」
私は恐る恐る、声を絞り出しました。
まどか「あ、あの……この、白いのは……」
その人とお人形は、私の顔を見てから、お互いの顔を見合わせました。
マミ「……キュゥべえ?」
QB「ふむ……彼女からは、それほど強い因果は、感じられないんだが……。鹿目まどか、君にはその資格がありそうだね」
まどか「……え?」
何だかよく分かりません。お人形さんは、その姿には似合わないような、難しいことをお話します。
マミ「そう、彼女に……。鹿目さん、と言ったわね」
私は浅く、頷きます。
その人は、包帯の束を右の掌に乗せて、目の高さくらいに掲げました。
まどか「ふぇ……?」
それから目の前で起きたのは、信じられないような出来事でした。包帯がわずかに光ると、ひとりでに動き出して、その人の傷口をあっという間に縛り上げたのです。
そう、まるで、魔法みたいに。
マミ「……手品じゃないのよ。この力について、知りたいと思うなら……今日の放課後、またここに来て、鹿目さん」
私の頭は、もういっぱいになってしまって……気がついたら、その人も、お人形さんも、いなくなっていました。
まどか「何だったの……あれ」
保健室のベッドに、仰向けになって、私は考えていました。考えったって分かるはずはないんですけど……。
でも、そのことを考えているうちは、いつもの嫌な気持ちが、忘れられます。
まどか「優しそうな人だったなぁ……」
あの人なら、私のしたこと、許してくれるんじゃないかな……。
私は結局、放課後までずっと保健室にいました。授業の合間の休憩、お昼休み、午後の部活の時間……。
私はずっと保健室にいます。時々聞こえてくる誰かの楽しそうな、笑い声。私のこと、嘲笑っているような、声。
いつもなら、心に突き刺さるのに、今日は不思議と平気でした。
その人はいつの間にか、保健室の入り口に立っていました。本当に、不思議な人。
マミ「さぁ、行きましょう」
なぜか、安心します、この人の笑顔。
まどか「あ……は、はい」
数時間ぶりに声を出したので、何だかかすれてしまいました。でも今日は、変な汗が吹き出ることもありません。
一緒に誰かと帰るのなんて、どのくらいぶりだろう。
マミ「私は巴マミ……魔法少女よ」
その人……マミさんは、そう私に教えてくれました。私は、うまく表情を作ることができません。
マミ「フフ……少しは驚いてくれてもいいのに」
まどか「あ、あの……すみません」
こんな時、どんな顔をして話せばいいのさえ、忘れてしまっていました。
それから私とマミさんは、他愛のないことを話しながら、夕暮れ時の町を歩きました。家族のこと、部活のこと……。
部活なんて、もうずっと行っていないけれど。
マミさんは私を、お家に案内してくれました。とっても広くて、きれいで……誰もいない、部屋です。
マミ「さぁ、上がって」
まどか「お、お邪魔、します」
誰もいないから遠慮しないで。マミさんは笑顔でそう言います。何となく、分かってきました。
この人は、どこか私に似ています。きっとこの人なら、私のこと……。
QB「やあ、鹿目まどか。来たんだね」
お人形さんです。目が真っ赤です。
マミ「この子は、キュゥべえ。私の大事な友達なの」
マミさんは紅茶のティーカップを私に差し出しながら、そう教えてくれました。友達。その言葉だけで、嫌な気分になってしまいます。
マミ「あなたには、私たちのこと、きちんと話しておかないといけないと思って……ね」
そういうとマミさんは、左腕をすっと前に伸ばしました。……またです。包帯が、ひとりでに動き出して、マミさんの腕からするすると離れていきます。
まどか「あ、あれ?傷が……」
骨まで見えてしまうほどの、痛々しい傷だったんです。それが、どこにもありません。これが……魔法。
マミさんは私に、ひとつひとつ、ゆっくりと、丁寧に、話して聞かせてくれました。
魔法少女のこと、キュゥべえのこと、そして……願いのこと、宿命こと、魔女のこと。
マミ「私の腕の傷……見たでしょう?」
私は、ティーカップの中でたゆたう紅茶に視線を落としたまま、頷きます。
マミ「願いの代償は……決して小さなものではないわ。だからあなたには、きちんと考えてほしいの」
