響「National Holiday」 (23)


 前回の反省を生かして。

 このssはB'zのNational Holidayを元にしています。
読む前に聞いていただけると少しは楽しめるかもしれません。

「B'z National Holiday」
http://www.youtube.com/watch?v=MmiZsVX0Lco

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1372677312


 ……柔らかな感触が唇に触れた。


 締め忘れていた窓から朝日が溢れ出し、夏が終わったことを告げる風が薄いカーテンを揺らす。
薄ぼんやりとした頭に光と風が通り過ぎる。

 胎児のように丸まっていた体を軽く伸ばし、枕元の時計を見る。時計の短針は頭を右に垂れていた。
霞ががった頭はまだ夢の後ろ姿を探している。

 何か、夢を見ていた気がする。
ろくに乾かしもせず眠りについたため、縦横無尽に跳ねまわっている猫っ毛の髪を掻き毟る。

P「……あれ、もしかしなくても遅刻?」


 無数の白線。スタートライン。いつの間にか自分はトラックに居た。
赤みを帯びた硬土で固められた地面は限りなく広がっている。

 そのトラックには自分の他にも銃声の音を今か今かと待つ競争者が並んでいた。
彼らの服装は割烹着であったり、ユニフォームであったり、スーツであったりと皆仕事上での作業着を着ている。

 足元を見ると、くたびれた革靴を履いていることを思い出す。営業や挨拶回りでくたびれた革靴だ。
革靴は足に吸い付き、トラックにある僅かな突起や土の感触を直接伝える。まるで裸足でいるようだった。

 そう感じた途端、馬色の革靴が自分の足になった。素足と感じたのだから当たり前だ。
いつの間にか着ていたスーツも自分の肌になる。トラックに吹く風を感じる。

 走り出す準備が出来た。軽く脚に力を入れると血液が流れ、力が貯まる。心臓がエンジンのような唸りを上げる。
体が軽い。陸上部にいた頃のような体のキレ。指先まで。いや、毛細血管の一本一本まで体を知覚することが出来る。

 前傾姿勢を取る、途端、空気が破裂する音が聞こえた。
それが銃声だと気づく前にはすでに走り出していた。

 体は一瞬で加速し、最高速度に達する。スーツ越しに風を切る感触を感じる。
が、それは間違いだった。スーツはもはや肌の一部なのだから。

 他の競争者を出し抜き、先頭集団に加わる。ここから先は一筋縄ではいかない。どうやら皆同じ考えのようだった。
調理着を着ている男の袖を掴み、地面に叩きつける。白青のストライプのユニフォームを着た女の足を払う。


「ちょっとプロデューサー、もう朝ですよ!
 まったくソファーで寝るなんて美希じゃないんですから」

「ま、まあまあ律子さん。
 プロデューサーさんは昨日も遅くまで残ってらしてみたいですから」

「甘い! 甘いですよ小鳥さん!
 日頃からアイドル達の体調管理に気を使わせている私たちがこんなんでどうするんですか!」

「う、すいません律子さん」

「ほらプロデューサーもさっさと起きる」

 すまんすまん、もう起きるよ。


 競争者を出し抜く。出し抜かれてはいけない。
体勢を崩した奴らから距離を取るためにまた足に力を入れる。

 瞬間。足が動かなくなった。


「朝練にみんな来る前にシャキっとしてくださいね?」

「……うん、いい! 寝癖のプロデューサーさんもいい!」

 何言ってるんですか音無さん。……顔洗ってきます。


 体中を流れていた血液が鉛に変わる。関節が錆付いたように動かなくなる。肺が焦げる匂いがする。
踏みしめていた硬土は泥沼になっていた。


「あれ、プ、プロデューサーさん?! 大丈夫ですか!!」

「! プロデューサー!!」

 あれ?


