淡「遊星より愛をこめて」 (139)
———白糸台高校麻雀部
『チーム虎姫、応答せよ!応答せよ!こちら宇宙ステーションMo-7!』
『ステーションに急速で円盤が接近中!コンタクトは取れず!警告を無視して接近しています!』
『応と——うわあぁぁぁぁぁっっ!!!』
『ビビッビッ……ザザー……』
カチッ
淡「………」
菫「……これが昨日お前が居眠りしていた時に来た連絡の内容だ」
淡「………」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1363494110
菫「宇宙ステーションMo-7は壊滅。そこで働いていた隊員も全員殉職した」
淡「………」
菫「その責任は問わない。冷酷なようだがお前がこれに気付いても全滅は避けられなかっただろう」
淡「………」
菫「だが敵円盤への対応の早さには違いが出た筈だ。追撃することもできたかもしれない」
淡「………」
菫「結果——円盤は地球に侵入。行方はわからずじまいだ」
淡「……ごめんなさい」
菫「淡。お前を解雇するなどとは言わない。だが……このまま任務につかせる訳にもいかない」
菫「当分の間、自宅で謹慎しろ。命令だ」
淡「……はい」
———長野
久「……何あれ?」
タタッ
久「円盤……!?大変、警察に連絡を——」
シュビビビビッ!!!
久「!?きゃああああっ!!」
ドサッ……
———東京、と或るマンションの一室
淡「………」
淡「はあ……」
TV『敵円盤は先日完成したばかりの宇宙ステーション・ジェルミナ�を狙っている可能性もあるとして——』
プツン
淡「……はぁ」
私の名前は大星淡。白糸台高校の一年生であり、麻雀部に所属している。
チーム『虎姫』といわれる私たち五人は麻雀部の一軍であり、地球の平和を守る防衛軍としての責務をも担っている。
……のだが、私は今こうして謹慎処分を受けている。
それは先日宇宙から襲来してきた円盤の連絡を聞き逃したからだ。よりにもよって居眠りで。
淡「菫先輩……」
この件で今地球は大きな危機を迎えている。
正体・目的共に不明の円盤が地球上のどこかに潜んでいる。敵については何の情報も入ってきていない。つまり何をどんな手段でされるか予測すらできないのだ。
菫先輩はその責任の訴追を免れないだろう。
淡「………」
完全に私の落ち度だ。殉職者だって出している。
それにしても私は何故居眠りなんてしてしまったのだろう。前日はキチンと睡眠を取っていたというのに。
淡「………」
淡(……お昼でも作るか)
トントントン……
淡(……ま、くよくよしててもしょうがないか)
淡(あの円盤は私が倒して汚名返上!ってくらいの気持ちでいかなきゃ)
淡(……謹慎中だけどね)
チュドーーーン!!!
淡「!?!?!?」
??「ってて……」
淡「え?え!?はぁ!?」
不意に起きた突然の出来事。急展開。まさに青天の霹靂。
私がキッチンで料理していたとき、横の壁が破壊され、目の前が煙に包まれた——つまり外から何かが降ってきたのだ。
薄れていく煙の中にシルエットがぼんやりと浮かんだ。何者かがいる。私は銃を掴んで構えた。
??「う〜〜ん……」
淡「……誰!?」
それについての答えはない。何やらそれはぶつぶつと呟いている。その声は高く、女性であると理解した。
——と、いうより。
淡(……あれ?)
その声には聞き覚えがあった。どこだったろう。そしてこの声の主は知ってる人物なのか。
あれこれと思考を巡らせるうちに煙は完全に消えてしまった。それと同時に私は驚愕する。目の前のこの風景が信じられないものだったからだ。
そこにいたのは——
淡「わ……私……?!」
金髪の長髪に青い瞳の少女。
その姿は普段鏡で見る自身の姿と全く同じものに見えた。
??「……え?」
彼女の方も目を丸くし、驚いた様子を見せていた。
銃を構える私。ガラクタの中で尻餅をついている彼女。端から見ればどういう光景に見えたであろうか。同じ顔をした私たち二人はお互いに見つめあったまま沈黙し、時間が止まってように動きを停止していた。
淡「あなたは——誰?」
静寂を壊したのは私の方だった。
銃を握る手はじっとりと汗ばんでいた。
??「……見ての通りの風来坊だよ」
空から落ちてきたくせに。
いや、風に飛ばされてきたという意味では風来坊と言っても差し支えないのかも。
淡「……名前は?」
??「名前?——そう」
??「モロボシ・ウルミとでもしときましょうか」
/⌒)__ /^-┐
{:;:;:;:;:;:;:;r‐' /:;:;:;_ノ
γ^ヽ , -ヽ:;:;:;:;:;:;ヽ、{:;:;:/
,nゝ::ィ′ 、_/:;:;:;:}ヽ:;:;:;:;:;:;∠ニ-:、
廴::::::ヒ=、 /:;:;:;:;/|:;:;ヽ{:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:_)
∫::::ヽ` /:;:;:;:;:/ |:;:;:;:;:}ー┐:;r‐'  ̄
〈::_:::、} {:;:;:;:;:;L_」:;:;:;:;:|ー-┘└——ヘ
|:}.|:「 ____ }:;:;:;:;:;:、_:;:;:;:_八:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;}
. }:| }:{ /´::::,——' ヽ、_}  ̄ ヽ;:;:;:;:;:, ——′
|:} .|:{ `ー、:ー、 z_ー、/:7-っ /_7 /:;:;:;ノ/^ー—、
ノ:l {:ヽ ,——':::::ノ/:ο://:::ハ::〈./::/ _/:;:;:/ 〉:;:;:;:;:;:;:ゝ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/:;:;:/ ̄}:;:;:;:;:;:;:;:;:〉
<彡z/ ^ゝ、;:;:_」
 ̄
咲-Saki- Episode of Side:S 『遊星より愛をこめて−Lost Memories−』
淡「……何者?」
ウルミ「うーん……風来坊じゃダメ?」
淡「当たり前でしょ。意味不明な点が多すぎだよ」
ウルミ「……わかった、話すよ。銃はそのままでいいから撃たないでね」
淡「………」
ウルミ「私はかみのけ座M100星雲からやって来た宇宙人。名前は340号」
淡「宇宙人……」
ウルミ「うん」
宇宙人。地球に侵入したあの円盤と何か関係があるのかもしれないと私は考えた。
淡「その身体は?」
ウルミ「私が地球上で不自由なく活動するには地球人の外見が必要だった」
ウルミ「だから——……あなたの身体をモデルにさせてもらったの」
淡「地球上で活動?目的は?」
ウルミ「もちろん、この地球を異星の侵略者から守ること」
淡「………」
この子は何を言っているのだろう?この星を異星人から守る?あなただって異星人じゃないか。
淡「信じられない。私の身体を勝手にコピーしたのに」
ウルミ「それは……うーん」
淡「?」
ウルミ「まあ……その、ごめんなさい」
淡「……それに、私の家まで壊したよね」
ウルミ「これは事故で……」
淡「どういう事故?」
ウルミ「この身体を作った時、私は地球人の身体を手に入れたぞーって喜んでたんだけど」
ウルミ「元の姿じゃないと私は本来の力を出すことができないみたい。だからこの身体になった瞬間——」
淡「力を無くして落下した……ってこと?」
ウルミ「そういうことだね」
淡「……はぁ」
ため息を一つ吐き、私は銃を下ろした。
ウルミ「……信じてくれたの?」
淡「こんなバカ丸出しな侵略者いるわけないじゃん……信じるよ」
ウルミ「ありがとう、なのかな。でも、ありがと」
淡「……うん」
怪しさバリバリな登場だったが、敵意は感じられなかった。何か企んでいるような様子にも見えない。
ウルミ「ところで……あなたの事を教えてもらってもいい?」
淡「私は大星淡。16歳だよ」
ウルミ「淡……かぁ」
そう言って彼女はにっこり微笑み、私に手を差し出してきた。
ウルミ「……地球ではこうするんだよね」
淡「握手?」
ウルミ「うん。M100星雲の人間と地球の人間のファーストコンタクト」
言われてみると——ロマンチックな気もする。
ファーストコンタクト。私は歴史の証人と言っても過言ではないのかもしれない。
ウルミ「よろしくね、淡!」
淡「……うん。こちらこそ!」
私も笑って、その手を握り返した。
———長野、と或る雀荘にて
その頃——長野には雀荘に不思議な女が現れるという噂が広まっていた。
睦月(むむ……オーラスでトップ、だけど対面の二位との差は1900点。先に和了った方の勝ちだ)
睦月(喰いタンかなんかを仕掛けたいところだけど)
上家「………」タンッ
睦月「!チー!」
下家「」タンッ
上家「ポン」
対面「む……」
上家「」タンッ
睦月「チー」
睦月(やった、テンパイ!)
