小日向美穂「トリック オア 黒猫さん」 (18)
ちょっと遅れちゃいましたがハロウィンのお話です。
美穂ちゃんと藍子ちゃんのお話。
美穂ちゃん視点。
よろしくお願いします。
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「あ、藍子ちゃん、待ってぇ…」
空は快晴。夏も終わって少しひんやりする風が心地よい…そんな中散歩をしていたら、いつもはゆるふわしてる藍子ちゃんが「黒猫さんっ!」とカメラ片手に駆けていきました。
「怖くないですよー、怖くないですよー」
そう言ってじりじり近寄る藍子ちゃんが何かに気付いたみたいです。
「あれ?この子…」
「どうしたの?藍子ちゃん」
「美穂ちゃん、見てください。ほら、怪我してる…」
あっ、ほんとだ。黒猫さんの前足が少し変な方向に曲がっているのが見えて、胸がぐっと苦しくなりました。
「ど、どうしよう…ほっとけないよ…」
「はい…私も同じ気持ちです…。そうだ、美穂ちゃん、カバン持っててくれますか?」
「え?うん…」
藍子ちゃんは首に巻いていたスカーフをしゅるりと取って、黒猫さんを包むように持ち上げました。
「もう、大丈夫だからね」
そしてそう優しく言いました。
「…で、連れて帰ってきたわけか…」
「「ごめんなさい…」」
「いやいや、2人が謝ることはないよ」
寮はペット禁止だし、藍子ちゃんの家までは電車を使わないと帰れない…ということでひとまず事務所に連れてきました。
「ただ雪美のペロみたいな飼い猫と違って、野良猫は病気持ってる可能性もあるからな…よし、怪我もしてることだし動物病院に行って、ついでに検査してもらおう」
「いいんですか?」
「ああ…まあ、その…ほっとけないしな」
ふふっ、と藍子ちゃんと目を合わせて笑います。やっぱりプロデューサーさんは優しいね。
「それじゃあ早く行きましょう!」
「お、藍子に急かされるとは珍しいこともあるもんだ」
「いつもは逆だもんね、ふふっ」
「わ、私だって急ぐ時はありますよ〜」
むくれてる藍子ちゃんもかわいいなっ。
「骨は折れてないみたいだし、しばらく安静にしてればちゃんと治るよ」
「本当ですか?良かったぁ…」
「良かったね、黒猫さん」
藍子ちゃんが優しく撫でると、黒猫さんはにゃあと嬉しそうに鳴きました。
「ただもう結構なお年寄りだから、大事に見守っていてあげてください」
獣医さんは優しい声で言いました。この獣医さんに診てもらえて良かったなと思いました。
「獣医さん、本当にありがとうございました。藍子、美穂行こうか」
「「はい」」
診察室を出ようとすると獣医さんに「ちょっとおふたりさん」と呼び止められました。
「な、なんでしょう…?」
「アイドル、頑張ってね」
「…!ありがとうございます!」
帰りの車で喜びが顔に出てしまう私と藍子ちゃんが面白かったのか、プロデューサーさんはずっと笑っていました。
黒猫さんも釣られてにゃあにゃあ鳴いていました。笑っていたのかも…ですね♪
黒猫さんは怪我が治るまで、事務所で療養できるようになりました。プロデューサーさんが色々なところに掛け合ってくれたみたいです。
福利厚生?人格形成?がなんとかって言いくるめたんだって。
「ネコちゃんはどこにゃ!」
「お、騒がしいのが帰ってきたな」
「みくちゃん、まずは手洗いうがいしてね」
「はい、ちひろさん!」
黒猫さんは早くも事務所のアイドルになっていました。
「ねーねー藍子ちゃん、この子なんて名前なの?」
みりあちゃんが黒猫さんを撫でながら聞きました。
「そういえばまだ決めてなかったかも…美穂ちゃん何かある?」
「えっ?そうだなぁ…私はずっと黒猫さん、って呼んでたけど…」
「美穂ちゃんも?実は私もなの♪」
「あー!おそろいだー!」
黒猫さんは何事にゃ?と、キョロキョロ私たちを見回しています。
「じゃあ…黒猫さんで♪改めてよろしくね、黒猫さん」
「えへへー、黒猫さん♪よろしくー!」
私たちの言葉がわかるみたいに黒猫さんはにゃあと返事をしました。
「ふふ、黒猫さんもよろしくだって」
「え!?美穂ちゃん、黒猫さんの言ってることわかるの!?すごーい!」
「え、あ、そのっ」
目線で藍子ちゃんに助けを求めたけど…
「く、黒猫さん、よしよーし」
あ、藍子ちゃん〜!
「藍子チャン!みくにも撫でさせて〜!」
みくちゃんが来てくれたおかげでうやむやになったけど、あとでみりあちゃんに、
「ほんとは美穂ちゃんが黒猫さんの言葉わからないって知ってるよ、えへへ」
って言われました…。ほんとにかわいい小悪魔です…。
「はあ…ごめんなさい…」
「美穂ちゃん、気にしないで」
「そうそう。しっかり切り替えて今日の経験を次に活かそう」
今日は藍子ちゃんと2人でミニライブのお仕事でした。でも…歌詞を間違えちゃってから動揺して、ミスの連続…。ファンのみんなは優しく応援してくれていたけれど…。
「今お茶入れてくるから座って休んでてな」
「はい…ありがとうございます」
藍子ちゃんが隣に座って手を握ってくれます。あったかいなと思っているともう一方の手にも温もりを感じました。
「黒猫さん…」
「ふふ、黒猫さんも美穂ちゃんに笑顔になって欲しいんだよ」
にゃあと黒猫さんが返事をしました。
「…黒猫さん、ありがとう」
「もう大丈夫そうだな」
プロデューサーさんがくまさん柄のカップを渡してくれました。
「藍子ちゃんとプロデューサーさんもありがとうございます」
「ううん、いいんです。私も元気な美穂ちゃんが大好きだから♪」
「あ、ありがと…」
藍子ちゃんは時々大胆なことを言います…。て、照れちゃうよ〜…。
そんな私の気持ちなどお構い無しに、黒猫さんは私の膝の上に登ってきて、くるりと丸まって眠り始めました。
「黒猫さんもだいぶ脚が良くなってきたみたいですね」
「そうだな、誰かが事務所に来ると走って迎えに来ることもあるし。ただまた怪我しないように気をつけなきゃな」
「はい。私たちがちゃんと見守っていてあげますからね」
藍子ちゃんが優しく言いました。大切な人(と猫)に囲まれて、気付いたら私も眠ってしまっていました。
プロデューサーさんがあとでその写真を見せてきて、とっても恥ずかしかったです。…優しいけどいじわるなんです、まったくもう…。
お仕事帰りに藍子ちゃんと事務所に寄ると、今日も黒猫さんはみんなに可愛がられていました。
「黒猫さんかわいいですね」
「はい!人懐っこいし、ふかふかだし…!」
「はい、ドーナツどーぞ♪」
「ダメですよ、法子ちゃん!」
「えへへー、有香ちゃん、冗談だってー。あっ」
ゆかりちゃん達の中心にいた黒猫さんが藍子ちゃんの方に駆けてきました。
「やっぱり藍子さんに一番懐いていますね」
「そ、そうかな…えへへ」
藍子ちゃんが嬉しそうに頬をかいています。
「そうだよ!あたしが猫だったとしても、藍子ちゃんに懐くもん!」
「確かに藍子ちゃんといると安らぎますもんね…あたしも猫だったら…」
「もう、2人とも何言ってるんですか」
私も法子ちゃんと有香ちゃんの気持ちわかっちゃうな、あはは…。
「藍子ちゃんの優しさが伝わってるんだよ」
「美穂ちゃん…えへへ、そうだといいな」
そこにプロデューサーさんがやってきました。
「藍子と美穂、2人ともいたか。嬉しいニュースだぞ」
なんだろう…背筋を正してプロデューサーさんの言葉を待ちます。
「2人のユニットデビューが決まったぞ!しかも新曲付きだ!」
え…!?
