少女「有言実行、しましょうか」 (120)
オリジナルの異能バトルロワイヤルものです。
wikiに蛇足な設定とか、登場人物の絵とか、別途掲載予定。
作者のオナニーに寛容な方のみ見てくれればと思います。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1376670256
少女「有言実行、しましょうか」
先輩「いや、だから、忙しくてできなかったんだって」
少女「それとこれとは無関係です。先輩、あなたは『やる』と言ったのです、確かに。『やる』と」
少女「発言には責任が伴い、有言には実行を以て為す。それが当然のルールじゃありませんか」
放課後の図書室、異性の先輩とふたりきり。字面だけで見れば心躍るシチュエーションも、なんてことはない。単に私がこの愚鈍なクソの後始末をさせられているだけなのです。
この排泄物野郎、自ら今日までに図書室の第二書庫の整理を済ませておくといいながら、まだ半分も手を付けていないという。実に愚かです。実に無責任です。
先輩はあからさまに不機嫌な顔をしている。どうせ、「なんでここまで言われなくちゃならないんだ」といったところでしょうか? これだから私は参ってしまうのです。責任感の無い排泄物野郎には。
まぁ、だけれど私も鬼ではないです。それに少し私が早とちりしてしまっている可能性だってあります。先輩のこの不機嫌な顔は、もしかしたら私の言ったことが見当違いだったせいなのかもしれません。
少女「あぁ、そういうことですか、先輩。先輩は約束を違えるつもりはなかった、と。すいません、勘違いしてしまって」
先輩「は?」
よくわかっていない顔をされてしまった。これはディスコミュニケーションですね。困った。
仕方がない。もっと噛み砕いて言おう。
少女「先輩は今日までにやるつもりだったんですもんね」
先輩「あ、あぁ。だけど、忙しくて」
少女「いやいいんです先輩。わかってますから」
先輩「それなら――」
少女「先輩はこれからやるんですもんね」
先輩「……え?」
少女「そうですよ、先輩が約束を違えるはずなんてなかったのに、私、早とちりでした。先輩のことを信じてませんでした」
少女「現在時刻は19時26分。あと4時間34分は、今日です」
少女「さぁ。今日中に、終わらせてくださいね?」
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そろそろ日付が変わる。全く、ただ黙って他人の仕事を見てるだけというのも、案外疲れるものです。それにこんなに遅くなってしまった。
勿論私が手伝えばあと一時間は早く終わったのでしょうけど、有言実行は守らなければいけません。第二書庫の整理は「先輩が」やるのであって、「私が」やってはいけないのです。そこは超えてはならない責任の一線ですから。
「いやぁ、きみ、凄いねぇ」
足元から声が聞こえて、思わず私はそこへと視線を向けました。
……ぬいぐるみが落ちてます。
白くて柔らかくてもこもこの、猫と兎を足してメレンゲを流し込んだ感じの、摩訶不思議なぬいぐるみ。それが私を見ながら喋っているのです。
珍しくもありません。最近は喋るぬいぐるみもたくさんあります。誰かが落としたのでしょうか。
「ちょっと、無視しないでよ!」
慌てて喋るぬいぐるみ。妙に精巧ですね。
と、そのぬいぐるみが急に浮かんで、私の目の高さまでふわっとやってきました。
なに、これは、どっきり?
「話聞いてよ。大事な話があるんだ」
ぬいぐるみは、アニメのキャラクターみたいな声でそう言いました。
少女「……」
とりあえず引っ掴んで、カバンに押し込みます。もがもが言っているのを見て見ぬふりして、知らんぷりをして、そのまま私は帰路を走りました。全速力。
もし家に帰ってもあのぬいぐるみがいて、喋るのであれば、これは現実です。ぬいぐるみが喋らないのであれば、耳鼻科に行きましょう。ぬいぐるみがそもそもなければ、精神科です。
家に帰ってお母さんの追求も上の空でかわし、足早に自室へと滑り込みます。ドアを閉め、鍵も閉め、セーラー服のままカバンごとベッドの中にダイブ。かけ布団の中で携帯電話の明りを頼りにぬいぐるみを引っ張り出しました。
首根っこを掴んだそれは確かにぬいぐるみでした。大きさは三十センチに満たないくらい。肌触りは独特で、なめらかです。くたっとしていて喋る様子はありません。
その状態のまま、待つこと暫し。二十秒たってもぬいぐるみは動かず喋らないので、私はついに耳鼻科の受診を決意しました。精神科はそのあとでいいでしょう。
ベッドから飛び起き、ぬいぐるみを壁に投げ捨てました。ふぎゃ、と声がして、地面に落下します。
……ふぎゃ?
ぬいぐるみは、やはり浮かび上がって、首のあたりを押さえながら私の眼前へと向かってきました。
「き、きみは、ボクをなんだと思っているんだい!」
ぬいぐるみに怒られました。意味が分かりません。ぬいぐるみはぬいぐるみであり、ぬいぐるみ以外の何物でもないのです。
少女「え、ぬいぐるみじゃないんですか?」
「違う! ボクは広域派遣第三隊十六支部の……いや、きみにいってもわからないか」
「ボクの名前はムム。とある星から派遣されてきた……ま、きみたちにわかりやすく言えば、宇宙人ってことかな」
うちゅうじん。
ウチュウジン。
宇宙人。あ、やっと変換ができました。
何言ってるんでしょう、この薄汚れたぬいぐるみは。
いや、待ってください。これは確かに現実なのです。図らずとも私自身がさっき考えたように。とはいえ発言した言葉に責任は持たなくてはなりませんが、思っただけでは責任は発生しません。落ち着きましょう。
ムム「ボクの任務は参加者集めなんだ。で、きみに白羽の矢が立った」
少女「参加者?」
ムム「そう。この星の住民を対象に、ボクたちの星ではいま賭けが行われてる。10人が殺しあって、誰が生き残るかを当てる賭け。それに参加してくれないかい?」
少女「愚かなんですか?」
おっと、本音が口をついてしまった。
機嫌を損ねるかと思いきや、案外ぬいぐるみは平気そうな顔をしていました。そもそもこのぬいぐるみ、張り付いたような笑顔を浮かべるばかりで、表情変化が全くないんですが。
ムム「いや、気持ちはわかるよ。いきなり殺し合いだとか言われて参加するはずもない。けど、賞品のことを聞いたら、ちょっとは考えてくれるんじゃないかな」
少女「賞品?」
なかなか食指を働かせる言葉です。
ムム「なにもきみたちにただ働きしてもらおうってんじゃないよ。優勝者には、与えられた能力を継続して使える権利と、なんでも好きなことを叶えてもらえる権利が与えられるんだ」
少女「能力?」
今度はうさんくさい言葉が飛び出してきました。このぬいぐるみ、もっと手順を踏んで説明できないんでしょうか。愚図め。
ムム「殺し合いっても包丁とかでやるわけじゃない。ま、そういう方法もできるけどね」
ムム「メインはきみたちの生き様だよ」
少女「生き様?」
さっきから私、鸚鵡返ししかしてない気がします。でも仕方がありません。このぬいぐるみ、トチ狂ったことしか喋らないんですから。
ムム「概略はこうさ。生物には大なり小なり生き様ってのがあるだろう? ボクたちは独自の技術として、その『生き様』を能力として抽出する技術を持っている」
ムム「きみたちにはそれを武器として戦ってもらう。で、優勝した暁には、その能力はきみに定着させてあげるし、それとは別に願い事をなんでもひとつ叶えてあげよう」
なんでも。なんでも、なんでも、か。
それは実に魅力的だと、私、思います。それが文字通り言葉通りの「なんでも」であるならば。
少女「本当に『なんでも』なんですか?」
ムム「ボクは地球外生命体だよ。この星より技術はずっと進んでる。恐らく、きみが想像できるようなことなら『なんでも』だね」
少女「地球を滅ぼすことも?」
今まで得意げに喋っていたぬいぐるみが、ここで初めて、怪訝そうな顔をしました。そんな顔もできるんですね。
ムム「……そうするつもりなのかい?」
少女「まさか。それができるなら、何だってできると思っただけです」
ムム「大丈夫だよ、可能さ」
少女「安心しました。じゃあ、いいです」
少女「私、参加します」
きっぱりと言いました。その瞬間、ぬいぐるみが邪悪な笑みを浮かべたのを、私は見逃しませんでした。
このぬいぐるみ、先ほど確かに「白羽の矢が立った」と言いました。ということはつまり、あらかじめ私を狙い撃ちにしに来たのでしょう。当然私に関しての調査は済ませてあるはずです。
だから、私がこのゲームに参加するのも、御見通しだったはず。
全く、茶番です。
ムム「わかった。じゃあ、早速きみに能力を与えよう」
少女「私はどんな能力になるんですか?」
ムム「それはその時になってみないとわからないね。ボクたちが有しているのは技術だけだ。与えてから先は領分じゃない」
結構適当なんですね。つまり殆ど博打みたいなもの、というわけですか、
ムム「じゃあ行くよ」
そう言って、ぬいぐるみの瞳から、光が発せられました。
それは私の全身を包み、心の奥底まで入り込んだかと思えば、何かを抜き出していきます。奪い取られたというわけではなく、場所が移動したような、そんな不思議な感覚でした。
ムム「――おしまいだ」
ムム「能力名は『有言実行』」
ムム「叶える願いは?」
また、茶番です。わかっていても私は答えます。手のひらに爪が食い込むのを感じながら、怒りを抑えながら。
少女「この世から嘘を消してください」
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ムム「嘘、嘘か。嘘ね」
少女「恣意的に捻じ曲げられても困るので、付帯しておきます。『嘘を消す』の定義について」
少女「『嘘を消す』とは、人が本当のことしか言えなくなることを指します。もしくは、口に出したことを実行しなければいけない何らかの外力を働かせてください」
少女「可能なんでしょう?」
ムム「可能だね」
多少は考えると思っていましたが、あっさりとぬいぐるみは言いました。
ムム「嘘の定義にもよるけど、口に発した時点では嘘でなくても、結果的に嘘となることは多々ある。叶うかたちはボクにはタッチできない。多分後者、外力が働くことになるだろうね」
少女「なんでもいいです。結果が同じなら」
ムム「それならいいや。少なくともきみの望んだ結果は得られると思うよ」
少女「『と思う』じゃ困るんですけど」
ムム「はは、ごめんよ。訂正しよう。望んだ結果は得られるよ」
ムム「きみが優勝した暁には、だけど」
少女「九人を殺せばいいんですよね?」
九人。多いのか少ないのか、いまいち実感しにくい人数です。私のクラスが三十四人で、その四分の一……そう考えると案外多いような気がしましたが、何も全員私が殺さなければいけないわけでもないのでした。
最後の一人になればいいということは、畢竟、引きこもっていたほうが有利。でもきっとその考えには全員が思い至ります。すると誰も死なない……なんというジレンマでしょうか。
ムム「そこについては安心していいよ」
きっと私の心を読んだのでしょう、ぬいぐるみは机の上にすとんと着地して言いました。プライバシーもへったくれもありゃしませんね。
ムム「自然と引き合うようになってるんだ。意図しなくても、企図しなくても、出会ってしまう。戦ってしまう。そういう引力が、働くようになってる」
ムム「だから安心していいよ」
その安心はつまり「安心して殺しあえばいいよ」ということです。言葉の包含している意味が曖昧模糊とした中に沈んでいるこの不思議現象を誰かどうにかしてください。
少女「……」
ムム「どうしたんだい?」
少女「嘘、ついてませんよね」
ムム「ボクが? はは、どうしてボクが嘘をつかなきゃならないんだよ」
少女「……そうですね」
ムム「安心していいよ。きちんと約束は果たす。優勝者には、能力の授与と、願いをかなえる権利がちゃんと与えられる」
少女「有言実行してくださいね」
ムム「大丈夫だって。しつこいな」
ムム「それにしても、きみのその『生き様』。一体源泉はなんなんだい?」
ムム「随分とどす黒いものを感じるけど」
吐息がどす黒いぬいぐるみに言われたくはないです。けれど隠すほどのことでもないでしょう。
そもそも、こいつら、絶対知ってる。またまたの茶番だ。
悪趣味なクソめ。
意識してそっけなく私は言葉を出しました。
少女「大したことじゃありません」
少女「ちょっと、父さんが詐欺にあいまして」
借金こさえて一家離散。
ただそれだけです。
ムム「そうか、大変だったんだね」
嘘つけ。あなた、どう見ても人の苦悩を理解できないツラをしてるじゃないですか。
少女「ちなみに、もう私以外の九人は選出されてるんですか?」
ムム「そうだね。きみが最後の一人ってことになるかな」
少女「で、私の能力……有言実行、ですか? これの効果って、」
めぎめぎめぎめぎごりごりがっしゃん
と、私の家の壁を突き破って、何かが。
漆喰やコンクリ片やガラスや壁紙や夜の冷たい空気が。
私に向かって突っ込んでくる――突っ込んで来た!?
