モバマスより小日向美穂(たぬき)などのSSです。
独自解釈、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。
地の文、台本形式両方で進行します。
前作です↓
鷹富士茄子「神様風邪を引きまして」
鷹富士茄子「神様風邪を引きまして」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1516519841/)
最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1517926569
問:
バレンタイン、どうする?
――気楽な人の場合
「あー、そういえばそろそろだねー。あたしもお相伴に預かれるかなぁ。
え? いやいや別にあたしだって和菓子専門じゃないよ。甘味に貴賤無しって言うやん? 言わない?」
――気楽な狐の場合
「うち、そういうんには疎うてなぁ。家を出てから初めてのばれんたいんやさかい、ちょっと楽しみなんどす~」
――ゆるふわな人の場合
「そうですねぇ、私も何か用意しなくちゃっ。お世話になってる人達や、もちろんお友達のみんなにも!」
――その日が誕生日な人の場合
「なになにーフレちゃんのお誕生日会のハナシー? 誕生日プレゼントは365日24時間受付中だよ~♪」
――その日が誕生日な人の友達の人の場合
「にゃはは、観測しがいのあるイベントだねぇ。ん~あたしが見たとこホンキなのはひとりーふたりー……」
――ちょっとギリギリな悪魔の場合
「う~……チョコでしょ? アタシお菓子作りの方はまだちょっと――なんて言ってらんないか。うんっ、まあ見ててよ★」
――だいぶギリギリな狸の場合
「ば、バレンタイン……何か……て、手作りで? でも私お菓子なんてっ、ああお仕事もあるし、ううぅどうしよう~……っ!」
――2月某日 事務所
楓「――だそうですよ、プロデューサー」
P「どうして俺にそれを言うんですか、楓さん」
楓「あら、気になるかと思って」
P「いやいや、バレンタインにそわそわするなんて学生までのことでしょ」
P「こっちはいい歳なんだし、当日にだって仕事はあるわけだから」
楓「うちには可愛い子がたくさんいますもの。プロデューサーもチョコをたくさん貰えるんじゃありませんか?」
P「わはは、まさか。身の程くらいわきまえてますよ」
P「チョコっと義理チョコでも貰えるだけで御の字ですって」
楓「……」
P「……」
楓「いまいちですね」
P「高垣師範……!」
楓「そうだ、今夜久しぶりに一杯いかがですか?」
P「また急だな。無理です」
楓「あら即答……」
P「今日はちょっと遅くなりそうですから。昔みたいにパパッと済ませて~ってわけにはいきませんよ、流石に」
楓「けれど私、最近出した新譜のご褒美、まだ頂いていませんが……」
P「う」
楓「ああ、寂しいわ。せっかくナイスなお店を見つけたのに、プロデューサーは行く気ないっす……」
P「ぬ、むむ」
楓「ねぇ、本当にいけませんか、プロデューサー……?」
P「…………」
楓「……ね、Pさん?」
P「はぁ……もう」
P「一軒だけですからね。ハシゴは無し。軽く引っかけてすぐ開くなら付き合います」
楓「ふふふ、はーい♪」
―― 談話室
「うぅ~~~~~ん…………」
と、電子レンジみたいな唸り声をあげる私は小日向美穂。
目の前のテーブルには、二種類の書類が広げられていました。
一方はこれからするお仕事の資料。もう一方は――
「バレンタインフェア?」
「わあっ! あ、藍子ちゃん、いつの間に?」
「あ、びっくりさせちゃってごめんなさい。美穂ちゃん、何かすごく集中してるみたいだったから……」
私としたことが、入ってくる藍子ちゃんに気付きさえしなかったなんて。
それくらい集中……っていうか、うんうん悩んじゃってたんだなぁ……。
「美穂ちゃんがそういうお顔するの、なんだか珍しいですね。私で良かったらお話を聞きましょうか?」
ぽふっとソファの隣に腰掛ける藍子ちゃん。
彼女は私よりちょっと先輩で、時折こうして悩みを聞いてもらっちゃうこともあるんです。
私の悩みというのは、まさにバレンタインデーに関わることなのでした。
「CMのお仕事、ですか」
「うん。あのね、〇〇っていうお菓子屋さんがバレンタインに合わせてキャンペーンをするの」
正確にはCMだけじゃなくて、もっと大きくキャンペーンそのもののプロモーションって括りなんですけど。
そのテーマっていうのが、「ちょっぴり大人なビタースウィーツ」。
セットや衣装もとてもしっかりしたもので、独特な世界観を演出するものなのです。
「私が着るのは、こんな感じの衣装で……」
「どれどれ……。わっ、すてき! シックな感じで、とってもかっこいいです」
燕尾服って言うんでしょうか。
そういうのをベースにしたマニッシュな衣装で、小さなシルクハットにステッキを備えたパンツスタイル。
これまでの私は、ほとんど着たことが無いようなイメージです。
「そうなの。これを着た私が、キャンペーンのイメージキャラクターになってて……」
設定はこう。
私は、お菓子の館の謎めいた女主人。
夢かうつつか、迷い込んだ旅人をもてなし、甘くもほろ苦い幻想の世界へ招待する――といったもので。
ふんふん、ふむふむと、藍子ちゃんは私の説明を聞きながら興味深げに資料を見ていました。
「なるほど。ちょっとファンタジーな感じなんですね。なんだか、いつかご一緒したお仕事を思い出しますね♪」
そうそう、ハロウィンに合わせた二人の魔女ってイメージで。
確かにそれと似通っているかも。
だけど違うのは、私が演じる役どころで……。
「それが、不安なんですか?」
「うん……うまくできるかなぁって。私こういう大人っぽくてかっこいい役、したことなかったから」
もちろん、だからといって出来ないなんて言うつもりはありません。
私が演技のお仕事にも興味があることを、プロデューサーさんが汲んでくれたんだと思います。
つまり、これは私の役者としての試金石ですっ。
…………っていっても、初めてのことだからちょっと不安になります。
化け狸は変化が得意といったって、ちゃんとした演技は別なんです。ほんとですよ!
それに、これだけなら私はこんなに悩んだりしませんでした。
もう一つ、乗り越えるべき問題はあるのです。しかも、まったく同じ時期に……!
「こっちの方は……チラシや雑誌ですね。バレンタインデーの特別セールとか、男の人が喜ぶプレゼント特集とか……」
「う、うん」
そうなのです。
バレンタインデーが近いのです。
……もうすぐなのです! 気が付けば!
「プロデューサーさんですか?」
「はうっっ」
なんですぐわかったの!?
