千歌「これはきっと、悲劇だ」 (90)
世界を何も知らない私は幸福だった。
それなら、世界を知ってしまった私は不幸なの?
それを受け止めるには、まだ私は弱すぎたんだ。
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千歌「ねー見てよ。また喰種だって」
曜「また?……ほんとだ。沼津だね」
千歌「怖いなぁ。大丈夫かな……」
曜「千歌ちゃん、食べられないようにね?」
千歌「怖いこと言わないでよ!てか、沼津に住んでる曜ちゃんの方が危ないんじゃない…?」
曜「私は鍛えてるから大丈夫だよー」
千歌「鍛えてても喰種には勝てないと思うよ!?」
曜「まぁそれは冗談にしても……身近に隠れてたりするかもしれない、ってテレビでも言ってたし、まだ表沙汰になってないだけでここも十分危ないかもしれないんだからさ。夜道を一人で歩いたりしないようにね?」
千歌「曜ちゃんお母さんみたいだよ……。それは曜ちゃんもね。気を付けてよ?とくに、水泳の練習の後とか!」
曜「大丈夫だいじょーぶ!いつもママに送ってもらってるし!」
千歌「それなら安心だね!」
曜「千歌ちゃんは心配だけどねぇ……私が喰種だったら三秒で食べれちゃいそうだよ!がおー!」
千歌「喰種はがおーなんて言わないと思う」
曜「うっ…」
千歌「それに……喰種だったら松月になんて来ないよね。人間の食べ物は食べれないんでしょ?曜ちゃん、みかんケーキ食べてるし」
曜「うっ……」
千歌「それにそれに、曜ちゃんみたいな優しい子が人を殺して食べる、なんてできないと思うし!」
曜「あはは、ありがとっ」
千歌「もしも私が喰種だったらさ……」
曜「うん?」
千歌「みかん食べれないんだよね……?」
曜「あー。なんかすごいまずく感じるらしいね?」
千歌「…………喰種って大変だね」
曜「いや、みかんが食べられないことは大した問題じゃないと思うけどね」
千歌「そんなことないよ!みかんが食べられないなんて死も同然……!」
曜「えー……そこまでかな…」
千歌「あっ!?曜ちゃんアレ終バス!」
曜「嘘っ!?ごめんまた明日!ばいばい!」
千歌「ばいばい!」
コトッ
千歌「あ、あれ?わたしこれ頼んでないですよ……?」
店員「それ自分が作った新作のみかんタルトなので…よければ食べてもらえませんか?」
千歌「え、いいんですか!?」
店員「えぇ、お話が聞こえてきたので……みかん、お好きなんですね」ニコッ
千歌「はいっ!わ~おいしそう……!」
店員「結構自信作なんですよ」
千歌「いっただきまーす!……んっおいし!」
千歌「すごいおいしいですっ!」
店員「本当ですか?それは良かった。近々商品化する予定なので…そのときはよろしくお願いしますね」
千歌「もちろん!楽しみだな~」
店員「……」
千歌「へ?私の顔になにかついてます?」
店員「あ、いえ…すみません。なんでもないです」
千歌「そう…ですか?」
店員「すみません、そろそろ戻らないといけないので……ゆっくりしていってくださいね」
千歌「あ、はい……ありがとうございます!」
千歌(……なんだったんだろ?まぁいっか。おいしかったし!発売前の新作食べれるなんてラッキーだなぁ…)
ピロンッ
千歌「ん……?」
【千歌ちゃん、早く帰りなよ~!もう帰ったかもだけど(笑)
気を付けてね!ヨーソロー!】
千歌(曜ちゃんは心配性なんだから……曜ちゃんだって危ないのは変わらないじゃんっ!)
千歌(それにしても……)
千歌「喰種なんて本当にいるのかなぁ」ボソッ
千歌(……ま、考えてもわからないし。帰ろうかな)
千歌「ごちそうさまでしたー」
「ありがとうございましたー!」
千歌「ただいまー」
美渡「おかえりー」
千歌「何見てるの?」
美渡「なんか……喰種特集?」
千歌「あ、出た。小倉ちゃんだ。喰種研究家の」
小倉【……というわけでね。東京で活動していたはずの喰種が静岡に移動しているみたいなんですよ。つまりこれは東京に存在しているなんらかの喰種の組織みたいなものが静岡に拠点を移動する前触れみたいなものなのかもしれないね】
美渡「……アホくさ」
ブチッ
千歌「あー!なんで消しちゃうのー」
美渡「ほら、もうすぐご飯だよ千歌」
千歌「小倉ちゃん見たかったのに…」
志満「二人とも手伝ってー」
美渡「はいよー」
千歌(東京の喰種、か)
千歌(……うーん)
―――
――
千歌「…………よしっ。できた!」
千歌(私にしては珍しく期限内に歌詞ができた!これは自分へのご褒美でみかんアイス食べてもいいよね)
千歌「みっかん♪みかん~♪」ルンルン
ガラッ
千歌「な、ない……!?」
千歌「あーもー……完全にみかんアイスの気分だったのに……」
千歌「じゃあみかんジュース……も、ない」
千歌(…………こっそり行けばバレないよね。すぐ近くだし)
美渡「……が…………喰種……」
志満「…………だと……けど」
千歌(喰種の話?)
千歌(ま、いっか。今ならバレないだろうし……)
千歌(んー……なんかお腹すいちゃったな。ご飯食べたけど……頭使ったからかな)
「いらっしゃいませー」
千歌(パン買っちゃおうかなー……一個くらい太らない……よね?)
千歌(みかんアイスとー、みかんジュースとー、パン!これ、穂乃果さんが好物だって雑誌に書いてあったんだよねー)
千歌(しかもみかん味っ!これは運命感じるよ……!)
