【ガルパン】みほ「私は、あなたたちに救われたから」 (734)




夕陽のような暖かさが、月明かりのような美しさが、私を私にしてくれた

雪のように白く、細い指が私の手をとってくれた

海のように深く、空のように澄んだ瞳が、私を繋ぎとめてくれた

貴女がいなくなっても、その記憶がどんどん崩れていっても、それだけは忘れられない

だから、せめて、私の中に残った貴女の残滓を僅かでも良いから世界に遺したかった

生きるに値しない私でも、ただただ虚ろな私でも、そうする事で貴女の願いに応えられると思ったから

だけど、



『お前は………………誰、なんだ…………?』



だけど私には、何もなくて

なのに私は、救いようのない罪を重ね続けて

それでも私は、生きようとして



空っぽの自分を突きつけられた



当たり前だ

だって、私は何も積み重ねてこなかったのだから

それどころか、大切な人の大切なものを奪い、偽り、汚した

その罪が白日の下に晒されたとしてもそんなの自業自得で、私が、全て悪くて、

それなのに私は、真っ白な世界でまだ生きている

沢山の人を裏切り、大切な人達を傷つけたのに

それでも私は


過去に縋り

今を否定し

あるはずのない未来を願ってしまう


つまるところ、私はどこまでも愚かで、無様で、虚ろで



救いようのない人間だった




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1553347133






夕暮れはとうに過ぎ、周囲を照らすのは規則正しく立っている街灯と月明かりだけになっていた。

プラウダ高校との準決勝を終え、傷ついた戦車たちを車庫に収めた大洗女学園の戦車道チームの面々は、学校の校門前に集合していた。

準決勝は過酷だった。寒さに、プラウダの強さに、極限まで追いつめられた。

結果的に勝利できたとはいえ、その疲労は凄まじい。

けれど、立ち並ぶ彼女たちの顔は疲れとはまた違った様相を呈している。

それを一言で表すことは難しく、それでもあえて表すとしたら―――――動揺と困惑だった。


重く、息苦しい空気が辺りを満たしている。

事実、試合会場からここに来るまでの間、何か一言でも発した者はいなかった。

そんな空気を散らそうとするかのように、校門を背に彼女たちの前に立つ小柄な少女―――杏が気の抜けたような声を上げる。


杏「あー、みんな今日はお疲れさーん。いやー寒かったねー」


この場の空気に全くそぐわないその様子は、けれども重い空気に波一つ立てる事はできない。

しかし、杏はそれを気にせず……気にしていないかのように振舞う。


杏「とりあえず、これで次は決勝だよ。試合までまだ時間があるから各自ゆっくりと休んで。みんな、今日はお疲れ様でした!」


杏はそのセリフを解散の号令として言ったつもりだった。

今日はこのまま自分たちの家に戻って、ゆっくり休んで欲しい。

その気持ちは本心だった。そして、そうしてくれと内心懇願していた。

しかし、空気は重いまま、誰一人として帰ろうとはしない。

そもそも、皆の視線は既に杏を見ていなかった。

彼女たちが見ていたのは杏の更に後ろ、校門に寄りかかって腕を組んでいる少女だった。


そこだけ世界から切り離されているかのように真っ白な髪の少女は、皆の視線が自分に向けられている事に気づくと一瞬、逡巡したように視線を揺らす。

そして決意したかのようにゆっくりと杏の隣に歩いてくる。


杏「……じゃ、じゃあ逸見ちゃんからも何か一言もらえる?ほら、決勝にあたっての激励とかさ」


杏は引きつった笑顔で無理やりおどける。

やはり、空気は重いままだった。



そして白い髪の少女、逸見と呼ばれた少女がゆっくりと口を開く。


「……今日の試合は、私のせいで迷惑かけちゃったわね。結果的に勝てたとはいえ、ピンチを招いたのは私よ」


その口調は気が強い少女のものだった。

ここにいる誰もが何度も聞いてきた声で、話し方だった。

その姿は強くて、凛々しい姿だった。


「だから、決勝はもっと、ちゃんと……」


けれど、その凛とした姿がまるで油の切れた機械のようにぎこちなく、声が、息が、途切れ途切れになっていく。

鋭く細めていた瞳が怯えたように見開かれ、まるで助けを求めるかのように周囲を見渡す。

そして、何もかも諦めたかのようにうつむくと、


「……さよなら」


呟くようにそう言って、逃げるように走り去っていった。


沙織「ま、待って!!」


その後を沙織、優花里、華、麻子の4人が追いかけていく。

残された生徒たちは走っていく彼女たちの背中をしばし見つめるも、やがて杏の方を振り向く。


杏「……みんな、今日はもう帰ろう」

梓「帰れると、思ってるんですか」


ふるえた声を出したのは梓だった。

その瞳は声とは対照的に真っ直ぐに杏を見据えている。


杏「……やっぱり、ダメだよね」

梓「会長、教えてください。あの人は、誰なんですか。エリカ先輩は……誰なんですか」





『こいつの名前は――――――西住みほ。黒森峰の隊長西住まほの妹にして、去年の敗戦の原因を作った元副隊長よ』



プラウダの隊長であるカチューシャがまるで死刑宣告のように告げたその名前を、梓たちは知らなかった。

そして、『逸見エリカ』という人間が既に亡くなっている事も。

当たり前のことだ、自分たちの目の前にいる人の生死を疑う様な人間はいない。

ましてや、死者の名を騙っているだなんて事を想像しろというほうが無理なのだから。

故に、梓たちは未だにカチューシャの言葉を信じようとはしなかった。

だから、聞かないといけなかった。

何かを知っているのであろう杏に。

杏もそんな梓たちの気持ちを理解しているのだろう、自身の言葉を待っている生徒たちをゆっくりと見渡すと、諦めたような吐息と共に口を開く。


杏「……私たちの知っている逸見ちゃんは、今日まで私たちを導いてくれていた隊長は――――『西住みほ』だよ」


求めていた答えは、けれども最も聞きたくなかった真実となる。

アリクイさんチームの車長であるねこにゃーが呆然と呟く。


ねこにゃー「プラウダの隊長の嘘じゃなかったんだ……」

杏「ごめんね、黙ってて。でも、私が勝手に言う訳にはいかなかったから」


アヒルさんチームの車長である典子が、動揺をぐっとこらえて一歩前に出る。


典子「会長。隊長はなんで、名前を騙っていたんですか」

杏「……私が知ってるのは、本当に上っ面の部分だけだよ。あの子が何を思って、どうしてそうしたのかはきっと理解できないと思う」

典子「それでも。このまま何も知らずにいられるわけないじゃないですか」


本当は叫びたいのだろう。典子の声は低く、震えている。

そしてその気持ちは、ここにいる全員同じだった。


杏「……そうだよね。うん、わかった。話すよ。きっともう、それしか無いんだと思う」



そうして、杏は静かに語り始める。

物語というにはあまりにも断片的で、

事実というのはあまりにも悲劇的な

現実感のない、けれども確かにあった過去を。

常人では理解できない、けれども確かな『結末』として自分たちの前に存在していた『彼女』を。








沙織「ねぇっ!!待ってってば!!」


学校を離れ、住宅街に差し掛かるあたりで、沙織たちは白い髪の少女の背中を捉える事が出来た。

しかし、必死にその背中に呼びかけ、引き留めようとするも、みほは一向に止まる気配が無い。

遠くなっていく影を繋ぎとめるため、沙織は彼女の『名前』を叫ぶ。


沙織「っ……西住さんっ!!」


白い影が、ピタリと止まる。


沙織「ねぇ、西住さん……お願いだから、ちゃんと、話をしよ?」

「……」


振り向かないまま返ってきたのは無言の拒絶。

ならばと、沙織はさらに言葉を重ねる。


沙織「教えて。あなたは誰なの?」

「何度も言わせないで。私は、逸見エリカよ」


その返答を沙織は無視する。

答えは既に出ているのだから。

誤魔化すことは出来ない。それは、みほも理解しているはずなのに。


沙織「去年の決勝で亡くなったのは……えり、エリカさんだったんだね」

「違うわ。言ったでしょ?あの事故で死んだのは西住みほ。生きているのは逸見エリカ」

優花里「違いますっ!!」


沙織を押しのけるように前に出た優花里が涙交じりの声で否定する。


優花里「あの事故で亡くなったのは……逸見、エリカ殿です。私は、あの決勝の会場で、エリカ殿が乗った戦車が流されるのを見ました。それを、助けに行ったあなたも」


みほは振り向かない。


優花里「たとえ被害者の名前が伏せられたって、ちょっと調べればわかります。あなたは……西住、みほ殿です」




優花里は知っていた。

逸見エリカと名乗る少女が、西住みほだという事に。

あの日、逸見エリカという少女が転校してきたと聞いた時、優花里は同姓同名の別人だと思った。

優花里は見ていたから。

あの日、決勝の会場で起こった悲劇を。


だから、ある日、廊下で真っ白な髪の少女を見た時彼女が『逸見エリカ』だと気づいた。

そして、こう思った。


彼女は、壊れている、と。


優花里「西住殿っ!もうやめましょうよ!?こんなのっ……こんなの辛すぎます……」


だけど優花里にはどうすることも出来なかった。

かつてみほが言ったように優花里は知識だけで、何も知らないから。

そしてどうすることも出来ないまま今日、彼女の真実が明るみに出されてしまった。


優花里の目から涙がとめどなく流れる。

いつか、みほの行いがいつか破綻するだなんてわかっていたのに何もしてこなかった自分の不甲斐なさが情けなくて、

きっと、何かしたところでどうしようも無かった事を理解してしまう事が悔しくて。

感情に任せて泣き叫んだところで、何一つ現状は良くならないのに。





華「……教えてください。あなたはなぜ、そんな事をしたのですか」


泣き崩れそうな優花里を支えながら、今度は華が問いかける。

たとえ理解できないとしても、本人の口から理由を聞かなくてはいけない。

華はそう思った。


「……ねぇ、あなたたちから見て私はどう見えた?」


返答の代わりにみほは逆に問いかける。


「優しかった?カッコよかった?強かった?」


どういう意味かと考えている沙織たちに、更に問いが重ねられる。

その答えに沙織たちが窮していると、みほがそっと振り返る。

その表情からは凛々しさは消え、柔らかく、今にも崩れ去りそうな笑みを浮かべていた。

彼女とは毎日のように会ってきたはずなのに、沙織たちはまるで初めて彼女と会ったかのように感じてしまう。


「私にとってのエリカさんはそんな人だった。どんな時でも凛々しくて美しくて、私を救ってくれた人だった」


みほがそっと月を見つめ、手を伸ばす。

少し欠けた月の輪郭を指先でなぞり、降り注ぐ月明かりをそっと手のひらで受け止めて、その手を閉じる。

そして、胸元に持って来た手をそっと開く。


「……ははっ」


もちろん、そこには何もなく、みほはそれを見て乾いた笑い声を出す。


その行動の意味を理解できない沙織たちは訝し気な表情をする。

やがて、みほは何事も無かったかのように向き直る。


「そんなエリカさんと比べたら、私の価値なんて無いのと同じで、だったら、エリカさんがいたほうが良いでしょ?だから私は――――逸見エリカになったのよ」


みほの表情が凛々しさを取り戻す。

それがつまり、みほにとっての『エリカさん』で、自分たちが見てきた『彼女』の真実なのだと沙織たちは確信を得る。


華「……西住さん。あなたの道は、あなただけのものなのです。誰かの姿を借りて進める物じゃありません」


華の諭すような言葉に、みほは何か思うところがあるかのようにそっと彼女を見つめる。


「華、前に言ったわよね?私は、納得できないことが嫌いだって」

華「……はい」


みほの顔から表情が消え去る。


「私が一番納得できないことはね、私が生きている事。エリカさんが死んだ事」

華「っ……」

「最初から道なんて無かったの。だって……エリカさんのいない世界に納得できることなんて一つもなかったから」



華はもう、何も言い返すことが出来ず、悲しみに目を逸らしてしまう。

先ほどまで支えていた優花里に、今度は支えられるようにその身を預けてしまう。

その様子にみほは満足げに頷くと、沙織たちの知っている『エリカ』のように優しい声を出す。


エリカ「大丈夫よ。決勝さえ勝てれば学園艦は守られるから。みんなだってそれはもう知っている。だからきっと私の事も受け入れてくれる。それで、いいのよ」


これでもう話は終わり。そう言わんばかりにみほはまた沙織たちに背を向ける。

しかし、


沙織「……西住さん。きっと、エリカさんはあなたにそんな事して欲しくないよ。ちゃんと、自分の人生を生きて欲しいって思ってるよ」


沙織の呆れたかのような、吐き捨てるかのような言葉がその背中に突き刺さり、みほが振り返る。

その顔に浮かぶのは、怒りだった。


「……あなたに、あなたに何が分かるの?あなたがエリカさんの、何を知ってるの?」

沙織「……私は、エリカさんと会った事無いよ。顔も知らない」


淡々と、何を分かり切った事をとでも言いたいかのような沙織の言葉にみほは更に苛立つ。


「ならっ……勝手な事言わないでっ!私のほうが、ずっと……ずっとエリカさんを良く知ってるっ!」

沙織「それなのに気づいてないからだよ。……ううん、きっと気づいてるはずなんだ。西住さん、あなたの見てきたエリカさんはホントにそんな人だった?」

「私よりも、エリカさんがいるほうが正しいんだよ」

沙織「そんな話していない。正しいとか、正しくないとか、そんなのどうでもいい。

   私は……西住さん、あなたの言葉が聞きたいの。あなたの知っているエリカさんは、あなたがエリカさんのフリをして喜ぶような人だった?

   あなたが、そこまでして生きていて欲しかったエリカさんは、本当にそんな人だった?」

「っ……」


沙織がみほに近づく。

鼻先がぶつかりそうなほど顔を寄せて、逃げる事も、誤魔化す事も許さないと言葉に力を籠める。


沙織「答えて」


沈黙が彼女たちの間に流れる。

みほを見つめる沙織の瞳は揺らぐことが無く、耐えきれなくなったみほは目を逸らす。

そして、絞り出すかのようにかすかな声で、


「……それでも、私にはもうこれしか無いんだよ」


そう言って今度こそみほは去って行く。

その背中は何もかも拒絶していた。きっと、他でもない自分自身も。

だから沙織は追わなかった。

今の彼女にこれ以上何を言っても通じないと思ったから。





沙織「……私たちも帰ろう。それで、ちゃんと考えをまとめて、あと他のチームの人たちとも話し合って……」


沙織が今後の行動を確認も込めてみんなに伝えようとすると、沙織の後ろ、優花里と華の更に後ろから小さな影が出てくる。


優花里「麻子殿……?」


のそりと、まるで足を引きずるかのようにゆっくりと麻子は歩く。

どこか虚ろなその瞳は、沙織の後方、みほが去って行った方を見ていた。

学園艦に戻ってからずっと黙っていた幼馴染のおかしな様子に、沙織が心配そうに声を掛ける。


沙織「麻子、どうしたの?」


沙織はかがんで、麻子の顔をのぞき込むように見る。

麻子はちらりと沙織と視線を合わせると、再びみほが去っていった方向に視線を戻す。

いったい、どうしたのだろうかと沙織たちが心配していると、麻子がぼそりと口を開く。


麻子「……なぁ沙織」

沙織「何?」

麻子「いつっ……西住さんは、大切な人を失ってたんだな」

沙織「……そうだね」


みほにとって、逸見エリカという人間はどれほどの存在だったのだろうか。

それを推し量る事なんて誰にも出来ないだろう。

それでも、計り知れないほどの想いをエリカに持っている事は沙織にもわかる。

それでも、みほのしたことを理解できなかった。

その事に沙織が内心歯噛みすると、目の前で麻子が崩れるように膝をつく。


麻子「……なんで、私は気づけなかったんだろうな」


呆然と呟かれた言葉。大きく見開かれた瞳から涙が静かに流れだす。


麻子「なんで、私は西住さんの気持ちが理解できないんだろうな」


その表情が怒りと悲しみと、悔しさに歪む。


麻子「大切な人を失った気持ちは、一番、私が理解できるはずなのにっ」


その細い手が舗装された道を殴りつける。


麻子「私は……『友達』だって、言ったのに……」





必死で声を押し殺し、それでも堪えきれない泣き声が漏れ出してくる。

その肩を沙織が抱きすくめようと手をのばすと、麻子が首を振ってそれを拒絶する。


麻子「なのに私は、わからないんだ。沙織、私は……西住さんに何をしてあげればいいのか、わからないんだ……」


沙織は知っている、麻子は不愛想なように見えて、誰よりも情に厚い子なのだと。

その麻子が、自分から友達だと言った『彼女』の事を、気にしていないわけがないと。

だから沙織は麻子をぎゅっと、正面から抱きしめる。

額を合わせ、かつて泣きじゃくる自分に母がそうしてくれたように、優しく語り掛ける。


沙織「……麻子、私もだよ。簡単に答えが見つかれば苦労しないよね」


麻子の潤んだ瞳が沙織の瞳と合わさる。


沙織「だから、一緒に考えよう。きっとみんなも、そう思ってくれてるから」


沙織はここにはいない人たちを想う。

今頃、彼女たちもみほの『真実』を聞いているのだろう。

それを今すぐ理解することなんてできないだろう。

それでも、同じ戦いを乗り越えてきた彼女たちとなら、仲間たちなら、

決して、考える事をやめないだろうから。

だから、自信を持って麻子に笑いかける。


その笑顔に麻子は苦笑して、大きく深呼吸する。

肩を貸そうとする沙織の気遣いを固辞して、ゆっくりと立ち上がる。


麻子「……すまない。ちょっと取り乱した」

沙織「良いんだよ。友達なんだから」

麻子「……ありがとう」

沙織「あれ?随分素直にお礼言うんだね」


気恥ずかしそうに頬をかく麻子に、沙織がからかうように笑いかける。


麻子「……善意には感謝で返せ。そう、教えてくれた人がいたからな」

沙織「……そっか」

優花里「でも、西住殿はどうすれば……」

華「彼女の心は深い底で、固く閉ざされてます。生半可な説得ではさらに頑なになるだけでしょう」


沙織がみほが去って行った先を見つめる。

先ほどみほを見つめた時のように揺るがず、強い決意を込めて。



沙織「だけど、このまま終わりになんて出来ない。終わりになんてさせない……絶対に」



その言葉に、ここにいる全員が問われずとも頷いた。



今日はここまで。
さぁ新スレ開始です。また来週、と言いたい所なんですが…
すみません、仕事の都合でちょっと来週の投稿が難しいかもしれません。

幸先悪くて申し訳ありませんが、一応続きは再来週ということでお願いします。

言うの完全に忘れてました。
このスレは、

1スレ目【ガルパン】エリカ「私は、あなたを救えなかったから」
【ガルパン】エリカ「私は、あなたを救えなかったから」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1514554129/)

2スレ目【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」
【ガルパン】エリカ「私は、あなたに救われたから」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527426841/)

上記の続きの3スレ目になります。







誰だって友人の一人や二人いるだろう。

そして、特に仲の良い親友と呼べるような存在がいる者もいるだろう。

その友人を失って悲しみに暮れる気持ちがわからない者はいないだろう。

その原因が自分だと、そうこじつけられてしまうとしたら、そう考えてしまう気持ちもわかる者はいるだろう。

けれど、その果てに自身がその友人になろうとする。その気持ちを理解できる者は、いないだろう。


杏が語った一節は、つまりそういう事だった。


校門の前に並ぶ少女たちは、先ほどよりもずっと重く、暗く、ともすればそのまま夜の闇に消えてしまいそうなほど沈み込んでいた。

杏の口から語られたそれは、あまりにも理解を越えていた。いや、理解できる部分は確かにある。

みほに共感して瞳を潤ませるものも多数いた。だけど、みほが導き出した結論を理解できるものはいなかった。


梓「……嘘じゃないんですか」


そんな中、最初に口を開いたのは梓だった。


杏「嘘だったら私の笑えない冗談で済んで良かったんだけどね」

梓「……あなたは、このことを―――」

桃「会長は……最初から、全部知ってたんですか?」


梓の問いかけは杏の隣にいる桃の言葉にかき消された。

呆然と見開かれた瞳は、杏を見ているようで別の誰かを見ているかのように揺れている。

そんな桃を見つめ、杏は躊躇うように、諦めたように頷く。


杏「……うん」





その瞬間、桃が杏の胸倉を掴みあげる。元より腕力は人並み以上だった桃によって小柄な彼女の体は難なく吊り上げられ、その表情が息苦しさに歪む。


柚子「桃ちゃんっ!?」


突然の事に柚子が驚き、止めようと近づくも桃の鬼気迫る表情の前に彼女は動けなくなってしまう。


桃「なんでっ……なんで言ってくれなかったんですかッ!?なんでッ!?」


怒りと動揺がないまぜになった声に杏の瞳が大きく開き、揺れる。

けれど、すぐにその表情をかき消して代わりにいつもの様におどけたような、軽い笑みを作る。


杏「……そっちのほうが色々都合が良かったんだよ。それだけ」

桃「ふざけないでくださいっ!?あいつは私たちのために必死で戦ってたのにっ!!なのにっ、なのにっ……」


喉が裂けそうなほどの怒声がどんどんとその勢いを失っていく。

真っ白になるぐらい力の込められていた手から力が抜けていき、すり抜けるように杏の胸元から離れ、垂れ下がる。

それに合わせて崩れ落ちるように桃は膝をつくと、合わない焦点で地面を見つめながら呟くように声を出す。


桃「私は、逸見に……西住に……取り返しのつかない事を……」


桃の脳裏を駆け巡るのはただただ後悔の念だった。

自分がかけた期待が、激励が、我儘が、全てみほを傷つけていたのだと。

そしてみほを戦車道の場に引きずり出したのは杏で、そうした理由に桃は心当たりがあった。


桃「……私が、廃校を嫌がったからですか?私が、会長にそこまでさせてしまったんですか?」

杏「違う」


その言葉を杏は即座に否定する。

しゃがみ込んで、へたり込む桃に目線を合わせて、その瞳をまっすぐ見つめる。



杏「河嶋、悪いのは全部私だよ。事情を知ってて、いつかこうなる事もわかってたのに、私は西住ちゃんを引っ張り出したんだ」

桃「そんなのっ……」

杏「お前の気持ちなんか関係ない。廃校が嫌だったのは私も同じで、私は……私が、そのためなら何でもしようって思っただけなんだ」


桃が瞳を涙で潤ませ、悔しそうに歯を食いしばる。


桃「そうやって……あなたはまた全部一人で……」

杏「……ごめんね河嶋」

桃「謝らないで、ください……」


その言葉を最後に、桃はうつ向いて何も言わなくなった。

震えるその肩を杏は哀しそうに見つめると、二人の様子を見守っていた他の生徒たちに向き直る。

そして、強く瞼を閉じてゆっくりと開く。


杏「みんな、もう一度言うね。もう、帰ろう」


一人一人を見つめるように視線を配る。

最初に声をだしたのは、レオポンさんチームの車長であるナカジマだった。


ナカジマ「……わかったよ。みんな、帰ろっか」


数少ない最上級生であるナカジマの言葉に、少女たちはどこか納得できないという面持ちを抱えながらも各々の家路につこうとゆっくりと歩きはじめる。

しかし、その流れに逆らって梓が飛び出した。


典子「澤っ!!」


典子の声に、駆け出した影―――梓は引き留められる。


典子「どこに行く気だ」


梓は振り向かずに答える。


梓「……隊長のところです。あの人の口から、本当のことを聞いてきます」

典子「ダメだ」

梓「嫌です」




典子の説得に梓は頑なに首を振る。

見かねたチームリーダーたちも梓を諭そうと声を掛けてくる。


ナカジマ「澤さん、今隊長に話を聞いたって仕方が無いよ。お互いが動揺したままじゃ会話になんてならないんだから」

カエサル「急いては事を仕損じる。気持ちは分かるが、焦った所で拗れるだけだ」

そど子「とりあえず、落ち着きなさいよ」


ナカジマ、カエサル、そど子が次々に言葉をかけてくる。

しかし、梓はそれに我慢できないといったように怒りを露わにして叫ぶ。


梓「っ……みんなは納得できるんですかっ!?今日まで信じてきた人が、既にいない人で、私たちの知っているエリカ先輩は、そう名乗ってるだけの別人だったって言われてっ!!」

典子「澤……」


典子の呟くような声には梓への理解と同情が込められていた。


おそらく、この中でみほを、いや『エリカ』を最も信頼し、尊敬し、その背中に憧れていたのが梓だった。

未経験で何も知らないからと自主練に励み、初心者用の教科書まで買って読み進めていた。

プラウダとの試合、追いつめられ、教会に立てこもっていた時、自身の無力さに涙を流していた。

それらは偏に尊敬する隊長の力になりたいという一心からであり、それを知ってるからこそ、皆は何も言えなくなってしまう。


梓「私は、私は納得できませんっ!!ちゃんと、ちゃんとあの人の口から本当の事を聞きたいんですっ!!」


目元を真っ赤にして吐き出すようにそう叫ぶと梓は再びみほたちが走っていた方に向かおうとする。

その手をアリクイさんチームのリーダーであるねこにゃーが掴む。

梓は振り払おうとするが、バレー部の過酷な練習に放り込まれた事により鍛えられたねこにゃーの手はびくともしない。





ねこにゃー「……澤さん。それはボクたちも同じだよ。あの人から本当のことを聞かないと納得なんてできないよ」

梓「ならっ!」


必死の形相で訴えてくる梓の目をねこにゃーは厚いメガネのレンズ越しにじっとみつめる。

あえてすぐには答えず、梓の呼吸が落ち着くまでぎゅっとその手を握りしめる。

やがて、梓の息が落ち着くと微笑んで語り掛ける。


ねこにゃー「だから、ここは帰ろう?帰ってご飯食べて寝て、それでちゃんと言いたい事、聞きたい事を決めてまた話そうよ。だよね?ナカジマ先輩」

ナカジマ「うん、そういうこと」


振られたナカジマがテンポよく同調し、他の生徒達もそれに頷く。

これ以上強情を張っても仕方がない。

梓はそう理解し、ゆっくりと肩の力を抜いていく。

その様子にねこにゃーは安心したように手を離すと、入れ替わるように典子が梓の肩を叩く。


典子「さ、帰ろう。何か食べてくか?」


典子は気安く、気遣いを見せないように誘ったつもりだったが、梓はその手をそっと払うと先ほどとは逆の方へと走っていく。


あや「ちょ、待ってよ!!」

あゆみ「梓ってば!!」

優季「私疲れてるんだけどぉー!」

桂利奈「置いてかないでってばー!!」

紗希「……」


その後をウサギさんチームの面々が叫びながら追いかけていく。

小さな背中達が去って行くのをねこにゃーと典子はどこか悲しげに見送った。



カエサル「……私たちも帰るか」

そど子「疲れたわね……」


カエサルのため息交じりの号令とそど子の同意を合図に今度こそ生徒たちは去って行った。


残されたのはカメさんチーム……生徒会の三人だった。


未だうずくまったままの桃を柚子が心配そうに見つめる。

見かねた杏が肩をかそうと手を伸ばす。


杏「ほら、河嶋」

桃「っ!!」


その手を拒絶するかのように払い除け、桃はゆらりと立ち上がり、どこか覚束ない足取りで去って行こうとする。

杏はその背中に手を伸ばすも、その手は空を掴む。

そして届かなかった背中は揺らめくようにゆっくりと、闇夜に消えていった。


柚子「……ごめんね杏。桃ちゃんも色々分からなくなってるんだと思う」


その痛ましい姿を見かねたのか、柚子は友人としての立場で、杏を気遣う。


杏「……いいんだ。河嶋が怒るのも無理ないんだから。ううん、むしろ嬉しいのかもね。河島が怒ってくれて」


柚子から見えるのは杏の小さな背中だけで、彼女がどんな表情をしているのか見えなかった。

だけど、杏が今にも泣きそうな顔で笑っている事だけはわかった。

ここまでー
私が文章で同時に動かせる人数は3~4人が限度ですね。
一箇所に大人数が集まってると描写しきれませんわ。
また来週です。

逆に
死なせてしまったみほになりきっちゃう小梅ちゃんのいる世界線もあるだろう
悲しいね

>>66

小梅「私は西住みほ。」

まほ「黙れ!!」 バキッ

<<67
いやそこはエリカさんやろ

エリカ「...」ギロ
小梅「エリカ、さん」
エリカ「驚いたわ、あんたがまだ戦車道をやっているだなんてね」
まほ「...」(ハイライト無しまほ
小梅「ぁ、お姉ちゃん」
エリカ「!?あんた!いい加減にっ」ギリッ
勇者優花里「あ!あの!やめてください!お願いしますッ」バッ
麻子「その通りだ。なんなんだ、お前らは」
エリカ「うるさい!部外者は黙れッ」
まほ「...いいんだ、エリカ」ハイライトなし
エリカ「隊長!!でも、コイツは」ワナワナ

みたいな
やべえな、どうにもならない

いやいっそ
エリカ「...」ギロ
小梅「エリカ、さん」
エリカ「驚いたわ、あんたがまだ戦車道をやっているだなんてね」
まほ「...」(ハイライト無しまほ
小梅「ぁ、お姉ちゃん」
エリカ「!?あんた!いい加減にっ」ギリッ
勇者優花里「あ!あの!やめてください!お願いしますッ」バッ
麻子「その通りだ。なんなんだ、お前らは」
エリカ「うるさい!部外者は黙れッ」
まほ「...いいんだよ、エリカさん。赤星さんは悪いんですから」ハイライトなし
エリカ「隊長!!でも、コイツは」ワナワナ
小梅「お姉ちゃん。私、みほ、だよ?」
エリカ「あなたねえ!そんなふざけた真似で!お姉ちゃんが悲しんでるのが解らないの!?」ドンガラガッシャーン
勇者優花里「うわあああっ」ゴロゴロ
沙織「ひいっ、ゆ、ゆかりん大丈夫っ!?」
華「っ、この!!」飲み物ビシャアアア
エリカ「っ.........」ビシャビシャ...
小梅「え、エリカさん?!だ、大丈夫?」
まほ「...エリカさん、もういいよ。今日は帰ろうよ」ハイライトなし
エリカ「く...あなたたち、覚えてなさい!今度会ったらボコボコにしてやるわっ!」
麻子「...のぞむところだ」ギロ
沙織「わけわかんないー!やだもー」
華「...いやな感じです(死なす)」
勇者優花里「...(小梅殿は私が守るっ)」

だな

え、あ、はい(どっひああああ)







