奈緒「それでもやっぱり特別な日」 (10)
・アイドルマスター シンデレラガールズの二次創作です。
・ト書き形式ではなく、一般的な小説形式です。人によっては読みにくいかもしれません。
・約3500字、書き溜め済みです。数レスで終わりますので、さっと投下します。
前置きは以上です。お付き合いいただけると嬉しいです。
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他人の誕生日ってさ、なかなか覚えてなかったりするだろ?
長く付き合ってる奴なら、まあ教えてもらったり、どっかで知ったりする機会もあるだろうけど。
例えば高校で初めて会ったような相手だと、わかんないもんじゃん。
仲良くなれば、そりゃあ面と向かって「祝ってほしい」とか、言えるかもしれない。
でも、このくらいの歳にもなると、誕生日だってあんまり特別だとは思えなくなるんだよな。
だから別に、忘れられてもよかったっつーか。
去年は両親と小学校以来の友人くらいからしか祝われなかったもんだけど、今年はちょっと事情が違う。
何せ、アタシはアイドルだ。
公開されてるプロフィールには、ばっちり誕生日も書かれてる。
現役高校生でアイドルやってるってのはクラスメイトのみんなも知ってるわけで、おかげで大して会話した覚えのない奴からも、軽く祝いの言葉をもらうことになった。
誕生日おめでとう、とか。
これからも応援してるよ、とか。
仮にお世辞だったとしても、嬉しくないっていうと嘘になるよな。
アタシも営業で鍛えられたスマイルで返すと、みんな喜ぶんだ。
こういう時、自分の本分は学生じゃなくて、もうアイドルなんだなって思う。
いや、Pさんだったら、お前の本分は学生だろって言うだろうけどさ。
心の傾きっつーか。アタシの軸は、アイドルに寄っちゃってるんじゃないかな。
そうやって時折他のクラスからも来るお祝い攻勢を適当に捌きつつ、お昼休みに入ると、携帯が立て続けに三回メールを受信した。
二通分は示し合わせたのか、全く同じ時間に凛と加蓮。
割と素っ気ない文章の凛とは対照的に、やたら加蓮は長文だった。
母さんに渡された、いつもよりちょっと豪華な弁当を摘みながら、メールの中身にくすっと笑みが漏れる。
三通目は、何故かちひろさん。
今日は事務所で衣装合わせの予定だけだから、多少遅く行っても大丈夫なはずなんだけど、なるべく早く来てくださいね、なんてわざわざ書いてある。
それと、放課後にはサプライズを用意してあります、とか。何だそりゃ。
三人にメールを返して、アタシはちひろさんの言葉を頭の片隅に追いやった。
携帯を仕舞う前にメールの着信をもう一度確認して、小さく溜め息を吐く。
……忙しいのかな。でも仕方ないよな、担当してるのアタシだけじゃないし。
なんて。
アタシはこの時、そう信じて疑わなかったんだ。
放課後、靴を履き替えたところで、校門前が若干ざわついてることに気付いた。
遠巻きに目を凝らして見てみれば、スーツ姿の誰かが携帯を取り出している。
右手の親指がトントンと画面を何回か叩き、耳に当てた瞬間、アタシのポケットがぶるぶる震えた。
――まさか。
恐る恐るアタシは電話に出る。それに反応して、校門前のその誰かは、堂々と左手を高く掲げる。
『おーい奈緒、手挙げてるの見えるかー?』
「……頼む、死ぬほど恥ずかしいからやめてくれ」
スーツ姿の不審者は、Pさんだった。
通話を切り、ジト目で近付くと、全く悪びれない口調で「お疲れ」と来た。周囲の視線がすげえ痛い。
あんまりにも不意打ちな状況に、結構アタシも動揺してたもんだから、とぼけたPさんの手を強引に掴んで、ダッシュで逃げちまった。
あーあ、絶対明日噂になるよなー、と、冷静な頭の中の自分が囁いてきて、もう叫んでやりたい気分だった。
「ちょっと待って、奈緒、車停めてあるからそっち行きたいんだけど」
「どっちだよ!」
「すぐ近くだからとりあえず落ち着け。ほら、走ると危ないし」
「誰のせいだと……」
「まあまあ。俺も少し配慮足りなかったのは謝るよ。そりゃ大人が校門前で立ってたら怪しいよな」
「そういうことじゃねぇよ……もう」
速度を緩め、足を止める。
微妙に荒れた呼吸を整えると、今更ここまでずっと手を繋いでたのを思い出して、恥ずかしさが一気にぶり返してきた。
かぁっと赤くなる顔の熱を誤魔化したくて、アタシはそっぽを向く。
「で、なんで学校に? もしかしてアタシを迎えにでも来たのか?」
「おう」
「いやーだとしたら随分アタシも出世したもんだよなー……って、ん? え? マジで迎えに来たの?」
「そうだぞ。ちひろさんから聞いてなかったのか?」
サプライズってこれかよ!
確かに驚いたけど!