同時に何かが伸びてくる。大音響に耳をやられながら、勢いに足を取られながら、後ろに転がりながら、私はそれでも突っ込んでくるそれらの元凶を捉えようと眼だけは決して閉じない。
赤いブルマと白いスニーカーが、蛍光灯の光に映えていました。
時代錯誤すぎるそれを身に着けているのは一人の女の子。ポニーテール。体操服。羽織っているのは臙脂色のジャージ。胸元には大きく名前の刺繍。
何を考えてるんでしょうか、今、時刻は日付変わりかけてるんですけど?
??「あっはー!」
??「やべってこれ! やべってこれ! やりすぎっしょあたし!」
ようやく宙を舞っていた漆喰やコンクリ片やガラスや壁紙や夜の冷たい空気が部屋の中へと落下する。奇跡的に私は無傷で、だけど息ができない。全然大丈夫じゃない。
??「こんばんは! あたしの名前は『猪突猛進』!」
やたらハイテンションな体操服は、頭がおかしいんじゃないかと思うほどの大声でわめき散らします。
その間に私は包丁やナイフと言った、とりあえずさくっと殺せそうなものを探しましたが、残念、見つかりませんでした。帰りにコンビニで買っておけばよかった。
体操服「とりあえず死んでよ!」
少女「いやです」
体操服が一歩を踏みだ――すっ!?
体操服「全然遅いよ!」
眼前に日焼けした膝が迫っていました。速い、というか、速すぎる! 人間の速度じゃない!
回避は間に合うはずもありません。顔面と膝がキスをして、鼻がくしゃりと音を立てて変な方向へと曲がります。そのまま床を転がって、本棚に激突。後頭部を強打。
鼻血で呼吸ができない。犬のように「はっ、はっ」という浅く速い呼吸。
視界に白い運動靴が映りました。見上げれば、蛍光灯を背景に、体操服が影に覆われて私を見下ろしています。
そうして、クラウチングスタートの体勢を取りました。
逃げないと、早く、逃げないと!
踏込で部屋の床がぶち抜かれる音が聞こえて、膝が私の側頭部を強か打ち据え――
少女「ぐ、くっ、ぅ!」
頭の中で嫌な音が響きました。弔鐘が鳴っています。けど、だめです。こんなあっさりとやられたら、出落ちもいいところじゃないですか!
迫る絶対の暗闇の中、お父さんの名前を呼んでも、決して返事は帰ってきません。わかっています。お父さんは死んだのですから。
そして、会いに行くのはもうちょっと後でも、怒られやしないはず。
体操服「どこまでも真っ直ぐに! あたしはきみを、踏み潰す!」
体操服「猪突猛進!」
体操服はまた突っ込んできました。最初の一歩からフルスロットル。
膝蹴りをなんとか避けます。体操服がそのまま部屋の壁に突っ込んで、粉々に砕きつつ反対側へと吹っ飛んでいきました。
そうして、落下。
少女「は?」
馬鹿なんですかあの女。いや助かったのは事実ですが。
とはいえあの速度を鑑みるに猶予はあってないようなもの。私は咄嗟に部屋から武器になるようなものを探して、壁材に紛れて落ちていた彫刻刀を手に取ります。
ぶち壊した壁を再度突き抜けて、体操服が部屋へと飛び込んできました。彼女の体や顔には沢山傷ができています。壁に突っ込んだときのものなのでしょう。
体操服「あっはー! やりすぎちゃった!」
少女「人んち壊すのもいい加減にしてくれませんか」
軽口を叩きますが、実はけっこうぎりぎりです。顔も、頭も、痛いのです。
体操服「ごめんね! あたしってば、ほら、融通が利かないって有名だから!」
体操服「でもいいんだ! 曲がらない、止まらない! それがあたし!」
体操服「足を止めるくらいだったら死んだ方がマシなのさっ!」
そう高らかに宣言して、体操服はまたもクラウチングスタートの体勢を取りました。またあの、フルスロットルの初速がやってきます。
さすがに、もう二度と喰らいたくはありません。三度目はきっとないでしょう。死んでしまいます。
けど、運動不足なこの体で、あの速度におっつくのは到底かないません。
少女「文字通りの、猪突猛進」
曲がらない、止まらない。
まるでかっぱえびせんの親戚ですね。
ま、あいつはフォルムこそなかなか曲がってますけど。
体操服「よーい!」
来るぞ、来るぞ、来るぞ!
体操服「どん!」
膝が顔面に、
大きく顔が打ち上げられ、思わず彫刻刀は取り落とし、破壊された天井と、そこからちょっとだけ見える星空が、いや、違って、
視界がちかちかする!
けれど!
星が瞬いているのか、それとも意識が瞬いているのか判然としない中で、それでも私は、体操服の足を確かに捕えた。
捉えることはできなくても。
運動不足のこの体でも。
ゼロ距離ならば。
体操服は当然止まりません。否、止まれません。そのまま先ほどと同様に壁の向こうへと、私を連れて落下していきます。
アスファルトは硬いですが、骨が折れることなく、なんとか着地。
体操服「あっはー! しぶといねぇ、びっくりだ、あたし!」
私を見下ろしながら体操服が言いました。私は依然として足に縋り付いています。けれど、最早握力腕力ともに微弱。蹴り一発で弾き飛ばされます。
でも、いいんです。
少女「発言には責任が伴い、有言には実行を以て為す」
自分でもびっくりするくらい冷たい声でした。
少女「有言実行、しましょうか」
体操服「一体何を言ってるのかなっ!」
少女「さっきあなたが言ったことじゃないですか」
少女「『足を止めるくらいだったら、死んだ方がマシ』」
体操服はそこでようやく、胸を押さえました。「ぐ」と短く小さな呻き声を上げて、そのまま膝から頽れます。
少女「足、止まってますよ」
体操服「な、まさか、そん、な」
そうして体を投げ出すように倒れこんで、息絶えました。
私の能力――『有言実行』
相手に、言ったことを実行させる。
感覚でわかりました。これが私の生き様なのです。つまるところは。
ムム「お疲れ様」
ぬいぐるみが、今までどこにいたのか、上空から颯爽と降り立ちました。表情の起伏の少ないそのふちゃっとした素材が、けれどどこかニヤニヤしているように見えて、ほんのちょっとだけ、家の破壊に巻き込まれて死ねばよかったのに、と思いました。
ムム「残り九人だね」
少女「やばいくらい痛いんですけど」
ムム「しょうがないよ、殺し合いなんだから」
少女「この体操服、頭おかしかったです」
ムム「そりゃ殺し合いに乗るんだからね。大なり小なり頭がおかしいに決まってるさ」
少女「つまり、あと八人も頭のおかしい人が出てくるわけですか」
もしかして真っ当なのは私だけなんじゃ?
少女「というか、私の怪我と、私んち、どうしてくれるんですか」
やせ我慢にも限界があるんですが。
ムム「それについては、ま、一晩でなおしておくよ。騒ぎが大きくなって困るのはボクたちもだからね」
ムム「とりあえず、お疲れ様」
労いの気持ちがどこまでも空虚な言葉を吐いて、ぬいぐるみは姿を消しました。
少女「早くなおして欲しいものですけど」
体も、部屋も。
随分と風通しのよくなった我が家を見ながら、私はぼやきました。
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『猪突猛進』死亡
残り九人
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今回の投稿はここまでです。
変わらずスローペースな投稿になると思いますが、よろしくお願いします。
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大きく伸びをして、激痛に思わず屈んでしまいました。声も出ない、とはまさにこのこと。全身が痛くてどこが痛いのかわからないくらいです。
唐突に、闇夜にあって一際大きく着信音が鳴り響きました。私のものではありません。ということは、この体操服のものでしょうか。
ぴりりり、ぴりりり。
少女「……」
ぴりりり、ぴりりり。
少女「……」
ぴりりり、ぴりりり。
少女「しつこい!」
少女「深夜なんですから、さっさと諦めてください!」
電源を切ってやろうとジャージのポケットに手を突っ込んで、取り出したガラケーを開きます。
相手の名前を見て、電源ボタンに伸びていた指が止まりました。
『天網恢恢疎にして漏らさず』
少女「……」
少女「怪しすぎる……」
普通の人間がアドレス帳につける名前じゃない。
まだ着信は鳴っています。まるで私が出るのを待っているかのように。
少女「『天網恢恢疎にして漏らさず』」
呟きました。言葉の意味は分かります。そしてそれが、誰かの生き様であろうことも、なんとなく想像がつきました。
少女「もし私の想像が的中してるなら、それは最悪で――同時に、どうしようもないってことですね」
少女「しょうがありません。通話をぽちっと」
??「こんばんは」
女の声でした。理知的な感じがします。それほど年が離れているようにも感じません。
少女「……こんばんは」
??「や、まさか『猪突猛進』のやつがやられるなんて思わなかったよ」
少女「……そりゃどうも」
この明らかな黒幕スメル。そして『天網恢恢疎にして漏らさず』。けど私の体には今のところ異常はありません。語義どおりの因果応報、そういった能力では、ないのかな?
猪突猛進――体操着が死んだことを知っているということは、近くから見ているか、もしくは能力で知ったのでしょう。後者っぽいですがミスリードを誘っているだけの可能性もあります。油断はできません。
少女「それで、『天網恢恢疎にして漏らさず』さん、どうして電話を」
??「ん? 私の生き様を知ってるの?」
ビンゴ。唇を舌で湿らせます。途端に緊張が湧きあがってきました。あちらはこちらを知っていて、こちらはあちらを全く知らない。この情報アドバンテージは、恐らく、重大です。
なんとかしなければ。
とりあえず探り探り行くことにしました。
少女「携帯の画面に表示されていたので……」
??「マジか。あんにゃろう、ぶっ殺す。って、もう死んでたっけ」
??「あー、それで、『どうして電話を』? や、対した理由はないんだけどね。ただ一応、挨拶しておこうと思って」
??「このゲームに生き残る身としてはさ」
少女「ほう」
言いますね。嘯く、と言ってもいいくらいには。
少女「残念ですが、そこだけは譲れません。私にも願いがありますから」
??「うん、わかっているよ。それじゃ、明日も朝早いし。おやすみ」
それだけ言うと一方的に切られました。本当に何の目的もないかのように、あっさりと。
わかりません。意図が掴めません。いや、意図を見出す方が無意味なんでしょうか。
ぬいぐるみが言っていたことを思いだします。大なり小なり頭がおかしい。確かにそのようです。
リダイヤルする気にはなりませんでした。私は念のためガラケーを逆パカして、その辺に放り投げます。
思わず欠伸が出ました。ああ眠い。
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眼が覚めたら激痛は消えていました。崩壊した我が家も元通り。あのぬいぐるみは約束を違えることはなかったようです。有言実行、さすがですね。
まさか全てが夢だったのではと逡巡します。手を繰り返し、ぐーぱー、ぐーぱー。
私の能力は体操服のように単純ではありません。確かめようと思ってもすぐに確かめられるものではない。あのぬいぐるみ――ムムと言いましたか。あいつは昨日とは違って私のそばにいませんでしたから、実感も当然湧かないのです。
だから、どっちつかずの気持ちを抱きながら、朝ごはんの並んだテーブルに着きます。トーストと目玉焼きに、昨日の残りの筑前煮が並んでいました。あと麦茶も。
お母さんは少し疲れた顔をして私を出迎えてくれました。きっとパートが忙しいのでしょう。
高校を卒業すれば私も働くよと言っているのに、今どき大学くらい出ておかなきゃと言って聞かない強情っぱりです。娘としては嬉しいやら気を使うやらで複雑な気分。
腕によりをかけた朝食を美味しく胃の中に納めて、私はセーラー服に着替えます。最近また胸が大きくなったような……下着を買い代えるお金だってばかにならないのに。
少女「いってきまーす!」
元気に挨拶をして私は家を飛び出しました。
学校はいつもと変わらずそこにあります。当然です。登校して学校がなかったら、それは夢か、もしくは戦時中です。
とはいえ昨晩の出来事が夢でないのなら、私は絶賛戦時中みたいなものでしょう。片足どころか両足を突っ込んだレベルで。後悔はしていませんし、死ぬことも……怖くないと言ったら嘘になりますけど。
ただ、リターンを得るためには相応のリスクを得なければならないことも事実。この世から嘘を消し去るという目的のためには、命を懸けるだけの価値があります。
静謐な空気を味わいながら、私は教室の扉を開きます。HRの十分前。これが私のいつもの登校時刻なのです。
ん?
静謐な空気?
おかしくないですか?
少女「十分前でこの静けさって――!」
僅かに開いた扉の隙間へねじ込む様に、机や椅子や、その他もろもろが飛来します。私は反射的に扉を閉めましたが、思ったより飛来してくるそれらは威力があったようです。扉ごと吹き飛ばされました。
後頭部を強か打ちつけます。痛みより熱が生まれました。けど、これくらいじゃあ死にません。
死ぬわけにはいかないのです。
??「矮小な人間としては、中々の反応速度ぞ!」
吹っ飛んだ扉の向こうに教室の中が見えました。積み重なった「人らしき何か」と、その頂点に腰かける黒マント。
……黒マント?