プラウダ高校はその校風というべきか気質というべきか、比較的高緯度の海域を航海する。

故にプラウダの気温はいつだって低く、集まる生徒たちも東北から北海道にかけて寒さになれた者が集まってくる。

とはいえ、流石に今日のように雪が吹雪いている中、外に出るような生徒はおらず暖房をガンガンにつけた部屋に籠っていた。

そして、そんなプラウダの中にある談話室にカチューシャはいた。

暖炉がパチパチと音を立て、窓を打つ雪の音がどこか心地よい。

いつもならそれらを子守歌に昼寝でもしているカチューシャであったが、今日は目の前にいる来客を迎えるためにあくびをこらえていた。

その来客とは、聖グロの隊長であるダージリン。

いつだって人を食ったような言動をして、それを咎めたところでどこ吹く風でおしゃべりを続けるダージリンだが、今日はどうも様子がおかしい。


カチューシャ「まったく、あなた自分の学校が負けて暇だからって遊びすぎよ。……私が言えた義理じゃないけどね」


カチューシャはそう言って、ペチーネを齧る。

目の前の来客はわざわざ吹雪に見舞われている中やってきた。

突然の訪問にカチューシャは訝しむも、ダージリンの様子にただならぬものを感じ、腹心であるノンナですら部屋に入れず一人でダージリンと机を挟む事にした。

だというのに、先ほどからダージリンは一言も口にせず、好物であるはずの紅茶にすら口を触れていない。

そんなダージリンの殊勝な態度を最初は面白がっていたカチューシャだが、流石にそろそろ飽きてきてしまった。

せっかく自分が入れてあげた紅茶が冷めてしまうのはもったいないし、何よりもこのまま沈黙が続いてしまうと睡魔に意識を持っていかれてしまいそうだから。

いくらなんでもダージリンの前で惰眠を貪るような無様は見せたくない。

そう思い、カチューシャは今一度、ダージリンに声を掛ける。





カチューシャ「それで?いきなり来たと思ったらだんまり?お茶とお菓子の分ぐらいは私を楽しませてくれてもいいんじゃない?」


黙り込んだままのダージリンが顔を上げ、カチューシャを見つめる。

その碧眼はカチューシャを見つめようとしているのかそれとも目を逸らそうとしているのか、どうにも落ち着かない。

そんなダージリンをカチューシャはめんどくさそうに見つめ、ジャムを口に含んで紅茶を飲む。

紅茶が喉を通り抜け、その温度をカチューシャの小さな体に行き渡らせても、まだダージリンは口を閉ざしていた。


いい加減追い出そうかしらと、寒風吹きすさぶ窓の外に目をやると、そっとダージリンが口を開く。


ダージリン「……カチューシャ、あなたはなんであんな事をしたの」

カチューシャ「……あなたにどうこう言われるような事したかしら?」


ダージリンの曖昧な言葉の意味をカチューシャは理解していた。

元より、ダージリンがプラウダに来る理由と言えば一つしかないのだから。


先日行われた準決勝で、まさかの勝利を収め決勝へ駒を進めた大洗女学園。

その隊長である逸見エリカの『真実』を、カチューシャは大洗の生徒たちの前で告げた。

逸見エリカは、西住みほだと。

ダージリンが聞きたいのはその事なのだろう。





ダージリン「エリカさ……みほさんの事情はあなたが一番知っていたはずでしょ」

カチューシャ「そうよ?死んだ奴の影に隠れていつまでも情けないったらありゃしない」

ダージリン「……その理由もあなたは知っていたはずでしょ」

カチューシャ「ええ、知ってたわ。だからやったの」


ダージリンの責めるような声に、カチューシャは一向に悪びれる様子が無い。

元より、カチューシャは正しい事をしただなんて思っていないのだから。

どれだけ恨みを買おうともそれでも、やらなければならないと思ったのだから。

そんなカチューシャの気持ちをダージリンも理解しているのだろう、今度は自分を恥じるかのようにうつ向く。


ダージリン「……そうね、本当はもっと早く誰かが伝えなければいけなかったのかもしれないわ」


あの時、大洗との練習試合で初めてみほと会った時、言うチャンスはいくらでもあった。

たとえそれでみほや大洗の生徒たちが傷つくことになったとしても、あの時ならばまだ傷は浅かったかもしれない。

そんな結果論に過ぎない後悔を割り切る事も出来ず、ダージリンは自らを苛む。


ダージリン「ケイさんやアンチョビさんや私が。あるいは杏さんが。誰か一人でも、もっとはやく踏み込んでおけば……」

カチューシャ「あなたちがどうこうする義理はないでしょ」

ダージリン「……カチューシャ、あなたが去年の事を悔やんでいるのはよく知っているわ」

カチューシャ「なんのこと?」


シラを切るカチューシャに構わずダージリンは続ける。





ダージリン「……あれは、誰の責任でもない、不幸な事故。それで決着がついているし私もそうだと思っている。

      だけど、そう簡単に割り切れるものではないわ」

カチューシャ「あなたに、何がわかるのよ」


苛立ちを露わに、ペチーネを口に放り込んで乱暴にかみ砕く。

そんなカチューシャの抗議にダージリンは申し訳なさそうにうつ向く。


ダージリン「……ごめんなさい。口が過ぎたわ」

カーチュシャ「いつもの事ね」


そして、ようやくダージリンが紅茶に口をつける。

カチューシャが以前教えた『ジャムを口に含んでから飲む』というロシアンティーの作法を忘れたわけではないのだろう。

しかし、今のダージリンにはそんな余裕はなかった。

紅茶を楽しむためではなく、ただ乾いた口内を潤すためだけにわずかに口に含んで飲み込む。

何よりも紅茶に対してうるさいダージリンのそんな様子に、彼女がそれほどまでに心を疲弊させているのだとカチューシャは察した。

なんとか話を続ける事が出来るようになったのだろう。ダージリンは再び口を開く。


ダージリン「私は、みほさんと直接会った事は無いわ。だけど、知ってはいた。……次代の黒森峰を率いるであろう一人だったんだから」

カチューシャ「知らないほうが難しいでしょ。西住流の姉妹だなんて」

ダージリン「……優しく、思いやりがあって、どこか頼りなさを感じるけど戦車に乗っているときは冷静であのまほさんの意志を誰よりも理解して行動できる副隊長。

      私が知ってるみほさんは、そういう人だった」


ティーカップを持つダージリンの手がカタカタと震える。





ダージリン「でも、私が会ったみほさんは、『逸見エリカ』だった」


言いたくなかった事、信じたくなかったことを吐き出すように伝えると、あとはもうため息のように言葉が続いていく。


ダージリン「信じられなかった。あの子が持っていたであろう柔らかく、穏やかな雰囲気が全て失われていたから」

カチューシャ「失われていた。じゃなくて、捨てたのよ。あいつは」


切り捨てるようなカチューシャの言葉にダージリンは悲しそうに目を細める。


ダージリン「……私には、みほさんの気持ちを理解する事は出来なかったわ」

カチューシャ「できるわけないでしょ。私だって理解できないわよ」


そう、理解なんてできるわけがない。

過去を求めて現在さえ歪めて、未来を捨てる。

そんなみほの気持ちを理解するだなんて事ができるわけがない。

どれだけ失われた命を悼んでも、どれほど自身の無力さを悔やんでも。


それでも、それでもみほはそうする事を選んだのだ。

きっと、誰かの理解なんか求めていなくて、だからこそ、それほどまでの決意が、絶望が、みほにはあったのだと、二人は感じていた。


ダージリン「それでも、もっと……やり方があったんじゃないの?」



それは、咎めるというよりも縋りつくような言葉。

ダージリンはカチューシャなら、自分以外の誰かならもっと誰も傷つかない、方法があったのではないかと、そう思いたかった。

だから、カチューシャははっきりと告げる。


カチューシャ「その『やり方』を探しているうちに、あの子は決勝で西住まほと対面することになってたでしょうね」


ダージリンは納得と悔しさを沈黙で表す。


まほは間違いなくみほの真実を詳らかにする。

その確信がダージリンたちにはあった。

まほが持つみほへの怒りを、ダージリンは試合の中で感じていた。

もしもみほが何食わぬ顔で『逸見エリカ』として決勝の場に立とうとしたのならば、まほは躊躇なくその足元を崩しただろう。

そして、大洗の生徒たちが決勝という大舞台で自分たちの隊長の真実を知ったらどうなるのか、その先は考えるまでもない。


ダージリン「……そうね。カチューシャ、あなたが正しいのかもしれない」


カップをソーサーに置き、ダージリンはスカートの裾をぎゅっと握りしめる。


ダージリン「私は……逃げていたのよ。みほさんから、エリカさんから」

カチューシャ「それこそ、あんたたちがどうこうすることじゃないでしょ。そもそも、ダージリンは無関係なんだから」


カチューシャの正論にダージリンは唇を噛みしめる。

そしてそれを解くようにそっとため息をついた。




ダージリン「そうかもしれないわね……私の心配は、ただのお節介で、ともすれば傲慢なのかもしれないわ……」


ダージリンが何も見たくないと言うかのように両手で顔を覆う。

その両手をそっと離して、潤んで、揺れる瞳でカチューシャを見つめる。


ダージリン「ああそうよカチューシャ。私は、善意や正義感であの子をそっとしておいたんじゃない。私は、私はただ……怖かったのよ」


それは、ずっと言うべきだった、ずっと言いたかった本心。


ダージリン「みほさんに触れることが怖かった。あの子の笑顔が怖かった。当たり前のように他人を演じる彼女が、怖くてたまらなかった」


大洗で初めてみほと会った時、ダージリンは内心動揺を隠すことで必死だった。

みほの現状は知っていたのに、覚悟していたはずなのに。


ダージリン「指先で触れるだけで壊れてしまいそうな彼女をただ、遠巻きにして、偉そうに心配して、それで自分を納得させていたのよ。何もしないくせに、できもしないくせに、それが、あの子のためだって」


仕方がない。自分に出来る事なんて無い。そうつぶやくたび安堵してしまい、同じくらい自身への嫌悪が押し寄せた。

そんな自問自答なんて何の意味もない自己満足だという事なんて気づいていたのに。



ダージリン「あの子が逸見エリカでいたいのであれば、それで良いのだと。時間がいつか解決してくれると。私は、そう思いたかった」

カチューシャ「私は、そうは思わなかった」


その独白を、カチューシャが打ち切る。


カチューシャ「誰かがやらないといけなかったのよ。最悪の結末なんてとっくに迎えているのだから。あとは、どれだけ傷が広がるのを防げるか。

       たとえ最後に深い傷をつけることになるとしても、やらないといけなかった。そしてそれが出来るのは、やるべきだったのが私だった。それだけよ」

ダージリン「……答えなんて、あったのかしら」

カチューシャ「……わかんないわよ。それでも私は――――覚悟して選んだわ。あの子を『壊す』選択肢を」

ここまでー
また来週。

あ、すみません。
今日ちょっと投稿できそうにないので明日でお願いします。





大洗女子学園に点在する学生寮、その一つであるアパートの一室の前に沙織はいた。

扉の前でじっと何かを考えていた沙織だが、覚悟を決めたように扉の横のチャイムを押す。

鳴り響くチャイムの音が扉を通して沙織の耳にも届く。

しかし、扉が開く気配はない。


沙織「西住さん」


ノックと共に沙織が部屋の主の名前を呼ぶ。


沙織「私、武部沙織だよ!今日は練習だからさ、一緒に行こう?」


努めて変わらず、以前と同じように明るく声を掛けたつもりだったが、やはり沙織の声はどこか強張っていた。

結局、扉は開かず廊下に沙織の独り言が響き渡っただけになってしまった。


沙織はため息を一つつき、小さく謝りながらドアノブに手をかける。

何度か力を入れて、ドアノブを回そうとするも僅かに音を立てるばかりで開くことは出来ない。


いっその事ベランダの方から侵入してやろうかと沙織が内心で空き巣まがいの事を考えていると、携帯の着信音が鳴り響いた。

確認してみると、送り主は『えりりん』。

文面は、


『ごめんなさい。今日は体調が悪いから休むわ』


それを見た沙織は悔しそうに、悲しそうに唇を噛みしめると、また先ほどのように明るい声を出す。


沙織「……わかった。何かあったら呼んでね?すぐ駆けつけるから!」


そう言って、逃げるように扉の前から去った沙織を、学生寮の前で優花里たちが迎える。


優花里「どうでしたか……?」


恐る恐ると言った優花里の問いかけに沙織は無言で首を振る。


優花里「やっぱり、今はまだそっとしておいた方が良いのでは……」

麻子「だからといって何もせずにいるのも違うんじゃないか」

華「私たちは、私たちで出来る事を考えるべき、ですね……」


優花里、麻子、華がそれぞれ意見を述べる。


沙織「私たちに出来る事……」


ポツリと沙織はそうつぶやくと、そのまま学校へと向かっていく。

そのあとを3人は小走りで追いかけていった。







準決勝が明けて、休日を挟んだ後の練習。

既に学園は夏休みに入っているが、間近に迫った決勝の為に練習を怠るわけにはいかなかった。

既に作成されているメニューの通りに練習をこなし、朝から始まった練習が終わったのは夕方に差し掛かる頃だった。


杏「みんなお疲れー。もうすぐ決勝だし、色々詰めていこうね。それじゃあ解散ー」


相変わらずどこか気の抜けたよな声で締める杏に、各々思う様な顔を見せつつも、その場を離れていく。

残ったのは生徒会チームと、その前に立ちふさがった沙織だけだった。


柚子は何事かとおろおろして、桃はじっと表情無く沙織を見つめ、杏はわかっていたかのように微笑む。


沙織「会長」


いつもの明るさのかけらもない沙織の声に、杏は困ったように笑う。


杏「……やっぱり、隊長がいないとみんなどこかぎこちないね。やっぱり、隊長がいないと……」

沙織「会長……あなたは、どうするつもりですか」

杏「……西住ちゃんの事はなんとかしてあげたいと思ってる。でも私は……今は大会の事を考えるよ」

沙織「……あなたが、巻き込んだんじゃないですか」


苛立ちを隠しきれてない震えた声が杏に刺さる。

沙織の怒りに杏はそれでも笑顔で答える。


杏「そうだよ。それを咎められても私は何も言い返せない。悪いのは全部私なんだから」

沙織「開き直らないでくださいッ!!」


沙織の怒声が校庭に響き渡る。

杏に怒りをぶつけたところで何も変わらない。それは沙織もわかっている。

どうすればいいかわからない自分への苛立ちもその怒りには込められていた。






杏はやっぱり困ったように笑うと、顔を伏せる。


杏「……ごめんね。でも、私は最後までやらないといけないんだ。優勝して、廃校を阻止出来たら……どんな報いでも受けるよ」

沙織「出来なかったら。廃校が決まったら今度はどうするつもりですか」

杏「……」


杏は何も言わない。

言いたいのに言えないのか、何も考えてないから言えないのか。

どちらでもいい。沙織はそう吐き捨てるように顔をしかめる。


沙織「私はっ……大会とかどうでもいい。西住さんの事をなんとかしてあげたい」


悔しさをこらえるように強く手を握りしめる。

廃校は嫌だ。だけど今、沙織にとって大事なのはそのことじゃない。

みほが辛いのなら、苦しんでいるのなら、助けてあげたい。

それが沙織にとっての最優先事項だった。


沙織「どうすればいいかなんてわからない。でも、あんな状態が正常なわけがない。だからっ」

桃「出来るわけないだろ」


その時、ずっと黙っていた桃が口を開いた。


沙織「……」

杏「河嶋……」

柚子「桃ちゃん今は……」


引き留めようと袖を引く柚子の手を振り払い、杏を押しのけ桃は沙織に迫る。


桃「お前が、あいつの何を知ってる。どんな気持ちで『逸見エリカ』と名乗ってたのかわかるのか?」

沙織「……」

桃「わかるわけがない。そんなの分かる奴なんていないんだ。あいつ以外には」


沙織と桃の視線がぶつかり合う。




桃「なのに、他人が横から口を出すなんて、そんなの上手く行くわけがない」

沙織「だからっ!!試合の事よりもそっちの方を考えるべきだってっ」

桃「いい方法がある」

沙織「え……?」

桃「西住にまた、元気になってもらう方法だ」

沙織「……何」

桃「西住にまた隊長をしてもらえばいい」


名案だとでも言いたげな桃に沙織は舌打ちしそうになる。


沙織「それで解決するならこんな事に……」

桃「あいつの望みを叶えてやればいいんだ」

沙織「それって……」

桃「『逸見エリカ』に戻ってきてもらえばいい」

沙織「ダメだよ……それじゃあ何も変わらない」

桃「変わらなくたっていいじゃないか」




沙織「……西住さんのお姉さんは、西住さんの事を嫌ってる。ううん、憎んでるように見えた。決勝に行って平穏無事に終わるとは思えない」

桃「だったら私たちが守ってやればいい。既に西住の事はみんな知ってる。いまさら暴露したって動揺するやつはいないさ」

沙織「それで、その先はどうするの。エリカさんのままにして、その後はどうするのっ」

桃「……時間が解決してくれるさ」

沙織「本気でそう思ってるの?本気で、あのままにしておけば西住さんが元気になるって思るの!?そんなのっ、桃ちゃん先輩だってわかってるでしょっ!?」


沙織がこらえきれず怒鳴ると、両肩を桃が荒々しく掴んだ。


桃「あいつはっ!!ずっと自分を責めていたんだッ!!逸見の事だけじゃないッ、プラウダとの試合で追いつめられた事だってッ!!」



『……桃ちゃん、あなたは自分を嫌いになった事がある?』



ずっと桃の中で繰り返されたいつかの問いかけ。

その意味が、今なら痛いほどわかってしまう。



沙織の肩を掴む手が震える。

こぼれた涙が校庭を濡らす。


桃「なのに私たちは……何も知らずに、あいつに何もかも押し付けて、勝利を喜んで……」




桃は廃校が嫌だった。みんなと一緒にすごしてきた学校がなくなるなんて嫌だった。

だから、みほを巻き込んだ。

たとえ恨まれたって学園を守れればそれで良い。そう思っていた。

だけど、今は、


桃「私は、私はもう嫌だ……何もできないくせに、責任ばかり押し付けるだなんて真似、できない……」



『私は―――――――エリカさんになれないの? 』



雪のなかに崩れ落ち、呆然と自分を見つめる真っ白な姿。

夢に見る、脳裏に蘇る、その姿が、出会った日から今日までの彼女に重なっていく。


そんな彼女に自分がどれほどの重荷を背負わせていたのか。

その事実は桃にとって、学園よりも重く、許せない事だった。


桃が沙織を突き飛ばすように肩から手を離す。


桃「もういいんだ……負けたって構わない。戦車道が嫌だというのなら、それでも良い。あいつの、好きにさせてやってくれ……私にはもう、それしかできない……」


そしてとうとう桃は泣きじゃくってしまう。

その背中を柚子がさすり、杏はやはり動けなかった。

そして、そんな生徒会の姿を見て、桃の言葉を聞いた沙織は、


沙織「……嫌だ」


それでも、


沙織「そんなの、私は嫌だよ」


揺るがなかった。





沙織「もう現状維持なんて無理なんだよ。私たちが西住さんの事を知った時点で、『私たちが知った』事を西住さんが知ってしまった時点で」


どのみち、先なんて無かった。たとえみほの真実を知らなくても、終わりは近づいていた。

そして時は巻き戻せない。どれだけ自分たちが彼女を気遣おうと、どれだけ守ろうと、沙織たちの知ってる彼女は『西住みほ』なのだ。


沙織「今ここで私たちが『エリカさん』を認めちゃったら、『西住さん』から目を逸らしたら、もう誰もあの子の事を見ることが出来なくなる」


罪悪感を抱えているのは桃だけじゃない。

出会ってからずっとそばにいたのに気づかなかった沙織も、同じように罪悪感を抱えていた。

みほに触れたくない。触れて、これ以上傷つけたくない。

その気持は痛いほどわかってしまう。


だけど、だからこそ、沙織はその願いを否定する。


沙織「たとえ傷つける事になったとしても、引っ叩いてでも、私は『西住さん』の言葉が聞きたい」

桃「そんな事する権利、お前たちにあるのか」


赤くなった瞳で、桃がにらみつける。

沙織はその視線をまっすぐ受け止める。


沙織「無いよ。でも、私たちは―――――西住さんの友達だから」


理屈や論理ではなく、どこまでも真摯な感情論。

その言葉に桃がはっと目を見開く。

その様子に沙織はふっと微笑むと、


沙織「桃ちゃん、あなただってそうでしょう?」


そう言って走って行った。








結局、沙織はそのままみほの部屋の前まで走ってきた。

元より戦車道を始めるまで運動らしい運動なんて体育の授業でしかやってなかった沙織の体は悲鳴をあげ、

その痛みや息苦しさを乙女らしくないかな?なんて軽口を脳内で叩いて無理やりごまかす。

そして呼吸が整うのも待ちきれず、沙織は扉に向かって呼びかける。


沙織「西住さんっ」


返事は帰ってこない。

チャイムを鳴らしても、ノックしても同様。

だから、沙織はみほに呼びかけ続ける。


沙織「西住さんっ!!私、私あなたとちゃんと話がしたいの!!」


周囲の部屋への迷惑だなんてこの際気にしていられない。

沙織は疲れて息混じりの声で必死に声を上げる。


沙織「お願い、私と話をして。このまま終わりなんて、私……嫌だよ」


呼吸も整わない内に大声を出したからか、沙織の体はふらつき、前のめりに扉に寄りかかってしまう。


沙織「西住さんっ……」


その時、思わず手にかけたドアノブが抵抗しないことに気づく。

沙織は一瞬逡巡するように目を伏せるも、手に力を込め、引き剥がすように扉を開いた。


沙織「……西住さん」





廊下はもちろん、部屋も明かりがついていない。

部屋に向かって沙織はもう一度呼びかけるも、返事は帰ってこない。

物音一つせず、まだ少し荒れている沙織の呼吸がやかましいほどだった。


やはり、勝手に部屋に入るのは……と、踵を返そうとする自分の足を沙織は必死で引き止める。

ここまで来たのだから、後で謝って怒られよう。

沙織はそう、頭の中で言い訳をすると、靴を脱いでそっと、廊下に上がった。


沙織「……お邪魔するね」


薄暗い廊下を沙織は締め切られたカーテンからわずかに差し込む夕日を目印に恐る恐る進んでいく。

そうして、部屋にたどり着く。

けれども、


沙織「いない……」


そこには誰もいなかった。


沙織「留守……?」


明かりをつけ、部屋を見渡す。

沙織たちが以前来た時と変わらない、飾り気のなく、どこか生活感のない部屋。

床には飲みかけのペットボトルと、試合の時にも持ってきていたカバンが落ちている。

ふと、沙織の瞳がベッドへと向く。

そこには『前の学校の子から預かっていた』とみほが言っていた黒森峰の略帽をつけたクマのぬいぐるみが置かれている。

そのぬいぐるみはベッドの下に乱暴にしまわれていたのに、今はまるで話し相手にでもしていたかのように姿勢正しく置かれていた。

そしてその横には、投げ捨てられたかのように携帯も置かれていた。


沙織「西住さん……」


嫌な予感が、沙織の脳裏をよぎった。


ここまでー
すみません延期の上にガッツリ予定時間オーバーしました。
そして来週はお休みでお願いします。

色々と待たせてしまい申し訳ありません







カーテンを閉め切って、電気も付けていない部屋には明りと呼べるものはカーテンの隙間からわずかに差し込む明りしかなかった。

部屋の主のはずのみほは、まるで虜囚かのように小さく膝を抱えて縮こまっている。

身じろぎ一つせず、時間が過ぎるのをただ待っていた時、チャイムの音が部屋に響き渡った。


その音にみほの肩がびくりと跳ねる。

けれども玄関には向かわず、じっと体育座りのまま動かない。

少しして、今度はノックの音がしてくる。


『西住さん』


それに合わせて聞き知った、なのに懐かしい声が自分を呼ぶ。

みほがぎゅっと目を閉じて震える体を抱きしめるように腕に力を籠める。


『私、武部沙織だよ!今日は練習だからさ、一緒に行こう?』


まるで何も気づいていないかのような明るい声。

そんな彼女の優しさが、みほにとってはどうしようもないぐらい辛く、苦しい。


だから、無造作に床に置いていた携帯を手繰り寄せ、


『ごめんなさい。今日は体調が悪いから休むわ』


震える指でなんとかそう打ち込んで送信する。

もう、『彼女』を保つのは文章ですら精一杯になっていた。


そして、どれほどの時間が過ぎたのか。

恐らく1分も経っていないだろう。

けれども、みほにとっては永遠のように感じた沈黙の末、


『わかった。何かあったら呼んでね?すぐ駆けつけるから!』


やはり、先ほどと同じような明るく、けれども気遣う様な声が聞こえてくる。

そして走り去って行くかのような足音が小さくなり、何も聞こえなくなる。

ようやくみほの震えがおさまる。


「……ごめんなさい」



小さく呟いた謝罪はもちろん、伝えたかった相手には届かない、ただの自己満足だった。

そうしてまた、膝を抱いて小さくなる。みほの頭に浮かぶのは何故こうなってしまったのかという疑問だった。

そして、その疑問の答えはすぐに見つかってしまう。


「私は、何も変わってない」


エリカと出会った日から、エリカを失った日から、エリカになった日から。

みほは一歩も進んでいない。

それは当然の事で、何もかもから逃げている自分が変われるわけがないのだから。

そうみほは自嘲して乾いた笑いが口から洩れる。

そしてそっと顔を上げ周囲を見渡す。

瞳に写るのは薄暗い部屋だけで、みほは失望したかのようにまたうつ向く。


「ああ……やっぱり私は……」


大洗に来てから幾度とみほの前に現れていた栗毛の少女の幻は準決勝の時を最後に一度も現れていない。

自分を責め立ててきたその幻影は、まぎれもなくかつてのみほの姿で、その言葉はまぎれもない今のみほの本心だった。

その幻影が見えなくなった。

その理由もみほは理解していた。


「私は……もう……」


結論を口にするのが怖くてみほは口を閉ざす。

そのまま倒れこんでベッドの下に手を伸ばし、そこに隠すように置いてある略帽を被ったボコのぬいぐるみをゆっくりと引っ張り出した。


無造作に置いてあったぬいぐるみは、けれども埃一つ付いてない。

みほはボコをベッドの真ん中に座らせると、自身は床に座ったまま向き合う。


「エリカさん……私、どうすればいいのかな……」


目の前のぬいぐるみはもちろん何も答えない。

それでも、みほは続ける。


「私じゃ、やっぱりダメなのかな……」


そう問いかける事自体が答えなのだと、みほは気づいていた。

なら、それならば、


「私は……どうすればいいのかな」


何も答えないぬいぐるみに救いを求めるように手を伸ばし、その手は届くことが無かった。







夕方の刻もだいぶ過ぎ、夕日に陰りが見え始めてきた頃、学園艦の町の中を戦車道チームの面々は必至に走り回っていた。

沙織から届いた『西住さんがいなくなった』というメール。

慌てて学校に集合するも、どういう事かと尋ねる暇もなく杏の指示により捜索が始まった。


大洗の学園艦は他校と比べて小さいが、それでも街一つを内包してる。

財布と携帯を持っていない事から飲食店やカラオケにいない事は想定できたが、それでも捜索範囲は広い。

圧倒的に人手が足りない中、頼れるのは自分たちの足だけだった。


カエサル「いたかっ!?」

エルヴィン「いやいないな……」


カエサル、エルヴィンが合わせて肩を落とす。

ならば残った二人はと、期待を込めておりょうと左衛門座を見つめる。

そんな二人をみておりょうは残念そうに首を振ると、親指で左衛門座を指し示す。


おりょう「さっき左衛門座が白髪のお婆ちゃんと西住さんを間違えていたぜよ」

エルヴィン「節穴!!」

左衛門座「あ、焦ってたんだからしょうがないだろ!?」



おりょうの告げ口にエルヴィンは思わず声を上げてしまう。

ふざけている場合かと左衛門座とおりょうに内心舌打ちをするも、すぐに首を振って苛立ちを追い出す。

今は言い争いをしている場合じゃない。早く西住さんを探さないと。

焦った所でしょうがない。わかっているが、それでも焦りは生まれてしまう。

みほがどこにいるのか、何をしているのかわからない現状は、皆にとって何よりもの不安要素だった。






レオポンさんチームは街の中の探索ではなく、学園艦の外周を自動車部の愛車であるソアラで走っていた。

学園艦の外周に点在する広場を捜索するためだ。

いつも飛ばしに飛ばしている道路を今は陸での法定速度で速度で走っている。


スズキ「ナカジマ―見つかったかー?」

ナカジマ「いなーい!!」


助手席の窓から顔を出したナカジマが大声で後部座席のスズキに返事を返す。


ホシノ「ツチヤーやっぱもっとスピード落としてくれ」

ツチヤ「はーい」


ホシノの指示に合わせて運転しているツチヤがスピードを更に緩める。

長い直線にツチヤはついつい癖でアクセルをふかしてしまいそうになるが、一刻の猶予もないからこそ慎重にいかなくてはと、ペダルを踏みこもうとする自身の足を努めて制御していた。


