【たぬき】依田芳乃「そなたと、長い夢」 (71)
モバマスより依田芳乃のSSです。
独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。
前作です↓
【たぬき】佐久間まゆ「さくまあそばせ」
【たぬき】佐久間まゆ「さくまあそばせ」 - SSまとめ速報
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最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1530543640
「芳乃はさ、何か欲しいもんとかある?」
唐突といえば唐突な質問に、彼女は目を丸くした。
「欲しいものでしてー?」
「うん。思い付くものがあれば言ってみてくれ」
改めて問われてみると芳乃は困り果てた。
無私無欲の権化のような子である。
長い髪を左右に揺らし、こっくりこっくり思索を巡らせて、やがて「ほー」と頭に電球を浮かべる。
「寮の雪隠(せっちん)のお電球が切れそうと、みくさんが仰っておりー」
「……いやそういうパブリックなものじゃなくて、個人的に欲しい奴は?」
ふむふむ、また頭を右に左に傾け、ぽんっと手を叩く。
「いつも買っているおせんべいのー、新しき味がしんはつばいとー」
「いやいやそういういつものでもなくて、なんていうか特別な……」
要領を得ない説明だとはわかっているが、本題をうまいこと避けるのにも限度がある。
芳乃の方もそろそろ訝しむ段に入った。こんな持って回った言い方をする俺が不思議なのだろう。
「そなたらしからぬ歯切れの悪さでしてー。何をお考えなのでしょー?」
言うべきかなぁこれ。
でも、誤魔化したって意味無いよな。
別にサプライズがしたいってんじゃなし。
「ほら、3日は芳乃の誕生日じゃないか。何かプレゼントを用意したいなって」
ほ。
と、芳乃は目をまんまるに見開いた。
ややあって、顔いっぱいでにこーーっと笑った。
「そなたが、わたくしの誕生日をお祝いしてくださるのでしてー?」
「もちろん。年一の大事な日だし」
「それはそれはー。それはそれはーーっ」
うふふうふふと含み笑い。すげえ嬉しそう。なんか照れるなこっちも。
「ま……まあそういうことだからさ。なんかあったら遠慮なく言ってくれな」
「いえー。考えはすれども、やはり何も思いつかずー」
それでもか。なんだか困ったな。
だけど芳乃的には別のアイディアがあって、ぱちん、と嬉しそうに両手を合わせた。
「なればその日はー、『でいと』に付き合って頂きたくー」
――7月3日 夕方
この日の為にバシッと定時で上がった。
ちひろさんのスケジュール調整もうまくいって、学校帰りの芳乃とそのまま事務所を出られた。
「そなたとの夜歩きは久方ぶりでしてー」
てこてこ歩を進めながら、芳乃は嬉しそうだった。
――あ、プロデューサー今日は上がり? お疲れ様★
――どこかにお出かけですか?
――うん、芳乃とデート。
――よしのちゃんとでーと!!?!?!?!?
美穂の声にまゆがガタッと立ち上がったり周子と紗枝がこんこん囃し立てたりみくがお茶噴いたり、
芳乃は終始にこにこしながら見守っていたり、事務所を出るまでにひと悶着あったのだがそれは割愛。
「ときにそなたー。わたくしの装いはいかがでしてー?」
「ん?」
視線を戻すと、芳乃はくるりとその場で一回転した。
トップスには爽やかなミントグリーンの肩あきブラウス。
それに小花柄のフレアスカートを合わせて、新品らしきリボン付きのフラットシューズを履いている。
「ほほう……」
「そなたのご意見をたまわりたくー」
「なんか、お人形さんみたい」
「むー。それは子供っぽいという意味でしてー?」
「いや、すごく似合ってるって意味だよ。うん、かわいい」
「ならばよいのですー」
芳乃は上機嫌にスカートをひらつかせた。かわいい。
制服のままでも別に良かったのだが、律儀にも一旦寮に帰っておめかしをしてきたらしい。
彼女は、このところよく洋服を着るようになった。
出会ったばかりの頃は着物を好んでいたのだが、色んなアイドル仲間の影響だろう。
今回の夏服は、あっさりめでガーリーな感じからするに周子と響子のチョイスかな。
「じゃ、行こうか」
「はいなー」
デートと言えばちょっと大げさな気もするが、要は散歩がてらの石ころ集めである。
芳乃は趣味でいい感じの石を集めている。
集めたものは寮の自室に綺麗に並べているらしい。
中でも本人曰く「とりわけ善きもの」があって、それはどこにあるかというと――
「今宵も、善きものに巡り会えるとよいのですがー」
言いながら、芳乃は胸元に大切そうに抱いているものの風呂敷を解いた。
するとツルツルの上等な漆箱が顔を出した。