夕日が部屋に差し込んで、私も、マミさんも、橙色に染まります。何だか、頭がいっぱいです。
マミ「……一度にお話しすぎちゃったかしら。ゆっくり、考えてくれれば、いいのよ」
薄日の中で、マミさんが少しだけ、微笑みます。
まどか「……ただいま」
返事は、ありません。私は自分の部屋に入り、鍵をかけました。
QB「入っていいかい?」
お人形さん、キュゥべえが、付いてきてしまいました。私は黙って、首を縦に振ります。ベッドに倒れ込んで、天井を見上げました。
願い。私の、願い。命をかけてでも、叶えたい願い。
そうマミさんに問われた時、私の脳裏に浮かんだのは……私は、恐ろしくなります。みんなに嫌われて……当然です。
まどか「……ねぇ、キュゥべえ」
QB「うん?」
何でも、本当に何でも、叶えられるの?私は、聞かずにはいられませんでした。
QB「もちろんさ。君が、心から、叶えたいと思うならね」
心から……。心の底から。一番暗くて、深い、私の心の底から。
マミ「願い事が決まった……?」
次の日の帰り道、私の言葉にマミさんは驚き、振り返りました。
マミ「鹿目さん……本当にそれは、良く考えた、答えなの?」
まどか「はい、……そのつもりです」
マミさんは、じっと私の顔を見つめます。怒っているようにも、苦しんでいるようにも、見えます。マミさんも、そういう顔、するんですね。
マミ「鹿目さん、あなたが叶えたいのは……どんな願いなの?」
まどか「……」
言ったら、きっとマミさんも、私を嫌いになるでしょう。
マミ「……私には、言えないこと……?」
マミさん、そんな顔、しないでください。胸が苦しくなるんです。
まどか「……ごめんなさい」
マミ「……」
マミさんは、私に背を向けました。夕焼けに染まるマミさんの背中。今日はなぜだか、小さく見えます。
マミ「ひとつだけ教えて。それは……あなた自身のための、願いかしら……」
マミさんは、私の顔を見ないで、そう問いかけました。
まどか「……はい」
私自身の、ためです。どうしようもないくらい、私のための、願いです。救い難いくらい。醜いくらいに。
だから、言えません。
私の、願いはーーー
まどか「行ってきまーす」
もうこんな時間!急がないと遅刻です。お家の居心地が良くて、ついつい出るのが遅くなってしまうんです。
パパ「行ってらっしゃーい、気を付けるんだよー」
たつや「ばい、ばいー」
私は小さく手を振って、玄関からダッシュです。急がないと置いていかれちゃうよ。
まどか「お待たせっ、仁美ちゃん!」
あらあら、もう今日は来ないのかと思いましたわ、と仁美ちゃんが笑います。仁美ちゃん、一番の友達です。
まどか「えへへ、ごめんね。さぁ行こうっ」
私たちは、学校へと急ぎます。
まどか「セーフだねっ」
私は昇降口に駆け込むと、上履きに履き替えて先を急ぎます。……おっといけない、忘れてました。……これでよし。
まどか「みんな、おはよーっ」
クラスのみんなの、笑顔。みんなみんな、私の友達です。
「今日は転校生が来るらしいよ」
「へぇ、どんな子だろうね」
まどか「へぇー、仁美ちゃん、転校生だって」
あら、楽しみですわ、と仁美ちゃん。みんな、笑顔。
窓の外、遠くで細い煙が上がっています。頼りなく、空へと伸びて、消えていきます。
燃えてる燃えてる。さやかちゃんの上履き、燃えてるよ。
メガほむ「あ、暁美、ほむらです。あ、あの、その……。よ、よろしくお願い、します」
転校生のほむらちゃん。見ているだけで、守ってあげたくなるような、かわいい子です。触れたら、壊れてしまいそう。
まどか「私、保険係なんだ。連れてってあげるね」
ほむらちゃんを案内してあげます。私、内緒だけど、魔法少女なんだ。みんなを守るのが、私の使命なんだよ。
だから、ほむらちゃんも、守ってあげる。優しくしてあげる。クラスメイトだもん。友達だもん。
でも悪いことした子は、許さない。
マミ「魔女の気配……。近いわ」
マミさんの掲げるソウルジェムが、激しく明滅します。魔女。私、まだまだ緊張してしまいます。
マミ「……!誰かが結界に飲まれたみたい。急ぐわよっ」
まどか「はい!マミさん!」
私たち、正義の味方です。みんなを守るため、私は戦います。悪いものは、許しません。
結界へ突入します。あれは……ほむらちゃん!