ナカジマ「……まずいなぁ。そろそろ日が沈む……」


不安げに呟くナカジマの視線の先で、街灯がぱっと明りを灯し始めた。






そど子「そっちはどう?」

寄りかかっている自販機で今しがた買った緑茶の缶を持ちながらそど子は尋ねる。

尋ねられたゴモ代はクリップボードに留められた地図に×を付けながら答える。


ゴモ代「それらしき人物は見つからず」

そど子「……了解。そのまま捜索続行で。私ももう行くわ」


飲み干した缶を自販機横のゴミ箱に入れると、そど子はゴモ代が持っているのと同じ、地図が留められているクリップボードを片手に歩き出す。

そんなそど子の向かいから疲れた様子でパゾ美がやってきた。


パゾ美「そど子ー見つからないよー……」

そど子「もうちょっとだけ頑張ってよ。……でも、流石にそろそろ次の事を考えるべきかもね」

パゾ美「やっぱり警察に言った方がいいんじゃ……」


不安げなパゾ美にそど子はため息交じりに答える。


そど子「まだ明るいし、一人暮らししてる子がほとんどの学園艦で今日いなくなりましたーって言っても様子見が関の山でしょ。

    ほら、今は口よりも足を動かしなさい。……今日は門限破りになりそうね」

パゾ美「一人暮らしなのに門限とかあるの?」


パゾ美が首を傾げると、そど子は不満そうな顔をする。


そど子「私が決めたの。規則正しい生活は風紀委員として当然の事なんだから」


本当に真面目だなーとパゾ美が感心半分呆れ半分に思っていると、そど子はため息をついて、キッと前を見つめて歩き出す。


そど子「でも、今は後回しよ」





ウサギさんチームの面々はバタバタと手足を振りながら走り回っていた。

探せども探せども、目当ての人物は見つからず、探した場所は地図に印を付けるという指示すら忘れて同じ場所を探してしまう始末であった。

それでもなんとか自分たちの持ち回りの場所を探し終えた一年生チームはあらかじめ決めておいた集合場所に集まってきた。


普段は元気の塊といったような少女たちの表情は随分とくすんでいて、そんな中半分泣きそうな表情であやが情けない声を上げる。


あや「見つかったー?もう疲れたー!!」

桂利奈「全然見つかんないよー!」

優季「私の方もダメだったぁ」

あゆみ「こっちもね」

紗希「……」

桂利奈、優季、あゆみが口々にそう告げて、それを紗希が無言の視線で締める。

声だけは普段の姦しさを残しているものの、自分たちの苦労が徒労にしかなっていない現状はどうしても堪えてしまう。

だからといって、捜索をやめるつもりは毛頭無い。

とりあえず次はどこを探そうかとあゆみがポケットにしまいっぱなしだった地図を広げると、紗希がきょろきょろと周りを見渡していることに気づく。


あゆみ「紗希、どうしたの?」

紗希「……」


紗希が小さく口を開けて何かを言おうとしたとき、隣にいた桂利奈が驚いた様子で声を上げた。


桂利奈「あれ!?梓ちゃんは!?」

あや「え?まだ戻ってないの?」

優季「紗希、梓見てない?」

紗希「……」


紗希が無言で首を振る。


あや「もー!!梓まで行方不明ー!?」


苛立ちを隠しもしないあやの声が薄暗い街中に響いた。






ねこにゃー「あ、キャプテン」

典子「猫田か」


大通りから外れた街角で偶然、ねこにゃーと典子は鉢合わせた。


典子「そっちの様子はどうだ」

ねこにゃー「さっきチームのみんなと合流したけどまだみたい……とりあえずまたバラバラに探し回ってるけど……」

典子「こっちもだ。とりあえず会長に報告はしたが……」


典子が腰に手を当てため息を吐く。

いつも元気に満ち溢れている典子のそんな姿にねこにゃーもつられてため息を吐いてしまう。


ねこにゃー「……西住さん、どこ行ったんだろう……」

典子「……それを探してるんだ。口より足を動かそう」

ねこにゃー「うん……あれ?」


その時、ねこにゃーが視線の先に見慣れた影を見つける。

小さく、どこか頼りなさを感じるその影は不安そうな顔で周囲を見渡していた。

ねこにゃー達は顔を見合わせ、その影に近づいていく。


ねこにゃー「澤さん」


ねこにゃーの呼びかけに、梓はびくりと肩を震わせるも声を掛けてきたのがねこにゃーと典子である事に気づくと安心したようにため息を吐いた。


梓「猫田先輩に磯辺先輩……びっくりさせないでください……」

典子「澤、ウサギさんチームの捜索範囲はこっちじゃなかったはずじゃ」


典子の言葉に梓はキョトンと首を傾げる。

そしてすぐに自分がみんなからはぐれてしまった事に気づくと、恥ずかしそうに顔をそむけた。


梓「え?……あ、私いつのまにこんなところにまで」


梓はぺこりと頭を下げる。


梓「ごめんなさい、あっちにいるかも、こっちにいるかもってやってたらいつの間にかみんなからはぐれちゃったみたいです……」

ねこにゃー「あはは……」

典子「熱心なのはありがたいが、ちゃんと周りも見ておこうな」

梓「はい……」

典子「……澤、ちょっといいか?」

梓「え……?」

典子「まだ、隊長の事で怒っているのか」

ねこにゃー「キャプテン、今はそれどころじゃ……」





ねこにゃーが少し焦った様子で止める。

梓がみほの事で動揺を未だに抑えられていないのは心配だが、だからといって当事者であるみほを探している今、その事を梓に尋ねるのは時期早々だと思ったからだ。

しかし、典子は梓を見つめたままキッパリと答える。


典子「いや、今話しておくべきだ」


その言葉に、典子にも考えがあるのだとねこにゃーは察すると、その視線を梓に向ける。

二人の視線に梓は視線を揺らすと、ぎゅっと手を握りしめる。


梓「……私、わかんないです。エリカ先輩が西住みほさんだって急に言われて。エリカ先輩はもう死んでるだなんていわれて」

ねこにゃー「……僕たちもだよ。急にいろんな情報が入りすぎて正直、今も混乱してる」

梓「隊長は……私たちを騙してたんですか?」


梓の声は震えていて、その瞳は否定を求めているかのように潤む。

ねこにゃーは、典子は、何も言わない。


梓「そんなわけない、そんなはずがないって何度も否定しても、心のどこかで思ってしまうんです。私たちに見せた姿は、

  私たちにかけてくれた言葉は、全部嘘だったんじゃって……」

ねこにゃー「……まぁ、そう思うのも無理はないかもね。亡くなった人の名前と姿で生きるって相当だもの」

典子「同感だ」

梓「っ……」


当然といった風に語るねこにゃーたちの言葉に梓は辛そうに顔を背ける。

そんな彼女の様子をねこにゃーは分厚いレンズ越しに優しく見つめると、その肩にそっと手を置く。


ねこにゃー「……だけど、私たちが見てきたあの人が、全部嘘だったかはわからないと思う」


梓にはその言葉の意味がわからず、どういう事かと視線で尋ねる。


ねこにゃー「澤さん、ボクたちはあの人に見つけてもらったんだよ」

梓「……はい」

ねこにゃー「戦車が好きで、だけど戦車道を履修するほどの度胸は無かった僕たちを見つけて、引っ張ってきてくれたんだ」


ついこの間の出来事なのにまるでずっと昔の事のようにねこにゃーは思い出を語る。


ねこにゃー「あの人は確かに僕たちに嘘をついていたんだと思う。それに傷つくのは仕方がないよ」


梓の気持ちが分からないなんて、ねこにゃーは言えなかった。

信頼していた人が嘘をついていたのは間違いなく、その事に傷つくななんてことを言えるわけが無かった。

だけど、


ねこにゃー「でもね、あの人が教えてくれたことに嘘は一つもなかった」


肩を掴むねこにゃーの手に力が籠められる。





ねこにゃー「バレー部の特訓を受けさせられて、本当に大変だった。インドア派な僕たちがみんなについていくために必要だってわかっててもね」

典子「お前たちは鍛えがいがあったな!」


楽しそうに笑う典子にねこにゃーは「キャプテンは笑いながらボクたちを地獄に落としてたよね……」と小さく苦笑すると、そっと梓の肩から手を放す。

梓の顔をのぞき込むように屈んで、ゆっくりと、噛んで含めるように、


ねこにゃー「でも、あの人は特訓を乗り越えればもっと戦車を好きになれるって言った。……その言葉に嘘はなかったよ」


真っ直ぐなその言葉に、真っ直ぐなその瞳に、梓は視線をそらしてしまう。

そんな梓の姿にねこにゃーは一瞬悲しそうな顔をするも、今度は典子が口を開く。


典子「澤。私は、一度は八九式を信じられなくなった。足を引っ張るだけで、何も出来ないんじゃ……って。そしてその言葉を隊長は否定しなかった」


梓の頭に想起される聖グロとの練習試合の記憶。

最後の一手を任された自分たちの奮闘は届かず、敗北を喫した事は苦い思い出として今も梓の中にあった。

そして、いつだってやる気に満ちていた典子が自分たち以上にその敗北を気に病んでいたという事に梓は驚きを隠せなかった。

けれども、典子ははっと笑うと少し気まずそうに頬をかく。


典子「でも、結局私たちは八九式に乗ってる。正直、戦車道をやればやるほど性能差を嫌でも実感する。でも……それでも私たちはあの子で戦うって決めたんだ。

   正しさとか合理性とか、そういうのを無視して、それでも私たちは今のままで頑張ることを選んだ。そして、私たちの覚悟も隊長は否定しなかった。

   だから―――私は隊長に感謝しているよ」



典子の言葉に何も言えない梓に、ねこにゃーはそっと語り掛ける。


ねこにゃー「澤さん、逸見さんが西住さんだったとして、僕たちを騙していたとして、何もかも嘘だったってあなたは思える?」

梓「……わからない、わからないよそんなのッ!!」


二人の視線に耐えられなくなった梓が、泣き叫ぶように怒鳴る。


梓「私は、本当の逸見先輩に会ったことがないっ!!西住さんがどんな人かだなんて知らないっ!!なのに、一緒に戦った時間が全部嘘かだなんて、決められない……」


けれども、その声はどんどんと小さくなっていき、梓の瞳から涙が流れだし、最後には嗚咽としゃくりあげるような音だけがあたりに響いた。

ねこにゃーたちはそんな梓が落ち着くまで、何も言わずに待っていた。






しばらくしてようやく泣き止んだ梓が、真っ赤な瞳を伏せたままポツリと声を出す。


梓「……ごめんなさい。急に泣き出しちゃって」

ねこにゃー「良いよ。ボクたちこそ、急に色々言っちゃってごめんね」

典子「……澤、隊長に会って何を聞くか決まってるか?」


梓は何も言わず頷く。

その様子に典子は満足そうに笑う。


典子「なら良い。さっさと隊長を見つけよう。それで、お前の気持ちをぶつけてやれ」

ねこにゃー「ちゃんと話して、ちゃんと聞いて、怒りたいなら怒って、それで……許すかどうか決めよう?」

梓「……はい」


今度はちゃんと声を出して、しっかりと二人を見つめて頷く。


典子「なら、捜索再開だなっ!走れっ!!」


典子の号令に、3人はまた走り出した。


ここまでー
この三人の関係性は私の捏造ですけどなんというか結構会話させやすくて扱いやすいですね。

また来週。

ちょっと今日忙しくて投稿難しいと思うので明日投稿します。





同じ頃、あんこうチームと生徒会チームは校門前で合流していた。


沙織「会長!みんなからは!?」


焦りを隠す余裕も残っていない沙織に会長はゆっくりと首を振る。


杏「……まだだって」

沙織「っ……私、また探してくる!!」

杏「待って武部ちゃん」

沙織「そんな時間っ!!」

杏「分かってる。だから、聞いて」


どこか抑揚のない杏の声に引っ張られるように、沙織の中に冷静さが戻ってくる。

大きく息を吸って、吐く。


杏「ん。落ち着いたね」


沙織が落ち着いたのを確認すると、杏はいつものように歯を見せて笑う。

そして、直ぐに表情を引き締めて、額をとんとんと叩きながらフラフラと沙織たちの周囲を歩き出す。


杏「現状、出来る限り捜索はしている。艦内も河嶋の伝手で探してもらってる。……それでも見つからない」


考えながら喋っているのだろう、杏の言葉はどこか独り言のようだ。

そして、その歩みがピタリと止まる。


杏「なら、見落としがあると考えるべきだ」


時間が無いからこそ、現状への疑念を無視しない。

杏は一人一人の目を見て語り掛ける。


杏「みんな。何か、西住ちゃんのいそうな場所に心当たりはない?」

優花里「そう言われましても……」

麻子「そんなのわかっていたら、とっくに言っている」

華「学校は……もう探してますよね」


優花里たちが顔を見合わせて、そう答える。

杏は思わずため息を吐きそうになるも、ふと、沙織に顔を向けると表情が鋭くなる。


杏「……武部ちゃん」

沙織「え……?」

杏「私は、武部ちゃんならなにかわかるんじゃないかと思う」


それは単なる直感で、理屈じゃなかった。

過ごした時間なんて、あんこうチームの面々ならそう変わりはない。

それでも、杏は沙織なら何かわかるかもしれないと感じた。





杏「何か、何か聞いてない?なんてことない思い出話とか、他愛もない事でいいんだ」


杏の声に焦りが僅かに滲む。

その声に桃も焦りを露わに声を荒げる。


桃「武部!!何か知ってるのなら早く言え!!」

柚子「桃ちゃん落ち着いて……」

桃「っ……」


柚子がそれを抑え、桃は悔しそうに唇を噛みしめる。

自分が何も思いつけない、何も手助けが出来ない現状は桃にとってあまりにも辛く、歯がゆいものだった。

そしてそれはここにいる誰もが、今みほを探している誰もが感じている事だという事も桃は理解している。

焦って逸る自分を恥じ、桃はじっと沙織の答えを待つかのように見つめる。


沙織「……どこか、西住さんが行きそうなところ……私が、知ってる事……」


ぶつぶつと呟きながら必死で頭の中を覗きまわる。

みほと出会った時、一緒に戦車道をすると決めた時。

初めて乗った戦車に困惑した時、そんな自分にみほが落ち着いて指示してくれた時。

訳も分からないまま乗った戦車で、訳も分からないまま戦って、段々と戦車道が分かってきて、

段々と、戦車道が楽しいと思えてきて、

みほの言葉に怒りを覚え、みほの言葉に怒りを覚える自分に怒りを覚え、

仲直り出来て、

そして、みほの真実を知った。



沙織「っ……」


想起したみほとの今日までの記憶に涙がこみあげてくる。

それが零れ落ちないように沙織が空を見上げる。

その視線の先には薄っすらと月が浮かんでいた。

……今日は雲が無い。

きっと、月が綺麗に輝くんだろうなと、呑気な事を一瞬考えてしまう。


その瞬間、沙織の脳裏にいつかの記憶が蘇る。




沙織『えりりんっ!』

エリカ『沙織?』

沙織『こんなところで何してるの?』

エリカ『別に。……月がきれいだなって』

沙織『……ホントだ。高地だからいつもより大きく見えるね』

エリカ『……ええ。照らすものすべてが煌めいて見える銀色の光』




ついこの間の事なのに、もうずっと遠くの事のように感じる記憶。

アンツィオ戦後に、月を見上げていたみほ。

その横顔はいつものような張り詰めたような表情ではなく、嬉しそうな懐かしそうなもので、

その声色に宿る感情は、彼女にとって月がとても大きな意味を持つのだと、持っていたのだと、沙織は気づく。


沙織「山……学校の、裏山」


月を見上げながらうわ言のように呟いたその声に、杏が真っ先に反応する。


杏「そこに、西住ちゃんがいるの?」

沙織「わからない……でも、西住さん、月が綺麗って。嬉しそうに、言ってて……このあたりで一番高いところって艦橋か、裏山でしょ……?」


高さだけなら艦橋の方が高い。

しかし学園艦の環境は船舶科でも一部の人間しか入ることが出来ない。

少なくとも、普通科であるみほが入ることは出来ないだろう。

杏は納得したように頷く。


杏「……なるほど、なら」

桃「っ!!」

柚子「桃ちゃんっ!?」


杏が指示を出そうとする前に桃が柚子の制止も聞かずに裏山に向かって走り出す。


優花里「私たちも行きましょうっ!!」


優花里の言葉を合図に、皆桃の後を追いかけていった。







日は沈み切り、月が空高く上がっている。

そんな月を、みほは一人裏山の山頂で見上げていた。

別に、何か目的があって山を登ったわけではない。

ただ、あの部屋にいるのが怖くて、飛び出した時最初に目についたのが裏山で、



『だから……少しだけ、少しだけで良いんです。前を向いていきませんか? 』



遠く、色褪せた記憶が後ろ髪を引いたような気がしたから。

けれども、山頂まで来たところで何の感慨もなく、

みほはこうやって膝を抱えて日が沈み、月が昇るのを見つめていた。


「エリカさん、私は…」


結局、自分はまた逃げただけなのだ。

沙織が扉の前で何度も呼びかけてくれた時、みほの脳裏を埋め尽くしたのは、罪悪感よりも恐怖だった。

何者でもない、空っぽな自分を知られて、それでも自分を想って呼びかけてくる沙織が怖くてたまらなかった。

こんな価値のない自分にまだ、優しくしてくれる彼女が、理解できなくて怖かった。

だから、逃げ出した。


そうして制服のまま山を登り、体が悲鳴を上げても無視して、山頂にたどり着いた。

呼吸が落ち着くと、今度は自分を責めだした。

こんな自分に優しくしてくれる人たちを裏切って、恐怖を感じた自分自身が、嫌いでしょうがないと、膝を抱えて俯いていた。

そしていつの間にか日は沈み、月が出ていた。


「エリカさん……やっぱり、私じゃダメだよ。貴女がいてくれなきゃ、私は……何も出来ないよ……」


目元に涙をためながら月に向かってそう呟く。

いっその事あの時のように曇り空ならば月に縋る事すら出来なかったのに。

いつもより大きく見える月は否が応でもみほのエリカへの想いを掘り起こす。

そうやって、何度目かの泣き言を呟こうとしたとき、茂みから音がした。


「何……?」




裏山に鳥や小動物以外の野生動物がいるだなんて聞いていないが、まさか……とみほの背中を冷たい汗がつたう。


どうする、逃げられる?流石に熊などはいないだろうが野犬の類ならばあるいは……

みほは周囲を見渡し、手のひらほどの大きさの石を掴む。

無論、これで撃退するなどとは考えてはおらず、一瞬でも隙が作れれば程度のものだ。

立ち上がり、周囲を見渡し退路を探る。

麓へ続く道は音のする茂みの傍にある。

……隙を見て一気に走るしかないか。

みほは覚悟を決め、茂みを注視する。


そして、茂みから黒い影が飛び出してくる。



みほが石を構えた時、その影を月明かりが照らす。

その見知った影に、みほは手の中の石をポトリと落とす。


「桃、ちゃん?」


桃の着ている制服には所々土埃や葉っぱがついていて、裾のあたりは枝でも引っかけたのだろうか、少し裂けていた。

ボロボロという言葉で充分表せる桃の姿に、みほは言葉を失う。

対して桃はみほの姿を認めると呆然とした表情のまま、ポツリと呟く。


桃「……西住」


そしてそのままヨロヨロとみほに近づくと、倒れこむように抱き着いてきた。


「え、ちょっ……」

桃「良かったっ……良かったあああああああああああああっ!!」

「え?え?何、何?」


何で桃がこんなところに。

何で抱き着いてきたのか。

何で登山道ではなく茂みから飛び出してきたのか。


何がどうしてこうなったのか全く分からないみほの胸の中で、桃は声を上げて泣き出す。

わけがわからずオロオロと周囲に視線を彷徨わせるみほの耳に、また別の声が聞こえてきた。


沙織「こっちから桃ちゃん先輩の声が!!」


その声が途切れるやいなや、先ほど桃が飛び出してきた茂みから今度は4つ、いや6つ、見知った影が出てくる。

最初に出てきたのは沙織、その後を優花里、華、麻子が。

更にその後を杏と柚子が続いて出てくる。


桃の事を処理しきれていないみほの頭は今度こそパンクする。


「え?みんな?なんで?」



疑問符がとめどなく浮かび続けるみほに対して、先頭の沙織はみほの姿を見るとうっ、と口元をおさえて目を潤ませる。


沙織「西住さんっ……よかった、無事だったんだね……」


優花里たちも同じように目に涙をため、杏と柚子は安堵のため息をもらす。


「みんな……」


一体何事なのだろう。

みほがまわりの反応に全くついていけず、胸の中で泣きじゃくる桃→沙織たちと視線をフラフラと移動させていると、

泣いてばかりで言葉になっていなかった桃がガラガラになった声で喋りだす。


桃「ごめんっ!!ごめんなあ西住いいいいいっ!!」

「あの……え?桃ちゃんなに謝って……」

桃「全部全部っ!!私たちが悪いんだっ!!お前に廃校なんか押し付けて、お前の事情なんか考えもしなくてっ!!」


桃の肩を掴んでいた手がピクリと反応する。


桃「お前に負担をかけていることなんてわかっていたのにっ!!お前がっ……辛い気持ちを隠していた事に気づいていたのにっ!!」

「……」


桃がみほの胸元を握りしめる。


桃「だからお前はっ、何にも悪くないんだっ!!廃校の事だって、なんだってみんなみんな、私たちのせいにしていいんだ!!」


涙を拭いもせず、桃はみほを見上げる。


桃「だから、だから……死ぬなんて考えるなっ!!」


額がぶつかりそうなほどの距離で桃はそう叫んだ。



「……そっか」


ようやく、みほはこの状況を理解する。

みんな、自分を心配して探してくれていたのだと。



「桃ちゃん、私が変な気を起こしたと思ったの?」

桃「だって、だって……」


慌てている人を見ると冷静になるというが、胸の中で泣きじゃくる桃の姿を見てみほはようやく自分のした事に気づく。


ずっと嘘をついていた人間がその嘘を暴かれ、狼狽した姿を見せた挙句にどこかに消えた。

……勘違いするのも当然だろう。

そんな事すら気づけなかった自分はやっぱり、自分の事しか見ていないのだなと、みほは内心自嘲する。

けれども今、桃に聞きたい事があった。

桃の肩を掴んでいた手を腰に回し、顎を肩に乗せる。

耳元で囁くように、問いかける。


「桃ちゃん、私が死んだら悲しい?」

桃「当たり前だっ!!」


一瞬の躊躇もなく答えた桃に、みほは嬉しそうに口元を緩め、ぎゅっと、先ほどの桃のように強く抱きしめる。


「……そっか。私、私ね。大切な人を助けられなかったの。大好きな人、私を、救ってくれた人を」


耳元で桃が息をのむ音がした。


「だから私が死ねばよかったんだって。私の人生を、エリカさんに生きてほしかった。だから、私がエリカさんになろうと思ったの」


それが、ついこの間までのみほの行動原理だった。

そうすることでしか、みほは生きる事が出来なかったから。


「でも、そんなことできなかった。見た目を変えても、話し方を変えても、考え方を変えようとしても、どうやってもエリカさんになれなかった」


一人の時、そうじゃない時、何でもない言葉選びに、ちょっとした仕草に、みほは『自分』がいる事を感じてしまった。

あの人ならばこうする。あの人ならこう言う。

結局のところそれはみほの主観でしかなく、水が低いところへと向かってしまうように、自分が演じやすい『逸見エリカ』へと変質していっている事に、みほは気づいていた。


「いつだって、私の前に『私』が現れた。私を、嘲笑ってた。……それは、私の本心だったんだ」




聖グロとの練習試合、サンダースとの一回戦、プラウダとの準決勝。

目の前に現れた栗毛の少女の幻影は、いつだってみほを蔑んで、嘲笑っていた。

その意味にみほは最初から気づいていた。だから、拒絶し続けた。


「それがもう見えなくなった。私は……もう、エリカさんのフリも出来なくなった」


自分を否定する幻が見えなくなった。それはつまり、もう否定する必要すら無くなってしまったという事だ。

エリカでいられなくなった自分はもう、嘲笑う価値すら無くなったのだと。

なのに、そんな自分をこんなボロボロになってまで探してくれた。

それが、嬉しかった。


「桃ちゃん、あなたは私に廃校を背負わせたっていうけど、私本当に嬉しかったんだよ?戦車道は私の、何にもない私の唯一の取柄で、エリカさんに褒めてもらった事だから」


戦車道が無い学校でも戦車道を続ける。母親にそう吐き捨てたものの、結局みほ自身ではどうしようも出来なかった。

転校して、何もできずただ『エリカ』のフリをし続けてた日々に、確かな光が灯ったように感じた。


「きっと、あなたたちが声をかけてくれなかったら、私は……」


その先は言葉にならなかった。

桃がぎゅっと、胸元を掴む手に力を込めたから。

『その先は言わないでくれ』と、瞳で訴えてきたから。

みほは桃の髪をそっと手で梳く。


「だから、会長もそんな顔しないでください」


そして、辛そうにこちらを見つめる杏に、微笑みかける。

けれども杏の表情が緩むことは無い。

むしろ、先ほどよりも辛そうに顔を歪める。


杏「西住ちゃん、私は……」

「まぁ、確かに最初はムカッとしたけどでも……どのみち、私には戦車道しかなかったんですから」


軽くおどけてみたものの、やっぱり杏は辛そうにしたままで、みほも困ったように笑う。





杏「……ごめんね」

「謝らないでください。……覚悟して、やった事なんでしょ?」

杏「……うん」


頷く杏の顔はとても、納得している様にも、気に病んでいないようにも見えず、そんな彼女の様子にみほは自嘲を込めて息を吐く。


「ああ……私は、やっぱり貴女みたいには出来ないや。貴女ならきっと……もっと……」


そうしてまた、月を見上げた時沙織が一歩前に出てくる。


沙織「西住さん」


先ほどまでの嬉しそうな、泣きそうな顔ではない、決意を込めた表情にみほも何かを感じ、

桃をそっと立ち上がらせて、離れる。

果し合いでもするかのように向き合うと、沙織が口を開く。


沙織「私はね、ショックだったよ。あなたがエリカさんじゃないって知って」

「……」

沙織「私だけじゃない、みんなそう。今日まで一緒に戦ってきた人が別人だって言われてショックを受けない人なんていないよ」

「……うん。そうだよね」


当然だ。自分のしたことはそういう事なのだから。

気づかなかった。そうなるとは思わなかったなんて事言えるわけがない。

この事態は全部、自分勝手な自分が招いた事なのだから。

沙織が怒るのならそれは当然の事なのだからと、みほは覚悟していた。

だけど、釣りあがった眉は落ち、沙織の表情に優しさが戻る。


沙織「……でもね、だからって私たちがあなたと過ごしてきた今日までが無くなるわけじゃない」


まるでいつものように、なんてことのない食事時の世間話をするかのように、沙織は微笑む。


沙織「辛かったことも、楽しかったことも、『逸見エリカ』じゃなくて、『あなた』と過ごした時間なんだよ。だから、」


結局、沙織は答えなんて見つけられていない。

みほがエリカを騙る事が間違いだとわかっていても、それを咎めるつもりは沙織には無かった。

大事なのは、助けたいのはみほだから。

だから、みほに伝える。

みほの過ごした大洗での日々は、偽物なんかじゃないと。

『西住みほ』が紡いできた絆なのだと。




沙織「西住さん。……ううん、みほ。私は、私たちは、あなたの友達だよ。エリカさんだったあなたと出会った日から、今日までの全部が私たちにとって、あなたとの大切な思い出なんだよ」


沙織の言葉に皆が頷く。

それを見て、みほが遠くを見るように目を細める。


「……そっか。私達は、友達になれてたんだね」


そして、一人一人を見つめる。


  「麻子さん」

麻子「おう」

  「優花里さん」

優花里「はいっ」

  「華さん」

華「はい」

「沙織さん」

沙織「うんっ」


みほの声に4人が嬉しそうに返事をする。

その音をみほは目を閉じて何度も何度も頭の中で繰り返し、そしてゆっくりと目を開く。


「私、こんなにもたくさんの友達ができたんだ」

沙織「そうだよ、みほ。だから、だからあなたも……自分を、許してあげて。ちゃんと、前を向いて。あなたは……西住みほなんだから」


みほの言葉に、沙織が微笑んで伝える。

『逸見エリカ』のフリをする必要なんて無いのだと。

私たちと一緒に、前に進んでいこうと。

みほに向かって手を差し出す。


その手をみほはじっと見つめ、微笑む。


「……そうだね。私はもう、エリカさんにはなれない。だって、エリカさんはもういないから。そんなエリカさんに、なれるわけがないんだから」


みほが、ゆっくりと沙織に近づく。

優花里たちが涙ぐんでその様子を見つめる。

沙織も、泣き出しそうな自分を必死に抑えて笑顔をみほに向ける。

そして、みほは沙織の差し出す手に手を伸ばすと――――沙織の手を、ゆっくりと下ろさせた。



沙織「みほ……?」


どういう事なのかと、沙織が動揺を隠せずに問いかける。

みほは先ほどと同じように微笑みながら、沙織の瞳を見つめる。


「でもね……ううん、だから」


みほの微笑みが、どんどん崩れていく。いや、変質していく。

口元は微笑んだまま、その瞳に喜びではない感情が宿っていくのを沙織は感じる。


「だから、だから」


沙織が感じたその感情は、


「私は、私を許せない」




怒りだった。







「私が自分を許しちゃったら、私が、自分の罪を忘れちゃったら、きっとエリカさんの事も忘れちゃう」


先ほどまでの穏やかな空気は消え去り、みほはくしゃりと、自分の髪を荒々しく掴み、瞳孔の開ききった目で、微笑んだままで、怒りを表す。


「優しいあなた達と一緒にいたら、そんな未来を受け入れたら、きっと毎日が楽しくて。エリカさんを失った事が過去になっちゃう」


みほの瞳はどこでもない虚空を、かつてエリカといた過去を見つめ続ける。


「そうなったらもう、私は……私じゃなくなっちゃう」


微笑んだまま、瞳に怒りを宿したまま、今度は涙が流れだす。

ごちゃ混ぜになった感情は、けれどもみほにとっては当たり前の、変わりのない事実を核に纏まっていた。


「エリカさんからたくさんの事を教えてもらったのに、エリカさんが私を形作ってくれたのに、エリカさんに、私は救われたのに」


蘇るのはエリカとの日々。

自分の人生と等価な銀色の時間。

それはもう、永遠に過ぎ去った時間で、それをみほも理解していた。


「エリカさんはもう戻ってこない。私がやってたのはただただ自分を慰めるための馬鹿げた真似事だって、わかってた」


どうなるかなんてわかっていた。

姉を憎悪に狂わせ、母の心を擦り減らし、友達の優しさを裏切り、新しい友達を欺き、裏切る。

結論なんて、結末なんてわかりきっていたのに、それでもみほは選んだ。


「だけど、やっとわかった。私は……エリカさんじゃなくても生きてしまうんだって」



『生きて』



その呪いが、みほを生かし続けている。

その微笑みだけは、未だに色褪せずに残っている。

彼女の声も、姿も、美しさも、全部掠れているのに。


最期の瞬間だけは刻みつけられたかのように思い出せてしまう。

だからみほは今日まで生きてきた。

嘘を暴かれ、空っぽの中身を晒されても、それでも生きてきた。






「だけどね、エリカさんのいない世界は真っ白なんだ」


大洗での日々は楽しかった。それは嘘ではない。

確かな絆があった。それを否定するつもりは無い。

ただ、それでも、


「私にとって、エリカさんのいない世界は真っ白で、痛くて、悲しくて。エリカさんを救えなかった私が、憎くて、許せなくて、たまらないんだ」


揺るぎない想いがみほの中にある。

エリカへの想いと、そして――――自らへの憎悪が。



「この悲しみが、怒りが、憎しみだけが、私を証明してくれるの」







みほ「私は、西住みほなんだって」







誰もが沈黙し、動揺する中最初に口を開いたのは桃だった。


桃「違うだろっ……そんなの、おかしいだろっ!?」


桃が泣き叫ぶように怒鳴る。


桃「お前は、何も悪くないっ!!お前がそんな苦しんで良いはずがないっ!!」


みほの手を掴み振り向かせ、感情をぶつける。


桃「お前はっ!!救われて良いんだっ!!」


涙ながらに訴える桃に、みほは本心からの笑顔と、感謝を向ける。


みほ「……ありがとう、桃ちゃん。やっぱり私、あなたの事が好きだよ」


感謝と、好意を表したその言葉に込められた意味は、拒絶だった。

桃は絶句し、そんな彼女を悲しそうに見つめるとみほは沙織たちに向き直る。


みほ「桃ちゃんだけじゃない。沙織さんたちの事も、みんなみんな、大好きだよ」


みほは今にも泣きそうな笑顔で微笑みかける。

沙織も、優花里も、華も麻子も、何も答える事が出来ない。


みほ「それでも……みんな、ごめんね。私は……今ここにいるあなたたちよりも――――エリカさんとの過去の方が大事なんだ」


大洗での日々は楽しかった。

紡いだ絆は確かにあった。

それでも、みほにとっての『世界』はエリカと共に過ごした日々のままだった。


みほ「エリカさんはもう、いない。全部全部過去で、今も、未来にも、あの人はもういない」


残った記憶さえ崩れていく。それでも、エリカと過ごした日々以上は無いと、みほは断言する。


みほ「だから私は、あの人がいた過去を、あの人を過去にしてしまった自分への怒りを失うわけにはいかないの」


みほが自身の胸元をかきむしるかのように掴む。

そこに宿った怒りは、憎しみは、痛みは、いつだってみほを苛み、みほを生かしている。


みほ「エリカさんを失った『痛み』まで失ったら私は……死ぬことさえできなくなるから」


みほにとってそれは死ぬことよりも怖いものだった。

例え全てを失っても、家族も、友も裏切っても、それでも、守らなければいけない決意だった。


みほ「私は生きるの。生きないといけないの。死ねない代わりに、生き続けるの。それが、エリカさんの望みだから」


大きな月の銀色の光の下、みほの静かな慟哭が響き渡った。


ここまでー。

描写する隙間が無かったので書きませんでしたが、桃ちゃんたちが茂みから現れたのは桃ちゃんが山頂までの最短距離を突っ走った結果です。

凄いですね大洗生。


また来週。





よろよろと、遭難者のように覚束ない足取りでみほたちはふもとを目指して歩く。

誰からも言葉は出ず、その面持ちはみほの行方を捜し焦っている時よりも沈痛なものだった。

それでも、歩む足取りは止まらず何とかふもとまで下りる事が出来た。

聞こえたため息は誰のものか、あるいは全員のものだったのか。

尋ねるものはいないまま、どうすればいいのかと皆が自問自答を繰り返していた時、ふと沙織が視線の先に人だかりが出来ている事に気づく。


沙織「みんな……」


集まっていたのは戦車道チームの面々。

山頂から下りる時に、沙織は全員にみほを見つけた事。全員帰宅するように。とメールを送っていた。

しかし、今目の前にいる戦車道チームには欠けは無く、皆がどれほどまでにみほを心配していたのか、当人も含めて感じることが出来た。

故に、その皆に何を言えばいいのか。どう答えればいいのか。みほは迷ったまま何かを言おうとしてぎゅっと唇を結ぶ。

そんなみほをねこにゃーが見つけ、駆け寄ってくる。


ねこにゃー「西住さんっ!良かった……無事だったんだね」

みほ「……ごめんなさい」


何はともかく、謝らなくてはと頭を下げるみほにねこにゃーは気にしないでと言うかのように微笑む。


カエサル「ああ、なんだ。謝る事はないさ。私たちが勝手に心配しただけなんだから」

典子「私も夜中にランニングとかよくしますし!」

そど子「いや、こんな夜中に出歩いてた事に関しては風紀委員として注意するわよ」

ナカジマ「園さんそれは後で……でも、本当に無事でよかったよ」


チームリーダーたちが口々にみほが見つかった事への安堵を示し、ほかの生徒たちも同じように喜び、微笑む。

そんな空気を切り裂くように、無言で、張り詰めたような表情の梓が生徒たちの真ん中を突っ切るように、みほの前へと歩いてきた。


梓「……」

みほ「梓、さん……」

梓「……っ!!」


瞬間、梓がみほの頬を叩く。

止める間なんて無く、みほの頬がみるみると赤くなっていくのを月明かりが照らす。



沙織「ちょっ!?」

桃「お前何をっ!?」


驚いた沙織と桃が、梓に詰め寄ろうとしたとき、その行く手をねこにゃーと典子が遮った。




ねこにゃー「待って」

沙織「でもっ!」

典子「ちょっとだけ、待ってください」


ねこにゃーと典子の覚悟のこもった表情に沙織と桃は何も言えなくなる。

そんな彼女たちの様子を気にも留めず、梓とみほは向かい合っていた。


みほ「……」

梓「……いきなりぶたれたのに何も言わないんですか」

みほ「……理由は、分かってるし、私が悪いのもわかってるから」

梓「……私は、エリカ先輩が大好きでした」


脈絡のない梓の言葉をみほは黙って聞く。


梓「強くて、凛々しくて、風になびく髪が雪みたいにキラキラしてて、本気で戦車道に臨んでる姿が、本気になれるものが無かった私には輝いて見えて」


強張っていた梓の表情が言葉が紡がれるたびに柔らかくなっていく。


梓「だから、エリカ先輩みたいになりたいって、あの人の力になりたいって。そう思ってました」


口ずさむように思い出を語る梓が今度は唇を噛みしめ、悔しそうに、悲しそうな表情をする。


梓「でも、そうやって憧れた人はもう死んでて、嘘をついてたあなたは、そんな姿で、私……馬鹿みたいですね」

みほ「……ごめんなさい」


力なく肩を落とす梓に、みほが力ない謝罪で返す。

そんなみほを梓は舌打ちでもするかのように鋭く睨む。


梓「ねぇ、ありもしない人に憧れて、もういない人を信じてた私の気持ちは、憧れは、想いはっ…どこに行けば良いんですか……?」


信じていた人に裏切られた。それならまだ良かった。憧れが怒りになるのなら、あるいはあんな人を信じた自分が悪かったと言えるのならば、こんなにも梓の心は乱されなかっただろう。

けれども、梓が信じていた人なんて最初からいなかった。

目の前にいるのは憧れの人を騙っていた偽物で、

何よりも、『本物』なんて知らない事が、梓はたまらなく辛く、歯がゆかった。

握りしめた拳が真っ白になっていく。


梓「なんで、なんであんな嘘ついたんですか。なんで、私にあんな優しい言葉をかけたんですかっ!?なんで私に微笑んだんですかッ!?」






厳しくも暖かい言葉が、笑顔が、梓の脳裏に蘇る。

それがあったから戦おうと思えた。

それがあったから強くなろうと思えた。

なのに、美しいと思った白い髪が今は忌々しく思えてしまう。


みほ「……嘘ついて、ごめんなさい」


梓を見つめながらやはり、みほが力なく謝罪する。

その言葉に、梓の目が大きく開く。


梓「私が、嘘を吐いたことに怒ってると思ってるんですか……?」


呆然と、信じられないものを見るような目。

その理由が分からず、みほは瞳で疑問を表す。

その瞬間、準決勝の日からずっと燻っていた梓の怒りが爆発した。


梓「違う……違うっ!!私が怒ってるのはっ、許せないのはっ!!」


みほの胸倉を梓が掴む。

鼻先を噛みちぎらんばかりに顔を寄せ、怒りを吐き出す。


梓「あなたがッ!私からエリカ先輩を奪った事だッ!!」


その言葉にみほが色を失い、見開いた目がぐらぐらと揺れる。


梓「信じてたのにっ、大好きだったのにッ!!」





胸倉を掴む梓の手にギリギリと首を絞めるかのように力が込められていく。

その小さく細い体が放つ怒りは、先ほどまで梓を止めようとしていた沙織たちまでも飲み込むほどだった。


梓「貫き通せない嘘なら最初からつかないでよッ!!」


そう叫ぶと、梓の手からゆっくりと力が抜けていく。

胸元を離れようとした手がトン、とみほの胸を打つ。


梓「……私はっ、大好きな人を失ったっ……あなたが、そうした」


涙交じりで所々掠れているその言葉は、けれども一番強い意味と感情が込められていた。

みほはもう、息をすることすら精一杯になっていた。


梓「勝手に憧れてたのは私で、私に文句を言う権利なんて無いのかもしれない。でもっ……やっぱり、私はあなたのした事が許せない」


胸を打った手をそのまま押し込み、みほを突き放す。

辛うじて倒れなかったみほは、動揺したまま呟くように声を出す。


みほ「……私は、私はあなたに、同じことを……」

梓「同じ……?」


怪訝な顔をする梓をみほはどこか焦点の合ってない瞳で見つめる。


みほ「大切な人を、失わせた。その気持ちがどれだけ辛いのか、私は知ってるのに。空っぽの自分を埋めるために、あなた達を、利用した」

梓「同じなんかじゃないっ!!」


みほの言葉が言い終わるや否や、梓が再び激昂する。


梓「私はっ、あなたとは違うっ!!」



そう言い切った梓は、浅い呼吸を繰り返す自分を落ち着けるためゆっくりと呼吸をする。

そして、少し落ち着きを取り戻すと真っ赤な瞳のままみほを睨みつける。


梓「私は、エリカ先輩のおかげで本気になれるものを見つけました。負けて悔しいって思えて、勝って嬉しいって思えるものに出会えました」


戦車道の授業が再開すると聞いた時、初心者の自分が大会に出るなんて考えていなかった。

友人たちに流されるように履修することを選んだ。

その戦車道に本気で打ち込んでいる人を見た。

強くて、凛々しくて、美しいその姿に自分も近づきたいと思った。

だから梓は、ここにいる。


梓「例えあなたの全部が嘘でも、私が見つけたその気持ちだけは本当です。どれだけ辛くても、どれだけ大きなものを失ったとしても、私は――――空っぽなんかじゃないっ!!」


