「悪いね、お嬢様」
「あんたには何の恨みもないんだけどさ」
「死んでもらうわ」
そう言って路地裏に連れ込んだ女──志筑仁美に槍を向ける。
腰を抜かしながらもまだどこか殺されることに現実味を感じていなかったのか、泣きも叫びもしなかった女が槍の先端の輝きに漸く自分が本当に殺されるのだということを認識し、絶叫しだす。
「嫌あああああああああぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」
「嫌ぁっ!!!来ないで!!!!やめてぇぇぇっ!!!!!!」
普段は優雅なお嬢様らしいがとてもお嬢様だとは思えない甲高い声と芋虫のように無様に地面を這いつくばって逃げようとするその姿。
あいつが見たら喜ぶだろうか。笑うだろうか。それとも失望するんだろうか。
「おい、うるせーぞ」
手で口を覆い頬と顎の肉の先にある骨を軋ませるほど強い力で顔を掴み黙らせる。
「このまま頬と顎の骨を砕いてやろうか?」
意識的にニヤけさせた口元で問う。
その問いに目を見開き必死に首を横に振ろうとするがあたしの手がそれを許さない。涙と鼻水と涎が手に生暖かく伝ってきて酷く不快だ。
「──…!─っ……!───!」
「あ?」
何かを伝えようとしてる女の口元に耳を傾けると「ごめんなさい」「許してください」「何でもします」「殺さないで」そんな言葉が届く。
涙を溢れさせ、鼻水を流し、涎まで垂らしながら怯えて命を乞うその姿はどこにでもいる無力な少女でしかなかった。
「……………」
馬鹿馬鹿しい。この女に殺すほどの価値があるのか。あいつが怯えるほどのモノなのか。
急激に頭の熱が冷えていく。
「あんた…何でもするって言ったか?」
その言葉にすぐさま反応し、動かせない首で必死にイエスを伝えようとする。
「じゃあとりあえず…」
ぱっと手を離し、
「しばらく寝てなっ!」
槍の柄で頭部を打撃。
ようやく手から開放されたというのに、一息吐く間もなくお嬢様は意識を失った。
「ホテルに運ぶか」
米俵を担ぐようにしてお嬢様を持つ。
………軽かった。
何の負担にもならない軽さだった。
これを持って歩けもするし走れもする。下手したら空でも飛べそうな軽さだった。
それでも、あいつが持つと違うのだろう。これを持っては笑えもしないほどこの荷物を重く、負担に感じるのだろう。
タンッと軽々地面を蹴り、なるべく人目に付かないように屋根から屋根へとホテルを目指す。
(こんな姿じゃ堂々とロビーは通れないね)
槍を持ち、気絶している女の子を担いでる自分はどこからどう見ても不審者どころか犯罪者だったので正門を通り抜け窓からホテル内の自らが借りてる部屋へ侵入した。
(高い割にセキュリティシステムに欠けるホテルだな)
馬鹿でかい高級ベットに持っていた荷物を投げ捨てる。しばらく気絶したままであろう荷物は放って魔法少女の変身を解き、昼間買って置いた食糧を口にする。
テリヤキバーガーのあまじょっぱいソースとまろやかな酸味のマヨネーズ、ジューシーさには欠ける肉と新鮮さに欠けるレタスをなにかに当てる付けるように口いっぱいに頬張る。品のない咀嚼音の豪快さが心地いい。
「げふっ」
同じ要領でサンドウィッチ、おにぎり、フライドキチン、たこやきを腹が満ちるまで詰め込み漸くほっと一息ついた。
(さーて…どうするかね)
そもそもこの女を殺そうと決めたときのことを思い浮かべる。
………
……
…
「見てるだけか?」
あたしが声をかけた相手はまるで殺人でも犯しているところを見られたかのような顔で振り向いた。
そいつの視線の先には愛する坊やと友達……いや、こいつにとってはもう《元》友達であろう女が仲睦まじげに話していた。
息を潜めそんな二人を覗いてる姿はこいつにとってはある意味殺人現場を目撃されるよりも見られたくなかった姿かもしれない。
特に、あたしには。
「……消えて」
「あたしが消えたらどうすんだ?あいつら殺しでもするのか?」
「………そんなことできるわけないでしょ」
分かってる。甘っちょろいこいつのことだ。できるわけがない。
「甘いんだよ、お前は。本当に惚れた男モノにしたいなら今すぐあの女殺して、男の手足折っちゃえよ」
できないのを分かっていても尚挑発する。
そうすればこいつが告白するような気がして。そうすればこいつが元気出すような気がして。
そうすれば、こいつが幸せになれるような気がして。
「じゃあ…あんた殺してよ」
「………は?」
音だけが届いて意味が届いてこない言葉を聞き返す。
本当は意味も届いていたのかもしれない。理解したくなかったのかもしれない。聞き返さなければよかったのかもしれない。
けれど、もう聞き返してしまった。
「だったらあんたが殺してよ!仁美を!できるでしょ?ねぇ?グリーフシードのために何人もの人を見殺しにしてきたあんたならできるでしょ!?」
