新幹線で始発から終点までの長旅。そろそろ窓から見える風景にも飽きてきた。
福岡でのライブ。アタシにとっては凱旋ライブってことになるんだろうけど、福岡出身のアイドルや歌手なんてたくさんいるからな、凱旋なんて言葉を噛み締めてるのはアタシだけかもしれない。
右手の掌をじっと見る。思い出す景色がある。仲間たちと交わした約束と、託された熱。アタシはその熱を大事に抱えて、前だけ見て突っ走ってきた。そしてあの場所に帰る。なぁ、アタシの歌はオマエたちに届いているのか?
問いかけても答えは返ってこなかった。当たり前だ、ここはまだ新幹線の中。答え合せはアタシがあの場所に帰ってからだ。
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アタシはあの場所に帰るんだ。改めてそれを実感すると、ヒョイっとある顔が浮かんできた。少し気が抜けてて、ヘラヘラしてて、寝癖はついてるし、ネクタイは曲がってる。おいおい、ちゃんとしないとまたモモに怒られるぞ。
浮かんだ顔はもちろんプロデューサー。気をつかってくれたのか、アタシを前乗りさせてくれた。東京に出て行ってから福岡に帰るのは初めてだってこと、プロデューサーにはバレてたみたいだ。
せっかくの好意だから甘えさせてもらうよ。故郷に帰った時、アタシはどんな気持ちになるのかワカンないけど。だからこそ、アタシの中に新しい気持ちが芽生えるかもしれない。
それはそのまま歌になる。アタシにとって歌は叫びだ。心を音に変えて、その空間を満たして、アタシはここにいるぞって存在を証明する。新しい気持ちを知ることで、アタシの叫びも歌も進化することができる。
高鳴ってきた鼓動に合わせるように指先が動く。相棒を鳴らすわけにはいかないから、空気を弾いて頭に音楽を鳴らす。その音に呼応して、なんだか目の前に光の束も見えてきたぜ。真っ暗な空間を燃やす赤色の光。
静香「ふふっ、ジュリアさん、ホントにギターが好きなんですね」
クスッと笑いながら隣の席のシズが話しかけてきた。頭の中に響く音をいったんプツッと断ち切る。オーケー、続きは明日、ステージの上でな。
ジュリア「好きっていうか、呼吸みたいなもんさ。考え事したり気持ちが動いた時、自然と指が動くんだ」
アタシがそう答えると、シズは驚いたように目をぱちぱちとさせた。あれ?アタシ変なこと言っちまったか?
静香「なるほど。ジュリアさんみたいな心に響く本物の歌を歌うには、日々の心がけが大事なんですね」
そう言って、シズはペンを取り出してメモ帳に何か書き込む。おいおいやめてくれよ。アタシは別にオセッキョーなんてしてねぇから。メモとかとるんじゃねぇ、恥ずかしいだろ。
前乗り組はシズとアタシ。てっきりアタシだけだと思ってたから驚いた。シズに聞いてみたところ、プロデューサーからシズにだけ話があったみたいだ。
確かに、今回のライブはアタシとシズのユニット「D/Zeal」での出番が多いから、2人で行動するのは不自然じゃないのかもな。でも、アタシらそんなに仲良しこよしのユニットじゃないと思うよ。
アナウンスが目的地の駅名を告げる。いろいろ考えてる間に到着したみたいだ。隣の席を見ると、もうシズは降りる準備を終えていた。助かるよ、前にツアーで仙台に行った時は、みんなはしゃいでて大変だったからな。
ジュリア「おーし、降りたら早速昼飯にしようか」
アタシがそう言うと、シズの目の奥がキラッと光った気がした。
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ジュリア「えっと...ホントにここでいいのかシズ?」
