エレン・イェーガーの夜は遅い。
消灯時間もとうに過ぎ、親友の吐息が聞こえる程に室内はしんと静まり返っている。動物園は閉園した。
窓から外を眺めると月が地上に傾きかけている。
――眠れない。
それに気付いたのは訓練兵になって二年目の春頃。エレンは眠るという行為が上手く出来なくなっていた。
厳しい訓練に多少は慣れ、余裕が出てきたからだろう。
今迄は疲労のあまり泥の様に眠っていたからか、思考を巡らせる間もなく床に就き朝を迎えていたのだ。
だからエレンは身体を動かし以前の様に疲れ果ててしまえば、ぐっすりとまではいかなくとも眠れると思っていた。
軽く運動しようと宿舎を抜け出す途中、教官に見つかってしまい死ぬ寸前まで走らされた挙句、
食事抜きという罰を与えられてしまったため、エレンはもう二度とするまいと誓った。
――眠れない。
理由はわかっている。夢を見るせいだ。
壁を壊され母を喰われ、故郷を追われ全てを失う夢を。
ウォール・マリア放棄後、開拓地に移った頃にも同じ夢を見たことがある。
違うのは見る頻度だった。あの頃は一日一日を生きるのに必死だったからだろう、せいぜい二、三度だけだったのだ。
三人が身を寄せ合って暮らしていたのも大きかった。何よりも安心できる時間だったから。
始まりは決まって、超大型巨人が壁門を蹴り破った瞬間。
終わりは決まって、巨人が人を喰らい叫声を上げる瞬間。
毎日。毎日。毎日。毎日。地獄のような夢を繰り返す。その度にエレンは自身に圧し潰されそうになる。
「……アルミン」
静寂にぽつりと声が響いた。
エレンは現在職を失いアルミンにただ甘えるだけの夜を過ごしている。
以前のように花を無闇に摘むこともなく、ただ甘えるだけの簡単な……。
◇ ◇ ◇
「……っ!? はっ、はっ、はっ……はぁ……はぁ……」
訓練場の外れにある、木々に囲まれた一角でオレはうたた寝をしていた。
昨夜も眠れずに朝まで起きていたから、そんな状態で訓練を行えばどうなるかは明白だった。
ろくな動きもできずにただ呆けることしかできなかったが、幸いなことに怪我をせずに済んだ。
訓練を終え空き時間になった隙にオレは誰にもバレないように木陰へとやってきた。
吹き抜ける涼しい風にまどろみながらオレは夢へ落ちていった。それも今となっては最悪な目覚めだけれど。
ここは人通りも少なく昼寝には最適だろうと選んで正解だったなと思う反面、夢を見るほど深く寝てしまうなんて軽々だったとも後悔した。
いつもの悪夢と別れを告げオレは、
「は、ははっ、あははははっ! はははッ、はははハハっ! アハハハハハハッ!」
笑っていた。
「はっ、はは……なんなんだよ……なんで、なんで……」
――息が詰まる。
夢の中の母さんはいつだって笑っていたから。
巨人に噛み砕かれるその瞬間まで微笑んでいた。
オレの無力さを叱ってはくれない。いつだってただ笑顔で喰われるだけ。それだけだった。
「かあ……さん……」
視界に映るのは鬱蒼と茂る木々と木漏れ日。たおやかに咲く柔らかな黄色と白色。
オレはその黄と白を握り締め力の限り毟る。駆逐してやるんだ。全部。一匹残らず。
ぶちり ぶちり
コロシテヤル……。
ぶちり ぶちっ
「……エレン?」
「っ!?」
不意に声をかけられたオレは掻き集めた色を零してしまった。
ゆっくりと顔をあげるとそこにはオレが散らした黄色よりも、もっと鮮やかな黄色がいた。
怯えたような、微笑んでいるような、いつもなら決してみることのない色だった。
「……ダメだよエレン。花だって生きているんだからさ」