対面「」タンッ
睦月「ロン!1000点」
対面「あーーっ、届かなかったかぁ」
睦月(やった、トップだ……!)
睦月(それもこれも上家の人が鳴かせてくれて、しかもポンで対面の手番を飛ばしてくれたおかげ……)
上家「くすっ」ニコッ
睦月「……!」///
こうした手口で彼女は色んな女を落としていった。
そして関係が進むとこう言ってプレゼントを渡すのだった。
??「これ……私からのプレゼントよ。受け取ってくれるかしら」
睦月「う、うむ……?いいんですか?」
??「もちろん」
睦月「……腕時計」
??「昔ヨーロッパに行ったときに買ったの。こんなつまらないもので悪いけど……」
睦月「い、いえいえ!使わせてもらいます」
———東京、白糸台高校
菫「貧血が多発している?」
誠子「はい。何でも長野県在住の女性たちにこの傾向が見られるようです」
誠子「原因もよくわからず、しかもその数が異様に多いらしいですね」
照「長野……」
菫「よし、調査のためウルトラホークで出動する。準備しろ」
照「了解」
堯深「了解……」
誠子「了解!」
白糸台高校地下——
そこにはウルトラ警備隊の主力戦闘機『ウルトラホーク』が納められている。
堯深「第四ゲート、オープン」
照「ウルトラホーク、出動」
┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛……
———長野、病院
ゴォォォ……
照「着陸」
菫「よし。みんな、役割を振り当てておく」
菫「私と照はこのまま病院へ行き、患者への聞き取りを行う」
照「うん」
菫「亦野は山の中を散策してきてくれ」
誠子「はい。でも……山ですか?」
菫「……まあ、万が一があるからな」
誠子「わかりました」
菫「堯深は街の中のパトロールを頼む」
堯深「はい」
菫「二人とも、何かあったらすぐ連絡するように。集合は一時間後だ。以上」
ウィィィーン
院長「お待ちしておりました」
菫「調査協力感謝します。患者のもとへ」
院長「はい」
ガチャッ
菫「こんにちは」
美穂子「こんにちは……」
院長「彼女の名は福路美穂子、今年で18歳です」
菫「福路さん、協力感謝します。……ところで」
菫「貧血について心当たりはありますか?」
美穂子「いえ……何も」
菫「ではその当時のことについて教えていただけますか」
美穂子「は、はい……」
美穂子「私、公園で散歩してたんです。そしたらフラッときて……」
菫「………」
美穂子「本当にそれだけです」
菫「誰かと会っていたりは?」
美穂子「ありません」
菫「……そうですか。その時身に付けていたものとかは思い出せますか?」
美穂子「いえ、特に……。腕時計くらいですね」
菫「わかりました。院長先生、次の患者へ」
院長「はい」
菫「ありがとうございました。それでは」
照「」ペコリ
———山
ガサガサッ
誠子「……ふぅ、ずいぶんと奥に来ちゃったな」
彼女は一旦足を止め、辺りを見回してみる。
誠子(何もなし。……ま、弘世先輩の考えすぎだろう)
誠子(戻るか)
しかし彼女は気づいていなかった。深き森の奥底に、自分の姿を見つめる目があったことを——
———街中
堯深(特に異常はなし……って感じかな)
こちらは渋谷堯深。彼女の方も特に収穫はなかった。
しかし初めての街でキョロキョロとしていたのが災いし、彼女は足下の石につまずいてしまった。
堯深「きゃっ……?」
しかしバランスを崩した瞬間、彼女の身体は誰かによって支えられる。
堯深は驚いてその方向を振り向いた。
??「大丈夫?」
堯深「は、はい。申し訳ございません……」
??「いいのいいの。あなた名前は?」
堯深「えっ?し、渋谷堯深……です」
??「そう、いい名前ね」
堯深「あ……ありがとうございます」
??「私は竹井久。よろしくね」
堯深「えっ?」
久「ちょっと付き合ってくれないかしら?」
堯深「え……えっと……」
久「……私ね、あなたに一目惚れしちゃったみたい」
堯深「は……!?」
思わず顔が上気する。突然の告白。しかも、相手はかなりの美人だった。
堯深「あ、あの……」
久「ダメ?」
堯深「……ち、ちょっとだけなら」
久「ありがと。行きましょ」
久が手を握る。堯深の心臓は跳ね上がる。
端から見れば茶番と笑われるような安っぽいドラマ。しかし、堯深はこのような経験をしたことがなかった。
結果、彼女は任務を放棄して久と喫茶店で談話を楽しんでしまった。
堯深(……特に変な事態でもなかったし……いいよね)
全くよくない。只でさえ大星淡の居眠りという醜態があったばかりなのだ。
だが彼女は所詮女子高校生。それもこのような心弾む『愛』のやり取りなど知らぬ無垢な少女。
彼女の心の天秤は気がつけば止めどない傾き方をしていた。
ピピッ
堯深(!呼び出し……)
久「それでねーその時副会長が……」
堯深「あ、あの……すみません、そろそろ時間なので……」
久「あ、そうなの……残念だわ」
堯深「……私もです」
久「そう言ってもらえると嬉しいわ。次、いつ会えるかしら」
堯深「実は私ここに住んでるわけではないので……当分会えないと思います」
久「え……?そうなの」
堯深「はい……」
久「……じゃあ、これ」
彼女が差し出してきた掌の上には、モダンな雰囲気の腕時計が乗せられていた。
堯深「……これは?」
久「あなたへのプレゼント。それを私の代わりと思って使ってくれる?」
堯深「は……はい……!」
久「………」
堯深「?どうしました?」
久「あなたの笑顔、とっても素敵」
堯深「……!」///
———病院
菫「堯深のやつ、遅いな」
照「来たよ」
タタタッ……
堯深「す、すみません……」
誠子「お帰り、お疲れさま」
菫「よし、全員揃ったことだし出発するぞ」
┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛……
———東京、白糸台高校
照「結局その後同じような症状の人に当たってみたけど当たり障りのない答えだけ」
照「収穫はゼロ。以上」
誠子「こちらもです。あんまり深いところへ踏み込んだわけじゃないですけど」
菫「堯深は?」
堯深「………」
誠子「?」
菫「……おい、堯深!」
堯深「!」
菫「何ぼーっとしてる。報告しろ」
堯深「は、はい。特に異常はありませんでした」
菫「分かった」
菫「……疲れてるだろうし、亦野と堯深は今日はもう帰るように。以上」
誠子「お疲れ様サマですー」
堯深「おやすみなさい……」ペコリ
バタンッ
照「……なに?」
菫「すまん、お前の意見を聞きたかった」
照「あの二人を帰す必要はあったの」
菫「疲れてるだろうしな……それにあんまり感性的な事を持ち出されても居合わせていなかったあいつらにとってはちんぷんかんぷんだろう」
照「うん」
菫「で——……どう思う、この事件」
照「まだ事件じゃないよ」
菫「それは分かってる。だが……」
照「勘」
菫「そうだ」
照「私もそう思う」
菫「お前の方の根拠は?」
照「違和感があった」
菫「どこに?」
照「話」
菫「話……?患者からのだよな。どこに違和感があった?」
照「答えがあまりにも似すぎてる」
照「みんな言ってることは『散歩をしていた』『誰もいなかった』『何もなかった』」
菫「……なるほどな」
照「まるで口裏を合わせているみたいに」
菫「口裏を合わす……か」
———大星淡のマンション
淡「お待たせー」
ウルミ「……これは『カレー』だっけ?」
淡「うん。私の得意料理。召し上がれ〜」
ウルミ「……美味しい!」
淡「えへへ。ありがと」
ウルミ「ありがとうって言うのは私の方だよ……居候させてもらうことになった上にこんな美味しいもの食べさせてもらえるなんて」
淡「ま、ウルトラ念力だっけ?でキッチン直してくれなかったら追い出してたよ」
ウルミ「あ、あはは……でもあれで自分が宇宙人だって証明できたんだし……」
TV『建造に携わった者たちのドラマ——ジェルミナ�の奇跡・時の娘、この後すぐ!』
ウルミ「ジェルミナ�……か」
テレビ画面には新たな宇宙ステーションである『ジェルミナ�』の姿が映し出されていた。
淡「ジェルミナ�ってさー魚っぽい形してるよね」
ウルミ「魚?」
淡「知らない?」
ウルミ「流石に知ってるよ」
淡「……ウルミはさ、この世界を守るために来たんだよね」
ウルミ「うん」
淡「うーーん……私の顔してるから当然なんだろうけど」
ウルミ「?」
淡「あなたと私……どっかで会ったことがあるような気がするんだよな〜」
ウルミ「!」
淡「ウルミはどう思う?そんなことなかった?」
ウルミ「……実は私も」
淡「ホント?」
ウルミ「うん」
淡「へー……なんなんだろうね」
———翌日、白糸台高校
ガチャッ
照「おはよう」
菫「おう」
照「堯深と誠子は」
菫「まだ来てないな」
照「コーヒー私にもいれて」
菫「はいはい」
ビビーッ!!
