女「ち、違うのっ!」(53)
男(ボロい、あたかも一人暮らしをするために存在するようなアパートの一室で)
男(リサイクルショップで買ったちゃぶ台を間に置いて)
男(年甲斐もなく子供っぽさと、夏が全開な服装の女の子と俺は対面していた)
女「だから、違うのよ!」
女「このノコギリクワガタは私のじゃなくて、弟の為のーー」
男「じゃあその沢山クワガタが入った虫かごから手を離して下さいよ」
女「嫌よ、盗るでしょ!?」
男「盗らねーよ!」
男(あれは丁度30分前の出来事だった)
男(夏休みがぐんぐん近づいて、期末試験そっちのけで浮かれていた俺は)
男(土曜日のゆったりとした午後を、扇風機一つで暑さと戦いながら過ごしていた訳で)
男(そんな時、ふと網戸だけにしておいた窓から涼しい風が吹いてきた)
「お、涼しいな」
男(扇風機が送ってくる涼しいとは言い難い風じゃない、自然が生んだ風)
男(その風をもっと全身で受けたいと考えた俺は、身体を窓の正面にのそのそと動かして、そして見つけた)
「・・・クワガタ?」
男(網戸に張り付いて一際存在感を示すソレを)
男(そして、それを今にも掴もうとする細い腕と手のひらを)
「・・・え?」
男(この部屋はボロいアパートの【2階】にあるという事実から考えて、普段は見れない光景が窓口に広がっていた)
男(少しでも涼しさを、と耳に小波の音を流していたイヤホンを外して、外を確認するために窓に近寄る)
「にゃ?あ?あ?ああああああぁぁぁぁぁぁッ!」
男(イヤホンを外したお陰で、周囲の音が鮮明になり、窓から聞こえる声が耳に響く)
男(そして、俺は目撃してしまった)
女「ふんぬううううううぅぅぅぅッ!!」
男(学校で、クールビューティの代名詞とも言われている生徒会長が)
男(必死の形相で手を伸ばしている光景を)
女「ぬうううううりゃああああぁぁ・・・あ?」
男「・・・・・」
男(多分、その時俺は何とも言えない表情をしていたと思う)
男(そして、生徒会長の顔は羞恥心で満たされていた)
男(学校でのイメージと正反対の彼女を前に固まる俺と、赤面する生徒会長)
男(気まずい空気の出来上がりだ)
男(だから、有り余る童貞力をフルに発揮して勇気を振り絞り、とりあえず声をかけてみた訳だ)
男「・・・その、取りましょうか?」
女「・・・へ?」
男「・・・クワガタ」
女「あ、・・・ありがとう」
男「じゃあ、取っておきますので、玄関の方にきてくれませんか?」
男「そこ、危ないですし」
女「あ、うん」
男(我ながら、初対面の女の子に紳士的な対応が出来ていた事は評価したい)
男(危なっかしく地面に降りて行く生徒会長を見届けて、網戸に引っ付いたクワガタを取る)
男(ふと下を見ると、小走りでアパートの表側に向かう生徒会長が見切れて見えた)
男(手中にいる、脚をしきりに動かすクワガタを眺めて懐かしく思っていたのも束の間に、玄関のチャイムが押される)
男(待たせるのもいけないと思い、だらしない部屋着のままクワガタを持って玄関の扉を開けると、そこには)
女「あ、あの、クワガタ・・・」
男(虫かごを首から下げた、150cm位の女の子ーー我らが生徒会長がちょこんと立っていた)