アタシが「福岡は美味いモンがたくさんある。なんでも食べたいものを言ってくれ!」ってシズに言ったところ、返って来たのは意外な答えだった。いや、ある意味では意外じゃないのか...。
静香「いいも何も、私はこれを楽しみにしていたんです!」
そう言ってフンスフンスと鼻息を荒くするシズ。まさか前乗りを快諾した理由って、アタシと親交を深めるためじゃなくて、ここでうどんを食べるためじゃないかって疑いたくなるくらい、シズのテンションは高かった。
というわけで、アタシたちは博多駅バスターミナル地下のうどん屋の前にいる。シズが食券を買っている背中を眺めているが、とても楽しそうだ。なんだか見てるアタシまで悪くないなって気持ちになるよ。
静香「ここはやはりしめじ、こんぶ、かき揚げのおススメメニュー?いえでも名物ごぼ天も捨てがたいし、あぁ迷っちゃう...」
ボソボソと食券機に向かって早口で独り言を話すシズ。お嬢様みたいなシズの見た目も相まってか、教会で祈りを捧げてる可憐なシスターみたいだ。まぁ、祈ってる先がうどんなんて、コメディにもならないけど...。
なんだか見ていられなかったので、助け舟を出すことにする。
ジュリア「なぁシズ、アタシは特にこだわりもないから、好きなメニューを2つ頼んでくれないか?そんでシェアしよう」
パンケーキなら絵になるが、うどんのシェアってなんかしまらねぇなぁ...なんて自分の言葉に苦笑したものの、シズはキラキラした目で振り返ってアタシの手をとった。
静香「いいんですか!?ありがとうございます!救世主!メシア!!」
あぁ...祈り先がうどんからアタシに変わっちまった。しかしなんともまぁ「39プロジェクト期待のクールな歌姫」なんて二つ名が吹き飛んで行きそうな、満点の笑みとテンション高い口調。頭の上に星まで見えるよ。
静香「私、実は初めは『やわ麺のうどんってどうかな?』って思ってたんです。やはり本場のうどんはコシがあるから、うどんはしっかりと麺自体の味を楽しむことが大事だと思っていて。だから麺をやわくしてしまうと、クタクタになって麺そのものの味を楽しめないんじゃないかなって疑問だったんです。でも違いました。おダシの風味を麺が吸収して、硬麺では出せない優しい食べ応えになるんです。まるで声量の強さだけで押さず、歌というよりメロディと一体化した音楽を作り上げるアーティストみたいな」
うどんをズズズズと啜りながら、器用にシズが早口で喋る。正直言ってアタシにはよくわからないが、まぁシズが楽しそうで何よりだ。
それにしても、アタシはこんな顔のシズを初めて見た。無邪気にはしゃいで、楽しくて仕方がないって顔。アタシの知ってるシズは、砂時計の中に囚われて、上から落ち続ける砂を恐がっているみたいに、余裕のない顔がほとんどだったから。
私もシズの事情は知っている。そういう顔ばかりしてしまうのは、シズ自身のせいじゃないって知っている。だから、もったいねぇよなって思っちまうよ。好きなものを目の前にしたコイツは、こんなにも可愛らしいから。豪快にうどんを啜る姿もなかなか絵になってる。
どうやら、アタシはシズのことを何も知らないんだな。ユニットを組んでから、シズとは歌と音楽の話しかしてこなかった。互いの歌声が上手く共鳴するように、波長をアジャストすることに全ての精神を注いできた。
レコーディングは全くスムーズにいかなくて、かなり大変だったしな。その労力の甲斐あってか、CDの出来は満足している。誰にも文句は言わせない。でも、明日のライブはそこから半年以上も経ってるんだ。だから、あの時よりもアタシたちは前に進んでなきゃおかしいだろう?