菫・照 「「 !!! 」」
菫「こちら虎姫!」ガチャッ
『長野です!例のものと思われる円盤が出現!街を攻撃しています!』
菫「……!」
『至急応援を求む!』
菫「了解!」
ガチャッ……
誠子「おはようございまーす」
堯深「おはようございます……」
菫「すまないが今すぐ出動だ!」
誠子・堯深 「「 !!! 」」
菫「場所は長野!正体不明の円盤が街を襲っているらしい。ウルトラホークで出撃する!」
誠子「了解!」
堯深「了解……!」
┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛
照「ウルトラホーク、発進」
———東京、と或る図書館
カチッ、カチッ
ウルミ(………)
ウルミは図書館のパソコンと向かい合っていた。
やがて彼女は一つの記事に辿り着き、腕を組んでその文を眺めた。
◆◆ 長野、病院炎上——10歳の少女が行方不明に ◆◆◆◆◆◆◆
10日午後7時頃、長野県××病院で火災が発生した。
死傷者は今のところ出ていないが、入院患者である宮永光(10)ちゃんの行方がわからなくなっている。
警察は火事に巻き込まれた可能性もあるとして捜索を続けている。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ウルミ(……やっぱり、だよね)
ウルミ(だったら淡はどうして……)
ウルミ(………)
ウルミ(行ってみるしかない、か)
彼女は図書館の外、人が見ていない物陰に移動した。
そしてポケットから何か——眼鏡のようなものを取り出す。が、その形状は妙で、耳に掛けるテンプルは無く、レンズも極端に小さくしかもぼやけていた。対照的にフレームの面積は多く、そしてそれはこの世のものでないと思わせるほどに真っ赤に染まっていた。
ウルミ「デュワッ!」
おもむろに声をあげ、彼女はその眼鏡を自分の目に当てた。
すると彼女の身体は頭の先から変身を始め——元の宇宙人の姿へと戻った。そう、あの眼鏡は彼女が元の姿に戻るための変身アイテム『ウルトラアイ』だったのだ。
そしてその姿。全身は真っ赤で、胸には銀色のプロテクターが纏われていた。顔から上の肌は銀色で、両目は金色に光っており瞳のようなものもある。頭の上には地球人で言うモヒカンのような形状の装飾が取り付けられている。
宇宙人「デュッ!」
彼女は両手を胸の前で交差させる。直後、彼女の姿は既にその物陰から消えていた。
———長野
照「円盤発見」
菫「よし、攻撃開始」
照「了解」カチッ
操縦桿のレーザー発射ボタンを押す照。
しかし機体はそれに答えることはなく沈黙を続けていた。
照「……?」カチッ カチッ
菫「おい、どうした照」
照「故障した。ミサイル攻撃に切り替える」
菫「故障?」
照がミサイル発射のボタンに手を掛けたその時だった。
突然操縦席が揺らぎ、機体のバランスが崩れる。
照「……!?」
菫「おい、どうしたっ!」
照「操縦不能……!」
菫「なにっ!?」
照「みんな、脱出して!このままじゃ墜ちる!」
菫「総員、脱出!」
しかし——脱出のための管を引くも反応しない。
操縦席の中はパニックに包まれ、機体はきりもみ回転し地へ墜ちてゆく。
菫「……くそっ、何で!」
誠子「このままじゃ……!」
尭深「きゃぁぁぁぁぁっ!!!」
皆が墜落を覚悟し目を瞑る。三半規管がめちゃくちゃになる感覚がする。
——その時。突然揺れが収まった。
照「……?」
照がゆっくりと目を開ける。目の前にはまだ大地が広がっていた。まだ墜落していないのだ。
そう理解するとともに彼女は疑問を感じた。時が止まっているようだ。機体が動かない。
菫「これは……?」
コクピットの前方に何かが見えた。赤く、人の腕の形をした何か。
そしてそれは紛れもなく『腕』であると彼女らは悟った。
機体を支えている。その腕が。そこにいたのは、見たこともない巨人の姿だった。
誠子「た……助けてくれたのか?」
聞こえるわけもないその言葉。だがその巨人には聞こえたのか、ゆっくりと頷いた。
そう、彼女らは知る由もなかったが——この巨人の正体は諸星ウルミ。
変身した後、東京からここ長野までテレポートしたところこの現場に遭遇したのだ。
彼女は直ぐ様自らの身体を巨大化させ、墜落していくウルトラホークを救ったのだった。
そして機体はゆっくりと降下させられ、着陸の僅かな衝撃が操縦席内を走った。
照「………」
巨人は立ち上がり、辺りの空を見回す。
だが彼女は円盤の姿を見つけられなかった。救出している隙に逃げていったのだろう。
やがてその身体は霞のようにぼやけ、消えていった。
誠子「幻覚……?」
堯深「でもちゃんと着陸できてるし……」
菫「……とにかく、一旦外へ出よう」
ギィ……
堯深「円盤はいなくなったみたいですね……」
ウルミ「おーーーい!!」
照「!」
誠子「あれは……」
堯深「まさか……」
ウルミ「皆さん、大丈夫でしたか?!」タタツ
菫「……淡っ!謹慎中に何してる!」
ウルミ「えっ……?」
菫「えっじゃない!何でお前長野にいるんだ!」
ウルミ「あなた……淡のこと知ってるんですか?大星淡のことですよね」
菫「?何言ってるんだ」
ウルミ「私は——諸星ウルミ。淡の双子の妹です」
菫「!?」
誠子「なっ……」
堯深「双子……?」
照「……!!」
ウルミ「淡のこと、知ってるんですか?」
菫「……あ、ああ。私たちのチームのメンバーだが……」
ウルミ(………)
照「淡は……」
ウルミ「ま、その話は後で。今はこの機体を直しましょう」
菫「そ……そうだな」
———ウルトラホーク操縦席
堯深「原因は何だろう……」
菫「照、どういう感じだった?」
照「………」
菫「……照、気持ちは分かるが今は」
照「うん……」
照「急にコントロールが効かなくなるような感覚だった……」
菫「………」
ウルミ「だったら、プログラムに異常があるんじゃないでしょうか」
菫「堯深」
堯深「はい。調べてみます……」
カタカタカタ……
———その頃
久「思わぬ邪魔が入ったわね……まぁいいわ」
久「私の計画は完璧よ」
そう言って彼女は手に持つ腕時計を弄り始めた。
時計盤裏側を外し水槽の上で振るうと、そこから粉のように何かが落ち、水の中に沈んだ。
久「血……」
そう呟く通り、その粉は水に溶け、水槽の中はまるで血のような赤色に染まった。
久「……地球人には『愛』という名の情操を持っている」
久「しかもそれに盲信するものはかなり多いわ」
久「そこを突けば……この星を守護する者たちをも謀殺できる」
久「ふふふっ……」
———ウルトラホーク操縦席
堯深「見つかりました。K-3ブロックに変なプログラムが埋め込まれてます」
菫「削除。あ、一応USBにコピーしてくれ。何か発見があるかもしれない」
堯深「了解……」ピッ
ウルミ「きっとこれで元通り飛べるはずです」
誠子「よかったぁ」
菫「安心するのはまだ早い。あの円盤は結局暴れるだけ暴れて消えていったんだ」
菫「次こそは必ず仕留める」
ウルミ「それじゃあ私はこの辺で」
堯深「助かった……ありがとう」
ウルミ「はい。それでは」
照「待って」スッ
ウルミ「!」
照「私の連絡先」
ウルミ「……はい」
メモ紙を受け取り、それに目を移したウルミの顔に若干の驚きが浮かんだ。
視線を上げ、照の顔をじっと見据える。
照「………」
互いに無言だった。やがてウルミはメモを折り畳みポケットの中へ入れると、一礼して機体を出た。
そして彼女がいなくなったのを見計らい菫は口を開く。
菫「ところで亦野。お前に頼みがあるんだが」
誠子「はい。なんです?」
菫「長野にとどまってこの人物……『福路美穂子』を監視してほしい」
誠子「監視……ですか」
菫「ああ。報告は一日の終わりで構わないが、不審な行動を起こしたらすぐ連絡してくれ」
誠子「はい」
菫「頃合いが来たら迎えを出す。頼んだぞ」
誠子「了解!」ビシッ
———長野の町中
ウルミ(東京と比べればすごく田舎だな……)
ウルミが歩くのはこの田舎町。
否、異星人である彼女の感性からしてみれば『人の営みがある所』が町なのだろうがここは町ではない。かと言って村というわけでもなく、和かな住宅地、という言葉が一番しっくりくる場所だった。
ウルミ(……あの子は)
道路の前方にてくてくと歩く小さな姿が見える。
少女。頭に独特のハネ方をした髪がある少女。ウルミはその子に見覚えがあった。
ウルミ(………)
咲「……!」
彼女の名は『宮永咲』。無論ウルミは知る由もないのだが、彼女が『宮永』の関係者であることはその記憶から理解できていた。
ウルミの姿を見た彼女は足を止める。口に手を当て、少し上体がのけぞる。彼女のそのポーズはまさしく、目の前のことが信じられず驚愕する——これを意味するものだった。
咲「っ!」
彼女は何も言わず二、三歩後ずさりし、そのままウルミに背を向け道路を走っていってしまった。
ウルミ「……やっぱり、あの子が」
ウルミも後を追って駆け出す。ただし、彼女に見つからないように。
終点はと或る一軒家だった。