特にお気に入りの石は、この箱に収めていつも持ち歩いているのだ。
「最近なんかいいのあったか?」
「これなどは、形も大層よくー」
「どれどれ……うわ丸っ! ほぼ真球じゃんこれ! すげえ!」
指でつまめるそれはビー玉のようで、しかし質感は確かに石だった。
山の川沿いの砂利から見つけたらしい。
「清流に磨かれし細石の中には、かように丸みを帯びるものも多いのですー」
「それにしても凄いな。よく見つけたよこんなの」
「探し物こそ、わたくしの最も得手とするところでありー」
ふふんと控えめに背を逸らす芳乃。珍しく自慢げだ。
「そなたにも、石ころ集めの良さが伝わりましてー?」
「そうだなぁ。子供の頃は俺もいい感じの石とか集めてたんだが」
「ほほー」
「今はあれこれ忙しくてなー。山にも川にも気楽に行けなくなっちまった」
結構、宝探しに近い感覚があるんだよな。子供なら誰しも一度は嗜むんじゃないだろうか。
カッコいい形のものがあったら友達に自慢したり、あげることもあった。
どのみち昔の話だ。
仕事優先とか世間体とか、なんかそういう大人っぽい言い訳ばかり先に出て、すっかり遠ざかってしまっていたけど。
などと話しながら二人、夕暮れの街をてろてろ歩く。
それにしても本当に日が長くなった。
午後六時でも当たり前に明るく、空に広がるうろこ雲を夕陽が赤く染めていた。
「それで、どこ行く?」
「ふむー」
歩道にはたと立ち止まり、彼女は空を見る。
「今宵は、なにやら催し物があるようでしてー」
と。
兆候に気付いた。
街路樹の葉が風とは逆向きにそよそよ揺れる。カラスが会話するように鳴き合う。
海でもないのに波音がして、特売チラシが風に乗り、かぎ尻尾の黒猫がにゃーと鳴いた。
あ、そうなのか。
「今日、夜市か」
神楽坂の途中から脇道に入り、連なる赤提灯を通り抜けると怪しげなミニシアターがある。
上映予定のポスターは貼られていない。もぎりの婆ちゃんに声をかけると通してくれて、
劇場を回り込む通路の先に非常口があり、緑の誘導灯の横には天狗のお面が飾られていた。
「この先に出会いがありまするー。感じるのでしてー」
「俺まだ慣れてないから、案内頼むな」
「おまかせあれー」
焼きとうもろこしの匂いがした。
扉を開ければすぐ外で、幅の広い参道がまっすぐに伸びている。
ここはもう神楽坂じゃなく、「どこか」で定期的に行われる「夜市」だ。
果ては見えない。巨大な鳥居が等間隔に立ち、ゆるやかな傾斜の参道を区切っている。
雲は無く、東の茜色の空に白い月がぽっかり浮かんでいた。
「とても賑やかなのでしてー」
芳乃は楽しそうに踏み出して、快い喧騒に身をゆだねた。
相変わらずたくさんの出店があって、あちこちから呼び込みが聞こえてくる。
「ねーねーそなたー」
「ん?」
「あちらから、かぐわしき香りが漂っておりますー」
指差す方に、イカ焼きの屋台。
そういえば晩飯を食っていないことを思い出す。
「はふっ、はむふぅ。ほふー」
アツアツのイカ焼きを二人して齧る。
口の中に醤油の香りとイカの旨味がじんわり染みて、つい口元が綻んだ。
七味をまぶしたマヨを付けると、まろやかな中にピリリと辛味が効いてまた美味い。
「こういうとこでの立ち食いってやたら美味いよな」
「然り然りー。はふほふー」
「あ、ほらほら口元ついてる。じっとしてな」
「ふんにゅ」
いつも大人びているのに、こういう時だけ幼いのがなにやら可笑しかった。
イカ焼きを平らげた後で、芳乃はまた別の屋台に目をつけた。
「そなたーそなたー」
今度は焼きそばか。
「ふー、ふー。ずぞぞー」
「うまいか?」
「おいひいのでひてー」
お次は牛串。
「あぐあぐ」
「でかいなこの肉。うまいうまい」
「生臭物とは申せー、この味には逆らいがたくー」
お次はツイスターポテト。
「さくさくー」
「加蓮が見たら黙ってないだろうな」
「次はみなで参りましょー」
お次はたい焼き。
「はむはむー」
「いや……ていうか」
お次は綿あめ。
「ふわふわー」
「なんか、あれだな」
お次はソースせんべい。
「ぽりぽりー」
「……だいぶ食うな!? そんな腹減ってた!?」
「育ちざかりゆえにー」
「そっかー」
「わたくしとて、まだ大きくなりましょー」
「そうかなぁ」
「むーっ」
あいたた、つねるなつねるな。
ともかく、腹いっぱい食べて芳乃はご機嫌だった。
色とりどりの出店を見比べるに合わせて、結った髪が尾のように揺れた。
「――あれぇ、クロさん? 珍しいねっ」
ふと、声をかけられる。
振り返ると、ひまわり色のアシメショートの女性が人懐っこい笑みを浮かべていた。
彼女が広げるピクニックシートには、色とりどりの花々。
手作りの値札やフラワーリースが周囲を彩って、だけど一番輝かしいのは店主の笑顔そのものだ。