「でも、Pさんだって仕事……」
「気にすんなって。それに奈緒、今日誕生日だろ」
「……うん。でも、Pさんに祝われるだなんて、思ってなかったから」
「まるでお前のプロデューサーは薄情な奴みたいだな」
「そ、そんなことない! ……けど」
「けど?」
「……なんでもない」
「そっか」
何だその全部わかってるよみたいな笑顔。
あーもう……ペース握られっぱなしだ。
せめてもの意趣返しに、アタシはそっと右手を差し出す。
「ん?」
「Pさんなんて、女子高生と一緒に手繋いで歩いて通りがかる人達に怪しまれればいいんだ」
「ほう。奈緒はどんな怪しまれ方を想像したんだ?」
「そ、それは……い、言えるかっ!」
「言えないようなことなのか」
「ばっ、そ、そんなんじゃなくて……!」
我ながらどうしようもない自爆だった。
何とか取り繕おうと次の言葉を探してると、Pさんがくすくす笑い出す。
「な、なんで笑うんだよ!?」
「いや、遠回し過ぎる催促だなって思ってさ」
「………………わかってんじゃん」
このひねくれ野郎、と視線で訴えれば、今度は悪戯を成功させたこどもみたいな笑顔を見せてくる。
「ところで奈緒」
「これ以上なんかあるのか」
「衆人環視の場でこういうことが言えるとは、成長したもんだな」
最早怒り(と恥ずかしさ)は言葉にならなかった。
それでも、まあ、手はちゃんと繋いだけど。
……もったいないって思っちゃったんだよ。悪いか。
助手席に乗り込むと、微かに甘い匂いがした。
誰もいない後部座席を見ると、大きめのビニール袋に入った箱がふたつ。アタシでも知ってるお店の名前が書いてある。
後ろを注視するアタシに、駐車場の料金を払い終えたPさんはあっけらかんと「中身はケーキだよ」なんて告白した。
こっちに来る前に買ってきたんだろう。
ちひろさんのメールといい、明らかに計画的な犯行だった。
シートベルトを締め、車が走り始める。
ケーキを気にしてるのか、速度もゆっくりめだ。
「……あのさ。Pさんは、自分の誕生日が来たら嬉しい?」
「正直この歳にもなると少し複雑だなあ。親から電話来るんだけどさ、まだ結婚しないのか、とか言われるんだよ。歳取ったからってそう簡単に見つかるかっての」
「あはは」
「でも、やっぱ祝われると嬉しいよ。誕生日って要するに、生まれてきてありがとう、生んでくれてありがとう、って日だから」
「……アタシも?」
「奈緒が生まれてなければ、こうやって出会って、プロデュースすることもなかったからな。感謝、するに決まってるよ」
赤信号。
一時停止した車の中で、アタシは正面を見たまま、口にするか躊躇いながらも呟く。
「ホントはさ、Pさんからメール来ないかなって、期待してたんだ。だから、まあ、直接学校に来たの見た時はぶん殴ってやろうと思ったけど」
「怖いこと考えるな……」
「でもやっぱ、忘れられてたらヤだもんな。祝ってくれて、すごく嬉しかった。ありがと、Pさん」
歳取って、慣れちゃっても。
何度も繰り返して、色褪せても。
特別な日だってことには、変わりないんだよな。
……と、特別な人に祝われれば、余計に、さ。
「俺の担当アイドルは可愛い奴だなあ……」
「かっ、かわ……!」
「よしよし、本当にいい子だよ、奈緒は」
「頭撫でんな! うぅ、もう、なんだよ……ばか」
青信号になって、Pさんの手は元の位置に戻る。
それでも撫でられた頭に熱の名残があって、嬉しくて、油断するとにやついちまいそうで、結局事務所に着くまでアタシは仏頂面をするしかなかった。
――そうして助手席から降りて、Pさんと二人、事務所の扉前に立つ。
さっき誰かに電話してたけど、たぶん相手はちひろさんだ。
中ではアタシを祝おうと、みんなが待ち構えてるんだろう。
今日オフなのは何人だったかな、とか、スケジュール表を思い返そうとしたけどさすがに覚えてない。
だからまあ、いっぱい期待しておこう。
アタシはきっとこれからも、たくさんの扉を開ける。
その向こうに待ってるものを見るために。
「ああ、そうだ、奈緒」
「ん?」
「悪い。ひとつ、言い忘れてた」
ドアノブを捻って押し込みながら、目の前に広がる光景を前に、Pさんは優しい笑顔でアタシに告げる。
クラッカーの派手な音にも負けない、大きな声で、
「誕生日、おめでとう!」
以上になります。
誕生日コメントと制服コレクションのシチュを混ぜたらこうなりました。
友人に書くんだよねって言われて急いででっち上げたものなんで短いです。
素直になれない奈緒ちゃんは、結構行動で自分の気持ちを出したりするんじゃないのかなとか。
プロデューサーの結婚についての話は、あとで自分の部屋で思い返してにやにやしてるかもしれません。やっぱ相手いないんだ、みたいな。
短いですが、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
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