紺色ブレザーに複雑な意匠の金色アクセサリ。そして黒マント。髪の毛は白銀で、一部分に青のメッシュが入っていて、瞳が赤と灰色のオッドアイ。まるで二次元の世界から抜け出してきたその風貌に、私は暫し、思考が停止します。
黒マント「ここは常しえの魔境! 我が異能を以て塵と化すがいいわ!」
黒マントの目が妖しく光りました。黒い光を放って、同時に椅子や机が同様の光を帯び、がたがたがたっと持ち上がります。触れることなく。
少女「サイコキネシス……?」
黒マント「ち、違う! これは我が異能、『黒光纏いて優雅に踊れ』(ブリュンヒルデ・ノワール)だ!」
ぶりゅ……?
少女「いや、どう見てもサイコキネシスなんですけど」
黒マント「我を愚弄するか貴様ッ!」
椅子や机が私に向かって飛んできます。横っ飛びでそれを回避すれば、窓ガラスをぶち破っていきました。
しかし、落下はしません。
一度外に飛び出したそれらは滞空し、今度は外から中へ、またガラスをぶち破って私へと突撃してきます。
少女「くっ!」
なんとか寸前で避けます。壁に叩きつけたそれらは、しつこいことにもそもそと動き、浮かび上がりました。あの黒マント、言動と風貌こそイカれてますが、能力だけはシンプル・イズ・ベストですね。うぜぇ。
けれどどうして私の身元が? いや、もしかしたら無差別に襲っているだけなのかもしれませんが、それにしたって私の学校へ乗り込んできたのは事実。一体どこから情報が漏れているのやら。
そこで私は昨日の電話の主を思い出します。『天網恢恢疎にして漏らさず』。考えられるのは今のところあいつしかいませんが、果たして。
それにしてもこの静けさです。人っ子一人の気配すらありません。いや、もともと気配なんて読めませんけど、なんにしても、夢じゃなかった。
夢じゃなかった!
だとしても問題は解決されません。どう考えても私の「有言実行」はこういう事態に対処できるような能力ではないのです。とにかく会話をして、言質を取らなければ。
椅子の脚が私のセーター服の襟を掠めて行って、思わず前につんのめります。椅子はようやく壁に激突して大破しましたが、私を今追ってきているのは、もう一つ。
そうです、机です。
なかなかの質量をもつそれを私の運動神経と体勢では避けきれません。両腕でなんとか頭だけは守りますが、勢いに負けてリノリウムの床をごろごろ転がっていきます。
机は床に落ちたまま動きません。距離が離れたからなのか、時間が経過したからなのか、わかりませんがこのチャンスを逃すつもりもありません。すぐさま立ち上がって走り出します。
階段を下りて、下りて、とにかく下の階へ。
外に出ればさすがに追いきれないでしょう。
「闇に呑まれよ」
闇と言うのは名ばかりで、私に向けて振ってくる大量の机、机、机。
私の影が机の影にすっぽりと飲み込まれて、瞬間、ひときわ強く地面を踏みしめました。このままでは圧死確実。
形容しがたい音が響いて、なんとか直撃こそ避けましたが、左足が机の脚と脚の間に挟まれて身動きが取れません。少しも動かない私の足首。机がぎちぎち皮膚に食い込んで、もがいた指が地面に跡をつけます。
一体どこから? 顔だけ動かして周囲を窺えば、先ほどまで私がいた三階から、黒マントは机に腰かけたままふわふわと降りてきていました。そういう使い方もできますね。当然。
思いつかなかったこちらのミスです。
黒マントは呵呵大笑として、そのオッドアイで私を見ました。
黒マント「うひゃひゃひゃ! 俗人としてはよく堪えた方よ! が、しかぁし。我の『黒光纏いて優雅に踊れ』の前では、何人たりとも逃げることは叶わん。無駄無駄無駄ァ!」
明らかに常人離れした風貌と口調の黒マントは悠々と私に近づいてきました。私を能力者だと気付いているのか、いないのか……それが生死を分ける境目でしたが、今の言葉を聞いている限り、気づいていないようです。
これは好都合。というか、これが千載一遇のチャンスです。
ざく、と砂を踏みしめる音が聞こえました。眼球だけを動かしてそちらを見れば、女生徒が一人、短く悲鳴を上げて後ずさっています。
見たな、と黒マントは小さく呟きました。
少女「逃げ――!」
私の言葉より早く、椅子が彼女の頭にクリーンヒット。そのまま昏倒し、ピクリともしません。
黒マント「『黒光纏いて優雅に踊れ』」
光が椅子と机を包んで、そのまま、落下。
金属と金属がぶつかる音にまぎれて、とても鈍い、いやな音が聞こえました。
じわりじわりと血だまりが広がっていきます。
そして、山となった椅子と机の向こうに、揚々と登校してきた生徒が何十人といました。
そこから先は地獄絵図。机が乱舞し、椅子が血に染まる、この世のものとは思えない光景が広がります。逃げ切れる生徒は誰もいません。いたとしても、椅子に飛び乗った黒マントが、猛追するのですから。
黒マント「うっひゃひゃひゃひゃ! 笑いが止まんないわ! 全員、全員、死んじゃえばいいんだ、そうだ、私を馬鹿にしやがって、どいつもこいつも、くそどもがっ!」
いわゆる「普通の」口調で黒マントは狂ったように罵声を浴びせかけます。
そうして一息ついたのでしょうか。彼女は大きく息を吸って、吐いて、すっかり静まり返った光景に背を向けて、私に直ります。
黒マント「安心するがよい。貴様もすぐに、友人のところへと送ってやろうぞ」
少女「言いましたね?」
口の端が吊り上るのがわかります。
少女「――有言実行、しましょうか」
超常の光が私を中心に満ちました。それは机と椅子を包んでいた黒光を打消し、下敷きになっていた私を吹き飛ばします。
どこへ? ――当然、友人のところへ。
即ち、私の教室へ。
黒マント「どういうことよ!?」
素が出てますよ。
私は振り落とされないように机の上に座って、そのまま玄関、階段、踊り場、廊下を経て、教室の前で急ブレーキ。そして着地。
同時に机が落下しました。有言は実行されましたので、そうなったのでしょう。
黒マント「うひゃひゃひゃひゃ! そうか! 貴様も我と同じ力の持ち主だったのか! あの女め、胡散臭いと思っていたが、従った甲斐があったというものだ!」
少女「あの女?」
黒マント「冥土の土産に教えてくれるわ! この学校に能力者がいると密告したやつがいる。我の携帯に勝手に電話をかけてきた不届きものだ。怪しかったが、ふん。間違いではないらしかったな」
少女「『天網恢恢疎にして漏らさず』」
呟けば、黒マントの表情にぴくりと動きがありました。
黒マント「ほう、知っているのか」
少女「まぁその程度ですよ」
と軽口を叩きながら、浮かぶ机に腰かけた黒マントとの距離を私は測ります。同時に、ここを切り抜ける方法も図って、悩む。うーむ。逃げ場がない。
私の背後は教室で、死体が山と積み重なっている。ここは三階で飛び降りても死にはしないだろうけれど、脚は折れるだろう。そして追いつかれて死ぬ。結局死ぬのだ。
ならば真正面、この黒マントを何とかするしかほかに方法はない。
やはりこうなるのか。
私の生き様を使って。
黒マント「今度は油断せぬぞ。「『黒光纏いて優雅に踊れ』」!」
机が、椅子が、がたがたがたんと音を立てて、私に!
向かってくる!
四方八方逃げ場なし。当然死角もあるわけなし。けれど命も失いたくはなし。私はとにかく一直線に黒マントへ躍り掛かりました。スカートから取り出したカッターナイフを右手に持って。
自分を巻き添えに私を殺すか? それとも能力、ぶりゅなんとかを一旦解くか?
さぁどうする!?
黒マント「猿の浅知恵が通用するかっ!」
私の右手が光り輝き、同時に激痛が走って、カッターを取り落としました。
輝いていると思ったのは気のせいでも何でもありません。ガラスの破片が、大量のガラスの破片が私の右腕にびっしりと突き刺さっているのです。
暖かい血が、ぱたたたたっと音を立てて、床に滴っていきます。
激痛は一瞬でした。けれど、代わりに襲ってきたのは、あまりある熱。
焼けるような灼熱感が右手を中心に脈動していきます。
壁に激突する机や椅子には巻き込まれずに済みましたが、躍り掛かった私は黒マントに一蹴されます。腹を殴られて朝食を戻しそうにすらなりました。
ガラスの破片は黒光に覆われています。
こいつ、操れるのは椅子と机だけじゃ、ない?
隠してやがりましたね。謀ってやがりましたね。苛立ちはありますが、しかし黒マントは嘘は言っていないのです。何も言っていないだけで。
それなら私が責める謂れはありませんでした。それが唯一の私の生き様ですから。
力の入らない右腕にこそ力を籠め、四つん這いの姿勢から一気に飛びかかる!
少女「――!」
熱を脚に感じました。
転倒。
少女「ぐ、う、あっ!」
見る必要すらありません。私はガラスの破片を無視して、再度カッターを握り締めます。これで頸動脈を掻き切れば。
掻き切るしか。
少女「ない!」
黒マント「しつこい」
カッターが黒光に覆われて。
すっぽぬけて。
私の喉へと――!
嫌な音が眼に入らない位置から聞こえてきました。やや遅れて、視界を赤色が染めていきます。
おとうさん。
死ぬわけにはいかないのです。いかないのです。いかないのです!
だって、このままじゃ、お父さんが。
報われない!
親友に騙されて、身ぐるみはがされて、にっちもさっちもいかなくなって!
事故だなんて嘘でしょう!
あんた、自分から飛び込んだんでしょう!?
少女「――」
叫びは口から出ていきません。唇は動いても空気が血液と一緒に喉から漏れていくばかり。ごぼりごぼりと不快な音の発生源は、きっと私なのです。
地面に倒れ伏しました。ぬちゃり。手に伝わる感覚。降る雨。鉄のにおい。ひたひた近づく誰かの足音。私は多分、その名前を知ってます。
せめて何かを握り締めようとしたけれど、血を失いすぎた体にはそれさえも遠くて。
あぁ。
有言実行、したかったなぁ。
―――――――――――――――――――――
『有言実行』死亡
残り8人
―――――――――――――――――――――
今回の更新はここまでです。
wikiに黒マントのビジュアルを追加しました。
リアルが忙しく更新頻度は依然変わらずですが、思い出した時に見に来ていただけると幸いです。
乙です
>>40見るまでwikiの存在忘れてたけどイラストって手描き?
イラスト見るまで黒マントが女と思わなかったのは自分だけじゃないと信じたいww
>>41
この口調だと男に見えますね。意識していませんでした。今後気を付けます。
絵に関しては一応全部自分が描いてます。
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私は汗を拭った。一瞬だけひやっとさせられたものの、万事問題はない。当然だ。だって私は選ばれし者で、他のやつらとは格が違うんだから。
ま、まぁ、この眼鏡も選ばれし者なんだろうけど、その中でも私は一流なのだ。
最初は殺し合いと聞いて怯えていた気持ちがなかったわけではない。けど、やっぱり私は一流だ。格が違う。だってほら! こんなにも容易く、あっさりと、もう一人殺してみせた!
これは私が特別だって証拠に他ならないでしょ!
