ソロモン・グランディに憧れて (129)


 ソロモン・グランディ

 月曜日に生まれ
 火曜日に洗礼
 水曜日に嫁をもらい
 木曜日に病気になった
 金曜日に病気が悪くなり
 土曜日に死んだ
 日曜日には埋められて

 ソロモン・グランディは
 一巻の終わり

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これは、イギリスの古い童謡の一つ「ソロモン・グランディ」の歌詞。
ソロモン・グランディという男の一生を一週間になぞらえて歌っているものだ。
詞だけを読むと単調で楽しげのない平凡な人生のようだけど、その軽快な曲を通すとどこか可笑しく聞こえる歌だ。

今日、僕は結婚をする。
歌で言えば、水曜日。
一週間の前半を終え、後は病気になって死ぬだけ。
人生の面白みのある部分は、全て終えてしまった。
でも、僕はそれでいいと思っているし。
むしろ、そうあることを願ってすらいる。

何故なら僕は、平凡な人生を楽し気に歌うソロモン・グランディが大好きだからだ。
小説やドラマの登場人物みたいな、大きな出来事は僕には不要だ。
困難は人生のスパイスとも言うけど、スパイスで舌を痛めることだってあるだろう。
それよりも僕は、面白みに欠けるとしても湯豆腐のような優しく穏やかな人生を迎えたいんだ。

そんなつまらない人生は嫌かい。だったら、ソロモン・グランディを聞いてみなよ。
平凡で単調な人生だって、歌い方次第でどうとでも楽しめるということを。
ソロモン・グランディが、きっと君にも教えてくれるよ。

● 1995(平成7)年1月16日 月曜日 ● 

 「貴方は私が一人で産んだのよ」

 ちょっとした宴席で久しぶりに酒に酔った母は、僕が生まれた日のことをそう語った。勘違いされそうだけど、これは決して僕に父親がいないという話では無い。ただ単に、父が出産に立ち会わなかったというだけの話だ。

▲ 1999(平成11)年11月15日 火曜日 ▲

ソロモン・グランディは火曜日に洗礼を受けた。

◆ 2020(令和2)年6月17日 水曜日 ◆

 今日、僕は結婚する。

★ 2025(令和7)年10月7日 火曜日 ★

 こんなことになろうと誰が想像できただろうか。

 食卓の中央にて、その圧倒的重量感を放っているケンタのパーティーバレル。僕は、バレルの中から無造作にチキンを取り出し食らいついた。手がベタベタになることを厭わず、恐れず、口周りにチキンの衣を纏わせ必死の形相。傍らでは、食欲を解き放ち暴れに暴れている僕を、妻が優しく見守っている。

 妻の手には、ビールで満ち黄金色に輝くピッチャーが握りしめられ僕の目配せに応じてグラスへと注がれる。僕は、油で重たくなった口内にビールを流し込みその浄化を図る。その間、夫婦の間には一言の会話もなく、傍から見れば異様な光景に見えよう。いや、誰がどう見ても異様な光景である。正直なことを言うと、チキンを貪っている僕自身もこの状況に半ばパニックに陥っているのだ。

 これが、とある宗教における「洗礼」の儀式であると言ったら誰が信じようか。

 事の発端に触れる前に、確認をしておきたい。先に述べた通り僕の家は、浄土真宗の本願寺派だ。ただし、僕自身「南無阿弥陀仏」と念仏を唱える以上のことは知らないし、その念仏だって唱えたのは法事の時ぐらいしかない。これまでの僕は、ごくごく一般的な日本人よろしく、宗教とは程遠い人生を送ってきた。

 僕が洗礼を受けることとなったこの宗教は、秘密の儀礼を旨とするいわゆる「密儀宗教」という類のものであるらしく、世間一般には公にされていないものだ。聞きなれない「密儀宗教」という単語を避けるのであれば、「秘密結社」と言い換えても良いらしい。ショッカーかよ。

 その思想や、宗教的儀礼、果てはその存在すら隠されているというから怪しいことこの上ないのだが、その活動は秘匿性を高めるためか真に密やかなもので過激な「カルト」とは一線を画す。妻の話を聞いた限りでは、極めて小さいコミュニティでのみ信仰されている「氏神」と言い表すのが、耳障りもよく精神衛生的にも良さそうであった。