ほむら「いつも……あんなのと……戦ってるんですか?……怖く、ないんですか……?」
ほむらちゃんとマミさんと、私。マミさん、何だかうれしそうです。マミさんがうれしそうだと、私もうれしい。
魔法少女になって、本当に良かった。私、正しいことをしています。間違ったことを、許しません。
だから、ずっと魔女と戦い続ける宿命を背負ったことも、後悔していません。
「美樹の奴、また保健室に来てるみたいよ」
「うっわー、最悪。通りで校舎の1階がドブ臭いわけだよねーっ」
「いい加減、学校来るんじゃねえっての。つか消えろ」
「ね、暁美さんも、そう思うでしょ?」
ほむらちゃんは、良く分からずにおどおどしています。私、すぐにほむらちゃんに助け船を出します。
まどか「ほむらちゃんは、さやかちゃんが何しちゃったか、知らないんだよー。だから、分かんないって」
「おー出たな保険係」
「未だにさやかちゃんとか言ってるの、お前だけだぜ」
だって私、魔法少女だもの。みんなと違う、優しさがあるんだよ。
まどか「さやかちゃんだって、私の友達だからねー」
そう、さやかちゃんがしてしまったのは、口にするのも憚られるような、忌々しいことなのです。
絶対に、誰にも許されないくらい。家族にも、口をきいてもらえなくなるくらい。一番の親友が、裏切るくらい。
毎日、保健室に登校して、みんなの声に耳をふさいで、ひとりで縮こまっているしかないくらい。
……魔法に頼って、事実をねじ曲げてでも、逃れたいと思うくらい。
そうでしょう?さやかちゃん。
QB「君たちの仲間が、また増えるかもしれないよ」
キュゥべえがマミさんに、言います。私もマミさんも、お互いに顔を見合わせて、笑いました。
マミ「本当?キュゥべえ。何だか今までひとりで戦ってきたのが、嘘みたいね……」
そう言ってマミさんは、私に微笑みます。マミさんの笑顔、大好きです。
マミ「すごいわ。暁美さんも願いが決まれば、きっと一緒に戦ってくれるし……魔法少女チーム結成ねっ」
まどか「はい、マミさん。ほむらちゃん、とってもいい子だから……」
私、今、正しいことをしている。みんなを助ける、魔法少女。仲間もどんどん増えていきます。
マミさん、私のこと……
マミ「鹿目さんと出会えて良かった、私……。鹿目さんは、私の、天使みたいなものね」
体が震えるほど、うれしい。誰かに必要とされるって、こんなにうれしいことなんですね。
マミ「それでキュゥべえ、それは誰なの?」
QB「美樹さやかさ」
心臓が、止まるかと思いました。
マミ「美樹さん……て?」
まどか「……私の、クラスメイト……友達、です」
私は、マミさんの顔が見れません。今、私、どんな顔をしているか、分からないから。
マミ「……?そうなの……。それなら、鹿目さんからお話してもらった方が、いいかしら」
まどか「……話、ですか?」
さやかちゃん、私の友達、です。今でも、そうです。そうだけど。
マミ「ええ。みんなでお話しましょう。ものの弾みで願いを決められても、困るし……。よく考えた上で、仲間になってくれるなら……うれしいわ」
マミさんの笑顔、大好きなのに。今は、見ているだけで、胸が苦しくなります。
私、いやです。嫌われたく、ないです。
私は、待っていました。さやかちゃんのお家の、エントランスの前で。きっと今日も、保健室から逃げるように、帰ってくるはずですから。
私が、そうだったから。
さやか「……ぁがぅっ……」
さやかちゃん、私の顔を見て、足が地面にくっついてしまったように、動かなくなりました。
まどか「さやかちゃん……」
今のさやかちゃん、かつての私そのままです。
知られていないはず。きっと分からないはずです。私は、結構うまくやってきたはずですから。
まどか「ちょっと……いいかな?」
さやか「……うん。……いいけど……」