男(前述のイメージなど、とっくに粉々になっているこちらからすると、小学生と言われても信じてしまうだろう)
男(そんな理由があってかなくてか、俺はこんな言葉を口にしていた)
男「クワガタ、好きなんですね」
男「生徒会長?」
女「ーーーーー!」
男(途端、羞恥で赤くなっていた生徒会長の顔は、中で麦茶でも沸かしているのかと思う程に紅潮して、こう言った)
女「ち、違うのっ!」
男「嘘つけ」
女「」
男(こうして、今に至る訳だ)
男「・・・じゃあ、仮にそれが生徒会長の弟さんの物として」
男「なんで、あんな危ない事をしてまで捕まえようとしたんです?」
女「そ、それはー・・・」
男「それは?」
女「・・わ、私が良いお姉ちゃんだからかな!?」
男「そう、ですか・・・」
女「う、うん」
男「・・・・・」
女「・・・・・」
男(・・・あ、目に見えてホッとしてるな、この子)
男「所で、」
女「?」
男「一番好きなクワガタは?」
女「それは勿論、ギラファノコギリクワガタよ」
男「あ、やっぱり」
女「・・・あっ」
女「・・・ほら、今時女子の流行りなのよ、ギラファノコギリクワガタ」
男「かなり苦しい言い訳ですね、会長」
女「・・・事実だもん」
男「へぇ」
男(頬を膨らませて涙目になりながらも意地を張るなんて、本当に小学生みたいだな)
男(・・・まあでも、嘘つきにはお仕置きをしなくちゃならない)
男(・・・という事で)
男「あ、また窓にクワガタがーー」
女「本当!?」
男「・・・・・」
女「何よ、いないじゃない嘘つk・・・はっ!」
男(・・・あ、この子可愛いわ)
男(そんなこんなで、面白い程に会話の中の罠に引っかかる会長で遊ぶ事、さらに10分程が経った頃)
女「うぁーッ!」
女「分かったわよ、えぇ、認めますとも!」
女「どうせ私はクワガタ大好きな変態女ですよ!」
男「・・・はっ」
女「笑うなああああーッ!」
男(必死(?)の抵抗虚しく、会長の心はぽっきり折れた)
男(よくよく考えて、こんな性格なのに学校ではクールビューティで通っているのは何故なんだろう?)
男(普通なら、キャラを作った所ですぐバレそうなものだけど)
男(さらに言えば、それが会長の話なら尚更の事だ)
女「あ、そういえば私、君の名前を聞いていなかったね」
男「え?」
男(ばん!とちゃぶ台を叩いて、虫かごを片手に身を乗り出す会長)
男(そうなると、もう少しで胸部の丘とも呼べるかどうか分からない部分が露わになりそうになる)
男(何せ、彼女の服装は前述の通り夏全開なのだからそれは当たり前の事だ)
男(しかし、新人童貞の俺にとってはそれだけで効果抜群なダメージになる訳で)
男(そのくせ、会長は子供のように目を輝かせている)
男(なんだか、勝手に一人照れているだけなのに、負けた気分だ)
男(そんな事を考えていても、会話は進まないもの)
男(とりあえず、返答する)
男「あ、えっと男って言います」
男「高1です」
女「え、年下だったの!?」
男「そーゆー事になりますね」
男(さらに身を乗り出す会長(主に胸部)から、目をそらしながらもとりあえず返答する)
男(しょうがないじゃない、俺、男の子だもの)
女「ん、どうしたの?」
男「いや、別に・・・」
女「?」
男(・・・この子、無防備すぎやしませんかねぇ?)