……いったい誰に主張しているんだかわからなくなって、なんとなく頬を掻く。既に1人死んでいると聞いたから、自分を入れてあと八人。七人殺せば優勝だ。
この能力と、なんでもひとつだけ叶えてもらえる権利。具体的には決まっていないけど、抽象的にはあの宇宙人へ伝えてある。
黒マント「全員が私に従えばいいんだ」
思わず口調が元に戻った。あぶない。咳払いをして口元を拭う。
黒マント「全員が我に従うべきなのだ」
『黒光纏いて優雅に踊れ』があれば、殆どの人間は私に従うだろう。ちょっと暴力をちらつかせれば、誰だってホイホイということを聞いてくれる。けど、私が望むのはそんな上っ面の服従ではない。
心の底からの服従。尊敬。
さんざん馬鹿にしてくれたクラスメイトや教師や親や、その他もろもろ全て、私の前に傅くべきなのだ。
靴を差し出せば爪先を舐め、行く先に水たまりがあれば自らが寝そべり橋となる。そして、私のために生きていられたことを、今生の喜びと感じるような人間に作り替えてやろう。
笑いが零れるじゃない? 凡人の人生を歩むくらいなら、私の礎にでもなったほうが万倍マシってもんでしょ。
ムム「随分と派手にやってくれたものだね」
どこにいたのかムムがふわりと降り立つ。相変わらず表情が読めないやつだ。困った感じのことを言っていても、全然困った雰囲気を出していない。
ムムの眼前には積み上げられた死体がある。学校の誰かが能力者らしかったから、とりあえず全員殺してみたのだ。案外手間で、疲れたな。
大きく伸びをして目頭を指で押さえる。この能力は私にぴったりで気に入ってるんだけど、眼精疲労が欠点。あと、やっぱり机や椅子は格好悪い。もっと似合う何か――例えば煌びやかなナイフとか漆黒の針とかじゃないと。
黒マント「貴様がやれ。それくらいは責任の範疇だろう?」
ムム「宇宙人遣いが荒いなぁ」
黒マント「相互利益と言えど、こちらは手伝う立場ぞ。構わんだろう」
ムム「まったく。あんまり頼られても困るよ」
黒マント「能力を我に寄越したのは貴様だ」
黒マント「生き返らせなくとも構わんぞ? 魂は我の糧となった。彼奴らも至上の歓喜に震えているだろう」
ムム「……たまに、地球人の行動原理がわからなくなるね」
黒マント「ふん。いらぬ世話を焼くな。それは貴様の本分ではなかろ」
ムム「わかったわかった」
ぬいぐるみはふにゃりと着地して、体内から光を放つ。それは椅子を、机を、壁を、全てを貫通して、教室と言わず学校全体を包みだす。
ムム「流石に大規模な行使は時間がかかるよ」
黒マント「興味はない」
どうせムムがなんとかしてくれるなら、私が考える必要はなにもないのだ。
黒マント「私――っと。我はそろそろ帰るとする」
帰路につきながら私は思う。もう学校には行きたくない。今から行っても遅刻確定で、あの愚かで、愚鈍で、愚昧な、なんだ、その、とにかく頭の悪いあんな下等なやつらから笑われるなんてのは堪えられない。
頭が悪いくせに群れるのだ。いや、頭が悪いからこそ、だろう。一人じゃ生きてられないから。底辺校に通う屑のくせにそういった部分だけは知恵が回る。本能か?
それか、言葉をすぐに翻すけど、逆に学校へ行ってみるのもいいと思った。あいつらは私のことを知らない。お前らなんてすぐに殺せるんだ――そう思いながら授業を受けるのは、きっと爽快な気分だろう。
なんなら実際に虐殺してみせたっていい。どうせあの宇宙人が何とかしてくれるのだから。
あぁ、気分がいい。
世界はどこまでも広がっていて、誰もがちっぽけな存在の中で、私は、私だけが、唯一無二だ。
だから全員死ね。
私を敬え。崇め奉れ。尊敬しろ。
平伏して、唾を顔面で受ければいいんだ。
思いついて駅前へと向かうことにする。途中にあるアーケード街は地下と地上の二本立て。狸小路と呼ばれるそこの奥まったところに私の目当てはある。
刃物屋「ふじよし」。これまで私には買えなかったけれど、今の私には力がある。見たもの全てを意のままに操る邪気眼――『黒光纏いて優雅に踊れ』。椅子と机じゃ格好悪いし、そもそももっと持ち運びに便利なものを用意しないと。
ムムは言った。能力者は惹かれあうと。意図せずとも、企図せずとも。
ならば準備をして困ることはない。いつ見つかるか、見つけるか、わからないのだから。
「お、銀島じゃーん!」
「なに、なに、なにやってんの」
私の名前を呼ぶ声がして、思わずそちらを振り向いてから「しまった」と思った。
同じクラスの不良だ。汚らしい髪の毛と肌の色で、どぎつい紫の口紅、ラメラメしいアイシャドウ。そんなに人間を辞めたいんだったら屋上から飛び降りたほうが早いのに。
黒マント「どうせ骨格も性根も歪み切ってるんだから」
口に出た言葉は二人には聞こえなかったみたいだ。けど、関係なしに近づいてくる。下品な大股で。
不良A「サボりなの? うは、悪ぅい!」
不良B「それとも、なに、なんだっけ。アレ」
不良A「あぁ、アレ?」
不良B「そそ。アレアレ」
頭の悪い会話してるんじゃねーぞブタが。
ブタは汚い言葉を吐き続け、最終的に言った。
不良「「オタク趣味!?」」
そうしてまた下品な声でぎゃはぎゃはと笑う。
私の髪の毛――白銀のウィッグを掴み、地面に投げ捨てる。白銀の毛髪が地面に散らばって、まるで蜘蛛の巣みたいにも見えた。
天パ気味の髪の毛が露わになって、私はなんとなく、別に全然意味はないんだけど、体を縮こまらせて視線を逸らす。その先には刃物屋「ふじよし」。
不良A「なになに、その反抗的な目ェ」
不良B「っていうか、金くんね?」
不良A「ウチらマジ最近金なくてさぁ」
不良B「ね、いいじゃん。友達でしょー、銀島ちゃぁん」
私があまり反応を返さないことをどう思ったのだろう。二人はさらに近づいてきて、両側から挟み込むように顔を覗き込んでくる。
不良A「最近付き合い悪くない?」
不良B「あんたが真人間になれるよう、ウチらが手伝ってやってんじゃん」
不良A「そーそー。友達料金ってやつでさぁ」
不良B「金がねぇならウリでもやって金稼いで来いや!」
踵の踏み潰された、裸足で穿かれて水虫の温床になっているであろうローファーが、私のつま先をぐりぐりとやる。
不良A「ま、あんたみたいなキモオタ、誰も買わないと思うけどね」
不良B「顔も体も性格も、いいところひとっつもないもんね。ぎ、ん、じ、ま」
ブタらの手が私の肩にかかる。
私の体に。
薄汚い手で! 下等な生物が!
黒マント「触るな!」
ガラスの砕ける音と鈍い音がした。一拍だけ間をおいて、ごとん、と赤に塗れたモノが足元に転がる。
手首から先だ。
うぎぃいいいいいいいやああああああああ!
耳を劈くブタの声。心も顔も醜けりゃ、声まで醜いとは実に、実に救いようがない。
黒マント「『黒光纏いて優雅に踊れ』」
ガラスを突き破って包丁が、ナイフが、夥しくブタの体に突き刺さっていく。そのたびに一際高い鳴き声をあげて、地面にスタンプを押しながら転げまわる。屠殺のシーンを思い出した。
残るもう一匹は腰を抜かして立てそうになかった。じわりじわりと地面に広がっていく、血ではない染み。失禁したのだ。ガキか。
汚い。
死ね。
輝く包丁がブタの頬から入って眼窩から抜けていく。「ぐえ」だの、「うぼえ」だの、おおよそ人間らしくない断末魔を上げて、地面にそのまま突っ伏する。
黒マント「どいつもこいつも私をバカにしやがって! どいつもこいつもっ!」
血がついてしまったウィッグをさっと拾い上げ、小脇に抱えながら、そいつらの頭を踏みつけた。何度も、何度も、何度も!
息が上がる。そして私は颯爽と踵を返す。ついでにマントも翻す。当然周囲はざわついていて、ついには警察の姿も見えてきた。ムムが何とかしてくれるとはいえ、とりあえず逃げなければ。
いくつの路地を曲がっただろう。この都市にはスラムこそないが、それでもやっぱり、治安の悪いあたりは存在する。大通りから離れた薄暗い路地。そこはどうしても、悪いものを呼び寄せる。
金髪「お嬢ちゃん、こんなところへ、何しに来たの?」
血飛沫のついた顔で金髪の男は言った。立ち上がると同時に、金髪が今まで胸ぐらを掴んでいた別の男が、力尽きて地面に倒れ伏す。
喧嘩――いや、傷害致死。その現場に出くわしてしまったようだ。
男は顔についた赤いものをぺろりと舐めた。私は僅かに後ずさる。何か、危ない。危険な気がする。なんだこれ。この男。
黒マント「まさか、能力者……?」
金髪「ボクちゃんの餌食になりにきたのかなぁあああああっ!?」
金髪が飛びかかってきた。速い。躊躇がない。
包丁とナイフを展開――しかし怯まない。
金髪「喰わせろぉっ!」
黒マント「ちっ!」
舌打ちをして後ろに跳ぶ。足元には砕けたレンガがちょうど二つあった。それに飛び乗って、地面を滑るように高速移動。
同時に包丁を投擲する。距離はそこそこ離れているが、まだ効果圏内!
ざく、ざくと鈍い音。包丁が二本、金髪の腕に突き刺さっている。血は腕を伝って地面へ滴るけれど、金髪は突進を続けてくる。こいつ痛覚がないの!?
??「悪、即、ざぁあああああああんっ!」
喊声が聞こえた。
私の足元に影が落ちて、同時に人も落ちてきた。
茶色い棒――木刀が真っ直ぐ地面に突き刺さり、軌道上に存在したありとあらゆる物を一刀両断にする。勿論それは腕すらも例外ではない。
鮮血がビルの外壁を濡らした。金髪の左肘の先が音を立てて落下し、振りまいているのだ。
金髪は消えた左ひじから先をぼうっと見つめていたが、やがてにやりと笑った。
金髪「まぁた邪魔しにきやがったか! 『悪即斬』!」
「悪即斬」と呼ばれたのは詰襟姿の少年だった。情熱的な顔つきで私を一瞥すると「早く逃げろ」とだけ呟いて、木刀を構える。
詰襟「何故人を殺す」
金髪「なぁにバカ言ってんだバーカ! 所詮この世は『弱肉強食』だろうがよ!」
詰襟「ブレないな、てめぇも」
金髪「ぎゃはっ! てめぇに言われたか、ないぜぇ!」
両者が同時に飛び出した。
私の脳裏には、「能力者同士は引き合う」という言葉がリフレインしていて。
だからこう思うのは決しておかしなことじゃない。寧ろ当然のことだと言えるだろう。
黒マント「よっしゃ、殺そ」
――――――――――――――――――――――
残り八人
――――――――――――――――――――――
短いですが、今回の投稿はここまでとなります。
九月いっぱいまで、週一で10レス~20レスくらいの投稿ペースだと思われます。
wikiに金髪と詰襟の情報を追加。
ビジュアル、能力説明はまだです。
――――――――――――――――――――――
金髪「ぎゃはっ!」
片腕の金髪はやはり痛覚などないみたいに木刀へ立ち向かう。というか、互角以上の戦いを演じている。
一撃は木刀の方が大きいのだろうけど、金髪の武器はその右腕で、打撃以外にいくらでも細かな動きができる。木刀を掴んで捩じる動きが入るだけで詰襟には不利だった。
眼にもとまらぬ速さの斬撃。本来木刀で物なんて切れないだろうに、きっと能力のためなんだろう、詰襟の持つ木刀はコンクリートすら容易く切り裂く。
流石に金髪も太刀打ちできないと踏んで、一歩下がった。
私はそんな二人の戦いを、一旦去ったふりをして、レンガに腰かけた状態で上空から見ている。決着がついて疲弊しきったところを狙うのだ。
黒マント「漁夫の利、漁夫の利。くくっ」
笑いが零れる。あのまま戦いに巻き込まれていれば危なかったけれど、詰襟のおかげでスムーズに撤退することができた。彼には感謝しなければならない。
詰襟「この狂人め!」
金髪「はぁっ!? 俺のどこがイカれてるっつーのよ!」
木刀をいなして金髪はさらに一歩後退する。
足元には、先ほど彼が殺した男性が転がっている。
それの手首を掴んで持ち上げた。
詰襟「やめろ!」
金髪「いやだね」
金髪「弱肉強食。所詮この世は、こんなもんだろぉ!」
金髪「いただきまぁす!」
びりびりびり、と金髪の上着が裂けて。
ぐぱぁ、と金髪の腹が割れて。
がぶり、と死体に喰らいついた。
ぼき、ぼき、ぼき。
ごきん。
ごっくん。
咀嚼の音だけで耳がおかしくなりそうだった。精神が病んでしまいそうだった。あの口――あんな口、あれが能力でなくて一体なんだっていうのか。
おぞましい。
思わず胃の中身を戻しそうになって下を向けば、詰襟が金髪に切迫していた。唸る木刀。それをひらりひらり回避する金髪。
詰襟「この人殺しめ」
金髪「だから弱肉強食だろぉ? お前だってそうだ。あの宇宙人の口車にまんまと乗せられて」
金髪「俺を殺さなきゃ願いは叶えてもらえねぇぞ」
金髪「俺を殺さなきゃ、俺がお前を殺しちまうぞぉおおおおおっ!?」
一際大きく声を上げて金髪は突っ込んでいく。なぜだか左腕は再生していた。先ほどの行い、カニバリズムが無関係だとは思えない。きっとそういう能力なのだろう。
黒マント「ふむ。随分と悪趣味なことよ」
だいぶ落ち着いてきた。平常心、平常心。口調もほら、元通りだ。
??「実にその通りだと思うけど」
炸裂音。
空気を震わせる乾いた音が響いて、僅かな遅れもなく、私の右手の薬指と小指が跡形もなく吹き飛んだ。
痛みはない。代わりにただ焼ける感覚だけがあった。
黒マント「――――ッ!?」
そして今更やってきた激痛が、が、うぁ、んんんんんっ!