「後ろいい?」
千歌「あっ、すみませ……って、あれ。梨子ちゃん?」
梨子「こんな時間にコンビニなんて危ないよ?」
千歌「梨子ちゃんだって人のこと言えないくせにー」
梨子「はいはい……とりあえずそこどいてくれる?コーヒー取りたいんだけど……」
千歌「げー……よく飲めるよね」
梨子「砂糖とかミルク入れても飲めないの?」
千歌「入れてもコーヒーの味はするじゃん……」
梨子「……お子ちゃまね」
千歌「あー!自分はちょっと飲めるからってそういうこと言うんだ!」
梨子「ほら静かにして?もう夜なんだから」シーッ
千歌「……むぅ」
梨子「千歌ちゃんはそれ全部みかん……?まさか、今食べようとか思ってないよね?」
千歌「ま、まさかー!」
梨子「まぁいいけど……歌詞は?」
千歌「聞いて聞いて!もう終わったんだよ!」
梨子「ほんと?じゃあ明日から曲作りに入れるな。珍しいわね?」
千歌「ふふーん、えらいでしょ!」
梨子「いつもそれくらい早いといいんだけどね……さ、そろそろ帰りましょ?喰種に襲われても助けてあげないわよ」
千歌「なになにー?梨子ちゃんそんなに強いの?」
梨子「こう……目つぶしとかで」
千歌「ひどいっ!」
梨子「さすがに無理かな……って、ほんとに帰らないと喰種よりもお姉さんたちの方が怖いんじゃない?」
千歌「……たしかに。パパッと買って帰ろ!」
梨子「えぇ」
―――
――
千歌「……じゃ、また明日!」
梨子「うん。気を付けてね」
千歌「もー、目の前だよ?」
梨子「いや、お姉さんに怒られないように……ね」
千歌「うっ……気を付けます」
梨子「ふふ、おやすみ。千歌ちゃん」
千歌「おやすみー!」
千歌(あ。表から戻ったらバレるよね……裏口から行かないと)
千歌(……え?あれ、人……?うずくまってる……)
千歌「あのっ!大丈夫ですか!?」
「……ごめんなさい、もしよかったら肩を貸してもらえないかしら。実は足をくじいてしまって…」
千歌「もちろん貸しますよ!おうちはどちらに?」
「少し歩くのだけど……ここから10分もかからないと思うわ」
千歌「……よっと。じゃあ…案内お願いします!」
「……えぇ、ありがとう」ニコッ
千歌「……へぇ、お姉さん大学生なんですね!どんなことを学んでるんですか?」
「そうね……簡単に言うと音楽、かな」
千歌「音楽……作曲とかもできたり?」
「少しだけだけどね」
千歌「すごい……かっこいいなぁ」
「そんなことないよ。あ、ここを右に曲がったとこよ。ありがとね」
千歌「……あれ?ここって」
瞬間、頭が吹っ飛ぶような衝撃。右肩が熱い。
何が起きたかなんて理解できない。
千歌「はぇ……?」
「あなたは…………どっち?」
千歌「ッッ!?え、あ、れ?これ、血?なん、で」
「……なんだ。妙な匂いだったから混血なのかと思ったのに」
千歌「その、め、ぐー、る……ッ?」
「期待して損した」
必死に肩を押さえるが血は一向に止まらず、白いシャツを赤く染めあげる。
痛みと出血量で千歌の頭は朦朧としていた。
「じゃあ、腹の足しにしてあげる」
死にたくない。
死ぬのは怖い。
奪われるくらいなら――
「ッ!?」
千歌「ハーッ…ハーッ……」
闇夜に紅く輝く瞳。尾てい骨から突き出る大きくうねる物体。それはまさしく、喰種そのものだった。しかし、千歌の赫眼は右目のみ変化している。
「……隻眼。本当にいたとはね。なんだ、やっぱり喰種じゃない」
千歌「わたしは……」
奪われるくらいなら――奪え。
「っと。いきなり攻撃なんて危ないわね」
千歌「………人間だッッ」
「どこが?」クスッ
千歌「うるさいッッ!黙れ…!!」
痛みで理性などは残っていなかった。ただ目の前の障害を排除することしか頭になかった。
気がつくと、目の前には血の海が広がっていた。あれほど痛んだ肩の傷も塞がっている。
千歌「………………え?」
千歌「なに、これ……っ」
先程まで余裕そうに笑っていた女性は原型をとどめないほどにグチャグチャになっている。
千歌「ちが、ちがうっ!わたしじゃ……私じゃ、ない……っ」
その惨状を前に、千歌の口の端から涎が垂れた。
千歌「…………おいしそう」
ほとんど無意識に口から出た言葉でハッとした。
千歌「ッ!?や、だっ……なん、で、わたし……」
千歌「わたしは……人間、だよ……ね?」
意識をすれば急に腹の虫が空腹を主張してくる。目の前のモノを食べろ、と。
千歌「そ、そう、だ……パン、パン、あった!」
震える手で近くに転がったビニール袋からパンを取り出す。衝撃によって潰れてしまっているが、気にしなかった。
ひと口かじれば口の中に広がる腐ったような臭いと味で体がそれを受け入れない。噛みきることもできずに口から離してしまう。
千歌「う、……っ」
ビニール袋からみかんジュースとすっかり溶けてしまったみかんアイスを取り出し、一気に飲み込んだ。
千歌「ッッ……」
千歌「ヴッ……オェ……ッ」ビチャッ
体内のものを吐き出してしまえばより一層感じる空腹感。それに耐えられるほど千歌は強くなかった。本能のままに、目の前の肉に食らいつく。
一転して、多幸感が千歌を包む。その感覚が、もう人間ではないのだと、現実を認めろと、言っているようだ。
不意に、聞きなれた懐かしい声が後ろから響いた。
曜「…………千歌ちゃん?」
千歌「よ、う、ちゃ……?」
続きは後日。
見られた。見られてしまった。私が……人間でなくなったことを知られてしまった。
曜「それ……千歌ちゃん、が?」
千歌「ちがっ…わたし、は、」
曜「……千歌ちゃんは人間だと思ってた。喰種……にしても片目だけだし…どういう、こと、なんだろ」
千歌「わた、しは……喰種じゃ……っ」
曜「あれ。これ喰種?んー……顔も潰れてて誰かはわかんないや。髪の毛長いし女かな?」ヒョイッ
千歌(なんで曜ちゃんはそんな冷静に……?もしかして、曜ちゃん、は)
曜「そっかぁ。千歌ちゃんもだったんだ?……んっ?でも赫包残ってる…まだ途中だった?ごめん。邪魔しちゃったね」
千歌「違うッ!」
曜「え?」
千歌「私は喰種なんかじゃない!人間だよッッ!」
千歌「わけ、わかんない……なんでいきなり喰種なんかに……っ」
曜「……」
千歌「最悪だよ……意味わかんない……なんで私がこんな体に…………」
曜「…………先に謝っとく。千歌ちゃん、ごめんね?」
千歌「……へ?」
ドゴッ
千歌「ギッ!?ッア……」
曜「……最悪?」スタスタ
千歌「ゃ、だっ」
曜「ねぇ、じゃあさ」グイッ
千歌「いっ…」
曜「喰種の私は生まれたときから最悪かな
」
千歌「っ……!」
パッ
千歌「は、はっ……っ」
曜「痛い?」
千歌「ぃだ…やめ、やめて……っ」
曜「はい。鏡。……ねぇどこが人間なの?見てみなよ自分の顔をさ」
千歌(わたし、は)
千歌(鏡に写った真っ赤に染まる顔)
千歌(右目だけが変色して、睨み付けてるみたいだ。アイドル、なのにね。滑稽だ)
曜「そうだ!千歌ちゃんの赫子、見せてよ。気になるな」
千歌「かぐ、ね……?」
曜「…………まさか、知らない?」
千歌「う、ん」
曜「え、と……見せた方が早い、かな…」ズッ…
曜の尾てい骨から四本の骨が連なったような白い赫子が出現する。
曜「こういう……戦うときに使うやつ?」
千歌「わ、かん、ない…」
曜「えー……出せない、とか?」
千歌「さっき、は……出たけど……どうやるのかがわかん、なくて」
曜「そっかぁ……んー…………」
曜「ま、いっか。それより聞きたいこととかあるんだよね」
千歌「ききたい、こと……?」
千歌(さっきから……曜ちゃんが怖い。蹴り飛ばされてから……知らない表情ばっかだ…………)
曜「…………でもここで話すのもアレだよね。とりあえず梨子ちゃんの家行こ!」
千歌「ぅえ!?り、梨子ちゃん……?で、も」
曜「あー……大丈夫だよ。梨子ちゃんも仲間、だからさ。ほら、来てもいいって」
千歌「…………梨子ちゃんも、だったんだ」
曜「そ!じゃあ先に行ってて?私はここ片付けとくから!」
千歌「わ、私もっ!手伝う、よ」
曜「んーん。いいよ。……あ、まだ食べる?」
千歌「いっ、いらないっ」
曜「そっか。じゃ、終わったら私も行くね」ニコッ
千歌「う、うん……ありがと!」
タッタッタッ
曜「……よっ、と」ヒョイッ
曜「あー……ん…もぐ……ごくんっ」
曜「…………まっず」
曜「八つ当たりなんて……最低だ」
曜「千歌ちゃん……」
―――
ピンポーン
梨子「……いらっしゃい。さっきぶりね?」ニコッ
千歌「…………梨子ちゃん」ジワッ
梨子「とりあえず入って?お風呂準備できてるから先にその血落とした方がいいよ。お話はあとで聞くから…ね?」
千歌「うん……ごめんね梨子ちゃん。ありがとう」
梨子「ううん。あとで着替えとタオル持ってくね。ゆっくりあったまるのよ」
千歌「うん…!」タッタッ…
千歌「…………はぁ」
千歌(曜ちゃんに蹴られたとこ……あんなに痛かったのになんともない)スリッ
千歌(それに……肩の傷も)
千歌(……なんともないんじゃない。治ったんだ)
千歌(なんで……?昨日まで……さっきまで、普通だった、のに)
千歌(もう……わかんない……)ブクブク
千歌(……曜ちゃんのあんな怒った顔初めて見た、な。…………そりゃそっか。自分の人生、丸々否定されたら誰だって怒る……むしろ、曜ちゃんは優しすぎるくらいで……)
千歌「……あとでちゃんと謝らないと」
千歌「…………わたしは」
千歌(人間じゃ……ないんだ…………っ)
千歌(……でも、喰種にもなりきれない…………中途半端なわたしは――――)
千歌(……なんなんだろう)
曜「おっじゃましまーす!」
千歌「わぁっ!?」バシャッ
曜「わぷっ!」
千歌「よ、よう、ちゃん!?な、ななっ……」
曜「えへへ……処理してたから汚れちゃってさ」
千歌(そうだ……謝らないと……!)
千歌「よ、曜ちゃん!そ、の……さっき…」
曜「……謝らないで」
千歌「え?」ビクッ
曜「謝るのは……私の方。痛かったでしょ」
千歌「そ、そりゃ痛かった……けど。でも私は曜ちゃんの人生を否定するようなこと……言っちゃったん、だよ?」
曜「それでいいんだよ。喰種なんて……そう思われるのが普通でしょ?でも……」
曜「もう千歌ちゃんは“こっち側”なんだよ」
千歌「―-っ!」ゾクッ
曜「ちかちゃん吐いてたでしょ。……大好きなはずの、みかん」
千歌「そ、れは……」
曜「まずいの我慢して食べてるのかと思ったけど……もしかして、今までは本当においしくて食べてたの?」
千歌「……うん。おいしかったはず、なのに」
曜「……あーごめん。なんか、責めるみたいな言い方しちゃった」
千歌「ううん。それより……のぼせてきちゃった。先に上がるね?」ザバァ
曜「うん。梨子ちゃんは部屋にいるよ。服も貸してくれたし」
ピタッ
曜「ん?どしたの?」
千歌「……やっぱ言わせて。ごめんなさい」ペコリ
曜「…………千歌ちゃんらしいや」クスッ
千歌「梨子ちゃん、いろいろ…ありがとね」
梨子「気にしないで。コーヒー、飲む?」
千歌「……苦手なの知ってるくせに」ムゥ
梨子「でも飲めるの水かコーヒーくらいしかないわよ?」
千歌「………….そ、っか」
梨子「チャレンジしてみれば?みかんジュース」
千歌「すごいまずかったからやだ……なんか、腐った油……みたいな味だった」
梨子「……ちょっと待っててね」
千歌「う、うん?」
曜「おまたせー」
千歌「……コーヒー」
梨子「うん。飲んでみて?」
千歌「しかもこれブラックじゃ……」
曜「砂糖とミルクなんて入れたら飲めなくなっちゃうよ」
千歌「うぅ……」ゴクッ
梨子「どう?」
千歌「あ、れ……飲める……?」
曜「おぉー!」
千歌「これコーヒーだよ、ね?」
梨子「えぇ。飲めるもんなのね……」
千歌「……実験台にされた気分」
曜「正解!千歌ちゃんが飲めるようになってるか梨子ちゃんと賭けてたんだよねー」
梨子「嘘言わないの」ピシッ
曜「いてっ……あ、そうだ。梨子ちゃんアレある?多分……あの量じゃすぐ……」
梨子「あーそっか。うん、あるよ。さっき持ってきてたんだ」トポンッ
千歌「今の角砂糖……?」
梨子「違うよ。角砂糖も入れてみる?」
千歌「……やめとく」
曜「んー簡単に言うと……喰種のお腹をちょっとだけ満足させる角砂糖?」
千歌「そんなのあるの?」
梨子「まぁ、これは紛らわせるくらいにしか使えないから……やっぱり喰べるしかないわよ」
千歌「ぅ……」
曜「それでさ、聞きたいことなんだけど」
千歌「……うん」
曜「単刀直入に聞くね。千歌ちゃんはどうしたい?」
千歌「どう、って」
曜「喰種として隠れて生きる?それとも人間に紛れて生きる?……言っとくけど、人間に紛れるの、簡単じゃないよ。吐くほどまずいものもおいしそうに食べなきゃいけないし、バレたら一発で――アウト」
梨子「……そう考えるとアイドルやるのってかなりギリギリよね」
千歌(喰種として生きるか人間に紛れるか……?なんでいきなりそんな二択を……)
千歌「っ!ま、って……そうだ、お姉ちゃんたちには……」
曜「あ、そうそう。それなんだけどね。志満さんも美渡さんも匂いがちょっと違うなぁ、って前から思ってたんだよね」
梨子「匂い?千歌ちゃんみたいな?」
曜「うん。千歌ちゃんよりはだいぶ薄いけど……。だからもしかしたら血混ざってるのかも」
千歌「そ、れって……喰種と人間で子どもなんてできるの……?」
曜「いや、普通はできないよ。お母さんが喰種なら赤ちゃんを栄養だと思って生まれないし、人間なら栄養が足りなくて死んじゃうらしいんだよね」
千歌「じゃあ、なん、で」
梨子「んー、と……千歌ちゃんは喰種に襲われた……のよね?」
千歌「う、うん」
梨子「それで……赫子と隻眼が…」
曜「それまでは食べれた人間の食べ物も食べれなくなった、と」
千歌「……そんな感じです」
曜「……元々は低めだったRc細胞の値が……襲われたことによって急激に上昇した、とか?」
千歌「あ、あーるしー細胞?」
梨子「…………授業で習ったわよ。人間は200~300。喰種なら1000~8000の値なの。Rc値が高いほど喰種として強いらしいわ」
千歌「習った記憶がない……」
曜「あはは……」
曜「……っと、それで…どうする?お姉さんたちに――聞いてみる?」
千歌「聞く、って…お父さんかお母さんは喰種だったの、って?」
梨子「…………知らないってこともありえるわよ。最悪わたしたちまで白鳩に通報されちゃうかもね?」
千歌「ッ……そんなこと!」
曜「ないって言える?」
千歌「だ、って……大事な家族、で……それで……っ」グスッ
曜「……ごめん。嫌なこと言ったね」ナデナデ
梨子「どっちにしろ危険よ。お姉さんたちはなにも知らない可能性の方が大きいと思う。聞くなら……お母さん、かしら」
曜「さすがに電話とかメールだと危ないし……東京まで行く?…………でも向こうには白鳩の総本山があるし、ちゃんと準備してかないと、だよね」
千歌「準備……って?」
曜「とりあえず食事かな」
千歌「ぅ……ひ、人……?」
曜「んー……さっき千歌ちゃん食べてたし……それより先に……はい」
梨子「やっぱりサンドイッチなんだ」クスッ
曜「えへへ、梨子ちゃんとこもそうだった?」
梨子「えぇ、なんだか懐かしいな」
曜「梨子ちゃんよくサンドイッチ食べてるもんね」
梨子「やっぱり一番食べやすいし……曜ちゃんはよくあんな色々なの食べれるね」
曜「うちのお父さん厳しくてさー……おかげで結構慣れたんだよね」
千歌「あのー、完全に蚊帳の外なんですけどー……」
曜「ごめんごめん。とりあえず見ててね。はい、梨子ちゃんも」
梨子「私も?」
曜「好物なんでしょ?」
梨子「……ちょっと待ってて。ハンバーグ買ってくるね」
曜「ごめんごめんごめん!」
梨子「……こほん。まぁいいわ。じゃ、いただきます」ハムッ
曜「いただきまーす」アムッ
……ゴクンッ
曜「どう?」
千歌「そ、それ……サンドイッチ、だよね?普通の……」
梨子「えぇ、普通のサンドイッチよ。お店とかで売ってるのとなんにも変わらないわ」
千歌「なんていうか……おいしそう?喰種って人間の食べ物食べられないんじゃ……」
曜「食べてみる?」
千歌「う、うん……」パクッ
千歌「ッ!?」
千歌「ぅ……なにこれ……青臭いし……食べれたもんじゃない……っ」
曜「それをおいしそうに食べられるようにならないと人間に紛れて生活できないよー。まだまだ序盤!がんばれ!」
千歌「こ、これ、を……」
梨子「……今日が金曜日でよかったね。練習も半日だし……うちにお泊まりってことにしようか」
曜「賛成であります!」
千歌「二人とも……ありがとぉ~!」ギューッ
梨子「じゃ、まず飲み込めるようになるまでがんばろっか」
千歌「うぅ……」
???「……面白いもの見ちゃった♡」
……ゴクンッ
千歌「ど、どう!?」
曜「うん、結構良かった!」
梨子「それならなにか食べることになっても大丈夫、かな」
千歌「やったぁ!」
曜「……あ。ちゃんと食べたあとに吐き出すのを忘れないようにね。体重くなるし、消化できないから」
千歌「うん……出してきていい……?」
梨子「あはは……結構キツいでしょ。頑張って慣れてね」
千歌「ぅ……がんばります」
タッタッタッ
曜「…………どう思う?」
梨子「どう、って?」
曜「千歌ちゃん。“食事”……できると思う?」
梨子「しなくちゃでしょ。どんなに嫌でもしなきゃ死ぬんだから。……どうしてもダメなら限界まで飢えてみればいいだけよ」
曜「そうなんだよね……うー……良心が痛むというかなんというか……」
梨子「……曜ちゃんってそんなに甘かったっけ?」
曜「あはは……昔から千歌ちゃんには弱くって」
梨子「……でも、食べたんでしょ?…………喰種だけど」
曜「……うん。 でも多分……無意識だったんだと思う」
梨子「無意識?」
曜「赫子、自分で出せないみたいだったし。それに……その喰種が、すごいグチャグチャで。あれ意識してやってたら逆に怖いなーって」
梨子「そんなに?」
曜「うん。もう誰かわかんなかった。あれくらいの髪の喰種この辺にいたかなぁ。もしかしたら余所者かも」
梨子「……余所者、ね」
ガチャッ
千歌「ただいまぁー…」
曜「おかえりっ!」
梨子「おかえりなさい。大丈夫?」
千歌「んー……出したから楽になったかも」
梨子「それなら、明日は練習休みだから一日たっぷり特訓できるね」
千歌「と、特訓……?」
曜「赫子出せるようにしなきゃだなーって思ってね」
千歌「戦う練習……ってこと?」
梨子「そうよ。今日は早めに寝ましょう?」
曜「っあー……ごめん私出かけてくるね」
梨子「わかったわ。はい、これうちの鍵。ちゃんと閉めてから行ってね」
曜「はーい……よっ」
千歌「それ……お面?」
曜「ん?これ?そうそう。顔見られちゃまずいからねー」
梨子「曜ちゃん、自分で作ったんだっけ。すごいなぁ」
曜「へへっ、パパに教えてもらったんだ!……あ。千歌ちゃんのも作ってあげるね♪」
千歌「かっこいいの作ってね!」
曜「もっちろん!曜ちゃんに任せなさーいっ!」
千歌「ありがとー!」
曜「ん、じゃあいってきます!」
ちかりこ「いってらっしゃい!」
バタンッ
梨子「……ねぇ、千歌ちゃん」
千歌「んー?」
梨子「怖く、ない?いきなり喰種だなんて言われて……食べ物もまずくて、戦う練習させられることになって」
千歌「…………怖いよ。怖いに決まってる……でも、やらなきゃ死んじゃうんでしょ。なら、やるよ。死ぬのが一番怖いもん。生きるためなら……仕方ないよ」
梨子「千歌、ちゃん……」
千歌「…………でも。ひ、人を食べるのは……抵抗がある、というか……」
梨子「……くすっ」
千歌「わ、笑った!?今の笑うとこじゃないんだけど!」
梨子「ううん。千歌ちゃんが千歌ちゃんらしくて安心した」
千歌「どういうことなのー……」
梨子「あともうひとつ……もしも、もしもだけど……曜ちゃんの様子がおかしくなったらすぐ私に教えて欲しい」
千歌「おかしく、って……?」
梨子「曜ちゃんが共喰いをしてるって噂があるらしくて。本当かどうかはわからないけど……一応頭に入れておいて」
千歌「共喰いをすると危険なの?」
梨子「えぇ。強くなるみたいだけど……その分危険が伴うの。もし……曜ちゃんがその状態になったら、千歌ちゃんのこともわからなくなるかもしれない。……全力で殺しにかかってくるかもしれないの」
千歌「そんなに、危険、なんだ」
梨子「……そういうこと。千歌ちゃんも喰種食べてたみたいだけど、曜ちゃんが赫包は残ってたって言ってたし、大丈夫だと思うよ」
千歌「赫包……曜ちゃんも言ってたけどそれはどういうやつなの?」
梨子「赫子……はわかる?」
千歌「曜ちゃんでいう骨みたいなやつ!」
梨子「曜ちゃんの見たんだ?……そ。千歌ちゃんは……自分のがどこから出たのかわかる?」
千歌「んー……多分、腰の下らへん……だった、かな」
梨子「じゃあ尾赫かな。赫子には四種類あってね、肩の辺りだと羽赫。肩甲骨だと甲赫。腰の辺りだと鱗赫。尾てい骨辺りだと尾赫、よ」
千歌「んー……?いっぱいあって難しいよ……」
梨子「ちなみに曜ちゃんのは尾赫。バランスタイプね。私のは鱗赫よ。パワータイプ……かな。あとは羽赫はスピード。甲赫はガードだね。それで、赫包は赫子が出る場所にあるの」
千歌「うーん……難しいんだね……」
梨子「……わかってないでしょ」
千歌「え、へへ。わかってないです」
梨子「……まぁ、詳しいことは明日やりましょ」
千歌「……うん」
花丸「ま、松浦一等……オラもう……無理、ずらぁ……」
果南「ほら、もう少し頑張って!」
花丸「うぅ……少しは手加減して欲しいずら……早すぎるよ……」
果南「喰種は手加減なんてしてくれないよ?死にたくなかったら特訓するしかないね」
花丸「わかってるけど……限界があるよ……そもそもこんなに走って移動してたらいざというときに力が出せないと思うんだけど……」
果南「……確かにそうかも」
花丸「考えてなかったずらっ!?」
果南「んーまぁ、今ので体力ついたと思えば、ね?」
花丸「……」ジトーッ
果南「ごめんってそんな顔しないでよマル」
花丸「大体この辺りって結構平和な方だし、一応高校生がこんな時間に見回りなんておかしいと思うずら」
果南「人手が足りないんだし仕方ないよ。それに期待されてるんだと思う!思おう!」
花丸「それでも華の女子高生ずら!」
果南「マルの口からそんな言葉が出てくるとは……」
花丸「……ん。匂いが」クンッ
果南「どっちから?」
花丸「こっちずら」タッ
果南「……元気あるじゃん」
花丸「…………クインケ持ってる?」
果南「もちろん」
花丸「多分、あれ……」コソコソ
果南「…………狂犬か。こりゃまた大物が来たもんだ」
「……!」ピクッ
「……こんばんは白鳩さん」
果南「ども。お食事中悪いね」
「ふふ、別にいいよ。もう終わったし」
花丸「……!これ、喰種……?」
「うん。はい、これマスク。お二人の功績にしていいよ」ポイッ
果南「残念だけど……そうもいかないんだよね!」ブンッ
「わっ」
果南は持っていたアタッシュケースに収納されていた大振りな斧のようなものを取り出し、大きく振る。
「あっぶないなぁ。よくそれアタッシュケースに入ってたねぇ」ケラケラ
果南「……花丸」
花丸「はいずらっ」ジャキッ
「……ナイフ?そっちは尾赫かな?斧みたいなのは甲赫だろうけど」
果南「正解……だよっ!」ブンッ
花丸「っ……!」ブンッ
「よっ、と。わ、投げるんだ?それ」
狂犬は二手からの攻撃を軽やかに避ける。
「あんまり遅くなると怒られるんだけど……やっぱりここは」
果南「……」
「逃げるが勝ちっ!」
花丸「あっ!?」
「また今度ねー♪」
果南「……これ、どうしよ」
花丸「帰って始末書ずらね」
果南「うー……余計な仕事増やされた……」
花丸「今のって例の共喰い、ずら?」
果南「……うん。今はまだあんな余裕そうだけど……共喰いを続けてたら人格に影響が出たりするらしいから要注意ね」
花丸「狂犬……名前のわりに暴れない、んだね」
果南「んー……私も見たのは初めてだからそこはよくわかんないや。ま、とりあえず片付け……だね」
花丸「……次会ったら片付けのお礼言わせるずら」
果南「お礼だけでいいんだ……」
梨子「よーちゃーん」ムニーッ
曜「んー……」
梨子「起きて、曜ちゃん」ペシペシ
曜「ふぁ……ん。梨子ちゃんだぁ。おはよ……」
梨子「うん、おはよう」ニコッ
曜「な、なんか怒ってる……?」
梨子「今何時でしょうか?」
曜「…………12時です」
梨子「正解」
曜「ご、ごめんなさい……!」
梨子「まぁ、昨日は食事行ってたし仕方ないけど……曜ちゃん全然起きないんだもん。びっくりしたよ」
曜「あ、はは……昔から眠りが深くて……って、あれ?千歌ちゃんは?」
梨子「千歌ちゃんなら地下に……」
曜「千歌だけに?」
梨子「…………」
曜「……はい」
梨子「赫子出す練習してるんだけどなかなか……ね」
曜「どうやって教えてたの?」
梨子「赫子を出す感覚がどんなか、とか……どう力を入れるかとか……あとは赫子の種類とかかな」
曜「……なるほどね。ちょっと顔洗ってくるから待ってて」
梨子「うん…………?」
千歌「うぐぐぐ……」
千歌「あ、おかえりー!曜ちゃんおはよ!」
梨子「お待たせ、千歌ちゃん」
曜「……千歌ちゃん」
千歌「ん?」
曜「先に謝っとくね。ごめん」
千歌「ぅえ!?またそのパターン!?」
曜「まずは赫眼出す所からかな」スッ
千歌「ぇ、ぇ……とぉ……」
ドゴォ
梨子「えっ」
千歌「っぐ、ぅ」
曜の膝蹴りが千歌のみぞおちに入る。
あまりの痛みに思わずうずくまるが、曜は構わず頭を持ち上げる。
曜「……まだ出ない?じゃ、もう一発」
千歌「ぅぐ、ぇ……っ」
二発目は千歌の顔面に飛んだ。衝撃で歯が一本床に落ちる。
千歌「は、ぁ……ぃた…っ」
梨子「ちょ、よ、曜ちゃんやりすぎじゃ」
曜「黙ってて」
梨子(昨日良心が痛むとか言ってなかったっけ……?)
曜「危機感なさすぎだよ……私なら千歌ちゃんに手加減してあげると思ってる?」ズズッ
千歌「ぅ、げほ、は……ぁ」
曜「死んじゃったらごめんね」
千歌「ゃ、め……」
千歌(赫子、向かって、これ、死……?死にたくない死にたくない死ぬのは怖い死にたくない)
千歌「ゃ、めて……よっ」ギリッ
曜「……!」
千歌「はー…はー……」
曜「赫眼出せたね、おめでとう」ニコッ
曜「じゃ、第二段階ね……っと」
千歌(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない)ズズッ
梨子「あれが千歌ちゃんの赫子……?」
曜「尾赫が一本……か」フムフム
梨子「なんか…千歌ちゃんの様子、変よ……」
千歌「ゎ、たし、は……っ」
曜「ん?」
千歌「……ろさ、れ…ない…」ギッ
曜「…………じゃあ強くなりなよ。弱いやつから死んでくんだから」
千歌「ぅ、ぁあ、あぁぁあ…っ!」ヒュッ
千歌の赫子が曜のすぐ横を通り後ろの壁に激突する。
曜「おぉ、威力あるね。でもちゃんと狙わないと」
梨子「な、なに煽ってるの、曜ちゃん……!」
千歌「つ……く……ょ、く……」ブツブツ
千歌(わたし私はチカ千歌ちかワタシは私、チカ、千歌ちか、わたし、)
曜「……」
千歌「わ、たしはあ!ょくな、らぁ!」
曜「その前にメンタル鍛えるべき?」
梨子「……かな」
曜「とりあえず楽にしてあげるよ」
曜「筋はいいんだけどさ、隙だらけなんだよね」ヒュッ
千歌「っだ、ぁ」ヨロッ
曜「痛みに慣れてないから一発受けたらもっと隙だらけになるし。それに立ち回りが下手。攻撃が単調になってるよ……はい、捕まえた」
曜の赫子が千歌の四肢に突き刺さる。
千歌「ぐっ……な、せっ、はなせ!なせはなせはなせ……っ!」
曜「無駄だって。いくら弱くても感覚でわかるでしょ。今の千歌ちゃんじゃ誰も倒せないんだよ」
曜「それと、理性手放すの早すぎ。甘えてるだけでしょ。自己防衛ってやつなのかな。ま、なんにしろ自分の意思で戦えないと死ぬから」
千歌「…れ…ば」スゥゥ
曜「ん、戻ってきた?」
千歌「じゃ、どうすれば……」グスッ
千歌「いきなり戦うとか死ぬとか言われても無理、わかんない、よ」
千歌「教えてよ……わたし、は…………なんなの……?」
曜「…………じゃ私行くから」
梨子「い、行くってどこに……」
曜「うるさいな……ぅ、ごめ…………ちょっと、頭冷やしてくる」
梨子「氷水被るくらいがちょうどいいと思うよ」
曜「……はは、いい嫌味だね」
梨子「でしょ?私は千歌ちゃんの手当てしておくから、夜には帰ってきてよ」
曜「…………うん」
梨子「あんまり無茶しないで」
曜「………………」
千歌「いてて、しみる…」
梨子「こら、動かないの。はぁ……今日はしばらく動かないようにね。傷開くわよ」
千歌「ぅぐ、本当に治るの……?」
梨子「すぐ治るわよ。千歌ちゃんがどれくらいの回復力なのかはわからないけど……はい、口開いて」
千歌「あー……」
梨子「うわ、歯折れてる……もう、仮にもアイドルの顔に蹴り入れるなんてね」クスッ
千歌「笑いごとじゃないよぉ……本当に痛いんだよぉ……」
梨子「慣れなきゃ仕方ないわよ……ま、強引な気はするけど。あとは精神面をもう少し鍛えないと」
千歌「そー言われても……」
梨子「やっぱり場数踏むしかないね。私も手伝うから頑張ろ?」
千歌「ぅー……お手柔らかに……」
梨子「まぁ……曜ちゃんよりは、ね」
千歌「……曜、ちゃん」
梨子「ちょっとやりすぎだと思うけど……千歌ちゃんを思ってのことだから」
千歌「それはわかってるけど……なんていうか…………私、曜ちゃんのことなにも知らなかったんだな、って」
梨子「…………はい、手当て終わったよ」
千歌「うん……ありがとう」
善子「……曜?いきなりどうしたのよ」
曜「善子ちゃんに会いたくなっちゃってさー」
善子「わっかりやすい嘘……なに?千歌関係?」
曜「……うん」
善子「中入りなさいよ。コーヒーくらい出すわ」
曜「ごめんね、せっかくの休日に」
善子「別にいいわよ……あ、ズラ丸とルビィいるから」
曜「……今日は堕天しないの?」
善子「曜だってヨーソローしてないじゃない」
曜「あは、確かにそうかも」
花丸「善子ちゃーん、どうしたのー?」
ルビィ「善子ちゃんの分食べちゃうよー?って、あれ。曜さん?」
曜「やほっ」ヨーソロー
善子「千歌と喧嘩したらしいわよ」
ルビィ「そうだったんだ……」
曜「善子ちゃんに慰めてもらおうと思って!」
花丸「よーし、じゃあ曜さんも一緒に遊ぶずら!」
曜「お、いいよ~!なにしてたの?」
ルビィ「ちょうど勉強してて……」
曜「……げっ。それは遊びとは言わないんじゃ」
ルビィ「もちろん遊んだりもするけど……勉強も大切だよ!」
花丸「教えて欲しいな」
曜「曜ちゃん先輩、勉強の方はあまり……」
花丸「大丈夫だいじょーぶずら!」
善子「……ほら、いつまでも玄関にいないで中入るわよ」
曜「うん、ありがとー」
花丸「……はい、曜さん」アーンズラ
曜「いいの?あーん……んー!これ新商品だったよね!えへへ、ありがと!」
ルビィ「いつも思うけど……曜さんってすごくおいしそうに食べるよね……料理も上手だし」
曜「へへ、作るのも食べるのも好きなんだよねー」
善子「はい、コーヒー」
曜「ありがと!」
花丸「ブラック?なんだか意外かも。苦いの苦手そうなのに……」
曜「ふふーん、大人ですから!」
花丸「ひとつしか変わらないずら」
曜「それで……なんの勉強?」
ルビィ「数学の……」
曜「あー……善子ちゃん、よろしく」
善子「投げるの早いわよ」
曜「だって数学難しいじゃん!」
花丸「あはは、善子ちゃんは説明するときによくわからない言葉使うから……」
善子「ヨハネ!」
千歌「ぃ、た……っは、ぁ……」ズキズキ
千歌「ぅぅう……」
千歌「……なか、すいた……っ」
千歌「ち、が……っがまん、我慢…………」
ガチャ
梨子「千歌ちゃん、平気?」
千歌「ん……梨子ちゃん」
梨子「はい、これ」
千歌「なにこれ……包み?」
梨子「ちゃんと食べるのよ……中は、わかるよね」
千歌「……っ」
梨子「食べてるとこって見られたくないだろうから、私はしばらく外にいるね」
バタンッ
千歌「ひ、と……だよ、ね」グゥゥ
千歌「…………食べる、もんか」
千歌「わたしは……っ」
曜「いやー今日はありがとね!楽しかったー!」
ルビィ「曜さんのハンバーグすっごいおいしかった!」
曜「へへ、また作ってあげるよ!」
花丸「楽しみずら~」
善子「……で、いいの?」
曜「へ?」
善子「喧嘩してたんでしょ、千歌と」
曜「……ん、ちょっと考えてみる。付き合ってくれてありがとね」
善子「夜道に気を付けなさいよ……泊まっていけばいいのに」
曜「そんなに家遠くないんだから気にしないで!またねー」
ルビィ「気を付けてね!」
花丸「ばいばいずら!」
曜「…………」
曜(体重い……食べすぎたなぁ)
曜(先に出しちゃお…………いつも思うけど、なんか、もったいない気もする)
曜(仕方ないんだけどさ)
ズキッ
曜「っ」フラッ
曜(戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ戻れ)
曜「わたしは……お前なんかに、負けない……絶対に、負けるもんか……っ」
曜「はー……はーっ」
「あのー……大丈夫、ですか?」
曜「……え?」パッ
「あ、あれ……曜先輩ですよね!私、水泳部の……」
曜「…………あは。丁度いいとこに……」ボソッ
ガチャ
梨子「……やっぱり」
千歌「ふー……ふーっ」ギロッ
梨子「つらいでしょ。食べればいいのに」
千歌「……だれが……食べる、もんか……っ」
梨子「…………生きるためなら仕方ないって言ったのは誰かしら」
千歌「れ、を……食べたら、も……もどれ……い、きが……て」
梨子「もう今さら遅いじゃない」グイッ
千歌「っ、」
梨子「ほら、食べなさい」
千歌「ゃ、だ……っ」
梨子「そんなに死にたい?」
千歌「、にたく、ない、よぉ……」
梨子「じゃあ食べて」ググッ
千歌「ぅ、ぉ、あ……っだ、」
……ゴクンッ
千歌(悔しい、けど……美味しい)
千歌(お母さんの作る料理みたいなあたたかさと懐かしさ)
千歌(お母さん……はやく、会いたいよ……私を、抱きしめて……)グスッ
梨子「…………泣かないでよ。変に罪悪感が……」
千歌「ごめ、ん……その、ありがとう」
梨子「……ううん。それより……明日の練習どうしよっか」
千歌「Aqours、の?」
梨子「えぇ、午後からだし傷もそんなに深くないから治るだろうけど……」
千歌「もちろん出るよ。曜ちゃんも、梨子ちゃんも……でしょ?」
梨子「……えぇ、そうね」
ガチャ
曜「…………ただいま」
梨子「……おかえりなさい」
千歌「曜ちゃん、おかえり」
曜「……う、ん」
千歌「なんか顔色悪いけどへーき?」
曜「ぇ、と……善子ちゃんとこで色々食べて……出したから、かな」
千歌「善子ちゃんのとこ?善子ちゃんって……人間?喰種?」
曜「喰種、だよ。戦ったことはないけど……結構強いらしいんだ」
千歌「へー……そうなんだ……」
曜「その、お、怒って……ないの?」
千歌「怒る?なんで?」
曜「だって……そ、そんな怪我させちゃったし」
千歌「……また明日も特訓付き合ってくれるなら、許します」
曜「……へ?」
千歌「私が強くなるまで、責任持って特訓、付き合ってよ」
曜「で、でも」
梨子「……曜ちゃん」
曜「梨子、ちゃん」
梨子「千歌ちゃんも変わろうとしてるんだよ。次は……曜ちゃんの番じゃない?」
曜「…………」
千歌「曜ちゃん……」ジーッ
曜「……わかった。でも、加減はしないからね」
千歌「ぅぐ……頑張る……」
梨子「……ふふ。じゃあ明日からはAqoursの練習と特訓、両立させなきゃね」
曜「うん、頑張ろ!」
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