きっとそれには、こういう時間が大切だ。互いの声の波長だけじゃない。心の中まで曝して、眺めて、そんで叫びを重ねるんだ。だからプロデューサーは、二人だけの前乗りを提案したんだ。
なんて、よくワカンねぇプロデューサーの意図を自分の都合の良いように捻じ曲げて解釈する。いいだろ?いっつも真意をちゃんと言わないアンタが悪い。
静香「ところで、ジュリアさんは何うどんが好きですか?」
ひと通り考えて、とりあえずの結論を出したところでシズが尋ねる。これは良い一歩目だ。アタシだけがシズの気持ちを探っても、ユニットとしては意味がない。
ジュリア「そうだな、アタシはネギたっぷりのゴボ天だ」
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ジュリア「じゃあ、行こうか」
うどんに満足したシズが「ジュリアさんの行きたいところに連れて行ってもらえませんか?」とお願いするもんだから、ウチらは雑居ビルの地下に向かう階段の前にいる。
静香「えっと...私中学生ですけど、入っても大丈夫でしょうか?」
薄暗い地下に降りる階段を前にして、少しビビるシズ。仕方ねぇよな。大抵ライブハウスなんてもんはごちゃごちゃした建物の暗がりにあるもんだし、お嬢様なシズはきっと無縁の世界だろう。
ジュリア「大丈夫だ、いかがわしい店じゃないよ。アタシだって中坊の頃から入り浸ってたんだ」
そう、ここはアタシがまだジュリアになる前から入り浸っていたライブハウス。もしジュリアの物語を語るなら、エピソード0は大抵ここが舞台になるな。
ジュリア「さぁ行こうぜ。おっと、アタシの上着を羽織るといい。せっかくの可愛い服にヤニがついちまう」
静香「かっ...可愛いなんて...その...ありがとうございます」
上着を羽織って恐る恐る階段を降りるシズをエスコートし、アタシは分厚い扉を開けた。
ジュリア「......」
目の前に広がる光景に、はっと息を飲む。綺麗に整頓された機材、掲示板もひとつひとつのチラシがきちんと見えるように、気が配られている。ヤニ臭くないし、床もツルツルで綺麗だ。かつてアタシが見ていたものとは、全く違う光景だった。
とはいえ、最初に開けたドアの重さは体に馴染んだ重さのまんまだったし、窓口にはアタシの知ってる傷がたくさんある。
ひとつため息をつく。ごっそりアタシの知らない空間に変わってくれていれば、ここは「知らない場所」で済ますことができた。でも、知ってるものが部分的に残っている。だから痛感する。ここは「変わってしまった場所」なんだって。
なかなか窓口に進まないアタシたちを見かねたのか、中から店員が声をかけてきた。
店員「2人ですか?ワンドリンク制なので中で飲み物を注文してください。未成年みたいですので、アルコール類はお出しできません」
金を払ってドリンクチケットを手に取る。もう一つ重い扉を開けると、オシャレなジャズの音がその空間に広がっていた。
水を手にして腕を組んで演奏に耳を傾ける。一番後ろのスペースで壁に体重を預けながら、音の振動を背中越しに受け止める。
きっと、ステージのバンドはアドリブでセッションしてんだろうな。主導権があっちに行ったりこっちに行ったり忙しい。新鮮で楽しい演奏ではあるのだが、何故かモヤモヤしてポジティブな気持ちにはなれなかった。
目の前のスタンディングスペースに視線を移す。腕を振り上げたりモッシュしたり、ましてやダイブする奴なんていなかった。それぞれ飲み物を手にして、ゆったりと音楽に浸っている。
静香「あの...ここがジュリアさんの通ってたライブハウスなんですか?」
ひそひそ声でシズがアタシに問いかけてきた。無理もない。このオシャレ空間は、パンクロック好きのアタシとは真逆の空気だ。
ジュリア「あぁ、間違いないさ。でもな、オーナーが変わっちまったみたいだ。驚いたよ、アタシが通ってた頃とは全く違う」
そう言うと、シズはシュンと下を向いた。
静香「...何か、寂しいですね」
その言葉にハッとする。アタシの中にあるモヤモヤした気持ちに名前をつけるなら「寂しい」がいいのかもな。
アタシはずっと前ばっか見て走ってきた。パンクロッカーになりたくて、曲を作っては演奏して、そうこうしてるうちに遠い東京まで走ってきちまった。手違いでアイドルになっちまったものの、それでもアタシは前だけを見て走ってきた。
アタシが走り去った後の道にも確かに時間は流れていて、何もかもが変わり続けている。前だけ見ていたアタシは、そんな当たり前のことを考えもしなかった。