そう言って黄色と白色を拾い上げると手慣れた指捌きで交互に結んでゆく。
一輪が二輪に。四輪が八輪に。ついには円環状になり、それは完成した。
「はい、できた」
ふわりと頭上に乗せられた。
「ふふっ、似合ってるよ」
くすくすと朗らかに笑う黄色に、オレはなんだか恥ずかしくなり俯いてしまった。
オレがこの花冠にしていたことは巨人と同じなのかと思い知らされ、悔しさに拳を握り締めてしまう。
そっと拳を握られる。その感触にハッとなり先程とは打って変わって勢いよく顔を上げると、空色が滲んでいた。
目尻を指でなぞられ酷い隈と呟く。なんだかまた恥ずかしくなり俯いてしまった。
「まだ眠れないんだね。ごめん。僕も調べてはいるんだけれど、もう殆ど試し尽くしてしまったから……」
そう言ってオレと同じように頭を垂れる。心配してくれている親友を前に、お前だって寝不足気味だろなんて言えなかった。
「ミカサもね、調べてくれているんだけれど……」
二人はオレが不眠症で悩んでいることを知っている。
ただ夢の内容までは話していない。話す必要はないだろうと判断し、起きた時には忘れてしまうと誤魔化した。
「いいさ。その気持ちだけで十分だ。……っし、そろそろ飯食いに行くか」
重い腰をあげ立ち上がると、頭に乗っていた花冠が揺られしょぼくれた黄色にぽすんと被さった。
「わっ、あ……。ふ、ふふっ……すっぽり、収まった……」
「ぷっ……くくっ……は、ははっ! 似合ってるぞ!!」
「もうっ、笑いすぎだよ! ……あはっ、あははっ!」
「おっ、お前こそ笑ってるじゃねえか!」
こんなに下らないことで、こんなに笑い合ったのなんて久しぶりかもしれない。
楽しい。夢のことも忘れられた気がした。
そんな出来事があった数日後、同じ場所でまた昼寝をしていたはずオレは、ミカサに無理矢理起こされ寮まで強引に運ばれ寝かしつけさせられた。
ミカサのあまりの剣幕に圧されたオレは、渋々それを受け入れ眠りに付いた。
――悪夢は訪れなかった。
後から聞いた話では、草花を毟りながら何事かを呟いていたそうだ。
オレにそんな記憶はなかったし第一木陰で寝ていたはずだと主張したが、ミカサは頑なに首を縦に振らなかった。
◇ ◇ ◇
「……アルミン」
再び声がぽつりと落ちる。返事はない。もっとも、そんなことはわかりきっているのだろうけれども。
返事がないことを合図に、いつもと同じように音を立てぬよう寝床へと侵入する。慣れたものだと苦笑してしまった。
触れるか触れないか程度の距離。ただ同じ寝台で寝ているだけ、初めはそれだけで十分だった。
アルミンの近くで眠ると、何故かシガンシナで遊んでいた頃を思い出させてくれたからだ。
「やっぱり落ち着く……」
こっそりと近くで寝ていたことがアルミンにバレてしまい気恥ずかしさに悩んだものだが、アルミンもミカサも了承してくれた。
そうすることで不眠症が治るなら、と。
しかしそれも直ぐに足りなくなり、エレンは次第に強請るように縋りついていた。
背と背を合わせる程度の距離。背に手を当てる程度の距離。背に額を寄せる程度の距離。
まだ足りない。
手と手を絡める程度の距離。胸に頭を埋める程度の距離。頬と頬を擦り合わせる程度の距離。
足りない、もっと欲しい。この感触を、匂いを、温もりを。もっともっと欲しい。
夜な夜な母に甘えるように抱きつき、突起を貪っていた時もあった。
花を躯体に散りばめ仕事と称して胸や臍に舌を這わせていた時もあった。