さやかちゃん、私の顔を見ようとしません。そんなだから……いじめられるんだよ、さやかちゃん。さやかちゃんが、悪いの。
薄墨を垂らしたような、暗い暗い雲で覆われた空の下、さやかちゃんと一緒に歩きます。私も、さやかちゃんも、一言も話しません。
私が怖いのかな……さやかちゃん。私は……怖かったよ。
昔、よくふたりで遊んだ公園。日が暮れて、夜がやってくるまでのわずかな間、薄明かりに照らされています。
まどか「このブランコ、こんなに小さかったかなぁ、さやかちゃん」
私は、ブランコに座って、少しだけ漕ぎます。両足が地面を擦って、すぐに止まってしまいました。
さやか「……うん」
さやかちゃん、上の空です。私は、少し胸が苦しくなります。何だろう、なぜだか、イライラします。
まどか「ねえ」
ブランコをギュッと止めて、さやかちゃんを見ます。……睨みます。
まどか「聞いてる?」
さやか「!……う、うん、聞いてる」
イライラします。
まどか「さやかちゃん……キュゥべえに、会ったでしょ?」
さやかちゃんは、小さく頷きます。本当に、さやかちゃんなんだね。私は、人違いか何かだったらいいと、思っていました。
まどか「どこまで聞いたの?」
思わず、吐き捨てるような、投げ付けるような、言葉になってしまいます。私、こんなじゃいけませんよね。
さやか「……願いを、叶えてくれるって……」
さやかちゃんの、願い。さやかちゃんが、叶えたいもの。
まどか「それで……どうするの?」
さやかちゃんを見つめます。……聞くまでもありません。さやかちゃんには、どうしても叶えたいものが、あるのです。
光が、失われていきます。辺りが、闇に覆われていきます。ポツンと灯る街灯が、パチパチ点滅しています。
さやか「……あたし、どうしても知りたいことが、あるんだ……」
まどか「……知りたいこと……?」
胸が、ムカムカします。こんなじゃいけません。私は魔法少女、正義の味方です。やましいことなんて、ないです。
さやか「……あたし、何か……大変なことをしてしまったんだ……みんなに嫌われて当然の……大変なこと」
嫌われて当然……。そうだよね、あんなことしたら、嫌われて当然だよ。それだけひどいこと、なんだよ。あんな、こと……。
さやか「……でもね、それが何だったかが……分からないんだ……何をしてしまったのか……覚えてないの……」
覚えていない。さやかちゃんは、覚えていない。
……当然だよね。さやかちゃんは、何もしていなんだから。
まどか「そんなことに、願いを……」
さやか「そんなことなんかじゃないっ!だってあたしはそのせいで……みんなに……まどかにまで……」
私の体が、震えました。地面に付いた爪先の感覚が、なくなっていきます。
まどか「……私が……?」
さやかちゃんは、何も言わずに、目尻に涙を溜めます。それがポロリと、零れ落ちます。足元は暗くて、涙の行方は、分かりません。
私は、魔法少女です。正しい、ことだけをします。いじめなんて、しません。してません。してないよ。
おいもしかして
まどか「戦隊ごっこしようよ」書いた奴か!
まどか「ねぇさやかちゃん……私じゃないよ」
さやかちゃんは、ただただ黙って泣くだけです。きっとそれは、私が……本当は、私が流すはずだった、涙です。
まどか「さやかちゃん……私ね、魔法少女なの。みんなを……魔女から、命がけで、守ってるの。私……」
さやか「……知ってる。キュゥべえが教えてくれたよ」
さやかちゃん、どこを見ているんだろう。まるで私なんかここにいないみたいに、私のことを見ようとしないんです。
さやか「……でも……まどかは……あたしを……守ってくれない……っ」
私、頭がいっぱいに、なってしまいます。
>>101
フフ……それは読んだわ……でも違うわね。
さやかちゃん、私、こんなにも優しいよ……?いじめられっ子のさやかちゃんにも……クラスで一番優しいよ……?