「うふふっ、お顔を見たらすぐわかります♪」
藍子ちゃんはいつも通りの笑顔。私は観念するしかありません。
「んぅ……その。い、いつもお世話になってるから。えと、何かお返しできないかなって……」
「手作りで、何かお渡しするんですよね?」
「…………ぅん」
藍子ちゃんはにこにこ顔。全部見透かされてるみたい。
「けど私、お菓子って作ったことがなくて……っていうか、お料理もまだ全然だし」
「そうですねぇ。お菓子とお料理っていうのも、ちょっと違うし……」
「うん。響子ちゃんや美嘉ちゃんも、そっちはあんまり詳しくないみたい」
けど、私はやっぱり私の手で何かを作りたい。
日頃の感謝や……その、いろんな想いを込めて、プロデューサーさんにプレゼントをお渡ししたくて。
でも上手くできるか不安で。
役の方も同じくらい不安で。
もちろん精一杯がんばるつもりではいるけど、どっちもおろそかにはできないから。
そういう二重の心配事がよりにもよって同時期に襲い掛かって来て、正直いっぱいいっぱいだったりします。
「なるほど……」
藍子ちゃんは私の言葉一つ一つを律儀に頷きながら聞いていました。
と、何かを思い立って両手を合わせます。
「そうだっ。『夜市』に行きませんか?」
「よ、よいち?」
「はいっ。ちょうど、今夜久しぶりにやるみたいなんです♪」
夜市……夜の市。文字通り。
藍子ちゃんが言うには、「夜市」は不定期に都内某所で開かれるみたい。
知る人ぞ知るみたいな感じで、広告とかは全然出てないんだとか。
「私のお友達のお菓子屋さんも出店してるんです。そこでお菓子作りを教わってみたらどうかなぁ」
「お菓子屋さん……! ほんと!?」
藍子ちゃんはいつものようなほんわかした笑顔で、こっくり頷きました。
私は日暮れごろ、藍子ちゃんとそこへ行く約束を交わしたのでした。
~一方その頃~
美嘉(やるからには半端なことはできない)
美嘉(とはいえ、アタシもまだチョコにはそんなに自信が無いし……)
美嘉(ぶっつけ本番? まさか。よりによって年に一回のチャンスにそんな適当なことできるわけないし)
響子「美嘉ちゃんっ。お菓子作りの本、あるだけ持ってきました!」
美嘉「ありがと響子ちゃん。あれ……美穂は?」
響子「今夜はちょっと用事があるとかで、今は出かけてるみたいです」
美嘉「そっか……」
美嘉(別の道を見つけたってこと? いいじゃん、面白くなってきたっ)
美嘉「てか、ごめんね? アタシのわがままに付き合わせちゃったみたいで」
響子「そんな、いいんですよ。私もちゃんとお菓子作りに挑戦したいって思ってたし……」
響子「それに、みんなにも喜んで欲しいですから!」フンス
美嘉「わかった。それじゃ、よろしくね★」
響子「はい! じゃ、えーっとまず――」
フレデリカ「呼ばれて飛び出てフレデリカ!!」
志希「あーんどシキちゃん!!」
響子「きゃっ!?」
美嘉「呼んでないし今どこから出たの!?」
フレデリカ「アタシはいつもみんなの心の中にいる青春の幻影なのだよ……」
志希「実は幻覚かもしれないよねー」
美嘉「って、触れるんだから幻覚なわけないでしょ」ムギュー
志希「ふへー」プニー
フレデリカ「っていうのはともかくー、話は聞かせてもらったよ!」
フレデリカ「ここはこの宮本フレデリカが、一肌もふた肌も脱いであげよう!」
響子「はだか!?」
美嘉「一肌脱ぐ、って……」
フレデリカ「フフフーン♪ 実は、フレちゃんチョコ作るの大得意なんだ~!」
~閑話休題~
東京メトロ浅草駅で降りて浅草寺近辺を北側に回り込み、千束通り沿いの怪しい中華料理屋さんから裏に入って更に奥。
普段は野良猫さんくらいしか通らないような室外機だらけの細道を、藍子ちゃんはすいすい通っていきます。
「ほ、本当にこの先なの?」
「はいっ。あ、狭いから足元気を付けてくださいね?」
ふわふわっとした足取りでありつつも、藍子ちゃんのペースは意外と早くて。
私は暗くなり始めた裏路地の中、揺れる彼女の後姿を追って歩き続けました。
実際、どこをどう歩いているものか私にはさっぱりわかりませんでした。
空は見えなくなって、幾つもの小路を右へ左へ曲がり、人一人分の幅しかない隧道を抜けて。
街の喧騒が遠く離れた深い部分へと、息をしながら潜行していくかのようでした。
「夜市には、色んな人がお店を出してるんです」
古びた石階段を下へ下へと下り続けながら、藍子ちゃんは語ります。
「普段は本業があったり、学校へ行ったり、そんな人達が自然と寄り集まって……。
歴史も長いみたいなんですよ。今の総代は15代目だって聞いたことがあります」
正直私にはちんぷんかんぷんで、左右に揺れる藍子ちゃんのふわふわ髪を追いながら頷くしかできません。
「あ、そうそう。そんなに厳しくはないんだけど、夜市にはひとつ暗黙のルールがあるんですよ」
「ルール?」
「『本当の名前を名乗らない』っていうこと。
たとえば屋号とか、あだ名とか……お互いを通称で呼び合うんです」
「屋号……ナントカ屋さん、みたいなの?」
「そうそう。あ、罰があるとか後ろめたいことがあるとか、そういうことじゃないんですよ?
表の立場やお仕事の垣根が無い、みんな同じ……そんな夜市にしようって計らいなんだそうです」
肩越しに振り返り、藍子ちゃんは人差し指を口の前に立てました。
「私達、普段はアイドルですから。ちょっぴり好都合かもですね♪」
やがて階段を下りきり、私達は冷たいコンクリートの床に立ちました。
……ここ、どこなんだろう?
下りはしても上ったことはない筈だから、少なくとも地下ではあると思うんだけど……。
こんなところで、夜市なんて本当にやってるのかなぁ?
「いいですか、美穂ちゃん? ここからは、私達はアイドルじゃなくて一人のお客さんです」
「そっか、名前……。藍子ちゃんはなんて名乗るの?」
「私ですか? うーん……」
目の前には小さな扉。ノブにすら錆が浮いた鉄のそれに手をかけながら、藍子ちゃんはかわいらしく小首をかしげます。
「写真屋さん、かなぁ?」
そして――
開いたドアの向こうは、色とりどりの灯りが鮮やかに踊る、よく晴れた月夜の大通りでした。
「え」
「ほら美穂ちゃん、こっちですよ」
「え、え、え!?」
こんなに広い空間どこにあったの?
ていうか、地下なのに月が見えるの!?