こうして現実として叩きつけられるまで、アタシは故郷が変わっちまってるなんて思いもしなかった。
もしかしたら、アイツらもすっかり変わっちまって、アタシのことも忘れてるかもしれないな。
なんてことを考えていると、世界から一人取り残されたみたいな錯覚がした。
ジュリア「テメェの居場所はもうここにはねぇ!ボーカルはいないから空耳だけど、そう歌われてる気がするよ」
シズは下を向いたまま言葉を返す。
静香「居場所が無くなる...」
おっと、少しネガティブになりすぎたか。シズはアタシの言葉を正面から受け取って、肩を落としちまった。
慌ててアタシは言葉を取り繕う。
ジュリア「アタシの居場所はもうここじゃない。他にあるだろって意味さ」
......取り繕ったはずの言葉が、そっくりそのまま自分に返ってくる。あぁ、そうだな。ここにもうアタシの居場所はない。
だって、アタシは遠い空の下で、別の場所で戦っている。この寂しさは、アタシが前だけ向いて歩いて来たからこそ生まれたんだ。この寂しさは、アタシが戦い続けた証なんだ。
ここは変わっちまって、アイツらは交わした熱を失ったのかもしれない。けど、アタシはまだ熱を携えたままここにいる。それはまぁ、誇っていいことかもしれない。
アタシは隣でまだショボンとしてるシズの頭をポンポンと叩く。ありがとよ、シズのおかげで大事なことに気がついた。
静香「あ...あの...どうしましたか?」
シズが驚いたようにこっちを向いて尋ねる。
ジュリア「あぁ、シズとここに来れて良かったって思ったんだ。ほら、せっかく金払ったんだから演奏を楽しまなきゃ損だ」
静香「そうですね...って、きゃあ」
アタシはグッとシズの手を引いて、スタンディングスペースに連れて行った。やっぱ、音楽は正面から体いっぱいで受け止めるのが一番だからな。できるだけ近くで音の圧に浸ろうぜ。
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ジュリア「はぁー食った食った。腹いっぱいだ」
静香「モツ鍋、ホルモンがぷりっぷりとしていて、とっても美味しかったです。シメのうどんがまた格別で...」
昼飯はうどんだったから、夕飯こそ福岡らしいものを食べなきゃな、ということでモツ鍋にした。まぁ結局、シズはシメにまたうどんを食べていたけど。
モツ鍋のうどんについてペラペラと早口で話すシズの声をBGMに、ピカピカと明るいビル街を歩く。このままホテルに直行した方が正しいんだろう。ウチらは明日ライブだし、そもそも未成年の女子2人っきりだ。こんな時間に外を出歩いちゃ、あまりよろしくはない。シズなんて特に、普段門限とか厳しそうだしな。
さて、ここからがアタシのメインイベントなんだけど、そんなわけで、シズを連れて行って良いものか迷ってしまう。だから、シズ自身に決めてもらうことにしよう。お姫様を夜の街にエスコートしても良いのかどうか。
ジュリア「シズ、アタシはこれから駅に向かう。シズはどうする?」
シズは少し考えて、コクっと首を縦に振った。
静香「一緒に行きたいです」
オーケー、それはありがたいお言葉だ。じゃあ、喜んで夜の街にエスコートさせてもらうよ。お手をどうぞお姫様、なんてキザなことはできないけどな。そんなのは、あのドラマの中だけで十分だ。
静香「ところで、駅に何があるんですか?」
誘いに乗ってからそれを聞くか、と少し苦笑したくなるけれど、それはアタシを信頼してくれたからだろう。ここで言っちまっても全然いいんだけど、まぁなんとなくワクワクしてもらった方が良い気もする。
ジュリア「ナイショだよ。でも、絶対にシズも気にいると思うぜ。熱中のしすぎには注意な」
静香「わぁ...」
駅に着いたアタシたちを様々な音楽が出迎えてくれた。シズはそれらを聴いて感嘆の声を漏らす。そう、駅前のストリートミュージシャン達。こいつらを見に来るのが、今日のアタシのメインイベントだ。
ジュリア「相変わらず、ここは賑やかだねぇ」
ギターとマイクスタンドで誰かのカバー曲を歌ってる奴、どこかの民族楽器の太鼓を叩いている奴、ギターデュオ、エレクトーン。様々な音が互いに調和することなく、ただ自己主張を続けている。「この中で俺が一番最高なんだぞ」って声高に叫び続けている。
静香「東京でもよくストリートミュージシャンの方々を見ますけど、福岡はまた違う雰囲気ですね」