「ああ、花屋さん久しぶり。イェーイ」
「いぇーいっ♪」
ぱちんとハイタッチなどしてみる。
「また何か探し物? カナリヤさんは一緒じゃないの?」
「ああ、かえ……カナリヤさんのこととは別件。ちょっと寄っただけなんだ」
そういえばあの人、ここじゃそう呼ばれてたな。
夜市では、店側も客側もみんなあだ名を使うしきたりがある。
表社会の立場や仕事は置いといて、誰もが平等に楽しめるようにとの計らいらしい。
だから花屋さんは花屋さんであって、ここではそれ以上でも以下でもない。
ちなみにクロさんというのは俺のあだ名で、名付け親はまさに目の前の彼女。
由来はといえば「着ているスーツが黒いから」というごくごくシンプルなものである。そんなもんだあだ名なんて。
「どれどれ……あっ、クロさんまた違う女の子連れてるっ! そういうの良くないと思うなっ」
「いやあの子も担当アイドルだからね?」
「ほー。お花屋さんなのでしてー?」
「うん。はじめましてっ」
「これはこれはご丁寧にー。うちの者がお世話になっておりまするー」
ぺこりぺこりと頭を下げ合う。保護者か。
「えっと、なんて呼べばいいのかなっ」
「ああ、そうだなぁ。ええと――」
見ると、芳乃は自分の長い髪を結うリボンに指先で触れた。
「りぼん、とお呼びくださいませー」
「うん、よろしくリボンちゃんっ! そうだ、せっかくだから見ていって!」
彼女の扱う花は不思議なものが多い。
一度凛も連れてきてみたいと思っているのだが、惜しいことにタイミングが合わなかった。
「そういえば、うえきちゃんは元気?」
「元気元気。花粉飛ばしたり増えたりするしもはや俺よりでかい」
つーかあれ植木鉢ごと成長するのな。買ったときは手乗りサイズだったのに。
「これはー……仙人掌なのでしてー?」
「そうだよっ。大事に育ててあげたら綺麗なお花が咲くんだ!」
「こっちにあるのは?」
「それはね、トリフィドの種。危ないから扱いには気を付けてねっ」
よくわからんが手を出すのはやめておこう。
「ふっふっふ……今日はね、ちょうど新しい子が来てるんだ」
「新しい子?」
「とはー?」
花屋さんは自信ありげにあるものを取り出した。
土からぴょこっと芽の出た、かわいらしい植木だ。
「じゃーん! ひまわり星人っ!」
「ほほーなるほどひまわりの……星人? 人っつった今?」
「ひまわり星人はひまわり星人だよ?」
そういうもんか。そういうもんだろうな。
「どうかなクロさん? うえきちゃんもお友達が欲しいと思うの」
「そう? あいつ割と『孤高』って感じだけど」
「そんなことないよっ。サビシイヨー、トモダチガホシイヨーって絶対言ってる! ねっ?」
「んー……でも事務所に置くスペースがなぁ」
「50円だよっ」
やっす。買うわ。
〇
花屋さんと別れ、人と風の流れに乗る。
歩いていると、芳乃が「むー?」と何かに気付いた。
「どうした?」
「そなた、あちらをー」
「ほぇえぇえ……っ」
小柄な女の子が一人で途方に暮れていた。
メイドというかウェイトレスというか、とにかくそういう可愛らしい制服には見覚えがあった。
「あれは確か、お菓子屋の……」
「もしー、そこの方ー」
「はいい!? どっ、どちら様でしょうかぁ……!?」
「落ち着きなされませー。何かお困りなのでしてー?」
「えーっと、確かりすさんだったよね」
店員さんは自らが名乗る通り、りすみたいに縮こまって怯えていた。
それを二人してなだめ、話を聞いてみるに曰く――
「迷子?」
「は、はぃ……。買い出しを頼まれたんですけど……道がわからなくなって……」
無理もない。夜市の道は普通の道とは違う。
どうも空間が歪んでいるのか、元来た道が全く違う場所だったり、曲がった先が同じ通りだったり、
まっすぐ歩いたのに同じ鳥居をくぐるなどよくわからんことになっている。
当たり前の歩き方で目的地に辿り着くのは至難の業で、慣れていないうちに一人で歩くのは自殺行為に等しい。
俺だって芳乃がいないとこの子みたいになるだろう。
「同じお店の人と一緒だったんですけど……はぐれてしまい……」
なるほど、この人通りならそうもなるか。
「ではー、わたくしが人探しをお手伝いいたしましょうー」
「え……い、いいんですか……?」
「困ったときはお互い様でしてー。そなたー、よろしいでしょうー?」
親指をぐっと立てると、芳乃は嬉しそうに頷き返した。
「こちらでしてー」
人波をかいくぐり、芳乃は適当な場所で往来を離れた。
参道脇の小さな広場には、足を休める人々が思い思いの時間を過ごしている。
「この辺りがよいでしょうー」
「ん? ここにいるのか?」
「近くにおられますが、この人波はいかんともしがたくー。無理に追うと流されてしまいましてー」