空はとても広く、雲一つない夜空には満点の星が輝いています。
夜市の賑わいはお祭りのようで、お客さんを呼ぶ声、談笑の声、陽気な歌謡曲があちこちから聞こえてきます。
どこかから焼きそばのいい匂いがして、私は地元熊本の藤崎八幡宮の初詣を思い出すのでした。
ともかく藍子ちゃんを小走りに追いかけます。
夜市の出店は本当にたくさんありました。
それこそ縁日の屋台形式の食べ物屋さん、射的屋さん、金魚すくいにクジ引きにお面屋さんとかも。
途中藍子ちゃんが子供向けアニメの魔女のお面を買い、ななめに被っていたずらっぽく笑ってみせます。
出し物は屋台だけじゃなく、もっと大きな規模のものもありました。
たとえばちょっとした舞台だとか、しっかりしたテント状のものだとか……。
目がくらくらするほどの極彩色の幟や灯りが方向感覚を狂わせます。
鈴なりにぶら下がる蘭鋳(らんちゅう)型の灯篭を見ていると、ここが明るい海の中だと勘違いしてしまいそうになるのです。
と、いつの間にか目的地に着いていました。
とてもしっかりした、大きな家形テントでした。
逆さまの漏斗に似た形で、広さとしては小さめの一軒家くらいは余裕であります。
外から見てもメルヘンでファンタジーな感じがして、心なしか甘い匂いもしてきています。
テントってレベルじゃなくて、これはもう立派な店舗のような……。
出ている看板は板チョコをモチーフとしたお洒落なもので、文字は……えーっと。
よ、読めない。何語なんだろうこれ……。
「ごめんくださーいっ」
呼びかける藍子ちゃん。
けど、返事はありません。
「あれ? あのーっ、ごめんくださーいっ。どなたかいませんかーっ?」
しーん……。
閉まっているんでしょうか。
看板も幟も出てるし、そんなことはないと思うんですけど……。
ただでさえ慣れない場所にいる私は、思わぬ事態にやたらとそわそわしてしまいます。
藍子ちゃんがもう一度大きく息を吸い、あんまり慣れない大声で呼びかけようとした時――
「な、な、なんでしょうかぁ……」
テントの入り口が開き、おずおずと顔を出してくる子が一人。
テントから出てきたのは、とっても可愛らしい小柄な女の子でした。
チョコレート色の制服にリボン付きのパティシエ帽がとっても似合っていて。
蘭子ちゃんみたいにくるくるロールした髪はカスタード色で、ちんまりした体躯と合わさって、なにやら森の小動物を思わせます。
だけど綺麗な目は明後日の方を向いていて、眉はハの字で、おまけに腰が引けまくっていました。
「お久しぶりです、りすさんっ」
「あ、あのぅ。はい……えと、どうも……」
りすさん。
藍子ちゃんとは顔見知りみたい(でも目は合わせません)。なら、私も……!
「あのっ、こんばんは、りすさん!」
「へう!? どどど、どちら様でしょうかぁ……!? あ、お客様か……」
りすさんは引っ込もうとして踏みとどまって、重心を思いっきり後ろに傾けたまま返事してくれました(でも目は合わせません)。
「初めまして。私は、こひ……」
じゃなくて。
そうだ、あだ名みたいなのを名乗らなくちゃなんだ。
りすさんはリス、じゃあ私はやっぱり――
「たぬきです」
「たぬきさん……」
「しょ、食物連鎖的には、りすより格上のようなぁ……」
「そんなことないよ!?」
怯えてまた引っ込もうとするりすさんを、私と藍子ちゃんの二人でどうにか引き止めました。
「みんなはお出かけ中なんですか?」
「ぇ……と、はい……あの。うしさんとマカロンさんとドーナツさんは……か、買い出しに行ってまして……」
お店の中はとってもお洒落で、仮にもここがテントだということを忘れさせるくらいでした。
映画のセットみたいなカフェテーブルにカウンター、ディスプレイに並んだ色とりどりのお菓子……。
それらが、仄明るい照明を受けて宝石みたいに輝いています。
「もり……あ、いや、りすくぼは接客が得意ではないので……。う、裏でどんぐりでも拾っていようかと……」
「あ、ううん、今日はお客さんとして来たんじゃないんです。実は相談したいことがあって……」
「そそ、相談!? より苦手な気がするんですけど……い、いちばん下っぱなのでぇ……」
「そんなことないと思うけどなぁ。りすさんとっても優しいし、お菓子作りだって上手だし」
「へぅぅ……」
藍子ちゃんに褒められてもにゃもにゃしてるのは、多分照れてるんだと思います。
かわいい。
「け、けど、あの、りすくぼはやっぱり未熟なので……店長を呼ぼうと思いますけど……」
「あ、アップルパイさんがいるんですか?」
「確か厨房の方に……しばらくおまちくださいぃ」
奥の方にぽてぽて入っていくりすさん。そっちが厨房なのでしょう。
ちょっとしてから「ひょえぇ~……」と覇気のない悲鳴が聞こえてきて、どうしたんだろうと思っていたら、
りすさんの他にもう一人、女の子がぱたぱた走り出てきました。
しかも半裸でした。
「はだかーっ!!?」
「あっ、ごめんなさい~。クッキー作ってたら、なんだか暑くなっちゃってぇ……。
いらっしゃいませ、お客様っ♪」
フリル付きの可愛らしい下着にエプロン姿で、ぺこりと一礼。
……って、ほぼ裸の本人が一番のんびりしてるんですけど!
「ててて、店長、上着を持ってきたのでぇ……!」
「ありがとうりすちゃん。うんしょっ、と……」
「アップルパイさん! またそんな風に脱いで!」
「あれ、写真屋さん~? わぁ、来てくれたんですねぇっ」
わたわたするりすさんとぷりぷり怒る藍子ちゃん。
対する店長さん――アップルパイさんは柳に風で、おっとりにこにこ微笑んでいます。
アップルパイ……ぷ、ぷるぷるぱい……はっ!? わ、私は何を!?
…………すごかったなぁ。
「――なるほどぉ」
お店の小さなカフェテーブルで、アップルパイさんは私達の説明を聞いてくれました。
りすさんと一緒に淹れてくれたシナモンティーはとってもおいしくて、体の芯から温まるようでした。
「バレンタインデーかぁ。そういえば、そろそろだってマカロンちゃんも言ってたっけ」
「といいますか……うちでもそのフェアしてるんですけど……」
「あれ? あっ、そうだったぁ……!」
お店の一角には、かわいらしいポップで彩られたチョコレートコーナーが。
……アップルパイさん、ちょっと天然さんなんでしょうか?
