神谷奈緒「先生のこと」 (21)
「誰もがいつか、物語の主人公になる」
いつかっていつだよ。……なんて思っていたっけ。
少なくともその時のあたしは、ただの女子生徒だった。
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・アイドルマスターシンデレラガールズ 神谷奈緒のSS
・短編
ろくに語れるエピソードがあるわけでもないのに、中学二年生の時の担任を”恩師”なんて呼んでいいのか?
そんなことで迷って、結局「幼稚園のころの〇〇先生には大変お世話になりました」って答えたんだっけ。
この前の雑誌インタビューの時のこと。
大体、この年で”恩師”っていうほど強い恩を感じた教師なんてそんなにいないよなー、なんて思って、
だから一番最初にお世話になった幼稚園での思い出を何とか思い出して話したんだけどさ。
先生のことは、何も。
先生についてきちんと知っていることなんて、当時すでに定年が近いお年だったってことぐらいで。
あまり自分のことを語らない先生だったなあ。
高齢の教師にしては珍しく、若さがどうの昔はよかっただのみたいな説教をしない人だった。
そもそも説教だとかされたことなかったっけ。クラス全体でも、あたしや友達個人をとっても。
「来年の修学旅行で君たちは法隆寺へ行くことでしょう」
「君たちの中にはこのスマートフォンというツールを存分に活かしている子もいるとは思いますが、」
「ちょうど君たちが生まれてきたころに世界遺産に登録されました」
いつも『君たち』だった。
先生にとって、あたし達は。
幸か不幸か、あのクラスにはそう問題児がいなくて……っていうか学校自体がっそんな感じだったのかな。
警察が来たとかタバコがどうだとかそんなのは塾で他校生から聞いた噂話ばっかりでさ。
中学2年生だなんて多感なお年頃のわりには、あたし達はきっと手のかからないほうだっただろうし。
だから、先生の中では印象の薄いクラスで終わったんじゃないかって思うんだよ。
だってさ、先生は一年ごとに30人のあたし達と出会うわけで。
教科担当ってだけなら、もっと。
その中でただ『いい生徒たち』ってだけなら、幾人もいたはずだ。
区別なんてできやしない。
一人一人のことなんて、何か特別なことでもない限り覚えていやしないよな。
先生にとってあたしはきっと、”2年3組19番”の女子生徒でしかなかったんだろう。
先生と会うことはもうないと思う。
去年退職なさったと聞いたし、2年生だなんて中途半端な学年での同窓会なんてしないだろうし。
あったとしても、集まるのは生徒たちだけだよな、多分。
その辺のファミレスで騒いで、お前アイドルになったって本当かよーなんて言われて、カラオケで歌わされたりなんかして……
たいして遠くもない昔を懐かしんだりなんかしてさ。
「次は成人式でな」
「いや明日学校で会うじゃんか」
それぐらいの距離感で2年3組は完結する。
だから、先生と会うことはもうない。
***
「誰もがいつか、物語の主人公になる」
受け売りですがなんて言っていたけれど、もしかしたら先生のお気に入りの言葉だったのかもしれないよな。
その言葉には「君たちも」なんて続けたりしなかったのが今思えば先生らしい。
一つ一つ挙げていくとさ、思い出すことはいっぱいあるんだよ、本当のことを言うと。
あたしだけが覚えてている先生のことだって、きっとある。
ただ、誰かに共有したくなんかないから隅っこに仕舞ってあるだけで。
出席をとるときなんかの「神谷」、の声が好きだったなあ。
少ししわがれていだけど、張っているわけではないのに通る声で。
だから名前を呼ばれると少し緊張した。
クラス委員だった男子は何度も名前を呼ばれていた。
……あたしはどの係にも立候補しなかったけどさ。
進路相談にのってもらったことがあるんだけど、と友達が言っていた。
学年が変わった後だったのに真剣に話を聴いてもらえたんだ、って少し嬉しそうに。
機会はあったんだろうけど、あたしには勇気がなくて聞きに行けずじまいで。
卒業式の日に
「お世話になりました」
って一言が言えていれば良かったのにな、あんて思う。
職員室には生徒たちがいっぱいいて、あちこちで涙が拭かれていて、
先生の椅子の周りにはクラスメイトだった男子たちが集ってスペースを埋めていた。
少しだけ待って、動く気配がないからってあたしと友達とは担任にだけ挨拶をしてそのまま外での集まりに加わってしまった。
そこでおしまい。
あたしが登場できるシーンはそこまでで終わり。
先生が主人公の物語の中には、『神谷奈緒』という名のキャラクターは登場しないまま、
あたしはただ女子生徒Aとして、セリフ一つもなく過ぎ去っていく。
”先生との特別なエピソード”なんて、あたしにはなかった。
***
思い出せば思い出すほど、あの人はいい先生だった。
そう、いい先生だったんだよ。
だからさ、あたしも『いい生徒』で居たかったんだ。
いい生徒たち、素敵なクラス、なんて綺麗な思い出で先生の心に残りたかった。
そしてその中であたしを、『神谷奈緒』のことを覚えていて欲しくて。
けど。
『優秀な生徒』にはなれなかった。
『目立つ子』にもなれなかった。
ならなかったんだ、なんて言えっこない。
おとなしくて普通の『いい子』のまんま、特別になりたいだなんて、ずっと。
今だって、心の隅ではちょっとだけ思っている。
先生、『神谷奈緒』という生徒を覚えていますか。
あのころとはちょっと違うかもしれないけど、あたしはここにいます。
……なんてな。
大体、「覚えていやしない」なんて勝手な思考も、多分あたしの独り相撲なんだよ。
先生は、ふとした時に思い出すって程まで特別に覚えてたりはしないだろうけど、
どこかの広告なんかで名前を見かけたらぼんやりと思い出してくれたりするんだろうなあ。
まあ、これもまた勝手な想像なんだけど。
でもせめてこれぐらいではあってほしいじゃんか、何千分の一だとしても一年間お世話になったんだしさ。
なんてことを、いまだにうじうじと思い続けている。
主人公になりたい。
ずっと昔から持っていたこの気持ちに、あの頃色がついた。
アイドルになった。
明るい道を選べるようになった。
輝くことを追い求めるようになった、仲間がいて、ライバルがいて。
照れくさくても、澄んだ色でまっすぐにあたしなりのアイドルを目指している。胸を張って言えるよ。
だけど最初はきっと、薄暗く澱んだ色だった。
先生のことを思い出すと、そこには何者にもなれなかったあたしがいる。
……なんてことまでいうのは大げさ過ぎるかな。
だからずっと、先生のあの言葉を胸に抱えたまま。
いつか。
あの時ではなかったけれど。
あたしにとってそれはきっと、今なんだ。
先生へ。
今、あたしは、『神谷奈緒』は主人公になるよ。
あたしの世界の、あたしの物語の主人公に。
なってみせるから。
~fin~
前作
・凛「ごっこでいいから、手をつないでて」
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