 目の前の風景が何もないことに気づく。
目指していたゴールは無くなり、暗闇が口を開けて待っていた。


「り、律子さん! どどどどうしやおう!!」

「……小鳥さん! 救急車呼んでください! 終わったら社長に連絡! 朝練は中止!
 それから、それから……スケジュールの確認も!」


 おい、俺の前を走るな。


「…………彼女達には彼が休暇を取ったと伝えよう。」

「活動に支障を出さないため、ですか」

「勿論その為だ。私ならそう頼む」

「そんなの社長のエゴじゃないですか!」

「……私もそうします。多分」

「ぎ、業務はどうするんですか」

「私が巻き取ろう。律子くんと音無くんは普段通り業務を続けてくれたまえ。
 ……何をしているんだ私は……!」

————————————————————


P「……そっか自分で止めたんだ」

 昨日時計の電池を抜いていたことを思い出す。なので今の時刻を知るには携帯を取り出すしかなかった。
液晶を確認しようと思い、止める。手が携帯を持つことを拒んだ。

 外を見ると秋特有の薄い雲が散り散りに広がっていた。日は高い。
止まっている短針の指す時刻が間違いであることを確認する。

 太陽に照らされ頭の霞が取れる。脳が現実と繋がる。
気分が悪くなるほど爽やかな朝日が自分を責める。「お前は此処で何をしている」、と。

 逃げるように視線をそらす。そらした視線の先には薄暗い自室が広がっていた。
夢の続きのような薄暗さに耐え兼ね視線を逃せる先を探すと、いつも枕元に置いているスケジュール帳が目に留まった。

 鉛のように重く感じるスケジュール帳を手に取る。いつもの癖で記入した予定を確認してしまう。
そこには色分けされた細かい文字が詰まっていた。

 カレンダーは文字で埋め尽くされ、分単位で細かく管理されている。その几帳面さに、今ここで怠惰を貪っている自分と、これを書いた自分が全くの別人に思えてくる。
よく見ると、今日は国民の祝日らしい。

P「がら空きだな。スケジュール」

 仕事が無くなるとスケジュールは白紙になった。


 アイドル達のスケジュールを見ていると、響が丸一日オフであることに気づく。
最近のスケジュールからするとそれは珍しいことだった。

 響は何をして今日という日を過ごすのだろう。彼女のことだから家族の餌を買い出しに出かけるのかもしれない。
流行りの服でも見に行くのかもしれない。友達を誘って遊びに繰り出すのかもしれない。

 それは今の自分には眩しく、幸せな休日の過ごしかたのように思えた。
なんとなく太陽が思い浮かんだ。

P「…………」

 寝巻きを乱暴に脱ぎ去る。運動不足、栄養不足で貧弱になった体が顕になる。
そんな体を隠すように、すっかり袖を通していなかった私服に着替える。

 身だしなみは整えていない。服にも少しシワが出来ている。
そのくたくたになった感じが今の自分のようだった。

P「…………」

 あることを思いついた。

————————————————————


響「みんなー! お昼だぞー!」

 声をかけるとみんなが集まってくる。
愛情をこめて作ったお昼の山が少なくなっていくのを眺めていると嬉しい気持ちになる。

 部屋の掃除も、たまっていた洗濯も。休みの日にやりたかったことが全部終わってとても清々しい気持ち。
そう、この秋晴れのように!

響「ふ、ふふふ。今日の自分は詩的だぞ。詩的で素敵。なんちゃって」

「……ジュイ」「ワン」

響「……二人共おやつ抜き」

「ジュッ?! チュジュジュ!!」「ワウワフワウ!!」

響「あーあーあ〜。聞こえない聞こえない〜」


 おやつ抜きに不満のある二人が近寄ってくる。
ちっちゃい首元とふわふわの背中をかいてあげる。

 お昼を食べ終わったみんなも集まってくる。シマ男はもう眠そうでうとうとしている。自分もベッドの縁に体を預けて目をつぶる。
掃除をしてきれいになった網戸からふわりと風が吹く。

 久しぶりのオフ。一日オフ。う〜ん、何しよう。あ、そいえばプロデューサーもお休み取ってるんだったっけ。えっと、リフレッシュ、リフレッシュ……なんとか。
大きなあくびが溢れる。……眠くなってきたぞ。

 ぼんやりとした頭でこれから何をするか考える。やりたいことが浮かんで消える。
しゃぼん玉みたい。

響「……ね、ちゃい、そう」

 …………。


 ピーンポーン

響「は、はい! 我那覇響起きてます!! ……あれ?」

 チャイムの音に起こされる。ひ、冷や汗かいたぞ。夢の中でまで補習はやめてほしいぞ。
時計を見るとまだ10分ほどしか立っていない。誰も玄関に行かないってことは悪い人が来てるんじゃないんだな。

響「いま開けるぞー」

 裸足のまま玄関に向かう。春香かな、真かな? あ、でも今日は仕事かぁ。じゃあエリかな、ミサトかな?
宅急便とかだったらへこむなー。でもにぃにから差し入れとかだったら嬉しいかも。