「えへへ。ごめんなさい、私ちょっと抜けてて~……それでえぇっとぉ、たぬきさん?」
「あ、はいっ、たぬきです!」
「手作りのプレゼントを作りたい、でしたよね?」
「そうなんです。けど私、そういうの全然したことないから、どうしようって……」
「その人のこと、好きなんですか?」
「へっっぶ」
むせました。
アップルパイさんはおっとり笑顔、藍子ちゃんもにこにこしたまま。
りすさんは「ほぇえぇえぇ……!?」と真っ赤になって私達の顔を見比べます。
私はしどろもどろになって、
両手でカップを持ったまま俯いてしまい、
なんにも言えないままで、どうにかこうにか首は動かせて、
こっくり、と頷きます。
すると、アップルパイさんは花のような満面の笑みを咲かせました。
「うんっ、だったら大丈夫! きっと素敵なお菓子が作れますよっ♪」
私達はエプロンを付けて、四人で厨房に入りました。
やっぱりテントとは思えない完璧な設備で、なんとバウムクーヘンを焼く機械(すごく大きい)までありました。
「クッキーが作りかけだから、そっちから仕上げちゃいますね。ちょっとだけ待っててくださいね?」
クッキー。
そっか、チョコ以外にもそういうのもあるんだ。
プロデューサーさんはきっとチョコをたくさん貰えるだろうから、私はそれくらいの変化球を、とか……。
……うん、いいかも。
と考える私をよそに、アップルパイさんは作りかけのクッキーを前に腕まくりしました。
「アップルパイさんは普段はああいう感じだけど、お菓子を作る時は凄いんですよ」
耳打ちしてくる藍子ちゃんの声色は、なんだかわくわくしているようでした。
私達が見守る中、アップルパイさんは「うんっ」と頷き――
「わぁ、すごい……」
藍子ちゃんが言う通りでした。
アップルパイさんの手際は、素人の私が見ても惚れ惚れするほど鮮やかで。
楽しそうな笑顔を浮かべ、鼻歌まじりに厨房で躍る彼女は、お伽噺の魔法使いのようでした。
「――会いたいから焼いたのっ♪ アップルっパイっ♪ ――じゃなくて、クッキーっ♪」
ちん、とオーブンが時を告げて。
お城が開門するように蓋を開けば、うっとりするような香ばしい匂いが厨房を彩りました。
「クッキーって簡単なようだけど、ほんとは意外と繊細なお菓子なんです」
焼きたてさくさくのクッキーはびっくりするほどおいしくて、味見させて貰った私達は一口で虜になりました。
「シンプルだけど、それだけに奥が深いっていうか……。
たくさん工夫できるし、気持ちもたっぷり込められる、そんなお菓子なんだと思います」
もちろん、他のお菓子にもそれぞれの良いところがありますよ♪ ――と付け加えて、
アップルパイさんはクッキーを売り物用の小瓶に分けて詰めました。
シンプルだけど、奥が深い……。
気持ちもたっぷり込められる……。
決めました。
「私、クッキー焼いてみます!」
あんまり複雑なものは自信が無いっていう理由も、ちょっとあるけど……。
込める気持ちだけは、誰にも負けないつもりだから!
藍子ちゃんもアップルパイさんもりすさんも、それぞれ頷いてくれました。
「お菓子は、幸せの為にあるんです」
作業をするのは全部私。
三人は、ほんのお手伝いをするのみ。
そうは言っても流石に緊張する私に、アップルパイさんがアドバイスをくれます。
「可愛くておいしくて、食べてくれた人みんなを笑顔にする為に。
そんな甘い幸せを、誰かに伝えたいと思うことが大事なんですよ」
「だから、何より自分の気持ちに素直になること。
好きなこと、大切なこと……その全部に嘘をつかないで、作る自分がまずいちばん幸せになるんです♪」
まず生地を練るところから。
薄力粉に卵に、ココアパウダーやバター、お店自慢っていう特製牛乳を用意して……。
どんな味にしよう?
甘いのがいいのかな。それだとちょっと子供っぽいかな。
ビターな味付けにした方が、男の人は喜ぶのかな。
最初の段階で結構迷っちゃって、一つ一つ確かめるように手順を踏んでいきます。
途中、藍子ちゃん達の助けを借りながら。
「今日は夜市の夜で、ここは不思議なお店ですから――」
私の手に手を添えて生地の混ぜ加減を教えてくれながら、藍子ちゃんが囁きます。
「ちょっとだけ、意外なことが起こるかもしれません。
でも大丈夫。アップルパイさんの言う通り、自分の気持ちに素直になれば、きっと素敵なクッキーが焼き上がりますよ」
――?
意味がよくわからなくてつい首を傾げると、藍子ちゃんは微笑んでもう一度「大丈夫」と言いました。
新しい甘やかな香りが、立派な厨房に満ちていきます。
私の手際は決していいとは言えませんけど、それでも着実に作業は進んでいき。
――なんだか、頭がぽぉっとしてきて。
動く両手が現実感を失くしていき、頭の中にまで甘い香りの靄がかかってくるようで――
不意に、ぷつんっと意識が途切れます。
~『錬金(つく)ってあそぼ』~
フレデリカ「ハスハスさん、今回は何作るの~?」
志希「んっふふ~。今日はねフレリ、これさー!」
志希「『気になるカレを肉体改造! 神酒(ソーマ)入り超絶健康チョコ』~!」ペカペカーッ
フレデリカ「錬成(でき)るっかな♪ 錬成(でき)るっかな♪」
志希「ハスハスフム~♪」
美嘉「いや普通のでいいから! ソーマって何!?」
響子(『できるかな』は違う番組だったような……?)
志希「んにゃ、ソーマ知らない? 超古代植物アンブロディアから精製できるインドの霊薬でー飲んだら不死身になっちゃうやーつ」
志希「でもあんまし使っちゃいけないやつなんだにゃ~。ほら、マークされてるから、財団に」
響子「ざ、財団!? 何のですか!?」
美嘉「てかプロデューサーを不死身にしてどうすんの!」
志希「あ、やっぱしプロデューサーにチョコ作るんだ? ホンキのやつー?」
美嘉「ん゙っっぐ」
響子「わぁ、み、美嘉ちゃん……///」
美嘉「…………と、とにかく、作るのは普通のやつ! 変な薬はナシでお願い!」
フレデリカ「ういむ~っしゅ! チョコのことならフレちゃんにおまかせあれ~!」
フレデリカ「なんせアタシはチョコと一緒に産湯に浸かったってママが言ってたからね~♪」
志希「せいぜい死ぬ気でチョコを作ることだな……!)フェードアウト
美嘉「皆川フェードやめて!」
~つづく?~
「――――たまえ」
「ん……うぅ……?」
「ほら、起きたまえ、君。こんな月夜にお昼寝もあるまいよ」
……意識を揺さぶる、誰かの声。
それに風の気配。私、厨房の中にいたような……?
というか、呼びかけてくる声に聞き覚えがありました。
だって、私の声なのだから。
「はっ!?」
「ようやくお目覚めか。門前で熟睡とは、まったく剛毅なお客人もいたものだ」
慌てて起き上がる私の前に、私がいました。
小日向美穂が、もう一人。
「どうかしたのかな? 魔女でも見たような顔をして」
ある意味魔女より、神より悪魔より驚きの相手でした。
顔も声も身体も、私自身とそっくりそのまま。
ただ纏う衣装と雰囲気だけが、私と180度違います。
口をぱくぱくさせたまま、なんにも言葉が出てきません。
「いや、無理もないか。心配要らない、これは夢さ。君は自分の夢の中で目覚めたんだ」
「夢……?」
「私を知っている筈だ。ほら、覚えが無いかな? この衣装、このイメージ……」
手にしたステッキをくるりと回し、「私」はモデルのように足を揃えてみせました。
燕尾服をベースにした、パンツスタイルの瀟洒な黒衣。
上品な意匠が入った漆黒のステッキに、紅い花をあしらった小さなシルクハット……。
これって……!