歯を必死に喰いしばっても隙間から空気が、声が、漏れていく。涙も目じりに溜まる。痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
黒マント「ぐ、ぅううう、が、あぎ、っ!」
バランスを崩してレンガから足を踏み外した。
やばい。
黒マント「『黒光纏いて優雅に踊れ』ゥウウウウ!」
死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!
幸い下にはポリバケツやらごみ袋やらがある! 金髪と詰襟に見つかっちゃうのはしょうがないけど、それで、なんとか!
衝撃が体を襲った。臭気が鼻を衝いて思わず顔を顰める。腐った汁がマントやらブレザーやらに染み込んで、泣きたくなる。
指の先は吹き飛ばされたはずなのにじんじん痛んで私を苛んだ。でも今の私にはいい気付けだ。ぽかんとしている金髪と詰襟を尻目に、私はマントの裾を引き裂いて、腕をきつく縛っておく。
存外思考は回った。誰だ。誰が私を。どこから狙った。攻撃手段は。
とにかく動かなければ。こちらはまだ相手の場所も掴んでいない。一旦退いて、相手の出方を窺わなければ二の舞になる。まずは敵を炙りださずして始まらない。
黒マント「くっ、我が、こんなっ」
ポリバケツの蓋に飛び乗って、そのまま猛烈な勢いでその場から去る。人気の多い通りに出るが気にするものか。寧ろいい壁にすらなってくれるだろう。
あたりを見回す。どこだ。どこにいる。どこから私を狙ってる!?
私の能力には射程範囲がある。これより外から狙われては絶対に太刀打ちできない。敵がこの能力の詳細を知らないのがせめてもの救いだろう。おびき寄せて、必ず殺す。
最後に勝つのはこの私だ。
全世界が私にひれ伏すのだ。
黒マント「……どうだ?」
蓋に乗ったまま空を飛んでどれくらいがたっただろう。撒こうと蛇行してきたから、直線距離ではそれほど遠くまで来ていないと思う。それでも五分くらいは能力を使いっぱなしだ。流石に眼も、疲れた……。
私はとあるビルの屋上に着地した。能力を解除して蓋を地面に落とす。重心を預けていたものだから、そのまま尻もちをついてしまった。
だいぶ疲れている。眼精疲労だけじゃなくて、全身に気怠さが感じられた。
頭が痛い。
黒マント「ちょっと、酷使しすぎた、かな」
この頭痛が敵の攻撃だとは思えなかった。
とりあえずここでしばらく休もう。そうしたら家へ帰るしかない。閉じこもるのは趣味ではないし、負けた気がして癪だが、相手の姿がわからない以上打って出るのは愚策だろう。
漫画とかラノベだったら、もっと軽々追っ手を撒いて、逆に敵の背後をとったりもできるんだろう。憧れていたその世界に入門こそしたけれど、境地には遠い。
二次元の世界はいい。憂世を忘れさせてくれる。嫌な親、教師、クラスメイト。あんな邪悪な存在は物語の世界には存在しない。
これはきっと可哀そうな私へ神様がくれたプレゼントなのだ。そして、優秀な私は全人類を統べる権利があるというメッセージで。
包丁を確認する。どさくさの中でもちゃんと持ってきていた。偉いぞ私、と自分を鼓舞する。
その数四本。少し心許ないが、まぁしょうがない。能力で持ち運ぶのにも限界がある。
黒マント「そろそろ、限界、かな」
指が二本消えてしまったことのショック、そして体のバランスの喪失は著しい。ぐちゃぐちゃになった肉と骨が付け根にぶら下がっていて、正直見ていられないくらいだ。
痛い、痛い、痛い。気を抜いたらまた涙が出てくる。深く呼吸をして、落ち着けなければ。
カラーコンタクトを外す。ずれてしまって視界がおかしい。折角ネット通販で買ったブレザーも、マントも、ごみのにおいがついてしまった。洗ってとれるだろうか。
私の大好きな能力バトルの漫画。主人公は銀髪赤眼の闇剣士、ブリュンヒルデ・ノワール。能力名にもなっているそれだ。
日本刀を武器にする彼女と同じ能力にはならなかったけど、こんな漫画みたいな展開を私は望んでたんだ。しかも願い事をかなえてくれるおまけつきなんて、大盤振る舞いもいいところじゃない?
疲れもだいぶ取れてきた。立ち上がって、スカートについた砂埃を払った。屋上はやっぱり静かで、私の心を落ち着かせてくれる。
黒マント「万事問題はない。『黒光纏いて優雅に踊れ』は無敵だ」
黒マント「誰だって黙らせてくれるわ。そして我が勝ち残る」
黒マント「すべての人類に、眼に物見せてくれようぞ」
居丈高にそう宣言する。唯一それだけが心の支えだから。
炸裂音。
黒マント「――が、ぐぅ、っあ!?」
衝撃で体が持ってかれる。後ろから前に貫かれる形で、左肩が爆ぜた。
視界がちかちかする。
どこへ行ったよ! 私の左肩!
なんで、こんな、痛いなんて……!
体の一部が欠けてしまうだけでこんな痛いだなんて、誰も教えちゃくれなかった!
けど、どうやってこっちの居場所がわかったっての!? 空飛んできたのよ、こっちは。くそぉ!
呼吸が浅い。脂汗が滲んでいる。体が発するアラートがうるさくてうるさくてたまったものじゃない! 従えるんだったら私だって従いたいよ!
黒マント「後ろから、前……!」
歯を喰いしばって振り返る。
敵は後ろ!
炸裂音。
今度は右の耳が弾け飛ぶ。
黒マント「っつ、がぁあうう……!」
ボロ雑巾のようになった外耳が地面にへばりついた。ともすれば消失した耳に意識が向いてしまうのを、息を吐いて、眼を見開いて、必死こいて敵の姿へ焦点を定めようとする。
涙で視界が歪む。ブタどもに殴られたときだって、蹴られたときだって、こんなに痛かったことはなかった。
背後――少し離れたもう一つのビル、その屋上の鉄扉が音をたてて閉まり始めていた。そして階段を下りる音が、僅かに反響して耳に届く。
逃げた。その答えに辿り着くのは一瞬だ。
黒マント「逃がすか! 追いついてぶっ殺してやる!」
ポリバケツの蓋に飛び乗った。血が頬を伝い、肩を伝い、地面に点々とした血の跡がつく。腕を動かすたびにびりびり痛み、灼熱感もまだ相当あるけど、失血はそれほどでもないのが唯一の救いだった。
とりあえず失血死、ということは当分考えなくてもよさそうだ。まずは襲撃者を殺す。そのあとゆっくり治療はすればいい。
よし。
問題はまだ相手の姿かたちがわからないことと、能力。
こんなとき二次元のキャラだったらどうするだろう。ブリュンヒルデ・ノワールだったら? それは当然任務遂行だ。華麗に追いつき、裏をかいて、余裕綽々の大勝利。うん。私にだってそれしかないよね。
指とか、肩とか、耳とか、こんなものは名誉の負傷だ。
黒マント「多分、あっちの能力は銃撃」
激痛を紛らわすためにぶつぶつ呟く。
黒マント「炸裂音は、きっと、多分、銃声だ。聞いたことないけど」
黒マント「あの詰襟みたいに、物を強化する力? それとも銃の具現化か?」
黒マント「けど、それを可能にする『生き様』……」
まぁ私の『黒光纏いて優雅に踊れ』だってサイコキネシスを望んだ生き様じゃないし、そのあたりは字面とか、語感とか、だいぶ自由な解釈がされているんだろう。
銃撃は、最初は指、次に肩、最後に耳を狙った。それを必然だと片付けるつもりはない。狙うなら当然頭だ。つまり、自然に考えるならば、敵は銃撃自体には慣れていないのだろう。
けれど次は。思考する。段々と狙いはあってきている。耳の次が眉間でない保証はどこにもない。勿論私が動いていればその限りじゃないんだろうけど。
ビルに突入した。テナントが小さなデザイン事務所一件しか入っていない、殆ど廃ビルみたいなものだった。警備員やら利用者にも殆ど出合わず、敵を捜索する。
物陰は少ない。天井も低いし。そもそもフロア面積が小さい。銃撃の心配が少ないのはありがたかった。
黒マント「逃げられたか?」
だとしたらどこへ。屋上から去るのより、私がビルに突入するほうが圧倒的に早かったはずだ。入り口以外に出入りできるところは……、
非常口!
緑色のランプが点灯している鉄扉、それを開けるのさえ億劫で、私は『黒光纏いて優雅に踊れ』を使ってぶっ飛ばす。外には赤錆びの浮いた鉄階段があった。上の階を見れば鉄扉が開いたままになっている。
下には? ――人影がない。
黒マント「逃げられた! くそ!」
いや、逃げられたと言ってしまうのは語弊がある。相手はこちらを依然として窺っているかもしれないのだ。まだ安心はできない。
炸裂音――火花――階段の手すりが爆ぜる。
ほら! やっぱりまだ逃げていなかった!
黒マント「どこだ!」
また屋上か!?
蓋に飛び乗ってそのまま空中へ。殆ど垂直に地面へ落下し、私は人ごみに紛れるべく、大通りへと走っていく。
私の怪我と臭いにすれ違う人が顔を顰め、怪訝な表情を作っていくが、そんなことはお構いなしだ。どうせ肉壁なのだから。
それにしても、経験から言って、歩みを止めるのは愚行以外の何物でもないと思った。敵は隙あらばこちらを射殺しようとしてくる。このあたりの地理を熟知しているのか、器用に隠れ、逃げながら。
何も準備の無い私は不利だ。
それでも、私は負けない。ブリュンヒルデ・ノワールの名にかけて。
とにかく、このまま人ごみに紛れて地下へと入ろう。高低差がないだけでもだいぶ気にする箇所は減る。にらみ合いになるのかもしれないけど、その時はこちらが逃げればいい。機動力は私の方が絶対に上なんだから。
と、スマートフォンが鳴った。警戒を絶やさないように意識しながら応答する。
??「や、元気?」
黒マント「あんた……!」
私に、嘗て能力者の居場所を一方的に教えてきた、目的不明の妖しい存在。
『天網恢恢疎にして漏らさず』。
今、なにしに電話を?
黒マント「……要件はなんだ」
??「なんだ、って言われても。困るね」
黒マント「我は今取り込み中だ。冷やかしなら切る」
??「あぁ、ちょっと待ってよ。言いたいことがあるんだ」
また能力者の居場所を教えてくれるのか? それなら狙撃者の居場所を教えてくれ。切実にそう思う。
??「きみ、やりすぎだよ」
黒マント「え?」
??「一般人を巻き込みすぎ。最悪だよ」
??「もうちょっと踊って欲しかったんだけど、お役御免だ」
黒マント「何を言っている」
??「あれ、わからない? 底辺校なだけあるね。頭が悪い」
いや、わからないはずがない。嫌な予感がしたのだ。そちらに脳のリソースがとられて、うまく考えられないだけなのだ。
ずっと私は手のひらの上だったのか?
黒マント「狙撃者をけしかけたのはお前かっ! 『天網恢恢』!」
用済みになったから。
真偽はともかく、与えられた情報を元手に襲う類の人間がいることは、なにより私が一番よく知っていることじゃないか!
斡旋者、仲介人、死の商人。『天網恢恢疎にして漏らさず』を喩えるならこんなものだろう。
怒りがふつふつと沸いてきた。馬鹿にしやがって。
黒マント「てめぇも私を馬鹿にしやがって!」
??「違うよ」
極めて愉快そうに天網恢恢は言った。
??「私が、狙撃者だよ」
??「ちょっと顔を上げてごらん」
ちょうど信号機を渡りきったところで、青から赤に変わったところだった。
見上げれば、一階にコンビニが入ったアパートがあって、その屋上に、
携帯電話を持った、女子が。
ライフルのようなものを持った、女子が。
私と視線を合わせると、手を振った。
黒マント「『黒光纏いて優雅に踊れ』ゥウウウウ!」
黒マント「その余裕が、貴様の死因だ!」
私は跳んだ。三階建てのアパート。普通ならばなにしたって間に合うはずがない。けれど私は普通じゃない。銀髪赤眼の闇剣士なのだ。
ここは外。屋外。人通りの多い大通り。真昼のオフィス街。
視界いっぱいに無機物があふれてる!
車を!
十台まとめて、ぶっ飛ばす!