「た、確かに……ついていくだけで精一杯でした……」
場所そのものは把握しているようだが、こっちが知っていようが確かに追うのは骨だ。
「あちらもそなたを探しておられますー。されば、居場所をご友人に知らしめるのが得策とー」
「だけど、どうやって?」
「お……大声を出すとかは……その、苦手なのでぇ……」
芳乃はこともなげに俺が持っているものを指差した。
「その子が役に立ちまするー」
ひまわり星人である。
ついでに貰った肥料(薄めて使ってねっ、とは花屋さんの談)と併せて、これが使えるという。
「そこに起きましてー」
「ほいほい」
「おぉお……?」
「肥料をどばっとー」
「いいのかな原液で」
「な、なにをぉ……?」
「お水をとくとく注がれませー」
「えーと水道水道……あった。とくとくーっと」
むくっ。
「ふぇ」
むくむくむくむくっ。
「ふぇえええぇえぇ……っ!!?」
えらいことが起こった。
見る間に芽が伸び、あっという間に花をつけ、一輪のひまわりへと成長を遂げたのだ。
しかもそのでかさが尋常じゃなかった。
ビル三階くらいはあった。
りすさんはその先端に引っかかり、たちまちのうちに天高く導かれていってしまう。
「……うわーでっけぇ」
「急成長でしてー」
しかもひまわり星人ときたらノリノリだった。夜市のお囃子に合わせてぐねんぐねん踊り出したのだ。
ああいうおもちゃ昔あったよな。
八畳敷きはあろうかという大輪の花の上で、りすさんがぽいんぽいん跳ね回っていた。
「いいなぁ」
「さぞや絶景でしょうー」
「お、お、下ろしてほしいんですけどぉお~~~~っ!!」
「――りすちゃん!」
と、同じ服を着た女の子が一人、向こうからぽてぽて走ってきた。
汗をかいていて、相方を探してあちこち走り回っていたことがよくわかる。
「鎮まりたまえー」
と芳乃が声をかけて植木鉢を叩くと、ひまわり星人はしゅるしゅると元の芽にまで戻ってしまった。
踊るだけ踊ってどこかしら満足げだった。
「あぅあぅあぅ……ま、マカロンさん~……」
「良かったぁ、やっと見つけたよ~」
ふらふらのりすさんが、ふかふかのマカロンさんにぽふっと抱き留められる。柔らかそうである。羨ましい。
「無事合流できたようで、何よりなのでしてー」
「あ……えっとお二人は……?」
「通りすがりの参拝客でしてー」
「いやー無事見つかって良かったわ」
事の経緯を説明すると、マカロンさんは安堵の笑みを見せた。
「そうだったんですかぁ。ありがとうございます、助かっちゃいましたっ」
「あ、ありがとう、ございます……」
何かお礼をさせて欲しいとマカロンさんは言うが、見返りが欲しかったわけじゃない。
それに成り行きで勝手にやったことだから、気を遣わせるのも申し訳ない。
だけど彼女は意外と頑固で、どうしてもお返しをさせて欲しいと、手持ちのバスケットの中身を取り出した。
「これ、夏の新作のレモンタルトなんです。よかったら食べてみてくださいっ」
二人、手を振りながら去っていく。
あそこのお菓子屋にはあまり行かないが、確か店長がやたら脱ぐとか脱がないとかいう噂が……。
「そなたー?」
「アップルパイさん……だったかな。一体どんなご立派な……ゴクリ」
「ねーねーそなたーねーそなたー、そなそなそなたーそなたーねー」
「やたらリズミカル!」
めちゃくちゃ袖を引っ張られたので、とりあえず行くことにした。
〇
と、向こうで誰かが困っている。
そこは出店というよりバザー形式の小さな店で、テントの下はまるで図書館だった。
古今東西あらゆる本が積み上げられ、上から下までぎっちりの書棚は城壁のようだ。
ぎゅっと圧縮された本の要塞で、店番の子があたふたしていた。
長い黒髪で目元の隠れた、いかにもビブリオマニアって感じの子だ。
「古本屋さん!」
「あ……」
声をかけると、古本屋さんがゆっくり振り返る。
古本屋さん――というのは正確には彼女自身のあだ名ではない。
「クロさん……ご無沙汰しています」
「久しぶり。今日は叔父さんは?」
「渡仏……しています。モントルイユの蚤の市に用がある、と……。暫く帰らないので、私が代理に……」
本来の店主がいない時に、姪の彼女が店を開く。なので言うなれば古本屋代理さんだ。
もともと筋金入りのインドア派だが、インスピレーションが刺激されるとのことで夜市は好きらしい。
「そちらの方は……?」
「ああ。うちの担当アイドルで、えーっとリボンちゃん」
「りぼんちゃんなのですー」
「そうですか……お人形のようで、とても可愛らしいと思います……」
「ありがとうございますー。そなたこそ、蒼玉の如く美しき瞳なのでしてー」
「ぁ……目は、その、隠れてしまっていて……お恥ずかしいです……」
前髪上げればいいのにな。せっかく綺麗な目なんだから。