「あのキャンペーンの、イメージキャラ……!?」
「そうとも。夢に現れる魔法の国、ここは満月の夜にだけ訪れるお菓子の館。私は、その謎めいた女主人……」
ハットのつばを指先で持ち上げ、「私」は器用にウインクしました。
「いや。雰囲気としては、ひとつ『僕』とでも称するべきかな?」
これは、理想の自分なんだ。
一目でそうわかりました。
オトナな表情、物怖じしない態度。シックな衣装も完璧に着こなして。
まさにキャンペーンのイメージそのものの、私が夢見た「私」です。
「君はこう思っているね。『どうしたら、こんな風になれるだろう?』」
「……うん、思ってる。わかるんだね」
「わかるとも。さて――」
くるん、かつっ。
ステッキで弧を描き、地面を軽く叩く「私」。
すると景色がぐるりと変わり、月夜の門から一転、二人して館の中に入っていました。
「――単刀直入に答えると、なれるだろうさ。僕は君だ。他の誰でもない。
理想というヒールを履かせているにせよ、いずれ君の未来の延長線上に僕がいる」
目の前に広がるのは、煌びやかなダンスホール。
砂糖細工の人形達が紅い飴のドレスを着て、手に手を取り合ったまま時を止めています。
天井のシャンデリアの上で足を組み、「私」は私を見下ろします。
「本当? ほんとに私、あなたみたいにオトナになれる?」
「演じる仕事が夢なんだろう? ならばこれも、君が被る仮面の一枚になれる筈だよ」
くるん、かつっ。
ステッキがシャンデリアを叩き、また景色が変わります。
次は大きな食堂。
何十人も席に着ける大テーブルには所狭しと綺麗なお菓子が並べられていて、だけど誰も座ってはいません。
「ところで君は今、クッキーを焼いている。この館と同じほどに不思議なお店で。それは今も続いているね」
「え……あ、そうだった! あれ!? じゃあ現実の私は……!?」
「安心したまえ。意識はここにあるが、それは外の君にも連動しているんだ」
その椅子のうち一つに腰掛けて、「私」はお菓子の並びを睥睨します。
どこかから、甘い香りが漂ってきていました。
「つまりは、ここでの君の答えがお菓子の出来栄えを左右するわけだ」
「……どういうこと?」
「『選択』の話をしているのさ」
くるん、かつっ。
次は、赤絨毯の敷かれた長い長い廊下。
闇に吸い込まれていくその果ては見えず、等間隔に光る瓦斯(ガス)灯が妖しく揺らめきます。
廊下の壁に背を預けた「私」は、ずらりと並ぶチョコレート色の甲冑と共に目を光らせていました。
「焼き上がるクッキーの味は、そのまま君が選ぶ未来の味となる。甘いか、苦いか――ね」
「人生は無限の問題集だ。甘い問いも苦い問いもあって、しかも正答など存在しない」
「どの答えにも等しく価値がある。君がどちらの味を噛み締めるかという違いがあるだけで」
「さて……君、小日向美穂は、アイドルとして活動している。
人気は上々。演技の分野にも飽くなき挑戦を続ける、事務所期待のホープだ」
「――その一方で、一人の男性に本気で恋している」
彼女が言う「甘いか苦いか」の意味を、私はうっすら理解してきました。
その答え合わせをするように、「理想の小日向美穂」はお芝居のように朗々と語ります。
「無論承知のことと思うが、君は大きな矛盾を抱えている。
本来は相反する筈の二つの夢を、どちらも後生大事に抱えているのだからね」
もちろん考えなかったことじゃありません。
鋭い指摘は、そのまま自分自身の深層意識の声でもある筈です。
「でも……それは」
「ふむ?」
だからこそ、常日頃思っていることを言わざるをえません。
「私、両方がんばろうと思う。それじゃ駄目なのかな……?」
「心がけは殊勝なことだが、本当に出来るのかい? 尻尾丸出しの君に?」
「え? ああっ!? いいい、いつの間にっ!?」
なんだかお尻がもふもふするなぁと思ったら、いつの間にやら狸の大きな尻尾が出ちゃっていました。
あと耳も。もふもふ尻尾と三角お耳が出っぱなしの私は、どこから見ても化け損ねた田舎狸。
「自分が一番わかってるんだろう? そもそもからして、君は決して器用な女の子じゃあない」
くるん、とまたステッキが回り、先端が私を差しました。
「狸のくせに二兎を追うだなんて、おかしな話だと思わないか?」
演じることも恋に走ることも、今の自分では中途半端。
彼女の指摘は、私の自覚。
廊下のあちらとこちらで、狸の私と理想の私が向き合います。
くるん、かつっ。
ステッキが床を叩き、廊下はその岐路に差し掛かります。
丁字に分かれた正反対の左右。
どちらに進むかは自分次第と、「私」は言外に述べていました。
「どちらかの夢を手にする以上、どちらかは諦めなくてはならないんだ。
自分の想いに正直になり、ファンの気持ちに嘘をつくか?
ファンの想いに真摯に向き合い、自分の心を欺くか?
甘く蕩ける少女の味か?