発破解体もかくやと言わんばかりの轟音が響いた。アパートの外壁が無残にも崩れ落ち、土埃で煙幕ができる。
これなら銃撃だって意味を成すまい。
同時に私はベンチに飛び乗った。それを浮かせて、猛スピードで屋上へと突っ込んでいく。
包丁を展開。
煙幕を潜り抜けながら、私は先ほどの女子に切迫する。天網恢恢疎にして漏らさず。この距離なら銃撃の方が早いと踏んだのだろうが、それは大きな勘違いだ。
私だっていくつもの修羅場をくぐっている。そう簡単にやられはしない。
??「なっ!?」
銃撃が来るよりも先に刃を煌めかせた。先手必勝。あっちの能力の全貌がわかっていない以上、時間をかけるのは愚策だろう。
ざく、ざく、ざく、ざく。包丁が四本、全て、確かに突き刺さる感触があった。体を食い破って切り刻む鋼の刃たち。念には念を入れて、さらに追加で頸動脈、腹、胸に深々と押し込んでおく。
がひゅ、がひゅ、という空気の抜けていく音だけが聞こえて、それもやがて静かになった。
ほら! やっぱり私が一番強いんだ! ブリュンヒルデ・ノワールに敵なんていない! 原作通りじゃん!
??「もうそういうのいいから」
背骨から臍にかけて衝撃が走った。
四肢の自由が不意に効かなくなって、思わず地面に倒れこむ。受け身もできない。手も付けない。顔面から地面に倒れて、なんだこれ、なにこれ、どういう、え、なにこれ!
地面を舐めた舌が鉄くさい。これは誰の血だ? 天網恢恢の血? そうじゃなかったら、いや、そんなはずはない。じゃあ、でも、なんで私は動けないの?
遅れてお腹が爆発した。
黒マント「うぐぃいいいいあああああがああああががががああああぎぃいいやああああああああああああ」
やだやだ痛いこれなにこれこれなに痛いこれこれ!
声が続かない息が続かないけど心が! 神経が! そうしないと焼き切れる!?
のたくってものたくっても前に進まない! それに、どうして!? 脚が動いてる感じ、全然しないんだけど、なんで、なん、あああああああああああああああああ!
おかしい!
おかしい!
こんなのって! 知らない! おかしい!
漫画でもラノベでも、誰も怪我なんて痛そうにしてなかった!
やだ! やだ! 嫌だ! そんなの、こんな、だってこれ、怖い!
死にたくないよ!
死にたくないよ!
なんで私ばっかりこんな目にあうの?
私何も悪いことしてないのに?
やだ、やだ、やだよ。
誰か。
たすけ、
たす、あ、
なんで?
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『邪気眼』死亡
残り7人
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今回の更新はここまでとなります。
手のひら返ししました。筆がのるとはこのことですね。
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あたしは二つの死体の片方、ライフルのモデルガンを抱えた、包丁で滅多刺しにされている女の子に歩み寄った。
財布から福沢諭吉を五枚取り出して女の子の傍らに放り投げる。
ひらひら揺れて、血の池に落ちた。
言ってた報酬の五万円。あの世までお金は持っていけないって言うけれど、地獄の沙汰も金次第とも言うから、せいぜい有効活用してほしいと思う。間違ってもあたしを呪ったりはしないでね。
ちょっとお金を掴ませて、身代わりになってもらっただけでこの結果だ。やっぱり他人なんてちょろいもんだ。
風が吹いて、あたしのぼさぼさの髪をさらにかき乱す。
寝癖を手櫛で直そうとしたけどうまくいかない。天パで髪質が硬いから本当に困っちゃう。鏡を見るたびに、まるでもっさりした猫みたいだと思うもの。
腕章、スカジャン、ハーフパンツ。いつもの格好は心が安らいで、これが日常の延長線上であることを教えてくれる。でもそれでいいのだ。そうじゃなきゃ、こんなのただの悪夢じゃない。
あたしは一度腕章のずれを直し、大きく息を吸って、吐いた。
大きく腕章に書かれた「報道」の文字。今日も世界はこんなにハチャメチャだから、私の出番も、能力も、大いに盛り上がるってもんでしょ。
天網恢恢疎にして漏らさず。
神様の目と耳は、決してどんな情報も逃さない。
光景も。物音も。感情だって!
あはっ!
腕章「残り7人」
あたしは呟いた。開始二日でもう三人が死ぬなんて、予想以上にペースが速い。まぁけしかけたのはあたしなんだけど、やっぱりちょっとは罪悪感もあるかな。
この能力さえあれば情報戦はいくらでも制することができる。そして情報さえあれば、いくらでも金は手に入るし、武器だってほらこの通り。本物の猟銃だよ?
使い方もまた能力で分かったけど、頭と体は繋がっているとはいえイコールじゃない。理解と感覚にはだいぶブレがあった。だからこの『邪気眼』を倒すのにも時間を喰っちゃったのだ。
けど流石に腕が痛い。手首も痛い。痛いっていうか、激痛。骨折してないよね? これ。
思ったより猟銃の反動はやばかった。簡単にはいかないもんだ。邪気眼じゃあなくても、漫画やアニメとはわけが違うなって実感したよ。
ムム「やぁ、お疲れ様」
腕章「お疲れ様」
ムム「まったくもう大変だったよ。散々散らかしてくれるんだもんなぁ」
まったく大変そうじゃない顔でムムは言った。表情が本当にあるのかはわからない。この宇宙人にもなぜか能力は通じてて、本心なのはわかるんだけど……うーん。やっぱりうさんくさい。
散らかしたのは死体やら車やら色々だろう。邪気眼もそうだし、弱肉強食も、悪即斬も。あいつら全員周りを顧みないキチガイなんだから。
あいつらを観察しているとどうしたってあたしの頭も痛くなる。ハチャメチャは嫌いじゃないけど、あいつらはハチャメチャすぎる。やりたい放題は無節操で嫌いだ。情報が錯そうして整理の余地もない。
そう、情報。私にとってはそれが全てで、世界にとってもそれが全て。
情報を制する者は世界を制する。つまり、あたしが世界を制するというこの完璧な論法。
大きく伸びをした。近くでパトカーのサイレンが鳴っている。ムムに目配せをすると、彼――彼女?――は尻尾を一振り、あたしを一瞬で近くのコンビニへと送ってくれた。
どうせなら学校まで送ってくれればいいのに。学校を抜け出しているから、なるたけ早く戻らなければまずいのだ。これでも優等生でとおっているわけだし。
ムム「そう言わないでくれよ。この瞬間移動だって、『邪気眼』をなんとかしてくれたお礼みたいなものなんだからさ」
腕章「そんなに困ってたの?」
ムム「困ってたっていうか……現地人の記憶なんていくらでも操作できるんだけど、手間ではあるからね」
ムム「まぁ、これくらいやってくれたほうが、観客ウケはいいんだけどさ。難しいところだよ」
ぬいぐるみに似た宇宙人も、すっごいサラリーマンをしているみたい。なんだか面白い。
おっと。もう学校を抜け出してから一時間以上が立っちゃったことに、あたしは遅ればせながら気が付いた。これはまずい。国語はサボってもいいけど、数学は授業を聞かないとおいてけぼりだ。
ムムを見た。だけど、二度はないよと言わんばかりにそっぽを向かれ、姿を消された。まったく融通の利かない宇宙人ですこと。
そうして学校まで走って、辿り着いた時には昼食時間に差し掛かっていた。仕方がない。数学のノートを誰かに見せてもらおう。
肩をぐるりと回した。ふぅ、これで少しはリラックスできる。
能力者の気配も1つだけになったことだし。
あたしは能力者の存在を感知することができる。とはいっても、そんなに細かくはわからない。あたしを中心とした半径数キロ以内にいるかいないか。いるならどれくらい近くにいるか、その程度。
だから今日も「邪気眼」を追跡することができたし、「弱肉強食」と「悪即斬」の戦いを観察することもできた。
結果的にはあたしが「邪気眼」を殺してめでたしめでたし。「弱肉強食」と「悪即斬」にも意識を向けていたけど、どうやら弱肉強食が逃げる形で終わったらしい。あの二人も本当にトムとジェリーなんだから。
ま、あの二人はきっと大丈夫。「悪即斬」は性格的に自分から戦いを挑んではこないし、「弱肉強食」の凶行は「悪即斬」が止めてくれる。
目下の問題は、今感じている一つの気配だ。
あたしの学校にはもう一人能力者がいる。
それが誰かはわからない。
一通り探し回ってはみたけれど、「邪気眼」のように往来で能力をぶっぱなすバカはそうそういない。尻尾を掴むことさえできなかった。
今のところ目立った動きがないといって安心はできないだろう。逆にいつこちらが標的になるかもわからないのだから、警戒はするに越したことはない。
けれど、どこかにいるのだ、必ず。どこかには。
少しだけ肌にピリピリしたものを感じながら、こっそりと校内へと入っていく。保健室の扉を開け、「すいません、頭痛いんですけど」。
熱を測らされる。当然あるわけないけど指示には従わないと。ソファに腰かけながら、僅かに思索を巡らせた。
残りは七人。そのうちあたしが知っているのは「弱肉強食」「悪即斬」だけ。不明は四人で、そのうち一人があたしの学校にいる。
腕章「厄介だなぁ」
学校に能力者がいるのであれば目立つ行動は避けたい。けれど、情報を入手し先手を打つためには、行動はどうしたって必要になる。
あたしの能力は全く戦闘向きじゃない。裏をかき、欺いて、反撃の暇を与えずして勝たないと。
携帯電話をこっそりと開く。アドレス帳に記載された「悪即斬」から「猪突猛進」までの名前の中に、もう手駒として使えそうな能力者はいない。そろそろ自ら動く頃合いなんだろうけど、度胸が出ないのはたぶん、あたしの悪癖だと思う。
電子音が脇の下から聞こえてきた。熱の有無を聞いてきた保健医に、問題ないことを伝えて部屋を後にする。同時に四時間目終了のチャイムが鳴った。
タイミングよくお腹も鳴った。
どうやら、人を殺した後でもお腹は空くものらしい。
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―――――――――――――――――――――
六時間目の終了を投げるチャイムが響いた。歴史の教師は板書を辞め、教科書を一瞥してから「次回はこの続きからやるぞ」とだけ言って、鷹揚に教室を後にする。
友人「体調大丈夫?」
友人が聞いてきたので私は頷いて胸を張る。夜更かしが祟ったかな、なんて嘯いて見せたりもした。
友人「ね。なんか甘いもの食べたくない?」
腕章「またパフェ?」
友人「うん!」
大きく友人は頷いた。女の子らしい私服がひらひらと揺れる。あたしのスカジャンとは大違いだ。
腕章「太るよ」
友人「食べても太らない体質だから」
腕章「こないだ体重増えたって言ってたのはどこのどいつだ」
友人「あれはおっぱいのぶんだし!」
腕章「そうだったっけ」
あたしは手帳を見て、
腕章「あぁ、そうだね。CからDに……」
友人「具体的に言わなくてよろしい」
チョップが一発。ぐえ、と大袈裟に声を出してやった。
周囲の男子生徒が聞き耳を立てている。うーん、やっぱり気になるものなのかな? 男の子としては、おっぱいとかは。
話を切り替えるために咳払いを一つ。
腕章「でも、ごめんね。あたしこれから部長会あるからさ」
友人「あ、そっか。頑張ってね!」
腕章「勿論!」
腕章「弱みをちらつかせれば、誰だって一発だよ!」
友人「あんたが言うと嘘に聞こえないから」
笑う。
あぁ、やっぱりいいなぁ、友達って。
うん、再確認。
他愛ないやりとりこそ宝石のように眩しくて、衒いの無い、ましてや虚偽なんてあるはずない、そんなコミュニケーションがあたしの理想。
相手のことを知って、あたしのことも知ってもらって。
情報を共有して。
プライバシーなど存在しない。
隔てるものなど介在しない。
肉体と肉体の境界線は肌で、それはあたしたちが生物である限り逃れられない、越えられない宿命だけど。
情報は。データは。
共有できる。わかりあえる。隠し事のない平和な世界を、構築できる!