ーーーーー30分後。
女「そっか、男君は後輩なのねー」
男「そーなりますねー」
男(現在、喉が渇いたと仰るちっこいお姫様の為に麦茶を準備してるという状況だ)
女「なんだか、対応が雑だなぁ・・・」
女「それが先輩に対する正しい態度なのかい?」
男(この子、自分が年上と分かった瞬間、急に先輩風吹かしてきて、この部屋をまるで我が家のように扱い始めやがった)
男「・・・ふぅ」
女「どしたー、男ー?」
男(でもなんだか、ほっとけないというか、こう・・・)
男「保護欲を掻き立てられるんだよなぁ・・・」
女「どうしたんだー、男ー?」
男「なんでもないっすよ」
男「はい、麦茶」
女「うんうん、やっぱり夏は冷えた麦茶だよねぇ」
男(コップを両手で持つと、さらに子供っぽいな)
女「麦茶が美味いついでに、男ぉ」
男「何か?」
男(ついでに、自分の麦茶も入れておこう)
男(冷蔵庫の中の氷のストックは十分だしな)
女「・・・生徒会とか興味ない?」
男「無いっす」
女「即答!?」
女「な、なんで?」
男「いや、なんか真面目な印象あるし」
女「私がいるのに?」
男「いや、生徒会長の台詞としてそれはどうなの?」
女「いいよ、この際」
女「大体ね、私なんて形だけのもので」
女「基本は副会長が書類仕事してるし・・・」
男「はぁ」
男「・・・じゃあ、会長の仕事って?」
女「・・・えーっと」
男「・・・・・」
女「・・・・・」
女「・・・あぅ」
男「ないんですね」
男「ま、まぁそれでも生徒会は成り立ってるから大丈夫じゃないですかね」
女「うん・・そうと思いたいけどねー・・・あっ」
男「どうかしました?」
女「そういえば、副会長が人員補充したいとは言ってた」
男「へぇ、人員補充ねぇ」
女「うん、なんか保護者が欲しいって」
男(十中八九貴方の保護者役って事ですね、分かります)
女「それにしてもおかしいよね、生徒会に保護者なんてさ」
男「そうですね」
男(はっ、当の本人が何を言ってるのやら)
女「高校生にもなって保護者が必要なんて、情けないよね?」
男「そうですね」
男(ブーメラン、と言うよりはフリスビードッグみたいだな)
男(言葉が)
女「副会長ってあー見えて、結構だらしない娘なのねー」
男「そうで・・・えっ」
女「だってそうでしょ?」
男「あ、あぁ」
男(同意しかねるっ!)
男(つーか、書類仕事してくれてる副会長に向かってなんて言い草だこの娘)
女「までもその副会長がいるから、私やクワガタ仲間の書記ちゃんもーー」
男「仲間!?」
女「ーーひぇっ・・・な、何?」
男「い、いやクワガタ仲間って」
男「会長の他にもクワガタ好きがいるって事?!」
女「そだよ?」
男(・・・副会長っ!)
女「・・・なんで泣きそうなのよ?」
男(いや、勿論彼女の苦労を思ってるんですよ!)
男(・・・なんて、言える訳無いわっ!)
女「だ、大丈夫?」
男「ーーりますよ!」
女「?」
男「生徒会、入りますよ!」
女「あれ、でもさっきーー」
男「いや、人助けってやっぱり大切ですから!」
女「そ、そう?」
女「じゃあ、ようこそって事で」
女「ーー明日、学校集合ね?」
男「はいっ!・・・・・・・・・え?」
男「明日、日曜日ですよね?」
女「そうだよ?」
女「勿論、クワガタ取りに行くにきまってるじゃない?」
ー翌日ー
男(只今、午前4時と少しを回った時刻)
男(布団の上で大の字になって寝ていた俺は、窓の外の不穏な影に目を覚まされた)
男(いや、正確には・・・)
男「影の口から出る騒音に、か」
?「起きろ、起きろー!」
?「ほらほらほら、クワガタは待ってくれないよー?」
?「早く、早くーっ・・・あ、すいません」
男(あ、怒られてる)
~5分後。
男「なんですか、会長」
女「いや、クワガタだよクワガタ」
男「・・・はぁ」
書記「おー!こいつが男かぁ!」
書記「男の癖に細い身体してんなー!」
書記「もっとたんぱく質をとってヒラタクワガタ位にはならんとなー!」
男(意味わかんねぇ・・・)
副会長「ご、ごめんねぇ・・・こんな朝早くに」
男「大丈夫ですよ、少なくとも副会長は悪くないですし」
男「とりあえず、あがっていって下さい」
副会長「でも、男の子の部屋なんて初めてだから・・・」
副会長「なんか、緊張しちゃって・・・」
男(・・・あ、なんかホッとした)
書記「男ー!お茶貰って良いかー?」
男(・・・そして気が重くなった)
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