じゃなくて。
「なあ、さっき何か困ってる風じゃなかった? なんかあったの?」
「…………あ」
今思い出した、という顔をした。
「おなかがすいた、と不満を訴えられてしまい……」
「誰が?」
「この子達です……」
「この子達って……誰もいなくないか?」
「ですから、ここの……この子達です」
「本しか無いじゃん」
「ええ……その本が」
「本がおなかすいたって?」
「そうなのです……困ってしまって……」
古本屋さんは本気だった。
「このままでは、集団ストライキを刊行……もとい、敢行されてしまいます」
「ふむー。なるほど確かに、飢えておられるご様子ー」
芳乃のお墨付き出ちゃった。
まあ、そう言うならそうなんだろう。なにせここは夜市だ。
「ひとっ走りして何か買ってこようか?」
「そうして頂けると、助かります……。少し待って下さい、お金を…………あ」
間に合わなかったようである。
とうとうストライキが始まってしまった。
本棚からするっとこぼれた本が、落ちるかと思えば、そのまま飛んだ。
続けて何冊も飛び立って、いきおい古本屋の周囲は空飛ぶ本に埋め尽くされた。
表紙と裏表紙でぱたぱた、ぱたぱた。黴臭い棚の守りなんぞやってられるかと言わんばかり。
夢野久作や内田百閒や海野十三やラヴクラフトの全集が飛び回る様は、めまいがするほどシュールだった。
「あああ……行かれては困ります……」
慌てる古本屋さん、奥から虫取り網(常備してるのかよ)を引っ張り出して捕獲せんとす。
だがやはり多勢に無勢、一冊捕らえたところで本の群れをどうにもしようがない。
「ふきゅ」
「おっと」
足をもつれさせた彼女を受け止める。
……うーん、どうしたらいいかさっぱりわからん。
食べ物の出店はここから少し距離がある。ダッシュして買いに行ったとして、戻る頃にはどうなっているか……。
何か手元に都合よくおいしいものがあればいいのだが……。
「そなたー」
と、芳乃が手に提げていた紙袋を掲げる。
「この洋菓子を捧げてはいかがでしょー」
マカロンさんのレモンタルトだ。
軽くつまんで凄くおいしかったのだが、直径がLサイズピザくらいあるので残りは帰ってみんなと分けようと話していた。
「よ……よろしいのですか?」
「困った時はお互い様なのですー」
まさか本にお裾分けするとは思わなかったが、やむをえまい。
芳乃が箱を開くと甘い香りがふわっと漂って、空中の本が一斉に反応した。
ばさばさばさばさばさばさ。
がぶがぶがぶがぶがぶがぶがぶがぶがぶがぶ。
「……めっちゃ食っとる……」
ヒッチコックの「鳥」みたいな光景だと思った。ただし全部本だ。
「とてもおいしそうに食べておられますー」
でっかいタルトがクッキー生地の一片も残さず食い尽くされ、本はやっと自ら棚に戻っていった。
「……ありがとうございます……。皆、甘いものが好きなので……とても満足しています」
「本ってそうなの?」
「糖分は脳にとって重要な栄養源であり、あらゆる知識活動に必要不可欠なもの……。
よって、知識の源泉である本にとってもまた、欠かすことのできないものなのです……」
そういうもんか。
そういうもんだな。
「私も、世に言うスイーツというものを、嗜んでいますから……」
「古本屋さんも好きなのか」
「はい……。読書の前に、ブドウ糖のタブレットを口にしています」
それスイーツって言わない気がする。
〇
お礼にオススメの本を貰い受けてしまった。
夜市を出るとただの本に戻るそうだが……。
「そなたー、こちらでしてー」
「はいよー。次は何だろうな」
夜市巡りは続く。
芳乃のあとをついて、あちらへ、こちらへ。
空は完全に夜になって、異界めいた綺麗な月がきらきら輝いていた。
地上は色とりどりの灯りに彩られていて、目も眩むようだ。
どこかからビールと焼き鳥の匂いがする。あちこちで子供が笑っている。
高いところから見れば、参道はまるで鮮やかな光の川に思えることだろう。
「なんか、人助けに来たみたいな感じになってるなぁ」
「情けは人の為ならずと申しますー。これもまた、趣のある道行きとー」
にしても人が多い。まっすぐ歩くだけでも一苦労って感じだ。
二つ向こうの鳥居の辺りに広場があって、そこでちょっとしたコンサートみたいのをやってるらしい。
……夜市のコンサートか。今夜の歌い手は誰なんだろうな。
少し気になってそちらに向かってみる。
近付くにつれ聞こえてくる歌声はとても透き通っていて、往来の喧騒とはまったく別次元の響きを放っていた。
結局、人が多すぎてチラッとしか見ることができなかったが、綺麗な金髪の子だったなぁ。
「いやぁ、いい歌だった。逸材ってのはいるもんだなぁ、芳乃……芳乃?」
あ、やべっ。
はぐれちまった。
速足で歩きすぎたか?