美樹さやかが、あたしにそう詰め寄る。
その姿は神にでも縋っている様に必死で、不気味で、可哀想で…無様、だった。
砂漠の遭難者が水を。我が子が死にそうな親が医者を。病人が見えない明日を。
必死に。神に縋るように。懇願した。
助けを、求めた。
さやかがあたしのパーカーに皺を作り、濡らす。
助けて。助けてと。叫んでいた。
実際言っていたかどうかは分からない。でも、聞こえた。
助けを求める声を。祈りを。
聖職者の娘であるあたしがその祈りを…さやかの祈りを無駄になどするわけがない。
胸の前で十字を切り、指を絡ませる。
───主よ、どうかこの者の幸せをお祈りください。
「………なんて、ね」
自嘲気味に笑うあたしの声は誰にも届いてはいなかった。
…
……
………
さやかの為に、守りたい人の為に、殺そうとしたんだ。
でも、できなかった。
いや…
まだ、できていない。
ブーッブーッ
「ん?」
お嬢様のスクールバックから聞きなれない音がした。見てみると携帯電話の着信で電子画面には《自宅》の文字。
聞きなれていないのはあたしが携帯電話を人生で一度も持ったことがないからであって、当然音の止め方も知らない。
とりあえずいくつか適当にボタンを押してみると一瞬女の「仁美さんっ」と焦ったような声がしたが次に押したボタンでその声も止んだ。
おそらく親か何かが帰らない娘を心配してかけてきたのだろう。
また鳴ったらうるさいので余っているシーツでぐるぐる巻きにして放る。
「こいつも暴れられると面倒だからな」
ついでにもう一枚のシーツで未だに目覚めない荷物を馬鹿でかい高級ベットに括るように縛り付ける。
(明日からベットメイク断らないとな)
(ただでさえあたしみたいなのが一人で高級ホテルの一番いい部屋なんか借りて目つけられてるっていうのに…)
(まぁいざとなったら金で黙らせればいいか。金なんていくらでも用意できるし。そもそも事件性を心配するんだったら最初からあたしなんて泊めないだろ)
いくら一流ホテルと言えど金の前には二流にも三流にも落ちぶれるんだなと、ホテルの品のなさと金の強さを認識したところで、
「ん…」
どうやら眠り姫がお目覚めのようだ。
「お目覚めかい?お姫様」
「えっ…」
キョトン、としたあとにすぐに表情が強張る。自分が今置かれている状況を一瞬で把握したようだ。
「……あなたの目的はお金ですか?」
「は?」
「私を誘拐して家にお金を要求することがあなたの目的。…そうでしょう?」
お嬢様は確信をもって全く的外れな宣言をしている。
「鞄の中に携帯電話が入っています。おそらく家から何度も着信が入ってるはずですから履歴から電話していただければ家に繋がりますわ」
えらく強気だ。
先程の芋虫のように無様な姿とのギャップで思わず噴出してしまう。
「………私なにかおかしなこと言いましたか?」
驚きを隠せずに一瞬困惑したがそれを悟られまいとすぐに澄まし顔に戻し、尚も強気な態度を取るお姫様が更に笑いを誘った。
「ひーっ…ひーっ…」
一分ぐらいだろうか。
一頻り笑い、少し落ち着いた私は間抜けなお姫様に答え合わせをしてやる。
「金目的の誘拐じゃないよ。わざわざあんたなんか誘拐しなくても金ぐらいいくらでも用意できるからね」
「じゃあ何故…」
「何故って…知ってるだろう?」
鼻先が触れそうなほど近づき、
「あんたを、殺すためだよ」
囁いた。
「っ…!」
路地裏のときと同じ顔。無力な少女の怯えた顔。
「……ま、ちょっと気が変わったからとりあえずはまだ生かしといてやるけど」
「え…?」
「あんた次第だけどね。さっきなんでもするから殺さないで、って言ったよな?」
「…はい。でもてっきりお金だと思っていたので……」
確かに金持ちに何でもすると言われたら大抵は金銭を要求するだろう。でも金なんか足りてるし家に連絡したりと面倒なことになりそうだからパスだ。
と、なると後は何があるだろう。
中学生の女の子に何でもすると言われて要求すること。
思考回路を【強】にして回転させていたら、
ふと、
白い太腿が、目に付いた。
気絶している間に乱れたのか下着がギリギリ見えないラインまで捲れ上がっているスカートから覗かせるそれ。
しっとりと手に吸い付き弾力がありながらも女性らしい柔らかさがありそうなそれ。
白い、太腿。
何故かそれが異様に目に付いた。
動きが止まったことを不振に思ったのかお嬢様があたしの視線を追いかける。
「っ!?」
焦りと羞恥を見せるとスカートの乱れを直すために手を動かそうとした。しかしお嬢様の手足は破いたシーツで縛られていてまともに動かすことはできない。
「み、見ないでください」
お嬢様はきっと、あたし自身よりも先にその視線の意味を理解していた。
「…あたしの勝手だろ?」