苦く大人な演者の味か?」
いつの間にか、目の前には二つの皿。
一つずつ置かれたクッキーは、お互い正反対の味なのでしょう。
「さあ、選びたまえ。君にはその責任がある」
理想の「私」は、アイドルとして完璧な私。
つまり、恋をしていない私です。
オトナでビターな夢の世界は、そうなるために必要なものを諦めてきた未来。
絢爛たるダンスホールにも、豪奢な食堂にも、長い長い廊下にも……自分以外には誰もいない。
それは甘い夢に秘めた苦味を、たった一人で噛み締める世界。
だけどだからこそ、気高く尊い。
きっと、そういう孤高の果てこそ、「彼女」の居場所がある。
――だから、何より自分の気持ちに素直になること。
――好きなこと、大切なこと……その全部に嘘をつかないで、作る自分がまずいちばん幸せになるんです♪
脳裏に浮かぶのはアップルパイさんのアドバイス。
私は選択します。
一歩踏み出して、二つ並ぶお皿の前へ。
そして両手で両方のクッキーを掴んで、同時に口の中へ放り込むのです。
「言ってることは、よくわかるよ」
「私は不器用だし、あがり症だし、まだあの人に好きって言えてないし、ていうか狸だし」
「けど……一つだけ言えるのは。
恋をしてなかったから、私はきっとここまで来られてなかったってこと」
「どっちかじゃなくて、どっちもじゃないと、小日向美穂はきっといないんだと思う」
ズルくても欲張りでも良かった。
その先にどうなるかの保証なんて一つだって無かった。
だけど私は、大切なことの全部に、欠片の嘘も付きたくはなくて。
「私ね、きっとあなたのようにはなれない。
だってみんな大好きなんだもん。アイドルも応援してくれるみんなも、仲間もプロデューサーさんもみんな!」
ここは夢です。夢に建前はいりません。
岐路に立つオトナの「私」は、私の心の全てを知っているのでしょう。
だからこそ、言葉で形にしようと思うんです。
「みんな幸せにしてあげたくて、それなら、私が一番幸せじゃなきゃって思うんだ。
だから、全部持っていって幸せになりたい! ここまで来た私のまま、ずっと行く!」
「わがままで、難しい道でもかい?」
「うん。決めたもん。……尻尾を隠すのが苦手でも、そのままちゃんと、気持ちを隠さないよ」
おすまし顔の「あなた」はニヒルに微笑し、私はその顔をまっすぐに見ます。
それは今の私ではきっと遠い未来。
だけど、回り道をしたとしても、決して届かないわけではない未来。
「そして、きっと幸せにしてみせるから。私自身も、みんなも、『あなた』も!」
だって、苦味こそが甘味を、甘味こそが苦味を引き立てて。
その両方があってこそ、楽しいんだと思うから。
口の中では、甘くて苦い二つの味が混ざり合っていました。
余韻が喉の奥まで消える時、「あなた」がぽつりとこう言います。
「それが聞きたかったのさ」
くるん、かつっ。
再びステッキが軽やかな音を立てる時、私達は館のエントランスにいました。
正確には、「あなた」は仄明るいエントランスの中に立っていて。
もふもふ尻尾の私は、大きく開いた扉の外に立っていました。
「さあ、そろそろクッキーが焼き上がる」
「あ――」
「君の答えは決まっているんだろう? その通り、きっと素晴らしい味になっているさ」
き、と軋み出す両扉。
別れを直感して、私は咄嗟に駆け寄ろうとしました。
「よしたまえ。戻るような場所じゃない」
「でも……!」
「おいおい、何を弱気になっているんだ? 回り道をしても、いずれここに辿り着く……君はそう言ったじゃないか」
もっとも、いつになるかはわからないがね――
どこか皮肉げで、けどかっこよく片眉を上げる表情。私にもそれができるでしょうか。
ううん、するんです。
近い未来に。
扉が閉まる直前、「あなた」がもう一度笑いました。
晴れやかでちょっと能天気っぽい、どこかの誰かとよく似た笑顔でした。
「尻尾丸出しの『君』よ、素敵な夜のあらんことを!」
ステッキを持つ左手を後ろ、右手は帽子を取って胸元に。
カーテンコールを告げるような、恭しい一礼を最後に。
音を立て、大扉は閉まるのでした。
「――さん、たぬきさんっ」
「ひえぇ……か、帰ってこなかったらどうしましょうぅ……」
「私達、戻るの遅かったかなぁ……?」
「とりあえずドーナツあげてみよっか?」
「ホットミルクでしたらすぐに作れますよ~」
「大丈夫♪ ほら、もうすぐクッキーも焼き上がって――」
目を覚ますと、私を覗き込む六人の顔。
藍子ちゃん、りすさん、アップルパイさん――あと三人は、えっと……?
「あ、たぬきさん! 良かった、起きたんですね」
「藍……あ、いや、写真屋さん……あれ? 私どうして……」
「たぬきさんは、クッキーをオーブンに入れた後で、そのぅ……」
「ばたーんって倒れちゃったんだよね?」
ひょこっと横から顔を出す、ポニーテールの少女。
お人形さんみたいに小柄な、ぱっちりした目が快活な感じで可愛らしい子です。
「帰ってきたらそうだったんだもん、びっくりしちゃった!
もうちょっと起きるのが遅かったら、あたしの必殺ドーナツ健康法で快適なお目覚めを演出するとこだったよ!」
ドーナツ……。
ひょっとして、りすさんが最初に言ってた「ドーナツさん」?
「けど、ご無事みたいで良かったです~。あ、うちの牛乳使ってくれたんですねぇ。ありがとうございます~♪」
彼女は「うしさん」?
……うしさん。牛さん……!! 何がとは言いませんが……!!
牛乳を飲み続ければ、人とはこうなるものなのでしょうか……!!?
「ごめんね、私達ちょうど出払ってて……。大丈夫だった? どこかぶつけてない?」
ということは、こちらのふんわりした子は「マカロンさん」。
おでことかを優しく撫でられたけど、どこも痛くないのでちょっと恐縮しちゃいます。
とマカロンさんがぴくっと反応するのは、厨房に漂う素敵な香ばしさ。
「あ、これって……クッキー?」
「クッキー……そうだ、私のクッキーは!?」
香りの源はオーブンでした。
りすさんとアップルパイさんが頷き合って、その扉を開きます。
「おおお……!」
自分でちょっと変な声が出ちゃいました。
ちょっと形がぶきっちょだけど、それぞれ立派に焼き上がったクッキーが現れたのです。
「こ、これを、私が……!?」
「覚えてないのかなぁ? ちゃーんと、全部たぬきさんの手で作ったんですよ~♪」
アップルパイさんは嬉しそうにいくつかピックアップし、私に味見するよう差し出しました。
二つ三つ摘んで食べてみると……。
「お、おいしいっ」
一つはとっても甘いバニラ味、もう一つは甘さ控えめのビターなチョコ味。
それだけじゃなくてイチゴ味や、ザラメ付きの和風なものや、緑茶が似合いそうな抹茶味のものまであって。
一口に甘いとも苦いとも言えない、色んなバリエーションのクッキーが焼き上がっていたのです。
……正直、自分で作業した自覚はほとんどありません。
けど、このヘンな形は自分がしたものとしか説明がつきません。
不思議と納得はいきました。私はクッキーを作っている最中、夢を見ていたんです。
だから今するのは、その夢の結果をまとめること。
ラッピングが上手な藍子ちゃんのアドバイスを受けながら、かわいらしい小瓶にクッキーを詰めてみます。