「私たちが…」
「ユニット…?」
「「や、やったぁ…!」」
藍子ちゃんと二人して目を潤ませながら抱き合いました。その場にいた3人も祝福してくれます。
「藍子さん、美穂さん、おめでとうございます…!」
「えへへ、おめでとっ!あ、黒猫さんもお祝いしたいって!」
法子ちゃんに抱き上げられた黒猫さんがおめでとにゃ!と祝福してくれました。法子ちゃんの声で…ですけど♪
「はは、実はハロウィン企画で2人に話が来ててな。2人の相性が良さそうだし、これを機にユニットとしてデビューできないかと思って色々かけ合ってたんだ」
「「プロデューサーさん…ありがとうございます!」」
「そんなに喜んでもらえると俺も嬉しいよ」
その後、ちひろさんがサプライズでパーティを開いてくれて、みくちゃん達も駆けつけてくれて…とても幸せな1日になりました。
「黒猫さんが幸せを運んできてくれたのかもしれませんね、ふふっ」
パーティの後、藍子ちゃんが黒猫さんを抱きながら言いました。
「えへへ、そうだね。ありがとう、黒猫さん」
黒猫さんは満足そうに、にゃあと鳴きました。それを聞いて藍子ちゃんと顔を見合わせて笑って…でも、この時私は何か勘違いをしていました。
藍子ちゃんと黒猫さんと私。2人と一匹の幸せな空間はこのまま続いていくんだと。そう無意識に信じていたんです。
「帰って…来ないですね…」
「うん…」
黒猫さんが突然姿を見せなくなってから、もう一週間が経ちました。猫は自分の最後を悟ると姿を消す。そんなホントかウソかわからない知識が頭をぐるぐると回ります。
「藍子ちゃん、大丈夫?」
「え?は、はいっ。いつまでも落ち込んでたら、黒猫さんも怒っちゃいますよね、えへ…」
みんな悲しんでいるけれど、一番心配なのは藍子ちゃんです。いつもより笑顔が減って、ぼーっとしてることも増えて…一緒にいて何もしてあげられない自分がふがいなくて泣きそうになります。
「美穂、藍子、スタジオ行くぞー」
「はい、プロデューサーさん。ほら藍子ちゃん、行こう?」
「あ、はい…」
黒猫さんがいなくなった悲しみと藍子ちゃんに何もできないことが悔しくて。せっかくの藍子ちゃんとのお仕事だったのに、楽しむことができませんでした。
プロデューサーさんに相談したら、私と同じ気持ちを抱えているようでした。
だから最近は忙しい中、できる限り藍子ちゃんに付いてくれています。
私も何か…何か藍子ちゃんのためにしてあげたい。私が落ち込んだ時に立ち直れたのは藍子ちゃんと黒猫さんの優しさがあったからなんです。
でも今は黒猫さんがいなくて、藍子ちゃんは辛そうにしていて…
「どうしたら、いいのかな…」
「美穂ちゃん?」
「えっ?」
気付いたら考えを口に出してしまったようです。寮のソファで編み物をしていた穂乃香ちゃんが心配そうな顔をしています。
「美穂ちゃん、最近元気がないようですけど…大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だよ!私はね…でも藍子ちゃんが…」
穂乃香ちゃんは編み物の手を止めて、真剣に私の話を聞いてくれました。
「そうですか、藍子ちゃんが…私も何かできればいいんですけど…」
「うん…」
穂乃香ちゃんの苦しさも痛いほど伝わってきます。でも…
「私たちまで暗い顔してたらダメだよねっ。藍子ちゃんに笑顔になってもらうにはまず私たちが笑顔じゃないと!」
「美穂ちゃん…!そうですね」
「えへへ…穂乃香ちゃん、何作ってるの?」
そう尋ねるととっても幸せそうな顔で、ぴにゃこら太の編みぐるみを見せてくれました。
「自分用に…えへへ」
「ふふっ、かわいいね」
編みぐるみかぁ…編みぐるみ…
「あ!」
「ど、どうしたんですか?」
「穂乃香ちゃん、お願いっ。私にも作り方を教えてっ!」
「で、できたぁ…!」
「美穂ちゃん、おめでとうございます!」
「穂乃香ちゃん、本当にありがとう!」
「いえいえ♪…藍子ちゃんに喜んでもらえるといいですね」
「うん…!」
明日はハロウィン。私と藍子ちゃんのユニットで初めてファンの皆さんの前に立ちます。
「お願い黒猫さん…力を貸して…!」
どこかでにゃあと、声が聞こえた気がしました。
ハロウィンの朝は気持ち良い晴れ空でした。黒猫さんと出会った時の空のようです。
プロデューサーさんにお願いして、本番前に私と藍子ちゃん、2人でゆっくりする時間を作ってもらいました。
「おはよう、美穂ちゃん」
「藍子ちゃん…おはよう…」
よ、よし…!
「あ、あの、藍子ちゃん!」
「美穂ちゃん…?」
「と、トリック オア 黒猫さん!」
「え…?」
あ、これじゃあ私が黒猫さんもらう方だ…!もうこうなったらこのまま…が、がまだせ、私!
「トリック オア 黒猫さん!」
「く、黒猫さん…」
戸惑いながらも藍子ちゃんは答えてくれました。
「じゃ、じゃあ藍子ちゃんには黒猫さんをあげちゃいます、はいっどうぞ」
「え、どういう…?あ…!これ…!」
藍子ちゃんの手に少しいびつな黒猫さんがちょこんと収まりました。
「えへへ…穂乃香ちゃんに習って作ってみたんだ。藍子ちゃんに元気になってほしくて、それで…ひゃっ!」
気付くと藍子ちゃんは私の胸に顔を埋めて、肩を震わせていました。
「ぐすっ、ありがとう、ありがとう、美穂ちゃん…!」
「あ、藍子ちゃん…うん…寂しかったよね、辛かったよね」
「うん、うん…悲しくて、でもこんなこと初めてで、どうすればいいのかわからなくて…!」
藍子ちゃんの心が解きほぐされていくのを感じました。黒猫さんが助けてくれたのかな?
私は藍子ちゃんに気持ちが伝わるように、ぎゅっと抱きしめ返して言いました。
「もう、大丈夫だからね」
「ユニットお披露目の大成功を祝してー」
「「「かんぱーい!」」」
今日のお披露目イベントは久しぶりにとっても楽しいお仕事になりました。落ち込んでた分を取り返せるようにもっとがんばります!
「お、それが美穂が編んだ黒猫さんか?」
「はいっ♪とっても可愛くてあたたかくて…私の宝物です」
「宝物なんて…そんな…えへへ」
あまりできがいいとは言えないけど…藍子ちゃんに気持ちが届いているみたいで嬉しいな。
「穂乃香さんにもお礼言いたいです…事務所で会えるかな?」
「うーん…そうだ!藍子ちゃんも寮に遊びに来たら?プロデューサーさん、いいですよね?」
「ああ、問題ないよ」
「それじゃあ今度おじゃましようかな…えへへ♪」
また楽しみが一つ増えました♪
「黒猫さんも…ありがとう」
それと藍子ちゃんが黒猫さんの編みぐるみに小さくお礼を言っているのを、私は見逃しませんでした。
「お会計してくるから先に車に乗っといてー」
「「はい、ごちそうさまでした」」
2人で車に向かいながら楽しかったねーと話していると藍子ちゃんが改まって言いました。
「美穂ちゃん、本当にありがとう。私、黒猫さんが急にいなくなって、心にぽっかり穴が空いたみたいになっちゃったんです」
黒猫さんの編みぐるみをぎゅっと抱きしめて藍子ちゃんは続けました。
「でも美穂ちゃんの優しさが埋めてくれました。私、美穂ちゃんと出会えて本当に良かったです♪」
「藍子ちゃん…ううん、私はいつももらっている分お返ししたかったの。私こそ、藍子ちゃんに出会えて良かったよ、えへへ」
お互い照れくさくなって少し笑いました。
「明日からもよろしくお願いしますね」
「うん!それにしても…泣いてる藍子ちゃんも可愛かったよ♪」
「そ、それは…もう、ふふっ」
もう藍子ちゃんはいつもの藍子ちゃんでした。私たちの…私の大好きな、いつもの藍子ちゃんです。
藍子ちゃんを駅まで送り届けたあと、プロデューサーさんに寮まで車で送ってもらっています。
「美穂、藍子のことありがとうな、本当に」
「えへへ、お礼ばっかりでくすぐったいです」
「はは、そうか」
「…プロデューサーさん」
「どうした?」
「トリック オア 黒猫さん?」
「…!あはは…よくわかったな。これをあげるからイタズラはしないでくれな」
プロデューサーさんは小さな包みを取り出しました。
「…えへへ」
「その…藍子は美穂の黒猫さんでもう元気になったみたいだから…美穂がそれを持っててくれたら嬉しいよ」
「…!はいっ、大事にします…大事に…!」
小さな黒猫さんのチャーム。やっと私の目からもあたたかい涙が流れました。
黒猫さん、あなたのおかげで私の大好きな人たちをもっと好きになれたよ。
ありがとう♪
終わり
藍子ちゃんと美穂ちゃんのお話が書きたくて書きました。
「がまだせ」は今はあまり使われていない方言らしいです。
読んでくださったみなさま、ありがとうございました。
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