恥ずかしそうな、悔しそうな顔をしながらお嬢様が目を逸らす。
「金持ちの女子中学生を誘拐してメリットがあるとすればそれは、金か…」
ドクン、ドクン、ドクン…。
「………身体…だよな?」
心臓が耳の隣にあるかのように厭に煩さい。
「…そういう御趣味が御ありで?」
「さぁ…」
無い…はずだった。
かと言って異性で好きになった人も今まで親父ぐらいであって、つまるところ《恋愛》なんてものしたことなかったのだ。
ましてや性的な目で見ることなんて有り得ない。異性にしても同性にしても。
………さやかに、会うまでは。
最初は少し構いたくなったんだ。
怒ってるあいつの両頬を引っ張って笑わせてやりたかった。
次に抱きしめてやりたくなった。
泣いてるあいつの身体を温め、涙を拭い、安心させてやりたかった。
最終的にただ、その身体に触れたくなった。
唇を合わせ、胸に舌を這わせながら秘所に指を突き立てたくなった。
そんなさやかと、同じ制服で同年代の同性の女の子が横たわっている。
だからこんな感情が生まれたのだろうか。
お嬢様に覆いかぶさる。
さやかとは違う匂い。
石鹸のような爽やかなものではなく、香水のような品のある香り。
「やめて…ください」
羞恥と嫌悪に塗れながらも何とか平静を装うお嬢様。
「へぇ…さっきみたいに泣き叫ぶのかと思ったよ。殺されるよりかはましってか?」
ははっと煽るように笑うと、羞恥と嫌悪を更に濃くしたことをお嬢様の眉間が知らせる。
「……所詮女同士ですから。なんの意味もありませんわ」
───バシッ!
それを聞き、自分でも気づかないうちにお嬢様の親にも叩かれたことのなさそうな頬を引っ叩いていた。
顎を掴み此方に振り向かせ、小さな口に無理矢理舌をねじ込む。
首を動かし抵抗してきたが後頭部を左手で固定して、ねじ込み、舐め、吸い上げ、汚していく。
口内を汚しながら服の上から中学生らしい小ぶりな胸に爪を立て、鷲掴むようにして揉みし抱く。
身体が少し強張ったような気がしたがそんなのは関係ない。
服の上からじゃ面白みが無いので服を切り裂こうかと思ったが、せっかくの制服がもったいないのでブラごと一気にたくし上げるだけにしておく。
「ゃっ…!」
と、未だ舌で繋がってるあたしの口内にお嬢様の声が流れ込んだ気がしたがもう飲み込んでしまったので真相は分からない。
再び爪を立てながら胸を鷲掴むようにして揉みし抱くと、先程とは違い直なので痛みが発生したのか小さな悲鳴のようなものが口内に流れ込んできた気がしたが、確かめる気も無いのでこちらも真相は不明。
どうせなら両方を、と思い小さな口から自分のそれを離し、空いている方の胸をお嬢様が眠り姫になっている間に食べたテリヤキバーガーに喰らい付くのと同じように大口を開けて咥え、歯を立てた。
お嬢様は漸く自由になった唇から酸素を吸い込んでる間にまた新たな痛みを与えられ「痛っ…!」と、今度はあたしの口内ではなく空虚に向かって声を放つ。
咥えた乳房を噛みながら、小さな突起物を舌先で弄ぶ。
「あっ!止めてくださっ…!やめっ…っ…ぁっ…ん…っ…!」
お嬢様は痛みと、もう一つの何かに震え出した。
胸の担当は口だけに任せ、先程いやに目に付いた白い太腿に右手を伸ばす。
しっとりと手に吸い付き弾力がありながらも女性らしい柔らかさがあり、シルクを触っているように心地いい手触り。思っていた以上の感触に自身の興奮が更に高まる。
太腿を撫で回しながら手を徐々に上の方へ持って行き、スカートの中へと導かれるようにして滑り込ませた。
すると、最後の砦を守ろうというのか急に声を荒げ始めた。
「駄目っ!やめて!止めて下さいっ!だめぇぇっ!!!」
身体も使って拒もうとするが身体は縛られたままで殆ど意味を成していない。
嫌がる声にあえて逆らうように下着を脱がす手間すらも惜しんで横から指を滑り込ませ、中指と人差し指を一気に突っ込んだ。
「っっっぁっ!!!!!」
声だけでも痛い、と言うのが分かるものだった。恐らく自慰すらも未経験であろうそこに大した潤滑油も生産せず、二本の指を根元まで一気に突っ込んだのだ。痛くて当然だろう。
「ひぐっ…!ふっ…!ふぐぅっ…!ぐすっ…っ…!」
その涙の意味は痛みか、羞恥か、屈辱か。
知ったところでどうなるものでもなく、あたしにとっては不必要な情報だったので無視して胸の突起物と秘所への刺激を続行する。
しかし肉壁がもたらす威圧感でなんとも動かしがたく滑らすというよりは力任せに腕を動かすしかなかった。
数分ばかりそうして泣き声を聞きながらお嬢様の腰ごと動かしていると、段々と腕の負担が少なくなっていき、ただ動かしてたのが滑るようになっていった。
そうすると変化はお嬢様の声にも出てきて、ぐすぐすと泣いていただけだったのが他の声も混じり、泣き声が《鳴き声》に変わっている。