さやかちゃん、私の一番の友達の、さやかちゃん。一番の友達だったのに、私を……裏切ったさやかちゃん。
まどか「……仕方ないよ。あんなこと、しちゃったんだから……」
さやか「え……?」
仕方ないよ。仕方ないの。本当に、本当にひどいことを、口に出すだけで吐き気がするほどのひどいことを、したの。
まどか「ひどいことなんだよ……」
みんなが、目を背けるくらい。みんなが、存在を無視したくなるくらい。みんなが、何もなかったことにしたくなるくらい。
あんなに素敵で優しいマミさんだって、絶対に許してくれないくらい。そばに誰ひとり、いなくなるくらい。
まどか「さやかちゃんだって……助けてくれなかったよ……」
さやか「……?」
私、もう心が、壊れてしまいそうです。私は悪くない。私は……いい人なの。間違ってなんか……いないの。
まどか「ねぇ……親友だと思ってた人に……、上履き捨てられて焼かれたら……どう思う?さやかちゃん……」
さやかちゃんは、はっとして私を見ます。ようやく、私を見てくれました。
さやか「まどか……?どうして、あたしの上履きのこと……知ってるの……?」
不思議です。全てのものが、歪んで見えます。わずかな光が滲んで、まるでお月さまが
いっぱいあるみたい。
私、泣いているんですね。
まどか「……どうして?」
決まっているよ、さやかちゃん。私が、私がやったからだよ。魔法の力はすごいの。どんなことだって、できちゃうの。
上履き捨てるのなんて簡単。教科書にひどいこと、たくさん落書きするのなんて、一瞬でできるの。ページを糊でくっつけたりも、ね。
一度、机がバラバラになって表に捨てられていたでしょう?私、素手でできちゃうんだから。さやかちゃん、破片を一生懸命拾って……笑っちゃった。
私ね、クラスの人気者なの。みんな、私の言うことは信じてくれるの。さやかちゃんのこと、みんなに言いふらすのも、私なの。
他にもたくさん……数えるのが、嫌になるくらい、たくさん、たくさん、したよ?さやかちゃん。……どうしてだと思う?
まどか「……それだけっ、それだけひどいことをっ、さやかちゃんはしたの!許されないことを、したからっ!!」
息が、苦しいです。……私、知らないうちに、叫んでいたみたいです。さやかちゃんは、ぼうっと、私を見ていました。
さやか「うそ……だよね……」
まどか「……本当だよ?魔法少女は、嘘なんてつかないんだから……」
さやか「……教えて……」
さやかちゃんは、どうかしちゃったみたいにおぼつかない足取りで、私に近付いてきます。私の、肩を掴みます。
さやか「……教えて……あたし、一体何をしてしまったの……?まどかが……まどかが、そんなことをするくらい、ひどいことって……何なの?」
それは。……それは、本当にひどいことです。親友のさやかちゃんが、私をいじめる、くらいに。
私が、命と引き換えにして、その罪を、私を裏切ったさやかちゃんに、押し付けるくらいに。
まどか「……覚えていないなんて、最低だよ」
私は、ブランコから立ち上がります。体が、私のものじゃないみたいに、思うように動きません。
まどか「もういい。私、さやかちゃんを仲間だなんて、認めない……。願いなんて、叶えさせない。……許さない……」
さやか「まどか……!待って、お願いだから……!」
私は、歩き出します。暗い暗い路地へと向かって。重い足を、引きずるようにして。
さやかちゃん、思い出して。さやかちゃんを苦しめるあのこと……。私がさやかちゃんに押し付けたあのことは……。
さやかちゃんが、私を裏切りたくなるような、ことです。……私には、もう分からないんです。
私がさやかちゃんにしたこと……罪を全て押し付けて逃げたこと……は、もっともっとひどい、最低の、ことだから。
私、何だか、魔女みたい、ですね。
まどか「マミさん……さやかちゃん、やっぱり怖いって。……今はまだ、なる気はないって……」
マミ「そう、残念ね……。でも、無理強いするものじゃないわ。命がかかっているんだものね」
マミさんにまで、嘘をつきます。マミさんは、私の嘘を聞いて、微笑みます。マミさん……私、どうしようもないです。
マミ「……?どうしたの、早く上がったら……?」
まどか「マミさん……もし、もしもですけど……」
もし、マミさんが今、もう一度願いが叶うのだとしたら、何を願いますか……?自分のためですか?他人のためですか?