それは夢からの逃亡か。亡き母への執着か。それとも依存できる存在だったからか。
エレンの口から直接聞いていないが、多分その全てが上手に合致したのだろう。
寝床に潜り込んだまま堪えていたエレンはアルミンの毛布を取り払いそろそろと身体を重ねた。
衣服越しにアルミンの体温が伝わる。
腋に腕を回しうなじへと手を持っていく。抱きついたまま毛布を頭まで掛け直し闇に紛れこんだ。
狭い空間に聞こえてくるのは衣擦れの音と自分の荒い吐息だけ。
「はぁ……あっ、はぁ、はぁ……」
炯々とした金色の侵入者がそわそわと動いている。
エレンはアルミンの肩口に顔を埋め、まるで生きていることを確かめるように互いの鼓動を合わせる。
「アルミン……」
耳元で囁くと、エレンはそのまま耳たぶに噛み付いた。
ダメだ眠い、中断。
唇で耳全体を覆いこみ耳介に舌をぬらぬらと這わせた。
ぞわりとした感覚に肩が震える。
「っあ……!」
やってしまった。不味い。非常に不味い。『僕』が目覚める予定はもっと先だったのに声が漏れてしまった。
「やっぱ起きてたんだな……」
吐息が濡れた耳にかかり僕はまた肩を震わせる。
それは刺激によるものではなく、眠っているはずの『彼』が目を覚ましていたことに気付いたからだ。
◇ ◇ ◇
「……夢遊病?」
エレンの『お仕事』がミカサにバレた翌日、僕は兵舎裏へと呼び出された。
問われたのはただ一言。あの時エレンは一体何をしていたの、と。
「そう。エレンには夢遊病の気があるみたいなんだ。別名:睡眠時遊行症。睡眠中に起こる発作の事だ」
そして僕はエレンが『お仕事』と称して無意識に行ってきた全てを包み隠さずミカサに伝えた。
「……アルミン、どうして欲しい?」
エレンは僕の問いかけに答えずに、今まで築いてきた関係を崩壊させる問いかけを重ねる。
もしも僕の『お仕事』に気付きながら、彼もまた『お仕事』をしていたのならと期待してしまう。
あの花冠に込めた想いを知ってくれたのだとしたら。僕がエレンの全てを受け入れ蒔いてきた種が芽吹いたのだとしたら。
――そんなこと、あるはずがない。エレンに色恋の知識はないはずだから僕に同情しているだけだ。
終わりと始まりが同時に来たような恐怖に耐え切れず僕はエレンの手を握った。
「エレンの、好きなようにして欲しい……かな」
なんとか声を絞り出し答える。
エレンは無言で僕を抱き締めた。吐息が混ざり合い暗闇に溶け込んでゆく。
これでいい。満足してしまえばまた朝が来る。
ほら、新しい『お仕事』だよエレン。好きなように甘えていつもみたく眠るんだ。僕に出来るのはそれだけだからさ。
僕の胸の突起をエレンが唇全体で啄ばむ。なんだか可笑しくて、くすりと笑ってしまった。
「エレン、それ好きだよね」
「んっ……うるせえ」
「ふふ、撫でてあげるね」
頭を優しく撫で上げるとムッとした表情で睨んできたが、すぐに瞼を閉じ眉を下げながら突起に舌を這わせた。
以前は音を立てないように啜っていただけなのに、今はわざとらしく水音を立て必死にしがみついている。
「ちゅっ、んむっ……ちゅるっ……ふ、んっ……」
頂点を甘く噛まれた。噛んだ箇所を舌で確かめまた噛む。
声が引き攣る。噛んでは舐め、噛んでは舐める。まるでマーキングのようだった。
「ひっ……あ、ああっ……まっ、エレ、はげしっ……はふっ……んっ、んんっ……」
存分に目印を付けると今度は吸いあげてきた。いつもとは違う、明らかに性交渉のような……。
あ、嘘、エレンそういう知識あったんだ。てっきりいつもみたいな感じだと思ったのに。