「っ…!っ!んっ…っ!…ぁ…!」
腰ごと動かしていたときに比べると大分楽だが肉壁の威圧が今度は違う意味できつくなってきていて、押し出されそうだった指が中へ中へと導かれていく。
これが意味することをなんとなく理解したあたしは、先程から乳輪ごと吸い上げながら口を動かし、舌の全面で刺激を与える方法に変えていた胸の突起物を最後の切り札として八重歯で弾いた。
「あああぁぁ───っ!!!」
お嬢様は一際甲高い声を出し、あたしの指を肉壁でギチギチに締め上げながら何かに、達した。
「はぁっ…!はっ…っ…はぁっ…!」
前髪を額に張り付かせ、肩で息をし、目じりには涙が伝ったあとが残っている。
それと、右胸には爪痕。左胸には歯型。
それぞれ蚯蚓腫れになり、所々真っ赤な液体が滲み出ていた。
そんなお嬢様を眺め、スッキリしたような、もやもやが増したような、相反するもの達の存在を胸の奥で感じる。
──女同士なんて、意味がない。
この言葉にあたしがあれ程感情を剥き出しにする効果があるとは知らなかった。
意味がない。
果たしてそうだろうか?
現にこうして女同士の行為に傷ついてる女がいる。
現にこうして女同士の行為で興奮してる女がいる。
現にこうして…
女同士の行為を望んでいるあたしがいる。
それをお嬢様に分からせてやった。
あたしとさやかは無意味なんかじゃないって分からせてやったんだ。
でも、
無意味なんだ。
この証明は今ここにいるお嬢様とあたしにしか分からない。
さやかは知らないんだ。
今も坊やに男女の想いを馳せている。
さやかにとって無意味ならあたしにとっても無意味。
意味がない。
結局お嬢様に八つ当たりしただけ。
さやかには何も伝わらない。
───ボスンッ
激しかった息遣いが静かになってきたお嬢様の横に倒れこむ。
なんだか何もかもがどうでもいいような錯覚に陥ったあたしが選んだ選択肢は睡眠という名の現実逃避だった。
「杏子、杏子」
可愛らしいような、胡散臭いような、そんな声が耳に届く。
「んあ…?」
半分眠った脳で無意識に返事をする。
「杏子、起きてよ!魔女だ」
「あー…分かった分かった」
脳はまだ少し眠ったままだったが魔女とあっちゃ眠ってはいられないので起き上がる。
「おはよう、杏子」
そこにはまだまだ目覚めそうにない空とその空の色と相反する白い小動物のような生き物が無感情そうな瞳でこちらを見つめていた。
「あぁ。どの辺に出たんだ?」
「すぐ近くだよ。走れば五分もかからないだろうね」
「……確かに近いな」
脳が漸く完全に目覚めたのか魔女の気配を確かに感じる。ソウルジェムを使いすぐさま魔法少女に変身。
「んじゃ、行くか」
「その前に杏子」
「あん?」
「何故ここに志筑仁美がいるんだい?」
感情のないガラス玉のような赤い目玉が再び眠り姫と化していたお嬢様の姿を捉えていた。
「志筑仁美はまどかや暁美ほむら、そしてさやかのクラスメートで君との交友関係はないはずだよ」
「それに服装が酷く乱れているね。これじゃまるで…」
「黙れ」
槍の先端をキュゥべぇの鼻先へ向ける。
「っと。危ないじゃないか」
「このことは誰にも言うな。分かったか?」
ガラス玉がまっすぐにこちらを見つめる。
「分からないなら…」
槍を持つ手に力を入れる。腕に僅かな筋ができたのを感じた。
「分かったよ杏子。誰にも言わない。それでいいね?」
「あぁ」
「もちろん美樹さやかにも、だね?」
「…あぁ」
厭な獣だ。
「とにかく急ごう」
「あんたがわざあざあたしンとこ来るってことは結構強いんだろ?」
「そうだね、暴れられては面倒なぐらいには強いよ。ただ君ならそんなに負担も感じないはずだ」
「そうか。じゃ行こうぜ」
「そうだね」
「全然大したことなかったじゃないか」
三分で辿り着いたそこにいた魔女はてんで期待はずれで、道程と同じように三分で片付いてしまった。
「見事だったよ、杏子」
「こんなんでいちいち呼ぶんじゃねーよ」
もしかしたらキュゥべぇが声をかけてきたことによって力が入り過ぎたのかもしれない。
「でも使い魔じゃなく魔女だったから文句はないだろう?」
もしくは…なにか、憂さを晴らすようにしたのかもしれない。
「…ま、確かにそうか。あたしは帰ってもう一眠りするよ。じゃあね」
「お疲れ様、杏子」
とは言ったものの、眠気はとっくに冷めていた。
「……カラオケでも行くか」
なんとなく今はあの部屋に戻りたくないあたしの現実逃避は睡眠から覚めてもまだ続いていた。
数時間後。
「ありがとうございましたー」
喉の痛みを若干感じつつ、カラオケ店からでると空はすっかりお目覚めで通勤、通学途中の人々が少しまだらになる時間帯だった。
(十時…か)
まだまだ現実逃避を続けようとここから五分ほど歩くゲーセンに向かおうとしたとき、
「あれは…」