彼女はそこへ駆け込む。鍵を掛ける音がした。
ウルミ(……悪いけど、聞かせてもらうね)
家のすぐ近くに身を潜めつつ、ウルミは目を閉じ意識を集中させる。
異星人であるウルミの身体能力は非常に高く、集中すれば聴力や視力は地球人のそれを遥かに上回る。
彼女は意識を聴力に傾け、家の中の様子を伺った。
咲『ごめんね……ごめん……』
咲『私が……足を引っ張らなかったら……!』
涙声で聞こえる微かな声。
それを聞いてウルミはかぶりをふった。
ウルミ「……あなたのせいじゃない」
ウルミ「だって『彼女』は……あなたを救おうとしたんだから……」
———その頃、同じく長野のと或る公園にて
誠子「………」
誠子は木々に身を隠しながら、公園の道を歩いている少女たちの姿を監視していた。
彼女たちは二人。少女とは言うが自分よりは年上だろうと誠子は思った。
一人はターゲットである福路美穂子。もう一人の方は分からない。友人同士、ともすると恋人同士かもしれない二人は楽しそうに談笑しながら散歩していた。
ベンチの前まで来るとそこに腰を下ろす。変わらず彼女たちは会話を楽しんでいるようだった。
誠子「………」
何の変哲もない日常の風景であるように誠子は感じた。が、その直後にふとした違和感が彼女の中によぎる。
その違和感は二人の会話の内容にもたらされたものだった。
久「その腕時計使ってくれてるのね。嬉しいわ」
美穂子「はい。大切に使わせてもらってます」
久「……ちょっと見せてもらっていい?外して」
美穂子「?はい……」
美穂子も一瞬勘ぐるような表情をした。それを聞いていた誠子も同じくだ。
誠子(プレゼントしたものらしいけど……それを外して見せてなんて普通言うか?)
そしてその違和感は確然とした疑念に変わる。
時計を手に取った彼女は話をしつつ——それに気を取られている美穂子に気づかれないようにそっと、その時計を自分のポケットに滑り込ませたのだ。
誠子(……!)
そして彼女のポケットから再び腕時計が現れる。が、それは先程ポケットに入れた物と別物だろうと考えた。
その後10分ほどした後、二人は手を振り合って別れを告げた。
誠子は美穂子の方には見向きもせずもう一人をじっと見詰めて様子を伺う。そして彼女が立ち上がったのを見て行動を開始した。
ピッ
誠子「亦野より本部へ——」
堯深『こちら虎姫。誠子?』
誠子「ターゲットがデートしていた相手に不審な様子あり。そっちの尾行を開始する」
堯深『……!了解、頑張ってね』
誠子「うん」
ピッ
誠子(さて……)
———翌日、東京のと或る喫茶店にて
カラカラン
ウルミ(………)キョロキョロ
店員「いらっしゃいませーお一人様ですかー?」
ウルミ「え、えっと……ま、待ち合わせです」
店員「かしこまりましたー」
ウルミ(えーっと……)
辺りを見回すウルミ。奥の方の席に手を上げている少女の姿が見えた。
タタッ
ウルミ「お待たせしました。宮永……照さん」
照「………」
昨日の夜、ウルミは照に電話を掛けた。『会って話がしたい』と。
場所は照が指定した。待ち合わせ場所について口ごもった彼女に対して助け船を出したのか——それとも照には何となく彼女の正体が見えていたのかもしれない。
ウルミ「それじゃまず……淡のことについて聞かせてもらえますか」
照「……淡の妹のくせに?」
ウルミ「分かってるんでしょ、嘘だって」
照「まあ、ね」
ウルミ「じゃあお願いします。出会いから」
照「……淡と出会ったのは二年前。私が高校に上がった頃」
照「文字通り『拾った』。彼女を」
ウルミ「拾った?」
照「雨の日だった。街の中で淡は独りポツンと佇んでいた。傘も差さずに」
照「私は……淡に亡くした従姉妹の面影を見た」
ウルミ「宮永光さん……」
照「……うん」
照「淡に話を聞いても……彼女は何も覚えてなかった。自分の名前以外」
ウルミ「………」
照「私はその時すでに防衛隊のチーム『虎姫』に配属されていたから、そのツテを頼って彼女の身元調査を始めた」
照「でも結局分からなかった。だから私は淡を家に引き取った。近くの中学校に入れて、面倒を見た」
ウルミ「麻雀はいつ?」
照「あの子を引き取った時に教えた。彼女が高校に上がっても一緒にいたかったから」
ウルミ「従姉妹さんの代わりに」
照「ま……そうなる」
照「……淡は筋がよかった。強力な異能を発揮できた」
静水のように相手を鎮め、烈火のように激しく攻める。
その超然としたスタイルは——遥か高き宇宙の星を従えて人々を見下ろす太陽のようだった。
照「高校に上がってすぐさま一軍チームへ登り詰めた淡は、身元不明ながらも隊員になった」
照「国の補助もあって一人暮らしも始めれるようになって……そして今に至ってる」
ウルミ「私さえ現れなければ、何も迷うことはなかった?」
照「それもそう。でも……私も真実を知りたい」
ウルミ「……はい。なら私も話します」
ウルミ「私はかみのけ座M100星雲から来た『恒点観測員』。名前は340号です」
照「……!」
ウルミ「私の管轄はこの太陽系。中でも生命が発達しているこの地球を私は好んで観察していました」
照「………」
ウルミ「そして偶然……私はその現場を見たんです。六年前……だったと思います」
ウルミ「アジア、日本、長野、そこで燃え盛る病院の中で」
照「………」
ウルミ「二人の少女がその建物の中にいました。一人は足が不自由。もう一人は健康ながらも気弱で、足が立たない」
照「………」
ウルミ「足が不自由な方……宮永光さんは崩れゆく建物の中、もう一人、宮永咲さんを自分の車椅子に乗せました」
『生きてね、咲……』
『光ちゃん……!』
ウルミ「そして——彼女は自分の全ての力を上半身に集め、車椅子を押しました」
ウルミ「勢いよく走っていくその車は病院の扉から飛び出し、咲さんは無事に外へ脱出しました」
照「そして……咲が足を引っ張ったばかりに光は——」
ウルミ「それは違います、照さん」
照「………」
ウルミ「彼女は救いたかったんです。自分の命を犠牲にしてでも」
ウルミ「『二人死ぬくらいなら、一人を助ける』じゃない。『咲さんを助ける』、この気持ちで行動したんです」
照「……分かるの」
ウルミ「分かりません。憶測です」
照「………」
ウルミ「それを見ていた私は感銘を受けました。こんな小さな子にこんな勇敢な行動ができるなんて、と」
ウルミ「そして——私はテレポートを使ってその場所へ向かいました。絶対傍観の立場を貫く恒点観測員にはタブーの行為でしたが」
照「……まさか」
ウルミ「私はその炎の中から彼女を助け出しました。幸い怪我は軽く、彼女を見つかりやすい場所へ置き、私は元の場所へ戻りました」
照「そんな……!?」
ウルミ「この身体はその時に彼女をモデルにして作ったものです」
ウルミ「時と共に成長したようで……六年後の今、こんな風になってますけどね」
照「……ってことは」
ウルミ「そうですよ。あなたの従姉妹、宮永光さんは生きてるんです」
照「……あり得ない」
ウルミ「それも……今の私の身体と全く同じ姿を持つ人、つまり——」
照「淡……!?」
ウルミ「はい」
照「で……でも淡は……!」
ウルミ「ですね。私が助けたはずの彼女は行方不明と処理されました。そして……その四年後に彼女は現れた。障害と記憶をなくした代わりに『大星淡』の名を得て」
照「何で……」
ウルミ「分かりません。私が助け、その地を去った後……そして空白の四年間……彼女に何があったのか……」
照「………」
ウルミ「あなたの力が必要です。真実に行き着くためには」
照「……その事だけど」
ウルミ「?」
照「淡が謹慎中の話は聞いた?」
ウルミ「はい。本人から」
照「うん。それでね、私たちは今手が足りなくて困ってる」
照「他のチームから引き抜いてきてもいいんだけど、淡の謹慎が解かれたら帰ってもらうのを考えたらそれができなくて」
ウルミ「わかります」
照「で、淡の双子の妹であるあなたに期間限定で虎姫に来てほしいってことになってる」
ウルミ「!」
照「あなたはウルトラホークを直すときのヒントもくれたし信用できるって」
ウルミ「是非お願いします」
照「分かった。私から伝えておく」
照「それと……」
ウルミ「?」
バッグの中から照は一枚の写真を取り出す。
そこには両親・姉妹と金髪の少女の姿が収められていた。
ウルミ「これは……」
照「私たちの写真。一応持っておいて」
ウルミ「……分かりました」
照「あと、この事は」
ウルミ「わかってます。ここまで信じてくれるのは多分照さんだけでしょうけど、ここだけの秘密で」
照「うん」
———その夜、淡の家にて
TV『ニックネーム……かな。“時の娘”』
淡「………」
ウルミ「最近ずっとそのドラマ見てるね」
淡「暇だからね……ネトマとかもしてるけど、このドラマ面白いし」
ウルミ「どんな内容?」
淡「ついこの間できた『ジェルミナ�』の建造秘話。まだその名前は出てきてないけどね」
ウルミ「出てきてない?」
淡「今やってるのは『ジェルミナ�』。これはね、建造途中でクルーが事故に遭って開発中断されたんだって」