流石だなと思った。シズの音への敏感さ、真っ直ぐ一音一音に向き合う姿勢はアタシもチハも一目置いている。だから聞きたくなった。シズにはここの音楽がどう聞こえるのか。
ジュリア「シズ、どこが違う?東京と福岡の音は」
そうたずねると、シズは真っ直ぐミュージシャンの方を向いたまま答えた。
静香「上手くは言えませんが、叫びが強い気がします。もっと広い空を見てみたい。自由に羽を伸ばしたいって」
なるほど。自然と笑い声が漏れだしてくる。その答えには思い当たるところがあった。奴らを見ていて、アタシが取り出した記憶の箱はまさしくそれだ。
静香「あの...私変なこと言ってしまったでしょうか?」
アタシが急に笑い出したもんだから、シズが少しワタワタと慌ててしまった。あぁ、悪い悪い。シズの言葉がスカッと真ん中を撃ち抜いたもんだから、爽快だったのさ。
ジュリア「そうだな。この空で翼を広げても、すぐに檻にぶつかっちまう。どんどんその窮屈さに鬱憤がたまって、デカイ声で叫ばないとやってられなくなるのさ」
その言葉を聞いてシズがアタシにたずねる。
静香「ジュリアさん、もしかしてここで歌っていたことがあるんですか?」
ご名答。ここがジュリアの物語の始まりの場所さ。かつてアタシも広い世界に飛び出したいって、ここで叫び続けてた。
そこにはいくらか仲間もいたんだぜ。周りを見渡しても、そいつらはもうここにはいないみたいだけどな。アタシだけがここを飛び立った。あの日、アイツと出会って。
静香「すごいですね。ジュリアさんはここで腕を磨いて、今の素晴らしい音楽を作り上げたんですね」
キラキラとした目でシズがアタシを見る。憧れのスポーツ選手のドキュメント番組を見た小学生男子みたいだな。まぁ、シズはドリョクとかコンジョーとか好きそうだもんな。
ジュリア「いやいや、そんなカッコいいもんじゃないよ。はじめの頃なんて、誰にも聞いてもらえなかったし」
アタシはひとつひとつ記憶を紐解いていく。その中身を言葉にして、声にして、シズに聞かせる。
ジュリア「歌をな、誰かの心に響かせるのはとっても難しいんだ。慌ただしく時間はすぎて、時計の針やら誰かの足音やらで、アタシたちの音楽はかき消されちまう」
思い出す、あの頃の風景を。
アタシがどれだけ歌っても、どれだけ相棒を鳴らしても、目の前の人々は素知らぬ顔で素通りしていく。
足を止めている人も、アタシの歌を右耳から左耳へ聞き流しながら、誰かが来るのを待っている。
目の前にいる奴らにさえ、アタシの叫びは届かなかった。
ジュリア「シアターにいると客が歌を聴きに来てくれるから、時々忘れそうになるよ。本来、歌を誰かに響かせるのはとっても難しいってことを」
アタシがそこまで言うと、黙って話を聞いてくれていたシズが、グッとアタシの目を見て問いかけた。シズの目は寂しげで、悲しそうだった。
静香「誰かに歌を響かせるのは難しい。それでも、歌い続けていればいつか届くと思いますか?」
アタシは息を飲み込む。シズの言葉の向こう側に耳を傾けると、ドクンドクンと脈を打つ心臓の音が聞こえる。その音が告げる。これはシズの心からの問いかけだ。だからアタシも正直に答えよう。
ジュリア「絶対に届くとは言えないな。興味のない誰かにとっては、ウチらの歌は音楽でも叫びでもない。ただのノイズだ」
そう言うのは簡単だけどな、それをきちんと理解して受け止めるのは難しい。というか無理な場合が多い。
だってそうだろ?こっちはありったけの熱を込めて叫んでんだ。その熱が行く宛がないのなら、身体の中で留まり続けるだけだ。最後に灰になるまでな。
かつてここにいた仲間たちが、きっとそうだったんだ。叫び続けて、でもどこにも届かなくて。灰になったアイツらは、風にさらわれてここからいなくなったんだろう。
でも、アタシは違った。だから、アタシはまたここにこうして帰ってこれた。
ジュリア「届かないのは虚しいものさ。たまに、後ろ指さされてケラケラ笑われることだってある。腹わたが煮えくり返るくらいムカつくし、みっともなく泣きわめけたらなんて思うこともある」
ジュリア「でも、そういう濁流みたいな負の感情に負けちゃダメだ。そういうひとつひとつの悔しさ、恥ずかしさを全部叫びに変えてやればいいんだ」
ジュリア「そしたら新しい歌が生まれる。それは誰かに届く歌なのかもしれない」
あぁ、なんか回りくどい言い方になっちまった。そろそろシメとかないと話がこんがらがってしまう。