自慢じゃないが俺は凡人だ。夜市を一人で歩くには未熟もいいところだ。
「芳乃? 芳乃ーっ」
呼びかけながら人波を逆行する。光と人々の顔が入れ代わり立ち代わり視界を横切る。
同じところをぐるぐる回っている気がする。
なんか、りすさんの気持ちがわかってきた。
地面すらよく見えない雑踏は不思議な無重力感をもたらして、一人でいると浮かび上がりそうになったが、
「そなた」
後ろから伸びた手が、俺の服の裾をきゅっとつまんでいた。
「心配したのでしてー」
「すまん、注意が足りなかった」
「あまり急ぎすぎてはいけませぬー。わたくしの傍を離れぬようー」
なんだか叱られる子供のような気分だ。
「なれば、手をー」
「ん?」
「手を繋ぎませー」
「いやいや、ちょっとそれは恥ずかしいぞ。大の大人がそんな……」
「迷子のそなたは、童(わらし)と変わりませぬー」
うう、ぐうの音も出ない。
完全にこっちの負けだ。観念して掌を差し出すと、芳乃は小さく柔らかい手で握ってくれた。
手を引かれると、自然と足が前に出る。
「うふふ」
人の間を迷いなく進みながら、芳乃は楽しそうだった。
その足取りが頼もしくて、これはもう身を任せざるをえないなと思う。
不思議な夜市にあっては、俺などきっと子供も同然なのだ。
前を芳乃が歩いている。
首の後ろで結った髪が、夜風にふんわり揺れている。
鈴なりの提灯が光る。誰かが持ったビニール袋の中で金魚が揺れている。
「…………」
何だろう。
何か。
いつか歩いた夏の祭り。
燃え立つ暑気と涼やかな夜空。
ラムネの味と蟻の行列。
今よりずっと低かった視点。
包み込む手。
見上げる頭の遥か先に星。
赤や青の鬼火が灯す火光の隧道(すいどう)。
ただ一つ、振り向いてはいけないという言いつけ。
「芳乃」
「俺達、どこかで会ったっけ?」
芳乃はただ、不思議そうな顔をして。
「毎日顔を合わせておりますがー」
「? いや、そういう意味じゃ……ん? じゃあどういう意味だ?」
「何かあったのでしてー?」
「ああ……いや、うん、忘れてくれ。気のせいだと思う」
肩越しにこちらを見て、芳乃はくすくす笑う。
「おかしなそなたなのですー」
今夜はちょっとヘンだな。浮かれてるのかもしれない。
そうこうしているうちに参道を外れて、俺達は古い石階段を下っていた。
「こちらでしてー」
「何かあるのか?」
「この下に、善き石があるものとー」
〇
下りる下りる。長い長い階段。
空が遠くなる。喧騒を置き去りにしていく。
どこかで虫が鳴いている。
なっがい石段をひたすら下って、やがて周囲に闇しか無くなる頃。
二人の靴底が、濡れた砂利を踏んだ。
「あ……」
目の前に、大きな川が流れている。
まるで宇宙の狭間に立っているようだった。
空では月が煌々と輝いて、川水と無数の石を照らしている。
まるでそれが地上に落ちた星々のようで、見上げれば上には本物の銀河があった。
川幅がかなり広いのか、いくら目を凝らしても向こう岸は見えない。
ひょっとしたら湖なんじゃないかと思ったが、水にはちゃんと流れがあった。
「こんなとこがあったのか……」
「力を感じますー。確か、ここにー……」
と、芳乃はある場所でしゃがみ込み、一つの石をひょいっと拾い上げた。
そして、今日一嬉しそうな顔を見せた。
「見つけましてー」
指先ほどの小さな丸石は、ほんのり月の色に光っていた。
「きっと出会いがあるものと思っておりましたー」
「綺麗な石だなぁ」
白くてつるつるテカテカで、覗き込めば顔が映りそうだ。
芳乃はその石を指先で撫でて、例の漆箱を開いた。
と、不思議なことが起こった。
中から石の一つ一つが浮き上がり、宙を漂いだしたのだ。
月光を受けて輝く星々は、中空に小さな星雲を作る。
色や形は様々だった。丸いやつ、三角のやつ、猫の目みたいなやつ、鏃(やじり)みたいなやつ。
芳乃の手にある新しい石がふわっと浮いて、その群れに合流した。
「おぉおぉ…………」
「みなも喜んでおりますー。ここへ来て良かったのでしてー」
ぶっちゃけもうちょっとやそっとのことじゃ驚かないつもりである。
が、いざこういのを見せられるとやっぱり圧倒されるものがあった。
芳乃がちょいちょい手招きすると、石はゆっくり箱に戻っていった。
「おん?」
そのうち一つに目がいって、思わず間抜けな声が出た。
「いかがされましたかー?」
「なんか一つ……この石だけ、なんていうかアレだな」
小さくて綺麗な石たちの中で、一つだけ妙にうすらでかくて武骨な形の石があった。