ウルミ「事故……か」
淡「M100星雲から来たときに会わなかった?」
ウルミ「……ううん」
ウルミは淡に自分が『恒点観測員』だということは教えていなかった。
教えてなくて幸いだっただろう。もし知っていたら、『観察していたのに犠牲者が出てるのに気付かなかったのか』という疑問が彼女の中に生まれていたに違いない。
絶対傍観——これを規則とする恒点観測員には星の住人との接触は許されない。
あくまで観測に徹し、身を隠しながらその地を眺めるのが仕事なのだ。
つまりウルミは。
ウルミ(見殺しにした……んだよな)
ウルミは規則に従った。
宇宙空間に投げ出され、無重力に押し流されていく彼女の姿を見ているだけにとどめた。
もちろん、自分の力があれば彼女は救えた筈だ。だがそれは許されない。
星の未来を作り出していくのは住人にのみ許された特権であり、それを部外者が干渉するようなことはあってはならないからだ。
故にウルミは何度も何度も辛い場面を見てきた。世界中に戦争が勃発し、多くの犠牲者が出た時代。それでも彼女は傍観に徹していた。
ウルミ(………)
淡「どしたの?ウルミ」
ウルミ「う、ううん。何でもない」
ウルミ「先にお風呂入るね」
淡「うん。いってらっしゃい」
ウルミが風呂場へ行った後、淡の目に見慣れない本の山が映った。
本棚に近づいてみてみる。その本は知らぬものではなく、自分が買った記憶がある本だった。
淡「……ウルミかな、勝手に動かしたの」
少し腹が立つ。物を動かしてキチンと元に戻さない行為はギターの弦をヴァイオリンの弓でひくようなものだと淡は考えていた。
淡「後で注意しとかなきゃ」
元の場所に戻そうと本を抱えあげたその時だった。
ピラッ
淡「……?」
淡「写真……?」
ウルミが本に挟んで隠していたそれを拾い上げ、彼女は見てしまう。
瞬間、彼女の中に激流のように押し寄せるものがあった。
『生きてね、咲』
『光ちゃん……!』
淡「……!」
燃え盛る病院。幼馴染みを助けだし、やがて意識が消える。
次に目を覚ました時、そこは手術室のような場所だった。
腕を動かす。動かせない。枷がかけられている。脚も同様に。
そして目の前に迫ってくる影。真珠のように不気味な程に真っ白な。
『君ハ人形——』
淡「……っ!」
淡は我に返った。家が揺れている。いや違う。揺れているのは自分の身体の方だ。そう彼女は理解する。
淡「私は……誰なの……?」
———翌日、白糸台高校麻雀部
誠子「亦野、ただいま戻りました」
菫「ご苦労さま」
照「お疲れ」
菫「早速で悪いが、収穫の方を」
誠子「はい。この写真を見てください」
尭深「……!」
尭深は仰天する。そこに映っていた姿は長野で出会った『竹井久』以外の何者でもなかったからだ。
菫「こいつがお前が尾行した相手か」
誠子「はい。福路美穂子以外にも5人ほどとデートをし、その度に密かに腕時計を交換していました」
照「スケコマシってことだね」
誠子「ですね。気になるのはどうして腕時計を交換しているのか、ですけど……」
菫「その腕時計に何か仕掛けがあるのかもな」
誠子「そうですね……。その他には不審な行動は見られず、学校に行ったりしていました」
菫「わかった。もう休んでていいぞ」
誠子「はい」
菫「ところで尭深、あのプログラムの解析はどうだ?」
尭深「………」
菫「……尭深?おい!」
尭深「!あ……すみません」
菫「どうした?最近様子が変だが」
尭深「い、いえ!」
菫「解析はどうなっている?」
尭深「私には分からずじまいでした……」
照「……どうするの」
菫「今のところは……とりあえず竹井久のことは他のチームに任せて私たちは次報を待つことにしよう」
誠子「了解っ」
菫「そして……今日から淡が帰還するまで私たちの仲間が一人増える」
菫「ウルミ、入ってこい」
ガチャッ
ウルミ「諸星ウルミです、よろしくお願いします!」
誠子「君は……あの時の」
菫「知っての通りウルミは淡の双子の妹だそうだ。技能面でも高い能力を発揮してくれたし、淡の補欠として仕事についてもらう」
誠子「よろしくな」
尭深「よろしく……」
ウルミ「はい!」
・
・
・
時間は経って夜。
放課後の校舎には人影もなく、虎姫の部屋もガランとしていた。
ウルミ「………」
照「何してるの、ウルミ」
ウルミ「照さん……」
ウルミ「例のプログラムの調査をしてるんです。私なら何か分かるかもしれない」
照「………」
ウルミ「……あの、照さん」
照「なに?」
ウルミ「宮永光さんって……どういう子だったんですか?」
照「……元気な子だったよ。それでいて、芯が強い子でもあった」
ウルミ「へえ……」
照「あの子は魚が好きでね。……食べるほうじゃなくて泳いでるのを見るのが」
ウルミ「魚?」
照「うん。自分は泳げないから代わりにお魚さんに泳いでもらう……とか言ってね」
ウルミ「………」
照「……あの子が下半身麻痺になったのはそれが原因でもあるんだけどね」
ウルミ「え?」
照「小さい頃に河で溺れた。その時に水をたくさん飲みすぎて脳に酸素が……それが原因で障害を背負っちゃってね」
照「でも水を恐れなかったんだ……あの子は逆にその中に夢を見ていた……」
ウルミ「その強さは、咲さんを救った時にも発揮されたんですね」
照「……そうだね、でも」
ウルミ「……?」
照「私が咲を許すか許さないかは——また別の話だから」
ウルミ「……それに関しては、私はもう口を挟みません」
照「ありがとう」
カタカタカタッ
ウルミ「……!」
照「何かわかったの」
ウルミ「………」
照「……ウルミ?」
ウルミの様子は明らかにおかしかった。目を見開き、肩が震えている。
照「どうしたの……」
ウルミ「繋がってたんだ……」
照「?」
ウルミ「この……このデータは淡の身体データです」
照「え?」
ウルミ「淡の身体データが何故か暗号化されて有害プログラムになっていた……どうして!?」
照「……落ち着いて」
ウルミ「まさか……」
照「どういうこと?敵が淡のデータを利用したってこと?」
ウルミ「違う……。最初から利用してたんだ」
照「……ってことは」
ウルミ「淡自体が……敵の道具として使われていた……?」
照「……!」
ウルミ「そんな……そんな馬鹿な」
照「確証はあるの……?」
ウルミ「……ありません。でも……繋がりすぎてる」
ウルミ「このプログラムは恐らくあの円盤にコントロールされてました。円盤を攻撃しようとした時に発動したんだから」
ウルミ「そしてこのプログラムは淡のデータ。そのデータは今年に入って取られたもの。そして円盤が活動を開始したのも今年」
照「………」
ウルミ「淡は……もしかしたら……」
ウルミ「私が救ったあと、あの円盤を操る異星人に捕らえられたのかもしれない……」
照「……そんな」
ウルミ「そして頃合を見計らい、あなたの元へ淡を送り込んだ」
ウルミ「あなたは淡に光さんの面影を見て一緒に暮らすようになった」
ウルミ「当然同じ高校へ進み——淡は入隊。その時の検査でコンピューターが汚染された」
ウルミ「そして円盤は行動を開始。プログラムを発動させ、迎撃に出た警備隊を倒す……って作戦だったんだ」
照「ってことは、淡はスパイ……!?」
ウルミ「その可能性は……あります」
照「……全部、仕組まれてた」
ウルミ「今日……淡を問い詰めてみます」
照「………」
ウルミ「……最悪の場合も考えた方がいいかもしれません」
ウルミ「淡が敵に遠隔操作されているという可能性も……あります」
照「遠隔操作……?」
ウルミ「……淡が既に死んでいて、その異星の人形にされているというパターンです……」
照「……!」
———淡の家
ガチャッ
淡「おかえりー」トテトテ
ウルミ「………」
淡「?どうかした?」
ウルミ「……ううん。ちょっと疲れただけ」
淡「そっか。じゃあ先にお風呂にする?それともご飯にする?」
淡「それとも〜……わ・た・し?」
ウルミ「………」
淡「あちゃー宇宙人のウルミには通じなかったか」
ウルミ「え、えっと……じゃあお風呂で……」
淡「オッケー。お湯沸かしてあるよ」
ウルミ「うん……」
機嫌よさげに廊下を走っていく淡。
ウルミは悲しげにその後ろ姿を見つめていた。
ウルミ(淡……)
・
・
・
ガチャッ
ウルミ「お風呂でたよー」
しかしリビングに淡の姿はなく、テーブルに二人分の食事が乗せられているだけだった。
ウルミ「……?」
テレビはついている。画面には例のドラマを流れていた。
ウルミ(トイレかな)
そう思って廊下の方に目を向ける。しかしトイレの小窓には明かりが灯っていなかった。
ウルミ(……まさか)
駆け足で玄関へ向かう。
そこに並べられているはずの彼女の靴はなくなっていた。
ウルミ「!」
ウルミは直ぐ様ガンホルダーを腰に巻いた。
そして反射的に胸ポケットに手を当てる。しかしそこにもあるべきものがなかった。
ウルミ(……ウルトラアイが)
ウルトラアイがなくなっている。
風呂に入っている隙に淡に盗まれたのか。
ウルミ(まずい……!)