普段ならとっくに学校にいるはずのさやかを見つけた。
(この時間にどうしてさやかが…)
声をかけることに戸惑いを感じていると、
「あ…」
向こうもこちらに気づいてしまったようだ。
「…よぉ」
「うん。…あんたさぁ」
「…なんだよ?」
「仁美、どうした?」
心臓が、大きく跳ねた。
「さっきまどかからメールがあってさ、仁美が昨日から家に帰ってないらしいのよ。先生が知ってる人は教えてくださいって言ってたんだって」
声がうまくでない。
「殺しちゃった?」
どう答えればいいのか分からない。
「ねぇ」
しかしあたしが黙っていることをさやかは許してくれない。
「……どう思う?」
漸く出たのはそんな言葉。
「え?」
「どう…思う?」
「分かんないから聞いてるんじゃない」
「………殺した」
何故、嘘をついたのか。
単純にできなかったと言いにくかったというのもあるけれど…それ以上にきっと、さやかの反応を見たかったんだだと思う。
愛しい坊やを奪おうとする元友人を敵対しているあたしに殺せと言ってそれが実行されたとしたら、
こいつはどんな顔をするんだろう…と。
「ふーん…そっかぁ」
「………」
「あたしこれから学校行くから。じゃ」
「え…」
そう言い残して去ってしまった。
喜びも、怒りも、悲しみもせずに平然と。
何の感情も持ち合わせずに去ってしまった。
「どうなってんだよ…」
平然と学校へ向かうさやかの後姿を眺めながら、呆然と立ち尽くすしかなかった。
どれぐらいそうしていたのだろうか。
さやかの後姿が見えなくなってもどうしていいか分からずにその場に立ち尽くしていたが、突然背中に軽い衝撃が走ったことをきっかけに我に返った。
振り向くとそこにはけたたましい音の漏れるイヤホンで耳を塞ぎ、偽物の小さなダイヤみたいなものが本体を覆い隠している携帯電話を片手に制服をだらしなく着崩した女子高生がいて、「あ、ごめん」と意味を全く理解していなさそうな言葉を音にしながら去っていった。
「…………帰ろう」
誰に言うでもなく呟き、足を動かした。
セキュリティの甘い高級ホテルへ戻るとチラリ、とお嬢様の目線がこちらへ向いたが何も言わずにすぐに逸らされてしまった。
「…随分なお出迎えだな」
こちらに顔も向けずに黙っている。服装はあたしが乱したままなので少し寒そうだった。
「……あ?お前、これ…」
お嬢様の腰周りら辺だけ、真っ白なはずのシーツが黄色く変わっていた。
よくよく考えれば誘拐してから既に半日が過ぎており、その間お嬢様は一度もトイレに連れて行っていないので当然といえば当然のことかもしれない。
「あーぁ。お嬢様がお漏らしかよ」
煽るようにわざと声に出してやったのに全く反応はない。
「おい」
顎を掴んで顔をこちらに向けさせる。
「お漏らししたら、なんか言うことあんだろ?」
昨日の強姦がよほどショックだったのかもう全てがどうでもいいような顔を見せるお嬢様。
「お漏らししちゃってごめんなさい、だろ?」
煽りも効かず、無表情を貫く。
「チッ…」
手を離すとまるで糸の切れた人形のように首をだらん、とさせたが視線だけは意識的にあたしを避けているみたいに逸らす。
その姿がさやかと重なり、苛立ちを感じさせる。
だが苛立ちと同時にその解消方法も思い浮かんだ。
「……しょうがねぇなぁ」
「あたしが、きれいにしてやるよ」
無反応のお嬢様のスカートをめくり上げると中学生が穿くには早すぎる薄紫色のレースのついた高級そうなランジェリーが現れ、若干のアンモニア臭を発している。
足はベットに縛り付けたままなので下着を完全に脱がすことはできないが邪魔になるので片方の穴だけ破り、左足にだけそれを中途半端に引っかけたままにして下げておく。
下着を弄られたことにより僅かではあるが無表情が崩れそうになっているところへ追い討ちをかけるように、粗相をした秘部へと顔を近づけた。
「えっ!?」
予想外のことだったのか一瞬にしてお嬢様のお人形さんごっこは終わりを迎えた。
先程よりも強いアンモニア臭を感じながら暴かれた秘部を両手の親指で広げる。若干くすんだ色に包まれていたそこは広げることにより鮮やかな赤い花を咲かせた。
「いやぁっ!!!」
昨日よりも強く、お嬢様が拒絶した。が、初めて見る鮮やかな赤い花とアンモニア臭に混じった性臭に酔ったあたしにそんなものは意味を成しえなかった。
先にそこに届いたのは舌。
次に鼻。
そして唇。
舌で花の蜜を掬い上げ、鼻で小さな小さな突起物を刺激し、唇は自分のとは別の唇と合わせる。
終始耳に響いていたのは卑猥な水音と拒絶を徐々に和らげていった嬌声だけだった───。
散々お嬢様を鳴かせたあとに残ったのはまたしてもスッキリしたような、もやもやが増したような相反するもので、今度は若干もやもやがスッキリを上回っていた。
(罪悪感…か?)