言っちゃなんだが芳乃の趣味っぽくない。
そんなに貴重とも思えず、「ちょっと形が珍しい」だけでその辺に幾らでもあるようなものに見えた。
「そうでしてー?」
「ちょっと異質だよなって。いや、気を悪くしたらすまないんだが」
「そのようなことはー。わたくしは、この子もとても気に入っておりますー」
箱にかたりと戻った石を、芳乃は愛おしげに撫でた。
「なにやら剣のようでいて、格好よろしいのでしてー」
「何故にそれだけ小学生男子のセンス……」
蓋が閉じる。
ひとりでに風呂敷が巻かれ、新入りも交えた漆箱は沈黙した。
「満足なのですー。とても有意義な夜歩きなのでしてー」
「そっか、よかった。じゃあそろそろ……」
「はいー、帰りましょうー」
芳乃は川に向き直り、深々と頭を下げた。
「まこと、有り難うございまする」
対岸には桜の木があった。
のけぞるほどに立派な彼岸桜の大樹だ。
さっきまで何も見えなかったのに、川向こうには小高い丘があった。
月でも太陽でもない光に照らされるその光景は神秘的だった。
「――ゆきましょうか、そなた」
〇
「あ――」
と、道中で芳乃がよろけた。
「どうした!?」
慌てて駆け寄ると、彼女は右足を気にしていた。
靴を脱がせてみると、踵のあたりが赤くなってしまっている。
そうか、しまったな。この靴は今日のための下ろしたてのようだ。
もともとこのタイプの履き物に慣れていないのに加えて、夜市を随分歩いたからな。
軽い靴擦れを起こすのも当然だ。
「お気になさらずー。なんのこれしきでしてー」
「無理すると酷くなるぞ。ほら」
芳乃に背中を見せてしゃがみ込む。
ほ、と目を丸くする彼女を促す。
「おぶっていくよ。気にするな、軽いもんだ」
「おほー。高いのでしてー」
「こらこら、足ぱたぱたすると落ちちゃうぞ」
「うふふー、それゆけー」
背中ではしゃぐ芳乃と一緒に、長い石階段を上っていく。
本当にびっくりするほど軽い。
さっきあれだけ食ったのはどこに行ったのだろう。神秘だな。
普段運動不足気味だし、これくらいは運動だと思うことにしよう。
見上げる石段の向こうに、夜市の光が見えてきた。
あれを見ていると懐かしい気持ちになる。
「今日、楽しかったか?」
「それはもうー。帰るのが名残惜しいほどでー」
「そうか。改めて、誕生日おめでとう」
「ありがとうございますー」
芳乃はくすぐったそうに照れ笑い。
ぽかぽかした体温を感じながら、言おう言おうと思っていたことを口にする。
「……こっちこそ、ありがとうな」
「はてー?」
「芳乃にはいつも世話になってるから。みんなそうだけど、芳乃は特にさ。色々あったりするといつも凄く助けられてる」
背中から、優しい気配。
「お礼などー。みなみなが健やかであれば、わたくしはそれでー」
「それでもだよ。こういうのはちゃんと言葉にしておかないとと思って」
それにしたって誕生日という機会にかこつけてだから、大人のくせに情けない話だ。
日頃もっと感謝を伝えていかなくちゃなと思う。
子供の頃は、タイミングとかもののついでとか、そういうのを抜きに色々言えた気がするんだが。
「なれば、わたくしの方こそー。生まれてくださり、ありがとうございますー」
「いきなりスケールがでかくなったな」
「生きてここにいるだけで、全ての人は尊いのでしてー。なればこそ毎日を大切にー」
「ははは、肝に銘じるよ」
「健康に気を付けなされませー。食事と睡眠を十分に摂りー」
「わかったわかった」
「すたどりに頼りすぎることなくー」
「アッハイわかりました気を付けます」
歩く、歩く。上る上る。
やがて祭りの熱気を肌に感じるようになった頃、背中はすっかり静かになっていた。
「くー……くー……」
寝ちまったか。
「……なたー……そなたー……」
寝言らしい。
聞くともなしに聞きながら、光の差す方を目指す。
「……すえながくー……」
「……かならずや…………みつけますゆえー…………」
見つける……か。
本当に凄い子だといつも思う。
芳乃は失せ物探しが得意だ。
いつでも何でもすぐに見つけて、困ったみんなを助けてくれる。
そのくせ恩着せがましさは欠片もなくて、まるでそれが当然のことであるかのように導いてくれるのだ。
けど、もし……。
もし、彼女自身が迷うことがあったら。
ある時ふっとみんなの前から芳乃が消えて、どこへ行ったかわからなくなってしまうことがあれば……。
この子のことは、一体誰が見つけられるというのだろう。