完璧に情報の公開された世界をあたしは作ろう。
腕章「じゃね。ばーい」
友人「ばぁい」
軽く手を振って、向かう先は会議室。
扉をスライドさせると生徒会の面々が既に座っていて、長い机に椅子が全部で十五個。生徒会五人、プラスで公認部活動の十人ぶん。
会長「やぁ、道山くん」
気障ったらしい声と口調で、真っ先に生徒会長が声をかけてきた。あたしははっきり言ってこの男のことをいけ好かなく思っているので、誰にも聞こえないように小さく鼻を鳴らし、早口で「こんにちは」と言った。
さらに腹立つことに、この男の席、あたしの席の真正面なのだ。
こいつがもし能力者なのだとしたら、あたしは殺すのを一秒たりとも躊躇わないだろう。
会長を挟む様に副会長と会計。両端に書記が二名。会計以外は全員男。眼鏡率がやたらに高くて、一分に一回は誰かしら眼鏡をクイって上げる。顔にあってないんじゃないのって心配になるくらいだ。
というか、この部長会、あたしと生徒会会計以外は全員男子だった。男女比実に5:1である。
既に部長はまばらに来ていて、吹奏楽部、放送部、文芸部といった文化系が主だった。野球部、サッカー部、バスケ部などの運動系はまだ現れてない。
そうこうしてから約十分後に全員が席へと着いた。ずらりと十五人。全員がそれなりにきちっとした表情をしている。
それもそのはず。生徒会と各部の部長が集まるこの部長会、今回の議題は各部活の活動予算についての異議申し立てだからだ。
先週活動予算が生徒会会計の手から配られ、実績、活動内容、部員数に応じて増減した数値が行き渡っている。我が新聞部は横ばいだったけれど、野球部はそれなりの額が減らされていて、反対に吹奏楽部は増えている。
その他もろもろ、気に食わない人が出るのは仕方がない。意見を聞き、会計が説明するのがこの時間だ。きちっとした表情も、ぴりぴりとした空気も、当然と言えば当然。
会計「では、部長会を始めます」
会計「本来であれば司会進行が副会長、議事は会長が行うのですが、今回は予算に関する部長会ですので、会計の私が取り仕切ります」
会計はいつもと変わらない目つきの悪さでそう言った。
胸元に輝く懐中時計はおしゃれのつもりなのかもしれないけど、寧ろ彼女にこそ眼鏡を誰か与えるべきだろう。
会計「まず、事前に異議申し立てをしていた野球部から。部長、発言してください」
野球部「単刀直入に言うけど、なんで俺たちの予算が減らされてるわけ?」
怒気を隠さずに坊主頭の部長は言った。いや、主将って言ったほうがいいのかな。
会計「実績がありませんから。以上です」
一刀両断だった。快刀乱麻だった。まさにすっぱりと、一秒の思考の時間すらなく、会計は主将を睨みつける……いや、単に一瞥しただけかも。
主将は一瞬だけ激昂の様子を見せたが、流石に自制した。大きく深呼吸をして、尋ねる。
野球部「それだけか?」
会計「それだけです」
すっぱり。ばっさり。
野球部「そんな理由で――!」
会長「『時は金なり』」
ついに主将が激昂しようとしたその時、ぼそりと会長が呟いた。
会長「会計はきみたちの実績を理由に予算を減額の提案を出した。そして、生徒会も先生たちも、それを承認した。わかるかい、キャプテン、この意味が」
野球部「にしても、一方的過ぎる」
会長「そういうことじゃないんだ。そういうことじゃないんだよ」
まるで子供に言い聞かせるような生徒会長。
会長「スポーツと言うのはそういうものだろう? だから、『そういうことじゃあ』ないだろう?」
会長「きみたちは実績を出しさえすればいい。そうすれば、減額は今年いっぱいでおしまいだ」
いやな空気が流れる。ただし、その空気は部長側にのみ蔓延していて、あちらとこちらでは大きな距離の隔たりが――断絶が存在しているように感じられた。
これは予算のやり取りじゃないのだとあたしは今更ながらに気が付く。パフォーマンスだ。生徒会に、今更予算を変更するつもりなんてない。あたしらの意見を聞き入れるつもりなんて、はなからありゃしない。
実績を出せと言い続けるだけでいいのだ、あちらは。ぐうの音も出ない。野球部が五年連続一回戦で負けているのは事実なのだから。
会長「『時は金なり』」
会長「時間を使いすぎると後がつかえる。野球部も、早く練習したいだろう。実績を出すために」
実績をことさらに強調して、生徒会長は言った。
主将はしぶしぶという風に、けれど自制は果たしたらしく、引き下がる。
会長が会計に目配せをした。会計は頷き、胸元の懐中時計を見る。
会計「『時は金なり』。至言ですね。では、ほかの部活動、何かありますか?」
当然、返事はなかった。
―――――――――――――――――――――――――
今回の更新はここまでとなります。
閑話休題、箸休め、インターバル。そんな感じで、短いですが、ご了承ください。
―――――――――――――――――――――――――
後輩「先輩先輩せんぱーい!」
新聞部の部室を開ければ、大声ととも後輩が突進してきた。ポニーテールがぴょこぴょこ跳ねる。全くいつもどおりうるさくてかわいい後輩だ。そして我が新聞部唯一の部員でもある。
いや、幽霊部員ならたくさんいるので、彼女が唯一というには語弊がある。幽霊部員の対義語……生存部員? 人間部員? どちらもクリティカルじゃない気がするけど。
とにかく、いまこの新聞部を回しているのは、あたしと後輩の二人だけ。気は楽ではある。たまに手が足りないくらいで。
後輩「どうでしたどうでした!? 部長会議」
後輩はやたらめったらに言葉を繰り返す癖がある。慌てているのではなく単純に好奇心が旺盛なだけなのだ。そしてそれは、報道に携わる者として何物にも代えがたい才能であるとあたしは思う。
小さく「まぁ、ね」と唇を湿らせ、大した進展もなければ後退もなかったことを伝えた。我が新聞部は存続し、例年通りに部費も降りる。
後輩もどうやら気になっていたようだ。安堵の表情であたしよりもある胸を撫で下ろし、すぐに眼を見開く。
後輩「じゃ、じゃ、安心したところでフィールドワークにいきましょうよ!」
腕章「フィールドワーク? あてはあるの?」
今日はフィールドワーク――調査も取材も予定がない。だのに後輩がこう言いだすということは、恐らく新しいネタを掴んだのだ。もしくは興味ある出来事が。
後輩「都市伝説ですよ、都市伝説!」
腕章「都市伝説ゥ?」
つい怪訝な声が漏れてしまった。高校生になってまで都市伝説とは。
あたしたちはジャーナリストであって、ゴシップ記事を専門にするようなフリーライターではないのだ。そのあたりの矜持を忘れてはならない。都市伝説は、どう考えてもゴシップ寄りだ。
けれど後輩はあたしのそんな反応を予想していたようで、手を大袈裟にぶんぶんと振り、「違うんですよぉ」と叫んだ。
後輩「ただうさんくさいだけじゃ先輩には言いませんよ。実際にあるんです、そこ」
言い切った後輩に眉を顰める。内容の真実如何ではない。表現の仕方にだ。
腕章「……あんた、事前調査した?」
後輩「もちろん!」
やっぱり。
都市伝説につきものの「友達の友達」からの伝聞ではなく、後輩は断言した。こいつは無責任に断言しない。まったく、勝手に動いて……。
けど、都市伝説が実在した。幽霊の正体見たり枯れ尾花とは言うが、枯れ尾花であったと発表するだけでも、なかなか有意義なことではないか。
腕章「どの都市伝説?」
後輩「『進めない門』です」
わが町の都市伝説は、確認されているだけで五つある。
とあるビルとビルの隙間に存在するという『二つの太陽』。
深夜に這い出るという『マンホールの住人』。
全身を原色に彩った『鮮烈な彩人』。
コンビニやファストフード店にやってくる『ゴリラのライダー』。
そして、入ったけれども屋敷に辿り着けない、『進めない門』。
腕章「……」
あたしは手帳をめくった。そこには様々な情報が載っていて、『進めない門』についてのそれも、当然ある。
町はずれに広い敷地を持った大きな屋敷がある。誰が住んでいるのかは誰も知らない、古ぼけた屋敷だ。そこに遊び半分で忍び込んだ学生たちがいた。けれど、いくら進んでも進んでも、彼らの位置は門から離れることはなく……。
腕章「二週間前、か」
この都市伝説がまことしやかに囁かれ始めたのが二週間前。そのタイミングに、あたしは心当たりがあった。
十人の能力者。実際に見たぶんであれば、様々なデータをあたしは読み取れる。そのデータの中には彼らがいつ契約を結んだのかも含まれている。
あたしが能力者になったのがちょうど十日前。猪突猛進が一週間前、弱肉強食も一週間前、悪即斬が二週間前、邪気眼が四日前、有言実行が昨日。残りの面子も恐らく大きな差はないだろう。
この符合。
杞憂ならいい。が、果たして……。
後輩「先輩?」
顔を覗き込んでくる。もしかしたらあたしは酷い顔をしていたかもしれない。
腕章「いや、なんでもないわ」
あたしは左腕の腕章を引っ張って、後輩に強く見せつける。
腕章「新聞部、出動しましょうか」
―――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――――――
そのまま直帰するため、鞄の類は全部持って、あたしたちは件の『進めない門』へと向かっていた。町はずれの屋敷。あたしも場所だけは知っている。確か、大きくて古い日本家屋があったはずだ。
オカルト好きの間ではそこそこ有名なのに、どうしてさほど話題になっていないのか。それもまた怪しい。まるで何らかの力が働いているかのようじゃないか。
例えば、宇宙人とか。
腕章「それにしても、あんたはどうしてここに」
後輩「いや、前から気になってはいたんですよ。けど、どうにも気がむかなくって」
後輩「こないだです。道に迷ったら偶然この辺に出て。だから」
怪我の功名と言うやつか。
腕章「で、どうだった」
後輩「やっぱり戻されました」
信じられない、と言う風に後輩は言った。
後輩「門は和風の門でした。木造りの。鍵はかかってなかったんで、あれだと思いましたけど、こっそり開けて入っていったんです」
後輩「敷地は草がぼうぼうで、石畳が家の入口まで点々とあって……で、一歩踏み込んだら、外でした」
腕章「外?」
後輩「はい。一歩踏み込んで、気づいたら、門の外に向かって一歩踏み出していたんです」
腕章「……」
後輩「で、音がして、門が閉まりました。自動で。おかしいんですよ。風もなかったし、開くときはわたしが開けたのに」
腕章「もう一度試した?」
後輩「二度と開きませんでした。固くて重くて、諦めて、今に至ります」
腕章「ふーん……」
後輩「や、やっぱりですよね。やっぱりおかしいですよね!」
そうだ、あまりにもおかしい。現実的ではない。
もしかしたら屋敷の主が現実的ではない酔狂な趣味を持っていて、肝試しに来る人間を驚かせようと思って仕掛けた何らかの装置があるのかもしれないが、それこそ能力者の存在と同じくらい有り得ない話だろう。
が、あたしは有り得ないことを体験している。簡単には切って捨てられない。
いや、目下のところ、問題は別のところにあって。
能力者の反応が二つ。
学校から遠く離れたこの町はずれにおいて、二つ。
まだあたしが会ったことのない二人。
学校にいた能力者ではないはずだ。でなければ先回りされたことになる。屋敷の主が能力者だとしても、あと一人、どこかにいる。
どこにいる?
後輩「どうしました? 怖い顔して」
腕章「ちょっとね。気になることがあって」
後輩「なんですかなんですか、水臭いなぁ! わたしたちの仲じゃないですか!」
まぁ、いろいろとあるのよ。
そう言おうとしたとき、あたしの視界を真緑が横切っていった。
思わず振り向く。
緑色の髪の毛。緑色のパーカー。緑色のスカート。緑色のソックスに、緑色のスニーカー。サイドについている大きな花の髪飾りだけが、唯一煌びやかな色を主張していている。そんな、鮮やかな原色の緑を全身に身に纏った女がいた。
当然後輩も振り向いていて――こちらの反応に気付いたのか、その原色の女もまた振り向いた。
当然のように、緑色の口紅をしている。
溌剌としている、と思った。
猪突猛進のような溌剌さとは毛色の違う、この世の物事全てが最終的にはうまくいくと信じきっているような、どこまでも澄んでいる――澄みすぎている、気持ち悪いほどに。
だめだ、混乱している。
こっちを見るな。その澄んだ瞳であたしを見るな!
後輩「都市伝説……」
鮮烈な彩人。
彩人は後輩を見て、あたしを見て、にかっと笑った。
彩人「今日のおうし座は、二位」
後輩「は?」
彩人「金運、三ツ星。恋愛運、五つ星。健康運、五つ星」
後輩「先輩、この人なんか、おかしいです」
彩人「ラッキーアイテムはシュシュ。ラッキーカラーは緑色」
後輩「ね、先輩、先輩? 先輩!」
後輩があたしの手を引く。
邪魔だ、やめろ。早くあんたはどっかに行け。お願いだから。巻き添えになるから。そんなの嫌だから。
思っていても、口からは出ない。意識は全て彩人の一挙手一投足に向けられている。
後輩「早くいきましょうよぅ! この人、なんかおかしいですっ!」
彩人「『今日は頑張って遠出してみましょう! 思わぬ出会いが待っているかも!』」
後輩「せんぱいぃっ!」
彩人「ほうら、やっぱり!」
彩人は叫んだ。
彩人「私ってばツイてる!」
ブレーキ音が耳を劈く。
車が、自家用車が、黒く塗装された鉄の塊が、
こっち目がけて!
突っ込んでくる!
