プロデューサーが死んでしまった西城樹里 (12)
軽く読めるものです
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「お悔やみ申し上げます」
社長から『作法』として教えてもらった通りの言葉を吐き、あの人が高校までを過ごしたという家の玄関をくぐった。出迎えてくれたおばさんは、目元がプロデューサーによく似ていた
「今日は来てくれてありがとうね、その……うっ」
ハンカチで拭われる目元も、よく似ていて。胸の奥がズキリと痛んだ
階段を踏んで、プロデューサーが眠っている部屋を目指す。
訃報を受けてから黒くした髪の毛が窓ガラスに映った。アンタには見せられなかったな、と心残りが生まれた。
部屋に入る。勉強机、ベッド、本棚と普通の家具の中に一つ、大きな違和感を覚えるものが鎮座していた。部屋の空気は重くて、線香の匂いがきつかった。
一度息を吸って、吐いて、訳も無くうるさくなっている心臓を静かにさせようとした。ダメだった。
諦めてそのまま、歩く。白い棺の中、透明な板(アクリルかガラスかどっちだろう)を挟んで、もう動かなくなったプロデューサーと顔を合わせる。
寝ているようだった。普段事務所で仮眠を取っているときと同じ目の閉じ方。違う顔色ではあった
一人で来て良かった、と心の底から思った。こんなにボロ泣きしているのをみられたくなかったから。ああ、死んでしまったんだと、ちょっと出張に行っているみたいだった感覚が全部、『死』の実感に変わった
果穂はふさぎ込んで家から出ず、ちょこは事務所に入り浸って痕跡を探っているようで。夏葉はずっと寝込んでいるらしい。
凛世は……そもそも連絡が取れない。大丈夫だろうか心配だ
みんな、プロデューサーがいなくなったことでダメージを受けている。
だからこそ、自分は、自分だけはと気丈に振る舞っていた。けど、もう疲れた。死に顔を観て、これまで堪えていたもんが全部溢れる
「……私は、下に行っているから。ゆっくりとお話していってね。じゅりちゃん」
「はい。ありがとうございます」
爪を立てて、今にも叫び出したいのを堪えて、震えた声で返事をした
棺の前で体育座り。パンツが見えるだろ、って生きてたら諭してくれたかな
『ちょっと、気をつけるんだ』
ああ、声が聞こえる気がする。
棺から目をそらして、窓ガラス越しに空を観た。雲一つ無い青空だった。腹が立った
締め切った空気を入れ換えたくて、立ち上がって窓ガラスを開けた。生ぬるい初夏の風が入り込んできた
空を見つめる。
『樹里、樹里』
あれ、なんか観たなこういうの。ああ、借りた漫画にあったんだっけ。死んだ人が青空を背景に、笑顔を向けてくるやつ。こういうのを観てしまうなんて、本当に疲れてるんだな。そして、本当に死んだことがショックだったんだな
『死んでないよ』
……ん?
『俺はまだ生きてるよ。なんかヤブ医者が死んだって診察して棺にブチ混んだだけなんだよ』
……幻聴か? 幻覚か? 両方か? なんか、空にうっすらと見えるプロデューサーが喋ってたりするような……なんだこれ
『いま直で樹里の精神に語りかけてるよ。黒髪も似合うな』
「はぁ!?」
空に浮かぶプロデューサーは笑った
『ようやく気づいてくれたね……』
「いやちょっと待てちょっと待てよ!! あ!? こういうのって死んだ~っていうのを表す漫画的な表現じゃないのか!? もしくは幻覚か幻聴だ
ろ!?」
『俺はまだ生きてるんだよ。その証拠に棺を開けて俺の心臓の音を聞いてごらん』
「そんな、仏様に罰当たりな…」
『いいから、確かめてくれ』
しぶしぶ棺の蓋を開けて、プロデューサーの胸に手を置いた。どくん、どくんと、脈打つ鼓動が手のひらに伝わってくる
「…………動いてる」
『でしょ?』
「死んでねえじゃん!」
『死んでないんだよ!! 本当は!!』
窓まで走ってプロデューサーを観る
「なにあれ!? なに!? ハァ!?」
『トラックにはねられた後カーキャリアにはねられ、電柱に激突した後ダンプカーにはねられたのが俺の死因……ってことになっているけど、実際は
仮死状態だったんだ』
「あれで死んでねえの!?」
『医者も「これは死んだでしょ」って思ったらしい』
「誰だってそう思うだろ……」
あれは『まだ生きてるね』って診断する方がヤブ医者だっていわれておかしくないだろ
プロデューサーはそのまま続ける
『仮死状態で一命を取り留めた後、俺はこうやって空に浮かび、親しい人の精神に語りかける能力が発現したんだ』
うつむきながらこれまでを語る
「いや最後がよく分からねぇ、全然分からねえ! なにその能力!?」
『俺に訊かないでよ分からないんだから……』
プロデューサーは頭を抱えている。頭を抱えたいのはこっちだよ
『でな、どうにかして蘇生してもらおうと、仮死状態から治療してもらおうといろんな人に語りかけたんだ……でも、失敗ばっかりだった』
「死人の声が聞こえたらそりゃ怖いだろ……実際アタシもまだ信じ切れてないし……」
『医者は「祟りだーーーー!!!」って叫んで病院に引きこもるようになったし、果穂に語りかけたら怖がって家からでなくなっちゃった』
「果穂が引きこもってる原因アンタだったのかよ!! いや元々アンタだけど輪をかけてアンタじゃねえか!!!」
『それからめげずに智代子に……言ったら幻覚と幻聴って思い込んじゃって、事務所に行くようになっちゃった。夏葉は語りかけたら普通に怖がられた』
「いまの放クラがしんどい原因がこんなことだったのかよ……」
『凛世だけは信じてくれてね……すぐに方法はないかって調べに行ってくれたよ。もう親も俺の語りかけで病んでノイローゼになってたからね』
「そりゃ死んだ息子の声が聞こえてたら精神病を疑うだろ……」
『だから樹里には凛世と協力して、俺の肉体の蘇生をしてもらえるように』
『お願いします、樹里さん』
見上げた空に、もう一つ顔が出てきた
「凛世!?!?」
凛世がプロデューサーと同じように空に浮かんでる。なにこれ? この世の光景で正しいのか? 勇者ヨ〇〇コでも観ねえよ二人並んでの仏は。え、凛世も仮死状態に?