とぼんやりとした頭でエレンを見つめる僕は撫でる手を止められなかった。
エレンは空いた方の突起を見やると丁寧に指の腹でなぞった。もちろん舌を這わせたままだ。
不意に爪を立て掻き毟られた。背筋がぞわりとし僕の身体は跳ね上がる。
「やぁっ……へれ、も、や……ふぁ……。あ、ふっ……らえっ、らえらぁっ……!」
溶けてしまうような刺激に呂律が回らなくなる。僕はだらしなく涎を垂らし制止を求める。
その願いを聞いてか聞かずか胸から顔を離したエレンは、顎まで伝った涎を啜りそのまま軽く口付けをしてきた。
「垂れてるぞ」
そう言ってエレンはもう一度唇を落とす。深く、舌を差し出して。
「んうっ……ん、ふっ……ぁ……」
しつこく僕をこじ開けようとするエレンに圧され僕はたどたどしく舌を伸ばした。
獲物を捕らえたかの如く、エレンは舌を絡め取り貪るように吸いあげる。
エレンは自身の下着に手を掛け、衣服が全て払われた。そして同様に僕の寝巻きも奪われてしまった。
蕩けた僕は身体を動かせずにその様子をただ見ているしかなかった。
薄布の中で僕達は素肌を重ねる。汗でじんわりと湿った肌が吸い付く。それは不思議と不快ではなく、ただただ心地よかった。
舌と舌を、指と指を、足と足を。全身を絡めあう。
「えれんっ、きもちいい……?」
「ああ、気持ちいいぞっ……!」
「よかっ、た……もっと、えれん、もっと……はふっ……んっ、ちゅっ……」
気持ちよくなって欲しい。気持ちよくして欲しい。
いつの間にかエレンの好きなようにではなくて、僕の好きなように事が進んでいた。
もとより正常な判断など出来てはいなかったがここまで人間は壊れられるものなのだと思い知った。
熱を帯びたものさえも僕達は絡め合い、擦り付け。
「あ、くっ……うあっ……ッ!」
「はっ、あ、ひうっ……!」
そのまま果てた。
「……エレン、もっとしてくれないか?」
呼吸を整えた僕はエレンに強請るように縋りついていた。
まだ足りない。
「えっ……」
足りない、もっと欲しい。この感触を、匂いを、温もりを。もっともっと欲しい。
「大丈夫、簡単なお仕事だからさ」
僕は微笑み彼のモノに触れる。鼓動が悲鳴を上げる程にそれは昂ぶっていた。
硬さを取り戻したエレンは喉を鳴らし僕を見下ろす。
窄まりに手を添え解していくと、エレンは僕の手を掴み躊躇なく穴へと指を埋めた。
「あ、エ、エレンはまだしなくてもいいんだよ」
「お仕事なんだろ? だったらオレがしなくちゃ」
真剣な眼差しで解していくその姿は正に職人そのものであった。
「もう、そろそろいいよ……ほら」
そう言って僕はエレンを導き窄まりに宛がう。
「おう……」
僕を気遣ってくれているのかそれはゆっくりと体内へと侵食してきた。
「っく、痛くないか?」
思ったよりも痛みはなかった。むしろエレンの方が冷や汗を垂らしているようにも見える。
中を抉られる刺激に充足感を覚え、僕はこんな下卑た行為すら誇らしく思えた。
エレンは僕から離れていってしまうから半分諦めていたけれど、今だけは繋がってくれている。
いつも追いつけずに置いていかれてるのが悔しくてエレンとミカサに嫉妬していたっけ。
「……平気さ、この、くらい」
次、ミカサにバレたらいよいよ殺されてしまうな……。と耽りながら答える。
前戯中ずっと毛布に包まっていたせいか、身体はお互いの汗と体液で酷く汚れていた。
「けど」
「平気だって、ほらっ……」
証明しようと繋がったまま強引にエレンを押し倒す。その衝撃でうっかり奥まで抉られて叫びそうになってしまった。