テレビも照明も消さず、ドアの鍵も掛けず。ウルミは脇目も振らずに駆け出した。
———都内の或る公園
ウルミ「……!」
そこに彼女の姿はあった。
心ここにあらずといった足取りで、夢遊病者のように公園の草原を歩いている。
ウルミ「淡!!」
その前方には——もう一人誰かがいた。今日写真で見た女だ。名前は確か、竹井久。
再び淡の姿に視線を戻す。彼女の手には赤い物体、即ちウルトラアイが握られていた。
ウルミ「淡、止まれ!」
夜の公園に発砲音が響く。もちろん威嚇射撃だ。
弾は彼女の前方に叩きつけられ砂埃が舞った。
淡「……!」
ウルミ「淡……どうして」
追い付いたウルミは淡の手を握り、ウルトラアイを取り戻した。
そして二人の目の前には——これもここにいるはずのない人物、竹井久が立ちすくんでいた。
久「また邪魔してくれたわね」
ウルミ「全て……全部お前の仕業かッ!」
久「まあね。感づいてはいるとは思ってたけど」
ウルミ「貴様!」
銃口を彼女に向ける。しかし暗闇の中で彼女は薄ら笑いを崩さない。
久「やめときなさいよ。それで撃ってもこの地球人の入れ物が壊れるだけ。私には何のダメージもないわ」
ウルミ「……お前の目的は何だ?どうしてこんなッ……!」
久「どうしてとは私の方が聞きたいんだけどね。まあ、教えてあげるわ」
久「私は遥かスペル星から飛来した星人よ。この星で言う名前は持ってはいないわ」
ウルミ「………」
久「目的は……地球人の血」
ウルミ「何……?」
久「私の故郷の星は惑星間戦争によって死の星となった。この星では核戦争と言うらしいけど」
ウルミ「……ああ」
久「そんな中で生き残った私はスペル星を脱出……でも放射能による影響で病気を患ってしまったのよ」
久「この汚染された血を治す方法を研究した……すると私たちスペル星人は他人の血を摂取することでそれを幾分か和らげることができると判明したの」
ウルミ「血を吸って……!?」
久「そう。自分の血を全て入れ換える程の量を取ればきっと助かるとも分かったわ」
久「そして私はその計画を実行しやすそうな地球へと向かった」
久「でも……その地球にはあなたがいた。M100星雲の恒点観測員のあなたが、ね」
ウルミ「………」
久「幸いあなたの監視が一瞬解かれた瞬間があった。その時に私は地球へと侵入したのよ」
久「私は早速地球人を襲って血を取った。でも——地球人の血はなかなか難しいものでね、酸素に触れると直ぐダメになっちゃうのよ」
久「かと言って口から摂取するなんてもっての他。それにこの星には防衛隊もある。そこで私は作戦を練り直すことにした」
ウルミ「この……宮永光を使って」
久「ええ。彼女を捕らえて色々実験させてもらったわ。結果私は地球人の血を清潔に手に入れる方法を編みだした」
ウルミ「腕時計……!」
久「そう。あの腕時計には血液を結晶化させる装置が取り付けられている」
久「さらには地球人には『愛』という感情があることも分かったわ。それを利用すれば……秘密裏に行動することも不可能ではないと思った」
ウルミ「……愛する人に迷惑を掛けないために、出来るだけ黙っておこうと思うから……か」
久「ええ。だから私は地球人の女性と恋人の関係を結ぶことにしたのよ」
久「そしてあなたが別の惑星の監視に回った時を見計らい、私は彼女を地球に降ろした。楔を打ち込むためにね」
ウルミ「……ッ!」
久「そんな怖い顔しないでよー。私だって生きるのに必死なのよ?」
ウルミ「だけど……!」
久「……それに、何であなたは今ここにいるの?恒点観測員のあなたが」
ウルミ「………」
久「絶対的傍観者なんでしょう?私は見ていたわ、宇宙の迷子をあなたが見殺しにしたところを」
久「それなのに——何で今あなたは私に向けて銃を構えているのかしら?」
久「地球人を守るため?笑わせないで、それはあなたの使命じゃない」
ウルミ「けど……!」
久「地球を守るのは地球人よ?あなたが私を攻撃する権利なんてどこにもないわ」
ウルミ「それを言うなら!お前だって地球人を攻撃してるじゃないか!」
久「さっきも言ったわよね?私は生きるために生きているの。その為ならどんな手段も厭わないわ」
久「でもあなたは何様なの?気に入ってるから助ける?傍観者の立場なのに」
ウルミ「……くっ」
久「だから……邪魔をしないで。その変身アイテムは今日私が没収するつもりだったのに」
ウルミ「………」
久「それじゃあね。ちゃんと私の言ったこと、肝に命じておくのよ」
そう捨て台詞を吐くと、彼女の姿は暗闇の中へ消えていった。
ウルミ「うっ、ううっ……」
淡「……ウルミ」
ウルミ「私は……私はただ……!」
淡「家に帰ろう、ウルミ」
ウルミ「あぁぁぁぁぁ……!!!」
・
・
・
———淡の家
淡「……記憶を取り戻したよ」
ウルミ「………」
淡「あの人が私に語りかけた言葉も」
『君ハ人形』
『既ニ君ノ命ハ消エテイル』
『ソレヲ繋ギ止テメイルノハ——私ノ“力”ダ』
ウルミ「………」
淡「でも楽しい記憶も思い出したんだよ。昔小さい頃にテルやサキと一緒に遊んでたこととか——」
ウルミ「……何でッ!」
淡「………」
ウルミ「何で……何でそんなに元気なの……?」
ウルミ「死んじゃうんだよ?あいつを倒したら、あなたは……」
淡「………」
ウルミ「……私は」
ウルミ「みんなが笑い合えるような世界を見たい……私はその為にあの円盤を討とうと地球に来た」
ウルミ「……私はあり得ない夢を見ていたのかもしれないね。ホントに馬鹿だよ……」
淡「あいつの言葉を気にしてるの?」
ウルミ「………」
ウルミは黙って頷いた。
恒点観測員である自分には手出しは許されない——そんな分かりきっていた現実を突き付けられただけで、彼女の見ていた夢は崩れ去った。
彼女が地球に来たのは明らかに攻撃意図がある円盤を討つため。そして、変わらぬ平和の中にある笑顔を壊さないため。
だがそれは許されない。さらに、仮に奴を倒せば——淡の命は消えてしまう。
いずれにしても、皆が笑顔でいられるなんて不可能なのだ。
淡「……あなたが見捨てたクルーが作ってたジェルミナ�はね」
ウルミ「……?」
淡「『時の娘』……ってあだ名が付けられてたんだ。どうしてだと思う?」
ウルミ「え……?」
淡「ウルミはずっと見てたでしょ?500年前までは……地球が丸いなんて誰も考えた事もなかったんだよ」
淡「だから、初めて船乗り達が海の向こうに大陸を探そうとした時も、誰もが不可能だ、夢物語だと言った……」
ウルミ「………」
淡「100年前、初めて人が小さな飛行機で空を飛ぼうとした時も。初めて人が宇宙を目指そうとした時も。やっぱり、誰もが夢物語だって言った。……実現するまではみんな夢物語だったんだよ」
淡「それでも……多くの名も無い人達が夢物語に憧れ、命を落とし、夢を継いできた」
淡「建造クルーたちがジェルミナ�の事を『時の娘』って呼んだのは、自分達が夢を継ぐ者の一人だっていう誇りがあったからなんだよ」
淡「ウルミ。あなたもそうじゃなかったの?あなたの言うことなんて今は夢物語かもしれない……」
淡「でもあなたは、それがいつか実現すると信じてきたんじゃなかったの?」
ウルミ「……!」
淡「……なんて、殆どドラマからの受け売りなんだけどね」
そう言って、淡は私を見て微笑んだ。
淡「だからねウルミ。あなたはあなたの選んだ道を行って」
淡「自分が信じる道を、自分が信じるやり方で」
ウルミ「……うん」
———その頃、堯深の家
堯深(………)
堯深も悩んでいた。竹井久、愛を囁いてくれた人。
その人は誠子が尾行していた相手と同じものだった。そして不審な腕時計の交換。
堯深(私のも……?)