おもちゃ箱みたいな。私達がいる事務所みたいな。
そういう賑やかで楽しい、かわいらしいプレゼントが、透明な瓶にぎゅっと収まるのでした。
「――今日はありがとうございましたっ!」
「いえいえ~。こちらこそ、何もお構いできませんで~」
「また来てね! 今度はできたてのドーナツごちそうしてあげる!」
「これ、持ってって。特製のマカロンとドーナツと、ミルクプリンの詰め合わせ!」
「あのぉ……りすくぼは、恋愛的なものはよくわかりませんけど……。お、応援してます……はいぃ」
出会ったばかりのみんなに別れを惜しまれて、私も名残惜しくなってしまいました。
短い間だったけど、とても不思議な体験でした。
となると、聞かずにはいられないもので……。
「あの……一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい?」
首をかしげるアップルパイさん。
不思議な夜の不思議な夜市、まさに夢のような出来事をもたらしてくれたあなた達は――
「お菓子屋さんは、何者なんですか?」
アップルパイさんは目を丸くしました。
みんなと顔を見合わせて、くすっと微笑んで。
「お菓子屋さんは、ただのお菓子屋さんですよ♪」
スカートの両端をつまみあげ、ちょっと芝居がかった感じに一礼をしてくれるのでした。
そこからどこをどう歩いたのか、私はよく覚えていません。
滲む綺麗な灯りの中を泳ぎ続け、藍子ちゃんに導かれるまま歩いて。
ただ胸の内の小瓶を離さないように心がけていたら、いつの間にか辿り着いていました。
当たり前の街中の、下町の地上。
びっくりするほど寒くて澄んだ夜気と、ちらほら降り始めた綺麗な雪。
「どどど、どうしよう~……っ」
「あ、そこで悩むんですね」
プレゼントはできました。
心構えもなんとか。
けどまずは肝心のプレゼントを肝心の相手に渡す時のことで。
具体的になんて言えばいいのか、どれだけ考えてもやっぱり全然わからないのです。
「なんにも飾らなくていいと思うけどなぁ。プロデューサーさんも、きっと喜んでくれますよ?」
「うぅうぅ、そ、そうだったらいいんだけど……」
熱い紅茶のカップで両手を温めながら、藍子ちゃんはくすくす笑いました。
夜市から出たそのままの足で、私達はあるカフェのオープンテラスで休憩もとい作戦会議をしているのです。
手すりの向こうはイルミネーション。花の無い街路樹にチェリーピンクの電飾が絡んで、一足先の春のようでした。
「で、でもでも、やっぱり緊張するよぅ……」
「ふふ、美穂ちゃんらしいですねっ」
と、藍子ちゃんがカップを降ろして、何かに気付いたようでした。
「あ」
「藍子ちゃん?」
「いえ、そろそろだなぁって」
「そろそろ?」
藍子ちゃんが見ているのは、私の真後ろ。
その向こうにいる誰かを認めて、両目を線にして笑いました。
「――ほら、美穂ちゃん。後ろ♪」
P「………………だいぶ飲んでしまった」グテー
楓「うふふ、プロデューサーったら結構な飲みっぷりで♪」
P「うまかったことは認めます。なんでしたっけあの、神谷バーの電気ブラン、じゃなくて……」
楓「偽電気ブラン」
P「……ってなんなんすか偽って」
楓「電気ブランの味に感銘を受けた京都の電話局員が、その味を独自に再現しようと思考錯誤を重ねた結果で――」
楓「今でも非公式のままどこかでこっそり作られて、あちこちに運び出されているそうなんです」
P「密造酒なんじゃないんですかそれ、大丈夫なんですか」
楓「けどプロデューサーも飲まれたんですから、もう共犯なのでは?」
P「く……っ」
楓「それよりほら、本番はこれからですよ? そろそろいい頃合いだと思いますけど」
P「これからってね、ハシゴはしないって俺は何度も……」
楓「いえいえ、そうじゃなく」
楓「素敵な夜はこれから――ということですよ。ほら、前♪」
振り向けば、プロデューサーさんと目が合いました。
そこから先は、だいたいご想像の通りだと思います。
一番慌てたのは私で、次に慌てたのはプロデューサーさんでした。
一番顔が赤くなったのも私で、次に赤かったのもお酒を飲んでいたらしいプロデューサーさん。
とにかくどっちも態勢を整えるのに精一杯で、そんな時に限って藍子ちゃんも楓さんも手助けしてくれなくて。
――あのあの、これバレンタインのプレゼントでっ……う、受け取ってくれますか……?
なんと数日フライング。ということをその時は全然考えておらず。
だけどプロデューサーさんは、慌てつつも受け取ってくれて。
図らずも一番先にプレゼントを渡した子になってしまったような――
ちなみに藍子ちゃんですが、自分が用意していた分はいつの間にかテーブルの下に隠していたのです。
ず、ずるい……っ。
「はうぅぅぅ……」
「えーっと……ありがとな。その、大事に頂くから」
「そ、そうしていただけると……」
言おうと思ってたことの全部が吹っ飛んでいます。不意打ちすぎます。
プロデューサーさんも酔いが醒めるやら醒めないやら、けど表面上はいつも通りみたいに接してくれています。
……ちょっと新鮮かも。
時刻はまだ19時過ぎ。あんなに長いと思っていた夜は、まだまだ始まったばかりのようで。
あんなことがあった後だからか、私はいつもよりほんの少し前のめりになっていました。
「その……プロデューサーさん。この後、お暇ですか?」
「ん?」
「もしよければ、ご一緒にお茶でも……な、なんて……」
じゃない。
そんなあいまいなお誘いじゃだめだ。
私は「彼女」と約束したんだもの。
それは、いずれ演じる私の姿。もっとはっきりと、もっとかっこよく、ちょっとオトナに。
おっほん。
……ごほんごほん。
……よいしょっと。
「――夜はまだ長い。ここはひとつ、私と共に過ごしてみてはどうかな、お客人?」
な、
なんて、
そういう感じで、
「…………ど、どうでしょうか?」
ああだめだやっぱりぜんぜんきまらないわたしだめかも。
ギリギリかっこいいっぽい表情を作ってみたまま石像のように固まる私。
差し出したままの右手はぷるぷる震えるばかり。
するとプロデューサーさんは少し笑って、自分の頬をぺしぺし叩き。
同じほど芝居がかった感じで、私の手を取って言います。
「ご主人の命ずる通り、喜んでお付き合いしましょう」
それでまあ。
当たり前だけどみんな見てましたので。
藍子ちゃんや楓さんだけじゃなくて、オープンテラスにいたみんなの視線が二人に集まっていて。
「…………美穂」
「はい」
「俺は……しんでしまうかもしれん」
「わたしもそうかもしれません」
ざわざわ、ざわざわ。
なんだあのクサい奴ら。バレンタインが近いからって浮かれすぎだろ。
おい待てよ、あれってまさかアイドルの――――
「やべっ、逃げよう……!」
プロデューサーさんの酔いはすっかり醒めてるみたいでした。
咄嗟に私の手をぎゅっと握って(ぎゅっと握って!!)足早にその場を去ります。
藍子ちゃんと楓さんはふわふわゆるゆるした足取りで、いつの間にかどこかへはぐれてしまっていました。
けど、とにかくその場を離れるしかありませんでしたから。
二人の無事を(?)祈りつつ、私はプロデューサーさんに手を引かれて走るしかありませんでした。