それは一体誰に対するものなのだろう。
あいつに求められてもいない操を捧げてるのか。
もしくは…お嬢様の心と体を傷つけてることを今更申し訳なく思ったのだろうか。
(……殺そうとしたのに?)
おかしな話だ。
けれどあたしは未だにお嬢様を手にかけれずにいる。
求められてもいない操を勝手に捧げているかもしれないほど、大事なあいつの為なのに。
未だに殺す決心がつかない。
あいつの言う通りソウルジェムのために何人も見殺しにしてきたあたしにとって殺すこと自体にもうなんの恐怖もない。
では何故、殺さないのか。
さやかの為か。自分の為か。
まさか…お嬢様の為か。
(分かんねぇ…)
「…おい、起きろ」
余韻でぐったりしてるお嬢様に声をかける。
しかし意図的かどうかは分からないが無視された。
「風呂、入るかい?」
「えっ!?」
どうやら意図的に無視されていたようだ。
「……結構です」
乙女心に《風呂》という単語は絶大な効果を発したがそれでも強姦魔の誘拐犯の言葉には屈してはくれない。
「へぇ、いいのかい?そのままベットでお漏らししたまま放置してると痒くなるし臭いも気になるよ」
そんな品のない煽りに無言ではあるが若干の反応を見せた。
「花も恥らうような女子中学生が風呂にも入らず尿も垂れ流し、とはね」
「……もう、花も恥らうような体じゃありませんわ」
風呂に入りたいですと言わせようとしただけなのにこっちに分が悪い話が飛んできてしまった。
「…いいから入るんだよ!ほら!」
お嬢様がどれだけ暴れても解けなかったシーツの手錠と足枷を簡単に引きちぎり、ホテルへ運んだときのように担ぎ上げる。
「きゃっ!お、降ろして!」
「うるさい」
粗相で濡れたスカートがあたしの服まで濡らしていたけど言うとまた何か言い返されそうな気がしたので気づかないふりで脱衣所まで運ぶ。
「よっ、と」
降ろしてやるとすぐさまブラごと捲れあがった上着を下げ、未だに爪痕と歯形のついた胸を隠す。
「…風呂入るっつってんのにアンタなにやってんの?」
目を背け、あたしの問いに答えようともしない。
「っていうか今更隠したってもう散々見たし」
その言葉に眉間に皺を作りながらもほんの少し頬を赤らめて、服の裾をぎゅっと握り締めた。
「なんだ、花も恥らうんじゃないか」
「えっ…?」
よほどあたしの言葉が意外だったのか、目を合わせまいとしていたことを忘れている。
「そんだけの恥じらいがあれば十分だろ」
「あ…」
「その恥じらいに免じて一人で風呂に入れてやるよ。あたしの前じゃ服脱ぐのも嫌そうだからな」
「……当然だと思いますけど」
目を合わせまいとしていたのを思い出したのか、不機嫌そうに逸らされる。
「そりゃそうか」
ははは、と自嘲だかなんだかよく分からない笑い。
「じゃあごゆっくり」
ドアノブに手をかけ、
「…まぁ、パンツがまだ足に引っかかったままだけどね」
そんな捨て台詞でドアを閉めた。
顔は見なかったけどきっとお嬢様の頬の赤みは増していただろう。
ベットルームへと向かい、一部だけ黄ばんだシーツを眺め腕を組む。
(風呂入ってる間にベットメイク頼むか…それともドアの前でシーツだけ新品と交換するか…でもそれだとあたしがお漏らししたみたいだよな)
(とりあえず新品のシーツだけ持ってこさせて汚れたのはお嬢様に洗わせるか)
(よし。そうしよう)
部屋の付属の電話ですぐに来るよう一報いれる。
高級ホテルの中でも一番いい部屋の住人様相手だとより一層腰の低くなる電話相手に嫌悪感を感じつつ汚れたシーツをはがす。
ふわり、と香ってきたのはアンモニアと先程の興奮を思い出させるような性臭。
もう少し鼻を近づけてみるとより強く感じ取れる。
距離に比例し興奮度も高まっていき、気がつけばシーツの黄ばみに鼻を直接押し当てて体中に匂いが広がっていきそうなくらい思いきり息を吸い込んでいた。
(これじゃ変態じゃないか…)
なんて、自身を罵倒しながらも嗅ぐのを止められない。
息を吐くのをもったいないと思うくらい匂いに酔いしれる。
しかしそんな変態行為は自らが招いた招かれざる客によって終止符を打たれた。
~~~♪
品のいいインターホンの音。
~~~♪
「……………ちっ」
シーツをその場に置きドアを開ける。
「お待たせ致しました。ベットメイクに伺いました」
「シーツだけ置いていけ」
「しかし…」
「あ?シーツだけ持って来いって電話でも言ったはずだよ。ガキでも伝えられるような伝言をあんたらはできないのかい?」
「…失礼致しました」
差し出された新品のシーツを無言で受け取りドアを強く閉める。
もちろんアレを邪魔された腹いせだ。
「ったく…」
新品のシーツを片手にベットルームへ。
アンモニア臭込みの性臭漂うシーツを再び手に取ったがホテルマンの顔で一気に興が冷めたのでそれをどかし、花のような香りのする新品のシーツをセットする。
ベット自体はそれほど尿に犯されていなかったが一応タオルを一枚だけシーツの下に敷いた。
「これで大丈夫だろ」
「それと…」
先程までクンカクンカしていたシーツを手に取り脱衣所へ向かう。
「おい!」
シャワーのザーっという音のするドアへ声をかける。
「……はい?」
「粗相したシーツ自分で洗いな」
「…分かりました。そこに置いておいてください」
テメェは引きこもりかこの野郎。
とことんあたしの裸を見られるのを嫌がるお嬢様。
苛立ったが何も言わずに床へ置いて脱衣所から出た。
花の香り漂うベットの腰掛けながらお菓子を貪ること三十分。
「おっせぇ…」
シーツ洗う時間を入れても風呂なんか十分もせずに出るあたしからしたら三十分はどう考えても遅すぎる。
(まさか逃げたか…?)
ベットルームよりも風呂場の方がこの部屋の出口に近いため逃げるのは不可能ではないが、逃げられないようにあえて代えの服もタオルも用意しなかったのでそれは考えにくかった。
(ずぶ濡れの裸じゃいくらなんでも逃げられないだろ)
それにドアを開ける音がしたら気づくはずだ。魔女の気配を感じ取れるあたしが人間一人を逃がすなんてヘマを起こすはずがない。
「……………あ」
そうか。タオルも服もないから出てこれないのか。
脱衣所へ行くと足拭きマットの上で裸体を隠すように膝を抱え込んで蹲っていた。
「…なにしてんだ?」
「タオルがどこにも見当たらなくて…」
「タオル取ってくれって一言言えばいいじゃねぇか」
「……誘拐犯相手にですか?」
…正論だ。
「ほら、タオルとバスローブ」
「……そこに置いてください」
またか。
「いい加減にしろよ。風呂入れただけありがたいと思いな。自分で拭かないっつーならあたしが拭いてやろうか?」
お嬢様の肩がビクッと少し震えた。
「どうすんだ?」
問いかけには答えず無言で立ち上がり、裸体を晒しながらタオルを受け取る。
性行為済みだが中途半端な脱がし方をしていたのできちんとお嬢様の身体を見るのは初めてだ。
胸の頂の桜色と昨晩の爪痕と歯形の赤色。そしてそれをより一層美しく演出するためにそうなったかのような色白な裸体。
美しくもいやらしい少女の発展途中の肉体を舐めるような視線にお嬢様はあえて気づかないふりをして、若い素肌から弾かれた水滴をバスタオルに染み込ませていく。
髪、左腕、右腕、胸、腹、背中、尻、右足、左足…そして最後に秘部。
一時も目を離さずに終始バスタオルの重みが増すのを眺めていた。
「あんたも食うかい?」
再びベットルームへ戻り、先程の食べかけてたお菓子の袋を手に取る。
「…いえ、結構です」
「……あっそ」
袋に口をつけ残りのお菓子をすべて口の中へ放り込む。カスが少しばかり服に零れた気がしたが気にせずに租借していく。
「手、出しな」
「また…縛るんですか?」
「あたしも風呂入りたいからね」
「………はい」
文句のあるような、もう諦めたような、どっちとも取れる顔で手を差し出した。
適当にシーツを破り再びベットに縛り付ける。
「足は…いいか。面倒くさい」
「じゃあ大人しくしてな」
返事はない。
期待もしていなかったからいいけれど。
「ん?」
脱衣所で風呂に入る準備として下着を脱いだとき、下半身に感じた違和感。
その原因を探るために見てみるとお嬢様の高級ランジェリーとは全く違う安っぽい下着が汚れていた。
お嬢様の蜜を吸いながら自分も密かに濡らしていたようだ。
確かにお嬢様の性は解消されているが自分自身の性の解消は行われていない。
当然といえば当然の汚れなのかもしれない。
衣服を全て取り払い、風呂場のイスに腰掛ける。
そっと自分の秘部に触れてみると蜜を味わってから時間が経っているにもかかわらず僅かに濡れていた。
右手の中指を第一関節まで入れるとちゅぽっという水音。