 勢いよく玄関の戸を引くと。

P「よっ」

 少しくたびれたプロデューサーが立っていた。

————————————————————


P「よっ」

 元気よく開け放たれた玄関扉から夏の太陽のような笑顔が弾ける。
笑顔からの驚きが訝しみに変わり、最終的にそれらをごちゃ混ぜにしたような顔が張り付く。

 その百面相が可笑しく、思わず顔が崩れる。
自然に笑い声が漏れていた。

響「な、なんで笑うんだよー!」

 その笑顔に少し救われたんだよ。あれだけ嫌な目覚めだった今日が素晴らしい日になる気がしたんだ。
……何て言えるわけもなく。甲斐性もなく。紡がれた逃げの言葉は。

P「いや、響の間抜け面が面白くてな」

響「うー! プロデューサーに言われたくないぞ! はっ?! お前偽物だな! そうだ偽物プロデューサーだな!」

P「おいおい、昨日今日で人の顔を忘れてくれるな。鶏か、それとも茗荷か」

響「騙されないぞ! 壷も買わないぞ! 自分のプロデューサーはそんなに髪爆発してないし、服だってしわしわしてないし、そんな疲れた顔してないぞ!」

 数秒前の感動を返せ。
怨嗟の念を送っていると胸元に響の鼻を押し付けられる。

響「……あれ? プロデューサーの匂いがする」

P「鶏って行って悪かったな。犬だいぬ」

響「褒めてないぞ。ま、上がってってよプロデューサー!」


 フローリングの床から直に木の温度が伝わる。
その規則正しい直線に今朝のトラックを思い出す。沈むはずなどないのに足を踏み出すのを躊躇ってしまう。

 立ち止まっているといぬ美に袖を引かれる。されるがままでいると響の自室に辿り着く。
いぬ美、盲導犬の才能あるな。

響「そこらへんにあるクッション使っていいぞ!」

 姿なき声が聞こえる。おもてなしをしてくれるとかで響はキッチンにいるらしい。
手元にあるクッションを取ると先客がいた。小さな体を丸めリス男がしっぽを枕がわりにして寝ていた。

 仕方がないので傍のベッドに腰掛ける。沈み込むように体を受け止められる。
横になると背骨が真っすぐになった。少々辛い。かなり狭い。

響「でも初めてだよね。プロデューサーがうちに来るの!」

 空いている方の耳に張りのある声が響く。
ここから見える景色は自室とは違い、まるで世界に祝福されているように照らされていた。

響「いつもはご飯に誘ってもスキャンダルがーとかパパラッチがーとか言って来てくれなかったのに」

P「……あっ」

 響に言われて初めて気づく。普段なら考慮するリスクを欠片も考えていない。今の頭は数本ネジが緩んでいるようだった。
ここで巻けたらどんなに楽か。いやいっそ誰か外してバラしてくれ。


 ドアが開く。
お盆を片手で持っている様子が様になっている。

響「ってあー! なに寝てるのプロデューサー! クッションに座ってって言ったでしょ!」

P「……いいじゃん減るもんじゃないし」

響「はやく降りる!」

 怒られたので仕方なく直で座る。
響は顔を赤くして何やらブツブツ言っている。怒らなくたっていいじゃないか。

 足元でじゃれていたいぬ美が響の膝下に座る。小さな響がすっぽりと隠れて二人羽織を見ているようだ。
いぬ美の脇から細い腕が生え、自分の前に紅茶を差し出す。次いでにょきっと響が生えてきた。

響「……プロデューサー、あのな。その……お、女の子の部屋で、それも一人暮らししてる子の部屋でベッドで寝ちゃ駄目だと思うぞ」

P「? エロ本でも隠してるのか?」

響「あるわけないだろ!! にぃにじゃあるまし! ……デリカシーって言葉を知るといいぞプロデューサー」

 ないもんを求められても困る。デリカシーも気力も体力も今切らしてるんだよ。
せっかく貰ったので紅茶を頂く。

 ペットボトルでも、缶でもない紅茶を久しぶりに飲んだ気がする。
上品な甘さと鼻腔をくすぐるやさしい匂い。砂糖の量は紅茶の魅力を損なわない程度に。カップはほんのりと温められている。

 ちょっと普段の響からは想像ができなかった。
麦茶がぶ飲みしてる方が性に合ってそうだが。

P「……美味いな。うまいよ」

響「だろ、だろ! 淹れた人が上手だからだな。愛情とか友情とかあとえっと……とにかくいろいろ入ってるからな!」

P「空きっ腹だからかな」

響「……ふーん」

 コロコロと変わる表情が面白くてついからかってしまう。
その笑顔も、その拗ねる姿も。すっと心に染み込んでくる。

P「あー腹減ったなー。きっと紅茶を淹れるのが上手い人は料理もうまいんだろうなー」

響「べー、残念でしたー。買い物してないから材料がないんだぞー。……また今度ね」

 ぐぅ。と腹の虫の鳴き声。
その音に反応してか、いぬ美が二人から離れる。


響「餌ならあるよ?」

 自分の腹の虫だった。
まだ草を食べて生活はしたくない。

P「よし、響飯食いに行こう」

響「うん。行こう!」

 打てば響く。まさにこのことだった。
あまりの反応の良さにこちらが戸惑ってしまう。

P「…………」

響「ん? 行かないのか?」

P「いや、いいんだけどさ。……少しは嫌がったりしないの?」

 何時もなら口から出ないような言葉が滑り出た。
頭のネジだけではなく、いろいろと弱く脆くなっている。

響「プロデューサーが行きたいんでしょ? 行こうよ! 自分もお腹空いてたし!」

 屈託の無い笑顔を見せてくれる。こんな自分に。
きっと俺と響では見える世界が違うのだろう。彼女が光を移せば自分の目には影ばかり映る。

 そんな自分が彼女を担当していることが、彼女といることが、彼女の世界に影を落としはしないだろうか。
そんな考えが胸に去来する。

P「……頼もしいな。響は」

響「えへへ。あ、でもほかの子には駄目だからな!」

P「ダメって何が?」

響「……一人暮らしで心細い女の子の家に、事前の連絡もしないで押しかけて、家族をたらしこんで、手作り料理を共用して。
  ベッドで寝るし。身だしなみも整えてないし。まぁそこそこ見れちゃ……があれ……ど…………」

響「それに男の人と違って女の子は出かけるのに時間かかるんだぞ。だから次からはちゃんと連絡してね。まぁ自分だったら何時でもいいけどね!」

P「……ごめんなさい」

響「シャキっとするシャキっと! あ、お風呂入る?」

P「それは流石に」


響「ほらほら早く! 冷たい水で洗えば頭もさえるぞ!」

P「分かったから、分かったから! 押すな押すな!」

響「休みだからって怠けすぎだぞプロデューサー!」

 背中を押されながら洗面台に歩かされる。さながら鎖で繋がれた囚人のように。
短い距離を歩くと洗面台に辿り着く。一人暮らし用のそこは二人で入るには少し狭い。

P「狭い」

響「はいはい聞こえないぞー。ほら頭下げて」

P「いや、それくらい自分でや……」

 やる、と言いかけた所で響と目が合う。日が湖面に当てられ反射しているかのような瞳の色。
……端的にいえばキラキラしている。やらせてやらせてと顔に書いてある。

P「毛づくろいじゃないんだぞ?」

響「いいからいいから」

 中腰の体制でうつ伏せになる。響宅の洗面台の蛇口はシャワーよろしくの仕組みになっていた。
ぬるめのお湯をかけられ、わしわしと撫でられるように頭を掻かれる。

響「おきゃくさまー、かゆいところはありませんかー」

P「……背中がかゆい」

響「自分でかくといいぞー」

 しばらくするとお湯が止められる。髪から滴り落ちるお湯で顔まで水浸しだった。
頭に何かが掛けられる感触。タオルを掛けられ揉まれるように髪についた水分を落とされる。

響「えへへ、プロデューサー子供みたいだぞ」

 誰のせいだ。とは言わないでおく。右に左にと頭を振られる。
幼い頃母と入った風呂上りを思い出した。純粋無垢だった昔を。

響「どう? さっぱりした?」

P「ん。ありがと」

響「どったまして。じゃあ次は髪型整えないとね」

P「え? ……いやいいよ。そんなことしなくても」

響「ダメだぞ。ほらしゃがんでよプロデューサー。手届かないでしょ」

P「……ベタベタするじゃんあれ」

響「? いつもは何かつけてるよね」

P「素」

響「? 髪伸ばしてるんじゃないの?」

P「切りに行く時間がないだけです」

響「……あぁ! パーマかけてるのかプロデューサー」

P「残念ながら自毛です。くせっ毛で悪かったな。
  あで。なんで殴ったんだよ」

響「今プロデューサーは全国の女の子を敵に回したぞ! ハゲろ!」

P「ひでぇ!」

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