腕章「くそっ!」
腕章「天網恢恢疎にして漏らさず!」
腕章「今、この状況で、あたしが最も無事に回避できる選択肢を知らせろ!」
能力を発動。視界が僅かに暗転し、突如として視界の中に光が迸った。それは光の路となって、あたしがこれからどう逃げればいいのか、その経路を指し示す。
微かに速度の遅れた世界の中で、あたしは必死に、その光を辿っていく。一歩、二歩、三歩。確実に地面を踏みしめて。
なんだ。なんだこれ。一体全体なにがどうなっている。
車が突っ込んで来た――それはわかる。それにしたってタイミングがよすぎやしないか。絶妙に彩人を避けて、あたしだけを轢殺するこの角度。
邪気眼と同じようなサイコキネシスか? けれどそれなら、ブレーキ音がするのは聊か理解に苦しむ。事実邪気眼が車をぶん投げたときはブレーキ音なんてしていなかったはずだ。
眼前から圧を感じた。能力を信じきっているあたしは決して慌てない。この光の路を辿っていけば、少なくとも死ぬことはない。とはいえ、まずはこの窮地を脱することが先決。
敵の正体はおいおいわかる。だって、あたしの前ではプライバシーなんて存在しないから。
ごう、とあたしの背中を車と風が掠めて行った。途轍もない衝撃音と破砕音のデュエット。車は門に突っ込み、自身も、門も、大きく大破させる。
能力を起動し続ける。範域内の全ての人、物の動き、おかしな能力、全てを情報として収集。どんな動きにも対処できるように、真っ直ぐ彩人を見て。
おかしいな、と思った。
あたしの手を引いていた、あの小さくて暖かい手のひらが、やたらに重く感じられたから。
息を呑んだ。
見るのが怖い。
足元に滴る粘つく液体。これはなんだ。
ガソリンか?
それとも――
彩人「二位の私に勝てるかな!?」
きんきん声で彩人は叫んだ。こちらの目を覗き込むように、その澄んだ瞳が見開かれている。
同時に流れ込んでくる、こいつの全て。
腕章「絶対に許さない! 『棚から牡丹餅』!」
彩人「なんで私の名前がわかるのかな? そういう能力? なのかな!?」
彩人――本名、福留大福。十五歳の高校一年生。能力は『棚から牡丹餅』。
住所、携帯電話の番号、その他もろもろのパーソナルデータ、全てが脳内に流れ込んでくる。が、いったんすべてをカット。いちいち処理してらんない。まずは逃げるかこいつを殺すか!
いくらあたしの能力を以てしても、わかるのは能力名までだ。能力そのものは範疇にない。だから、まず見抜く。想像する。考える。敵が持っている、敵の力を。
腕章「とりあえず死ね」
あたしは荷物の中から――一見すれば竹刀に見える袋の中から、手慣れた動作で猟銃を素早く取り出した。
彩人の顔が引きつる。
彩人「え。どうしてそんなの、持ってるのかな?」
腕章「パクったのよ」
口数少なめに教えてやる。
彩人「二位の私に勝てるかな!?」
きんきん声で彩人は叫んだ。こちらの目を覗き込むように、その澄んだ瞳が見開かれている。
同時に流れ込んでくる、こいつの全て。
腕章「絶対に許さない! 『棚から牡丹餅』!」
彩人「なんで私の名前がわかるのかな? そういう能力? なのかな!?」
彩人――本名、福留大福。十五歳の高校一年生。能力は『棚から牡丹餅』。
住所、携帯電話の番号、その他もろもろのパーソナルデータ、全てが脳内に流れ込んでくる。が、いったんすべてをカット。いちいち処理してらんない。まずは逃げるかこいつを殺すか!
いくらあたしの能力を以てしても、わかるのは能力名までだ。能力そのものは範疇にない。だから、まず見抜く。想像する。考える。敵が持っている、敵の力を。
腕章「とりあえず死ね」
あたしは荷物の中から――一見すれば竹刀に見える袋の中から、手慣れた動作で猟銃を素早く取り出した。
彩人の顔が引きつる。
彩人「え。どうしてそんなの、持ってるのかな?」
腕章「パクったのよ」
口数少なめに教えてやる。
彩人「二位の私に勝てるかな!?」
きんきん声で彩人は叫んだ。こちらの目を覗き込むように、その澄んだ瞳が見開かれている。
同時に流れ込んでくる、こいつの全て。
腕章「絶対に許さない! 『棚から牡丹餅』!」
彩人「なんで私の名前がわかるのかな? そういう能力? なのかな!?」
彩人――本名、福留大福。十五歳の高校一年生。能力は『棚から牡丹餅』。
住所、携帯電話の番号、その他もろもろのパーソナルデータ、全てが脳内に流れ込んでくる。が、いったんすべてをカット。いちいち処理してらんない。まずは逃げるかこいつを殺すか!
いくらあたしの能力を以てしても、わかるのは能力名までだ。能力そのものは範疇にない。だから、まず見抜く。想像する。考える。敵が持っている、敵の力を。
腕章「とりあえず死ね」
あたしは荷物の中から――一見すれば竹刀に見える袋の中から、手慣れた動作で猟銃を素早く取り出した。
彩人の顔が引きつる。
彩人「え。どうしてそんなの、持ってるのかな?」
腕章「パクったのよ」
口数少なめに教えてやる。
あたしは射撃体勢もそこそこに、照準すらたいして合わせず、あっさりと引き金を引いた。
振動と衝撃が手首から肩、肩から全身へ拡散する。大きく跳ね上がるあたしの右腕。炸裂音が鼓膜を震わせ、使い物にならなくなった。
銃弾は逸れていった。彩人は流石に銃を見て分が悪いと判断したのか、迷いなく後ろへ逃げ出す。
腕章「逃がさない。逃げらんないわ」
最早彩人はあたしにインプットされた。範囲内に彼女がいれば、あたしは絶対に見逃さない。追いかけっこの始まりだ。
駆けだそうとして何かに躓き、盛大に地面へ叩きつけられた。咄嗟についた手のひらが擦れてひりひりと痛む。苛立ちの募る、涙が滲むような痛みだ。
腕章「っく、なんなのよ、もう!」
見ればスニーカーの紐が解けていた。どうやらそれを踏んで転んだらしい。
あぁ、もう。腹が立つ。なんでこんなときに。
そこでようやくあたしは周囲がざわつき始めているのに気付いた。そりゃそうだ。車が家に突っ込んで、しかもあたしは猟銃をぶっ放しているのだから、どう考えたって穏便ではない。
近づこうとする者さえ皆無だけれど、それでも野次馬根性だけは一流で、遠くから携帯のカメラでぱしゃぱしゃやっているのが何人もいる。これはまずい。顔を映されるわけにはいかない。
そのうちに遠くからパトカーのサイレンが聞こえてきた。くそ、誰か通報したな。当然か。
けどここで捕まるのはまずい。無根拠にあの宇宙人がなんとかしてくれると信じられるほど、あたしはあの宇宙人を信頼しちゃいない。
靴紐を結ぶのさえほどほどにして、でも人ごみをかき分けて出ていく気もさらさらなくて、あたしはとにかく逃げ道を探す。こんなところで終わっていられない。あたしの理想の世界のために。
ステップを踏もうとした左足が地面から離れない。また靴紐を踏んだのだと気付いたときには、あたしはまたつんのめって、地面に倒れこんでいた。
がしゃん、と猟銃が音を立てて地面に転がる。あたしは慌ててそれを拾い上げた。暴発でもされたらたまらない。
と、あたしはそこで、自分が門の内側にいることに気付いた。
気づいてしまった。
と言うべきだったかもしれないけれど。
門は大破していた。自動車によって。だから、あたしが足を踏み入れることは難しくはない。
けれど問題はそのあとなのだ。あたしの推論が間違っていなければ、ここには――ここにも、能力者が。
ふと屋敷を見上げれば、窓の奥、僅かに開いたカーテンの隙間から、こちらを見ている人影があった。思わず猟銃を上げると、その人物はさっと屋敷の奥へと消えていく。
見られている。
はっとした瞬間に走り出していた。行く当てなどなくても、じっとはしていられない。
ぼうぼうに伸びた草を踏みしめて走る。左耳はその音が聞こえているけれど、右耳はいまだ不完全。午前とは違って耳栓をしていないからだ。
木陰で立ち止まってあたりを窺う。さすがに野次馬も屋敷の敷地内へとは入ってこなかった。もしくは、入れないだけなのかもしれなかった。
そう、あたしは入れる。入れた。事実として。
これは何を意味しているのか……簡単だ。都市伝説が本当なのであれば、家主があたしを招き入れたからに他ならない。理由は、それこそ考えるまでもないだろう。
腕章「簡単に殺されたりはしないけどね」
あたしの能力は戦闘向きではない。だから、とにかく逃げることに専念しなくちゃだめだ。わかってる。うん、思考は明瞭。オーケー。
逐一平静の確認を取って、あたしは硝煙くさい袖で顔を拭った。
この敷地内に入れないのと同様、この敷地内から出られない可能性もある。それは当然いずれ試すつもりだったが、まずは現状の確認からで問題あるまい。
幸い、まだ敵に動きはないようであったし。
あたしの能力の範囲内に感知できる能力者の数は二。つまり、この屋敷の主と、先ほどの彩人。
助けを呼べば来るだろうか。例えば悪即斬。いや、屋敷の主が悪であるならまだしも、何もない状態では加勢をしてはくれないだろう。最低限、あの正義バカが屋敷の主を「悪」と認定してくれなければ。
弱肉強食は猶更駄目だ。あいつを呼んだところで来ちゃくれないだろうし、来ても結局あたしが襲われるのが眼に見えている。
猪突猛進も邪気眼も死んだ。手駒はもうない。
まさかムムが助けてくれるはずもない。やはり、どうやらあたし一人でなんとかしなくちゃならないらしい。
漆喰に固められた囲いに向かって猟銃を向け、跳弾は心配だったが、そのまま引き金を引く。またもや両腕が弾け、今度は体ごと跳んで尻もちをついた。
囲いには穴こそ開いたけれどびくともしていない。力技ではやはりだめだ。
方法は二つ。家主を殺して悠々と出ていくか、何とかしてこの敷地内から出るか。
正門は論外。いや、もしかしたら案外出られるのかもしれないけど、敵がいるであろう屋敷に背を向けることが恐ろしすぎる。最後の手段にしかならない。
壁は壊せないことが分かったし、ならば裏口でも探すか?
壁に背を向け、どこからでも襲撃が来てもいいように心構えをしつつ、あたしはじりじりと裏口や勝手口、壊れた穴がないか探す。結果は何もなかった。ひたすらに漆喰塗の塀が続いているだけだった。
違和感を覚えるレベルの殺風景さに、あたしは内心で訝っていた。どこまでが能力なのだろうか。それとも、全てあたしの勘違いだったとでも。
思考が二転三転し、あっちへふらふらこっちへふらふら、まとまりがない。
と、歩いているうちに、屋敷の玄関が見えてきた。元の場所へと戻ってきてしまったのだ。
何もないことがわかったことは収穫だったが、それは殆ど徒労と同意義。
仕方がない、最後の手段を取ろうかと、視線で門を見やって、あたしは唇を噛み締めた。
門扉が消えている。
漆喰に塗られた塀が続いていた。
よく見れば先ほどあたしが銃弾を撃ち込んだ箇所も、いつの間にかすっかりと直っている。自己修復能力を備えた、まるでこの敷地全てが生き物であるかのようだ。さながらあたしは胃袋に落ち込んできた食料と言ったところか。
冗談じゃない。
ぎぃ、と音がした。屋敷の玄関、その扉がひとりでに開いたのだった。
腕章「……入ってきなさい、ってことね」
明らかに見え見えの罠だった。自ら死地に飛び込む馬鹿がどこにいるか。
そして、塀は直って門扉も消えたというのに、あたし自身に何ら異変が起こらず、攻撃も受けていないという事実を見過ごせない。きっと敵にもあたしのように能力の範囲があって、それは敷地全体をカバーはしているけれど、あたしを襲えるほどじゃあないのだ。
あたしを何とかできるならとっくにしているはずだから。
家におびき寄せるのは、そうじゃないとあちらも手が出せないから。
まるで我慢比べだ。最終的にはあたしが餓死するのだろうけれど、とり急ぎで突っ込む必要はなくなったと見ていいだろう。
考えろ、考えろ、考えろ。
この状況を打破する何かを!
あたしはこんなところで死んでいられないのだ!
腕章「……」
そのままどれだけ時間が経っただろう。汗が手のひらを濡らし、猟銃を危うく取り落としそうになって、あたしは立ち上がった。
そのまま屋敷へと歩を進める。
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残り七人
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今回の更新はここまでとなります。
また、wikiに天網恢恢疎にして漏らさずのビジュアルを追加しました。
>>1からは確かに当該ページにいけないようですね。
お手数ですが、検索で飛んでいただきたいと思います。
あら、同じページを複数回投稿してしまっていますね。
>>106-108はミスです。そういう演出では断じてないので、ご注意を。
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