ジュリア「アタシは結局、今自分が叫べることを叫び続けるしかないんだと思う。良いことも悪いことも全部叫ぶための力に変えて、愚直に今できる精一杯を叫ぶしかないって思うよ」
ジュリア「ずっと叫び続ければ、いつかは届くかもしれない。でも、そのいつかはホントに来るのかわからない。けど叫び続けなきゃ、そのいつかは永遠に来ない」
シズはアタシの話を聞いて、すこし困り眉で笑って夜空を見上げた。
静香「私も同じ気持ちです。届かないなら、届くまで頑張るしかないんだと思います」
静香「しっかりとこの目に見えるのに、ずっとずっと遠くにある。遠すぎて嫌になるし、答えなんてすぐに出てはくれない」
静香「それでも少しずつ近づけていると信じながら、進むしかないんですよね」
ジュリア「なんか星を掴もうとしてるみたいだな」
アタシがボソッと言った言葉に、シズがクスッと笑う。
静香「そうだとしたら、ちょっと滑稽ですね。星を掴むために、必死に地上から手を伸ばしてる私たち。あまりに遠いって分かってるのに」
そうだな。少し手を伸ばしたくらいじゃあの夜空には届かないなんて、物心がついてないガキにだって分かるよ。
だから、ここからいなくなったアイツらは、諦めて逃げた腰抜けなんかじゃない。アイツらは賢かったんだ。夜空の星が遠くにあることをきちんと理解して、そんで身を引いたんだ。
でもアタシはな、それをやらないといけないんだ。なぜって?簡単だよ。
ジュリア「ホント滑稽だ。アタシがもうちょっと賢かったら、そんな滑稽なマネなんてしなかったかもしれない。でもな、アタシはどうしても、遠い星空に手を伸ばし続けるバカヤロウが大好きで仕方ないんだ」
懺悔にも祈りにも似たような言葉を吐いたアタシに、シズが応える。
静香「そうですね。私もそんなおバカさんが大好きですし、おバカさんになりたいです。夜空の星まで届けたいな。私の歌」
その言葉を聞いて理解する。やっぱシズも大概バカヤロウだ。だからこそ、あんなすげぇ歌が歌えるんだ。まぁ、シズにバカって言うのは気がひけるから、言わないでおくけどさ。
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ジュリア「あ、そういえば」
話に一区切りついて音楽に耳を傾けていたら、ピコンと思い出すことがあった。とびっきりのバカヤロウの話。せっかくだから、シズにも聞かせてやろう。
静香「そういえば?」
ジュリア「実はアタシもさっきのシズと同じこと、いつか誰かに聞いたことがあるんだ」
今でも思い出せるよ。鳴かず飛ばずでもがいてた時期、何かのきっかけになるかと思って、華奢な長髪の女の子に問いかけてみた。
アタシの問いかけに、そいつは冷たい無表情のまま顔面をピクリとも動かさずにこう答えたんだ。
ジュリア「答えは『本物の歌の前では、誰もが耳を傾けざるをえなくなる。だから、本物の歌を歌えばいいだけのこと』」
すこしモノマネも入れてみたんだけど、ダメだ最後の方は笑っちまって無表情を保てない。
こんなクレイジーなことを平然と言ってのけるアイツは、やっぱりネジが外れてるよ。最高にクールにな。まぁ、今のアイツなら違う言葉が返ってくるかもだけど。
シズもアタシと同じみたいだ。口角が上がっている。当時のアタシみたいに膝を叩いたりはしないけど、ボルテージが上がっているのが目に取ってわかる。
静香「凄いなぁ...やっぱり...」
名前こそ出さなかったが、どうやらシズもこの言葉の主に思い当たったみたいだ。
ジュリア「あぁ、すげぇよ。だから、アタシたちもアイツと同じ高いとこまで飛ぼう。アタシとシズならやれるはずだろ」
すっと右手の拳を突き出す。シズも勝気に笑って右手を突き出す。
静香「同じ高さじゃなくて、越えたいです。一緒に」
オーケー!最高だ!そうだな、同じとこまでなんて言ってたら、あのバケモノに勝てるわけがない。良かったよ、シズがパートナーになってくれて。
アタシはシズと食べ物の好みも違うし、服の好みも違う。でも、音楽にかける情熱や抱えてるもの、バカさ加減は似てるのかもな。
あぁ、だからアタシたちはハーモニーを奏でられるんだろうな。全く同じ波長だと2人で歌う意味はないし、全く逆の波長だと消えちまう。違う部分と重なる部分、その両方があるからアタシたちは最高の音を作れるんだ。
アタシとシズの拳と拳がコツンと重なる。シズの熱が拳から全身に伝わる。あの日、アイツらから託された熱がさらに熱く燃えあがる。