「ひぐぅっ!? あ……、ふ、ふうぅ……っ!」
「お、おいっ、大丈夫か!?」
「う、あ……は、らい、じょぶ……えれん、は、じっとして……ね?」
跨った状態でエレンの胸板に手を付き身体を上下に揺さぶると彼は呻き声をあげた。
「うあっ……くっ……むり、すんなってっ……」
貫かれる快感の波に押し寄せられ僕はまただらしなく口を開けていた。
ギシギシと寝台が揺れ、辺りが静かな分余計に響き渡る。
「はっ……あっ……むりじゃ、ないんだ……ぼくが、したいんだ……!」
そうだ。僕がただしたいだけ。エレンを利用してただ快楽に溺れたいだけ。
だからエレンを好きに甘えさせていただけなんだ。
違う。僕はエレンが側にいてくれるだけでいい。ただそれだけなのに。
思うままに揺れる僕を眺めているだけだったエレンは、突然僕を突き上げた。
「ふあぁっ!?!」
廊下まで聞こえるんじゃないかというくらい声を上げてしまった。……今更だけれども。
「あ、あー……あ、うあっ……あっ、あ……」
奥深くまで貫かれた僕は透明な液体を垂らしエレンの身体を濡らしてゆく。虚ろな瞳でエレンを見つめた。
「なん、で……」
「……オレだってしたい」
頬を膨らませ拗ねたような表情をしたエレンは僕の了解も無しに腰を揺さぶってきた。
「いっ、あっ、はっあぁっ、えれ、だめっ。ね、だめっ」
「アルミンも動けよ」
「ひうっ、だめ、あっ。だめっ、だって。ねっ」
「ほら、動けって」
言葉が上手く紡げず同じ問答を繰り返す。
指を絡められ握り締められる。
「わかっ、もうっ。うご。うご、くからっ……」
そういうとエレンは少しだけ緩めてくれた。エレンの動きに合わせるように僕も揺れる。
その度に触れたくない場所にまで擦れてしまい僕は嬌声を上げてしまう。
いとも簡単に呼吸を合わせることができてしまい、僕は幼馴染であることをほんの少しだけ悔やんだ。
「あっ、だえっ。これ、らえかもっ……あ、ひっ」
また呂律が回らない。
「んっ……アルミン、きもちいいか?」
蕩けた表情に満足したのかエレンは微笑みながらそんなことを聞いてくる。
「い、あっ……いいっ、だめっ……、えれ、はっ? いいっ?」
あまりの快感に目の前がバチバチと光り眩みそうになる。
僕は体勢を保てずに前のめりになってしまった。そのせいでエレンと顔が近づき僕は余計に蕩けそうになる。
「ああ、いいよ……。ははっ、ベトベトだな」
そういって動きを止め僕の口元を拭って頭を抱えられた。
エレンは僕の髪を梳くように撫で、耳をふにふにと触っている。
「あっ、は……エレン……?」
「ん……?」
「えっと、しないの……?」
「……ちょっと休憩」
「……は?」
「え? すぐ終わったらもったいないだろ? 疲れたし」
けろっとした顔で悪びれもなく言い放った少年は、間違いなく空気が読めていない。
以前もそのせいで格闘訓練中に、アニに蹴り飛ばされたことをもう忘れているのか。
僕はすぐさま上体を起こし激しく身体を揺らした。それはもう激しく。全力疾走だ。
「うあっ、アルミン! まてまて! まてってぇっ!?」
「んっ、何を、待つのさ! さっきまで、余裕そうな顔してたくせに……!」
エレンを馬に見立てて走る。走る。さながら馬術の騎乗訓練だ。
「あっ、く……やめ、ある……みんっ! はぁっ……!」
金色がじわじわと滲み、とろんとした表情へと変わる。口元が緩んでゆく。
「あはは、エレンだって、ベトベトじゃないか。みっともない顔してさ!」
僕はそれを指で掬い口へと戻してあげる。そのついでに舌を掴み軽く引っ張る。
「ふうっ……やへろよ……ひ、みふはっ……」
両腕で紅潮した顔を隠し必死にもがく。僕は身体を上下に揺らしながら指で口内を蹂躙した。
もし騎乗訓練でこの馬が使えるのなら間違いなく一位を取れそうだ。
エレンが僕のふとももを掴み、許しを請うように叫ぶ。
「アルミン、オレッ、もうっ……!」
「んっ、いいよ……好きなときにいってね」
その言葉に安堵したのかエレンは身体を震わせあっけなく果てた。
「~~~っ!!」
さっきまで外を駆け回っていたものが僕の体内を駆け巡る。
身体中が満たされてゆくのを感じ、僕は熱を確かめるようにお腹を撫でた。
だが動くのは止めない。エレンは達したかもしれないが僕はまだ至っていないからだ。
「アルミンッ!? オ、オレいったから!!」
「僕は、まだなんだよっ……く、うっ……」
「やあっ、うごくなぁっ!」
「我慢、してっ……も、少し……」
「う、あ……ゆるして……」
身体を戦慄かせエレンは再び果てた。
その振動で僕も果てた。白く濁った情愛で黒く濁った感情を掻き消しながら。
――――――
――――
「ごめん……調子に乗ってた……」
疲労がどっとやって来た僕は横になりながらエレンに謝罪した。
「……いいよ。オレからしたんだし」
エレンは頬を掻きながらシーツを取り替える。
「ねえ、どうして僕としたの……?」
最中には答えてくれなかった疑問。
「なんでだろうな……」
そう言って籠に汚れた布を突っ込み新しい寝巻きに着替えてゆく。
「……怒って欲しかったのかもな」
上着に手を掛けたとき、エレンはまた頬を掻き目を逸らす。
「お前達にも言ってなかったけれど、夢にさ、母さんが出るんだよ。
夢の中で母さんはいつも笑ってるんだ。瓦礫に挟まれても、巨人に喰われてもな。
アルミンと寝るようになってからもそれだけは変わらなかった。
だからかな。『お仕事』を言い訳にしてもお前はオレをいつも許してくれていたからさ。
オレは悪くないんだって許されたらどんどん弱くなっちまいそうで……」
カルラおばさんを思い出しているんじゃないかと想像はしていたけれど、
エレンの不安を取り除く為にしてきた僕の行為は、エレンにとって新しい不安を生み出していたようだ。
「そんな……」
「でもなアルミン。今日、お前がもっとして欲しいって言ったとき嬉しかった」
「え……?」
「初めはそんな理由だけだったさ。でも何度も『お仕事』をしてるうちに足りなくなったんだ」
「足りなく……」
思い出す。僕もまた、足りないと感じていた。
「アルミンの感触も匂いも温もりも全部欲しくなってたんだ」
思い出す。僕も、エレンの感触も匂いも温もりも全部欲しかった。
「だからあの時は嬉しかった。オレがしたいんじゃなくて、お前にしてあげられることがあるんだって気付いたからさ」
「エレン……」
「ま、それも『お仕事』だって言われてちょっと悲しかったけどな」
「……だから躊躇いもなく解したんだね」
感情が溢れてしまわぬように僕は無表情を努める。
「あ、お、おう……」
僕の方が恥ずかしいことを言っているのに何故かエレンが恥ずかしそうに顔を伏せた。
「なんで照れるのさ」
バレないように頬を叩きながら顔が赤くなりそうなのを何とか抑える。
「いや改まって言われるとすげえ事しちまったなって……」
あ、ダメだ。頬が熱くなってきた。
「その事なんだけれど、『お仕事』はもうこれっきりにしよう」
「はっ!? なんでだ!?」
思った以上に反応されて肩が揺れる。