そんなことを、思った。
◆◆◆◆
寂しがり屋は、誰(た)ぞ。
手を叩き場所を知らせましょう。
寂しがり屋は、何処(いずこ)ぞ。
胸に抱きて温めましょう。
七つまでは神の子と申します。
かつて幼き者達を連れてゆくのは、陰に潜む魔ではなく、抗えぬ天命でした。
故にこそ七つを過ぎた者は、健やかなる人の子として現世(うつしよ)を生きるとされます。
今よりも闇が濃く、幽冥の近かりし頃、人々は命をそのように捉えておりました。
なれど、今にもそれは通じましょう。
全ての子に幼き日があり、小さき歩みを懸命に進めてこそ今があるのですから。
一つ一つの歩みは縁となり、出会い別れ、巡り巡りて大いなる流れを作ります。
それは数多ある川が流れ、やがて大海へと辿り着くことに似ております。
縁の流れは、それ自体が天与と呼ぶべきもの。
乱してはならぬ定めです。
神々の遊ぶ祀りの夜道。
凍り付く幽気と焼け落ちし空。
口を濡らす汗と蝉の死骸。
揺れて滲む視界。
小さく熱き命のかたち。
目を凝らせども出口は見えず。
探し探し、辿り辿り、迷光に一筋の糸を求め。
立ち止まらなんだのは、ひとえに畏れゆえ。
たとえ永い夜の夢だとて、まだ醒める勿(なか)れと願いながら。
〇
蝉時雨の降り注ぐ光の中、小さき手は石を持っておりました。
それはきっと、迷子が持てる無二の宝物でありましたでしょう。
――ありがとう。
――お礼に、これあげる。剣みたいでかっこいいだろ。
そう、お礼などよいのです。
わたくしはいつも、この胸に抱いておりますよ。
◆◆◆◆
―― 翌朝
あの後家に帰ってシャワーを浴びたら心地よい眠気がドッと来て、日付が変わる前にすこーんっと寝入った。
そのまま一度も目覚めぬまま熟睡し、日の出と共に起床した。
ものすごくスッキリしている。
これほどよく寝たのはどれくらいぶりだろうか。
なにやら体が軽いので、出社ついでに散歩してみることにした。
始発に乗って最寄り駅へ。いつもの最短ルートを外し、遠回りな道を選ぶ。
朝の空気は涼しくて気持ちが良かった。梅雨明けの晴天は目に焼き付くほど鮮やかに青い。
えーと、確かこの角を曲がって……。
日は上ってるから、きっと……。
いた。
もんぺ姿の芳乃は、星柄のパーティー帽と「あんたが主役」と書かれたタスキを付けていた。
あの後寮で誕生パーティーを開いて貰ったらしく、その名残のようだ。
上機嫌で鼻歌を歌いながら、彼女は寮の玄関先で掃き掃除をしていた。これが芳乃の日課だった。
「おーい」
ぱっと顔を上げ、芳乃は目を丸くした。
「そなた?」
「おはよう。精が出るな」
最初こそびっくりしていたが、芳乃は俺の姿を認めてふわっと相好を崩した。
「おはようございますー。お散歩なのでしてー?」
「うん。珍しく早起きできたから、軽く回ってみようと思って」
「それはよきことですー。感心感心ー」
頭なでなでされた。ラジオ体操に行く子供か俺は。
「……それに、芳乃がいるかもって思ってな。俺の見立ても捨てたもんじゃなさそうだ」
「わたくしはいつもここにおりますよー」
まったくだ。
とはいえ変な話なのだが、目論見通りに向かって見つけられたことが嬉しかった。
「時にそなたは、朝餉はお食べになりましてー?」
「ん? ああ、まだ。途中のコンビニでなんか買っとこうと思って」
芳乃はぽんと両手を叩いた。
「ならば、ご一緒にいかがでしょうー。みなも、じき起床される頃でありー」
「いやあ、それは悪いよ。みんな気を遣っちゃうだろ」
「そのようなことはー。そなたー、是非にー。みな喜ばれますゆえー。ねーねー。ねーねー」
い、意外と押しが強い……。
うーん。そこまで言われちゃ、断るわけにもいかないか。
「じゃ、ご馳走になろうかな」
芳乃は心から嬉しそうに微笑んだ。
片手に箒、片手に手を握り、玄関まで俺を導く。
眠っていた街が起きてゆく。
風が暑気を連れてきて、蝉が鳴き始める。
空にはくっきりとした積乱雲が出来上がり、日差しを受けて光っていた。
これから暑くなるぞ――と若干しんどい気分になりながら、楽しみに思う気持ちもあった。
今年も夏が来る。
~おしまい~
おしまいです。
フェス限は実弾使用のもと無事確保致しました。
今年に入ってからちひろさんに急所ばかり刺されています。
お付き合いありがとうございました。依頼出してきます。
よしのんお誕生日おめでとう。
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