みほに、皆に、梓は宣言する。

私は、私だと。

梓はみほの嘘の中で実(まこと)を見出した。


梓「だからっ、勝手に哀れまないでください。あなたなんかに、そんな顔される筋合いは無いっ!!」


その否定が、みほの中に響き渡る。

反響して、より強く心に刻みつけてくる。

みほの唇がゆっくりと弧を描いていく。

その瞳には目の前の後輩への尊敬と、敬意が込められていた。


みほ「……あぁ。あなたは、『強い』んだね」

梓「……私だけじゃないです。ここにいるみんな、同じ気持ちです」




そう断言する。

みほが周りを見渡す。

二人の様子を固唾をのんで見守っていた皆の表情はどれも強張っていて、誰もがその瞳に強い意志があった。


空っぽなんかじゃなかった。


みほの表情が月を見つめていた時のように穏やかになっていく。

今まで見ていた『逸見エリカ』とは似ても似つかないその柔らかくどこか頼りなく見えるその姿こそが、『西住みほ』なのだと、皆は理解した。

そして、梓はようやく『本題』に入る。


梓「だから、答えてください。……あなたは、私たちと一緒に戦ってくれますか」


手を差し伸べたりはしない。

梓の瞳は突き放すかのように冷たく、鋭い。


みほ「……私は嘘つきだよ。あなたたちを、裏切ってたよ」

梓「知ってます。絶対に許しません」


欠片も温情を込めていないその言葉に、みほは安心感を覚えてしまう。

だから、もう一度訪ねる。


みほ「私は、エリカさんみたいに強くないよ。無様で、惨めなこの姿が、本当の私なんだよ。私は……あなた達の期待に応えられるような人間じゃないよ」

梓「わかってます。でも、あなたは私たちを本気にさせたんです。その責任を、果たしてください」


その言葉をみほは何度も何度も咀嚼するように頭の中で繰り返す。

ゆっくりと飲み込み、梓の目をまっすぐ見つめる。


みほ「……そうだね。それが、私に出来る事なら」


その答えを聞いた梓は、何も言わず皆の元へと歩いていく。

ねこにゃーと典子が、心配そうにみほを見つめる沙織たちの背中を押して、その中に連れていく。

残されたのは、みほ一人。

31人の視線がが、みほに注がれる。

それに気圧されそうになる心をぐっと抑えて、みほが皆と向き合う。


みほ「皆さん。私は……西住みほです。逸見エリカの名を騙って私は、あなたたちを騙していました。嘘をついていました。

   何を言われても返す言葉もありません。本当に……すみませんでした」




そう言って頭を下げる。

罪悪感が胸の内で暴れる。

全部投げだして逃げ出したくなる。

そんな自分の心を、しっかりと抑え込む。


みほ「私にとって大洗(ここ)は、今でも他所です。私の世界は、今でも黒森峰です」


いつか、今日と同じように山頂で見た黒森峰の街並みは、今でもみほの中で輝いている。

数えきれないほどの思い出がそこにはあった。

思い出があった事だけは、覚えていられた。


みほ「この学園艦を守りたいなんて、私は言えない。そんな覚悟も決意も私には無い。だけど……」


きっともう、彼女以上なんてみつからないのだろう。

自身の贖罪の為に今度は大洗の皆を利用するのかと問われれば、否定はできないだろう。

それでも、


みほ「お願いします。私に、力を貸させてください。私に、戦車道をさせてください」


みほは、大洗(ここ)で戦うと決めた。


みほ「私に、何があるかなんてわからない。一番大切な人はもう、どこにもいない。それでも……こんな私が、力になれるのなら。私に、やらせてください」


『逸見エリカ』じゃない『西住みほ』には戦車道への誇りも、喜びも何も持っていない。

そんなものは最初から無かったから。

だからこれは、ただの『手段』だ。

自分にできるただ一つの、誠意の表し方だ。

本気で戦車道を楽しんでいる、本気で戦車道に向き合っている彼女たちと比べれば自分が戦車道をするだなんて、おこがましく、許されない事だとわかっている。

それでも今は、そうする事しか、みほには思いつかなかった。



ねこにゃー「西住さん。それが、キミの本音?」


深々と頭を下げるみほにねこにゃーが最初に声をかける。


みほ「……はい」


顔を上げないまま、みほが答える。


典子「西住さん、私たちじゃ、あなたの心を埋められませんか」


続けて典子が尋ねる。

やはり、みほは顔を上げないまま答える。


みほ「ごめん、なさい」


その様子にねこにゃーと典子は苦笑して顔を見合わせ、後ろを振り返る。


ねこにゃー「……そっか。みんな、どうする?」

カエサル「いや……どうするもなにも、決まってるだろ?」

典子「……これからもお願いします隊長!!」


ねこにゃーの問いにカエサルが答え、典子が勢いよく頭を下げる。

それを音頭に皆が頷いたり、そうだそうだと声を上げ同意を表す。

みほはゆっくりと顔を上げ、どこか信じられないといった面持ちで尋ねる。


みほ「……良いんですか?」

ナカジマ「良いも悪いも無いよ。元より君無しで勝てるとは思ってないし。……でも、ちょーっとだけ怒ってるかも?……ふふっ」


そう冗談めかすナカジマをそど子が肘で突く。


そど子「今さら一抜けたとか許さないわよ。ここまで来たんだから、ちゃんと最後までいなさい」

ねこにゃー「……澤さん」



ねこにゃーがじっと、みほを見つめていた梓に声をかける。

梓は一瞬躊躇するかのように地面を見つめると、ため息をついてみほへと向き直る。


梓「……皆はどうか知りませんが、私はあなたを許しません。だから―――今度は、あなたの姿を見せてください。許すかどうかは、その時また考えます」

みほ「梓さん……」


みほに背を向けてつかつかと去って行く梓の手をねこにゃーが掴み、典子が首に手をまわす。

急に引き留められた梓の喉からうぇ、っと詰まったような音が漏れる。


ねこにゃー「頑張ったね、澤さん」

典子「よく言ったぞ!!その根性最高だ!!」

梓「根性とかそういうんじゃなくて……私はただ、言いたい事を言っただけですって」


そう言ってそっぽをむく梓の髪をわしゃわしゃと典子が撫でまわし、ねこにゃーがうんうんと、頷く。

そんな3人の様子を、みほがどこか羨ましそうな目で見つめていると、優花里たちが声を掛けてきた。


優花里「西住殿!!また一緒に戦車道をしてくれるんですねっ!!」

華「今度こそ、あなたの花を咲かせましょう。私たちと共に」

麻子「私も、ちょっと頑張ろうと思う。だから西住さんもあんまり気負いすぎるな」

みほ「皆さん……」


優花里が、華が、麻子が、口々にみほへの想いを口にする。

そんな3人から一歩下がった所で、沙織がぎゅっと胸の前で手を握ったまま、みほへと語り掛けてくる。


沙織「みほ……あなたにとってエリカさんがどれだけ大きいのか、私はきっとちゃんとわかってないんだと思う」


わかるわけがない。わかってもおうだなんて思っていない。

みほは言葉に出さず、瞳でそう伝える。

それを受け取った沙織は、一歩も退かない。目を逸らさない。


沙織「でも、それでも、私たちはあなたの友達だよ。それだけは、忘れないで」

みほ「……はい」





みほの力ない返事に沙織は少し悲しそうな表情をする。

二人の間に重たい空気が流れる。

どうしようかと優花里たちが顔を見合わせていると、その間を割って、桃が飛び出してきた。


桃「西住ぃ!!」

みほ「うわっ!?」


突然頭を抱えられ、ぐりぐりと撫でられる。


桃「良いかっ!?辛かったらちゃんと言うんだぞっ!?今度は私が……守っでや゛る゛がら゛!!」


力強い言葉は最後まで持たず、最後はダラダラと泣き出して判別のつかない言葉になってしまう。

けれど、みほには桃の言いたい事が痛いほど伝わった。

いつだって、誰かのために泣いている彼女の姿が、似ても似つかないはずの『彼女』になぜか重なって、

みほの声が優しくなる。


みほ「……うん。お願い、桃ちゃん」

桃「桃ちゃん言うなっ!!」

柚子「そこは譲らないんだね……」


後ろにいた柚子が呆れたように笑い、泣きじゃくる桃の背中をさする。

それを見たウサギさんチームの面々が面白がって桃を慰めに行って、それがどんどんと他のチームにも連鎖していく。

いつの間にか騒ぎの中心から外れたみほとそんな騒ぎを尻目に杏が向き合う。


杏「西住ちゃん」

みほ「会長……?」




杏は何かを言おうと口を開け、二度三度瞳を揺らす。

何を言うべきか、結局思いつく言葉は一つだった。


杏「……ありがとう」

みほ「……私こそ、無理やり引き込んでくれてありがとうございます」

杏「言い方ちょっと棘がない?」

みほ「……ふっ」


僅かに口から息が漏れる。

反射的なもので、別に大した意味のあるものじゃない。

みほも、自分が笑ったと気づいていない。


けれども確かにみほは笑った。

エリカを失った日から作り笑いしかしてこなかったのに。

それが兆しなのか、一度きりのものなのか、まだわからない。



あや「桃ちゃんせんぱーい、いい加減泣き止んでよー」

桃「うるさいっ!!桃ちゃん言うな!!あと泣いてないっ!!」

おりょう「目ぇ真っ赤にしてそれは無理があるぜよ……」

桃「うるさいうるさい!!」


もうみほの事なんか関係なく好き勝手に騒ぎ出した皆をみほは目を細めて見つめる。

決勝で勝てる見込みがあるかなんてわからない。

彼女たちのために空っぽな自分に何が出来るかなんてわからない。

結局自分に出来る事は昔と変わらず戦車道だけで、

それすら縋りつくには余りにも錆びついて、崩れている。

だけど、それしか無いのだから。それだけは、残されているのだから。



『強さも、戦車が好きって気持ちも持っているあなたなら、戦車道だって好きになれるわよ。……私は、そう思ってる』


いつかの夕焼け色が蘇る。

あの時、彼女はどんな顔をしていたのだろうか。

呆れていたのか、笑っていたのか、怒っていたのか。

結局、思い出せないまま、みほは空を見上げる。

記憶がどれだけ崩れていっても、月明かりの美しさが彼女と似ていた事だけは覚えているから。



見上げた月は大きくて、それが空っぽの自分には随分と眩しいと、みほは目を細めた。


さぁ投稿しよう!って段階でやっべ直すかこれ…ってなるのはなんでなんでしょうね。

寝ます。また来週

今日の投稿難しそうなので明日でお願いします。








生徒会室に置いてあるテレビに映画の終わりを示す『FIN』の文字が浮かび、消えていく。

それを見届けた優花里がリモコンの停止ボタンを押し、振り返る。


応接用のソファーに座っているのは優花里を除いたあんこうチームの面々と各チームリーダーたち。


沙織は乾いた笑い声を出しながら小さく拍手。

華は爪を見ている。

みほは決勝のための資料を纏めると言ってそもそも観ていない。

カエサルは沈痛な面持ち。

ねこにゃーはゴミを見るような目。

典子は寝ている。

梓は席を立って窓の外を見ている。

そど子は映画を見ているようで『世界の風紀を正すには』をテーマに脳内討論を重ねていた。

ナカジマは無の表情。

杏は口元は笑っているものの目は笑っていない。

柚子は開始10分でトイレに立ちたった今戻ってきた。

桃は『難解な映画だな……』と首を捻りながらうんうんと考えている。


そんな面々の様子に優花里はため息を堪えて尋ねる。


優花里「……感想をどうぞ」


そう告げて即座に質問タイムを打ち切ろうとするもそうはいかぬぞといった風に麻子が挙手をする。

優花里が一瞬舌打ちでもしそうに顔をしかめたものの、しぶしぶと言った様子で指名する。


優花里「……はい、麻子殿」


優花里の指名に麻子はゆらりと立ち上がり、こほんと咳ばらいをする。




麻子「……2作目は駄作の法則ってのがあるがそんなところまでリスペクトしなくてもいいんじゃないか?」

優花里「うぐぅっ!?」


大仰に胸を抑えるリアクションを意に介さず、麻子は更に優花里を刺し貫いていく。


麻子「というか『サンダーフォース』の2作目って銘打ってはあるが実質別物だろこれ」

優花里「な、何を言ってるんですかぁ?ちゃーんと続編ですよ?」

麻子「……秋山さんの持ち味は細かい事情なんてクソくらえだと言わんばかりの爽快な映画だったはずだ。なのに今回はやれ人種差別だやれ男女平等だやれ地球環境だ。挙句の果てには仲間内での喧嘩までおっぱじめる始末だ」

優花里「同じことやったって飽きられるだけですし、そういうテーマだって必要ですって!」

麻子「それらの要素が悪いという訳じゃない。そういうテーマを持って名作にしている映画はいくらでもある。

   だが今回の場合テーマが別にあるのにそればっか前面に押し出して結果的に本来のテーマがおろそかになるのはいかがなものかと思うぞ。ていうかなんであいつらあんなギスギスしてるんだ」

優花里「チーム内での諍いなんて前作でもあったじゃないですかぁ!」

麻子「あれは諍いというよりもじゃれあい。お互いがお互いを信頼しているが故に出る軽口であって、実際そういう部分はギャグとして描写してただろ」

優花里「は、はは……」


優花里の苦しい言い訳はどんどんと打ち返されて行き、とうとう乾いた笑いしかだせなくなってしまう。


麻子「そしてこれが一番の不満なんだが……なんで前作のメインメンバーを冒頭で殺した?」

優花里「い、いやそれは……」

麻子「理由があって殺すならまだしも大したドラマもなく本当にただの事故死って……何を考えているんだ」

優花里「……スポンサーからの要望がメインキャストの交代でして」


『やっぱりな……』と麻子がため息をつき、ポリポリと頭をかく。



麻子「いきなり知らん顔たちがさも『いつものメンバーだ!』みたいな顔で出てくるから『ケイさんあんな色黒だったか……?』って一瞬本気で混乱したぞ」

優花里「ま、まぁ、元より作品ごとにメインメンバーを変える予定でしたからね?」

麻子「……OK。その言い訳は認めよう」

優花里「言い訳なんかじゃ……」

麻子「だが他にも言いたい事は山ほどある。そうだな……予算の使い方がおかしくないか?」

優花里「え?」

麻子「キャスト変更もだが、やたら爆破してたな。あれサンダースの校舎の1/3くらい吹っ飛んでたぞ」


麻子は思い返すのも苦痛なレベルの映像を脳内で再生して苦い顔になる。

そんな麻子の内心を知ってか知らずか、恐らく知ったうえで優花里はおどけたように笑って見せる。


優花里「……爆破の豪快さは前作でも人気だったから必然的に増えただけですよ。爽快だったでしょ?」

麻子「……予算が増えたのはセットや爆破のド派手さでなんとなく察せるが肝心のストーリーがあれじゃな……爆破だけ見るなら花火みたほうがずっとマシだ」

優花里「なっ!?」

麻子「なんというか全体的に優花里さんらしくないというか……『こうすればユカリ・アキヤマっぽいだろ?』っていうのが透けて見えたな。そこに秋山さんのクレジットが前作までの監督から制作総指揮になってたのも考えると……」


麻子が優花里の隣に立ち、首に手をまわして屈ませる。

そしてその耳元でそっと呟く。


麻子「……秋山さん、あんまりタッチしてなかっただろ?」

優花里「う……」


優花里が視線を逸らすのを麻子は見逃さなかった。






麻子「撮影期間はどのくらいだ?準決勝前からあれこれしてたと考えても一ヵ月無いだろ?直接指揮するのはもちろん制作状況すらまともに把握できてなかったんじゃないか?」

優花里「そ、それは……」

麻子「人気が出て、絡む金も大きくなる。そうすると色んなしがらみも増える。私にだってそのぐらいはわかる。次回作をすぐに作るよう要求されたんだろ?」

優花里「……そ、そうです。お金はあっても時間は無くて……全国大会の事が第一ですしどうしても……だ、だから今回の出来は」

麻子「だからといって観客を蔑ろにするのはいただけないな」

優花里「ぐっ……」


優花里の甘えた態度に厳しく返す麻子。

まだ麻子のターンは終わらない。


麻子「興行収入や観客動員数は知らないがサンダースで人気だってのを考えると1000や2000じゃきかないだろ?それだけの観客を裏切った気分はどうだ?」

優花里「そ、それはちょっと恣意的な意見が過ぎると思います……」

麻子「キャストの変更は自分で告げたのか?どうせ代理に任せたんだろ?いきなり降板を告げられた挙句こんなのが続編だと言われたケイさんたちはどう思うだろうなぁ?」

優花里「そ、そんなの麻子殿に言われる筋合いはありませんよっ!!?」


開き直って声を上げる優花里を麻子は寂しそうに見つめると、そっと離れる。


麻子「……ああ、その通りだな。ならこう尋ねようか。……秋山さんはそれを許せるのか?」

優花里「うっ……」

麻子「初めて映画を撮った時の自分に今の映画を見せられるか?仕方ないんだって言い訳するのか?」




元々映画に興味なんかなかった。

たまたま友人が撮ってきた映画だったから見ていただけだった。

気づけば名作大作B級駄作問わず色んな映画を借りては見ていた。

麻子の趣味にいつの間にか映画鑑賞が加わっていた。

きっかけは間違いなく優花里で、だからこそ麻子は怒っていた。

夢と希望と趣味を大鍋で煮詰めたような優花里の作品は確かに粗も欠点も多かった。

だけど、確かに光るものがあった。

そんな優花里の最新作は駄作というのもおこがましいものだった。


麻子「小難しいお題目や色んな人に配慮した展開の挙句なんの爽快感も無い映画は秋山さんから見てどうだ?それが自分の名前で世に出された事はどうだ?――――世に出された作品は消すことが出来ないのにな」

優花里「う……うわあああああああんっ!!ごめんなさいいいいいいいいいっ!!」

沙織「もうやめて麻子!ゆかりん泣いてる!!」


とうとう我慢できなくなりわんわんと泣き出した優花里を見かねた沙織がレフェリーストップを入れる。

今ここに、秋山優花里のクリエイターとしてのプライドは粉々に砕かれた。


麻子「駄作がダメなんじゃない。クリエイターが好き勝手すれば良い物が出来るだなんてのは幻想だとわかってる。それでも、本気で取り組んだ結果の駄作なら次につながる。駄作としても中途半端なものは本当にただただ『無』なんだ。それだけは、忘れないでくれ」

優花里「は、はいぃ………」


床に手を着き涙を流す優花里に麻子がそっと寄り添い思いを伝える。

次があるかなんてわからない業界だ。

それでも、次こそは良い物を、面白いものを。

その気概が、決意こそが明日の名作を作るのだと、麻子は信じている。




杏「それで決勝だけどさー、どうする?」


そんな優花里と麻子のコントを見届けた杏が干し芋を齧りながらみんなを見渡す。


カエサル「今の一幕必要だったか?」

ねこにゃー「ゴミクソ映画見せられて無駄に時間の浪費しただけなんだけど」

優花里「うぁーーーーーーんっ!!」


カエサルとねこにゃーの辛辣かつ的確な意見に再び優花里が床に突っ伏して泣き出してしまう。


沙織「お願いっ!!今はゆかりんをそっとしといてあげて!!」

杏「えっと……とりあえず西住ちゃん、お願い」

みほ「あ、はい」


おいおいと泣きじゃくる優花里の背をさする沙織を尻目に、杏の指示を受けみほが皆の下へとやってくる。

なんとなく、空気が引き締まるのを感じ、皆の背筋が伸びる。


みほ「えっと、決勝戦で戦う黒森峰は高火力にして堅牢な重戦車を中心とした編成を好んでとっています」

優花里「硬くて強い!質実剛健こそがドイツ戦車の華ですね!!」

沙織「あ、復活した」


立ち直りの早い優花里にみほは苦笑して説明を続ける。


みほ「そこに厳しい訓練と厳格な規律によって維持される隊列が加わることで正面からの勝負では無敵と言っても過言じゃありません」

沙織「なら、どうするの?」


沙織の疑問にみほは一瞬考え込むように押し黙ると、覚悟を決めたように口を開いた。


みほ「……私が提案できる最善の策は、フラッグ車を孤立させて撃破する」

沙織「それって……」

みほ「はい。サンダース戦で本来とる予定だった作戦です」


結局、サンダース戦では作戦通りにはいかず、そもそも作戦通りに行った試合など一度もない。

けれども、これしかないのなら、やるしかないのだ。




みほ「……結局のところ戦力に乏しい私たちが出来る戦術はこれしかありません。真正面から戦って勝てる相手なんてアンツィオぐらいでした」

沙織「その言い方はちょっと聞こえが悪いかなーって……」

華「ですが、それが最善なのでしたら」

優花里「……勝てますか?」


優花里がおそるおそる尋ねると、みほはゆっくりと首を横に振る。


みほ「……勝てるだなんて、とても言えません。黒森峰は、あの人たちは強いです」


他でもないみほがそれを一番よく知っている。


みほ「戦車だけじゃない、積み重ねてきたものが違います。鍛え上げてきた実力があります」


4年間、ここにいる誰よりも近くで見てきたから。どれほどの努力を積み上げ、どれだけ挫折してきた人がいるのか、

そして―――そんな黒森峰を誰よりも愛していた人を知っているから。


みほ「断言します。黒森峰は、今大会……いいえ、高校戦車道最強の学校です。そして私の……大切な場所です」


たとえもう戻れなくても、疎まれ、恨まれていたとしても、かつての母校は今でもみほの中で輝いている。

それでも、


みほ「それでも、私はあなたたちを勝たせたいです。嘘だらけの私を受け入れてくれた恩に報いたいです。だから……私を、信じてください」


それでも今は、彼女たちの為に。

全てが終わった後、どんな報いでも受けるとしても。

……元より、私はもう終わった身なのにね。

みほが頭を下げながらそう内心で自嘲する。




沙織「……信じるよ。あなたと、私たちならきっと勝てるって」

華「ここまで来たのですから、最後まで美しく走り抜けましょう」

麻子「信じているさ、頑張ろう西住さん」

優花里「私はまぁ、戦車に乗れただけで満足な所ありますから……あ、でも勝ちたいのは同じですよ!!優勝して凱旋パレード目指しましょう!」


沙織たちがそう笑いかける。


カエサル「ここまでこれた事自体が奇跡みたいなものなんだ。だったらもう一回ぐらいならいけるさ」

そど子「あなたに対しては風紀的に色々言いたい事あるけど、今はやめておくわ。……頑張りましょう」

ナカジマ「今さら疑う様な事しないよ。君たちの努力と頑張りと本気さは君たちの戦車が何よりも教えてくれたからね」

杏「西住ちゃん、巻き込んだのは私なんだからそんなに気負わなくていいよ」


カエサル、そど子、ナカジマ、杏がそう言ってみほの肩を叩いていく。


すると、みほの事を窓際の梓がじっと見つめている事に気づく。


梓「……あなたが一番戦車道に詳しいんですから、言われた事には従いますよ」


そう言ってまた窓の外に目を向ける背中を、典子が苦笑しながらポンポンと叩く。


典子「澤はこう言ってるが、ちゃんと隊長の言葉を信じていますよ。私も」

ねこにゃー「後悔とかそういうのは全部終わってからにするよ。今は……西住さん、キミを信じるよ」


信頼が揺らいだことがあった。あの人を信じて良いのかわからなくなった事もあった。それでも、典子もねこにゃーも今はみほを信じることにした。

きっと、梓もそうであると信じて。




桃「やるしかないんだっ!!だから……やるしかないんだっ!!」

柚子「桃ちゃんおんなじこと言ってるよ?」

桃「う、うるさいっ!!いいか西住!!私たちはお前を信じるぞっ!!」


みほの言葉にやっぱり目元を赤くした桃が勢いのままがなり立てる。

それを柚子が宥めるも、火に油を注ぐ形となり桃は更に声を上げて、そしてみほをしっかりと抱きしめる。


桃「でもっ……気負うな、背負うなっ……何があっても、自分のせいだなんて思うなっ」

みほ「……うん。わかったよ桃ちゃん」


そっと桃の肩を押し、みほは微笑む。

その笑顔が嘘なのだと、桃にはわかった。

けれど今は、その言葉が聞けただけで良しとするしかなかった。

そんな桃の気遣いもみほは気づいていた。

だから、みほはまた頭を下げる。

桃だけではなく、ここにいる全員への感謝を込めて。


みほ「……ありがとうございます。それじゃあ作戦を詰めましょう。黒森峰が使ってくるであろう戦車はティーガー、ティーガーⅡそれに――――」


全てが終わった後、自分がどうなったって構わない。

だけどせめて……この学校は救いたい。


かつて大切な人の手を掴みきれなかった右手をぎゅっと握りしめて、みほはそう決意した。


ここまでー。
もうすぐ最終章2話公開ですね。
私の家の近くの映画館でやってくれるので大変ありがたいです。
ドラマCDも発売しますし色々と新しい情報が出てくるのが楽しみですね。

また来週。






決勝が二日後と迫ったある日の昼下がり、いつも戦車たちが出番を待つばかりで静かな車庫の中は騒々しい賑わいを見せていた。

全チームが各々の車輛の整備、清掃に奔走して、来るべき決勝へと備えている。


優花里「マークⅣスペシャル!それにヘッツァーも!!良いですねぇ!!」


そんな賑やかな車庫の中でも一際大きな優花里の歓声が響き渡った。

優花里の目の前には砲身の換装とシュルツェンを増設したⅣ号戦車と、『元』38tが並んでいた。


38tはその車体上部を丸々交換し、元々の戦車然としたシルエットから四角錐台に砲塔が生えているといったような見た目へと変貌を遂げ、その名もヘッツァーへと変わっていた。


強化された二輌をじっと見つめるみほの後ろに杏と柚子と桃がやってくる。


杏「決勝進出が決まって義援金が結構集まってねー。ヘッツァー改造キット買っちゃった」

柚子「その義援金ももうすっからかんだけどね……」

桃「だが、それでも何もしないよりはマシだ。打てる手は全て打っておく、最善を尽くすのが今の私たちに出来る事なのだから」


杏は一歩前に出てみほの隣に並ぶ。


杏「ホントはさ、西住ちゃんに相談するべきだったんだろうけどね。時間が無くてさ、悪いけどこっちで勝手に決めちゃったんだ。ごめんね」

みほ「いえ、これで正解だと思います。戦車が増えても乗員を探している暇はありませんし、なら今ある戦車の強化に努めるべきです」

杏「そっか。なら良かった」


それで、会話が途切れる。

金属が鳴らす音、慌ただしく動く足音、あれこれと話す声。

騒がしい車庫内なのに、二人の間には静寂が流れる。

それが耐えられなかったのか、杏はヘッツァーを見つめながらいつもの様に気の抜けた声を出す。


杏「にしてもヘッツァーって面白い形してるねー。実物を見ると猶更そう思うよ。これ上手い事突っ込めばジャンプ台にならない?」

みほ「それはちょっと厳しいかなーって……」

杏「うーん、残念」


しかしながら杏の小ネタではみほとの間に会話のラリーを繋げられず、また黙り込んでしまう。

いい加減どうにかするべきだろうかと柚子と桃が心配になってきた辺りで、また杏が声を出す。

今度は、真面目に、静かに。


杏「……色々あったけどさ、それでもここまでこれたのは西住ちゃんのおかげだよ」

みほ「……それでも、私のしたことが許される訳じゃありません」

杏「……それも、私のせいだから」

みほ「違います。私がやったことは、全部私のせいなんです。あなたの思惑は私がみんなを騙した事とはなんの関係もありません」


先ほどとは真逆に、間を置かず即座に返球されたことに杏は内心で苦笑する。


杏「……西住ちゃんは頑固なんだね」

みほ「……」


その言葉に、みほは返答しなかった。






そんな二人をM3の整備をサボってあやが見つめていた。

みほの正体が判明したあの日以来みほと杏はいつも重い空気を纏っていて、正直言って辛気臭いとあやは思っていた。

事情は分かったが、だからといってあんな風に陰鬱とした雰囲気は一年生らしい後先考えず目の前の出来事を軽く受け止め大いに楽しんでいるあやには随分と奇異で、近寄りがたく写っていた。

そして、そんな辛気臭い空気を纏った人が身近にいる事もあやの頭痛の種となっている。


埃と煤に汚れたメガネを拭きながら、一心不乱に整備をしている梓に声を掛ける。


あや「梓―いい加減隊長と仲直りすれば?」


その言葉に、梓以外の面々も手を止め、目を合わせて同意する。


優季「そうだよーせっかく頑張ろう!ってなってるのに空気悪くなっちゃうー」

梓「別に、仲直りしなくても試合は出来るから」

桂利奈「あいぃ……」


優季の同調に梓は手を止めず抑揚のない声で拒絶する。

その冷たい声に桂利奈が恐れ慄き口から怯えた声が漏れてしまう。


あゆみ「まぁ梓だって好きでツンケンしてるんじゃないからさ。今はそっとしておこうよ」


これ以上突っ込んでもケンカになるだけだと判断したあゆみが、そう言って皆を宥めるも、

あやは納得いかないといった様子で唇を尖らせ、ため息をつく。


あや「はぁ……あんなに先輩!先輩!って懐いてたのに」

梓「私が好きだったのはエリカ先輩だから。あの人は違う」


若干嫌味を込めた言葉も梓には響かなかったようで、ただただ冷たい拒絶だけが帰ってくる。

もちろん、あやも梓の気持ちは分かっている。

なんだかんだ今日まで6人でつるんできた仲で、彼女が逸見エリカという先輩にどれだけ入れ込んでいたのかも近くで見てきたのだから。

その気持ちが裏切られたと思うのも当然で、簡単には仲直りなんてできないだろうというのもあやには分かっているが――――だからと言ってそのせいで自分に被害が出るのは御免被りたいというのが本音だ。