そんなまさかと思う。だが、それと同時に確信にも似た疑念も浮かび上がる。
堯深(……私は、あの人が好き)
ベッドに横たわり腕時計を眺めていた時だった。
勉強机が振動する音がした。携帯のバイブレーションが連絡を伝えているのだ。
堯深(……竹井さん)
噂をすればなんとやら。メールの送り主は竹井久だった。
その内容は端的に言うとデートのお誘い。明日の夕方、都内の公園に来れないかというものだった。
堯深(………)
———翌朝、白糸台高校
誠子「堯深ー!」
廊下を走ってくる誠子の姿を堯深は見る。
駆け寄ってきた彼女は急に真剣な顔つきになり、堯深の腕を取った。
堯深「っ……!」
誠子「堯深。この腕時計……竹井久が回収していたのと似てる」
誠子「そしてお前が時計を変えたのは確か長野から帰ってきたときだったよな。まさかそれは——」
堯深「……っ!」
堯深は誠子の腕を振り払い、廊下を駆け出した。
誠子「堯深!」
誠子はその後ろ姿を見ていることしかできなかった。
スピード的な意味ではなく、感情的な意味で。
事情を理解したことで、堯深の気持ちは誠子にも痛いほどに分かったのだった。
———その頃、部室
ガチャッ
菫「ん……早いな。おはよう」
ウルミ「おはようございます」
部屋には菫とウルミの二人だけだった。
ウルミは意図的に早めに来たのだった。菫と話をするために。
ウルミ「弘世さん……質問なんですけど」
菫「何だ?」
菫は動きを止めることはなく、コーヒー豆を取りに戸棚へ向かっている。
ウルミ「もし……世界の平和と好きな人の命のどちらか一つを捨てなきゃいけないなら……どっちを選びますか?」
菫は口を閉じた。ウルミに背中を向けたまま。そして暫く二人の間に沈黙が流れた。
菫「……答えない」
ウルミ「えっ?」
彼女はくるりと身体の向きを変えた。その眼光に射抜かれウルミはギクリとする。
菫「答えたら……お前は私の意見を参考にしてしまうだろう?」
ウルミ「え……」
菫「だから答えない。自分で決めろ」
ウルミ「あ、あの……」
菫「……なあ、ウルミ」
壁に背をかける。コーヒーカップから湯気が立ち上る。まるでその手に持っているのが煙草でもおかしくないようなハードボイルドな雰囲気を彼女は醸し出していた。
菫「人は迷う。自分が何者なのか……なぜ生きていかなくちゃいけないのかなんて事を」
ウルミ「………」
菫「誰もが……誰かに答えを教えてもらいたいんだ。……けどな」
菫「それでも……それでも最後は自分で出さなきゃいけない答えもある。人として出来る事、それは自分自身で決めるしかないんだ」
ウルミ「……はい」
返事をするとともにウルミは思考を巡らせる。まるで自分の正体を知っているような口ぶりだと。
ウルミ(照さんが話したのかな……?)
——いや。
ウルミ(思えば弘世さんも照さんと同じで、淡と付き合い長いんだよな)
話さなくとも伝わることもある。
菫もきっと薄々気付いているのだろうとウルミは理解した。
ウルミ「……ありがとうございます!」
菫「ま、喜ばれるような返事じゃないけどな」
そして、時は流れる。
放課後、夕方。ホームルームが終わると堯深は直ぐ様教室を飛び出した。
誠子「……!」
誠子も悟られないように彼女の後をつける。
ピッ
誠子「……弘世先輩、亦野です」
菫『どうした?』
誠子「堯深を尾行中。憶測ですが、恐らくこの先に竹井久がいます」
菫『!……分かった、私も今すぐ向かう』
誠子「お願いします。私に発信器を取り付けているのでそれを見て」
菫『ああ。危害を加えようとしたら威嚇射撃だ。うちの隊員に手を出すなんて……容赦するな』
誠子「了解——!」
———部室
菫「というわけだ。照、ウルミ、二人はここに残っていてくれ」
照「了解」
ウルミ「了解!」
菫が部屋から出たのを見て、照が口を開く。
照「どうするか、決まったの」
昨日のこと、その事情は既にウルミから照に話していた。
ウルミ「はい」
照「そう……」
ウルミ「……淡を迎えに行ってきます」
照「……行ってらっしゃい」
ウルミも出て行き一人になった部屋の中。
照は一度ため息を吐き、携帯を取り出した。
Prrrrrr...
淡『もしもし!?』
照「久しぶり、淡」
照「……いや、光、かな」
淡『……うん。照お姉ちゃん』
照「思い出したんだってね」
淡『うん』
照「……生きていてくれて嬉しい」
淡『私もこうやって照お姉ちゃんと話せるのは嬉しいな』
照「……光」
淡『んー?』
照「今までありがとう……!」
淡『………』
照の頬には涙が流れ落ちていた。
声もいつものような冷静さが消え、裏返り、しかもそれを抑えようとしてかすれてしまい、聞くに耐えないようなものになってしまっていた。
淡『礼を言うのは私の方だよ』
淡『今までありがとね。照お姉ちゃん……』
淡『サキに優しくしてあげてね』
照「……っ。わかった……約束する……」
淡『うん』
照「……じゃ、切るよ……」
淡『……さよなら』
照「………」
淡『………』
照「さよなら……」
プツッ——
———と或る公園
堯深「………」
久「堯深ちゃんー!」
堯深「……!」
久「ごめん、待った?」
堯深「い、いえ。待ってないです……」
久「そう。じゃ、少し歩きながら話でもしましょうか」
堯深「そ、その前に……!」
久「……なに?」
堯深「あの……この腕時計の事なんですけど……」
久「?気に入らなかった?」
堯深「そ、そういうことじゃなくて……」
堯深「私の他にも付き合ってる人いっぱいいるんですよね……」
久「!」
堯深「その人たち全員にこの腕時計をプレゼントしてるって……一体何を……?」
久「……堯深ちゃん?」
堯深の心臓は思わず跳ね上がる。
その声は今までのような優しいものではなく、重く冷たい響きを孕んでいた。
久「悲しいわ、そんなこと言うなんて」
堯深「あ、あの……!」
久「とんだ人違いよ、そんなの。でもあなたは私を信用してくれなかったのよね」
堯深「そんな……!」
久「その時計は返して。あなたともお別れね」
堯深「ま、待って……!」
ガサッ!
誠子「動くなっ!」
堯深「誠子……!?」
久「………」
物陰から現れた誠子の手には銃が握られており、その口は竹井久に向けられていた。
堯深「な、やめて……!」
誠子「堯深!宮永先輩からの報告だ。こいつは地球人の血を奪いに来た異星人なんだよ」
堯深「……!?」
久「………」
堯深「そんな……嘘だと言ってください、竹井さん……!」
誠子「!?堯深、そいつに近付くな!」
しかしその叫びよりも速く——一瞬で久は堯深の首に手を回し、その身体を盾にした。
堯深「なっ……!」
久「悪いわね堯深ちゃん」
堯深「……うぐ……!」
誠子「堯深から離れろ!」
久「なら銃を捨ててもらおうかしら?」
誠子「くっ……」
苦渋の表情で銃を地面に放ったのを見て、堯深を人質にしたまま久はそれを手に取る。
誠子(こいつ……!)