それを軽く回しながら徐々に第二、第三関節まで入れていくと腰の浮くような感じが少々。
第三まで入った指を中で動かす。
肉壁に指の腹を擦り付けたり左右に揺らしてみたり、と僅かな性感が心地いい。
(さやか…)
さやかとの初めてはこんな風に優しくしてあげたい。
ゆっくりお互いの性を拓いていって、ゆっくりゆっくり愛を深め合っていくんだ。
さやかのここはどんなだろう。あたしとそんなに違いないのかな。同じ女だもんな。
「さやかっ…さやかっ…」
指の動きが早まる。
くちゅくちゅという卑猥音が風呂場に響き、あたしの吐息と言葉をかき消していく。
鮮やかな赤い花。小さな小さな突起物。手触りのいい太もも。色白な裸体。桜色の頂。赤い爪痕と歯型。
翠の、髪色。
「っ────!?」
いつの間にか、さやかがお嬢様に入れ替わっていた。
ドキドキと少し煩い心音は自慰のせいではない。
中指を秘部から引き抜く。
結局、性は解消されなかった。
「……長風呂なんですのね」
本来の意味で風呂に入り終え、ベットルームへ戻るとお嬢様からかけられたそんな言葉。
「…縛られてるから退屈だっただけだろ。あたしはそんなに長風呂派じゃないさ」
「そうですか」
「あぁ」
濡れた髪のままお嬢様の隣へと横たわる。
「髪乾かさなくてよろしいんですか?」
「いいよ、面倒くさい」
なんだかどっ、と疲れてしまった。
「そうですか」
「あんたドライヤー使いたかったのか?」
「もう乾いてしまったから意味ないですわ」
「そうかい」
「はい」
少しの、沈黙。
「…よく喋るようになったね」
「そうですか?」
「あぁ。さっき外から戻ったときは敢えて無視していたのに風呂から上がったら声をかけてきた」
「慣れって怖いですわね」
「もう慣れたのか?まだ一日だけだぞ」
「そうですわね」
淡々とどこか不思議な会話。
(誘拐されて一日で慣れたとか…)
お嬢様の肝の据わりっぷりに驚きというよりも、なんだか呆れてしまった。
(変な女…)
そんなことを考えつつ、さっきから襲われている睡魔にうとうとし始めた。
そういえば夜中に起こされて以来ずっと寝ていない。
まだ外は明るかったが睡魔には勝てなかったのか知らぬ間に一人眠りに落ちた。
「おはようございます」
目が覚めると明るかった空は夜を表していた。
しかし空の色が変わっても横にいるお嬢様は眠りに落ちたときと変わらずベットに縛られたまま。
「いつの間にか寝ていらしたんでびっくりしましたわ」
「あー…」
返事をしながらもまだ少し眠った脳。
「…あんたは眠らなかったのか?」
「はい」
「何してたんだ?」
「何…と言われましてもこの状態で何ができますかしら」
確かに馬鹿な質問だ。
「じゃあ、なに考えてたんだ?」
「……さぁ。ただあなたの…」
「あなたの、寂しそうな寝顔をぼうっと眺めてましたわ」
「寂しそう…?あたしの寝顔が?」
「えぇ」
「ははっ!なにバカ言ってんのさ!誘拐犯で強姦魔の寝顔が寂しそうって!」
ケラケラと高音が喉を鳴らす。
あたしのケラケラと鳴る喉とは反対にお嬢様の喉は何も奏でない。
「本当…寂しそうな寝顔でした」
「はっ……はは…」
「……聞いても、いいですか?」
「………駄目だ」
「あんな顔するのは…」
「駄目だ」
「どうして、ですか…?」
突然に、
「……駄目だって言っただろ!!」
溢れてくる。
自分の中の想いが。
本当は平気じゃなかった。
人を見殺しにすること。───けれどそうしないと…弱いままだと自分の罪を受け止めきれないから。
やっと好きになれた人があたしじゃない誰かを好きなこと。───けれど黙っていないと…慰めることもできなくなってしまうから。
さやかがお嬢様を殺せと言ったこと。───けれど叶えてやりたかったんだ…さやかが幸せになれるなら。
ひとりぼっちで…いること。───寂しかったんだ。
さやかはあたしを見てくれなかった。
知ろうとしてくれなかった。
なのにこの女は…
志筑仁美だけが、あたしの気持ちを見抜いた。
志筑仁美だけが、あたしの気持ちを知ろうとした。
「もう…止めだ」
「えっ?」
窓を開けベランダから飛び出す。
こんなのはもう───
「……止めだ」
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