あや「梓ー……」

紗希「……」


不満を露わに梓の名前を呼ぶと、その肩をポンポンと紗希が叩く。

振り向くと、ゆっくりとその首を横に振りあやに意見する。

それでもう、あやはお手上げとなった。


あや「……わかった。もう言わないってば」


あやとしては心残りではあるものの、今ある友情にヒビをいれてまで解決したい問題ではないのだ。

まぁ、時間が解決してくれるよね。

そう、後回しにしてあやは綺麗に拭き終わったメガネを装着し、再び整備へと挑んだ。





夕暮れの車庫でみほは一人Ⅳ号と向き合っていた。

履帯のゆるみが無いか、増築したシュルツェンに不備はないか。

Ⅳ号だけではなく、ほかの戦車も見回って不備が無いかチェックしていた。


沙織「まだやってるの?」

みほ「え……?」


突然後ろからかけられた声に振り向くと、そこには呆れたような顔でこちらを見つめる沙織と、

心配そうに見つめる優花里たちがいた。


沙織「整備、皆頑張ってたし大丈夫じゃない?」

みほ「別に、それを心配しているわけじゃありません。ただ……」

沙織「ただ?」

みほ「……何もせずにいられないだけです」


その呟くような声に、優花里がため息交じりに感嘆する。


優花里「西住殿は真面目ですねぇ……」

みほ「違うよ。ただ、こうやって無心で戦車をいじっている時だけは、私がしたことを考えなくて済むから」


そういうと沙織たちから視線を外し、再び目の前のⅣ号の点検を始める。


みほ「罪悪感に潰されるのも、自分への怒りへ飲み込まれるのも、全部終わってからにしたいから。だから……」

沙織「ねぇみほ。明後日、決勝が終わったら何しよっか」

みほ「え?」


そんなみほの目の前に割り込むかのように沙織がⅣ号に腰かける。

何をしているのというみほの視線をあえて無視して、沙織は小首をかしげて思案する。


沙織「私は……うーん、どうしよう。とりあえずお風呂入って、ご飯食べてー……」

優花里「それいつもの事じゃないですか」


優花里が即座に突っ込んで沙織はそれにむー!と頬を膨らませる。

すると、今度は華が両手の指先を合わせて思い付いたように頭頂部のくせ毛を揺らす。



華「決勝後なんですからもっとこう、いつもと違う事がしたいですね」

麻子「寝る」

沙織「それこそいつもの事じゃん……」


相変わらずな麻子に沙織はジト目で呆れると、その視線を未だ状況を理解してないみほに向ける。


沙織「ねぇみほ。何がしたい?」

みほ「……そんなの、考えてられませんよ。だって、決勝で勝てなかったら……」

沙織「それでも、だよ」


みほの言葉が言い終わる前に沙織は言葉をかぶせてくる。


沙織「勝っても負けても明日は来るんだから。だから、何をしようか考えるの」


車庫の天井を見上げて、沙織は嬉しそうに語る。


沙織「勉強でもいいし、遊びでもいいし、とにかく予定を立てるの」

華「なら私、行ってみたいレストランがあります」

優花里「それたぶん一人前が4人分とかそういうところですよね?」

麻子「打ち上げするならちゃんと予約しないとな」

優花里「あー生徒会に頼んで良いところ予約してもらいますか」

華「アンツィオの皆さんに頼めたら良いですね……料理、とっても美味しかったですから」

優花里「頼めばやってくれそうなのがあの学校の凄いところですね……」


あれやこれやと好き勝手に語りだす面々に沙織は再び頬を膨らませる。



沙織「もー!ご飯の事ばっかじゃなくてさー!!ほら、旅行とかそういうの!!」

麻子「めんどくさい」

華「あまり、どこに行きたいというのは……」

優花里「あ、自衛隊の総火演行きたいです決勝後にありますし。プロが動かす戦車は迫力満点です!!」

沙織「また戦車ぁ?」

優花里「聞いたの沙織殿じゃないですかっ!」

沙織「はぁ……ま、いっか。とりあえずその方向で」

優花里「やったー!!」


蚊帳の外のままいつのまにか話が纏まっている事にみほがオロオロとしていると、

沙織は悪戯っぽく微笑んでみほに語り掛ける。


沙織「みほ、決勝頑張ろうね」

みほ「……私に出来る事なんてたかが知れてますけどね」

沙織「もぉ……」


相変わらず自虐的なままのみほをどうしたものかと沙織が腕を組むと、優花里が拳を握って力説しだす。


優花里「西住殿の力があったからこそ、ここまでこれたんですってば!」

麻子「謙遜も過ぎれば嫌味になるぞ」

みほ「……ごめんなさい。でも……」


申し訳なさそうに頭を下げるものの、一向にその表情に明るさが灯る事は無く、

沙織はもういいと言わんばかりに、ジェスチャーで頭を上げるよう伝える。


沙織「わかったわかったから!そんな落ち込まないでよ」

華「気落ちしたところで芽吹くものはありませんよ」

みほ「はい……」


気遣われるばかりで、何も出来ない自分をみほが恥じて俯く。

それを見かねて沙織たちが口々に励ましの言葉をかける。

ようやくみほが顔を上げようとした時―――――コンクリの床を何かが打つ音がした。



その音がした方にみほたちが振り向くと、夕日を背負って立つ人影があった。

その顔は影になって見えない。


「ここにいたのか」


けれども、その声を、その姿を、みほは良く知っている。


みほ「え……?」


知っているが、だけどその人物はここにいるはずのない人のはずだ。


また一つ、床を打つ音がする。

その音は、影が履いているローファーの底が鳴らしていた。


「勘というものもバカにならないな。まぁ、お前がいそうな場所なんて見当がつくが」


ふっと、鼻で笑う音が聞こえる。

その声色は嘲るかのように上ずっている。

そしてその言葉とは対照的にみほがどんどんと青ざめていく。





みほ「なん、で……」

「ん?ああ、せっかくだからな。決勝で戦う隊長さんと話をしようと思って」


呆然と、息も絶え絶えなみほの姿をまるで気にせず、影は世間話でもするかのように返答する。

そんなみほの姿を見て影はまた一つ、鼻で笑う。


「どうした。そんな驚く事ないだろう?試合前じゃゆっくり話せないだろうからな。……まぁ、なんにしても」


その靴底が、最後だと言わんばかりに大きく音を刻む。

倉庫の明りに照らされその表情が露わになっていく。

光に照らされ、夕日を背負うその影は、



まほ「久しぶりだなみほ。元気そうで何よりだよ」




侮蔑と、怒りを露わにするように牙を剥いて笑った。




ここまでー。
アマプラにガルパンのシリーズ全部来てたのでまたマラソン始めてしまいました。
来週はまほさん大暴れ回です。

また来週。





昼下がりの隊長室。

黒森峰の戦車道チームをまとめ上げる者のみが使える部屋で、まほは一人机についていた。

片手でペンを弄びながら気だるそうに書類を眺めていると、に荒々しく扉を開く音がこだました。


まほ「ノックぐらいしたらどうだ?」


手元の書類から目を離さず、まほは来客に向かって声を掛ける。


「堅苦しい事言うなよ。私とお前の仲だろ?」

「ごめんなさい突然……でも、私たち隊長に言いたい事があってきたの」


入ってきたのは二人。一人は短髪の活発そうな少女。もう一人はお淑やかな長髪の少女だった。

普段の彼女たちを知っている者ならばその様子が決して穏やかなものでは無いと察することが出来ただろう。

片方は目じりを険しく吊り上げ、もう片方は憔悴したように、心配している様に陰を写していた。


まほ「決勝の事なら心配ない。万全を期している。それはお前たちもよくわかっているだろう?」

「とぼけんなよ。私たちが言いたいのはそんな事じゃねぇ。お前……最近無茶しすぎだ」


短髪の少女はそういって爪先で床を叩く。

その音にまほは苛立つように眉根を寄せるものの、やはり書類からは目を離さず答える。


まほ「……練習量の事なら決勝前なのだから多少負荷をかけるのは仕方が無い。お前たちも納得してるだろう」

「私たちの事じゃねぇ。お前の事だ。それと……赤星も」

まほ「……どうしてだ」

「お前の乗員が訴えてきたよ『隊長がこのままじゃ倒れちゃう』って。あんま乗員に心配かけさせるものじゃないぞ」



小さく舌打ちが聞こえた。


まほ「……余計な事を」


忌々しさ、苦々しさを隠さず顔をしかめるまほにたち短髪の少女が前に出ようとするも、その肩を長髪の少女が掴んで止める。

そして入れ替わるように前に出ると、優しく、気遣う様な声をかける。


「あなたが一生懸命なのはよくわかるけど、だからって今のやり方はおかしいわよ」

まほ「……私が乗るフラッグ車のメンバーなんだ。私の指示についてこれるよう他の隊員以上に練習するのは仕方がない」

「だからっ!!そうじゃねぇって言ってんだろっ!?」


我慢できなくなった短髪の少女が机を叩いて体を乗り出す。

額同士がぶつかるほどの距離でも、まほはまったく表情を変えない。


「お前、昨日はいつ寝た?食事はちゃんとしてるのか?」

まほ「……お前には関係ない」

「目元、クマが酷いぞ」


その指摘の通り、まほの目元にはクマが濃く表れている。

目は充血し、髪はツヤが無く、短く切りそろえているからこそ辛うじて人前に出られる程度には整えられている。

そんなまほの様子に長髪の少女が懇願するように両手を胸の前で握りしめる。


「お願い隊長、ちゃんと休んで……みんな、心配して……」

まほ「問題ない。この程度なら決勝でも問題なく戦える」

「お前っ……」

「……なら、せめて赤星さんを止めて。あの子はある意味……あなた以上に危ういわ」


今にも殴り掛かりそうな短髪の少女を手で制しながら、長髪の少女がそう訴える。

今のまほには説得が届きそうにはない。ならせめて、後輩の事だけでもなんとかしておきたい。

そんな彼女の考えを知ってか知らずか、まほはまるで心配した様子もなく、


まほ「……普段の練習はしっかりやってる。副隊長としてもまぁ……及第点だ。私から言う事は無い」

「お前の目は節穴か?あいつ、今にもぶっ倒れそうだぞ」

まほ「……まぁ、それならそれで仕方ないさ」

「あ?」


まほが軽く、まるで明日の天気でも伝えるかのように言った言葉に、低く唸るような短髪の少女の声がぶつかる。


まほ「言って聞くようならそもそもあそこまでにはならないだろう。それに……」




まほ「別に、副隊長なんていてもいなくても変わらないさ。私がいれば充分なんだからな」





殴り掛かろうとしたその拳はまほの目の前で掴み止められた。

短髪の少女は震える拳を更に握りしめて、それを遮った長髪の少女を睨みつける。

けれどもその視線に返事はなく、長髪の少女はまほをじっと見つめている。


「……隊長、いえ西住さん。今のは聞かなかったことにするわ」

まほ「……」


その言葉には返事をせず、まほは席を立つ。

掴む手を振り払って短髪の少女がその背中を声で引き留める。


「おい、どこ行く」

まほ「悪いがおしゃべりはここまでだ。実家に行く用があってな」

「んなもん後にしろ。まだこっちの話が終わってないんだ」

まほ「私は最初からお前たちと話すつもりは無いよ」

「っ……」


ドアノブに手をかけたまま、まほは振り返らず答える。


まほ「安心しろ、ちゃんと優勝させてやるさ」

「……お前は、それでいいと思ってるのか」

「西住さんあなただってわかってるでしょ?このままじゃ……」

まほ「お前たちに、私の何がわかる」


声色が変わる。

深く、重く、怒りと悲しみを混ぜ合わせた色を二人は感じ取った。

まほが振り返る。

二人に近づき、その眼を見つめる。

視線だけで眼球が押しつぶされるかと思うほどの迫力に、二人はたじろいでしまう。

その姿にまほは興味を失ったのか、あるいは怒りを通り越したのか。見下すように冷たい視線を向けて再びドアノブに手をかけ、扉を開く。


まほ「私の気持ちがわかるやつなんてもう、この世にはいないんだ」


その言葉を最後に扉は閉ざさた。

扉の外からコツコツと床を鳴らす音が聞こえ、段々と小さくなっていき―――聞こえなくなった。

主のいなくなった隊長室に、二人は無言でたたずむ。

そして、


「――――――クソッ!!」


閉まった扉を前に一歩も動けず、そんな自分への苛立ちを込めて短髪の少女は机を殴った。







まほ「お母様に報告するために家に帰ろうとしたんだが、たまたまこの学園艦が近くにいると知ってな。せっかくだから寄らせてもらったんだ」


大洗女子学園の車庫。

夕陽が窓から入り込む中で、まほは世間話でもするかのようにみほたちにそう語る。

けれどもその雰囲気には一切の喜びも、あるいは気楽さも感じず、

気安い態度から発せられる刺すような緊張感がみほたちを竦ませる。

特に沙織はその空気に耐えきれず、逃げるように後ずさりをした。

その様子にまほは口だけ笑顔を作ると、指でみほを指す。


まほ「おいおい、そんな怖い顔をしないでくれ。別にこいつをどうこうする気は無いさ」

「沙織さん……大丈夫ですから」

沙織「でもっ……」

まほ「……ああ、やっぱりあのふざけた真似事はやめたのか」

「お姉ちゃん……」


みほの態度から自分の推測が正しいと確信すると、まほは蔑むようにみほを見つめる。


まほ「仲間たちの前で嘘を暴かれて、それでも嘘を貫けるような面の皮は持っていなかったようだな?」


みほは何も言い返せず、俯く。

そんなみほを庇おうと、麻子がまほの視線を遮って前に立つ。


麻子「嫌がらせに来たのなら帰ってくれ。私たちは忙しいんだ」

まほ「あなた……確かこいつの友達だったわね。おばあ様の容態はどう?」

麻子「……おかげさまで元気だ」


警戒を解かず睨みつけてくる麻子に対してまほは優しく、嬉しそうにその表情を緩ませる。


まほ「そう、それは良かった。本当に……家族は大事だものね」

麻子「……ああ」


先ほどとは打って変わって気遣う様な素振りをみせるまほを怪訝に思いつつも、麻子はみほをまほの視界に入らないようその小さな体で隠し続ける。

すると、まほの視線は麻子―――その後ろのみほから離れ、今度は隣に並ぶ沙織たちに向けられる。





まほ「そういえば……そこの3人も前に見たな。お前の戦車の乗員か?」

みほ「……友達、だよ」


麻子をそっと手でどかし、みほが震える声を出す。

まほはまた、先ほどと同じく蔑むようにみほを見つめる。


まほ「へぇ?4人も友達が出来たのか。凄いじゃないか。こっちにいた時よりも随分社交的になったんだな?」


その軽口にみほがなんと答えようかと逡巡するも、答える前に新たな質問がかぶせられてくる。


まほ「それで?次は誰になるんだ?」

みほ「え……?」


自然と喉から漏れた声。

まほが何を言っているのかみほには理解できなかった。


まほ「エリカになれなくなったのなら、今度はそこの中から選ぶんだろう?ルーレットか?くじ引きか?それとも四人一役か?」

みほ「お姉、ちゃん……」

まほ「もっとも……そんな事したってお前はまた逃げ出すのだろうけどな」


まほがみほに近づく。

みほが後ずさると、その後退は先ほどまで整備していたⅣ号によって止められた。

厚く冷たい鉄の感触と、それ以上に冷たい汗が伝うのを背中に感じた。


まほ「まさかお前のようなクズが決勝にまで出られるとは思わなかったよ。実力もだが何よりも心が弱いお前がな」


みほはもちろん、麻子も沙織も優花里も華も、まほの気迫に動けなくなる。


まほ「途中で嫌になって逃げださなかったのを誉めてやろうか?あははっ、それは気が早いか。明日にでも逃げてるかもしれないしな」


嘲りを、侮蔑を、怒りを隠さずまほは笑う。

その姿は、その嘲笑にはみほの知っている姉の姿はどこにもない。



まほ「貧弱な戦車と、素人を集めてお山の大将は楽しいか?やりたいようにやって、好き勝手振舞うのはさぞかし楽しいだろうなぁ?」


そう言って隣で震えて縮こまる沙織たちに目を向ける。


まほ「お前たちも災難だな?こんなのにそそのかされて、たまたま運が良かったばかりに大舞台で笑いものにされるんだから」

みほ「お姉ちゃんっ!!」


友達を馬鹿にされ、みほがたまらず叫ぶ。

すると、まほの表情から笑顔が消え不機嫌そうにため息を吐く。


まほ「……今さら正気に戻ったつもりか?なら、もう遅い」

みほ「お姉ちゃんっ……私はっ!!」

まほ「あの時こう言ってたな?『大洗に来て友達がたくさんできた』って。なぁ、みほ。エリカから奪った名前と、エリカから奪った姿と、お前の空っぽの中身で作った友達はどうだった?」

みほ「お姉ちゃんっ……私の友達は、みんなはとても素敵な人たちなのっ!!だからッ」

まほ「黙れッ!!」

みほ「っ!?」


突然、弾けるようにまほの怒りが轟く。

怒りのあまり目元に涙を浮かべ、まほはみほを睨みつける。


まほ「全部全部偽物だっ!!お前もっ!!その友達もっ!!」


空気を薙ぎ払うように腕を振って、弾劾するようにみほたちを指さしていく。


まほ「エリカが亡くなったのは不幸な事故だ……それだけなら皆悲しみを受け入れられた。だがみほっ!!お前は、エリカの全てを奪ったんだっ!!

   エリカの家族からッ!!私からッ!!みんなからッ!!」


慟哭が、激昂が、車庫に響き渡る。

あるいは呪詛のようにみほへと向けられたその言葉は、他でもないみほが実感している事だった。


まほ「お前は……お前がッ!!エリカをもう一度殺したんだッ!!」



実感していた、はずだった。





呼吸が乱れ、肩を揺らすまほ。

その眼前でみほは虫の息のようにか細い呼吸しかできなくなっていた。


みほ「お姉……ちゃん……」


それでも何とか声を出す。

その言葉が自らを指し示している事が不快だと言わんばかりにまほは顔をしかめる。


まほ「なんだその顔は?『そんな事思ってもいなかった』とでも言うつもりか?だとしたら、お前は本当に救えないな」

みほ「……ごめ、んなさい」


絞り出すようにそう告げると、その胸倉をまほが掴み上げる。

勢いのままⅣ号に押し付けられ、ただでさえか細かった呼吸が更に小さく、絶え絶えになる。

けれども、まほの激昂は止まらない。


まほ「今さらなんだッ!?それで許してもらうつもりかッ!?それでッ!!エリカに顔向けできると思ってるのかッ!?」


まほを掴むみほの手からどんどん力が抜けていく。

だけど、まほの声はどんどんクリアに、まるで脳内に直接響いてるかのように伝わってくる。

その怒りが、哀しみが、どうしようもないぐらい伝わってくる。

だから、

まほ「エリカの……私の大切なものを奪ったくせにッ!!お前がッ!!全部壊したくせにッ!!なのにお前はッ!!」


もしもまほがこの怒りのまま自分を裁いてくれるのならそれで姉が満足してくれるなら。

みほが諦めではなく、そう望んだ時、


沙織「やめてッ!!」



まほの手がみほから引きはがされ、離れていく。

磔のようにされていたみほはそのまま膝から崩れ落ち、意志とは無関係に荒い呼吸を繰り返し酸素を取り込む。


優花里「大丈夫ですか!?」


駆け寄ってきた優花里の気遣いに答えようとするものの、未だ呼吸を繰り返すばかりで満足に声を出す事も出来ずみほは手をあげる事で無事を表現する。

そのみほの前では沙織と華がまほにしがみつき、麻子が先ほどのようにみほの前に立ち両手を広げてまほに立っていた。

まほは沙織たちを振り払おうともがくものの、無理やり引きはがそうとはしない。


まほ「離せッ!!部外者は引っ込んでろ!!」

沙織「部外者じゃないっ!!」


その言葉に、まほの動きが止まる。

今度はゆっくりと沙織たちの手を離していき、みほではなく、沙織を睨みつける。

突き刺さり、体の内側で暴れているのかと思えるほどの視線。

それでも沙織は逃げずに視線をぶつけ、食らいつく。


沙織「私は……私たちは、みほの友達ですッ!!」


その言葉を鼻で笑う。


まほ「……こいつの名前も素性もついこの間知ったばかりなのに友達か?」

沙織「違うっ!!私たちは、みほと出会ってた!!初めて会った時からずっと、私たちが過ごしてきたのは西住みほだよ!!」


恐怖に負けないよう必死で拳を握る。

気圧されないように瞬きすらせず睨みつける。


沙織「名前を知らなくたって、素性を知らなくたって、私たちはっ、今日まで一緒に戦ってきたみほの友達だッ!!」



沙織は喧嘩なんてしたことが無い。あるとすれば精々そこで座り込んでいるみほの頬を叩いたぐらいだ。

だけどもし、まだまほがみほに危害を加えようとするのなら、立ち向かうつもりだった。

そしてそれは他の3人も同じだ。

華も優花里も麻子も。その瞳には先ほどまでの怯えは一切なく、まほへ揺るがぬ視線を突きつける。

みほを守るように周りを囲む沙織たちを見て、まほが目を閉じる。

空気から重さが消え、刺すような緊張感が解けていく。

そして、まほがゆっくりと目を開きみほを見つめる。




まほ「……ここが、お前の居場所なのか。あの子たちはお前にとって大切なものなのか」


敵意のこもってない声にようやく整った呼吸でみほはたどたどしく返す。


みほ「……私は、何もかも投げ出して、逃げ出してここに来た。嘘をついて、誰かを傷つけて、その先でまた誰かを騙して傷つけた」


許さる事ではない、許されてはいけない事だ。

自分がした事を考えればそれは当然の事だ。

それでも、


みほ「それでも、私が嘘をついてた時から、沙織さんたちは優しくて、強くて……私は、私はずっと憧れてた」


嘘が白日の下にさらされても、彼女たちは自分を案じてくれた。

何一つ真実なんて知らなず、嘘で塗り固められた自分を本気で心配して、それでも友だと言ってくれた。

だから、


みほ「だから、だから……こんな私を見捨てないでくれるのなら、友達だと言ってくれるのなら……私も、それに応えたい」


償いから逃げ罪だけを重ねてきた。

けれども、もう逃げたくない。


みほ「空っぽの私が、それでも皆の為に何かできるのなら……私の全てを尽くしたい」


未だに、大洗を居場所だとは思えていない。

思うつもりもない。

こんな自分に彼女たちがいる『世界』は相応しくないから。

今ここにいる事さえおこがましいから。

だから、みほはせめてもの恩返しをしたいと思った。


みほ「お姉ちゃん……私のした事、許せなくて当然だと思う。あなたは何も悪くないのに、私は自分勝手にあなた達を傷つけた」


姉の気持ちは痛いほどわかる。

己のしたことを考えれば姉の態度はむしろ優しいとまで思えた。


みほ「だけど……決して私は黒森峰に、お姉ちゃんたちに敵対するつもりはないの。ただみんなの為に、出来る事がしたいの」




床に手をつき、額を付ける。

差し出せるものなど何もなく、プライドも何もない自分の土下座なんて何の意味も無いとみほはわかっている。

それでも今はこうすることしか出来ないから。

みほは額をこすりつける。


みほ「手加減してとか、許してくれとかじゃなくてただ……決勝が終わるまで待ってください。それさえ終われば……私はどんな報いでも受けます」


まほがじっと自分を見下ろしているのを感じる。

やがて、そっとまほが跪き、みほを起こした。

姉の行動に動揺するみほを立ち上がらせ、その肩を押し沙織たちの下へとやると、ゆっくりと目を閉じる。

何かを考えるかのように天井を見上げ、ゆっくりと目を開く。


まほ「……みほ、訂正するよ。お前の友達は偽物なんかじゃない。本当にお前の事を大切に思ってくれている」


ちらりと瞳だけで沙織たちを見ると、

その口元に微笑みが浮かぶ。

瞳が嬉しそうに潤む。


まほ「そしてお前もまた、ここにきて何かが変わろうとしてるのかもな。自分勝手に生きてきたお前が、皆の為に何かをしたいだなんて……良かった」


感慨深そうにそう頷くと、まほは右手で目を覆う。

手の隙間から零れた涙がコンクリートの床を濡らした。

そして、


みほ「お姉ちゃん……」

まほ「ああ、良かった。本当に……本当に……」


その涙を乱暴に拭う。

隠れていた表情が露わになる。


真っ赤に充血した瞳が、

裂けそうなほど吊り上がった唇が、



まほ「だって……だってこれで、お前に罰を与えられるんだからなッ!!」



どす黒い歓喜を称えていた。





憎しみを喜びで包み込んだらこんな表情になるのだと、

こんなにもおぞましいものになるのだと、

みほたちは初めて知った。


まほ「空っぽの偽物を壊したところでなんの報いにもならない。お前が、本当に大切なものを見つけたというのなら。居場所を見つけたというのなら、全部叩き壊してやる」

みほ「お姉、ちゃん……」

まほ「知ってるよみほ。明日の決勝に負けたら、大洗は廃校になるのよね?」


うっとりと、思いを馳せるようにまほの笑顔に艶が入る。

みほたちを見ているのにまるでみほたちを見ていない。

恐らく、まほが見ているのは未来――――決勝の日。その結末。


まほ「くふふっ……その時お前はどんな顔をするんだろうな?今度はどんな言い訳で自分から逃げ出すんだろうな?」


我慢しきれないといった風に口の端から笑い声が漏れる。

その口元をおさえ、粘土細工でもするかのように唇を結ぶと、今度はしっかりみほを見つめる。

その瞳に宿る感情に、みほはようやく理解する。

―――自分の罪が、ここまで姉を変えてしまった、と。


まほ「覚悟しろ。私が、お前から命以外の全部を奪ってやる」


そう言い切ると、再び我慢できなくなりけらけらと笑いだす。


まほ「ふふっ、あぁ……楽しみでしょうがないよ。……みほ。もう一度、全てを失え。それが――――お前への罰だ」



最後通牒。

―――お前を、許さない。


元より姉はそのつもりだったのだとみほは理解した。

夕陽の中呪いのような笑い声をあげながら去って行く背中にみほは、みほたちはただ立ち尽くし、目を逸らす事も出来なくなっていた。、


遅くなりましたがここまでー
次回から決勝に入る予定ですが…来週は別のガルパンSSを投稿したいのでこっちはお休みします。

ちょっとだけ待っててください。

一応内容だけ言うとみほとエリカが友達じゃない話です。






西住邸。その一室でしほはまほ向かい合っていた。

本来ならまほは夕方には来ていたはずだったが用事があったとの事で遅れ、今はもう夜になっていた。


まほ「……お母様、次はいよいよ決勝です」

しほ「ええ」


最初に切り出したのはまほだった。

全国大会の決勝。今までの、今の黒森峰にとってその言葉が示す意味はとても重い。

前年度の優勝を逃し、今年度こそという士気は確かにある。


まほ「まさか、大洗が勝ち進んでくるとは思いませんでしたが所詮は素人集団。黒森峰の敵ではありません」

しほ「……」

まほ「ましてや隊長が逃げ出したやつだなんて……これ以上無様を晒させないためにもしっかりと終わらせます。……もっとも、あいつが決勝に出ない可能性もありますが」


はっ、と鼻で笑うまほ。

侮蔑と嘲りの混じった表情とは対照的にしほの頬は、目じりはピクリともしない。

しかしテーブルの下で握りしめた手には痛いほど力が込められていた。

自分の娘がその妹を嘲笑う。

そんな日が来るだなんて思ってもいなかった。

けれど、そんな現実から目を逸らせるほどしほは弱くは無かった。弱く、なれなかった。




しほ「……まほ」

まほ「なんですか」


なんと言えばいいのか、どの言葉を選べば伝わるのか。

これが、戦車道の事であれば誰よりも的確な言葉が言えるのに。

しほは内心で自嘲しながら、それでも伝えたい事を伝えるために選んだ言葉を告げる。


しほ「……戦車道は、復讐の道具ではありません」

まほ「……」

しほ「ましてや、あなたとみほは姉妹なのですよ」

まほ「それは、西住流の師範としての言葉ですか?」


冷たい問いかけ。

そこには一切の感情は乗ってない。

だから、しほは精一杯の温度を乗せて答える。


しほ「……あなた達の母としての言葉です」


その返事に、まほは興味を失ったように目を逸らす。

娘の拒絶に胸を掴まれたように心臓が跳ねる。

それでも、諦めるつもりはなかった。

もう一度、まほに伝えようと口を開いたとき、ため息をつきながらまほが立ち上がる。


まほ「……お母様、私はそろそろ戻ります。雑魚相手とはいえ、準備を怠るわけにはいきませんから」

しほ「待ちなさい、まだ話は終わってません」


引き留めようと立ち上がるしほを、まほは瞳で押しとめる。


まほ「……黒森峰は優勝します。……これ以上必要ですか?」

しほ「違います。まほ私はあなたの事を心配して……」

まほ「今さら母親面?」

しほ「っ……」


今度は明確な感情――――侮蔑がそれに乗る。




まほ「お母様は……お母さんはいつだって、私たちに勝利を望んでたでしょ?今回だってそうするよ。それでいいんでしょ?」

しほ「……まほ、勝利の為に犠牲を厭わない。それは確かに西住流に必要なものです。ですがそれは他者を……自分をみだりに傷つけて良いという理由にはなりません」

まほ「理由ならあるよ。あいつはエリカを騙った。私に、唯一残ったものを奪った」


まほは、わなわなと震える手を胸にあて、握りつぶすように掴んでその震えを止める。

怒りに染まった瞳はしほを見ているようで見ていない。

きっと、『あの子』を見ているのだと、しほは察した。


まほ「全部あいつが悪いのに、誰もあいつを裁かない。なら、私がやる」

しほ「……エリカさんを理由にしたって、あなたが苦しんでいい理由にはなりません。エリカさんだってそれを望むような子じゃ……」

まほ「何も知らないくせにエリカの事を語らないでッ!!」


まほの叫びに押し込まれそうになるも、唇を噛みしめぐっとこらえる。

その姿に何を思ったのか。

まほは戸に手をかけると、しほを見ずに伝える。


まほ「家元、決勝見に来てください。あいつが『終わる』瞬間を見届けてください。それが……あなたの義務です」

しほ「……ええ。元よりそのつもりです」

まほ「ならよかった」

しほ「まほ」


僅かに震える声がまほを引き留める。

信じて欲しいと、向き合って欲しいと、懇願する。


しほ「…………私に、チャンスをくれませんか」

まほ「……もう、元通りになんてならないんだよ」


まほは吐き捨てるように呟くと、振り向くことなく出て行き、冷たく閉ざれた戸を開いてその背中を追う事が、しほには出来なかった。


短いですけど今日はここまででごめんなさい。

ちょっと2話見たら振ってきたネタを投稿しちゃいたいので。

また来週。

【ガルパン】エリカ「パラレル対談会?」
【ガルパン】エリカ「パラレル対談会?」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1561217761/)

こちらになります。

登場人物はエリカさん他一名です。

>>321
まほは吐き捨てるように呟くと、振り向くことなく出て行き、冷たく閉ざれた戸を開いてその背中を追う事が、しほには出来なかった。




まほは吐き捨てるように呟くと、振り向くことなく出ていった。

冷たく閉ざれた戸がまほの心のようには見えるも、戸を開け、その背中を追う事が、しほには出来なかった。

上記のように訂正します。

あ、誤字発見。

>>321
まほ「家元、決勝見に来てください。あいつが『終わる』瞬間を見届けてください。それが……あなたの義務です」
             ↓
まほ「師範、決勝見に来てください。あいつが『終わる』瞬間を見届けてください。それが……あなたの義務です」



上記のように訂正します。






夢のような時間だった。


『みほ』


彼女がいて、私がいて。

それだけで、『世界』が輝いていた。


だから、それが『終わった』時、夢は、悪夢に変わった。

どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、悪夢から覚めることは無く。

気が付くと、夢はもう遠く、小さくなって、代わりに空っぽの私だけが残されていた。

だから私は、永遠に眠り続けるために、夢を見続けるために、私を捨てた。

それしか考えられなかった。

そして、




『だって……だってこれで、お前に罰を与えられるんだからなッ!!』



ようやく理解した。これは、夢なんかじゃない。現実なのだと。

私が、姉の現実を悪夢に堕としてしまったのだと。



『もう一度、全てを失え。それが――――お前への罰だ』



脳裏にこびりついたその声が、その表情が、私のしたことを理解させる。

あんな表情をする人じゃ無かった。あんな、憎悪に満ちた怨嗟を発する人じゃ無かった。

自分が、そうさせてしまった。


ならば、どう償えばいいのか。

わからない。だって私はまだ、何一つその術を見つけられていないのだから。

今の私には、命さえ自由に出来ないのだから。




私に、道を示してくれる人はもう、いないのだから。









甲高いチャイムの音が、みほの意識を浮上させる。

どれだけ深い眠りについていようとも否応なしに目覚めを引き起こすその音は、ある種の条件反射を引き起こすのかもしれない。


一回。

二回。

チャイムが押されると、今度は扉の向こうから声が聞こえてきた。


沙織『みほー!!もう行くよー!!』


その聞きなれた声は、けれども今聞こえるには不自然で、みほは布団を跳ねのけるように起き上がるとまだ寝ぼけている頭を揺らしながら玄関に向かい、扉を開けた。


沙織「あー!まだパジャマなのー?良かった迎えに来て……」


扉の前で待っていた沙織は呆れと安心を混ぜ込んだようなため息を吐く。

対してみほはあっけにとられたまま目を見開いていた。


みほ「なんで……」


突然の訪問はみほの予定には無かった。

もちろん今日が決勝の日だという事は承知しているが、今までの試合と同様集合場所に各々集まる予定だと思っていたからだ。

みほが驚きと疑問で漏らした呟きに沙織は一瞬目を伏せると、眉尻を下げて微笑む。


沙織「……みほさ、お姉さんの事で色々悩んでそうだし、ちょっと朝起きるの辛いかなって。麻子はゆかりんたちに起こしに行ってもらってるよ」


先日のまほの訪問。その場には沙織たちもいた。

怒りなんて言葉では足りないほどのまほの激情を彼女たちも目の当たりにしていたのだ。

そしてその原因は他でもない自分で、つまり沙織たちはただただ巻き込まれただった。


だからみほはまず頭を下げた。


みほ「……ごめんなさい、迷惑かけて」

沙織「良いよ。迷惑かけてくれた方がずっと良い。何も言わずに、どっかいかれるほうがずっと嫌だから」


微笑みながら言われたその言葉に、みほは何も返すことが出来なかった。

唇を噛みしめ、ただじっと頭を下げる事しか出来なかった。

そんなみほの肩を沙織はポンと叩くとそのまま部屋に押し戻そうとしてくる。


沙織「……ほら!さっさと着替えて!!髪も梳かして!!朝ごはんにお弁当作ってきたからみんなで食べよう?」

みほ「……はい」


そのあまりにも真っすぐで優しい笑顔に、みほはただ力なく微笑み返した。








大洗の港から駅に向かい戦車を輸送できる特別列車に乗り込んでそのまま数時間。

大洗女子学園の面々がたどり着いたのは、富士の膝元にある東富士演習場。

今日行われる第63回戦車道全国高校生大会の決勝、黒森峰女学園対大洗女子学園の試合が行われる会場である。


優花里「戦車道の聖地!!まさか選手として来られるだなんてっ……!」


試合会場を見下ろしながら優花里が感激の極みといった様子で打ち震える。

優花里ほどではないにしろ沙織たちも同じことを思っていたようで、緊張、喜び、あるいは不安。

それらの感情が混ざった複雑な表情をしていた。

そして、そんな彼女たちの隣でみほだけは、無表情でじっと空を見つめていた。







決勝の試合会場にはそれまでの試合会場よりも更に大きいモニター、席数の増えた観覧席が設置されている。

そしてその裏では様々な出店が立ち並んでおり、試合前にそれらで楽しむ観客たちと共に文字通り祭りの様相を呈していた。


そんな喧騒から距離を取って。

試合会場の一角に置かれた整備場所(パドック)では、大洗女子学園の面々が間近に迫った決勝に向けて自車輛の最後の点検に勤しんでいた。


ナカジマ「一応西住さんのチェックもお願いしていい?」

みほ「あ、はい」


パドックの一つではあんこうチームの車輛であるⅣ号が、あんこうチームと大洗の車両整備の責任者であるナカジマによる最終点検を受けていた。

刻一刻と迫る決勝を前に時間はいくらあっても足りず、少しでも、一つでも不備や不安の残らないよう皆集中していた。


「ミホー!!」


そんな時、唸るようなエンジン音と共に明るく、陽気な声がみほの名を呼んだ。

みほが振り向くと、みほたちの前にジープが停車し、ドアを飛び越えて降りてくる人物。


みほ「ケイさん……」

ケイ「久しぶりねミホ!!」


金髪を揺らし朗らかに笑うのは、サンダース大付属高校の隊長、ケイ。

ジープのハンドルを握ったままこちらを見つめる副隊長のナオミと、ケイとは逆にどこかしおらしい様子でドアを開け降りてきた同じく副隊長のアリサ。

3人と会ったのは一回戦ぶりであり(優花里はしばしばサンダースに出入りしていたので久しぶりというほどでもない)、しかしみほが気まずそうに目を伏せたのには別の理由がある。