「本当はいけない事だってことはエレンにもわかるだろ?」
「でもオレはお前のことが!」
「そんなの刷り込みのようなものだよ……。『お仕事』を続けたせいで君は勘違いしてしまったんだ」
エレンは怒ったような、悲しんでいるような、いつもなら決して見ることのない顔をしていた。
「……お前はそれでいいのか?」
いつかミカサにも言われた言葉だ。
「僕がエレンにしてあげられることが、結果的にエレンを苦しめてしまっていたんだから」
「そうじゃなくて、お前の気持ちはいいのかって言ってんだよ」
「何のことだかわからないよ」
「……花冠」
また肩が揺れる。僕は今どんな色をしているのだろう。
「なんでくれたんだよ。わざわざ大事にしろって言って……」
壁に掛けられた白と黄色の花冠。今はもうすっかりと元気を失い萎れている。
「ミカサが教えてくれた。オレにとってアルミンは都合のいい存在だと自分で言っていたって」
口止めはしなかったけれどまさかエレンに伝えてるなんて。誤魔化した僕が悪いんだけれどさ……。
「オレはそんな風に思ったことなんてない。お前に勘違いだって言われたってそんなもん知らねえ」
掻き消したはずの黒い思慕が囁く。これでまた言い訳が出来るぞと。そんなのは、嫌だ。
「オレにはアルミンが必要なんだ」
またエレンを苦しめてしまうくらいなら正直になろう。悪夢を恐れた僕はエレンの胸に飛び込んでいた。
僕を抱き締めたままエレンがぽつりと囁く。
「――うん、僕もだよ。エレン」
濁った空色はもういない。
翌日
ミカサ「そう、よかった」
訓練場の外れにある、とある一角で僕は事の顛末を全てミカサに話した。
隠し通す気もしないし、つもりもなかったから。
アルミン「怒ら……ないの?」
ミカサ「怒ってほしい?」
アルミン「い、いいです……」
ミカサ「本当は少し、いえやっぱり怒ってる」
アルミン「うえぇっ!?」
ミカサ「隠し事をされると傷付く」
アルミン「あ……ごめん……」
ミカサ「でもエレンがとても気持ちよさそうに寝てるから」
少し離れた木陰で草花に囲まれながらエレンがすやすやと寝息を立てていた。
ミカサ「それにお互いの気持ちがそうなら私は構わない」
アルミン「そう言ってもらえると助かるよ……」
ミカサ「もしもどちらかが一方的にしていたのなら私は許さなかった」
目に見えない圧を僕達に放ちミカサは見据える。
ミカサ「けれどアルミンなら安心」
アルミン「えっ」
ミカサ「アルミンは頼りになる。でも、エレンを守るにはまだまだ頼りない。なので、私が二人を守る。安心してほしい」
アルミン「やっぱり僕って頼りないよね……」
ミカサ「アルミンは強くなる。とても。私が保証しよう」
アルミン「……色々ありがとう、ミカサ」
ミカサ「アルミン、こっち」
そう言ってミカサは僕を引っ張り、エレンの左隣に寝そべる。
誘われるがままに僕はエレンの右隣へと寝かされた。
ミカサ「三人で寝るのは久し振り……」
そよそよと風が通り抜けてゆく。
アルミン「そうだね……」
そしてミカサは眠るエレンの頭に花冠を被せた。僕はくすりと笑いながらそれに倣って乗せる。
あの時の花冠のようにこっそりと一輪だけ白いたんぽぽを隠して。
僕を見つけてくれたエレンにまた見つけてもらいたいから。
僕達の『簡単なお仕事』はこれでもうお終い。
― 完 ―
前までのようなノリを期待してた人はスマン、寝る。
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