男『遺言集?!』(20)
娘が覚えている母さんは『肝っ玉母さん』だった。
母さんは一歳五ヶ月、少し遅めで交神して、一歳七ヶ月の時に娘を迎えた。
イツ花が言うには、「この子が成人(八ヶ月)するまで死なないわよ」と、言ったそうだ。
実際に母さんは当時一歳八ヶ月の長寿記録を大幅に超え、娘が五ヶ月の時に亡くなった。
母さんは昔っから『母さん』らしく、訓練の時にいろいろな若い頃の武勇談(?)を話してくれた。
その中でも印象に残っているのは、祖父が死んだときのことだ。
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「あたいの父さんが亡くなるときね、
『残る者の手を煩わせるのは、本望ではない。わしの骸は、野良犬にくれてやれ』
なーんていうから、頭きちゃって、臨終なのにもかかわらず
『そんな後味悪い事して、次の出陣にどんなに悪影響を及ぼすと思うの!!』
って、いつもみたいに怒鳴っちゃったのよ」
「そしたら、あの眉間皺が特徴の父さんが、クッ、て笑って『それもそうだな』なんて云いながら逝ったわ」
「父さんとは喧嘩ばかりしていたけど、嫌いじゃなかったって意識したのその時が初めてだったのよ」
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そんなふうに故人を懐かしがる母さんの目が、とても優しくて、それでよく覚えているのだと思う。
「そもそも、父さんがそんなことを言い出したのは、」
「父さんが尊敬していたあたいの前の当主の遺言が
『朱点には本当にいろいろなことを教わった。勝つためには何をするべきか……どれほどのものを捨てねばならないのか……』
だったからなのよ。
穏和そうな当主だったから、すごく印象に残っているけど、見比べられるあたいの身にもなってほしいわ」
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でもそんな母さんは、歴代の当主の中で一番強かったし、かっこいいと娘は思っていた。
そんな母さんが泣いたのを見たのは、娘が初めて一族の人が亡くなるのを見たときだ。
母さんより五ヶ月下で、笑い上戸で『てやんでぃ』が口癖の人だった。
「俺さぁ、あと70年も生きれば、立派な頑固ジジイになる自身があったんだけどナ」
彼が最期にそう云っているのに対して、
「ナニ云ってんだい。あたいの父さんなんか、アンタと同じ歳で亡くなったけど、立派に頑固ジジイだったわよ!」
「根性足りないわ、もっと生きなさいよ」
ぼろぼろ泣きながら、そう怒鳴っていた。
「そうだなぁ、じゃ、オヤジさんに指南してもらう事にす…るよ……」
「……最期まで…………莫迦なんだから……」
そんな彼が、笑って逝っているのを見て、母さんは偉大だと、改めて思った。
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「―――って言うわけなの!」
目の前の彼女は、そんなことを言いつつ、目の前で手を組み、首を傾げ、男におねだりポ-ズをしている。
「どういうわけだよ」
隙を狙って、男が持っている紙束を取ろうと頑張っている。
「……前当主の偉大さは分かったけど」
「デショデショっ」
目を輝かせながら、男を見ている。
それは、母を誉めているから喜んでいるのか、
それとも、彼女が書きこんでいた紙束を返してもらえると思ってなのか。
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(両方だな、コレは)
「……でねぇ、母さんは『こんど生まれてきた時には、自分のお腹で、子供を生みたいわ……』って、云って逝ったの」
「だから、それが……」
不謹慎だろ、と男は続けようとして、(アレっ)と、何か矛盾を感じた。
「確か前当主って、氏神になっていなかったか?」
「うん。だから、自分のお腹(?)で子供を産んでいるんだよ♪」
呆気に取られている内に「隙ありィ」と男は紙束を取られてしまった。
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「あ、」
「んじゃぁ、またねぇ~」
ハハハハハ、と楽しそうに去って行く彼女を男はそのまま見送ることになった。
何故なら、騒いでいたせいかイツ花に捕まって薪割りをお願いされてしまったからだ。
「じゃぁ、バ-ンとォ、頑張って割ってみよォ」
男は運がないのかも知れない。
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そんな彼女がある日、血を吐いて倒れた。一歳五ヶ月だった。
「まッ、こればっかは仕方ないよね。順番だもん……」
「何云ってんだよ! オマエ、全然若いじゃんかっ、早すぎる!!」
おまえの母親は、おまえの歳で交神したのに。
今までの短命記録ですら、一歳六ヶ月なのに。
「……まだ、早すぎる…よ…っ」
なのに彼女は、いつもの笑みより更に笑顔でニコニコ笑っている。
「子供の顔すら見てないだろォ………」
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笑みが柔らかくなった。この笑顔は、男も、知っている。
死が近づいている顔だ。
(そんな顔するなっ)
云えなかった。
「もうすぐ逝くから、あと少しだけ、傍にいてくれる?」
まだ彼女に言いたいことは男には沢山あった。でも、云えなかった。
「……………あ、ぁ…」
かろうじて、そう頷いて手を握った。
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男はそれから強くなった。多分、彼女よりも強くなった。
だが、この一族にかかった呪いを解けるほどではなかった。
「実は俺……、好きな女がいたんだ…、別におかしくはないだろ?」
何で死ぬ間際にこんなことを言い出したかは、男自身も分からない。
ただ、何となく誰かに言いたくなったのだ。
「それ本当におかしくないと自分で思ってますか?」
男の五ヶ月下の双子の片割れがそんな風に答えた。もう一人は、片割れを服を引っ張ることで牽制しようと頑張っていた。
「やっぱ、おかしいか」
男の顔が力なく笑う。
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「いえ、好きな人がいることは、全くおかしくはないと思います。
だけど、相手が、あの人であるなら、やっぱり可笑しい気がします」
「……が、世の中には、物好きという人種もあるので、百歩譲っておかしくはないと、訂正しましょう」
後ろでは、牽制していた片割れが嗚咽を漏らしていた。
先に逝く男のために泣いてくれている。
「ありがと…よ」
―――こんな気持ちであいつも逝ったのか……。
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「俺は、もう永くないだろう」
彼女が逝って次の討伐の前日のことだ。
そう言った老輩は彼女より年上の一歳八ヶ月で、性別を考慮すると長寿な方であり、聞いた男は返答に困った。
彼女と入れ違いに屋敷に来た童女は首を傾げて男たちを見ていた。
「なあ、おまえは訊いていたか? 彼女が『遺言集』を書いていた理由を」
「いや」
彼女の(悪)趣味である。だが、理由までは知らなかった。
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「忘れたくなかった、そして、忘れられたくなかった」
「それが、理由だ。単純だがな、逝くものの言葉を残して置きたかったらしい」
彼女が自分に知っている遺言を訊きに来たときにそう話してくれた、と。
老輩はまだこの世に生を受けて間もない彼女の忘れ形見の頭を優しく撫でながら「俺のも分もよろしくな」と笑った。
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彼女の言葉が聞こえてくる。
『コレを見て、その人に少しでも興味を抱いてくれたら、スゴク嬉しいデショ。デショ』
心の中の彼女が、ネっ、と笑いかける。
そうだな、と男も笑いかけた。
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その後、彼女の『遺言集』はイツ花が受け継ぐこととなった。
今では、年の初めに投票制で一番多かったのを書き初めされているとか、いないとか……。
「それではみなさま、バ-ンとォ……! 選びましょう!!」
そのような声が屋敷から聞こえてくるかは定かでない。
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おわり
短いけど。『俺の屍を越えて行け』ネタ。
……台詞前に男とか書くの忘れてたけど気にしない方向で。名前表記迷うよな、これ。
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