ケイもそれを察したのか、先ほどまでの明るさを収めて静かに微笑む。


ケイ「今更だけど……ミホ、で良いのよね?」

みほ「……はい」





彼女たちに名乗った名は『西住みほ』ではなく、『逸見エリカ』だ。

ケイの口ぶりからみほは自分の現状はもう知られているのだと察し、降参するように頷く。

元より、ケイとナオミ……アリサも自分の正体なんて知っていたのだろうとはわかっているが。

やはりケイの瞳を見つめられないままそんな事を考えていると、


ケイ「ならミホ。……ごめんなさい」

みほ「え?ちょっ、何……」


ケイと、その隣に立つアリサが深々と頭を下げる。どういうことかとみほがとハンドルを握ったままのナオミを向くと、ナオミもまた申し訳なさそうに頭を下げた。

いよいよ混乱してきたみほの前で、頭を下げたままケイが声を出す。


ケイ「アリサを庇ってくれてたのね」

みほ「え……」

ケイ「本当にごめんなさい。何も気づかなくて。あなたに汚れ仕事させて」



その言葉の意味をみほは直ぐに察した。

サンダースとの試合、その中で対戦相手であるアリサが行った無線傍受。

戦車道のルールには反さないものの隊長であるケイの主義に反するその行い。

バレたらタダでは済まないという事はアリサも覚悟していた。

だからみほは、それを庇った。

口汚い言葉でアリサを、サンダースを罵り、自分に怒りを向けさせることでアリサのしたことを隠した。

それが結果的にアリサに重いものを背負わせ、それを見ていたあんこうチームの面々にも愁傷を抱かせてしまった。

だから、こうやってケイたちに頭を下げられてみほはむしろ申し訳なく思ってしまう。

ケイの隣で同じように頭を下げているアリサに向かって、みほは寂しそうに笑う。


みほ「……言っちゃったんですね」

アリサ「ミホ……ごめんなさい。あなたの気遣いを無為にした」

みほ「……良いんですよ。元々私が勝手にやった事なんですから。むしろ、余計な事しちゃいました。私が変に庇い立てたせいで拗らせちゃったんじゃ……」

アリサ「違うっ!!」


みほの言葉を、遮るようにアリサが声を張り上げる。

目元に涙を浮かべ、唇を噛みしめ、それをゆっくりと解く。


アリサ「違うわミホ。私は……」


その先は言葉にならず、嗚咽交じりに謝罪を繰り返すアリサ。

その肩をそっと抱いてケイがみほに向き直る。





ケイ「……アリサが、話したい事があるっていうから聞いてみたの。無線傍受の事、それをあなたが庇ってくれた事。それと……なんでアリサがそんな事したのか」

みほ「……」

ケイ「いっぱい怒ったわ。なんでそんな事したのか。なんで言ってくれなかったのか」

みほ「……アリサさんは、ケイさんのために」


それ以上言わないで。と、ケイは手みほの言葉を遮る。


ケイ「わかってる。わかってるわ。だから……たっぷりと反省会をしたわ。アリサと、私の二人でね」


ようやく泣き止んだアリサが、顔を上げて赤い目でみほを見つめる。

その姿を見てケイは嬉しそうに微笑む。


ケイ「アリサの気持ちに気づけなかったことを謝った。これからどうしたいのか、どうして欲しいのか。たくさん話した。受け入れられることもそうじゃない事も。一つずつ」


ケイとアリサの視線が合わさる。

彼女たちが一体何を話したのか、どういう結論を選んだのか、

みほにはわからない。だけど、きっと確かな絆が、一回戦を終えた時よりも強固な絆がそこに生まれたのだと感じた。


ケイ「ミホ、私は……正々堂々のフェアプレイが好きだわ」

みほ「……とても素晴らしい事だと思います」

ケイ「でもね、私は知らぬ間にそれをみんなに押し付けてた。ううん、それならまだよかった。アリサの……みんなの意見を聞かずにそれが正しいってみんなハッピーだって思ってた」


アリサがその言葉に辛そうに唇を噛みしめる。


ケイ「だから、アリサのしたことは遅かれ早かれ起きてたと思うの。アリサじゃなくて他の誰かであっても」


その言葉をみほは否定しなかった。

ケイの言う通りだと思っているからではなく、ケイがアリサと向き合って出した結論を否定したくなかったから。


ケイ「ミホ、あなたに辛い真似させたこと本当にごめんなさい。でも……ありがとう。私たちが向き合える機会を作ってくれて」





ありがとう。

その言葉をみほは自分の中で反芻する。

そんな言葉は自分に相応しくないと、吐き出しそうになるのを必死でこらえる。

やがて、ゆっくりと深呼吸をし、ケイを、アリサを見つめる。


みほ「ケイさん、アリサさん。私は……あなた達のようになれませんでした」


みほは思い直したようにかぶりを振る。


みほ「いえ、なろうとすらしてなかった。何も言わず、何も伝えず、いつか来る破綻なんて目に見えていたのに何もせずにいて……当たり前のように壊れた」


それはきっと手のひらに落ちた雪のように儚い夢だった。

いずれ溶けて、消えていくだなんてことわかっていたのに。永遠であって欲しいと願うばかりで何もしなかった。


みほ「なのに大洗の皆はそんな私をまだ信じるって言ってくれるんです」

ケイ「……良い仲間と出会えたのね」


ケイがそう微笑むとみほは悲しそうに笑い返す。

良い仲間。それは、間違いない。

自分にはもったいないほど、大洗の皆は優しく、善良な人たちだった。

だから、





みほ「ケイさん、私の戦車道は勝つ事だ。……以前そう言いましたよね」


みほの言葉にケイは無言でうなずく。


みほ「それは、今でも変わりません。あの時は、エリカさんであるために。エリカさんが唯一褒めてくれた事を汚さないために」

ケイ「……なら、今は?」


その問いかけに、みほは決意と諦観を込めて答える。


みほ「……みんなのために。みんなが諦めてないから。私を、信じてくれるから。だから私は、燃えカスの私を最後の一片まで燃やし尽くします。勝利を、目指して。結果がどうなろうとも」

アリサ「……決勝が終わったらどうするの?」


尋ねたのはアリサだった。

先ほど泣いたばかりなのに、また泣きそうな瞳でみほを見つめる。

それはまるで、今にも崩れそうな積み木を見るような目。


その視線を受け止めたみほは何一つ感情の無い表情で口を開く。


みほ「……生きる」


たった一言。

それが、全てだった。

ケイも、アリサも、何も言えなくなる。

そんな二人を見てみほはうっすらと笑った。


みほ「今は、それしか言えないんですよ。これだけは守らないといけないから」




その約束だけが、今もみほと『彼女』を繋いでいた。



ここまでー。
もうちょっとイベント会話が続きます。
最終章のパンフ後編買いに行かないと…

また来週。

ちょっと今晩の投稿難しそうなんで明日でお願いします!!




重く、深いみほの言葉は周囲の空気に重力を与える。

他でもないみほ本人が自分の言葉に膝をつきたくなるほどに。

アリサの顔はまたもや涙に濡れ、くしゃくしゃになる。

そして、いつもにこやかなケイもその表情を消し去り、じっと考え込むように目を閉じている。

これで、話は終わりか。

そう思ったみほが最後の点検に戻ろうとした時、ケイが口を開いた。


ケイ「……ミホ」

みほ「……なんですか」

ケイ「……いいんじゃないそれで?」

アリサ「はぁっ!?」


軽く、あっけらかんとした声に最初に反応したのはアリサだった。


アリサ「ちょ、ちょっと何言ってるんですかっ!?」

ケイ「えー?だってそれ以外言う事ないんだもの」


アリサが胸倉をつかまんばかりに詰め寄って抗議するも、ケイはめんどくさそうにアリサから目をそらす。


アリサ「なに言ってるんですかっ!?」

ケイ「大丈夫よ大丈夫。ノープロブレム!モーマンタイ!って事」

アリサ「広東語ですよそれはっ!!」


わめくアリサを無視してケイはみほへと向き直る。

その表情には笑顔と陽気さが戻っていて先ほどの重い空気は消え去っていた。


ケイ「ミホ、この世で最もポジティブな事って何だと思う?」

みほ「え……」

ケイ「それはね、生きてる事よ」





どういう意味かとみほが尋ねる前に、ケイは指で数えながら楽しそうな声を出す。


ケイ「生きていれば好きなもの食べられるしポップコーンとコーラ片手に映画見られるしみんなでバーベキューが出来るわ」

アリサ「食べる事ばかりじゃないですか…」


わめき疲れたのか、息を切らしながらアリサが突っ込む。

そんなアリサにケイはウィンクで返事をすると、やっぱり楽しそうにみほに話しかける。


ケイ「楽しい事は、生きてないと出来ないの。なら、生きるって決めたあなたにはもう何も言う事ないわ。だって、今のあなたはとってもポジティブなんだからっ!!」

みほ「……何の目的が無くても、価値が無くても、それどころか罪を重ねていても、生きていればそれでいいって言うんですか」

ケイ「いいのよ。どんなにバッドな人生でも、明日になればハッピーな事があるかもしれないんだから」


そんな事ない。

エリカを失った日から、明日に希望を持てた事なんてなかった。

みほにとってエリカは全てだったから。

全てを失ったみほは、その絶望と怒り。そして、エリカの言葉で辛うじて生きているだけなのだから。

だから、ケイの言葉を否定しようとする。

私に、幸せなんて訪れない。そんな日が来てはいけないと。

だけど、


みほ「そんな事、そんなの……」


明日に希望なんて無いと分かっているのに。

他でもないみほが、明日の絶望を信じているのに。


なのにケイの笑顔は明日の幸福を信じている。

自分のだけじゃない、みほの幸福まで。

その眩しさに耐えられず、みほは目をそらす。


そんなみほの仕草にケイは微笑みながらうなずく。






ケイ「良いわよ。いくらでも泣いて。明日も泣くのなら明後日、それでもだめなら明々後日。いつか笑えるわよ。幸せに消費期限なんてないんだから」


そんな事を言われたところで肯定なんてできるわけがない。

だけど、ケイを睨みつける事も否定の言葉を出すこともできず、みほは唇をかみしめる。


すると、ケイは目をそらしたままのみほの視線に回り込むと、立てた人差し指をグイと突き付ける。


ケイ「それじゃあ最後に、あなたにホームワークをプレゼントするわ!!あなたの戦車道を、今日の決勝で示して」

みほ「……」

ケイ「あなたがどうありたいのか、それが出来るのか。試合の中で表現して見せて。あなただけの輝きをみんなに見せて」

みほ「私だけの輝き……そんなの」

ケイ「いいえ、あるわ。きっと」


その表情に笑顔は無かった。だけど、『信じている』と、言葉よりも強く伝えてきた。

大して話したこともない自分になぜそんな表情が出来るのか、みほにはわからない。

わからないのに、わかってしまう。

ケイが自分を信じているのだと。


そんな自分の気持ちさえ伝わってしまったのか。ケイは満足げにうなずくと手を振りながらジープへと戻っていく。


ケイ「それじゃあ私たちはそろそろ行くわね!!ミホ、頑張ってねっ!!」

アリサ「ちょ、隊長待ってっ……頑張ってミホ」


ジープに飛び乗るケイの後をアリサが慌てて追う。

ハンドルを握っているナオミがみほに一礼すると、そのまま返事を待たずにジープは去っていった。









サンダースの三人が去っていき、みほは祭りの喧騒の中、じっとケイの言葉を反芻していた。


みほ「……私の、幸せ。それに……私の戦車道」


どちらもみほにとってあり得ない、遠いものだ。

どちらもエリカがいないのなら、あり得ないものなのだから。

それで終わりのはずなのに、みほは考え込んでしまう。


どれだけ考えても結論は変わらないのに。

とはいえ、決勝前の大事な時間をいつまでも堂々巡りな思考に費やすわけにはいかない。

みほは首を振って無理やり頭の中を切り替え、点検に戻ろうとする。

すると、


「あ゛ー!!いたいたー!!見つけたぞ西住ー!!」


濁音の強い声がみほを呼び止めた。

声の方を向くと大きなツインテールを揺らしながら必死でこちらに走ってくる影が一つ。

その特徴的なツインテールに、遠くからでもその影が誰なのか察することが出来た。


みほ「安斎さん……?それに……」


ツインテールの影に隠れてもう一つの人影を捉える。

もう一つの影は確かペパロニと呼ばれていた事をみほは思い出していた。


アンチョビ「ほらさっさとこいペパロニ!!」

ペパロニ「ドゥーチェが出店に目移りしてたんじゃないっすかー」

アンチョビ「お前だっていつの間にか焼きそば買ってただろっ!?」

ペパロニ「パスタも良いけどたまにはこういうのも良いっすよねー」

アンチョビ「だなっ!ってちがーうっ!!」


バタバタと騒がしい足音とそれに合わせてバタバタと振り回されるツインテールがみほへと向かってきた。

よく見るとペパロニはパックに入った焼きそばを抱えていた。

ようやく二人がみほの元にたどり着くと、息を切らしている二人にみほは恐る恐る声をかける。


みほ「あの……安斎さん?」

アンチョビ「アンチョビと呼べっ!!……って今はまぁいい。それよりも西住今時間はあるか!?」

みほ「え、ええ。大丈夫ですよ。まだ試合まで時間はありますし」


念のためナカジマに視線で確認を求めると、ナカジマは両手で〇を作って許可を出す。

どうやら最終チェックを代わりにやってくれるようだ。



アンチョビ「そうか!!……あれ!?カルパッチョはっ!?」

ペパロニ「カルパッチョならあそこっすよ」


抱えた焼きそばを食べながらペパロニが目線で促す。

すると、その先で金髪の―――カルパッチョと呼ばれている少女がカバさんチームのリーダーのカエサルと向き合っていた。


カルパッチョ「たかちゃーん!!」

カエサル「ひなちゃん!!」


二つの黄色い声は少し離れたみほたちの元へもはっきりと届いてきて、その仲睦まじさにみほが羨望も込めて苦笑する。


アンチョビ「もーっ!!……まぁ、あいつはいいか」


苛立たし気に釣り上げた眉をすぐに戻すとアンチョビはみほへと向き直る。

そして、ツインテールが跳ね上がるほどの勢いで頭を下げた。


アンチョビ「西住!!この間はすまなかったっ!!」

ペパロニ「本当に悪かった!!」

みほ「え、え」


アンチョビに続いてペパロニも頭を下げる。

本日二度目の謝罪にみほはやっぱり混乱してあたふたとしてしまう。


アンチョビ「こいつが迂闊にお前の名前を言ったせいで、迷惑かけて…」

みほ「そんなこと……」


アンチョビが謝罪した理由に確かに覚えはある。

あの時の自分は逸見エリカを騙ってて『西住みほ』の名は出したことが無かった。

だから、それを聞いていた沙織が気になって調べてしまい、一時的とはいえ沙織と華の離反を招く結果にはなった。

だが、それはあくまでみほ自身の問題故であって、ペパロニや、ましてやアンチョビの責任ではない。

なので謝罪をされる謂れなんてないと伝えようとすると、頭を下げたままのペパロニが申し訳なさそうに話し出した。


ペパロニ「前に、姐さんが悩んだ様子であんたの名前を言ってて……だから、調べて……」

みほ「……」


ペパロニを庇うようにアンチョビがその肩を抱く。




アンチョビ「言い訳するつもりじゃないがあの時の私は、お前と、お前の姉のと……逸見の事でちょっと、な……つい、呟いたのが聞かれていたんだ」

みほ「……なんで、あなたが?」


みほやまほ、エリカの件にアンチョビはなんの責任も無い。

悩む理由なんてないはずなのに。

そんな疑問にアンチョビはあっけにとられた様子で答える。


アンチョビ「そんなの……気にするに決まってるだろ。仲間の事なんだから」

みほ「仲、間……」


その言葉を口の中でつぶやく。


アンチョビ「試合では戦っても、同じ戦車道仲間だ。それが、あんな事になって心配しないわけないさ」


みほはこの間の試合で始めて会話をした。

顔こそ黒森峰の中等部時代に合わせた事があるが、それっきりだった。

なのにアンチョビはそんなみほも仲間だと思っていた。

その事実が、みほの心を僅かに揺らした。


みほ「……アンチョビさん」

アンチョビ「なんだ?」

みほ「……ありがとうございます」


先ほどとは逆にみほが頭を下げる。

当然下げられた頭に、今度はアンチョビが慌てふためいた。


アンチョビ「うぇぁっ!?なんでお礼なんていうんだ!?」


みほはゆっくりと頭を上げ、けれどもうつ向いたままポツポツと声を出す。


みほ「あなたは、ずっと私の事を気遣ってくれました。勝手に落ち込んで、勝手に逃げて、勝手にたくさんの人を傷つけていた私に」

アンチョビ「……」

みほ「あなただけじゃない、ケイさんも。本当に、感謝してます。私なんかのために、そんなにも優しくしてくれて」

アンチョビ「『なんか』じゃない。そんな事言うな」




遮った声にほんのわずかに怒りが滲んでいたことをみほは察した。

吊り上がった眉がみほを睨みつけ、固く結んだ唇が意志の強さを表している。

だけど、すぐに唇は緩み、眉は下がり、アンチョビはみほの肩にトンと手を置く。


アンチョビ「本気で戦って、一緒に食事した。ならもう、私たちは友達だ。だから、お礼なんていらないさ。だから……」


言葉の先が霧のように散っていく。

大きく見開いた目がみほではないどこかを見ている。

どうしたのかとみほが尋ねようとすると、アンチョビが悲しそうに笑った。


みほ「……アンチョビさん?」

アンチョビ「……この言葉を、あいつにも言えてたらな」

みほ「え……?」


みほがどういう意味かと首をかしげていると、アンチョビはやはり悲しそうな笑みを残したまま、みほへ視線を戻す。


アンチョビ「……すまん、なんでもないよ。それじゃあ私たちはもう行くな。頑張れよ西住っ!」

ペパロニ「優勝しろよー!!」


止める間もなくアンチョビたちは去っていった。

先ほどの悲し気な笑顔なんてかけらも感じさせない元気な後ろ姿に、みほはもう一度頭を下げた。





なお、途中でペパロニによって回収されたカルパッチョが悲劇のヒロインさながらに「カエサル様ああああああああああああー!!」と叫び、同じように「カルパッチョオオオオオー!!」と手を伸ばすカエサルがいたが、

その二人以外のアンツィオとカバさんチームの面々は冷めた目で彼女たちのシェイクスピアを観劇していた。



ここまでー
早く梅雨明けしてほしいです。
また来週。






アンチョビたちが人ごみに消えていった後もみほはじっとその方向を見つめていた。


みほ「それで、今度はあなたですか?」


みほは振り向かずに問いかける。

砂を踏みしめる音が返答をする。


みほ「ダージリンさん」


ゆっくりと振り向くと、そこにいたのはダージリンとお供のオレンジペコ。

決勝の熱気に充てられてるのかオレンジペコはせわしなく周囲を見ている。

対してダージリンはみほを見つめたまま、だけど時折視線を揺らしている。

みほは何も言わずにじっとダージリンを見つめ、彼女が口を開くのを待つ。

そして、


ダージリン「その……ごめんなさい」


開口一番、ダージリンの口から出たのは謝罪だった。

なんとなく想像はしていたがいざその通りになると流石に苦笑してしまう。


みほ「……今日は会う人みんな謝ってきますね。ダージリンさんはなんでですか?」

ダージリン「……あなたに、何もしてあげられなかった事」


冗談交じりに聞いたものの、返ってきた声はみほの知っているダージリンとは思えないほどしおらしく辛そうだった。


みほ「何もする必要なんてないのに?」

ダージリン「……その通りよ。これはただの自己満足。事実、あなたに謝ってちょっとすっきりしたわ」

みほ「現金な人ですね」

ダージリン「……そうね」

みほ「……調子狂うなぁ」


思わずついてしまった悪態に自分でも驚く。

それに、殊勝に、しおらしくうなずくダージリンにも。

みほが知ってる範囲ではダージリンはいつも余裕で人を食ったような態度しかとらず、おまけにある事ない事ふれ回るような人間だ。

なので、ダージリンに対してはみほは遠慮というか配慮に欠けてしまう。

とはいえ、今日のダージリンの弱々しい姿にキツ目の言葉を投げてしまった事にほんのわずかに後悔してしまい、フォローも兼ねてみほは自身の内心を吐露する。


みほ「ダージリンさん。言った通りあなたが何かする必要なんてないんです。事故の事も、その後の事も、今の私の事もあなたは何も気に病む必要なんてないんです」


ダージリンだけじゃないみんなそうだ。

みほの事をまるで自分の事のように気にかけ、心配して、胸を痛めている。

理解できない。そんな必要ないのに。

だけど、




みほ「だけど……そうやって気にかけてくれたことは感謝してます」


それでも、その気持ちを受け止められる程度には、

感謝の言葉を言える程度にはなっていた。

かつて、自身を思って優しくしてくれた人に酷い言葉を浴びせたのを思えば、多少はマシになったんじゃないか。

そう思うと同時に、こんなことすら碌にできなかった自分はやはりどうしようもないと自嘲してしまう。

すると、恐る恐るとダージリンがみほの顔を伺って尋ねてきた。


ダージリン「何か……私に出来る事はない?」

みほ「ありません」


即答すると、ダージリンは辛そうに唇をかみしめる。


―――しまった。また、刺々しくしてしまった。


みほは直ぐに次の言葉を探し、伝える。


みほ「……誰かに出来ることがあったのなら、きっと私はこんな事にはなってませんから。他でもない私が、差し伸べられた手を振り払ってきたんですから」


黒森峰にいたときからみんな優しかった。

自分だって自責の念に苦しんでいたのにそれを必死に押し殺してみほのために手を差し伸べてくれた人がいた。

それを、すべて無碍にしたのがみほだった。

近くにいた仲間に対してでさえその有様だったのに他校のダージリンに出来る事なんて無かっただろう。

差し伸べられた手を、自分はきっと口汚く罵って振り払っていただろう。

みほはそう確信していた。


みほ「あ、でも。私の事白雪姫ーって他校に言いふらしたことはちょっと怒ってますよ?」

ダージリン「ああそれは……謝るのはまだ早いわね」

みほ「え?」


重苦しい空気を何とかしようと軽口交じりに言った恨み言は少し余裕を取り戻した様子のダージリンによってさらりと躱される。

拍子抜けして間抜けな声を上げたみほをダージリンは舐めるように下から上へと視線を動かすと、 一瞬小さく笑って告げる。



ダージリン「だって……あなたはまだ白雪姫よ」

みほ「……どういう事ですか?」

ダージリン「眠ってるって事。いえ、目をつぶってるって言った方がわかりやすいかしら?」


得意げにほほ笑むダージリンに若干苛立ってみほが眉根を寄せる。

それを察したのか祭りの様子に嬉々としていたオレンジペコが慌てて、けれども澄ました様子でダージリンに忠告する。




オレンジペコ「ダージリン様。あんまり煙に巻くような話し方すると嫌われるってアッサム様にも言われたじゃないですか」

ダージリン「あら、ごめんなさい。……でも、わかるでしょ?」

みほ「……」


返答はしなかった。

それは今考えるべきことじゃなかったからだ。

ダージリンの言葉遊びに付き合えるほどの余裕は今の自分にはない。

なので、ここは無視をするのが正解だ。

……そんな内心の声を言い訳がましいと思う気持ちまでは無視できなかった。


ダージリン「それじゃあそろそろ行くわね。観客席から応援させてもらうわ」

みほ「……はい」


来た時のしおらしさはどこかへ捨ててきたのか、初めて会った時と同じ、余裕ぶった表情を取り戻したダージリンがオレンジペコを連れて立ち去ろうとする。


ダージリン「最後に。……みほさん、あなたにイギリスの格言を送るわ」


ああ、いつもの格言かとみほが呆れたように小さくため息を吐く。

それは隣に立つオレンジペコも同じなのか、ジトっとした目をダージリンに向けるとすぐに表情を引き締めダージリンの言葉を待つ。

けれども、彼女の口からいつもの気取った格言は出てこず、口を開いたままどこか上の空でみほを見つめていた。

オレンジペコ「……ダージリン様?」


どうしたのかと思ったのだろう、オレンジペコが心配そうに声をかける。

すると、ダージリンはゆっくりと口を閉じ、大きく鼻で息を吸って、大きく吐いた。

そしてもう一度大きく息を吸って、


ダージリン「……あなたの歩んだ道は、あなただけのものよ。過去も、今も、未来も。そして、過去も今も未来も、あなたを見守ってくれるわ。だから……頑張って進みなさい。あなただけの人生を」


そう言い切ると、スタスタと歩き去っていった。








大洗のパドックから離れ、観客席へと向かうダージリンの背中に、オレンジペコは先ほどから気になっていた問いを投げかける。


オレンジペコ「ダージリン様、今のは誰の格言なんですか?」


目の前の先輩は息をするようにあちこちで格言を吐く。

アッサム曰く、「昔はそんな事なかったんですけどね……」との事だが、あれやこれやと蘊蓄を交えて楽しそうに講釈するダージリンに付き合ってくれる同級生はそうおらず、

結果的に後輩でなおかつ同じ車両に乗ってる自分が彼女のお遊びに付き合う事になっていた。

格言を言った人物について知らないとダージリンは殊更得意げに説明してくるのでオレンジペコはアッサムから教えてもらったダージリンが参考にしているのと同じ格言の本を買ってあれこれと勉強していたのだ。

恐らく今後ダージリンと共にいる以外では使う事は無いであろう知識の吸収に時間を使うのは勿体ないと思わなくも無いが教養とは得てしてそんなものだと納得している。

……別にダージリンを嫌いとかそういう事は無いし、一年である自分を重用してくれる事に感謝と尊敬はしているが、それはそれとしてめんどくさい人だというのもオレンジペコの紛れもない本心なのである。