『おお! ついに成功したのか!』
『はい。肉体と精神……二つを切り離し、空へ昇る感覚を掴めば、なんとかできました』
「出来ちゃだめだろ!?」
頭が痛くなってきた
『そして…これが可能になり、分かったことがあります。精神の抜けた体が、空の下にあれば、いつでも戻ることが出来るのです』
『おお! そうなのか!』
『ですのでプロデューサーさまの蘇生のため…これから、樹里さんには、その棺を窓から落としてもらいます』
「凛世!?」
『いや、棺込みだと重すぎるだろう。条件を訊く限り棺は必要ないし。樹里、俺の体だけでいいから突き落としてくれ』
「何を頼み込んでんだ!? 死体を二回から落としてみろ!! アタシは二度とお日様の下を歩けなくなるぞ!?」
『樹里さん……どうか、倫理観や意識が先立ち、抵抗はあると思われますが……プロデューサーさまが蘇生するために……どうか……』
凛世は深々と、空の上でお辞儀をする。お辞儀が深すぎて見えなくなったんだけど。なに、画角とか決まってんの? なにそのシステム
「……っああ!! もう!! わかったよ!! やればいいんだろ!?」
もうこうなったらヤケだ。あの体をここから落としてやる
「うっ、ううん……! 結構、重い…!」
『ファイト!!』
「自分の体を二階から突き落とそうとしてる人間を応援するな!」
訳わかんねえよ、なんだよこれ、夢であってくれよ
「樹里ちゃん、ここまで暑かったでしょ。お茶入れたからジュリチャン!?!?」
プロデューサーのお母さんがお茶を入れてくれた。ありがたいけど、この状況で来てほしくはなかった
「ちょっと!! 息子!! 息子の遺体に何をしているのあなた!! 樹里ちゃん!! 気でも狂った!?」
「狂ってるのは世界の方です!! 止めないでくださいお母さん!!」
「何をしようとしているの!? 死んだ息子の体に恨みとかあるの!?」
『母さんだから俺は死んでないって』
「いやああああああ!! また息子の声が聞こえるぅうううううううう!!!」
『お義母さま……プロデューサーさまがおっしゃる通り、まだ、体は生きております……』
「声が増えたぁああああああ!! いやああああああああああ!! 女の声ェ!!!!!!!!!」
「頼むからこれ以上アタシを混乱させねぇでくれ!!」
脇の下に腕を入れ、プロデューサーの遺体(仮)を引きづる
「いいんだな!? 本当に!? いいんだな!?」
『ええ…お願い、します…』
『やっちまえ樹里!!』
「息子ォおおお!!!!!!!」
「南無三!!」
もう色々と面倒になったので、全てに無視を決め込んでプロデューサーの遺体(仮)を投げた
『いまです……プロデューサーさま……!』
『おう!!』
すると、空に浮かんでいたプロデューサーの顔が地面に落ちた体に向かって跳んでいく。まばゆい光に包まれた後、眠っていた体が動き出した
「ああいたたたたたたたたた!!! 痛い!!!! 折れてる!! 色々と!!」
「本当に生き返った!?」
「息子がゾンビになったァーーーーーーーーー!?!?!」
おばさんはアタシの後ろで泡を吹いて気絶した。プロデューサーは下から「救急車を呼んでくれ」とアタシに叫んでいた
空の上の凛世は涙を流し、『本当によかった』と言っていた
アタシはこの後、自分の精神を信用できなくなって、疲れを取るために健康ランドに行った。そこのテレビでプロデューサーがインタビューを受けていた。大事故から生還した人、としての取材だった
どうやら棺の中で目醒めた後、自分で身投げをしたとアタシのことを伏せてくれたらしい
「いや真実を言っても誰も信じないだろ……」
的外れなツッコミをしながら、フルーツ牛乳を飲み干した
【おわり】
ここまでです、ありがとうございました
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