 妻曰く、この宗教に名前はない。

 そう、妻曰くなのである。この「密儀宗教」の存在を僕に知らしめたのも、僕に入信を勧め説得し、その甲斐あって此度の洗礼の儀式を司祭として執り行っているのも、僅か6日ばかり前に入籍を果たしたばかりの我が妻なのだ。

 俗にいう初夜、営みを終えたピロートークのさなか妻は甘く愛おしい声で僕に教えを説きだした。僕は、驚きこそしたものの愛した女の言葉とあればと真剣に耳を右75度まで傾けた。その教えは、「信じれば救われる」というごくありきたりなものであったが、妻が言うにはその「救い」の恩恵は絶対的で、俗的で、更に多大なものらしい。

 宝くじを買えば当たり、恋愛はうまくいき、失せ物は見つかり、仕事も順調に進み、生涯健康で暮らせる。これらすべての恩恵が、念仏を唱える必要も、神に捧げものをする必要もなくただ「神」を信じ感謝するだけで得られるというのだ。加えて、他の宗教と並行して信仰することも構わないというから寛大極まりない。

 詳細を聞けば聞くほど、胡散臭い宗教ではあるものの、改宗をする必要もなくかつその高い秘密主義から僕の改宗が親族に漏れることもあるまい。そして何より、生涯を添い遂げると誓った愛すべき妻の頼みとあっては、僕は快く信徒となることを承諾した。まあ、実生活には何ら害はないだろうという浅い考えもあった。

 問題は、そのあとだ。

 謎の「神」を信仰することを承諾した翌日、何とはなしに買ったスクラッチくじで一等が当たり、学生の折に半ば冗談で買ったベンダー企業の株価が暴騰し、頭を悩ませていた仕事の問題がすべて解決され、溜まり気味だった便がスルスルと流れ落ちた。それが、たった一日のうちに全て起こったのだ。あまりにも幸運な出来事の連続に、僕はむしろ恐ろしくなっていた。

 なぜなら僕は、入信こそ承諾したものの心の底から「神」を信仰していたわけでは無かったからだ。僕の心中にあったのは、妻との関係を良好に保つこととのみであった。そんな僕に、これだけの俗的な恩恵を与えてくれるなんて「神」は寛大すぎる。

 あるいは「神」が寛大では無かったら? 偽りの信仰心を咎められ、僕は「神」に罰せられるのではないか? そんな不安に苛まれ、僕は正直に自身が打算的で浅はかな考えであったことを妻に打ち明けることにした。話を聞いた妻は、僕を咎めるようなことはせずむしろ「私の神はすごいだろう」と言わんばかりに自慢げに鼻を鳴らしてみせた。

 しかしながら、僕の受けた恩恵は妻の感覚からしても過大なものであったらしい。「神様に気に入られたのかも」妻はそう言って洗礼を受けることを勧めてきた。僕はしばしの間、考え承諾した。どのような形であれ、恩恵を受けるばかりではバランスが悪い。恋はフィフティフィフティと誰かが歌ったが、何かを与えられたらそれに報いなければ健全な関係を築くことなどできない。

 僕の決意を見て取った妻は、ベットの下から「聖書」を取り出してきた。その隠し場所に、幾ばくかの疑問を感じたが今は触れるべきことではないだろう。妻は、聖書をパラパラとめくり洗礼のあり方について調べているようだ。僕は、うんうんと唸りながらページをめくる妻の後ろから聖書を覗き込んだ。

 うすい茶色にくすんだページと、旧字体が散見し古い言い回しで書かれた文言が、この宗教の確かな歴史を僕に思わせた。ちょうど妻がページを進めると、左上に「神の御姿」が描かれていた。どうやら、この宗教は偶像崇拝を禁じてはいないらしい。

 神は、ぷくぷくとふくれあがった赤ん坊の姿をしていた。一見ただの肥えた赤ん坊に見えるが、その背に生えたキジによく似たまだらの羽が生えており、彼あるいは彼女が尋常ならざる存在であることを指し示している。ご尊顔に目を移そう。その頬は薄く染まっていて、鼻はぺちゃんこに潰れてしまっている。お肉ではちきれそうなほっぺたのせいだろうか、目は細く開いているようには見えないが、むしろ柔和で全てを慈しんでいるような表情に見えるのは気のせいではなかろう。

 神というよりも天使の姿では思った諸君は、神の額に目を向けて頂きたい。その額に光り輝く星形のほくろ、そしてそこから伸びる一筋の一本毛が、この膨れて羽の生えただけの赤ん坊が只者では無い事を思い知らしめてくれるであろう。何を隠そう愛らしくも少し間の抜けた御姿をもつこのお方こそが、我らが信仰する神その人なのである。


「鶏の肉と、酒をもって神に感謝の意を捧げよ」

 妻が、聖書から導き出した洗礼のやり方は意外なほど容易いものであった。準備を整えるのに、お金も時間もさしてかからないだろう。

 さて、僕が結婚僅かにしてケンタのバレルをビールで胃に流し込むに至った経緯はこれでお判りいただけたことだろう。今日、僕はようやく真にの火曜日「洗礼」を迎えることとなった。そもそもの話がだ、ソロモン・グランディになぞらえるべく、七五三を日本式の洗礼とすることに無理があった。無理やり当てはめたところで、それはただの自己満足であって本当の意味で尊敬するソロモン・グランディをなぞらえているとはとても言えない。

 であれば、この改めて「洗礼」を受けるに至ったことも、ある意味「神」からの恩恵であったのかもしれない。偽物の火曜日を、神がやり直させてくれたのだ。まあ、結婚の水曜日と、洗礼の火曜日がひっくり返ってしまったことに幾ばくかの気持ち悪さを感じるが、それも人生におけるご愛嬌というものであろう。それに、月単位で考えれば水曜日から6日待てば火曜日がやってくるのだから、何ら問題などないではないか。

▼ 2035(令和17)年4月11日 水曜日 ▼

 3度目の結婚をするに至りました。

 中には、僕のことを平凡な結婚生活を送ることすらできない甲斐性なしと罵る人もいるかもしれません。しかし、そんなことはないと僕は声を大にして言いたい。言い訳がましく聞こえるかもしれないが、確かに一度目の結婚は若気の至りといえなくもない。しかし、二度目の結婚、そして離婚に関しては僕にいっさいの責任がないと断言できる。

 というのも、二度目の離婚は結婚生活の失敗というよりは、お互いの幸せを願った結果にたどり着いた合理的な判断に基づくものだったからだ。あとは少しばかりの宗教的理由も含まれるけど、まあ聞いてくれ。

 端的に言うと、妻が寝取られた。

 僕が、それをどうして「結婚生活の失敗」と認めないか説明するうえで、妻の浮気相手について少しばかり触れなくてはならないだろう。離婚時の約束で名前こそ明かせないが、彼は身長190cmを超え体重も90kg前後という絞られた肉体で、その巨体とは裏腹に世の多くの女性を魅了するベビーフェイス、決して驕ることのないストイックで誠実な精神を持ち、そして何より世界で最も優れた選手の集まるスポーツリーグで年俸500万ドルを稼ぎ出す超スーパースターだった。

 妻から浮気を告げられ、三人で話し合いたいと静かな料亭に呼び出された日には、如何に優しい僕といえ体中の血という血を滾らせていた。しかし、そこにスポーツ中継とニュースでしかお目にかかれない憧れの男が、心底面目無さそうな表情で現れたとなっては、不貞を働いた妻への怒りなどタンポポの種のごとく吹き飛ぶのも致し方ない。なんなら、彼のハートを射止めた我が妻を褒め称えんほどの心持ちだった。

 浮気相手が、超有名俳優であったらどうだっただろうか。僕は、怒りのあまりそいつを社会的に抹殺してやろうと合法非合法を問わず数多の復讐プランを謀るであろう。しかし、そうはならなかった。それは僕が、彼の熱狂的なファンであったからだ。彼のスポーツ界における成功は、単に身体的能力によって為されたわけでは無い。頑強な肉体に携えた、その高潔な精神性こそが何より彼が天より授かった才能なのだ。僕は、不信心ながら彼に信仰心すら抱いていた。そんな彼が、目の前で頭を床にこすりつけて妻との離婚を僕に乞いている。

 僕は、妻を彼に譲ってあげてもいいかなと。どこか、娘を嫁にやる父親のような気分になっていた。

 しかし、僕とて僅かながらの男の矜持はある。いくら浮気相手が彼であったとしても、妻を寝取られたというのに快く離婚届にサインをすることなどできようがなかった。僕のサインを要求するなら、代わりにお前のサイン色紙もくださいと願い出ることも我慢したほどだ。そんな僕の躊躇を、妻は見て取ったのだろう。僕に、啓示ともとれる言葉を投げかけてきた。

「私に授けられたこの『恩恵』は、貴方にも起こりうることなのよ」

 彼は、妻の言葉に首をかしげたが僕にはその意味がわかっていた。「恩恵」。すなわち、この玉の輿は、あの神による恩恵であると妻は示唆したのだ。その瞬間、僕の脳裏にはありえないはずの光景が広がった。それは、僕が兼ねてより憎しみ申し上げていた星野源からその妻・新垣結衣を奪い取る妄想だ。その妄想が、一気に現実味を帯び僕の脳内を支配していった。

 僕は、ウ~ンと唸った。果たして、そんなことがあり得るのだろうか。いや、いま現実に、その夢幻すら叶えてしまう神の恩恵を妻が見せつけているではないか。それどころか、神に気に入られている僕ならば、それはもはや夢と言った幽かなものではなく、限りなく到達しうる近しい将来と呼べるのではないだろうか。僕は、しばし熟考(する振りを)してから離婚届にサインをした。

 この経緯を聞けば、僕が此度の離婚を結婚生活の失敗ではないと断ずる理由もご理解いただけたことと思う。この離婚は、あくまで夫婦が互いの利益を尊重し、合理的な判断を下した結果に過ぎないのだ。

 この経緯を聞けば、僕が此度の離婚を結婚生活の失敗ではないと断ずる理由もご理解いただけたことと思う。この離婚は、あくまで夫婦が互いの利益を尊重し、合理的な判断を下した結果に過ぎないのだ。


 残念ながら、僕の三人目の妻は新垣結衣ではない。しかし、新たな妻は結衣に劣ることのない美貌と若さと心をもった素晴らしい女性だ。その出会いと、結婚に至るまでの恋物語は省かせてもらうが、僕は今度こそ幸せな生涯を確信している。思い返せば、人生最大の幸福と思える「結婚」を二度も経験してきた僕である。だが、それらを乗り越え谷間を抜けたその先にこそ最大の幸福、「最後の結婚」が待っていたのだ。

 この麗しい妻と添い遂げることこそ、僕の人生における「水曜日」にふさわしいではないか。

 ひとつ、残念な知らせがある。僕の人生を振り返ってみると、どうやら憧れていた凡庸な人生からはだいぶ外れてしまっているようだ。だけど、そうにしたって。僕は未だ人生の半分も生きていない。水曜日がノー残業デーだと喜ぶ社会人はいても、その先に待っている花の金曜日や楽しい連休のことを考えれば、まだまだ期待は冷め止まないはずだ。だが、期待したところでどうにもならないのが人生だということを僕は既に知ってしまった。

 僕は、妹の死に直面したあの日。僕の人生から、全ての平均値以上の喜びも悲しみも取り払って、ソロモン・グランディの歌のように平凡のレールに乗って進めればと甘い夢をみた。しかし、幸運な人生や、不幸な人生がそうであるように、平凡な人生もまた望んで得られるものではないのだ。

 ここのところの僕は、ソロモン・グランディの歌に準じることに固執してしまっていたけど、本当に大事なことはそこじゃない。たとえ僕が、僕の望む平凡な人生を迎えられないとしても。僕は、かつて僕が抱いたこの人生を楽し気に過ごして見せるという気概は失っていない。

 もう木曜は「病気」だだの、金曜は「危篤」だの言うのは辞めよう。僕の人生、これから何が待ち受けているのかなんて知りようが無いのだから。ならば、どんなに苦しく悲しい出来事が待っていたとしても、僕は僕自身の人生を、面白おかしく歌い上げればいい。そのやり方だけなら僕だって知っている。

 いつだったか、ソロモン・グランディが教えてくれたんだ。

◎ 2095年7月30日 土曜日 ◎

 僕は、とてつもなく寝相が悪い。

♪ 2095年8月1日 日曜日 ♪

 人間の骨の数は、200に及ぶと聞いたことがある。

 いくら僕の家族が多いと言っても、全員に骨拾いをさせてあげるには十分な数のはずだったが、残念なことに高温で遺体を焼きあげる火葬炉は、僕の小さく老いた骨の大部分を容易く灰にしてしまった。まあ、チキンの骨も残らず燃え尽きてしまったことを思えば「幸運にも」と言い換えても良さそうだ。

 焼きあがった(あるいは焼け残った)僕の骨は、家族の手によって粛々と骨壺に収められていった。この時ばかりは、みな神妙な面持ちで僕も少しだけ緊張してしまった。妻と長男の手で、僕の頭蓋骨がツボに納められるとドッと肩の荷が下りた気持ちだった。そして最期に残った灰を、葬儀屋さんが丁寧に集めツボに流し込む。その灰の中には、前妻が棺桶に入れたチキンの灰も混ざっていることに若干の気持ち悪さが残るが、死んでしまった僕にはどうすることもできない。

 ツボの蓋が閉じられると、急に目の前が真っ暗になった。世界からいっさいの光が消え、自分の手元すら見えない。妻の声が微かに聞こえるが、こもっていて何を言っているのか意味はわからなかった。ここにきて、僕はようやく自分が死んでしまったことを自覚した。最早、僕はツボの中の遺灰に過ぎないのだ。光が届くはずもなく、音だってまともに聞こえるわけがない。

 そこは、酷く冷たく寂しい場所だった。


「おおい、ここから出してくれ」

 不安に耐えられず声を上げるも、誰に届くはずもない。失ったはずの心臓がドクンドクンと強く脈打ち、額から冷たい汗が落ちた。あまりの恐怖に気が触れそうになったその時、天から光がさした。その白く温かい光は、ゆっくりと僕の全身を優しく包み込んでいく。良かった、本当に良かった。一生ここに取り残されるのかと思った。この光は、きっと天からのお迎えに違いない。

 天を見上げると、丸く大きい影がゆっくりと降りてくる。逆光のせいで、その輪郭しかわからないがそれは人の形を為していた。浄土真宗では、死に臨み迎えに来てくれるのは阿弥陀仏と聖者たちであったはずだ。しかし、僕の傍らに降り立ったそれはかつて見た阿弥陀仏来迎図に出てくる如何なる人物ともかけ離れた姿をしていた。

 身の丈は僕の腰ほどしかなく、はち切れんばかりに膨らんだ腹に短い手足、背中からは虹色でまだらの入った翼。そして一際特徴的なのは、額にある星形のほくろとそこから伸びた一本の毛。二番目の妻が持っていた聖書に載っていた氏神様だと、すぐに気づいた。彼は、柔和な笑みを浮かべ手を差し伸べてきた。

 神様自ら迎えに来てくれるなど光栄極まりない事であろうが、一抹の不安もあった。


「できれば、妹や両親のいるはずの極楽浄土に連れて行って欲しいのですが」

 神様はわかっていると言わんばかりに、うんうんと頷き再び手を伸ばす。これまで僕の人生で、幾度となく恩恵を与えてくれた神様だ。きっと悪いようにはしないだろうと、僕はその手をしっかりと握った。


 神様の手を掴むと、僕の体はふわりと浮き上がった。妻に抱えられていたツボを飛び出し、火葬場の天井を抜け高い空へとぐんぐん昇っていく。今日は雲一つない快晴だ。僕が生まれ育った土地が、隅々まで見渡せる。東に臨む太平洋は薄暗く影を落とし、西の山地に沈む夕日が街を赤く染めている。人生の最期に相応しい美しさだ。

 僕は、自ずからソロモン・グランディを口ずさんでいた。

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