そんな風に色々思うところはあるものの、それでもここ最近は彼女の格言トークに付いていけていると自負していたが、先ほど彼女が言った格言には覚えがなく、

だというのにそれを知らない時にしてくる得意げな講釈が無いのでどうにも座りが悪い。

奥歯にものが挟まったような感覚を抱えたまま決勝の試合を観戦するのはあんまりにも精神的によろしくないと判断し、多少の長話は飲み込む覚悟で質問したのだが、



ダージリン「私」

オレンジペコ「へ?」


返ってきた答えにオレンジペコはあっけにとられてしまう。


ダージリン「たまには、自分の言葉を伝えたかっただけよ」

オレンジペコ「ダージリン様……とうとう自己顕示欲がそこまで……」


――元よりそのケはあったがまさかオリジナル格言まで作り出すだなんて……

先輩の将来にいくばくかの不安を抱いたオレンジペコにダージリンがむっと唇を尖らせる。


ダージリン「いいじゃない。ちょっとぐらいカッコつけたい年ごろなのよ」

オレンジペコ「いや普段からじゃないですか」

ダージリン「細かいわねぇ……それで、最後はあなた?」

オレンジペコ「え?」



突然、ダージリンの視線と声がオレンジペコから離れる。

オレンジペコが振り返ると、物陰から小さな影が出てきた。

その影は背の低さに思うところがあるオレンジペコよりもさらに小さく、

その人物はオレンジペコもよく知っている人物だった。


カチューシャ「……わかってたの?」

ダージリン「ええ。その可愛らしい姿は白ウサギよりも見つけやすいわ」


ダージリンは物陰から出てきた人物――カチューシャにいたずらっぽく笑いかける。

彼女の態度にカチューシャは腹立たし気に小さく舌打ちをする。


カチューシャ「……相変わらず意地が悪いわね」

ダージリン「ふふっ。……行かないの?」


カチューシャの悪態にダージリンは嬉しそうにほほ笑むと視線で促す。

その先には決勝前の準備にいそしんでいる大洗のパドックがあった。

カチューシャはダージリンの問いかけには答えず、その方へと向かっていく。


ダージリン「頑張ってカチューシャ。あなたは、私なんかよりもずっと強いわ」


背中に投げかけられたダージリンの声が聞こえたのか、あるいは聞こえなかったのか。

カチューシャの歩幅は大きくなり、強く大地を踏みしめて歩いて行った。







来客も途切れ、そろそろ決勝の合図が近づいてきたなと思っていた時、

みほの前に小さく、可愛らしく、けれども確かな気迫を持った少女―――カチューシャがやってきた。


カチューシャ「思ってたよりも元気そうね。めそめそしてるなら脛のあたり蹴ってやろうかと思ってたけど」


相変わらず不遜な態度を崩さずに値踏みするようにこちらを見つめてくるカチューシャに、みほは内心動揺する。


なぜ、ここに。

彼女が自分に言うべきことがまだあるのか。

だとしたら、どうすれば。


焦りと困惑に少量の恐怖が混じって額から汗が垂れてくる。

そんなみほの動揺はカチューシャからも見て取れるのだろう。

呆れたようにため息をついて彼女は口を開いた。


カチューシャ「言っておくけど、あなたの素性をばらしたこと、謝るつもりはないわよ。あんな状態が健全なわけないんだから」

みほ「あ、いえ……怒ってなんか……」


準決勝。

それがみほにとって大きな契機となった。

隠し通していた秘密は、嘘はいともたやすく明かされ、逸見エリカなんていないと知った大洗の仲間たちに大きな動揺と困惑を与えてしまった。

しかし、それが誰のせいかと言えば他でもない自分のせいで、謝られるつもりはもちろん怒るつもりなんてものもみほには毛頭なかった。

カチューシャもそれがわかっているだろうに、なぜそんな事をとみほが思った時、

カチューシャがふと目を伏せた。


カチューシャ「でも、あの事故の事は、私に責任があるわ」

みほ「え……」


顔を上げ、みほを見つめる。

一点の曇りもなく、一寸の揺るぎも無い瞳が、みほを貫く。


カチューシャ「あの時、Ⅲ号を撃つように命令したのは私よ」


息を吸う。小さな、小さな体には不必要なほどたくさんの空気を吸う。

そして、



カチューシャ「私が、エリカを殺したのよ」



一瞬、彼女の声が震えたのを感じた。




カチューシャ「許しを請うなんて真似はしない。許されるような事をしていないから」


畳みかけるようにカチューシャは続ける。

ぎゅっと握りしめられた拳は震え、必死に怒りを、あるいは悲しみをこらえているように見えた。


カチューシャ「土下座でも何でもするわ。気が済むまで殴っても良い。誰にも文句なんて言わせない。だから、あなたの好きなようにしなさい」


その言葉を最後に、カチューシャは黙り込む。

みほは、じっとその姿を見つめ、ふっとため息を吐く。

そして、掠れて低くなった声で、それでも今できる柔らかな声色で語り掛ける。


みほ「……知ってましたよ。あなたが、撃ったことを」


知らないわけがない。

誰が撃ったかなんていの一番に調べた。

大好きだった人を失った。

その理由の一片まで知らないままじゃいられなかったから。


カチューシャはその言葉に口元だけで笑みを作る。


カチューシャ「……そう。なら、なおさら恨み骨髄じゃない?決勝前にスッキリさせてあげるわよ」

みほ「カチューシャさん。私は……あなたを恨んだことなんてありませんよ」


無理やり作った笑みが消え去り、じっとみほを睨みつけてくる。


みほ「あなたの事は知ってました。それでも、私は、私が一番悪いって、誰かを恨んでいるとすれば、私は私を恨んでいるんです。

   死んで欲しいと、殺したいと」


ああそうだ。誰が撃ったかなんて、何が原因だったかなんて何度も何度も調べた。

あの彼女との思い出が残る6畳一間で、何もかも失った世界で。

みほはずっと考えてた。誰が悪かったのか、何が悪かったのか。

……その結論はいつだって『自分』だった。

事故は仕方ない。その事故がどれほどのものなのかなんて当事者以外に分かるわけがない。

ならば、勝利のために引き金を引くことが責められて良い訳が無い。

そうだ。悪いのは自分だ。

あの時、エリカを助けられたのは自分だけで、なのに、助けられなかった。


――――私は、エリカさんに救われたのに。





何一つ恩を返すことが出来ず、何一つ成し遂げられなかった自分が、みほは許せない。

たくさんのものをもらったのに、それに縋ってばかりで一歩も進んでいなかった自分が、みほは許せない。

もしもあの時に戻れるのならば、あの濁流をもう一度目の前にできれば、きっとみほは迷わず飛び込むだろう。

飛び込んで、エリカを救って、それで、笑って水底に沈んでいくのだろう。


そんな夢物語を今でも夢に見る。

目覚めたとき、無様に生きている自分に吐き気がする。

手に持ったシャーペンを首に突き立てたくなる。

学園艦の遥か下の海に飛び込んでしまいたくなる。


それでも、生きている。


彼女が望んだから。

神様なんていないから。


そんなものがいるのなら、自分が生きていることを許すわけがないから。

だから、神はいない。

だから、生きるしかない。

だから、


みほ「だから……許すとか許さないとか。そういう事じゃないんです。そんな権利、私には無いんです」


カチューシャが気に病む必要なんて何一つない。

事故は仕方ない。偶然起きてしまったことを責めるだなんて不条理、あってはいけない。

ましてや、全ての原因が自分にあるのだから。


みほはカチューシャに微笑みかける。

彼女には前を向いて欲しい。

それが難しいだなんてことはわかっている。それでも、彼女は何も悪くないのだから。

彼女はただただ、仲間たちのために最善を尽くしただけなのだから。


みほの微笑みにカチューシャは舌打ちをするかのように目を背ける。


カチューシャ「……あなたも、私を責めないのね」


カチューシャがみほの脛をつま先で小突く。

驚きと痛みにみほが片足を上げると、その姿を鼻で笑った。





カチューシャ「結局、マホーシャだけだったわ。私を責めてくれたのは」


少し赤くなった脛をさすりながらみほがどういう意味かと見つめる。

その視線にカチューシャは返答せず、今度は震えのない声で告げた。


カチューシャ「ミホ、私あなたの事嫌いよ」


態度が大きく、悪びれのない声。


カチューシャ「自分勝手で、わがままで、自分がこの世で一番不幸だって思ってそうなところ。私そっくりで大っ嫌い」


嘲笑うようにみほの顔を覗き込む。


カチューシャ「だから――――見届けてあげる。あなたの末路を。見せてみなさい、あなたの等身大を」


そう言い終わるとカチューシャは踵を返し歩いていく。

その背中に、みほが呼び止めようと声をかける。


みほ「か、カチューシャさんっ!!」

カチューシャ「じゃあね。応援はしてあげないけど精々見苦しくあがきなさい。面白かったら笑ってあげるから」


そう言って、振り返ることなくカチューシャは去っていった。

追いかけてくるなと無言で告げるその背中に、みほは結局何も言う事が出来なかった。

ただじっと、その場に立ち尽くし彼女の言葉を頭の中で反芻し続けていると、甲高いチャイムの音と共にスピーカーから抑揚の薄い声が流れてきた。









『まもなく、試合開始となります。決勝に参加する選手は集合場所に集まってください』






ここまでー
ごめんなさいまた遅くなりました。
とりあえずもうすぐ決勝開始です。
ここまで長かった…

また来週

今日ちょっと無理そうなんで明日でお願いします






試合会場、両校のスタート地点の丁度中間のあたりに出場選手たちは集まっていた。


戦車道は武道だ。

それ故に試合の前、試合後には両校が揃って挨拶をする。

それは、今までの試合もそうだった。

しかし、今大洗の面々がいる場所は決勝の地。

一呼吸するたびに緊張が体にまとわりついてくる。

それは、大洗で一番経験豊富なみほであっても変わらない。

それでも、緊張を顔に出さないよう小さく、だけど深く呼吸をして何とか気持ちを落ち着けようとする。


蝶野「両チーム、隊長副隊長前へ!!」


審判長の呼びかけと共にみほと桃が緊張した面持ちでゆっくりと前へと歩み出る。

向かいからは対戦相手である黒森峰の隊長、副隊長が同じようにやってきた。


両校の指揮官が向かい合う。

その時、黒森峰の隊長―――まほがみほを見て嘲笑うかのように唇を吊り上げる。


まほ「ちゃんと試合に出るぐらいの厚顔さは残っていたか。いや良かったよ。この間は言いすぎたと反省してるんだ」

みほ「……」


みほは、沈痛な面持ちでじっと黙り込む。

何を言い返せばいいかわからないから。いや、そんな資格は無いと思っているから。


まほ「ああ、すまない。今は話をする気分じゃないか。次はどこに逃げるか考えないといけないものな?」


その様子にまほはわざとらしく謝ると、一瞬でその表情を鋭く、ナイフのように尖らせる。


まほ「だが、これだけは伝えておく」


視線がみほを貫く。みほの意識からまほ以外の全てが消え去って、冷や汗が止まらなくなる。


まほ「みほ、お前は私が倒す。……いや、潰す。二度と戦車道なんてできないように。二度とエリカの名を騙らないように。……覚悟しておけ」


吐き捨てるように言い放ったのを最後に、まほの顔から表情は消えた。

その様子を眺めていた審判長―――蝶野はため息を吐くと、窘めるようにまほへと声をかける。


蝶野「決勝だしテンション上がるのもわかるけど……そこまでにしましょうか」


まほが小さく頭を下げるものの、その表情は一向に変わらず、無表情のままだ。

それを気にした様子もなく、蝶野は双方の生徒たちに視線を配り、先導するように大きく声を張り上げる。


「両校、挨拶!」

『よろしくお願いします!』


様々な思いの込められた声が、富士の青空へと響き渡った。






挨拶が終わり、両校の生徒がスタート地点へ向かおうと離れていく。

まほも、氷のように冷たい目で、みほを一瞥すると無言で歩いていく。


けれど、みほともう一人。

二人がその場で立ち尽くしていた。


最初に声を出したのは、みほと向き合っていた人物だった。


「みほさん」


力なく、弱々しい声。

だけど、溢れ出るような喜色がその声には宿っている。

対してみほの返事は同じように弱々しく、けれども戸惑いと罪悪感に満ちていた。



みほ「赤星さん……」



みほと向かい合っているのは先ほど向かい合って挨拶した黒森峰の副隊長。


赤星小梅。


みほと、エリカと、友達だった少女だ。



優しくて、おっとりとしていて、それでいてどこか強かで、そして何よりも誰かのために戦える人。

エリカが『強い』と評した人。

みほにとって小梅はそんな人だった。


ふんわりとした癖毛は彼女の柔らかい雰囲気を強調し、その笑顔はいつだってみほたちを見守るように優しかった。

みほにとって小梅は、そんな人だった。


しかし、今目の前にいる小梅はそんなみほの記憶とはかけ離れていた。

ずいぶんと痩せて……いや、やつれて。目元には濃い隈が浮かんでいる。

立っているだけなのにその体は揺らぎ、足元が覚束なく、今にも倒れそうに見える。


先ほどの挨拶の時も、まほに対してそうだったように小梅に対しても何を言えばいいのかわからなかった。

変貌した彼女の姿は、みほの頭に鈍器のように衝撃を与えてくる。

それを必死で誤魔化すためか、同じようにかつての面影を残さない自身の真っ白な髪には無意識に触れてしまう。


そんなみほの荒れ狂う内心をよそに、目の前の小梅は笑顔のままぽろぽろと涙を零す。


小梅「……良かった。戦車道、やめないでいてくれて。なによりも……元気でいてくれて」


涙をぬぐって、晴れやかな笑顔を見せる彼女に対して、みほはどこまでも困惑したように表情しか出来ない。

ある意味まほ以上に彼女に何を言えばいいのかわからなかった。






小梅「ずっと、ずっと心配してたんですよ。あなたがいなくなった日からずっと」

みほ「……ごめんなさい」


傷ついていたのは同じだったのに、なのにみほは更に彼女を傷つけた。

自らの留飲を下げるためだけに心無い言葉で彼女を傷つけた。

それでも、小梅はみほのために動いてくれた。自分を傷つけた人間のためにそれでも、なんとかしようと動いた。

そしてみほはそんな彼女の厚意すら踏みにじった。


こうやって、今ここにいる事こそが何よりもの裏切りの証明なのだ。


悔やんでも悔やみきれず、どれだけ謝ろうとも足りない。

なのに、今こうやって謝罪してしまう自分が愚かしく恨めしい。

こんな事したって何の解決にもならず、なんの詫びにもならないのに。

後悔と悔恨でぐちゃぐちゃになった内心を必死で抑え込んでみほはひたすら頭を下げる。


小梅「謝らないでください。怒ってなんかいませんよ。むしろ、謝るべきなのは私なのに」


なぜ。そう問いかけるより先に、小梅がポツポツと懺悔のように語りだす。


小梅「……おかしいですよね。私が副隊長だなんて。本当なら、あなたがいるべき場所なのに。あなたを守れなかった私が、そのあなたの場所に座ってる。ほんと、ふざけた話です」


自嘲じみた言葉にみほがなんと言えばいいのか逡巡していると、曇っていた小梅の表情がぱぁっと明るくなる。


小梅「でも、それも今日で終わりです」

みほ「え……」

小梅「この試合が終われば、またあなたが黒森峰の副隊長です。いいえ、隊長が引退すれば今度はあなたが隊長です」




何を、言っているのか。

みほの内心がその言葉で埋まる。

鼓膜がありもしない危険信号(アラート)を捉える。


小梅「ふふっ、あなたのいない黒森峰は寂しかったですよ。でも、もうそんな日々ともおさらばです」


戻れるわけがない。自分がどれだけの人を裏切ってきたと思っているんだ。

仲間を、姉を、家族を、その中には小梅だっているのに。

まほが業火のような怨嗟をみほに向けていることを知らないはずないのに。

なのに小梅は、なんの不安も無いと言わんばかりに笑顔を絶やさない。


小梅「あ、大丈夫ですよ。あなたのロッカーはまだ残ってます。部屋は……まぁ空き部屋なんてたくさんありますから。見つかるまでは私の部屋にいればいいですよ。ちょっと狭いですけどね?」


つらつらと淀みなく、規定事項を話すかのように小梅はあれこれ並び立てる。

その瞳にはかつてと同じ優しさと輝きが灯っていて、やせ細った体と深い隈がそれを異常なまでに際立てる。

目の前の人物が本当に小梅なのかさえ疑ってしまいそうになるほど、記憶の中の小梅と目の前の小梅は乖離していた。

それでも、何かを言おうと口を開くものの、一向に音らしい音はでず、ただただ空気が空気を僅かに擦る音しか出てこない。


小梅「だから、安心してください。あなたの居場所は今も黒森峰です。今度こそあなたを守ってみせます」


そして、小梅は最後に何の疑いも憂いも無い笑顔で、

かつてみほやエリカに向けていた笑顔で、


小梅「だから、みほさん。一緒に帰りましょう。それがきっと――――エリカさんの望みですから」



どこまでも未来に希望を抱いた表情でみほの手を握り締めた。








大洗の試合開始地点。

居並ぶのは激戦を乗り越えてきた8輌の戦車。

その中の一つ、青いフラッグを掲げたⅣ号の中でみほはじっとうつ向いていた。


まほの事、小梅の事、試合が終わった後の事。そして―――エリカの事。

それら一つ一つがみほにとって命に係わるほどの重大な事項だ。

だから、今だけは必死でそれらを考えないようにする。

歯を食いしばり、必死で今だけを考える。

今考えるべきは決勝の事。この試合で全てが決まる。全てが、終わる。

精神統一だなんて言えば聞こえはいいが、結局のところみほがやっているのはただの現実逃避だ。

目先の決勝に意識を向ける事でなんとか自分の内心を取り繕おうとしているに過ぎない。

だけど、今のみほにはそれしか出来ないのだ。


自分を受け入れてくれたみんなのために出来る限りの事をしたい。

みほにとって大洗は居場所ではない。

だけど、そこに住む人たちは優しい人たちだった。

だから、この決勝に勝って彼女たちに報いたい。

全てが終わった時、全てを失うとしても。


沙織「みほ」


みほが悲壮な覚悟を決めた時、無線機と向き合っていた沙織がこちらを振り向く。


沙織「みんな準備完了だって」


その言葉に車内の緊張が強くなるのを感じた。

優花里は唇をかみしめ、華は思い詰めるように目を閉じて、麻子はどこか落ち着きなく体を揺らす。

そして沙織は―――じっとみほを見つめる。

それを受けて、みほはそっと立ち上がると、車外へと顔を出す。

すると、各車両の車長たちも同じように顔を出してみほを見つめてくる。

緊張は伝播する。隊長である自分が固まっていてはみんなも同じようになってしまう。

みほは自分の頬を叩いて緊張を追い出す。

そんなみほを鋭い視線を突き刺してくる梓と、逆に心配そうに見つめてくる桃の二人に少しだけ、みほの内心は穏やかになる。






みほ「……」


車長一人一人を、車内にいるであろうみんなに視線を配る。

そして考える。

みんなに何を言うべきか。


作戦についての打ち合わせは終了している。

各々が暗唱できるほどに。

ならばもう、そのことについて言う事は無い。


だとしたら、言えるような事はこれぐらいしか無い。

みほはそっと咽頭マイクに手を添えると、大きく息をすって、ゆっくりと声を出す。


みほ「……皆さん、いよいよ決勝です」


当たり障りのない出だし。

それで、緊張と不安で乱れた声を整える。


みほ「もう何度も言いましたがもう一度言います。対戦相手の黒森峰女学園は強いです」


練習の質、それによって培ってきた実力、何よりも戦車道にかけてきた想い。

その全てが大洗より上だ。

それを否定できるものはいない。


みほ「この試合勝てるかどうか、それに答える事はできません。だけど、あなた達がどんな想いで戦ってきたのか。私は……見てきました」


それでも、みほは知っている。みんなが頑張ってきたことを。

練習も実力も想いも、それ以外も足りない部分は多い。それでも、彼女たちは彼女たちに出来る全力を今日まで尽くしてきた。

だから、ここまでこれた。

空っぽの偽物でしかなかった自分が彼女たちをここまで連れてこれるわけがない。

ここまで来ることが出来たのは、他でもない彼女たち自身の力があったからだ。







みほ「だから……信じてください。自分を、仲間を」


そのどれも信じてこなかったくせにどの口で。

そう自嘲しかけるも無理やり胸の内に留める。


ああそうだ、勝つために、出来る事をしよう。

自分さえも殺して、勝利のために尽くそう。

みんなのために。


だから、みほは皆に宣言する。

自身の覚悟を。


みほ「……勝ちに行きましょう。あなた達の居場所を守るために。そのために――――私を使い潰してください」


その言葉に誰も無線を返さなかった。

車長たちがこらえるように目をそらし、歯を食いしばる。

みほはそれ以上返答を求めなかった。きっと彼女たちなら大丈夫だと思ったから。


そして――――号砲が打ち上げられ、炸裂。その音が告げる。最後の戦いの始まりを。









みほ「パンツァー・フォー!!」







ここまでー
準決勝終わったのが去年の5月なので丸々一年どころかプラス二ヶ月かけてようやく決勝開始です。
…ですが来週はちょっとお休みでお願いします。
ごめんなさいっ!!

>>393

小梅「だから、安心してください。あなたの居場所は今も黒森峰です。今度こそあなたを守ってみせます」
 ↓
小梅「だから、安心してください。あなたの居場所は今も黒森峰です。今度こそあなたを守ってみせます。今度こそ……私が、あなたを救ってみせます」


上記の訂正でお願いします。

突然ですが先日落雷からの停電でPCが逝去しました。
修理なのか購入になるかはまだわかりませんが、
とりあえず3週間ほどお休みでお願いします。
すみません。







試合開始の合図とともに沸き立つ観客。

ダージリンはそんな観客席にいながらじっと試合の映されているモニターを見つめていた。

それはダージリンだけではなく隣に座るカチューシャもだ。

全国大会決勝。その勝敗によって大洗の行く末は大きく変わる。

気楽に応援するにはあまりにもこの試合の意味は大きかった。

そんな隊長二人の空気にあてられたのか後ろに座っているオレンジペコやペパロニたちは気まずそうに口を閉じている。

しかし、


ケイ「みんなー!!」

アンチョビ「飲み物買ってきたぞー!!あとなんか食べ物!!」

アリサ「もうっ!!試合始まっちゃったじゃないですかっ!?」

カルパッチョ「ドゥーチェたちが屋台に目移りしてるからですよ……」

ケイ「ソーリー!!」

アンチョビ「いやー!!屋台って良いな!!」

アリサ「だーかーらーっ!!?」

ノンナ「まぁまだ始まったばかりですから」


重たい空気を吹き飛ばすような明るさでケイとアンチョビがやってくる。

苛立ちを隠さぬアリサと呆れた様子のカルパッチョ、相変わらずの無表情なノンナがその後に続いて駆け寄ってくると、飲み物を各校の面々に配っていく。


ダージリン「まったく……」


決勝だというのに一般の観客と何も変わらない騒がしさな彼女たちにダージリンは真面目に見ている自分が馬鹿らしく思え苦笑してしまう。




ケイ「ハイダージリン!」


いつの間にか他の生徒達には渡し終えたのかケイは笑顔でダージリンへと紙コップを差し出す。

ダージリンはありがたくそれを受け取るが、


ダージリン「ありが……これ、中身は何?」

ケイ「え?コーラよ?試合観戦と言ったらこれでしょ!!」

ダージリン「……あ、ありが」

アンチョビ「ん?なんだコーラ苦手なのか?」

ダージリン「い、いえそういうのじゃ……」


並々とコーラの入ったコップを持ちながらどうしようかと戸惑っているダージリンにアンチョビが声をかける。

別にコーラが嫌いとかそういうのではないが、そもそも(ダージリンの中では)聖グロの生徒といえば紅茶が水分補給の基本と言えるためあまり刺激の強いものは飲まないようにしているのだ。

炭酸が舌や口内で弾けて痛いからとかそういうのではなく。などと言い訳を脳内で巡らせるがどのみちせっかくの厚意を無碍にするなんて真似が出来るわけもなく、

ダージリンは覚悟を決めて沸々と泡立つカラメル色の飲み物を口に含もうとする。

その時、


アンチョビ「なら私のオレンジジュースを飲め。私はコーラでいいから」


差し出されたオレンジジュースとアンチョビを交互に見て視線で「良いの?」と尋ねるとアンチョビは「いいから」と手にねじ込むようにコップを渡した。


ダージリン「……ありがとう。アンチョビさん」

アンチョビ「いいって。ほらカチューシャ。お前の分もあるぞ」

カチューシャ「別に頼んでないわよ」

アンチョビ「頼まれて無いからな。だから、これは私の勝手だ」

カチューシャ「……ありがと」


ぶっきらぼうなお礼の言葉にアンチョビはニッと笑顔を見せる。


アンチョビ「気にするな」

カチューシャ「……」




アンチョビの押しの強さにカチューシャはもう何も言う気も失くしたのかモニターを見つめたままストローを口にくわえた。


アンチョビ「なんにしても、ようやく試合開始って感じだな。この日までずいぶん長く感じたよ」

カチューシャ「逆にあいつらは今日までの日々が一瞬に感じたでしょうね」

ダージリン「でも、きっとその一瞬はこの陽射しのように輝いていたわ」

ケイ「楽しい日々はすぐ過ぎちゃうものね」

アンチョビ「とりあえず、大洗は高台を目指して一直線か」


モニターには綺麗な隊列で進む大洗の戦車隊が映っている。

その様子にダージリンは目を細めると嬉しそうに鼻を鳴らした。


ダージリン「数が少ないのだから地形で有利を取ろうとするのは定石。だけど、」

カチューシャ「そんなの、黒森峰だってわかってるわ」


その時、大洗の隊列を割るかのように爆発と噴煙が舞った。

続いて2発、3発。次々に撃ち込まれていく砲弾に大洗の隊列が乱れ、散り散りになろうとしていく。

さっきまで騒いでたケイも心配そうにモニターを見つめだす。


ダージリン「……どうやら、予想通りだったらしいわ」


呟いた言葉にカチューシャが沈黙で肯定した。





砲撃音が木霊する車内でみほは必死に無線で指示を飛ばしていた。


みほ「全車両固まらないで!!でも孤立しないようお互いの仲間と自分の位置をしっかり把握してくださいっ!!」

沙織「まだ始まったばっかりなのになんでもう黒森峰がいるのー!?」

麻子「思ってた以上に早かったな」

優花里「流石黒森峰……やはり精鋭揃いですね」


沙織たちが口々に黒森峰に感嘆している中、指示を終えたみほはじっと黙って砲撃音に耳を傾けていた。


みほ「……」

華「みほさん、どうかしたのですか?」


心配そうな華の問いかけにみほははっと気が付いたように目を開くと、何かを振り払うかのように首を振る。


みほ「……いえ、何でもありません。それよりも、沙織さん被害は出ていますか?」

沙織「ううん、今の所みんな無事だよ」

みほ「良かった……」


突然の強襲に1輌も落とされていないのは奇跡としか言いようがない。

目的地への道中で攻撃を受ける事は予想していたものの、まさかここまで早く黒森峰がやってくるとは思わなかった。

それはつまり、黒森峰も成長しているという当たり前のことを想定していなかったという事だ。


あれだけ黒森峰の強さを、そこにいる人たちの努力を知っている自分がそんな事もわかっていなかった。

その事実にみほは恥じるように唇を噛みしめる。

しかし、すぐに唇を解くとゆっくりと深呼吸をする。


自己嫌悪をしている時間は無い。

この幸運が生きているうちに次の手を打たないと。

みほは決断する。


みほ「全車このまま目的地まで向かいますっ!!少し早いですがもくもく作戦の準備お願いしますっ!!」

『了解!』







小梅「……すみません隊長。敵車輌を落とせませんでした。このまま追撃に入ります」


申し訳なさそうに震える声で小梅は無線の向こうのまほに謝罪する。


まほの指示によって小梅は部隊を二分して森をショートカット、大洗の一団を挟撃した。

そこまではなんとかなった。しかし、結果は1輌も撃破できずその後を追いかけている状態だ。

大洗の運が良かったのではなく、自分の指揮が未熟だった。

小梅はそう確信している。


まほに任された部隊を制御しきれず射撃のタイミングを計り損ね、結果的に絶好のタイミングでその火力を活かしきれなかった。

せめて少しでも挽回を図ろうと追撃を指示したものの、失敗には違いない。

叱責を覚悟して小梅はここにはいないまほへと報告をする。


まほ『そうか』


けれども、返ってきたまほの言葉は無感情な一言だけだった。


小梅「それだけ、ですか……?」

まほ『無駄口を叩いてる暇があるのか?』

小梅「……いえ、すみません」


返事は無いまま無線が切れる。

小梅は大きくため息を吐くとそっと左胸に手を当てて泣きそうな声でつぶやく。


小梅「……やっぱり私じゃ、貴女みたいに出来ないですね」


ぎゅっと胸を握りしめそうになるのを必死でこらえ今度は大きく息を吸う。


「副隊長……どうしますか……?」


無線手が不安そうな視線を向けてくる。

小梅はそれに貼り付けたような笑顔で返す。


小梅「このまま追撃します。……大丈夫ですよ私たちならきっと――――」


『副隊長!大洗の車輌がっ!!』


先行して追撃をしているパンターから届いた無線に、小梅は慌ててキューポラから顔を出すと、目の前に広がる景色にあっけにとられたような抜けた声が出てしまった。


小梅「え?」


大洗の戦車たちがいた場所にはもうもうと白煙が立ち込め、彼女たちの姿を覆い隠していた。







モニターに映る景色が白煙に覆われ、観客がどよめく、

対照的にダージリンたちは冷静に戦況を分析していた。


ダージリン「煙幕?なるほどね」

カチューシャ「敵が見えなきゃご自慢の大口径も意味ないわね」

ケイ「派手な作戦ねー!決勝はこうでなきゃ!!」


嬉しそうに腕を振り上げ応援するケイ。

その大味なノリには付き合わずにダージリンとカチューシャは戦況分析を続ける。


ダージリン「それにしても、さっきの奇襲で1輌も落とせなかったのは黒森峰にとって痛いわね」

カチューシャ「王者が聞いて呆れるわ」


二人揃って厳しい評価を下していると自分だけ盛り上がってるのを不満に思ったのか、ケイが頬を膨らませると二人の間に顔を突っ込んできた。


ケイ「というか、なんだか足並み揃ってないように見えたわ」

アンチョビ「え?十分揃ってるように見えたが……」

カチューシャ「それはあなたの所がよっぽどなんでしょ」

アンチョビ「よっぽどってなんだ!?みんな頑張ってるんだぞ!!」


抗議の声を上げるアンチョビを無視してカチューシャはじっとモニターに映る黒森峰の戦車、その一つを見つめる。





カチューシャ「……部隊を率いてたのはティーガーⅡ、黒森峰の副隊長ね」

ダージリン「小梅さん……」

ケイ「コウメ?知り合いなの?」

ダージリン「……準決勝を一緒に見た程度よ」

ケイ「ふーん?そのコウメって子、流石黒森峰の副隊長ね!キングティーガーでスイスイ進んでいくわ!操縦手もだけど、車長がしっかりと乗車の事を把握してる証拠ね!」

アンチョビ「やっぱうちにも重戦車欲しいよなぁ……いやあるけどさ」


小梅に対してストレートな高評価をするケイに対して自校との経済力の格差に落ち込むアンチョビ。

先ほどのコーラの恩もあってなんとか慰めようとダージリンが言葉を探しているとカチューシャがポツリと呟いた。


カチューシャ「……あの子、ずいぶん頑張ってきたみたいね」

ダージリン「……そうね。きっと血のにじむような努力をしてきたのよ。まほさんを除けば、あの隊の中でも抜き出た実力よ。この一年間でよくあそこまで……」


彼女の実力は準決勝で戦った自分が良く知っている。

1年前の事故の当事者である小梅がどれほどの苦悩と絶望を抱えて今日まで来たのか、ダージリンには想像もできない。

それでも今、彼女は決勝の場に立っている。

副隊長という肩書とそれに見合った実力を携えて。

それは間違いなく、赤星小梅の努力の証明だ。

だけど、


カチューシャ「だから、ああなってる」


冷たく、突き放すようなカチューシャの言葉にアンチョビが理由を尋ねる。


アンチョビ「どういうことだ?」

カチューシャ「1輌だけ強くたって意味無いのよ。全車が足並み揃えなきゃせっかくの奇襲も大した効果が無いわ。マホーシャはそんな事も教えてないのね……いや、もしかして」

アンチョビ「?」


何かに気付いたようにカチューシャが口元をおさえ押し黙る。

ケイが答えを聞き出そうと「なんなのよー?」とカチューシャを揺さぶっていると、ダージリンが代わりに答えた。


ダージリン「……今の黒森峰は、私たちが思っている以上に歪なのかもしれないわ。そして――――まほさんはそれを分かった上で放置してるのかもって事」



ここまでー
とりあえず死んだのがマザボだったのでデータ自体は無事でよかったです。
まぁどっかに負荷かかってて突然死の可能性はまだ残ってますが……

とりあえずまたよろしくお願いします。

今晩はちょっと無理そうなんで24時間後に投稿します




「まったく、黒森峰は何やってんだか」


ケイからもらったポップコーンを口に放り込みながらカチューシャはふんと、悪態をつく。

観客席に配置してあるモニターには大洗が展開した煙幕によってかく乱され、隊列の乱れている黒森峰の車両が映っていた。

その様子に苦々しいものを感じたカチューシャは苛立ち紛れに抱えたバケットから次のポップコーンを掴む。


「隣、良いですか」


その時、後ろから声をかけられた。

カチューシャは苛立ちを隠さずに返答する。


カチューシャ「はぁ?んなの見ればわか――――」


けれど、その声は最後まで言葉にならなかった。カチューシャが振り返った先にいたのは、彼女の良く知っている人物で、

だけど、今ここにいるだなんて想像していない人物だったから。


しほ「……お久しぶりですね」

カチューシャ「あな、たは」


西住しほ。高校戦車道連盟の理事長にして、今決勝で激突している西住まほ、西住みほの母親。

カチューシャにとってあまりにも因縁深い人間がそこにいた。


しほ「……カチューシャさんと、呼べばいいのかしら?」

カチューシャ「いえ、その別になんでも……」

しほ「そう。なら、カチューシャさん隣、大丈夫ですか?」

カチューシャ「あ、はい……」



腰をずらしてスペースを空ける。そこに、しほが腰を下ろした。

突然現れた戦車道の重鎮にもちろんケイもダージリンも気づいている。

しかし、口を挟もうとはせず、じっと見るに留めていた。


「……」

「……っ」

しほとカチューシャのいる空間だけ、周囲の歓声から切り離されたかのように静寂が支配する。

何をしに来たのか、なぜ自分の元へやってきたのか。

そんな疑問がカチューシャの頭の中をぐるぐる回る。

どうしてここに?そう一言尋ねれば良いだけなのにそれが出来ない。

カチューシャは感情的かつ多弁なように思えて、その実常に冷静に思考を積み重ねていくタイプだ。

雪のように静かに冷たく物事を俯瞰し、最善策を見つける。

しかし、今のカチューシャにはそんな冷静さは欠片も残っていない。

ダラダラと冷や汗を流し、怯えるような瞳でしほを見つめている。

そんなカチューシャの様子を見て、しほは真一文字に結んだ唇をそっと解いた。


「……元気そうで良かったわ」

カチューシャ「……」

しほ「……ごめんなさい。こんなこと言われたって嫌味にしか聞こえないわよね」

カチューシャ「あ……ち、違っ」


向き直って申し訳なさそうに頭を下げてくるしほに、カチューシャは慌てて訂正する。

それをどう捉えたのか、しほは静かにカチューシャの隣へ腰を下ろした。


「……」

「……」


沈黙が二人を包み込む。

モニターでは山頂へ陣取った大洗チームを黒森峰の戦車隊が取り囲む映像が映し出されている。

そんな中、最初に口を開いたのはしほだった。

しほ「……今も悔やんでいるのですか」

カチューシャ「……」

『何を』とは聞かれなかった。

そんな事、しほもカチューシャもわかっているから。

だからカチューシャは無言を返答とする。

しほ「……そうですか」

浮かび上がりそうになる感情を必死で抑えているような声でしほは当り障りのない返事をした。

それをどう思ったのだろうか。

カチューシャがぐっとスカートの裾を握り、震える声を絞り出す。

カチューシャ「……忘れられるわけ、ないじゃないですか。私は……私は、」

そっと、しほの手がカチューシャの肩に置かれた。

そして、ゆっくりと首を振る。


しほ「……あなたは悪くない。私は以前そう言いました」

カチューシャ「私は……そんな風に思えなかった……今も」


それは、今も昔も変わらぬしほの結論なのだろう。

だから、カチューシャの結論も変わらない。

もしもしほが『あなたが悪い』、と。そう言ってくれる人だったならば、カチューシャは今こんなにも苦しんでいないのだから。

その答えをしほは理解したのだろう、目を細め空を見上げる。


しほ「……そう、ね。そうだと思っていました」

カチューシャ「どれだけ庇われても、どれだけ私が悪くない理由を並べられても、私が……エリカの命を奪った事には変わりない。それを……私が否定できるわけ、無いじゃないですかっ」

しほ「……ええ。きっと、そうだと思っていました」


しほが体ごとカチューシャに向き直る。

真っ直ぐにカチューシャの碧眼を見つめて、深く頭を下げた。


しほ「……あなたを、守ってあげられなくて。あなたの苦しみに、寄り添ってあげられなくて、ごめんなさい」

カチューシャ「――――今更ッ!!」


その怒声は周囲の歓声に掻き消された。

モニターの向こうでは高所で守りを固め、着実に自分たちの戦力を削っていく大洗にしびれを切らしたのか、ヤークトパンターが大洗の陣地に向かって突き進んでいた。


カチューシャ「私がどんな気持ちだったかなんて、あなたに理解が出来るわけないっ!?私がッ、私がどれだけっ……私を、恨んだかなんてっ……」

しほ「……その通りです。それでも……ごめんなさい」


再び、深く頭を下げる。

カチューシャはこらえ切れなくなり、立ち上がりその小さな体を限界まで使って自身の怒りを露わにする。


カチューシャ「大人はっ、あなたたちはっ……事態を収められれば、忘れ去られれば良いと思ってたんでしょうけどっ……それこそっ、私には関係なくてっ……そんな事でッ」

しほ「……はい。それを否定することは出来ません」

カチューシャ「っ……」

しほ「私たちは、あの時エリカさんの犠牲による影響をいかに小さくするかだけを考えました。あなた達に世間やメディアの矛先が向かなかったのもその結果にすぎません」


淡々と、原稿を読み上げるかのようにしほは答えていく。


しほ「それらは全て戦車道という競技の存続のためです」

カチューシャ「……なら、もういいじゃないですか。戦車道はこうやって今日も大盛況ですよ。私なんか、放っておいて理事長(そっち)に集中していればいいじゃないですか」


今更謝罪されたところで後悔の日々は消えてなくならない。

失われた命は戻ってこない。

犯した罪は消えない。

何も変わらないのなら、どうしようもないのなら。

もう放っておいて欲しい。

カチューシャはそう望む。


しほ「それはできません」


しかし、その望みは毅然と拒否された。


カチューシャ「……なんで」

しほ「まだ、やるべきことがあるから」

カチューシャ「やるべき、こと」

しほ「本当はもっと早くやらねばならない事だったのに、私が未熟で、臆病だったから。こんなにも先延ばしにしてしまった」

カチューシャ「……遅いですよ。もう、あなたに出来る事なんかありませんよ」

しほ「……」


ああそうだ。もう遅いのだ。

何をしたことろで失われた命は戻ってこない。

今更謝罪されたところで、自己満足以外の何物でもない。


カチューシャ「私はもう、立ち上がってます。悔やんだし、泣いたし、今でも眠れない夜があります」


カチューシャがどれだけの後悔を重ねたのか、しほは知らない。


カチューシャ「それでも、立ってます。自分の足で、私は立ち上がりました。自分の足で、ここまで来ました」


カチューシャがどれほどの覚悟で立ち上がったのか、しほは知らない。


カチューシャ「だから、あなたの謝罪なんていりません。そんなもの貰ったって、私の足跡を汚すものにしかなりません」


カチューシャがどれだけ泣いてきたのか、しほは知らない。

ならば、その歩みを否定する権利なんて存在しない。

慰めや同情なんて何の意味も持たない。

だから、カチューシャはしほの謝罪を拒絶する。

しほ「……あなたは、とても強いのですね」

カチューシャ「そうじゃなきゃ、生きていけなかったんです」


諦めと後悔と決意の混ざった答え。

その言葉を絞り出すのにいったいどれほどの苦難を味わったのだろうか。

それを理解できるのはきっとカチューシャだけなのだろう。

だから、しほはもう何も言わなかった。


カチューシャは立ち上がり、モニターの向こう、戦場を指さす。


カチューシャ「……あそこで戦っているのはあなたの娘達です」

しほ「……ええ」

カチューシャ「私が壊してしまった、あなたの娘達です」

しほ「それを支えられなかったのも、未然に防げなかったのも私です」

カチューシャ「なら、何をしにここに来たんですか。何もしてこなかったあなたが、今更何をしにここに来たんですか。あなたのやるべきことってなんなんですか」


しほが、カチューシャを見つめる。

刃のように、鋼のように。

そして、


しほ「見届ける」


引き金を引くように告げる。


しほ「あの子たちの決着を見届けるために。それがどんな結末になろうとも、今度こそ逃げずに受け止めるために。あなたが、そうしているように」


彼女もまた、迷って、悔やんで、それでも歩んできたのだと、カチューシャは信じる事にした。


ごめんなさいエタってました。






煙幕に紛れ逃走していく大洗の車両たち。

それを、小梅は見送っていく。

もちろん追撃はするが、黒森峰の戦車は足回りにおいては大洗の戦車たちよりも劣ってしまう。

故に、撃破を狙うのではなく相手を見失わないようにすることを第一に指示を飛ばす。

既に先ほどの高台での戦闘で3本、黒森峰の白旗が上がった。


戦車道が復活したばかりで、車両の種類も数も整っていない学校に。黒森峰が痛手を負った。

信じられない事態だ。

目と耳を疑う隊員もいるだろう。

だけど、小梅は疑わない。

彼女なら、西住みほなら。

この程度造作も無いだろう。


被害を受けたのは、自分たちが彼女より劣っていたから。

そう断じ、小梅は深呼吸をする。

たとえみほがどれだけ強く強かで、強大であっても、勝つと決めたのだ。

勝って、彼女を救うと誓ったのだ。

小梅「……隊長、申し訳ありません。包囲突破されました」

まほ『そうか』

無線から返ってきたのは何の感情も籠っていない、あっさりとした返答。

小梅は意識せず眉をひそめてしまう。


小梅「……大洗は恐らく市街地へと向かっています」

まほ『だろうな』

小梅「……我々はこのまま大洗を追撃するでよろしいでしょうか」

まほ『好きにしろ』

小梅「……隊長」

まほ『なんだ』

小梅「あなたは、どこにいるんですか」


それは当然の疑問だった。

本来指揮を執るべき隊長の西住まほは、今ここにいない。

試合開始から今に至るまで黒森峰を指揮しているのは副隊長である赤星小梅だ。


小梅「主力の一部を引き連れ、前線での指揮権を私に委譲し、いったいどこで何をやっているんですかっ……」

まほ『大洗の、あいつの考えなんて決まっている。そのためにどこに向かっているかもわかっている。だから、先回りして市街地にいる』

小梅「そんな手間を割く必要があるんですか」


まほの口から語られた説明を、小梅は信じていない。

それは、まほの実力や直感を疑っているからではない。

むしろ逆だった。


小梅「あなたの指揮する黒森峰なら、そんな小細工を弄さずとも、大洗をすぐさま叩き潰せるたんじゃないのですか」


西住まほの実力を疑う者など黒森峰に、高校戦車道の選手にはいない。

だというのに、今のまほが取ろうとしてる策は迂遠で、湾曲で、まだるっこしいものだ。

自分ではなく、まほが指揮をしていれば。

今頃試合は終わっていたのでは。

小梅はそう思わずにはいられない。



まほ『万全を期するのは当然だ。最初から全力を見せてはいざという時の柔軟性が失われてしまう』

小梅「……本当ですか」

まほ『ああ。私の言葉が信じられないか?』

小梅「……」


その沈黙が小梅の答えを雄弁に語る。

根深い不信が、そこにあった。

まほが『面倒だ』という感情を一切隠さず溜息を吐く。


まほ『……そうか。なら、私からも一つ言わせてもらおうか――――お前じゃ勝てないのか?』

小梅「っ……!?」

まほ『残った戦力でも十分叩けるだろ。あんな烏合の衆。それとも、お前の一年間の努力じゃ足りなかったか?』


嘲笑混じりの指摘は小梅にとって痛恨だった。

小梅のこの一年間、死に物狂いで努力してきた。

それは全て、『彼女』のためだ。

それをまほも理解しているはず。

その上で、嘲笑う。


まほ『いいさ。そこまで不安なら戻って私が指揮してやろう。可愛い後輩が怯えているんだからな』


優しさを装う気なんて欠片も無い。

そんな助力を受け入れられるほど、小梅のプライドは安くはなかった。


小梅「……結構です。ここは、私がなんとかします」

まほ『ああ、そう言ってくれると思っていたよ副隊長』


悔しさに歯を食いしばる音が聞こえたのか無線の向こうからくぐもった笑いが聞こえてくる。


まほ『くくっ……安心しろ。別に負けるつもりは無い。ただ、私は私で準備があるだけだ。お前はただ、お前の思う通りに行動すればいい。いざという時のフォローは私がするさ。
   