……私みたいに、人を呪うためには、決して、願いを使わないんでしょう。
まどか「……グリーフシード、持ってますか……」
私は、ソウルジェムを手の上に呼び出しました。……今日の、空のような、色をしていました。
マミ「……どうして?!」
まどか「……魔女と、戦っていたんです」
負けて、しまいましたけど。私の心に巣食う、魔女に。
マミさんは、グリーフシードふたつを費やして、私を助けてくれました。命がけの戦いで勝ち取ったものを、私なんかに。
まどか「マミさん……ごめんなさい」
マミ「なぜ謝るの……私たち、仲間よ……良かった」
マミさんは、私を軽く抱き締めました。……温かいです。私は強く強く、マミさんを抱き返しました。
マミ「あら、どうしたのかな……よしよし、もう大丈夫だから……」
頭を、撫でてくれます。また涙が、溢れてきました。
QB「おや……マミ、グリーフシードを使いきってしまったのかい?」
マミ「ええ……ちょっと色々と、ね」
QB「そうかい……それで、ワルプルギスの夜に、勝てるかい?」
マミ「……」
マミさんの体が、こわばるのが分かりました。何かに、おびえるように。
まどか「マミさん……?」
ワルプルギスの夜。マミさんが以前に言っていました。大きな禍を呼ぶ魔女だ、と。仲間を集めなければ、倒せない、と。
QB「暁美ほむらや、美樹さやかも、まだ契約していないんだ。君たちだけで、勝てるのかい?」
私は、また涙を流しました。マミさんが私に使ってくれたグリーフシードは、きっと、ワルプルギスの夜を倒すための、ものだったのです。それを、私は……。
マミ「大丈夫よ……鹿目さんと、一緒なら……ね」
マミさん。私、悪い子なんです。ひどいことを……本当にひどいことをしたんです。それを、親友に押し付けて、逃げました。
……最低の、人間です。魔法少女、失格です。
マミ「……きっと、大丈夫だから……」
私たちは、抱き合いました。私も、マミさんも、震えていました。
夜が、来ました。みんなの心に、絶望という闇をもたらす、夜が。
家が、ビルが、マンションが、工場が、道路が、人間が、砕けて、散り散りになって、舞い上がって空を焦がし、地面へと叩き付けられました。
高らかな笑い声と一緒に、使い魔たちは舞い躍り、命あるものから全てを奪い尽くします。魔女は、ただただ絶望の運命を刻みます。
マミさんは、死にました。全ての魔力を使い果たして、私とほむらちゃんを守るために身を投げ出して……ジェムを砕かれたのです。
私が守りたかったものが今、目の前でひとつ残らず叩き潰されていきます。焼き尽くされていきます。
ほむらちゃん。ほむらちゃん、だけでも。
まどか「じゃあ、行ってくるね」
ほむらちゃん、泣いています。私は不思議と、涙は出てきませんでした。
まどか「ワルプルギスの夜を止められるのは、私だけしかいないから」
止められるかどうかは、分かりません。……ただの犬死にかもしれません。
まどか「それでも、私は、魔法少女だから」
取り返しのつかない、償いようのない、罪を犯した魔法少女、だけれど。
まどか「みんなのこと、守らなきゃいけないから」
私の大事なもの……本当に大事なものは、私自身が、この手で、壊してしまったけれど。
まどか「だから、魔法少女になって本当に良かったって……そう思うんだ」
救いようのない願いで、私は魔法少女になってしまったけど。けれど……ほむらちゃんは、助けられた。それだけで、私は。
まどか「さようなら……ほむらちゃん。……元気でね」
私は、魔女へと向かって、飛び上がりました。決して後ろは振り返らずに。私が泣いているのを、ほむらちゃんには見て欲しくないから。
最期くらいは、魔法少女として、恥ずかしくない自分で、いたいから。
もし……もしも願いが、もうひとつあるなら……、私は……あの時の私を止めて、と願います。憎しみに任せて、誰かを呪わないで……罪を、受け止めて。
ほむらちゃん。あなたがもし、何かを願うなら……。私のためには、願わないで。私は、あなたを命をかけるほどの、価値もない。
もう、私ひとりの命だけで……十分です。……もうこれで私の罪を、許してください……神様。
ほむらちゃんは……私のために、命を使って……出口のない、答えのない、戦いを続けています。私はそれを、ただ見守るだけです。
……ただひとつ、違うのは……私の罪は、私のソウルジェムと一緒に砕けて、消えました。繰り返す時の中の私は……あの罪を知ることすら、ありません。
これは……私ひとりが背負うべきものなのでしょう。
この償いをいつか終えることができたら……マミさんや、みんながいる空の向こうへ、行くことができるのでしょうか。
懺悔します。私の……犯した、罪は……
おわり
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