「――二人とも、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。みんなすぐに忘れます。今日はそういう夜ですもの」
「そうですねっ。……にしてもプロデューサーさんって、にぶちんさんなんでしょうか?」
「ええ、最初の頃からそうでしたよ?」
「それは大変かもですねぇ。――あ、そうだ、今日は久しぶりに夜市に顔を出したんですよ」
「まあ、夜市……懐かしいわ。総代はお元気だったかしら?」
「はいっ。帰りにちょっとだけご挨拶したけど、相変わらずでした」
「私もご挨拶に行かないと……。そうだ藍子ちゃん、この後もう一軒……って未成年でしたね」
「ふふ、お茶ならお付き合いしますよ♪」
「あの、プロデューサーさんっ」
「ん?」
小走りのまま声をかけます。
もう好奇の目が届かない場所で、手はささやかに繋いだまま。
「私、楽しいです。とっても!」
こんな時にちょっと変かもしれないけど、言わずにはいられなくて。
肩越しに振り返る彼は、困ったような楽しいようないつもの笑みを見せてくれました。
「そうだな」
二人っきりで。彼がもう片手で大事そうに抱えた小瓶の輝きを見ながら。
まだ終わらない、きらめく夜の街へ。
~おしまい~
〇オマケ
――2月14日 事務所
P「…………こんな種類の注意をするとは思っていなかったが」
フレデリカ「うむ」
P「敢えて言おう、フレデリカ」
フレデリカ「うむうむ」
P「事務所のソファーを玉座にするのはやめなさい」
フレデリカ「ふむむーん?」
P「ふむむーんじゃないだろが! なんだそのヒゲ! ていうかなんだこのお菓子の量は!?」
フレデリカ「フンフフーン♪ フレちゃん今日はお菓子の王様なんだ~♪」
P「ぬぅ、完全に開き直っている……」
P「……まあそうだな、誕生日だしな。これ俺から。おめでとさん」
フレデリカ「うむうむ、くるしゅうないぞ。代わりにこれを受け取るがよい~♪」スッ
P「あっチョコを賜った……。ありがたき幸せにございます」
周子「むしゃむしゃむしゃ」
こずえ「もぐもぐもぐー……」
P「君らは君らで遠慮というものを知らんね!」
P(事務所には色とりどりのお菓子が溢れている)
P(バレンタインデーに加えて、うちのフレデリカの誕生日でもあるのだ)
P(友チョコに義理チョコにノリのチョコ、フレデリカへのプレゼントも加わって、まるでお祭り騒ぎだった)
P「……まあせっかくだし俺も貰うか。すげえなこれ和菓子までより取り見取りだわ」
???「本当に賑やかですねぇ」
P「はっ、その声は……!?」
ちひろ「お疲れ様です♪」
P「ちひろさん!? これまで名前は出てきたけど直接登場するのは初めてのちひろさんじゃないか!」
ちひろ「いやずっと事務所にいましたけどね私」
ちひろ「いつも騒ぎの最前線にいる誰かさんの代わりに事務処理をしてるから目立たないだけで」
P「申し訳なさしかない」
ちひろ「まあ慣れっこですよ。それよりプロデューサーさん、ハッピーバレンタイン!」
P「マジか! ありがとうございま……oh……スタドリ……」
ちひろ「チョコレート味ですよ♪」
P「そんなのあんの!?」
楓「おはようございます、プロデューサー、ちひろさん」
ちひろ「楓さん、おはようございます♪」
P「ああ、おは……この包みは?」
楓「ほら、今日はバレンタインデーなので。さしもの私も、何かチョコっと用意しなければと……」
P(いまいちですね……!)
P「――って、へぇ、変わった包みですね」
楓「今日はお菓子がいっぱいあると思ったので、あまり甘くないものがいいかと思いまして」
楓「塩気のあるアーモンドやチーズと合わせていて、ワインのおつまみにもなるものなんですよ」
P「おお……。どこのお店のものなんですか?」
楓「あ、自作です」
P「」
楓「あら白目」
P「…………チョコ作れたの!?!?!?!?」
楓「言ってませんでしたかしら。私でも、このくらいはチョコっと仕上げられますよ?」ドヤ
P(天丼……!!)
美嘉「――って、チョコくらいでびっくりしてちゃダメでしょ」
P「うおっ、美嘉……?」
美嘉「てことで、はいこれアタシから」
P「おっ……マジか?」
美嘉「なーにびっくりしてんの。アタシだってこれくらいはするって」
美嘉「ちなみに手作りだから★ おいしかったら、またいつでも作ってあげるからね~♪」スタスタ
フレデリカ(グッ)b
P「おぉ……なんと手作りのプレゼントがまたも……」
ちひろ「なに感動してるんですか気持ち悪いですね」
P「ちょっやめて余韻ぶち壊すの」
P「……うん、大事に頂こう。こんなの一生に一度あるかないかだ」
楓「ふふ、そうしてください」
―― 廊下
キィ パタン
美嘉「ふぅ…………」
美嘉「っっはぁぁぁあ~~~~~~~~っ…………!」ヘナヘナ
奏「顔が真っ赤よ?」
美嘉「うわあびっくりした! 奏!? いつからいたの!?」
奏「いつからというか、今入ろうとした時にあなたが出てきたんだけど」
志希「どうだったどうだった? ミッションコンプリートできたかにゃ?」ヒョコッ
美嘉「志希も……。ええと、うん」
美嘉「なんか、ありがとね。結果的にちゃんとしたのができたし。響子ちゃんにもお礼言わなきゃ……」
志希「んにゃんにゃ、そこはホラwin-winっていうか? あたしも結構おもしろいチョコ作れたし~」
美嘉「作ったの!?」
志希「作った!」
美嘉「あげたの!?」
志希「あげた! なかなか有意義な実験だった!」
美嘉「何が入ってんの!? インドのアレ!?」
志希「いやいやぁ、ヘンなおクスリは入ってないよぉ。てゆかシキちゃんソーマなんて持ってないし?」
奏「当たり前よ。そんなもの本当にあったら大事件だわ」
志希「あ、でも電極差したら動くよ。ふっふ~! 生命の神秘~!」
美嘉「それチョコなの……!?」
P「……」
プスッ
ウゴウゴ
プスッ
ウゴウゴウゴ
P(…………これチョコなの…………?)
楓「――あら、そこの小瓶は……?」
P「あ、これですか? ええ、最初に貰ったクッキーの瓶で……」
P「いい包みだったから、洗って小物入れにしてみてるんですよ」
ちひろ「美穂ちゃんですね。――それにしてもあれ、いいCMでしたね」
ちひろ「このポスターも。最初は少し心配だったけど、そんなの杞憂でしたよ」
P「はい。本人はこれ貼ってると恥ずかしがるんですけどね」
P「けど大きな一歩ですから。これはもうばっちり残しておかないと」
ちひろ「ええ♪ あ、お茶淹れてきますね」
P「お、ありがたい。お願いします」
P「――お菓子の館の女主人か。うん、何度見てもばっちりだ」
P「さて。せっかくだから、ありがたく貰うとしようか――」
P「いただきます」
周子「んまいねこれ」ムシャムシャ
こずえ「あまみー……」モグモグ
P「オアアーッ!?」
~オワリ~
以上です。バレンタイン美穂ちゃん引けた記念&Sweetches一周年記念。
お付き合いありがとうございました。依頼を出しておきます。
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