   これも、未来の隊長であるお前に必要な勉強だ。頑張ってくれ』

小梅「……了解です」


返答を待たず無線を切り、ハッチを閉めずにそのまま腰を下ろす。


小梅「……状況は」


ギリギリ聞こえるぐらいの声。

無線手は即座に答える。


「依然こちらは追撃のため大洗を追っていますが、八九式の妨害により手間取っているようです」


小梅は地図を開き大洗の針路を読む。

目的地は市街地だろう。

ならば、


小梅「川がありますね」

「はい。大洗の針路だと橋を渡るには遠回りする必要があります。追撃部隊の一部を橋へと直行させれば渡る前に叩けます」

小梅「……なら、橋を使わずそのまま川を渡りますね」

「え?」


無線手はどういうことなのか視線で尋ねる。


小梅「ここは演習場として作られたフィールドです。川の深さも大洗の戦車ならギリギリ通過できる深さでしょう。そして、こちらの重戦車では川を渡ることができない。なら、あの人はそうします」


そして無線手だけではなく乗員全員に告げる。


小梅「あの人は、西住みほは黒森峰の事を私たち以上に。私たちの隊長と同じぐらい知っています。そのことを忘れないでください」

「は、はいっ!」


乗員は皆息を呑み、調子の外れた返事を返す。

伝えるべきことは伝えたと判断した小梅は座ったままじっと目を閉じ、手を握り合わせる。


小梅「……大丈夫。私ならできます。私が、ちゃんと救ってみせますから」


自らを鼓舞する呟き。

そこに開いたハッチから陽光が注ぐ。

祈るように手を合わせるその姿は、関係ない人が見れば神々しさを覚えたのかもしれない。

しかし、乗員たちの視界に映るその光景は、



小梅「だから、安心してください」



掴めるわけの無い光を必死で握りしめようとしているように見えた。


たぶん今後は不定期かつ月に1、2回の投稿になると思います。

完結はさせるのでよろしくお願いします。




後方に舞う土煙が見えなくなったのを確認して沙織が安堵の溜息を吐く。


沙織「なんとか撒けたっぽいね」

みほ「はい。今のうちに距離を稼ぎましょう」


みほの指示を受け沙織は地図を開いて針路を確認する。


沙織「えっと――――この先に川があるね。でも橋は遠回りしないと……」

みほ「橋は使いません」

沙織「え?」

みほ「このまま進んで川を渡ります」

沙織「大丈夫なの?」


戦車というのは当然のことながら陸路を走るもので、この鉄の塊で川を渡るという事が沙織にはどうにも想像できなかった。

優花里も同じく驚いているのを見て、沙織はますます信じられなくなる。

しかし、みほはそんな彼女たちの動揺に揺らがず、淡々と説明をする。


みほ「はい。黒森峰の重戦車ではこの川は渡れません。今まで稼いだ距離と、川を避けて回り道する時間を合わせれば黒森峰が私たちに追いつくのにはだいぶ時間がかかるはずです」


沙織が聞きたいのは自分たちの戦車が川を渡れるのかという事であって、黒森峰の戦車が渡れるかという事では無かったのだが、

少なくともこの場において最も戦車の事を知っているみほがそう言うのであればと、ひとまず沙織は納得することにした。


沙織「なら、みんなにもそう伝えるね。あ、アヒルさんチームはどうしよう?」

みほ「このまま攪乱をしてもらいつつタイミングを見て合流してもらいます」

沙織「了解」


沙織は手早く無線を繋ぎ各車に通達をする。

川を渡るという事に多少なりとも動揺の声は上がったが、それでも隊長であるみほの指示ならば大丈夫だと皆が納得した。

隊列を乱さず進んでいくと、目の前に川が見えてきた。

地図の上で見るものよりも実際の川幅は随分と大きく見え、沙織は先ほど飲み込んだ不安がまた首をもたげるのを感じる。

しかし、それを声に出すのは堪え、指示のため無線機を取った。


沙織「それじゃあみんな、さっき言った通りお願い」

『了解』


沙織の無線を受け、各車両がそれぞれのポジションに付く。

車体の軽い戦車が流されないように最重量のポルシェティーガーを上流に重さ順に横並びになり、浸水しないようハッチを閉め、川へと前進を始めた。


沙織「大丈夫かなぁ……」


沙織の呟きを肯定するかのように車体が大きく揺れる。

水の抵抗は強く、それが沙織の不安をさらに掻き立てる。

ぞわぞわとした感覚が背筋を撫で、車体が横滑りするたびにビクリと跳ねた。

そんな沙織を見て、麻子がポツリと呟く。


麻子「大丈夫だ。ちゃんと進んでいる」


自分が不安を表に出していた事に気づき、沙織は慌てて表情を引き締める。

―――麻子に気を遣わせるようじゃダメだよね。

一番注意を払っているのは操縦手である麻子であり、今の自分はただ座っているだけなのだから。

そう思い、沙織は一度深呼吸をする。

そして、落ち着いて車内に響く振動、音に耳を傾けると、履帯がしっかりと川底を掴み少しづつ進んでいる感覚を捉えた。


――これなら大丈夫かな。


沙織が小さく安堵の溜息を吐く。

ゆっくりとだが、確実に戦車は前進している。

アヒルさんチームの攪乱はしっかりと効果が出ているようで、砲弾が飛んでくるような様子は無い。

この調子なら、黒森峰に追いつかれる前に川を渡り切れるだろう。

そう思っていた時、無線から悲鳴のような声が聞こえてきた。


優季『桂利奈ちゃんやっぱり無理っぽいっ!?』


その声はウサギさんチームの無線手、宇津木優季のものだ。

沙織は何事かと思い聞き返すも、無線の向こうでは優季と桂利奈の声がカンカンと響くばかりで一向に要領を得ない。

なので沙織はみほへと無線を回す。

みほは突然の事に首をかしげるが、沙織の様子に何事かが起きたのだと判断し、落ち着いた声で無線の向こうへと語り掛ける。


みほ「ウサギさんチーム何かありましたか?」

優季『ごめんなさーい!!なんか、エンジンが……』


無線に応える優季の隣からガチャガチャの何かを動かす音と、『動かないよー!!』っと叫ぶ桂利奈の声が同時に届く。

沙織は慌ててハッチから外に顔を出し、後方を見る。

そこには川の中ほどで停止しているM3リーがいた。


沙織「ちょっ!?大丈夫っ!!?」

みほ「落ち着いて。ギアを上げてみてください」


慌てる沙織に対して冷静に対応策を伝えるみほ。

しかし、無線の向こうの雰囲気は一向に良くならない。


桂利奈『ダメ!!どうしよう!?』

優季『私に言われてもー……』


やがて大きな音と共に、ウサギさんチームの車内からエンジン音が消えた。

みほ「ウサギさん?大丈夫ですかっ!?」


ここに来ていよいよみほの顔に焦りが浮かんでくる。

レオポンさんチームからも助言をもらい、桂利奈はなんとかエンジンの再始動を図ったが―――M3リーの沈黙は解けなかった。


沙織「マズイまずいよどうしようっ!?みほっ!?」


隊列から取り残され川の中で立ち往生するM3を見て沙織が叫ぶ。

みほは、そんな沙織に返事を返さず、口元を押さえぶつぶつと何かを呟いている。


みほ「どうする……?なんとか再始動を……でも、故障だったらウサギさんチームじゃどうしようも……なら一端バック……無理だ。なら、なら……」


みほの表情がどんどんと苦悶に歪んでいく。

汗が額を流れ、しかし肌からはどんどん色が失せていく。


そんなみほの様子に、沙織はもちろん優花里も、華も麻子も絶句してしまう。

そんな時、無線から落ち着いた声が響いてきた。


梓『……隊長』

みほ「梓さん……?」


その声は、梓のものだった。


梓『エンジンの再始動は難しそうです。アヒルさんチームが時間を稼いでいるとはいえ、ここで時間を失う訳にはいきません』


そこまで聞いて、沙織は梓が何を言いたいのか理解した。

それはみほも同じなのだろう、その瞳が大きく開き、今度こそ色が消え去る。


梓『だから、私たちはここまでです。見捨てて、先に進んでください』


梓の声が孕んでいたのは、落ち着きではなく諦めだった。


ここまでです。

外出できないのに相変わらず筆は遅々ですが、なんとか進めていきます。

乙乙
酉割れしてるので変えた方がいいですよ

>>656
なのでこれからはこれで行くのでお願いします

てst





みほの中で様々な思考が廻る。

川の流れは確かにM3リーを揺らしている。けれど、『あの時』と比べればずっと穏やかだ。

ウサギさんチームの誰一人として怪我をしているわけではない。

今ならまだ落ち着いて、冷静に避難すれば大丈夫だ。

ここでウサギさんチームの戦力を失う事は痛い。

痛いが、救助のためにせっかく稼いだ時間を使っては元も子もない。

ならば、答えは一つだ。『このまま進む』。

道半ばで諦める梓たちの痛みは相当なものだろう。

だけど、彼女たちのためにチーム全体を危険に晒すなんて真似はみほには出来ない。

みほたちの目的は『想い出』ではなく『勝利』なのだから。


『勝つためには、非情な決断を下す時がある。あなたはいつか、その立場になるのよ』


いつか、誰かから聞いた言葉が脳裏に蘇る。

冷たい言葉だ。

だけど、意味のある言葉だった。

そして今、その言葉通りの立場にみほは立たされている。

だから、みほは決断する。

それはきっと、『彼女』が望んだ選択。

きっと、『彼女』が喜んでくれる選択。

だからみほはその決断を、皆へと伝えようと口を開く。


みほ「……ウサギさんチームはここで」


だけど、

みほ「……………………」

沙織「みほ……?」


突然押し黙ったみほに沙織たちはもちろんのこと、無線の向こうからも疑問符が浮かんでくる。

優花里がみほの肩を揺らしどうしたのか問いかけるが返事は返ってこない。

何事かと車内に不穏な空気が漂ってきた時、みほの表情が今にも泣き出しそうに歪んでいく。


みほ「やっぱりっ…、やっぱり私はっ…!貴女にはっ……」


ガリガリと頭を掻きむしり、歯を食いしばる。

そのあまりの剣幕に、止めようとした優花里もひるんでしまう。


みほ「どうしてっ……!なんでっ……!だけど、だけどッ!!?」


ならばと、沙織が意を決して声をかけようとした瞬間、


みほ「っ……私はっ、それでもッ!!?」


悲痛な叫びと共に、みほはキューポラから外へと出た。


みほ「各車リーダー上に出て手伝ってっ!!レオポンさんチームは牽引用ワイヤーとロープを用意してくださいッ!!」


砲塔に仁王立ちし、何やら叫ぶみほの様子に隊員たちは何事かと呆気にとられる。

しかし、みほの剣幕はそんな空白を許さない。


みほ「急いでッ!!時間がないッ!!私一人じゃ無理なのッ!!」


その言葉に慌ててリーダーたちが外へと出てくる。


桃「おい西住っいったい……うわぁっ!?」


どういう事なのかと車上に出た桃が尋ねようとした時、彼女の胸元に丸められたロープが飛んできた。

みほ「桃ちゃんっ!!」

桃「な、なんだ!?」

みほ「早くっ!!次に回して!!」

桃「あ、ああっ!」


桃はすぐさまロープを同じく車上に出ているカエサルへと投げ渡す。

カエサルがまた次にとリレーのように回されたロープが今度はウサギさんチームの元へと届く。


みほ「梓さんっ!!」

梓「っ……なんでっ!?」


それを受け取った梓は納得できないような表情をみほへと向ける。

梓からすれば今の行動はただただ時間を無駄にするだけのものなのだから。

見捨てろと言った理由を、意味を、隊長であるみほがわからないわけないのに。

そんな梓にみほは舌打ちでもしそうな様子で顔をしかめ、怒鳴りつける。


みほ「時間が無いのッ!!早く繋いでっ!!」


梓はその剣幕にビクリと肩を震わせ、直ぐにロープを引き、そこに結ばれたワイヤーを繋ぐ。

それを見届けるとみほは車内へ戻り無線を飛ばす。


みほ「全速前進!!!ウサギさんチームを牽引します!!」


車長たちの返事と共に車列が前進を始める。

同時に、無数の轟音がⅣ号の車内に響き渡った。


優花里「っ……砲撃ですっ!?もう来ました!!」

みほ「狙える車輌は後方の黒森峰に砲撃して!当たらなくてもいいからっ!!」


優花里の報告を聞くまでもなくといった風にみほはすぐさま次の指示へと移る。

砲撃の轟音が今度はこちらから響きだす。

残念ながら命中したという報告は無いがどのみち黒森峰の重装甲の前では当たった所で弾かれるのがオチだろう。

今はただ、相手の砲撃が命中しない事を祈るしかない。

その時緊張で張り詰めた空気の中で沙織の喜ぶような声が響いた。


沙織「みほ!ウサギさんチームの戦車エンジンかかったって!」

その朗報にみほは一瞬喜びそうになるも、すぐさま表情を引き締める。

喜ぶのは後だ、今はまだやらなきゃいけない事があるのだから。

返事をしないみほに沙織たちもまだ緊張を途切れさせてはいけないと理解したのか、車内に沈黙が戻る。

すると、ざばざばと装甲を打っていた水の音と揺れが消え、代わりに履帯が大地を掴む硬質な振動に切り替わるのを感じた。川を越えたのだ。

そしてだんだんと砲撃の音が小さくなっていき、砲撃が止んだ。

黒森峰の射程から逃れる事が出来たのだ。


沙織「……大丈夫だよね?」


沙織が恐る恐る尋ねてくる。


みほ「……はい。少なくとも向こうの砲撃はもうこちらには届きません」


そう言った途端、沙織たちが同時に溜息を吐いた。


沙織「よかったぁー……」

麻子「とりあえず一安心ってことか」

華「ええ、未だわたくしたちは一人も欠けていません。みほさん、流石です」

優花里「西住殿!見事な判断でした!」


緊張の反動か和やかな空気が広がる。

けれどもみほは浮かない表情のままだ。

それでも優花里たちの言葉に応えようと無理やり笑顔を作る。


みほ「…………うん、ありがとう」

沙織「……みほ」

みほ「……大丈夫です。私は、大丈夫だから」


沙織が心配そうにみほの名前を呼ぶ。

返ってくるのはとても大丈夫なようには聞こえない儚く、弱々しい声。

そんな様子を大丈夫だなんて思えるわけが無い。

沙織たちは再び口を閉ざす。


みほ「……ごめんなさい、エリカさん」


小さく呟いたみほの声は、履帯の音にかき消された。

久しぶりの更新です。

地の文の書き方の基本みたいなのまるで知らないのでこれでいいのか?って常に考えながら恐る恐るやってます。





大洗の車両は車列を保ったまま目的地へと向かって行く。

後方に敵の姿は見えない。

しかし、市街地も未だ見えない。

レオポンさんチームの機転で途中にあった橋を落とした事で、ただでさえ速度に難がある黒森峰は更に遠回りをする羽目になっただろう。

こちらにやってくるにはまだ時間がかかるはずだ。

だからといって楽観出来るような状況ではない。

時間を稼いだと言っても、先ほどウサギさんチームの救出に時間を使った事で実際どれだけの猶予が残っているのかわからない。

その焦りがみほに苛立ちを起こさせる。

けれどもそれを表に出すことはせず、努めて冷静に。

隊長である自分が取り乱すのが何よりものロスなのだという事はみほが一番分かっていた。

深呼吸し、呼吸のリズムを戻す。

『常に冷静たれ』。それは指揮官に求められる必須の能力だ。

そう自分に言い聞かせ放熱をし、今一度現状把握のために地図を眺めていた時、アヒルさんチームからの無線が届いた。


典子『こちらアヒルさんチーム!流石に相手も挑発に乗らなくなってきたので戻っているところです!!そちらはどうですか!?』


無線から聞こえる典子の声に、沙織は地図を見ながら答える。


沙織「んーっと……まだ市街地にはたどり着いてないです」

典子『ええっ!?大丈夫なんですか!?』

心配の声をあげる典子に沙織は曖昧な表情を浮かべ、


沙織「とりあえず今は大丈夫だけど……とにかくアヒルさんチームは早く戻ってきて」

典子『りょ、了解です!』


沙織の様子に現状は決していい方向に進んでいるわけではないと理解したのだろう。

典子はすぐさま無線を切った。

沙織は小さくため息を吐くと、キューボラから周囲を見渡すみほを見上げ、尋ねる。


沙織「みほ、もう少し速度上げる?」

みほ「……いえ、これ以上は隊列が乱れます。このままの速度で行きましょう」


みほがそう返すと沙織は小さく「わかった」と返し、そのまま地図へと視線を戻した。

その時、


優季『あ、そのぉ……あんこうチームさぁん?』


無線から甘ったるい声が流れてきた。

それがウサギさんチームの優季の声だとわかると、沙織はすぐさま応答する。


沙織「優季ちゃん?どうしたの?」

優季『えっとぉ……梓ちゃんが隊長に言いたい事があるらしいんですけどぉ』

みほ「え……どうしたの?」

優季の歯切れの悪い様子にみほが問いかける。

それに返事は返ってこなかった。

聞こえなかったのかと思いみほがもう一度問いかけようとした時、震えるような声が無線から聞こえてきた。


梓『なんで……なんで助けたんですか』


それは、梓の声だった。

その声には、所々泣いているかのような小さな嗚咽が混じっている。


梓『私たち助けたせいでせっかくのショートカットが無意味になったじゃないですかっ……時間が無いのになに私たちに余計な時間使ってるんですかっ!?』


梓が叫ぶ。

みほはどうすればいいのかわからず、ただその怒声を受け止めるばかりになる。


梓『何なんですかあなたはっ!?私の事騙してたくせに、裏切った癖にっ……良い人ぶらないでよっ!?』

あや『ちょっと梓今そんな事で喧嘩してる場合じゃ……』


泣き叫ぶようにまくし立てる梓をあやが宥める声が聞こえてくる。


優季『あ……』


その時、優季が何かに気づいたかのような声を漏らした。


優季『ごめーん間違えてたぁ。これ、あんこうチームだけじゃなくて全車に繋がってるぅ』

あや『うっそ不味くない?』

優季とあやのやり取りを聞いた沙織は、小さく「うわほんとだ」と呟く。

無線が全車両に繋がってると言う事は、先ほどからの梓の激昂も伝わっているという事で、

他の車両からの通信が無いのは恐らく彼女たちは唖然としているからであって、

その事に気づいていないのであろう梓は、みほへその怒りをぶちまけ続けている。


梓『同情なんてされたくなかったっ!!足手まといになるぐらいだったら見捨てて欲しかったッ!!それで勝てるのならッそれが一番だったッ!!なのにッ!!』

「………………ッチ」


小さく、舌を弾く音が聞こえた。

沙織たちは最初、誰が舌打ちをしたのかわからなかった。

いや、優花里はわかってはいた。

今、目の前でみほが忌々し気に舌を打ったのを見ていたのだから。

しかし、みほが舌打ちをしたのだと理解するのに間が開いてしまった。

そうこうしているうちにみほがブツブツと何かを言い出した。


みほ「……るっさい」

優花里「西住殿?」


かつて、誰かはみほの事をこう評した『臆病』、『傲慢』、『他人の顔色を窺ってばかり』、『変なところで我を通してくる』。

それらを総合して――――『めんどくさい子』だと。

幼い頃のみほは感情に素直な子供だった。

良く笑い、良く泣き、良く怒る。その旺盛な感情は今もみほの中に残っている。ただ、その発露を極めて小さくするようになったが。

笑う事も泣くことも、何よりも怒る事を、出来るだけ内に溜め込もうとしてきた。

それはつまりストレスをため込みやすいという事で、プラウダ戦以降みほはひたすらそれをため込み続けていて、

先ほどの川での一件は過去のフラッシュバックと現在の決断を伴うとてもストレスフルな状況で、

みほ「……なのさ、どいつもこいつも」

華「みほさん?」


それらをなんとか乗り越えて先へ行こうとしたところで投げつけられた梓の怒りに、諭す言葉を考える余裕すら無くなっていて、


みほ「私が、私がいったいどんな思いでっ……」

麻子「西住さん?」


元をたどれば全部自分が悪いとかそういう自罰的な思考で無理やり抑え込んでいたあれこれにもついに限界が来て、


みほ「そんなの、そんなのっ……」

沙織「……みほ?」


つまるところ、


みほ「あああああああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!うるさいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


みほはキレた。

みほ「何が見捨てて欲しかっただよ何が裏切った癖にだよ何がそれが勝利のためだっただよっ!?」


突然の隊長の狂乱に驚いたのは梓だけではない。

無線は全車輌に繋がっている。

なので、大洗の全員がみほの変貌に声を失った。


みほ「私だって見捨てたかったよ!?何が悲しくて迫りくるパンターや重戦車たちを前にM3リー助けるのに時間かけなきゃいけないの!?こっちは一分一秒ですら惜しいのに!!」


あんまりにも無体な事を怒りのままに吐き捨てる。


みほ「パンターの一両、いやシャーマンでもいいからあったら見捨ててさっさと行ってたよ!?」


あの決断が間違いだったとかそういう事ではなく、出来なかったんだからしょうがないだろと、みほは頭の中に渦巻く感情のまま怒声を吐き出していく。

文字通り噴火した怒りの方向性など定まっているわけがなく、みほの矛先はふらふらと次の標的へと向く。


みほ「だいたいっ!!生徒会がもうちょっと頑張ってたらこんな苦労しなくて良かったんだよっ!!なんで一回戦の車両数制限にすら届いてない状況で決勝になんか出てるの!?意味わかんないっ!!」

杏『うぇぇ今そこ責めるぅ……?』


突然の流れ弾に杏がひきつった声をだすもみほはそんな事気にするかと言葉の砲弾を撃ち込み続ける。


みほ「なんなの!?戦車道やるってのにまともに動く戦車すらなかったのホントなんなのっ!?思い付きで物事進めんのもいい加減にしてよバカっ!!」


思えば最初からダメだったのだ。

どの時点で廃校が決まっていたかは知らないしいつ戦車道でそれを阻止しようと決めたかも知らないが、あんな強引な勧誘するよりもまともな戦車の一両、

いや二両でも見せてくれれば少しは快く頷いたかもしれないのに。

あの時のみほからすれば戦車道を再開できるのは渡りに船だったのにただただ『お前の態度が気に食わない』の一点で一回断ったのだから。

それでも色んなものを飲み込んで生徒会の要望を受けてみればあったのはボロボロの戦車のみで、次の日までに他の戦車探せなんて言われたのだから。あの時ばかりはみほはみほの意志でキレていた。

そうやって思い返せば出てくる出てくる燻っていた怒りの火種が。


みほ「ここまでこれたのは運が良かっただけなんだよ相手が油断してくれたからなんだよみんなみんな私たちが勝てるような相手じゃなかったんだよっ!!?」

桃『お、おい西住ちょっと落ち着いて……』

みほ「桃ちゃんは黙っててバカっ!!次余計な口挟んだらバカちゃんって呼ぶからっ!!梓さんっ!!」

梓『はいっ!?』


突然話から外れ、また突然戻ってきたからか、梓は驚いた声を上げる。


みほ「私があなた達が可哀想だから助けた?『同情なんてしないで』!?何言ってるの自惚れないでよ!?私たちそんな仲良くないでしょ!?だって私はついこの間まであなた達を騙してたんだから!!」

そう、騙してた。

人一人の人生をそっくり奪って、騙って、それに憧れた人を裏切ったのだ。

そんな冷血で残酷で、最低な人間が。騙した人間に同情なんてするわけない。

そんな情があるのならばそもそもあんなことしないのだから。


みほ「あなたの事なんて何も知らない!!好きな食べ物なんてしらないし趣味も何もしらないよっ!!誕生日ぐらいは知ってるけどさっ!!」

梓『逆になんでそれ知ってるんですか』

みほ「うるさいっ!!とにかくっ!!あなたに同情してあげる理由なんてこれっぽっっっちもないんだよっ!!バーカ!バーカ!!」


みほを見て冷静さを取り戻した梓のツッコミにみほは逆ギレで返す。

ちなみに理由は生徒会から渡された履修者名簿を暗記しているからである。

こうなるともう怒りの矛先とかそんな話ではなく、全方位への砲撃が開始される。


みほ「ああもうっ!この際だから言っちゃうけどねっ!?ここにいるみんなは戦車道初めてまだ半年にも満たなくてっ!!練習だって初心者に合わせた軽めのものでっ!!

   廃校がかかってようやく勝利への執念だけはそれなりのものを手に入れてっ!!

   でも全然足りないのっ!!技術も戦車も何もかもっ!!それで優勝したいとか戦車道舐めるなっ!!?」


みほは怒りのまま上半身を車外に出し、バンバンと車体を叩きながら叫び倒す。

みほ「私だってっ!?一年近いブランクがあって、感覚だって今でも取り戻せただなんて言えなくて!!怖いんだよっ!!自信なんてないよ!?勝てるなんて言えないよっ!!?」


あの事故以来大洗に転校するまでずっとみほは引きこもりのような生活を送り、運動はもちろんまともに食事すら摂らないような生活が数か月に渡った。

そんな生活の果てにやつれ切った体をなんとか健康一歩、いや二歩手前程度にまで戻すことは出来たものの、

戦車道の方は聖グロを始めとした強敵たちとの実戦を経てもまだ戻ったとはいえず、それは全国大会当初からのみほの懸念であった。


みほ「なのに好き勝手言ってええええええええええええええええ!!人の気持ちも知らないでえええええええええええええええええええっ!!」


全ては自分のためだった。

大洗を利用して、無為な行いで自分の心を守ろうとしただけだった。

それはそれとして戦力としては未熟な大洗を勝たせるために苦悩したのも事実だった。


みほ「戦車道はお金がかかるのっ!!黒森峰だってそのあたり苦労してたのにっ!!大洗の人たちも廃校かかってんのに決勝に行ってようやく義援金出してきてさあああああああああああああああ!!

   もっと早く出してよ!?学園長もさらっと車買い替えてるしみんなバーカっ!!」

梓『っ……もうっさっきから何なんですか!?何が言いたいんですかっ!?』


西住みほの独演会にいい加減しびれを切らした梓が再び声を荒げる。

しかし、それを上からねじ伏せるようにみほの絶叫が響き渡った。


みほ「私が、善意で行動したとでも思ってるのっ!?同情したから助けたと思ってるの!?そんなわけないでしょ!?だって、だって私は――――それで大事な人を失ったんだよッ!!?」

脳裏をよぎるのはあの瞬間。

繋いだ手をいともたやすく振りほどかれた時。

記憶に焼き付いた、彼女の笑顔。


みほ「私はッ!?助けたかったッ!!勝利なんか要らなかったッ!!」


彼女を助けられればそれで良かった。

敗北の屈辱も、戦犯の汚名も全て笑って受け入れられた。


みほ「あの時、あの濁流の中で私は選んだッ!!勝利なんかよりも、大事なものを選ぶってッ!!」


勝利よりも大切なものがあったから。

たとえ、彼女の意志に背くとしても、彼女を助けたかった。


みほ「そのためなら命だって失ってよかったッ!?なのに、なのにっ……私は勝利も、大切な人の命も失ったッ……!!」


伸ばした手は何も掴めず、掌に残ったのは虚ろだけで。


みほ「あの人を救えればそれで良かったのに。あの人を救うためなら死んだって良かったのにッ……」


沢山の人の努力を否定して、大切な人の想いを無視して、


みほ「なのにッ……私は、エリカさんを救えなかったッ……あの人が望んだ、勝利さえ捨てたのにッ……!」


残ったのは全てを失った自分だけで、叶うならばそれさえも捨て去りたいのに、


みほ「なのにッ……私は今も、のうのうと生きているっ……」

無様を晒し、沢山の人を裏切り、それでも生きている。

それらは全て、彼女が最期に望んだからで。

だけど、『西住みほ』である事に耐えられなくて、

『逸見エリカ』を騙る事でようやく生きてきた。


みほ「エリカさんは、私の全てだった!!あの人がいたから、私は生まれて来て良かったって思えたっ!!なのに、出会ったばかりのあなた達に同情なんてするわけないでしょっ!?」

梓『なら……なんで、何で私たちを助けたんですかっ!?』


当然の疑問。

そこまで言うのならば、なぜみほは自分たちを助けたのか。


みほ「そんなのッ!!」


それを、愚問と吐き捨てるようにみほは答える。


みほ「あなた達を勝たせたいからに決まってるでしょッ!?」


涙交じりの声が、履帯の音に吸い込まれていく。

それでも、みほの声は確かに皆へと届いていた。


みほ「あなた達は、私を受け入れてくれたからッ!!」


それは、ずっと伝えたかった言葉。

みほが、自分を受け入れてくれた皆に伝えたかった想い。

荒々しくて、乱雑で、とてもそうは聞こえないだろうが、

その言葉に込められた意味は、感謝だった。


みほ「出会ったばかりなのに、嘘つきでどうしようもなくて救えない私に、それでも賭けてくれたからッ!!だからッ―――私も、あなた達に賭けたッ!!」

大洗の皆のために勝ちたい。

救えない自分を救おうと手を伸ばしてくれた。

その手を取る事は出来なかったけど、それでも嬉しかった。

空っぽの自分がその恩義に報いるには、勝つしかないと思った。

たとえ、彼女たちを切り捨てる事になっても。

だけど、


みほ「どっちでも良かったッ!!あなた達を見捨てたって、助けたってどっちにしてもマイナスだったッ!!それでもッ、私はあなた達を選んじゃったんだよッ!!」


可能性が同じなら、50:50なら、信じたい人たちを信じたかった。


みほ「あなた達を見捨てて勝つ可能性よりも、助けて勝つ可能性に賭けたくなったんだよッ!!」


もしかしたらそれは早計だったのかもしれない。

もっといい選択肢があったのかもしれない。

でも、時は巻き戻せない。失ったものは取り戻せない。それは、みほが一番よく知っている。

選んだ選択肢を今更放り投げるなんて真似、出来ない。

だから、


みほ「必要なんだよあなた達がっ!!私はもう選んだんだよッ!!どんなに弱くたって、未熟だって、ムカついたって、あなた達がいないともう勝てないのっ!!

   私が、みんなを勝たせるためにはっ!!あなた達が必要なのっ!!」

選んだのだ。

選ばれたのだ。

それならもう、やるしかないのだ。


みほ「助けられた事が悔しいのなら、納得できないのなら、自分たちで納得できるよう頑張ってよ!?私に、あなた達を助けて良かったって思わせてよ!?」


逆切れだろうがなんだろうが、もう、尽くすしか無いのだから。

みほも、梓も、皆も。

勝ちたいのは皆同じなのだから。


みほ「文句があるなら行動で示してっ!!以上っ!!バーカッ!!」


そう吐き捨て、仕舞いの合図とばかりに力強く装甲に拳を打ち付けると、みほは一方的に無線を切った。

お久しぶりですねごめんなさい……

ようやっと3話の公開時期が決まったようなのでだいぶテンションが上がっています。

あとパンツァーコンサートのジャケット絵のエリカさんが聖母の微笑みすぎてこれだけで短編一本書けそうですね。

次回は出来るだけ早めに出せるよう頑張るので……

ていうか3話が公開されるまでにはこっちを完結させたい……

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