その熱が冷めてしまわないうちに早く歌を歌いたくてウズウズするけど、まぁそれは明日まで取っておこう。冷えてくれるなよ、アタシの魂。
なぁ相棒、二人の熱を爆発させて、その力で高く高く飛ぼうぜ。
そんで、たくさんの星々にアタシらの歌を聞かせてやろう。叫んでやろう。
アタシたちはたどり着いたぞって。
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ひと通りストリートの音楽を堪能した後、ホテルに戻ろうとした途端、シズが少し外れにいた1人のミュージシャンを指差した。
静香「ジュリアさん!あの人!」
シズの指の先を見ると、赤い髪の毛、左?には星のペイントを入れた、イカした女の子がギター1本で歌っていた。スッゲー最高のファッションじゃねぇか、アタシもマネしようかな、なんて。
その子がやっている曲には聞き覚えがあった。
暗闇の中、一筋の光だけを頼りに走って、つまづいて、もがいて、転んで、また立ち上がる歌。アタシに流れる血の滾りを、そのまま音に変換したような曲。
ひとつ小さく息を吐いて空を眺める。ここは東京から遠い空の下、こんな遠くまでアタシの叫びはきちんと響いてたんだな。
だとしたら、アイツらにも届いてるのかもしれない。まだまだ約束は果たせてはいないけど、そのスタートくらいはきちんと刻めてるって信じられそうだ。
オーケー、この距離は超えられた。星空まではあと幾らだ?
静香「ジュリアさん、聞いていかなくていいんですか?」
スタスタと歩き去ろうとするアタシに、シズが不思議そうに問う。
ジュリア「あぁ、バレちまったら大変だからな。やめとくよ」
なんてカッコつけて言ったものの、顔の熱が上がったのを感じる。「ファンです応援してます」って真っ正面から言われるのはもう慣れたけど、こう背中を追いかけられてるのを見るのは初めてだからな。なんかモゾモゾする。
ジュリア「...頑張れよ」
誰にも聞こえないくらい小さな声で、名前も知らないパンクロッカーに声をかける。
たくさん大変なことはあるだろうけど、負けんなよ。アタシだって、何度も何度も雑多なシャカイって奴に叫びをかき消されて挫けそうになっても、立ち上がって歩き出してきたんだからさ。
いつかオマエの前にも現れるといいな。叫びをまっすぐ受け止めて、高い空に響かせてくれるマホウツカイが。そのマホウツカイが、オマエが望んだ空に放ってくれるかはワカらねぇけど。まぁ、違ってても楽しくやれるよ、安心しな。
アタシは遠い空の下で待ってるから、いつか同じステージで音をぶつけ合おうぜ。その日までアタシはキチンと走り続けて、背中を見せ続けないとな。
かつてスタートを踏みしめたこの場所で、アタシは新しい一歩を踏み出せた気がした。
END
終わりだよ~(◯・▽・◯)
福岡楽しみです(両日現地
味付けの濃いD/Zealになったので、またぴょんさんに怒られてきますね...。
【参考】
「ハーモニクス」 D/Zeal
「餞の鳥」 D/Zeal
「スタートリップ 」 ジュリア
「Catch my dream」 最上静香
ハーモニクス発注用のえいちPポエム
【補足】
過去作と似てるシチュエーションとかセリフが出てきますが、パラレルワールド的な別の世界線のお話です。長いですがよければそちらも。
ジュリア「夢路」
【ミリマスSS】ジュリア「夢路」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/i/read/news4ssnip/1479626460/)
世界線別でもあのオーナーのこと触れられてて嬉しい
乙です
ジュリア(16) Vo/Fa
http://i.imgur.com/AC10XEb.png
http://i.imgur.com/iT7Xn9F.png
>>3
最上静香(14) Vo/Fa
http://i.imgur.com/VHDs2b4.png
http://i.imgur.com/v0ZXkwf.png
>>32
「ハーモニクス」 「餞の鳥」
http://www.youtube.com/watch?v=w99GzMcqxV8
「スタートリップ 」
http://youtu.be/gGkupQg3-Uw?t=107
「Catch my dream」
http://www.youtube.com/watch?v=DUAVVN3OSeg
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