久「もうちょっと交渉術を鍛えておくべきね」
手に取ったそれを堯深の頭に突きつけ、久はニヤッと笑う。
次の瞬間、夕暮れの公園内に発砲音が響いた。
誠子「……!」
一瞬で誠子は堯深が撃たれたと思った。だがその次の瞬間、それが勘違いと悟る。
久の手にあった拳銃が空中に放物線を描き、草原の中に落下した。
菫「動くなっ!!」
誠子「弘世先輩!」
声のする方角には銃を構える菫の姿があった。
菫「大人しく投降しろ!」
久「……っ!」
堯深「あっ……!」
それに応じることはなく、彼女は堯深の腕を引っ張って走り出した。
それを見て菫は引き金に手を掛ける。
誠子「待ってください!堯深に当たったら——」
菫「安心しろ。射撃の腕は世界一だ」
パァン!!
誠子「……!」
久「ぐ……ぐぅっ……!」
その言葉に嘘はなく——弾は久に命中した。
誠子「堯深!こっちに!」
久「グ……ウォォォォォ!!!」
悲鳴にも似た雄叫びを上げたかと思うと、殻を破るように彼女の身体が変わってゆく。
スペル「グォォォ!!」
現れたその正体は、真珠のように真っ白な肌に全身を包んだ巨大な星人の姿だった。
誠子「見ろ、堯深。あれが奴の正体だ」
堯深「……!」
ピビッ
照『みんな、ウルトラホークを近くに停めてる。早く乗って』
誠子「!」
堯深「……!」
二人はそれを見て頷き合う。
菫「行くぞ!」
一方、公園の反対側——
淡とウルミは暴れる星人の姿を見ていた。
淡「……行くんだね」
ウルミ「うん」
淡「じゃあその前に……一つだけお願いがあるんだけど」
ウルミ「?」
淡「この戦いが終わって私が居なくなったら……虎姫のみんなに影響が出ちゃうと思うんだ」
ウルミ「………」
淡「メンバーも一人足りなくなるし。だから——」
淡「だから。あなたが『大星淡』として生きて」
ウルミ「……!?」
淡「私はさ、二回も人生楽しんでるんだ。『宮永光』と『大星淡』」
淡「光の方はやりきった感あるんだけど……淡の方はまだなんだ」
ウルミ「……麻雀の三連覇?」
淡「うん。みんなの力になってあげて」
ウルミ「でも……」
淡「……本当はね、みんなの為とかじゃないんだ!」
ウルミ「え?」
淡「……私の夢を叶えてほしい。あなたに継いでほしい」
淡「私も『時の娘』の一人だから……」
ウルミ「………」
ウルミ「……分かった。約束するよ」
淡「うん……」
満足げな表情を浮かべた後、淡はウルミの胸ポケットからウルトラアイを取り出した。
淡「行ってらっしゃい。『ウルトラセブン』」
ウルミ「ウルトラセブン……?」
淡「私、亦野先輩、たかみ先輩、菫先輩、テル、ウルミ……そして本当のあなた」
淡「ウルトラ警備隊の七人目。だから『ウルトラセブン』」
ウルミ「……素敵な名前をありがとう」
淡「じゃあね!」
そう言うと、彼女はウルミの目にそっと——ウルトラアイをあてがった。
ウルミの身体は変身を始めていき……
セブン「デュワッ!」
スペル「!!」
巨人——ウルトラセブンの姿になり、スペル星人と対峙した。
夕暮れの中、星人はテレパシーでセブンに話し掛ける。
スペル『言った筈だ……手を出すなと!』
セブン『………』
スペル『恒点観測員の分際で!貴様に手出しする権利はない!』
セブン『確かにその権利は私にはない』
スペル『ならば早々に立ち去れ!』
セブン『だけど!人の愛し合う心を利用し不幸にする——その行為を私は絶対に許さない!!』
スペル『……!』
セブン「デュアァァッ!!」
一瞬で星人との距離を詰め、セブンはその身体に拳の連撃を浴びせかける。
スペル「グォォッ……!」
膝をつく星人に追い討ちをかけようとしたその時、セブンの背後に痛みが走った。
セブン「デュ……!?」
思わず後ろを振り向く。そこにはスペル星人の円盤がくるくると回転しながら浮遊していた。
セブン「デュッ……!」
円盤に気を取られている隙を突き、スペル星人は背後からセブンを羽交い締めにする。
その光景を見ている淡。
淡「……頑張って。セブン」
実は——『セブン』ではない。
ウルミと巨人が同じ人物なのだから、七番目ではなく六番目。ならば普通は『シックス』だろう。
だが淡は彼女に『セブン』と名付けた。理由があったからだ。
淡(……7)
ラッキーセブン。幸運の数字。
淡(あなたの日々の未来に、幸多からんことを……なんてね)
彼女はウルミの今と未来の幸福を祈って、その名前を授けたのだった。
一方、ウルトラホークは全員が搭乗を終え発進していた。
照「巨人は円盤に手こずってる。円盤を攻撃する?」
菫「ああ。以前、私たちは彼に救われた。今度はその借りを返す番だ」
照「了解。レーザー発射!」ピッ
ウルトラホークの先端から銀色の光線が円盤に向かって放たれる。
だが円盤が回転しながら張っていたバリアーに阻まれ、その攻撃は届かない。
セブン「……デュアッ!」
星人の羽交い締めを受けながら、セブンは額のビームランプから光線を発する。
それはやはり円盤に届かなかった。だが円盤のバリアーが壊され、光の渦が消滅していく。
菫「今だ!」
照「食らえっ……!」ピッ
ドォォォォン!!!
スペル「!」
空中で爆発が起き、円盤は木っ端微塵に弾け飛んだ。
セブン「デュッ!」
その隙を突き、セブンは星人の腕を振り払い前方へと転がった。
スペル「グォォーー!」
円盤が壊されたのを見て星人は飛び上がり、猛スピードで空の彼方へと飛んで行く。
セブンは頭の装飾——アイスラッガーに両手を添え、そして一瞬、地上の淡の姿を見た。
淡「………」
淡は表情を変えず、穏やかにウルミの瞳を見つめていた。
セブン「——ダーッ!!」
そしてセブンは、持ち上げたアイスラッガーを投擲した。
星人へまっしぐらにそれは突き進み、やがて空中でその胴体を真っ二つに切断した。
セブン「デュアッ!」
両手を額に当て、再びセブンはビームランプからの光線——エメリウム光線を放った。
それは空中を落ちていく星人の身体を捕らえ、爆破していった。
セブンは地上に目を向ける。そこには、ただ眠っているだけにしか見えない少女の姿があった。
セブン「……デュッ」
セブンは淡に向けて指をさした。すると彼女の身体は光に包まれてゆく。
そしてその後ろに黒い穴が開いた。それは宇宙へのワームホール。セブンの超能力で遥か銀河の彼方へ一瞬だけ繋がったのだ。
やがて彼女はそこに吸い込まれ、穴と共に姿を消していった。
・
・
・
地上に降り立った虎姫は合流し、夕日を眺めていた。
堯深「………」
誠子「堯深……」
誠子「忘れちゃいなよ。夢だったんだって」
しかし堯深は首を振る。
堯深「ううん、現実だった」
堯深「忘れない。私たちが他の星の人たちとも分かり会える日が来るまで」
誠子「……そうだね。来るよ、きっと」
ウルミ(……淡)
ウルミ(あなたは泳いでいくんだ。果てしなく広い、銀河という海原を)
夕陽が沈んでいく。
まだ明るい闇に染まった西の空には——諸々の星に囲まれた宵の明星が一際大きくも、淡く瞬いていた。
〜Fin〜
元ネタはウルトラセブンの「遊星より愛をこめて」、ウルトラマンコスモスの「時の娘」です。
その他もろもろパロディも。
>>73
勢いで「彼女」を乱発してしまったので少し訂正。
最初の二文の「彼女」は黒崎レニのことなんですけど、コスモス見てなきゃ違和感だらけですね
———
ウルミは規則に従った。
宇宙空間に投げ出され、無重力に押し流されていくクルーの姿を見ているだけにとどめた。
もちろん、自分の力があればクルーは救えた筈だ。だがそれは許されない。
星の未来を作り出していくのは住人にのみ許された特権であり、それを部外者が干渉するようなことはあってはならないからだ。
故にウルミは何度も何度も辛い場面を見てきた。世界中に戦争が勃発し、多くの犠牲者が出た時代。それでも彼女は傍観に徹していた。
———
読んでくださった方、ありがとうございました。
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません