「今日はこれで勝負だ!」
「トランプ?」
日も短くなり徐々に肌寒くなってきた秋口。
衣替えも終わってオレは着慣れた学ランに袖を通して、隣の席の高木さんもまた冬服姿。
薄手の生地の夏服の季節は目のやり場に困ってしまうこともあったが、もうひと安心だ。
「ふっふっふっ……まあ、見ててよ」
「もしかして、マジックをするの?」
そう。実は密かにマジックを練習していた。
全ては今日、この時のため。高木さんの驚いた表情を見たいがため。今日こそは勝つぞ。
「さあ! どれでもいいから選んでごらん!」
「じゃあ、これ」
裏返しにして扇状に広げたカードの中から1枚選んで貰う。ここまでは種も仕掛けもない。
「絶対に忘れないように覚えておいて」
「うん、覚えたよ」
「じゃあ、そのトランプをこの上に置いて」
山札を半分に分けて適当に二等分してから。
下半分のカードの1番上にカードを置かせる。
さあ早く、そのカードを置くんだ高木さん。
「これでいい?」
ここだ! カードを置くために高木さんが目を伏せた一瞬の隙。その隙に上半分のカードの1番下を盗み見ておく。完璧だ。自分が怖い。
「じゃあ、シャッフルするよ」
何食わぬ顔をしてオレが覚えたカードを下にして高木さんが選んだカードを挟み込む。
シュッシュッとカードをシャッフルする。
もちろん高木さんの選んだカードとオレが選んだカードの位置関係が変わらないように細心の注意を払いながら。ここが難しい所だ。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1634644853
「西片、アレやってよ」
「アレって?」
「リフルシャッフル」
「へっ……?」
軽快にカードを混ぜていた手が止まる。
リフルシャッフルだと。何故知っている。
それは今、1番やっちゃダメな混ぜ方だ。
アレをやると並び順がわからなくなる。
「リ、リフルシャッフルはカードを痛めるからまた今度ね……」
「そっか。うん、わかった」
ダラダラ冷や汗をかきながらなんとか回避することに成功。危なかった。ヒヤヒヤした。
このままだと自分にもシャッフルさせろと言い出し兼ねないと危惧したオレは、すぐに高木さんの選んだカードを当てることにした。
「さ、さあて! どれだろうなぁ!」
「たぶん、当たらないと思うよ」
「くっくっく。当たるんだなぁこれが!」
ドヤ顔をしながらオレは自分が覚えたカードの下にある高木さんの置いたカードを披露。
「さあ、どうだい! このジョーカーこそ高木さんの選んだカードだろう!?」
「ぶっぶー。ハズレ」
「えっ……?」
なん、だと? そんな馬鹿な。あり得ない。
オレにミスはなかった。完璧にやり遂げた。
高木さんのカードは間違いなく、これの筈。
「西片、ジョーカーは何枚ある?」
「へ?」
呆然自失なオレに高木さんが問いかける。
オレが持ってきたトランプにはジョーカーが1枚しか入っていない。基本的には1枚だけだ。
「い、1枚だけど……?」
「本当に?」
念を押してくる高木さんを怪訝に思いつつも一応確認してみるとなんと2枚もあった。
しかも絵柄違い。オレのトランプじゃない。
「それ、実は私のマイジョーカーなんだ」
「は?」
「これが私のトランプだよ。確認してみて」
ポケットからトランプを取り出してこちらに差し出す高木さん。たしかにその中にはジョーカーが存在しなかった。となるとつまり。
「選んだトランプの上に重ねて、私のジョーカーを仕込んで置いたの。西片気づいた?」
「ぜ、全然気づかなかった……」
「だろうね。マジックの種を仕込むのに忙しかったもんね。西片、隙だらけだったよ」
私の勝ちと、高木さんか勝利宣言。負けた。
「な、なんでトランプを持ってるのさ……」
「私も最近マジックに凝っててさ、上達したら西片に見せてあげようと思ってたから」
まさか西片さんもマジックを練習しているとは。道理でリフルシャッフルなんて専門用語を知っているわけだ。しかもジョーカーを重ねた手際の良さ。まったく気づけなかった。
「パームって言ってね。手のひらの中にカードを隠し持っておくだけだよ。こんな風にいきなり出現したように見せることも出来る」
シュパッと手のひらからカードを取り出してみせる高木さん。こんなのもう反則だよ。
これをされたらそりゃあ当たるわけがない。
「私は手が小さいから5枚くらいしか持てないけど、西片だったら10枚はいけるね」
「手の大きさの問題じゃない気が……」
「負けっぱなしでいいの?」
消沈したオレへの追撃。何も言えずに沈黙。
「練習して、私より上手くならないの?」
オレだって練習したさ。練習してこの有様。
「西片は、私を驚かせてくれないの?」
「っ……!」
驚かせてやるさ。わかった。やってやろう。
「マジックじゃオレは高木さんに勝てない」
「じゃあ、どうするの?」
「こうするのさ!」
威勢の良さとは裏腹に慎重な手つきで机の上にカード2枚立てて、それを支え合わせる。
「トランプ・タワーを作るの?」
「すっごく高いのを目指すから!」
オレは器用ではない。それでも人並み以上の根性がある。何度倒れても、絶対諦めない。
「頑張れ……西片」
「えっ? 何か言った?」
「ううん。なんでもないよ」
集中していると周囲の音が耳に届きにくくなる。しかし、机の上に聳えるタワーが徐々に高くなっていくにつれて、教室内の注目を集めてしまい、嫌でも耳に入ってきてしまう。
「見て見て、トランプタワー作ってるよ」
「ぷっ。なんか子供っぽい」
「でも真剣みたいだよ。西片くんって真剣な顔するとキリッとしてかっこいいよね」
馬鹿にするのか褒めるのかどっちかにしてくれ。危うく手が滑りそうになるもなんとか持ち堪える。あと1段。頂上に差し掛かったその時、オレは隣の席に気を取られてしまった。
「黒より黒く。闇より昏き漆黒に……」
「えっ……?」
奇怪な呪文を耳にして思わず隣の席を見やると高木さんが鞄からいそいそと眼帯と紅いカラーコンタクトを取り出して、装着した。
「我が深紅の混淆を望みたもう……」
「た、高木さん……?」
なんだなんだ。どうしたんだ高木さんは。
「覚醒の刻は来たれり。無謬の境界に落ちし理、無行の歪みとなりて現出せよ!」
「????」
まるで意味がわからない。難しい言葉の意味もそうだが、こんな大仰な呪文を唱えて高木さんはいったい何をするつもりなのだろう。
「踊れ踊れ踊れ。我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり……」
「ちょっ……待った待った!」
カラコンで紅く染まった瞳を爛々と輝かせながら両手をわきわきして完成目前のトランプタワーへとにじり寄る高木さん。本能的な恐怖を感じて塔の死守を試みるも、高木さんの詠唱は止められない。
「万象等しく灰塵に帰し深淵より来たれ!」
「やめてよ! どうして壊そうとするのさ!」
今にもトランプタワーを倒壊させる寸前の高木さんにその動機を問いかけると、一瞬泣きそうな顔をして小さな声で囁いた。
「……西片が悪いんだよ」
「オ、オレが何したって言うのさ」
「西片が……かっこ良すぎるから」
「は?」
「西片がデレデレ鼻の下を伸ばすから!!」
「ちょ、とにかく落ち着いて、高木さん!」
脈絡が無さすぎて困惑。そして、刻は来た。
「エクスプロージョン!!」
ぶりゅっ!
「お?」
爆発を意味する英単語に続いて響き渡った高木さんの排泄音。それが意味するところはつまり、今この瞬間、彼女は排泄したということに他ならず、そのことに動転したオレが手を滑らせたことにより、いとも容易く高く聳え立った塔がガラガラと崩壊していく様はまさに、エクスプロージョンであった。
「トランプタワー、崩れちゃったね」
「いや、それより高木さんの尊厳が……」
「私の勝ちだよ?」
どうだろう。肉を斬らせて骨を断つと言えば聞こえはいいが明らかに大ダメージを受けているのは高木さんのほうで教室内でもかなり注目を集めてしまっている。マズイ状況だ。
「今の音って、もしかして……?」
「た、高木さんに限ってそんな……」
ヒソヒソと囁かれるその内容を認めたくなくて、高木さんのことを守りたくて、だから。
「ああ、しまった! まさか最後の最後でうんちを漏らしてしまうなんて! こんなことならトランプタワーを作り始める前にトイレに行っておけばよかった!!」
オレが咄嗟にそう叫ぶと、教室内のムードはガラリと変わった。みんな一様に安堵した。
なんだ、西片かと。それなら納得であると。
「フハッ!」
高木さんのことを守れた安堵感と自分がいつ漏らしてもおかしくない人間だと思われていたことに対する憤りが複雑に混ざり合い混沌の中で自我が崩壊した結果、真っ暗な闇の中に愉悦が生まれた。さあ、産声をあげよう。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
オレが、オレこそが『肛魔の里』の長だ!
「西片……」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
高木さん、安心して。大丈夫。
オレが君を守るから。なのに。
どうして君は、涙を流すのか。
「西片……もう、いいよ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
良くないよ。全然、良くない。
オレはこんなに愉快なのにさ。
高木さんが泣いているなんて。
「ありがとね……西片」
気づくとオレまで泣いていて。
そんな自分が情けなくて嫌だ。
違うんだ、高木さん。オレは。
「オレは感謝されたかったわけじゃない!」
「西片……」
どうして、わかってくれない。
マジックもトランプタワーも。
オレはただ君に勝ちたかった。
「どうだい! 高木さん! オレの勝ちだ!!」
オレは勝った。完全勝利した。
高木さんの脱糞を打ち消した。
だからオレは君に、勝ち誇る。
「悔しいかい、高木さん?」
「うん……悔しいよ」
ポロリと涙を流して、涙声で。
「私の独占欲のせいで、西片を……」
「これはオレの独占欲だよ高木さん」
だからもう泣かないで欲しい。
「オレは高木さんが思ってるより強いよ」
「ふふっ……じゃあこれからも守ってね」
目尻に浮かんだ悲しい涙を拭いながら嬉しそうに微笑み、そう囁いた君に見つめられると強い自分を見失ってしまい、オレは目を逸らして自戒する。
「……まずは高木さんから身を守らないと」
「あはは。爆裂魔法、教えてあげよっか?」
からかい上手で肛魔の里随一の爆裂脱糞魔法の使い手の高木さんにはやはり、敵わない。
というか、そろそろカラコン外して欲しい。
中二気質な高木さんは『爆裂』可愛かった。
【中二気質な高木さん】
FIN
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません