これはモバマスssです
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高垣楓です……
私、自己紹介とかってあまり、得意じゃなくて……
こんな時、何を話せばいいのか……
あの……頑張りますので、プロデュースよろしくお願いします。
担当アイドル、高垣楓との最初のやりとりはこんな感じだった気がする。
ようやく仕事も安定してきて、初めて俺が一人で担当したのが彼女だった。
喜びと同時に、多大な不安に押しつぶされそうになったのを覚えている。
あともともとモデルをやっていたらしく、俺と大して変わらない身長に若干威圧感を覚えたのは内緒だ。
ふんわりとしたボブカット風の髪型に、左目の泣きぼくろがチャームポイントのややあどけない顔立ち。
二十代半ばと言われても、大人び過ぎているような、けれど子供っぽさの残る表情と立ち振る舞い。
よく見るとオッドアイだったり綺麗過ぎる髪だったり。
兎に角、初対面の俺はその神秘的な姿に面白いくらい緊張してしまった。
内面は、どちらかと言えば内向的。
自分の考えを人へ伝えることはあまり得意ではなく、自己紹介も一瞬で終わってしまったのを覚えている。
けれど実は案外抜けているところや天然なところがあり、駄洒落が好きだと知った時はむしろ安心したくらいだ。
思った以上に、等身大な女性だった。
そんな彼女と、俺は二人三脚で必死に進んできた。
衣装を着ると、自分はアイドルなんだって実感が沸いてきました。
ふふっ、今更って感じですけど………改めてよろしくお願いしますね、プロデューサー?
お疲れ様です……仕事終わりに1杯、どうですか?
今夜は寝かせませんよ?
ついに私もCDデビューです。
喜んでくれますか?……良かった、私もうれしーでーす。
なんて、少しお茶目な彼女に支えられて。
CDデビューも迎えて、ソロライブも無事に終了し。
今ではテレビで見ない日なんて無いくらいブレイクし。
時に呆れながら、時に驚かされながら。
俺の人生初めての担当と、一周年を迎えた。
今まで、本当にありがとうございました。
次に私を導く場所は……きっとそこもまた、特別な場所になるでしょう。
私達は、どんな場所へ行っても、プロデューサーとアイドルですから……ね?
改めて……これからも、よろしくお願いします。
彼女のそんな言葉に、俺は救われた気持ちになった。
正直、不安で仕方がなかった。
この路線でいいのだろうか、他の敏腕な先輩たちならもっと上手く売り出せたんじゃないか。
彼女が不満を抱いていたらどうしようか。
不安で寝れない日が何日あっただろうか。
けれど……俺は、間違っていなかった。
それを知れて、本当に良かった。
こっそりお手洗いで大泣きしたのは、多分バレているだろう。
彼女に嘘なんて、きっと通じないんだから。
さて、そんな高垣楓とのプロデュース生活二年目に突入して。
これは、そんなある日の出来事。
雨が降り続ける毎日に嫌気マシマシな午後。
事務所のソファで書類片手にスタミナドリンクを飲んでいる時だった。
「あ……お疲れ様です、プロデューサー」
「お疲れ様、楓さん。今日はもうあがりですよね?」
部屋へと戻ってきた楓さんは、レッスン後だからか少し汗をかいていた。
湿気はそのままに室温の高いレッスンルームで激しい運動をしていたら、それは汗をかいても当たり前たろう。
そんな人間として当たり前の事象ですら美しく見えてしまうのは、高垣楓のポテンシャルが高過ぎるからか。
今の彼女をそのまま写真に撮って写真集を出しても、きっと日本中の書店で売り切れ続出になるだろう。
ところでシャワーを浴びてから部屋に寄ると思っていたが、部屋に着替えでも忘れてしまったのだろうか。
「いえ……その、少し……大胆に、なってみようと……」
……大胆に?
それは、どう言う意味だろう。
「プロデューサー。隣、大丈夫ですか?」
「いいですけど……先にシャワー浴びて来ちゃったらどうですか?風邪ひきますよ?」
薄いレッスン着でソファの隣に座られるというのは、些か目のやり場に困る。
かといってずっと書類に目を通し続けていても拗ねるだろう。
そちらを凝視しないよう脳内で羊の数でも数えてようか、なんて考えている間に楓さんは隣に座っていた。
何故女性ってこんなにいい香りが……げふんげふん。
「あ……お仕事中でしたか。すみません……」
「あぁいえ、大丈夫ですよ。ちょうど休憩しようと思っていたので」
「ビール、淹れましょうか?」
「せめてお茶だとありがたいんですけどね」
こんな軽口を叩きあえるようになるなんて、一年前では想像も出来なかったな。
だから楓さん、どこからともなく缶ビール取り出さないで下さい。
え、ほんと何処から出したんだろう。
「ふふっ、冗談です。お仕事中にお酒を飲む枠なんてありませんよね」
枠……わく……あ、ワークか。
分かりづらい駄洒落に気付かないと、服の後ろにシール貼られるから危ない。
「8点ですね」
「あら、厳しいんですね」
「今後の発展に期待してますよ」
「……プロデューサー、酔ってるんですか?」
酔ってない。
理不尽な会話に泣いてもない。
「プロデューサー。私、少し眠くなってきました」
「レッスン後ですからね。シャワー浴びたら少し仮眠とってから帰りますか?」
「ですから、少し読み聞かせをして頂けませんか?」
俺の声が届いていないのは、彼女が疲れてるからだと信じたい。
そして彼女が差し出した本……雑誌も、勘違いであると信じたい。
「……楓さん。これ絶対読み聞かせで読むものじゃありませんって」
「あら、プロデューサー大人なのに文字が読めないんですか?」
「いや読めますけど」
「では、読んで下さい。さぁ……!」
……明るい表情がとても可愛らしい。
すこし意地悪な目も、とても魅力的だ。
眠かったのではないのだろうか。
「私が寝たら、襲うつもりだったんでしょう……?」
「あの」
「だって……先ほど発展、と……」
「あー、なるほど、そういう意味じゃ無いです本当に」
……で。
読むの?これ?
「はい。お願いします」
「……二十代女性の婚活事情」
まさか、担当アイドル(25歳)に。
事務所でゼクシ◯を読み聞かせる日が来るとは思わなかった。
「ーーなんて事もあるので、結婚してから後悔しないようきちんと調べておこう」
「はい、ありがとうございました」
……なんで俺は、事務所でゼクシ◯を読み聞かせていたのだろうか。
いや、事務所じゃなくてもおかしいと思うけど。
なんか勢いで特集のページ読み終えちゃったけど。
「さて、プロデューサー。どうでしたか?」
「どうって……恥ずかしかったんですけど」
「結婚は、恥ずかしい事なんですか……?」
「婚活誌を女性に読み聞かせる事は恥ずかしいですね」
何故、楓さんは俺にこれを読ませたのだろう。
単にたまたま何処かで見掛けたから、なんて可能性が高そうだが。
「ところでプロデューサー。結婚したくなりませんでしたか?」
二十代女性の婚活事情特集を読んで結婚したくなった男性は世の中いにるのだろうか。
「ほんと、なんでこれ読まされたんですか?俺」
「最近、雨がずっと降っていますから……」
「なにかあるんですか?」
「ジューンブライド、です」
今十月なんですが。
「雨が多いと、六月と勘違いしちゃう事ってありませんか?」
そんな傾向は聞いたことがない。
あとジューンブライドって言われるのは六月が晴れが多いからだった気もする。
「それで、結婚を考えたくなったりは……」
「いやだから無いですって。そもそも相手がいませんし」
言ってて悲しくなってきた。
まぁ仕方のない事だろう。
一人で結婚は出来ないのだから。
「相手……いないんですか?」
ぐい、っと。
楓さんが俺の顔を覗き込んできた。
「ほんとうに、いないんですか?」
「ちょ、楓さん近い近い!」
物凄くドキドキする。
彼女の透き通った瞳で見つめられると目をそらせない。
え、なんだこの状況?!
ま、まさか……
「でしたら……純情な乙女なんて、如何でしょうか?」
「か、楓?!」
そのまま、楓さんはさらに距離を詰めてきて……
「くしゅん」
咳をした。
「すみません、プロデューサー。冷えてきたのでシャワー浴びてきますね」
「あ、あぁはい。体調気を付けて下さいね」
バタン、と。
そのまま言ってしまった。
……なんだったんだ。
「なんだったんだ?!」
俺の純情を弄んだだけだったのだろうか。
その後の仕事は、若干誤字が多くてちひろさんに微笑まれた。
目は笑っていなかった。
「……ふふっ」
「あら、楓ちゃん機嫌良さそうね。何かあったの?」
「はい。六月気分、です」
昨日から降り続けている雨は、未だ衰える事なく人々のやる気を削いでいた。
もちろん俺も例に漏れず、やる気は地を這っている。
朝カーテンを開けば空は暗く、ドアを開ければ吹き込んで来た雨に服が濡れるとそれだけで回れ右したい気分になった。
傘を片手に道を歩けば靴は水たまりにダイブ、ズボンの裾の色が変わるのも気が滅入り、外は寒いわ電車内は蒸し暑いわとなんかもう色々嫌になって。
丁度いい空調に設定されている事務所に到着した時は、もう此処で暮らしたいなんてアホな事を考えてしまった程だ。
カタカタとキーボードを叩きながらディスプレイと睨めっこ。
今日は外に出る予定が無くて本当に良かった。
夜になる頃には雨が止んでくれるととてもとてもありがたいが……
「明日まで雨みたいですね」
ちひろさんの一言で、俺はトドメを刺された。
「ほんと嫌になりますよね……髪は跳ねるわ靴は濡れるわで」
「そうですね……とはいえ、言ったところでどうにかなる訳でもありません。景気付けにスタミナドリンクなんて如何ですか?」
「あー、今は大丈夫です。これ終わったらお昼買いに行ってきますんで」
そこまで言って、外が雨である事を改めて思い出した。
はぁ……と、ため息を一つ。
外、出たくないなぁ。
「ん、冷蔵庫にゼリー入れといたんだった。それでいいか」
「あ、すみません。その……私、差し入れかと思って……」
ため息、ダブルで。
なんてこったマイゼリー。
しかしここで怒るのも大人気なさ過ぎるだろう。
仕方がない、コンビニ行くとするか。
「あぁいえ大丈夫です。何も言わずに突っ込んでおいたこっちにも非はありますし、コンビニ行ってきますよ」
「ふふっ、ありがとうございます。ご馳走様でした」
ちひろさんもご機嫌の様だし、良しとしよう。
「ぷくー……プロデューサー、私もゼリー食べたかったです」
「あら。おはようございます、楓さん」
「おはようございます楓さん。今後は冷蔵庫に入れる時名前書いとくかな……」
いつの間にか、楓さんが部屋に入ってきていた。
今日はとても寒かったからか、普段よりも厚着な格好だった。
冬もののトレンチコートが凄く似合っている。
雨だというのにサラサラと流れる髪はとても美しい。
使ってるシャンプーが気になるところだ。
「……楓、です」
「……?いや、分かってますけど……」
「ぷくー」
「マイブームなんですか?それ」
かわいいけど。
正直写真撮って待ち受けにしたいくらいだけど。
「さて、プロデューサー。他の子とのお話、楽しいですか?」
「いきなりどうしたんですか楓さん……」
「実は少し前から部屋にいたんですが……会話の円に加わってエンジョイする事が出来ませんでした」
加わる……join……エンジョイか。
今回のは若干難易度が高い気がする。
「やっぱり、自分のものには名前を書くべきなんでしょうか?」
「まぁ冷蔵庫に入れる時はそうした方が良いかもしれませんね」
「む、プロデューサーさん。ちょっと意地悪じゃありませんか?」
「あぁいや、そう言うつもりじゃないですって」
「そう言えばプロデューサー。私、お弁当作ってきたんです」
「え、楓さん自炊出来たんですか?」
「おかげで、朝食を食べる時間が殆どありませんでした。超ショックです」
そこまでショックを受けてはいなさそうだ。
あと割と失礼な事を言ってしまった気もするが、気にしていない様だし流しておこう。
……と、待てよ?
お弁当を作ってきたのだと俺に報告したという事は。
もしかして……
「そのお弁当って、もしかして」
「はい。私、プロデューサーと一緒に食べたくて……」
「楓さん……」
「自分用に作ってきました」
「コンビニ行ってきます」
勘違いは悲しみしか生まない。
いや、悲しんでなんてないし勘違いもしていないが。
昼食なのに中どころか大ショックを受けた気がしなくもないが。
「プロデューサー」
楓さんが、優しく微笑み掛けてくる。
まるで天使の様な笑顔だ。
どうしようもない俺にどうしようもない天使が降りてきた。
「どうしましたか?」
「私の分のゼリーもお願いします」
ポン、と背中を押された。
追い討ちとも言うかもしれない。
「了解です。ちひろさんも、何か買ってきましょうか?」
「いえ、私は大丈夫です」
「それじゃ、行ってきます」
ドアノブに手を掛けたところで。
「あ、プロデューサーさん……」
「行ってらっしゃい、プロデューサー。ゼリー、お願いしますね?」
一瞬ちひろさんに止められた気もしたが。
まぁ、特に何もなさそうだし大丈夫だろう。
傘を片手に、俺は事務所隣のコンビニへと走った。
レジで支払いをしている時、なんとなく違和感を覚えた。
気のせいだろうか、周りの人が此方を見ては変な表情をしている。
何が原因だかは分からないが注目を集めるのは得意じゃない。
さっさと事務所に戻ろう。
雨はまだ止みそうにない。
確かちひろさんが明日まで降るとか言ってたなぁ。
そんな事を考えながら事務所の廊下を歩いていると、同事務所のアイドルである川島瑞樹とすれ違った。
軽く挨拶して立ち去ろうとしたところで……
「……ねぇ、楓ちゃんのプロデューサー」
川島さんが、此方へ振り返った後に話しかけてきた。
「どうかしましたか?川島さん」
「えっと、買い物帰りかしら……?」
「はい、昼食を買いに。何かありましたか?」
なんだか、話しずらそうな顔をする川島さん。
はぁ、なんてため息をついている。
どうしたのだろう。
自分の担当には話せない深刻な悩みでもあるのだろうか。
「その、言い辛いんだけど……」
と、その時。
パラリと、紙が剥がれ落ちた。
俺の背中からーー
「……それ、貼り付けられてたわよ。多分楓ちゃんね……」
『楓』と、デカデカと書かれた紙が……
「……楓ぇ!!」
「楓さん、随分と子供っぽいイタズラをするんですね……プロデューサーさんが戻って来る前に逃げなくて良いんですか?」
「ふふっ。プロデューサーに教えて貰った事ですから」
「さて、お疲れ様でした」
「はい。お疲れ様です、プロデューサーさん」
今日の業務を終え、帰る支度をささっと済ませ部屋を出た。
本日の天気は曇り。
昨日一昨日と連日雨続きだった為、曇りですらも過ごしやすく感じてしまう。
とはいえ寒さは昨日以上で、コートと手袋が手放せない。
最寄りから家までの間に肉マンを買いたくなってしまうような夜の事。
人のいない廊下を歩いて、エレベーターで1階へ向かい。
ロビーを抜けて建物の外へと出ようとしたが……
「雨降ってるじゃん……」
なんてこった、神は死んだ。
一応折り畳みは持ってきているが、雨の中歩かなきゃいけないのは気が滅入る。
せめて駅に着いてから降り出してくれていればよかったのに。
仕方がない、走るか……とため息を白い蒸気に変えようとしたところで。
「あ……お疲れ様です、プロデューサー」
担当アイドル、高垣楓の姿を見つけた。
「隣、いいですか?」
「人となりを良くしてからでしたらどうぞ」
楓さんがスマートフォンを置き此方の反応を伺っていたがスルー。
気にせず彼女の隣に腰かけた。
スーツ姿だしなりが悪いとは思いたくない。
人が良いかどうかは知らない。
人が誰も残っていないロビーの、正面玄関付近のベンチで二人。
なかなかどちらも口を開かず雨の音だけが聞こえてくるが、そんな静寂もどことなく心地よい。
雨は止みそうにないが、いっそずっとこの時間が続けばいいのになんて思ってしまう。
「雨、降ってくるなんて思ってなくて……ですから、止むまで一休みしてました」
「どうなんでしょう。この後止むんですかね」
「分かりません。ところでプロデューサー、コーヒーは如何でしょうか?」
そう言って、楓さんは此方へ缶コーヒーを差し出した。
「誤って二本買ってしまったので、貰っていただけるとありがたいです」
「そういう事なら遠慮なく。ありがとうございます」
プルタブを開け、あったかいコーヒーを飲む。
ホットコーヒーは良い、寒ければ寒い程美味しく感じる。
「ホットコーヒーって良いですよね。ホッとします」
「プロデューサー、お疲れみたいでしたから。ほっとけずに声掛けちゃいました」
少し寒さが増した気がする。
と、まぁそんなアホな事はおいといて。
楓さんは傘を忘れてしまっているようだ。
おそらく雨が止むのはかなり先になりそうだし、かと言って雨の中傘も持たずに歩いては風邪をひいてしまうかもしれない。
確か、部屋に予備の傘があったはずだが……
ピロンッ、と俺のスマホに通知が入った。
送り主はちひろさん。
『部屋の鍵、閉めて返しました。明日も頑張りましょう』
……仕方がない、俺の折り畳みで我慢して貰おう。
まぁ俺はコンビニまで走れば良い。
大して距離はないのだから。
「コーヒー飲み終わったら出ましょうか。傘は俺のを貸しますから」
「それは流石に申し訳無いですから……あ、プロデューサー」
「ダメです」
「イヤです」
返事が早い。
うん、はっきりと自分の意思を伝えられるのは大切な事だ。
「……俺、折り畳み二本持ってますから」
「プロデューサー」
じー、っと。
楓さんが俺の目を見つめてくる。
恥ずかしくて晒したくなるが、顔を両手で抑えられてしまってそうもいかない。
……はぁ。
「分かりました。コンビニでもう一本買うまで、ですからね」
「ふふっ、ありがとうございます」
眼鏡とマフラーと帽子で変装して貰えば大丈夫だろう。
それにコンビニまでの短い距離だし。
最悪ちひろさんの力を借りれば何とかなる。
役得だなんて思ってない、決して。
「……あれ?」
コーヒーを飲んで一息つこうとしたところで。
「あら……どちらがプロデューサーのでしょうか?」
楓さんとの間に、二本の缶コーヒー。
どちらが自分のだか分からなくなってしまった。
貰った理由上、当然どちらも同じメーカーの同じ種類。
持ってみても残量はほぼ同じで分からない。
「……私は、気にしませんが」
「まぁ楓さんがそう言うなら」
「半分飲んでその後交換すれば、半分は自分のコーヒーを取り戻せますよ?」
「そこまで自分のコーヒーに拘ってないので大丈夫です」
深く気にしたって仕方がないだろう。
並んで置かれた缶コーヒーの片方を手に取り傾ける。
もちろん飲んだところで自分のかどうかなんて分からないし、考えない方がいいか。
にしても屋内とはいえ気温は低いようで、缶コーヒーはかなり冷めていた。
「……間接キス、ですね」
「考えないようにしてたんで言わないで貰えます?それに確定じゃありませんから」
「では、二分の一間接キスですね」
新しいワードが生まれた気がする。
「そして私も飲めば、二分の一が二回できちんとした間接キスです」
微笑みながら缶を傾ける楓さん。
コーヒーを飲むだけで様になるなんて、ちょっとズルい気もする。
こんなにも俺の目を釘付けにしているのだから。
「ふふっ、ご馳走様」
ホットコーヒーを飲んだからか、彼女の頬は少し赤く染まっていた。
「さて、そろそろ出ましょうか」
「ですね、行きましょう」
自動ドアをくぐれば、一気に冷たい空気が流れ込んできた。
まだ十月だと言うのに寒すぎじゃないだろうか。
「それでは、失礼します」
楓さんが、俺の折り畳み傘に入り込んできた。
距離が近すぎるどころか殆ど密着しているが、傘が小さいのだから仕方のない事だろう。
濡れて風邪をひくよりはよっぽどマシだ。
「相合い傘って良いですね……学生の頃からの夢でした」
「はいはい、行きますよ楓さん」
二人並んで事務所を出る。
雨の匂いだけでなく少し甘い香りがしたが、そっちには意識を向けないようにする努力を怠らない。
時折触れる彼女の髪がサラサラしてるとか、それも考えないようにする。
願わくば心臓バックバクな事が伝わりませんように。
「……月が、綺麗ですね」
「雨降ってて月見えませんけど」
「……むーん、ツキがありませんね」
下らないやりとりが、この上なく心地よい。
ずっとずっと、続けていたくなる。
とはいえまぁそんな事が現実になる筈もなく、間も無くしてコンビニが姿を見せた。
「それじゃ、傘買ってきますから」
「あ、大丈夫ですよ」
そう言って、楓さんが俺を引き止めた。
何が大丈夫なのだろうか。
駅まで一つの傘で向かうのは流石によろしく無いが……
「私も折り畳み、持ってますから」
そう言って、楓さんは鞄から折り畳み傘を取り出した。
「……楓ぇ!」
「ふふっ。持ってない、なんて言ってませんでしたよ?さ、行きましょう?」
『ちひろさん。部屋の鍵は既に閉めた、とプロデューサーに伝えていただけませんか?』
『構いませんが、何かあるんですか?』
『チューリップ作戦、です』
「……雨、止みませんね」
「ですね……帰り、電車止まってないといいんですけど」
外を見れば、あいも変わらず雨は窓を叩き続けていた。
台風が直撃した月曜日の夕方、コーヒーを片手に帰りの道を慮る。
まぁ多分電車は止まっているか笑えるくらいの時間を遅延しているだろう。
大学生だったら休講だったろうが、社会人ともなるとそうはいかない。
と言うか自分の性格的にどんな大雨だったとしても出勤していただろうが。
傘は持ってきているが、この大雨だと大して効果もないだろう。
いっその事傘は置いて全力疾走で帰ってやろうかななんて考え出す始末。
まぁそれ程に雨と風は勢いを増し続けていて。
ちひろさんも俺も、途方に暮れながらコーヒー片手に喋っていた。
「さて……私、書類出して来ますね」
「行ってらっしゃい。外寒いですからね、無事に帰って来て下さい」
「ここ屋内ですから、あとへんなフラグ建てようとしないで下さい」
バタンッ。
ちひろさんが行ってしまった。
後には雨音と時計の針だけが響く。
……誰もいないし、ちょっとくらい巫山戯てもいいんじゃないだろうか。
「ふっ。この程度の雨、大した事ないな……」
「それはあめーんじゃないですか?」
「……」
「お疲れ様です、プロデューサー」
見られてしまったようだな……と続ける勇気は流石にない。
「お疲れ様です、楓さん。今のは他言無用でお願いします」
「……プロデューサー、あーめん」
部屋に寒冷低気圧が発生している。
「何が望みですか?」
「あらプロデューサー、私が人の弱みを握って脅しをかける様な人に見えるんですか?」
「……いや、別に……」
「ですよね。ところでプロデューサー。お酒、飲みたくなったりしませんか?」
それを俗に脅迫と言う。
とまぁ、それはおいといて。
楓さんもこの雨で帰るに帰れないのだろうか。
「いえ、私はプロデューサーで……プロデューサーと遊びに来ただけです」
「聞かなかった事にします。悪いんですが、俺まだちょっとやらなきゃいけない事が残ってるんで」
「では、今私が考えている事を当てて下さい」
……では、の使い方がおかしかった気がする。
楓さんの許可無しに俺は仕事を出来ないのだろうか。
それにしても、今楓さんが考えている事、か……
全くもって分からない。
今日の夕飯だろうか、はたまた気になっている飲み屋だろうか。
考えれば考える程候補が出て来そうだし、さっさとあてずっぽうに言ってみよう。
「雨、止まないかな。ですか?」
「……プロデューサーは、私の事を全然分かっていないんですね……」
何故今シリアスな感じになる。
無理ゲー過ぎるだろう。
「正解は何だったんですか?」
「……プロデューサーの事、です」
どくん、と鼓動が跳ね上がる。
俺の事を……?
それって……
「プロデューサーで、何して遊ぼうかな、と」
何かを期待した俺が馬鹿だった。
現在進行形で弄ばれてるんですが。
「では、罰ゲームの時間ですね」
理不尽にも程がある。
一昔前に流行ったデスゲーム系の漫画だってもう少し勝ち目があったろうに。
「膝枕、どうですか?」
「喜んで」
即答してしまうあたり、男とは哀しい生き物だ。
罰ゲームで膝枕?
何度だって負けてやろうじゃないか。
膝枕って言ったらあれだぞ、膝枕だぞ。
「それではプロデューサー。そこのソファで」
「はい!」
「正座」
「……はい」
おかしい、膝枕な筈だったのに正座させられた。
ご褒美をもらえる筈が正座させられていた。
何処かで選択肢を間違えただろうか。
いやまぁ、罰ゲームだから間違ってはいないのかもしれないけど。
「では、失礼します」
なんて考えていたら、ソファで正座していた俺の太ももに楓さんが頭を乗せてきた。
あぁ、なるほど。
俺が膝枕する側……
「ふふっ、快適です」
「男の膝枕ってどうなんでしょう」
とは言え、これはこれで良い。
楓さんが目の前で仰向けに寝っ転がって、頭を俺の太ももに乗せている。
この距離に彼女の顔があると言うのも、サラサラとした髪が太ももを撫でているのも。
「ところで知ってますか?犬がお腹を見せるのは、信頼の証らしいです」
「楓さん、犬飼ってたんですか?」
「……」
ゴロン、と楓さんが横向きになってしまった。
昔犬を飼っていて、その事を思い出させてしまったのだろうか。
だとしたら申し訳ない。
あとお腹の方を見られるのはいかんせん恥ずかしい。
「……ねぇ、プロデューサー。次の問題です」
「ヒントをくれるとありがたいですね」
「勿論ノーヒントです。いつも、私は何を考えながらプロデューサーとお話してると思いますか?」
いつも、ときたか。
だとしたらさっきと同じ『俺で何して遊ぼうか考えてる』は違うだろう。
うーん、『飲みに連れてってくれないかな』だろうか。
それとも……
「答えは何ですか?楓さん」
「今の時点でハズレです。頑張って下さいね」
難易度、高過ぎじゃないだろうか。
「と言うかそろそろちひろさん戻って来ますから。俺仕事しないと」
「頑張って下さいね」
「いやどいて下さいって」
なかなか退いてくれそうにない。
無理やり起こすのもな……いや、いいか。
「起きて下さいって。持ち上げますよー」
「やーです」
「やーじゃないですよ、まった……く……」
扉の開く音が聞こえて。
そちらを見れば、ちひろさんがにっこにこの笑顔でこちらを見つめていて。
「……プロデューサーさん。私が仕事をしていた間に、何をしていたんですか?寝ている楓さんに」
寝ている楓さん……?
なるほど、客観的に見れば寝てる楓さんを抱き上げているようにも見えるだろう。
変な勘違いをしてしまう可能性もありそうだ。
尚且つ俺も本来であれば仕事をしていた筈の時間に。
……なるほど。
「いや、違いますって。楓さん起きてますから。ね?楓さん?」
「……すー……すー……」
「……寝てますが?」
「いや寝たフリでしょう。楓さん!楓さーん!」
このまま楓さんが寝たフリを続けたとしよう。
ちひろさんが変な誤解をしていたとしよう。
……非常に不味い。
「プロデューサーさん、まさか本当に……」
「違いますって!違いますから!起きてますよ、ね?!楓さん?!」
ぱちん、と。
楓さんがこっそり俺に向かってウィンクしていた。
「起きろ楓ぇ!本当に不味いから!ね?!」
「ふふっ、大正解です。起きてますよ、ちひろさん」
「……ふー……良かった」
台風は過ぎ去ってくれたようだ。
「で、私が仕事をしている間に遊び呆けていた弁明をする準備は出来ていますか?」
どの道、雷は落ちそうだった。
「ところで楓さん。さっきプロデューサーさんに向かっていた『大正解』って何だったんですか?」
「ちひろさんも、今の時点で不正解です。正解はーー」
晴れた。
たった三文字で完結する今の状況が、面白いくらい俺のテンションを昂ぶらせていた。
長く続いた雨模様も彼方の空へ、今の空は雲一つか二つくらいしかない晴れ晴れとした快晴だ。
部屋干しや傘にお別れを告げ、俺は意気揚々と事務所へ向かう。
靴の底から水が染み込んでこないことがこんなに喜ばしいなんて。
「おはようございます」
「おはようございます、プロデューサーさん。晴れてよかったですね」
ちひろさんもこの連日の雨に参っていたようで、今日の声は心なし明るい。
いや、普段から明るいけど。
「おはようございます、プロデューサー。今日は晴れましたし、せっかくですから飲みに行きませんか?」
唐突。
晴れたらお酒を飲めるなら、休肝日は一年のうち三割にも満たないだろう。
とは言え、楓さんのお誘いを断るつもりもない。
「構いませんよ。ちひろさんはどうしますか?」
「あ、私は予定が入ってますので」
「あら、そうでしたか」
残念そうな顔をする楓さん。
そんな表情すら綺麗に見えてしまうのは、なんだかズルい気がする。
そしてすぐまた笑顔に変わったのは、仕事が終わってお酒を煽るのを想像したからだろうか。
ころころ変わる彼女の表情は、秋の空以上に見ていて飽きなかった。
「それでは、仕事が終わりましたら連絡します」
「一応変装もお願いしますよ、楓さん」
「生二つ、あと焼き鳥の盛り合わせで」
仕事を終えて合流した後、何度か来たことのある居酒屋の個室にて。
おしぼりで手を拭きながら、のんびりと考えていた。
楓さんと一対一で飲みに来たのはとても久し振りな気がする。
お互い忙しかったし、俺から誘うことは滅多になかったし。
「久し振りですね、プロデューサー」
「ですね。まぁ忙しかったですから」
もちろん、忙しいのは悪いことではない。
それだけ楓さんが売れているという事だし、俺も頑張っているという事だし。
けれど、やっぱり。
こうして飲みに来る時間も、大切なのかもしれない。
「それでは」
「はい」
「「乾杯」」
カンッ、と小気味良い音が響く。
そのままジョッキを傾け、ごくごくごくと喉を鳴らした。
……うん、美味い。
「すみませーん!梅酒を一つ、お願いしまーす!」
飲の早いなぁ、楓さん。
彼女のペースで飲んでいては、俺は一瞬で潰れてしまうだろう。
一応立場の問題もあるし、彼女が潰れた後できちんと家に送れるようしておかないと。
あ、焼き鳥美味しい。
「プロデューサー。どうして、最近は飲みに誘ってくださらなかったんですか?」
「ん?あぁ、さっきも言ったけどお互い忙しかったじゃないですか」
「毎日仕事、と言う訳ではないですよね?それに、プロデューサーは私のオフを把握している訳ですから……」
「え、だってせっかくのオフを俺に付き合わせちゃったら申し訳ないじゃないですか」
「…………すみません。このページの日本酒、全部一つずつお願いします」
一瞬の間が、怖かった。
唐突に楓さんの声のトーンが本日最低を記録する。
流石に飲みすぎでは?と止めようとしたが視線が怖すぎて言えない。
人間、笑顔で人を射止められるものなのだな、流石アイドルだと思ったり。
本気でびびった訳ではない、決して。
「プロデューサー、罰として今日は私が満足するまで付き合って下さい」
「はい」
首を横に振る勇気はなかった。
実際、こんな綺麗な人と一対一で飲めるのだからこちらこそと言うべきなのだが。
「あ……すみません。私、その……久し振りで、つい舞い上がっちゃって」
「いえいえ、嬉しいですよ。楓さんと一緒に飲むの、好きですから」
「そう言って貰えると嬉しいです。お酒がないとし辛い話も……ふふ、特にありませんね」
「是非、普段から気を使わず話して下さい」
「もちろん、そう心掛けてますよ」
二人して、お酒を傾けながら笑う。
誰かと飲むお酒はとても美味しかった。
「普段から……いつも、感謝してるんですからね?プロデューサー」
「ありがとうございます。あ、キャベツ美味しい」
「はい、あ~ん!」
「楓さん、それ何も刺さってない串です」
そんな心地よい会話と雰囲気は、それからしばらく続いた。
「……終電、無いな」
飲み過ぎた、これに尽きる。
いつの間にやら回っていた日付は、残酷に現実を突きつけてくる。
今はある程度まともに思考が回っているが、明日は二日酔い間違いなしだろう。
楓さんと同じペースはダメだと分かっていた筈なのに、ついついその場のテンションで飲み過ぎてしまった。
仕方がない、タクシー呼ぼう。
「ぷろりゅーさー、わたし、まだまだ飲み足りませんよ」
「めっちゃ酔ってる!それ俺のスーツ!お会計済ませてきますから待ってて下さい」
あの状態では財布すら出せないだろう。
元々俺が払う気だったから問題はないが、あれだときちんと家に入れるか不安になってくる。
最近はもう冬と言って差し支えない気温だし、風邪をひかないといいが……
「はい楓さん、帰りますよ」
「まだ飲み足りません」
「ダメですよ、飲み過ぎは」
「酒気を纏った私は、しゅきじゃありませんか?」
「……酔ってますね、帰りますよ」
なかなか立ち上がろうとしない楓さんの手を引っ張り、店から出る。
楓さんはケラケラと上機嫌だ。
かなり酔ってるなぁ、転ばないといいけど。
「はい、タクシー来ましたから。最寄りを伝えて下さい」
楓さんが家に入るのを見届ける為、俺も一緒に乗り込む。
「では、〇〇区の〇〇駅周辺で」
タクシーの運転手に目的地を伝えた。
早速走り出すタクシーの揺れは、良い感じに心地悪い。
「すみません、プロデューサー。タクシー代は私に払わせて下さい」
「気を使わなくて大丈夫ですよ」
「いえ、先ほどはお願いしちゃってたみたいですから……ダメですか?」
「それじゃ、お願いします」
それにしても、と考える。
先ほど楓さんが伝えた駅は俺の家の最寄りでもあった。
案外、近い所に住んでいたんだな。
なら最寄りまで戻ってから飲めばよかったか、なんて軽く後悔。
そして……
「あ、そこの道を右でお願いします。そしたら二つ目の交差点のところで」
タクシーが、着いた。
支払いを楓さんが済ませる。
その間、俺は何も言葉を発せなかった。
楓さんに軽く押されてタクシーから降り、そしてようやく言葉に出来たのは……
「楓さん。ここ、俺の家」
「はい、知ってます」
おかしいな。
何故知ってるのかは良いとして……いや、良くはないが。
なんで、タクシーに俺の家まで案内させた?
俺の家の隣に住んでるとか、そういうオチか?
「さ、プロデューサー。二次会、始めませんか?」
「いやいやいや、流石にそれは……」
「今日は私の気が済むまで、付き合ってくれるんでしたよね?」
「楓ぇ……まぁ、いいか」
良い訳がないが、酔ってまともな思考が出来てなかったと言い訳したい。
こうして、二次会は俺の家で開かれる事になった。
「ちひろさん。いつもお世話になっているお礼に……はい、舞台のチケットです」
「わぁ!私が観たいって言ってた……ありがとうございます、楓さん」
「喜んでいただけて何よりです。でも、日程が今日の夜しか取れなくて……」
「大丈夫です、丁度空いてましたから。今から楽しみですっ!」
「ふふっ。ところでちひろさん。一つ、教えて欲しい事がーー」
「それでは~」
「「かんぱーい!」」
ごくごくと缶ビールを煽る。
既に結構な量を飲んでしまっていたが、それでもやっぱり缶ビールは美味しい。
反対側では楓さんが枝豆をつまみながら既に350mlを一缶開けていた。
今度こそ自分のペースで飲むと固く誓う。
「……で、楓さん」
「はい、なんでしょうか?」
「ほんと、今回限りですからね。貴女はアイドルなんですから……」
「あ、プロデューサー、ビール無くなってますよ」
ダメだ、おそらくかなり酔っている。
まともに取り合っては貰えないだろう。
……仕方がない、明日お互い酔いが覚めた時に注意するとしよう。
来てしまったものは仕方無いのだし、せっかくのビールも楽しめない。
俺も二本目の缶に手を伸ばし、のんびりと枝豆をつまむ。
特に会話はないが、楽しそうにしている楓さんを眺めているだけで満足だ。
胸元が良い感じにはだけているのから全力で目を逸らしながら、脳内に般若心経のサビを流す。
般若心経のサビって何だ。
「あー……」
さて、流石にもう結構きつい。
少し足元が覚束なくなって来た。
このまま炬燵で寝ても俺は良いが、楓さんの分の布団は出しておかないと。
暖房はついているが、楓さんが風邪をひくのだけは避けたい。
「プロデューサー、もう飲まないんですか~?」
「酔ってますね……俺はもういいです」
押入れを開けて布団を一組だし、よろけながらもなんとか敷く。
よし、楓さんには適当に満足したらこっちで寝てもらおう。
立ち上がるのしんどいが、俺は炬燵に戻らないと。
「はい、布団敷きましたから。楓さんは寝るときはこっちで」
寝てください、と。
そう言い切る前に、俺は背後から押し倒された。
「うわっ?!」
立ち上がろうとしていたところだったので、あっけなく布団の上にうつ伏せにされる。
なんだなんだ?と布団の上で仰向けになったところで。
腰の上に、楓さんがのしかかってきた。
「……楓さん?!」
「……プロデューサー……そろそろ、気付いてくれてもいいんじゃないですか?」
そう言う楓さんの表情は。
笑いながらも、どこか困ったような、どこか寂しいような。
起き上がろうにも楓さんが載っていて、今の俺に無視して起き上がる程の力はない。
それに無理やり起き上がったら、楓さんが倒れてしまうかもしれない。
「……えっと、何を……」
「今なら、お互い……お酒のせいに出来ますよ?」
お酒のせいに出来る事。
それは……
「やっぱり、あるんじゃないですか。お酒がないとし辛い話」
「本当は……無い時に言って貰いたかったんです……でも、私にその勇気はありませんでした……」
照れたように眉を寄せる楓さん。
こんな綺麗な女性から、その言葉を言わせてしまうのは申し訳ない。
こういう時は、男性側からきちんと言葉にするべきだろう。
スー……っと一度深呼吸し、心を落ち着ける。
酔っているのにも関わらず、心臓は緊張でバックバクだった。
それでも、頑張って口を開く。
「……楓。俺は……」
「プロデューサー……!」
「貴女の事が好きです。付き合って、頂けませんか?」
「……え?あ、あの……えっ、あっ……」
お酒を飲んでいた時とは比べものにならないくらい、楓さんの顔が真っ赤になっていた。
口をパクパクして、まるで赤い金魚の様で。
しばらくの間、楓さんは日本語を発せていなかった。
多分俺も、頑張ってるけどかなり顔真っ赤だと思う。
……あれ?
楓さんの様子がおかしい。
何故だろう、俺からその言葉を求めていたのではないのだろうか。
そう言う意味ではなかったのだろうか?
「えっと……私、プロデューサーに『楓』って呼んで欲しかっただけで……」
「……なるほどー……」
なるほど、そう言うことか。
なるほど、つまりそう言う事だったんだな。
消えたい。
なんて勘違いをしていたんだ俺は。
「楓さん、後の事はよろしくお願いします。今までありがとうございました」
さぁ、遠くへ行こう。
千葉には別の星が存在すると言うし、そこでも良いかもしれない。
「……ふふっ、プロデューサー。楓、じゃなくなってますよ」
「楓、俺は今から別の惑星に移住するから」
「プロデューサー」
なんでしょうか?
そう口にする前に。
ちゅ、っと。
唇に、柔らかいものが触れた。
「……えっ?あ……」
「楓、と。そう呼んで欲しかったのは……私も、貴方の事が好きだったからですよ?」
目の前には楓さんの顔がある。
俺の胸元にも、柔らかいものが触れている感覚がある。
つまり楓さんは全身で俺の上に覆いかぶさっていて。
今のは、つまり……
「……真っ赤ですよ、楓さ……楓」
「ぎこちないですね。焦っている時は、もっとはっきり言ってくれたんですけど」
笑われてしまった。
仕方がないだろう、今までずっと楓さん呼びだったのだから。
「頑張って慣れていきますよ」
「ところでプロデューサー。貴方の告白はお酒のせいですか?」
「まさか、お酒のせいなんかにしたくないですよ」
そう言って、楓さんを抱き寄せる。
お酒をかなり飲んでいた筈なのに、それでも女性特有の良い香りがした。
「なんでしたら、もう一度言いましょうか?」
「あら、一度しか言ってくれないんですか?」
……まったく。
本当に、楓さんには勝てそうにない。
「何度だって言いますよ、楓」
「はい」
「好きです」
「私もです」
そして、俺たちは。
お互いに、愛を確かめあった。
ちひろ『楓さん。改めて、昨日は舞台のチケットありがとうございました!とても素晴らしかったです』
『高垣楓が画像を送信しました』
ちひろ『楓ェ!プロデューサー!!』
以上です
お付き合い、ありがとうございました
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